【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医工連携事業化推進事業「手術室内でリンパ節がん転移の迅速診断を可能にする診断支援システムの開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
ANDERSSON-ENGELS, S , et al.,Medical diagnostic system based on simultaneous multispectral fluorescence imaging,APPLIED OPTICS,1994年12月 1日,Vol.33, No.34,p.8022-8029
【文献】
古谷鉄夫、外8名,気管支組織における自家蛍光,日本レーザー医学会誌,1996年 3月,第17巻第1号,第75頁−第80頁
【文献】
HARADA, K , et.al.,Detection of Lymph Node Metastases in Human Colorectal Cancer by Using 5-Aminolevulinic Acid-Induced,International Journal of Molecular Sciences,2013年11月21日,Vol.14,p.23140-23152,ISSN 1422-0067
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ヒトの生体内において、リンパ節は結合組織に包まれて存在しており、これらの結合組織(脂肪やコラーゲンなど)は、青色の励起光のもとで青〜緑の波長域に強い自家蛍光を発する。この自家蛍光の波長帯は、上記PpIX由来の蛍光の波長帯と重なりを有している。
【0006】
図1は、ヒト生体内に含まれる自家蛍光性を有する物質として代表的なコラーゲンとFAD(Flavin Adenine Dinucleotide:フラビンアデニンジヌクレオチド)の蛍光スペクトルを示す図面である。コラーゲンは500nm近傍に蛍光のピークを有している。また、FADは530nm近傍に蛍光のピークを有している。いずれの物質においても、波長635nm近傍において、ピーク波長における蛍光強度よりは低いものの、ある程度の蛍光強度を有していることが確認される。
【0007】
図2は、上記コラーゲンやFADといった自家蛍光物質とPpIXとを含む検体の蛍光スペクトルの一例を示す図面である。
図2において、(a)はPpIX単独の蛍光スペクトルを示し、(b)は自家蛍光物質由来の蛍光スペクトルを示し、(c)は実際に計測される蛍光スペクトルを示している。ただし、
図2では、説明の都合上、(a)、(b)、及び(c)の各曲線は、それぞれにおいて異なる基準で規格化された値を同一図面上に重ね合わせている。このため、
図2において、(a)、(b)、及び(c)の各曲線相互間においては、グラフの縦軸の値の大小関係は必ずしも一致しないことに留意すべきである。
【0008】
PpIXの蛍光スペクトルは、
図2(a)に示すように、波長635nm付近にピーク値を有している。このため、検体に自家蛍光物質が含まれていない場合においては、検体から発せられる光(蛍光)のうち、この波長635nm付近の光を分光して検出し、その強度分布を調べることによって、その蛍光強度が高い部位、より詳細には所定の閾値を上回る蛍光強度を示す部位を腫瘍部位と判別することが可能である。
【0009】
しかし、実際には検体に自家蛍光物質が含まれるため、検体から発せられる光のうち、この波長635nm付近の光を分光して検出すると、
図2(b)に示す自家蛍光物質由来の蛍光が重ね合わせられる。このため、PpIXが蓄積されていない部位においても、波長635nm付近の蛍光強度が認められてしまう。自家蛍光物質由来の蛍光の強度は、検体として抽出した組織の部位によっても異なるし、個人差も有する。このため、波長635nm付近の蛍光強度が所定の閾値を上回っている部位を腫瘍部位と判別する方法を採用すると、場合によってはPpIXが蓄積されていないにもかかわらず、自家蛍光物質由来の蛍光の強度が高いという理由で、非腫瘍部位を誤って腫瘍部位と判別してしまうおそれがある。
【0010】
すなわち、腫瘍部位、特にリンパ節などの結合組織に覆われた腫瘍部位を臨床応用で識別するためには、内在性組織による自家蛍光を排除する方法が必要である。本発明は、コラーゲンやFADといった自家蛍光性を有する物質を含む結合組織を含む検体から、腫瘍部位を従来よりも正確にの判別することのできる方法及び装置を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、種類数nが1以上である自家蛍光物質を含む検体の被疑腫瘍部位に蓄積されたポルフィリン類に励起光を照射して、励起後の前記ポルフィリン類が発する蛍光を検出する腫瘍部位の判別方法であって、
前記励起光を前記検体に照射して前記ポルフィリン類を励起する工程(a)と、
前記検体が発した蛍光のうち、前記ポルフィリン類が発する蛍光の波長帯の一部を含む波長帯λ
cの光を透過するフィルタF
cを介して受光された光L
cの強度分布に対応した画像データI
cを取得する工程(b)と、
前記検体が発した蛍光のうち、n種類の前記自家蛍光物質が発する蛍光の波長帯の一部を含む波長帯λ
si(i=1,2,…,n)の光を透過するフィルタF
si(i=1,2,…,n)を介して受光された光L
si(i=1,2,…,n)の強度分布に対応した画像データI
si(i=1,2,…,n)を取得する工程(c)と、
前記工程(b)及び(c)で得られた画像データI
c及び画像データI
si(i=1,2,…,n)に基づいて、下記式(1)によって、前記検体が発した蛍光のうち前記ポルフィリン類が発する蛍光の強度分布に対応した画像データI
pを生成する工程(d)とを有することを特徴とする。
【数1】
なお、式(1)において、A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)はいずれも係数である。
【0012】
各種の自家蛍光物質が発する蛍光のスペクトルそのものの形状は、当該自家蛍光物質の種類に依存して決定される。また、ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルそのものの形状も、ポルフィリン類に応じて一義的に決定される。すなわち、被疑腫瘍部位に励起光が照射されることで発せられる蛍光のスペクトルは、当該被疑腫瘍部位に含まれる自家蛍光物質の種類、及び各自家蛍光物質及びポルフィリン類の含有比率に依存したものとなる。
【0013】
本方法は、検体に含まれている自家蛍光物質が既知の自家蛍光物質であることを前提としている。すなわち、被疑腫瘍部位に含まれると想定されるn種類の自家蛍光物質に関しては、それぞれ代表的な蛍光スペクトルの情報が予め認識されている。そして、上述したように、ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルの情報も予め認識されている。
【0014】
上述したように、ポルフィリン類から発せられる蛍光の波長帯には、各種の自家蛍光物質から発せられる蛍光の波長帯と重なり合う可能性がある。一方で、上述したように、各種の自家蛍光物質由来の蛍光のスペクトル及びポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルは、それぞれ物質由来の波形を示す。このため、検体に対して励起光を照射し、当該検体から発せられた蛍光のうち、複数の特定の波長帯の光を受光し、各波長帯における光の強度分布を得ることで、自家蛍光物質由来の蛍光及びポルフィリン類由来の蛍光がそれぞれどの程度の比率で混在しているかを特定することができる。
【0015】
つまり、本方法によれば、n種類の自家蛍光物質とポルフィリン類が含有された検体から発せられる蛍光につき、係数A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)を定めておくことで、上記(1)式に基づいて演算を行うだけで、検体から発せられる蛍光から、ポルフィリン類由来の蛍光成分を抽出することができる。
【0016】
なお、前記工程(d)は、下記(2)式によって、前記検体が発した蛍光のうち前記ポルフィリン類が発する蛍光の強度分布に対応した画像データI
pを生成するものとしても構わない。ただし、式(2)においてA
0は係数である。
【0017】
【数2】
【0018】
本方法は、励起光を発する光源部、検体から照射された光を受光する受光部、波長帯λ
cの光を透過させるフィルタF
c、及び波長帯λ
si(i=1,2,…,n)の光を透過させるフィルタF
si(i=1,2,…,n)を用いて行われる。このため、装置に備えられた受光部によっては、光を受光していないにもかかわらず、光を受光した旨の信号を出力している可能性が考えられる。特にこの場合、受光部は、波長帯に関係なく同レベルの光(オフセット成分)を受光したと認識することになる。このため、上記(2)式においては、波長帯に関係ない定数項A
0を予め定めている。このように構成することで、このオフセット成分を打ち消すことができるため、前記蛍光に含まれるポルフィリン類由来の蛍光の成分を、厳密に抽出することができる。ただし、上記(1)式のように、オフセット成分を考慮しない演算式によっても、蛍光に含まれるポルフィリン類由来の蛍光の成分を、腫瘍部位の判別に必要な範囲内で抽出することは可能である。
【0019】
上記方法に加えて、前記工程(d)で得られた前記画像データI
pに基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行う工程(e)を有するものとしても構わない。前記画像データI
pは、検体から発せられた、ポルフィリン類由来の蛍光強度に基づくデータである。よって、例えばこの画像データI
pにおいて、所定の閾値を上回る光強度を示している領域に対応した検体上の領域には、腫瘍部位が存在すると判断することができる。
【0020】
前記工程(b)で利用される前記フィルタF
c、及び前記工程(c)で利用される前記フィルタF
si(i=1,2,…,n)は、前記ポルフィリン類が発する蛍光の強度を取得する際の標準推定誤差が最小となるフィルタの組み合わせで構成されているものとしても構わない。
【0021】
本明細書中における「ポルフィリン類」とは、ポルフィン環に置換基がついたものを指し、ポルフィリン類の一種として例えばPpIXの他、PpIXから生成されたフォト−プロトポルフィリン(PPp)などのプロトポルフィリン類が存在する。
【0022】
なお、前記ポルフィリン類をプロトポルフィリン類とすることもできる。特に前記プロトポルフィリン類をプロトポルフィリンIXとした場合であって、自家蛍光物質の種類数が2である場合において、
前記フィルタF
cによって透過される光の前記波長帯λ
cは、635nmを含む波長帯であり、
前記フィルタF
s1によって透過される光の前記波長帯λ
s1は、中心波長が520nm以上550nm以下の波長帯であり、
前記フィルタF
s2によって透過される光の前記波長帯λ
s2は、中心波長が730nm以上760nm以下の波長帯であるものとしても構わない。
【0023】
このような方法とすることで、635nm近傍にスペクトルのピークを有するプロトポルフィリンIX(PpIX)由来の蛍光と、コラーゲン及びFADを含む自家蛍光物質由来の蛍光が重ね合わせられた状態で検体から発せられた場合においても、PpIX由来の蛍光強度に対応した画像データI
pを生成することができる。かかる画像データI
pに基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行うことで、従来よりも腫瘍部位の判別を正確に行うことが可能となる。
【0024】
更に、上記の方法において、
前記フィルタF
cは、半値全幅が10nm以上30nm以下であり、
前記フィルタF
s1は、半値全幅が30nm以上50nm以下であり、
前記フィルタF
s2は、半値全幅が180nm以上220nm以下であるものとしても構わない。
【0025】
また、本発明は、種類数nが1以上である自家蛍光物質を含む検体の被疑腫瘍部位に蓄積されたポルフィリン類に励起光を照射して、励起後の前記ポルフィリン類が発する蛍光を検出する腫瘍部位の判別装置であって、
前記励起光を発する光源部と、
前記検体から発せられる蛍光を受光する受光部と、
前記ポルフィリン類が発する蛍光の波長帯の一部を含む波長帯λ
cの光を透過するフィルタF
cと、
n種類の前記自家蛍光物質が発する蛍光の波長帯の一部を含む波長帯λ
si(i=1,2,…,n)の光を透過するフィルタF
si(i=1,2,…,n)と、
前記受光部で受光された光の強度に基づいて演算処理を行う演算処理部と、を有し、
前記受光部は、
前記検体が発した蛍光のうち前記フィルタF
cを介して光L
cを受光し、当該光L
cの強度分布に対応した画像データI
cを前記演算処理部に出力し、
前記検体が発した蛍光のうち前記フィルタF
si(i=1,2,…,n)を介して光L
si(i=1,2,…,n)を受光し、当該光L
si(i=1,2,…,n)の強度分布に対応した画像データI
si(i=1,2,…,n)を前記演算処理部に出力し、
前記演算処理部は、画像データI
c及び画像データI
si(i=1,2,…,n)に基づいて、下記式(1)によって、前記検体が発した光のうち前記ポルフィリン類が発する蛍光の強度分布に対応した画像データI
pを生成することを特徴とする。
【数3】
なお、式(1)において、A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)はいずれも係数である。
【0026】
上記装置によれば、検体から発せられる蛍光に、ポルフィリン類由来の蛍光と自家蛍光物質由来の蛍光とが重ね合わせられていても、演算処理部において、ポルフィリン類が発する蛍光が抽出される。そして、演算処理部において、このポルフィリン類が発する蛍光強度の分布に対応した画像データI
pが生成される。よって、この画像データI
pに基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行うことができるため、従来よりも腫瘍部位の判別が正確に行える。
【0027】
前記腫瘍部位の判別装置は、前記係数A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)の値を記憶している記憶部を備えているものとしても構わない。
【0028】
前記演算処理部は、画像データI
c及び画像データI
si(i=1,2,…,n)に基づいて、下記式(2)によって、前記検体が発した光のうち前記ポルフィリン類が発する蛍光の強度分布に対応した画像データI
pを生成するものとしても構わない。この場合、前記腫瘍部位の判別装置は、前記係数A
c、A
i(i=1,2,…,n)、及びA
0の値を記憶している記憶部を備えているものとしても構わない。
【0029】
【数4】
【0030】
なお、前記ポルフィリン類をプロトポルフィリン類とすることもできる。特に前記プロトポルフィリン類をプロトポルフィリンIXとした場合であって、自家蛍光物質の種類数が2である場合において、
前記フィルタF
cによって透過される光の前記波長帯λ
cは、635nmを含む波長帯であり、
前記フィルタF
s1によって透過される光の前記波長帯λ
s1は、中心波長が520nm以上550nm以下の波長帯であり、
前記フィルタF
s2によって透過される光の前記波長帯λ
s2は、中心波長が730nm以上760nm以下の波長帯であるものとしても構わない。
【0031】
更に、
前記フィルタF
cは、半値全幅が10nm以上30nm以下であり、
前記フィルタF
s1は、半値全幅が30nm以上50nm以下であり、
前記フィルタF
s2は、半値全幅が180nm以上220nm以下であるものとしても構わない。
【0032】
また、前記腫瘍部位の判別装置は、
情報入力部を備え、
前記記憶部は、前記検体に含まれる自家蛍光物質の種類に対応して、フィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報、及び前記係数A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)の値の組み合わせに関する情報を記憶しており、
前記演算処理部は、前記情報入力部から前記被疑腫瘍部位に含まれる自家蛍光物質の種類に関する情報が与えられると、前記記憶部からフィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報を読み出して、フィルタF
si(i=1,2,…,n)を特定すると共に、前記記憶部から前記係数A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)の値を読み出して、前記式(1)の演算を行うものとしても構わない。
【0033】
検体に対して予め光を照射して受光した蛍光スペクトルの分析結果や、検体の人体における部位の特徴などから、検体に含まれる自家蛍光物質の種類を見当することができる場合がある。上記装置の記憶部には、検体に含まれる自家蛍光物質の種類に応じた係数A
c、及びA
i(i=1,2,…,n)、並びにフィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報が記憶されている。よって、検体に応じた最適なフィルタを用いて画像データI
si(i=1,2,…,n)を生成することができ、また、この画像データI
si(i=1,2,…,n)及び検体に応じた最適な係数A
c、A
i(i=1,2,…,n)に基づいて、ポルフィリン類が発する蛍光強度の分布に対応した画像データI
pを生成することができる。
【0034】
なお、演算処理部が上記(2)式によって画像データI
pを生成する場合においては、前記記憶部が、前記検体に含まれる自家蛍光物質の種類に対応して、フィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報、及び前記係数A
c、A
i(i=1,2,…,n)、及びA
0の値の組み合わせに関する情報を記憶を記憶しているものとしても構わない。このとき、前記演算処理部は、前記情報入力部から前記被疑腫瘍部位に含まれる自家蛍光物質の種類に関する情報が与えられると、前記記憶部からフィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報を読み出して、フィルタF
si(i=1,2,…,n)を特定すると共に、前記記憶部から前記係数A
c、A
i(i=1,2,…,n)、及びA
0の値を読み出して、前記式(2)の演算を行うものとしても構わない。
【0035】
更に、上記腫瘍部位の判別装置は、前記検体と前記受光部の間の光路上に、前記フィルタF
c、及び前記フィルタF
si(i=1,2,…,n)のうちのいずれか一のフィルタを切り替えて設置するフィルタ切替部を備えるものとしても構わない。
【発明の効果】
【0036】
本発明の腫瘍部位の判別方法及び腫瘍部位の判別装置によれば、自家蛍光物質由来の蛍光の影響を概ね排除することができるため、従来よりも正確に腫瘍部位の判別が行える。
【発明を実施するための形態】
【0038】
[装置構成]
腫瘍部位判別装置の構成につき、図面を参照して説明する。なお、各図において図面の寸法比と実際の寸法比は必ずしも一致しない。
【0039】
図3は、腫瘍部位判別装置の外観の一例を模式的に示す図面である。また、
図4は、腫瘍部位判別装置の内部構成の一例を模式的に示すブロック図である。
【0040】
図3に示すように、腫瘍部位判別装置1(以下、適宜「装置1」と呼ぶことがある。)は、ホルダ装着口11及び表示部12を備える。ホルダ装着口11は、検体2(
図3では不図示、
図4参照)が収容された検体用ホルダ10を装着するための機構である。また、表示部12は、腫瘍部位判別装置1によって、腫瘍部位と非腫瘍部位とが判別された結果が表示されるモニタに対応する。
【0041】
なお、ここでは、腫瘍部位判別装置1の本体に表示部12が設けられている構成を示しているが、装置1の本体には表示部12を備えずに、別のモニタに判別結果を表示させる構成を採用しても構わない。また、ここでは、腫瘍部位判別装置1が、検体2を収容した検体用ホルダ10が挿入されることで検体2に腫瘍部位が含まれるか否かを判定する構成である場合を例示しているが、この構成に限られない。
【0042】
検体2は、腫瘍部位の判別を行う対象となる検体(例えばセンチネルリンパ節を含む生体組織)である。この検体2に対しては、仮に腫瘍部位が含まれていれば当該部位にポルフィリン類が蓄積されるよう、予め所定の措置が施されている。一例として、この生体組織は、人体に5−ALAを投与した後に摘出されたものとすることができる。
【0043】
図4に示すように、装置1は、光源部21、フィルタ22、ダイクロイックミラー23、対物レンズ24、フィルタ切替部25、受光部26、演算処理部27、記憶部28を備える。なお、
図4は、
図3にならって、装置1が表示部12を備えている構成が想定されている。
【0044】
光源部21は、例えば水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、メタルハライドランプ等のランプの他、発光ダイオード素子、レーザダイオード素子等で構成することができる。フィルタ22は、光源部21から射出された光のうち、特定の波長の光を選択的に透過させる機能を有し、例えば誘電体多層膜などで構成される。ここでは、フィルタ22が、波長405nmの光を選択的に透過させる機能を有するものとして説明するが、本実施形態では、385nm以上425nm以下の特定の波長帯の光を選択的に透過させる機能を有していればよい。より一般的にいえば、フィルタ22は、検体2に腫瘍部位が含まれている場合に蓄積されているポルフィリン類を励起するために必要な波長帯の光を選択的に透過させる機能を有していればよい。
【0045】
ダイクロイックミラー23は、所定の波長帯の光を反射させ、別の所定の波長帯の光を透過させる機能を有し、例えば誘電体多層膜などで構成することができる。ここでは、ダイクロイックミラー23が、波長405nmの光を反射し、波長580nm以上の光を透過する機能を有するものとして説明する。なお、このダイクロイックミラー23は、フィルタ22によって選択された波長の光を反射し、検体2から発せられ後述されるフィルタ切替部25に含まれるフィルタF
c、及びフィルタF
si(i=1,2,…,n)で選択される波長の光を透過する機能を有していればよい。
【0046】
光源部21から射出され、フィルタ22を透過した波長405nm近傍の励起光31は、ダイクロイックミラー23で反射されて対物レンズ24に導かれる。そして、対物レンズ24を通過した光が、ホルダ10を透過して検体2に照射される。検体2にポルフィリン類の一例であるPpIX(これはプロトポルフィリン類の一例でもある)が蓄積されていると、この波長405nmの励起光31によってPpIXが励起され、蛍光32を発する。励起光31を検体2に照射して、検体2に蓄積されていたPpIXを励起する工程が、工程(a)に対応する。
【0047】
蛍光32は、ホルダ10を透過して、励起光とは逆向きに進行し、対物レンズ24へと導かれる。そして、この蛍光32はダイクロイックミラー23を透過してフィルタ切替部25へと向かう。
【0048】
本実施形態において、フィルタ切替部25は、検体2と受光部26との間の光路上において、フィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2の3つのフィルタを切り替えて配置できる。各フィルタ(F
c,F
s1,F
s2)は、それぞれ所定の波長帯の光を選択的に透過させる機能を有し、いずれもバンドパスフィルタ等の光学フィルタで構成されることができる。なお、フィルタの数は3に限られず、4以上のフィルタを光路上に切り替えながら設置できる構成としても構わない。この点については後述される。
【0049】
本実施形態において、フィルタF
cは、ポルフィリン類が発する蛍光の主たるピーク波長を含む波長帯λ
cの光を透過させる機能を有する。例えば、検出対象としてポルフィリン類の一例であるPpIXを用いる場合においては、PpIX由来の蛍光のピーク波長が
図5に示すように635nm近傍であるため、この635nmを含む波長帯λ
cの光が選択的に透過するように設計されたフィルタF
cが用いられる。フィルタF
cの一例として、中心波長が634nmであり、半値全幅が20nmのフィルタを利用することができる。この場合、波長帯λ
cは624nm以上644nm以下となる。このフィルタF
cの決定方法については、後述される。
【0050】
本実施形態において、フィルタF
s1は、透過させる光の中心波長が、フィルタF
cよりも短波長側である。フィルタF
s1の一例として、中心波長が536nmであり、半値全幅が40nmのフィルタを利用することができる。この場合、波長帯λ
s1は516nm以上556nm以下となる。このフィルタF
s1の決定方法については、後述される。
【0051】
本実施形態において、フィルタF
s2は、透過させる光の中心波長が、フィルタF
cよりも長波長側である。フィルタF
s2の一例として、中心波長が745nmであり、半値全幅が204nmのフィルタを利用することができる。この場合、波長帯λ
s1は643nm以上847nm以下となる。このフィルタF
s2の決定方法については、後述される。
【0052】
受光部26は、フィルタ切替部25において設定されているフィルタ(F
c,F
s1,F
s2)を透過した各蛍光32を受光する。受光部26は、検体2上の位置に応じた蛍光強度を演算処理部27に出力する。より具体的には、受光部26は、フィルタF
cを介して受光した蛍光32(以下、「蛍光L
c」と記載する。)を受光し、検体2上の位置に応じた蛍光L
cの強度分布に対応した画像データI
cを演算処理部27に出力する。受光部26が画像データI
cを演算処理部27に出力する工程が、工程(b)に対応する。
【0053】
同様に、受光部26は、フィルタF
s1を介して受光した蛍光32(以下、「蛍光L
s1」と記載する。)を受光し、検体2上の位置に応じた蛍光L
s1の強度分布に対応した画像データI
s1を演算処理部27に出力する。同様に、受光部26は、フィルタF
s2を介して受光した蛍光32(以下、「蛍光L
s2」と記載する。)を受光し、検体2上の位置に応じた蛍光L
s2の強度分布に対応した画像データI
s2を演算処理部27に出力する。受光部26が画像データI
s1及びI
s2を演算処理部27に出力する工程が、工程(c)に対応する。
【0054】
記憶部28には、予め係数A
c、A
1、A
2、及びA
0に関する情報が記憶されている。演算処理部27は、記憶部28より、係数A
c、A
1、A
2、及びA
0に関する情報を読み出すと共に、受光部26より与えられた各画像データI
c、I
s1、及びI
s2に基づいて、下記式(3)の演算を行って画像データI
pを導出する。
【0056】
この各定数A
c、A
1、A
2、及びA
0は、蛍光23のうちの波長帯λ
cの成分を有する蛍光L
cの強度、蛍光23のうちの波長帯λ
s1の成分を有する蛍光L
s1の強度、及び蛍光23のうちの波長帯λ
s2の成分を有する蛍光L
s2の強度が与えられると、上記式(3)の演算をすることで、蛍光23に含まれるポルフィリン類由来の蛍光強度が算定できるように予め定められている。よって、演算処理部27が上記式(3)の演算をすることで、検体2に含まれるポルフィリン類が発する蛍光の強度分布に対応した画像データI
pが生成される。演算処理部27が画像データI
pを生成する工程が、工程(d)に対応する。
【0057】
なお、この各係数A
c、A
1、A
2、及びA
0の決定方法については後述される。
【0058】
この画像データI
pは表示部12に出力される。これにより、検体2の位置に応じたポルフィリン類由来の蛍光強度が画像情報として表示される。例えば、この表示された画像を確認することで、検体2に腫瘍部位が存在するか否かを判定することができると共に、また検体2に腫瘍部位が存在する場合には、検体2内の腫瘍部位が存在する場所を特定することができる。この判定処理が工程(e)に対応する。
【0059】
また、演算処理部27が、画像データI
pに基づいて検体2に腫瘍部位が存在するか否かの判定まで行うものとしても構わない。例えば、演算処理部27は、画像データI
pに基づいて、各位置別の蛍光強度が所定の閾値を上回っているか否かを判定する。そして、演算処理部27は、蛍光強度が所定の閾値を上回っている箇所が腫瘍部位であり、蛍光強度が前記所定の閾値以下である箇所が非腫瘍部位であると判別する。この判定処理が工程(e)に対応する。
【0060】
表示部12は、演算処理部27から送られた腫瘍部位の座標情報に基づいて、例えば検体2の画像上の所定の位置に腫瘍部位であることを示すマークや発色を施した画像データを表示するものとしても構わない。また、演算処理部27において腫瘍部位と判別された領域が存在しない場合には、表示部12がその旨の情報を表示するものとしても構わない。
【0061】
検査員は、表示部12を目視で確認することで、検体2に腫瘍部位が存在するか否か、及び腫瘍部位が存在している場合にはその存在箇所を容易に認識することができる。また、例えば装置1に操作ボタンを設け、検体2が収容されたホルダ10を装置1に装着して当該操作ボタンを押下すると光源部21から励起光が射出される仕組みとすることで、装置1によって検体2の腫瘍部位の判別処理を自動的に行わせることができる。これにより、検査員のスキルによる判断結果のバラツキが解消すると共に、病理医による判断も不要となる。
【0062】
上記処理によって生成された画像データI
pは、検体2から発された蛍光32のうち、ポルフィリン類の蛍光スペクトルのピーク波長を含む波長帯λ
cに属する光強度分布であって、自家蛍光物質由来の蛍光が排除された情報である。よって、腫瘍部位判別装置1によれば、この画像データI
pに基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行うことができるため、従来と比較して、自家蛍光物質由来の蛍光が含まれることによる誤判別のおそれを大幅に低減できる。
【0063】
光路上に配置されるフィルタ(F
c,F
s1,F
s2)の順序は、どのような順序であっても構わない。
【0064】
ダイクロイックミラー23は、装置1を小型化するために、励起光31と蛍光32の光路を一部共通化することを目的として設けられている。つまり、光源部21から射出された励起光が検体2に照射されると共に、検体2から発せられる光が受光部26で受光される構成であれば、ダイクロイックミラー23は必ずしも必要ではない。また、フィルタ22は光源部21と一体化されていても構わない。
図4に示した装置1の構成はあくまで一例であり、同じ機能を実現する構成であれば、種々の設計変更が可能であることは言うまでもない。
【0065】
[フィルタ条件の決定]
以下、フィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2の3つのフィルタの決定方法の一例について説明する。ここでは、説明の都合上、想定される自家蛍光物質をコラーゲン及びFADの2種類である場合について説明するが、3種類以上の場合も同様の議論が可能であることは後述される。
【0066】
(中心波長の決定ステップ)
フィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2として最も好ましいのは、各フィルタを介して受光した、ポルフィリン類由来の蛍光と自家蛍光物質由来の蛍光とが合成された蛍光に基づいて、演算によってポルフィリン類由来の蛍光のみを切り分けることができるフィルタである。これが実現できるフィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2の条件を設定するために、以下のシミュレーションを行った。
【0067】
検体2から発せられる蛍光32は、上述したように、ポルフィリン類由来の蛍光と自家蛍光物質由来の蛍光とが合成されたものであり、この合成の程度は、検体2に含まれるポルフィリン類及び自家蛍光物質の量に影響される。よって、検体2から照射される蛍光32は、おおよそ、ポルフィリン類由来の蛍光と、自家蛍光物質由来の蛍光との線形和で表現されると考えられる。
【0068】
そこで、ポルフィリン類の例としてPpIXの蛍光スペクトル(
図5参照)、及び自家蛍光物質の例としてコラーゲン及びFADの蛍光スペクトル(
図1参照)を、所定の比率で合成したテストスペクトルを作成した。ここでは、PpIXの量、コラーゲンの量、及びFADの量をそれぞれ3段階(0,w1,w2)(ただしw2>w1)で変化させることで、合計27種類の基準テストスペクトルTSb
1〜TSb
27を作成した。なお、ここでは、3段階のうちの1段階に含有量が0の場合を含めている。すなわち、テストスペクトルには、例えはPpIX及びコラーゲンを含み、FADを含まない蛍光スペクトルが模擬されている。
【0069】
しかしながら、実際には、受光部26において受光される蛍光32は、各蛍光の合成スペクトルが完全な線形和としては現れず、一定の外乱が含まれることが想定される。そこで、この外乱を模擬するべく、27種類の基準テストスペクトルTSb
1〜TSb
27のそれぞれに対し、標準偏差が最大濃度の5%になるようなガウスノイズを、乱数によって100通りの方法で重畳させた。すなわち、2700種類のテストスペクトルを生成した。例えば、基準テストスペクトルTSb
1に対して、100種類のノイズを重畳させたテストスペクトルTS
1_1〜TS
1_100を生成した。また、基準テストスペクトルTSb
2に対して、100種類のノイズを重畳させたテストスペクトルTS
2_1〜TS
2_100を生成した。同様に、全ての基準テストスペクトルTSb
j(j=1,2,…27)に対し、100種類のノイズを重畳させたテストスペクトルTS
j_1〜TS
j_100(j=1,2,…27)を生成した。
【0070】
次に、フィルタF
cの中心波長λ
c、フィルタF
s1の中心波長λ
s1、及びフィルタF
s2の中心波長λ
s2を、以下の手順により選定した。
【0071】
フィルタF
c用としてのテストフィルタTF
cを100種類設定した。具体的には、半値全幅を所定の数値(一例として5nm)で固定して、620nm以上720nm以下の波長帯において中心波長を1nmずつ変化させることで100種類のテストフィルタTF
c_1〜TF
c_100を設定した。なお、620nm以上720nm以下という波長範囲は、
図5に示すように、おおよそPpIXの蛍光スペクトルが確認されると考えられる範囲から設定されたものである。
【0072】
また、フィルタF
s1用のテストフィルタTF
s1を110種類設定した。具体的には、半値全幅を所定の数値(一例として5nm)で固定して、520nm以上630nm以下の波長帯において中心波長を1nmずつ変化させることで110種類のテストフィルタTF
s1_1〜TF
s1_110を設定した。なお、520nm以上630nm以下という波長範囲は、テストフィルタTF
c_1〜TF
c_100の各中心波長の範囲よりも短波長側であり、且つテストフィルタTF
c_1〜TF
c_100のうちの一部に対して波長帯を重ならせることで設定されたものである。
【0073】
また、フィルタF
s2用のテストフィルタTF
s2を220種類設定した。具体的には、半値全幅を所定の数値(一例として5nm)で固定して、640nm以上860nm以下の波長帯において中心波長を1nmずつ変化させることで220種類のテストフィルタTF
s2_1〜TF
s2_220を設定した。なお、640nm以上860nm以下という波長範囲は、テストフィルタTF
c_1〜TF
c_100の各中心波長の範囲よりも長波長側であり、且つテストフィルタTF
c_1〜TF
c_100のうちの一部に対して波長帯を重ならせることで設定されたものである。
【0074】
まず、一のテストスペクトルTS
1_1を、テストフィルタTF
c_1を介して受光したときの光強度I
(1_1)(c_1)を抽出する。同様に、一のテストスペクトルTS
1_1を、テストフィルタTF
s1_1を介して受光したときの光強度I
(1_1)(s1_1)、及びテストフィルタTF
s2_1を介して受光したときの光強度I
(1_1)(s2_1)を抽出する。
【0075】
ここで、テストスペクトルTS
1_1に含まれるPpIX由来の光強度I
p1_1は、光強度I
(1_1)(c_1)、I
(1_1)(s1_1)、及びI
(1_1)(s2_1)の各値の線形和で表現できると仮定すれば、下記式(4)で表現できる。
【0077】
次に、別のテストスペクトルTS
1_2を、テストフィルタTF
c_1を介して受光したときの光強度I
(1_2)(c_1)、テストフィルタTF
s1_1を介して受光したときの光強度I
(1_2)(s1_1)、及びテストフィルタTF
s2_1を介して受光したときの光強度I
(1_2)(s2_1)を抽出する。この場合も、適切な係数A
c、A
1、A
2、及びA
0が設定されていれば、テストスペクトルTS
1_2に含まれるPpIX由来の光強度I
p1_2は、下記式(5)で表現できる。
【0079】
以下、同様の議論により、2700種類のテストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)につき、テストフィルタTF
c_1を介して受光したときの光強度I
(j_k)(c_1)、テストフィルタTF
s1_1を介して受光したときの光強度I
(j_k)(s1_1)、及びテストフィルタTF
s2_1を介して受光したときの光強度I
(j_k)(s2_1)を抽出する。これにより、テストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)に含まれるPpIX由来の光強度I
pは、下記式(6)で表現できる。
【0081】
ところで、左辺の行列I
pは、2700種類のテストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)のそれぞれに含まれるPpIXの光強度に対応する。各テストスペクトルTS
j_kは、基準テストスペクトルTSb
j(j=1,2,…27)に基づいて生成されている。そして、各基準テストスペクトルTSb
jは、上述したように、PpIXの量、コラーゲンの量、及びFADの量をそれぞれ3段階(0,w1,w2)で変化させて合成させることで生成されている。このため、各基準テストスペクトルTSb
jに含まれているPpIXの混在量は予め認識できている。よって、各テストスペクトルTS
j_kのそれぞれに含まれるPpIX由来の蛍光強度の値は既知である。
【0082】
また、右辺の行列Iは、各テストフィルタTF
c_1、TF
s1_1及びTF
s2_1を介して受光したときの光強度に対応するため、この値も既知である。
【0083】
よって、下記式(7)に基づき、行列Aを計算することができる。なお、式(6)における行列I
+は行列Iの擬似逆行列である。
【0085】
上記式(7)により、行列Aで規定された各係数A
c、A
1、A
2、及びA
0が最小二乗法的に求められる。ここで求められた係数A
c、A
1、A
2、及びA
0からなる行列Aを、既に数値が決定されている状態であることを示すために、行列A’と記載する。
【0086】
行列A’は最小二乗法的に算定されたものであるため、実際のテストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)に含まれるPpIX由来の蛍光強度I
pと、行列A’を用いた演算で算定されたPpIX由来の推定蛍光強度I
prとの間には誤差が発生する。なお、推定蛍光強度I
prは、下記式(8)によって算定される。なお、上述したように、行列Iは、テストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)で示された光を各テストフィルタTF
c_1、TF
s1_1及びTF
s2_1を介して受光したときの光強度に対応する。
【0088】
なお、上記(8)式では行列形式で記載しているが、推定蛍光強度I
prは、テストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)毎に算出されるため、実際には、I
pr(j_k) (j=1,2,…27、k=1,2,…,100)という形式で算定される。また、テストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)に実際に含まれるPpIX由来の蛍光強度I
pについても、I
p(j_k) (j=1,2,…27、k=1,2,…,100)という形式で表現することが可能である。
【0089】
このとき、テストスペクトルTS
j_kに含まれるPpIX由来の蛍光強度に関し、演算によって推定された蛍光強度I
pr(j_k)と実際の蛍光強度I
p(j_k)との誤差ε
1を、下記式(9)によって算定する。
【0091】
なお、式(9)においてNとは、演算によって推定された蛍光強度I
pr(j_k)、及び実際の蛍光強度I
p(j_k)のそれぞれの種類数であり、これはテストスペクトルの種類数に対応する。上述したように、今回の例では、2700種類のテストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)を作成しているため、N=2700である。
【0092】
上記式(9)で得られた誤差ε
1は、テストフィルタTF
c_1、テストフィルタTF
s1_1、及びテストフィルタTF
s2_1の組み合わせからなるフィルタセットFS
1を用いた場合の誤差に相当する。上述したように、本実施形態では、テストフィルタTF
cとして100種類のテストフィルタTF
c_1〜TF
c_100を設定し、テストフィルタTF
s1として110種類のテストフィルタTF
s1_1〜TF
s1_110を設定し、テストフィルタTF
s2として220種類のテストフィルタTF
s2_1〜TF
s2_220を設定している。つまり、フィルタセットFSとしての組み合わせは、100×110×220=2420000通り存在する。
【0093】
これらのフィルタセットFS
i(i=1,2,…,2420000)について、上記と同様の演算を行うことで、誤差ε
i(i=1,2,…,2420000)が算定される。このうち、誤差ε
iの値が最も小さいフィルタセットFS
iが、標準推定誤差が最小のフィルタセットであると結論付けられる。
【0094】
図6は、フィルタF
cの中心波長λ
c、フィルタF
s1の中心波長λ
s1、及びフィルタF
s2の中心波長λ
s2に対する誤差εの大きさの分布をグラフ化したものである。なお、
図6では、各フィルタの半値全幅を5nmとした場合以外に、10nmとした場合、20nmとした場合についても上記と同様の演算を行って各フィルタセットに対する誤差εを算出することで、誤差分布を導出している。
図6において、「FWHM」は半値全幅を意味している。
図6では、誤差εの大きさが小さいほど白っぽい画像になるように画像が二値化されている。
【0095】
図6によれば、フィルタF
cの中心波長λ
cを634nmとし、フィルタF
s1の中心波長λ
s1を536nmとし、フィルタF
s2の中心波長λ
s2を745nmとした場合に、標準推定誤差εが最小になることが確認された。
【0096】
(半値幅の決定ステップ)
上記のステップでは、半値幅を所定の値に固定した状態で、全てのテストスペクトルTS
j_k(j=1,2,…27、k=1,2,…,100)を受光して得られた蛍光強度に基づいて演算で導出した推定蛍光強度I
pr(j_k)と、実際の蛍光強度I
p(j_k)との誤差が最も小さいフィルタの中心波長の組み合わせが決定された。
【0097】
次に、決定された各フィルタの中心波長λ
c、λ
s1、及びλ
s2を固定して、半値全幅を変化させたフィルタセットを複数設定する。そして、同様に、標準推定誤差εが最小となる半値全幅の組み合わせを決定する。フィルタF
cについては中心波長λ
cを634nmとして、半値全幅を5nmから50nmまで1nm刻みで変化させた。フィルタF
s1については中心波長λ
s1を536nmとして、半値全幅を5nmから50nmまで1nm刻みで変化させた。フィルタF
s2については中心波長λ
s2を745nmとして、半値全幅を5nmから300nmまで1nm刻みで変化させた。
【0098】
図7は、フィルタF
cの半値全幅FWHM
c、フィルタF
s1の半値全幅FWHM
s1、及びフィルタF
s2の半値全幅FWHM
s2に対する誤差εの大きさの分布を、
図6と同様にグラフ化したものである。各フィルタF
c、F
s1、及びF
s2の中心波長については、予め標準推定誤差εが最も小さくなる値が採用されているため、
図6と比較して誤差が小さい領域で分布していることが確認される。
図7によれば、フィルタF
cの半値全幅FWHM
cを20nm、フィルタF
s1の半値全幅FWHM
s1を40nm、及びフィルタF
s2の半値全幅FWHM
s2を204nmとした場合に、標準推定誤差が最小になることが確認された。
【0099】
図8は、上記の2つのステップによって決定された各フィルタF
c、F
s1、及びF
s2を介して各テストスペクトルTS
j_kを受光した場合において、演算によって推定された蛍光強度I
pr(j_k)と実際の蛍光強度I
p(j_k)との関係をグラフ化したものである。横軸が実際の蛍光強度I
p(j_k)であり、縦軸が演算によって推定された蛍光強度I
pr(j_k)である。
図8によれば、標準推定誤差ε=5.44であり、極めて小さい誤差範囲内に留められていることが確認される。
【0100】
[測定系における定数の決定]
上記のステップにより、最も推定誤差の少ないフィルタF
c、F
s1、及びF
s2の条件が決定された。しかし、実際には、
図4に示したような装置1を用い、実際に受光部26で受光された光の強度に基づいてポルフィリン類由来の蛍光強度I
pを推定することになる。このため、実際の測定系の構成に応じた係数A
c、A
1、A
2、及びA
0を定めておくのが好ましい。
【0101】
そこで、本ステップでは、実際にフィルタ切替部25に対して、上記ステップで決定されたフィルタ条件を有する各フィルタF
c、F
s1、及びF
s2を設置した上で、実験を行うことで測定系に応じた係数A
c、A
1、A
2、及びA
0を決定する。
【0102】
ここでは、蛍光物質の混在の容易性に鑑み、PpIXとFADの混合溶液を、混合比率を異ならせて複数種類作成した。この作成された混合溶液は、上述したステップにおけるテストスペクトルに対応するものである。そして、各混合溶液に対して実際に光源部21から励起光31を照射して、各フィルタF
c、F
s1、及びF
s2を介して受光部26で受光された光の強度を計測する。具体的には、m番目の混合溶液(m=1,2,…,n)から発せられる蛍光32のうち、フィルタF
cを介して受光部26で受光された光強度I
m_c、フィルタF
s1を介して受光部26で受光された光強度I
m_s1、フィルタF
s2を介して受光部26で受光された光強度I
m_s2を検出する。そして、式(6)と同様に、下記式(10)に各値を代入する。
【0104】
この後は、式(7)と同様に、行列Iの擬似逆行列I
+を算定することで、行列Aを計算することができる。本ステップで得られた行列A、すなわち、各係数A
c、A
1、A
2、及びA
0は、本測定系に則した係数である。この値が装置1の記憶部28に記憶される。
【0105】
一例として、FADの濃度を、0μM、3μM、6μM、9μM、12μMの5種類で変化させ、PpIXの濃度を、0μM、25μM、50μM、75μM、100μMの5種類で変化させることで、n=25種類の混合溶液を作成した。そして、上記ステップによって定数を算定すると、A
c=−7.82、A
1=96.4、A
2=−26.9、及びA
0=0.00、と決定された。
【0106】
[実施例]
決定されたフィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2を装置1のフィルタ切替部25にセットし、決定された各係数A
c、A
1、A
2、及びA
0に関する情報を記憶部28に記憶した状態で、PpIX、FAD、及びコラーゲンを一列に配置してなるサンプルに光源部21から光を照射した。このときの画像データの一例を
図9に示す。
【0107】
図9(a)は、比較として示された画像データであり、サンプルから放射される蛍光32を中心波長635nmのフィルタを介して受光された画像データである。
図9(b)は、サンプルから放射される蛍光32を各フィルタF
c、F
s1、及びF
s2を介して受光し、それぞれの受光データと各係数A
c、A
1、A
2、及びA
0に基づいて演算処理部27が生成した画像データである。
図9(a)では、PpIX、FAD、及びコラーゲンのいずれもが発光しており、これらの区別が困難な状態である。これに対し、
図9(b)によれば、PpIXの存在箇所のみが発光しており、PpIXのみの画像を得ることができている。
【0108】
[別実施形態]
以下、別実施形態について説明する。
【0109】
〈1〉 上記の実施形態では、フィルタ交換部25に搭載されるフィルタが、フィルタF
c、フィルタF
s1、及びフィルタF
s2の3種類である場合について説明した。しかし、フィルタの種類は4種類以上であっても構わない。特に、検体2に含まれることが想定されている自家蛍光物質の種類に応じてフィルタの種類を増減させるものとしても構わない。
【0110】
上記の実施形態では、検体2に含まれる自家蛍光物質がコラーゲンとFADである場合を採り上げて説明した。被疑腫瘍部位としての検体2に含まれる自家蛍光物質としては、コラーゲンとFADが代表的であるが、場所によっては他の自家蛍光物質が含まれる可能性も考えられる。このような場合、想定される自家蛍光物質の種類数に応じてフィルタを準備しておくことで、受光された蛍光32からポルフィリン類由来の自家蛍光成分を抽出する精度を更に高めることができる。
【0111】
図10は、別実施形態における装置1の内部構成を模式的に示す図面である。この装置1は、
図3に示す装置1に対して追加的に情報入力部29を備えている。また、記憶部28には、自家蛍光物質の種類nに応じた係数A
c、A
i(i=1,2,…,n)、及びA
0、並びにフィルタF
si(i=1,2,…,n)の情報が予め記憶されている。これらの情報は、上述したステップと同様の処理を行うことで、適切なフィルタ及び係数が予め得られたものが用いられる。
【0112】
検体2に対して予め光を照射して受光した蛍光スペクトルの分析結果や、検体2の人体における部位の特徴などから、検体2に含まれる自家蛍光物質の種類を見当することができる場合がある。
図10に示す装置によれば、検体2に含まれる自家蛍光物質の情報を予め情報入力部29から与えることで、演算処理部27は、当該自家蛍光物質の種類に応じた係数及びフィルタの情報を記憶部28から読み出す。そして、演算処理部27は、フィルタ切替部25に対して当該対応したフィルタを設定する制御を行う。これにより、演算処理部27は、検体に応じた最適なフィルタを用いて受光された蛍光に基づいて画像データを生成することができ、また、この画像データ及び検体2に応じた最適な係数に基づいて、ポルフィリン類が発する蛍光強度の分布に対応した画像データを生成することができる。
【0113】
〈2〉 上記の実施形態では、フィルタF
cが光を透過させる波長帯λ
cは、ポルフィリン類の例としてのPpIXの蛍光スペクトルのうち、主たるピーク波長である635nmを含むものとした。しかし、
図5に示すように、PpIXの蛍光スペクトルは波長700nmの近傍にもサブピークを有する。よって、前記波長帯λ
cが、PpIXの主たるピーク波長ではなく、サブピーク波長である700nmの近傍を含むものとしても構わない。
【0114】
〈3〉 腫瘍部位に蓄積されるポルフィリン類は、プロトポルフィリンIX(PpIX)以外の物質であっても構わず、例えば、PpIXから生成されたフォト−プロトポルフィリン(PPp)や、ウルポルフィリンなどから発せられる蛍光を分光検出する場合に、上記方法を採用することも可能である。
【0115】
この場合、特にフィルタ22は、当該ポルフィリン類を励起させるために必要な波長帯の励起光31を選択的に透過させることのできる構成であればよい。また、フィルタF
cは当該ポルフィリン類が発する蛍光のピーク波長を含む波長帯λ
cの光を透過する機能を有していればよい。
【0116】
〈4〉 上記の実施形態では、記憶部28に係数A
0が記憶されており、演算処理部27が上記式(3)の演算を行うことで、画像データI
pを導出するものとして説明した。ここで、係数A
0は装置系のオフセット量を想定した値である。しかし、このオフセット量については演算時に考慮しないものとしても構わない。この場合、演算処理部27は、上記式(3)においてA
0=0とした演算式、すなわち下記(11)式によって画像データI
pを導出するものとしても構わない。上述した他の式においても同様である。