特許第6765098号(P6765098)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6765098
(24)【登録日】2020年9月17日
(45)【発行日】2020年10月7日
(54)【発明の名称】磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム
(51)【国際特許分類】
   C07F 19/00 20060101AFI20200928BHJP
   B01J 31/28 20060101ALI20200928BHJP
   C07F 15/02 20060101ALN20200928BHJP
   C07F 7/18 20060101ALN20200928BHJP
【FI】
   C07F19/00
   B01J31/28 Z
   !C07F15/02
   !C07F7/18 T
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-139310(P2016-139310)
(22)【出願日】2016年7月14日
(65)【公開番号】特開2018-8899(P2018-8899A)
(43)【公開日】2018年1月18日
【審査請求日】2019年5月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 賢一
(72)【発明者】
【氏名】崔 準哲
(72)【発明者】
【氏名】藤井 亮
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/110484(WO,A1)
【文献】 国際公開第2002/098560(WO,A1)
【文献】 特表2015−533780(JP,A)
【文献】 Synthetic Communications,2015年,45(17),p.1964-1976
【文献】 Journal of Organic Chemistry,2012年,77(22),p.10135-10144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 19/00
B01J 31/00
C07F 7/00
C07F 15/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される炭酸水素イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
【請求項2】
磁性ナノ粒子が、M(II)Fe24(式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。)で表される組成のフェライトを主成分とすることを特徴とする、請求項1に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
【請求項3】
下記の一般式(II)、
【化2】
下記の一般式(III)
【化3】
及び/又は、下記の一般式(IV)
【化4】
(これらの式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム構造を含有する、請求項2に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
【請求項4】
一般式(V)
【化5】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。Xはハロゲン原子である。)
で表される構造を有するハロゲン化イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムと、一般式(VI)
【化6】
(式中、Zはアルカリ金属である。)
で表されるアルカリ金属の炭酸水素塩を、溶媒中で反応させることを特徴とする、請求項1に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
【請求項5】
磁性ナノ粒子が、M(II)Fe24(式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。)で表される組成のフェライトを主成分とすることを特徴とする、請求項4に記載の、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
【請求項6】
下記の一般式(II)、
【化7】
下記の一般式(III)
【化8】
及び/又は、下記の一般式(IV)
【化9】
(これらの式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム構造を含有する、請求項4に記載の、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムから成るカルボニル化合物のシアノシリル化反応用触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム、このものを製造する方法、及びこのものから成るカルボニル化合物のシアノシリル化反応用触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の有機合成反応は液相反応が中心であるが、液相反応では、触媒は反応溶液に溶解しているため、触媒の回収、再利用(リサイクル)が容易でなく、触媒のリサイクルを図るには、反応後の抽出などの後処理、さらには精製などの操作が必要とされる。そこで触媒の回収、再利用が容易で、環境にも優しい新規固定化触媒やそれを用いる新しい合成手法が求められている。
【0003】
最近、触媒の回収、再利用を行うべく、固相固定化触媒やフルオラスタグを導入した触媒等が種々開発されている。しかしこれらを用いた場合も濾別による回収操作やフルオラス溶媒を用いた抽出操作が必要とされる(非特許文献1、2参照)。
【0004】
近年、四酸化三鉄(マグネタイト)等の磁性ナノ粒子(非特許文献3)に触媒機能性部位を固定化した磁性ナノ粒子固定化触媒の合成プロセスにおける有用性が報告されている。反応後に磁石を反応容器に近づけると触媒は引き寄せられるので、デカンテーションにより反応生成物を含む反応溶液を取り出すことができ、さらに触媒が残った反応容器に反応溶媒と反応基質を加えることにより、触媒を再利用でき、触媒の回収・再利用(リサイクル)の操作が簡便である(非特許文献4、5、6参照)。
【0005】
例えば、これまでに磁性ナノ粒子固定化ジアミンや磁性ナノ粒子固定化四級アンモニウム塩などが有機触媒として報告されている。これらは対応するシリカ固定化触媒やポリスチレン樹脂固定化触媒よりも触媒活性は高く、またリサイクルを4,5回程度行っても収率の低下は殆どない(非特許文献7、8参照)。
【0006】
一方、近年カルボニル化合物のシアノシリル化反応に有効な触媒として、炭酸水素イミダゾリウムが報告され、さらにリサイクルが可能な新規固定化炭酸水素イミダゾリウムも開発されている。しかし、これまでに報告されている支持体は有機高分子であり、磁性ナノ粒子への固定化は報告されていない(非特許文献9、10、11参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「固定化触媒のルネッサンス」、2007年、p.1(シーエムシー出版)
【非特許文献2】「グリーンケミストリー・アンド・キャタリシス(Green Chemistry and Catalysis)」、2006年、p.309(WILEY−VCH)
【非特許文献3】「ジャーナル・オブ・マグネティズム・アンド・マグネティック・マテリアルズ(J.Magn.Magn.Mater.)」、2004年、第270巻、p.1
【非特許文献4】「ニュー・ジャーナル・オブ・ケミストリー(New J.Chem.)」、2003年、第27巻、p.227
【非特許文献5】「アドバンスト・シンセシス・アンド・キャタリシス(Adv.Synth.Catal.)」、2007年、第349巻、p.2431
【非特許文献6】「ケミカル・コミュニケーション(Chem.Commun.)」、2007年、p.3404
【非特許文献7】「ケミカル・コミュニケーション(Chem.Commun.)」、2008年、p.5719
【非特許文献8】「ケミカル・コミュニケーション(Chem.Commun.)」、2006年、p.4718
【非特許文献9】「ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー(J.Org.Chem.)」、2012年、第77巻、p.10135
【非特許文献10】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイアティー(J.Am.Chem.Soc.)」、2012年、第134巻、p.6776
【非特許文献11】「ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス、パート A:ポリマー・ケミストリー(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.)」、2013年、第51巻、p.4530
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情のもとでなされたものであり、磁性ナノ粒子固定化触媒として、カルボニル化合物へのシアノシリル化反応に用いられる新規な固定化炭酸水素イミダゾリウムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記した磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムについて鋭意研究を重ねた結果、溶媒中において磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムとアルカリ金属の炭酸水素塩を反応させると、新規な磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムが容易に得られること、そしてこの磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、カルボニル化合物のシアノシリル化反応を効率的に促進させ、さらに反応終了後磁石を近づけることにより引き寄せられ、回収、再利用可能な固定化炭酸水素イミダゾリウム触媒として有用であることを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、この出願は以下の発明を提供するものである。
(1)一般式(I)
【化1】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される炭酸水素イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
(2)磁性ナノ粒子が、M(II)Fe24(式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。)で表される組成のフェライトを主成分とすることを特徴とする、(1)に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
(3)下記の一般式(II)、
【化2】
下記の一般式(III)
【化3】
及び/又は、下記の一般式(IV)
【化4】
(これらの式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム構造を含有する、(2)に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム。
(4)一般式(V)
【化5】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。Xはハロゲン原子である。)
で表される構造を有するハロゲン化イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムと、一般式(VI)
【化6】
(式中、Zはアルカリ金属である。)
で表されるアルカリ金属の炭酸水素塩を、溶媒中で反応させることを特徴とする、(1)に記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
(5)磁性ナノ粒子が、M(II)Fe24(式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。)で表される組成のフェライトを主成分とすることを特徴とする、(4)に記載の、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
(6)下記の一般式(II)、
【化7】
下記の一般式(III)
【化8】
及び/又は、下記の一般式(IV)
【化9】
(これらの式中、M(II)は、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+またはCu2+であり、単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム構造を含有する、(4)に記載の、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの製造方法。
(7)(1)〜(3)のいずれかに記載の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムから成るカルボニル化合物のシアノシリル化反応用触媒。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、カルボニル化合物のシアノシリル化反応における触媒として有効であり、反応終了後磁石に引き寄せることにより容易に回収でき、また再利用も可能である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の新規な磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、下記の一般式(I)
【化10】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
で表される炭酸水素イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムである。
【0013】
この磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムについて、前記式中の置換基における各符号等で示される内容を具体的に説明することにより、それらの構造をさらに明らかにする。
【0014】
(1)R1は炭素数が1〜4のアルキル基を表し、直鎖状、分岐鎖状の何れであってもよい。具体的には、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、i−ブチル、t−ブチルなどの基を挙げることができる。
(2)R2は炭素数が1〜20の炭化水素基を表し、炭化水素基は、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びアラルキル基の中から選ばれる基である。アルキル基は、直鎖状、分岐鎖状のいずれであってもよい。具体的には、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、i−ブチル、t−ブチル、n−ペンチル、i−ペンチル、t−ペンチル、へキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デカニルなどの基を挙げることができる。
シクロアルキル基は、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル基等を挙げることができる。
アリール基は、置換基を有してもよい芳香族炭化水素基である。
芳香族炭化水素としては、ベンゼン、ビフェニル、テルフェニル、ナフタレン、アントラセン等を挙げることができる。置換基としてはアルキル基等が挙げられ、また2以上の置換基を有していて差し支えない。アルキル基としては炭素数1から3のアルキル基であり、メチル基、エチル基、プロピル基、i−プロピル基を挙げることができる。
アラルキル基は、側鎖としてアルキル基を持つ芳香族炭化水素の側鎖から1個の水素原子が失われた構造であり、ベンジル基、フェネチル基、アントラセニルメチル基等である。
(3)nは1〜30のいずれかの整数で、好ましくは1〜12である。
【0015】
支持体の磁性ナノ粒子としては、当該磁性ナノ粒子中の酸素原子が、上述の一般式(I)で表される炭酸水素イミダゾリウム(または、その前駆体としての、上述の一般式(V)で表されるハロゲン化イミダゾリウム)中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つと置き換わることにより、前記炭酸水素イミダゾリウム(または、その前駆体としての前記ハロゲン化イミダゾリウム)(以下、「有機基」ということがある)が前記磁性ナノ粒子に固定化されるものであれば、どのような化合物や組成のものでもよい。例えば、マグへマイト(γ−Fe23)等の磁性鉄化合物ナノ粒子などを挙げることができるが、好適には、M(II)Fe24を組成とするフェライトナノ粒子(より好適には、マグネタイトFe34)、又は、該フェライトを主成分(50wt%以上)とする磁性ナノ粒子を用いることができる。M(II)としては、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Zn2+、Mg2+及びCu2+が挙げられ、これらが単独でも複数が組み合わされて含まれてもよい。磁性ナノ粒子は、磁力による回収に悪影響のない程度(例えば、50wt%未満)の非磁性部分(例えば、シリカ(SiO2)の被覆)を有していてもよい。
【0016】
以下に、磁性ナノ粒子としてフェライトを用いた場合を例にとって、磁性ナノ粒子支持体への有機基の固定化の形態を説明する。固定化の主な形態として、一般式(II)が挙げられる。
【化11】
(式中、M(II)は前記と同じ意味を示す。R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。)
上記の構造は鉄酸化物の表面の3個の酸素原子とケイ素が結合し、固定化されている。しかしこの場合、必ずしも酸素3原子の3箇所で固定化している必要はなく、酸素2原子での2箇所や酸素1原子での1箇所での固定化もあり得る。またSi−O−Si結合により形成されたケイ素化合物のオリゴマーが鉄酸化物に固定化された構造もあり得る。固定化の様式は問わず、フェライトを主成分とする磁性ナノ粒子の表面に固定化されていればよい。酸素原子2個で固定化した構造とケイ素化合物の二量体が固定化した構造の一例をそれぞれ一般式(III)及び一般式(IV)に示す。
【化12】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基を表す。M(II)、R2、nは前記と同じ意味を示す。)
【化13】
(式中、M(II)、R1、R2、nは前記と同じ意味を示す。)
【0017】
本発明の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムに導入される炭酸水素イミダゾリウムの含有量は、0.001〜5.0mmol/g、好ましくは、0.01〜2.0mmol/gである。ハロゲン化イミダゾリウムのイオン交換による炭酸水素イミダゾリウムの生成により、ハロゲンの含有量が低下するので、その差より炭酸水素イミダゾリウムの含有量が算出される。
また磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの一次粒子の粒径は、0.5〜1000nm、好ましくは5〜100nmであるが、一般に凝集していることが多い。
また磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、この凝集を解くために、磁性ナノ粒子の表面が、オクタノール等の長鎖アルコールやオレイン酸等の長鎖カルボン酸等の界面活性剤で覆われていてもよい。
【0018】
本発明の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、一般式(V)
【化14】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。Xはハロゲン原子である。)
で表される構造を有するハロゲン化イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムと、一般式(VI)
【化15】
(式中、Zはアルカリ金属である。)
で表されるアルカリ金属の炭酸水素塩を、溶媒中攪拌することにより製造することができる。
【0019】
反応溶媒としては水が用いられるが、有機溶媒との混合系でもよい。水と有機溶媒との混合系の場合、有機溶媒としては特に、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール等のアルコールが好ましいが、アセトニトリル、プロピオニトリル、アセトン、N,N−ジメチルホルムアミドなどでもよい。
この溶媒を用いて磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムとアルカリ金属の炭酸水素塩との反応を行うに際しては、好ましくは、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下、アルカリ金属の炭酸水素塩を溶媒に溶解させたところに、磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムを添加し、十分に攪拌しながら反応させる。
【0020】
反応条件については、反応温度は室温が好ましい。100℃まで加熱してもよいが、それぞれの溶媒の沸点により上限が異なる。また、反応中、反応液は攪拌するのがよい。また反応時間は、反応温度及び使用する溶媒等その他の条件により異なり一概に定めることはできないが、好ましくは5〜50時間程度である。
また、アルカリ金属の炭酸水素塩の使用量については、必ずしも限定する必要はないが、一般的には、原料のハロゲン化イミダゾリウム1モルあたり0.5〜100モル、好ましくは5〜50モルの範囲のアルカリ金属の炭酸水素塩が用いられる。
【0021】
反応終了後、磁石を反応容器に近づけることにより、反応生成物は引き寄せられるので反応溶液をデカンテーションする。さらに溶媒で反応生成物を洗浄し、減圧下乾燥することにより、反応生成物が得られ、赤外線吸収スペクトル(IR)及び元素分析より目的物の生成が確認される。
本反応により、一段階で目的とする磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムを製造することができる。
【0022】
前記の製造方法において、原料物質に対応する。
一般式(V)
【化16】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。Xはハロゲン原子である。)
で表される構造を有するハロゲン化イミダゾリウムが、当該一般式中のSiに結合する3つのR1−O−基の少なくとも1つが磁性ナノ粒子中の酸素原子と置き換わることにより、当該磁性ナノ粒子に固定化された構造を含有する、磁性ナノ粒子固定化ハロゲン化イミダゾリウムは、一般式(V)
【化17】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。nは1〜30のいずれかの整数である。Xはハロゲン原子である。)
で表されるハロゲン化イミダゾリウムと磁性ナノ粒子とを、溶媒中加熱することにより製造することができる。
【0023】
加熱温度は、通常室温から200℃の範囲で選ばれるが、50℃から120℃が好ましい。溶媒の沸点によっては還流することが望ましい。また、反応中、反応液は撹拌するのがよい。
【0024】
この反応に用いられる溶媒としては、ハロゲン化イミダゾリウムを溶解し得るものであればよく、特に制限されない。例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン等の炭化水素、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール等のアルコール等が好ましく挙げられる。また少量の水を添加することにより、Si−O−Si結合により形成された、ハロゲン化イミダゾリウムのオリゴマーが生成し、磁性ナノ粒子に固定化することもあるため、導入されるハロゲン化イミダゾリウムの含有量の向上が見込まれる。
また、反応時間は、反応温度及び使用する溶媒等その他の条件により異なり一概に定めることはできないが、好ましくは5〜50時間程度である。
【0025】
また、ハロゲン化イミダゾリウムの使用量については、必ずしも限定する必要はないが、一般的には、原料の磁性ナノ粒子1グラムあたり0.01〜1グラム、好ましくは0.1〜0.5グラムの範囲の、ハロゲン化イミダゾリウムが用いられる。また原料の磁性ナノ粒子は調製後、反応溶媒に含浸して保存されたものを用いてもよい。
【0026】
一般式(V)で表されるハロゲン化イミダゾリウムは、一般式(VII)
【化18】
(式中、R2は炭素数が1〜20の炭化水素基である。)
で表されるN−置換イミダゾールと、一般式(VIII)
【化19】
(式中、R1は炭素数が1〜4のアルキル基である。nは1〜30のいずれかの整数、Xはハロゲン原子である。)
で表される、ケイ素・ハロゲンを含有する化合物を、溶媒中で反応させることにより製造することができる。
【0027】
これらの製法では、N−置換イミダゾールにおける、アルキル基を有しない窒素原子が、ケイ素・ハロゲンを含有する化合物における、ハロゲン原子に隣接する炭素原子上に求核攻撃するため、N−アルキル化が進行し、ハロゲン化イミダゾリウムが製造される。
【0028】
反応溶媒としては、N−置換イミダゾールとケイ素・ハロゲンを含有する化合物を程よく溶解できるものであり、かつ反応に関与しないものが用いられる。具体的には、N,N−ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、アセトン、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテルやジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素等が好ましく、これらの溶媒は単独又は混合溶媒の形で使用される。その中でも好ましい反応溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミドやアセトニトリルやこれらの混合溶媒が挙げられる。
この溶媒を用いてN−置換イミダゾールとケイ素・ハロゲンを含有する化合物との反応を行うに際しては、好ましくは、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下、N−置換イミダゾールとケイ素・ハロゲンを含有する化合物とを溶媒に添加して得られる溶液を十分に攪拌しながら反応させる。
【0029】
反応条件については、反応温度は好ましくは室温ないし160℃の範囲であるが、それぞれの溶媒の沸点により上限が異なる。また反応時間は、反応温度及び使用する溶媒等のその他の条件により異なり一概に定めることはできないが、好ましくは2〜50時間程度である。
また、ケイ素・ハロゲンを含有する化合物の使用量については、必ずしも限定する必要はないが、一般的には、N−置換イミダゾール1モルあたり1〜3モル、好ましくは1〜1.2モルの範囲のケイ素・ハロゲンを含有する化合物が用いられる。
【0030】
反応溶液を一部取り出し、この1H NMR測定より、N−置換イミダゾールがなくなりハロゲン化イミダゾリウムが生成したことが確認される。反応溶液の減圧留去により、ハロゲン化イミダゾリウムが得られた。
【0031】
磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムを用いることにより、カルボニル化合物のシアノシリル化反応が進行することから、本磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、シアノシリル化反応用新規触媒として有用である。
【0032】
本発明の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムをこのようなシアノシリル化反応用触媒として用いた反応の1例について、以下に説明する。
【0033】
前記触媒として磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの存在下に、一般式(IX)
【化20】
(式中、R3及びR4は、炭化水素基または水素原子を示す。炭化水素基の場合、これらの炭化水素基にはアルコキシ基や水酸基等の置換基を有していてもよい。)
で表されるカルボニル化合物と、一般式(X)
【化21】
(式中、R5は、炭化水素基を示す。)
で表されるシリルシアニドを反応させ、一般式(XI)
【化22】
(式中、R3、R4及びR5は前記と同じ意味を示す。)
で表されるシアノシリル化合物を製造することができる。
上記炭化水素基は特に限定されず、アルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基等が挙げられる。
【0034】
この反応は、溶媒を用いても、用いなくてもよい。溶媒を用いる場合、原料物質と反応しないジクロロメタン、1,2−ジクロロエタン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド等が用いられる。
また、反応は室温でもよいが、加熱するのが好ましく、通常60−120℃で行われる。反応中、反応液は攪拌するのがよい。
磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムの使用量については、必ずしも限定する必要はないが、一般的には、カルボニル化合物またはシリルシアニドのうち、使用量が少ない方の基質1モルあたり0.0001〜0.5モル、好ましくは0.0002〜0.02モルの範囲の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムが用いられる。
炭酸水素イミダゾリウムは加熱条件下で、含窒素複素環カルベンと同等の触媒作用を有することが、非特許文献9において報告されている。
【0035】
反応終了後、磁石を反応容器に近づけ磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムを引き寄せ、デカンテーションにより反応溶液を取り出すことにより、磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム触媒を回収できる。そして、再度反応容器に反応基質等を添加することにより、触媒の再利用が可能である。また、取り出した反応溶液を濃縮しカラムクロマトグラフィー等による分離精製により目的物質を得ることができる。
【0036】
従来、炭酸水素イミダゾリウム触媒の回収・再利用(リサイクル)には、濾過操作や分液操作等が必要であったが、本磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウム触媒を用いた場合、触媒を磁石に引き寄せ、反応溶液をデカンテーションするだけで回収でき、再度反応容器に反応基質等を添加することにより再利用が可能であり、容易にリサイクルが実現される点が本触媒の利点といえる。
【0037】
このように、本発明の磁性ナノ粒子固定化炭酸水素イミダゾリウムは、カルボニル化合物のシアノシリル化反応用新規触媒として有用であり、これを用いることにより効率的にカルボニル化合物のシアノシリル化反応を促進させることができる。
【実施例】
【0038】
次に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例により何ら限定されるものではない。
なお、以下の実施例では磁性ナノ粒子として、マグネタイト(Fe34)を用いた。マグネタイトは、上述の非特許文献3に記載の方法に従い合成した。
また、磁性ナノ粒子へのハロゲン化イミダゾリウムの固定化は、上述の非特許文献6に記載されたケイ素化合物の固定化方法に準じて行った。
【0039】
マグネタイト固定化ハロゲン化イミダゾリウムの合成の一例を、原料のハロゲン化イミダゾリウムの調製も含め参考例として以下に記載する。
[参考例1]
アルゴン雰囲気下、以下の構造式(XII)
【化23】
で表されるケイ素・ハロゲンを含有する化合物(884.9mg)と以下の構造式(XIII)
【化24】
で表されるN−置換イミダゾール(409.1mg)の脱水N,N−ジメチルホルムアミド溶液(2mL)を90℃で5時間攪拌した後、溶媒を真空留去し、以下の構造式(XIV)
【化25】
で表されるヨウ化イミダゾリウムを得た。
次にアルゴン雰囲気下、マグネタイト(3.3495g)と調製したヨウ化イミダゾリウムを、脱気したエタノール(20mL)に加え、さらに超純水(337μL)を加え、1分間超音波をかけた後、メカニカルスターラーを用いて撹拌しながら24時間加熱還流した。反応終了後、磁石を近づけることにより、生成物を壁面に引き寄せ、反応溶液をデカンテーションし、さらに脱気したエタノールで4回洗浄した。その後 70℃で真空乾燥し、目的物を得た(黒色粉末、3.4360g)。
このもののIR分析と元素分析の結果は次の通りである。
IR:2916、2839、1558、1458、1042cm-1
元素分析:C 5.97%、H 0.91%、N 0.51%、I 2.31%
これらの分析結果より、この生成物は以下の構造式(XV)で表される、磁性ナノ粒子にヨウ化イミダゾリウムが固定化された化合物と同定された。なお、以下の構造式は、磁性ナノ粒子に対する有機基の固定化の主な形態である、磁性ナノ粒子中の鉄酸化物の表面の3個の酸素原子と有機基のケイ素が結合する形態で記載されているが、[0016]において述べたように、有機基の磁性ナノ粒子に対する結合形態はこれに限られるものではない。以降の実施例における構造式についても同様である。
【化26】
【0040】
[実施例1]
アルゴン雰囲気下、炭酸水素カリウムKHCO31.8070gを水−メタノール90mL(1:1 v/v)に溶解させ、得られた炭酸水素カリウム溶液に以下の構造式(XV)
【化27】
で表されるマグネタイト(Fe34)固定化ヨウ化イミダゾリウム1.8030g(0.182mmol/g)を加え、室温にて24時間攪拌した。
反応後、磁石を反応容器に近づけ生成物を引き寄せデカンテーションし、水で4回洗浄後、生成物を減圧乾燥させることにより、目的物を得た(黒色粉末、収量1.275g)。
このもののIR分析と元素分析の結果は次の通りである。
IR:2924、1620、1558、1458、640cm-1
元素分析:C 5.46%、H 0.86%、N 0.46%、I 0.35%
これらの分析結果より、この生成物は以下の構造式(XVI)を主な成分とする化合物と同定された。
【化28】
【0041】
[実施例2]
アルゴン雰囲気下、炭酸水素カリウムKHCO31.2949gを水−メタノール60mL(1:1 v/v)に溶解させ、得られた炭酸水素カリウム溶液に以下の構造式(XVII)
【化29】
で表されるマグネタイト(Fe34)固定化ヨウ化イミダゾリウム1.2391g(0.191mmol/g)を加え、室温にて24時間攪拌した。
反応後、磁石を反応容器に近づけ生成物を引き寄せデカンテーションし、水で4回洗浄後、生成物を減圧乾燥させることにより、目的物を得た(黒色粉末、収量1.0521g)。
このもののIR分析と元素分析の結果は次の通りである。
IR:3402、2924、1767、1636、1504、1373cm-1
元素分析:C 4.31%、H 0.77%、N 0.44%、I 0.37%
これらの分析結果より、この生成物は以下の構造式(XVIII)を主な成分とする化合物と同定された。
【化30】
【0042】
[実施例3]
アルゴン雰囲気下、シクロヘキサン2mLに、実施例1で得られたマグネタイト固定化炭酸水素イミダゾリウム(0.154mmol/g)6.5mg(カルボニル化合物としてのベンズアルデヒドに対し0.05mol%)、ベンズアルデヒド211.1mgとトリメチルシリルシアニド239.0mgを加え、60℃にて1時間メカニカルスターラーを用いて攪拌し、反応させた。
反応終了後、磁石を反応容器に近づけデカンテーションした。さらに触媒を少量のシクロヘキサンで4回洗浄し反応液と合わせ、この溶液に内部標準として1,3,5−トリ−t−ブチルベンゼンを添加し、1H NMRより以下の構造式(XIX)
【化31】
で表されるシリルシアノ化合物の生成を確認した(収率99.6%)。
【0043】
[実施例4]
アルゴン雰囲気下、ヘキサン4mLに、実施例2で得られたマグネタイト固定化炭酸水素イミダゾリウム(0.162mmol/g)12.4mg(カルボニル化合物としてのベンズアルデヒドに対し0.05mol%)、ベンズアルデヒド425.3mgとトリメチルシリルシアニド478.0mgを加え、60℃にて1時間メカニカルスターラーを用いて攪拌し、反応させた。
反応終了後、磁石を反応容器に近づけデカンテーションした。さらに触媒を少量のヘキサンで4回洗浄し反応液と合わせ、この溶液に内部標準として1,3,5−トリ−t−ブチルベンゼンを添加し、1H NMRより以下の構造式(XIX)
【化32】
で表されるシリルシアノ化合物の生成を確認した(収率99.7%)。