(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
測定対象成分を含む試料をイオン化するイオン化部と、前記イオン化部で発生したイオンを輸送するイオン輸送部と、前記イオン輸送部により輸送されてきたイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、前記測定対象成分が前記イオン化部に導入される予定の時間帯より所定時間だけ前の時刻である第1移行時刻と、前記時間帯より所定時間だけ後の時刻である第2移行時刻と、を記憶した記憶装置と、を備える質量分析装置であって、
前記イオン輸送部が、
前記イオン化部と前記質量分離部の間に設けられた輸送用電極部材と、
前記輸送用電極部材に電圧を印加する電圧発生部と、
前記イオン化部でイオン化が行われている間に、前記輸送用電極部材に印加する電圧を変更することによって、前記イオン化部で発生した荷電粒子が前記質量分離部に入ることができる第1電圧状態と、前記イオン化部で発生した荷電粒子が前記質量分離部に入ることができない第2電圧状態との間の切り替えを行う電圧制御部と、
を備え、
前記電圧制御部は、前記第1移行時刻より前の時間帯および前記第2移行時刻より後の時間帯では前記第2電圧状態となり、前記第1移行時刻と第2移行時刻の間の時間帯では前記第1電圧状態となるように、前記輸送用電極部材の電圧状態を切り替える
ことを特徴とする質量分析装置。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)は、液体クロマトグラフ部と質量分析装置を含んで構成される。液体クロマトグラフ部においては、測定対象成分を含む試料が各成分に時間的に分離され、質量分析装置に送られる。質量分析装置においては、分離された各成分が逐次、略大気圧雰囲気であるイオン化部においてイオン化される。ここで生成されたイオンは、イオンガイド等によって、高真空雰囲気に保たれる分析室内に送られて、そこに配置されている多重極マスフィルタ等の質量分離部により質量電荷比m/zに応じて分離された後に、検出器で検出される。
【0003】
イオン化部では、例えば、エレクトロスプレイイオン化(ESI)法が用いられる。ESI法では、液体クロマトグラフ部から送られてくる試料がESIプローブに導入され、その先端より噴霧される。この際、噴霧され、微小液滴となった試料はESIプローブに印加された電圧により電荷を付与され、該液滴が気化する過程で試料がイオン化される。イオン化部でこのようなイオン化が行われている間、生成されたイオンはイオンガイド等により質量分離部に送出される。また、帯電した微小液滴の一部も、イオンと一緒に質量分離部に送られる。したがって、質量分離部が、イオンや帯電した微小液滴等によって汚染されるという問題がある。質量分離部は高度の精密部品であり、分解や洗浄を行うことが難しいため、その汚染をできるだけ抑制したいという要望が強い。
【0004】
そこで従来は、例えば、液体クロマトグラフ部からイオン化部に試料を送る配管の途中にドレイン配管を接続しておき、送られてくる試料中に測定対象成分が含まれていない時間帯においては、切り替えバルブにより試料をドレイン配管へ導き、質量分析装置内に試料が導入されないようにすることで、装置内部の無駄な汚染を防止していた。
【0005】
しかし、このようにドレイン配管を接続した場合、配管中の切り替えバルブがデッドボリュームを有することとなり、クロマトグラフ部で分離された成分がこのデッドボリューム内で再び拡散してピーク強度が低下するという問題がある。また、デッドボリュームに残った試料が次の分析に影響を及ぼす、いわゆるキャリーオーバーの原因となる。
【0006】
近年、イオン化部に導入する試料の流量を低く設定してこれを極細のESIプローブから噴霧することで、噴霧液滴のサイズを小さくし、これによりイオン化効率を向上させて分析感度を上げる、という技術が汎用化されてきている(いわゆる、ナノESI法)。この場合、試料の流量が低く設定されると、前記ドレイン配管における切り替えバルブのデッドボリュームの容積が相対的に大きなものとなるため、前記問題が顕著なものとなってしまう。
【0007】
特許文献1では、エレクトロスプレイイオン化法によるイオン化を行うイオン化部において、イオン化電圧、ネブライザガスの流量、および、コーンガスの流量の3種類のパラメータ値のうちの少なくとも1個を変更することによって、イオン化部の状態を、試料をイオン化する状態(イオン化状態)と、試料をイオン化せずに廃液する状態(非イオン化状態)で切り替え可能としている。そして、送られてくる試料中に測定対象成分が含まれていない時間帯は、イオン化部を非イオン化状態としておくことで、イオン化部よりも後段にある各部の汚染を防止している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の技術において、イオン化電圧等のパラメータ値を変更することによって非イオン化状態からイオン化状態への切り替えを行った場合、パラメータ値が変更されてからしばらくの間はイオン化の状態が不安定なものとなってしまう。また、一般にガスの流量は、それを変更した場合、変更後の流量で安定するまでに時間がかかる(応答性が悪い)ため、ネブライザガスやコーンガスの流量を変更することで該切り替えを行う場合の応答性も良好なものとは言えない。
【0010】
したがって、特許文献1の技術では、イオン化部をイオン化状態へと切り替えてから安定したイオン化が行われるようになるまでに十分な時間を見積もっておく必要があり、該時間を考慮して早目に(すなわち、測定対象成分がイオン化部に導入開始される時刻よりも十分に早いタイミングで)、該切り替えを行う必要がある。このため、その時間帯においてイオン化部よりも後段にある各部が無駄に汚染されてしまうことになる。
【0011】
また、上述したナノESI法によるイオン化部の場合、イオン化の状態が特に不安定になりやすいため、そのパラメータを頻繁に変更することは好ましくない。したがって、このような場合の装置内汚染の防止策として特許文献1の技術を採用することは難しい。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、質量分析装置において、イオン化部で発生した荷電粒子による装置内汚染を抑制することができる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明は、
測定対象成分を含む試料をイオン化するイオン化部と、前記イオン化部で発生したイオンを輸送するイオン輸送部と、前記イオン輸送部により輸送されてきたイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、を備える質量分析装置であって、
前記イオン輸送部が、
前記イオン化部と前記質量分離部の間に設けられた輸送用電極部材と、
前記輸送用電極部材に電圧を印加する電圧発生部と、
前記イオン化部でイオン化が行われている間に、前記輸送用電極部材に印加する電圧を変更することによって、前記イオン化部で発生した荷電粒子が前記質量分離部に入ることができる第1電圧状態と、前記イオン化部で発生した荷電粒子が前記質量分離部に入ることができない第2電圧状態との間の切り替えを行う電圧制御部と、
を備え、
前記電圧制御部は、前記測定対象成分が前記イオン化部に導入される時間帯の少なくとも一部では前記第1電圧状態となり、前記測定対象成分が前記イオン化部に導入されない時間帯の少なくとも一部では前記第2電圧状態となるように、前記輸送用電極部材の電圧状態を切り替える
ことを特徴とする質量分析装置。
【0014】
この構成において、「イオン化部で発生した荷電粒子が質量分離部に入ることができる電圧状態」とは、イオン化部で発生した一群の荷電粒子の少なくとも一部(所望の荷電粒子、典型的には分析対象となるイオン)が、質量分離部へと輸送されるような電界が形成されることにより、該一部の荷電粒子が質量分離部に入ることができる電圧状態である。また、「イオン化部で発生した荷電粒子が質量分離部に入ることができない電圧状態」とは、イオン化部で発生した一群の荷電粒子の輸送を阻害(あるいは遮断)するような電界が形成されることにより、該一群の荷電粒子の大部分が質量分離部に入ることができない電圧状態である。
【0015】
上記の構成によると、試料がイオン化部に導入されてイオン化が行われている時間帯のうち、測定対象成分がイオン化部に導入されない時間帯の少なくとも一部では、輸送用電極部材が第2電圧状態とされるので、該少なくとも一部の時間帯において、イオン輸送部の後段にある質量分離部等の汚染を抑制することができる。ここでは、イオン化部ではなくその後段にある輸送用電極部材の電圧状態を切り替えるので、切り替えの前後でイオン化が不安定になることはない。また、電圧の変更はガスの流量の変更に比べて応答性が良い。さらに、イオン輸送部はイオン化部とは違って電極部材の電圧が変更された直後においてもイオンの輸送状態が不安定なものとなりにくい。このため、輸送用電極部材を第2電圧状態から第1電圧状態へと切り替えた直後から、安定した分析動作を行うことができる。したがって、例えば、測定対象成分がイオン化部に導入開始される時刻と実質的に同じタイミングで該切り替えを行うことが可能となり、これによって、質量分離部等の汚染を最大限に抑制することが可能となる。
【0016】
好ましくは、前記質量分析装置において、
前記輸送用電極部材が、
前記イオン化部と前記質量分離部の間に配置された多段差動排気系システムを構成する中間真空室に配置されている。
【0017】
この構成では、輸送用電極部材が、多段差動排気によって比較的低圧力に保たれる中間真空室に配置されるので、イオン化部で発生した荷電粒子が質量分離部に入ることができない第2電圧状態を形成するのに必要な電圧の絶対値を小さく抑えることができる。すなわち、比較的小さい電圧で、イオンの輸送を効率的に阻害(あるいは遮断)することができる。
【0018】
例えば、中間真空室に、イオン光軸を囲むリング状電極がイオン光軸に沿って等間隔に複数並べられている場合(いわゆる、イオンファンネル(Ion funnel)型のイオンガイド)、該複数のリング状電極の一部あるいは全部が、輸送用電極部材を構成してもよい。あるいは、中間真空室に、イオン光軸方向に延伸する複数本(偶数本)のロッド電極(いわゆる、多重極型のイオンガイド)が配置されている場合、該複数のロッド電極の一部あるいは全部が、輸送用電極部材を構成してもよい。
【0019】
また、好ましくは、前記質量分析装置において、
前記輸送用電極部材が、
前記イオン化部で発生した荷電粒子を、前記イオン化部の下流側に配置された多段差動排気系システムを構成する中間真空室に導入するための開口を有する連通部品である。
【0020】
この構成によると、イオン化部で発生した荷電粒子の進行を、イオン化部と中間真空室の間の部分で遮断することができる。したがって、汚染される部品を最小限に抑えることができる。
【0021】
上記の各構成において、輸送用電極部材に印加する直流電圧の値を適宜に選択することによって、該輸送用電極部材とその隣に配置されている部材(別の輸送用電極部材であってもよい)の間に、イオン化部で発生した荷電粒子の少なくとも一部を質量分離部へと効率よく輸送できるような電場を形成することができる。また、イオン化部で発生した荷電粒子が質量分離部へ輸送されることを阻害(あるいは遮断)するような電場を形成することもできる。すなわち、輸送用電極部材に印加する直流電圧の値を切り替えることによって、第1電圧状態と第2電圧状態を切り替えることができる。
したがって、好ましくは、前記質量分析装置において、
前記電圧制御部が、
前記輸送用電極部材に印加する直流電圧の値を変更することによって、前記第1電圧状態と前記第2電圧状態を切り替える。
【0022】
また、上記の各構成において、輸送用電極部材が、イオン光軸方向に延伸する複数のロッド電極、あるいは、イオン光軸方向に配列された複数のリング状電極を備える場合、該複数のロッド電極(あるいは該複数のリング状電極)に印加する高周波電圧を適宜に選択することによって、該複数のロッド電極(あるいは該複数のリング状電極)に囲まれる空間に、イオンの軌道を収束させるような電場を形成することができる。また、該空間に、イオンの軌道が収束されずに発散して前に進めないような電場を形成することもできる。すなわち、輸送用電極部材に印加する高周波電圧の値を切り替えることによって、第1電圧状態と第2電圧状態を切り替えることができる。
したがって、好ましくは、前記質量分析装置において、
前記輸送用電極部材が、
イオン光軸方向に延伸する複数のロッド電極、あるいは、イオン光軸方向に配列された複数のリング状電極、
を備え、
前記電圧制御部が、
前記複数のロッド電極、あるいは前記複数のリング状電極に印加する高周波電圧の値を変更することによって、前記第1電圧状態と前記第2電圧状態を切り替える。
【0023】
また、好ましくは、前記質量分析装置において、
前記測定対象成分が前記イオン化部に導入される予定の時間帯より所定時間だけ前の時刻である第1移行時刻と、前記時間帯より所定時間だけ後の時刻である第2移行時刻と、を記憶した記憶装置、
をさらに備え、
前記電圧制御部は、前記第1移行時刻より前の時間帯および前記第2移行時刻より後の時間帯では前記第2電圧状態となり、前記第1移行時刻と第2移行時刻の間の時間帯では前記第1電圧状態となるように、前記輸送用電極部材の電圧状態を切り替える。
【0024】
この構成によると、例えば、上記の所定時間を、分析条件等を加味して適宜に設定しておけば、実質的に測定対象成分がイオン化部に導入されないと考えられる時間帯の全体において輸送用電極部材が第2電圧状態とされることになるので、質量分離部等の汚染を十分に抑制することができる。
【発明の効果】
【0025】
この発明によると、イオン化部と質量分離部の間に配置された輸送用電極部材の電圧状態を切り替えることで、これよりも後段にある質量分離部等に荷電粒子が到達しない状態を形成するので、イオン化部で発生した荷電粒子による装置内汚染を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。以下の実施形態は、本発明を具体化した一例であって、本発明の技術的範囲を限定するものではない。また、図においては、説明の便宜上、本件発明と関連する要素のみが示されており、一部の要素については図示が省略されている。
【0028】
<1.質量分析装置の構成>
実施形態に係る質量分析装置の構成について、
図1を参照しながら説明する。
図1は、実施形態に係る質量分析装置100の概略構成図である。
【0029】
質量分析装置100は、略大気圧雰囲気であるイオン化室10と、高真空雰囲気に保たれる分析室40と、これらの間に設けられた2個の中間真空室(第1中間真空室20および第2中間真空室30)を備える。これらの各チャンバ(各室)10,20,30,40のうち、イオン化室10は略大気雰囲気である。また、分析室40は図示しない高性能の真空ポンプ(例えばターボ分子ポンプ等)により高真空雰囲気に保たれる。また、各中間真空室20,30は真空排気されることによってそれぞれ所定の圧力に保たれており、イオン化室10から分析室40へ進むにしたがって段階的に真空度が高くなる(ガス圧が低くなる)多段差動排気系を構成している。通常、第1中間真空室20内のガス圧は10〜100[Pa]程度、第2中間真空室30内のガス圧は0.1〜1[Pa]程度、分析室40内のガス圧は10
-4〜10
-3[Pa]程度である。
【0030】
イオン化室10内には、測定対象成分を含む試料をイオン化するイオン化部1が設けられる。イオン化部1は、具体的には例えば、ESI法によるイオン化を行うものであり、ESIプローブを含んで構成されている。このESIプローブには、図示しない液体クロマトグラフ部より試料(クロマトグラフ部のカラムで時間的に成分分離された試料)が導入される。ESIプローブに導入された試料は、ESIプローブの先端において片寄った電荷を付与されつつイオン化室10内に噴霧され、噴霧された微小液滴が気化する過程で試料がイオン化される。
【0031】
イオン化室10と第1中間真空室20の間の隔壁には、細径の管(パイプ)である連通管(イオン導入管)2が設けられており、イオン化室10と第1中間真空室20は該イオン導入管2を通して連通している。イオン化部1で発生したイオンは、イオン導入管2の両端のガス圧差により形成されるガス流(イオン導入管2へと流れ込むガス流)に乗ってイオン導入管2に吸い込まれ、イオン導入管2を通って第1中間真空室20に導入される。
【0032】
第1中間真空室20には、ここに導入されたイオンを第2中間真空室30に送るためのイオンガイド(第1イオンガイド)3が設けられる。第1イオンガイド3は、イオン輸送光学系として既知のものであるイオンファンネルにより構成される。すなわち、第1イオンガイド3は、イオン光軸に沿って等間隔に多数並べられた複数のリング状電極31を備える。各リング状電極31はイオン輸送方向の下流側のものほどその開口が小さいものとなっている。これらの各リング状電極31に所定の電圧が印加されて後述する第1電圧状態V1が形成されることによって、一群のリング状電極31に囲まれる空間に飛び込んだイオンが第2中間真空室30に向けて加速され、第1中間真空室20と第2中間真空室30の間に設けられたスキマー4の頂部に形成された小径のオリフィスを通って、第2中間真空室30に送られる(
図2(a)参照)。
【0033】
第2中間真空室30には、ここに導入されたイオンを分析室40に送るためのイオンガイド(第2イオンガイド)5が設けられる。第2イオンガイド5は、イオン輸送光学系として既知のものである多重極イオンガイドにより構成される。すなわち、第2イオンガイド5は、イオン光軸方向に延伸する偶数本(通常は4本又は8本)のロッド電極51を備える。各ロッド電極51は、例えば互いに平行な姿勢で、イオン光軸の周りに等角度間隔で配置される。各ロッド電極51に所定の電圧が印加されることによって、一群のロッド電極51に囲まれる空間に飛び込んだイオンが分析室40に向けて加速され、第2中間真空室30と分析室40の間に設けられた隔壁6に形成された開口を通って、分析室40に送られる。
【0034】
分析室40内には、プリロッド電極7と、四重極マスフィルタにより形成される質量分離部8と、イオン検出器により形成される検出部9とが設けられる。分析室40に導入されたイオンは、プリロッド電極7を介して質量分離部8である四重極マスフィルタの長軸方向の空間に導入され、特定の質量電荷比m/zを有するイオンのみが選択的に四重極マスフィルタを通過して検出部9に到達し、ここで検出される。
【0035】
このように、質量分析装置100においては、イオン化部1と質量分離部8の間に設けられた各要素(イオン導入管2、第1イオンガイド3、スキマー4、第2イオンガイド5、隔壁6、プリロッド電極7、等)が、イオン化部1で生成されたイオンを質量分離部8に輸送するイオン輸送系を構成する。本発明に係るイオン輸送部800は、このイオン輸送系が備える要素を含んで構成される。
【0036】
<2.イオン輸送部800>
質量分析装置100は、第1イオンガイド3の各リング状電極31に電圧を印加する電圧発生部32と、これと電気的に接続された電圧制御部33とを備える。電圧発生部32は、電圧制御部33からの指示に応じて、これに指示された電圧を各リング状電極31に印加する。電圧制御部33は、例えば、質量分析装置100の制御部において実現される機能的要素である。該制御部の実体は、例えば、所要のオペレーティングソフトウェア(OS)等がインストールされたパーソナルコンピュータである。
この実施形態では、複数のリング状電極31の全部あるいは一部が、本発明に係る輸送用電極部材80を構成し、リング状電極31、電圧発生部32、および、電圧制御部33が、本発明に係るイオン輸送部800を構成する。
【0037】
電圧制御部33は、リング状電極31に印加する電圧を変更することによって、その電圧状態を、第1電圧状態V1と第2電圧状態V2の間で切り替える。
ここで、「第1電圧状態V1」は、イオン化部1で発生した荷電粒子(イオンや帯電した微小液滴)が質量分離部8に入ることができる電圧状態である。すなわち、イオン化部1で発生した一群の荷電粒子の少なくとも一部(所望の荷電粒子、典型的には分析対象となるイオン)が、質量分離部8へと効率よく輸送されるような電界が形成されることにより、該一部の荷電粒子が質量分離部8に入ることができる電圧状態である。
また、「第2電圧状態V2」は、イオン化部1で発生した荷電粒子が質量分離部8に入ることができない電圧状態である。すなわち、イオン化部1で発生した一群の荷電粒子の輸送を阻害(あるいは遮断)するような電界が形成されることにより、該一群の荷電粒子の大部分が質量分離部8に入ることができない電圧状態である。第2電圧状態でも、一部の荷電粒子が質量分離部8に入ってしまうという状況はあり得るが、その量は極めて少ない。したがって、後に明らかになるように、本発明を適用しない従来の質量分析装置に比べて質量分離部8の汚染を大幅に低減することができる。
以下において、各電圧状態V1,V2について具体的に説明する。
【0038】
(第1電圧状態V1)
第1電圧状態V1は、イオン輸送方向に並ぶ一群のリング状電極31に、所定の直流電圧(バイアス電圧)、および、所定の高周波電圧を印加することにより形成される。
【0039】
第1電圧状態V1において、各リング状電極31に印加される直流電圧は、例えば、これが印加されることによって、イオンを下流側に加速するような電場が形成されるものであり、具体的には、一群のリング状電極31の各々に、イオン輸送方向の下流側に行くにつれて段階的に減少(または増加)するような電圧が印加される。また例えば、該直流電圧は、これが印加されることによって、一部の領域ではイオンが加速され、その他の一部領域ではイオンが減速(つまりイオンの進行方向とは反対方向に加速)されるような電場が形成されるものであり、具体的には、一群のリング状電極31のうちの所定の複数のリング状電極31の各々に、イオン輸送方向の下流側に行くにつれて段階的に減少するような電圧が印加され、これらとは別の複数のリング状電極31の各々に、イオン輸送方向の下流側に行くにつれて段階的に増加するような電圧が印加される。また、該直流電圧は、リング状電極31間で異なるもの(すなわち、イオンを加速(減速)する電場を形成するもの)でなくともよく、例えば、全て(あるいは一部)のリング状電極31に同じ電圧が印加されてもよい。
要するに、第1電圧状態V1でリング状電極31に印加する直流電圧は、所望の荷電粒子を効率よく輸送できるような電圧であればよく、その具体的な値は、各種の条件(所望の荷電粒子の質量電荷比(m/z)、第1中間真空室20の真空状態(圧力)、前後の要素(例えば、後段に配置されている第2イオンガイド5や前段に配置されているイオン導入管2)との関係、等)を考慮して適宜に選択することができる。
【0040】
また、第1電圧状態V1において各リング状電極31に印加される高周波電圧は、これが印加されることによって、一群のリング状電極31で囲まれる切頭円錐状の空間に、イオンの軌道を収束させる高周波電場が形成されるものであり、具体的には、隣り合う2枚のリング状電極31で互いに位相が反転した高周波電圧である。
【0041】
上記の直流電圧および高周波電圧が印加されることによってリング状電極31が第1電圧状態V1とされているときに、一群のリング状電極31で囲まれる空間に飛び込んだイオンは、リング状電極31に印加されている直流電圧および高周波電圧の作用により、収束されつつ第2中間真空室30に向けて効率よく輸送されて、第2中間真空室30に送られる(
図2(a))。上記の通り、第2中間真空室30に送られたイオンの少なくとも一部は、第2イオンガイド5およびプリロッド電極7を介して、質量分離部8に導入されることになる。
【0042】
(第2電圧状態V2)
第2電圧状態V2は、例えば、イオン輸送方向に並ぶ一群のリング状電極31の一部あるいは全部に、第1電圧状態V1とは逆極性の直流電圧を印加することにより形成される。このような直流電圧の印加によって、一群のリング状電極31で囲まれる空間に、イオンの輸送を阻害(あるいは遮断)する電場が形成される。したがって、イオンは該空間を通過することができず(
図2(b))、下流の第2中間真空室30および質量分離部8に入ることができない。イオン以外の荷電粒子(帯電した液滴等)もこれと同じ動向を示す。
もっとも、この第2電圧状態V2において各リング状電極31に印加される直流電圧は、第1電圧状態V1と逆極性の電圧に限られるものではない。例えば、該直流電圧は、これが印加されることによって、イオンを過剰に加速して該イオンを一部のリング電極31、スキマー4、等に衝突させるような電場が形成される電圧でもよい。また例えば、該直流電圧は、これが印加されることによって、イオンを過剰に減速(つまりイオンの進行方向とは反対方向に加速)して該イオンを一部のリング電極31、イオン導入管2、第2中間室20の内壁、等に衝突させるような電場が形成される電圧でもよい。リング状電極31等に衝突したイオンは、中性化して消失するか、そのまま真空ポンプで排気される。
要するに、第2電圧状態V2でリング状電極31に印加する直流電圧は、第1中間真空室20内でのイオンの輸送を阻害(あるいは遮断)してイオンを第2中間真空室30および質量分離部8に到達できなくするような電圧であればよく、その具体的な値は、各種の条件を考慮して適宜に選択することができる。
【0043】
また、第2電圧状態V2は、各リング状電極31に、上記のような直流電圧が印加されるのに加えて(あるいはこれに代えて)、第1電圧状態V1において各リング状電極31に印加されていた高周波電圧(隣り合う2枚のリング状電極31に印加される互いに位相が反転した高周波電圧)の電圧値がゼロ(あるいは、十分に小さな値)とされることにより形成されてもよい。
この場合、一群のリング状電極31で囲まれる空間に、イオンの軌道を収束させる高周波電場が形成されることはない。したがって、該空間に飛び込んだイオンは、その軌道が収束されずに発散してしまい(
図2(c))、リング電極31、第1中間室20の内壁、等に衝突し、中性化して消失するか、そのまま真空ポンプで排気される。すなわち、該イオンは、下流の第2中間真空室30および質量分離部8に入ることができない。イオン以外の荷電粒子もこれと同じ動向を示す。
【0044】
<3.電圧状態の切り替え>
次に、電圧状態の切り替えに係る処理の流れについて、
図3、
図4を参照しながら具体的に説明する。
図3は、該処理の流れを示す図である。
図4には、イオン化部1に試料が導入されている時間帯における、検出部9での検出強度の時間的変化が模式的に示されている。
【0045】
質量分析装置100においては、ユーザからの指示入力等に基づいて作成された分析スケジュールが予め制御部の記憶装置に格納されている。この分析スケジュールには、液体クロマトグラフ部からイオン化部1に、各成分に時間的に分離された試料が導入される時間内において、測定対象成分が質量分析装置100に導入される予定の時間帯(導入開始の予定時刻および導入終了の予定時刻)がそれぞれ記述されている。ただし、測定対象成分が実際に導入開始(導入終了)される時刻は、液体クロマトグラフ部における分析条件等によってはこれらの予定時刻から多少ずれる可能性がある。そこで、電圧制御部33は、分析スケジュールを参照し、測定対象成分について規定されている導入開始の予定時刻よりも所定時間(例えば数十秒〜数分程度)だけ前の時刻を、第1移行時刻t1として記憶し、導入終了の予定時刻よりも所定時間(例えば数十秒〜数分程度)だけ後の時刻を、第2移行時刻t2として記憶する(ステップS1)。測定対象成分が複数種類ある場合は、複数組の移行時刻t1,t2が記憶されることになる。なお、ここでは、電圧制御部33が分析スケジュールを参照して移行時刻t1,t2を算出し、これを記憶装置に記憶していたが、例えば、分析者から移行時刻t1,t2の入力を受け付けて記憶装置に記憶してもよい。
【0046】
また、電圧制御部33は、クロマトグラフ部から試料の導入が開始されるのに先だって、リング状電極31の電圧状態を第2電圧状態V2とする(ステップS2)。
【0047】
その後、クロマトグラフ部から試料の導入が開始されると、該試料はイオン化部1においてイオン化される。イオン化部1はここに液体クロマトグラフ部から試料が導入されている間中、イオン化を行い続ける。したがって、第1中間真空室20には、イオン化部1に液体クロマトグラフ部から試料が導入されている間中、イオン化部1で発生したイオンや帯電した液滴が導入され続ける。
【0048】
一方、電圧制御部33は、試料の導入が開始されると、第1移行時刻t1が到来したか否かの判断を行い(ステップS3)、第1移行時刻t1が到来していないと判断した場合は(ステップS3でNO)、リング状電極31の電圧状態を第2電圧状態V2のままとしておく。このとき、第1中間真空室20に導入された荷電粒子は、第2中間真空室30に入ることができず、第1中間真空室20で消失等する(
図2(b)、(c))。したがって、第1中間真空室20よりも後段に配置されている各部の汚染が抑制される。
【0049】
一方、第1移行時刻t1が到来したと判断した場合(ステップS3でYES)、電圧制御部33は、リング状電極31の電圧状態を第2電圧状態V2から第1電圧状態V1に切り替える(ステップS4)。この切り替えが行われた後は、第1中間真空室20に導入されたイオンは、ここで収束されつつ第2中間真空室30に向けて加速されて、スキマー4のオリフィスを通して第2中間真空室30に送られる(
図2(a))。第2中間真空室30に送り込まれたイオンは、第2イオンガイド5により収束されつつ分析室40に送り込まれ、ここで質量分離部8である四重極マスフィルタの長軸方向の空間に導入されて特定の質量電荷比m/zを有するイオンのみが選択されて検出部9で検出されることになる。
【0050】
ステップS4の後、電圧制御部33は、第2移行時刻t2が到来したか否かの判断を行い(ステップS5)、第2移行時刻t2が到来したと判断した場合(ステップS5でYES)、リング状電極31の電圧状態を第1電圧状態V1から第2電圧状態V2に切り替える(ステップS6)。この切り替えが行われた後は、上記の通り、第1中間真空室20に導入された荷電粒子は第2中間真空室30に入ることができず、第1中間真空室20よりも後段に配置されている各部の汚染が抑制される。
【0051】
続いて、記憶されている第1移行時刻t1のうち、未到来のものがある場合は(ステップS7でNO)、再びステップS3の処理に戻る。すなわち、電圧制御部33は、次の測定対象成分に係る第1移行時刻t1が到来したか否かの判断を行う。未到来の第1移行時刻t1がない場合は(ステップS7でYES)、処理を終了する。
【0052】
このように、上記の実施形態では、電圧制御部33が、イオン化部1に試料が導入されている時間帯のうち、測定対象成分がイオン化部1に導入される時間帯(第1移行時刻t1と第2移行時刻t2の間の時間帯)では第1電圧状態V1となり、測定対象成分がイオン化部1に導入されない時間帯(第1移行時刻t1より前の時間帯、および、第2移行時刻t2より後の時間帯)では第2電圧状態V2となるように、リング状電極31の電圧状態を切り替える。この構成によると、移行時刻t1,t2の規定に用いた上記の所定時間を、分析条件等を加味して適宜に設定しておけば、実質的に測定対象成分がイオン化部に導入されないと考えられる時間帯の全体において、リング状電極31が第2電圧状態V2とされることになるので、リング状電極31よりも後段にある各部(第2イオンガイド5、プリロッド電極7、質量分離部8、検出部9、等)が汚染されることを十分に抑制することができる。
もっとも、必ずしも、測定対象成分がイオン化部1に導入されない時間帯の全体が第2電圧状態V2とされなくともよく、該時間帯の一部においてのみ第2電圧状態V2とされてもよい。また、必ずしも、測定対象成分がイオン化部1に導入される時間帯の全体が第1電圧状態V1とされなくともよく、該時間帯の一部においてのみ第1電圧状態V1とされてもよい。イオン化部1に導入される試料に測定対象成分が含まれていない時間帯の少なくとも一部でリング状電極31が第2電圧状態V2とされることによって、該少なくとも一部の時間帯にリング状電極31よりも後段にある各部が汚染されることを抑制することができる。
【0053】
上記の実施形態では、リング状電極31の汚染は十分には避けられない。しかしながら、リング状電極31は、質量分離部8と比べて取り外しや洗浄を行うことが容易であり、汚染した場合はこれを取り外して洗浄等すればよい。
【0054】
また、上記の実施形態においては、リング状電極31の電圧状態が切り替えられる前後でイオン化部1のパラメータが変更されることがないので、該切り替えの前後でイオン化が不安定になることはない。また、電圧の変更はガスの流量の変更に比べて応答性が良い。さらに、リング状電極31の電圧が変更された直後においてもイオンの輸送状態が不安定なものとなりにくい。このため、リング状電極31を第2電圧状態V2から第1電圧状態V1へと切り替えた直後から、検出部9にイオンが到達するようになり、安定した分析動作を行うことができる。したがって、例えば上記の実施形態のように、測定対象成分がイオン化部1に導入される時刻と実質的に同じタイミングで該切り替えを行うことが可能となり、これによって、リング状電極31よりも後段にある各部の汚染を最大限に抑制することが可能となる。
【0055】
<4.変形例>
<4−1.第1変形例>
第1変形例に係る質量分析装置100aについて、
図5を参照しながら説明する。なお、以下の各変形例においては、上記の実施形態に係る質量分析装置100と相違する点を説明し、質量分析装置100と同じ要素については同じ符号を付して示すとともに説明を省略する。
【0056】
質量分析装置100aは、イオン導入管2に電圧を印加する電圧発生部22と、これと電気的に接続された電圧制御部23とを備える。電圧発生部22は、電圧制御部23からの指示に応じて、これに指示された電圧をイオン導入管2に印加する。
この変形例では、イオン導入管2が本発明に係る輸送用電極部材80を構成し、イオン導入管2、電圧発生部22、および、電圧制御部23が、本発明に係るイオン輸送部800を構成する。
【0057】
電圧制御部23は、イオン導入管2に印加する電圧を変更することによって、その電圧状態を、第1電圧状態V1と第2電圧状態V2の間で切り替える。ただし、電圧制御部23は、上述した電圧制御部33と同じ処理を行うことによって、イオン導入管2の電圧状態を切り替える(
図3参照)。
以下において、各電圧状態V1,V2について具体的に説明する。
【0058】
(第1電圧状態V1)
第1電圧状態V1は、具体的には、イオン導入管2に印加される直流電圧がゼロとされることにより形成される。この場合、イオン導入管2に導入されたイオンは、ガス流に乗って、第1中間真空室20に送られる(
図6(a))。第1中間真空室20に送られたイオンの少なくとも一部は、第1イオンガイド3、第2イオンガイド5およびプリロッド電極7を介して、質量分離部8に導入されることになる。
【0059】
なお、第1電圧状態V1において、イオン導入管2に、イオン化室10の下流にある第1中間真空室20に配置されるリング電極31に印加される直流電圧よりも高い(イオン化部1で生成されるイオンが正イオンの場合)、あるいは、低い(イオン化部1で生成されるイオンが負イオンの場合)直流電圧が印加されてもよい。この場合、イオン導入管2に侵入したイオンは、ガス流に乗るのに加えて、上記の直流電圧の作用により加速されて、第1中間真空室20に送られることになる。
【0060】
(第2電圧状態V2)
第2電圧状態V2は、具体的には、イオン導入管2に、イオン化部1で生成されるイオンと同極性であり、絶対値が数十〜数百V程度の直流電圧(例えば、生成されるイオンが正イオンの場合は+200V程度の正電圧、生成されるイオンが負イオンの場合は−200V程度の負電圧)を印加することにより形成される。このような直流電圧が印加されることにより、イオン化部1で生成された正イオン(負イオン)は、イオン導入管2に印加されている正電圧(負電圧)によってイオン化室10内に形成される過剰な押し返し電場の作用を受けて、イオン導入管2への侵入を遮断され、下流の第1中間真空室20および質量分離部8に入ることができない(
図6(b))。イオン以外の荷電粒子もこれと同じ動向を示す。
このように、第2電圧状態V2においてイオン導入管2に印加される直流電圧は、イオン導入管2へのイオンの侵入を遮断できる過剰な押し返し電場が形成されるような電圧であればよく、その具体的な値は、上記のように例えば数十〜数百Vの絶対値範囲内で適宜に選択することができる。
【0061】
この変形例においては、イオン化室10内の電場が変化するため、イオン化の状態に変化が生じる可能性がある。しかしながら、イオン化部1に印加される電圧は例えば5kV程度の高電圧であり、これに比べるとイオン導入管2に印加される上記の直流電圧は十分に小さく、そのイオン化状態の変化は、イオン化部1に印加する電圧を変更する従来技術(例えば特許文献1)と比べて無視できるほどに小さいものである。すなわち、本件発明において、第1電圧状態V1および第2電圧状態V2は、その切り換えの際に、イオン化室10内のイオン化状態が、十分に小さい(すなわち、その影響が無視できるほどに小さい)範囲で変化するものであってもよい。
【0062】
また、この第2電圧状態V2においてイオン導入管2に印加される直流電圧は、イオン化室10の下流にある第1中間真空室20に配置されるリング電極31に印加される直流電圧よりも低い(イオン化部1で生成されるイオンが正イオンの場合)、あるいは、高い(イオン化部1で生成されるイオンが負イオンの場合)電圧であってもよい。この場合、例えば、イオン導入管2に侵入したイオンは、イオン導入管2とリング電極31の間に形成される押し返し電場により押し返されることになり、第1中間真空室20の一部領域までは到達するものの、その下流の第2真空室30および質量分離部8までは到達することができない(
図6(c))。
【0063】
この第1変形例によると、イオン化部1で生成したイオンの進行を、イオン化部1と質量分離部8の間に設けられているイオン輸送系全体の中の最も上流部分で遮断することができる。したがって、汚染される部品を最小限に抑えることができる。
【0064】
なお、上記の説明では、イオン導入管2はパイプ状の部品であるとしたが、イオン導入管2は、イオン化部1で生成したイオンを下流の第1中間室20に導入するための開口を有する連通部品であればよく、たとえばパイプ状ではないオリフィスのような形状でもよいし、1枚のアパーチャ電極でもよい。
【0065】
<4−2.第2変形例>
第2変形例に係る質量分析装置100bについて、
図7を参照しながら説明する。
質量分析装置100bは、第2イオンガイド5が備えるロッド電極51に電圧を印加する電圧発生部52と、これと電気的に接続された電圧制御部53とを備える。電圧発生部52は、電圧制御部53からの指示に応じて、これに指示された電圧をロッド電極51に印加する。
この変形例では、複数のロッド電極51の全部あるいは一部が、本発明に係る輸送用電極部材80を構成し、ロッド電極51、電圧発生部52、および、電圧制御部53が、本発明に係るイオン輸送部800を構成する。
【0066】
電圧制御部53は、ロッド電極51に印加する電圧を変更することによって、その電圧状態を、第1電圧状態V1と第2電圧状態V2の間で切り替える。ただし、電圧制御部53は、上述した電圧制御部33と同じ処理を行うことによって、ロッド状電極51の電圧状態を切り替える(
図3参照)。
以下において、各電圧状態V1,V2について具体的に説明する。
【0067】
(第1電圧状態V1)
第1電圧状態V1は、隣り合う2本のロッド電極51に互いに位相が反転した高周波電圧が印加されることにより形成される。このような高周波電圧が印加されることによって、一群のロッド電極51で囲まれる空間に、イオンの軌道を収束させる高周波電場が形成される。したがって、該空間に飛び込んだイオンは、ここで収束されつつ分析室40に向けて輸送されて、分析室40に送られる(
図8(a))。上記の通り、分析室40に送られたイオンの少なくとも一部は、プリロッド電極7を介して、質量分離部8に導入されることになる。
【0068】
(第2電圧状態V2)
第2電圧状態V2は、第1電圧状態V1において各ロッド状電極51に印加されていた高周波電圧(隣り合う2本のロッド電極51に印加される互いに位相が反転した高周波電圧)の電圧値がゼロ(あるいは、十分に小さな値)とされることにより形成される。この場合、一群のロッド電極51で囲まれる空間に、イオンの軌道を収束させるような高周波電場が形成されることはない。したがって、該空間に飛び込んだイオンが、その軌道が収束されずに発散してしまい(
図8(b))、ロッド状電極51、第2中間室30の内壁、等に衝突し、中性化して消失するか、そのまま真空ポンプで排気される。すなわち、該イオンは、下流の分析室40および質量分離部8に入ることができない。イオン以外の荷電粒子もこれと同じ動向を示す。
【0069】
あるいは、第2電圧状態V2は、各ロッド状電極51に、上記のような高周波電圧が印加されるのに加えて(あるいはこれに代えて)、所定の直流電圧が印加されることにより形成されてもよい。
該直流電圧は、これが印加されることによって、ロッド状電極51とその前後にある電極部材(すなわち、スキマー4および隔壁6)の間に、イオンが第2中間室30を通過できなくなるような電場が形成される電圧である。具体的には例えば、到来するイオンが正イオンであり、スキマー4の電圧がゼロV、隔壁6の電圧が−1Vであるとすると、各ロッド電極51に+10V程度の過剰に大きな正電圧を印加する。これにより、第2中間真空室30に侵入した正イオンは、スキマー4とロッド電極51の間に形成される過剰な押し返し電場の作用を受けて押し返され(
図8(c))、該正イオンの大部分はスキマー4に衝突し、中性化して消失する。また、わずかな正イオンがロッド電極61の最後尾まで到達できたとしても、該正イオンは、ロッド電極51と隔壁6の間に形成される過剰な加速電場の作用を受けるため、そのほとんど全てが、隔壁6に衝突し、中性化して消失する。
すなわち、このような直流電圧の印加によって、第2中間真空室30の内部空間に、イオンの輸送を阻害(あるいは遮断)する電場が形成される。したがって、イオンは該空間を通過することができず、質量分離部8に入ることができない。イオン以外の荷電粒子もこれと同じ動向を示す。
【0070】
この第2変形例では、多段差動排気により比較的低圧力に保たれる領域(つまり高真空領域)である第2中間室30に配置される第2イオンガイド5のロッド状電極51を、輸送用電極部材80とする。したがって、例えば第1変形例のように比較的高圧力に保たれる領域(つまり低真空領域)に配置される部材を輸送用電極部材80とする場合に比べて、イオンの輸送を阻害(あるいは遮断)するのに必要な電圧(すなわち、第2電圧状態V2を形成する電圧)の絶対値を小さく(例えば10V程度に)抑えることができる。すなわち、比較的小さい電圧で、イオンの輸送を効率的に阻害(あるいは遮断)することができる。
【0071】
<4−3.他の変形例>
質量分析装置100において、イオン導入管2、リング状電極31、およびロッド状電極51以外にも、イオン化部1と質量分離部8の間に設けられている各種の部材が輸送用電極部材80を構成することができる。例えば、プリロッド電極7、スキマー4、隔壁6、等が輸送用電極部材80を構成することができる。この場合、例えば、プリロッド電極7が備える各ロッド電極に印加する高周波電圧あるいは直流電圧を切り替えることによって、あるいは、スキマー4に印加する直流電圧を切り替えることによって、あるいは、隔壁6に印加する直流電圧を切り替えることによって、第1電圧状態V1と第2電圧状態V2を切り替えることができる。
【0072】
また、上記の実施形態および上記の各変形例は、単独で実施されてもよいし組み合わされて実施されてもよい。すなわち、イオン導入管2、リング状電極31、スキマー4、ロッド電極51、隔壁6、プリロッド電極7、等から選択された1個以上の要素が輸送用電極部材80を構成してもよい。上記の通り、輸送用電極部材80の位置がイオン化部1に近いほど(すなわち、イオン輸送方向の上流側であるほど)、汚染を抑制できる範囲が広くなる。また、上記の通り、輸送用電極部材80が配置されている空間の圧力が低いほど(すなわち、イオン輸送方向の下流側であるほど)、電圧による荷電粒子の遮蔽実効性が高まるので、低い電圧でイオンの輸送を阻害(あるいは遮断)することができる。