(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る電界紡糸用組成物及び多孔質炭素繊維の製造方法の一実施形態について説明する。
【0018】
〔電界紡糸用組成物〕
当該電界紡糸用組成物は、無灰炭及び溶媒を含み、多孔質炭素繊維を電界紡糸により製造するために用いられる。なお、当該電界紡糸用組成物は液体である。
【0019】
[無灰炭]
無灰炭(HPC)は、灰分が5質量%以下、好ましくは3質量%以下であり、灰分をほとんど含まず、水分が皆無の石炭である。無灰炭は、例えば
図1に示すように混合工程S1と、溶出工程S2と、固液分離工程S3と、蒸発分離工程S4とを備える製造方法により製造することができる。以下、各工程について説明する。
【0020】
<混合工程>
混合工程S1では、石炭及び溶媒を混合する。この混合工程S1は、例えば石炭供給部、溶媒供給部、及び混合部により行える。
【0021】
(石炭供給部)
石炭供給部は、石炭を混合部へ供給する。石炭供給部としては、常圧状態で使用される常圧ホッパー、常圧状態及び加圧状態で使用される加圧ホッパー等の公知の石炭ホッパーを用いることができる。
【0022】
石炭供給部から供給する石炭は、無灰炭の原料となる石炭である。上記石炭としては、様々な品質の石炭を用いることができる。例えば上記石炭としては、無灰炭の抽出率の高い瀝青炭や、より安価な低品位炭(亜瀝青炭や褐炭)が好適に用いられる。また、石炭を粒度で分類すると、細かく粉砕された石炭が好適に用いられる。ここで「細かく粉砕された石炭」とは、石炭全体の質量に対する粒度1mm未満の石炭の質量割合が80%以上である石炭を意味する。また、石炭供給部から供給する石炭として塊炭を用いることもできる。ここで「塊炭」とは、石炭全体の質量に対する粒度5mm以上の石炭の質量割合が50%以上である石炭を意味する。塊炭は、細かく粉砕された石炭に比べて未溶解な固体の石炭の粒度が大きく保たれるため、後述する分離部での分離を効率化することができる。ここで、「粒度(粒径)」とは、JIS−Z8815:1994のふるい分け試験通則に準拠して測定した値をいう。なお、石炭の粒度による仕分けには、例えばJIS−Z8801−1:2006に規定する金属製網ふるいを用いることができる。
【0023】
上記低品位炭の炭素含有率の下限としては、70質量%が好ましい。一方、上記低品位炭の炭素含有率の上限としては、85質量%が好ましく、82質量%がより好ましい。上記低品位炭の炭素含有率が上記下限未満であると、溶媒可溶成分の溶出率が低下するおそれがある。逆に、上記低品位炭の炭素含有率が上記上限を超えると、供給する石炭のコストが高くなるおそれがある。
【0024】
なお、石炭供給部から混合部へ供給する石炭として、少量の溶媒を混合してスラリー化した石炭を用いてもよい。石炭供給部からスラリー化した石炭を混合部へ供給することにより、混合部において石炭が溶媒と混合し易くなり、石炭をより早く溶解させることができる。ただし、スラリー化する際に混合する溶媒の量が多いと、後述する昇温部でスラリーを溶出温度まで昇温するための熱量が不必要に大きくなるため、製造コストが増大するおそれがある。
【0025】
(溶媒供給部)
溶媒供給部は、溶媒を混合部へ供給する。上記溶媒供給部は、溶媒を貯留する溶媒タンクを有し、この溶媒タンクから溶媒を混合部へ供給する。上記溶媒供給部から供給する溶媒は、石炭供給部から供給する石炭と混合部で混合される。
【0026】
溶媒供給部から供給する溶媒は、石炭を溶解するものであれば特に限定されないが、例えば石炭由来の二環芳香族化合物が好適に用いられる。この二環芳香族化合物は、基本的な構造が石炭の構造分子と類似していることから石炭との親和性が高く、比較的高い抽出率を得ることができる。石炭由来の二環芳香族化合物としては、例えば石炭を乾留してコークスを製造する際の副生油の蒸留油であるメチルナフタレン油、ナフタレン油等を挙げることができる。
【0027】
上記溶媒の沸点は、特に限定されないが、例えば上記溶媒の沸点の下限としては、180℃が好ましく、230℃がより好ましい。一方、上記溶媒の沸点の上限としては、300℃が好ましく、280℃がより好ましい。上記溶媒の沸点が上記下限未満であると、溶媒が揮発し易くなるため、スラリー中の石炭と溶媒との混合比の調整及び維持が困難となるおそれがある。逆に、上記溶媒の沸点が上記上限を超えると、溶媒可溶成分と溶媒との分離が困難となり、溶媒の回収率が低下するおそれがある。
【0028】
(混合部)
混合部は、石炭供給部から供給する石炭及び溶媒供給部から供給する溶媒を混合する。
【0029】
上記混合部としては、調製槽を用いることができる。この調製槽には、供給管を介して上記石炭及び溶媒が供給される。上記調製槽では、この供給された石炭及び溶媒が混合され、スラリーが調製される。また、上記調製槽は、攪拌機を有しており、混合したスラリーを攪拌機で攪拌しながら保持することによりスラリーの混合状態を維持する。
【0030】
調製槽におけるスラリー中の無水炭基準での石炭濃度は、溶媒の種類等により適宜決定されるが、上記石炭濃度の下限としては、10質量%が好ましく、13質量%がより好ましい。一方、上記石炭濃度の上限としては、25質量%が好ましく、20質量%がより好ましい。上記石炭濃度が上記下限未満であると、溶出工程S2で溶出される溶媒可溶成分の溶出量がスラリー処理量に対して少なくなるため、当該電界紡糸用組成物に含まれる無灰炭の含有量が不十分となるおそれがある。逆に、上記石炭濃度が上記上限を超えると、溶媒中で上記溶媒可溶成分が飽和し易いため、上記溶媒可溶成分の溶出率が低下するおそれがある。
【0031】
<溶出工程>
溶出工程S2では、上記混合工程S1で得られたスラリー中の石炭から上記溶媒に可溶な石炭成分を溶出させる。溶出工程S2は、例えば昇温部及び溶出部により行うことができる。
【0032】
(昇温部)
昇温部は、上記混合工程S1で得られたスラリーを昇温する。
【0033】
昇温部としては、内部を通過するスラリーを昇温できるものであれば特に限定されないが、例えば抵抗加熱式ヒーターや誘導加熱コイルが挙げられる。また、昇温部は、熱媒を用いて昇温を行うよう構成されていてもよく、例えば内部を通過するスラリーの流路の周囲に配設される加熱管を有し、この加熱管に蒸気、油等の熱媒を供給することでスラリーを昇温可能に構成されていてもよい。
【0034】
昇温部による昇温後のスラリーの温度は、使用する溶媒に応じて適宜決定されるが、上記スラリーの温度の下限としては、300℃が好ましく、360℃がより好ましい。一方、上記スラリーの温度の上限としては、420℃が好ましく、400℃がより好ましい。上記スラリーの温度が上記下限未満であると、溶出率が低下するおそれがある。逆に、上記スラリーの温度が上記上限を超えると、溶媒が気化し過ぎるためスラリーの濃度を制御することが困難となるおそれがある。
【0035】
また、昇温部の圧力としては、特に限定されないが、常圧(0.1MPa)とできる。
【0036】
(溶出部)
溶出部は、上記混合部で得られ、上記昇温部で昇温されたスラリー中の石炭から溶媒に可溶な石炭成分を溶出させる。
【0037】
溶出部としては、抽出槽を用いることができ、この抽出槽に上記昇温後のスラリーが供給される。上記抽出槽では、このスラリーの温度及び圧力を保持しながら溶媒に可溶な石炭成分を石炭から溶出させる。また、上記抽出槽は、攪拌機を有している。この攪拌機によりスラリーを攪拌することで上記溶出を促進できる。
【0038】
なお、溶出部での溶出時間としては、特に限定されないが、溶媒可溶成分の抽出量と抽出効率との観点から10分以上70分以下が好ましい。
【0039】
<固液分離工程>
固液分離工程S3では、上記溶出工程S2で溶出後の上記スラリーを、溶媒可溶成分を含む液体分及び溶媒不溶成分に分離する。この固液分離工程S3は、分離部により行うことができる。なお、溶媒不溶成分は、抽出用溶媒に不溶な灰分と不溶石炭とを主として含み、これらに加え抽出用溶媒をさらに含む抽出残分をいう。
【0040】
(分離部)
分離部における上記液体分及び溶媒不溶成分を分離する方法としては、例えば重力沈降法、濾過法、遠心分離法を用いることができ、それぞれ沈降槽、濾過器、遠心分離器が使用される。
【0041】
以下、重力沈降法を例にとり分離方法について説明する。重力沈降法とは、沈降槽内で重力を利用して溶媒不溶成分を沈降させて固液分離する分離方法である。重力沈降法により分離を行う場合、溶媒可溶成分を含む液体分は、沈降槽の上部に溜まる。この液体分は必要に応じてフィルターユニットを用いて濾過した後、沈降槽の上部から排出される。一方、溶媒不溶成分は、分離部の下部から排出される。
【0042】
また、重力沈降法により分離を行う場合、スラリーを分離部内に連続的に供給しながら溶媒可溶成分を含む液体分及び溶媒不溶成分を沈降槽から排出することができる。これにより連続的な固液分離処理が可能となる。
【0043】
分離部内でスラリーを維持する時間は、特に限定されないが、例えば30分以上120分以下とでき、この時間内で分離部内の沈降分離が行われる。なお、石炭として塊炭を使用する場合には、沈降分離が効率化されるので、分離部内でスラリーを維持する時間を短縮できる。
【0044】
なお、分離部内の温度及び圧力としては、昇温部による昇温後のスラリーの温度及び圧力と同様とできる。
【0045】
<蒸発分離工程>
蒸発分離工程S4では、上記固液分離工程S3で分離した液体分から溶媒を蒸発させる。この溶媒の蒸発分離により無灰炭が得られる。
【0046】
上記溶媒を蒸発分離する方法としては、一般的な蒸留法や蒸発法(スプレードライ法等)を含む分離方法を用いることができる。上記液体分からの溶媒の分離により、上記液体分から実質的に灰分を含まない無灰炭を得ることができる。
【0047】
一方、上記溶媒不溶成分からは、溶媒を蒸発分離させて副生炭を得ることができる。副生炭は、軟化溶融性は示さないが、含酸素官能基が脱離されている。そのため、副生炭は、配合炭として用いた場合にこの配合炭に含まれる他の石炭の軟化溶融性を阻害しない。従って、この配合炭は例えばコークス原料の配合炭の一部として使用することができる。また、副生炭は一般の石炭と同様に燃料として利用してもよい。
【0048】
[溶媒]
当該電界紡糸用組成物に含まれる溶媒としては、上記無灰炭の製造方法で説明した溶媒を用いてもよいが、酸素原子又は窒素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒を用いることが好ましい。酸素原子又は窒素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒には無灰炭を高濃度に溶解することができる。従って、上記溶媒を用いることで、炭素繊維の製造効率が高められる。
【0049】
上記酸素原子又は窒素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒の大気圧における沸点の下限値としては、50℃が好ましく、60℃がより好ましく、65℃がさらに好ましい。一方。上記溶媒の沸点は、250℃未満が好ましく、210℃未満がより好ましく、160℃未満がさらに好ましい。上記溶媒の沸点が上記下限未満であると、無灰炭が十分に溶解せず無灰炭の含有量を高められないおそれがある。逆に、上記溶媒の沸点が上記上限以上であると、後述する堆積工程S5において溶媒の脱離に伴う圧力が不足するため、多孔質炭素繊維の細孔が十分に形成されないおそれがある。
【0050】
このような酸素原子又は窒素原子を含み、かつ大気圧における沸点が50℃以上250℃未満である有機化合物としては、ピリジン(C
5H
5N)、テトラヒドロフラン(C
4H
8O)、ジメチルホルムアミド((CH
3)
2NCHO)、N−メチルピロリドン(C
5H
9NO)などが挙げられる。中でも無灰炭と親和性が高いピリジン及びテトラヒドロフランが好ましい。なお、酸素原子又は窒素原子を含む有機化合物は1種類であってもよく、また2種類以上の有機化合物が混合されていてもよい。
【0051】
当該電界紡糸用組成物は、上記無灰炭及び上記溶媒を混合することで製造できる。
【0052】
当該電界紡糸用組成物の溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率の上限としては、0.1であり、0.09がより好ましく、0.05がさらに好ましい。上記融解熱の比率が上記上限を超えると、電界紡糸時に液滴化し易くなるため、後述する堆積工程S5において微細繊維を得ることが困難となるおそれがある。一方、上記融解熱の比率の下限としては、0であり、0.005がより好ましい。上記融解熱の比率を上記下限以上とすることで、得られる多孔質炭素繊維の比表面積を増大できる。
【0053】
ここで、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率により、電界紡糸を安定して効率的に行える電界紡糸用組成物が得られる理由について考察する。当該電界紡糸用組成物は、無灰炭と溶媒との二成分であるから、例えば当該電界紡糸用組成物を冷却し固化させてから加熱していくと、無灰炭と溶媒との融解による吸熱が観測されると考えられる。ここで、無灰炭は分子量や分子構造の異なる様々な多環芳香族化合物の混合物であるから、明確な吸熱ピークを示さない。一方、溶媒単体では融解による吸熱ピークが現れ、無灰炭の濃度に依存した融点の降下が発生すると考えられる。実際、溶媒をピリジンとし、無灰炭を10質量%溶解させた電界紡糸用組成物では、
図2に示すように溶媒の融解に帰属する吸熱ピークが顕著に認められる。
【0054】
電界紡糸を安定して行うことができる電界紡糸用組成物には適度な粘性が必要であり、無灰炭の含有量が一定以上であることが必要となる。例えば電界紡糸を安定して行うことができる電界紡糸用組成物として、溶媒をピリジンとし、無灰炭を38質量%溶解させた電界紡糸用組成物の示差走査熱量計により観測される熱量の測定結果を
図2に示す。このように電界紡糸を安定して行うことができる電界紡糸用組成物では、驚くべきことに示差走査熱量計により観測される溶媒の融解に帰属する吸熱ピークが溶媒の含有率から算出される溶媒の融解熱を大きく下回ることが分かった。
【0055】
その理由は明らかではないが、無灰炭分子と強く相互作用する溶媒の分子は固体としての融解現象を示さないこと、そのような成分の割合が増加し、逆に、結晶としてふるまい融解熱のピークを呈する溶媒の割合が減少したことの結果であると考えられる。本発明者らは、この現象を応用して、観測される溶媒の融解熱の大きさを測定すれば、無灰炭―溶媒分子間の相互作用の程度を計量することができ、引いては、電界紡糸用組成物の紡糸性を推定することが可能となると考えた。そして、本発明者らは、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率を指標とすることで、電界紡糸を安定して効率的に行える電界紡糸用組成物が得られると結論した。
【0056】
当該電界紡糸用組成物における無灰炭の含有量の下限としては、30質量%が好ましく、35質量%がより好ましい。一方、上記無灰炭の含有量の上限としては、60質量%が好ましく、50質量%がより好ましく、40質量%がさらに好ましい。上記無灰炭の含有量が上記下限未満であると、電界紡糸時に液滴化し易くなるため、後述する堆積工程S5において微細繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記無灰炭の含有量が上記上限を超えると、電界紡糸により得られる微細繊維の径が大きくなり過ぎ、多孔質炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。
【0057】
〔多孔質炭素繊維の製造方法〕
当該多孔質炭素繊維の製造方法は、
図3に示すように堆積工程S5と加熱工程S6とを備える。
【0058】
<堆積工程>
堆積工程S5では、当該電界紡糸用組成物を用いて電界紡糸を行うことで、基板表面に微細繊維を堆積する。
【0059】
電界紡糸は、例えば
図4に示すようにシリンジ1と基板2とを有する電界紡糸部により行える。具体的には、電界紡糸は、当該電界紡糸用組成物をシリンジ1に入れ、シリンジ1のノズル1aと基板2との間に電圧Eを印加することで行われる。ノズル1aと基板2との間に電圧Eを印加すると、ノズル1a先端の液滴表面に電荷が集まり、互いに反発して、円錐状となる。さらに印加電圧Eを増し、電荷の反発力が表面張力を超えると当該電界紡糸用組成物はノズル1aの先端から基板2へ向かって噴出される。噴出された溶液流3が細くなると表面電荷密度が大きくなるため、電荷の反発力が増し、溶液流3はさらに引き伸ばされる。その際、溶液流3の比表面積が急速に大きくなることにより溶媒が揮発し、基板2の表面に微細繊維4が紡糸される。このように電界紡糸では、比較的簡単な装置で微細繊維4を作製できる。なお、
図4ではノズル1aは1つであるが、複数のノズル1aを備え、同時に複数の微細繊維を作製してもよい。
【0060】
上記基板2としては、導電性があるものであれば特に限定されないが、金属板、金属箔、炭素基板等を用いることができる。
【0061】
上記ノズル1aの先端部の内径(ノズル内径)の下限としては、0.2mmが好ましく、0.4mmがより好ましい。一方、上記ノズル内径の上限としては、0.7mmが好ましく、0.6mmがより好ましい。上記ノズル内径が上記下限未満であると、得られる微細繊維4が細くなるため切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記ノズル内径が上記上限を超えると、得られる微細繊維4の径が大きくなるため、製造される多孔質炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。
【0062】
紡糸間距離(ノズル1aの先端と基板2との距離)の下限としては、10cmが好ましく、12cmがより好ましい。一方、紡糸間距離の上限としては、20cmが好ましく、18cmがより好ましい。紡糸間距離が上記下限未満であると、溶媒が十分に揮発せず、電界紡糸が困難となるおそれがある。逆に、紡糸間距離が上記上限を超えると、得られる微細繊維4が細くなるため切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。
【0063】
上記ノズル1aと基板2との間の印加電圧Eの下限としては、10kVが好ましく、12kVがより好ましい。一方、上記印加電圧Eの上限としては、30kVが好ましく、20kVがより好ましい。上記印加電圧Eが上記下限未満であると、微細繊維4を安定して形成できないおそれがある。逆に、上記印加電圧Eが上記上限を超えると、得られる微細繊維4の径の分布が広がり易くなるため、製造される多孔質炭素繊維が不均質となるおそれがある。
【0064】
上記溶液流3の流量(1つのノズル1aからの溶液の吐出量)の下限としては、1ml/hが好ましく、1.5ml/hがより好ましい。一方、上記溶液流3の流量の上限としては、3ml/hが好ましく、2.5ml/hがより好ましい。上記溶液流3の流量が上記下限未満であると、微細繊維4を安定して形成できないおそれがある。逆に、上記溶液流3の流量が上記上限を超えると、微細繊維4の径が大きくなるため、製造される多孔質炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。なお、上記溶液流3の流量は、ノズル内径及び印加電圧Eにより制御できる。
【0065】
基板2表面に堆積する微細繊維4の平均径の下限としては、0.5μmが好ましく、0.7μmがより好ましい。一方、上記微細繊維4の平均径の上限としては、5μmが好ましく、3μmがより好ましい。上記微細繊維4の平均径が上記下限未満であると、微細繊維4が切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記微細繊維4の平均径が上記上限を超えると、製造される多孔質炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。なお、上記微細繊維4の平均径は、制御性の観点から主に電界紡糸の印加電圧Eにより制御される。また、上記微細繊維4の平均径は、ノズル内径や紡糸間距離により調整することもできる。
【0066】
なお、基板2表面に堆積した微細繊維4は、基板2から剥離される。当該多孔質炭素繊維の製造方法では、無灰炭の優れた電界紡糸性により微細繊維4が切断されることなく連続的かつランダムに基板2上に堆積する。従って、当該多孔質炭素繊維の製造方法を用いることで長繊維の多孔質炭素繊維を得易い。
【0067】
[加熱工程]
加熱工程S6では、上記堆積工程S5で得られた微細繊維を加熱する。この加熱工程S6は、加熱部により行うことができる。
【0068】
(加熱部)
加熱部は、加熱により上記微細繊維を炭素化する。
【0069】
上記加熱部としては、例えば公知の電気炉等を用いることができ、微細繊維を加熱部へ挿入し、内部を不活性ガスで置換した後、加熱部内へ不活性ガスを吹き込みながら加熱を行うことで微細繊維の炭素化ができる。上記不活性ガスとしては、特に限定されないが、例えば窒素やアルゴン等を挙げることができる。中でも安価な窒素が好ましい。
【0070】
上記加熱温度の下限としては、500℃が好ましく、700℃がより好ましい。一方、上記加熱温度の上限としては、3000℃が好ましく、2800℃がより好ましい。上記加熱温度が上記下限未満であると、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱温度が上記上限を超えると、設備の耐熱性向上や燃料消費量の観点から製造コストが上昇するおそれがある。なお、昇温速度としては、例えば0.01℃/min以上10℃/min以下とすることができる。
【0071】
また、加熱時間の下限としては、10分が好ましく、20分がより好ましい。一方、加熱時間の上限としては、10時間が好ましく、8時間がより好ましい。加熱温度が上記下限未満であると、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱時間が上記上限を超えると、多孔質炭素繊維の製造効率が低下するおそれがある。
【0072】
製造される多孔質炭素繊維の比表面積の下限としては、400m
2/gが好ましく、500m
2/gがより好ましく、600m
2/gがさらに好ましい。上記比表面積が上記下限未満であると、多孔質材料として用いることが困難となるおそれがある。一方、上記比表面積の上限としては、特に限定されないが、通常3000m
2/g程度である。
【0073】
得られる多孔質炭素繊維の平均径の下限としては、0.5μmが好ましく、0.7μmがより好ましい。一方、上記多孔質炭素繊維の平均径の上限としては、5μmが好ましく、3μmがより好ましい。上記多孔質炭素繊維の平均径が上記下限未満であると、炭素繊維が切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記多孔質炭素繊維の平均径が上記上限を超えると、製造される多孔質炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。なお、上記多孔質炭素繊維の平均径は、微細繊維4の平均径により決まり、微細繊維4の平均径は、制御性の観点から主に電界紡糸の印加電圧Eにより制御される。また、上記微細繊維4の平均径は、ノズル内径や紡糸間距離により調整することもできる。
【0074】
〔利点〕
当該電界紡糸用組成物は無灰炭を炭素原料とする。無灰炭は比較的安価で優れた電界紡糸性を有し、炭素以外の物質を必要としない。また、無灰炭の優れた黒鉛化性に基づいて、成型等の処理を施すことなく電界紡糸により高比表面積で微細繊維状の多孔質炭素繊維が容易に得られる。また、電界紡糸を安定して行うことができる電界紡糸用組成物には適度な粘性が必要であり、無灰炭の含有量が一定以上であることが必要となる。この必要な無灰炭の含有量は溶媒との相互作用に依存し、必要な量の無灰炭を含む電界紡糸用組成物では、溶媒の分子が無灰炭分子と強く相互作用し、溶媒が固体としての融解現象を示さない。従って、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率を上記範囲内とすることで、電界紡糸が安定して効率的に行える。以上から、当該電界紡糸用組成物を用いることで、電界紡糸により安定して効率的に多孔質炭素繊維が製造できる。
【0075】
また、当該多孔質炭素繊維の製造方法は、当該電界紡糸用組成物を用いるので、電界紡糸により安定して効率的に多孔質炭素繊維を製造できる。
【0076】
[その他の実施形態]
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。
【0077】
上記実施形態では、無灰炭を溶媒抽出により製造する方法を説明したが、無灰炭の製造方法はこれに限定されず、例えば石炭と水素供与性溶剤との混合加熱により製造された無灰炭を用いることもできる。
【0078】
また、上記実施形態では、蒸発分離工程で無灰炭を得た後、無灰炭と溶媒とを混合して当該電界紡糸用組成物を製造する方法を説明したが、無灰炭を抽出する溶媒と電界紡糸用組成物の溶媒とを同種類の溶媒とすることで、蒸発分離工程を省略してもよい。この場合、固液分離工程で得られる溶液の溶媒の含有率から算出される溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率を調整することで、当該電界紡糸用組成物を得ることができる。
【0079】
上記実施形態では、無灰炭の製造において混合工程の混合部が調製槽を有する構成について説明したが、この構成に限らず、溶媒と石炭との混合ができれば、調製槽を省略してもよい。例えばラインミキサーにより上記混合が完了するような場合には、調製槽を省略して供給管と分離部との間にラインミキサーを備える構成としてもよい。このように各工程で用いられる装置構成は、上記実施形態に限定されない。
【実施例】
【0080】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0081】
[実施例1]
瀝青炭の溶媒抽出により製造された無灰炭を炭素原料として準備した。この無灰炭の元素分析値を表1に示す。また、この無灰炭の炭素収率は55質量%であった。
【0082】
【表1】
【0083】
なお、表1において、酸素量は、炭素、水素、窒素及び硫黄以外の成分量を意味し、100質量%から炭素、水素、窒素及び硫黄の成分量を引いたものである。
【0084】
溶媒として大気圧における沸点が115℃であるピリジンを準備した。ピリジンは、窒素を含有する有機化合物(芳香族化合物)である。
【0085】
この溶媒に、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱H
0に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱H’の比率C(=H’/H
0)が0.08となるように無灰炭を溶解して電界紡糸用組成物を得た。このときの無灰炭の含有率は39質量%であった。
【0086】
この電界紡糸用組成物を用いて表2に示す条件で電界紡糸を行い、アルミニウム箔基板上に微細繊維を堆積した。この微細繊維をアルミニウム箔から剥離させた後、3.3℃/分の昇温速度で900℃まで昇温し、30分間の加熱処理(炭素化)を行い、実施例1の多孔質炭素繊維を製造した。
【0087】
【表2】
【0088】
[実施例2、比較例1〜3]
上記融解熱の比率Cが表3に示す値となるように無灰炭を溶解して電界紡糸用組成物を得た以外は実施例1と同様して、実施例2及び比較例1〜3の多孔質炭素繊維を製造した。なお、電界紡糸用組成物における無灰炭の含有量は表3に示すとおりである。
【0089】
[実施例3、4、比較例4〜6]
溶媒として大気圧における沸点が202℃であるN−メチルピロリドン(NMP)を準備した。NMPは、窒素及び酸素を含有する有機化合物である。この溶媒に上記融解熱の比率Cが表3に示す値となるように無灰炭を溶解して電界紡糸用組成物を得た以外は実施例1と同様して、実施例3、4及び比較例4〜6の多孔質炭素繊維を製造した。なお、電界紡糸用組成物における無灰炭の含有量は表3に示すとおりである。
【0090】
[評価方法]
上記実施例1〜4及び比較例1〜6について、以下の測定を行った。
【0091】
<紡糸性>
電界紡糸における紡糸性について以下の基準で評価した。評価結果を表3に示す。
A:繊維径が均一に制御され糸切れの少ない電界紡糸が可能である。
B:噴出される溶液流が液滴状となり、均一な繊維径で電界紡糸ができない。
C:噴出される溶液流が霧状となり、電界紡糸により繊維が得られない。
【0092】
<平均繊維径>
炭素繊維の平均径(平均繊維径)を光学顕微鏡により測定した。測定は、光学顕微鏡の視野内の任意の10本の繊維径を計測し、その平均を求めた。測定結果を表3に示す。
【0093】
<比表面積>
多孔質炭素繊維の比表面積を窒素吸着(BET法)により測定した。測定結果を表3に示す。
【0094】
【表3】
【0095】
表3中で「−」は、繊維径が不均一であるため、又は電界紡糸ができないため、測定ができなかったことを意味する。
【0096】
表3の結果から、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱H
0に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱H’の比率Cを0.1以下とすることで、繊維径が均一に制御され糸切れの少ない電界紡糸が可能であることが分かる。これに対し、上記融解熱の比率Cが0.1より大きい比較例1〜6では、繊維径が均一に制御され糸切れの少ない電界紡糸を行うことができない。
【0097】
このことから、溶媒の含有率から算出される上記溶媒の融解熱に対する示差走査熱量計で測定される溶媒起因の融解熱の比率が0以上0.1以下である電界紡糸用組成物を用いることで、電界紡糸により安定して効率的に多孔質炭素繊維を製造できるといえる。