【文献】
LAI F D, WU J K,"Structure, hardness and adhesion properties of CrN films deposited on nitrided and nitrocarburized SKD 61 tool steels",Surf Coat Technol,1997年 1月,Vol.88 No.1/3,Page.183-189
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1では、窒化層中においてFe
4N(γ’相)やFe
2−3N(ε相)などの脆弱な化合物層が形成されないようにイオン窒化を行うことにより、窒化層とTiN膜との密着性を改善することが提案されているが、このように脆弱層の形成を抑制するだけでは密着性向上の効果が十分ではない。このため、近年のより過酷な使用環境にも対応できるようにするため、基材と硬質皮膜の密着性を一層向上させるための改善策が必要である。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、表層部に窒化層が形成された鉄基材において、当該窒化層上に形成された硬質皮膜の密着性が改善された硬質皮膜被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に係る硬質皮膜被覆部材は、鉄系材料からなり、表層部に窒化層が形成された基材と、金属窒化物、金属炭窒化物又は金属炭化物からなり、前記窒化層上に形成された硬質皮膜と、を備える。前記窒化層における最大窒素濃度が10at%以上
23at%以下である。前記硬質皮膜の硬度が1000HV以上1700HV以下である。
【0008】
本発明の他局面に係る硬質皮膜被覆部材は、鉄系材料からなり、表層部に窒化層が形成された基材と、金属窒化物、金属炭窒化物又は金属炭化物からなり、前記窒化層上に形成された硬質皮膜と、を備える。前記窒化層の最表面から5μmの深さまでの領域における平均窒素濃度が8at%以上20at%以下である。前記硬質皮膜の硬度が1000HV以上1700HV以下である。
【0009】
本発明者は、鉄系材料からなる基材の窒化層上に金属窒化物、金属炭窒化物又は金属炭化物からなる硬質皮膜を耐摩耗層としてコーティングした部材において、硬質皮膜の密着性を改善するための方策について鋭意検討を行った。その結果、窒化層においてFe
4N(γ’相)やFe
2−3N(ε相)などの化合物層が多く形成されないように窒素濃度を制御すると共に、硬質皮膜の硬度を制御することに着目して本発明に想到した。
【0010】
本発明に係る硬質皮膜被覆部材では、窒化層における最大窒素濃度が10at%以上25at%以下に制御され、又は窒化層の表層部(最表面から5μmの深さまでの領域)における平均窒素濃度が8at%以上20at%以下に制御されている。最大窒素濃度が10at%未満又は平均窒素濃度が8at%未満である場合には、窒素濃度が低すぎるために窒化層の硬度が低下する。一方で、最大窒素濃度が25at%を超える場合又は平均窒素濃度が20at%を超える場合には、窒素濃度が高すぎるために窒化層においてFe
4N(γ’相)やFe
2−3N(ε相)などの化合物層が多く形成され、その結果窒化層に割れによって硬質皮膜の密着性が低下する。これに対して、本発明では、窒化層における最大窒素濃度を10at%以上25at%以下の範囲に制御し、又は窒化層の表層部における平均窒素濃度を8at%以上20at%以下の範囲に制御することにより、窒化層の硬度低下を抑制すると共に窒化層と硬質皮膜との密着性の低下を防ぐことができる。また化合物層の形成をより確実に抑制する観点から、最大窒素濃度は20at%未満であることがより好ましく、15at%未満であることがさらに好ましい。また表層部における平均窒素濃度は、13at%未満であることがより好ましい。
【0011】
このように、窒化層においてFe
4N(γ’相)やFe
2−3N(ε相)などの化合物層の形成を抑制することにより硬質皮膜の密着性をある程度改善することができるが、その効果は十分ではない。そこで本発明では、窒化層上に形成される硬質皮膜の硬度を1000HV以上1700HV以下に制御することにより、窒素濃度のみを制御した場合に比べて硬質皮膜の密着性が飛躍的に改善されている。
【0012】
通常、鉄基材に形成される窒化層の硬度は1000〜1200HVである。これに対して、硬質皮膜の硬度を1000HV以上1700HV以下にすることにより、皮膜が柔らかくなり過ぎることを抑制しつつ、窒化層と硬質皮膜との硬度差を700HV以下にまで小さくすることができる。これにより、外部応力が加わった時の基材と硬質皮膜との変形挙動の差が小さくなり、硬質皮膜の密着性を一層改善することができる。また窒化層との硬度差をより小さくする観点から、硬質皮膜の硬度は1600HV以下であることがより好ましく、1500HV以下であることがさらに好ましい。また皮膜の変形量が大きくなり過ぎるのを抑制する観点から、硬質皮膜の硬度は1200HV以上であることがより好ましい。
【0013】
ここで「鉄系材料」とは、純鉄、鋼及び鋳鉄を含む概念であり、金型や切削工具に用いられる合金工具鋼であることが好ましい。また「最大窒素濃度」とは、窒化層の最表面における窒素濃度であり、グロー放電発光分析装置(GD−OES)を用いて窒化層の深さ方向における窒素濃度分布を測定し、当該分布を用いて測定することができる。また「平均窒素濃度」は、GD−OESを用いて測定される深さ方向の窒素濃度分布において、最表面から深さ5μmの位置までの領域で窒素濃度の平均値を算出することにより得られる。また硬質皮膜の「硬度」は、ビッカース硬さ(HV)であり、JIS規格のビッカース硬さ試験方法に従って測定することができる。
【0014】
上記硬質皮膜被覆部材において、前記鉄系材料は、4wt%以上のCrを含有していてもよい。
【0015】
通常、Crを含有する鉄基材において、CrはCr
7C
3などの炭化物を形成している。この基材に対して窒化処理を行った場合、炭化物と窒化物の形成自由エネルギーの差異によりCr炭化物(Cr
7C
3)がCr窒化物に変化し、この反応に伴って炭素がフリーカーボンとして放出される。そして、このフリーカーボンが起点となって基材において割れが生じ易くなる。このようにクロム炭化物が窒化物に変わる反応は、窒素濃度が高い方がより起こり易くなる。従って、このような反応を抑制する観点からも、窒化層における最大窒素濃度は20at%未満であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、表層部に窒化層が形成された鉄基材において、当該窒化層上に形成される硬質皮膜の密着性が改善された硬質皮膜被覆部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態につき詳細に説明する。
【0019】
<実施形態1>
(硬質皮膜被覆部材の構成)
まず、本発明の実施形態1に係る硬質皮膜被覆部材としての金型1について説明する。
図1に示すように、金型1は、被プレス部材である金属板7をプレス成形するためのものであって、上金型(第1金型)2と、下金型(第2金型)3と、を有する。上金型2及び下金型3は、上下方向(
図1中矢印)に互いに離れて配置されている。上金型2には下金型3側に出っ張った凸部4が形成されており、下金型3には上金型2と反対側に凹む凹部5が形成されている。凸部4及び凹部5は、互いに嵌合可能な形状及び大きさに形成されている。
【0020】
上金型2及び下金型3は、不図示の駆動源からの駆動力によって互いに接近する方向又は離れる方向に相対移動するように構成されている。より具体的には、下金型3は水平面に設置され、上金型2が下金型3に向かって下方に可動するように構成されている。そして、
図1に示すように金属板7が凹部5の開口を覆うように設置され、この状態で下金型3の位置を固定しつつ上金型2を下降させることにより、凸部4によって金属板7を押圧し、金属板7を凹部5の溝形状に沿って曲げ加工することができる。なお、金型1は、
図1に示す曲げ型に限定されず、抜き型、絞り型又は圧縮型などの他のプレス金型であってもよい。
【0021】
金型1は、鉄系材料からなる基材10と、基材10の表面上に形成された硬質皮膜11と、を有する。基材10は、耐摩耗性や耐衝撃性に優れた金型用の合金工具鋼からなり、例えばJIS規格SKD11(C濃度:1.40〜1.60wt%、Si濃度:0.40wt%以下、Mn濃度:0.60wt%以下、P濃度:0.030wt%以下、S濃度:0.030wt%以下、Cr濃度:11.00〜13.00wt%、Mo濃度:0.80〜1.20wt%、V濃度:0.20〜0.50wt%)などの冷間金型用鋼や熱間金型用鋼などからなる。
【0022】
基材10の表層部には、窒化層10Aが形成されている。窒化層10Aは、基材10の表面から素地金属の結晶格子内に窒素原子が侵入して固溶することにより形成された層であり、基材10の最表面から深さ方向において所定の厚みを有する。窒化層10Aは、ガス窒化法、ガス軟窒化法、塩浴窒化法、又はプラズマ窒化法などの種々の窒化処理法によって形成されている。また窒化層10Aの硬度(ビッカース硬さ)は、1000〜1200HVとなっている。
【0023】
窒化層10Aは、基材10の最表面から内部に向かって深さ方向に窒素原子が拡散することにより形成されるため、窒素濃度は基材10の最表面から内部に向かって徐々に小さくなる分布を有する。このため、窒化層10Aにおいては、最表面の窒素濃度が最大窒素濃度となっている。本実施形態では、窒化処理時の条件を制御することによって又は窒化処理後において基材10の表面に研磨処理を施すことによって、最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲内に制御されている。また、窒化層10Aの表層部における平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲内に制御されている。窒化層10Aの表層部とは、窒化層10Aの最表面から当該最表面に垂直な深さ方向において深さ5μmの位置までの領域を意味する。
【0024】
図2は、本実施形態における窒化層10Aの深さ方向の窒素濃度分布を模式的に示したグラフである。グラフ横軸は窒化層10Aの深さ方向の位置(μm)を示し、縦軸は窒素濃度(at%)を示している。またグラフ中の斜線部は窒化層10Aの最表面から5μmの深さまでの領域(表層部)を示し、一点鎖線は当該表層部における窒素濃度の平均値を示している。グラフの通り、本実施形態では、窒化層10Aの最表面における窒素濃度である最大窒素濃度(Max.)が10at%以上25at%以下の範囲内に制御されると共に、窒化層10Aの表層部における平均窒素濃度(Ave.)が8at%以上20at%以下の範囲内に制御されている。
【0025】
窒化層10Aにおける最大窒素濃度が10at%未満又は平均窒素濃度が8at%未満である場合には窒素濃度が低すぎるため窒化層10Aの硬度が低下する。一方で、最大窒素濃度が25at%を超える場合又は平均窒素濃度が20at%を超える場合には窒化層10AにおいてFe
4N(γ’相)やFe
2−3N(ε相)などの化合物層が多く形成される。このような化合物層の形成によって窒化層10Aの割れが生じ易くなり、その結果窒化層10Aに対する硬質皮膜11の密着性が低下する。
【0026】
本実施形態では、窒化層10Aにおける最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲に制御されると共に、表層部の平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲に制御されている。これにより、窒化層10Aの硬度低下を抑制し、且つγ’相やε相などの化合物層の形成による硬質皮膜11の密着性低下を防ぐことができる。このため、X線回折測定により窒化層10Aの結晶構造解析を行った場合、γ’相やε相に基づくピークが小さく又はピークが観測されない。またγ’相やε相の形成をより確実に抑制する観点から、最大窒素濃度は20at%未満であることが好ましい。
【0027】
また本実施形態のように、4wt%以上のCrを含有する鋼材(例えばSKD11材)を基材10として用いた場合には、窒化層10Aを形成する窒化処理の際にCr炭化物(Cr
7C
3)がCr窒化物に変化し、これに伴って炭素がフリーカーボンとして母材中に放出される。このフリーカーボンは、基材10における割れの起点となり、窒素濃度が高い方がより析出し易い。従って、このようなフリーカーボンの析出を抑制する観点からも、窒化層10Aにおける最大窒素濃度は20at%未満であることが好ましい。
【0028】
硬質皮膜11は、金型1の耐摩耗性や耐久性を向上させるために窒化層10A上に形成された皮膜であり、TiなどのIVB族原子、VなどのVB族原子、又はCrなどのVIB族原子の窒化物(TiN、VN、CrN)からなる。硬質皮膜11は、上記金属材料をターゲットとして使用し、且つ窒素ガスを成膜ガスとして用いたイオンプレーティング法やスパッタリング法などの物理蒸着法(PVD)により形成されており、特にアークイオンプレーティング(AIP)法により形成されていることが好ましい。
【0029】
硬質皮膜11は、ビッカース硬さが1000HV以上1700HV以下となっている。具体的には、硬質皮膜11は、TiN、VN、CrNなどの金属窒化物の多結晶体により構成されており、結晶粒を粗大化させることによってビッカース硬さの上限値が1700HVに制御されている。つまり、硬質皮膜11においては、ビッカース硬さの上限値が1700HVを超える皮膜よりも結晶粒が大きくなっている。また硬質皮膜11の硬さは、後述する成膜プロセスにおけるAIPの電圧条件によって制御することができる。
【0030】
窒化層10A上に形成する硬質皮膜11は、窒化層10Aとの親和性の観点から金属窒化物からなるものが好ましいが、金属炭化物や金属炭窒化物でも硬さが1700HV以下であれば、窒化層10Aに対する密着性を向上させることができる。硬質皮膜11の材料としては、例えばCrN、TiN、VN及びZrNなどが挙げられるが、窒化層10Aに近い硬さに制御可能なことからCrNが最も好ましい。
【0031】
また硬質皮膜11を多層構造とし、硬さが1700HV以下の皮膜を窒化層10A上に接触するように形成し、その上に硬さが1700HVを超える皮膜を形成してもよい。これにより、窒化層10Aに対する優れた密着性が得られると共に、最表面における皮膜の硬さを高くすることが可能となり、膜の耐久性をより向上させることができる。
【0032】
前述の通り、窒化層10Aの硬度は1000〜1200HV程度である。このため、硬質皮膜11の硬さの上限値を1700HVにすることにより、硬質皮膜11と窒化層10Aの硬度差を700HV以下にまで小さくすることができる。このように、硬質皮膜11と窒化層10Aの硬度を近づけることにより、基材10と硬質皮膜11との変形挙動の差を小さくすることができる。このため、プレス成形時において金属板7との激しい摺動により大きな応力が加わった時でも、硬質皮膜11が基材10から剥がれることを防止できる。つまり本実施形態では、硬質皮膜11の硬度を1000HV以上1700HV以下にすることによって、皮膜が柔らかくなり過ぎるのを抑制しつつ、基材10に対する硬質皮膜11の密着性を大きく改善することができる。また窒化層10Aに対する硬度差をより小さくする観点から、硬質皮膜11の硬度は1600HV以下であることが好ましく、1500HV以下であることがより好ましい。
【0033】
(硬質皮膜被覆部材の作製)
次に、基材10の窒化処理プロセス及び硬質皮膜11の成膜プロセスについて説明する。本実施形態では、アンモニアガスを窒素原として用いたガス窒化法により基材10の表層部に窒化層10Aが形成され、その後AIP法により窒化層10Aを覆うように硬質皮膜11が形成される場合について説明する。
【0034】
まず、SKD11材などの冷間金型用鋼からなる基材10が準備され、不図示のガス窒化炉内に設置される。そして、アンモニアガス及び水素ガスがそれぞれ炉内に導入される。このとき、混合ガス中におけるアンモニアガスの割合が10vol%以上15vol%以下となり、且つ炉内の全圧力が140Pa程度となるように各ガスの導入量が調整される。
【0035】
次に、ヒータなどによって炉内が約450℃の温度雰囲気になるまで加熱される。これにより、アンモニアガスは、2NH
3→2N+3H
2、の反応式で表されるように解離し、N原子が生成する。そして、生成したN原子は基材10の表面に吸着し、基材10の内部に向かって拡散する。これにより、基材10の表層部において所定の深さを有する窒化層10Aが形成される。
【0036】
本実施形態では、混合ガス中におけるアンモニアガスの割合を調整することにより、窒化層10Aの最表面における窒素濃度(つまり最大窒素濃度)及び表層部の平均窒素濃度を調整することができる。具体的には、アンモニアガスの割合を10vol%以上15vol%以下の範囲にすることにより、窒化層10Aにおける最大窒素濃度を10at%以上25at%以下の範囲に調整すると共に平均窒素濃度を8at%以上20at%以下の範囲に調整することができる。これにより、窒化層10Aにおいてγ’相やε相などの化合物層が多く形成されるのを防ぐことができる。
【0037】
またアンモニアガスの割合が15vol%を超える条件下(例えば20vol%)でも、窒化処理後に研磨処理を施すことにより、窒化層10Aの最表面における窒素濃度を25at%以下にまで低減させ、また表層部の平均窒素濃度を20at%以下にまで低減させることができる。研磨処理の方法としては、窒化層10Aの最表面に研磨材を投射する投射型研磨や、砥石を用いた砥石研磨などを用いることができる。このようにして、最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲に制御されると共に、平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲に制御された窒化層10Aが基材10の表層部に形成され、窒化処理が完了する。
【0038】
次に、窒化層10Aが形成された基材10上に硬質皮膜11が形成される。
図3は、硬質皮膜11の成膜に使用される成膜装置6の構成を示している。まず成膜装置6の構成について、
図3を参照して説明する。
【0039】
成膜装置6は、チャンバー21と、複数(2つ)のアーク電源22及びスパッタ電源23と、ステージ24と、バイアス電源25と、複数(4つ)のヒータ26と、放電用直流電源27と、フィラメント加熱用交流電源28と、を有する。チャンバー21には、真空排気するためのガス排気口21Aと、チャンバー21内にガスを供給するためのガス供給口21Bと、が設けられている。アーク電源22には、成膜用のターゲットが配置されるアーク蒸発源22Aが接続されている。スパッタ電源23には、成膜用のターゲットが配置されるスパッタ蒸発源23Aが接続されている。ステージ24は、回転可能に構成され、被成膜物である基材10を支持するための支持面を有する。バイアス電源25は、ステージ24を通して基材10にバイアスを印加する。
【0040】
次に、基材10上への硬質皮膜11の成膜プロセスについて説明する。まず、窒化処理後の基材10がステージ24上にセットされる。一方、Crなどのターゲットがアーク蒸発源22Aにセットされる。このターゲットは、粉末冶金により造られたものでもよいし、溶融冶金により造られたものでもよい。
【0041】
次に、ガス排気口21Aから排気されることでチャンバー21内が所定の圧力まで減圧される。次に、ガス供給口21Bからアルゴン(Ar)ガスがチャンバー21内に導入され、ヒータ26により基材10が所定の温度にまで加熱される。そして、基材10の表面がArイオンにより所定時間エッチングされ、基材10の表面に形成された酸化皮膜などが除去される(クリーニング)。
【0042】
次に、窒素(N
2)ガスがガス供給口21Bからチャンバー21内に導入される。そして、アーク蒸発源22Aに所定のアーク電流を流してアーク放電を開始させることにより、ターゲットを蒸発させる。またチャンバー21内に導入された窒素が熱分解され、N原子が生成する。これにより、Cr及びNが基材10の表面上に堆積し、CrNからなる硬質皮膜11が成膜される。このとき、基材10に印加するバイアス電圧を制御することにより、皮膜の硬さを制御することができる。例えば、バイアス電圧を30V以下程度にすることにより、CrNの結晶粒が粗大化し、1700HV以下の硬さの皮膜を得ることができる。これにより、硬質皮膜11が硬くなり過ぎないように成膜することができる。
【0043】
そして、硬質皮膜11の膜厚が所望の値に達した後、アーク蒸発源22Aへのアーク電流の供給が停止される。その後、チャンバー21内が大気開放され、成膜後の基材10がチャンバー21の外に取り出される。以上のようなプロセスにより、基材10上に硬質皮膜11が成膜される。
【0044】
またスパッタリング法によって硬質皮膜11を成膜する場合には、Crターゲットがスパッタ蒸発源23Aにセットされる。そして、スパッタ電源23からスパッタ蒸発源23Aに所定の電力を投入してターゲットを蒸発させることにより、前述のアークイオンプレーティングの場合と同様に硬質皮膜11を成膜することができる。
【0045】
<実施形態2>
次に、本発明の実施形態2に係る硬質皮膜被覆部材としての切削工具1Aについて説明する。
【0046】
図4は切削工具1Aの斜視図であり、
図5は被削材100を切削する様子を示す切削工具1Aの断面図である。切削工具1Aは、柄部(シャンク)の先端部に取り付けて使用されるインサート(刃先部)であって、
図4に示すように平面形状が四角形状となっている。切削工具1Aは、被削材100に食い込んですくい上げる部分であるすくい面31と、被削材との接触を避けるために逃がされた部分である逃げ面32と、を有し、当該すくい面31と逃げ面32とが繋がる部分が切れ刃33となっている。切削工具1Aは、基材10と、硬質皮膜11と、を有する。基材10は、切削用の合金工具鋼からなり、表層部に窒化層10Aが形成されている。硬質皮膜11は、窒化層10A上を覆うように形成されている。そして、上記実施形態1の金型1と同様に、窒化層10Aにおける最大窒素濃度が10at%以上25at%以下であると共に、表層部の平均窒素濃度が8at%以上20at%以下となっている。また硬質皮膜11のビッカース硬さは、1000HV以上1700HV以下となっている。
【0047】
これにより、切削工具1Aにおいても、上記実施形態1の金型1と同様に窒化層10Aと硬質皮膜11との間の高い密着性が確保されている。このため、硬質な材料からなる被 削材100を高速で加工する場合や少ない潤滑油で加工する場合など、過酷な使用環境下においても硬質皮膜11の剥がれを防止することができる。なお、このようなインサートだけでなく、ドリルやエンドミルなどの種々の切削工具においても同様に適用することができる。
【0048】
<その他実施形態>
上記実施形態1,2では、窒化層10Aの最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲内に制御されると共に、窒化層10Aの表層部における平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲内に制御される場合について説明したが、これに限定されない。
図6のグラフに示すように、最大窒素濃度(Max.)が10at%以上25at%以下の範囲内に制御される一方で、表層部の平均窒素濃度(Ave.)が20at%を超えていてもよい。また
図7のグラフに示すように、表層部の平均窒素濃度(Ave.)が8at%以上20at%以下の範囲内に制御される一方で、最大窒素濃度(Max.)が25at%を超えていてもよい。なお、
図6及び
図7のグラフでは、
図2のグラフと同様に、窒化層10Aの最表面から深さ5μmまでの領域である表層部が斜線により示され、当該表層部における平均窒素濃度が一点鎖線で示されている。
【0049】
本発明の硬質皮膜被覆部材は、上記実施形態1,2で説明した金型1及び切削工具1Aに限定されず、せん断型などの塑性加工用治工具であってもよいし、金属材料との摺動により高い耐摩耗性が要求される各種機械部品にも適用することができる。
【実施例】
【0050】
鉄基材の表層部に形成された窒化層に対する硬質皮膜の密着性に関して、本発明の効果を確認する実験を行った。
【0051】
(窒化処理)
JIS規格SKD11の化学成分を有する試験片(40mm×40mm×10mm)を基材として準備し、表面に鏡面研磨処理を施した。そして、この試験片をガス窒化炉内に配置し、以下の条件でガス窒化処理を施すことにより表層部に窒化層を形成した。
【0052】
処理温度:450℃
ガス:水素−アンモニア混合ガス(アンモニア:5vol%以上20vol%以下)
全圧力:140Pa
処理時間:12時間
下記の表1において、No.5〜13,31〜34の試験片に対しては窒化処理後に投射型の研磨処理を施し、No.14〜17の試験片に対しては砥石研磨による研磨処理を施した。またGD−OESを用いて窒化層における深さ方向の窒素濃度分布を測定し(測定元素はN、C、Cr、Fe、O)、この分布に基づいて窒素濃度(at%)を測定した。またX線回折測定を用いてFe
4N(γ’相)又はFe
2−3N(ε相)の化合物層に基づくピークの有無を確認することにより、これらの化合物層が形成されているか否かを確認した。
【0053】
(硬質皮膜の成膜)
窒化処理後の基材に対して、
図3に示した成膜装置6を用いたAIP法により硬質皮膜を形成した。AIPの条件は以下の通りである。
【0054】
窒素圧:4Pa
基材バイアス:10〜100V
アーク電流:150A
温度:400℃
まず、窒化処理後の基材10をステージ24上にセットし、Cr、Ti、Alなどのターゲットをアーク蒸発源22Aにセットした。そして、Arイオンエッチングにより基材10の表面をクリーニングした後、チャンバー21内に窒素ガスを導入し、アーク蒸発源22Aにアーク電流を流してアーク放電を開始させることにより、基材10上に硬質皮膜11を成膜した。
【0055】
硬質皮膜11としては、表1のNo.1〜34に示す種類のものをそれぞれ成膜した。表1のNo.24の「Ti0.5Al0.5」の表記は、TiとAlの原子比がそれぞれ0.5であることを示し、No.25,28,29,31も同様である。また表1のNo.27の「CrN/TiN」の表記は、CrNとTiNの積層膜であることを意味し、No.28〜30も同様である。
【0056】
No.1〜22,33,34では、CrターゲットとN
2ガスを用いて成膜し、表1に示す通り基材10に印加するバイアス(V)を調整することにより皮膜の硬さ(HV)を変化させた。
【0057】
No.23では、TiターゲットとN
2ガスを用いて成膜した。No.24では、Ti,Alターゲットを2つのアーク蒸発源22Aにそれぞれセットし、これらを同時に放電させて成膜を行った。No.25では、Cr,Alターゲットを2つのアーク蒸発源22Aにそれぞれセットし、これらを同時に放電させて成膜を行った。No.26では、Tiターゲットとメタンガスなどの炭化水素ガスを用いて成膜した。No.27では、CrターゲットとN
2ガスを用いてCrNを成膜した後、TiターゲットとN
2ガスを用いてTiNを成膜した。No.28では、CrターゲットとN
2ガスを用いてCrNを成膜した後、Ti,AlターゲットとN
2ガスを用いてTiAlNを成膜した。No.29では、CrターゲットとN
2ガスを用いてCrNを成膜した後、Cr,AlターゲットとN
2ガスを用いてCrAlNを成膜した。No.30では、CrターゲットとN
2ガスを用いてCrNを成膜した後、Tiターゲットとメタンガスなどの炭化水素ガスを用いてTiCを成膜した。No.31では、Crターゲットとメタンガスなどの炭化水素ガス及び窒素ガスとを用いてCrCNを成膜した。No.32では、Crターゲットとメタンガスなどの炭化水素ガスを用いてCrCを成膜した。
【0058】
No.1〜26,31〜34は膜厚を5μmとし、No.27〜30は下層側の皮膜の膜厚を1μm、上層側の皮膜の膜厚を4μmとした。
【0059】
(スクラッチ試験)
硬質皮膜を成膜した試験片に対して、以下の条件でスクラッチ試験を行うことにより、皮膜の密着性を確認した。表1に評価結果を示す。
【0060】
圧子:ダイヤモンド圧子(先端半径:200μm)
荷重範囲:0〜100N(密着が100N以上のサンプルに対しては荷重範囲の上限を150Nにして実施)
荷重増加速度:100N/分
圧子移動速度:10mm/分
【0061】
【表1】
【0062】
(考察)
表1に示される通り、窒化層の最表面における窒素濃度(最大窒素濃度)が25at%を超えると共に平均窒素濃度が20at%を超え、窒化層中にγ’相及びε相が形成される場合(No.1,5)及び最大窒素濃度が10%未満であると共に平均窒素濃度が8at%未満である場合(No.4,12,17)に比べて、最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲及び平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲、の少なくとも一方の条件を満たした場合において、密着性(N)が向上した。また硬質皮膜のビッカース硬さが1700HVを超える場合(No.22〜26)に比べて、1700HV以下の場合にも密着性(N)が向上した。またNo.27〜30では、上層側の皮膜の硬さが1700HVを超えているが、窒化層と接触する下層側の皮膜の硬さが1700HV以下となっており、良好な密着性(N)が確認された。以上の結果より、窒化層における最大窒素濃度が10at%以上25at%以下の範囲及び平均窒素濃度が8at%以上20at%以下の範囲の少なくとも一方の条件を満たすと共に、硬質皮膜の硬さを1000HV以上1700HV以下にすることにより、硬質皮膜の密着性が向上することが明らかとなった。
【0063】
今回開示された実施形態及び実施例は、全ての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなくて特許請求の範囲により示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。