(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは鋭意検討した結果、所定の成分を有する鋼において、鋼組織(金属組織)を、フェライト分率:5%以下、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率:60%以上、残留γ量:10%以上、MAの平均サイズ:1.0μm以下、残留オーステナイトの平均サイズ:1.0μm以下、およびサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト:全残留オーステナイト量の2%以上、X線小角散乱でのq値が1nm
−1での散乱強度:1.0cm
−1以下とすることで、引張強度(TS)、降伏比(YR)、(TS)と全伸び(EL)との積(TS×EL)、LDR、穴広げ率(λ)、引張試験時の破断部の板厚減少率(RA)(耐衝撃特性)およびスポット溶接部の十字引張強度(SW十字引張)が何れも高いレベルにある高強度鋼板を得ることができることを見いだしたのである。
【0020】
1.鋼組織
以下に本発明の高強度鋼板の鋼組織の詳細を説明する。
以下の鋼組織の説明では、そのような組織を有することにより各種の特性を向上できるメカニズムについて説明している場合がある。これらは本発明者らが現時点で得られている知見により考えたメカニズムであるが、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに留意されたい。
【0021】
(1)フェライト分率:5%以下
フェライトは、一般的に加工性に優れるものの、強度が低いという問題を有する。その結果、フェライト量が多いと降伏比が低下する。このため、フェライト分率を5%以下(5体積%以下)とした。
フェライト分率は好ましくは3%以下であり、さらに好ましくは1%以下である。
フェライト分率は光学顕微鏡で観察し、白い領域を点算法で測定することにより求めることができる。すなわち、このような方法により、フェライト分率を面積比(面積%)で求めることができる。そして、面積比で求めた値をそのまま体積比(体積%)の値として用いてよい。
【0022】
(2)焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率:60%以上
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率を60%以上(60体積%以上)とすることで高強度と高い穴広げ性を両立できる。焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率は好ましくは70%以上である。
焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)は、ナイタール腐食を行った断面のSEM観察を行い、MA(すなわち、残留オーステナイトと焼入れたままのマルテンサイトの合計)の分率を測定し、鋼組織全体から上述のフェライト分率とMA分率を引くことにより求めることができる。
【0023】
(3)残留オーステナイト量:10%以上
残留オーステナイトは、プレス加工等の加工中に加工誘起変態により、マルテサイトに変態するTRIP現象を生じ、大きな伸びを得ることができる。また、形成されるマルテンサイトは高い硬度を有する。このため、優れた強度−延性バランスを得ることができる。残留オーステナイト量を10%以上(10体積%以上)とすることでTS×ELが20000MPa以上と優れた強度−延性バランスを実現できる。
残留オーステナイト量は好ましくは15%以上である。
【0024】
本発明の高強度鋼板では、残留オーステナイトの多くは、MAの形態で存在する。MAとは、martensite-austenite constituentの略であり、マルテンサイトとオーステナイトの複合体(複合組織)である。
残留オーステナイト量は、X線回折によりフェライト(X線回折では焼戻しマルテンサイトおよび未焼戻しのマルテンサイトを含む)とオーステナイトの回折強度比を求めて算出することにより得ることができる。X線源としてはCo−Kα線を用いることができる。
【0025】
(4)MAの平均サイズ:1.0μm以下
MAは硬質相であり、変形時に母相/硬質相界面近傍がボイド形成サイトとして働く。MAサイズが粗大になるほど、母相/硬質相界面への歪集中が起こり、母相/硬質相界面近傍に形成されたボイドを起点とした破壊を生じ易くなる。
このため、MAサイズ、とりわけMA平均サイズを1.0μm以下と微細にし、破壊を抑制することで穴広げ率λを向上させることができる。
MAの平均サイズは好ましくは0.8μm以下である。
【0026】
MAの平均サイズは、ナイタール腐食した断面をSEMにより3000倍以上で3視野以上観察し、写真中の任意の位置に合計200μm以上の直線を引き、その直線とMAが交わる切片長を測定し、それら切片長の平均値を算出することで求めることができる。
【0027】
(5)残留オーステナイトの平均サイズ:1.0μm以下、およびサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト:全残留オーステナイト量の2%以上
残留オーステナイトの平均サイズを1.0μmとし、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイトの全残留オーステナイトに占める比率(体積比)を2%以上とすることで、優れた深絞り性が得られることを見いだした。
【0028】
深絞り成形時に形成されるたて壁部の引張応力に対してフランジ部の流入応力の方が小さいと、絞り成形が容易に進行することになり、良好な深絞り性が得られる。フランジ部の変形挙動は盤面方向、円周から圧縮応力が強くかかるため、等方的な圧縮応力が付与された状態で変形することとなる。一方、マルテンサイト変態は体積膨張を伴うため、等方的な圧縮応力下ではマルテンサイト変態は起こりにくくなる。よって、フランジ部での残留オーステナイトの加工誘起マルテンサイト変態が抑制されて加工硬化が小さくなる。
この結果、深絞り性が改善される。残留オーステナイトのサイズを大きいほど、マルテンサイト変態を抑制する効果が大きく発現する。
【0029】
また、深絞り成形により形成されるたて壁部の引張応力を高めるためには、変形中に高い加工硬化率を持続させることが必要である。比較的低い応力下で容易に加工誘起変態する不安定な残留オーステナイトと高い応力下でないと加工誘起変態を起こさない安定な残留オーステナイトとを混在させて、広い応力範囲に亘って加工誘起変態を起こさせることで変形中に高い加工硬化率を持続させることができる。そのために粗大で不安定な残留オーステナイトと微細で安定な残留オーステナイトとをそれぞれ所定量含むような鋼組織を得ることを検討した。そして、本発明者らは、残留オーステナイトの平均サイズを1.0μmとし、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量の全残留オーステナイト量に占める比率(体積比)を2%以上とすることで、変形中に高い加工硬化率を持続させ、優れた深絞り性(LDR)を得ることができることを見いだした。
【0030】
また、上述のように、残留オーステナイトが加工誘起変態する際にTRIP現象を生じ大きな伸びを得ることができる。一方で、加工誘起変態により形成されたマルテンサイト組織は硬く破壊の起点として作用する。より大きなマルテンサイト組織ほど破壊の起点となりやすい。残留オーステナイトの平均サイズを1.0μm以下として、加工誘起変態により形成されるマルテンサイトの大きさを小さくすることで破壊を抑制する効果も得ることができる。
【0031】
残留オーステナイトの平均サイズおよびサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量の全オーステナイト量に占める比率は、SEMを用いた結晶解析手法であるEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法を用いてPhaseマップを作成することにより求めることができる。得られたPhaseマップから、個々のオーステナイト相(残留オーステナイト)の面積を求め、その面積から個々のオーステナイト相の円相当径(直径)を求め、求めた直径の平均値を残留オーステナイトの平均サイズとする。また、円相当径が1.5μm以上のオーステナイト相の面積を積算し、オーステナイト相の総面積に対する比率を求めることにより、サイズ1.5μm以上の残留オーステナイトの全オーステナイトに占める比率を得ることができる。なお、このようにして求めたサイズ1.5μm以上の残留オーステナイトの全オーステナイトに占める比率は面積比であるが、体積比と等価である。
【0032】
(6)X線小角散乱のq値が1nm
−1での散乱強度が1.0cm
−1以下
X線小角散乱とは、X線を鋼板に照射して、鋼板を透過したX線の散乱を測定することにより、鋼板中に含まれる微細粒子(例えば、鋼板中に分散したセメンタイト粒子)のサイズ分布を求めることができる。本発明の鋼板では、X線小角散乱により、焼戻しマルテンサイト中に分散した微細粒子であるセメンタイト粒子のサイズ分布を求めることができる。具体的には、X線小角散乱では、q値と散乱強度を用いてセメンタイトの粒子のサイズとその分率を解析することができる。
q値は鋼板中の粒子(例えばセメンタイト粒子)のサイズの指標である。「q値が1nm
−1」とは、粒子径が約1nmのセメンタイト粒子に対応する。散乱強度は、鋼板中の粒子(例えばセメンタイト粒子)の体積分率の指標である。散乱強度が強いほどセメンタイトの体積分率が大きいことを示している。
【0033】
あるq値における散乱強度は、そのq値に対応するサイズのセメンタイト粒子の体積分率を半定量的に示す。例えば、q値が1nm
−1における散乱強度は、約1nmの微細なセメンタイト粒子の体積分率半定量的に示す。
すなわち、q値が1nm
−1における散乱強度が大きいことは、約1nmの微細なセメンタイト粒子の体積分率が大きいことを示している。「q値が1nm
−1での散乱強度1.0cm
−1以下」の鋼板では、その鋼板中に存在する約1nmの微細なセメンタイト粒子の体積分率が、所定の値(散乱強度1.0cm
−1に相当する値)以下であることを意味している。以下に説明するように、「q値が1nm
−1での散乱強度1.0cm
−1以下」の鋼板は、約1nmのセメンタイトの体積分率が低く抑えられているので、耐衝突特性に優れていると考えられる。
【0034】
残留γを含む高延性鋼においては、炭素が残留オーステナイトに集まっている状態で、理想的にはセメンタイトが存在しないことが好ましい。鋼材中に分散している粒径1nm程度の微細なセメンタイトは、転位の移動を妨げて鋼材の変形能を低下させ得る。そのため、粒径約1nmのセメンタイトの体積分率が多い鋼材では、変形時の破壊が促進されて、耐衝突特性が低下し得る。
本発明の鋼板は、微細なセメンタイトの体積分率を低く抑えること、より具体的には、q値が1nm
−1の散乱強度を1cm
−1以下にすることにより、焼戻しマルテンサイトのラス内に形成される微細な炭化物を減少させて、マルテンサイト中の変形能を高めている。これにより、鋼板が衝突時に破壊するのを抑制して、鋼板の耐衝突特性を向上させる。
【0035】
X線小角散乱の測定は、RIGAKU社製 Nano-viewer、Mo管球を用いて測定した。試料は鋼板からΦ3mmのディスク状サンプルを切り出し、板厚1/4付近から20μm厚さのサンプルを削り出して用いた。q値、0.1〜10nm
−1のデータを採取した。そのうち、q値が1nm
−1について絶対強度を求めた。
【0036】
(7)その他の鋼組織:
本明細書においては、前記したフェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト残留オーステナイトおよびセメンタイト以外の鋼組織は特に規定していない。しかしながら、それらフェライト等の鋼組織以外にも、パーライト、焼き戻されていないベイナイトおよび焼き戻されていないマルテンサイトなどが存在することがある。フェライト等の鋼組織が、前述した組織条件を満たしていれば、鋼中にパーライト等が存在しても、本発明の効果は発揮される。
【0037】
2.組成
以下に本発明に係る高強度鋼板の組成について説明する。まず、基本となる元素、C、Si、Al、Mn、PおよびSについて説明し、さらに選択的に添加してよい元素について説明する。
なお、成分組成について単位の%表示は、すべて質量%を意味する。
【0038】
(1)C:0.15〜0.35%
Cは所望の組織、特に残留γの量を増加させることで、高い強度−延性バランス(TS×ELバランス)等の特性を確保するために必須の元素であり、このような作用を有効に発揮させるためには0.15%以上添加する必要がある。ただし、0.35%超は溶接に適さない。好ましくは0.18%以上、さらに好ましくは0.20%以上である。また、好ましくは0.30%以下である。C量が0.25%以下だとより容易に溶接することができる。
【0039】
(2)SiとAlの合計:0.5〜3.0%
SiとAlは、それぞれ、セメンタイトの析出を抑制し、残留オーステナイトを残存させる働きを有する。このような作用を有効に発揮させるためにはSiとAlを合計で0.5%以上添加する必要がある。ただし、SiとAlの合計が3.0%を超えると鋼の変形能が低下して、TS×ELが低下する。好ましくは0.7%以上、さらに好ましくは1.0%以上である。また、好ましくは2.5%以下である。
なお、Alについては、脱酸元素として機能する程度の添加量、すなわち0.10質量%未満であってよく、また、例えばセメンタイトの形成を抑制し、残留オーステナイト量を増加させる目的等ために0.7質量%以上のようなより多くの量を添加してもよい。
【0040】
(3)Mn:1.0〜4.0%
マンガンはフェライトの形成を抑制する。このような作用を有効に発揮させるためには1.0%以上添加する必要がある。ただし、4.0%を超えるとMAが粗大になり穴拡げ性が劣化する。好ましくは1.5%以上、さらに好ましくは2.0%以上である。また、好ましくは3.5.%以下である。
【0041】
(4)P:0.05%以下
Pは不純物元素として不可避的に存在する。0.05%を超えたPが存在するとELおよびλが劣化する。このため、Pの含有量は0.05%以下(0%を含む)とする。好ましくは、0.03%(0%を含む)以下である。
【0042】
(5)S:0.01%以下
Sは不純物元素として不可避的に存在する。0.01%を超えたSが存在するとMnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となってλを低下させる。このため、Sの含有量は0.01%以下(0%を含む)とする。好ましくは、0.005%(0%を含む)以下である。
【0043】
(6)残部
好ましい1つの実施形態では、残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0044】
しかし、この実施形態に限定されるものではない。本発明の高強度鋼板の特性を維持できる限り、任意のその他の元素を更に含んでよい
。
【0045】
3.特性
上述のように本発明の高強度鋼板は、TS、YR、TS×EL、LDR、λ、耐衝突特性およびSW十字引張が何れも高いレベルにある。本発明の高強度鋼板のこれらの特性について以下に詳述する。
【0046】
(1)引張強度(TS)
980MPa以上のTSを有する。好ましくは、TSは1180MPa以上である。TSが980MPa未満だとより確実に優れた破断特性が得られるが、衝突時の耐荷重が低くなるために好ましくないためである。
【0047】
(2)降伏比(YR)
0.75以上の降伏比を有する。これにより上述の高い引張強度と相まって高い降伏強度を実現でき、深絞り加工等の加工により得た最終製品を高い応力下で使用することができる。好ましくは、0.80以上の降伏比を有する。
【0048】
(3)TSと全伸び(EL)との積(TS×EL)
TS×ELが20000MPa以上である。20000MPa以上のTS×ELを有することで、高い強度と高い延性とを同時に有する、高いレベルの強度−延性バランスを得ることができる。好ましくは、TS×ELは23000MPa以上である。
【0049】
(4)深絞り性(LDR)
LDRは深絞り性の評価に用いられている指標である。円筒絞り成形において、得られる円筒の直径をdとし、1回の深絞り加工で破断を生じずに円筒を得ることができる円盤状の鋼板(ブランク)の最大直径をDとし、d/DをLDR(Limiting Drawing Ratio)という。より詳細には、板厚1.4mmで各種径を有する円盤状の試料を、パンチ径50mm、パンチ角半径6mm、ダイ径55.2mm、ダイ角半径8mmの金型で円筒深絞りを行い、破断することなく絞り抜けた試料径(最大直径D)を求めることによりLDRを求めることができる。
【0050】
本発明の高強度鋼板は、LDRが2.05以上であり、好ましくは2.10以上であり、優れた深絞り性を有している。
【0051】
(5)穴広げ率(λ)
穴広げ率λは、日本鉄鋼連盟規格 JFS T1001に従って求める。試験片に直径d
0(d
0=10mm)の打ち抜き穴を空け、先端角度が60°のポンチをこの打ち抜き穴に押し込み、発生した亀裂が試験片の板厚を貫通した時点の打ち抜き穴の直径dを測定し、下記の式より求める。
λ(%)={(d−d
0)/d
0}×100
【0052】
本発明の高強度鋼板は、穴広げ率λが20%以上、好ましくは30%以上である。これによりプレス成形性等の優れた加工性を得ることができる。
【0053】
(6)引張試験での板厚減少率(R5引張板厚減少率)
5号試験片に半径5mmの円弧形の切欠きを設けた試験片を用い、引張試験の変形速度を10mm/minとして試験を行い、試料を破断させた。その後、破面観察を行い、破面の板厚方向の厚さt
1を元の板厚t
0で割った値(t
1/t
0)を、板厚減少率とした。
この試験での板厚減少率は、50%以上、好ましくは52%以上、より好ましくは55%以上である。これにより、衝突時に大きく変形しても破断しにくくなるので、優れた耐衝撃特性を有する鋼板を得ることができる。
【0054】
(7)スポット溶接の十字引張強度
スポット溶接の十字引張強度はJIS Z 3137に則って評価した。スポット溶接の条件は1.4mmの鋼板を2枚重ねたものを用いた。ドームラジアス型の電極で加圧力4kN、電流を6kAから12kAまでの範囲で0.5kAずつ増加してスポット溶接を行い、溶接時にちりが発生する電流値(最低電流値)を調べた。その最低電流値より0.5kA低い電流でスポット溶接した十字継ぎ手を、十字引張強度の測定用の試料とした。十字引張強度が6kN以上を「良好」とした。なお、十字引張強度は、好ましくは8kN以上、さらに好ましくは10kN以上である。
十字引張強度が6kN以上であると、鋼板から自動車用部品等を製造したとき、溶接時の接合強度の高い部品を得ることができる。
【0055】
4.製造方法
次に本発明に係る高強度鋼板の製造方法について説明する。
本発明者らは、所定の組成を有する圧延材に詳細を後述する熱処理(マルチステップのオーステンパー処理)を行うことにより、上述の所望の鋼組織を有し、その結果、上述の所望の特性を有する高強度鋼板を得ること見いだしたのである。
以下にその詳細を説明する。
【0056】
図1は本発明に係る高強度鋼板の製造方法、とりわけ熱処理を説明するダイアグラムである。
熱処理を施す圧延材は、通常、熱間圧延後、冷間圧延を行って製造する。しかし、これに限定されるものでなく熱間圧延および冷間圧延のいずれか一方を行って製造してもよい。また、熱間圧延および冷間圧延の条件は特に限定されるものではない。
【0057】
(1)オーステナイト化処理
図1の[1]および[2]に示すように、Ac
3点以上の温度に加熱して、所定の加熱時間で加熱することにより、圧延材をオーステナイト化する。この加熱温度での加熱時間は、例えば1〜1800秒である。加熱温度の上限は、好ましくは、Ac
3点以上、Ac
3点+100℃以下である。Ac
3点+100℃以下の温度とすることで結晶粒の粗大化を抑制できるからである。加熱温度は、より好ましくはAc
3点+10℃以上、Ac
3点+90℃以下、さらに好ましくは、Ac
3点+20℃以上、Ac
3点+80℃以下である。より完全にオーステナイト化しフェライトの形成を抑制できるとともに、結晶粒の粗大化をより確実に抑制できるからである。
図1の[1]で示す、オーステナイト化時の加熱は任意の加熱速度で行ってよいが、好ましい平均加熱速度として1℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒を挙げることができる。
(2)冷却と300℃〜500℃の温度域での滞留
上記のオーステナイト化後、冷却し、
図1の[5]に示すように。300〜500℃の温度範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上、300秒未満
滞留させる。
冷却は、少なくとも650℃〜500℃の間は、平均冷却速度15℃/秒以上、200℃/秒未満で冷却する。平均冷却速度15℃/秒以上とすることで、冷却中のフェライトの形成を抑制するためである。また、冷却速度を200℃/秒未満とすることで急激な冷却よる過大な熱歪みの発生を防止できる。このような冷却の好ましい例として、
図1の[3]に示すように、650℃以上である急冷開始温度までは、0.1℃/秒以上、10℃/秒以下の比較的低い平均冷却速度で冷却し、
図1の[4]に示すように、急冷開始温度から、500℃以下である滞留開始温度まで平均冷却速度20℃/秒以上、200℃/秒未満で冷却することを挙げることができる。
【0058】
300〜500℃の温度範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上滞留させる。すなわち、300〜500℃の温度範囲内において、冷却速度が10℃/秒以下の状態に10秒以上置かれる。冷却速度が10℃/秒以下の状態は、
図1の[5]のように、実質的に一定の温度で保持する(すなわち、冷却速度が0℃/秒)場合も含む。
この滞留により、部分的にベイナイトを形成させる。そして、ベイナイトはオーステナイトより炭素の固溶限が低いことから、固溶限を超えた炭素をはき出す。この結果、ベイナイト周囲に炭素が濃化したオーステナイトの領域が形成される。
この領域が後述する冷却、再加熱を経て、やや粗大な残留オーステナイトとなる。このやや粗大な残留オーステナイトを形成することで、上述のように深絞り性を高くすることができる。
【0059】
滞留させる温度が500℃より高いと、炭素濃化領域が大きくなりすぎて、残留オーステナイトだけでなく、MAも粗大になるために、穴広げ率が低下する。一方、滞留させる温度が300℃より低いと、炭素濃化領域が小さく、粗大な残留オーステナイトの量が不足し、深絞り性が低下する。
また、滞留時間が10秒より短いと、炭素濃化領域の面積が小さくなり、粗大な残留オーステナイトの量が不足し、深絞り性が低下する。一方、滞留時間が300秒以上になると、炭素濃化領域が大きくなりすぎて、残留オーステナイトだけでなく、MAも粗大になるため、穴広げ率が低下する。
また、滞留中の冷却速度が10℃/秒より大きいと十分なベイナイト変態が起こらず、従って、十分な炭素濃化領域が形成されず、粗大な残留オーステナイトの量が不足する。
【0060】
従って、300〜500℃の温度範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上滞留させる。好ましくは320〜480℃の温度範囲内で8℃/秒以下の冷却速度で10秒以上滞留させ、その間、一定温度で3〜80秒保持することが好ましい。
更に好ましくは340〜460℃の温度範囲内で3℃/秒以下の冷却速度で10秒以上滞留させ、その間、一定温度で5〜60秒保持する。
【0061】
(3)100℃以上、300℃未満の間の冷却停止温度まで冷却
上述の滞留後、
図1の[6]に示すように300℃以上の第2冷却開始温度から100℃〜300℃の間の冷却停止温度まで10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する。好ましい実施形態の1つでは、
図1の[6]に示すように、上述の滞留の終了温度(例えば、
図1の[5]に示す保持温度)を第2冷却開始温度とする。
この冷却により、上述の炭素濃化領域をオーステナイトとして残したまま、マルテンサイト変態を起こさせる。冷却停止温度を100℃以上、300℃未満の温度範囲内で制御することで、マルテンサイトに変態せずに残存するオーステナイトの量を調整して、最終的な残留オーステナイト量を制御する。
【0062】
冷却速度が、10℃/秒より遅いと、冷却中に炭素濃化領域が必要以上に広がり、MAが粗大になるために、穴広げ率が低下する。冷却停止温度が100℃より低いと、残留オーステナイト量が不足する。この結果、TSは高くなるものの、ELが低下し、TS×ELバランスが不足する。
冷却停止温度が300℃以上だと、粗大な未変態オーステナイトが増え、その後の冷却でも残存することで、最終的にMAサイズが粗大になり、穴広げ率λが低下する。
なお、好ましい冷却速度は15℃/℃以上であり、好ましい冷却停止温度は120℃以上、280℃以下である。更に好ましい、冷却速度は20℃/s以上であり、更に好ましい冷却停止温度は140℃以下、260℃以下である。
【0063】
図1の[7]に示すように、冷却停止温度で保持してもよい。保持する場合の好ましい保持時間として、1〜600秒を挙げることができる。保持時間が長くなっても特性上の影響はほとんどないが、600秒を超える保持時間は生産性を低下させる。
【0064】
(4)300〜500℃の温度範囲まで再加熱
図1の[8]に示すように、上述の冷却停止温度から300〜500℃範囲にある再加熱温度まで、30℃/秒以上の再加熱速度で加熱する。急速に加熱することにより炭化物の析出および成長が促進される温度域での滞在時間を短くすることができ、微細な炭化物の形成を抑制することができる。好ましい再加熱速度は、60℃/s以上、より好ましくは70℃/sである。
このような急速加熱は、例えば高周波加熱、通電加熱などの方法で達成することができる。
【0065】
再加熱温度に到達した後は、
図1の[9]に示すようにその温度で保持する。そのとき、以下の式(1)で表される焼戻しパラメータPが10000以上、14500以下となるように、かつ、保持時間が1〜150秒とするのが好ましい。本実施形態の鋼板の焼き戻しパラメータPは以下の式(1)で表される。
P=T(K)×(20+log(t/3600)・・・(1)
ここで、Tは焼戻し温度(K)、tは保持時間(秒)である。
【0066】
再加熱の時、マルテンサイト中に過飽和に固溶している炭素の再分配が起こる。具体的には、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素拡散と、マルテンサイトのラス中での炭化物(セメンタイト)の析出の2つの現象が起こる。この二つの現象のうち、炭化物の析出は、低温で長時間の保持を行うと起こりやすい。また、高温で保持する場合であっても、加熱速度が遅い場合や、保持時間が長すぎると、炭化物が析出する。一方、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素拡散は、拡散速度に強く依存するために、高温で短時間の処理で十分に行うことができる。
【0067】
マルテンサイト中に存在するセメンタイトの粒子は衝突破壊の起点になりやすく、耐衝突特性を低下させる原因になる。よって、再加熱の際には、マルテンサイトのラス内での炭化物(セメンタイト)の析出を抑制しつつ、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素拡散を促進させるような再加熱処理を行うことが望ましい。そこで、急速加熱と、高温かつ短時間での熱処理を施すことが有効である。
【0068】
ただし、十分な炭素拡散を生じさせて所望の引張強度を得るためには、温度と時間の組合せの因子としての焼戻しパラメータPを一定の範囲内に制御することが必要となる。
焼戻しパラメータPが10000より小さいと、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素拡散が十分に起こらず、オーステナイトが不安定になり、残留オーステナイト量が確保できないために、TS×ELバランスが不足する。また、焼戻しパラメータPが14500より大きいと、短時間処理でも炭化物の形成を防止できず、残留オーステナイト量が確保できず、TS×ELバランスが劣化する。なお、焼戻しパラメータが適正でも、加熱速度が低すぎる、時間が長すぎると、マルテンサイトラス内に炭化物が形成されて、衝突変形時の亀裂進展が起こりやすくなり、耐衝突特性が劣化する。マルテンサイトラス内の炭化物の量は、X線小角散乱の散乱強度から求めることができる。
【0069】
再加熱温度が300℃より低いと、炭素の拡散が不足して十分な残留オーステナイト量が得られずTS×ELが低下する。再加熱温度が500℃より高いと、残留オーステナイトがセメンタイトとフェライトに分解して残留オーステナイトが不足し特性が確保できない。
保持を行わないまたは保持時間が1秒より短いと、同様に炭素の拡散が不足する虞がある。このため、再加熱温度で1秒以上の保持を行うのが好ましい。保持時間が150秒より長いと、同様に、炭素がセメンタイトとして析出する虞がある。このため、保持時間は150秒以下であることが好ましい。
好ましい再加熱温度は、320〜480℃であり、更に好ましい再加熱温度は、340〜460℃である。
好ましくは、焼戻しパラメータPは、10500〜14500であり、このときの好ましい保持時間は1〜150秒である。さらに好ましい焼戻しパラメータPは11000〜14000であり、このときの好ましい保持時間は1〜100秒、より好ましくは1〜60秒である。
【0070】
再加熱の後、
図1の[10]に示すように、例えば室温のような200℃以下の温度まで冷却してよい。200℃以下までの好ましい平均冷却速度として10℃/秒を挙げることができる。
以上の熱処理により本発明の高強度鋼板を得ることができる。
【0071】
以上に説明した本発明の実施形態に係る高強度鋼板の製造方法に接した当業者であれば、試行錯誤により、上述した製造方法と異なる製造方法により本発明に係る高強度鋼板を得ることができる可能性がある。
【実施例】
【0072】
1.サンプル作製
表1に記載した化学組成を有する鋳造材を真空溶製で製造した後、この鋳造材を熱間鍛造で板厚30mmの鋼板にした後、熱間圧延を施した。なお、表1には組成から計算したAc
3点も記載した
熱間圧延の条件は本特許の最終組織および特性に本質的な影響を施さないが、1200℃に加熱した後、多段圧延で板厚2.5mmとした。この時、熱間圧延の終了温度は880℃とした。その後、600℃まで30℃/秒で冷却し、冷却を停止し、600℃に加熱した炉に挿入後、30分保持し、その後、炉冷し、熱延鋼板とした。
この熱延鋼板に酸洗を施して表面のスケールを除去した後、1.4mmまで冷間圧延を施した。この冷間圧延板に熱処理を行い、サンプルを得た。熱処理条件を表2に示した。なお、表2中の例えば、[2]のように[ ]を内に示した番号は、
図1中に[ ]内に示した同じ番号のプロセスに対応する。表2において、サンプルNo.1、4、7および26は、
図1の[5]に相当する工程において、300〜500℃の温度範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上滞留させなかったサンプルである。特に、サンプルNo.1および26は、700℃で急冷を開始後、200℃まで一気に冷却したサンプル(
図1で[5]、[6]に相当する工程をスキップしたサンプル)である。サンプルNo.9は、100℃以上、300℃未満の間の冷却停止温度まで冷却する代わりに、再加熱温度まで冷却した後にその温度で保持したサンプル(
図1で[6]〜[8]に相当する工程をスキップしたサンプル)である。
[8]に相当する再加熱は通電加熱法により行った。
なお,表1〜表4において、アスタリスク(*)を付した数値は、本発明の範囲から外れていることを示している。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
2.鋼組織
それぞれのサンプルについて上述した方法により、フェライト分率、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率(表3には「焼戻しM/B」と記載)、残留オーステナイト量(残留γ量)、MAの平均サイズ、残留オーステナイトの平均サイズ(残留γ平均サイズ)、サイズ1.5μm以上の残留オーステナイトの全オーステナイトに占める比率(表3には、「1.5μm以上の残留γ比率」と記載)、X線小角散乱のq値が1nm
−1での散乱強度を求めた。残留オーステナイト量の測定には、株式会社リガク製2次元微小部X線回折装置(RINT−RAPIDII)を用いた。得られた結果を表3に示す。
なお、本実施例において、表3に記載された鋼組織以外の鋼組織(残組織)は、サンプルNo.9を除いたサンプルでは焼き戻されていないマルテンサイトであり、サンプルNo.9では焼き戻されていないベイナイトである。
【0076】
【表3】
【0077】
3.機械的特性
得られたサンプルについて、引張試験機を用いて、YS、TS、ELを測定し、YRおよびTS×ELを算出した。また、上述の方法により穴拡げ率λ、LDR、スポット溶接部の十字引張強度(SW十字引張)およびR5引張板厚減少率を求めた。得られた結果を表4に示す。
【0078】
【表4】
【0079】
表4の結果を考察する。サンプルNo.13、15、18、21および28〜36は、本発明で規定する全ての要件(組成、製造条件および鋼組織)を満たす実施例である。これらの試料はいずれも、980MPa以上の引張強度(TS)、0.75以上の降伏比(YR)、20000MPa以上のTS×EL、2.05以上のLDR、20%以上の穴広げ率(λ)、6kN以上のSW十字引張および50%以上のR5引張板厚減少率(RA)を達成している。
【0080】
これに対して、サンプルNo.1は、オーステナイト化後、300〜500℃の温度範囲内で滞留させなかったことから、サイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でなく、この結果、十分な深絞り性が得られなかった。さらに[7]保持時間が300秒と長かったため、炭化物(セメンタイト)が析出した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0081】
サンプルNo.2は、[5]保持温度が300秒と長いため、MA平均サイズが過大となり、この結果、十分な穴広げ率が得られなかった。
【0082】
サンプルNo.3は、[6]冷却速度が1℃/秒と遅いため、MA平均サイズが過大となり、この結果、十分な穴広げ率が得られなかった。さらに[7]保持時間が300秒と長かったため、炭化物(セメンタイト)が析出した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0083】
サンプルNo.4は、[5]保持時間が3秒と短いため、サイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でなく、十分な深絞り性が得られなかった。
【0084】
サンプルNo.5は、[5]保持温度が550℃と高いため、MA平均サイズが過大となり、この結果、十分な穴広げ率および十分な深絞り性が得られなかった。
【0085】
サンプルNo.6は、[5]保持温度が250℃と低いため、サイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でなく、この結果、十分な深絞り性が得られなかった。
【0086】
サンプルNo.7は、[6]冷却停止温度が350℃と高いため、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足し、MA平均サイズが過大で、かつ残留オーステナイトの平均サイズも過大となった。この結果、十分な穴広げ率および深絞り性が得られなかった。
【0087】
サンプルNo.8は、[1]加熱温度が780℃と低いため、フェライト量が過大となり、かつ焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足し、この結果、十分な引張強度および降伏比が得られなかった。
【0088】
サンプルNo.9は、[6]冷却停止温度が400℃と高いため、マルテンサイトおよびベイナイトが形成されず、MA平均サイズが過大で、かつ残留オーステナイトの平均サイズも過大となった。この結果、十分な引張強度および降伏比が得られなかった。さらに、その温度で300秒([9]保持時間)保持しているため炭化物の形成も少ない。これらの結果、λが低下した。
【0089】
サンプルNo.10は、[5]冷却停止温度が20℃と低かったため残留γ量が少なくなり、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でない。この結果、十分なTS×ELの値および十分な深絞り性が得られなかった。
【0090】
サンプルNo.11は、[8]再加熱速度が30℃/秒と遅かったため、炭化物(セメンタイト)が析出した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0091】
サンプルNo.12は、[4]急冷開始温度が580℃と低いため、フェライト量が過大となり、かつ焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足し、この結果、十分な引張強度および降伏比が得られなかった。
【0092】
サンプルNo.14は、[4]冷却速度が8℃/秒と遅いため、フェライト量が過大となり、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足し、かつMA平均サイズが過大となった。この結果、十分な引張強度および降伏比が得られなかった。
【0093】
サンプルNo.16は、[9]保持時間が300秒と長かったため、炭化物(セメンタイト)が析出した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0094】
サンプルNo.17は、[8]再加熱速度が15℃/秒と遅かったため、炭化物(セメンタイト)が析出した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0095】
サンプルNo.19は、[7]再加熱温度が550℃高かったため、パラメータが14604と高くなった。そのため、残留γ量が少なくなり、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でない。その結果としてTS×ELおよび深絞り性が低下した。また、X線小角散乱の散乱強度が大きいことから、約1nmのセメンタイトの体積分率が大きいといえる。その結果、耐衝突特性(板厚減少率)が低下した。
【0096】
サンプルNo.20は、[8]再加熱温度が250℃と低かったため、パラメータが9280と低くなった。そのため、炭素の拡散が不足し、残留γ量が少なくなり、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でない。その結果、TS×ELおよび深絞り性が低下した。
【0097】
サンプルNo.22は、C量が少なく、残留オーステナイト量が不足し、かつサイズ1.5μm以上の残留オーステナイト量が十分でなく、この結果、十分なTS×ELおよび深絞り性が得られなかった。
サンプルNo.23は、Mn量が多く、残留オーステナイト量が不足し、この結果、十分なTS×ELが得られなかった。
【0098】
サンプルNo.24は、Mn量が少なく、フェライト量が過大で、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足している。この結果、十分な引張強度および降伏比が得られなかった。
サンプルNo.25は、Si+Al量が少なく、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計量が不足し、残留オーステナイトが少なく、MA平均サイズが過大で、かつ残留オーステナイトの平均サイズも過大となった。この結果、十分なTS×EL、穴広げ率および深絞り性が得られなかった。
【0099】
サンプルNo.26はC量が過大で、かつオーステナイト化後、300〜500℃の温度範囲内で滞留させなかったことから、十分なSW十字引張強度が得られなかった。
【0100】
サンプルNo.27は、Si+Al量が過多であり、十分なTS×ELが得られなかった。
【0101】
4.まとめ
このように、本発明に規定する組成と鋼組織を満たす鋼板は、引張強度(TS)、降伏比(YR)、(TS)と全伸び(EL)との積(TS×EL)、LDR、穴広げ率(λ)、引張試験時の破断部の板厚減少率(RA)およびスポット溶接部の十字引張強度が何れも高いレベルとなることが確認できた。
また、本発明の製造方法によれば、本発明に規定する組成と鋼組織を満たす鋼板を製造することができることが確認できた。