【文献】
MATSUMOTO K、外5名,Development of NI-bearing steel plates for low-temperature uses manufactured by on-line accelerated cooling.,Accelerated Cooling of Steel,米国,1986年,Page.151-164
【文献】
矢野清之助、外4名,耐SSC新60Kgf/mm2級高張力鋼の開発,圧力技術,日本,1990年 5月,Vol.28 No.3,Page.134-142
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
あらゆる構造物において脆性破壊が発生すると、極めて高速で構造物全体にき裂が伝ぱされて構造物全体が瞬時に崩壊してしまうため、甚大な被害が想定される。そのため、脆性破壊は絶対に避けるべき破壊形態である。そこで、貯蔵タンク等の構造物では、脆性破壊の発生を避けるべく設計がなされる。しかしながら、このような建造物では、設計者の想定外の異常事態(設計基準を上回る外力の作用または施工に起因する欠陥など)に起因して脆性破壊が発生してしまう場合も考慮する必要がある。したがって、脆性き裂が発生しても、発生したき裂の伝ぱを停止させることができる特性が求められる。この特性を一般的に「アレスト特性」と呼ぶ。
【0003】
アレスト特性を有する部材を適所に配した構造物は、脆性き裂の発生を避けるだけでなく、脆性き裂が発生しても、き裂の伝ぱを停止させることができる。すなわち、脆性き裂の発生段階および当該き裂の伝ぱ段階のそれぞれにおいて安全対策がとられていることになる。このように複数の安全対策をとることは、構造物の設計思想として極めて重要なものである。
【0004】
アレスト特性を有する部材として、従来、LPGタンク用鋼板が利用されている。LPGタンク用鋼板は、LPG(Liquefied Petroleum Gas)を低温で貯蔵するためのLPGタンクの構成部材として主に用いられる。なお、低温とは、LPGを液体として貯蔵できる温度、すなわち−60℃以下の温度を意味する。
【0005】
上記のように、LPGタンクではLPGを低温で貯蔵する。このため、LPGタンク用鋼板には、安全性確保の観点から、低温での優れた破壊靭性が求められる。言い換えれば、母材および溶接継手ともに、−60℃以下という低温での優れたアレスト特性が求められる。
【0006】
鋼材にアレスト特性を付与する方法として最も単純なものは、靭性を著しく向上させる元素であるNiを含有させることである。Niによるアレスト特性の改善効果が大きいことは、従来知られている。低温環境でアレスト特性を有する鋼材としては、9%のNiを含有するいわゆる9%Ni鋼が一般的であり、日本工業規格(JIS)にも規定されている。しかしながら、Niは非常に高価な元素であり、Niを9%も含有させると、鋼材の製造コストが上昇する。したがって、Niによるアレスト特性の向上には、コスト面での問題がある。
【0007】
これに対して、Niを大量に含有させることなく、鋼材のアレスト特性を向上させる技術も提案されている。たとえば、特許文献1および2に開示された鋼板では、表層組織を極細粒化させている。これらの鋼板では、脆性き裂伝ぱ時にシアリップの形成を促進できるので、Niなどの高価な元素に頼ることなくアレスト特性を向上させることができる。また、特許文献3に開示された鋼板では、ミクロ組織の主体をフェライト組織とし、フェライトの平均結晶粒径を特定の範囲に規定することでアレスト特性を向上させている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1および2に開示された鋼板は十分な強度を有しているものの、LPGタンク用鋼板としては低温での靭性が十分ではない。一方、特許文献3に開示された鋼板は、十分な低温靭性を有している。しかし、引用文献3に記載された技術では、優れたアレスト特性および低温靭性を有する鋼板を安定的に製造することができず、鋼板の特性にばらつきが生じる場合があった。
【0010】
本発明は、上述の問題を解決するためになされたものであり、優れたアレスト特性および低温靭性を有する高強度のLPGタンク用鋼板およびそれを低コストで安定的に製造することができる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
Niを大量に含有させることなく、鋼材のアレスト特性を向上させるには、低Ni化に伴う特性低下を他の元素により補償するとともに、組織制御によっても特性低下を補償する必要がある。特性低下を補償するために必要な鋼材の組織を実現するには、製造方法が重要となる。
【0012】
LPGタンク用鋼板の従来の製造方法では、比較的低い温度域で仕上圧延を行い、その直後に、水冷による加速冷却を行っていた。この製造方法では、低温で仕上圧延を行うことによって鋼板の金属組織を細粒化でき、鋼板の強度、靭性およびアレスト特性(以下、これらを単に鋼板の特性ともいう。)を向上させることができる。これに対して本発明者らは、鋼板の特性をより安定的に向上させることができるように、従来の製造方法の見直しを行った。その結果、下記の(a)〜(c)の知見を得た。
【0013】
(a)新たな製造方法を構築するにあたっても、鋼板の特性向上の観点から、低温度域での仕上圧延は必須となる。一方で、本発明者らは、仕上圧延のみによって鋼板の特性を向上させるのではなく、仕上圧延の前の圧延によっても特性を向上させることを考えた。
【0014】
具体的には、鋼板をオーステナイト未再結晶領域で圧延することによって、鋼板の金属組織を細粒化しやすくなる。これにより、鋼板の特性を向上させやすくなる。したがって、鋼板の特性を安定して向上させるためには、オーステナイト未再結晶領域での圧延の制御が重要になる。
【0015】
(b)なお、低温度域での圧延ほど、鋼板の特性のばらつきが生じやすくなる。そのため、最終パス(仕上圧延パス)だけでなく、最後の3パス(仕上圧延を含めた3つのパス)の圧延温度を適切に制御する必要がある。
【0016】
(c)一方、仕上圧延終了後の水冷についても、開始温度、終了温度および冷却速度を一定の範囲内に制御することによって、金属組織が変態する量を制御できる。これにより、鋼板中に一定量のフェライトを確保できるとともに、フェライト粒径も制御できる。その結果、鋼板の特性を安定させることができる。
【0017】
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、下記のLPGタンク用鋼板およびその製造方法を要旨とする。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.03〜0.08%、
Si:0.05〜0.50%、
Mn:1.00〜1.80%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.10〜0.80%、
Nb:0.008〜0.060%、
Ti:0.005〜0.050%、
sol.Al:0.002〜0.050%、
N:0.0070%以下、
Cu:0〜0.50%、
Cr:0〜0.50%、
Mo:0〜0.50%、
V:0〜0.060%、
B:0〜0.0050%、
Ca:0〜0.0040%、
Mg:0〜0.0020%、
REM:0〜0.0020%、
残部:Feおよび不純物であり、
金属組織が、面積分率で、65〜90%のフェライト、5〜35%のベイナイトおよび5%以下のセメンタイトからなり、フェライトの平均結晶粒径が10〜20μmであることを特徴とするLPGタンク用鋼板。
【0018】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.10〜0.50%、
Cr:0.05〜0.50%、
Mo:0.02〜0.50%、
V:0.010〜0.060%、および
B:0.0003〜0.0050%
から選択された1種以上を含有する、上記(1)のLPGタンク用鋼板。
【0019】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Ca:0.0003〜0.0040%、
Mg:0.0002〜0.0020%、および
REM:0.0002〜0.0020%
から選択された1種以上を含有する、上記(1)または(2)のLPGタンク用鋼板。
【0020】
(4)化学組成が、質量%で、
C:0.03〜0.08%、
Si:0.05〜0.50%、
Mn:1.00〜1.80%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.10〜0.80%、
Nb:0.008〜0.060%、
Ti:0.005〜0.050%、
sol.Al:0.002〜0.050%、
N:0.0070%以下、
Cu:0〜0.50%、
Cr:0〜0.50%、
Mo:0〜0.50%、
V:0〜0.060%、
B:0〜0.0050%、
Ca:0〜0.0040%、
Mg:0〜0.0020%、
REM:0〜0.0020%、
残部:Feおよび不純物であるスラブを加熱、圧延および冷却するに際し、
前記圧延の工程では、仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度が810℃以下であり、仕上げパスの2つ前のパスに圧延される際のスラブの温度が720〜770℃であり、かつ仕上げ温度が700〜750℃となるようにスラブを圧延し、
前記冷却の工程では、冷却開始温度を650〜720℃とし、冷却停止温度を350〜500℃として、20℃/s以上の平均冷却速度で水冷する、LPGタンク用鋼板の製造方法。
【0021】
(5)前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.10〜0.50%、
Cr:0.05〜0.50%、
Mo:0.02〜0.50%、
V:0.010〜0.060%、および
B:0.0003〜0.0050%
から選択された1種以上を含有する、上記(4)のLPGタンク用鋼板の製造方法。
【0022】
(6)前記化学組成が、質量%で、
Ca:0.0003〜0.0040%、
Mg:0.0002〜0.0020%、および
REM:0.0002〜0.0020%
から選択された1種以上を含有する、上記(4)または(5)のLPGタンク用鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、優れたアレスト特性および低温靭性を有する高強度のLPGタンク用鋼板を低コストで安定的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係るLPGタンク用鋼板(以下、単に鋼板ともいう。)およびその製造方法について詳しく説明する。なお、本発明のLPGタンク用鋼板は、板厚を6〜40mmとして引張強度490MPa以上を目標としており、本発明に係るLPGタンク用鋼板の製造方法では、特に、板厚が6〜40mmで引張強度が490MPa以上のLPGタンク用鋼板の製造に適している。また、以下の説明において、母材および溶接熱影響部(以下、HAZという。)とは、本発明に係る製造方法によって製造された鋼板からなる溶接構造物における母材およびHAZを意味する。
【0025】
1.LPGタンク用鋼板の化学組成およびLPGタンク用鋼板の製造に用いるスラブの化学組成
まず、本発明に係るLPGタンク用鋼板の化学組成およびその製造方法において用いるスラブの化学組成について説明する。なお、「スラブ」とは、鋼塊、ブルームおよびビレット等の総称である。以下の説明において、各元素の含有量を示す「%」は「質量%」を意味する。
【0026】
C:0.03〜0.08%
Cは、鋼板の強度を確保するために必要な元素である。この効果を得るためには、Cを0.03%以上含有させる必要がある。一方、C含有量が0.08%を超えると、ベイナイト変態領域において靭性の劣化が顕著になるとともに、HAZの靭性も劣化する。したがって、C含有量は0.03〜0.08%とする。強度およびアレスト特性のバランスの観点から、C含有量の好ましい下限は0.04%であり、好ましい上限は0.07%である。
【0027】
Si:0.05〜0.50%
Siは、精錬段階での脱酸に必要な元素であるとともに、鋼板の強度上昇に寄与する元素である。これらの効果を得るためには、Siを0.05%以上含有させる必要がある。しかしながら、Si含有量が0.50%を超えると、HAZにおける島状マルテンサイトの生成を助長して靭性に悪影響を及ぼす。したがって、Si含有量を0.05〜0.50%とする。Si含有量の好ましい下限は0.10%であり、好ましい上限は0.40%である。
【0028】
Mn:1.00〜1.80%
Mnは、鋼板の強度を確保するために必要な元素である。この効果を得るためには、Mnを1.00%以上含有させる必要がある。一方、Mn含有量が1.80%を超えると、HAZの靭性が大幅に劣化する。したがって、Mnの含有量は1.00〜1.80%とする。Mn含有量の好ましい下限は1.20%であり、好ましい上限は1.60%である。
【0029】
P:0.015%以下
Pは、不純物として鋼中に存在し、HAZにおける粒界割れの原因となる。P含有量が0.015%を超えると、上記粒界割れの発生が著しくなることから、P含有量の上限を0.015%とする。P含有量は0.010%以下とするのが好ましい。なお、P含有量はできるだけ低くするのが好ましい。
【0030】
S:0.005%以下
Sは、不純物として鋼中に存在し、脆性破壊の起点となるMnSを形成して、アレスト特性を劣化させる元素である。S含有量が0.005%を超えるとアレスト特性が顕著に劣化するため、S含有量の上限を0.005%とする。S含有量は0.003%未満とするのが好ましい。なお、S含有量はできるだけ低くするのが好ましい。
【0031】
Ni:0.10〜0.80%
Niは、鋼板のアレスト特性を向上させる効果を有する元素である。この効果を得るためには、Niを0.10%以上含有させる必要がある。しかしながら、Ni含有量が0.80%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、Ni含有量は0.10〜0.80%とする。Ni含有量の好ましい下限は0.30%であり、好ましい上限は0.60%である。
【0032】
Nb:0.008〜0.060%
Nbは、組織の微細化、焼入れ性の向上および析出硬化による強度上昇に有効な元素である。これらの効果を得るためには、Nbを0.008%以上含有させる必要がある。特に、未再結晶域の拡大効果が大きいことから、TMCP(Thermo-Mechanical Control Process:加工熱処理)法を適用する場合には重要である。しかし、Nb含有量が0.060%を超えると、析出物の増加により却って靭性の劣化をもたらす。したがって、Nb含有量を0.008〜0.060%とする。Nb含有量の好ましい下限は0.010%であり、好ましい上限は0.030%である。
【0033】
Ti:0.005〜0.050%
Tiは、組織を微細化して靭性を高める効果を有する。この効果を得るためには、Tiを0.005%以上含有させる必要がある。Tiは、特に、オンラインでの加速冷却によって母材を製造する際の組織微細化に効果を発揮する。しかしながら、Ti含有量が0.050%を超えると、溶接継手の靭性低下が著しくなる。したがって、Tiの含有量を0.005〜0.050%とする。Ti含有量の好ましい下限は0.007%であり、好ましい上限は0.030%である。
【0034】
sol.Al:0.002〜0.050%
Alは鋼の脱酸に必要な元素である。この効果を得るためには、sol.Al(酸可溶Al)を0.002%以上含有させる必要がある。しかし、sol.Al含有量が0.050%を超えると、析出物が増加してアレスト特性の劣化が顕著になる。したがって、sol.Al含有量は0.002〜0.050%とする。sol.Al含有量の好ましい下限は0.005%であり、好ましい上限は0.040%である。
【0035】
N:0.0070%以下
Nは、不純物として鋼中に存在し、析出物を形成して靭性を劣化させる。N含有量が0.0070%を超えるとアレスト特性の劣化が顕著になるため、N含有量は0.0070%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0060%以下である。なお、低温靭性確保のためにはN含有量ができるだけ低くするのが好ましい。
【0036】
本発明に係る鋼板には、上記の元素のほか、必要に応じて、下記に示すCu、Cr、Mo、V、B、Ca、MgおよびREMうちから選んだ1種以上をさらに含有してもよい。
【0037】
Cu:0〜0.50%
Cuは、鋼板の靭性を劣化させずに強度を向上させる効果を有する。しかしながら、Cu含有量が0.50%を超えると、析出物が増加してアレスト特性が劣化し、さらに、熱間加工の際に、表面に微小な割れを発生させる。したがって、Cu含有量の上限は0.50%とする。Cu含有量の好ましい上限は0.30%である。Cuによる上記の効果を安定的に得るためには、Cuを0.10%以上含有させることが好ましい。
【0038】
Cr:0〜0.50%
Crは、鋼板の強度を上昇させる効果を有する。しかしながら、Cr含有量が0.50%を超えると、HAZに硬化した組織を形成して靭性を劣化させる。したがって、Cr含有量の上限は0.50%とする。Cr含有量の好ましい上限は0.30%である。Crによる上記の効果を安定的に得るためには、Crを0.05%以上含有させることが好ましい。
【0039】
Mo:0〜0.50%
Moは、焼入れ性を高めて鋼板の強度を向上させる効果を有する。しかしながら、Moを含有させることによって製造コストが上昇する。また、Mo含有量が0.50%を超えると、却ってHAZの靭性を劣化させる。したがって、Mo含有量の上限は0.50%とする。Mo含有量の好ましい上限は0.30%である。Moによる上記の効果を安定的に得るためには、Moを0.02%以上含有させることが好ましい。
【0040】
V:0〜0.060%
Vは、焼入れ性の向上および析出硬化によって鋼板の強度を向上させる効果を有する。しかしながら、V含有量が0.060%を超えると、却って靭性を著しく劣化させる。したがって、V含有量の上限は0.060%とする。Vによる上記の効果を安定的に得るためには、Vを0.010%以上含有させることが好ましい。
【0041】
B:0〜0.0050%
Bは、オーステナイト粒界からのフェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させ、鋼板の強度を高めることができる。しかしながら、B含有量が0.0050%を超えると靭性が劣化する。したがって、B含有量の上限は0.0050%とする。B含有量の好ましい上限は0.0015%である。Bによる上記の効果を安定的に得るためには、Bを0.0003%以上含有させることが好ましい。なお、Bを含有させるときは、板厚中心部のフェライト量を適切に確保するために、炭素当量を考慮して、焼入れ性に与える他の元素の含有量とのバランスを十分とることが重要である。
【0042】
Ca:0〜0.0040%
Caは、介在物の形態を制御して、アレスト特性を向上させる効果を有する。しかしながら、Ca含有量が0.0040%を超えると、鋼板の清浄度自体を大きく低下させる。したがって、Ca含有量の上限は0.0040%とする。Ca含有量の好ましい上限は0.0020%である。Caによる上記の効果を安定的に得るためには、Caを0.0003%以上含有させるのが好ましい。
【0043】
Mg:0〜0.0020%
Mgは、鋼中の微細酸化物の分散密度を増すことによって、HAZの靭性を向上させる効果を有する。しかしながら、Mg含有量が0.0020%を超えると、微細酸化物が得られず、さらに、鋼の清浄度を大きく低下させる。したがって、Mg含有量の上限は0.0020%とする。Mg含有量の好ましい上限は0.0015%である。Mgによる上記の効果を安定的に得るためには、Mgを0.0002%以上含有させることが好ましい。Mgは、Alよりも先に溶鋼中に含有させることが好ましい。
【0044】
REM:0〜0.0020%
REM(希土類元素)は、Mgと同様に、鋼中の微細酸化物の分散密度を増すことよって、HAZの靭性を向上させる効果を有する。さらに、REMは、過剰なSを硫化物として固定する効果も有する。しかしながら、REM含有量が0.0020%を超えると、微細酸化物が得られず、さらに、鋼の清浄度を大きく低下させる。したがって、REM含有量の上限は0.0020%とする。REM含有量の好ましい上限は0.0015%である。REMによる上記の効果を安定的に得るためには、REMを0.0002%以上含有させることが好ましい。REMは、Alよりも先に溶鋼中に含有させることが好ましい。
【0045】
なお、「REM」とは、ランタノイドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称であり、REMの含有量はREMのうちの1種または2種以上の元素の合計含有量を意味する。REMは、ミッシュメタルとして添加して、REMの量が上記の範囲となるように含有させてもよい。
【0046】
本発明に係るLPGタンク用鋼板および本発明に係るLPGタンク用鋼板の製造方法において用いるスラブは、上記の元素を含有し、残部はFeおよび不純物からなる。「不純物」とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、または製造工程における種々の要因によって混入する成分を意味する。
【0047】
2.LPGタンク用鋼板の金属組織
本発明に係るLPGタンク用鋼板の金属組織は、面積分率で、65〜90%のフェライト、5〜35%のベイナイトおよび5%以下のセメンタイトからなり、フェライトの平均結晶粒径が10〜20μmである。
【0048】
金属組織を細粒のフェライト組織とすると母材や溶接部の靭性が向上する。したがって、後述する製造方法によりフェライト組織を増加させる必要がある。このとき、十分な靭性を有するLPGタンク用鋼板として使用するには、鋼板のフェライト組織を65%以上とする必要がある。しかしながら、フェライト組織が多過ぎると引張強度490MPaといった強度が得られない。よって、鋼板のフェライト組織は90%以下とする。一方、金属組織の一部をベイナイト組織とすることで強度を得る。このとき、ベイナイト組織を5%以上とする必要がある。ベイナイト組織の組織分率が大きいほど、強度の高い鋼板を得ることができるが、フェライト組織の組織分率との関係からベイナイト組織は35%以下とする。フェライト組織およびベイナイト組織以外の組織としては、不可避的に形成されるセメンタイトが5%以下含まれていてもよい。セメンタイトが5%を超えて含有すると、母材の靭性が低下するため好ましくない。
【0049】
一方、靭性はフェライト組織を65%以上としただけでは不十分であり、フェライト組織を細粒化することにより得ることができる。このとき、フェライトの平均結晶粒径を20μm以下とすることで十分な靭性を得ることができる。フェライトの結晶粒径が小さいほど靭性は高くなるが、フェライトの結晶粒径は小さくても10μm以上となる。
【0050】
なお、組織分率は、光学顕微鏡のほかに、走査型電子顕微鏡及び加速電圧が100〜200kVの透過電子顕微鏡を用いた観察に基づいて評価すればよい。ここでは、組織分率を面積率により評価している。具体的には、これらの観察法によって観察した100視野について、各視野において全視野面積に対するフェライトの面積割合を算出したのち、100視野のフェライトの面積割合の平均値を求めればよい。
【0051】
また、結晶粒径の測定は光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡で認められる粒界を基準として定量化した場合には、隣接する結晶粒の方位差が小さい場合などに破面単位との対応が悪く組織サイズを代表する数値となり得ない。したがって、本発明における「平均結晶粒径」とは、EBSPにより評価した場合の方位差15°以上の組織境界で囲まれる部分の結晶粒径を意味する。すなわち、EBSP(Electron Backscatter Diffraction Pattern:電子線後方散乱パターン)法を用いて、倍率300倍で5視野以上の観察を行い、15°以上の方位差を有する組織境界を粒界とみなし、ひとつの結晶内部の面積を求め、その面積を円相当径に換算したものを平均結晶粒径として評価すればよい。
【0052】
3.スラブの製造方法
スラブは、例えば、インゴット法または連続鋳造法により製造することができるが、これらの方法には限定されない。コスト低減の観点からは、連続鋳造法により製造することが好ましい。この場合、板厚中心位置での介在物を制御するために、溶鋼の温度を過度に高くしないことが好ましい。具体的には、溶鋼の化学組成から決まる凝固温度と溶鋼の実際の温度との差が50℃以内になるように管理することが好ましい。さらに、溶鋼が凝固する直前に電磁攪拌を行うことが好ましく、溶鋼の凝固時に圧下を行うことが好ましい。
【0053】
なお、本発明に係る製造方法では、後述する圧延工程において、仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度を制御する。そのため、圧延前のスラブの厚さは、少なくとも仕上げ厚の3倍以上の厚さとし、好ましくは、仕上げ厚の5倍以上の厚さとする。鋼板の製造効率の観点からは、圧延前のスラブの厚さは仕上げ厚の8倍以下であることが好ましい。
【0054】
4.LPGタンク用鋼板の製造方法
以下、本発明に係るLPGタンク用鋼板の製造方法について説明する。本発明においては、上述の化学組成を有するスラブを、加熱、圧延および冷却することによってLPGタンク用鋼板を製造する。以下、具体的に説明する。
【0055】
(加熱工程)
スラブの加熱温度は特に制限されず、加熱工程後の圧延工程において所定の温度域で圧延ができるようにスラブを加熱すればよい。なお、スラブの温度が高いほどスラブは軟化して圧延がしやすくなる。したがって、加熱工程におけるスラブの加熱温度は950℃以上であることが好ましい。一方、スラブの温度が高過ぎると、スラブの温度が圧延に適した温度に低下するまでの時間が長くなり、生産性が低下する。このため、加熱工程におけるスラブの加熱温度は、1100℃以下であることが好ましい。スラブの加熱温度の好ましい下限は1000℃であり、好ましい上限は1050℃である。
【0056】
(圧延工程)
圧延工程では、下記の条件(i)〜(iii)を満たすように、複数のパスによってスラブを圧延する。
(i)仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度:810℃以下
(ii)仕上げパスの2つ前のパスに圧延される際のスラブの温度:720〜770℃
(iii)仕上げ温度:700〜750℃
これらの条件(i)〜(iii)を満たす限り、スラブの圧延開始温度は特に制限されない。したがって、上記の条件(i)〜(iii)を満たしていれば、例えば、加熱炉から取り出したスラブを、温度低下のための待機時間を設けることなく、圧延を開始してもよい。すなわち、加熱工程後、直ちに圧延を開始してもよい。以下、条件(i)〜(iii)についてより詳しく説明する。
【0057】
まず、条件(i)について説明する。
上述の組成を有する鋼では、810℃以下がオーステナイト未再結晶域となる。オーステナイト未再結晶域でスラブを圧延することによって、金属組織が細粒化する。これにより、鋼板の靭性を向上させることができる。そこで、本発明では、仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度を810℃以下に制限する。これにより、スラブを仕上げ厚の3倍の厚さから仕上げ厚までオーステナイト未再結晶域で圧延することができる。その結果、金属組織を十分に細粒化できる。仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度の下限は特に制限されないが、条件(ii)および(iii)との関係から下限は750℃であることが好ましい。なお、仕上げ厚の3倍の厚さを超える厚さのときのスラブの温度は、特に制限されない。
【0058】
なお、通常、スラブの厚さが仕上げ厚の3倍の厚さになるのは、任意のパスによる圧延途中であると考えられる。この場合、スラブの厚さが上記3倍の厚さになった瞬間の温度を実際に測定することは難しい。そこで、このような場合には、任意のパスによる圧延中には、スラブの厚さがスラブの温度低下に従って線形に減少すると仮定して、下記の(I)式に基づいて、上記3倍の厚さになった瞬間のスラブの温度を求める。
T=(T
B−T
A)/(t
B−t
A)×(t−t
A)+T
A ・・・(I)
【0059】
上記の(I)式において、tは、仕上げ厚の3倍の厚さ(mm)を示し、Tは、上記3倍の厚さになった瞬間のスラブの温度を示す。また、t
Aは、任意のパスAで圧延された後でかつパスB(パスAの次のパス)で圧延される前のスラブの厚さ(mm)を示す。t
Bは、パスBで圧延された後でかつパスC(パスBの次のパス)で圧延される前のスラブの厚さ(mm)を示す。T
Aは、パスBの直前のスラブの温度(℃)を示し、T
Bは、パスBの直後のスラブの温度(℃)を示す。上記式において、t
A、t
B、T
AおよびT
Bは実際に測定される値である。
【0060】
たとえば、tが30mm(すなわち、仕上げ厚が10mm)で、T
Aが812℃で、T
Bが808℃で、t
Aが31mmで、t
Bが27mmの場合、上記3倍の厚さになった瞬間のスラブの温度Tは811℃となる。この場合、本発明の要件を満たしていない。
【0061】
また、たとえば、tが30mmで、T
Aが812℃で、T
Bが808℃で、t
Aが33mmで、t
Bが29mmの場合、上記3倍の厚さになった瞬間のスラブの温度Tは809℃となる。この場合、本発明の要件を満たしている。
【0062】
次に、条件(ii)および(iii)について説明する。
スラブの温度が高温であるほど、スラブの変形抵抗が小さくなり、圧延は容易となる。しかし、本発明では、仕上げパス(最後のパス)、仕上げパスの1つ前のパス、および仕上げパスの2つ前のパスでの圧延を比較的低温で行うことによって、金属組織を細粒化する。これにより、鋼板の強度および靭性を向上させることができる。具体的には、仕上げパスの2つ前のパスでの圧延を720〜770℃で行い(条件ii)、仕上げパスでの圧延を圧延直前の温度(仕上げ温度)が700〜750℃となるように行う(条件iii)。このように、仕上げパスおよび仕上げパスに近いパスでの圧延温度を細かく規定することによって、鋼板の特性にばらつきが生じることを防止することができる。鋼板の特性を安定させる観点からは、条件(ii)のスラブの温度の好ましい下限は740℃であり、好ましい上限は750℃である。また、条件(iii)の仕上げ温度の好ましい下限は720℃であり、好ましい上限は740℃である。
【0063】
(冷却工程)
冷却工程では、下記の条件(iv)〜(vi)を満たすように、水冷を行う。
(iv)冷却開始温度:650〜720℃
(v)冷却停止温度:350〜500℃
(vi)平均冷却速度:20℃/s以上
上記の条件(iv)〜(vi)を満たした水冷を行うことによって、圧延工程によって細粒化した金属組織を維持することができる。これにより、鋼板の金属組織を細粒化できる。また、金属組織を適切に変態させることができる。これらの結果、鋼板の強度および靭性を向上させることができる。以下、条件(iv)〜(vi)についてより詳しく説明する。
【0064】
まず、条件(iv)について説明する。
上述の化学組成を有する鋼では、水冷開始温度が720℃を超えると、水冷開始までに金属組織が粗大化する。一方、水冷開始温度が650℃未満の場合には、水冷開始前にフェライト変態が始まる。この場合も、金属組織を十分に細粒化できない。これらの場合、鋼板の特性を十分に向上させることができない。したがって、本発明では、水冷開始温度を、650〜720℃とする。水冷開始温度の好ましい下限は680℃であり、好ましい上限は710℃である。
【0065】
次に、条件(v)について説明する。
上述の化学組成を有する鋼では、水冷停止温度が500℃を超えると、フェライト変態の途中で冷却が停止されることになる。この場合、金属組織を十分に細粒化できない。一方、水冷停止温度が350℃未満の場合、硬化組織が生成して鋼板の靭性が低下する。したがって、本発明では、水冷停止温度を、350〜500℃とする。水冷停止温度の好ましい下限は400℃であり、好ましい上限は450℃である。
【0066】
次に、条件(vi)について説明する。
上述の化学組成を有する鋼では、平均冷却速度が20℃/s未満であると、強度が十分に確保できない。平均冷却速度の好ましい下限は、25℃/sである。平均冷却速度の上限は特に規定しないが、冷却装置の冷却能力から、40℃/s程度となる。
【0067】
上記の工程を経て鋼板を製造することにより、たとえば、金属組織がフェライトを主体とし、65〜90%のフェライト、5〜35%のベイナイトおよび5%以下のセメンタイトからなり、フェライトの平均結晶粒径が10〜20μmである鋼板を得ることができる。
【0068】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0069】
下記の表1に示す化学組成を有する厚さ250mmのスラブ1〜48を準備し、表2に記載する製造条件により鋼板1〜48を製造した。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
得られた鋼板1〜48の強度特性の評価として、引張強度(MPa)および降伏強度(MPa)を測定するために、JIS Z 2241(2011)に記載の試験方法に準じて、引張試験のための試験片を採取した。採取位置は、板厚tの(1/4)t位置でかつC方向(圧延方向と直角の方向)とした。なお、降伏点は10N/(mm・s)の試験速度として下降伏点を求め、明確な降伏点が現れない場合は0.2%耐力とした。強度の目標値は、引張強度で490MPa以上とした。
【0073】
また、得られた鋼板1〜48の靭性およびアレスト特性の評価方法として、シャルピー衝撃試験およびNRL落重試験を実施した。シャルピー試験はJIS Z 2242(2005)に記載の試験方法に準じて2mmVノッチ試験片を採取し、試験に供した。シャルピー衝撃試験では、破面遷移温度(vTrs)が−80℃以下のものを合格と判定した。NRL落重試験はASTM E208に記載の試験方法でP−2試験片を用いて実施し、NDT温度(Nil-Ductility-Transition Temperature:NDTT)が−90℃以下となるものを合格と判定した。
【0074】
また、フェライト組織分率(%)、ベイナイト組織分率(%)およびフェライト平均結晶粒径(μm)は、得られた鋼板から、試片を採取し、板厚tの(1/4)t位置近傍を前述の測定方法に基づいて測定した。
【0075】
以上の評価結果を、まとめて表3に示した。なお、仕上げ厚の3倍の厚さまで圧延されたときのスラブの温度は、上述の(I)式に基づいて求めた。また、表3に示す評価結果は、各鋼板について3サンプルを採取して試験を行い、その中間値を示したものである。
【0076】
【表3】
【0077】
表3に示す評価結果からわかるように、化学組成が本発明で規定する範囲内にあり、金属組織が本発明で規定する条件を満たし、かつ、製造工程も本発明で規定する範囲内にある鋼板1〜31はいずれも、LPGタンク用鋼板として必要な強度、靭性およびアレスト特性を有している。なお、本実施例では、上述のように各鋼板について3サンプルの試験を行っており、その特性にばらつきがなく安定的に製造できることを確認している。
【0078】
これに対して、化学組成が本発明で規定する範囲内にあるが、製造工程が本発明で規定する範囲外にある鋼板32〜40では、フェライトの組織分率、ベイナイトの組織分率またはフェライトの平均結晶粒径のいずれかが本発明の要件を満たしていない。そして、該鋼板32〜40では、強度、破面遷移温度またはNDT温度のいずれかが合格判定の基準を満足しておらず、LPGタンク用鋼板として必要な強度、靭性およびアレスト特性のうちの少なくとも一つを有していない。
【0079】
また、製造工程が本発明で規定する範囲内にあるが、化学組成が本発明で規定する範囲外にある鋼板41および43〜48、ならびに製造工程および化学組成が本発明で規定する範囲外にある鋼板42においても、強度、破面遷移温度またはNDT温度のいずれかが合格判定の基準を満足しておらず、LPGタンク用鋼板として必要な強度、靭性およびアレスト特性のうちの少なくとも一つを有していない。