特許第6763437号(P6763437)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6763437
(24)【登録日】2020年9月14日
(45)【発行日】2020年9月30日
(54)【発明の名称】圧縮着火式ガソリンエンジン
(51)【国際特許分類】
   F02D 13/02 20060101AFI20200917BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20200917BHJP
   F02M 26/01 20160101ALI20200917BHJP
【FI】
   F02D13/02 K
   F02D45/00 369
   F02D45/00
   F02M26/01 301
【請求項の数】5
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2018-553597(P2018-553597)
(86)(22)【出願日】2016年12月1日
(86)【国際出願番号】JP2016085696
(87)【国際公開番号】WO2018100708
(87)【国際公開日】20180607
【審査請求日】2019年3月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】養祖 隆
(72)【発明者】
【氏名】神長 隆史
(72)【発明者】
【氏名】山川 正尚
【審査官】 丸山 裕樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−016408(JP,A)
【文献】 特開2005−069143(JP,A)
【文献】 特開2004−340026(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/095258(WO,A1)
【文献】 特開2010−038012(JP,A)
【文献】 特開2016−044670(JP,A)
【文献】 柴田 元,古典を巡る 〜燃料の着火指標〜,JSAEエンジンレビュー,日本,公益社団法人 自動車技術会,2013年 7月 1日,Vol.3 No.3,第24頁,URL,https://www.jsae.or.jp/engine_rev/docu/enginereview_03_03.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 13/00 − 45/00
F02B 1/00 − 23/10
47/08 − 47/10
F02M 26/00 − 26/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが往復動可能に収容された気筒と、
ガソリンを主成分とする燃料を前記気筒に噴射する燃料噴射弁と、
前記気筒で生成された既燃ガスを高温のまま気筒に導入する高温EGRを実行可能なEGR装置と、
前記燃料噴射弁から噴射された燃料が規定のオクタン価を有するか否かを判定するオクタン価判定部と、
前記燃料噴射弁から噴射された燃料が気筒内で自着火するHCCI燃焼が起きるように前記燃料噴射弁およびEGR装置を制御する燃焼制御部とを備え、
前記燃焼制御部は、少なくともHCCI燃焼が行われる部分負荷の運転領域において、前記オクタン価判定部により燃料が規定のオクタン価を有していないと判定された場合には、規定のオクタン価を有すると判定された場合に比べてEGR率が大きくなるように前記EGR装置を制御し、
前記HCCI燃焼の運転領域において設定されるEGR率は、下式(1)で表されるオクタンインデックス(OI)の係数Kを0以上にすることが可能な値である、ことを特徴とする圧縮着火式ガソリンエンジン。
OI=(1−K)×RON+K×MON ‥‥(1)
ここに、RONはリサーチオクタン価、MONはモータオクタン価である。
【請求項2】
請求項1に記載の圧縮着火式ガソリンエンジンにおいて、
前記オクタン価判定部は、所定の条件でエンジンが運転されているときの燃料の着火時期に基づいて、燃料が規定のオクタン価を有するか否かを判定する、ことを特徴とする圧縮着火式ガソリンエンジン。
【請求項3】
請求項1または2に記載の圧縮着火式ガソリンエンジンにおいて、
前記燃焼制御部は、燃焼サイクルごとのトルク変動量を所定値以下に抑制可能なEGR率が実現されるように前記EGR装置を制御する、ことを特徴とする圧縮着火式ガソリンエンジン。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の圧縮着火式ガソリンエンジンにおいて、
前記気筒の幾何学的圧縮比が18以上22以下に設定された、ことを特徴とする圧縮着火式ガソリンエンジン。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の圧縮着火式ガソリンエンジンにおいて、
前記EGR装置は、前記高温EGRとして、前記気筒で生成された既燃ガスを気筒に残留させる内部EGRを実行可能なバルブ可変機構である、ことを特徴とする圧縮着火式ガソリンエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガソリンを主成分とする燃料を気筒内で自着火により燃焼させる圧縮着火式ガソリンエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような圧縮着火式ガソリンエンジンの一例として、下記特許文献1のものが知られている。この特許文献1のエンジンでは、高負荷を除く所定の運転領域においてHCCI燃焼が実行される。また、このHCCI燃焼の実行時には、気筒に既燃ガスを残留(逆流)させる内部EGRが実行されるとともに、この内部EGRのEGR率(気筒に導入される全ガス量に占めるEGRガスの割合)が、負荷が高くなるほど小さくなるように制御される。これにより、燃焼騒音を抑制しながら燃料の自着火を促進できるとされている。
【0003】
ここで、HCCI燃焼は、高温・高圧の環境下で燃料(ガソリン)が自発的に酸素と反応して起きる燃焼であるため、燃料性状の相違による影響を受け易いと言われている。このため、特に、着火性の指標であるオクタン価の異なる燃料がエンジンに供給された場合には、燃料の着火時期が所期のタイミングから大きく外れる等の悪影響が生じると予想される。例えば、レギュラーガソリンとハイオクガソリンを誤って給油するユーザがいることも考えられるし、燃料メーカ等の相違によりオクタン価がばらつくことも考えられる。そこで、仮にこのような原因によってオクタン価の異なる燃料が供給された場合であっても、HCCI燃焼による運転を支障なく継続できるように対策しておくことが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−47643号公報
【発明の概要】
【0005】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、規定と異なるオクタン価を有する燃料が供給された場合でもHCCI燃焼を継続することが可能な圧縮着火式ガソリンエンジンを提供することを目的とする。
【0006】
前記課題を解決するためのものとして、本発明の圧縮着火式ガソリンエンジンは、ピストンが往復動可能に収容された気筒と、ガソリンを主成分とする燃料を前記気筒に噴射する燃料噴射弁と、前記気筒で生成された既燃ガスを高温のまま気筒に導入する高温EGRを実行可能なEGR装置と、前記燃料噴射弁から噴射された燃料が規定のオクタン価を有するか否かを判定するオクタン価判定部と、前記燃料噴射弁から噴射された燃料が気筒内で自着火するHCCI燃焼が起きるように前記燃料噴射弁およびEGR装置を制御する燃焼制御部とを備える。前記燃焼制御部は、少なくともHCCI燃焼が行われる部分負荷の運転領域において、前記オクタン価判定部により燃料が規定のオクタン価を有していないと判定された場合には、規定のオクタン価を有すると判定された場合に比べてEGR率が大きくなるように前記EGR装置を制御する。前記HCCI燃焼の運転領域において設定されるEGR率は、下式(1)で表されるオクタンインデックス(OI)の係数Kを0以上にすることが可能な値である。
OI=(1−K)×RON+K×MON ‥‥(1)
ここに、RONはリサーチオクタン価、MONはモータオクタン価である。
【0007】
本発明によれば、オクタン価の相違による着火時期のばらつきを抑制できるので、オクタン価の異なる種々の燃料の使用を許容しながら適正なHCCI燃焼を実現できるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態にかかる圧縮着火式ガソリンエンジンの全体構成を概略的に示すシステム図である。
図2】上記エンジンに適用される内部EGRに関する制御手順を示すフローチャートである。
図3】上記内部EGRの制御の際に参照されるマップを示す図である。
図4】上記実施形態の基礎となる研究で用いられた実験用のエンジンの仕様と運転条件を示す表である。
図5】上記実験に用いられた複数の供試燃料の特性をまとめて示す表である。
図6】上記各供試燃料に含まれる成分の体積分率を示すグラフである。
図7】上記各供試燃料の蒸留特性を示すグラフである。
図8】上記供試燃料等から選ばれた複数種の燃料をそれぞれHCCI燃焼させたときの熱発生率を種々のEGR率の条件ごとに示すグラフである。
図9】上記供試燃料等から選ばれた別の複数種の燃料をそれぞれHCCI燃焼させたときの熱発生率を種々のEGR率の条件ごとに示すグラフである。
図10図8および図9の燃焼試験から得られた各燃料の着火時期、図示燃料消費率(ISFC)、および図示平均有効圧(IMEP)の変動率を、EGR率との関係で示すグラフである。
図11】90RON燃料間の着火時期の差がG/FおよびEGR率に応じて変化する様子を示す等値線グラフである。
図12】G/FおよびEGR率に応じて変化するIVC温度の等値線を図11の結果と重ねて示すグラフである。
図13】オクタンインデックスの係数KをEGR率との関係で示すグラフである。
図14】レギュラーガソリンを用いた燃焼試験から得られた最大圧力上昇率(dp/dθ)、IMEP変動量(SDI)、およびオクタンインデックスの係数Kの等値線グラフである。
図15】図示燃料消費率(ISFC)の等値線を図14の結果と重ねて示すグラフであり、適正なHCCI燃焼を行うための制御指針を説明するための図である。
図16】上記実施形態の変形例を説明するための図15相当図である。
図17】上記実施形態の別の変形例を説明するための図15相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(1)実施形態の説明
(1−1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかる圧縮着火式ガソリンエンジンの全体構成を概略的に示すシステム図である。本図に示されるエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルの多気筒ガソリンエンジンである。このエンジンのエンジン本体1は、いわゆる直列4気筒型のものであり、紙面に直交する方向に列状に並ぶ4つの気筒2を有するシリンダブロック3と、各気筒2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、各気筒2にそれぞれ往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。
【0010】
ピストン5の上方には燃焼室6が画成されており、この燃焼室6には、ガソリンを主成分とする燃料が、後述する燃料噴射弁15からの噴射によって供給される。噴射された燃料は、空気と混合されるとともに、ピストン5の圧縮作用により高温・高圧化した燃焼室6で自着火し、燃焼する。ピストンは、当該燃焼に伴う膨張力(押し下げ力)を受けて上下方向に往復運動する。
【0011】
上記のように燃料を空気と混合しつつ自着火させる燃焼は、予混合圧縮着火燃焼(HCCI燃焼)と呼ばれる。このHCCI燃焼を実現可能にするためには、気筒2の内部温度が、ピストン5が圧縮上死点まで達した時点で十分に高温になっている必要がある。このため、当実施形態では、各気筒2の幾何学的圧縮比、つまり、ピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積との比が、18以上22以下に設定されている。
【0012】
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転駆動される。
【0013】
シリンダヘッド4には、燃料噴射弁15が各気筒2につき1つずつ設けられている。各燃料噴射弁15には燃料供給管20がそれぞれ接続されており、各燃料噴射弁15は、燃料供給管20から供給された燃料を燃焼室6に高圧噴射することにより、各気筒2に所要量の燃料を供給する。
【0014】
ここで、当実施形態のエンジンは、基本的に全ての運転領域においてHCCI燃焼を行うことが可能である。ただし、エンジン水温が低い冷間時など、HCCI燃焼が困難な条件下では、燃料と空気との混合気に点火するSI燃焼(火花点火燃焼)が実行される。このため、シリンダヘッド4には、SI燃焼の実行時に混合気への点火を行う点火プラグ16が、各気筒2につき1つずつ設けられている。
【0015】
シリンダブロック3には水温センサSN1およびクランク角センサSN2が設けられている。水温センサSN1は、エンジン本体1の内部に形成された図外のウォータジャケットを流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出するためのセンサであり、クランク角センサSN2は、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転数(エンジン回転数)を検出するためのセンサである。
【0016】
シリンダヘッド4には筒内圧センサSN3が設けられている。筒内圧センサSN3は、気筒2の内部圧力(燃焼室6の圧力)を検出するためのセンサである。
【0017】
シリンダヘッド4には、各気筒2の燃焼室6に開口する吸気ポート9および排気ポート10と、各ポート9,10を開閉する吸気弁11および排気弁12とが設けられている。吸気弁11および排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
【0018】
シリンダヘッド4には、吸気通路28および排気通路29がそれぞれ接続されている。吸気通路28は、外部から取り込んだ空気(新気)を燃焼室6に導入するためのものであり、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。排気通路29は、燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)を外部に排出するためのものであり、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。
【0019】
吸気通路28のうち、エンジン本体1から所定距離上流側までの範囲は、気筒2ごとに分岐した分岐通路部28aとされており、各分岐通路部28aの上流端がそれぞれ共通のサージタンク28bに接続されている。このサージタンク28bよりも上流側には、単管状の共通通路部28cが設けられている。
【0020】
共通通路部28cには、各気筒2への吸入空気量を調節するためのスロットル弁30が開閉可能に設けられている。
【0021】
吸気弁11用の動弁機構には、吸気弁11のリフト量を連続的に(無段階で)変更可能なリフト可変機構13が組み込まれている。リフト可変機構13は、リフト量を変更可能であればその種類を問わないが、例えば、吸気弁11駆動用のカムをカムシャフトの回転と連動して往復揺動運動させるリンク機構と、リンク機構の配置(レバー比)を可変的に設定するコントロールアームと、コントロールアームを駆動することにより上記カムの揺動量(吸気弁11を押し下げる量)を変更するアクチュエータとを備えたものとすることができる。なお、当実施形態のリフト可変機構13は、リフト量の変更に伴ってバルブタイミング(開弁時期および閉弁時期の少なくとも一方)も変更されるタイプの可変機構である。
【0022】
排気弁12用の動弁機構には、吸気行程中に排気弁12を押し下げる機能を有効または無効にする開閉切替機構14が組み込まれている。すなわち、開閉切替機構14は、排気弁12を排気行程だけでなく吸気行程でも開弁可能にするとともに、この吸気行程中の排気弁12の開弁動作を実行するか停止するかを切り替える機能を有している。このような開閉切替機構14は、例えば、排気弁12を駆動するための通常のカム(つまり排気行程中に排気弁12を押し下げるカム)とは別に吸気行程中に排気弁12を押し下げるサブカムと、このサブカムの駆動力が排気弁12に伝達されるのをキャンセルするいわゆるロストモーション機構とを含んだものとすることができる。
【0023】
これらリフト可変機構13および開閉切替機構14が設けられることにより、当実施形態のエンジンでは、気筒2に既燃ガスを残留させる操作である内部EGRが実現可能であり、また、この内部EGRによって導入される既燃ガスが気筒2内の全ガス量中に占める割合であるEGR率が調整可能である。すなわち、排気弁12の吸気行程中の開弁が有効になるように開閉切替機構14が駆動されると、気筒2から排気ポート10に排出された既燃ガスの一部が気筒2に逆流する。これにより、排気通路29に排出される前の高温の既燃ガスが気筒2に引き戻され(つまり実質的に気筒2に残留し)、内部EGRが実現される。また、リフト可変機構13によって吸気弁11のリフト量/バルブタイミングが変更され、それに伴い気筒2に導入される空気(新気)の量が変更されることにより、EGR率が調整される。このように、リフト可変機構13および開閉切替機構14は、内部EGRを実行しかつそのEGR率を調整するためのバルブ可変機構であり、請求項にいう「EGR装置」の一例に該当するものである。
【0024】
(1−2)制御系統
以上のように構成されたエンジンは、その各部がECU(エンジン制御ユニット)50により統括的に制御される。ECU50は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサであり、請求項にいう「燃焼制御部」および「オクタン価判定部」に相当するものである。
【0025】
ECU50には、エンジンに設けられた各種センサから種々の情報が入力される。すなわち、ECU50は、上述した水温センサSN1、クランク角センサSN2、および筒内圧センサSN3と電気的に接続されており、これら各センサSN1〜SN3からの入力信号に基づいて、エンジン水温、クランク角、エンジン回転数、筒内圧等の種々の情報を取得する。
【0026】
また、車両の各部には、例えば車両の走行速度(車速)やアクセルペダルの開度(アクセル開度)といった各種情報を検出するための車載センサSN4が設けられており、この車載センサSN4もECU50と電気的に接続されている。ECU50は、車載センサSN4からの入力信号に基づいて、車速やアクセル開度といった、車両に関する種々の情報を取得する。
【0027】
ECU50は、上記各センサSN1〜SN4から得られる情報に基づいて種々の演算等を実行しつつ、エンジンの各部を制御する。具体的に、ECU50は、リフト可変機構13、開閉切替機構14、燃料噴射弁15、点火プラグ16、およびスロットル弁30等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいて、これらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
【0028】
ECU50が有するより具体的な機能について説明する。エンジンの運転中、ECU50は、例えば、水温センサSN1により検出されるエンジン水温に基づいて、HCCI燃焼およびSI燃焼のいずれを実行すべきかを決定する。すなわち、エンジン水温が所定値未満である場合(冷間時)にはSI燃焼を選択し、エンジン水温が所定値以上である場合(温間時)にはHCCI燃焼を選択する。
【0029】
また、ECU50は、車載センサSN4により検出される車速やアクセル開度等に基づいてエンジン負荷(要求トルク)を特定するとともに、クランク角センサSN2により検出されるクランク角の変化に基づいてエンジン回転数を特定する。そして、上述した燃焼形式の選択結果(HCCI燃焼またはSI燃焼)と、特定したエンジン負荷および回転数とに基づいて、各気筒2に燃料噴射弁15から噴射すべき燃料の目標噴射量および目標噴射タイミングを決定し、その決定に従って各気筒2の燃料噴射弁15を制御する。すなわち、目標噴射量と同量の燃料を、目標噴射タイミングと同じタイミングで燃料噴射弁15から噴射させる。また、ECU50は、スロットル弁30の開度が、上述した各種条件に基づき設定される目標開度と一致するようにスロットル弁30を制御する。なお、HCCI燃焼が選択された場合、スロットル弁30の開度は、エンジン負荷/回転数によらず全開相当の高開度に維持される。
【0030】
さらに、ECU50は、上述した燃焼形式の選択結果およびエンジン負荷/回転数に基づいて、気筒2に既燃ガスを残留(逆流)させる操作である内部EGRの実行の要否と、内部EGRにより気筒2に導入される既燃ガスの割合である目標EGR率とを決定し、その決定に従ってリフト可変機構13および開閉切替機構14を制御する。すなわち、ECU50は、内部EGRの実行が要である場合に、排気弁12の吸気行程中の開弁が有効になるように開閉切替機構14を駆動して内部EGRを実行するとともに、リフト可変機構13により吸気弁11のリフト量/バルブタイミングを調整し、目標EGR率に対応する量の空気(新気)および既燃ガスを気筒2に導入させる。
【0031】
(1−3)負荷に応じた内部EGRの制御
次に、上記内部EGRに関する制御の具体例について、図2のフローチャートおよび図3の制御マップを参照しつつ説明する。なお、これらのフローチャートおよび制御マップは、燃焼形式としてHCCI燃焼が選択された場合に適用されるものである。SI燃焼が選択された場合は基本的に内部EGRが不要であるため、SI燃焼が選択された場合の制御については説明を省略する。
【0032】
図2のフローチャートに示す制御がスタートすると、ECU50は、クランク角センサSN2および車載センサSN4の各検出値から特定される現時点のエンジンの運転条件(負荷および回転数)が、後述するステップS4で行われるオクタン価の判定が可能な条件として予め定められた所定の運転条件に該当するか否かを判定する(ステップS1)。
【0033】
上記ステップS1でYESと判定されて所定の運転条件に該当することが確認された場合、ECU50は、筒内圧センサSN3により検出される筒内圧の変化に基づいて燃料の着火時期を特定する(ステップS2)。すなわち、燃料が着火すると、その着火と同時に筒内圧が急上昇する。そこで、ECU50は、このような筒内圧の急上昇が筒内圧センサSN3により確認された時点で、燃料が着火したと判定する。
【0034】
次いで、ECU50は、後述するステップS4のオクタン価の判定が行われたことを記録するためのフラグFに「1」を入力する(ステップS3)。フラグFのデフォルト値は「0」であり、エンジンの始動後にオクタン価の判定が1度でも行われるとフラグFが「1」に変更されるようになっている。
【0035】
次いで、ECU50は、上記ステップS2で特定した燃料の着火時期に基づいて、噴射された燃料が規定のオクタン価を有するものであるか否かを判定する(ステップS4)。すなわち、エンジン本体1に供給される燃料が貯留される燃料タンクには、常に規定通りの燃料が補充されるとは限らず、ユーザの間違いなどにより、規定以外の燃料が補充されることもあり得る。このように規定以外の燃料が燃料タンクに補充された場合、燃料の着火性を表す指標であるオクタン価の相違に起因して、同一の運転条件下であっても燃料の着火時期が異なるという現象が生じる。そこで、ECU50は、所定の運転条件下で特定した着火時期(ステップS2)と、予め定められた基準着火時期(燃料のオクタン価が規定通りであれば得られるはずの着火時期)との比較に基づいて、エンジン本体1に現在供給されている燃料が規定のオクタン価を有するものであるか否かを判定する。例えば、特定した着火時期と基準着火時期とのずれ量が所定値未満である場合に、規定のオクタン価を有する燃料であると判定し、当該ずれ量が所定値以上である場合に、規定のオクタン価を有する燃料でない(規定と異なるオクタン価の燃料が用いられている)と判定する。なお、当実施形態では、国内で市販されているレギュラーガソリン相当の燃料が使用すべき燃料として規定されており、上記ステップS4では、このレギュラーガソリン相当の燃料を用いた場合に得られる着火時期との比較に基づいて、規定のオクタン価(例えば89〜93RON)を有する燃料であるか否かが判定される。
【0036】
上記ステップS4でYESと判定されて規定のオクタン価を有する燃料が用いられていると判定された場合、ECU50は、内部EGRの目標EGR率、つまり内部EGRにより導入される既燃ガスが気筒2内の全ガス量中に占める割合であるEGR率の目標値を設定するためのマップとして、図3(a)に示されるマップAを選択する(ステップS5)。このマップAは、エンジン回転数が一定値(例えば1000rpm)である場合にエンジン負荷に応じて設定すべき目標EGR率を示している。なお、エンジン回転数が異なる場合でも、目標EGR率の数値(%)や負荷の閾値(X2,X3)が異なるだけで、傾向自体は同じである。
【0037】
図3(a)に示されるように、マップAが選択された場合、目標EGR率は、アイドリング運転に対応する最低負荷Yからこれよりも高い第2負荷X2までの範囲において、一律に50%に設定される(区間P参照)。第2負荷X2からこれよりも高い第3負荷X3までの範囲では、負荷が高くなるにつれて目標EGR率が徐々に減らされ(区間R参照)、第3負荷X3において40%に設定される。第3負荷X3から最高負荷Zまでの範囲では、目標EGR率は一律に40%に設定される(区間T参照)。
【0038】
一方、上記ステップS4でNOと判定されて規定と異なるオクタン価の燃料が用いられていると判定された場合、ECU50は、目標EGR率を設定するためのマップとして、図3(b)に示されるマップBを選択する(ステップS6)。このマップBは、マップAのときと同じ一定のエンジン回転数(例えば1000rpm)である場合にエンジン負荷に応じて設定すべき目標EGR率を示している。なお、エンジン回転数が異なる場合でも、目標EGR率の数値(%)や負荷の閾値(X1,X2,X3)が異なるだけで、傾向自体は同じである。
【0039】
図3(b)に示されるように、マップBが選択された場合、目標EGR率は、アイドリング運転時に対応する最低負荷Yからこれよりも高い第1負荷X1までの範囲において、一律に80%に設定される(区間Q1参照)。第1負荷X1からこれよりも高い第2負荷X2までの範囲では、負荷が高くなるにつれて目標EGR率が徐々に減らされるとともに(区間Q2参照)、第2負荷X2からこれよりも高い第3負荷X3までの範囲においても同様の傾向で目標EGR率が徐々に減らされ(区間R参照)、第3負荷X3において40%に設定される。第3負荷X3から最高負荷Zまでの範囲では、目標EGR率は一律に40%に設定される(区間T参照)。
【0040】
上記ステップS5またはS6においてマップの選択が完了すると、ECU50は、選択したマップ(マップAまたはB)に従って目標EGR率を設定し、設定した目標EGR率に対応する量の空気および既燃ガスが気筒2に導入されるようにリフト可変機構13および開閉切替機構14を制御する(ステップS7)。すなわち、ECU50は、排気弁12の吸気行程中の開弁が有効になるように開閉切替機構14を駆動して内部EGRを実行するとともに、リフト可変機構13により吸気弁11のリフト量/バルブタイミングを調整し、目標EGR率に対応する量の空気(新気)および既燃ガスを気筒2に導入させる。
【0041】
次に、上記ステップS1での判定がNOであった場合、つまりエンジンの運転条件が上述した所定の運転条件(オクタン価の判定が可能な運転条件)に該当しなかった場合の制御について説明する。この場合、ECU50は、上述したフラグFの値が「0」であるか否かを判定する(ステップS8)。
【0042】
上記ステップS8でYESと判定された場合、つまりオクタン価の判定がエンジン始動後に1度も行われていないことが確認された場合、ECU50は、ステップS6に移行し、目標EGR率のマップとして図3(b)に示したマップBを選択する。そして、このマップBに従って目標EGR率を設定し、設定した目標EGR率に対応する量の空気および既燃ガスが気筒2に導入されるようにリフト可変機構13および開閉切替機構14を制御する(ステップS7)。
【0043】
一方、上記ステップS8でNOと判定されてオクタン価の判定が既に行われたことが確認された場合、ECU50は、既に選択済みのマップ(マップAまたはB)に従って目標EGR率を設定し、設定した目標EGR率に対応する量の空気および既燃ガスが気筒2に導入されるようにリフト可変機構13および開閉切替機構14を制御する(ステップS7)。
【0044】
(2)本発明の基礎となる研究
以上説明したとおり、上記実施形態では、HCCI燃焼時に内部EGRが実行されるとともに、その内部EGRのEGR率が、オクタン価の判定に基づいて選択されるマップ(マップAまたはB)に基づいて可変的に設定されるようになっている。この実施形態に代表される本発明は、燃料性状の相違がHCCI燃焼に及ぼす影響を調べるために本願発明者が行った研究に基づいてなされたものである。以下、この研究の内容について詳しく説明する。
【0045】
(2−1)実験方法および供試燃料
(a)実験方法
本研究の実験に用いたエンジンの仕様と運転条件を図4の表に示す。HCCI燃焼を容易に行うため、幾何学的圧縮比が通常のエンジンよりも高い20とされた実験用のエンジンを用意し、当該エンジンを1000rpmにて自然吸気で運転した。また、この実験用のエンジンは、上記実施形態と同じく、気筒に直接燃料を噴射する燃料噴射弁と、吸排気弁のバルブ特性を変更可能なバルブ可変機構(上記実施形態のリフト可変機構13および開閉切替機構14に相当するもの)とを有している。バルブ可変機構は油圧駆動式であり、このバルブ可変機構により吸排気弁のバルブ特性を変更することにより、内部EGRのEGR率を、0%,40%,60%,80%の間で可変的に設定し、気筒の圧縮開始温度を変化させた。なお、実験の評価にあたっては、運転条件の指標として、新気と内部EGRガスを含む気筒内の全作動ガス量と燃料量との比であるG/F(ガス燃料比)を用いる。また、燃料の連鎖分岐反応の開始時期をHCCI燃焼の着火時期として捉えるために、熱発生率の二階微分が最大値となる時点を着火時期として定義した。
【0046】
(b)供試燃料
図5に示すように、実験に用いる燃料として、ほぼ同一のオクタン価を有する複数の供試燃料を作製した。具体的には、市場のガソリン規格であるRONを基準に、オクタン価がいずれも約90RONである7種類の供試燃料(Para90、Arom30、Arom20、Arom30−Ole20、Arom30−Naph20、ETBE20、EtOH20)を作製した。図5および図6に示すように、Para90は、ベース燃料であるパラフィン系炭化水素(ノルマルパラフィンおよびイソパラフィン)のみで構成された燃料であり、Arom30は、パラフィン系炭化水素に加えて約30vol%(vol%は体積割合)のアロマ系炭化水素を含有した燃料であり、Arom20は、パラフィン系炭化水素に加えて約20vol%のアロマ系炭化水素を含有した燃料であり、Arom30−Ole20は、パラフィン系炭化水素に加えて約30vol%のアロマ系炭化水素と約20vol%のオレフィン系炭化水素とを含有した燃料であり、Arom30−Naph20は、パラフィン系炭化水素に加えて約30vol%のアロマ系炭化水素と約20vol%のナフテン系炭化水素とを含有した燃料であり、ETBE20は、パラフィン系炭化水素に加えて約20vol%のETBE(エチルtert−ブチルエーテル)を含有したバイオ系燃料であり、EtOH20は、パラフィン系炭化水素に加えて約20vol%のエタノールを含有したバイオ系燃料である。これら7種類の供試燃料は、いずれもオクタン価が約90RONになるように調製されている。また、実験用のエンジンは直噴式であるため、燃料による混合気形成の差異が生じないように、エタノールが混合されたEtOH20以外の各供試燃料においては、蒸発や微粒化に関係する動粘度、表面張力、および蒸留特性(図7)が同等となるように調製した。
【0047】
さらに、比較のために、上記7種の90RON燃料に加えて、パラフィン系炭化水素のみで構成された約80RONのオクタン価を有する燃料であるPara80を用意した。さらに、図5には示していないが、国内で市販されているレギュラーガソリンおよびハイオクガソリンも用意した。レギュラーガソリンのオクタン価は約91RONであり、ハイオクガソリンのオクタン価は約100RONであった。なお、上記7種の90RON燃料とレギュラーガソリンとは、同等のRONを有する燃料ということができる。これに対し、Para80のRONは10程度小さく、ハイオクガソリンのRONは10程度高くなっている。
【0048】
(2−2)実験結果および考察
(a)実験結果
上記各燃料(合計10種)を用いて、4つの異なるEGR率(0%、40%、60%、80%)の条件下でHCCI燃焼による運転を試みた。その結果を図8および図9に示す。なお、いずれのケースでもG/Fは80に設定されている。
【0049】
まず、アロマ系、オレフィン系、ナフテン系の各成分の影響を調べるために、Para80、Para90、Arom20、Arom30、Arom30-Ole20、およびArom30-Naph20の各燃料を用いた場合の熱発生率をそれぞれ測定し、図8のグラフを得た。この図8における(a)(b)(c)(d)の各グラフは、それぞれEGR率を0%、40%、60%、80%に設定した場合のものである。図8のグラフ(a)に示すように、EGR率が0%の場合、RONが低いPara80の着火時期が最も早くなる。残りの5種類の燃料の着火時期は、RONがほぼ同一であるにも関わらず互いに異なっている。例えば、当該5種類の燃料の中では、パラフィン系成分のみからなるPara90の着火時期が最も早く、アロマ系成分およびナフテン系成分を含むArom30-Naph20の着火時期が最も遅い。これら各燃料の着火時期の相違は、EGR率が大きくなるほど縮小し、EGR率が80%に達すると(グラフ(d))、燃料による着火時期の差はほぼ認められなくなった。
【0050】
次に、バイオ系燃料に含まれる代表的な成分の影響、および市販ガソリンの成分またはオクタン価の影響を調べるために、EtOH20、ETBE20、レギュラーガソリン(91RON)、およびハイオクガソリン(100RON)の各燃料を用いた場合の熱発生率を測定し、図9のグラフを得た。この図9における(a)(b)(c)(d)の各グラフは、それぞれEGR率を0%、40%、60%、80%に設定した場合のものである。各グラフでは、比較のために、Para80およびPara90を用いた場合の熱発生率も併せて示している。図9のグラフ(a)に示すように、EGR率が0%の場合には、筒内温度の不足により、ハイオクガソリンを着火させることができなかった。また、レギュラーガソリンも着火しにくい特性を示し、その着火時期が大幅に遅角した。EGR率が40%の場合(グラフ(b))は、ハイオクガソリンでも着火させることが可能になり、また、レギュラーガソリンの着火時期がPara90とほぼ同じ着火時期となった。また、図8のケースと同様、EGR率が80%に達すると(グラフ(d))、燃料による着火時期の差はほぼ認められなくなった。
【0051】
上記燃焼試験(図8図9)の結果に基づいて、試験に用いられた10種全ての燃料の着火時期、図示燃料消費率(ISFC)、および図示平均有効圧(IMEP)の変動率を、EGR率との関係において調べ、それぞれ図10のグラフ(a)〜(c)を得た。先にも説明したとおり、EGR率が0%の条件ではハイオクガソリン(100RON)を着火させることができなかったので、各グラフ(a)〜(c)におけるハイオクガソリンに対応する線図は、EGR率40%未満の範囲(厳密にはEGR率が約35%未満となる範囲)で途切れている。
【0052】
図10のグラフ(a)に示すように、EGR率が0%の条件では、着火不能なハイオクガソリンを除く他の9種の燃料の間で、着火時期が最大で約9deg異なっている。このような大きな着火時期のばらつきが生じるのは、図8のグラフ(a)および図9のグラフ(a)に示すように、圧縮行程の途中で低温酸化反応が起きているためと考えられる(破線で囲んだ符号Wの部分参照)。なお、低温酸化反応とは、燃料が激しく酸化する反応(火炎の発生を伴う反応)である高温酸化反応が起きる前の比較的低温の環境下で起きる緩慢な酸化反応のことである。低温酸化反応は、燃料の分子構造が少しずつ壊れるような緩慢な反応であるため、燃料成分(分子構造)の相違による影響を受け易い。このような低温酸化反応が事前に起きたことが、高温酸化反応に影響を及ぼし、大きな着火時期の相違を生み出したものと考えられる。
【0053】
また、オクタン価がいずれも約90RONである7種の燃料(Para90、Arom30、Arom20、Arom30−Ole20、Arom30−Naph20、ETBE20、EtOH20)の間の比較では、EGR率が0%の条件で着火時期が最大で約6deg異なっているものの、EGR率が40%まで上昇すると、全体的に着火時期が進角するとともに着火時期の差が約2deg以内に収まるようになる。つまり、同一のRONを有する7種の燃料の間では、EGR率を40%以上にすることにより、燃料成分の相違が着火時期に及ぼす影響をほぼ解消できるということが分かった。これは、内部EGRによる気筒内の高温化の影響で、低温酸化反応が十分に抑制されたためであると考えられる。
【0054】
上記7種の燃料にPara80、レギュラーガソリン、およびハイオクガソリンを加えた全ての燃料、つまり80RONから100RONまでオクタン価が異なる10種の燃料の間の比較では、EGR率40%の条件で着火時期が最大で約7deg異なっているものの、EGR率が60%まで上昇すると、着火時期の差が約3deg以内に収まり、EGR率が80%まで上昇すると、着火時期の差が約2deg以内に収まるようになる。つまり、RONの異なる10種の燃料の間では、EGR率を80%以上にすることにより、燃料成分およびRONの相違が着火時期に及ぼす影響をほぼ解消できるということが分かった。なお、EGR率が60%から80%まで上昇すると全体的に着火時期が遅角しているが、これは、EGR率の増加に伴い筒内ガスの比熱比が低下し、圧縮端温度が低下したためである。
【0055】
また、ISFCおよびIMEP変動率(図10のグラフ(b)(c))も、着火時期の変化と同様であり、EGR率が60%以上になると燃料成分およびRONによる影響がほぼ認められなくなった。
【0056】
(b)G/Fによる影響
G/Fの相違による影響を明らかにするために、オクタン価がいずれも約90RONである7種の燃料(Para90、Arom30、Arom20、Arom30−Ole20、Arom30−Naph20、ETBE20、EtOH20)を用いて、種々のG/Fの条件下でHCCI燃焼による運転を試みた。そして、Para90を基準とした着火時期の差分(ΔIg)を調べ、図11に示す等値線グラフを得た。なお、G/Fが小さいほど気筒内への燃料の供給量が多いことになるので、G/Fが小さいことはエンジン負荷が高いことを意味し、G/Fが大きいことはエンジン負荷が低いことを意味する。また、EGR率が80の条件では、G/Fが80になると空気過剰率λが1に達した。そのため、このG/F80相当の負荷よりも高負荷側では運転できなかった。そこで、図11では、λが1未満になる運転不能な領域(「Over Rich」と記す領域)を空白としている。このことは、後述する図12図14図15のグラフでも同様である。
【0057】
図11に示すように、G/Fが160以上の負荷の低い運転条件では、EGR率によらず着火時期の差は±1deg以内に収まり、燃料成分の相違による影響は小さいことが分かる。しかしながら、G/Fが160よりも小さくなる(つまり負荷が高くなる)と着火時期の差が±1degよりも大きくなる領域(つまり燃料成分の相違による影響が大きい領域)が現れ始める。着火時期の差が「1.0」の等値線から理解されるように、着火時期の差を±1deg以内に抑えるためには、G/Fが100の条件ではEGR率を20%以上にする必要があり、G/Fが80以下の条件ではEGR率を40%以上にする必要がある。
【0058】
図11のような特性が見られるメカニズムを理解するために、吸気弁の閉時期(IVC)での筒内温度を調べ、図12に示す等値線グラフを得た。なお、この図12のグラフには、図11より得られた着火時期差±1degの等値線も併せて示している。図12に示すように、着火時期の差(ΔIg)が±1degよりも大きくなる運転条件は、G/Fが小さく(つまり燃料濃度が高く)、かつ筒内温度が低い運転条件であることが分かる。このことより、着火時期の差が低温酸化反応の影響によって生じていることが示唆される。
【0059】
(c)燃料性状による影響
燃料性状(オクタン価および成分)がHCCI燃焼の着火時期に及ぼす影響を調べるために、オクタンインデックス(OI)を用いた解析を行った。すなわち、運転条件ごとに下式(1)に示す係数Kを同定することにより、着火時期のRONとMONへの依存度合を調べた。
【0060】
OI=(1−K)×RON+K×MON ‥‥(1)
周知のとおり、RONはリサーチオクタン価であり、MONはモータオクタン価である。
【0061】
上記両オクタン価はいずれも燃料の着火性(耐ノック性)を示す指標であるが、測定条件が異なっている。この測定条件の相違より、RONは比較的低い温度条件での着火性を表す指標であるということができ、MONは比較的高い温度条件での着火性を表す指標であるということができる。さらにいえば、RONは低温酸化反応を伴う燃焼条件下での燃料の着火性を表す指標であり、MONは低温酸化反応を伴わない燃焼条件下での燃料の着火性を表す指標である。
【0062】
図10のグラフ(a)に示した各燃料の着火時期、つまりG/Fが80一定でかつEGR率が変化した場合の各燃料の着火時期の変化に基づいて、EGR率ごとに、上記式(1)の係数Kを最小二乗法により同定し、図13のグラフを得た。ここで、係数Kを運転条件ごとに同定することは、RONとMONのどちらが着火時期との相関性が高いのかを運転条件ごとに調べることを意味する。すなわち、ある運転条件において同定されたKが大きい場合、その運転条件は、着火時期がMONの値による影響を受け易い(つまり着火時期とMONとの相関性が高い)運転条件であるということができる。このことは、低温酸化反応の影響が小さい運転条件であることを意味する。一方、ある運転条件において同定されたKが小さい場合、その運転条件は、着火時期がRONの値による影響を受け易い(つまり着火時期とRONとの相関性が高い)運転条件であるということができる。このことは、低温酸化反応の影響が大きい運転条件であることを意味する。なお、係数Kが1の場合、式(1)はOI=MONとなるので、オクタンインデックスはMONそのものである。また、係数Kが0の場合、式(1)はOI=RONとなるので、オクタンインデックスはRONそのものである。
【0063】
図13によれば、係数Kは、EGR率80%の条件では1より大きく、EGR率40%の条件ではゼロにほぼ等しくなっており、EGR率が小さくなるにつれて比例的に係数Kが小さくなっている。このことは、EGR率80%の条件では低温酸化反応の影響を無視できること、および、EGR率が80%より小さくなるほど低温酸化反応の影響が徐々に大きく現れることを示唆している。つまり、図13に示す係数Kの変化は、燃料性状が着火時期に及ぼす影響の特性をよく説明できているといえる。なお、図11によれば、EGR率が40%以上の範囲では、ほとんどのG/Fの場合で着火時期の差が約±1deg以下となっている。このことと図13の結果より、HCCI燃焼において燃料性状による影響を十分に抑制するためには、係数Kが0以上であることが求められるといえる。逆に、係数Kが0より小さいと、低温酸化反応の影響が非常に大きくなって、燃料性状の相違によりHCCI燃焼の着火時期が大きくばらつくことになる。したがって、このようなことを避けつつ適正なHCCI燃焼を行うには、オクタンインデックスの係数Kが0以上となる運転条件、つまり低温酸化反応の影響が相対的に小さい運転条件を用いることが重要である。
【0064】
(2−3)HCCI燃焼制御の指針検討
(a)各種の運転制約の検討
HCCI燃焼を試みる場合、従来のSI燃焼(火花点火燃焼)に比べて考慮すべき制約が多いことが知られている。例えば、エンジンの高負荷域では、急峻な燃焼の進行によって大きな燃焼騒音が発生することが懸念され、また、低負荷域では、着火のための熱源となる内部EGRガスの温度が低いことに起因して燃焼が不安定になることが懸念される。すなわち、HCCI燃焼では、高負荷域での燃焼騒音の増大と低負荷域での燃焼安定性の低下とをともに解決するように燃焼を制御しなければならないという制約がある。そこで、これらの制約も考慮した上で、燃料性状による影響を最小にするための燃焼制御の指針を検討した。
【0065】
レギュラーガソリン(91RON)を用いてHCCI燃焼を行った場合の燃焼騒音および燃焼安定性について調べ、図14のグラフ(a)(b)を得た。具体的に、図14のグラフ(a)は、EGR率およびG/Fに応じた最大圧力上昇率(dp/dθ)の変化を示す等値線グラフであり、図14のグラフ(b)は、EGR率およびG/Fに応じたIMEP変動量(SDI)の変化を示す等値線グラフである。また、図14のグラフ(c)として、EGR率およびG/Fに応じたオクタンインデックスの係数Kの変化を示す等値線グラフを作成した。なお、最大圧力上昇率(dp/dθ)は、クランク角に応じて変化する筒内圧力の上昇率の最大値であり、燃焼騒音の指標となるパラメータである。また、IMEP変動量(SDI)は、燃焼サイクルごとに変動するIMEPの変動量の最大値、言い換えると燃料サイクルごとのトルク変動量であり、燃焼安定性の指標となるパラメータである。
【0066】
燃料性状の影響を弱めつつ低騒音性および燃焼安定性を確保する観点から、ここでは、最大圧力上昇率の上限値を700kPa/deg(5MPa/secに相当)とし、IMEP変動率の上限値を9kPaとし、係数Kの下限値を0とする。グラフ(a)に示すように、最大圧力上昇率は、高負荷側の一部の領域において上限値(700kPa/deg)を超えているが、EGR率が低いと着火時期が遅角することから、EGR率が低い範囲(約20%未満)ではいずれの負荷でも最大圧力上昇率が上限値以下に抑えられている。グラフ(b)に示すように、IMEP変動量は、EGR率が低い一部の領域において上限値(9kPa)を超えているが、負荷が高くなると燃焼ガスの温度および燃料濃度がともに高くなることから、高負荷側ではEGR率が低い条件でも(もしくはEGRなしでも)IMEP変動量が上限値以下に抑えられている。グラフ(c)に示すように、係数Kは、EGR率が低くかつ負荷が高い一部の領域において下限値(0)を下回っている。これは、EGR率が低くかつ負荷が高いと、低温の気筒内に高濃度の燃料が存在することになり、低温酸化反応の影響を受け易くなるからである。
【0067】
(b)各運転制約を考慮した燃焼制御指針
図14のグラフ(a)〜(c)に示した最大圧力上昇率(dp/dθ)、IMEP変動量(SDI)、および係数Kの各許容値を、図示燃料消費率(ISFC)の等値線に重ねることにより、図15のグラフを得た。この図15のグラフを用いて、燃焼騒音の増大および燃焼安定性の低下を回避しつつ低負荷から高負荷まで適正なHCCI燃焼を行うための制御指針について検討する。なお、図15には、最大圧力上昇率、IMEP変動量、および係数Kが許容範囲外になる領域、つまりdp/dθ>700kPaの領域と、SDI>9kPaの領域と、K<0の領域とを、それぞれグレーで着色して示しており、以下ではこれらをNG領域と称する。
【0068】
ここで、最大圧力上昇率(dp/dθ)およびIMEP変動量(SDI)の各NG領域は、レギュラーガソリンを用いた場合のものであるが、既に説明したとおり、オクタン価が同等であれば、係数Kが0以上となる運転条件をつくり出すことにより、たとえ燃料性状が異なる燃料を用いた場合でも同様の着火特性が得られることが分かっている。このため、燃料のオクタン価がレギュラーガソリン(91RON)と同等であることが保障されている場合には、最大圧力上昇率、IMEP変動量、および係数Kの各NG領域をいずれも避けるように運転条件を調整することにより、燃料性状によらず低騒音で安定したHCCI燃焼を実現できると考えられる。
【0069】
そこで、まず燃料のオクタン価がレギュラーガソリン相当であることが保障されている場合の燃焼制御の指針について検討する。この場合は、図15に示す矢印p,r,tに沿ってEGR率を制御することが提案される。すなわち、まず矢印pに示すように、圧力上昇率のNG領域(dp/dθ>700kPaの領域)よりも負荷の低い領域において、EGR率を一律に50%に設定する。負荷が圧力上昇率のNG領域の境界に対応する値に近づくと、矢印rに示すように、最大圧力上昇率のNG領域の境界に沿ってEGR率を減少させながら負荷を上昇させる。EGR率が係数KのNG領域の境界に対応する値に近づくと、それ以上EGR率が減少しないように、矢印tに示すように、EGR率を一定値(40%)に維持しながら負荷を上昇させる。矢印p,rは、最大圧力上昇率、IMEP変動量、および係数Kの各NG領域から外れているため、この矢印p,rに沿ってEGR率を制御することにより、燃料性状によらず低騒音で安定したHCCI燃焼を実現することが可能になると考えられる。一方、矢印tは圧力上昇率のNG領域内に存在するため、燃焼騒音を抑えるための別の対策を講じる必要がある。例えば、燃料の噴射タイミングを通常よりもリタードさせて故意に着火時期を遅らせるなどの対策を採ることが考えられる。
【0070】
次に、燃料のオクタン価がレギュラーガソリン相当であることが保障されていない場合の燃焼制御の指針について検討する。この場合は、図15に示す矢印q1,q2,r,tに沿ってEGR率を制御することが提案される。すなわち、まず矢印q1に示すように、λが1未満になる運転不能領域(「Over Rich」と記す領域)よりも負荷の低い領域において、EGR率を一律に80%に設定する。図10のグラフ(a)によれば、RONが80から100まで変化する場合でも、EGR率が80%であれば、着火時期のばらつきを2deg以内に抑えることができる。そこで、λが1以上(G/Fが約80以上になる)負荷域では、EGR率を80%に設定することで着火時期のばらつきの抑制を図る。λが1に近づくと、矢印q2に示すように、EGR率を減少させつつ負荷を上昇させる。その後は、燃料のオクタン価が保障されている場合と同様に、矢印rに沿ってEGR率を減少させつつ負荷を上昇させるとともに、矢印tに沿ってEGR率を固定しつつ負荷を上昇させる。
【0071】
(3)実施形態の作用効果等の説明
次に、本願発明者による上述した研究の成果に基づいて、図1図3に示した実施形態の作用効果等について説明する。
【0072】
図2および図3に示したとおり、上記実施形態では、規定のオクタン価(レギュラーガソリン相当のオクタン価)を有する燃料が用いられていると判定された場合に、マップA(図3(a))に定められた目標EGR率に沿って内部EGRの制御が実行され、規定のオクタン価を有する燃料が用いられていないと判定された場合に、マップB(図3(b))に定められた目標EGR率に沿って内部EGRの制御が実行される。このようなオクタン価判定に基づいたマップ(EGR率)の使い分けは、上述した研究で得られた図15の制御指針に適合した制御であるということができる。すなわち、図3(a)のマップAにおける区間P,R,Tは、図15の矢印p,r,tに沿ってEGR率を設定することに対応しており、図3(b)のマップBにおける区間Q1,Q2,R,Tは、図15の矢印q1,q2,r,tに沿ってEGR率を設定することに対応している。このような態様でEGR率が設定される上記実施形態によれば、規定のオクタン価であるか否かにかかわらず安定したHCCI燃焼を実現できるという利点がある。
【0073】
具体的に、上記実施形態では、最低負荷Yから第2負荷X2までの負荷域において、規定のオクタン価でないと判定された場合(マップB)には、規定のオクタン価であると判定された場合(マップA)に比べてEGR率が大きく設定されるので、多量の内部EGRによる気筒2の高温化によって低温酸化反応が起きない(もしくは起き難い)環境がつくり出される結果、燃料性状(オクタン価および成分)の相違が着火時期に及ぼす影響を十分に抑制することができる。これにより、オクタン価の異なる燃料が使用されたとしても、着火時期が大きくばらつくのを回避でき、安定したHCCI燃焼を実現することができる。また、規定のオクタン価である場合にはEGR率が相対的に低く設定されるので、オクタン価が同等であるために気筒2をそれほど高温化しなくても着火時期のばらつきが抑えられると予想される状況下で、必要以上に多くのEGRガスが気筒2に導入されるのを回避でき、適正量のEGRガスを導入しながらHCCI燃焼の安定化を図ることができる。
【0074】
また、上記実施形態では、図2のフローチャートを用いて示したように、所定の運転条件下で筒内圧センサSN3を用いて特定される燃料の着火時期に基づいて、規定のオクタン価を有する燃料が用いられているか否かが判定されるので、例えば燃料のオクタン価を直接計測する高価なセンサを用いる必要がなく、オクタン価を判定するのに要する追加のコストを低減することができる。
【0075】
また、上記実施形態では、最低負荷Yから第3負荷X3までの負荷域において、EGR率がマップA,B(図3(a)(b))にそれぞれ示すような値に設定されることにより、図15のグラフに矢印p,q1,q2,rとして示したように、オクタンインデックスの係数K、最大圧力上昇率(dp/dθ)、およびIMEP変動量(SDI)を、それぞれ許容範囲内に抑えることができる。これにより、燃料性状(オクタン価および成分)の相違による着火時期のばらつき、燃焼騒音の増大、および燃焼安定性の低下をそれぞれ抑制することができ、燃料性状によらず低騒音で安定したHCCI燃焼を実現することができる。
【0076】
なお、上記実施形態では、エンジンの全ての負荷域において、オクタンインデックスの係数Kが0以上になるようにEGR率を設定したが、図16において矢印p,q1,q2,uとして示すように、着火時期の差(ΔIg)が±1degを超える領域を避けるようにEGR率を設定してもよい。このようにすれば、ΔIgが±1deg以下に抑えられるので、やはり燃料成分の相違による着火時期のばらつきを抑制することができる。なお、図16における着火時期差のNG領域(ΔIg>1.0degの領域)の境界は、図11に示したΔIg=1.0の等値線を重ねることにより得たものである。
【0077】
また、上記実施形態では、図15において矢印rとして示したように、最大圧力上昇率のNG領域の境界に沿ってEGR率を減少させつつ負荷を上昇させ、オクタンインデックスの係数Kが0になる条件に近づいた以降は、矢印tに示すように、EGR率を固定しつつ負荷を上昇させるようにしたが、図17において矢印v,wとして示すような態様でEGR率を制御してもよい。すなわち、この図17の例では、矢印vのように最大圧力上昇率の制約を受けて減少させられるEGR率が係数KのNG領域に達した後も、矢印wに示すように、引き続き負荷の上昇に応じてEGR率が減少させられる。この場合、当然ながら、矢印wの位置では燃料性状の相違による着火時期のばらつきが増大することが懸念される。しかしながら、例えば燃焼状態を高精度に検知しながら所定の制御量をフィードフォワード処理することができれば、矢印wのようにEGR率を設定したとしても着火時期のばらつきを解消できる可能性がある。
【0078】
また、上記実施形態では、排気弁12を吸気行程中に開弁させる(それに伴い既燃ガスを気筒2に逆流させる)ことにより内部EGRを実現したが、これに代えて、吸気弁および排気弁の双方が閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けることにより内部EGRを実現してもよい。あるいは、内部EGRに代えて、吸気通路と排気通路とを短距離で結ぶEGR通路を通じて既燃ガスを還流する外部EGRを実行してもよい。ただしこの場合、EGR通路には、既燃ガスを冷却するためのEGRクーラを設けないようにする。これは、EGRクーラが備わっていない短距離のEGR通路を通じて、気筒から排出された既燃ガス(排気ガス)を高温のまま気筒2に還流するためである。いずれにしても、本発明におけるEGR装置は、既燃ガスを高温のまま気筒内に導入するEGR(高温EGR)が実現できるものであればよく、その限りにおいてEGR装置は種々の改変が可能である。
【0079】
(4)実施形態のまとめ
前記実施形態をまとめると以下のとおりである。
【0080】
前記実施形態の圧縮着火式ガソリンエンジンは、ピストンが往復動可能に収容された気筒と、ガソリンを主成分とする燃料を前記気筒に噴射する燃料噴射弁と、前記気筒で生成された既燃ガスを高温のまま気筒に導入する高温EGRを実行可能なEGR装置と、前記燃料噴射弁から噴射された燃料が規定のオクタン価を有するか否かを判定するオクタン価判定部と、前記燃料噴射弁から噴射された燃料が気筒内で自着火するHCCI燃焼が起きるように前記燃料噴射弁およびEGR装置を制御する燃焼制御部とを備える。前記燃焼制御部は、少なくともHCCI燃焼が行われる部分負荷の運転領域において、前記オクタン価判定部により燃料が規定のオクタン価を有していないと判定された場合には、規定のオクタン価を有すると判定された場合に比べてEGR率が大きくなるように前記EGR装置を制御する。
【0081】
この構成によれば、燃料が規定のオクタン価を有していないと判定された場合には、規定のオクタン価を有すると判定された場合に比べてEGR率が大きく設定されるので、多量の高温EGRによる気筒の高温化によって低温酸化反応が起きない(もしくは起き難い)環境がつくり出される結果、燃料性状(オクタン価および成分)の相違が着火時期に及ぼす影響を十分に抑制することができる。これにより、オクタン価の異なる燃料が使用されたとしても、着火時期が大きくばらつくのを回避でき、安定したHCCI燃焼を実現することができる。また、規定のオクタン価である場合にはEGR率が相対的に低く設定されるので、オクタン価が同等であるために気筒をそれほど高温化しなくても着火時期のばらつきが抑えられると予想される状況下で、必要以上に多くのEGRガスが気筒に導入されるのを回避でき、適正量のEGRガスを導入しながらHCCI燃焼の安定化を図ることができる。
【0082】
好ましくは、前記オクタン価判定部は、所定の条件でエンジンが運転されているときの燃料の着火時期に基づいて、燃料が規定のオクタン価を有するか否かを判定する。
【0083】
この構成によれば、例えば燃料のオクタン価を直接計測する高価なセンサを用いる必要がないので、オクタン価を判定するのに要する追加のコストを低減することができる。
【0084】
好ましくは、前記燃焼制御部は、下式(1)で表されるオクタンインデックスの係数Kを所定値以上にすることが可能なEGR率が実現されるように前記EGR装置を制御する。
【0085】
OI=(1−K)×RON+K×MON ‥‥(1)
ここに、RONはリサーチオクタン価、MONはモータオクタン価である。
【0086】
このように、オクタンインデックスの係数Kが比較的大きくなるようにEGR率を設定した場合には、着火時期とRONとの相関性が低く低温酸化反応の影響が小さい運転条件をつくり出すことができ、燃料性状(オクタン価および成分)の相違による着火時期のばらつきを効果的に抑制することができる。
【0087】
あるいは、同様の効果を奏する別の態様として、前記燃焼制御部は、燃料性状の相違による着火時期のばらつきを所定値以下に抑制可能なEGR率が実現されるように前記EGR装置を制御するものであってもよい。
【0088】
好ましくは、前記燃焼制御部は、燃焼サイクルごとのトルク変動量を所定値以下に抑制可能なEGR率が実現されるように前記EGR装置を制御する。
【0089】
この構成によれば、燃焼サイクルごとのトルク変動量が小さい安定したHCCI燃焼を実現することができる。
【0090】
前記気筒の幾何学的圧縮比は、18以上22以下に設定されることが好ましい。
【0091】
この構成によれば、HCCI燃焼を実現可能な高温・高圧の筒内環境を適正につくり出すことができる。
【0092】
好ましくは、前記EGR装置は、前記高温EGRとして、前記気筒で生成された既燃ガスを気筒に残留させる内部EGRを実行可能なバルブ可変機構である。
【0093】
この構成によれば、高温の既燃ガスを気筒に残留させることにより筒内温度を確実に上昇させることができる。
図1
図2
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図5
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図17