(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Si:1.5〜4.0%、Al:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜2.4%、残部Feおよび不純物である化学組成を有するスラブに、熱間圧延、冷間圧延、仕上焼鈍、およびめっき処理を行う磁気シールド鋼板の製造方法であって、
前記仕上焼鈍と前記めっき処理の間の過程で、中間製品である鋼材の表面にP、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上の元素を付着させる処理を行う、請求項1に記載の磁気シールド鋼板の製造方法。
質量%で、Si:1.5〜4.0%、Al:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜2.4%を含有し、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上を合計で0.01〜0.2%を含有し、残部Feおよび不純物である化学組成を有するスラブに、熱間圧延、冷間圧延、仕上焼鈍、およびめっき処理を行う、磁気シールド鋼板の製造方法であって、
前記仕上焼鈍と前記めっき処理の間の過程で、中間製品である鋼材の表面に、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上の元素を付着させる処理を行う、請求項2に記載の磁気シールド鋼板の製造方法。
質量%で、Si:1.5〜4.0%、Al:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜2.4%を含有し、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上を合計で0.01〜0.2%を含有し、残部Feおよび不純物である化学組成を有するスラブに、熱間圧延、冷間圧延、仕上焼鈍、およびめっき処理を行う、磁気シールド鋼板の製造方法であって、
前記仕上焼鈍の昇温過程の650〜800℃の温度域での滞在時間を3秒間以上とするとともに、該温度域の雰囲気の露点を15℃以下とする、請求項2に記載の磁気シールド鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。以後の説明では、化学組成または濃度に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するとともに、「磁気シールド性」とは、特に断りがない限り「高磁場、例えば0.1T以上の高磁場での磁気シールド性」を意味する。
【0034】
1.母鋼板の化学組成
先ず、本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板の化学組成を説明する。
【0035】
母鋼板は、本発明に係る磁気シールド鋼板の特徴の一つである高磁場での磁気シールド性を確保するための主要な要素である。母鋼板は、Si:1.5〜4.0%、Al:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜2.4%を含有し、好ましくは、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上を合計で0.01〜0.20%含有し、残部Feおよび不純物である化学組成を有する。
【0036】
(1−1)Si:1.5〜4.0%
Siは、冷延焼鈍後の母鋼板の集合組織を変化させ、透磁率を高めて高磁場での磁気シールド性を向上する。また、Siは、母鋼板のα相からγ相への変態温度を上昇させ、より高温で焼鈍して結晶粒を粗大化させ、これにより、最大透磁率を高めて高磁場での磁気シールド性を向上する。
【0037】
さらに、Siは、固溶強化元素として母鋼板の高強度化に有効に作用するばかりでなく、飽和磁歪定数を0に近づけ透磁率を高めて高磁場での磁気シールド性を向上させる。このため、Siは積極的に含有する。
【0038】
Si含有量が1.5%未満であると、変態が起きない温度では焼鈍を長時間行わないと結晶粒が十分に粗大化せず、連続焼鈍を行うことができず、製造コストが上昇する。このため、Si含有量は1.5%以上である。
【0039】
他の元素の含有量にもよるが、Si含有量が2.0%未満では高温でγ変態が生じる可能性があるため、Si含有量は、好ましくは2.0%以上であり、さらに好ましくは2.1%以上であり、よりいっそう好ましくは2.6%以上である。
【0040】
一方、Si含有量が4.0%を越えると、母鋼板を脆化させ、さらに飽和磁束密度を低下させて高磁場での磁気シールド性の上昇も飽和する。このため、Si含有量は、4.0%以下であり、好ましくは3.8%未満であり、さらに好ましくは3.6%未満である。
【0041】
(1−2)Al:0.1〜3.0%
AlもSiと同様に、母鋼板のα相からγ相への変態温度を上昇させるため、Siと同様に積極的に含有する。一方、Alは鋼中のNと結合してAlNとして析出すると、結晶粒成長および磁壁移動を阻害して透磁率を低下させる。
【0042】
Al含有量が0.1%未満であると、AlN析出物が微細化し、結晶粒成長および磁壁移動を阻害する。このため、Al含有量は0.1%以上である。
【0043】
Al含有量が増加するとAlN析出物のサイズが粗大化し、AlN析出物の個数が減少することにより高磁場での磁気シールド性への悪影響を抑制できる。このため、Al含有量は、好ましくは0.3%以上であり、さらに好ましくは0.6%以上である。さらに、変態温度の上昇による結晶粒の粗大化を十分に得るには、Al含有量は、さらに好ましくは0.9%以上であり、よりいっそう好ましくは1.2%以上である。
【0044】
一方、Alは、Siと同様に、飽和磁束密度を低下させ、多量に含有すると母鋼板の脆化が問題になる。このため、Al含有量は、3.0%以下であり、好ましくは2.8%未満であり、さらに好ましくは2.6%未満である。
【0045】
(1−3)Mn:0.1〜2.4%
Mnは、鋼中のSと結合してMnSとして析出すると、結晶粒成長および磁壁移動を阻害して透磁率を低下させる。Mn含有量が0.1%未満であるとMnSの析出物が微細化し、結晶粒成長および磁壁移動を阻害する。このため、Mn含有量は0.1%以上である。
【0046】
Mn含有量が増加すると、MnS析出物のサイズは粗大化し、MnSの析出物の個数が減少することにより高磁場での磁気シールド性への悪影響を抑制できる。このため、Mn含有量は、好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.3%以上である。
【0047】
一方、Mnは、Si,Alとは異なり、母鋼板のα相からγ相への変態温度を低下させるため、過剰に含有すると高温焼鈍による結晶粒の粗大化が困難になる。製造コストも勘案し、Mn含有量は、2.4%以下であり、好ましくは2.1%未満であり、さらに好ましくは1.9%未満である。
【0048】
(1−4)A種元素
本発明に係る磁気シールド鋼板では、めっき層と母鋼板との界面領域に、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上の元素が濃化している。本明細書においては、これらの元素を「A種元素」と呼ぶことがある。
【0049】
A種元素を含まない母鋼板にめっき処理を行う前に中間処理を行うことにより、A種元素を上記界面領域に形成できるが、これとは異なり、後述するように、予め母鋼板にA種元素を含有させておき、仕上焼鈍およびめっき工程を経て、上記界面領域に必要な範囲で濃化させることも可能である。ここでは、母鋼板にA種元素を含有する場合を説明する。
【0050】
本発明に係る磁気シールド鋼板は、上述のように、Si:1.5〜4.0%、Al:0.1〜3.0%、Mn:0.1〜2.4%を含有し、さらに、P、Sn、Sb、Ni、Moのうち1種以上を合計で0.01〜0.20%含有する。
【0051】
A種元素は、本発明が対象とする磁気シールド鋼板の仕上焼鈍工程において、母鋼板の表面に偏析してSiO
2の形成を妨げることにより、その後のめっき性の劣化を防止するとともに、内部酸化挙動を変化させ、内部酸化層に起因する高磁場での磁気シールド性の劣化を防止し、高磁場での磁気シールド性を向上する。
【0052】
さらに、A種元素は、母鋼板とめっき層との界面領域に濃化して存在することにより、高磁場での磁気シールド性に好ましく作用する。
【0053】
この効果を得るために、A種元素の含有量は、0.01%以上であり、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.04%である。
【0054】
一方、A種元素の含有量が0.20%を超えると、上記効果が飽和するばかりか、過剰に含有すると、磁気シールド鋼板の延性を劣化させ、製造時の通板性を低下させるとともに、製造コストが上昇する。このため、A種元素の含有量は、0.20%以下であり、好ましくは0.15%以下であり、さらに好ましくは0.09%以下である。
【0055】
母鋼板へのA種元素は、本発明において特別な効果を期待する場合は上述の範囲で含有させることができるが、これに限らず電磁鋼板において含有することが知られている元素である。一般的な含有およびその影響について、以下に説明する。
【0056】
Pは、強度調整、製造中の酸化、窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、さらに特に冷延前の粒界に偏析させた場合に集合組織を改善して磁束密度を向上させること等が知られており、0.001%以上含有させることが可能である。一般的な実用製鋼法では、不純物として、0.002%以上含有されることもある。
【0057】
Niは、強度調整や耐食性、製造中の酸化挙動制御を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01%以上含有されることもある。
【0058】
Snは、製造中の酸化、窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.002%以上含有されることもある。
【0059】
Moは、特に酸化物、炭化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、磁気シールド性を劣化させることがあるため、注意が必要である。
【0060】
Sbは、製造中の酸化、窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001%以上含有させることが可能である。
【0061】
さらに、本発明に係る磁気シールド鋼板は、高磁場における磁気シールド性およびめっき密着性の高いレベルでの両立が消失しないことを前提に、電磁鋼板に含有されることが知られる元素を公知の含有量で含有してもよい。このような元素として、例えば、C、N、S、Cr、Cu、B、Ti、Nb、Ca、Mg、REM等が挙げられる。以下、本発明の効果への影響が比較的強く現れる、これら元素の一部を説明する。
【0062】
(1−5)C:0.0040%以下
Cは、炭化物を形成して高磁場での磁気シールド性を劣化させる場合がある。また、磁気時効が生ずると高磁場での磁気シールド性も劣化してしまうため、C含有量は低くすることが好ましい。このため、C含有量は好ましくは0.0040%以下である。
【0063】
製造コストの観点から、溶鋼段階で脱ガス設備(例えばRH真空脱ガス設備)によりC含有量を低減することが有利であり、C含有量を0.0030%以下とすれば磁気時効の抑制効果が大きい。本発明に係る磁気シールド鋼板では、高強度化の主たる手段として炭化物等の非金属析出物を用いないため、敢えてCを含有させるメリットはなく、C含有量は少ないことが好ましい。このため、C含有量は、好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。電析などの技術を用いれば、化学的分析の限界以下である0.0001%以下に下げることも可能で、C含有量は0%であっても構わない。一方で工業的なコストを考えると、下限は0.0003%となる。
【0064】
(1−6)N:0.0040%以下
Nは、Cと同様に、窒化物の形成や磁気時効性により高磁場での磁気シールド性を劣化させる。このため、N含有量は好ましくは0.0040%以下である。高磁場での磁気シールド性の劣化を避けるためN含有量は、低いほうが好ましく、0.0027%以下とすれば磁気時効や窒化物の形成による高磁場での磁気シールド性への悪影響を十分に回避できる。N含有量は、さらに好ましくは0.0022%以下であり、よりいっそう好ましくは0.0015%以下である。電析などの技術を用いれば、化学的分析の限界以下である0.0001%以下に下げることも可能で、N含有量は0%であっても構わない。一方で工業的なコストを考えると、下限は0.0003%となる。
【0065】
(1−7)S:0.020%以下
Sは、硫化物を形成して高磁場での磁気シールド性を劣化させる場合があるため、S含有量は低いことが好ましい。S含有量は、好ましくは0.020%以下であり、さらに好ましくは0.0040%以下であり、よりいっそう好ましくは0.0020%以下であり、最も好ましくは0.0010%以下である。S含有量は0%であっても構わない。
【0066】
(1−8)Cr:20%以下
Crは、強度調整や耐食性、製造中の酸化挙動制御を目的として含有量が制御される他、特に高周波特性を向上させること等が知られており、0.001%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01%以上程度含有されることもある。一方で、過剰な添加は添加コストが増加し、磁気特性を低下させるため、Cr含有量は、好ましくは20%以下であり、さらに好ましくは5%以下である。
【0067】
(1−9)Cu:0.2%以下
Cuは、固溶元素として母鋼板の飽和磁束密度Bsを大幅に低下させる。飽和磁束密度Bsの低下は高磁場での磁気シールド性の低下につながる。このため、本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板では、特別の目的がない限り、敢えてCuを含有させる必要はない。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.01%以上程度含有されることもある。したがって、Cu含有量は、好ましくは0.2%以下であり、さらに好ましくは0.15%以下である。一方で、Cu析出により高強度化を図ることができることなども知られており、本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板においても公知技術に準じて適宜用いることができる。
【0068】
(1−10)B:0.01%以下
Bは、製造中の酸化、窒化、浸炭の抑制を目的として含有量が制御される他、特に酸化物、窒化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。一方で、過剰な添加は鋼が脆化し、磁気特性を低下させるため、B含有量は、好ましくは0.01%以下であり、さらに好ましくは0.005%以下である。
【0069】
(1−11)Ti:0.0020%以下
Tiは、析出物による強度調整を目的として含有量が制御される他、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.0002%以上程度含有されることもある。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気シールド性を大幅に劣化させることがあるため、Ti含有量は、好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0070】
(1−12)Nb:0.0020%以下
Nbは、NbCなどの析出物が高強度化に有効に作用するものの、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気シールド性を大幅に劣化させるため、敢えて含有させる必要はない。このため、Nb含有量は、好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0010%以下である。スクラップ等が混入する実用製鋼法では、不純物として、0.0002%以上程度含有されることもある。
【0071】
(1−13)Ca:0.050%以下
Caは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気シールド性を大幅に劣化させることがあるため、Ca含有量は、好ましくは0.050%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0072】
(1−14)Mg:0.050%以下
Mgは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気シールド性を大幅に劣化させることがあるため、Mg含有量は、好ましくは0.050%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0073】
(1−15)REM:0.050%以下
REMは、特に酸化物、硫化物を含む複合酸化物を形成して磁気特性を向上させること等が知られており、0.0001%以上含有させることが可能である。一方で、これら析出物が磁壁移動を阻害し、高磁場での磁気シールド性を大幅に劣化させることがあるため、REM含有量は、好ましくは0.050%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0074】
(1−16)残部
本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板は、以上の化学組成を有し、残部はFeおよび不純物である。不純物としては、鉱石やスクラップ等の原材料に含まれるものや、製造工程において含まれるものが例示される。上述したC、N、S、Cr、Cu、B、Ti、Nb、Ca、Mg、REM等は、本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板には含有されない場合もあるが、不純物として含有される場合もある。
【0075】
2.母鋼板の金属組織
次に、母鋼板の金属組織を説明する。
【0076】
上述のように、母鋼板の集合組織および結晶粒径は、どちらも高磁場での磁気シールド性にとって好ましく作用するように、制御される。
【0077】
(2−1)集合組織
母鋼板の集合組織は、基本的には、母鋼板の板面内磁化方向とFe結晶の磁化容易方向である<100>方位とのずれが小さくなる集合組織であることが好ましい。基本的には{111}が少なく、{100}や{110}が多い集合組織であることが好ましい。換言すると、一般的に磁束密度を高く制御した電磁鋼板と同じ集合組織である。
【0078】
本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板は、特にSi含有量が高く、非変態系の化学組成を有することにより、上記のような集合組織が形成される。低Si含有鋼を母鋼板とする公知の磁気シールド鋼板は、{111}が高くなっており、高磁場での磁気シールド用途には好ましくない。
【0079】
(2−2)結晶粒径
母鋼板の結晶粒径は、50μm以上であることが好ましく、さらに好ましくは100μm以上である。一般的に、Siなどの含有元素が少ないほうが結晶粒径を大きくし易いものの、そのような低Si含有鋼において結晶粒径を大きくすると、集合組織としては{111}が発達してしまうので、高磁場での磁気シールド用途に適合しない。また、上述のように焼鈍中に変態が起きると結晶粒が細分化してしまう。
【0080】
結晶粒径は、JIS G0551:2005記載の結晶粒度標準図との比較による方法、計数方法、切断法などにより評価できるが、本発明では切断法により評価するものとする。
【0081】
3.めっき
次に、めっきを説明する。
【0082】
(3−1)遷移領域
本発明では、めっき層の構造を規定する。まず、厚さ方向の境界について説明する。本発明では、母鋼板側からめっき層側に向かって、すなわち母鋼板の板厚方向へ、Fe濃度が母鋼板の板厚方向の中心位置におけるFe濃度の90%から10%まで変化する領域を遷移領域と規定する。そして、Fe濃度が母鋼板の板厚方向の中心位置におけるFe濃度の90%となる位置よりも母鋼板の板厚中心側が母鋼板であり、Fe濃度が母鋼板の板厚方向の中心位置におけるFe濃度の10%となる位置よりもめっき層の外表面側がめっき層である。
【0083】
なお、以降の説明において「めっき」とは、特に区別する必要がない場合は、めっき層と遷移領域を含んだものとして、用いる。またこれらを合わせた領域を特に「めっき領域」と記述することがある。
【0084】
(3−2)遷移領域へのA種元素の濃化
めっきは、基本的には磁気シールド鋼板の耐食性を確保するために行われるが、本発明に係る磁気シールド鋼板では、高い耐食性だけではなく高磁場での良好な磁気シールド性を確保するために行われる。
【0085】
本発明では、高磁場での磁気シールド性とめっき密着性の両立を図るために、遷移領域にA種元素が濃化しており、この濃化の程度を、A種元素の合計濃度について、
(遷移領域での最大濃度)/(母鋼板内での濃度)≧1.4 ・・・・・(1)
と規定する。すなわち、符号Xを、遷移領域におけるA種元素の合計濃度の最大値とし、符号Yを、母鋼板におけるA種元素の合計濃度とした場合に、X/Y≧1.4である。
【0086】
母鋼板におけるA種元素の合計濃度は、母鋼板の内部領域であって板厚方向の中心位置におけるA種元素の合計濃度とする。
【0087】
比(X/Y)を1.4以上とすることにより磁気シールド性およびめっき密着性を満足するレベルで両立することが可能となる。比(X/Y)は、好ましくは2.0以上であり、さらに好ましくは3.0以上である。
【0088】
一方、A種元素の濃化領域の厚さは特に規定はしないが、遷移領域と同程度の広がりを有する。後述するように、A種元素は、めっき工程において、めっき金属と母鋼板のFeとの反応において、これらと混合されるためである。濃化領域内でのA種元素の濃度が過剰に高いと、A種元素の膜ができているような不連続な濃度変化を生じることになり、境界領域で好ましくない応力が発生し、高磁場での磁気シールド性が損なわれるおそれがある。また、このような領域では変形特性も特異なものとなり、めっき剥離を起こし易く、めっき密着性の低下の原因になる。
【0089】
このため、比(X/Y)は、15.0以下であり、好ましくは10.0以下であり、さらに好ましくは7.0以下である。
【0090】
本発明では、A種元素の合計濃度について、(2)式:(遷移領域での最大濃度)/(母鋼板内での最大濃度)>1.0であることが好ましい。すなわち、符号Xを、遷移領域におけるA種元素の合計濃度の最大値とし、符号Zを、母鋼板の板厚方向の中心位置におけるA種元素の合計濃度の最大値とした場合に、X/Z>1.0であることが好ましい。
【0091】
本発明では、後述のようにめっきの直前の仕上焼鈍板の表面にA種元素を濃化させておく。そして、この仕上焼鈍板の表面に濃化したA種元素は、その後のめっき工程において、めっき金属および母鋼板のFeと混合して遷移領域を形成する。
【0092】
しかし、めっき工程におけるA種元素、めっき金属および母鋼板のFeの混合が不十分であると、仕上焼鈍板の表面に存在していたA種元素の濃化が残存することがあり、この場合は、Fe濃度が母鋼板の板厚方向の中心位置におけるFe濃度の90%超100%未満である領域(すなわち母鋼板の領域)に高い濃度でA種元素が存在することになる。
【0093】
また、混合が不十分ではなくとも、混合に際してのFe濃度の分布の形成に伴い、A種元素も濃度分布を形成することから、Fe濃度が母鋼板の板厚方向の中心位置におけるFe濃度の90%である地点におけるA種元素の濃度は、母鋼板の十分な内部領域よりは高い値になり易い。
【0094】
本発明は、遷移領域内にA種元素を混合させることにより、めっき密着性および高磁場での磁気シールド性の向上効果を得るので、A種元素はできるだけ遷移領域内に混合させるべきものである。(2)式は、この混合の程度を表す指標として規定するものである。比(X/Z)は、好ましくは1.5以上である。
【0095】
本発明では、遷移領域内のA種元素の濃度の絶対値ではなく、相対値で規定するが、めっき層からのA種元素の混入にも考慮すべき点がある。
【0096】
A種元素を比較的高濃度で意図的に含有させためっきを施すのでなければ、(遷移領域での最大濃度)/(めっき層内での最大濃度)>1.0となり、母鋼板から遷移領域に混入したA種元素により、めっき層から母鋼板にわたる領域において、遷移領域にA種元素の明確なピークが形成され、遷移領域の改質による高磁場での磁気シールド性の改善効果を意識しやすい。
【0097】
一方、A種元素を意図的に含有させためっき、例えばSnめっきや、Sn−Znめっき(商標:エココート−S)、Niめっきなどを施す場合は、単純にめっきを施しただけでも遷移領域にはめっき層から多量のA種元素が混入する。
【0098】
この場合は、めっき層のA種元素の含有量にもよるが、上記に例示したようなめっきであれば、(遷移領域での最大濃度)/(めっき層内での最大濃度)<1.0となり、遷移領域でのA種元素の存在の特別な意味を意識し難くなる。
【0099】
しかし、このようにして形成された遷移領域でも、遷移領域の特徴としては、A種元素を含まない遷移領域よりも応力緩和効果は大きくなっていると考えられるため、本発明に含まれるものとする。
【0100】
このような遷移領域内でのA種元素の濃化が高磁場での磁気シールド性に影響する原因は現時点では明確ではないが、本発明者らは母鋼板とめっき金属との熱膨張率やヤング率の差異による界面での応力が要因と考えて、以下のように推定している。
【0101】
すなわち、母鋼板の表面に異種物質からなる皮膜であるめっきが形成されると、母鋼板の応力との間に応力が発生し、鋼板での磁区の移動に影響を及ぼす。これは、基本的には高磁場での磁気シールド性にとっては好ましくない。遷移領域は、めっき層と母鋼板との間に介在し、これを伝達する領域となるが、ある程度の広がりがある遷移領域にA種元素が濃化すると、母鋼板への応力の影響が緩和され、結果としてめっき層による高磁場での磁気シールド性への悪影響を低減できると推定される。
【0102】
この応力は絶対値としては非常に小さいことを確認しているが、適切な応力範囲は不明である。ただし、一般的に、電磁鋼板の磁気特性へ応力が影響することが知られており、圧縮応力は透磁率を低下させ、引張応力は透磁率を上昇させることが知られる。これからの類推により、例えばA種元素が濃化した遷移領域による引張応力がめっき層で発生する圧縮応力を緩和するような作用が推定される。
【0103】
本発明の効果を、遷移領域へのA種元素の濃化による応力への影響により、説明するが、これは本発明者らによる推定メカニズムである。今後、さらなる検討が行われメカニズムとともに根本的なパラメータが明確になり、定量的に明らかになることが期待される。
【0104】
(3−3)厚さ
めっき層は、本発明に係る磁気シールド鋼板の耐食性を向上させる目的で母鋼板の表面に形成される。めっきとして主に使用される金属元素は、母鋼板の主構成元素であるFeよりも磁性が低い元素であり、めっき層が厚くなると磁気シールド鋼板全体での透磁率が低下する。このため、めっき層の厚さは、必要な耐食性を確保する範囲内で薄いことが好ましい。
【0105】
風雨などに曝されるような過酷な腐食環境であれば、100μm以上の厚さが必要とされることもある。一方で、一般的な室内に設置される電気製品や内装用途では、めっき層の厚さは、1μmもあれば十分であり、好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは3μm以下である。
【0106】
また、本発明に係る磁気シールド鋼板においては、めっき層の厚さには磁気シールド性も考慮すべきである。上述のように、めっき層は磁気シールド性にとっては好ましくない。めっき層の厚さが母鋼板の厚さの10%超になると、磁気シールド性への悪影響が大きくなる。このため、めっき層の厚さは、母鋼板の厚さの10%以下とすることが好ましく、好ましくは母鋼板の厚さの5%以下であり、さらに好ましくは母鋼板の厚さの3%以下である。
【0107】
母鋼板の厚さを一般的な内装材として0.80mmとすると、めっき層の厚さは、80μm以下であることが好ましい。
【0108】
高磁場での磁気シールド性を発揮するには、めっき層の厚さはある程度必要である。求められる高磁場での磁気シールド性との兼ね合いもあるが、めっき層の厚さが1μm以上であると、高磁場での磁気シールド性が発揮され、さらに好ましくは2μm以上である。なお、めっき層の厚さの下限は、上述のように部材の耐食性も考慮されるべきであることは言うまでもない。
【0109】
本発明に係る磁気シールド鋼板におけるもう一つの重要な点は、遷移領域の厚さである。これは遷移領域内でのA種元素の濃度にも関連して高磁場での磁気シールド性に影響を及ぼす。本発明ではこの遷移領域の厚さを両面とも0.20μm以上とすることにより、高磁場での磁気シールド性が好ましく発揮される。また、遷移領域の厚さはめっき密着性に対しても好ましい効果を発揮する。この厚さが0.20μm未満になるとめっき密着性を確保することが困難になる。
【0110】
一見、めっき層の厚さが決定されれば、これに伴って遷移領域の厚さも決定されるようにも思えるが、実際はそうではない。つまり、遷移領域の厚さはめっき工程の初期でのめっき金属と母鋼板との反応、またはめっき後の熱処理条件などにより決まるが、めっき層の厚さはこれとは無関係に制御可能である。つまり、めっき初期に遷移領域が形成されてしまえば、その後に形成されるめっき層の厚さは、遷移領域の厚さがどの程度であるかとは全く無関係に制御可能である。
【0111】
また、めっき後の熱処理によりめっき層と母鋼板を反応させて遷移領域を発達させる場合は、めっき層の厚さが形成される遷移領域の厚さに比べて十分な厚さであれば、めっき層の厚さによらず界面での元素濃度と熱履歴とで界面反応は決定する。すなわち、各面のめっき層厚さによらず、同じ厚さの遷移領域が形成される。
【0112】
このように、めっき層の厚さと遷移領域の厚さは完全に独立した指標であり、これらを独立して制御することは、一般的には全く意識されておらず、当業者にとっても特別な制御技術であると言える。
【0113】
この遷移領域の厚さは、好ましくは0.40μm以上であり、さらに好ましくは0.6μm以上であり、よりいっそう好ましくは0.8μm以上である。遷移領域の厚さが小さいと、すなわちFe濃度の変化が急峻であると、高磁場での磁気シールド性が低下する。この原因は、遷移領域におけるFe濃度の変化が急峻であると、母鋼板に作用する応力が過大になり、高磁場での磁気シールド性の絶対値自体が悪化するとともに、微妙な応力分布の結果として現れる遷移領域へのA種元素の濃化の効果が確認し難くなるためと推定される。またこのような応力は、めっきの密着性にも作用するものと推定される。
【0114】
遷移領域の厚さの上限は、特に定めない。遷移領域へのA種元素濃化の効果が明確に発揮されるには、遷移領域の厚さが大きく緩やかに変化するほど好ましいとともに、密着性の観点でも遷移領域の厚さが大きく緩やかに変化することが好ましいからである。なお、遷移領域の厚さが大きくなると、遷移領域に混入するA種元素の量が一定であれば、遷移領域におけるA種元素の濃度が低下するので、注意を要する。
【0115】
(3−4)めっき組織
本発明に係る磁気シールド鋼板のめっき領域は、単相であり、含有する金属元素を濃度変化の範囲内で完全に固溶する相を形成する範囲内であることが好ましい。このため、めっき金属の化学組成や熱履歴により、磁気シールド性やめっき密着性に悪影響を及ぼす金属間化合物などの特殊な金属相が形成される場合は、これを避けることが好ましい。特に金属間化合物については注意すべき点が多い。
【0116】
避けるべき金属間化合物は、めっきに含有される金属により多種に亘り、また、要求される特性にも依存するため一概に決定することはできない。しかし、例えばFe−Znの金属間化合物であれば、ζ相と呼ばれるFeZn
13、δ
1相と呼ばれるFeZn
7などの金属間化合物の悪影響は小さく、Γ
1相と呼ばれるFe
5Zn
21、Γ相と呼ばれるFe
3Zn
10などの硬質な金属間化合物の悪影響は大きい。
【0117】
他に例えばFe−Alの金属間化合物であれば、β
1相と呼ばれるFe
3Al、β
2相と呼ばれるFeAlやFe
2Al
5、Fe−Snの金属間化合物であれば、Fe
3Sn、Fe
3Sn
2、FeSn、FeSn
2、Ni−Alの金属間化合物であれば、β’相と呼ばれるNiAlなどが悪影響を及ぼす金属間化合物として挙げられる。
【0118】
このように本発明におけるめっき層では、金属間化合物の形成は基本的には好ましくない。金属間化合物を形成しても、母鋼板の特定深さ領域を全面に覆う膜状の形態でなく、さらには粗大ではないものであることが好ましい。母鋼板から離れた領域であれば、金属間化合物が磁気シールド性やめっき密着性に及ぼす影響は軽微になる。
【0119】
また、特に遷移領域内に多量の金属間化合物が形成してしまうと、高磁場での磁気シールド性が小さくなってしまうことがある。この理由は明確ではないが、金属間化合物の形成が、好ましくない応力を発生するように作用することが原因と推定される。
【0120】
金属間化合物の存在は、X線回折や電子線回折により判断できる。X線回折では、鋼板の状態で測定でき、めっきを剥離して粉末にした状態での測定も可能である。また、電子線回折では、FIBを用いて薄膜サンプルを作製し、TEMにより得られる電子線回折像を解析することによって結晶構造を同定することができる。
【0121】
X線回折および電子線回折のいずれにおいても、各種の金属間化合物の格子の面間隔に応じた位置に回折ピークや回折パターンが検出されることにより、金属間化合物の存在を判断することができる。なお、TEMに装備されたEDS検出器を用いることにより金属元素の種類も同定できる。
【0122】
これらの判断や同定は、当業者が通常行っている基準で行えばよい。
【0123】
(3−5)めっき種
めっきは、公知のめっきが適用できる。めっきされる金属元素は、特に限定されるものではない。例えばZn系めっきであれば、純Zn,Zn−Ni,Zn−Co,Zn−Fe,Zn−V,Zn−Sn,Zn−Mn,Zn−Cr,Zn−Bi,Zn−Sb等の公知のめっきが適用できる。
【0124】
もちろんZn系めっき以外でも、Pb−Sn,Fe−Ni,Fe−Cr等の公知のめっきも適用できる。
【0125】
これらめっきのめっき手段は、電気めっき、溶融めっきや溶射などが限定なく適用できる。さらに、めっき中にSiO
2,Al
2O
3,TiO
2等のコロイドや微粒子を複合分散させためっきも適用できる。
【0126】
さらに、母鋼板の上のめっき層は一種である必要はなく、公知の複層めっきであっても高磁場での良好な磁気シールド性は失われない。一例としてZn系めっきの下層としてNi系めっきを施すことが挙げられるが、数が限られている公知のめっきについて、許容できる範囲の試行により、必要とされる磁気シールド性およびめっき密着性に好ましい影響を及ぼすめっき種やめっき厚さ等を決定することは、当業者であればそれほど困難ないことではない。
【0127】
上述のめっきは、遷移領域にA種元素を含有させるために利用することも可能である。例えば、母鋼板の上に最終的にZnめっきを施す場合は、Znめっきの前に純Niめっき、Ni−Feめっき、Ni−ZnめっきまたはNi−Fe−Znめっき、さらにはSn系めっきなど、A種元素を比較的高濃度で含有するめっきを施せば、最終的なZnめっきと母鋼板との間で形成される遷移領域にA種元素を高濃度で含有させることができる。
【0128】
このような効果を狙う場合のめっき組成は、必要とされる耐食性や製造条件、コストなども考慮して適宜決定すればよい。なお、このようにA種元素を高濃度で含有する成分のめっきを中間めっきとし、かつA種元素を殆ど含有しない成分のめっきを最表層とする場合は、遷移領域内でA種元素の濃度を顕著に高くすることが可能であり、遷移領域での応力緩和という本発明の効果が明確に現れやすい。
【0129】
一方、例えば、めっきとしてはNiめっきだけを1層で施した場合にも、結果として、本発明の(1)式を満足するが、このような場合にも前述の通り、A種元素がめっきの遷移領域に及ぼす影響が発揮される。
【0130】
これらの濃度は、GDSで磁気シールド鋼板の表面からの発光強度プロファイルを調査することにより、評価できる。濃度の絶対値は、各元素の含有量を変化させた材料についてのGDSの発光強度と元素含有量との検量線により特定できる。
【0131】
GDSは、例えばリガク製GDA750を使い、アノード径4mm、圧力3hPaで分析する。めっき厚により最適なスパッタ時間は変わるが、一般的には200秒間行えば母鋼板まで分析することができ、それ以上のめっき厚の場合、スパッタ時間を長くすれば分析できる。
【0132】
(3−6)金属状態のLi、Na、K、Rb、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、またはAlの不存在
さらに、本発明に係る磁気シールド鋼板では、めっき層中に金属状態のLi、Na、K、Rb、Be、Mg、Ca、Sr、BaまたはAlが存在しないことが好ましい。本発明において「金属状態」とは、金属間化合物を含む状態を意味する。
【0133】
なお、本明細書においては、上記めっき層中のLi、Na、K、Rb、Be、Mg、Ca、Sr、BaまたはAlを、「B種元素」と呼ぶことがある。
【0134】
金属間化合物が高磁場での磁気シールド性に好ましくない作用を及ぼすことは、前述の通りであるが、B種元素は、たとえ固溶状態であっても、めっき層中に存在すると、高磁場での磁気シールド性を劣化させる。この理由は明確ではないが、めっき層の物性の変化などを通じて、応力状態や磁気物性が変化することによるものと推定される。
【0135】
B種元素がめっき層に含まれているか否かは、地鉄のみを溶解させて残っためっき層をICP分析することにより検出できる。また、それらが金属状態であるか否かの確認は、X線光電子分光法(XPS)やオージェ電子分光法(AES)を用い、各元素のゼロ化の価数に相当する位置に、ピークが存在するか否かにより判定することができる。ピークの存在については、その元素を含まないものをベースとしてそのベースラインから、ピークが確認できるものを存在すると判断する。
【0136】
XPSは、例えばJEOL製JPS−9200を用いて、最大50mm×18mmの広域マッピングを行う。AESは、例えばJEOL製JAMP−9500Fを用いて、1μmの分解能で元素同定する。例えば、母鋼板とめっき層とを含む断面を切り出し、光学顕微鏡とAESを組み合わせることにより、比較的広い範囲で1μmの金属元素を同定することができる。
【0137】
JAMP−9500Fでは、調査対象の金属間化合物の標準サンプルを予め調査しておき、分析した金属元素の化学状態も同定することができるため、光学顕微鏡で検出した化合物をJAMP−9500Fによる高エネルギー分解能オージェスペクトルから波形分離計算を行うことにより、化学状態の異なる化合物を区別したり、その比率を同定したりすることができる。
【0138】
(3−7)めっき層の上の処理
さらに、めっき層の上に公知の処理を施すことも可能である。例えば、耐食性を高めるための各種化成処理、塗装、塗装密着性を高めるための各種化成処理、意匠性の確保のための塗装やフィルム貼付等を行うことは、それら塗装やフィルムによる新たな応力の影響なども考えられるものの、母鋼板とめっき層との間における本発明の効果を消失させるものではなく、むしろ塗装やフィルムによっては、高磁場での磁気シールド性の向上に有効に作用することが考えられる。
【0139】
4.本発明に係る磁気シールド鋼板の製造方法
次に、本発明に係る磁気シールド鋼板の製造方法を説明する。
【0140】
(4−1)母鋼板の製造方法
本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板は、公知の電磁鋼板と同様に、鋼を転炉で溶製し、連続鋳造でスラブとし、ついで熱間圧延、冷間圧延および仕上焼鈍を行うことにより得られる。
【0141】
これらの工程に加え、熱延板焼鈍や冷間圧延途中の中間焼鈍、脱炭焼鈍など、公知の電磁鋼板に適用される工程を経ることも本発明の効果を何ら損なうものではない。特に、熱延板を高温で焼鈍することにより熱延焼鈍板の結晶粒径を粗大化すると、冷延焼鈍後の集合組織および結晶粒径が、高磁場での磁気シールド性の向上にとって好ましく変化する。
【0142】
また、製造条件に応じて形成されるAlNやMnS等の微細析出物は、結晶粒成長や磁壁移動を阻害して、高磁場での磁気シールド性を低下させる。これらの微細析出物を無害化するために、公知の電磁鋼板の製造プロセスで活用される添加元素やスラブ加熱の低温化や焼鈍後の緩冷却技術等は、適宜活用することができる。
【0143】
このような母鋼板の製造条件は、公知の磁気特性(磁束密度、鉄損)を好ましく制御する製造条件を適宜適用すればよい。
【0144】
母鋼板がA種元素を含有する場合においては、上記工程中で、仕上焼鈍の昇温過程での、600〜800℃の温度域での滞在時間と露点を制御することが、本発明では重要である。これにより、めっき直前の鋼板の表面にA種元素が顕著に濃化し、結果として遷移領域へのA種元素の混入が容易になる。
【0145】
遷移領域への混入についての詳細は、後述のめっき条件の項で説明するため、ここでは仕上焼鈍での母鋼板の表面状態の制御を中心に説明する。
【0146】
本発明に係る磁気シールド鋼板の母鋼板である高Si,高Al含有鋼材は、一般的に、熱処理により表面に緻密なSi系酸化膜またはAl系酸化膜(外部酸化膜)を形成し、表面での反応性が低下する。一方で、熱処理条件によっては、鋼材の内部に微細かつ複雑な形態の酸化物が分散して形成された内部酸化層(内部酸化領域)が形成されることが知られる。
【0147】
外部酸化は、特にめっき密着性や不めっきの観点から、一方、内部酸化は、母鋼板のFe相中の複雑な形態をした酸化物が磁壁移動を阻害して磁気シールド性を劣化させるため、それぞれ回避すべきものである。
【0148】
本発明で規定する含有量でA種元素を含有する母鋼板を、仕上焼鈍の昇温過程での、600〜800℃の温度域での滞在時間を3秒間以上とし、露点を15℃以下として仕上焼鈍を行うと、母鋼板の表面にA種元素が濃化すると同時に、外部酸化や内部酸化を回避できる。
【0149】
この理由は以下のように考えられる。つまり、600℃以上ではA種元素の拡散が十分に起き、800℃以下ではA種元素のFe相中への固溶度が小さいため、この温度域ではA種元素の母鋼板の表面への偏析およびFe相の粒界への偏析が促進される。
【0150】
一方で、600℃以上は母鋼板の顕著な酸化が開始する温度域でもあり、A種元素の十分な偏析が起きる前に、表面およびFe相粒界に上記の酸化物が形成してしまう可能性が高い。これを防ぐためには、600℃以上の温度域は露点を低くして、酸化を抑制したままでA種元素の偏析が十分に生じる時間を確保することが有効である。
【0151】
このための保持時間は、3秒間以上であり、好ましくは5秒間以上であり、さらに好ましくは8秒間以上である。もちろん、BAF焼鈍(バッチ焼なまし炉による焼鈍)などを適用して1分間以上、さらには10分間以上としてもよい。
【0152】
またこの温度域での雰囲気露点は、15℃以下であり、好ましくは5℃以下であり、さらに好ましくは−5℃以下である。
【0153】
800℃以上の熱処理条件については、特に限定しない。通常のBAF焼鈍では焼付きの観点から800℃以上にすることは困難であるが、連続焼鈍においては、1000℃以上での仕上焼鈍も一般的に行われる。
【0154】
なお、本発明では、上記の条件で800℃までに十分な量のA種元素が表面に濃化すれば、母鋼板の外部酸化や内部酸化が抑制されることにもなるため、800℃以上の雰囲気の露点は特に限定しない。
【0155】
母鋼板の化学組成や前述の変態挙動、さらに冷間圧延以前の工程にもよるが、母鋼板の結晶粒径を50μm以上に粗大化するように、温度と時間を選択することは高磁場磁気シールド性にとって好ましい。
【0156】
(4−2)めっき条件
次に、本発明に係る磁気シールド鋼板のめっき条件を説明する。
【0157】
本発明で規定する、遷移領域へA種元素を混入させる中間処理は、様々な方法により行うことができる。例えば、前述のように、A種元素を比較的高濃度で含有するめっきを中間めっきとしてめっき前に介在させる方法、めっき前の鋼板にA種元素を含む物質を塗布しておき、めっき後の熱処理により元素を拡散させて、めっきとA種元素を含む物質と母鋼板のFeを混合させて遷移領域を形成させる方法などが例示される。これらの方法は、公知の条件を適宜採用して行えばよい。
【0158】
また、めっき手段として、溶融めっき、電気めっき、溶射等の公知の表面処理法を用いることができるが、上記の範囲の厚さで、かつ低コストで均一にめっきを施すためには、電気めっきが最適である。また、溶融めっきのようにめっき時に高温状態に晒される方法では、めっきされる金属元素と母鋼板に含有される金属元素とからなる金属間化合物が生成され易く、この金属間化合物が磁気シールド性やめっき密着性に悪影響を及ぼすことがある。
【0159】
さらに、溶融めっきでは、冷却時に熱歪を生じることによって、めっきと母鋼板の間に発生する応力を制御することによる磁気シールド性の向上に悪影響を及ぼすことがあり、一方で電気めっきではこの応力が非常に小さい。この点からも、電気めっきは本発明に係る磁気シールド鋼板のめっき手段として好ましい。
【0160】
次に、母鋼板の特徴と関連し、本発明にとって最適である電気めっきにおける現象を中心にめっき時の挙動を説明する。
【0161】
なお、本発明における電気めっき条件は特別なものである必要はなく、公知のめっき浴、浴組成、温度、電流密度、時間を適用すればよい。例えば、前述の本発明にとって好ましいZn系めっきでは、めっき浴にはアルカリ性浴や酸性浴等種々のめっき浴が適用できる。また、無電解法等のめっき手法等も用いることができる。コスト、用途、汎用性も勘案すると、塩酸、硫酸、ホウ酸浴系の酸性浴を用いたZn系めっきが最適である。
【0162】
例えば、冷延鋼板をアルカリで電解脱脂処理した後、水洗、酸洗処理(硫酸濃度70g/L、25〜40℃、5秒間浸漬)を施し、次いで、Zn濃度:1.0mol/L(0.3〜1.8mol/L)、必要に応じNi濃度:0.01〜0.2mol/L、pH:1.9(1.0〜4.0)、浴温:50℃(40〜65℃)の硫酸浴、電流密度:50A/dm
2(20〜150A/dm
2)の条件で電気めっきを行うことが、例示される。
【0163】
本発明で適用する「電気めっき」そのものは目新しいものではないとは言え、高磁場での磁気シールド性を好ましく発揮させるため、遷移領域の形成を意識したものであることが好ましい。
【0164】
遷移領域は、電気めっきの初期に鋼板からFeが溶解し、母鋼板上にめっき金属と一緒に再電析する過程で形成される。このため、基本的には、めっき初期において、Feの溶解が迅速に起こり、めっき金属の電析がゆっくり生じる条件で遷移領域の厚さが広くなる。
【0165】
一般的なめっきにおいては、母鋼板をわざわざ溶解させる意味はなく、めっき金属を積極的に電析させるので、Feの十分な溶解が起きる前に母鋼板の表面はめっき金属で覆われてしまい、遷移領域の厚さは非常に狭くなってしまう。厚さの広い遷移領域をめっき条件の調整だけで作りだすことも可能ではあるが、めっき前鋼板の表面状態を考慮した遷移領域の形成挙動を説明する。
【0166】
外部酸化が抑制された、または内部酸化層が形成される場合は、酸化物が表面に露出していない領域はFe金属相が表面に露出している。母鋼板の表面がこのような状態であると、電気めっき時にめっき金属の母鋼板の表面への電析とともに、母鋼板(Fe金属原子)およびFe相の表面に濃化したA種元素のめっき浴中への溶解が進行し易い。そして、めっき浴中に溶け出したFe原子およびA種元素原子は、めっき金属とともに母鋼板の表面に再電析する。
【0167】
このため、めっきは図らずともFe原子およびA種元素を相当量含有するものとなり、またその溶解、再電析は母鋼板からめっき層へのFe濃度の変化が緩やかな遷移領域となるように、作用する。
【0168】
さらに、母鋼板の最表面のFeがめっき浴に溶解することにより母鋼板の表面の微小な凹凸が減少し、磁場内において磁壁移動の阻害を軽減することにより高磁場での磁気シールド性を向上させることも考えられる。
【0169】
つまり、母鋼板として適切なものを製造すれば、めっき条件を特別なものとすることなく、A種元素を含有する遷移領域を有する本発明に係る磁気シールド鋼板を得ることができる。
【0170】
電気めっきにおいて上記のような作用を得るには、めっき前の外部酸化や内部酸化は避けるものであることは前述の通りであるが、本発明の母鋼板は高Si,高Al成分系であるため、少なからずこれらの酸化が起きてしまうことがある。
【0171】
この場合、仕上焼鈍の後であって電気めっきの前に、酸洗または電解酸洗を行うことは有効であり、母鋼板の表面に濃化していたA種元素は、その大部分が、酸化物が除去された後の母鋼板の表面に再付着するため、磁気シールド性にとっての悪影響もそれほど大きくはない。
【0172】
特に内部酸化層は、外部酸化膜とは異なり、酸洗により比較的容易に除去することができるとともに、これを除去することにより高磁場での磁気シールド性も向上するので、酸洗コストは増加するが、実施する意味はある。
【実施例】
【0173】
表1に示す化学組成(残部Feおよび不純物、単位は質量%)を有する鋼を真空溶解し、連続鋳造でスラブとし、ついで熱間圧延を行って4.0mmの熱延鋼板とした。なお、表1における下線は本発明の範囲外であることを示す。
【0174】
【表1】
【0175】
この熱延鋼板を、40℃硫酸で酸洗した後、0.80mm厚に冷間圧延し、表2に示す条件で仕上焼鈍を行って母鋼板とした。なお、酸洗前後の鋼板の内部酸化層の厚さを、鋼板の断面を高分解能SEMにより3000倍で反射電子組成像(COMPO像)を10視野観察し、観察された酸化層厚みの平均として、測定した。
【0176】
その後、めっき前の酸洗条件、中間処理の有無、めっき手段、めっき種、めっき層厚さおよび遷移領域の厚さを変化させためっきを行って、磁気シールド鋼板とした。このようなめっき厚さおよび遷移領域の厚さを、各めっき手段で目的とする範囲に制御することは、多数の使用のめっき鋼板を業として製造している当業者であれば、さほど困難なものではない。
【0177】
その後に、水洗を行い、日本パーカライジング社製CT−E300Nによる化成処理を行った。
【0178】
このようにして製造した試料について以下の特徴および特性を調べた。
【0179】
(1)めっき層の厚さ
GDSでめっき表面からの濃度プロファイルを調査して測定した。
【0180】
(2)遷移領域の厚さ
リガク製GDA750を使い、アノード径4mm、圧力3hPaで分析することにより測定した。
【0181】
(3)めっき領域内での金属状態のB種元素の存在
X線光電子分光法(XPS)を用い、各元素のゼロ化の価数に相当する位置に、ピークが存在するか否かにより測定した。
【0182】
(4)めっき領域内の金属間化合物の有無
電子線回折により測定した。
【0183】
(5)結晶粒径
JIS G0551付属書Cに規定された切断法により測定した。
【0184】
(6)化成処理性
JIS Z2371:2000に記載の塩水噴霧試験を行い、24時間後の白錆発生の有無により評価した。
【0185】
(7)磁気シールド性
55mm角に切断した試験片を用いて、単板磁気試験枠と直流自記磁束計で測定した。
【0186】
なお、本発明が対象とする高磁場での磁気シールド性は0.1T以上の磁束密度領域が対象となることは上述した通りであるが、実用的には磁気シールド材の内部の磁束は均一ではなく、磁束の集中なども起きるため、より高磁束密度領域での透磁率が指標とされることが多い。本発明においては、1Tにおける透磁率により本発明の効果を判定する。この値で本発明の優位性が確認できれば、0.1T以上から1Tを超える程度までの広い磁束密度領域で優位なシールド性を得ることができる。
【0187】
高磁場磁気シールド性(1Tの透磁率)は、A種元素による本発明の効果とは無関係に、母鋼板でのA種元素以外の含有成分、母鋼板の結晶粒径や結晶方位、さらにはめっき厚さなどによってもその絶対値が変化する。このため、本実施例では、A種元素による本発明の効果以外の条件をほぼ同一とした中で、A種元素による磁気シールド性への影響を評価し、改善代が0.0004H/m以上であるものを合格とした。
【0188】
(8)めっき密着性
前述のポリエステル系の塗装を付与した試験片を−20℃以下に冷凍庫で冷却し、−20℃の時点で動力シャーを用いて剪段した剪段面を、拡大鏡を用いて観察してめっき層の剥離幅を観察測定した。剥離幅は小さいほうがよく、剥離幅:1.0mm以下を合格と判定した。
【0189】
結果を表2にまとめて示す。なお、めっき厚さや遷移領域の厚さなどにおいては、例えば「同一条件」として製造したものであっても、測定値が完全に一致しない場合があるが、これは製造精度や測定誤差の問題である。また、表1,2における下線は、本発明で規定する範囲を外れているか、または結果が芳しくないことを示す。
【0190】
【表2】
【0191】
以下、各試料No.1〜73の結果を説明する。
【0192】
試料No.1〜22は、3.1%Si−0.6%Alの成分を有する鋼Aを基準材である試料No.1として、A種元素を変化させた母鋼板を用いた例である。(1)式の値に応じて、基準材からの特性向上が確認できる。
【0193】
試料No.9,11,17,21は、(1)式の値が過度に高くなり、高磁場での磁気シールド性の向上代がむしろ小さくなっている。これらの材料は、同時に遷移領域の厚さが狭くなっており、めっき前の仕上焼鈍板でのA種元素の表面濃化が過度になり、めっき初期過程におけるFeの溶解が阻害された可能性がある。また、めっき密着性も低下する傾向が明確である。
【0194】
特にNo.15は、遷移領域が非常に狭く、また母鋼板と遷移領域との界面にA種元素が濃化した膜状の領域が形成してしまい、高磁場での磁気シールド性の向上が見られないばかりか、めっき密着性も顕著に低下している。
【0195】
また、表面編成元素であるA種元素は、同時に鋼板内部においては粒界に偏析して結晶粒成長を阻害する。過剰に含有する資料では結晶粒径が十分に粗大化せず、高磁場での磁気シールド性の低下傾向が見られるが、No.5は、この傾向が顕著で高磁場での磁気シールド性の絶対値の低下が著しく、本発明の効果を損なうものである。
【0196】
試料No.23〜25は、中Si成分である鋼Bを基準材として、また、試料No.26〜28は高Al成分である鋼Cを基準材として、母鋼板に含有させたA種元素の影響を確認したものである。試料No.1〜22と同様の結果が確認できる。
【0197】
試料No.29,30は、低Si成分である鋼Dを基準材として、また、試料No.31,32は、低Al成分である鋼Eを基準材として、母鋼板に含有させたA種元素の影響を確認したものである。
【0198】
この基準材の成分系では、高磁場での磁気シールド性が不十分となることに加え、母鋼板の結晶粒の成長性が好ましいものでなく、仕上焼鈍での母鋼板の表面へのA種元素の濃化が起き難く、また通常のめっきでは遷移領域を形成し難い。このため、高磁場での磁気シールド性の向上効果を得られない。熱処理条件を精緻に制御して結晶粒径を十分に粗大化し、さらに中間処理を適用した上で特殊なめっきを行えば、高磁場での磁気シールド性を発現させることは可能とも思われるが、工業的な生産性やコストを考慮して、これら成分系は本発明の範囲外である。
【0199】
試料No.33〜53は、仕上焼鈍での鋼板表面へのA種元素の濃化制御と、その効果を核にしたものである。母鋼板にA種元素を含有しない試料No.33〜39では、当然ではあるが、仕上焼鈍の条件を制御しても高磁場での磁気シールド性の向上効果は得られない。
【0200】
これに対して、母鋼板にA種元素を含有する試料No.40〜53では、仕上焼鈍条件を本発明の範囲内とすることにより、(1)式の値が好ましいものとなり、基準材からの高磁場での磁気シールド性の向上が明確に現れる。
【0201】
試料No.54〜56は、電気めっき後の鋼板を400℃で熱処理して、めっき領域内に金属間化合物を形成したものである。通常、実用的には、電気めっき鋼板でこのような熱処理を行うことはないが、本実施例では、金属間化合物の影響を評価するために行ったものである。
【0202】
試料No.54〜56を、熱処理を実施していない(金属間化合物が存在しない)No.26〜28と比較すると、金属間化合物により高磁場での磁気シールド性の絶対値は低下することがわかる。
【0203】
試料No.57〜61は、遷移領域へのA種元素の混入を、めっき前の中間処理、つまりNiめっき、Snめっきまたはリン酸塩処理により実施したものである。この手段は、中間処理コストを要するが、母鋼板中にA種元素を含有していない鋼板においても、高磁場での磁気シールド性の向上効果を得られることがわかる。
【0204】
また、試料No.57〜59の比較により、このような中間処理を実施した場合にも、A種元素を含有する母鋼板側からA種元素が遷移領域に混入することにより、高磁場での磁気シールド性の向上効果が加算されることがわかる。
【0205】
試料No.62〜67は、A種元素を含有するめっきにおいて効果を確認したものである。本発明を満足するめっき領域であれば、基準材を十分に上回る高磁場での磁気シールド性を得られることがわかる。
【0206】
試料No.68〜73は、特に溶融めっきに注目した実施例である。これらでは、本発明のポイントである応力発生の原因となるめっき層の厚さが電気めっきほど薄くできないため、例えば試料No.1を基準とした単純な比較ができないと考えられる。このため、これらについては、試料No.68を基準材として本発明の効果を確認した。
【0207】
また、試料No.71〜73は、低品位インゴットを模擬して試料No.68〜70のそれぞれの溶融めっき浴中にB種元素を合計で1%となるように含有させためっき浴を用いたものである。このめっき浴については、表2ではそれぞれ「Zn+」と表記している。これらの結果から、めっき層の厚さが厚く、金属間化合物の形成が回避し難い溶融めっきでも、十分に高磁場での磁気シールド性の向上効果が得られ、B種元素が本発明にとって好ましいものではない傾向が確認できる。