特許第6767650号(P6767650)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6767650
(24)【登録日】2020年9月24日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】鏡の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A47G 1/00 20060101AFI20201005BHJP
【FI】
   A47G1/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-32388(P2016-32388)
(22)【出願日】2016年2月23日
(65)【公開番号】特開2017-148184(P2017-148184A)
(43)【公開日】2017年8月31日
【審査請求日】2018年11月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】多門 宏幸
【審査官】 山田 由希子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−061430(JP,A)
【文献】 特開2015−044729(JP,A)
【文献】 特開昭54−106524(JP,A)
【文献】 特開2015−171954(JP,A)
【文献】 特開2006−256944(JP,A)
【文献】 特開平09−000405(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A47G 1/00− 1/04
C03B 33/00−33/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚み5〜6mmのガラス板の片面に銀鏡膜を形成する工程を含む鏡の製造方法において、
前記工程で該銀鏡膜が形成された反射面と対向する対向面に赤外線を85%以上透過する機能膜を形成した大判の鏡原板を形成した後、
ガラス板の、該銀鏡膜が形成された反射面と対向する対向面側から、該対向面の切断予定
線上に赤外光を焦点が該対向面又は該機能膜の表面上となるように集光照射することによって、
該焦点近傍及び該ガラス板内部に吸収される赤外光により該ガラス板の該切断予定線を含み該対向面及び該反射面とそれぞれ直交する切断予定面を加熱
かつ吸収されずに該銀鏡膜で反射される該赤外光のうち、切断予定面近傍に反射される反射光の量を減らし、
集光照射した照射領域の最高温度が100〜120℃程度以上になるまで加熱されることでガラス板の表面側に誘起される引っ張り応力によって該切断予定面に亀裂を生じさせて、該鏡原板を該機能膜に機械的損傷や熱的損傷が見られない製品サイズに切断する工程を含むことを特徴とする切断鏡の製造方法。
【請求項2】
前記赤外光を集光照射した照射領域を、前記切断予定線に沿って相対的に移動させることによって、前記切断予定面に生じた亀裂を伝播させることを特徴とする請求項1に記載の切断鏡の製造方法。
【請求項3】
前記切断予定線上の対向面又は断面のガラス表面を加傷して初期亀裂を形成する工程、及び
該初期亀裂上又は該初期亀裂近傍の切断予定線上に赤外光を集光照射し、該初期亀裂を切断予定面に伝播させた伝播亀裂を形成する工程、を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の切断鏡の製造方法。
【請求項4】
前記切断予定線上の対向面又は断面のガラス表面を加傷して初期亀裂を形成する工程、及び
前記対向面側から、赤外光を切断予定線上の機能膜又は防曇膜に集光照射し、前記切断予定面に該初期亀裂を切断予定面に伝播させた伝播亀裂を形成する工程、を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の切断鏡の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大判の鏡原板を所望の製品サイズに切断する工程を含む鏡の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
浴室や洗面台等で使用される鏡は、一般的に厚み5〜6mm程度のガラス板の表面に、化学メッキ等で光の反射膜となる銀鏡膜、その上に銀鏡膜を保護するための銅薄膜、さらにその上に裏止め塗料といわれる樹脂材の保護塗膜が形成された積層物品であり、膜が形成されていない反対側のガラス面から上記の銀鏡膜を見る事によって反射像を視認している。
【0003】
鏡を製造する際、コストを抑える為に大面積のガラス板表面に上記の膜を積層し、大判の鏡原板を得た後に、この鏡原板の切断を行い、所望の製品サイズの鏡(以下、「切断鏡」という)を得ることがある。その際、通常はガラス面をタングステンカーバイトや多結晶ダイヤモンドなどの超硬工具刃で加傷してスクライブ線を入れ、スクライブ線に直交する方向に曲げ応力を加えて折り割ることによって切断鏡を得ていた(例えば、特許文献1、2)。
【0004】
また、上記のような鏡の他に、曇り防止の機能を有する防曇膜をガラス面に形成した防曇鏡も広く普及している(例えば、特許文献3〜5)。上記の防曇膜は、親水性を有する金属酸化物膜や界面活性剤、吸水性と親水性を併せもつポリウレタン膜等が用いられている。上記の防曇膜が形成された防曇鏡の場合、通常の鏡のようにガラス面にスクライブ線を入れる事が難しい為、ガラス板や大判の鏡原板を所望の製品サイズに切断した後に、必要な防曇膜の形成を行っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−013006号公報
【特許文献2】特開2005−143943号公報
【特許文献3】特開2003−002688号公報
【特許文献4】特開2003−073146号公報
【特許文献5】特開2005−110918号公報
【特許文献6】特開2010−000330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述したように、超硬工具刃を用いて大判の鏡原板を折り割ると、目に見えないような微細なクラックが生じると共に、微小なガラス屑が発生してしまう。クラックは切断面の強度を低下させたり、切断後の鏡のエッジ品質を悪化させることがある。また、ガラス屑は切断面を汚染し、切断面に新たな傷を生じさせたり、洗浄によって除去し難いという問題があった。
【0007】
また、前述した防曇鏡原板の場合は、片面に銀鏡膜の対向面に防曇膜が形成されており、防曇膜の損傷を防ぐ為に、そもそもスクライブを形成する事が出来なかった。そのため、従来の方法では大判の防曇鏡原板を製造し、これを切断して所望の製品サイズの鏡を製造する事が出来ないという問題があった。
【0008】
従って、本発明は、切断時にクラックやガラス屑が生じ難く、切断鏡として防曇鏡にも適用可能な大判鏡原板の切断方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
赤外線ラインヒータを用いて、ガラス面の切断予定線上に集光照射すると、赤外光の焦点近傍を中心としてガラス板の温度が上昇し、ガラス板の温度が100〜120℃程度以上になると、ガラス板の表面から裏面に亘る亀裂が生じることがわかった。これはガラス等の脆性材料において「熱歪み」として知られている現象であり、加熱によって脆性材料に引っ張り応力が生じ、その引っ張り応力が脆性材料を破壊する程度まで強くなると、亀裂が発生する。この方法を用いる場合、前述したクラックやガラス屑等が発生しない良好な切断面を得る事が可能だが、一方で加熱し過ぎると亀裂が蛇行する場合がある。
【0010】
上記の赤外線ラインヒータを用いて鏡原板を切断すると、銀鏡膜は赤外線を反射するため、銀鏡膜によって反射された赤外光によって切断予定面の温度が過剰に上昇することが予想されたが、意外なことに直線性の高い切断面が得られた。これは、赤外線ラインヒータが赤外光を銀境膜以外の場所に集光照射している為、ガラス面に対して斜めに入射する赤外光が多く、その結果銀鏡膜での反射光が切断予定面とは異なる方向へ反射し、切断予定面の温度上昇が抑えられたためと推測される。さらに、検討を行ったところ、前述した大判の防曇鏡原板を切断することが可能となることがわかった。
【0011】
すなわち本発明は、厚み5〜6mmのガラス板の片面に銀鏡膜を形成する工程を含む鏡の製造方法において、前記工程で該銀鏡膜が形成された反射面と対向する対向面に赤外線を85%以上透過する機能膜を形成した大判の鏡原板を形成した後、ガラス板の、該銀鏡膜が形成された反射面と対向する対向面側から、該対向面の切断予定線上に赤外光を焦点が該対向面又は該機能膜の表面上となるように集光照射することによって、該焦点近傍及び該ガラス板内部に吸収される赤外光により該ガラス板の該切断予定線を含み該対向面及び該反射面とそれぞれ直交する切断予定面を加熱かつ吸収されずに該銀鏡膜で反射される該赤外光のうち、切断予定面近傍に反射される反射光の量を減らし、集光照射した照射領域の最高温度が100〜120℃程度以上になるまで加熱されることでガラス板の表面側に誘起される引っ張り応力によって該切断予定面に亀裂を生じさせて、該鏡原板を該機能膜に機械的損傷や熱的損傷が見られない製品サイズに切断する工程を含むことを特徴とする切断鏡の製造方法である。

【発明の効果】
【0012】
本発明によって、切断時にクラックやガラス屑が生じ難く、切断鏡として防曇鏡にも適用可能な大判鏡原板の切断方法を得ることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の(a)防曇鏡原板の位置関係を説明する断面模式図、(b)切断予定線及び切断予定面の位置関係を説明する簡易図、及び(c)切断後のガラス板の稜線部を拡大して説明する簡易図である。
図2】本発明の(a)赤外光の集光照射を説明する簡易図、及び(b)赤外光の焦点への入射光と銀鏡膜からの反射光を説明する簡易図である。
図3】本発明の亀裂の伝播を説明する図であり、(a)初期亀裂の形成、(b)伝播亀裂の形成、(c)伝播亀裂の伝播、(d)伝播亀裂の切断予定線終端部への伝播、及び(e)未伝播部の切断、をそれぞれ示す簡易図である。
図4】未伝播部の表面を冷却した際に生じるスクライブ及び終端亀裂を説明する簡易図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1:用語の説明
本明細書における用語を図1の(a)〜(c)を参照しながら、以下に説明する。また、図1の(b)、(c)はわかり易くする為に銀鏡膜や防曇膜等の各種膜を図示しなかった。
【0015】
本明細書では、図1の(a)に示したように、ガラス板Gの面のうち、銀鏡膜1が形成された面を反射面11、反射面11と対向する面を対向面14とする。また、図1の(a)では対向面14の表面に防曇膜4を形成しているが、本発明はこれに限定されるものではない。また、反射面11及び対向面14と直交する面を断面15とした。なお、「ガラス板の表面」とは、ガラス板の面のうちガラスが露出した部分を指すものとし特定の面を指すものではない。
【0016】
また、本明細書では、ガラス板Gの辺をそれぞれX方向、Y方向とし、そのうち対向面14上の切断予定線Lと直交する方向をX方向とした。また、ガラス板Gの厚み方向をZ方向とし、Z方向は対向面14側をマイナス、反射面11側をプラスとする。また、切断時に赤外光の照射領域を移動させ、亀裂を伝播させる場合は、亀裂の伝播方向をY方向のプラスとする。
【0017】
「切断予定線L」とは、切断前の鏡原板における切断予定の線を形式的に示したものである。図1の(a)(b)では、ガラス板の断面15及び対向面14上に示している。なお、実際の工程で切断予定線Lを目視可能にガラス板Gの表面に形成する必要はない。また、「切断予定線上」とは、ガラス板Gの表面のうち切断予定線Lの上を指すものとする。また、「上」はガラス板Gの表面、及びガラス板の表面に形成された層や膜も含むものとする。
【0018】
「切断予定面P」とは、切断前の鏡原板において、切断後に切断面P´となる予定の面を形式的に示したものである。図1の(b)では、対向面14及び反射面11とそれぞれ直交し、かつ切断予定線Lを含んでいる。また、切断時は、発生した亀裂が切断予定面Pを伝播する。
【0019】
本発明で得られる鏡の切断面P´は、特に加工処理しなくともマイクロクラック等が生じていない鏡面であり、また、図1の(c)に記載した切断後のガラス板の稜線部にソゲや欠け等が生じていないものである。また、鏡原板を切断後、得られた鏡にガラス板の稜線部を研磨(「糸面取り」と記載することもある)したり、銀鏡膜の縁が大気中に露出するのを保護するために、縁塗り処理(例えば、特許文献6)等の各種処理を加えたものも含んでもよい。なお、切断面P´は特に研磨する必要はないが、砥石等を用いて研磨処理した場合は切断面P´表面に微細な傷が形成される。
【0020】
「赤外光」とは、近赤外線、中赤外線のいずれでもよいが、例えば700〜4000nmの波長光を指すものとしてもよい。
【0021】
2:鏡の各構成
以下に本発明の切断鏡の好適な実施形態について記載する。なお、図1の(a)では防曇鏡原板を示したが、鏡の種類は防曇鏡に限定されるものではない。
【0022】
(ガラス板G)
本発明において、使用するガラス板Gは特に限定されるものではないが、一般的な建築用板ガラス(例えばJIS R3202に記載の板ガラス)として用いられる、厚み2mm以上、25mm以下の板状のガラスが好ましく、鏡では厚み5〜6mm程度のガラス板Gを用いるのが一般的である。また、ガラス板Gとして、フロート法で製造したソーダライムガラスを用いると大判鏡原板を作る際、生産性が良いので好ましい。
また、一般的なガラスは、赤外光を10〜90%程度透過するものであり、本発明に用いるガラス板Gも、上記の光学特性を示すのが望ましい。
【0023】
(銀鏡膜1)
銀鏡膜1は、いわゆる銀鏡反応を利用した化学メッキ法や、真空蒸着法その他公知の物理的、化学的成膜手段によりガラス板G上に成膜するものであり、膜厚は入射光のほぼ全部が反射する程度の膜厚であればよい。例えば60〜100nm程度としてもよい。
【0024】
(銅薄膜2)
銅薄膜2は、銀鏡膜1が侵蝕を受けるのを防止す保護金属膜であり、銀鏡膜1同様に化学メッキ法等の既存の成膜手段により銀鏡膜1の表面に形成されるものである。また、該保護金属膜は、銀よりイオン化傾向が大きい金属を用いればよく、スズやその他合金等を用いてもよい。膜厚は特に限定されるものではないが、例えば10〜50nm程度としてもよい。
【0025】
(保護塗膜3)
保護塗膜3は、銀鏡膜1及び銅薄膜2を保護する膜であり、水や酸、アルカリ、洗剤等への耐久性を向上させたり、機械的強度を向上させたりする膜であり、特に限定するものではない。例えば、従来より、樹脂に各種防錆顔料を混合した防錆材やエポキシ樹脂、アクリル樹脂等が用いられており、膜形成後の膜厚を30〜80μm程度としてもよい。
【0026】
(機能膜)
機能膜は、対向面14の表面に形成されるものであり、鏡に防曇性や反射防止機能、防汚機能等を付与するものである。図1では防曇膜4を記載しており、該防曇膜4はガラス板の表面の親水性を改質することが可能である。また、本発明は赤外光を用いるため、防曇膜4が大部分の赤外光を吸収すると、膜が損傷したり切断出来ない等の不具合が生じる場合があるため、赤外光を透過する膜を用いるのが好ましい。また、赤外光を透過するのであれば、防曇膜4は既存のものを用いればよい。
なお、赤外光は100%透過する必要はなく、膜が損傷しない程度であれば吸収しても差し支えない。例えば、前述したようにガラスの赤外光の透過率は10〜90%程度である為、例えば透過率を85%以上としてもよい。
防曇膜としては、例えば親水性や吸水性を有する界面活性剤やポリウレタン樹脂、ポリエチレンオキシド系ポリマーや親水性ポリマーを内部に固定化した多孔質膜等のガラス板Gの表面に密着する樹脂膜が挙げられる。
【0027】
また、赤外光を85%以上透過するのであれば、機能膜としてMgFやSiO、TiO等の無機化合物やシリコーン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂等を用いた既存の反射防止膜、防汚膜、防指紋膜等のガラス板Gの表面に密着する膜を用いてもよい。
【0028】
上記の構成の他に、鏡が稜線部を砥石等で研磨した研磨面を有してもよい。また、銀鏡膜1の縁が大気中に露出すると縁から劣化が生じてしまうため、縁を保護する縁塗り層を有してもよい。
【0029】
3:切断鏡の製造方法
以下に本発明の切断鏡の製造方法の好適な実施形態について記載する。なお、図2(a)、図3(a)〜(d)では防曇鏡原板を示し、図2(b)、図3(e)では説明の為に防曇膜原板を記載しなかったが、これに限定されるものではない。
【0030】
本発明は、ガラス板の片面に銀鏡膜を形成する工程を含む鏡の製造方法において、前記工程で大判の鏡原板を形成した後、ガラス板の、該銀鏡膜が形成された反射面と対向する対向面側から、該対向面の切断予定線上に赤外光を集光照射し、ガラス板の切断予定面を加熱することによって、該切断予定面に亀裂を生じさせて、該鏡原板を製品サイズに切断する工程を含むことを特徴とする鏡の製造方法である。
【0031】
また、本発明は、前記赤外光を集光照射した照射領域を、前記切断予定線に沿って相対的に移動させることによって、前記切断予定面に生じた亀裂を伝播させるのが好ましい。
【0032】
また、本発明は、前記切断予定線上の対向面又は断面のガラス表面を加傷して初期亀裂を形成する工程、及び該初期亀裂上又は該初期亀裂近傍の切断予定線上に赤外光を集光照射し、該初期亀裂を切断予定面に伝播させた伝播亀裂を形成する工程、を含むのが好ましい。
【0033】
(赤外光23の集光照射)
まず、赤外光の集光照射について図2(a)、(b)を参照しながら以下に説明する。赤外線照射装置(図2では赤外線ラインヒータ20)はガラス板Gの切断予定線L上に赤外線23を集光照射し、図1(b)に示す切断予定面Pを加熱するものであり、赤外線ランプ21と、該ランプから発する光を集光する集光部(図2(a)、(b)では集光ミラー22)とを有する。赤外光23は防曇膜4及びガラス板G内部を透過するが、透過中に一部ガラス板G内に吸収されることによって、ガラス板Gの温度を上昇させる。すなわち、赤外光23は焦点近傍で一部吸収され、吸収されなかった赤外光23は焦点を過ぎた後、ガラス板G内部を進行する。ガラス板G内部を進行する赤外光23についても一部吸収され、吸収されなかった赤外光23はさらにガラス板G内部を進行し、やがて銀鏡膜1まで達すると反射される。反射された反射光は再びガラス板G内部を進行する。
【0034】
赤外光23は、図2(a)に示したように、対向面14側からガラス板Gに入射する。この時、焦点のZ方向の位置は特に限定するものではないが、ガラス板Gが局所的に過度に温度上昇するのを抑制するために、焦点を対向面14上又は防曇膜4の表面上に設けるのが好ましい。図2(b)に示したように、焦点を銀鏡膜1から離れた位置にする事によって、銀鏡膜1で反射される赤外光23のうち、切断予定面P近傍に反射される反射光の量を減らす事が可能である。また、焦点の位置を上記のようにすることにより、赤外線ラインヒータ20へ進行する反射光の割合をより少なくする事が可能である。赤外線ラインヒータ20に達する反射光の量が多いと、長時間の使用による赤外線ランプの劣化が生じ易くなることがある。
【0035】
赤外線ランプ21は、700〜4000nmの波長の赤外光23を発するものを用いればよく、特に限定するものではない。本明細書では、赤外線照射装置として赤外線ラインヒータ20を使用したが、例えば赤外線スポットヒータ等を用いて、円形状や楕円形状に集光照射を行うものでもよい。
【0036】
赤外線ラインヒータ20の赤外線ランプ21の長さが切断予定線Lよりも短い場合は、赤外線ラインヒータ20又はガラス板GをY方向へ動かすことによって切断予定線Lの全長さに赤外光23を集光照射することが可能である。また、複数の赤外線ラインヒータ20を直線状に並べてもよい。この時、赤外線ランプ21間の間隔が広いと良好な切断ができない事があるため、間隔は極力狭くすることが望ましい。上記の間隔は、例えば5cm程度開いていた場合であっても、ガラスGの切断において支障は生じない。
【0037】
集光ミラー22等の集光部は、上記の赤外線ランプ21の光を焦点で集光させるものであればよいが、例えば凹面鏡等の反射鏡が挙げられる。反射鏡を用いる場合は、赤外線ランプ21を挟んでガラス板Gの対向面14と向き合うように設置する。また、赤外線ランプ21から発する赤外光23を無駄なく集光するために、集光ミラー22の長さは、赤外線ランプ21よりも長いものを使用するのが好ましい。また、集光ミラー22表面に金メッキ等の反射膜を形成すると反射率が向上し、より赤外光23を無駄なく集光することができる。
上記の集光ミラー22の他にも、例えばシリンドリカルレンズ等の各種レンズを用いてもよい。シリンドリカルレンズを用いる場合は、赤外線ランプ21とガラス板Gとの間に設置する。
【0038】
上記のように赤外光23を集光照射することによって、赤外光23が照射された切断予定面Pの温度が上昇し、一方でガラス板Gの表面は放熱によってやや温度が低下することから、ガラス板Gの表面と内部との間に温度勾配が生じる。この局所的な温度勾配が生じることによって、ガラス板Gは温度の低い表面側に強い引っ張り応力が誘起される。発生した引っ張り応力がガラス板Gに亀裂を生じさせる強さにまで達すると、ガラス板Gに全板厚に亘る亀裂が生じ切断鏡を得ることが可能となる。
【0039】
以下、図3を参照しながら具体的な製造工程について説明する。
(初期亀裂30aの形成)
まず、図3の(a)に示したように、切断予定線L上のガラス板Gの表面に初期亀裂30aを形成する。図3(a)では防曇鏡原板を示しているため、断面15(X−Z面)の切断予定線L上に、ガラスカッターを用いて浅く加傷を行った。また、防曇鏡原板ではない場合、対向面14の切断予定線L上に初期亀裂30aを形成してもよい。この時の初期亀裂30aの長さや深さは、ガラス板Gの強度を低下させることが出来れば特に限定するものではないが、表面に浅く短い傷をつける程度でも十分初期亀裂30aとすることができる。上記のように予め初期亀裂30aを形成することで、作業時間を短縮することができるため好ましい。
【0040】
また、ガラスカッター等の工具を使用せず、稜線部を含む切断予定線L上に赤外光23を所定時間集光照射することによって初期亀裂30aを得る事が可能である。これは、一般的にガラス板Gの稜線部は他の部分と比較して強度が低く、引っ張り応力が誘起された際に亀裂の始端となり易いためである。上記の「所定時間」はガラス板Gの厚みやガラス板Gの種類、赤外線照射装置の種類によって異なるが、例えば集光照射した照射領域の最高温度が100〜120℃程度以上になるまで加熱を行うと、当該初期亀裂30aを生じることが可能となる。
【0041】
なお、X−Y面上の切断予定線Lの長さが赤外線ランプ21よりも短い場合、切断予定線Lの全長さに対して集光照射を行うと、前述したように照射領域の最高温度が100〜120℃程度以上になった時、全板厚に亘る亀裂が切断予定線Lの全長に亘って形成され、そのまま切断面P´が得られる。この時、予めガラスカッター等で初期亀裂30aを形成しているとより短時間で切断面P´を得ることが出来るが、初期亀裂30aが未形成の場合でも問題なく切断可能である。
【0042】
(伝播亀裂30bの形成)
初期亀裂30aを形成した後、切断予定線L上に赤外光23を集光照射する。この時の照射領域には、初期亀裂30aを含むのが好ましいが、初期亀裂30aの切断予定線L上の末端から30mm以下程度であれば、初期亀裂30aから離れた位置を集光照射しても構わない。この時の焦点は、前述したように対向面14上か防曇膜4上に合わせるのが好ましい。
【0043】
上記のように集光照射を行うと、一定時間が経過し照射領域の最高温度が100〜120℃程度以上になった時、図3の(b)に示したように、初期亀裂30aを始端として伝播亀裂30bが生じる。伝播亀裂30bは全板厚に亘る亀裂であり、この時、該伝播亀裂30bの長さは赤外光23の照射領域の長さ程度になる。また、前述したように、赤外光23の照射領域が切断予定線Lの全長さに及ぶ場合は、この時点で切断面P´を得ることが可能となる。集光照射の時間はガラス板厚や幅、照射条件によって異なるが、通常数秒〜数十秒程度である。
【0044】
(伝播亀裂30bの伝播)
切断予定線Lの長さが赤外線ランプ23より長い場合、照射領域を、前記切断予定線Lに沿って相対的に移動させることにより、図3の(c)に示したように、伝播亀裂30bをさらに伝播させることが可能である。伝播亀裂30bの伝播は赤外光23が照射された範囲内で生じるため、切断予定線Lの終端まで照射領域を移動させることで、伝播亀裂30bを終端まで伝播させ切断面P´を得ることが可能となる。
【0045】
赤外光23の照射領域を移動させる場合は、赤外線ラインヒータ20を搬送させるものでも、鏡自体を搬送させるものでも、両方を搬送させるものでもよい。
【0046】
(切断予定線Lの終端部への伝播)
伝播亀裂30bは、切断予定線Lの終端部に近付くにつれて伝播速度が低下する傾向にある。従って、亀裂の伝播が完了するまで照射領域の移動を停止させてもよい。
【0047】
また、作業時間を短縮する為に、図3の(d)に示したように伝播亀裂30bが伝播していない未伝播の部分(以下「未伝播部31」と記載することもある)を残した状態で赤外光23の照射を停止し、図3の(e)に示したように、亀裂の始端側から水平方向に外力fを加えて切断途中の鏡原板を開き、終端まで伝播亀裂30bを伝播させるのが好ましい。未伝播部31は短い方が亀裂伝播時に伝播亀裂30bが蛇行せず、外力fを小さな力にする事が可能であるため好適である。例えば、本実施例では、5mm程度を残した状態で赤外光23の集光照射を停止し、手で外力fを加えて切断途中の鏡原板を割き、良好な切断面P´を得た。なお、図3の(e)は説明を簡単にする為に、防曇膜4を記載していない。
【0048】
また、未伝播部31の切断を行い易くするために、図4に示したように未伝播部31の表面に浅い切り込み線(スクライブ30c)を形成し、外力fを加えて鏡を割いてもよい。上記のスクライブ30cは、赤外光23の照射で温度が上昇した状態の未伝播部31表面を冷却することによって形成する事が可能である。例えば、図示しない冷却機構を設け、伝播亀裂30bの伝播速度が低下したのを確認した後に、該冷却機構から圧縮空気等の流体を未伝播部31表面に吹き付ける事によってスクライブ30cが生じる。スクライブ30cが発生するメカニズムとしては、加熱され温度が上昇したガラス板G表面を冷却する事によって、ガラス板G表面に局所的な引張り応力が誘起する為だと考えられる。このようにして得られるスクライブ30cの深さはガラス板Gの表面から100〜300μm程度だった。
【0049】
また、上記のようにスクライブ30cを形成する際、吹き付けた圧縮空気等の流体が断面15の表面にも周り込むと、該断面15に終端亀裂30dが生じる。終端亀裂30dはガラス板Gの全板厚に亘る亀裂であり、ほとんどは切断予定線L上の稜線部を起点として発生する。図4では終端亀裂30dが発生した後も未伝播部31が残っているが、未伝播部31が残らない場合もある。上記のようにスクライブ30cや終端亀裂30dを形成することによって、未伝播部31を手で割く際に、ソゲが発生しにくくなる。
【0050】
上記のように、ガラス板Gを切断すると、該ガラス板G上に形成された各種膜も特に問題なく切断可能であることがわかった。
【実施例】
【0051】
以下に本発明の実施例を記載する。
実施例1
大判の防曇鏡原板としてセントラル硝子株式会社製の洗面化粧台用防曇鏡ミエミラー・シャインビュー(約300×650mm、ガラス板厚5mm)を用いた。また、赤外線照射装置として赤外線ラインヒータ20(ハイベック社製赤外線ラインヒータ HYL25−12、ランプ長:120mm、出力:2000W、焦点距離:25mm)を用いた。防曇鏡原板を水平な載置台上に、赤外線ラインヒータ20を搬送可能なフレームにそれぞれ設置した。
【0052】
まず、防曇鏡原板のX−Z面上の切断予定線L(X方向の幅150mmの位置、長さはY方向に650mm)に、ガラスカッターで浅く初期亀裂30aを形成した。初期亀裂30aはX−Z面の稜線部の近傍の切断予定線L上とした。
【0053】
次に、初期亀裂30aに赤外線ラインヒータ20を集光照射し、伝播亀裂30bを発生させた。この時、赤外線ランプ21の長さの1/4程度を鏡のX−Y面上に設置し、防曇膜4の表面に焦点を合わせた。伝播亀裂30bは照射開始から5秒程度で生じた。
【0054】
次に、赤外線ラインヒータ20が設置されたフレームを移動させて、赤外光23の照射領域を移動させ、集光予定線L上を集光照射した。赤外光23の移動の速度は、伝播亀裂30bの伝播速度とほぼ同じ速度とし、切断予定線Lの終端まで赤外光23の照射領域を移動させた。
【0055】
赤外光23の照射領域は移動開始から約30秒程度で切断予定線Lの終端に達した。この時、伝播亀裂30bの伝播速度は低下しており、伝播亀裂30bが未伝播になった未伝播部を約5mm残す程度になっていた。上記を確認した後、赤外光23の集光照射を停止した。
【0056】
次に、伝播亀裂30bの始端側を作業者が手で持ち、水平に開くことによって、上記の未伝播部に伝播亀裂30bを伝播させ切断を完了した。
【0057】
得られた切断鏡(約150×650mm、ガラス板厚5mm)は、切断面が鏡面であり、ソゲや欠け等が生じないものだった。また、防曇膜に機械的損傷や熱的損傷が見られないものであった。
【符号の説明】
【0058】
G:ガラス板、L:切断予定線、P:切断予定面、P´:切断面、1:銀鏡膜、2:銅薄膜、3:保護塗膜、4:防曇膜、11:反射面、14:対向面、15:断面、20:赤外線ラインヒータ、21:赤外線ランプ、22:集光ミラー、23:赤外光、30a:初期亀裂、30b:伝播亀裂、30c:スクライブ、30d:終端亀裂、31:未伝播部
図1
図2
図3
図4