【文献】
ZAVAN, B. et al.,Extracellular matrix-enriched polymeric scaffolds as a substrate for hepatocyte cultures: in vitro a,Biomaterials,2005年,Vol. 26, No. 34,p. 7038-7045,abstract, Fig. 4, 5, p. 7044左欄
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らの考案した生体高分子ナノファイバーは、ヒト多能性幹細胞の培養に適した培養基材であることが示されたが、ガラス等の可塑性に欠ける支持体を用いていたため、3次元大量培養という点で十分とは言えなかった。また、ヒト多能性幹細胞から分化誘導した体細胞を細胞移植療法に用いる場合、ゼラチンのような生分解性の生体高分子をナノファイバーとして用いる場合でも、いったん支持体から移植細胞を担持するナノファイバーを剥離する必要があった。
従って、本発明の第1の目的は、ヒト多能性幹細胞をはじめとする細胞を安定して大量に供給することができる、3次元大量培養に適した新規培養基材を提供することである。
また、本発明の第2の目的は、細胞を剥離することなく直接生体に移植可能な培養基材、該培養基材と該基材上で培養した移植細胞とを含む、安全な細胞移植療法剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記第1の目的を達成すべく、コットン等の生体適合性素材からなるガーゼやスポンジ等のマイクロファイバー支持体に生体高分子ナノファイバーを塗布した培養用基材(「ファイバー・オン・ファイバー」と命名した)を既に考案している(PCT/JP2014/064789)。ファイバー・オン・ファイバーはその形状をフレキシブルに変えることができるため、折り畳んで使用することができる。加えて、ガーゼやスポンジ等はガラス・プラスチック基材等と比べて多孔性であるため、培養液に当該ファイバー・オン・ファイバーを浸漬すると、培養液が自然に浸透することで細胞への培養液の供給も改善される。さらに、このファイバー・オン・ファイバーは形状がフレキシブルであるため、容器を選ぶ必要がなく、細胞に栄養が届く条件であれば任意の容器で培養が可能であり、多能性幹細胞等の幹細胞をはじめとする所望の細胞を大量かつ容易に培養することができる。
但し、コットンガーゼ支持体上に形成させたゼラチンナノファイバーからなるファイバー・オン・ファイバーでは、ヒトES細胞の単位面積あたりの細胞増殖は、マトリゲルやガラス支持体上に形成させたゼラチンナノファイバーに比べて、やや劣っていた。また、当該ファイバー・オン・ファイバーは、そのまま細胞移植に用いることができなかった。
【0013】
そこで、本発明者らは、コットン等の素材に代えて、ポリグリコール酸(PGA)などの生分解性ポリマーをマイクロファイバー支持体として用い、該支持体上に、ゼラチンやPGAなどのやはり生分解性のポリマーからなるナノファイバーを塗布したファイバー・オン・ファイバー基材を作製し、ヒト多能性幹細胞を培養した。その結果、該生分解性ファイバー・オン・ファイバーは、意外にも、従来の非生分解性マイクロファイバーを含んでなるファイバー・オン・ファイバーに比べて、単位面積あたりのヒト多能性幹細胞の増殖率を顕著に増大させた。また、この生分解性ファイバー・オン・ファイバーを折り畳んで3次元培養したヒト多能性幹細胞は、長期継代培養しても、多能性及び正常な核型を維持していることを確認した。
さらに、該生分解性ファイバー・オン・ファイバー上で培養したヒト多能性幹細胞を免疫不全マウスに移植したところ、約2ヶ月後に奇形腫を形成し、その中に三胚葉全ての細胞系列が含まれていることが確認できた。また、移植した部位ではまったく炎症反応が起こらなかった。さらに、移植細胞の壊死はなく、奇形腫内でファイバー・オン・ファイバーは完全に消失していたことから、本発明の生分解性ファイバー・オン・ファイバーは、非常に安全性が高く、ヒト多能性幹細胞の分化に悪影響を及ぼさず、移植に使用できることが確認された。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1] 生分解性ポリマーからなる支持体上に、生分解性ポリマーからなるナノファイバーを含有してなる、細胞の培養用基材。
[2] 該ナノファイバーが架橋処理されている、上記[1]記載の基材。
[3] 支持体を構成する生分解性ポリマーが合成ポリマーである、上記[1]又は[2]記載の基材。
[4] 合成ポリマーがポリエステル、ポリカーボネート及びその共重合体、ポリ酸無水物及びその共重合体、ポリオルトエステル、並びにポリホスファゼンからなる群より選択される、上記[3]記載の基材。
[5] 合成ポリマーがポリグリコール酸(PGA)である、上記[3]記載の基材。
[6] 支持体が不織布である、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の基材。
[7] ナノファイバーを構成する生分解性ポリマーがゼラチン又は合成ポリマーである、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の基材。
[8] 合成ポリマーがPGAである、上記[7]記載の基材。
[9] ナノファイバーがエレクトロスピニング法により得られる、上記[1]〜[8]のいずれかに記載の基材。
[10] 細胞が幹細胞である、上記[1]〜[9]のいずれかに記載の基材。
[11] 幹細胞が多能性幹細胞である、上記[10]記載の基材。
[12] 多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である、上記[11]記載の基材。
[13] 多能性幹細胞がヒト由来である、上記[11]又は[12]記載の基材。
[14] 培養が細胞の維持増幅培養である、上記[1]〜[13]のいずれかに記載の基材。
[15] 培養が多能性幹細胞の分化誘導培養である、上記[1]〜[13]のいずれかに記載の基材。
[16] 上記[1]〜[9]のいずれかに記載の基材上に細胞を播種し、該細胞を静置培養することを特徴とする、細胞の培養方法。
[17] 酵素を含まない解離液を用いて基材から細胞を解離させ、該細胞を上記[1]〜[9]のいずれかに記載の基材上に播種し、該細胞をさらに静置培養することを特徴とする、上記[16]記載の方法。
[18] 継代時に、細胞を単一細胞にまで分散させることを特徴とする、上記[17]記載の方法。
[19] 細胞をxenoフリー培地で培養することを特徴とする、上記[16]〜[18]のいずれかに記載の方法。
[20] 培地がタンパク質不含培地である、上記[19]記載の方法。
[21] 細胞が幹細胞である、上記[16]〜[20]のいずれかに記載の方法。
[22] 幹細胞が多能性幹細胞である、上記[21]記載の方法。
[23] 多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である、上記[22]記載の方法。
[24] 多能性幹細胞がヒト由来である、上記[22]又は[23]記載の方法。
[25] 培養が細胞の維持増幅培養である、上記[16]〜[24]のいずれかに記載の方法。
[26] 培養が多能性幹細胞の分化誘導培養である、上記[16]〜[24]のいずれかに記載の方法。
[27] 上記[1]〜[9]のいずれかに記載の基材と、該基材上で培養した細胞とを含んでなる、細胞移植療法剤。
[28] 細胞が多能性幹細胞から分化誘導されたものである、上記[27]記載の剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明の培養基材は、物理的な強度が高い上に形状がフレキシブルであるので、3次元培養が可能となり、省スペース化を実現しつつ細胞の大量供給が可能となる。また、本発明の培養基材は生体適合性が高く安価であるので、安定供給が容易となる。さらに、本発明の培養基材は容易に形状を変化させることができるので、容器を選ばず凍結保存することができる。
また、本発明の培養基材は、生分解性ポリマーから構成されるので、そのままで細胞移植が可能である。
このような大量培養・細胞移植が可能な培養基材は、再生医療・組織工学・細胞移植治療の発展に大きく貢献できる。大きい組織になればなるほど、細胞が大量に必要となり、また細胞剥離操作は細胞や組織にダメージを与えるだけでなく、作製した組織構造すらも破壊してしまう。そこで、培養した細胞をそのまま移植できるのは、この問題を回避することができ有用である。また、移植後、しばらくして分解されるのも患者への影響を少なくすることができるので有用である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、生分解性ポリマーからなる支持体上に、生分解性ポリマーからなるナノファイバーを含有してなる、細胞の培養用基材(以下、本発明の培養基材と略記する場合がある)を提供する。
【0018】
I.細胞
本発明の培養基材が適用可能な細胞は特に制限されず、静置培養が可能な任意の細胞(例えば、リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞、脂肪細胞等の分化した細胞、未分化な組織前駆細胞や幹細胞など)に用いることが可能である。
【0019】
好ましい一実施態様においては幹細胞が挙げられる。幹細胞は、自己複製能と別の種類の(幹細胞以外の)細胞に分化する能力を有するものであれば特に制限されず、三胚葉系列すべてに分化し得る多能性幹細胞、一般に胚葉を超えた分化は行えないが多様な細胞腫に分化可能な多分化能を有する幹細胞、分化可能な細胞腫が一種類に限定されている単能性幹細胞のいずれにも適用できる。
【0020】
多能性幹細胞は、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己再生能」と三胚葉系列すべてに分化できる「分化多能性」とを有する未分化細胞であれば特に制限されず、例えば、ES細胞、iPS細胞の他、始原生殖細胞に由来する胚性生殖(EG)細胞、精巣組織からのGS細胞の樹立培養過程で単離されるmultipotent germline stem(mGS)細胞、骨髄から単離されるmultipotent adult progenitor cell(MAPC)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)等が挙げられる。ES細胞は体細胞から核初期化されて生じた核移植ES(ntES)細胞であってもよい。好ましくはES細胞またはiPS細胞である。
【0021】
多分化能を有する幹細胞としては、例えば、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。また、単能性幹細胞としては、例えば、筋幹細胞、生殖幹細胞、歯髄幹細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明の方法により培養される細胞が、分化細胞、組織前駆細胞、多分化能を有する幹細胞、あるいは単能性幹細胞である場合、これらの細胞は自体公知の方法により、それらが存在する任意の哺乳動物の組織から単離することができる。単離された細胞は、初代培養細胞としてそのまま適用することもできるし、あるいは自体公知の方法により維持培養した後で適用することができる。また、これらの培養細胞を不死化して得られる種々の細胞株を用いることもできる。
一方、細胞が多能性幹細胞の場合、本発明の方法は、いずれかの多能性幹細胞が樹立されているか、樹立可能である、任意の哺乳動物において適用することができ、例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット、イヌ等が挙げられるが、好ましくはヒトまたはマウス、より好ましくはヒトである。以下に種々の多能性幹細胞の調製方法について具体的に説明するが、他の公知の手法も制限なく使用することができる。
【0023】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUS5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147;H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932;M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559;H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0024】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1 mM 2-メルカプトエタノール、0.1 mM 非必須アミノ酸、2 mM L-グルタミン酸、20% KSRおよび4 ng/mL bFGFを補充したDMEM/F-12培養液(もしくは、合成培地:mTeSR、Stem Proなど)を使用し、37℃、2% CO
2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1 mM CaCl
2および20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシンおよび0.1 mg/mLコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0025】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E. Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0026】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0027】
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41〜46頁,羊土社(東京、日本))。
【0028】
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立し得る(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0029】
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M. et al. Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D,et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-174、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-1100、Mali P, et al.(2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-229に記載の組み合わせが例示される。
【0030】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標) (Millipore)、HuSH 29 mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、BioおよびCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294 等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBlおよびG9aに対するsiRNAおよびshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤またはALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453およびA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNAおよびshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295およびmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えば、soluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2およびプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0031】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0032】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0033】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine (TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0034】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10〜15% FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L−グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)または市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTeSR、Stemcell Technology社)など]などが含まれる。
【0035】
培養法の例としては、例えば、37℃、5% CO
2存在下にて、10% FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30〜約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0036】
あるいは、37℃、5% CO
2存在下にて、フィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10% FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L−グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al. (2009), PLoS One. 4:e8067またはWO2010/137746)、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin(WO2009/123349)およびマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0037】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci USA. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:237-241またはWO2010/013845)。
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm
2あたり約5×10
3〜約5×10
6細胞の範囲である。
【0038】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0039】
核移植により得られたクローン胚由来のES細胞(nt ES細胞)は、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(T. Wakayama et al. (2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al. (2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al. (1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47〜52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0040】
Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞または骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間または16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3およびCD105が陽性である。
【0041】
II.生分解性ポリマーからなる支持体
本発明の培養基材において、支持体を構成する生分解性ポリマーは、生体適合性であり、かつ、本発明の培養基材と該基材上に保持された細胞とを含む細胞移植剤を対象となる生体に移植後、移植細胞集団が機能的な3次元構造を維持するのに必要な期間、支持体としての機能を保持した後、分解・消失するものであれば、特に制限されず、例えば、ポリエステル(例、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA)、乳酸-グリコール酸共重合体(PLGA)、ポリカプロラクトン(PCL)及びPGAとの共重合体、PCLとグリコチド、ラクチド、PEGとのブロック共重合体、ポリジオキサノン(PDS)、ポリプロピレンフマレート(PPF)等)、ポリカーボネート(PTMC)及びその共重合体(例、PTMC、トリメチレンカーボネートとグリコシドとの共重合体、トリメチレンカーボネート、グリコシド及びジオキサンの3元重合体等)、ポリ酸無水物及びその共重合体(例、脂肪族もしくは芳香族ジカルボン酸の溶融重縮合物、ポリ酸無水物とイミドとの共重合体等)、ポリオルトエステル(POE)(例、POE I〜IV)、ポリホスファゼン(PPZ)などの合成ポリマー、タンパク質(例、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、フィブロイン、ケラチン等)、多糖(例、アガロース、アルギン酸、ヒアルロン酸、キチン、キトサン等)の天然高分子が挙げられる。細胞移植療法剤としての使用を考慮すると、好ましくは、移植対象にとって異種の動物由来でないものであり、より好ましくは合成ポリマーである。さらに好ましくは、PGA、PLA、PLGA等のポリエステルであり、特に好ましくはPGAである。
上記の合成ポリマーは自体公知の方法で製造することができる。例えば、PGAの場合、例えば、オクチル酸スズ等を触媒に用いたグリコリドの開環重合により得られる。PLAの場合も、オクチル酸スズ等を触媒に用いたラクチドの開環重合により得ることができる。また、PLGAは、ラクチドとグリコリドを開環共重合することにより得ることができる。また、これら合成ポリマーは市販されている。
また、上記の天然高分子は、それらを産生する天然物からそれぞれ自体公知の方法により、単離精製することができる。天然高分子がタンパク質の場合には、組換えタンパク質を用いることが望ましい。
【0042】
生分解性ポリマーからなる支持体は、フレキシブルかつ強度が保持されるものが好ましい。支持体の種類は特に制限はないが、好ましい支持体として、不織布、編み物、織物等の繊維構造物(ファブリック)、多孔質足場材料、繊維構造物と多孔質体との複合材料などが挙げられる。より好ましくは繊維構造物であり、さらに好ましくは不織布である。不織布は、編織を経ずに形成された布であり、溶融した高分子を細繊維としてエアブローで吹き付けるメルトブロー法や、エレクトロスピニング法等により製造することができる。編み物は1本の繊維がループを形成しながら編み重ねられた構造体であるが、複数の糸から編んだ経編みメッシュなども用いられる。織物は縦糸と横糸が交互に交差されたものであり、ガーゼ等が挙げられる。多孔質足場材料としては、上記の生分解性ポリマーを、凍結乾燥法、乳濁液凍結乾燥法、相分離法、ポローゲンリーチング法、高圧ガス発泡法、3次元造形、エレクトロスピニング法等により、多孔質体としたものが挙げられる。繊維構造物と多孔質体との複合材料としては、PLAやPGA等の合成ポリマーの繊維構造物(例、ニットメッシュ、組みひも等)の空隙にコラーゲンスポンジ等の多孔質体を導入したものなどが挙げられる。
特に好ましい一実施態様において、本発明の培養基材は、支持体としてPGA不織布を有する。
【0043】
支持体が繊維構造物の場合、該支持体を構成する繊維は、1-100μm、好ましくは2-10μm、より好ましくは2-5μmの繊維径を有するものであればよい。また、支持体が繊維構造物や多孔質体の場合、支持体の孔径は、本発明の培養基材上で培養される細胞の培養状態(例えば、目的に応じて、細胞の維持、増幅、分化、脱分化等、好ましくは幹細胞、特にヒトES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞の維持・増幅)に好ましくない影響を与えない限り特に制限はないが、例えば、支持体が不織布のような繊維の方向性がランダムな繊維構造物の場合、支持体の孔径は、5-500μm、好ましくは10-100μmの範囲内で、かなり不均一であり得る。一方、支持体が編織物のように繊維の方向性が一定な繊維構造物の場合、支持体の孔径はより均一であり得る。支持体の厚みも、本発明の培養基材上で培養される細胞の培養状態(例えば、目的に応じて、細胞の維持、増幅、分化、脱分化等、好ましくは幹細胞、特にヒトES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞の維持・増幅)に好ましくない影響を与えない限り特に制限はないが、例えば、1μm-3mm、好ましくは10μm-1mm、より好ましくは50-200μmの厚みを有するものであればよい。
【0044】
III. 生分解性ポリマーからなるナノファイバー
本発明の培養基材のナノファイバーに用いられる生分解性ポリマーとしては、上記支持体に用いられる生分解性ポリマーについて例示されたものと同様のものを用いることができる。好ましくは、移植対象にとって異種の動物由来でないものであり、より好ましくは合成ポリマーであるが、コラーゲンを化学的に処理して得られる天然高分子の処理物であるゼラチンも、本発明の好ましい一実施態様である。
ゼラチンは、主として牛骨および牛皮、豚皮を原料として製造されるが、鮭などの魚の皮や鱗を原料とする場合もあり、その由来については特に限定されない。これらの原料からゼラチンを抽出・精製する方法は周知である。また、市販のゼラチンを用いることもできる。
合成ポリマーとしては、好ましくはPGA、PLA、PLGA等のポリエステルであり、特に好ましくはPGAである。これらの合成ポリマーは、上記のようにして製造することができ、また、市販されている。
尚、ナノファイバーを構成する生分解性ポリマーと、支持体を構成する生分解性ポリマーとは、同一のポリマーであってもよいし、異なるポリマーであってもよい。
【0045】
生分解性ポリマーの分子量は特に限定されないが、分子量が小さいとエレクトロスピニング法によりナノファイバーを形成できない場合があるので、例えば、ゼラチンの場合、10 kDa以上、好ましくは20-70 kDa、より好ましくは30-40 kDaの範囲で適宜選択することができる。
【0046】
IV. ナノファイバーの作製
これらの生分解性ポリマーからナノファイバーを作製する方法は特に限定されず、例えばエレクトロスピニング法、ドライスピニング法、コンジュゲート溶融紡糸法、メルトブロー法等が挙げられるが、簡便で応用性が広いエレクトロスピニング法が好ましく用いられる。
エレクトロスピニング法による場合、まず生分解性ポリマーを適当な溶媒に溶解する。ここで用いられる溶媒としては、用いる生分解性ポリマーを溶解し得る溶媒であれば、無機溶媒、有機溶媒を問わずいかなるものも使用可能であるが、例えば、ゼラチンナノファイバーの作製においては、酢酸やギ酸、トリフルオロ酢酸等が好ましく用いられ得る。また、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)や2,2,2-トリフルオロエタノール等も使用することができる。コラーゲンナノファイバーの作製においては、例えば、HFIP等が用いられ得る。一方、PGA、PLA、PGLA、PCL等の合成ポリマーからなるナノファイバーの作製においては、塩化メチレン、クロロホルム、HFIP等が用いられ得る。
生分解性ポリマー溶液の濃度は特に限定されないが、好ましい繊維径及び均一性を得るためには、例えば、ゼラチンの酢酸溶液を用いる場合には、5-15 w/v%、好ましくは8-12 w/v%の濃度範囲で使用することが望ましく、PGAのHFIP溶液を用いる場合には、1-10 w/w%、好ましくは3-8 w/w%の濃度範囲で使用することが望ましい。
【0047】
エレクトロスピニング法は自体公知の手法に従って実施することができる。エレクトロスピニング法の原理は、電気の力で材料をスプレーし、ナノサイズの繊維にすることである。生体高分子溶液をシリンジに充てんし、先端に注射針のようなノズルを設置したものに、シリンジポンプを接続して流速を与えるようにする。ノズルから適当な距離の位置にナノファイバーが収集するコレクタ(平板でもよいし、巻き取り式とすることもできる。平板なコレクタ上に後述の支持体を設置して、直接、支持体上にナノファイバーを形成させて本発明の培養基材とすることもできる)を設置し、ノズル側に電源の+極、コレクタ側に−極を接続する。シリンジポンプの電源を入れるとともに、電圧をかけることにより、コレクタ上に生体高分子が噴射され、ナノファイバーが形成される。ここで、電圧、ノズルからコレクタまでの距離、ノズルの内径などにより、繊維形態や繊維径が変動するが、当業者であれば、これらを適宜選択して所望の繊維径を有し、かつ均一なナノファイバーを作製することができる。例えば、後述の実施例で用いた各種条件を採用することもできるし、上述の非特許文献4および5に記載の条件を適宜用いることもできる。
【0048】
上記のようにして生成するナノファイバーは、50-5000nm、好ましくは150-1000nm、より好ましくは150-500nm、さらに好ましくは150-400nmの繊維径を有するものであればよい。
また、該ナノファイバーの厚みは、本発明の培養基材上で培養される細胞の培養状態(例えば、目的に応じて、細胞の維持、増幅、分化、脱分化等、好ましくは幹細胞、特にヒトES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞の維持・増幅)に好ましくない影響を与えない限り特に制限はないが、例えば、100-1000nm、好ましくは150-700nmの厚さを有するものであればよい。
【0049】
ナノファイバーに好適な3次元特性を与え、かつ継代時の細胞の解離を容易にするために、生成したナノファイバーは適当な架橋剤を用いて架橋処理することが好ましい。架橋剤の種類は特に制限はないが、好ましい架橋剤として、水溶性カルボジイミド(WSC)、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等が挙げられる。2種類以上の架橋剤を混合して用いてもよい。架橋処理は、例えば、架橋剤を適当な溶媒に溶解し、該架橋剤溶液中に得られたナノファイバーを浸漬することにより行うことができる。当業者であれば、架橋剤の種類に応じて、溶液濃度、架橋処理時間を適宜設定することができる。
尚、架橋剤と培養基材に機能性を付与する公知のペプチドをコンジュゲートしておけば、当該架橋処理により、同時にナノファイバー基材上に機能性ペプチドが付与されることになるので、この点でも有用である。
【0050】
V. ファイバー・オン・ファイバーの作製
上記のようにして生成するナノファイバーを、支持体上に塗布することで、本発明の培養基材(該培養基材における代表的な支持体がマイクロファイバーであることから、本明細書においては、繊維構造物以外の支持体で構成されるものも包括して「ファイバー・オン・ファイバー」と称する場合がある)を作製することができる。
塗布する方法は、ナノファイバーが支持体上に均一に塗布されれば、限定されないが、簡便で応用性が広いエレクトロスピニング法により、ナノファイバーを支持体上に生成させる方法が好ましく用いられる。
ファイバー・オン・ファイバーの厚みは、本発明の培養基材上で培養される細胞の培養状態(例えば、目的に応じて、細胞の維持、増幅、分化、脱分化等、好ましくは幹細胞、特にヒトES細胞もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞の維持・増幅)に好ましくない影響を与えない限り特に制限はないが、ナノファイバーの厚みは支持体の厚みに対して十分に小さく、ほぼ無視することができるので、ファイバー・オン・ファイバーは、例えば1μm-3mm、好ましくは10μm-1mm、より好ましくは50-200μmの厚みを有するものであればよい。
【0051】
VI. ファイバー・オン・ファイバー基材を用いた細胞の培養
このようにして得られた、生分解性ポリマーからなる支持体上に生分解性ポリマーからなるナノファイバーを含有してなる本発明の培養基材(ファイバー・オン・ファイバー基材)は、多能性幹細胞等の幹細胞をはじめとする各種細胞の培養(例えば、維持増幅培養、分化誘導培養、脱分化誘導培養など)のために使用される。従って、本発明はまた、本発明の培養基材上に細胞、好ましくは幹細胞、より好ましくは多能性幹細胞を播種し、該細胞を静置培養することによる、該細胞の培養方法を提供する。
以下に、多能性幹細胞の維持増幅培養方法を例にとって本発明をより具体的に説明するが、多能性幹細胞や他の幹細胞から種々の分化細胞へ分化誘導する場合や、組織前駆細胞もしくは組織幹細胞、あるいは分化細胞をより未分化な状態に脱分化させたり、他の幹細胞、組織前駆細胞又は分化細胞を維持増幅培養したりする場合についても、それぞれ、公知の方法を、従来使用されている培養基材に代えて本発明の培養基材を適用することで、容易に実施することができる。
【0052】
まず、樹立され、フィーダー細胞やマトリゲル、コラーゲン等のマトリクス上で付着培養されていた多能性幹細胞を酵素処理により解離した後、好ましくは細胞死を抑制するためにROCK阻害剤(例えば、Y-27632等)を添加した培地(上記I.において多能性幹細胞の培養用培地として例示したものを同様に使用することができる。好ましくは無血清培地であり、より好ましくは培養される多能性幹細胞とは異種の動物由来のタンパク質を含まない(Xenoフリー)培地であり、さらに好ましくは血清アルブミンやbFGF等のタンパク質を含まない培地が使用される。)に懸濁し、培養容器(例えば、ディッシュ、ペトリディッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック等)中に載置した、上記本発明の培養基材上に、約0.5×10
4-約10×10
4細胞/cm
2、好ましくは約2×10
4-約6×10
4細胞/cm
2の細胞密度となるように播種する。該培養基材は、多能性幹細胞の播種に先立って、上記培地と同じ組成(ROCK阻害剤は不要)の培地を含浸させ、本培養と同様の条件下でプレインキュベートしておくことが望ましい。
【0053】
多能性幹細胞を播種後、好ましくは培養容器から培地を除去し、新鮮な培地(ROCK阻害剤を含むことが望ましい)と交換し、1日培養する。培養は、例えば、CO
2インキュベーター中、約1-約10%、好ましくは約2-約5%のCO
2濃度の雰囲気下、約30-約40℃、好ましくは約37℃で行われる。翌日ROCK阻害剤を含まない培地と交換し、以後は1-2日毎に新鮮な培地と交換することが望ましい。培養は1-7日間、好ましくは3-6日間、より好ましくは4-5日間行われる。
【0054】
本発明はまた、酵素を含まない解離液を用いて基材から細胞(例えば、多能性幹細胞等の幹細胞など)を解離させ、該細胞を本発明の培養基材上に再播種し、該細胞をさらに静置培養することによる、該細胞の培養方法(例えば、維持増幅方法など)を提供する。ヒト多能性幹細胞は、従来の継代培養法で単一細胞化すると、細胞死を起こしやすいという問題点があるため、ある程度のサイズの細胞塊として継代されたりもするが、本発明の培養基材を用いた場合、酵素を含まない解離液を用いて容易に基材から細胞を解離させることができ、さらにわずかなピペッティング操作により単一細胞まで分散させることができる。上記の架橋された基材を用いれば、基材の形態は保持されるので、より基材と細胞の分離が容易になる。
酵素を含まない解離液としては、従来から機械的に細胞を解離する方法において使用されている解離液を同様に用いることができ、例えば、ハンクス液やクエン酸とEDTAを組み合わせた溶液等が挙げられる。
【0055】
本発明の特筆すべき点は、ヒト多能性幹細胞を単一細胞にまで分散させた際、単一細胞化された多能性幹細胞において、細胞死の割合が顕著に抑制されることが挙げられる。これにより、より均一なヒト多能性幹細胞の細胞集団を調製することが可能となるからである。したがって、本発明はまた、本発明の培養基材を用いて、継代時に、酵素処理を行うことなく多能性幹細胞を単一細胞にまで分散させることによる、細胞死が抑制され、かつ細胞の均一化を可能とする、多能性幹細胞の維持増幅方法を提供する。基材から解離された細胞を、単一細胞にまで分散させるには、ROCK阻害剤を含む培地中で該細胞を10回程度緩やかにピペッティングするだけでよい。本方法によれば単一細胞化された細胞の死滅が顕著に抑制されるので、ROCK阻害剤を培地に添加するのは約1日間で十分である。ROCK阻害剤を長期間細胞に接触させるのは安全面から避けることが望ましいので、本発明の当該効果は極めて有意義である。
【0056】
幹細胞、とりわけヒト幹細胞は移植医療等への応用が期待されることから、安全な移植を可能とするため、ウイルスやその他に人体にとって有害な夾雑物質の混入を極力避ける必要がある。従って、特にヒト幹細胞の維持増幅培養においては、無血清培地の使用、より好ましくは異種動物由来成分を含まないxenoフリー培地の使用、さらに好ましくはタンパク質不含培地の使用が望まれる。本発明の培養基材を用いて継代培養を続ければ、これらのいずれの培地を用いた場合でも血清含有培地などと遜色ない増殖効率を得ることができる。
ここで、無血清培地の例としては、組換え動物タンパク質を含むmTeSR培地などが、xenoフリー培地の例としては、ヒト血清アルブミン、ヒトbFGFを含むTeSR2培地などが、タンパク質不含培地の例としては、E8培地などが、それぞれ挙げられる。
【0057】
本発明の培養基材から解離された(好ましくは単一細胞にまで分散させた)多能性幹細胞は、継代培養の際には、上記のフィーダー細胞等を用いた付着培養から本発明の培養基材上に移行させる場合と同様に、約0.5×10
4-約10×10
4細胞/cm
2、好ましくは約2×10
4-約6×10
4細胞/cm
2の細胞密度となるように、新しい培養基材上に播種する。この培養基材も、上記と同様、多能性幹細胞の播種に先立って、本培養の際と同じ組成(ROCK阻害剤は不要)の培地を含浸させ、本培養と同様の条件下でプレインキュベートしておくことが望ましい。
【0058】
多能性幹細胞を再播種後、好ましくは培養容器から培地を除去し、新鮮な培地(ROCK阻害剤を含むことが望ましい)と交換し、1日培養する。培養は、例えば、CO
2インキュベーター中、約1-約10%、好ましくは約2-約5%のCO
2濃度の雰囲気下、約30-約40℃、好ましくは約37℃で行われる。翌日ROCK阻害剤を含まない培地と交換し、以後は1-2日毎に新鮮な培地と交換することが望ましい。培養は1-7日間、好ましくは3-6日間、より好ましくは4-5日間行われる。
【0059】
上記の操作を繰り返し実施することにより、多能性幹細胞を、長期にわたって多能性と正常な形質を維持した状態で、極めて良好な増殖効率で維持増幅することができる。ヒト多能性幹細胞を継続培養した際の増殖効率としては、5日間毎に10倍の増殖速度に到達している。この増殖速度は、既報のヒト多能性幹細胞の分散培養の論文における5倍程度などに比較して格段に優れている。また従来の実験室レベルで複雑な手作業による接着培養方法(4日毎に4倍程度、または3日毎に3倍程度)に比較しても優れている。
このようにして、良質の多能性幹細胞を安定して大量に増幅することが可能となり、細胞移植治療や薬剤スクリーニングのための分化細胞のソースとして十分な量の多能性幹細胞を供給することができる。
【0060】
VII. ファイバー・オン・ファイバー基材を用いた細胞の凍結保存
ファイバー・オン・ファイバー基材上で培養した細胞を、当該基材ごと容器に挿入して凍結保存することができる。容器は凍結に適したものであればよく、容量、形(チューブ、バッグ、アンプル、バイアル等)など限定されない。当業者は適宜、好適な容器を選択することができる。また、当業者は該培養後の基材をピンセット等でその形を変えて、容器に挿入することもできる。
【0061】
細胞の凍結には、当業者は必要に応じて、細胞凍結用の溶液を添加することができる。当該溶液としては、凍結下で細胞を保護することができる溶液であればよい。例えば、mFreSR(ベリタス社)、霊長類ES細胞用凍結保存液(リプロセル社)、CRYO-GOLD Human ESC / iPSC Cryopreservation Medium(システムバイオサイエンス)、セルバンカー3(十慈フィールド)等の市販品を使用することもできる。
【0062】
VIII. ファイバー・オン・ファイバー基材上で培養した細胞の直接移植
本発明の培養基材は生体適合性かつ生分解性であるので、細胞を剥離することなく、該基材上で培養した細胞を、基材ごとヒトをはじめとする動物の生体に移植することができる。例えば、本発明の培養基材を用いて、上記のように維持増幅したヒト多能性幹細胞を、各種分化誘導培地に培地交換することによって、該基材上で所望の体細胞に分化誘導することができる。例えば、神経幹細胞への分化誘導法としては、特開2002-291469、膵幹様細胞への分化誘導法としては、特開2004-121165、造血細胞への分化誘導法としては、特表2003-505006に記載される方法などがそれぞれ例示される。この他にも、胚葉体の形成による分化誘導法としては、特表2003-523766に記載の方法などが例示される。このようにして分化誘導された体細胞を、剥離することなく基材ごと、例えば、ハイドロゲル等のキャリアを用いる従来公知の移植方法と同様にして、対象に移植することができる。未分化細胞の残存による腫瘍形成が懸念される場合には、通常の継代の際と同様にして分化誘導後の細胞集団を基材から解離させ、未分化マーカー及び/又は分化マーカーを用いてフローサイトメトリー等により未分化細胞を除去し、所望の体細胞に純化した後、通常の継代の際と同様にして本発明の培養基材上に再播種し、馴化培養した後、移植に供することもできる。
【0063】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0064】
実施例1 ファイバー・オン・ファイバーの作製
(1)材料
ゼラチン溶液
・ゼラチン (SIGMA G2625 MW: 30 kDa)
・氷酢酸 (AA; SIGMA P-338826)
・無水酢酸エチル (EA; SIGMA P270989)
架橋バッファー
・水溶性カルボジイミド (WSC; DOJINDO Catalog344-03633)
・N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS; SIGMA Catalog56480)
・99.5% エタノール (Wako)
ガーゼ BEMCOT(登録商標)S-2(旭化成)
カルチャーカバーガラス25mmφ及び32mmφ
シリコンウェハー
真空ポンプ(Vacuum Pump)
ニプロブランド針 23Gx1 1/4” 刃先なし
高圧電源 (TECHDEMPAZ Japan)
【0065】
(2)操作手順
10%w/v ゼラチン溶液(AA:EA = 3:2) 1 mLの調製
2 mLチューブにゼラチン0.1 g(最終濃度10%w/v)、滅菌蒸留水0.2 mLを入れた。次にドラフト内で氷酢酸0.42 mL(最終濃度42%w/v)、無水酢酸エチル0.31 mL(最終濃度28%w/v)を加え、チューブをボルテックスしてよく攪拌した。ゼラチンが十分に溶けたら、チューブをローターにセットし、一昼夜転倒混和した(室温度:20℃以上)。
【0066】
PGA不織布の作製
特開2014-083106の実施例1、2に記載の方法に準じて、生体吸収性材料としてポリグリコリドを用い、スクリュー径20mmの汎用小型押出機にてメルトブロー法により不織布を作製した。ホッパー内を窒素ガスパージし、熱風下にて紡糸を行い、吐出量とベルトコンベアの速度を調整することにより不織布を得た。得られたPGA不織布の繊維径は2-5μmであった。厚さ50μm又は200μmのPGA不織布を、以下のファイバー・オン・ファイバー作製に供した。
【0067】
エレクトロスピニング法によるゼラチンナノファイバーの支持体への塗布
上記のようにして調製したゼラチン溶液を23Gのブラント針(ニプロ)を付けたシリンジに入れ、気泡を抜いた後、マイクロシリンジポンプに流速0.2 mL/hでセットした。シリコンウェハーの中央にカルチャーカバーガラスを2枚並べて置き(あるいは適当なサイズにカットしたコットンガーゼ又はPGA不織布を置き)、これらの支持体の両端の一部をセロハンテープで固定した。シリコンウェハーを万力で垂直に固定し、マイクロシリンジポンプにセットするシリンジの針から10 cmほどの距離に置いた。ブラント針に+電極(赤線)、シリコンウェハーに−電極(緑線)を取り付け、マイクロシリンジポンプのスイッチを入れ、11 kVの電圧をかけて、シリコンウェハー上の支持体にファイバーを噴出させた。電圧を止め、シリコンウェハーを180度回転させて再度ファイバーを同じ時間噴出させた。ファイバー噴出後、ウェハー上のPGA不織布(本発明のファイバー・オン・ファイバー)、コットンガーゼ(対照ファイバー・オン・ファイバー)又はガラス(対照ナノファイバー)を静かに外してシャーレに入れた。このシャーレをデシケーターに入れ、真空ポンプをかけながら一昼夜乾燥させた。
【0068】
0.2 M WSC/NHS架橋バッファーの調製(40 mL)
50 mLファルコンチューブにWSC を1.52 g、NHSを0.92 g入れた。該チューブに99.5% エタノールを30 mL加えてボルテックスし、試薬を溶かした後、40 mLになるように99.5%エタノールで定量し、再度ボルテックスした。
【0069】
架橋処理
デシケーターで乾燥させたゼラチンナノファイバー(本発明のファイバー・オン・ファイバー、対照ファイバー・オン・ファイバー又は対照ナノファイバー)を表面が浸る程度の量の架橋バッファーに4時間浸漬した。ナノファイバーを取り出し、99.5%エタノールに5〜10分浸けて洗浄した(この操作を2回繰り返した)。次にキムワイプを敷いたシャーレの上でナノファイバーを風乾した後、デシケーターに入れ、一昼夜乾燥させた。
【0070】
(3)結果
ファイバー・オン・ファイバーの構造
上述の方法で得られたPGA不織布を支持体とする本発明のファイバー・オン・ファイバーの走査電子顕微鏡写真を
図1に示す。ゼラチンナノファイバーがPGA不織布の繊維間に網目状になっていることが分かった。該ゼラチンナノファイバーの直径は、300±100nmであった。
【0071】
実施例2 ヒト多能性幹細胞のファイバー・オン・ファイバー上への継代方法
(1)材料
mTeSR 1 STEM CELL ベリタス ST-05850
Y-27632 Wako 257-00511(1 mg)253-00513(5 mg)
Cell Dissociation Buffer enzyme-free, Hanks’-based GIBCO 13150-016
TrypLE Express GIBCO 12605-010
ヒト胚性幹細胞:H9、H1
ヒト人工多能性幹細胞:253G1
【0072】
(2)操作手順
ナノファイバーの前処理
実施例1で調製した各種ナノファイバーを35 mmディッシュ(6-well プレート) にセットし、99.5%エタノール1 mLで3回洗浄し滅菌処理した。3回目は丁寧に吸引し、クリーンベンチ内で乾燥した。各種ナノファイバーを培地に浸し、37℃でインキュベートした。35 mmディッシュにmTeSR 1を2 mL入れた。
【0073】
MEFフィーダーからナノファイバー上へのヒト多能性幹細胞の移行
MEFフィーダー上のヒト多能性幹細胞コロニー(60 mmディッシュ)に、酵素解離液TrypLE Express 2 mLを加え、そのままインキュベートし、約2分後にディッシュをゆすって顕微鏡下で、MEFが剥がれてきていること及びコロニーが丸くなっていることを確認した後、酵素解離液を吸引除去した(必要に応じてmTeSR 1 1〜2 mLでリンスした)。10 μM Y-27632を含有するmTeSR 1(mTeSR 1(+Y-27632))4 mLで細胞を回収して、10回ぐらいピペッティングし、シングルセルにした。細胞数をカウントした後、1000 rpmで3分間遠心し上清を吸引除去し、mTeSR 1(+Y-27632)で、必要な細胞濃度に再懸濁した。前処理していた対照ナノファイバー上の培地を吸引除去し、該ナノファイバーに1〜1.5 mL(細胞密度は2×10
5〜3×10
5cells/sample)を播種した。翌日、培地をmTeSR 1(+Y-27632)2 mLに交換し、2日目からY-27632を含まないmTeSR 1で培養し、毎日培地交換を行った。
【0074】
ナノファイバーからナノファイバーへのコロニーの継代
PBSで2回細胞をリンスした後、酵素不含細胞解離液Cell Dissociation Buffer 1 mLを加え、37℃で5分間インキュベートした後、該解離液を吸引除去した(TrypLE Expressを用いる場合1 mLを加えたら、すぐ吸引除去した後、2分ほどインキュベートした)。mTeSR1(+Y-27632)2 mLで細胞を回収し (1 mL×2回)、10回ぐらいピペッティングし、シングルセルにした。以後の操作はMEFフィーダーからの移行の場合と同様に行った。
【0075】
ナノファイバーからファイバー・オン・ファイバーへコロニーの継代
対照ナノファイバー上で20回以上継代した細胞をD-PBSで2回細胞をリンスした。Cell Dissociation Buffer 1 mLを加え、37℃で5分インキュベート後、吸引除去した。mTeSR 1(+Y-27632)2 mLで細胞を回収し(1 mLx2回)、10回ぐらいピペッティングし、シングルセルにした。細胞数をカウントした後、1000 rpmで3分間遠心し上清を吸引除去し、mTeSR1(+Y-27632)で必要な細胞濃度に再懸濁した。細胞懸濁液を2x10
5 cells/sampleとなるようにファイバー・オン・ファイバー (2cmx2.5cm) 上に播種した。2日目からY-27632を含まないmTeSR1で培養し、毎日培養交換を行った。3日後、細胞を移植に供した。
【0076】
(3)結果
ファイバー・オン・ファイバー上でのヒト多能性幹細胞の培養
本発明のファイバー・オン・ファイバーを培養液に浸漬し、その上でヒト多能性幹細胞(H1ヒトES細胞)を培養した。ヒト多能性幹細胞がコロニーを形成することが確認された。当該細胞を多能性幹細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼ染色した結果を
図2に示す。赤色に染色されたコロニーが観察され、ヒト多能性幹細胞が培養後でもアルカリフォスファターゼを強く発現していることが確認された。しかも、染色された細胞は繊維上に均一に分散していた。
【0077】
本発明のファイバー・オン・ファイバー、コットンガーゼを支持体とするファイバー・オン・ファイバー、ガラス上に形成させたゼラチンナノファイバー上で、ヒトES細胞(H1)を4日間培養し、1日毎に細胞密度を測定した。その結果、PGA不織布を支持体とすることにより、コットンガーゼを支持体とした場合よりも、顕著に細胞増殖効率が改善し、マトリゲルやガラス上のナノファイバーに近い増殖速度が得られた(
図3)。
【0078】
フローサイトメトリーによる多能性幹細胞マーカーの定量的発現量解析
ヒトES細胞(H1、H9)及びヒトiPS細胞(253G1)を本発明のファイバー・オン・ファイバー上で培養した後の細胞について、多能性幹細胞マーカー(SSEA4、TRA-1-60)及び分化マーカー(SSEA1)の発現を、フローサイトメトリーを用いて解析した(
図4)。いずれの多能性幹細胞でも、96%以上の細胞が未分化マーカーを強く発現していることを確認することできた。また、細胞群が均一であることも確認することができた。
【0079】
免疫細胞染色法による多能性幹細胞マーカー発現の確認
ヒトES細胞(H1)を本発明のファイバー・オン・ファイバー上で培養した後の細胞について、免疫細胞染色により、未分化マーカー(OCT4)及び分化マーカー(SSEA1)の発現を調べた。結果を
図5に示す。細胞が未分化マーカーを強く発現していることが確認された。
【0080】
実施例3 ファイバー・オン・ファイバー上で培養したヒト多能性幹細胞のマウスへの移植
(1)材料
イソフルラン :アボットジャパン株式会社
免疫不全マウス:日本クレア
夏目糸付縫合針(滅菌済み):夏目製作所
【0081】
(2)操作手順
実施例2で得たヒト多能性幹細胞を培養したPGA不織布を支持体とするファイバー・オン・ファイバーを2 x 2.5 cm角に揃えた。
免疫不全マウス(SCID C.B-17/icr-scid/scid Jclマウス、8週齢、雌)をイソフルランで吸入麻酔にて、全身麻酔した。マウスが完全に静止してから、背横腹の皮膚を1 cmほど切開した。ピンセットを使って、上記ファイバー・オン・ファイバーを3回ほど折りたたみ、切開した箇所に挿入した後、夏目糸付縫合針を用いて、移植箇所を縫合した。奇形腫が2 cm大になったところで(1〜2ヶ月後)、マウスから摘出し、常法により固定化、切片を作製し、ヘマトキシリン-エオシン染色した。
【0082】
(3)結果
実施例2で得たヒトES細胞(H1)又はヒトiPS細胞(253G1)を培養した本発明のファイバー・オン・ファイバーを、免疫不全マウスに移植し、奇形腫(テラトーマ)の形成を調べた。どちらの細胞においても、三胚葉を含んだテラトーマを形成しており、本発明のファイバー・オン・ファイバーがヒト多能性幹細胞の分化を阻害しないことが確認できた(
図6)。また、移植時にネクローシスを起こすことなく、移植後の炎症反応も見られなかった。さらに、本発明のファイバー・オン・ファイバーはテラトーマ内で完全に消失していた。
【0083】
実施例4 PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバーの作製
(1)材料
PGA溶液
・PGA
・1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール (HFIP; Wako 085-04235)
【0084】
(2)操作手順
PGA不織布の作製は、実施例1と同様の手順で行った。以下の手順でPGA溶液の調製、及びPGAナノファイバーの支持体への塗布を行った。
【0085】
5.7%w/wPGA溶液の調製
50 mL瓶にPGAを2.85 g、HFIPを47.15 g入れ(最終濃度5.7%w/w)、50℃にて一晩静置し、PGAを溶解させた。
【0086】
エレクトロスピニング法によるPGAナノファイバーの支持体への塗布
上記のようにして調製したPGA溶液を28Gの金属ニードルを付けたシリンジに入れ、エレクトロスピニング装置に取り付けた。金属ニードルから10cm程度離した位置に金属テーブルを配置し、セロハンテープでPGA不織布を固定した。シリンジ内にエアー圧をかけ、PGA溶液を吐出するとともに、電圧を印加し、PGAファイバーを作製した。
【0087】
(3)結果
PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバーの構造
上述の方法で得られたPGA不織布を支持体とする本発明のPGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバーの走査電子顕微鏡写真を
図7に示す。PGAナノファイバーがPGA不織布の上に網目上に形成されていることが分かった。該PGAナノファイバーの直径は、400±100nmであった。
【0088】
実施例5 PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバー上でのヒト多能性幹細胞の培養
(1)材料
mTeSR 1 STEM CELL ベリタス ST-05850
Y-27632 Wako 257-00511(1 mg)253-00513(5 mg)
Cell Dissociation Buffer enzyme-free, Hanks’-based GIBCO 13150-016
TrypLE Express GIBCO 12605-010
ヒト人工多能性幹細胞:253G1
【0089】
(2)操作手順
実施例4で作製したPGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバー上で、実施例2と同様の手順でヒトiPS細胞(253G1)を培養した。
【0090】
(3)結果
アルカリフォスファターゼ染色
培養後のヒトiPS細胞(253G1)を多能性幹細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼ染色した結果を
図8に示す。染色されたコロニーが観察され、ヒトiPS細胞(253G1)が培養後でもアルカリフォスファターゼを強く発現していることが確認された。しかも、染色された細胞は繊維上に均一に分散していた。
【0091】
フローサイトメトリーによる未分化マーカーの定量的発現量解析
培養後のヒトiPS細胞(253G1)について、未分化マーカー(TRA-1-60、SSEA4)の発現を、フローサイトメトリーを用いて解析した(
図9)。TRA-1-60(
図9左)及びSSEA4(
図9右)いずれのマーカーも99.5%以上の細胞で強く発現していることが確認された。
【0092】
実施例6 PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバーを介した物質拡散挙動の確認
(1)材料
食紅 ユウキ MC フードカラーボックス(ユウキ食品、52100071077)
リン酸緩衝生理食塩水 D-PBS(インビトロジェン、14287-080)
PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバー
【0093】
(2)操作手順
1.5mLの食紅溶液を入れたチューブと1.5mLのリン酸緩衝生理食塩水を入れたチューブとの間に、実施例4で作製したPGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバーを1枚挟み、両チューブを接続して3時間静置した。
【0094】
(3)結果
PGAのみで構成されるファイバー・オン・ファイバー(FoF)を通して、15分後には食紅がリン酸緩衝生理食塩水を入れたチューブに到達したことが確認された(
図10)。このことから、通常の培養ディッシュを用いた場合とは異なり、細胞は、360度いずれの角度からでも必要成分を獲得でき、不要物質を放出できることが示唆された。従って、培養液中に含まれる成長因子や、サプリメント、ガス分子なども同様に、ファイバー・オン・ファイバーを通して拡散が可能であると考えられる。