特許第6760732号(P6760732)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6760732-皮膚形状変化抑制剤 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6760732
(24)【登録日】2020年9月7日
(45)【発行日】2020年9月23日
(54)【発明の名称】皮膚形状変化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/49 20060101AFI20200910BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20200910BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20200910BHJP
【FI】
   A61K8/49
   A61Q19/00
   A61Q19/08
【請求項の数】2
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-256618(P2015-256618)
(22)【出願日】2015年12月28日
(65)【公開番号】特開2016-222642(P2016-222642A)
(43)【公開日】2016年12月28日
【審査請求日】2018年9月20日
(31)【優先権主張番号】特願2015-106325(P2015-106325)
(32)【優先日】2015年5月26日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】蘇木 佳彦
【審査官】 小川 慶子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−330535(JP,A)
【文献】 特表2002−522368(JP,A)
【文献】 特開2002−302444(JP,A)
【文献】 特開2008−247786(JP,A)
【文献】 特開2016−224025(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00−8/99
A61Q 1/00−90/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エクトインから成る皮膚形状変化抑制剤。
【請求項2】
皮膚形状が、皮膚表面形態である、請求項1記載の皮膚形状変化抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケラチン分散剤、皮膚形状変化抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の乾燥を防ぎ、皮膚にしっとり感を与える観点から、様々な化粧料が検討されている。
例えば、特許文献1には、保湿剤としてグリセリンとポリメタクリル酸メトキシポリエチレングリコールを含有する化粧料が、皮膚の保湿効果、保湿時間の延長効果が高く、角層の水分量を相対的に高めることが記載されている。
また、特許文献2には、サブチリシンプロテアーゼ、ナツメ抽出物及びヒアルロン酸を含有する皮膚保湿用化粧料組成物が、皮膚に対する保湿効果に優れ、肌のつっぱり感、肌荒れ、弾力不足現象を改善できることが記載されている。この技術は、角質形成細胞の分化を促進させることで皮膚障壁の強化を誘導して、皮膚の水分維持機能及び外部環境からの保護機能を増進させるという技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−167053号公報
【特許文献2】特開2006−111630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の環境変化や食生活等の変化に伴い、皮膚の問題、特に、皮膚の乾燥感やつっぱり感が顕著に意識されるようになり、その改善が求められるようになってきた。特に、近年の健康意識や美意識の高まりから、化粧料に対して、より効果の高いものが求められるようになり、単に乾燥感を改善したとしてもつっぱり感は改善されず、従来の化粧料では不十分であることが判明した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、エクトインに代表される後記化合物(1a)又は(1b)が、単なる保湿効果ではなく、角質細胞にあるケラチンに作用し、ケラチン分散効果、皮膚形状変化抑制効果、ケラチン凝集抑制効果、皮膚形状改善効果を発揮して、乾燥感を改善し、つっぱり感を抑制することを見出した。
【0006】
本発明は、一般式(1a)又は(1b)
【0007】
【化1】
【0008】
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を示し、R2は、水素原子、カルボキシル基、
【0009】
【化2】
【0010】
(R5は、炭素数1〜4のアルキル基を示し、R6は、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、アミノ酸基、ジペプチド基又はトリペプチド基を示す)を示し、R3及びR4は、同一又は異なって、水素原子又はヒドロキシル基を示し、nは、1、2又は3を示す)
で表される化合物から成るケラチン分散剤に関する。
【0011】
また、本発明は、前記一般式(1a)又は(1b)で表される化合物から成る皮膚形状変化抑制剤に関する。
また、本発明は、前記ケラチン分散剤又は皮膚形状変化抑制剤を含有する皮膚化粧料に関する。
【発明の効果】
【0012】
エクトインに代表される前記化合物(1a)又は(1b)は、単なる保湿効果ではなく、角質細胞にあるケラチンに作用して、ケラチン分散効果、皮膚形状変化抑制効果、ケラチン凝集抑制効果、皮膚形状改善効果を発揮し、乾燥感を改善し、つっぱり感を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】角層を重水処理したとき、処理前後のIRスペクトルを示す。
図2】ケラチンの分散性と重水素置換率(D化率)との関係を示す。
図3】実施例で乾燥感及びつっぱり感を評価する際に使用した、Visual Analogue Scale(VAS)法を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
皮膚表面は皮丘と皮溝で形作られた細かな紋理(皮紋)があり、また皮膚の内層構造は、表面から内部にむかって、表皮、真皮、皮下組織という構造をとる。表皮の最上層には角質層があり、複数の角質細胞が存在し、角質細胞間には細胞間脂質が存在する。
一般に保湿はこの角質細胞が蓄える水分に依存すると考えられる。しかし、従来の化粧料では、保湿効果を高めても乾燥等による皮膚のつっぱり感を十分に改善する効果は得られなかった。そこで、本発明者らは、角質細胞にあるケラチン(角質ケラチンともいう)に注目し、鋭意検討したところ、エクトインに代表される前記化合物(1a)又は(1b)を皮膚に適用することにより、ケラチンが分散し、これにより、皮膚のつっぱり感が改善されることを見出した。さらに、健常な皮膚に前記化合物(1a)又は(1b)を適用すると、ケラチンの凝集が抑制され、また、皮膚形状(表面形態)が維持され、すなわち、乾燥感が改善され、つっぱり感が抑制されるという驚くべき効果があることを見出した。
【0015】
乾燥下に置かれた皮膚は水分を失い、ケラチンは凝集しやすくなる。このため、皮膚形状(表面形態)の変化が起こり、つっぱられた感じを受ける。保湿剤等によるスキンケアでは水分量は確保されるものの、ケラチンへの凝集改善効果はほとんど見られないことも判明した。しかし、前記化合物(1a)又は(1b)を適用することにより、ケラチンの凝集がほぐれて分散することにより、皮膚形状(表面形態)が正常な状態に維持される(皮膚形状変化抑制効果)。その詳細な理由は不明であるが、ケラチン同士の凝集が電気的に引き起こされていると考えると、前記化合物が、その電荷反発効果によるケラチン間の水素結合を有効に切断しているためと推察される。そして、分散されたケラチンは水和により水を保持するため、保湿感も向上する。ケラチン同士を電荷反発により分散させることができるために、乾燥感が改善され、皮膚形状(表面形態)が変化した皮膚形状の改善効果のみならず、正常な皮膚が、皮膚形状(表面形態)変化することを抑制する効果も有すると考えられる。
【0016】
本発明のケラチン分散剤、皮膚形状変化抑制剤、皮膚形状改善剤、ケラチン凝集抑制剤は、前記一般式(1a)又は(1b)で表される化合物からなるもので、これを有効成分とするものである。前記一般式(1a)又は(1b)で表される化合物の生理学的に許容し得る塩、立体異性体であっても良い。
一般式(1a)又は(1b)で表される化合物は、光学異性体、ジアステレオマー、ラセミ体、双性イオン、陽イオンの形態で、またはこれらの混合物の形態で、組成物中に存在することができる。
これらのうち、ケラチンの分散性を向上させ、皮膚のつっぱり感を改善し、また、ケラチン凝集を抑制し、皮膚形状の変化を抑制する観点から、R1がメチル基であり、R2がカルボキシル基であり、R3およびR4が水素原子であり、nが2である化合物、すなわち、(S)−1,4,5,6−テトラヒドロ−2−メチル−4−ピリミジンカルボン酸(エクトイン)が好ましい。
【0017】
前記一般式(1a)又は(1b)で表される化合物は、乾燥してつっぱった皮膚に適用すると、ケラチンの分散を向上させ、乾燥感が改善され、皮膚形状(表面形態)が改善される。また、健常な皮膚に適用すると、ケラチンの凝集が抑制され、皮膚形状変化(表面形態)が抑制されるという効果を奏する。
【0018】
本発明のケラチン分散剤、皮膚形状変化抑制剤、皮膚形状改善剤、ケラチン凝集抑制剤(以下、「本発明のケラチン分散剤等」という場合がある)は、皮膚化粧料に配合して、使用することができる。
皮膚化粧料において、本発明のケラチン分散剤等の含有量は、ケラチンの分散性を向上させる観点、皮膚形状を改善する観点、ケラチンの凝集を抑制する観点、皮膚形状変化を抑制する観点から、皮膚化粧料中に0.04〜1質量%が好ましく、0.05〜0.9質量%がより好ましく、0.06〜0.8質量%がさらに好ましい。
【0019】
本発明の皮膚化粧料は、さらに、水を含有することが好ましい。
水の含有量は、ケラチンの分散性を向上させる観点、皮膚形状を改善する観点、ケラチンの凝集を抑制する観点、皮膚形状変化を抑制する観点から、皮膚化粧料中に60〜99.9質量%が好ましく、70〜99.7質量%が好ましく、75〜99.5質量%がより好ましい。
【0020】
本発明の皮膚化粧料は、さらに、ケラチンの分散性を向上させる観点、皮膚形状を改善する観点、ケラチンの凝集を抑制する観点、及び、皮膚形状変化を抑制する観点から、界面活性剤を含有することが好ましく、通常の化粧料に用いられる界面活性剤で、非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性活性剤等を含有することができる。
非イオン界面活性剤としては、例えば、ポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレン脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシアルキレン(硬化)ヒマシ油、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリンアルキルエーテル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、脂肪酸アルカノールアミド、アルキルグリコシド等が挙げられる。これらの中では、前記観点から、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンモノエステルから選ばれる少なくとも1種又は2種が好ましい。
【0021】
アニオン界面活性剤としては、例えば、ラウリン酸ナトリウム、パルミチン酸カリウム等の炭素数8以上の脂肪酸を由来とする脂肪酸塩;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸カリウム、ステアリル硫酸ナトリウム等のアルキル硫酸エステル塩;ポリオキシエチレンラウリル硫酸トリエタノールアミン等のアルキルエーテル硫酸エステル塩;ラウロイルサルコシンナトリウム等のN−アシルサルコシン塩;N−ミリストイル−N−メチルタウリンナトリウム等の脂肪酸アミドスルホン酸塩;モノステアリルリン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンオレイルエーテルリン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンステアリルエーテルリン酸ナトリウム等のリン酸エステル塩;ジ−2−エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウム等のスルホコハク酸塩;リニアドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、リニアドデシルベンゼンスルホン酸トリエタノールアミン等のアルキルベンゼンスルホン酸塩;N−ラウロイルグルタミン酸モノナトリウム、N−ステアロイルグルタミン酸ジナトリウム、N−ミリストイル−L−グルタミン酸モノナトリウム等のN−アシルグルタミン酸塩などが挙げられる。
【0022】
界面活性剤は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができ、含有量は、前記観点から、皮膚化粧料中に0.1〜2質量%が好ましく、0.2〜1.5質量%がより好ましく、0.3〜1.2質量%がさらに好ましい。
【0023】
本発明の皮膚化粧料は、さらに、保湿効果を高める観点から、ポリオールを含有することが好ましい。ポリオールを含有することで、角層と水の相互作用及び保湿効果をより高めることができる。
かかるポリオールとしては、例えば、グリセリン、1,3−プロパンジオール、1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、イソプレングリコール、1,3−プロパンジオール、ジプロパンジオール、ジプロピレングリコール、分子量10000以下のポリエチレングリコール等が挙げられる。これらのうち、保湿感と使用後のべたつき感のなさを両立する点から、グリセリン、1,3−ブチレングリコール、ジプロピレングリコール、分子量が1000〜2000のポリエチレングリコールが好ましく、分子量10000以下のポリエチレングリコールと他のポリオールを組み合わせて含有することがより好ましい。
これらのポリオールは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができ、含有量は、皮膚化粧料中に0.1〜25質量%が好ましく、10〜20質量%がより好ましい。
【0024】
本発明の皮膚化粧料は、さらに、キサンタンガム、アルキル変性してもよいカルボキシビニルポリマー、ヒアロルン酸ナトリウム、セルロース等の水溶性高分子、油剤、紫外線防御剤、美白剤、殺菌剤、制汗剤、保湿剤、清涼剤、香料、着色剤等を含有することができる。これらの各剤は、各剤としての用途に限られず、目的に応じて他の用途、例えば、制汗剤を香料として使用したり、他の用途との併用として、例えば、制汗剤と香料としての効果を奏するものとして使用することができる。
【0025】
本発明の皮膚化粧料は、通常の方法により製造することができる。例えば、水に他の成分を添加し、必要に応じて加熱して、混合撹拌した後、冷却して、化粧料を得ることができる。
本発明の皮膚化粧料は、皮膚、好ましくは頭皮を除く皮膚、より好ましくは顔、身体、手足等のいずれかに塗布することにより、使用することができる。
また、本発明の皮膚化粧料は、ケラチンの分散性を向上させる観点、皮膚形状を改善する観点、ケラチンの凝集を抑制する観点、及び、皮膚形状変化を抑制する観点から、化粧水又は乳液の形態であるのが好ましい。さらに、本発明の皮膚化粧料は、化粧水又は乳液の組成物とし、シート基材に含浸させてシート状化粧料として用いることもできる。
【0026】
本発明において、角層のケラチン分散効果、ケラチン凝集抑制効果は、例えば、IRスペクトルにより評価することができ、(1)測定対象の角層のIRスペクトル(スペクトル1)を測定し、(2)前記角層を40%以上75%以下の重水湿度下で7分以上40分以下処理し、(3)重水処理後の角層のIRスペクトル(スペクトル2)を測定し、(4)IRスペクトル中のアミドIの強度に対するアミドIIの強度について、スペクトル1とスペクトル2の比を指標として評価することができる。
この評価方法では、次の4工程を行う。
(1)測定対象の角層のIRスペクトル(スペクトル1)を測定する。
(2)前記角層を40%以上75%以下の重水湿度下で7分以上40分以下処理する。
(3)重水処理後の角層のIRスペクトル(スペクトル2)を測定する。
(4)IRスペクトル中のアミドIの強度に対するアミドIIの強度について、スペクトル1とスペクトル2の比を求める。
【0027】
工程(1)における測定対象の角層は、ヒトを含む動物の角層であり、ヒト、ラット、マウス、ブタ等の皮膚から採取した角層である。皮膚から角層を採取するには、角層を粘着し得る樹脂フィルムを用いてテープストリッピングする手段、好ましくは樹脂フィルムの粘着面を皮膚に適用する手段が好適である。より好ましくは、1500〜1700cm-1の光を95%以上透過し、角層を粘着し得る樹脂を用いて、皮膚から採取した角層を用いる。ここで、1500〜1700cm-1の光を95%以上透過することは、アミド結合に相当する1500〜1700cm-1にIRスペクトルの吸収ピークを実質的に示さないことを意味する。用いる樹脂フィルムは、このような波長の赤外線を95%以上透過するのが、角層のIRスペクトル中のアミドI及びアミドIIのピークを検出する点で好ましい。1500〜1700cm-1の光の透過率は97%以上が好ましく、98%以上がより好ましく、99%以上がさらに好ましい。
また、樹脂フィルムとしては、ヒトの角層を粘着して採取する必要性から、角層を選択的に粘着し得る樹脂フィルムが好ましい。角層を粘着し得る樹脂フィルムの粘着力は、JISC2107−11(2011年)に基づき測定される粘着力が0.1〜1N/mmの範囲にあるものが、ヒトの皮膚の角層を選択的に採取できる点で好ましい。
このような樹脂フィルムとしては、フッ素系ポリマーを80質量%以上含有する粘着テープが好ましく、フッ素系ポリマーを80〜100質量%含有する粘着テープがより好ましい。このような粘着テープの市販品としては、ニトフロン(登録商標)テープ(日東電工社製、粘着力:0.21N/mm(=3.9N/19mm))、アズフロンテープ(アズワン社製、粘着力:0.32N/mm(=8N/25mm))が挙げられる。
【0028】
用いる樹脂フィルムの粘着力により、1回のテープストリッピングにより採取できる角層の層数がほぼ定まるので、複数回テープストリッピングしその樹脂フィルムを重ねて測定することにより、複数の層までの保湿状態や化粧料の浸透性を評価することができる。例えば1回のテープストリッピングで採取できる角層が1〜2層の樹脂フィルムを用いた場合は、3回テープストリッピングを行うことにより、3〜6層程度までの角層を評価することができる。
【0029】
角層のIRスペクトルは、角層の透過光のIRスペクトルを測定することが好ましい。前記のように、1500〜1700cm-1の光の透過度の高い樹脂フィルムを用いて採取した角層を試料として用いるため、透過光のIRスペクトルを測定することができる。このように透過光のIRスペクトルを測定するため、角層の表層だけでなく、角層全体のケラチン分散効果等を評価することが可能となる。
IRスペクトルの測定は、通常のFT−IRを用いることができる。
【0030】
工程(2)においては、前記角層を40%以上75%以下の重水湿度下で7分以上40分以下処理する。工程(2)においては、前記重水湿度の気相で処理することができる。重水湿度は、十分に重水素置換させつつ過剰に重水素置換がされることを抑制してアミドIIを評価の対象とする観点から、重水湿度は、40%以上であり、好ましくは42%以上であり、より好ましくは45%以上であり、そして75%以下であり、好ましくは73%以下であり、より好ましくは70%以下であり、測定精度の向上の観点から、さらに好ましくは65%以下であり、よりさらに好ましくは60%以下である。また、同様の観点から重水湿度は40〜75%であり、42〜73%が好ましく、45〜70%がより好ましく、45〜65%がさらに好ましく、45〜60%がよりさらに好ましい。
また、重水による処理時間は、過剰な重水素置換を抑制しつつアミドIIによる評価を可能とする程度の重水素置換とする観点から、7分以上であり、好ましくは8分以上であり、より好ましくは9分以上であり、そして40分以下であり、好ましくは35分以下であり、より好ましくは30分以下であり、測定精度の向上の観点から、さらに好ましくは25分以下である。また、同様の観点から重水処理時間は、7分〜40分であり、好ましくは8〜35分であり、より好ましくは9〜30分であり、さらに好ましくは9〜25分である。
【0031】
ここで処理条件は、常温下で前記の重水湿度下中に角層試料を静置するのが好ましい。角層試料がテープストリッピングしたものである場合には、角層を含むテープをそのまま前記重水湿度下中に静置すればよい。即ち、テープ上の薄い角層試料であることから気相で重水処理を行うことができる。なお、常温とは、5℃〜35℃であり、好ましくは15℃〜30℃である。
【0032】
工程(3)では、重水処理後の角層のIRスペクトル(スペクトル2)を測定する。工程(3)のIRスペクトル測定は、工程(1)と同様の条件で行うのが望ましい。IRスペクトルの測定条件としては、温度25℃、湿度40〜60%の環境で行い、角層を重水処理してから測定するまでの時間は、より正確な測定値を得る観点から、10分以内が好ましく、5分以内が好ましく、3分以内がより好ましく、1分以内がよりさらに好ましい。
【0033】
前記条件の重水処理により、角層構成成分と相互作用している水が多い場合と、少ない場合とでは、重水で置換される水素の量が相違するため、アミド結合のN−Hに由来するアミドIIのピークは大きく変化する。従って、重水処理前後の主にアミドIIのピークの強度変化を測定することにより、角層構成成分と相互作用している水の量、すなわち角層中で保湿作用に関与している水分量を正確に測定できる。
【0034】
工程(4)では、IRスペクトル中のアミドIの強度に対するアミドIIの強度について、スペクトル1とスペクトル2の比を指標として、角層ケラチンの分散性を評価する。
すなわち、スペクトル1におけるアミドIの強度に対するアミドIIの強度の比と、スペクトル2におけるアミドIの強度に対するアミドIIの強度の比とを対比することにより、角層ケラチンの分散性を評価できる。
【0035】
ここで、角層ケラチンの分散性を評価するには、予め多くのヒトの角層のデータを取得しておき、測定時の数値と対比することによって評価することができる。また、被測定者の過去のデータと比較することによっても評価できる。
【0036】
ケラチンの分散に関しては、ケラチンが凝集しているとケラチン間の距離が狭まり、−NH基の水素が水素結合あるいは他の分子間結合(疎水結合等)に関与しているものが多くなり(水素重水素交換反応におけるアミドIIのピークの変化量が小さい)、ケラチンが分散しているとそうした分子間結合に関与している−NH基が少なくなる(水素重水素交換反応におけるアミドIIのピークの変化量が大きい)と考えられる。従って、重水素処理によるアミドIIのピーク変化の度合いが、ケラチンの分散性の指標になる。
【実施例】
【0037】
実施例1〜8、比較例1〜5
表1に示す組成の皮膚化粧料を製造し、ケラチン分散効果を評価した。結果を表1に併せて示す。
【0038】
(製造方法)
(1)実施例1〜3、比較例1〜3:
25℃にて、全成分を混合し、20分間撹拌して、化粧料を得た。
(2)実施例4〜8、比較例4、5:
非イオン性界面活性剤以外の全成分を混合し、撹拌しながら80℃まで加熱し、80℃で加熱溶解した非イオン性界面活性剤を加え、20分間撹拌し、その後、25℃まで冷却して、化粧料を得た。
【0039】
(評価方法)
(1)ケラチン分散効果:
豚皮をアセトン:エーテル=1:1の混合溶媒に20分浸漬した後、混合溶媒を除去し、次いで、水に20分浸漬させた(「アセトン/エーテル+水処理」)。その後、水を除去し、この豚皮に粘着性のテープ(アズフロンテープ;アズワン社製、TF15−02、粘着力:0.32N/mm(=8N/25mm)、厚さ0.08mm)を貼り付け、テープの粘着面に角層を採取し、表1記載の化粧料に20分浸漬させた。浸漬後、化粧料をティッシュで押さえて吸収させ、テープ上に採取した角層を窒素気流雰囲気下に3分間静置することにより、乾燥させた。その後、乾燥させた角層のIRスペクトルを測定した(スペクトル1)。次いで、その角層を50%重水湿度下に10分間静置し(50%重水湿度のデシケーター内に静置し)、重水処理を実施した。重水処理後、再度IRスペクトルを測定した(スペクトル2)。
取得したスペクトル1、2を、アミドIを標準ピークとして補正して、補正スペクトル1、2を得た。次に、解析対象ピークとしてアミドII(ケラチン由来)に検出されるピークを用い、補正スペクトル1、2における吸収強度を読み取った。[{(重水置換後の吸光強度−重水置換前の吸光強度)/重水置換前の吸光強度}×100]を計算し、解析対象ピークの吸光強度変化率を求めた。求めた吸光強度変化率の値を、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換率(D化率)の目安として、各種化粧料間で比較した。その結果を表1に示す。
【0040】
角層のIRスペクトルにおいて、アミドIIのピークは、アミドIとともにタンパク質を構成するアミノ酸由来のアミド基由来のピークであり、すなわち、ケラチン由来のピークである。前記条件の重水処理により、角層構成成分と相互作用している水が多い場合と、少ない場合とでは、重水で置換される水素の量が相違するため、アミド結合のN−Hに由来するアミドIIのピークは大きく変化する(例として、水に浸漬した場合の重水処理前と後におけるIRスペクトルを、図1に示す。図1に示すように、重水処理の影響を受けにくいアミドIの吸収ピークは重水処理の前後でほとんど変化しないのに対し、アミドII付近の吸収ピークは、重水処理の前後で強度が変化していることがわかる)。
ケラチンの分散に関しては、ケラチンが凝集しているとケラチン間の距離が狭まり、−NH基の水素が水素結合あるいは他の分子間結合(疎水結合等)に関与しているものが多くなり(水素重水素交換反応におけるアミドIIのピークの変化量が小さい)、ケラチンが分散しているとそうした分子間結合に関与している−NH基が少なくなる(水素重水素交換反応におけるアミドIIのピークの変化量が大きい)と考えられる。従って、アミドIIのピークの変化量がケラチン間の距離に関与していると考えられており、重水処理によるアミドIIのピークの変化の度合いを評価することが、ケラチンの分散性の指標として正確であると考える。この関係を図2に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
また、実施例1〜8及び比較例1〜5の皮膚化粧料について、皮膚形状変化抑制効果を評価した。結果を表2に示す。
【0043】
(評価方法)
(2)皮膚形状変化抑制効果:
2×2cm2の大きさの豚皮の表面の形状を、レプリカ(シリコーン系印象材、GC社製)にて転写し、レプリカの表面形状粗さ[Sa(塗布前)]を、レーザー顕微鏡(型番VK-X250、キーエンス社製)を用いて計測した。その後、豚皮に各化粧料を50μL塗布し、窒素気流下24℃/7%RHで1時間乾燥させた。その後、再度豚皮の表面形状をレプリカにて転写し、レーザー顕微鏡にて表面粗さ[Sa(塗布後)]を計測した。
[Sa(塗布前)]と[Sa(塗布後)]の差分である表面形状粗さの差
ΔSa={[Sa(塗布後)]−[Sa(塗布前)]}を皮膚形状変化の指標とし、各種化粧料間で比較した。
【0044】
【表2】
【0045】
実施例9及び比較例6
表3に示す組成の皮膚化粧料を製造し、ケラチン凝集抑制効果、皮膚形状変化抑制効果、乾燥感及びつっぱり感を評価した。結果を表3に併せて示す。
【0046】
(製造方法)
(1)実施例9:
水にキサンタンガムを添加し、80℃にて撹拌し、キサンタンガム含有水溶液1を調製した。さらに、水に、ポリエチレングリコール(分子量1540)及びポリオキシエチレン(20)イソセチルエーテルを添加し、80℃にて撹拌し、ポリエチレングリコール(分子量1540)及びポリオキシエチレン(20)イソセチルエーテル含有水溶液2を調製した。また、水にエクトインを添加し、25℃にて撹拌し、エクトイン含有水溶液3を調製した。水溶液1、2、3、及びオキシエチレン・メチルポリシロキサン共重合体を除く残りの全成分を25℃にて撹拌後、80℃に加熱した水溶液1、2、3、ポリオキシエチレン・メチルポリシロキサン共重合体を混合し、20分撹拌して、化粧料を得た。
(2)比較例6:
エクトインを配合しない以外は、実施例9と同様にして、化粧料を製造した。
【0047】
(評価方法)
(1)ケラチン凝集抑制効果:
健常女性20〜50代の8名を2群に分け(各4名)、実施例9又は比較例5の化粧料を2週間連用(1日に朝、夜1回使用。0.8g/回使用)し、連用前に対する連用後の皮膚の重水素交換率(D化率)の変化量を評価した。なお、テープストリップによる角層採取は、洗顔料にて洗顔後、20℃/湿度10%の環境下で10分間馴化した後に行った。
人の右頬部に粘着性のテープ(アズフロンテープ)を張り付け、テープの粘着面に角層を採取し、テープごとIRスペクトルを測定した(スペクトル1)。その後、その角層とテープを50%重水湿度下に10分間静置し、重水処理を実施した。重水処理後、再度IRスペクトルを測定した(スペクトル2)。取得したスペクトル1、2を、アミドIを標準ピークとして補正して補正スペクトル1、2を得た。次に解析対象ピークとしてアミドII(ケラチン由来)に検出されるピークを用い、補正スペクトル1、2における吸収強度を読み取った。[{(重水置換後の吸光強度−重水置換前の吸光強度)/重水置換前の吸光強度}×100]を計算し、解析対象ピークの吸光強度変化率を求めた。求めた吸光強度変化率の値を、角層を重水処理したときの角層構成成分への重水素置換率(D化率)の目安として、各化粧料間で比較した。
なお、D化率は、化粧料の連用前を100%とし、連用後の数値は連用前の数値に対する比率(%)で示す。なお、数値は4名の被験者の平均値である。
【0048】
(2)皮膚形状変化抑制効果:
健常女性20〜50代の8名を2群に分け(各4名)、実施例9又は比較例5の化粧料を2週間連用(1日に朝、夜1回使用。0.8g/回使用)し、連用前に対する連用後の皮膚形状変化抑制効果を評価した。
人の左頬部の形を、レプリカ(シリコーン系印象材、GC社製)にて転写し、レプリカの表面形状粗さSaを、レーザー顕微鏡(型番VK-X250、キーエンス社製)を用いて計測した。
・洗顔後、30℃/70%RH室内に入室し、3分後にレプリカを転写した。
・その後、20℃/10%RH室内に移行し、入室から3分後にレプリカを転写した。
・30℃/70%RHにおける表面形状粗さ[Sa(30℃/70%RH)]。
・20℃/10%RHにおける表面形状粗さ[Sa(20℃/10%RH)]。
・それらの差分(ΔSa=|[Sa(30℃/70%RH)]−[Sa(20℃/10%RH)]|)を、外部環境変化により生じた表面粗さの大きさとした。
・この評価の化粧料の使用前と2週間使用後の値をそれぞれ、ΔSa(使用前)、ΔSa(2週間使用後)とし、それらの差の値である表面形状粗さの変化率
ΔSa(2週間使用後−使用前)={[ΔSa(2週間使用後)]−[ΔSa(使用前)]}
を計算することにより、2週間連用の皮膚形状変化抑制の目安とした。
・ΔSa(2週間使用後−使用前)の数値が小さいほど皮膚形状変化が抑
制されたことを示す。
【0049】
(3)乾燥感及びつっぱり感(官能評価)
Visual Analogue Scale(VAS)法を用いて、乾燥感及びつっぱり感を評価した。
長さ10cmの横軸直線(右端が「乾燥感を感じない」、左端が「乾燥を感じる(最大)」)を紙面上に提示し、現在の乾燥感がどの程度かを直線上に垂直な線を引いてもらい評価を行った(図3)。
・洗顔後、30℃/70%RH室内に入室し、3分後に評価を行った。その後、20℃/10%RH室内に移行し、同様に入室から3分後に評価を行った。
・30℃/70%RHにおけるVAS値(VAS(30℃/70%RH),mm)
・20℃/10%RHにおけるVAS値(VAS(20℃/10%RH),mm)
・その差分(ΔVAS=|{VAS(30℃/70%RH)−VAS(20℃/10%RH)}|)を、外部環境変化により生じた乾燥感の大きさとした。
・この評価の使用前と2週間使用後の値をそれぞれ、ΔVAS(使用前)、ΔVAS(2週間使用後)とし、それらの差の値
ΔVAS(2週間使用後−使用前)={[ΔVAS(2週間使用後)]−[ΔVAS(使用前)]}
を計算することにより、乾燥感を評価した。
・ΔVAS(2週間使用後−使用前)の数値が、小さいほど乾燥感を感じ
なくなったことを示す。
つっぱり感に関しても同様に評価した。
【0050】
【表3】
図1
図2
図3