(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
電流制御周期内に複数のPWM周期が含まれており、電流制御周期内のPWM周期毎に演算される各相のPWMカウントに対してデットタイム補償が行われ、デットタイム補償後の各相のPWM周期毎のPWMカウントに基づいて電動モータが制御されるモータ制御装置であって、
各電流制御周期の開始時点での前記電動モータの回転角推定値である第1の回転角推定値およびその電流制御周期の終了時点での前記電動モータの回転角推定値である第2の回転角推定値を演算する回転角推定値演算手段と、
ある電流制御周期の開始時点に対する第1の回転角推定値と、当該開始時点での二相回転座標系の二相電流推定値である第1の二相電流推定値とに基づいて、当該電流制御周期の開始時点での三相固定座標系の各相の相電流推定値である第1の三相電流推定値を演算するとともに、当該電流制御周期の終了時点に対する第2の回転角推定値と、当該終了時点での二相回転座標系の二相電流推定値である第2の二相電流推定値とに基づいて、当該電流制御周期の終了時点での三相固定座標系の各相の相電流推定値である第2の三相電流推定値を演算する相電流推定値演算手段と、
前記第1の三相電流推定値と前記第2の三相電流推定値とに基づいて、当該電流制御周期内の各PWM周期に対する各相のデットタイム補償値の符号を決定する符号決定手段とを含む、モータ制御装置。
ある電流制御周期に対する前記第1の二相電流推定値および前記第2の二相電流推定値は、前記二相電流指令値設定手段によって設定された当該電流制御周期に対する二相電流指令値である、請求項3に記載のモータ制御装置。
ある電流制御周期に対する前記第1の二相電流推定値および前記第2の二相電流推定値は、前記二相電流指令値設定手段によって設定された当該電流制御周期に対する二相電流指令値と、前記二相電流検出値演算手段によって演算された二相電流検出値とを用いて演算される、請求項3に記載のモータ制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下では、この発明の実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るモータ制御装置が適用された電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
電動パワーステアリング装置(EPS:electric power steering)1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して機械的に連結されている。
【0016】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して相対回転可能に連結されている。
トーションバー10の近傍には、トルクセンサ11が配置されている。トルクセンサ11は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基づいて、ステアリングホイール2に与えられた操舵トルクTを検出する。この実施形態では、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクTは、たとえば、右方向への操舵のためのトルクが正の値として検出され、左方向への操舵のためのトルクが負の値として検出され、その絶対値が大きいほど操舵トルクの大きさが大きくなるものとする。
【0017】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラックアンドピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、中間軸7に連結されている。ピニオン軸13は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。ピニオン軸13の先端(
図1では下端)には、ピニオン16が連結されている。
【0018】
ラック軸14は、自動車の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によって、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。ラック軸14を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0019】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
操舵補助機構5は、操舵補助用の電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを転舵機構4に伝達するための減速機構19とを含む。電動モータ18には、電動モータ18のロータの回転角を検出するための、例えばレゾルバからなる回転角センサ23が配置されている。減速機構19は、ウォーム軸20と、このウォーム軸20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。
【0020】
ウォーム軸20は、電動モータ18によって回転駆動される。また、ウォームホイール21は、ステアリングシャフト6とは一体的に回転可能に連結されている。ウォームホイール21は、ウォーム軸20によって回転駆動される。
電動モータ18によってウォーム軸20が回転駆動されると、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォーム軸20を回転駆動することによって、転舵輪3が転舵されるようになっている。
【0021】
車両には、車速Vを検出するための車速センサ24が設けられている。トルクセンサ11によって検出される操舵トルクT、車速センサ24によって検出される車速V、回転角センサ23の出力信号等は、ECU(電子制御ユニット:Electronic Control Unit)12に入力される。ECU12は、これらの入力信号に基づいて、電動モータ18を制御する。
【0022】
図2は、ECU12の電気的構成を示すブロック図である。
ECU12は、マイクロコンピュータ31と、マイクロコンピュータ31によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)32を含んでいる。駆動回路32と電動モータ18とを接続するための電力供給線には、2つの電流センサ33,34が設けられている。これらの電流センサ33,34は、駆動回路32と電動モータ18とを接続するための3本の電力供給線のうち、2本の電力供給線に流れる相電流を検出できるように設けられている。
【0023】
電動モータ18は、例えば三相ブラシレスモータであり、
図3に図解的に示すように、界磁としてのロータ100と、U相、V相およびW相のステータ巻線101,102,103を含むステータ105とを備えている。
各相のステータ巻線101,102,103の方向にU軸、V軸およびW軸をとった三相固定座標(UVW座標系)が定義される。また、ロータ100の磁極方向にd軸(磁極軸)をとり、ロータ100の回転平面内においてd軸と直角な方向にq軸(トルク軸)をとった二相回転座標系(dq座標系。実回転座標系)が定義される。dq座標系では、q軸電流のみがロータ100のトルク発生に寄与するので、d軸電流を零とし、q軸電流を所望のトルクに応じて制御すればよい。ロータ100の回転角(電気角)θは、U軸に対するd軸の回転角である。dq座標系は、ロータ回転角θに従う実回転座標系である。このロータ回転角θを用いることによって、UVW座標系とdq座標系との間での座標変換を行うことができる。
【0024】
図2に戻り、マイクロコンピュータ31は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、アシスト電流値設定部41と、電流指令値設定部42と、電流偏差演算部43と、PI(比例積分)制御部44と、二相・三相変換部45と、PWMデューティ演算部(PWM Duty演算部)46と、デットタイム補償部47と、PWM出力部48と、三相・二相変換部49と、回転角演算部50と、回転速度演算部51と、二相・三相変換用回転角推定部52と、デットタイム補償用符号設定部(DT補償用符号設定部)60とが含まれる。
【0025】
図4に示すように、PWM信号の周期(以下、「PWM周期」という。)Tcは、電流制御周期Taよりも小さい。この実施形態では、TcはTaの1/8である。言い換えれば、電流制御周期Ta内に8周期分のPWM周期Tcが含まれる。8周期分のPWM周期Tcの最初の周期を0番目の周期といい、それ以降の周期を1,2,…6,7番目の周期という場合がある。また、PWM周期の周期番号をi(i=0,1,2,…,7)で表す場合がある。
【0026】
図2に戻り、回転角演算部50は、回転角センサ23の出力信号に基づいて、電動モータ18のロータの回転角θ(電気角)を電流制御周期Ta毎に演算する。回転角演算部50によって演算されるロータ回転角θは、三相・二相変換部49、回転速度演算部51、二相・三相変換用回転角推定部52およびデットタイム補償用符号設定部60に与えられる。この実施形態では、ロータ回転角θが取得(検出)されるタイミングは、電流制御周期Taの中央時であるものとする。
【0027】
回転速度演算部51は、回転角演算部50によって演算されるロータ回転角θを時間微分することにより、電動モータ18のロータの回転速度ωを演算する。回転速度演算部51によって演算された回転速度ωは、二相・三相変換用回転角推定部52およびデットタイム補償用符号設定部60に与えられる。
二相・三相変換用回転角推定部52は、前回の電流制御周期Taで取得されたロータ回転角θを用いて、次式(1)に基づいて、今回の電流制御周期Taに含まれる各PWM周期Tcの開始時点でのロータ回転角θi(θ0〜θ7)を推定する。
【0028】
θ0=θ+ω・(Ta/2)
θ1=θ0+ω・Tc
θ2=θ1+ω・Tc
…
θ6=θ5+ω・Tc
θ7=θ6+ω・Tc …(1)
【0029】
二相・三相変換用回転角推定部52によって推定されたロータ回転角θi(θ0〜θ7)は、二相・三相変換部45に与えられる。
アシスト電流値設定部41は、トルクセンサ11によって検出される検出操舵トルクTと、車速センサ24によって検出される車速Vとに基づいて、アシスト電流値Ia
*を電流制御周期Ta毎に設定する。検出操舵トルクTに対するアシスト電流値Ia
*の設定例は、
図5に示されている。検出操舵トルクTは、例えば右方向への操舵のためのトルクが正の値にとられ、左方向への操舵のためのトルクが負の値にとられている。また、アシスト電流値Ia
*は、電動モータ18から右方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには正の値とされ、電動モータ18から左方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには負の値とされる。アシスト電流値Ia
*は、検出操舵トルクTの正の値に対しては正をとり、検出操舵トルクTの負の値に対しては負をとる。
【0030】
検出操舵トルクTが−T1〜T1(たとえば、T1=0.4N・m)の範囲(トルク不感帯)の微小な値のときには、アシスト電流値Ia
*は零とされる。そして、検出操舵トルクTが−T1〜T1の範囲外の値である場合には、アシスト電流値Ia
*は、検出操舵トルクTの絶対値が大きくなるほど、その絶対値が大きくなるように設定される。また、アシスト電流値Ia
*は、車速センサ24によって検出される車速Vが大きいほど、その絶対値が小さくなるように設定されるようになっている。これにより、低速走行時には操舵補助力が大きくされ、高速走行時には操舵補助力が小さくされる。
【0031】
電流指令値設定部42は、アシスト電流値設定部41によって設定されたアシスト電流値Ia
*に基づいて、dq座標系の座標軸に流すべき電流値を電流指令値として設定する。具体的には、電流指令値設定部42は、d軸電流指令値I
d*およびq軸電流指令値I
q*(以下、これらを総称するときには「二相電流指令値I
dq*」という。)を設定する。さらに具体的には、電流指令値設定部42は、q軸電流指令値I
q*をアシスト電流値設定部41によって設定されたアシスト電流値Ia
*とする一方で、d軸電流指令値I
d*を零とする。電流指令値設定部42によって設定された二相電流指令値I
dq*は、電流偏差演算部43に与えられる。
【0032】
三相・二相変換部49は、まず、電流センサ33,34によって検出される2相分の相電流から、U相電流I
U、V相電流I
VおよびW相電流I
W(以下、これらを総称するときは、「三相検出電流I
UVW」という。)を演算する。そして、三相・二相変換部49は、UVW座標系の三相検出電流I
UVWを、dq座標系の二相検出電流I
dおよびI
q(以下総称するときには「二相検出電流I
dq」という。)に座標変換する。この座標変換には、回転角演算部50によって演算されるロータ回転角θが用いられる。
【0033】
電流偏差演算部43は、d軸電流指令値I
d*に対するd軸検出電流I
dの偏差およびq軸電流指令値I
q*に対するq軸検出電流I
qの偏差を演算する。これらの偏差は、PI制御部44に与えられる。
PI制御部44は、電流偏差演算部43によって演算された電流偏差に対するPI演算を行なうことにより、電動モータ18に印加すべき二相電圧指令値V
dq*(d軸電圧指令値V
d*およびq軸電圧指令値V
q*)を生成する。この二相電圧指令値V
dq*は、二相・
三相変換部45に与えられる。
【0034】
二相・三相変換部45は、今回の電流制御周期TaにおいてPI制御部44によって演算された二相電圧指令値V
dq*に対して、今回の電流制御周期Taにおいて二相・三相変換用回転角推定部52によって演算された回転角推定値θ0〜θ7をそれぞれ用いて二相・三相変換を行うことにより、今回の電流制御周期Ta内に含まれる各PWM周期Tcに対する三相電圧指令値V
UVW*を演算する。三相電圧指令値V
UVW*は、U相電圧指令値V
U*、V相電圧指令値V
V*およびW相電圧指令値V
W*からなる。これにより、今回の電流制御周期Ta内に含まれる各PWM周期Tcに対する三相電圧指令値V
UVW*が得られる。
【0035】
二相・三相変換部45によって得られた今回の電流制御周期Ta内に含まれる各PWM周期Tcに対する三相電圧指令値V
UVW*は、PWMデューティ演算部46に与えられる。
PWMデューティ演算部46は、電流制御周期Ta内に含まれる各PWM周期Tcに対する三相電圧指令値V
UVW*に基づいて、各PWM周期Tcに対するU相のPWMカウント(PWMデューティ)、V相のPWMカウントおよびW相のPWMカウントを生成して、デットタイム補償部47に与える。
【0036】
デットタイム補償部47は、各PWM周期Tcに対するU相のPWMカウント、V相のPWMカウントおよびW相のPWMカウントに対して、デットタイム補償値を加算することにより、これらのPWMカウントを補正する。この実施形態では、説明の便宜上、各PWM周期Tcの各相のPWMカウントに対するデットタイム補償値の絶対値は所定値に固定されているものとする。各PWM周期Tcに対するU相のPWMカウント、V相のPWMカウントおよびW相のPWMカウントに対するデットタイム補償値の符号は、デットタイム補償用符号設定部60によって設定される。デットタイム補償用符号設定部60の動作の詳細については、後述する。各PWM周期Tcの各相のデットタイム補償後のPWMカウントは、PWM出力部48に与えられる。
【0037】
PWM出力部48は、PWM周期Tc毎に、デットタイム補償後のU相のPWMカウント、デットタイム補償後のV相のPWMカウントおよびデットタイム補償後のW相のPWMカウントにそれぞれ対応するデューティのU相PWM信号、V相PWM信号およびW相PWM信号を生成し、駆動回路32に供給する。
駆動回路32は、U相、V相およびW相に対応した三相インバータ回路からなる。このインバータ回路を構成するパワー素子がPWM出力部48から与えられるPWM信号によって制御されることにより、PWM周期Tc毎の三相電圧指令値V
UVW*に相当する電圧が電動モータ18の各相のステータ巻線101,102,103に印加されることになる。
【0038】
電流偏差演算部43およびPI制御部44は、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、電動モータ18に流れるモータ電流が、電流指令値設定部42によって設定された二相電流指令値I
dq*に近づくように制御される。
以下、デットタイム補償用符号設定部60の動作について、詳しく説明する。
【0039】
図6はデットタイム補償用符号設定部60の構成を示すブロック図である。
デットタイム補償用符号設定部60は、電流推定部61と、デットタイム補償用回転角推定部(DT補償用回転角推定部)62と、デットタイム補償用二相・三相変換部(DT補償用二相・三相変換部)63と、符号決定部64とを含む。
電流推定部61は、次の電流制御周期の開始時点に対する二相電流の推定値である第1の二相電流推定値I
dqsと、その電流制御周期の終了時点に対する二相電流の推定値である第2の二相電流推定値I
dqeとを求める。この実施形態では、現在の電流制御周期において電流指令値設定部42によって設定された二相電流指令値I
dq*が、第1の二相電流推定値I
dqsおよび第2の二相電流推定値I
dqeとして設定される。
【0040】
デットタイム補償用回転角推定部62は、次の電流制御周期の開始時点での電動モータ18の回転角推定値である第1の回転角推定値θsと、その電流制御周期の終了時点での電動モータ18の回転角推定値である第2の回転角推定値θeを演算する。
具体的には、デットタイム補償用回転角推定部62は、今回の電流制御周期Taにて回転角演算部50によって演算された回転角θと回転速度演算部51によって演算された回転速度ωとを用い、次式(2)に基づいて、次の電流制御周期Taにおける第1の回転角推定値θsおよび第2の回転角推定値θeを推定する。
【0041】
θs=θ+ω・(Ta/2)
θe=θs+ω・Ta …(2)
デットタイム補償用二相・三相変換部63は、次の電流制御周期の開始時点での各相の相電流推定値である第1の三相電流推定値I
Us,I
Vs,I
Wsを演算するとともに、その電流制御周期の終了時点での各相の相電流推定値である第2の三相電流推定値I
Ue,I
Ve,I
Weを演算する。具体的には、デットタイム補償用二相・三相変換部63は、第1の二相電流推定値I
dqsを、第1の回転角推定値θsを用いて二相・三相変換することにより、第1の相電流推定値I
Us,I
Vs,I
Wsを演算する。また、デットタイム補償用二相・三相変換部63は、第2の二相電流推定値I
dqeを、第2の回転角推定値θeを用いて二相・三相変換することにより、第2の三相電流推定値I
Ue,I
Ve,I
Weを演算する。
【0042】
符号決定部64は、第1の三相電流推定値I
Us,I
Vs,I
Wsと第2の三相電流推定値I
Ue,I
Ve,I
Weとに基づいて、次の電流制御周期内の各PWM周期に対する各相のデットタイム補償値の符号を決定する。
デットタイム補償値の符号の決定方法は、UVWの各相において同様なので、U相に対するデットタイム補償値の符号の決定方法について説明する。
【0043】
電流制御周期内の複数のPWM周期に対するデットタイム補償値の符号のパターン(符号パターン)としては、次の4種類のパターンP1〜P4がある。
P1:電流制御周期内の全てのPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が正である第1パターン。このパターンP1は、電流制御周期内においてU相電流推定値の符号が切り替わらず、かつU相電流推定値の符号が正の場合に適用されるパターンである。
【0044】
P2:電流制御周期内の全てのPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が負である第2パターン。このパターンP2は、電流制御周期内においてU相電流推定値の符号が切り替わらず、かつU相電流推定値の符号が負の場合に適用されるパターンである。
P3:電流制御周期の開始時点からU相電流の方向(符号)が切替わる符号切替りタイミング(相電流が零を横切るタイミング)までの間にあるPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が正であり、前記符号切替りタイミングから電流制御周期の終点開始までの間にあるPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が負である第3パターン。このパターンP3は、電流制御周期内においてU相電流推定値の符号が正から負に切り替わる場合に適用されるパターンである。
【0045】
P4:電流制御周期の開始時点からU相電流の方向(符号)が切替わる符号切替りタイミングまでの間にあるPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が負であり、前記符号切替りタイミングから電流制御周期の終点開始までの間にあるPWM周期に対するデットタイム補償値の符号が正である第4パターン。このパターンP4は、電流制御周期内においてU相電流推定値の符号が負から正に切り替わる場合に適用されるパターンである。
【0046】
図7に示すように、電流制御周期Taの開始時点でのU相電流の推定値である第1のU相電流推定値I
Usの符号が正であり、当該電流制御周期Taの終了時点でのU相電流の推定値である第2のU相電流推定値I
Ueの符号が負である場合、デットタイム補償値の符号のパターンは第3パターンとなる。U相電流推定値の符号が切り替わる符号切替りタイミングTx(電流制御周期Taの開始時点から符号切替りタイミングまでの時間に相当する)は、次式(3)によって求めることができる。
【0047】
Tx={|I
Us|÷(|I
Us|+|I
Ue|)}×Ta …(3)
この場合、Txより時間的に前側のPWM周期に対するデットタイム補償の符号は正となるため、それらのPWM周期に対するPWMカウント(PWMデューティ)は増加補正されることになる。一方、Txより時間的に後側のPWM周期に対するデットタイム補償の符号は負となるため、それらのPWM周期に対するPWMカウント(PWMデューティ)は低減補正されることになる。Txと時間的に同時のPWM周期、つまりそのPWM周期中にU相電流推定値の符号が変化しているようなPWM周期に対しては、増加補正、低減補正および補正なしのうちの何れかを行うことができる。この実施形態では、Txと時間的に同時のPWM周期に対しては、低減補正が行われる。
【0048】
符号決定部64は、次の電流制御周期内の複数のPWM周期に対するデットタイム補償値の符号がいずれの符号パターンであるかを判別し、その判別結果P1〜P4および符号切替りタイミングTx(判別結果がP3およびP4の場合のみ)をデットタイム補償部47に設定する。デットタイム補償部47は、符号決定部64から与えられるデータ(判別結果P1〜P4および符号切替りタイミングTx)を複数の電流制御周期分にわたって記憶している。デットタイム補償部47は、今回の電流制御周期Taにおいて、前回の電流制御周期Taにおいて符号決定部64から与えられたデータ(判別結果P1〜P4および符号切替りタイミングTx)を用いて、今回の電流制御周期Ta内の各PWM周期に対するデットタイム補償値を生成し、そのデットタイム補償値を対応するPWMカウントに加算する。
【0049】
図8は、符号決定部64の動作を説明するためのフローチャートである。
図8は、U相に対するデットタイム補償値の符号を決定するためのフローチャートのみを示している。V相およびW相に対するデットタイム補償値の符号を決定するための符号決定部64の動作は、U相に対するデットタイム補償値の符号を決定するための動作と同様なので、その説明を省略する。
【0050】
符号決定部64は、まず、第1のU相電流推定値I
Usと第2のU相電流推定値I
Ueの符号が同じであるか否かを判別する(ステップS1)。両者の符号が同じである場合には(ステップS1:YES)、符号決定部64は、第1のU相電流推定値I
Usの符号が正であるか否かを判別する(ステップS2)。第1のU相電流推定値I
Usの符号が正であれば(ステップS2:YES)、符号決定部64は、符号パターンを第1パターンP1に決定して、この符号パターンをデットタイム補償部47に与える(ステップS3)。そして、符号決定部64は、今回の電流制御周期での処理を終了する。
【0051】
前記ステップS2において、第1のU相電流推定値I
Usの符号が負であると判別された場合には(ステップS2:NO)、符号決定部64は、符号パターンを第2パターンP2に決定して、この符号パターンをデットタイム補償部47に与える(ステップS4)。そして、符号決定部64は、今回の電流制御周期での処理を終了する。
前記ステップS1において第1のU相電流推定値I
Usと第2の三相電流推定値I
Ueの符号が異なると判別された場合には(ステップS1:NO)、符号決定部64は、前記式(3)に基づいて、符号切替りタイミングTxを演算する(ステップS5)。次に、符号決定部64は、第1のU相電流推定値I
Usの符号が正であるか否かを判別する(ステップS6)。第1のU相電流推定値I
Usの符号が正であれば(ステップS6:YES)、符号決定部64は、符号パターンを第3パターンP3に決定して、この符号パターンと符号切替りタイミングTxとをデットタイム補償部47に与える(ステップS7)。そして、符号決定部64は、今回の電流制御周期での処理を終了する。
【0052】
前記ステップS6において、第1のU相電流推定値I
Usの符号が負であると判別された場合には(ステップS6:NO)、符号決定部64は、符号パターンを第4パターンP4に決定して、この符号パターンと符号切替りタイミングTxとをデットタイム補償部47に与える(ステップS8)。そして、符号決定部64は、今回の電流制御周期での処理を終了する。
【0053】
前記実施形態では、電流制御周期の開始時点での第1の三相電流推定値I
Us,I
Vs,I
Wsと当該電流制御周期の終了時点での第2の三相電流推定値I
Ue,I
Ve,I
Weとに基づいて、相毎に、当該電流制御周期内において電流の符号(方向)が切り替わるか否かが判定される。また、当該電流制御周期内において電流の符号(方向)が切り替わる場合には、その切替りタイミングTxが演算される。したがって、当該電流制御周期内において相電流の方向が切替わるか否かを予め判別できるとともに、相電流の方向が切替わる場合にはその切替りタイミングを予め認識することができる。これにより、電流制御周期内において相電流の方向が切替わる場合においても、相電流の方向の切替りタイミングTxに応じて、デットタイム補償値の符号を適正に切り替えることができるから、相電流の方向の切替り時のモータ電流歪を抑制できるようになる。
【0054】
また、前記実施形態では、電流制御周期内の各PWM周期に対するロータ回転角θiを推定し、二相電圧指令値V
dq*を各PWM周期に対するロータ回転角推定値θiを用いて二相・三相変換することにより、各PWM周期に対する三相電圧指令値V
UVW*を演算している。そして、各PWM周期に対する三相電圧指令値V
UVW*を用いて、各相のPWMカウント(PWMデューティ)を演算しているので、電動モータが高速駆動される場合でも、二相電圧指令値V
dq*に応じた電圧を高い精度で電動モータに印加することができるようになる。
【0055】
前述の実施形態では、電流制御周期Ta内に8個のPWM周期Tcが含まれているが、電流制御周期Ta内に含まれるPWM周期Tcの数は2以上であれば任意数であってよい。
前述の実施形態では、電流推定部61は、現在の電流制御周期において電流指令値設定部42によって設定された二相電流指令値I
dq*を、第1の二相電流推定値I
dqsおよび第2の二相電流推定値I
dqeとして設定している。しかし、モータ電流が一次遅れ特性で電流制御される場合には、電流推定部61は、電流指令値設定部42によって設定される二相電流指令値I
dq*、三相・二相変換部49によって演算される二相検出電流I
dqおよび一時遅れ特性の時定数Tを用いて、第1の二相電流推定値I
dqsおよび第2の二相電流推定値I
dqeを演算するようにしてもよい。具体的には、電流推定部61は次式(4),(5)に基づいて、第1の二相電流推定値I
dqsおよび第2の二相電流推定値I
dqeを演算するようにしてもよい。
【0056】
I
dqs=I
dq+(1−e
―t1/T)(I
dq*−I
dq) …(4)
I
dqe=I
dq+(1−e
―t2/T)(I
dq*−I
dq) …(5)
前記式(4),(5)において、t1は、二相検出電流I
dqを検出したタイミングから次の電流制御周期の開始時点までの時間である。t2は、二相検出電流I
dqを検出したタイミングから次の電流制御周期の終了時点までの時間である。この場合には、電流推定部61には、電流指令値設定部42によって設定された二相電流指令値I
dq*の他、
図6に破線で示すように、三相・二相変換部49によって演算される二相検出電流I
dqが与えられる。
【0057】
また、前述の実施形態では、デットタイム補償値の絶対値は固定値としたが、デットタイム補償値の絶対値は固定値でなくてもよい。
前記実施形態では、この発明を電動パワーステアリング装置のモータ制御装置に適用した場合について説明したが、この発明は、電動パワーステアリング装置以外に用いられるモータ制御装置にも適用することができる。
【0058】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。