(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
過給機を備えたエンジンでは、加速するために運転者がアクセルを踏み込んだ際に、そのアクセルの踏込みに対して、燃焼室へ導入される吸気の圧力である吸気管圧の上昇がやや遅れる傾向にある。吸気管圧が上昇していない際に、加速要求に対応した大量の燃料を噴射すると、排気中のスモークが増大することがある。
【0003】
このため、例えば、特許文献1には、アクセルが踏み込まれてエンジンが加速状態へと移行する際に、いわゆる「なまし」制御を実行することにより、排気中のスモークを抑制する技術が開示されている。
【0004】
なまし制御は、運転者が急にアクセルを踏み込んだときでも、燃料噴射量を一気に増加させず、時間をかけて徐々に増加させることで、燃料過多によるスモークの発生を防止するものである。
【0005】
また、加速するために運転者がアクセルを踏み込んだ際に、そのアクセルの踏み込み量に対応する目標燃料噴射量よりも低いスモークリミット噴射量を設定し、実際に噴射される燃料の量を制限することで、スモークを抑制する技術もある。
【発明を実施するための形態】
【0019】
この発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。
図1は、この発明のエンジンE及びエンジンEの制御装置の構成を示す全体図である。この実施形態のエンジンEはディーゼルエンジンであるが、ガソリンエンジンにおいてもこの発明を適用することができる。
【0020】
エンジンEの構成は、ピストン11を収容したシリンダの燃焼室12内に吸気を送り込む吸気通路1、燃焼室12から引き出された排気通路2、燃焼室12内に臨む燃料噴射弁(インジェクタ)13等を備えている。吸気通路1の燃焼室12への開口である吸気ポート、及び、排気通路2の燃焼室12への開口である排気ポートは、それぞれバルブによって開閉される。
【0021】
吸気通路1には、吸気ポートから上流側に向かって、燃焼室12へ導入される吸気量を検出するエアフローセンサ14,吸気通路1の流路面積を調節するスロットルバルブ25、吸気通路1を流れる吸気を冷却する吸気冷却装置(インタークーラ)6、吸気通路1内の吸気の圧力を検知する吸気管圧検知手段18、ターボチャージャのコンプレッサ17、吸気通路1の流路面積を調節するスロットルバルブ22、エアクリーナを収容したケース等が設けられる。エアクリーナのケース内には、大気温度検出装置19として管内の吸気温度を検出できる温度センサが設けられている。
【0022】
排気通路2には、排気ポートから下流側に向かって、ターボチャージャのタービン7、排気中の窒素酸化物(NOx)等を除去する触媒等を備えた排気浄化部8、排気中のスモークの量を検出するスモークセンサ16、消音器(マフラ)9が設けられる。
【0023】
過給機Tは、排気通路2に設けられたタービン7の回転が、吸気通路1に設けられたコンプレッサ17に伝達されることにより、そのコンプレッサ17の回転で燃焼室12に導入される吸気の圧力を高めている。この過給機Tは、コンプレッサ17を駆動するタービン7内に可動ベーン15を備えることにより、そのタービン7内での排気の流速を調整する可変容量ターボチャージャである。エンジンの回転速度に応じて可動ベーン15の向きを調整することにより、タービン7内における排気の流速を増減し、エンジンの回転速度に応じた最適なタービン容量を設定できる。
【0024】
また、排気通路2のタービン7と排気ポートとの間と、吸気通路1の吸気ポートとスロットルバルブ25の間とは、高圧排気ガス再循環装置を構成する高圧排気還流通路23によって連通している。高圧排気還流通路23を介して、燃焼室12から排出される排気ガスの一部が、還流ガスとして吸気通路1に還流する。高圧排気還流通路23に設けられた高圧排気還流弁24の開閉とスロットルバルブ25の開閉に伴う吸気通路1内の圧力状態に応じて、還流ガスが吸気通路1内の吸気に合流する。
【0025】
また、排気通路2の排気浄化部8と消音器9との間と、吸気通路1のコンプレッサ17とスロットルバルブ22の間とは、低圧排気ガス再循環装置を構成する低圧排気還流通路20によって連通している。低圧排気還流通路20には、還流ガスを冷却する還流ガスクーラ10が設けられている。低圧排気還流通路20を介して、燃焼室12から排出される排気ガスの一部が、還流ガスとして吸気通路1のインタークーラ6の上流側に還流する。低圧排気還流通路20に設けられた低圧排気還流弁21の開閉とスロットルバルブ22の開閉に伴う吸気通路1内の圧力状態に応じて、還流ガスが吸気通路1内の吸気に合流する。
【0026】
このエンジンEへの燃料や空気の供給、バルブの開閉、過給機T、その他の制御は、エンジンEを搭載する車両が備える電子制御ユニット(Electronic Control Unit)30が行っている。
【0027】
また、燃料噴射弁13による燃料の噴射時期及び噴射量の制御は、電子制御ユニット30が備える燃料噴射制御手段31によって行われる。
【0028】
電子制御ユニット30は、運転者が行うアクセルの踏み込み、すなわち、加速要求に対して、その加速要求に対応する燃料の噴射量増量を遅らせるディレイ量を決定し、そのディレイ量に基づいて、燃料噴射制御手段31に燃料の噴射時期の指令を出すディレイ量決定手段32を備える。
【0029】
ディレイ量決定手段32によるディレイ量の決定、及び、ディレイ量に基づく燃料噴射制御手段31への燃料の噴射時期の指令は、加速要求の開始時期、及び、その加速要求による加速中にそれぞれ行われる。
【0030】
ディレイ量とは、加速要求に対して、その加速要求に対応する燃料の噴射量増量を遅らせる時間を意味する。運転者のアクセル操作によってアクセル開度が増した際、つまり、加速要求があった際にディレイ量が設定された場合は、そのディレイ量に対応する時間が経過するまで、燃料噴射量の増量を開始しない、あるいは、燃料噴射量の増量中であればその増量を一時停止し、ディレイ量に対応する時間が経過するまで、燃料噴射量の増量を行わない。
【0031】
ディレイの実行とは、設定されたディレイ量に基いて、燃料噴射の増量の開始時期を遅らせる制御、あるいは、燃料噴射の増量を一時停止しそのディレイ量に対応する時間が経過後に増量を再開する制御である。
【0032】
ディレイ量は、エンジンの回転数と加速要求に対応する要求トルクとによって決定される。例えば、エンジンの回転数と要求トルクとに対応してディレイ量が決定されるマップを用いてディレイ量を算出することができる。あるいは、エンジンの回転数と要求トルクとに対応して、その都度、ディレイ量を演算により決定してもよい。特に、加速要求の開始時期におこなうディレイ量の決定は、エンジンの回転数と要求トルクを用いた上記決定手法によるのが望ましい。
【0033】
また、ディレイ量は、エンジンの回転数と加速要求に対応する目標吸気圧力と実際の吸気圧力との差によって決定されるようにしてもよい。例えば、エンジンの回転数と、目標吸気圧力と実際の吸気圧力との差に対応して、ディレイ量が決定されるマップを用いてディレイ量を算出することができる。あるいは、エンジンの回転数と目標吸気圧力と実際の吸気圧力との差に対応して、その都度、ディレイ量を演算により決定してもよい。特に、加速要求による加速中におこなうディレイ量の決定は、エンジンの回転数と、目標吸気圧力と実際の吸気圧力との差を用いた上記手法によるのが望ましい。
【0034】
燃料噴射制御手段31は、ディレイ量に対応する時間が経過した後、燃料の噴射量を加速要求に対応する目標燃料噴射量まで増量させる。ここで、従来のようなスモークリミット噴射量の設定は行わず、アクセル開度に基づいて本来要求される燃料噴射量まで、噴射量の増量が継続される。また、増量の速度、すなわち、単位時間当たりの増量の度合いも、通常の制御と同様に設定される。
【0035】
このエンジンの制御装置を用いたエンジンの制御方法を、
図2〜
図4に基づいて説明する。
【0036】
図3のフローチャートにおいて、まず、ステップS1では、エンジンの稼働状態、車両の運転状態が検出される。ここで、運転状態とは、エンジンの回転数、過給機Tによる吸気通路1内の圧力(以下、吸気管圧力と称する。)、アクセル開度、エンジンのトルク等である。
【0037】
これらの運転状態の情報に基づいて、ステップS2では、加速判定が行われる。加速判定は、例えば、所定時間内におけるアクセル開度の変化量が所定量を上回った場合、すなわち、アクセルを深く踏み込んだような場合に、加速要求があったと判断するように設定できる。あるいは、アクセル開度の変化速度が所定速度を上回った場合、すなわち、アクセルを急に踏み込んだような場合に、加速要求があったと判断するように設定できる。
【0038】
加速要求があったと判定された場合、ステップS3へ移行し、加速要求の開始時期におけるディレイの制御を開始する。加速要求がないと判定された場合は、ステップS13へ移行し、通常の制御を継続する。
【0039】
ステップS3では、加速要求の開始時期におけるディレイの制御として、加速判定時応答遅れのディレイ量算出を行う。
【0040】
加速要求の開始時期におけるディレイ量は、例えば、
図4(a)に示すように、エンジンの回転数と加速要求に対応する要求トルクとによって構成されるグラフによって算出される。
【0041】
図4(a)では、座標の横軸のエンジンの回転数と、縦軸の要求トルクとに対応するグラフ上の領域毎に、一つのディレイ量が決定される。図中の領域a〜領域gは、領域aが最もディレイ量が小さく、領域gが最もディレイ量が大きい。このため、エンジンの回転数が大きくなるほどディレイ量は小さく設定され、要求トルクが大きくなるほどディレイ量は小さく設定される傾向がある。
【0042】
ディレイ量が決定された場合、ステップS4へ移行しディレイが実行される。ディレイが実行されると、そのディレイ量に対応する時間が経過するまで、燃料噴射量の増量は行われない。すなわち、加速要求前に燃料噴射量がゼロであればその噴射量ゼロを維持し、加速要求前に燃料噴射量が或る値であればその或る値の噴射量を維持し、それぞれディレイ量に対応する時間の経過を待つ。ディレイ量に対応する時間が経過したら、ステップS5において、本来行うべき燃料噴射量の増量が開始される。
【0043】
つぎに、ステップS6では、加速要求による加速中におけるディレイの制御を行うかどうか判断するため、エンジンの回転数と過給圧の検出を行う。過給圧とは吸気管圧力である。このとき、加速要求に基づく燃料噴射量の増量は、まだ行われている最中である。
【0044】
ここで、過給圧差分が閾値以下であれば(ステップS7)、目標とする吸気管圧力と実際の吸気管圧力との間に大きな差はないので、加速中におけるディレイの制御は行わない。このため、現在継続中の燃料噴射量の増量が終了した後、ステップS13へ移行し、通常の制御を継続する。このとき、燃料の増量は、加速要求に対応する目標燃料噴射量まで行われる。
【0045】
過給圧差分が閾値を超えれば(ステップS7)、目標とする吸気管圧力と実際の吸気管圧力との間に大きな差があるので、加速中におけるディレイの制御を行う。
【0046】
まず、ステップS8では、燃料噴射の増量が一時停止される。つぎに、ステップS9では、エンジンの回転数と、加速要求に対応する目標吸気管圧力と実際の吸気管圧力との差である過給圧差分によって、加速中におけるディレイ量算出を行う。
【0047】
加速中におけるディレイ量は、例えば、
図4(b)に示すように、エンジンの回転数と過給圧差分とによって構成されるグラフによって算出される。
【0048】
図4(b)では、座標の横軸のエンジンの回転数と、縦軸の過給圧差分とに対応するグラフ上の領域毎に、一つのディレイ量が決定される。図中の領域a’〜領域h’は、領域a’が最もディレイ量が小さく、領域h’が最もディレイ量が大きい。このため、エンジンの回転数が大きくなるほどディレイ量は小さく設定され、過給圧差分が小さくなるほどディレイ量は小さく設定される傾向がある。
【0049】
加速中のディレイ量が決定された場合、ステップS10において、そのディレイが実行される。ステップS8では、既に、燃料噴射量の増量が一時停止されているので、決定されたディレイ量に対応する時間が経過するまで、燃料噴射量の増量は再開されない。すなわち、ディレイ実行の直前の燃料噴射量が維持され、ディレイ量に対応する時間の経過を待つ。ディレイ量に対応する時間が経過したら、ステップS11において、本来行うべき燃料噴射量の増量が開始される。燃料の増量は、加速要求に対応する目標燃料噴射量まで行われ、通常の制御に復帰する(ステップS12、ステップS13)。
【0050】
すなわち、ここでは、加速中に行われるディレイ量の決定及びディレイ量に基づく燃料噴射制御手段31への燃料の噴射時期の指令は、加速要求の開始時期に行われるディレイ量の経過に基づく燃料噴射制御手段31への燃料の噴射が実施された後に行われている。
【0051】
このエンジンの制御装置、エンジンの制御方法を採用した場合の効果を、
図2(a)〜(d)に示す。
【0052】
図2(a)は、運転者の操作に基づくアクセル開度の変化である。グラフ左端のグラフの立ち上がり点が、加速要求の開始時期である。アクセル開度が或る数値に至った後は、一定のアクセル開度が維持されている状態を想定している。
【0053】
図2(b)は、吸気管圧力の変化の時間経過を示す。
図2(c)は、燃料噴射量の時間経過を示す。
図2(d)は、排気中のスモークの発生量の時間経過を示す。
【0054】
各グラフ中の破線(符号1に相当)は、ディレイの制御を行うことなく、加速要求に対応する燃料噴射量の増量を通常通り行った場合の数値の推移を示している。
図2(d)に示すように、スモークの発生量が多い。
【0055】
各グラフ中の太線の実線(符号2に相当)は、ディレイの制御を行うことなく、従来のようにスモークリミット噴射量を設定して、トータルの燃料噴射量を減量した場合の数値の推移を示している。
図2(d)に示すように、スモークの発生量は低減されているが、吸気管圧力の立ち上がりが遅くなっている。また、燃料噴射量が終始減量されているので、発生トルクが目標トルクに至らない場合も多いと想定される。
【0056】
各グラフ中の細線の実線(符号3に相当)は、ディレイの実行を行った場合の数値の推移を示している。
図2(d)に示すように、スモークの発生量は低減されており、また、吸気管圧力の立ち上がりも充分に確保されている。
図2(b)において、ディレイ実行時の吸気管圧力は目標吸気管圧力にほぼ一致しており、過給圧の応答遅れはほぼ解消されている。
【0057】
特に、この実施形態では、過給機Tとして可変容量ターボチャージャを用いているので、過給圧の応答遅れを解消する効果が高いといえる。可変容量ターボチャージャでは、負圧制御によって可動ベーンを動作させる際に、可動ベーンの作動応答性に遅れが生じやすいからである。
【0058】
このように、加速要求に対して、その加速要求に対応する燃料の噴射量増量を遅らせるディレイ量を設定したので、加速要求時にトルクを犠牲にすることなく、スモークの発生をより確実に抑制することができる。