(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6758156
(24)【登録日】2020年9月3日
(45)【発行日】2020年9月23日
(54)【発明の名称】分離体、機械要素、運動ガイド装置および産業用機械
(51)【国際特許分類】
F16H 25/22 20060101AFI20200910BHJP
F16H 25/20 20060101ALI20200910BHJP
F16C 33/372 20060101ALI20200910BHJP
【FI】
F16H25/22 G
F16H25/22 L
F16H25/20 K
F16C33/372
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-216678(P2016-216678)
(22)【出願日】2016年11月4日
(65)【公開番号】特開2018-71773(P2018-71773A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年10月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】390009830
【氏名又は名称】クレハ合繊株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390029805
【氏名又は名称】THK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】川崎 正博
(72)【発明者】
【氏名】三森 大輔
(72)【発明者】
【氏名】高岩 靖朗
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 健一
【審査官】
山尾 宗弘
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第03/080306(WO,A1)
【文献】
特開2007−285346(JP,A)
【文献】
国際公開第93/21272(WO,A1)
【文献】
国際公開第2009/020182(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/22
F16C 33/372
F16H 25/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の球体のそれぞれをお互いに隔て保持するための分離体であって、
上記複数の球体は、第1部材と該第1部材に対して相対移動をする第2部材とを備える運動ガイド装置において、該第1部材および該第2部材の両方に接するようにその一方に配設され、かつ各球体の転動により該相対移動を可能とするものであり、
上記分離体は、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂と、エラストマー成分とを含む樹脂組成物から形成されており、
上記エラストマー成分は上記フッ素樹脂に分散していることを特徴とする分離体。
【請求項2】
上記エラストマー成分は、上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物と組み合わされたエラストマーであることを特徴とする請求項1に記載の分離体。
【請求項3】
上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物と組み合わされたエラストマーは、コア−シェル構造を有するエラストマーであることを特徴とする請求項2に記載の分離体。
【請求項4】
上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物は、フッ素樹脂またはアクリル樹脂であることを特徴とする請求項2または3に記載の分離体。
【請求項5】
上記樹脂組成物は、上記フッ素樹脂を100質量部としたときに、上記エラストマー成分を1質量部以上含むことを特徴とする請求項2から4のいずれか1項に記載の分離体。
【請求項6】
上記エラストマー成分は、上記フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーであることを特徴とする請求項1に記載の分離体。
【請求項7】
上記フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーは、アクリル系エラストマーまたはフッ素系エラストマーであることを特徴とする請求項6に記載の分離体。
【請求項8】
上記樹脂組成物は、上記フッ素樹脂を100質量部としたときに、上記エラストマー成分を5質量部以上含むことを特徴とする請求項6または7に記載の分離体。
【請求項9】
上記フッ素樹脂は、ポリフッ化ビニリデンであることを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の分離体。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の分離体と複数の球体とを備えており、
上記分離体は、上記複数の球体のそれぞれをお互いに隔て保持していることを特徴とする機械要素。
【請求項11】
請求項10に記載の機械要素である第1部材と、該第1部材に対して相対移動をする別の機械要素である第2部材とを備えており、
上記第2部材は、上記複数の球体と接して上記第1部材と組み合わされていることを特徴とする運動ガイド装置。
【請求項12】
ボールねじであることを特徴とする請求項11に記載の運動ガイド装置。
【請求項13】
請求項11または12に記載の運動ガイド装置を備えていることを特徴とする産業用機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分離体、機械要素、運動ガイド装置および産業用機械に関する。より詳細には、機械要素に用いられる分離体、当該分離体を使用した機械要素、および当該機械要素を備える運動ガイド装置、ならびに当該運動ガイド装置を備える産業用機械に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじは、直線運動を回転運動に変換する、あるいは回転運動を直線運動に変換する機械部品である。ボールねじは、ねじ軸と、ねじ軸を受けるナットと、ナットの内周に形成されたねじ溝内に組み込まれた、ねじ軸を移動させるために転動および循環する複数のボールを備えている。また、各ボールの間には、ボールどうしが接触することを避けるために、ボールそれぞれを隔て保持するベアリング保持器が存在する。各ボールの間にベアリング保持器が存在することにより、ボールどうしの接触にともなう騒音をなくすことができる。また、ボールどうしの相互摩擦がなくなることで、トルクの変動が小さくなり、滑らかな運動が実現する。さらに、ベアリング保持器内にグリースを保持することができるため、長期間メンテナンスが不要となる。
【0003】
従来、ベアリング保持器には、ナイロンなどの樹脂を含む樹脂組成物が用いられている。この樹脂組成物には、耐衝撃性、および耐圧縮性を上げるために、ガラス繊維および炭素繊維などの補強作用のある無機系充填剤が配合されている。しかしながらナイロンは吸水率が高く、吸水状態により寸法が変化し、ボールねじの動作に問題が生じ得る。
【0004】
この問題に対し、特許文献1には、直動装置においてテトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)などの寸法変化しにくいフッ素樹脂製のセパレータ(ベアリング保持器)を用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−148467(2003年5月21日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、ボールねじは高負荷環境、および高速環境で使用されるようになり、使用環境が多様化している。また、ボールねじの使用環境の多様化にともない、用いられる薬品および油剤に関しても新たな薬品および油剤が開発されてきている。多様な使用環境にともない、ボールねじの部材であるベアリング保持器のさらなる高耐衝撃性化および高耐性化が要求されている。
【0007】
例えば、ナイロン製のベアリング保持器は、上述した吸水性の問題の他に、耐油性が低いといった問題もある。具体的には、ナイロン製のベアリング保持器は耐油性が低いため、ナットまたはねじ軸とボールとの摩擦を減らすために導入した潤滑油によって、ベアリング保持器の溶解が起こってしまうといった問題が生じ得る。そのため、ナイロン製のベアリング保持器は使用環境によって強度が低下し、ボールねじの動作中にベアリング保持器が割断するという問題がある。さらに、ナイロン製のベアリング保持器では、耐衝撃性、および耐圧縮性を高めるために無機系充填剤を配合しているが、無機系充填剤を配合した樹脂は摩擦が大きく、また樹脂の継ぎ目部分(ウェルド)の強度が弱くなる問題がある。
【0008】
ナイロン製のベアリング保持器の代わりに特許文献1のようなフッ素樹脂を用いたベアリング保持器が挙げられているが、本発明者らが検討を行った結果、耐衝撃性、および耐圧縮性が十分でないことを見出した。特許文献1にはETFE製のベアリング保持器が記載されているが、一般的にETFEは成形温度と熱分解温度とが近く、成形加工性に問題がある。また、ETFEは比較的高コストであるといった問題があり、他の材料の使用が望まれている。
【0009】
そこで本発明の目的は、耐油性、および少なくとも耐衝撃性に優れた分離体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る分離体は、上記の課題を解決するために、複数の球体のそれぞれをお互いに隔て保持するための分離体であって、上記複数の球体は、第1部材と該第1部材に対して相対移動をする第2部材とを備える運動ガイド装置において、該第1部材および該第2部材の両方に接するようにその一方に配設され、かつ各球体の転動により該相対移動を可能とするものであり、上記分離体は、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂と、エラストマー成分とを含む樹脂組成物から形成されている。
【0011】
また本発明に係る分離体において、上記エラストマー成分は、上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物と組み合わされたエラストマーであることが好ましい。
【0012】
また本発明に係る分離体において、上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物と組み合わされたエラストマーは、コア−シェル構造を有するエラストマーであることが好ましい。
【0013】
また本発明に係る分離体において、上記フッ素樹脂と相溶性のある化合物は、フッ素樹脂またはアクリル樹脂であることが好ましい。
【0014】
また本発明に係る分離体において、上記樹脂組成物は、上記フッ素樹脂を100質量部としたときに、上記エラストマー成分を1質量部以上含むことが好ましい。
【0015】
また本発明に係る分離体において、上記エラストマー成分は、上記フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーであることが好ましい。
【0016】
また本発明に係る分離体において、上記フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーは、アクリル系エラストマーまたはフッ素系エラストマーであることが好ましい。
【0017】
また本発明に係る分離体において、上記樹脂組成物は、上記フッ素樹脂を100質量部としたときに、上記エラストマー成分を5質量部以上含むことが好ましい。
【0018】
また本発明に係る分離体において、上記フッ素樹脂は、ポリフッ化ビニリデンであることが好ましい。
【0019】
本発明に係る機械要素は、上記の課題を解決するために、上述の分離体と複数の球体とを備えており、上記分離体は、上記複数の球体のそれぞれをお互いに隔て保持している。
【0020】
本発明に係る運動ガイド装置は、上記の課題を解決するために、上述の機械要素である第1部材と、該第1部材に対して相対移動をする別の機械要素である第2部材とを備えており、上記第2部材は、上記複数の球体と接して上記第1部材と組み合わされている。
【0021】
また本発明に係る運動ガイド装置の一態様は、ボールねじである。
【0022】
本発明に係る産業用機械は、上記の課題を解決するために、上記運動ガイド装置を備えている。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、耐油性および耐衝撃性に優れた分離体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本実施形態のベアリング保持器の一態様を示す図であり、(a)は正面図であり、(b)は(a)の矢視線AA’における断面図である。
【
図2】実施例における圧縮試験を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の分離体の一実施形態について、具体的に説明する。
【0026】
本発明の分離体は、機械要素の部材、運動ガイド装置の部材として用いることができる。特にボールねじの部材であるベアリング保持器として好適に用いることができるため、以下ではボールねじに用いられるベアリング保持器を例に挙げて説明するが、これに限定されるものではない。
【0027】
[ボールねじ]
ボールねじ(運動ガイド装置)は、直線運動を回転運動に変換する、あるいは回転運動を直線運動に変換する機械部品である。ボールねじは、ナット(機械要素、第1部材)と、ナットに対して相対移動するねじ軸(機械要素、第2部材)と、ナットに配設された複数のボール(球体)とから構成される。ベアリング保持器(分離体)は、この複数のボールのそれぞれをお互いに隔て保持するように、各ボールのそれぞれの間に配設されている。ボールはナットおよびねじ軸の両方に接するようにナットのねじ溝に配設されている。ねじ軸およびナットの一方が回転運動することにより、各ボールが転動し、かつねじ溝内を循環することにより、ねじ軸およびナットの他方を直線運動させている。ベアリング保持器を除く他の構成は、従来公知のボールねじの構成と同じであり得る。
【0028】
[ベアリング保持器]
本実施形態におけるベアリング保持器は、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂とエラストマー成分とを含む樹脂組成物から形成されている。
【0029】
ベアリング保持器は、従来公知のボールねじに用いられている従来公知のベアリング保持器の形状と同様とすることができる。すなわち、ボールに接触しつつ、ボール同士を隔てることができ、かつナットおよびねじ軸のいずれにも接触しない形状であればよい。具体的な例を
図1に示す。
図1の(a)はベアリング保持器1の正面図であり、
図1の(b)は、
図1の(a)の矢視線AA’における断面図である。
図1の(b)に示すように、ベアリング保持器1は、寝かせた円柱の両端部が内側に窪むすり鉢構造をしており、ボールがすり鉢に嵌るような構造をしている。また、中央部分には貫通孔2が設けられている。
【0030】
(フッ素樹脂)
本実施形態におけるフッ素樹脂は、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂である。本明細書において、主成分とは、全体の50%以上占めることを意味している。すなわち、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂とは、フッ化ビニリデンに対応する構成単位(以下、フッ化ビニリデンモノマー単位)を50mol%以上含んで構成される樹脂である。中でも、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂は、フッ化ビニリデンモノマー単位を80mol%以上含むことが好ましく、85mol%以上含むことがより好ましく、90mol%以上含むことがさらに好ましく、フッ化ビニリデンの単独重合体であることが特に好ましい。ポリフッ化ビニリデンは、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体などの他のフッ素樹脂と比較し、成形温度と熱分解温度とが離れている。そのため、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂は、他のフッ素樹脂と比較し加工性に優れるといった利点がある。したがって、フッ化ビニリデンモノマー単位の含有量がこの範囲であることは、ベアリング保持器への加工成形性の観点から好ましい。さらに、フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂は、ナイロンと比較し、耐油性に優れている。
【0031】
フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂は、上述の通り、少なくともフッ化ビニリデンモノマー単位を50mol%以上含んでいればよいため、フッ化ビニリデンと他のモノマーとの共重合体またはフッ化ビニリデンのみから形成される単独重合体であり得る。
【0032】
フッ素樹脂が共重合体である場合、フッ化ビニリデンと共重合させる他のモノマーとしては、例えばヘキサフルオロプロピレン、トリフルオロエチレン、およびテトラフルオロエチレンおよびクロロトリフルオロエチレンなどの含フッ素アルキルビニル化合物;シュウ酸エチレン(すなわち、1,4−ジオキサン−2,3−ジオン)、ラクチド類、ラクトン類(例えば、β−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、β−ピバロラクトン、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、β−メチル−δ−バレロラクトンおよびε−カプロラクトン等)、トリメチリンカーボネート等のカーボネート類、1,3−ジオキサン等のエーテル類、ジオキサノン等のエーテルエステル類、およびε−カプロラクタム等のアミド類等の環状モノマー;乳酸、3−ヒドロキシプロパン酸、3−ヒドロキシブタン酸、4−ヒドロキシブタン酸および6−ヒドロキシカプロン酸等のヒドロキシカルボン酸またはそのアルキルエステル;エチレングリコールおよび1,4−ブタンジオール等の脂肪族ジオール類またはそのアルキルエステル;ならびにコハク酸およびアジピン酸等の脂肪族ジカルボン酸類またはそのアルキルエステルが挙げられる。中でも、ヘキサフルオロプロピレン、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンおよびクロロトリフルオロエチレンが好ましい。これら他のモノマーは、1種類のみを用いてもよく、複数を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
本実施形態のフッ素樹脂のインヘレント粘度は、0.50dL/g以上、1.30dL/g以下の範囲内であることが好ましく、0.60dL/g以上、1.20dL/g以下の範囲内であることがより好ましく、0.70dL/g以上、1.10dL/g以下の範囲内であることが最も好ましい。なお、インヘレント粘度とは対数粘度のことである。インヘレント粘度が、0.50dL/g以上、1.30dL/g以下の範囲内のフッ素樹脂を用いることにより、成形が容易となり、ベアリング保持器の形状に成形する点で好ましい。
【0034】
本明細書中において、フッ素樹脂のインヘレント粘度は、4gのフッ素樹脂を1リットルのN,N−ジメチルホルムアミドに溶解させた溶液の30℃における対数粘度として算出されている。具体的には、次の式によって求められる。
【0035】
η
i=(1/C)・ln(η/η
0)
(式中、ηは重合体溶液の粘度、η
0は溶媒のN,N−ジメチルホルムアミド単独の粘度、Cは0.4g/dlである。)
(エラストマー成分)
エラストマー成分はエラストマーを含む限り制限はなく、エラストマーとしては、スチレン系、オレフィン系、エステル系、ウレタン系、アミド系、PVC系、およびアクリル系のエラストマーを用いることができる。また、これらのエラストマーにおいてフッ素原子を含むエラストマーも用いることができる。本明細書では、フッ素原子を含むエラストマーのことを、フッ素系エラストマーと称する。エラストマーの具体的な例としては、例えば、天然ゴム、スチレン・ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、アクリロニトリル・ブタジエンゴム、アクリルゴム、イソブチエン・イソプレンゴムなどのブチルゴム、エチレン・プロピレンゴム、エチレン・プロピレン・ジエンゴム、ウレタンゴム、およびシリコーンゴムなどのゴム、ならびにこれらのゴムにおいて水素原子の一部がフッ素原子となっているゴムが挙げられる。
【0036】
本実施形態においては、フッ素樹脂との相溶性の観点から、エラストマー成分としては、フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーを用いるか、またはフッ素樹脂と相溶性の高い化合物を上述のエラストマーと組み合わせて用いている。
【0037】
フッ素樹脂と相溶性のあるエラストマーとしては、フッ素系エラストマーおよびアクリル系エラストマーなどが挙げられる。中でも、アクリル系エラストマーおよびフッ素系エラストマーが好ましく、メタクリル酸メチル(MMA)の構造単位を有するアクリル系エラストマーおよびフッ化ビニリデン(VDF)の構造単位を有するフッ素系エラストマーがより好ましい。アクリル系エラストマーの一例としては、MMAとアクリル酸ブチル(BA)とのブロック共重合体またはグラフト共重合体が挙げられる。MMAを有することにより、フッ素樹脂との相溶性が高まり、フッ素樹脂への分散が高まり、耐衝撃性が向上する。
【0038】
フッ素樹脂と相溶性の高い化合物としては、アクリル樹脂およびフッ素樹脂などが挙げられる。中でも、MMAの構造単位を有するアクリル樹脂およびVDFの構造単位を有するフッ素樹脂が好ましい。
【0039】
なお、アクリル樹脂およびフッ素樹脂は、それぞれアクリル系エラストマーおよびフッ素系エラストマーであってもよい。
【0040】
エラストマー成分として、フッ素樹脂と相溶性の高い化合物を上述のエラストマーと組み合わせて用いる場合、当該化合物とエラストマーとを組み合わせる手段は特に制限されないが、例えば、化合物をエラストマーに結合させる方法、およびエラストマーを化合物で覆うようにしてエラストマーと化合物とを結合させてコア−シェル構造とする方法などが挙げられる。コア−シェル構造とは、内側のコア相と、コア相の外側を覆う、コア相とは成分が異なるシェル相とによって形成される構造である。本実施形態においては、コア相がエラストマー成分、シェル相がフッ素樹脂と相溶性が高い化合物という構成である。例えば、コア相がBA、シェル相がMMA重合体である構成、およびコア相がフッ素系エラストマー、シェル相がMMA重合体またはVDF重合体である構成などが挙げられるがこれに限定されるものではない。
【0041】
上記したようなコア−シェル構造を有するエラストマー成分は、市販のものを用いてもよい。市販のものとしては、例えば、パラロイドEXL−2315(ダウ・ケミカル社製)、およびメタブレンS−2006(三菱レイヨン社製)などが挙げられる。
【0042】
コア−シェル構造とすることにより、フッ素樹脂との相溶性が低いエラストマーを用いた場合であっても、フッ素樹脂中にエラストマー成分を分散させることができる。コア−シェル構造を有するエラストマー成分を用いることにより、耐衝撃性がより向上するとともに、耐圧縮性が向上する。また、樹脂組成物における混練性が良好であり、サンプル間におけるバラツキがより小さくなる。もちろん、コア相のエラストマーがフッ素樹脂と相溶性が高いエラストマーであってもよい。
【0043】
エラストマー成分の形状は特に限定されないが、本実施形態においては球状であることが好ましい。球状であることによってフッ素樹脂中にまんべんなく分散することができる。また球形であることによって異方性が出ないため、応力集中の偏在も起きににくく耐衝撃性が向上する。さらに熱膨張した際も、他の形状のエラストマー成分に比べて歪みが出にくくなる。また、エラストマー成分の大きさも特に限定されるものではない。
【0044】
フッ化ビニリデンを主成分とするフッ素樹脂およびエラストマー成分とを含む樹脂組成物におけるエラストマー成分の含有量は、エラストマー成分がコア−シェル構造を有している場合には、フッ素樹脂100質量部に対して、好ましくは1質量部以上であり、より好ましくは3質量部以上であり、さらに好ましくは5質量部以上であり、特に好ましくは10質量部以上である。また、エラストマー成分がコア−シェル構造を有していない場合には、フッ素樹脂100質量部に対して、好ましくは5質量部以上であり、より好ましくは7質量部以上であり、さらに好ましくは10質量部以上である。エラストマー成分の量を上記の範囲とすることにより、衝撃強度の高いベアリング保持器を得ることができる。また、ベアリング保持器の耐油性の観点からは、エラストマー成分の含有量は、フッ素樹脂100質量部に対して、好ましくは20質量部以下であり、より好ましくは17質量部以下であり、さらに好ましくは15質量部以下である。したがって、エラストマー成分を1質量部以上とし、かつ20質量部以下とすることで耐油性に優れ、かつ衝撃強度の高いベアリング保持器を得ることができる。なお、エラストマー成分の含有量を、10質量部以上とすることにより、衝撃強度により優れるとともに、サンプル間におけるバラツキがより小さくなる。また、エラストマー成分として、コアシェル構造をもつエラストマーとコアシェル構造をもたないエラストマーとを組み合わせて用いてもよい。
【0045】
(その他の成分)
本実施形態における樹脂組成物は、本実施形態の樹脂組成物による効果を損なわない限り、充填剤および固体潤滑剤などの他の成分を含んでいてもよい。
【0046】
充填剤としては、ガラス繊維および炭素繊維などの補強作用のある無機充填剤が挙げられる。このような無機充填剤を配合することにより、ベアリング保持器の耐衝撃性を向上させることができる。なお、このような無機充填剤が配合されている樹脂組成物を用いて射出成形する場合、継ぎ目部分(ウェルド)の強度が弱くなる傾向にある。したがって、射出成形によりベアリング保持器を成形する場合には、無機充填剤を含んでいないことが好ましい。
【0047】
固体潤滑剤としては、MoS
2、WS
2、グラファイト、ポリテトラフルオロエチレンを挙げられる。なお、このような固体潤滑剤が配合されている樹脂組成物を用いて射出成形する場合、継ぎ目部分(ウェルド)の強度が弱くなる傾向にある。したがって、射出成形によりベアリング保持器を成形する場合には、固体潤滑剤を含んでいないことが好ましい。
【0048】
[成形方法]
本実施形態のベアリング保持器は従来の製造方法によって製造することができる。具体的には射出成形によりベアリング保持器を成形することができる。より具体的には、市販されているボールねじのベアリング保持器を基に、一般的な金型を製作し、当該金型を用いて、射出成形を行うことにより製造することができる。なお、一般的な金型は、成形されるベアリング保持器のどこかに必ず繋ぎ目部分(ウェルド)が発生する構造である。
【0049】
[分離体のその他の態様]
以上、本発明に係る分離体の一実施形態としてボールねじにおけるボールどうしの間に用いられるベアリング保持器を例に説明したが、本発明に係る分離体はこれに限定されるものではない。本発明に係る分離体の別の実施形態として、上述のすり鉢構造を有する形態の他に、リング構造および筒構造の形態でもあり得る。リング構造の分離体は、例えば、各ボールの一部がリングの内周側および外周側の両方に露出するように、複数のボールが互いに隔てられてリングに嵌め込まれた形態のものが挙げられる。また、筒構造の分離帯は、例えば、筒の側面に複数の貫通孔が設けられており、各貫通孔にボールが嵌め込まれており、筒の側面の内側および外側の両方に各ボールの一部が露出している形態のものが挙げられる。上記したようなリング構造の分離体は、例えば、自転車のボールベアリングに用いられる。また、上記したような筒構造の分離体は、プレス金型のボールガイドに用いられる。したがって、ボールベアリングおよびボールガイドなどは、本発明に係る機械要素の範疇に包含されるものである。以上より、ベアリング保持器以外に、耐油性および耐衝撃性が要求される部品、あるいは耐油性、耐衝撃性および耐圧縮性が要求される部品にも、本発明に係る分離体は利用可能である。
【0050】
さらに、上述のボールねじを備えている産業用機械であれば、ボールねじへの負荷が高い環境においても、当該産業用機械を好適に利用することができる。したがって、上述のボールねじなどの本発明に包含される運動ガイド装置を備える産業用機械も本発明の範疇に包含されるものである。ボールねじを備える産業用機械としては、射出成形装置、および工作機械等が挙げられる。
【0051】
また、ボールねじなどの運動ガイド装置は、一方の部材が他方の部材に対して相対移動しており、一方の部材の移動を他方の部材がガイドしている態様であり得る。したがって、運動ガイド装置の一方の部材を移動体、他方の部材をガイド部材と表現することもできる。
【0052】
すなわち、本発明に係る分離体は、耐油性および耐衝撃性が要求される部品、あるいは耐油性、耐衝撃性および耐圧縮性が要求される部品全般に利用することができる。
【0053】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0054】
(実施例1)
フッ素樹脂としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)(KFポリマーW#1000、株式会社クレハ製)100質量部に対し、エラストマー成分としてパラロイドEXL−2315(ダウ・ケミカル社製)5質量部を添加し、二軸押出機により混練することで、樹脂組成物を調製した。調製した樹脂組成物を射出成形し、
図1に示すような、貫通孔を備えるベアリング保持器、および多目的試験片(JIS K 7139 タイプA1)を作製した。ベアリング保持器は、後述の落下試験および圧縮試験に用い、多目的試験片はシャルピー衝撃試験に用いた。
(実施例2)
エラストマー成分を10質量部とした以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
(実施例3)
エラストマー成分を15質量部とした以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
(実施例4)
エラストマー成分をメタブレンS−2006(三菱レイヨン社製)とした以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
(実施例5)
エラストマー成分を、MMAとBAとのブロック共重合体であるクラリティLA2250(クラレ社製)とした以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
(実施例6)
エラストマー成分を1質量部とした以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
(比較例1)
エラストマー成分を添加しなかった以外は実施例1と同じ方法でベアリング保持器および試験片を作製した。
【0055】
[落下試験]
ベアリング保持器の上方35.5cm、67.5cmまたは93cmの高さから、ベアリング保持器に対して1.3kgのおもりを落下させ、ベアリング保持器に割断が生じるか否かを確認し、耐衝撃性について定性的な評価を行った。結果を表1の〔耐衝撃性〕に示す。各高さについて試験を5回実施し、一度も割断しなかったものを「○」、1〜4回割断したものを「△」、全て割断したものを「×」として評価した。
【0056】
[圧縮試験]
図2に示したように、ベアリング保持器1の上下に配した球体3でもってベアリング保持器1をはさみ、万能試験機(東洋精機社製)に備え付け可能な圧縮試験装置4において
図2中の矢印方向に試験速度5mm/分でベアリング保持器1を圧縮し、ベアリング保持器1に割断が生じるか否かを確認し、耐圧縮性について定性的な評価を行った。なお、
図2では、圧縮試験装置4は一部のみ図示している。結果を表1の〔耐圧縮性〕に示す。試験を5回実施し、一度も割断しなかったものを「○」、1〜3回割断したものを「△」、4回割断または全て割断したものを「×」として評価した。
【0057】
[シャルピー衝撃試験]
多目的試験片(JIS K 7139 タイプA1)から切削加工によりサンプルを作製し、シャルピー衝撃試験(JIS K 7111)を行い、衝撃強度を測定した。なお、サンプルは切削加工により形状Aのシングルノッチをつけ、エッジワイズ衝撃で試験を行った。
【0058】
上述した実施例1〜6および比較例1における樹脂組成物の組成および各試験結果を表1に示す。
【0059】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、ボールねじのベアリング保持器に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0061】
1 ベアリング保持器
2 貫通孔
3 球体
4 圧縮試験装置