(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6766445
(24)【登録日】2020年9月23日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20201005BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20201005BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-103960(P2016-103960)
(22)【出願日】2016年5月25日
(65)【公開番号】特開2017-210080(P2017-210080A)
(43)【公開日】2017年11月30日
【審査請求日】2019年4月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078776
【弁理士】
【氏名又は名称】安形 雄三
(74)【代理人】
【識別番号】100121887
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 好章
(74)【代理人】
【識別番号】100200333
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100204205
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 富雄
(72)【発明者】
【氏名】椿 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】星 譲
【審査官】
神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−021803(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/145797(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/063368(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/063367(WO,A1)
【文献】
特開2013−230019(JP,A)
【文献】
特開2013−141869(JP,A)
【文献】
特開2012−157096(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0067022(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 − 6/10
B62D 5/00 − 5/06
B62D 5/07 − 5/32
H02P 21/00 − 25/03
H02P 25/04
H02P 25/10 − 27/18
B60R 21/2338
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のモータ駆動部および第2のモータ駆動部、並びに前記第1のモータ駆動部および前記第2のモータ駆動部によって駆動されるモータを有する電動パワーステアリング装置であって、
前記モータは巻線が2重化された第1の巻線および第2の巻線を有し、
操舵補助指令値は、第1のセンサ群によって検出された第1のデータ群に基づいて算出され、
補償電流指令値は、前記第1のセンサ群によって検出された前記第1のデータ群、および第2のセンサ群によって検出された第2のデータ群に基づいて算出され、
前記操舵補助指令値と前記補償電流指令値との加算値を正常時補償電流指令値とし、
前記正常時補償電流指令値に基づいて第1の電流指令調整値を演算する第1の伝達関数部と、
前記正常時補償電流指令値に基づいて第2の電流指令調整値を演算する第2の伝達関数部と、
前記第1の巻線または前記第2の巻線の故障を検出する故障検出部と、
故障時係数を0.3以上1未満の数とし、
前記操舵補助指令値に前記故障時係数を掛けて算出された故障時操舵補助指令値と前記補償電流指令値とを加算した故障時電流指令値に基づいて、故障時電流指令調整値を生成する第3の伝達関数部を備え、
前記第1の巻線かつ前記第2の巻線の故障が検出されていない正常時には、前記第1の電流指令値および前記第2の電流指令値に基づいて前記モータを駆動し、
前記故障時には、前記故障時電流指令調整値に基づいて前記モータを駆動することによって、前記故障が検出された場合でも、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを有することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記操舵補助指令値を生成する操舵補助指令値演算部を備え、
前記操舵補助指令値演算部は、
前記正常時には、操舵トルクと正常時操舵補助指令値との対応を示す第1のアシストマップを用いて演算した前記正常時操舵補助指令値を前記操舵補助指令値とし、
前記故障時には、前記操舵トルクと故障時操舵補助指令値との対応を示す第2のアシストマップを用いて演算した前記故障時操舵補助指令値を前記操舵補助指令値とし、
前記第1のアシストマップは、前記操舵トルクの上昇に対して、第1の飽和トルクにおいて飽和する第1の飽和操舵補助指令値を有し、
前記第2のアシストマップは、前記操舵トルクの上昇に対して、第2の飽和トルクにおいて飽和する第2の飽和操舵補助指令値を有し、
車速が同じ場合、前記第1の飽和トルクは前記第2の飽和トルクより低く、かつ前記第1の飽和操舵補助指令値は前記第2の飽和操舵補助指令値より高く設定することよって、前記故障時における前記第1の操舵補助指令値が飽和するまでの変化は、前記正常時における前記第1の操舵補助指令値が飽和するまで緩やかに変化させる請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記第3の伝達関数部は、
前記第1の伝達関数部の伝達関数、および前記第2の伝達関数部の伝達関数と、
前記第1の電流指令値を前記第1の伝達関数部に供給することによって前記第1の巻線に発生する前記モータのトルクの第1の周波数特性と、
前記第2の電流指令値を前記第2の伝達関数部に供給することによって、前記第2の巻線に発生する前記モータのトルクの第2の周波数特性と、
前記故障電流指令調整値を前記第3の伝達関数部に供給することによって前記第1の巻線または前記第2の巻線に発生する前記モータのトルクの第3の周波数特性と、に基づいて算出された伝達関数を用いる請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記第1の周波数特性をG
1、前記第2の周波数特性をG
2、前記第3の周波数特性をG
1´、前記第1の伝達関数部の伝達関数をC
1、および前記第2の伝達関数部の伝達関数をC
2とし、
前記第3の伝達関数部の伝達関数を
とする請求項3に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記第3の伝達関数部の伝達関数Ca1が、2次の伝達関数または4次の伝達関数である請求項4に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
前記第1のデータ群を前記操舵トルクおよび車速とし、かつ前記第2のデータ群をモータ電気角、ハンドル舵角およびセルフアライメントトルクとする請求項2乃至5のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の操舵系に多相モータ巻線を二重化した多相モータによるアシスト力を付与するようにした電動パワーステアリング装置に関して、二重化した多相モータ巻線に対して個別のモータ駆動部から電流を供給し、モータの巻線に故障(異常を含む)が生じた場合に、故障が生じた一方の巻線を特定し、故障した一方の巻線を除く正常な他方の巻線を電流駆動する際、正常な他方の巻線に供給する操舵補助指令値を故障が生じる以前の半分にすること、及び操舵補助指令値に加算される補償電流指令値は故障が生じる以前のまま維持することによって、トルクリップルが抑制された、安定な操舵フィーリングを実現することができる電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術として、電動パワーステアリング装置の一般的な構成を
図1に示して説明すると、操向ハンドル1のコラム軸(ステアリングシャフト)2は減速ギア3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a,6bを経て、更にハブユニット7a,7bを介して操向車輪8L,8Rに連結されている。また、コラム軸2には、操向ハンドル1の操舵トルクを検出するトルクセンサ10および操舵角θhを検出する舵角センサ14が設けられており、操向ハンドル1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介してコラム軸2に連結されている。電動パワーステアリング装置を制御するコントロールユニット100には、バッテリ13から電力が供給されると共に、イグニションキー11を経てイグニションキー信号が入力される。コントロールユニット100は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTrと車速センサ12で検出された車速Velとに基づいてアシスト(操舵補助)指令の操舵補助指令値の演算を行い、操舵補助指令値に補償等を施した電圧制御値EaおよびEbによってモータ20に供給する電流を制御する。なお、舵角センサ14は必須のものではなく、配設されなくても良く、また、モータ20に連結されたレゾルバ等の回転位置センサから操舵角θを取得することも可能である。コントロールユニット100には、車両の各種情報を授受するCAN(Controller Area Network)50が接続されており、車速VelはCAN50から受信することも可能である。また、コントロールユニット100には、CAN50以外の通信、アナログ/デジタル信号、電波等を授受する非CAN51も接続可能である。
【0003】
また、モータ20には、3相モータ20aが配置され、
図2に示すように、内周面に内方に突出形成されてスロットを形成する磁極となるステータ(図示しない)と、該ステータの内周側に回転自在に配置された、表面磁石型のロータ(図示しない)とを有するような、例えばSPMモータ(Surface Permanent Magnet Motor)の構成を有する。そして、ステータのスロットに、2系統の多相モータ巻線となる第1の巻線L1と第2の巻線L2とが巻装されている。第1の巻線L1は、U相コイルL1u、V相コイルL1v及びW相コイルL1wの一端が互いに接続されてスター結線され、また第1のU相コイルL1u、第1のV相コイルL1v及び第1のW相コイルL1wの他端がコントロールユニット100に接続されて、個別に第1のU相駆動電流I1u、第1のV相駆動電流I1v及び第1のW相駆動電流I1wが供給されている。同様に、第2の巻線L2は、U相コイルL2u、V相コイルL2v及びW相コイルL2wの一端が互いに接続されてスター結線され、第2のU相コイルL2u、第2のV相コイルL2v及び第2のW相コイルL2wの他端がコントロールユニット100に接続されて、個別に第2のU相駆動電流I2u、第2のV相駆動電流I2v及び第2のW相駆動電流I2wが供給されている。
【0004】
また、3相モータ20aの内部には、モータの回転位置を検出するホール素子、またはレゾルバのような回転位置センサ(図示しない)が備えられ、この回転位置センサから生成される検出値が、モータ回転角検出部(図示しない)およびモータ電気角検出部(図示しない)に供給されて、それぞれモータ回転角θmおよびモータ電気角θeを検出することができる。コントロールユニット100には、操舵トルクセンサ10で検出された操舵トルクTr及び車速センサ12で検出された車速Velが入力されるとともに、モータ回転角検出回路およびモータ電気角検出部から出力されるモータ回転角θmおよびモータ電気角θeが入力される。
【0005】
従来、、電動パワーステアリング装置に備えられた多相モータの多相モータ巻線を二重化し、二重化した多相モータ巻線に対して個別のインバータ部から電流を供給し、一方のインバータ部のスイッチング手段に導通不可となるオフ故障すなわちオープン故障、またはスイッチング手段が短絡となるショート故障が生じた場合でも、モータの駆動制御を継続することが可能な多相モータ制御装置、およびこれを搭載した電動パワーステアリング装置が知られており、例えば、特開2015−39256号公報(特許文献1)、特開2014−176215号公報(特許文献2)および特開2004−10024号公報(特許文献3)に開示されている。
【0006】
また、操舵系に操舵トルクに応じたアシスト力を付与するモータのモータコイルを2系統設け、その2系統のモータコイルのそれぞれに駆動電力を出力して、モータ駆動制御を備えた電動パワーステアリング装置において、2系統のいずれか一方の系統に故障が発生した場合、残りの他の系統に対して正常時の発熱量と同等もしくはそれ以下になるように、駆動電力の目標値である電流指令値を調節してモータ駆動を継続することによって、バックアップ制御中のモータ駆動電流を制限してモータ出力を抑えることができ、モータの発熱を抑えつつも、アシストを継続する装置が、特開2013−159165号公報(特許文献4)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015−39256号公報
【特許文献2】特開2014−176215号公報
【特許文献3】特開2004−10024号公報
【特許文献4】特開2013−159165号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1〜3に記載された装置では、電動パワーステアリング装置における、二重化した多相モータ巻線を駆動する多相モータ駆動制御装置が故障した場合、多相モータ駆動制御装置に供給される電流指令値は、単に故障以前の1/2に低下するため、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを実現することは困難であるといわざるを得ない。
【0009】
また、特許文献4に記載された装置では、2系統のいずれか一方に故障が発生するというバックアップ制御中のモータ駆動電流を制限してモータ出力を抑える技術であり、モータの発熱が抑えられるものの、トルクリップルを抑制することを目的とした技術は開示されておらず、より安定な操舵フィーリングを実現するには、十分とはいえない。
【0010】
本発明は上述のような事情に基づいてなされたものであり、本発明の目的は、二重化した多相モータ巻線に対して個別のモータ駆動部から電流を供給し、モータの巻線に故障(異常を含む)が生じた場合に、故障が生じた一方の巻線を特定し、故障した一方の巻線を除く正常な他方の巻線を電流駆動する際、正常な他方の巻線に供給する操舵補助指令値を故障が生じる以前の半分にすること、及び操舵補助指令値に加算される補償電流指令値は故障が生じる以前のまま維持することによって、トルクリップルが抑制された、安定な操舵フィーリングを実現することができる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、第1のモータ駆動部および第2のモータ駆動部、並びに前記第1のモータ駆動部および前記第2のモータ駆動部によって駆動されるモータを有する電動パワーステアリング装置であって、前記モータは巻線が2重化された第1の巻線および第2の巻線を有し、操舵補助指令値は、第1のセンサ群によって検出された第1のデータ群に基づいて算出され、補償電流指令値は、前記第1のセンサ群によって検出された前記第1のデータ群、および第2のセンサ群によって検出された第2のデータ群に基づいて算出され、前記操舵補助指令値と前記補償電流指令値との加算値を正常時補償電流指令値とし、前記正常時補償電流指令値に基づいて第1の電流指令調整値を演算する第1の伝達関数部と、前記正常時補償電流指令値に基づいて第2の電流指令調整値を演算する第2の伝達関数部と、前記第1の巻線または前記第2の巻線の故障を検出する故障検出部と、故障時係数を0.3以上1未満の数とし、前記操舵補助指令値に前記故障時係数を掛けて算出された故障時操舵補助指令値と前記補償電流指令値とを加算した故障時電流指令値に基づいて、故障時電流指令調整値を生成する第3の伝達関数部を備え、前記第1の巻線かつ前記第2の巻線の故障が検出されていない正常時には、前記第1の電流指令値および前記第2の電流指令値に基づいて前記モータを駆動し、前記故障時には、前記故障時電流指令調整値に基づいて前記モータを駆動することによって、前記故障が検出された場合でも、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを有することにより達成される。
【0012】
本発明の上記目的は、前記操舵補助指令値を生成する操舵補助指令値演算部を備え、前記操舵補助指令値演算部は、前記正常時には、操舵トルクと正常時操舵補助指令値との対応を示す第1のアシストマップを用いて演算した前記正常時操舵補助指令値を前記操舵補助指令値とし、前記故障時には、前記操舵トルクと故障時操舵補助指令値との対応を示す第2のアシストマップを用いて演算した前記故障時操舵補助指令値を前記操舵補助指令値とし、前記第1のアシストマップは、前記操舵トルクの上昇に対して、第1の飽和トルクにおいて飽和する第1の飽和操舵補助指令値を有し、前記第2のアシストマップは、前記操舵トルクの上昇に対して、第2の飽和トルクにおいて飽和する第2の飽和操舵補助指令値を有し、車速が同じ場合、前記第1の飽和トルクは前記第2の飽和トルクより低く、かつ前記第1の飽和操舵補助指令値は前記第2の飽和操舵補助指令値より高く設定することよって、前記故障時における前記第1の操舵補助指令値が飽和するまでの変化は、前記正常時における前記第1の操舵補助指令値が飽和するまで緩やかに変化させることにより、
或いは前記第3の伝達関数部は、前記第1の伝達関数部の伝達関数、および前記第2の伝達関数部の伝達関数と、前記第1の電流指令値を前記第1の伝達関数部に供給することによって前記第1の巻線に発生する前記モータのトルクの第1の周波数特性と、前記第2の電流指令値を前記第2の伝達関数部に供給することによって、前記第2の巻線に発生する前記モータのトルクの第2の周波数特性と、前記故障電流指令調整値を前記第3の伝達関数部に供給することによって前記第1の巻線または前記第2の巻線に発生する前記モータのトルクの第3の周波数特性と、に基づいて算出された伝達関数を用いることにより、或いは前記第1の周波数特性をG
1、前記第2の周波数特性をG
2、前記第3の周波数特性をG
1´、前記第1の伝達関数部の伝達関数をC
1、および前記第2の伝達関数部の伝達関数をC
2とし、前記第3の伝達関数部の伝達関数を
とすることにより、
或いは前記第3の伝達関数部の伝達関数Ca
1が、2次の伝達関数または4次の伝達関数であることにより、
或いは前記第1のデータ群を前記操舵トルクおよび車速とし、かつ前記第2のデータ群をモータ電気角、ハンドル舵角およびセルフアライメントトルクとすることにより、より効果的に達成される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の電動パワーステアリング装置によれば、車両の操舵系に多相モータ巻線を二重化した多相モータによるアシスト力を付与するようにした電動パワーステアリング装置において、二重化した多相モータ巻線に対して個別のモータ駆動部から電流を供給し、モータの巻線に故障が生じた場合に、故障が生じた一方の巻線を特定し、故障した一方の巻線を除く正常な他方の巻線を電流駆動する際、正常な他方の巻線に供給する操舵補助指令値を故障が生じる以前の半分にすること、及び操舵補助指令値に加算される補償電流指令値は故障が生じる以前のまま維持し、該加算された電流指令値を用いて多相モータを駆動することによって、故障が生じた場合でも、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】電動パワーステアリング装置の概要を示す構成図である。
【
図2】第1実施形態における、2系統の多相モータ巻線となる第1の巻線L1と第2の巻線L2とが巻装されている3相モータの構成例を示す線図である。
【
図3】第1実施形態における、コントロールユニットおよびモータの構成を示すブロック図である。
【
図4】第1実施形態における、操舵補助指令値算出マップにおける、操舵トルクと操舵補助指令値との関係を示す特性図である。
【
図5】第1実施形態における、第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに正常であると判定した場合における、電流指令値調整部の構成および機能を示すブロック図である。
【
図6】第1実施形態における、第1の巻線L1および第2の巻線L2のいずれか一方が故障であると判定した場合における、電流指令値調整部の構成および機能を示すブロック図である。
【
図7】第1実施形態における、第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに正常であると判定した場合における、3相モータに生じるモータトルクを模式的に表現するブロック図である。
【
図8】第1実施形態における、第1の巻線L1および第2の巻線L2のいずれか一方が故障であると判定した場合における、3相モータに生じるモータトルクを模式的に表現するブロック図である。
【
図9】本発明を採用しない従来の電動パワーステアリング装置の操舵トルクの時間変化と、第1実施形態における、電動パワーステアリング装置の操舵トルクの時間変化とを比較する図である。
【
図10】第2の実施形態における、電流指令値調整部の内部に配置されたスイッチ郡、およびスイッチ群と他の構成との接続関係の一例を示すブロック図である。
【
図11】第3の実施形態における、電流指令値調整部の内部に配置されたスイッチ郡、およびスイッチ群と他の構成との接続関係の一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の電動パワーステアリング装置によれば、車両の操舵系に多相モータ巻線を二重化した多相モータによるアシスト力を付与するようにした電動パワーステアリング装置において、二重化した多相モータ巻線に対して個別のモータ駆動部から電流を供給し、モータの巻線に故障(異常を含む)が生じた場合に、故障が生じた巻線を特定し、故障した一方の巻線を除く他方の巻線を電流駆動する際、正常な他方の巻線に供給する操舵補助指令値を故障が生じる以前の半分にすること、及び操舵補助指令値に加算される補償電流指令値は故障が生じる以前のまま維持し、該加算された電流指令値を用いて多相電動モータを駆動することによって、故障が生じた場合でも、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを実現することが可能となる。
【0016】
以下に、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。
【0017】
コントロールユニット100は主としてCPU(又はMPUやMCU)で構成されるが、そのCPU内部においてプログラムで実行される一般的な機能を示すような構成は、
図3のようになっている。
図3を参照してコントロールユニット100の機能及び動作を説明すると、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTr及び車速センサ12からの車速Velは操舵補助指令値演算部101に入力され、アシストマップ(図示しない)を用いて操舵補助指令値Iref_mapが演算される。例えば、コントロールユニット100では、操舵トルクTr及び車速Velをもとに予め設定された操舵補助指令値算出マップ(例えば、操舵補助指令値特性曲線のルックアップテーブル)のデータを操舵補助指令値演算部に格納し、操舵補助指令値算出マップを参照し、演算して、操舵補助指令値Iref_mapを電流指令値調整部102に供給する。
【0018】
操舵補助指令値算出マップにおける、操舵トルクTrと操舵補助指令値Iref_mapとの関係については、所定の操舵トルク以下では、操舵トルクが増加するにつれて操舵補助指令値が増大するような曲線状特性を示し、該所定の操舵トルク以上では、車速Velに応じた上限値で飽和するような特性を示す。また、車速Velが増加するにつれて、操舵補助指令値Iref_mapが飽和する値が低下するように設定される。ただし、飽和する値はドライバーのフィールが車両挙動に合わせ低下しなく、一定でも良い。例えば、
図4のような特性で表される。このような特性を有する操舵補助指令値演算部101により、車速が上昇するにつれてハンドルが適度に重くなるように設定され、その結果、快適な操舵フィーリングを得ることができる。なお、巻線の正常時には、実線Aで表された特性を示すアシストマップを使用するが、巻線の故障時には、点線Bで表された特性を示すアシストマップに切り替えて、使用する。正常時のアシストマップの特性と故障時のアシストマップの特性を比較すると、故障時のアシストマップの特性の飽和する操舵補助指令値は、正常時のそれより低く設定されている。一方、故障時における操舵補助指令値が飽和するトルク(
図4の点線D)については、正常時における操舵補助指令値が飽和するトルク(
図4の点線C)により高く設定されている。その結果、故障時における飽和までの操舵補助指令値の変化は、正常時のそれよりやや緩やかな特性曲線として設定されている。
【0019】
なお、操舵補助指令値演算部101に、マップの後(操舵補助指令値演算部101と電流指令値調整部102との間)に1次の位相進み補償、位相遅れ補償、2次の位相補償を直列に設けてもよい。
【0020】
また、モータ電気角θe、ハンドル舵角θh、舵角トルクTr、車速Vel、およびその他のデータが補償電流指令値演算部103に入力され、演算された補償電流指令値Iref_compが電流指令値調整部102に入力される。
【0021】
また、モータ20の電気角θeは、操舵角に対応するものとなり、電気角θeを時間微分して算出される電気角速度dθe/dtは、操舵角速度に対応するものとなる。電流指令値調整部102は、電気角θeをもとに演算された電気角速度dθe/dtに基づいた操舵角速度ωが大きくなるにつれて、補償電流指令値Iref_compを減少させ、または操舵角速度ωが小さくなるにつれて、補償電流指令値Iref_compを増加させるように調整しても良い。さらに、車速Velを考慮して、同じ操舵角速度ωが入力された場合において、車速Velが大きい場合には補償電流指令値Iref_compを増加させ、車速Velが小さい場合には補償電流指令値Iref_compを減少させるように調整するようにしても良い。
【0022】
また、その他で考慮する入力データとして、例えばセルフアライメントトルク(以下、SATと記載する)が挙げられ、路面から操舵輪を介してステアリング機構(例えばラックバー)に入力される力として、操舵操作に対する抵抗力となるため、この力に基づいて推定したアシストトルクから補償電流指令値Iref_compを調整することができる。また、路面と操舵輪との摩擦などに起因する力であるSATが大きくなるにつれて、補償電流指令値Iref_compを増加するように調整するようにしても良い。また、車速センサ12で検出した車速Velと舵角センサ14で検出したハンドル操舵角θhとからSATを推定してもよい。
また、モータ20にはレゾルバ等の回転位置センサが取り付けられており、モータ回転角θmおよびモータ電気角θeを検出することができる。そして、回転位置センサからのモータ回転角θmまたはモータ電気角θeに基づいて、モータ20の回転角速度であるモータ角速度ωを演算することができ、更に、モータ角速度ωに基づいて、モータ20の回転角加速度であるモータ角加速度ω*を演算することができる。補償電流指令値演算部103において、モータ角加速度ω*に基づいて、慣性補償値INaを演算して、慣性補償値INaを加算するようにしても良い。こうして慣性補償値INaを加算された補償電流指令値Iref_compを用いた電動パワーステアリング装置では、モータ慣性を加減速させるトルクを操舵トルクTrから排除し、慣性感のない操舵感を得るすることができる。なお、具体的な構成については、補償電流指令値演算部103において、モータ回転角θeを微分演算し、モータ角速度ωを演算するモータ角速度演算部、モータ角速度ωを微分演算し、モータ角加速度ω*を演算するモータ角加速度演算部、モータ角加速度ω*に基づいて慣性補償値INaを演算する慣性補償部を設け、さらに、モータ電気角θe、ハンドル舵角θh、操舵トルクTr、車速Vel、およびその他のデータに基づいて演算された補償電流指令値Iref_compに慣性補償値INaを加算する加算部を設けるようなものが挙げられる。
【0023】
さらに、補償電流指令値演算部103には、舵角トルクTrの時間微分を行い、舵角トルク微分値(dTr/dt)を出力するトルク微分補償部(図示しない)を備えて、慣性補償電流設定手段としても機能するようにしてもよい。トルク信号Trの位相を位相進みの方向に補償するため、急操舵時にも鋭敏な操舵特性が得られるように改善される。また、このような位相補正を行えば、トルクリップルの低減により電動パワーステアリング装置に生じる振動や異音を抑制することができる。
【0024】
さらに、車速Velおよび操舵トルクTrに基づいて、ステアリング機構に対する摩擦の補償をするための摩擦補償値Fcを演算し、演算された摩擦補償値Fcで電流指令値を補正するようにしてもよい。例えば、操舵トルクTr及び車速Velを入力して摩擦補償値Fcを出力する摩擦補償部(図示しない)を具備し、補償電流指令値Iref_comp、操舵補助指令値Iref_map、さらに摩擦補償値Fcを電流指令値調整部102に供給して、後述するが電流指令加算値Irefの生成に反映してもよい。なお、具体的な摩擦補償部は、操舵トルクTrに基づいて摩擦補償演算値Foを演算する摩擦補償値演算部と、摩擦補償演算値Foに乗算する車速感応ゲインGvを演算するゲイン演算部と、摩擦補償演算値Foとゲイン演算部で演算された車速感応ゲインGvとの乗算を行う乗算部とで構成されており、ゲイン演算部は、車速Velに応じて決まる車速感応ゲインGvを演算する車速感応ゲイン演算部で構成されるような例を挙げることができる。このような構成に拠れば、摩擦補償部の乗算部は摩擦補償演算値Foと車速感応ゲインGvを乗算して得られた摩擦補償値Fc(=Gv*Fo)を出力することができる。そして、補償電流指令値Iref_compを生成する際、摩擦補償値Fcを減算するような補償電流指令値演算部103を構成するようにすることによって、ステアリング機構における回転方向とは反対方向に駆動トルクが発生するように、補償電流指令値Iref_compを演算することができる。これによって、ステアリング機構における粘性感という効果を奏することができる。
【0025】
続いて、電流指令値調整部102以降の構成について説明する。まず、操舵補助指令値Iref_mapおよび補償電流指令値Iref_compが電流指令値調整部102に入力され、第1の電流指令調整値Iref1および第2の電流指令調整値Iref2が演算される。第1の電流指令調整値Iref1および第2の電流指令調整値Iref2は、それぞれ第1の電流指令値制限部104aおよび第2の電流指令値制限部104bに入力され、第1の電流制限指令値Iref1_limおよび第2の電流制限指令値Iref2_limが演算される。第1の電流制限指令値Iref1_limおよび第2の電流制限指令値Iref2_limが、それぞれ第1の電流制御演算部105aおよび第2の電流制御演算部105bに入力され、第1の電流指令値Vref_1および第2の電流指令値Vref_2が演算される。そして、第1の電圧指令値Vref_1および第2の電圧指令値Vref_2が、それぞれ第1のモータ電流駆動部23aおよび第2の電流駆動部23bに供給され、第1の電圧指令値Vref_1に基づいてPWMが演算され、回転位置センサからのモータ角Is_1θeに同期して第1のU相駆動電流I1u、第1のV相駆動電流I1vおよび第1のW相駆動電流I1wに変換される。また同様に、第2の電圧指令値Vref_2に基づいてPWMが演算され、回転位置センサからのモータ角Is_2θeに同期して第2のU相駆動電流I2u、第2のV相駆動電流I2vおよび第2のW相駆動電流I2wに変換され、3相モータ20aが駆動される。
【0026】
なお、第1の電流指令値制限部104aおよび第2の電流指令値制限部104bは、その入力される第1の電流制限指令値ref1_limおよび第2の電流制限指令値Iref2_limに基づいて、それぞれ、独立に電流フィードバック制御を実行する構成となっていても良い。
【0027】
また、第1のモータ電流駆動部23a、および第2のモータ電流駆動部23bには周知のPWMインバータが採用されている。そして、第1のモータ電流駆動部23aは、第1の電圧指令値Vref_1に対応する第1のU相コイルL1u、第1のV相コイルL1v、および第1のW相コイルL1wにそれぞれ印加される駆動波形のデューティ比を演算する。同様に、第2のモータ電流駆動部23bは、第2の電圧指令値Vref_2に対応する第2のU相コイルL2u、第2のV相コイルL2v、および第2のW相コイルL2wにそれぞれ印加される駆動波形のデューティ比を演算する。このようにして、コントロールユニットECU100は、第1の電圧指令値Vref_1および第2の電圧指令値Vref_2に基づき、第1のモータ電流駆動部23aおよび第2のモータ電流駆動部23bが出力する駆動電力を、それぞれ独立に、その対応する3相モータ20aの第1の巻線L1、および第2の巻線L2に供給する構成となっている。
【0028】
第1の電流検出部24aおよび第2の電流検出部24bは、HレベルまたはLレベルの状態を示すデジタル信号を用いて故障検出部106に故障の状態を伝達する。
【0029】
そして、第1の電流検出部24aは、第1のU相駆動電流I1u、第1のV相駆動電流I1vおよび第1のW相駆動電流I1wを検出し、第2の電流検出部24bは、第2のU相駆動電流I2u、第2のV相駆動電流I2vおよび第2のW相駆動電流I2wを検出する。そして、第1の電流検出部24aが故障を検出した場合、Lレベルの巻線1正常/故障coil1_normを故障検出部106に伝達する。同様に、第2の電流検出部24bが故障を検出した場合、Lレベルの巻線2正常/故障coil2_normを故障検出部106に伝達する。故障検出部106は、Lレベルの巻線1正常/故障coil1_normが入力された場合、第1のモータ駆動回路23aが駆動するモータの第1の巻線L1に故障が発生したと判断する。同様に、Lレベルの巻線2正常/故障coil2_normが入力された場合、第2のモータ駆動回路23bが駆動するモータの第2の巻線L2に故障が発生したと判断する。故障検出部106は、第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに正常であるか、第1の巻線L1または第2の巻線L2のいずれが故障であるか、第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに故障であるかを判断し、判断結果を判定信号judgeとして、電流指令値調整部102に伝達する。また、Hレベルによって巻線の正常を示す正常状態normal、Hレベルによって巻線1の正常を示す巻線1正常/故障coil1_norm、およびHレベルによって巻線2の正常を示す巻線2正常/故障coil2_normを電流指令値調整部102に伝達するようにしても良い。
【0030】
そして、第1の巻線L1または第2の巻線L2のいずれかが故障である場合、電流指令値調整部102は、それぞれ第1の電流指令調整値Iref1または第1の電流指令調整値Iref2を生成することを中止する。例えば、第2の巻線が故障である場合、第2の電流指令調整値Iref2を生成することを中止する。そして、巻線が正常であったときの半分にされた操舵補助指令値Iref_mapおよび補償電流指令値Iref_compに基づいて、正常時の第1の電流指令調整値Iref1に代わる、故障時の電流指令調整値Iref1_irgを生成し、第1の電流指令制限部104aに出力する。また第1の巻線が故障である場合、第1の電流指令調整値Iref1を生成することを中止する。そして、巻線が正常であったときの半分にされた操舵補助指令値Iref_mapおよび補償電流指令値Iref_compに基づいて、正常時の第2の電流指令調整値Iref2に代わる、故障時の電流指令調整値Iref2_irgを生成し、第2の電流指令制限部104bに出力する。なお、操舵補助指令値Iref_mapを巻線が正常であったときの半分にする際、係数Cmap(=0.5)を設定し、巻線が異常になった際、係数Cmapを掛けて、巻線異常時の操舵補助指令値Iref_mapを算出しても良い。
【0031】
ここで、電流指令値調整部102の構成および機能を
図5および
図6に示すブロック図を用いて説明する。
【0032】
故障検出部106が、第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに正常であると判定した場合の電流指令値調整部102の構成を説明すると、加算ブロック31は、操舵補助指令値Iref_mapと補償電流指令値Iref_compとを加算した電流指令加算値Irefをそれぞれ伝達関数C1の第1の伝達関数部32aおよび第2伝達関数部32bに入力する。該加算したデータである電流指令加算値Irefは、第1の伝達関数部32aおよび第2の伝達関数部32bによって、それぞれ第1の電流指令調整値Iref1および第2の電流指令調整値Iref2に変換される。なお、摩擦補償部から供給される摩擦補償値Fcを考慮する場合は、補償電流指令値Iref_comp、操舵補助指令値Iref_map、さらに摩擦補償値Fcを減算して、電流指令加算値Irefの生成してもよい。
【0033】
つぎに、故障検出部106が、第1の巻線L1または第2の巻線L2のいずれかが故障であると判定した場合について説明する。例として第2の巻線が故障である場合、操舵補助指令値Iref_mapは、巻線が正常時のときの半分にされて、加算ブロック31に出力される。そして、加算ブロック31は、半分にされた操舵補助指令値Iref_mapと補償電流指令値Iref_compとを加算し、該加算値を故障時電流指令加算値Iref_irgとして伝達関数C
a1の第3の伝達関数部32cに入力する。そして、第3の伝達関数部32cが、該加算した故障時電流指令加算値Iref_irgを故障時電流指令調整値Irefa1_irgに変換する。そして故障時電流指令調整値Irefa1_irgは第1の電流指令調整値Iref1として第1の電流指令制限部104aに出力される。なお、伝達関数C
1、伝達関数C
2および伝達関数C
a1については、それぞれスカラー値であっても良いし、実験で求めた入出力関係に基づいて決定しても良い。
【0034】
次に、伝達関数C
a1の決定方法について説明する。まず第1の巻線L1および第2の巻線L2がともに正常であると判定した場合の3相モータ20aに生じるモータトルクTmは、
図7のように模式的に表現することができる。伝達関数G
1のブロック41aは、第1の電流指令調整値Iref1を、第1の巻線L1に電流を供給することによって生じる第1のトルクに変換し、また、伝達関数G
2のブロック41bは第2の電流指令調整値Iref2を、第2の巻線L2に電流を供給することによって生じる第2のトルクに変換する周波数伝達特性を有する。第1のトルクと第2のトルクとの加算値が3相モータ20aにトルクTm生じるとする。ここで例えば、故障検出部106が第2の巻線L2が故障であると判定した場合について、
図8を用いて説明する。
図8の模式図においては、故障時電流指令調整値Iref_irgを第3の伝達関数部32cに入力して、第3の伝達関数部32cは故障時電流指令調整値Irefa1_irgに変換して、伝達関数G
1´のブロック41cに供給して、
図7に示したと同様に3相モータ20aにトルクTmを生じさせることを表している。ここで、
図7および
図8において表現したブロック図を伝達関数によって、それぞれ数1および数2のように表現することができる。
【0036】
【数2】
そして、数1および数2の左辺はともにトルクTmであるから、数3のような関係が成立する。
【0037】
【数3】
この結果、伝達関数Ca1は数4のように決定することができる。
【0038】
【数4】
また、周波数伝達特性G
1、周波数伝達特性G
2および周波数伝達特性G
1´について補足すると、例えば、周波数伝達特性G
1、周波数伝達特性G
2および周波数伝達特性G
1´は、周波数を変調された電流指令値(Iref1、またはIref2)をモータ20aに入力し、対応する巻線から発生するトルクの周波数特性のデータから実験データに基づいて算出または推定しても良い。なお、周波数伝達特性G
1´については、
図8のように、片方の電流指令値の経路が絶たれ、2つの電流指令値による合成トルクが発生しないような接続関係において測定される特性であるから、一般的には周波数伝達特性G
1と周波数伝達特性G
2とは異なる周波数伝達特性になると考えられる。そのようにして算出された周波数伝達特性G
1、周波数伝達特性G
2および周波数伝達特性G
1´に基づいて、数4のような関係から、伝達関数C
a1を算出することができる。
【0039】
同様に、第1の巻線が故障である場合、伝達関数C
a2は数5のように決定することができる。なお、周波数伝達特性G
2´については、片方(第1の巻線)の電流指令値の経路が絶たれ、2つの電流指令値による合成トルクが発生しないような接続関係において測定される特性であるとする。
【0040】
【数5】
数4に拠れば、故障時電流指令調整値Irefa1_irgからモータトルクTmまでの経路の伝達関数は、正常時の電流指令加算値IrefからモータトルクTmまでの経路の伝達関数と等価の関係となる。第3の伝達関数部32cの伝達関数Ca1は、例えば、2次系伝達関数、4次系伝達関数のような安定な伝達関数の近似式で表現しても良い。また、伝達関数C
a2についても同様である。
【0041】
以上、本発明に拠れば、
図9に示すような作用・効果を得ることができる。
図9の横軸および縦軸は、それぞれ時間〔sec〕および操舵トルク〔N・m〕であり、本発明を採用しない従来の電動パワーステアリング装置の操舵トルクの時間変化を曲線A(細線表示)によって、また本発明を採用する電動パワーステアリング装置の操舵トルクの時間変化を曲線B(太線表示)によって示す。曲線Aの振動幅と曲線Bの振動幅とを比較すると、曲線Bの振動幅は、ほぼ1/2に抑制されていることを確認することができ、本発明の電動パワーステアリング装置においては、故障が生じた場合でも、トルクリップルを抑制した、安定な操舵フィーリングを実現することができる。
【0042】
次に第2の実施形態について説明する。第1実施形態では、第1の巻線L1または第2の巻線L2に故障が検出された場合、故障検出部106が出力する判定信号judgeに応じて、故障が検出された一方の巻線を電流駆動することを停止し、また故障が検出されていない他方の巻線を電流駆動するために用いる電流指令値を生成する電流指令値調整部102の内部の伝達関数の切換えを行うことを説明した。第2の実施形態では、故障検出部106は、巻線の故障に関する情報として、各巻線の正常状態を示す信号である正常状態normal、第1の巻線の正常を示す信号である巻線1正常/故障coil1_norm、および第2の巻線の正常を示す信号である巻線2正常/故障coil2_normを電流指令値調整回路102に出力する。これらの信号に応じて、電流指令値調整回路102に配置されたスイッチ群を開閉することによって、制御電流指令値調整部102の内部の伝達関数の切換えを行うことを説明する。第2の実施形態における電流指令値調整部102の内部、特にスイッチ郡の配置および接続の例を、
図10に示して説明を行う。なお、ここでは、伝達関数C
a2と伝達関数C
a1とは類似しており、伝達関数C
a2は伝達関数C
a1によって近似できるものと仮定する。
【0043】
先ず、各巻線が正常であることが検出されている状態、すなわち正常状態normalがHレベルである場合、操舵補助指令値Iref_mapと補償電流指令値Iref_compとを加算ブロック31によって加算して、電流指令加算値Irefを生成する。電流指令加算値Irefは伝達関数C1を有する第1の伝達関数部32aと、伝達関数C2を有する第2の伝達関数部32bとに入力される。そして、スイッチ63a、63b、63c、およびスイッチ63dをOFFにして、スイッチ61aおよびスイッチ61bをONにして、第3の伝達関数部32cへの信号経路を遮断する。また、スイッチ61cをOFFにして、第1の伝達関数部32aが演算した第1の電流指令調整値Iref1を第1の電流指令値制限部104aに出力する。同様に、スイッチ62aおよびスイッチ62bをONにし、スイッチ62cをOFFにして、第2の伝達関数部32bが演算した第2の電流指令調整値Iref2を第2の電流指令値制限部104bに出力する。この結果、
図5に示したような接続関係が形成される。
【0044】
次に、巻線に故障が検出された、すなわち正常状態normalがLレベルである場合、操舵補助指令値Iref_mapの出力先として、操舵補助指令値変換部102aを選択する。また、スイッチ61a、スイッチ61b、スイッチ62a、およびスイッチ62bをOFFにして、第1の伝達関数部32aおよび第2の伝達関数部32bへの信号経路を遮断する。また、正常状態normalの反転信号であるnormal_xを用いて、スイッチ63aおよび63bをONにすることによって、第3の伝達関数部32cへの信号経路を形成する。この結果、故障時電流指令加算値Iref_irgが、第1の伝達関数部32aおよび第2の伝達関数部32bに入力されない代わりに、第3の伝達関数部32cに入力されるようにする。例えば、第2の巻線が故障を示し、かつ第1の巻線が正常を示すような場合、すなわち巻線2正常/故障coil2_normがLレベルで、かつ巻線1正常/故障coil1_normがHレベルである場合、巻線2正常/故障coil2_normおよび巻線1正常/故障coil1_normを用いて、スイッチ63cをONに、スイッチ63dをOFFにする。これによって、第3の伝達関数部32cが出力する故障時電流指令調整値Irefa1_irgを第1の電流指令調整値Iref1として、第1の電流指令値制限部104aに供給することができる。なお、第2の電流指令調整値Iref2が不安定とならないように、巻線2正常/故障coil2_normの反転信号である巻線2正常/故障coil2_norm_xがHレベルであることを用いて、スイッチ62cをONにし、第2の電流指令調整値Iref2をGNDレベルに固定する。同様に、第1の巻線が故障を示し、かつ第2の巻線が正常を示す、すなわち巻線2正常/故障coil2_normがHレベルで、かつ巻線1正常/故障coil1_normがLレベルである場合、巻線2正常/故障coil2_normおよび巻線1正常/故障coil1_normを用いて、スイッチ63cをOFFに、スイッチ63dをONにする。故障時電流指令調整値Irefa1_irgを第2の電流指令調整値Iref2として、第2の電流指令値制限部104bに供給することができる。なお、第1の電流指令調整値Iref1が不安定とならないように、巻線1正常/故障coil1_normの反転信号である巻線1正常/故障coil1_norm_xがHレベルであることを用いてスイッチ61cをONにし、第1の電流指令調整値Iref1をGNDレベルに固定する。なお、第1の巻線および第2の巻線がともに故障であると検出された場合、スイッチ63a、63b、63c、およびスイッチ63dをOFFにし、スイッチ61a、61b、62a、およびスイッチ62bをOFFにし、スイッチ61cおよびスイッチ62cをONにして、第1の伝達関数部32a、第2の伝達関数部32bおよび第3の伝達関数部32cへの信号経路を遮断する。こうして、第1の巻線および第2の巻線への電流供給を停止するようにしても良い。
【0045】
なお、コントロールユニット100では、第1の電流指令値制限部104a、第1の電流制御演算部105a、第1のモータ電流駆動部23aおよび第1の電流検出部24aからなる第1のモータ駆動回路が故障の時、または第2の電流指令値制限部23b、第2の電流制御演算部104b、第2のモータ電流駆動部23bおよび第2の電流検出部24bからなる第2のモータ駆動回路が故障の時には、判定信号judgeを生成しても良い。よって、このような判定信号judgeに応じて、電流指令値調整部102が上述のような電流指令値調整部102の内部の伝達関数を切換える処理を行ってもよい。第1のモータ駆動回路または第2のモータ駆動回路に対応する各系統の電力供給路の故障の検出または判定を行い、上記と同様の処理を行っても良い。
【0046】
次に、第3の実施形態について説明する。第2の実施形態との相違は、
図11に示すように、第2の巻線が故障である場合、伝達関数C
a1を用い、第1の巻線が故障である場合、伝達関数C
a2を用いるように構成されているところにある。よって、第2の巻線が故障を示し、かつ第1の巻線が正常を示すような場合、すなわち巻線2正常/故障coil2_normがLレベルで、かつ巻線1正常/故障coil1_normがHレベルである場合、巻線2正常/故障coil2_normの反転信号を用いて、スイッチ63aおよび63bをONにすることによって、第3の伝達関数部32cへの信号経路を形成する。この結果、故障時電流指令加算値Iref_irgが、第1の伝達関数部32aおよび第2の伝達関数部32bに入力されない代わりに、第3の伝達関数部32cに入力されるようにする。そして、巻線2正常/故障coil2_normおよび巻線1正常/故障coil1_normを用いて、スイッチ63cをONに、スイッチ63dをOFFにする。これによって、第3の伝達関数部32cが出力する故障時電流指令調整値Irefa1_irgを第1の電流指令調整値Iref1として、第1の電流指令値制限部104aに供給することができる。
【0047】
同様に、第1の巻線が故障を示し、かつ第2の巻線が正常を示す、すなわち巻線2正常/故障coil2_normがHレベルで、かつ巻線1正常/故障coil1_normがLレベルである場合、巻線1正常/故障coil1_normの反転信号を用いて、スイッチ64aおよび64bをONにすることによって、第4の伝達関数部32dへの信号経路を形成する。この結果、故障時電流指令加算値Iref_irgが、第1の伝達関数部32aおよび第2の伝達関数部32bに入力されない代わりに、第3の伝達関数部32dに入力されるようにする。そして、巻線2正常/故障coil2_normおよび巻線1正常/故障coil1_normを用いて、スイッチ63cをOFFに、スイッチ63dをONにする。これによって、第4の伝達関数部32dが出力する故障時電流指令調整値Irefa1_irg´を第1の電流指令調整値Iref2として、第2の電流指令値制限部104bに供給することができる。
以上説明した実施形態では、巻線が故障した際、操舵補助指令値Iref_mapを単に半分としたが、巻線が正常な際に算出された操舵補助指令値Iref_mapに対して係数Cmap(0.3〜1.0)を掛けて、巻線が故障した際に使用する操舵補助指令値Iref_mapとして調整してもよい。
【符号の説明】
【0048】
20 モータ
20a 3相モータ
21a、21b、21c U相コイルL1u、V相コイルL1v、W相コイルL1w
22a、22b、22c U相コイルL2u、V相コイルL2v、W相コイルL2w
23a、23b 第1のモータ電流駆動部、第2のモータ電流駆動部
24a、24b 第1の電流検出部、第2の電流検出部
31 加算ブロック
32a、32b 第1の伝達関数部、第2の伝達関数部
32c 第3の伝達関数部
41a、41b 伝達関数G1のブロック、伝達関数G2のブロック
41c 伝達関数G1´のブロック
100 コントロールユニット
101 操舵補助指令値演算部
102 電流指令値調整部
103 補償電流指令値演算部
104a、104b 第1の電流指令値制限部、第2の電流指令値制限部
105a、105b 第1の電流制御演算部、第2の電流制御演算部
106 故障検出部