(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
350[nm]から1200[nm]までの光の吸収スペクトルにおいて、600[nm]以上の波長の光の吸光度の極大値に対する400[nm]以下の波長の光の吸光度の極大値の比が0.3以上0.7未満であることを特徴とする請求項1記載の銅錯体溶液。
350[nm]から1200[nm]までの光の吸収スペクトルにおいて、600[nm]以上の波長の光の吸光度の極大値に対する400[nm]以下の波長の光の吸光度の極大値の比が0.7以上1.1以下であり、
粒子径が1[nm]以下の銅微粒子が、前記銅錯体溶液の銅原子換算のモル濃度に対して1[%]以上20[%]以下で共存することを特徴とする請求項1記載の銅錯体溶液。
350[nm]から1200[nm]までの光の吸収スペクトルにおいて、600[nm]以上の波長の光の吸光度の極大値に対する400[nm]以下の波長の光の吸光度の極大値の比が1.1より大きく10.0以下であり、
粒子径が20[nm]以下の酸化銅(I)微粒子が、前記銅錯体溶液の銅原子換算のモル濃度に対して20[%]以上40[%]以下で共存することを特徴とする請求項1記載の銅錯体溶液。
前記銅原料は、銅、酸化銅(I) 、酸化銅(II) 、水酸化銅、炭酸銅、酢酸銅、硝酸銅、銅―亜鉛―アルミニウム合金のうちから少なくとも1つ選択されることを特徴とする請求項8記載の銅錯体溶液の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
なお、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例であり、これらの内容に限定されるものではない。
【0037】
(実施形態1)
<はじめに>
銅の錯体溶液としては、二価の銅錯体である銅(II)錯体溶液が一般に知られている。たとえば、硫酸銅・五水和塩(物)やギ酸銅・四水和塩の水溶液がある。
図1は、銅(II)錯体溶液の例として、モル濃度40[mM]([mモル/L])の硫酸銅・五水和塩の水溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトルを示す。紫外可視近赤外吸収スペクトルは、島津製作所製紫外可視近赤外分光光度計で測定した。
【0038】
幅広い吸収バンドのピークは波長809[nm]にあり、これから計算した同波長におけるモル吸光係数は14.8[Lmol
−1cm
−1]になる。Cu
2+は最外殻の3d軌道に電子が9個入ったd9錯体であるので、3d軌道内でd−d遷移が起こり、このピークは銅(II)のd−d遷移に由来する。本来d−d遷移はラポルテ禁制であるが、配位子場によって対称性が低下し、上記のような弱い吸収(低い吸収係数)が発現する。
【0039】
銅(II)錯体溶液の他の例である、モル濃度10[mM]のギ酸銅・四水和塩の水溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトルも、
図1とほぼ同じである。極大吸収波長は、ややブルーシフトした789[nm]に位置し、モル吸光係数は16[Lmol
−1cm
−1]である。すなわち、ギ酸銅四水和塩は銅(II)錯体を形成する。また、低温ESRスペクトル解析により、軸配位子として、一部ギ酸アニオンが配位した構造を有していることが推定されている。
【0040】
これに対し、発明者らは、従来の常識にとらわれること無く鋭意研究の結果、特定の条件において、二価の銅イオンではない新たな銅錯体溶液を形成できることを見出した。
すなわち、水を含まず、ギ酸、酢酸、プロピオン酸その他の一価の飽和カルボン酸を含む溶媒中に、粒子径1[nm]以上で100[μm]以下の範囲の銅または銅化合物または銅合金を添加し、大気などの酸化性雰囲気中で溶媒の凝固点を超えて沸点未満の温度で攪拌しながら、銅または銅化合物または銅合金を部分的もしくは完全に溶解させることによって、二価の銅イオンではない銅の錯体を含む溶液を得られることを新たに見出した。この新たに見出した本発明の銅錯体は、ESR法において不対電子信号が観察されないことから、銅(I)錯体と同定される。以下、本明細書において、銅(I)錯体と同定される本発明の銅錯体を、単純に銅(I)錯体、この銅(I)錯体を含む溶液を銅(I)錯体溶液と称することがある。
【0041】
なお、本発明は、工業的に銅(I)錯体溶液を作製するものであり、従って「水を含まず」とは、市販されている入手可能な各薬液(原料)に含有されている微量な水までをも排除することを意味するものではない。各原料に含まれている水は、各原料から形成される銅(I)錯体溶液にも不可避的に含有されてしまうからである。また、後述するように含まれた水を除去し「水を含まず」という状態にしてもよい。
【0042】
さらに、この銅(I)錯体溶液を用いることにより、粒子径サイズが100[nm]以下の、銅微粒子を作製できることを見出した。
【0043】
以下では、まず最初に得られた本発明の銅錯体が銅(II)錯体でなく銅(I)錯体であると同定されることについて説明し、次に各製造条件によって得られた銅(I)錯体溶液が3系統に分類されること、さらに各分類に区分された銅(I)錯体溶液の特性について説明する。
最後に、銅(I)錯体溶液の適用例として、銅微粒子および酸化銅(I)微粒子の製造について説明する。
【0044】
なお本明細書において、銅(Cu):一価の飽和カルボン酸のモル比を1:1にすることを、カルボン酸当量1倍と定義する。銅(I)錯体溶液の銅モル濃度は5.8[mM]を標準にする。
【0045】
<銅(I)錯体の同定:カルボン酸依存性>
本発明の銅(I)錯体溶液の形成に使用するカルボン酸としては、溶媒中への溶解性などの理由から、一価の飽和カルボン酸が適していると考えられる。
【0046】
例えば二価の飽和カルボン酸であるシュウ酸は、自己分解しギ酸と二酸化炭素になる。
分解したギ酸は還元性を有しているため、シュウ酸当量が4倍以下では、溶解性と分解したギ酸の還元性が拮抗していると考えられ、溶解が進行しない。シュウ酸当量が4倍を超えるとシュウ酸が還元力を発現し、原料の酸化銅(I)微粒子が、溶解せずに容易に還元され、銅微粒子となり、凝集体として沈降してしまう。更に過剰のシュウ酸により、時間経過とともにシュウ酸銅に変化し、これらが溶液中に浮遊する。
従って、カルボン酸としては、一価の飽和カルボン酸が、銅(I)錯体溶液の形成に適している。
【0047】
図2に、溶媒(γ−ブチロラクトン、以下BLと記す)中に、一価の飽和カルボン酸であるギ酸、酢酸およびプロピオン酸をカルボン酸当量12倍(CA12−foldと記す。以下も同じように記すことがある。)で添加し、原料の酸化銅(I)微粒子を溶解させ、錯体化した溶液の各々の近紫外可視吸収スペクトルを示す。
酸化銅(I)原料として、粒子径が60[nm]の酸化銅(I)微粒子を分散させた福田金属箔粉工業製の酸化銅(I)微粒子分散溶液を用いている(特許文献1、2参照)。
【0048】
なお、近紫外可視吸収スペクトルは浜松ホトニクス社製のマルチチャンネル検出器PMA−11で測定した。
【0049】
図2の各近紫外可視吸収スペクトルは、350[nm]から1200[nm]までの光の吸収スペクトルにおいて、波長400[nm]以下での極大値(以下、副ピークと記す。)と波長600[nm]以上での極大値(以下、主ピークと記す。)の2つの極大値(ピーク)を有するという特徴がある。
図2より、近紫外可視吸収スペクトルは、一価の飽和カルボン酸の種類による変化がほとんど無いことが理解できる。さらに
図2の近紫外可視吸収スペクトルは、明らかに
図1で示す公知の銅(II)錯体水溶液の吸収スペクトルとは、吸収波長が異なる。従って、一価の飽和カルボン酸を添加したBL溶媒中の銅錯体は二価の銅錯体(銅(II)錯体)とは異なることが理解できる。
【0050】
なお、
図2中における近紫外可視吸収スペクトルの400[nm]以下の波長領域におけるノイズは、光源にハロゲンランプを使用しているためである。以下の図の近紫外可視吸収スペクトルも同じである。
【0051】
<銅(I)錯体の同定:錯体溶液の経時変化>
銅の錯体化状態の時間依存性を調査するため、
図2の場合と同様に、酸化銅(I)微粒子分散液を原料とし、溶媒BL中に一価の飽和カルボン酸であるギ酸当量4倍(FA4−foldと記す。)で添加し、各溶解処理時間における近紫外可視吸収スペクトルを測定した結果を
図3に示す。
なお、時間的推移を詳細に調査するため、室温で処理を行うことで経時変化を緩やかにしている。
【0052】
図3に示すように、
図2と同様に、近紫外可視吸収スペクトルには、350〜400[nm]の波長域における副ピークと、680[nm]付近に現れる主ピークとが観測できる。
【0053】
各原料を混合した直後の錯体化開始前(before processing)の状態では、実質的に酸化銅(I)微粒子分散溶液であり、波長500[nm]以下において、酸化銅(I)微粒子のバンド間遷移による比較的強い吸収のピークが観察される。
【0054】
しかし、錯体化開始5日後の近紫外可視吸収スペクトルにおいては、副ピークが減少し、主ピークが出現し、その後錯体化の時間が経過するに従い、更に副ピークが減少し、主ピークが増加する。錯体化開始19日後から26日後の間で、副ピークと主ピークの吸光度は逆転し、副ピークより主ピークの吸光度の方が大きくなる。
【0055】
錯体化開始34日以後は、副ピークと主ピークの吸光度の比は、ほぼ一定値に飽和する。この状態では、錯体化反応が十分に進行、飽和し、錯体形成が完了(以後、錯体完了と記す。)している。
さらに、この近紫外可視吸収スペクトルの形状は、202日、572日経過してもほとんど変化無く、副ピークと主ピークの吸光度の比も一定のままであり、錯体溶液が安定した状態であることが理解できる。
【0056】
このように錯体化が進むに従い副ピークは減少し、主ピークは増加し、さらに錯体完了時にはこれらの比が一定になる。そのため、主ピークの吸光度に対する副ピークの吸光度の比(副ピーク値/主ピーク値)をRmaxと定義し、この値は錯体化反応の進行状況、あるいは錯体を含む溶液の状態を示す指標として用いることができる。
【0057】
また、
図3中の錯体化開始34日後の飽和後である錯体完了の近紫外可視吸収スペクトルは、
図1で示す銅(II)錯体水溶液の近紫外可視吸収スペクトルと大きく異なることから、この酸化銅(I)微粒子分散液を原料とし、溶媒BL中にギ酸当量4倍添加した溶液に含まれる錯体は、二価の銅錯体(銅(II)錯体)ではないことを示唆する。
【0058】
この主ピークのモル吸光係数を、銅原子換算でモル濃度5.8[mM]の単一種の吸収であると仮定して算出すると、166[Lmol
−1cm
−1]となる。
この値は、二価の銅からなる硫酸銅・五水和塩水溶液における最大モル吸光係数の値(14.8[Lmol
−1cm
−1])より一桁大きな値であることから、Cu
2+の禁制d−d遷移に由来するものではないと推測できる。
上記の強い吸収は、配位子から中心金属へ(LMCT遷移)、あるいは中心金属から配位子へ(MLCT遷移)の電荷移動(CT)吸収に帰属するものと考えられ、強いグリーン色を呈する。
【0059】
発明者らの過去の多くの検証実験において、銅(II)錯体についてこのような主ピークのモル吸光係数の高い値は観測されたことがなく、この溶液に含まれる錯体は、銅(II)錯体ではないと考えられる。
【0060】
そこで、電子スピン共鳴(ESR)法によって、二価のCu
2+イオンの存否を確認した。
ESR法は、不対電子が磁場中に置かれた時に生じる準位間の遷移を観測するものであり、銅の場合、二価のCu
2+イオン([Ar]3d
9;S=1/2)のESR信号は観測できるが、一価のCu
+イオン([Ar]3d
10;3d閉殻)は不対電子を持たないため、ESR信号は観測できない。従ってESR法により、銅(I)と銅(II)とを区別することができる。
【0061】
図4は、室温下で測定した結果であり、(a)上記方法により新規に得られた錯体化が飽和した銅錯体溶液のESR信号と、参照として(b)ギ酸銅・四水和塩水溶液のESR信号とを比較して示す。
ギ酸銅・四水和塩の場合、ほぼ対称的な二価のCu
2+イオンのESR信号が得られ、銅(II)錯体であることがわかる。これに対して、上記方法により得られた銅錯体溶液においては、ESR信号が得られず、銅錯体の銅イオンは不対電子を持たない一価の銅イオンであると同定することができ、従って本発明の銅錯体溶液に含まれる銅錯体は、銅(II)錯体ではなく、銅(I)錯体であると同定された。
【0062】
<銅(I)錯体溶液の性質:純水との反応>
このようにして得られた銅(I)錯体溶液は、以下に説明するように水と反応することが確認された。この性質を利用して、銅(I)錯体の判定に利用することができる。
【0063】
図5は、ギ酸当量が2、4、10倍の銅(I)錯体溶液に、(a)水、(b)エタノール(EtOH)の各極性溶媒で10倍に希釈した紫外可視近赤外吸収スペクトルを比較して示す。点線はもとの溶媒であるBL中のスペクトルであり、実線は希釈後のスペクトルである。もとの溶媒であるBLの残存比率は10%となる。
【0064】
EtOHで希釈した場合、吸収スペクトルには、有意な主ピークが極大波長を変えて残存することがわかる。
しかし、水により希釈した場合、すべてのギ酸当量で吸収スペクトル中の主ピークと副ピークは消失する。
【0065】
水による希釈効果を詳細に評価するため、ギ酸当量10倍(FA10−fold)の銅(I)錯体溶液(溶媒:BL)に水を少量ずつ追加(添加)し、銅(I)錯体溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトルを測定した。
図6は、水による各希釈率の紫外可視近赤外吸収スペクトルを示す。
図6中の紫外可視近赤外吸収スペクトルは、水の追加による体積(濃度)の増加(減少)があるため、補正を行っている。
【0066】
なお、 銅(I)錯体溶液、すなわちBLが3[mL]に対し、水の最小添加量は0.1[mL]である。
【0067】
更に
図6は、水を蒸発させて除去した後の吸収スペクトルを太線に示す。
ただし、加熱による体積変化は、完全には制御できないため、太線の吸光度の絶対値は必ずしも正確ではない。
【0068】
銅(I)錯体溶液に3[vol.%]以上の水を添加すると吸収ピークの強度が減少し、同時に主ピークである最大吸収波長も次第に長波長側にシフトする。
すなわち、3[vol.%]以上の水が含まれると銅(I)錯体構造に変化が生じる。約40[vol.%]の水添加で希釈される最終段階(
図6中の最下線)では、吸収スペクトルの変化は飽和する傾向にあり、波長900〜1000[nm]に出現した小さなピークは水含有量が増すと成長する。
【0069】
銅(I)錯体溶液は、上述の様にLMCT遷移もしくはMLCT遷移のCT吸収による強いグリーン色を示すが、3[vol.%]の純水を添加することにより、溶液の色は薄くなるとともに、白濁(沈殿物)が生じる。
【0070】
この銅(I)錯体溶液(溶媒:BL)を、(a)10、(b)20、(c)50[vol.%]の水で希釈した一連の試料のESRスペクトルを
図7に示す。
【0071】
図7(a)に示すように、10[vol.%]の水による希釈により、ESRスペクトルには生成した二価のCu
2+イオンに由来する信号が明瞭に観測される。
ただし、ESRスペクトルは、非対称な信号波形を示しており、銅イオンが一価から二価の間の不定比状態であり、錯体の配位子構造が過渡的、中間的な変化を反映しているものと考えられる。
なお、
図7(a)において、銅(I)錯体溶液の上澄み液のみのESRスペクトルとの比較により、上記白濁の固形物(沈殿物)はESR信号には影響していないことを確認した。
【0072】
図7(b)は、20[vol.%]の水を添加して希釈率を上げた溶液のESRスペクトルを示す。希釈率を上げることにより溶液の透明化が進む。
図7(b)に示すように、ESRスペクトルは、非対称な形状を保ったまま二価のCu
2+イオンに由来する信号がさらに強くなる。
【0073】
図7(c)は、水による希釈率を最大の50[vol.%]まで上げた溶液のESRスペクトルを示す。この場合、溶液の色は肉眼では透明に近くなる。
図7(c)に示すように、ESRスペクトルには、非対称な形状は残るものの、二価のCu
2+イオンである参照試料のESRスペクトル(
図4(b))に大きく近づいた信号が得られる。
【0074】
次に水で希釈した試料を加熱処理し、水を除去した試料溶液のESR測定すると、
図4(a)に示すものと同じ結果になる。すなわち、銅(I)錯体に戻る。
【0075】
このように本発明の銅(I)錯体溶液は、水が少なくとも3[vol.%]以上含まれると銅(II)錯体になり、脱水させるともとの銅(I)錯体に戻るという性質を備える。
従って、水による希釈により、本発明の銅(I)錯体の判定が可能となる。
また、銅(I)錯体に戻ることから、製造工程において、水を含んだ状態の銅(II)錯体溶液を加熱処理等により、水を含まない状態とし、銅(I)錯体溶液とすることもできる。
【0076】
なお、ギ酸を用いた銅(I)錯体溶液の吸収スペクトルにおける波長380[nm]付近および670[nm]付近の強い吸収は、ギ酸もしくは溶媒由来の配位子が関与したCT吸収の可能性が高い。さらに、10倍当量の過剰のギ酸が存在する系においても、少量の水で有意な吸収変化をもたらしていることから、溶媒由来の配位子の関与がより大きいと考えられる。
【0077】
<実施例>
上述のとおり銅(I)錯体溶液が形成可能であることが確認された。
以下では、本発明の銅(I)錯体溶液が形成される具体的な各実施例(実施条件)について説明し、得られた銅(I)錯体溶液の特性の形成条件依存性についても説明する。
【0078】
<ギ酸当量依存性>
(実施例1−13)
酸化銅(I)微粒子分散溶液を原料とし、溶媒にγ−ブチロラクトン(BL)を用いた場合の標準的な銅(I)錯体溶液の形成条件(実施例6)は次のとおりである。
なお、実施例の番号は、後述の表1に記載の番号に相当する。
【0079】
福田金属箔粉工業製の酸化銅(I)微粒子分散溶液(分散媒:BL)を銅イオン源の原料にして、関東化学製試薬のBLを全量で45.2[g](分子量48、比重1.128、体積40.07[mL])になるように投入し、関東化学製試薬のギ酸(FA:Formic acid、濃度87%、密度1.2196[gcm
−3])を所定のギ酸当量になるように添加し、撹拌した。
【0080】
撹拌は、大気雰囲気、すなわち酸化性雰囲気で行った。非酸化性雰囲気に制御する必要は無く、大気中で銅(I)錯体溶液を形成することが可能である。
【0081】
酸化銅(I)微粒子分散液の固形分である酸化銅(I)の重量16.2[mg]は、式量M=143.09より、0.113[mmol]に相当し、銅原子換算では、0.226[mmol]となる。
この基本組成において酸化銅(I):ギ酸のモル比を0.113:0.226とするとき、これをギ酸当量1倍と定義する。ギ酸は10[μL]に相当する。
このときの溶液の全体積を40[mL]とすると、溶液1[L]中のモル濃度は約5.8[mM]となる。これを基本条件とした。
【0082】
この溶液に添加するギ酸当量を変え、Rmax値のギ酸当量依存性を調査した。各ギ酸当量は、1、2、2.5、3、3.5、4、4.5、5、6、8、10、12、20倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。錯体化の進行が見掛け上停止し、完了状態である飽和後の試料の製造条件と結果を表1に記載した。
【0083】
これらのギ酸当量のうち一部の紫外可視近赤外吸収スペクトルを、
図8および
図9に示す。これらの紫外可視近赤外吸収スペクトルは、銅錯体が銅(II)錯体でないことを示す。
また、モル吸光係数を算出した結果、d−d遷移に由来する値より1桁以上高いことを確認している。
【0084】
図8(a)は、ギ酸当量が、2、4、6、8、10倍の吸収スペクトルを示す。
図8(a)に示すように、ギ酸当量2倍(FA2−fold)の吸光度は短波長側で強い吸収を示す。
【0085】
ギ酸当量2倍の主ピークの吸光度は、
図8(a)中のギ酸当量4〜10倍(FA4〜10−fold)の飽和したときの主ピークの吸光度値の約90%の値である。これはギ酸当量が少ないため、錯体完了までの過渡的な状態で飽和して、ある程度の錯体を含む、錯体不完全な溶液であることを示す。
【0086】
図8(b)に示すように、ギ酸当量2倍の条件を除くと、ギ酸当量4〜10倍(FA4〜10−fold)の差は非常に小さく、錯体形成がほぼ完了状態であるといえる。
図9からも、ギ酸当量3から5倍(FA3〜5−fold)の差はほとんど無く、錯体形成がほぼ完了状態であるとわかる。
なお、ギ酸当量が3倍よりも多くなるほど、錯体化反応進行は速くなるが、ギ酸当量に応じて、未反応のギ酸が錯体溶液中により多く残存することになる。
【0087】
飽和状態のギ酸当量1倍から20倍の条件で形成した銅(I)錯体溶液のRmax値と、ギ酸当量との関係を
図10に示す。
図10に示すように、ギ酸当量が1〜2.5倍の範囲では、ギ酸当量の増加とともに、Rmax値は減少するが、錯体完了までの過渡的な状態で飽和し、つまり錯体不完全の状態で錯体化反応は停止している。ギ酸当量が3〜20倍の範囲では、Rmax値はほぼ一定の範囲の値で飽和した錯体溶液になっている。
【0088】
従って、
図10より、銅(I)錯体溶液は、Rmax値が1.1により、大きく2つに分類できることがわかる。すなわち、銅(I)錯体溶液は、
Rmax値が1.1より大きく10.0以下の範囲の区分(以下、分類1と称す)
および、
Rmax値が0.7以上1.1以下の範囲の区分(以下、分類2と称す)
に分類できる。
【0089】
なお、後述の比較例8、9に示すとおり、ギ酸当量を0.5倍、0倍(無し)とすると、銅(I)錯体溶液は得られなかった。
【0090】
以上より、銅(I)錯体を含む溶液は、溶媒中に銅(I)イオンに対してギ酸などの一価の飽和カルボン酸を1当量以上の割合で含有した溶液であり、銅(I)錯体の構造は、一価の銅イオン1個に対して、1個以上の自然数個の一価の飽和カルボン酸(カルボキシル)イオンと溶媒(例えばBL)とが混合配位した構造であると推定される。
【0091】
一方、後述するように、銅(I)錯体溶液は、還元することで銅微粒子を作製することができる。
しかし、一価の飽和カルボン酸当量が20倍を超えると、過剰に一価の飽和カルボン酸が残存することにより、生成された銅微粒子は再溶解し、銅微粒子分散溶液は安定せずに銅(I)錯体溶液に戻リ易くなる。
また市販されている一価の飽和カルボン酸には不可避的な不純物が含まれており、当量が20倍を超えると相対的に不純物量が増えて、錯体化反応進行に悪影響を与える。特に市販されているギ酸には水分が含まれているので、ギ酸当量が20倍を超えると、相対的に含まれる水が増大し、原料の酸化銅(I)微粒子同士が集合、凝集、沈降するので、溶解から錯体化反応を著しく遅くするだけでなく銅(I)錯体溶液形成が困難になる。
【0092】
銅微粒子分散溶液に残存する過剰な一価の飽和カルボン酸は、分散溶液中の溶媒とカルボン酸の沸点差を利用して減圧蒸発させることや、酸化性雰囲気での加熱により分散溶液中の銅微粒子を酸化銅(I)微粒子に酸化させるときに、酸化分解させることで消失させることができる。
これらにより、銅微粒子あるいは酸化銅(I)微粒子分散溶液として、変質せずに安定に長期間保管できる。
【0093】
しかし、銅微粒子あるいは酸化銅(I)微粒子分散溶液から過剰な一価の飽和カルボン酸を完全に分離除去しようとすると、多大な時間と労力を要し、特に一価の飽和カルボン酸当量を20倍以上とした場合、錯体化進行を速める利便性がなくなる。
また、腐食性の強いギ酸を用い、ギ酸当量を大きくすると、装置内部の接液部が腐食し、使用できる装置材質が大きく限定され、工業プラントを設計、設置する上で制限を受け、更に保守管理に労力と時間がかかり、製造コストの増大を招くこともある。
【0094】
従って、一価の飽和カルボン酸当量は1倍以上で20倍以下の範囲にすることで、原料の溶解から錯体化反応を適度に進めて銅(I)錯体溶液にすることができる。このときに、残存する一価の飽和カルボン酸は、不必要な量を分離することも可能である。
さらに、錯体化形成効率を高くするためには、一価の飽和カルボン酸当量は3倍以上が好適である。従って、一価の飽和カルボン酸当量は、好適には3倍以上で20倍以下である。
【0095】
<銅モル濃度依存性>
(実施例14−16)
銅イオン源の原料として実施例6と同じ酸化銅(I)微粒子分散溶液を使用し、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度を変えRmax値を評価した。
なお、銅モル濃度に合わせて、添加するギ酸当量も適宜変えているため、詳細条件は表1に記載する。銅モル濃度とギ酸当量以外の条件は実施例6と同じである。
【0096】
銅モル濃度が0.01[mM]以下であっても、銅(I)錯体溶液を形成することはできるが、これを還元して作製できる銅微粒子は0.01[mM]以下となり、工業用としては経済的合理性に欠けて望ましくない。銅モル濃度が0[mM]であれば、銅(I)錯体溶液を形成することは当然不可能になる。
【0097】
銅モル濃度が120[mM]を超える場合、原料を溶解し錯体形成するのに時間を要し、錯体形成効率が低下し、実用的でない。一価の飽和カルボン酸であるギ酸を用いると、市販されているギ酸には水分が含まれているので、同じギ酸当量であっても、銅モル濃度の増加に比例して添加するギ酸量が増えることになるので、前記したことから、含まれる水が増大し、水などの不純物量も多くなり、溶解から錯体化反応を著しく遅くするだけでなく銅(I)錯体溶液形成が困難になる。
このことから、銅モル濃度が130[mM]の条件(比較例7)は、銅(I)錯体溶液への反応進行はほとんどみられなかった。
【0098】
実施例14−16により生成した銅(I)錯体溶液のRmax値の評価結果は、表1にまとめる。
【0099】
銅モル濃度が、0.01から120[mM]の範囲で、ギ酸当量が3倍以上である場合、Rmax値は0.7以上1.1以下の範囲にあり、分類2に区分される銅(I)錯体溶液を得ることができる。
【0100】
<銅イオン源(原料)の種類およびその粒子径依存性(酸化銅(I)と銅)>
(実施例17−20)
Rmax値の銅イオン源(原料)の種類およびその粒子径依存を調査するため、平均粒子径が50[nm]と4300[nm]の酸化銅(I)粉末、および平均粒子径が50[nm]と3[μm]の銅粉末を原料とした。実施例6と異なり、原料はいずれも乾燥粒子か粉末である。これらの原料を用いて、溶媒(BL)中にギ酸当量4倍で溶解して錯体溶液を形成させた。
【0101】
図11は、上記方法により形成した銅(I)錯体溶液の一連の近紫外可視吸収スペクトルを示す。なお、
図11のスペクトルは、時間的推移から錯体化反応が完了していることを確認した錯体溶液のスペクトルである。
【0102】
ただし、平均粒子径の大きな粉末原料を用いるときには、溶解速度が遅く(錯体形成効率が低いため)、完全に溶解せずに未溶解の粉末が沈殿することがある。この場合、未溶解の粉末を除いた溶液を用いて吸収スペクトルを測定している。以後、未溶解の粉末が残る場合、同様の方法で、吸収スペクトルを測定している。
【0103】
図11に示す全てのスペクトルは、2つのピークを有し、そのピークの波長は、原料を代えても変わらない。また、2つのピークの波長は、
図8に示すスペクトルの副ピークと主ピークの波長と同じであり、上記原料を用いて形成した錯体溶液が銅(I)錯体溶液であることを示す。
【0104】
図11より明らかなように、粒子径が4300[nm]の酸化銅(I)粉末を原料とする実施例18の銅(I)錯体溶液は、他の錯体溶液と比較して、主ピークの吸光度が高く、その値は副ピークの吸光度の2倍近い。
【0105】
詳細に調査するため、実施例18の銅(I)錯体溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトルを
図12に示す。
図12中の672[nm]の主ピークのモル吸光係数を算出した結果、100[Lmol
−1cm
−1]以上の高い値であることが判明した。
【0106】
また、
図12に示す吸収スペクトルからは、
図3の錯体化開始前状態の酸化銅(I)微粒子分散溶液にみられるような原料由来のスペクトルの痕跡が無く、原料由来の微粒子が錯体溶液に共存していない純粋な銅(I)錯体溶液が形成されていることがわかる。
【0107】
これらの銅(I)錯体溶液のRmax値を算出した結果は、表1に示すとおり、0.4から0.58であり、いずれも0.3以上0.7未満の範囲に含まれる。この範囲の区分は、分類1、分類2に属さないため分類3と定義する。
【0108】
<銅イオン源の種類およびその粒子径依存性(銅化合物と銅合金)>
(実施例21−27)
Rmax値に対する銅イオン源の原料の依存性を更に調査するため、日本化学産業製の水酸化銅粉末、関東化学製試薬の炭酸銅・水酸化銅・一水和塩粉末、酢酸銅・一水和塩粉末と硝酸銅・三水和塩粉末、および福田金属箔粉工業製の平均粒子径が55.5[μm]の銅−10[wt%]亜鉛−1[wt%]アルミニウム粉末と平均粒子径が56.9[μm]の銅−22[wt%]亜鉛−1[wt%]アルミニウム粉末、平均粒子径が15[μm]の酸化銅(II)粉末を用い、錯体溶液を形成した。
【0109】
水酸化銅、炭酸銅・水酸化銅・一水和塩、酢酸銅・一水和塩、硝酸銅・三水和塩の平均粒子径は、10[μm]である。
【0110】
添加するギ酸当量は、酸化銅(II)粉末のみ20倍とし、他は12倍とした。銅イオン原料およびギ酸当量以外の条件は実施例6と同じである。
【0111】
試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1の実施例に記した。
硝酸銅・三水和塩粉末のRmax値は、1.02を示し、分類2に区分され、これ以外は分類3に区分される、銅(I)錯体溶液である。
【0112】
これらの銅化合物と銅合金粉末を原料にした銅(I)錯体溶液の各近紫外可視吸収スペクトルは、
図13および
図14のとおりである。
【0113】
図13は、ギ酸当量12倍(溶媒:BL)の一定条件のもとでの、水酸化銅、炭酸銅・水酸化銅・一水和物、酢酸銅・一水和塩、硝酸銅・三水和物、及びギ酸当量20倍での酸化銅(II)の各粉末を原料にしたときの一連の銅(I)錯体溶液の近紫外可視吸収スペクトルを示す。
【0114】
図14は、ギ酸当量12倍(溶媒:BL)の一定条件のもとでの、平均粒子径が60[μm]以下の銅―亜鉛−アルミニウム合金粉末を原料にしたときの亜鉛組成の違いによる一連の錯体溶液の近紫外可視吸収スペクトルを示す。
【0115】
ただし、銅、酸化銅(II)、銅−亜鉛−アルミニウム系合金粉末では、溶解速度が遅く、完全に溶解せずに未溶解の粉末が沈降し、錯体溶液中の銅モル濃度は低くなる場合が多い。
この場合、未溶解の粉末を除いた溶液を用いて吸収スペクトルを測定している。
【0116】
銅は0価から一価の銅(I)への酸化変換、酸化銅(II)は二価から一価の銅(I)への還元変換、銅合金は銅成分が選択的に溶解され更に0価から一価の銅(I)への酸化変換するために溶解速度が遅くなり、錯体形成効率が低くなると考えられる。
【0117】
これらの原料を用いた場合、原料の粒子径分布、また用いる溶媒、添加するギ酸などの一価の飽和カルボン酸当量により、錯体形成効率が変わる。原料の種類や粒子径の条件を変えることで、溶解速度を変え、錯体形成効率を任意に調整することは可能である。特に、水酸化銅粉末を原料にすると、溶解速度は速く、完全に溶解した錯体完了に短時間形成できる。
【0118】
図13および
図14に示すように、全てのスペクトルは2つのピークを有し、その2つのピークの波長は、
図2に示すスペクトルの副ピークと主ピークの波長に類似している。
また、主ピークのモル吸光係数を算出すると、100[Lmol
−1cm
−1]以上であることから、銅(II)錯体溶液とは異なり銅(I)錯体溶液であることがわかる。
【0119】
酸化銅(II)粉末を原料にするときは副次物の無い純粋な銅(I)錯体溶液になる場合が多い。
【0120】
銅イオン源としての銅原料として、銅、銅化合物、銅合金の1種類を用いるときは、上記したように、銅(I)錯体溶液を形成することができる。これらの複数の種類を用いるときにも、例えば、酸化銅(I)微粒子分散溶液と銅粉を混合して用いたとき、各銅モル濃度を各2.8[mM]、ギ酸当量を約4倍にして、その他の条件は実施例6と同じにすると、銅(I)錯体溶液を形成することができた。このときのRmax値は、0.71を示し、分類2に区分された。実施例6と20の銅(I)錯体溶液の各Rmax値と各銅モル濃度の比から算定すると、Rmax値は0.72となり、ほぼ近い値になった。このことから、銅(I)錯体溶液を形成できる原料として、1種類だけでなく複数の種類を用いても、銅(I)錯体溶液は形成できることがわかった。
【0121】
銅、銅化合物または銅合金では、これらの粒子径が小さいほど錯体形成効率は高くなる傾向にある。しかし、1[nm]未満の粒子径のものを入手すること自体困難である。たとえこの粒子径のものを用いて銅(I)錯体溶液を形成させるとしても、これを還元して製造される銅微粒子の粒子径は原料粉末の粒子径よりも大きくなり、工業用としては経済的合理性に欠ける。
【0122】
原料粉末の粒子径が100[μm]を超えるものは、溶媒の種類や添加するギ酸等の一価の飽和カルボン酸当量にかかわらず、沈降したままで溶解しなかった。
【0123】
従って、原料粉末の粒子径は、好適には1[nm]以上で100[μm]以下の範囲である。
【0124】
また、50[nm]未満の粒子径の銅原料を用いて銅錯体溶液を形成しても、これを還元して製造する銅微粒子の粒子径は原料粉末の粒子径と比べて、同じか数分の1程度までしか小さくできない。もちろん、多価からゼロ価の銅へと変換することはできる。しかし、この粒子径のものを用いることは工業用として経済的合理性に欠ける。
【0125】
原料粉末が入手し易いこと、錯体形成効率が高くなることや本発明の銅(I)錯体溶液を用いて還元して製造する銅微粒子の粒子径が錯体溶液の原料粉末の粒子径よりも小さくできることから原料粉末の粒子径は50[nm]以上で10[μm]以下の範囲にあることがより望ましい。
【0126】
<溶媒依存性>
上記実施例では溶媒としてBLを用いたが、溶媒依存性を調査するため、ラクトン類、グリコール類、アルコール類、一価の飽和カルボン酸類の各種の溶媒を使用し、形成された錯体溶液のRmax値や特性を調査した。
なお、溶媒により凝固点および沸点が異なるため、撹拌処理は各溶媒の凝固点を超えて沸点未満の温度で行う。
【0127】
(実施例28)
溶媒として、ラクトン類である和光純薬工業製試薬のε−カプロラクトンを用いた。添加するギ酸当量は8倍にした。その他の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1の実施例に記した。近紫外可視吸収スペクトルは、
図15のとおりである。
【0128】
ε−カプロラクトンの場合、Rmax値は0.77を示し、分類2に区分される。
なお、このギ酸当量でBLを溶媒として用いて形成した銅(I)錯体溶液は、表1の実施例10からわかるように、分類2に区分される。
従って、ラクトン類の溶媒では、錯体化反応進行の飽和後は、分類2の銅(I)錯体溶液が形成できる。
【0129】
図16は、溶媒BLで作製した銅(I)錯体溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(左軸)と、これを水で3倍に希釈した溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(右軸)を示す。3倍希釈を補正するため、希釈前の吸光度は左軸で、希釈後の吸光度は、3倍に拡大した右軸で示す。
【0130】
水で3倍に希釈すると、元のピークはほとんど消失し、短波長側に微細な銅微粒子に帰属されるスペクトルが残存する。希釈後の溶液は淡黄色になる。
【0131】
(実施例29、30)
溶媒として、グリコール類である関東化学製試薬のジエチレングリコール(DEG)およびブチルカルビトール(BC、2−[2−ブトキシエトキシ]エタノール)を用いた。添加するギ酸当量は6倍および4.1倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。
【0132】
試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1の実施例に記した。各近紫外可視吸収スペクトルは、
図17のとおりである。
【0133】
DEGのRmax値は0.98を示し、分類2に区分される。
BCのRmax値は0.88を示し、分類2に区分され、未溶解分も無く、錯体形成速度は速い。
このように、グリコール類溶媒の場合では、錯体化反応進行の飽和後は、分類2の銅(I)錯体溶液が形成できる。
【0134】
溶媒BC中で形成した銅(I)錯体溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(左軸)と、これを水で3倍に希釈した溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(右軸)を
図18に示す。
【0135】
溶媒としてBCを用いた場合は、前述したピーク位置の差を除いて、BLの系と類似した挙動を示した。特に未溶解固形分が少なく、錯体化の進行が比較的速く、錯体形成効率が高いという類似性がみられ、希釈後に残存する微粒子由来成分も同様な強度で短波長側のスペクトルを与える。
【0136】
(実施例31)
溶媒として、アルコール類である関東化学製試薬のエタノール(EtOH)を用いた。
添加するギ酸当量は4.2倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。
【0137】
試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1に記した。近紫外可視吸収スペクトルは、
図19のとおりである。
【0138】
EtOHのRmax値は、0.57を示し、分類3に区分される。
このように、アルコール類溶媒の場合では、錯体化反応進行の飽和後は、分類3の銅(I)錯体溶液が形成できる。
【0139】
EtOH溶媒を用いて形成した銅(I)錯体溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(左軸)と、これを水で3倍に希釈した溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトル(右軸)を
図20に示す。
【0140】
EtOHでは短波長帯での希釈による変化の絶対値(ピークそのものは消える)が非常に小さいのが特徴である。
【0141】
以上の結果によれば、上記各溶媒を用いて銅(I)錯体溶液が形成でき、またその銅(I)錯体溶液のスペクトルは、水による希釈により、異なる変化を示す。いずれの場合も水を加えると銅(I)錯体の構造から変化することを示す。
【0142】
(実施例32、33)
溶媒として、一価の飽和カルボン酸である、関東化学製試薬の酢酸とプロピオン酸を用いた。添加するギ酸当量は、3.0倍と8.0倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。この場合、溶媒に添加したギ酸と溶媒は同じ一価の飽和カルボン酸である。
【0143】
試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1の実施例に記した。一連の近紫外可視吸収スペクトルは、
図21のとおりである。
【0144】
酢酸とプロピオン酸のRmax値は0.44と0.35であり、分類3に区分される。
このように一価の飽和カルボン酸類は、分類3に区分される銅(I)錯体溶液になる。
【0145】
なお、溶媒としてギ酸も適用できるものの、腐食性が問題となり、ギ酸濃度が10%以上になると、プラント中に使用される一般的に耐腐食性があるとされている部材でも接液部などの腐食が懸念される。このために、溶媒としての適用は、可能ではあるものの、実際に使用する上で、他の溶媒と比較し好ましくない。
【0146】
また、溶媒が酢酸やプロピオン酸であると、添加するものも同じ飽和の一価のカルボン酸であることからギ酸などを添加しなくても、銅(I)錯体溶液を形成できる。この場合もRmax値は、実施例32と類似の0.50となり、分類3に区分される。
【0147】
(実施例34)
溶媒として、関東化学製試薬のブチルカルビトール(BC、2−[2−ブトキシエトキシ]エタノール)とBLの両方を体積比で50:50に混合した溶媒を用いた。添加するギ酸当量は12倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。
【0148】
試料の製造条件と飽和後のRmax値の結果を表1に記載した。
【0149】
この錯体溶液のRmax値は0.81を示し、分類2に区分される銅(I)錯体溶液になる。
【0150】
前記したように、同じ原料でギ酸当量が4倍以上のとき、溶媒がBLでは分類2に区分され、溶媒がBCでも分類2に区分され、これらの溶媒を混合しても同じ分類2に区分される銅(I)錯体溶液になることがわかった。
【0151】
以上のことから、各溶媒を用いた銅錯体溶液では類似した吸収スペクトルが得られたが、各吸収スペクトルを比較することにより、各極大波長の位置は、ラクトン類、グリコール類、アルコール類、一価の飽和カルボン酸類の4種類で区別できる値となり、溶媒の分子量よりも、溶媒系の種類でピーク位置が変化することがわかる。
【0152】
なお、メチルエチルケトン、ブチルカルビトールアセテート、シクロヘキサン、酢酸ブチル(比較例14〜17)を溶媒にするときは、酸化銅(I)微粒子は溶解せず、錯体化が進行しなかった。
【0153】
以上の実施例から、銅(I)錯体溶液中を形成させる溶媒としては、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン、ジエチレングリコール、ブチルカルビトール、エタノール、酢酸、プロピオン酸から選択される少なくとも1種類以上を含む溶媒を用いることができる。
【0154】
<一価の飽和カルボン酸依存性>
(実施例35、36)
溶媒BLに添加する一価の飽和カルボン酸として、関東化学製試薬の酢酸とプロピオン酸を用い、各当量を4倍にした。これ以外の条件は実施例6と同じである。
ギ酸以外の一価の飽和カルボン酸を用いて得られた銅(I)錯体溶液のRmax値は、いずれも0.66を示し、分類3に区分される銅(I)錯体溶液である。
【0155】
(実施例37、38)
酢酸とプロピオン酸の両方を添加しても、銅(I)錯体溶液を形成することができる。
添加する一価の飽和カルボン酸として、関東化学製の試薬の酢酸とプロピオン酸を混合して用い、酢酸とプロピオン酸の各当量を2倍ずつと4倍ずつにした。形成した銅(I)錯体溶液の近紫外可視吸収スペクトルを
図22に示す。これ以外の条件は実施例6と同じである。このときのRmax値は、当量2倍の場合(
図22中AA2−fold+PA2−fold)は0.58、当量4倍の場合(
図22中AA4−fold+PA4−fold)は0.66を示し、いずれも分類3に区分される銅(I)錯体溶液になる。
【0156】
このようにギ酸だけでなく、同じく一価の飽和カルボン酸である酢酸、プロピオン酸、およびこれらの混合を添加しても、銅(I)錯体溶液を形成することができる。
【0157】
<加熱処理の影響>
(実施例39)
銅(I)錯体溶液を形成する場合、室温でも錯体化は進行するが、20[℃]のときよりも50[℃]にすると、形成までの時間は短くなる。ところが75[℃]にすると、むしろ時間が長くなることがあり、必ずしも、錯体化処理温度を高くしても錯体化反応速度は大きくならないことがある。
【0158】
加熱処理の影響を調査するため、酸化銅(I)微粒子分散溶液を原料にして溶媒にBLを用い、ギ酸当量が10倍(a)と2倍(b)で形成した銅(I)錯体溶液を加熱したときの紫外可視近赤外吸収スペクトル変化を
図23に示す。すなわち実施例11および2の条件により銅(I)錯体溶液を形成後に、130[℃]付近(最大135[℃])の温度で加熱処理を行った。
【0159】
ギ酸当量2倍の錯体溶液の方がスペクトルの変化は小さいものの、いずれの錯体溶液も、加熱処理により波長670[nm]付近の吸収が減少し、短波長側の吸光度が顕著に増加している。
【0160】
この主な原因はギ酸の還元作用にあると考えられる。錯体を形成しているギ酸配位子およびフリーなギ酸により、銅(I)イオンから銅への還元が進行する。ギ酸当量10倍でスペクトルの変化が大きくなるのは、残存する微細な酸化銅(I)微粒子の被還元性が大きいためであると考えられる。
【0161】
こうした還元反応が、錯体形成時に同時に起こることになれば、処理温度を高くすることは、原料(酸化銅(I)微粒子)がギ酸による還元作用をより受けることになり、溶解作用が進まずに、むしろ錯体の形成効率を低下させ、銅(I)錯体溶液の形成時間(錯体完了時間)の短縮につながらない。
【0162】
しかしながら、還元性のあるギ酸を用いて銅(I)錯体溶液を形成する場合において、還元性の発現を抑制し、溶解性のみを発現させるようにすれば、錯体化の処理温度を高くすることにより、銅(I)錯体の形成効率を上げることが可能になる。
【0163】
実施例39においては、添加するギ酸当量を6.0倍とし、酸化性雰囲気中で撹拌しながら、110〜130[℃]の範囲の温度で加熱し、錯体化処理を行った。
【0164】
錯体化反応がみかけ上停止している飽和するまでの日数として、室温処理(実施例9)の場合は、26日要した。しかし、加熱処理を行う本実施例39の場合は、1時間で錯体化反応進行が飽和し、銅(I)錯体溶液が形成された。
【0165】
このときのRmax値は0.86を示し、実施例9と同じ分類2に区分される。
また、同じ条件で複数回、繰り返したところ、Rmax値は0.86〜1.08の範囲になることを確認した。
【0166】
なお、実施例39では、溶媒としてBLを使用したが、加熱温度は用いる溶媒により変わるので、溶媒の凝固点を超えて沸点未満の温度で選択する。
【0167】
表1には、上記実施例の、錯体形成条件およびRmax値をまとめて記載する。
なお、表1の各実施例の銅錯体溶液の吸収スペクトルや水希釈により変化する吸収スペクトルから、銅(I)錯体溶液であることが確認できる。
【0169】
<実施例まとめ>
以上の実施例をまとめると、以下の結論を得る。
銅イオン源の原料としての銅、銅化合物または銅合金は、粒子径1[nm]以上で100[μm]以下の範囲の銅、酸化銅(I)、酸化銅(II)、水酸化銅、炭酸銅、酢酸銅、硝酸銅、銅―亜鉛―アルミニウム合金のうち1種類以上からなるものを用いる。
溶媒としては、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン、ジエチレングリコール、ブチルカルビトール、エタノール、酢酸、プロピオン酸のうち1種類以上を選択する。
形成される本発明の銅錯体溶液は、ESR分析により銅(I)錯体溶液であると同定され、350[nm]から1200[nm]までの近紫外可視近赤外吸収スペクトルにおいて600[nm]以上の波長での吸光度の極大値に対する400[nm]以下の波長での吸光度の極大値の比(Rmax値)が0.3以上で10.0以下であり、Rmax値に従って、3つの分類に区分される。
銅(I)錯体溶液の銅(I)錯体は、いずれの分類に属するものであっても、水が3[vol%]以上含まれると、水含有量が増加するとともに、銅(II)錯体になる割合が増えて、脱水させると元の銅(I)錯体に戻る。
【0170】
また、上記の銅イオン源の原料を溶媒と撹拌して溶解させる雰囲気は、酸化性雰囲気、例えば大気雰囲気である。あえて、非酸化性雰囲気に制御する必要は無く、大気中で銅(I)錯体溶液を形成できる。
【0171】
特に、還元性のあるギ酸を用いる場合、酸化性雰囲気中、例えば大気中で撹拌しながら、溶媒の凝固点を超えて沸点未満の温度、例えば溶媒がBLの場合、特に110〜130[℃]の範囲の温度で加熱し、錯体化処理を行うことにより、銅(I)錯体の形成効率を向上させることができる。
このように銅モル濃度や原料、一価の飽和カルボン酸当量が同じでも、錯体化反応がみかけ上停止している錯体化反応進行が飽和するまでの処理時間は変えることができ、銅(I)錯体の形成効率は変わる。
【0172】
<3分類に区分される銅(I)錯体溶液の特性>
【0173】
銅(I)錯体の中心金属である銅イオン(Cu
+イオン)が還元作用を受けると、銅の核が生成し銅微粒子を作製することができる。
以下では、各分類に区分される銅(I)錯体溶液の特徴と、作製される銅微粒子について説明する。
【0174】
なお、ギ酸を除く一価の飽和カルボン酸は、還元作用がないため、銅微粒子を作製するためには、公知の還元剤を添加する必要がある。しかし、ギ酸の場合は、銅(I)錯体溶液中に存在するギ酸が還元作用を有するので、新たに還元剤を添加する必要は無い。
【0175】
(分類3の錯体溶液について)
まず、分類3に区分される銅(I)錯体溶液の特性について説明する。
【0176】
分類3に区分される銅(I)錯体溶液のRmax値は、0.3以上0.7未満の範囲である。
Rmax値が、0.3未満の場合は、短波長側の吸光度が無限小に近づき、例えば
図2に示す銅(I)錯体溶液とは異なり、場合によっては、低波長側の吸収の無い、銅(II)錯体溶液に類似したものとなり、銅(I)錯体溶液とは異なる溶液となる。
従って、分類3のRmax値の下限は、0.3となる。Rmax値が0.7以上になると、原料由来のスペクトルの痕跡が観察され、原料由来の微粒子が錯体溶液に共存する。
【0177】
分類3の銅(I)錯体溶液の吸収スペクトルからは、既述のとおり、原料由来のスペクトルの痕跡が観察されないことから、原料由来の微粒子が錯体溶液に共存していない純粋な銅(I)錯体溶液が形成されていることがわかる。
【0178】
分類3(Rmax値が0.3以上で0.7未満)に区分される銅(I)錯体溶液を、非酸化性雰囲気中で加熱還元することにより、銅微粒子の粒子径が100[nm]以下の範囲の銅微粒子分散溶液が作製できることを確認した。
【0179】
還元晶出により生成する銅の核(一次粒子)の径は1[nm]以下である。銅の一次粒子は、粒子径が小さいほど、表面のもつエネルギーの影響が強くあらわれ、表面は不安定な状態となる。すなわち、表面活性が大きくなるから、粒子同士は集合して表面が安定化する。このため、生成直後の銅の一次粒子同士は集合し易く、凝集により銅粒子が成長し粒子径が大きくなる(二次粒子化)。
【0180】
銅の一次粒子の生成する時間的な差により、還元反応の初期に生成した一次粒子ほど、凝集がより進み、粒子径の大きな二次粒子に成長する。
銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度が限りなく0に近づき、還元反応終了近くに生成した一次粒子は、凝集の進行が小さいうちに還元反応は終了するため、還元反応初期に生成した一次粒子に比べて、成長した二次粒子の粒子径は小さくなる。
その結果、最終的に得られる銅微粒子(二次粒子)の粒子径分布は広くなるが、実験結果から、100[nm]を超えるものはないことが確認された。
【0181】
(分類1の錯体溶液について)
次に、分類1に区分される銅(I)錯体溶液について説明する。
【0182】
分類1(Rmax値が1.1より大きく10.0以下)に区分される銅(I)錯体溶液を、非酸化性雰囲気中で加熱還元することにより、銅微粒子の粒子径が100[nm]以下の範囲の銅微粒子分散溶液が作製できることを確認した。
【0183】
分類1に区分される銅(I)錯体溶液は、副ピーク強度が高く、原材料由来の酸化銅(I)微粒子が共存していることが考えられる。
【0184】
図24は、酸化銅(I)分散溶液を原料としギ酸当量2倍(溶媒:BL)の条件で形成した、分類1に区分される原料由来の酸化銅(I)微粒子(副次物)が共存していると考えられる銅(I)錯体溶液(A)および分類3の副次物が共存していない銅(I)錯体溶液(B:純粋錯体溶液)の紫外可視近赤外吸収スペクトル、並びにこれら両スペクトルの差分スペクトルを比較して示す。
【0185】
なお、銅(I)錯体溶液(A)は、原料は酸化銅(I)微粒子分散溶液、粒子径60[nm]、銅モル濃度58[mM]、溶媒BL、ギ酸当量2倍の条件で作製したサンプルであり、Rmax値は2.05である。
【0186】
図24において、細線はギ酸当量2倍で銅モル濃度58[mM]の銅(I)錯体溶液(A)を9倍に希釈して測定したスペクトルであり、二点鎖線は
図12(実施例18に対応)における純粋錯体溶液(B)のスペクトルのスケールを調整して、長波長部分を重ねたスペクトルであり、太線は両方のスペクトルの差分スペクトルである。純粋錯体溶液(B)には、副次物が共存していないため、差分スペクトルは、銅(I)錯体溶液(A)中に副次物が共存することを示していると考えられる。
【0187】
この錯体溶液は、原料として酸化銅(I)微粒子分散液を使用しているため、副次物は銅(I)錯体形成に至らなかった未反応または過渡的な反応の酸化銅(I)微粒子であると考えられる。また、この副次物が存在する溶液の透明度が高いことや原料の酸化銅(I)微粒子分散溶液中の粒子径が60[nm]であることから、副次物の粒子径は数10[nm]以下と推定される。
【0188】
この副次物を同定するため、
図24の差分スペクトルと酸化銅(I)微粒子のMie理論スペクトルとを比較して
図25に示す。
図25中の一点鎖線は、
図24で示した副次物の実測の差分スペクトルであり、実線は粒子径5〜20[nm]の球形の酸化銅(I)微粒子分散液(銅濃度換算で1.7[mM])のMie理論スペクトルである。
【0189】
図25中の両スペクトルは、誤差を考慮しても、濃度を含めて近似していることより、
図24で示した副次物は、5〜20[nm]程度の粒子径であると同定できることから、粒子径が20[nm]以下の酸化銅(I)微粒子であるといえる。
【0190】
図8中に示したギ酸当量2倍で銅モル濃度5.8[mM]の試料について、同様の差分スペクトルを
図26に示す。
図26に示すギ酸当量2倍の場合の差分スペクトルは、
図24で求めた差分スペクトルと酷似しており、酸化銅(I)微粒子であることがわかる。
【0191】
Mie理論スペクトルをもとに算出すると、
図26で示した副次物の実測の差分スペクトルは、1.6[mM](銅原子換算)の酸化銅(I)微粒子の濃度に対応する。試料の銅モル濃度は5.8[mM]であり、これらの差から、錯体濃度は4.2[mM]になる。副次物である酸化銅(I)微粒子は、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度の約27.5%分に相当する。これらから波長670[nm]における極大吸収ピークのモル吸光係数を求めると、223[Lmol
−1cm
−1]と大きな値となり、銅(I)錯体溶液であることと整合する。
【0192】
このように副次物として、粒子径が20[nm]以下の酸化銅(I)微粒子が共存している銅(I)錯体溶液を非酸化性雰囲気中で加熱還元すると、100[nm]以下の銅微粒子が生成した分散溶液を作製できた。
【0193】
このときに銅(I)錯体溶液に共存している副次物である酸化銅(I)微粒子自身も加熱還元中に銅微粒子に還元される。この副次物の粒子径が20[nm]程度より大きくなると、不均一核の粒子径も大きくなり、作製される銅微粒子の粒子径の増大を引き起こす。その結果、数十[nm]以上の粒子径の銅微粒子が作製されることになるが、この場合でも粒子径は最大で100[nm]以下であった。
従って、酸化銅(I)微粒子の副次物が共存した銅(I)錯体溶液から作製した銅微粒子の粒子径は、100[nm]以下に留まる。
【0194】
ただし、錯体溶液中の銅モル濃度中副次物が40%を超えると、原料の溶解がほとんど進まず、ごく初期の不完全な錯体と銅イオン源である原料由来の酸化銅(I)の粒子が混合されている溶液となり、Rmax値は10.0を超え、分類1の範囲外となる。この状態で、非酸化性雰囲気中で加熱還元すると、原料由来の酸化銅(I)の粒子が元の粒子径に近いサイズのままで還元され、この還元された銅粒子同士の凝集が生じる結果、この粒子径は100[nm]を容易に超えてしまう。
【0195】
また、最終的に不完全な錯体状態のままで飽和した溶液であるので、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度中副次物は20%未満になることもない。
【0196】
従って、分類1に属する錯体溶液は、銅(I)イオンに対してギ酸当量が1倍以上3.0倍未満の割合で含み、Rmax値が1.1を超え10.0以下の範囲であり、粒子径が20[nm]以下の範囲の酸化銅(I)微粒子がこの錯体溶液中の銅モル濃度中20%以上で40%以下の範囲で共存する溶液である。
【0197】
(分類2の錯体溶液について)
次に、分類2に区分される銅(I)錯体溶液について説明する。
【0198】
分類2(Rmax値が0.7以上で1.1以下)に区分される銅(I)錯体溶液を、非酸化性雰囲気中で加熱還元することにより、銅微粒子の粒子径が100[nm]以下の範囲の銅微粒子分散溶液が作製できることを確認した。
【0199】
さらに実験結果から、多くの銅微粒子の粒子径は20[nm]以下の範囲にあることが判明した。
すなわち、分類2に区分される銅(I)錯体溶液を用いると他の分類に区分される銅(I)錯体溶液を用いた場合と比較して、加熱還元で作製される銅微粒子の粒子径が小さな銅微粒子分散溶液にすることができる。
【0200】
この理由として、銅(I)錯体溶液中に共存する副次物の有無と、副次物の違いとが考えられる。
銅(I)錯体溶液中に、副次物が共存する方が共存しないときに比べて、銅(I)錯体溶液から加熱還元して作製した銅微粒子の粒子径が小さくなる。このことからは、副次物があると、集合した二次粒子径をある程度の大きさの粒子径までに抑制制御する機能をもつと考えられる。
次に、分類1とは異なる副次物が共存しているものと考えられる分類2の銅(I)錯体溶液から加熱還元して作製した銅微粒子の粒子径はより小さくなる。このことからは、この副次物が、銅(I)錯体溶液から加熱還元して作製した銅微粒子の集合した二次粒子の粒子径をある程度の粒子径までの大きさに抑制制御する機能が、分類1よりも大きいと考えられる。
【0201】
この副次物について分析を行うため、実施例9および11(ギ酸当量6倍および10倍)で形成した分類2に区分される錯体溶液に対して、副次物が共存しない錯体溶液(実施例18)との差分スペクトルを求めた結果を
図27に示す。
図27に示す差分スペクトルは、副次物の吸収スペクトルに相当する。
【0202】
副次物の解析を行うため、Mie理論スペクトルとの比較調査を行った。
【0203】
まず、原料が酸化銅(I)であるため、分類1の場合と同様に、差分スペクトルと球状の酸化銅(I)微粒子分散液のMie理論スペクトルとの比較を行った。その結果、両者の差が大きいことが確認でき、副次物は酸化銅(I)ではないと考えられる。
そのため、球形銅微粒子分散液のMie理論スペクトルとの比較を行った。
【0204】
図28に、粒子径0.5〜5[nm]の球形銅微粒子分散液(1[mM])のMie理論スペクトルを示す。粒子径が1[nm]を超えると、銅微粒子の表面プラズモンバンドが600[nm]付近に現れることがわかる。
一方、
図27に示す差分スペクトルは、表面プラズモンバンドが観察されないことから、粒子径が1[nm]以下の極めて小さな銅微粒子の吸収スペクトルと類似していることがわかる。
【0205】
このように
図26の差分スペクトルとは異なり、
図27の差分スペクトルが酸化銅(I)微粒子分散液のMie理論スペクトルではなく、銅微粒子分散液のMie理論スペクトルと一致する理由は、以下のとおりである。ギ酸当量が3.0倍以上になると、錯体構造に関与しないギ酸の割合が増える。このとき、銅イオン源である原料の酸化銅(I)微粒子分散溶液中の酸化銅(I)は溶解して銅(I)錯体の中心銅イオンになるが、錯体構造に関与しないギ酸の還元力から銅(I)錯体の一部が還元されて極めて微細な銅微粒子が生成し銅(I)錯体溶液中に共存するからである。
図3に示す錯体形成開始後の時間推移による近紫外可視吸収スペクトルの変化から、錯体化の進行とほとんど同期するように、錯体溶液から微細な銅微粒子が生成し、ついには錯体化と銅微粒子生成の進行が飽和する状態になったと考えられる。
【0206】
図29は、濃度0.6[mM]、粒子径0.5[nm]の球形銅微粒子分散液のMie理論スペクトルと、
図27に示すギ酸当量6倍の差分スペクトルとを比較して示す。両スペクトルの一致の程度は必ずしもよくないが、両者の類似性は高い。5.8[mM]である錯体溶液の銅モル濃度のうち、0.6[mM]がこの微小な銅微粒子に相当すると、残り5.2[mM]が錯体に相当する。
【0207】
この結果をもとに670[nm]における錯体の最大モル吸光係数を計算すると、213[Lmol
−1cm
−1]となり、本発明の銅(I)錯体の特徴と整合する。
【0208】
原料由来の酸化銅(I)微粒子は溶解して銅(I)錯体の中心銅イオンになるが、この銅(I)錯体溶液に共存する副次物は、錯体構造に関与しないギ酸の還元力で銅(I)錯体の一部が還元された微細な銅微粒子である。また、
図29中の両スペクトルが完全には一致していないことから、部分的には銅以外の酸化銅(I)も存在する銅微粒子に帰属できるものと考えられる。
【0209】
以上のように、副次物である銅微粒子は、1[nm]以下であり、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度の約10%分に相当する。
【0210】
この銅(I)錯体溶液に共存する粒子径1[nm]以下の範囲の銅微粒子が、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度の1%未満であると、分類3の副次物の無い銅(I)錯体溶液と同様になる。この場合、二次粒子の粒子径の増大化を抑制制御する機能は弱まり、作製した銅微粒子の粒子径が大きくなり、銅モル濃度が1%以上のときより、粒子径分布が広くなる。
【0211】
一方、この分類2は当量が3倍以上で20倍以下の範囲のギ酸であるので、前記したように、錯体構造に関与しないギ酸の還元力で、銅(I)錯体の一部が還元されて微細な銅微粒子が生成し銅(I)錯体溶液中に副次物として共存している。この銅微粒子は、再びギ酸の溶解性で銅(I)錯体化する。このように、銅(I)錯体化とこれから晶出する銅微粒子化が同時に起こることから、銅微粒子分が増えていくことはできずに、銅微粒子分は飽和する。このことから、実際上、銅(I)錯体溶液に共存する粒子1[nm]以下の範囲の銅微粒子が、この銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度に対して20[%]を超えるものを作製することは困難である。
【0212】
従って、分類2に区分される銅(I)錯体溶液は、銅(I)イオンに対してギ酸当量が3倍以上20倍以下の割合で含み、Rmax値が0.7以上で1.1以下の範囲であり、粒子径が1[nm]以下の範囲の銅微粒子がこの錯体溶液中の銅モル濃度中、好適には、1[%]以上で20[%]以下の範囲で共存する溶液である。
【0213】
分類2に区分される銅(I)錯体溶液から粒子径が小さい銅微粒子分散溶液を作製することができる理由は以下の様なメカニズムが考えられる。
【0214】
この銅(I)錯体溶液において錯体の中心金属である銅イオンが還元作用を受けると、銅の核が晶出し銅微粒子(一次粒子)が生成する。一次粒子同士が凝集して二次粒子に成長するが、このとき、生成する銅微粒子の粒子径と錯体溶液に共存する副次物の銅微粒子の粒子径とは同程度である。
【0215】
その結果、新たに生成する銅微粒子に比べて、副次物の銅微粒子の表面活性が一様にならず、この粒子が何らかの緩衝作用を及ぼして、生成銅微粒子同士の凝集を制限させ、限りない凝集成長を抑制する。すなわち、錯体溶液に共存するこの副次物は、還元で晶出される一次粒子が凝集・成長した二次粒子の粒子径をある程度の大きさまでに抑制制御する機能があることから、作製された銅微粒子の多くの粒子径は20[nm]以下に留まるものと考えられる。
【0216】
実施例(表1)からわかるとおり、酸化銅(I)微粒子分散溶液を原料として用いると、多くの実施例において、副次物が共存する銅(I)錯体溶液に分類される。例えば、溶媒がBLの場合、ギ酸などの一価の飽和カルボン酸当量が1倍以上3倍未満のときは粒子径が20[nm]以下の酸化銅(I)微粒子、3倍以上20倍以下の範囲のときは粒子径が1[nm]以下の銅微粒子がそれぞれの副次物となる。
また、酸化銅(I)微粒子分散溶液を除く、銅や各銅化合物や各銅合金の粉末を銅イオン源の原料にするときは副次物の無い純粋な銅(I)錯体溶液になる場合が多い。
【0217】
なお、本発明の銅(I)錯体溶液を用いると、微粒子凝集抑制物質である分散剤などの添加物を含まなくても溶媒中に安定に分散した100[nm]以下の粒子径を有する銅微粒子を作製できるが、必要に応じて適宜分散剤を適用しても良い。
【0218】
例えば、溶媒がBC(他の条件が実施例6と同じ。)のとき、未溶解分も無く、錯体形成速度は速い。このときの銅(I)錯体溶液から還元した銅微粒子は、溶媒がBLの場合と比較して粒子径が大きくなる。
副次物である微粒子成分量ではなくて、作製した銅微粒子への分散安定性がBLよりも劣るために、この違いが生じると考えられる。
すなわち、溶媒がBCのとき、分散安定性の現れ方が異なることから、晶出する銅微粒子の凝集度が大きくなり、粒子径が大きくなる。作製した銅微粒子の分散不良を抑制するためには、銅微粒子分の濃度、すなわち銅微粒子全表面積に対応して、公知のドデシル硫酸ナトリウムのような界面活性剤などを分散剤として添加してから、還元すると、製造した銅微粒子の凝集は抑制できる。
【0219】
<比較例>
以下では、本発明の銅(I)錯体溶液が得られない条件等を比較例として説明する。
【0220】
(比較例1、2)
銅イオン源の原料として、比較例1は、関東化学製試薬の硫酸銅・五水和塩、比較例2はAlfa Aeasar製ギ酸銅・四水和塩を用い、ギ酸当量は6倍とした。溶媒として、BLを用いた。これ以外は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記した。
【0221】
既述のとおり、銅(II)錯体溶液である、モル濃度40[mM]の硫酸銅・五水和塩水溶液の紫外可視近赤外吸収スペクトルを
図1に示す。幅広い吸収バンドのピーク(λ
max)は波長809[nm]にあり、これより計算した同波長におけるモル吸光係数(ε
max)は14.8[Lmol
−1cm
−1]であり、ラポルテ禁制d−d遷移に由来する弱い吸収に対応している。典型的な二価の銅錯体である。
【0222】
比較例1、2の硫酸銅・五水和塩とギ酸銅・四水和塩は、沈降したままで溶解しなかった。この理由は次のとおりである。
【0223】
硫酸銅・五水和塩の錯体は、水溶液中で水分子4個がCu
2+に配位したテトラアクア銅(II)イオン[Cu(H
2O)
4]
2+となり、残りの1個はテトラアクア銅(II)イオンと硫酸イオンSO
42−の両方に水素結合しているテトラアコ錯体構造を形成しているものと考えられる。
また、ギ酸銅・四水和塩はギ酸アニオン(HCOO
−)が、二座配位子として機能し、2つの銅カチオン種の間を、4つのギ酸アニオン(HCOO
−)が橋掛けをおこなっている構造を有していると推定される。
これらは、プロトン性極性溶媒である水溶液中に溶解し、水和している。
【0224】
一方、硫酸銅・五水和塩とギ酸銅・四水和塩は、BLのような非プロトン性極性有機溶媒中では溶媒和によって、溶解することが困難となり、溶解せずに沈降する。
【0225】
(比較例3、4)
添加するカルボン酸として、二価の飽和カルボン酸を用いた。BL溶媒中に、関東化学製試薬のシュウ酸・二水和塩を溶解させて、6.5[wt.%]に調製した。シュウ酸当量は、4、12倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記載した。
【0226】
シュウ酸当量が4倍では、原料は溶解しなかった。また12倍では、原料が銅に還元され、凝集沈殿し、更に白色の浮遊物に変質した。
【0227】
二価の飽和カルボン酸であるシュウ酸は自己分解して、ギ酸と二酸化炭素となる。分解したギ酸は還元性を有している。シュウ酸当量が4倍以下では、溶解性と分解したギ酸の還元性が拮抗していると考えられ、原料が溶解しなかった。シュウ酸当量が12倍では、シュウ酸が還元力を発現したと考えられ、原料の酸化銅(I)微粒子が還元され、更に過剰のシュウ酸により、徐々にシュウ酸銅に変化し、これらが溶液中に浮遊した。
これらの条件では銅(I)錯体溶液にならなかった。
【0228】
(比較例5、6)
銅イオン源である銅原料の粒子径を大きくした。具体的には、平均粒子径が105[μm]の銅粉末と平均粒子径が103[μm]の酸化銅(II)粉末を用い、添加するギ酸当量を20倍とした。これらの条件では、錯体溶液の進行を促進するためギ酸当量を多くした。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記載した。
【0229】
これらは粉末の比表面積が、実施例に比べて小さくなり、表面の溶解反応活性が劣ると考えられる。この系では、銅原料は沈降したままで溶解しなかった。
これらの条件では銅(I)錯体溶液にならなかった。
【0230】
(比較例7)
銅イオン源である酸化銅(I)微粒子分散液をBL溶媒中に溶解して、銅モル濃度を130[mM]とし、添加するギ酸当量は20倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記載した。
この系では、原料のごく一部は溶解したが、ほとんどは凝集沈降した。試料の銅モル濃度が大きいことから、錯体溶液の進行を促進するためにギ酸当量を多くした。市販されているギ酸には水分が含まれているので、同じギ酸当量であっても銅モル濃度の増加に比例して添加するギ酸量が増える。このことから、試料中に含まれる水分の割合が増え、水の影響から銅イオン源の原料の酸化銅(I)微粒子が凝集沈降したと考えられる。
この条件では、銅(I)錯体溶液への反応進行はほとんどみられなかった。
【0231】
(比較例8)
銅(I)イオンに対してギ酸当量を1倍未満とした。添加するギ酸当量は0.5倍である。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記載した。
この系では、銅イオン源の原料は分散したままで溶解しなかった。錯体化するためのギ酸当量が低く、錯体化が進行しなかったと考えられる。
この条件では銅(I)錯体溶液にならなかった。
【0232】
(比較例9−13)
銅(I)イオンに対して、一価の飽和カルボン酸であるギ酸を添加しなかった。
溶媒として、和光純薬工業製試薬のε−カプロラクトン、関東化学製試薬のγ−ブチロラクトン、ジエチレングリコール、ブチルカルビトール、エタノールを用いた。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記載した。
この系では、原料は溶液中で分散したままで溶解しなかった。錯体化するための配位子であるギ酸が無いため、錯体化が進行しなかったと考えられる。逆に、銅(I)錯体溶液を形成する配位子として、ギ酸イオンなどの一価の飽和カルボン酸イオンが必要であることがわかる。
これらの条件では銅(I)錯体溶液にならなかった。
【0233】
(比較例14−17)
溶媒として、関東化学製試薬である、メチルエチルケトンやブチルカルビトールアセテート、シクロヘキサン、酢酸ブチルを用いた。添加するギ酸当量を4倍とした。これ以外の条件は実施例6と同じである。試料の製造条件と結果を表2の比較例に記した。
この系では、銅イオン源の原料酸化銅(I)微粒子は溶液中で分散したままで溶解しなかった。
これらの溶媒が銅(I)錯体の配位子にならないので錯体化が進行しなかったと考えられる。
これらの条件では銅(I)錯体溶液にならなかった。
【0235】
(実施形態2)
以下では、本発明の銅(I)錯体溶液を用いて、銅微粒子を作製する製造方法について説明する。
【0236】
<銅微粒子の製造>
実施例2、4、17の銅(I)錯体溶液のRmax値は、3.53、0.95、0.53である。これらの各銅(I)錯体溶液40[mL]を50[mL]容量のフラスコに投入し、非酸化性雰囲気にするために0.2[L/min]の流量の窒素ガスでバブリングしながら、溶媒BLの沸点未満の温度である175[℃]以下で加熱、攪拌し、還元銅微粒子を作製した。
【0237】
これらの銅(I)錯体溶液から還元し作製した還元銅微粒子のFE−SEM像を
図30に示す。
図30(a)は実施例2の銅(I)錯体溶液を用いたときの還元銅微粒子である。10[nm]以下の粒子は少なく、30[nm]程度の粒子が多数存在し、生成した銅微粒子の凝集がみられる。100[nm]を超える粒子径の銅微粒子は存在しなかった。
【0238】
図30(b)は実施例4の銅(I)錯体溶液から還元し作製した銅微粒子である。10[nm]以下の粒子が多く存在し、20[nm]以上の粒子もあるが、少ない。100[nm]を超える粒子径の銅微粒子は存在しなかった。
【0239】
図30(c)は実施例17の銅(I)錯体溶液から還元し作製した銅微粒子である。10[nm]以下の還元銅微粒子も存在するが、50[nm]程度の大きい粒子も多数存在する。100[nm]を超える粒子径の銅微粒子は存在しなかった。
【0240】
銅微粒子であることを確認するために、この分散溶液の近紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、銅微粒子のスペクトルであった。またこの溶液をガラス板に塗布して、乾燥した後の塗膜をX線回折した結果、銅であると同定できた。
このように銅微粒子分散溶液を得ることができ、濃度と粘度を適切にするとインクジェットなどの印刷法等により、導電性膜や導電性配線の形成等に利用することができる。
【0241】
ただし、ギ酸以外の一価の飽和カルボン酸を用いる場合には、錯体溶液は自己還元性が無いために、還元剤を銅(I)錯体溶液中に含有する銅モル濃度に対応して添加する必要がある。
還元剤としては、公知の還元剤である、水素化ホウ素ナトリウム、ジメチルアミンボラン、アスコルビン酸、シュウ酸、ギ酸などを用いることができる。
【0242】
還元剤を含む銅(I)錯体溶液を、非酸化性雰囲気中で溶媒の凝固点を超えて沸点未満の温度で加熱しながら攪拌して還元する工程で、粒子径が0.1[nm]以上で100[nm]以下の範囲の銅微粒子が分散した溶液を作製できる。
【0243】
しかし、還元した後の物質として還元剤が酸化された副生成物が、銅微粒子分散液中に含まれると、これが微量不純物成分となり、銅微粒子分散溶液の安定性を損なうおそれがある。
この点に関しては、特にギ酸は、還元剤として作用した結果、水と二酸化炭素に変換するので、適切な処理を行うことにより、容易に銅微粒子分散液から分離できるため、還元剤として好適である。
【0244】
ここで、上記したように銅(I)錯体溶液から銅微粒子分散溶液を作製するにあたり、溶媒としてγ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン、ジエチレングリコール、ブチルカルビトール、エタノール、酢酸、プロピオン酸が使用できる。
【0245】
上記も含めて実施例1〜27と39の溶媒がγ−ブチロラクトンであり、添加する一価の飽和カルボン酸がギ酸である場合は、Rmax値に対応した3つの分類の銅(I)錯体溶液を形成した。これらの各銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
【0246】
実施例28と29、30の溶媒がε−カプロラクトン、DEG、BCであり、添加する一価の飽和カルボン酸がギ酸である場合は、分類2の銅(I)錯体溶液を形成した。これらの各銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
DEGとBCが溶媒のときは、晶出した銅微粒子は凝集し易くなるので、界面活性剤などの分散剤を予め添加することは有効となる。また実施例34で示すように、銅(I)錯体溶液を形成させる溶媒として、BCとBLを体積で等容量ずつにしておくことで、晶出した銅微粒子の凝集を抑制することができる。これはBLの溶媒中で銅微粒子の分散性が良好であるからである。
【0247】
実施例31の溶媒がEtOHであり、添加する一価の飽和カルボン酸がギ酸である場合は、分類3の銅(I)錯体溶液を形成した。この溶媒の沸点は約78.4[℃]であり、銅(I)錯体溶液を非酸化性雰囲気中で加熱して作製される銅微粒子の約150[℃]の晶出開始温度より低い。このために、EtOHと体積が等容量のBLを、銅(I)錯体溶液に加えてから、80〜90[℃]でEtOHを気化分離して、銅(I)錯体溶液の溶媒をBLに置換させた。この後、銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
【0248】
実施例32と33の溶媒が酢酸とプロピオン酸であり、添加する一価の飽和カルボン酸がギ酸である場合は、分類3の銅(I)錯体溶液を形成した。これらの溶媒の沸点は約118.4[℃]と141[℃]であり、銅(I)錯体溶液を非酸化性雰囲気中で加熱して作製される銅微粒子の約150[℃]の晶出開始温度より低い。このために、これらの溶媒と体積が等容量のBLを、銅(I)錯体溶液に加えてから、120〜150[℃]でこれらの溶媒を気化分離して、銅(I)錯体溶液の溶媒をBLに置換させた。この場合、還元剤にもなるギ酸の沸点が約100.8[℃]のため、これらの溶媒が置換されるときに、ギ酸も気化分離される。溶媒が置換された銅(I)錯体溶液をいったん室温まで冷却し、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度と当量2倍に相当するギ酸を還元剤として添加した。再度、これらの各銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
【0249】
実施例35〜38の溶媒がBLであり、添加する一価の飽和カルボン酸が酢酸またはプロピオン酸、或いはその両方である場合は、分類3の銅(I)錯体溶液を形成した。還元力の無い酢酸とプロピオン酸を用いたので、錯体溶液には自己還元性が無いために、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度と当量2倍に相当するギ酸を還元剤として添加した。この後、これらの各銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
【0250】
溶媒と溶媒に添加する一価の飽和カルボン酸が同じ酢酸またはプロピオン酸である場合は、分類3の銅(I)錯体溶液を形成した。上記したように、これらの溶媒の沸点は、銅(I)錯体溶液を非酸化性雰囲気中で加熱して作製される銅微粒子の約150[℃]の晶出開始温度より低い。このために、これらの溶媒と体積が等容量のBLを、銅(I)錯体溶液に加えてから、120〜150[℃]でこれらの溶媒を気化分離して、銅(I)錯体溶液の溶媒をBLに置換させた。溶媒が置換された銅(I)錯体溶液をいったん室温まで冷却し、銅(I)錯体溶液中の銅モル濃度と当量2倍に相当するギ酸を還元剤として添加した。再度、これらの各銅(I)錯体溶液中に、窒素ガスでバブリングしながら、175[℃]以下で加熱、攪拌して、粒子径が100[μm]以下の銅微粒子を製造することができた。
【0251】
(実施形態3)
以下では、銅(I)錯体溶液を用いて、酸化銅(I)微粒子を作製する製造方法について説明する。
【0252】
<酸化銅(I)微粒子の製造>
上記方法により得られた銅微粒子分散溶液を、酸化性雰囲気である大気雰囲気下で100〜130[℃]の温度で約10分間、攪拌処理すると、酸化銅(I)に酸化された、処理前の銅微粒子と同じ粒子径の酸化銅(I)微粒子分散溶液が得られた。
【0253】
酸化銅(I)微粒子であることを確認するために、この分散溶液の近紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、酸化銅(I)微粒子のスペクトルであった。またこの溶液をガラス板に塗布乾燥した膜をX線回折した結果、酸化銅(I)であると同定できた。
【0254】
従って、銅(I)錯体溶液から作製した銅微粒子、さらにこれから作製された酸化銅(I)微粒子分散溶液を用い、例えば微粒子の濃度を15〜40[wt%]、粘度を10[mPa・s]程度に調製するとインクジェットなどの印刷法等により、金属、ガラス、セラミック、樹脂フィルムなどの上に乾燥状態の銅や酸化銅(I)の微粒子から構成されるパターン膜等を形成することも可能となる。更に、特許文献2に開示されている方法を用いると、高導電性の膜にすることも可能になる。
【0255】
(まとめ)
以上をまとめると、一価の飽和カルボン酸当量、反応温度、雰囲気、原料となる銅化合物などの種類と粒子径と溶媒の種類などの製造条件因子を考慮し、条件水準を変えることで、一価の飽和カルボン酸の溶解性を発現させて、銅(I)錯体溶液を形成することができる。
また、製造条件と因子を変えることで錯体形成効率を変えることができるだけでなく、この銅(I)錯体溶液から還元して作製する銅微粒子の粒子径を任意に制御することもできる。