(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6768221
(24)【登録日】2020年9月25日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】金属元素の溶媒抽出状態の把握方法
(51)【国際特許分類】
C22B 3/26 20060101AFI20201005BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20201005BHJP
【FI】
C22B3/26
B01D11/04 B
B01D11/04 101
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-59405(P2017-59405)
(22)【出願日】2017年3月24日
(65)【公開番号】特開2018-162485(P2018-162485A)
(43)【公開日】2018年10月18日
【審査請求日】2019年9月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088719
【弁理士】
【氏名又は名称】千葉 博史
(72)【発明者】
【氏名】柴原 孝宏
(72)【発明者】
【氏名】川崎 始
(72)【発明者】
【氏名】亀澤 明憲
(72)【発明者】
【氏名】山本 琢磨
【審査官】
中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−019939(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/004458(WO,A1)
【文献】
山田碩道,溶媒抽出法の基礎的原理と発展,化学と教育,日本,公益社団法人日本化学会,1997年 4月20日,Vol.45, No.4,pp.196-197
【文献】
池田秀松 他,ミキサセトラの動特性モデルと制御,計測と制御,日本,公益社団法人計測自動制御学会,1980年 7月10日,Vol.19, No.7,pp.654-657
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 3/26
B01D 11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一価の陽イオン交換型抽出剤HAを用いたq価の金属元素Mの溶媒抽出において、あらかじめ求めた金属元素Mの抽出反応平衡定数K’および反応基準時間T’における反応率R、および時刻Tの化学種濃度[X]
Tの式に基づいた式[I]によって、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+ΔTを求め(化学種Xは、抽出に関与するX=M、HAおよびその二量体H
2A
2、水素イオンH
+、M、HAおよびH
2A
2により生成する金属錯体MA
p(HA
2)
q−p)、さらに[H
+]
Tの経時変化を[M
q+]
Tの経時変化に基づく次式[II]によって求めて金属元素Mの抽出状態を把握する方法。
〔式I〕
---式[I]
T’:反応基準時間
R:反応基準時間T’における反応率
K’:各金属元素に固有の溶媒抽出反応の平衡定数
〔式II〕
[H
+]
T+ΔT=[H
+]
T−q([M
q+]
T+ΔT−[M
q+]
T) ----式[II]
【請求項2】
ミキサセトラにおける微小時間ΔTの間に各段と隣接段あるいは外部との間で液の流出入が起こることによる化学種濃度[X]
T+ΔTの時刻T+ΔTにおけるXの濃度 を表わす次式[III]に基づき、上記式[I]と上記式[II]、および次式[III]によってミキサセトラにおける金属元素Mの抽出状態を把握する請求項1に記載する方法。
〔式III〕
----式[III]
式[III]において、X:液中の化学種(上記〔1〕のXと同じ)、[X(i)]
T:時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iにおけるXの濃度、V
T(i):時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iの単位時間当たりの流量、V:Xが存在するミキサ部(もしくはセトラ部)の水相(もしくは有機相)の体積である。
【請求項3】
金属元素MがNdまたはDyであり、ミキサセトラを用いて、NdおよびDyを含む溶液からNdとDyを抽出分離するときに、NdとDyの抽出状態を把握する請求項2に記載する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽イオン交換型抽出剤を用いた金属元素の溶媒抽出において、抽出状態を把握する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶媒抽出法は、抽出剤が含まれる有機相と金属元素が含まれる水相とを混合すると、金属元素の一部が有機相側に抽出されて平衡になる反応を利用したものである。金属元素の種類やpHによって、有機相側に抽出される割合(抽出率)が変化するため、適切な抽出剤と液性を選択することにより、金属元素を選択的に抽出させることができる。また、pHによって抽出率が変化することを利用して、有機相側から水相側へと金属元素を逆抽出させることもできる。
【0003】
溶媒抽出に用いる有機相は水相に溶解しないか十分に溶解度が低く、静置することにより水相との比重差で分相が可能であるものが選定される。これらの反応を組み合わせ、例えば、不純物が含まれた水相から金属元素を選択的に有機相へと抽出させた後に、不純物を除去した清浄な水相に金属元素を逆抽出させることにより、水相中に含まれる金属元素の純度を高める目的などに利用することができる。
【0004】
溶媒抽出装置を設計する場合、水相に含まれる金属元素の組成に応じて適切に抽出剤を選定するとともに、金属元素毎に抽出率のpH依存性を把握しておくことが、処理条件を決定するために重要となる。また、抽出反応が平衡に達するまでの時間や分相に要する時間に基づいて装置内の滞留時間を設定する必要がある。このように、溶媒抽出装置を設計するには、抽出過程を通じて抽出状態の変化を把握することが必要である。この場合、金属元素毎の抽出率を把握するためには、ビーカーや分液漏斗を用いて実液の抽出試験を行うことが確実であるが、抽出剤や金属元素の種類によっては文献値を用いることもできる。
【0005】
これらの結果をもとに、pHや流量比などの最適処理条件を設定することになるが、単一の処理だけではプロセスの要求する十分な分離性能が得られない場合は、多段の溶媒処理装置を用いて繰り返し抽出反応を起こさせる操作が広く行われている。また、バッチ処理では、混合と分相を繰り返し行うことになり、抽出や逆抽出などの反応に応じてその液性を変化させる必要があり、処理が煩雑となるため、連続処理とされる場合が多い。このような経緯により、多段の溶媒抽出処理を連続して行うことができるミキサセトラなどの装置が使用されている。
【0006】
図1、
図2に一般的なミキサセトラの装置例を示す。図示するように、ミキサセトラ10はミキサ部11とセトラ部12を有しており、ミキサ部11からセトラ部に液が流れるように形成されている。ミキサ部11には有機相13と水相14が供給され混合される。ミキサ部11は抽出平衡に到達する時間よりも滞留時間が十分に長くなるよう設計される。混合液はオーバーフロー等でセトラ部12へと移送され、そこで比重差によって有機相と水相に分相する。セトラ部12は分相に要する時間よりも滞留時間が十分に長くなるよう設計されている。分相された有機相と水相は隣接段あるいは系外へと別々に移送される。また、必要に応じて、セトラ部12から排出された液の一部をミキサ部11に戻すことによって、有機相13と水相14の体積比(A/O比)などを調整する内部循環構造を有する場合もある。
【0007】
上記構造の単段ミキサセトラを多段に連結し、各段の間で有機相や水相が流通できるようにした多段ミキサセトラを
図2に示す。
図2に示した通り、多段ミキサセトラでは有機相と水相を逆向きに流通させる(向流)構造となっている場合が多く、段数を増減させることで分離性能の調整が可能である。
【0008】
溶媒抽出において、抽出状態を把握するには液の組成を知ればよく、組成となる各金属元素に対して行った抽出試験あるいは文献から求めた各金属元素の分配係数のデータをもとに物質収支を検討する方法が知られている。また、簡便な方法として、水と金属元素と抽出剤の平衡曲線を図示して求める方法が知られている。この方法を多段の向流接触ミキサセトラに適用し、必要な段数を求めることもできる(非特許文献1)。ただし、平衡曲線は金属元素ごとに異なり、またpH依存性があるため、金属元素およびpHの相違に応じて作図を行う必要があり、多くの金属元素を含む系では煩雑な検討が必要であった。また、作図による方法では平衡状態における処理条件を求めることしかできず、運転開始時や異常発生時などの過渡状態の抽出挙動を把握することは困難であった。
【0009】
そこで、多成分系かつ過渡状態を含めた詳細な検討が必要となる核燃料再処理などの分野では電子計算機を用いたシミュレーション技術の適用が進められてきた(非特許文献2、特許文献1〜3)。このようなシミュレーション技術を用いれば、過渡状態を含めた溶媒抽出の状態をある程度は把握できるようになった。
【0010】
一方、溶媒抽出の適用分野が広がり、抽出対象の金属元素の種類や液性の相違に応じて多様な抽出剤が開発されており、陽イオン交換型の反応機構を持つ抽出剤(D2EHPA, PC-88A, Cyanex272など)が一般に用いられるようになっている。この陽イオン交換型の抽出剤は抽出反応に伴い水素イオンが水相中に放出されるため水相のpHが変化し、抽出反応がその影響を受ける。抽出条件を作図によって求める従来の方法では水素イオン濃度も含めた三次元の平衡曲線を作図する必要があるため、作図方法による抽出条件の解析は一層難しい(非特許文献3)。一方、従来の溶媒抽出シミュレーションは抽出反応に伴う水相のpH変化は考慮されていなかったため、陽イオン交換型抽出剤に適用した新たな溶媒抽出シミュレーションが開発されている(非特許文献4、特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第2565032号公報
【特許文献2】特許第3162006号公報
【特許文献3】特許第3644245号公報
【特許文献4】特許第3950968号公報
【特許文献5】特許第5678231号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】鈴木善孝、「化学工学の基礎」東京大学出版局(2010) P169
【非特許文献2】「Purexプロセス計算コードMIXSET」動力炉・核燃料開発事業団 PNCT 841-77-60(1977)
【非特許文献3】「錯体形成による金属の抽出」中塩他、化学工学42号(4) P182(1978)
【非特許文献4】「金属イオンの抽出分離プロセスの設計」西浜他、化学工学論文集vol.26(4) P.497(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
陽イオン交換型抽出剤に適用した新たな溶媒抽出シミュレーションは、平衡状態については抽出状態を把握できるようになったが、抽出反応の速度は有機相と水相の混合状態や装置形状などの工学的な要素に大きく依存し、実機の操業前に把握することは困難であった。それに対し、平衡状態の把握ができれば設計は可能であるため、設計上の観点からは過渡状態を把握する必要性は低く、定量的な把握は試みられてこなかった。ただし、操業時は運転開始時や異常発生時に生じる過渡状態への対応方法によって、過渡状態時に得られる製品の歩留まりや純度が大きく低下しうるため、操業上の観点からは何らかの対応をとる必要があり、これまでは経験に基づき操業がなされてきた。
【0014】
本発明は、陽イオン交換型抽出剤を用いた金属元素の溶媒抽出において、抽出開始から平衡状態になるまでの過渡状態を含めた金属元素の抽出状態を的確に把握することができる抽出状態の把握方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、以下の構成によって上記課題を解決した、金属元素の抽出状態の把握方法に関する。
〔1〕 一価の陽イオン交換型抽出剤HAを用いたq価の金属元素Mの溶媒抽出において、あらかじめ求めた金属元素Mの抽出反応平衡定数K’および反応基準時間T’における反応率R、および時刻Tの化学種濃度[X]
Tの式に基づいた式[I]によって、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+ΔTを求め(化学種Xは、抽出に関与するX=M、HAおよびその二量体H
2A
2、水素イオンH
+、M、HAおよびH
2A
2により生成する金属錯体MA
p(HA
2)
q−p)、さらに[H
+]
Tの経時変化を[M
q+]
Tの経時変化に基づく次式[II]によって求めて金属元素Mの抽出状態を把握する方法。
〔式I〕
----式[I]
T’:反応基準時間
R:反応基準時間T’における反応率
K’:各金属元素に固有の溶媒抽出反応の平衡定数
〔式II〕
[H
+]
T+ΔT=[H
+]
T−q([M
q+]
T+ΔT−[M
q+]
T) ----式 [II]
〔2〕ミキサセトラにおける微小時間ΔTの間に各段と隣接段あるいは外部との間で液の流出入が起こることによる化学種濃度[X]
T+ΔTの時刻T+ΔTにおけるXの濃度 を表わす次式[III]に基づき、上記式[I]と上記式[II]、および次式[III]によってミキサセトラにおける金属元素Mの抽出状態を把握する上記〔1〕に記載する方法。
〔式III〕
----式[III]
式[III]において、X:液中の化学種(上記〔1〕のXと同じ)、[X(i)]
T:時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iにおけるXの濃度、V
T(i):時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iの単位時間当たりの流量、V:Xが存在するミキサ部(もしくはセトラ部)の水相(もしくは有機相)の体積である。
〔3〕金属元素MがNdまたはDyであり、ミキサセトラを用いて、NdおよびDyを含む溶液からNdとDyを抽出分離するときに、NdとDyの抽出状態を把握する上記〔2〕に記載する方法。
【0016】
本発明の方法は、一価の陽イオン交換型抽出剤を用いてq価(qは自然数)の金属元素を溶媒抽出する場合において、あらかじめ求めた抽出平衡定数K’、および反応基準時間T’における反応率R、およびある時刻Tの各化学種濃度に基づく式[I]によって、微小時間ΔT間の抽出反応による金属元素の有機相−水相間の移動を表し、金属元素濃度の経時変化を把握することができる。また、式[II]により、時刻Tにおける抽出反応による水素イオン濃度の経時変化を把握することができる。従って、金属元素の初期濃度および初期水素イオン濃度を与え、微小時間ΔTずつ計算を繰り返すことで、抽出開始から平衡状態になるまでの過渡状態を含め、水素イオン濃度および金属元素濃度の経時変化を的確に把握することができる。
【0017】
さらに本発明の方法は、式[III]において微小時間ΔTの間に各段と隣接段あるいは外部との間で液の流出入が起こることによる各化学種の濃度変化を把握することができるため、式[III]の結果得られた各濃度を式[I]および式[II]に当てはめることで、液の流れが存在するミキサセトラの任意段における抽出状態を把握することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法によれば、一価の陽イオン交換型抽出剤を用い、一価酸水溶液に溶解したq価(qは自然数)の金属元素を溶媒抽出する場合について、抽出開始から平衡状態になるまでの過渡状態を含めてpHの変化に応じた抽出状態を的確に把握することができるので、工業的な操業条件に近い条件でシミュレーションを行うことができ、溶媒抽出装置の設計や初期条件の決定が容易となるだけではなく、従来はノウハウに頼っていた過渡状態の推移を定量的に把握することができ、運転条件と操業計画を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図4】本発明の方法を抽出濃度のシミュレーションに適用する手順を示すフロー図。
【
図6】NdとDyの濃度プロファイルの変化のグラフ。
【
図7】NdとDyの濃度プロファイルの経時変化のグラフ。
【
図8】実施例1の抽出残液と逆抽出液のNdとDyの濃度変化のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施形態に即して具体的に説明する。
図1にミキサセトラの断面概念図を示す。図示するように、ミキサセトラ10はミキサ部11とセトラ部12を有しており、ミキサ部11からセトラ部12に液が流れるように形成されている。ミキサ部11には有機相と水相が供給され混合される。ミキサ部11は平衡に到達する時間よりも滞留時間が十分に長くなるよう設計される。混合液はオーバーフロー等でセトラ部12へと移送され、そこで比重差によって有機相13と水相14に分相する。セトラ部12は分相に要する時間よりも滞留時間が十分に長くなるよう設計されている。分相された有機相と水相は隣接段あるいは系外へと別々に流出する。
【0021】
このような溶媒抽出反応において、金属元素M(価数をq)を、一価の陽イオン交換型抽出剤HAを用いて抽出する場合の反応は以下のとおりである。なお、以下の説明において濃度はmol/Lである。
陽イオン交換型抽出剤HAはH
2A
2の化学式で表わされる二量体でも存在し、抽出反応を進めることが知られている。抽出剤の単量体と二量体の間に以下の式[IV]に示した平衡が成り立っている時、金属元素Mと抽出剤HAによる抽出反応は以下の式[V]のようにq+1個の反応式で表される。また、HAはM
q+の抽出に伴い水素イオンを放出するため水相のpHが変化し、抽出反応に影響を与える。なお、式中の(a)は水相、(o)は有機相を示している。この時の抽出反応における平衡定数K
0〜K
qは式[VI]のように表される。また、これらの平衡定数はすべて等しいK`であると仮定すると、K’とM
q+は式[VII]のように表される。このK`は各金属元素に固有の値となり、実験により求めた値もしくは文献値とすることができる。
【0022】
〔式IV〕
2HA
(о) ←-Kp-→ H
2A
2(о) ----式[IV]
【0025】
〔式VII〕
(pは0≦p≦qとなる自然数)
----式[VII]
【0026】
上式[VII]は抽出時の平衡定数K’を用いている平衡式であるから、最終的に平衡に至った状態を表すことはできるが、この式のままでは過渡期について表すことはできない。そこで、本発明は、上記式[VII]を、反応基準時間T’における反応率Rを組み込んだ下記式[I]に展開することによって、微小時間ΔTの経過に応じた金属元素Mの濃度の経時変化を把握できるようにし、過渡的状態を含む抽出状態を把握できるようにした。
【0027】
式[I]は、あらかじめ求めた金属元素Mの抽出反応平衡定数K’および反応基準時間T’における反応率Rおよび時刻Tの化学種濃度[X]
Tの式に基づいた金属元素Mの濃度式であり、化学種Xとしては、抽出に関与するX=M、HAおよびその二量体H
2A
2、水素イオンH
+、M、HAおよびH
2A
2により生成する金属錯体MA
p(HA
2)
q−pである。式[I]は、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+ΔTを表している。
【0028】
〔式I〕
---- 式[I]
T’:反応基準時間
R:反応基準時間T’における反応率
K’:各金属元素に固有の溶媒抽出反応の平衡定数
【0029】
式[I]において、[M
q+]
T+ΔTは時刻Tから時刻T+ΔTまで微小時間ΔTだけ経過したときのq価金属Mの濃度、[M
q+]
Tは時刻Tのq価金属Mの濃度、Σ項は微小時間ΔTの間に変化した金属元素Mの抽出量の経時変化量を示す。式[I]は、時刻Tにおける[M
q+]の濃度に、微小時間ΔTのうちに起こる抽出量を加えたものであり、時刻T+ΔTにおける[M
q+]の濃度を表している。
【0030】
また式[V]に示すように、Mの抽出に伴いH
+が放出されることから、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける水素イオン濃度は次式[II]によって表される。なお、式[II]の[M
q+]
T+ΔT項は式[I]によって与えられる。
[H
+]
T+ΔT=[H
+]
T−q([M
q+]
T+ΔT−[M
q+]
T) ---- 式[II]
【0031】
このように、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+ΔTは式[I]によって把握され、また、時刻Tから微小時間ΔTが経過した後の時刻T+ΔTにおける水素イオン濃度[H
+]
T+ΔTは式[II]によって把握される。従って、この時刻T+ΔTにおける水素イオン濃度[H
+]
T+ΔTを、時刻T+ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+ΔTとともに式[I]に適用することで、さらに微小時間ΔTを経過させたT+2ΔTにおける金属元素Mの濃度[M
q+]
T+2ΔTを求めることができる。この手順を繰り返すことによって、抽出開始から平衡状態になるまでの過渡状態を含めてpHの変化に応じた抽出状態を的確に把握することができる。
【0032】
また、本発明の方法において、検討対象となる金属元素Mについて、溶媒抽出の平衡定数K’は文献値でもよく、事前の試験によって求めてもよい。試験で求める場合は、例えば分析対象となる金属元素を共存させた状態で分液ロート等により単段の抽出試験を行えば良い。この試験では、抽出反応が平衡となるよう十分長い時間混合を行った後に液をサンプリングし、有機相と水相に含まれる金属元素濃度と水相のpHをそれぞれ測定する。これらの結果を式[VI]に当てはめることによって平衡定数K’を求めることができる。好ましくは、複数のpH条件において同様の抽出試験を行い、平衡定数の平均値を求めればより正確な平衡定数を求めることができる。
【0033】
また、本発明の方法では、反応基準時間T’における反応率Rは、あらかじめ求めた値を用いる反応速度は反応界面の表面積に依存するため、撹拌強度や装置形状の影響を受ける。また、分相が完全に行われない場合も見かけの反応率が低下する。従って、実機の形状や撹拌強度を模擬した試験装置を用いて事前の抽出試験を行うことが好ましい。あるいは実機の運転開始後に本発明のシミュレーションとの比較を行って反応率Rの値を調整することによってより正確な抽出状況を把握することができる。
【0034】
ミキサセトラ群のうちのn段目にかかる液の流れを
図3に示す。ミキサセトラの液の流れとして、n段目のミキサ部には、n+1段目のセトラ部から水相が供給され、n−1段目のセトラ部から有機相が供給される。n段目のミキサ部からはセトラ部へ水相と有機相が流出する。また、全ての段のセトラ部およびミキサセトラの外部装置からも、水相もしくは有機相が供給可能であり、
図3に示すように液の流れが複数存在している。
【0035】
ミキサセトラについて、次式[III]は時刻T〜T+ΔT間の、n段目のミキサ部およびセトラ部の液の流れに基づく、液中の化学種Xの濃度変化量を表している。
【0036】
〔式III〕
---- 式[III]
X:液中の化学種(Xは抽出に関与するX=M、HAおよびその二量体H
2A
2、水素イオンH
+、M、HAおよびH
2A
2により生成する金属錯体MA
p(HA
2)
q−pである。)
[X(i)]
T:時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iにおけるXの濃度
V
T(i):時刻Tでの、流入液(もしくは流出液)iの単位時間当たりの流量
V:Xが存在するミキサセトラにおけるミキサ部(もしくはセトラ部)の水相(もしくは有機相)の体積
【0037】
ミキサセトラについて、式[I]、式[II] 、式[III]を適用したシミュレーションを、開始時刻T(T=0)から微小時間ΔTずつ繰り返していくことによって、微小時間ΔTの時間幅で、設定した抽出時間に至るまでの金属元素Mnの濃度の経時変化を把握することができる。具体的には、
図4のシミュレーションの適用に示すように、時刻Tから微小時間ΔTまでの抽出反応により変化した水素イオン濃度と金属元素濃度を把握し、引き続き、先の時刻T+ΔTを新たな時刻Tとして、さらにΔT経過したときの水素イオン濃度と金属元素濃度を把握することによって、設定した抽出時間に至るまでの金属元素Mの濃度の経時変化を把握することができる。
【0038】
本発明の方法を抽出濃度のシミュレーションに適用する手順を
図4に示す。図示するように、式[I]〜[III]を組み込んだ制御部には予め初期設定値が入力される。初期設定値は流量V
T=0(i)、濃度[X(i)]
T=0(Xは前述のとおり)、ミキサ部の水相体積V(a)、ミキサ部の有機相体積V(o)、平衡定数K’、反応率R、抽出時間(計算時間)、微小時間ΔTなどである。初期設定値の入力後、液の流れに基づいた金属元素Mの濃度変化を式[III]によって把握する。続いて、式[I]および式[II]に基づいて、時刻Tから微小時間ΔTまでの抽出反応により変化した水素イオン濃度と金属元素濃度を把握する。引き続き、先の時刻T+ΔTを新たな時刻Tとして、さらにΔT経過したときの水素イオン濃度と金属元素濃度を把握する(図中:T→T+ΔT)。これを設定した抽出時間に達するまで繰り返す(図中:設定した抽出時間に達したか)。設定した抽出時間に達したときに、この濃度シミュレーションを終了する(図中:シミュレーション終了)。
【0039】
本発明の方法において、金属元素Mは任意の元素に対して適用することができる。上記反応式[I]〜[III]は金属元素を1個しか含まないため、液中に2種類以上の金属元素を含む場合でも、各金属元素の抽出反応式について、共通な[H
+]、[HA]、[H
2A
2]を用いて、それぞれ独立して抽出濃度を把握することができる。具体的には、例えば、ミキサセトラを用いて、NdとDyを含む溶液からNdとDyを抽出分離するときに、NdとDyの抽出状態を抽出時間の経過に応じておのおの把握することができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施例を示す。
〔実施例1〕
ミキサセトラを複数段組み合わせて、平衡定数Kが異なるNdとDyを分離した。ミキサセトラの構成を
図5に示す。各ミキサセトラの容量はミキサ部87mL、セトラ部289mLである。原料液はpH2の塩酸溶液で、Nd17g/L、Dy3g/Lを含み、4段目に原料液を950mL/hの流量で供給した。また、0.8mol/Lの洗浄塩酸を110mL/hの流量で10段目に供給し、3mol/Lの逆抽出塩酸を120ml/hの流量で15段目に供給した。これらの水相は段数の多い方から少ない方に向かって流れ、洗浄塩酸と原料液は合流して抽残液として1段目から流出させ、逆抽出液は11段目から流出させて回収した。一方、有機相は、濃度0.64mol/Lの抽出剤(PC-88A)を560mL/hの流量で1段目に供給した。有機相は段番号の小さい方から大きい方に向かって流れ、15段目から廃溶媒として流出させて回収した。
Ndについて、式[I]および式[III]は以下のようになり、Σ項のpは1、2、3に設定し、K’=2.25×10
−3に設定した。
〔式VIII〕
Dyについて、式[I]および式[III]は以下のようになり、Σ項のpは1、2、3に設定し、K’=1.15に設定した。
〔式IX〕
【0041】
以上の処理系についてシミュレーションと試験を行い、30時間運転後における各段の水相中のNd、Dyの濃度プロファイルと、抽残液および原料液のNd、Dyの濃度変化を比較した。シミュレーションにおける反応率は60秒において30%であると設定した。以上のシミュレーションと試験の結果を
図6〜
図8に示す。図中、シミュレーションのmol/L濃度はg/L濃度に変換して示した。
図6、
図7に示すように、シミュレーションと試験の濃度プロファイルを比較すると、洗浄段(5〜10段目)の分布は若干異なるものの、抽出段(1〜4段目)および逆抽出段(11〜15段目)の結果は、シミュレーションと試験でよく一致している。また、
図8に示すように、抽出残液と逆抽出液の濃度変化もシミュレーションと試験はよく一致しており、本発明の方法は再現性が高いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の方法は、陽イオン交換型抽出剤を用いる溶媒抽出について、抽出開始から平衡状態までの過渡的な状態を含めて抽出状態を的確に把握することができるので、溶媒抽出装置の設計や初期条件の決定が容易になる。また、従来はノウハウに頼っていた過渡的状態における推移を定量的に把握することができ、運転条件と操業計画の決定を容易に行うことができる。
【符号の説明】
【0043】
10−ミキサセトラ、11−ミキサ部、12−セトラ部、13−有機相、14−水相