【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に先立って、本発明の発明者らは、潤滑油が外部へ溢れ出さない密閉式の油静圧案内機構を開発するに至った。
この密閉式の油静圧案内機構では、外周をシールして油静圧構造を密閉するとともに、従来は周囲から外部に排出していた潤滑油を全て回収して循環させる。従って、この密閉式の油静圧案内機構では、油静圧式の案内機構でありながら、潤滑油が外部へ溢れ出すことが防止できる。
【0013】
本発明は、この密閉式の油静圧案内機構を採用することで、すべり案内機構との併設を可能とし、これにより各々の特長を兼ね合わせて、高負荷、低摩擦、高精度、高減衰性の工作機械の案内機構を実現した。
具体的に、本発明の工作機械の案内機構は、以下のような構成を備える。
【0014】
本発明の工作機械の案内機構は、互いに相対移動する2部材を有する工作機械の案内機構であって、前記2部材の間には、油静圧案内機構およびすべり案内機構が形成され、前記油静圧案内機構は、外周がシールされた密閉式の静圧室と、前記静圧室に潤滑油を供給する供給経路と、前記静圧室から潤滑油を回収する回収経路と、を有し、
前記静圧室は、環状溝を境に内側部分と外側部分とに区画され、前記外側部分の一部に前記環状溝から前記外周に至る径方向の連通溝が形成され、前記供給経路は、前記静圧室の外周側に潤滑油を供給し、前記回収経路は、前記静圧室の中心部から潤滑油を回収することを特徴とする。
【0019】
このような本発明において、油静圧案内機構は、静圧室の外周がシールされた密閉式の油静圧構造とされる。従って、本発明の油静圧案内機構においては、外周縁から外部へと潤滑油が溢れ出すことを防止し、あるいは最小限に抑制することができる。
従って、油静圧案内機構とすべり案内機構とを併設しても、油静圧案内機構から溢れ出した潤滑油が、すべり案内機構に好ましくない影響(異種の潤滑油が混合する等)を及ぼす可能性を解消できる。
【0020】
これにより、本発明の移動機構では、油静圧案内機構とすべり案内機構とを併設することが可能となる。そして、油静圧案内機構により高負荷容量および低摩擦性を確保するとともに、すべり案内機構により案内精度および減衰性能を確保することができる。その結果、高負荷容量で、低摩擦であり、かつ案内精度が高く、減衰性能が高い工作機械の案内機構を提供することができる。
【0021】
本発明において、油静圧案内機構は、静圧室に潤滑油を供給する供給経路を有するとともに、静圧室から潤滑油を回収する回収経路を有する流通式の油静圧構造とされる。
潤滑油は、供給経路から供給され、静圧室内を流通しつつ静圧を発生し、静圧室から回収経路へと回収される。
流通式の油静圧構造において、回収経路から回収された潤滑油を、供給経路に再利用することで、循環式の油静圧構造とすることができる。
本発明において、供給経路および回収経路は、相対移動する2部材自体に形成された通路や、これらに接続された配管を利用することができる。これらの供給経路および回収経路には、それぞれ潤滑油を駆動するポンプ、潤滑油を貯留するタンクなどを接続することができ、その途中に潤滑油の圧力や流量などの状態を検知する計器等を設置してもよい。
なお、回収経路においては、外部から密閉される配管に限らず、外気開放された経路、例えば樋などの従来の油静圧案内機構に利用されていた回収経路を用いることもできる。
【0022】
本発明において、互いに相対移動する2部材としては、工作機械の案内機構を構成するレールとスライダのセットなど、移動方向に沿って延びる案内部材と、これに沿って相対移動可能な移動部材との組み合わせ等が該当する。
なお、案内部材と移動部材との移動は相対的であり、例えば移動部材が工作機械に固定的に設置され、この移動部材に対して案内部材が移動するものでもよい。
【0023】
本発明において
、供給経路は
、静圧室の外周側に潤滑油を供給し
、回収経路は
、静圧室の中心部から潤滑油を回収す
る。
このような本発明では、供給経路からの潤滑油が静圧室の外周側に供給され、供給された潤滑油は静圧室を中心向きに流通し、静圧室の中心部に接続された回収経路から回収される。
このような潤滑油の中心回収を行うことで、油静圧案内機構としての潤滑油の流量を低減することができる。
【0024】
すなわち、従来の油静圧案内機構では、内側の静圧室(いわゆるリセス部)に所期の静圧を生じさせるために、静圧室の外周に沿って圧力保持部(いわゆるランド部)が形成される。そして、静圧室の潤滑油は、外周に沿った圧力保持部を経て外周から排出される。この際、外周に沿った圧力保持部は、その半径に比例して周長が長くなるため、圧力保持部を径方向に通過する際に所定の流速(内側の静圧室で所期の圧力が保持できる流速)を確保しようとすると、全体の流量は相当な大流量にならざるを得ない。
【0025】
このような大流量を供給するためには、供給装置において大容量が必要であり、配管径の拡大など、装置構成の大規模化が避けられない。
これに対し、本発明では、中心回収を行うために、圧力保持部は回収用の開口周辺に形成すればよく、その周長は格段に短くて済む。このため、潤滑油の流量を大幅に低減させることができ、潤滑油の供給装置、供給経路および回収経路を小型化、簡素化することができる。
【0026】
本発明の工作機械の案内機構において、前記相対移動する2部材として、案内部材と前記案内部材に沿って相対移動可能な移動部材とを有し、前記案内部材は、平滑な案内面を有し、前記油静圧案内機構および前記すべり案内機構は、
前記移動部材と前記案内面との間に形成されて前記案内面を共用していることが望ましい。
【0027】
このような本発明では、前述した互いに相対移動する2部材の一方である移動部材に、油静圧案内機構およびすべり案内機構の主要な構造(静圧室や給油溝など)がまとめられ、2部材の他方である案内部材には案内面だけが形成されることになる。
つまり、油静圧案内機構およびすべり案内機構が、案内部材の案内面を共用するので、各機構にそれぞれ案内面を準備する構造に比べて簡略化することができ、移動機構全体として小型化することができる。
【0028】
また、油静圧案内機構およびすべり案内機構の主要な構造(静圧室や給油溝など)を、移動部材に集約させることができ、この点でも構造の簡略化が図れる。さらに、油静圧案内機構およびすべり案内機構を、案内面と対向する移動部材の表面に並べて設置することもでき、各機構による負荷分担も確実にできる。
【0029】
これらの案内部材および移動部材など、相対移動する2部材の長さは適宜設定すればよく、何れか一方が他方よりも長くてもよいし、同じ長さであってもよい。
本発明において、油静圧案内機構の主要な構造(油静圧構造を形成する静圧室など)およびすべり案内機構の主要な構造(給油溝など)は、基本的に何れも移動部材側に設置すればよい。ただし、これらのうち何れか一方を案内部材側に設置してもよい。
さらに、互いに相対移動する2部材としては、軸受部材とこの軸受部材に軸支されて回転する回転軸と、であってもよい。
【0030】
相対移動する2部材が、軸受部材と、この軸受部材に軸支されて回転する回転軸とである場合として、例えばスラスト軸受がある。スラスト軸受では、回転軸と軸受部材との間に、軸方向のスラスト荷重を受ける摺動面が形成される。そこで、この摺動面の回転軸側を案内部材とし、摺動面を平滑な案内面として形成し、軸受部材側の摺動面に油静圧案内機構およびすべり案内機構の主要な構造を形成することができる。
同じ構成で、回転軸側に静圧案内機構、すべり案内機構を組み込むこともできる。この場合、軸受側からロータリジョイントを介して回転側に、油静圧案内機構用の潤滑油およびすべり案内機構用の潤滑油を供給する等の構成を採用することができる。
【0031】
回転軸が固定され、その周囲の軸受部材が回転する構造の場合には、固定的な回転軸の摺動面に油静圧案内機構およびすべり案内機構の主要な構造を形成し、軸受部材側の摺動面を平滑な案内面とすることができる。
なお、本発明はラジアル軸受に適用することもできる。この場合、回転軸の外周面と軸受の内周面との間に、油静圧案内機構およびすべり案内機構を曲面状に形成することになる。
【0032】
本発明の工作機械の案内機構において、前記移動部材は、前記案内面に対向する前記静圧室と、前記静圧室を包囲するシール部とを有し、前記静圧室と前記案内面とにより前記油静圧案内機構が形成されていることが望ましい。
【0033】
このような本発明では、潤滑油が供給経路から静圧室内に供給され、静圧室の内面と案内面との間に油膜を形成し、油静圧案内機構として、案内部材を浮上支持させることができる。
この際、静圧室内の潤滑油は、供給経路から静圧室に供給され、静圧室内において案内部材からの荷重を支持するとともに、静圧室の外周側から内側向きに移動し、中心部の回収経路から全量が回収される。
そして、静圧室の外周においては、静圧室を包囲するシール部により、潤滑油はシール部よりも外側へ漏れ出すことがなく、これにより密閉式の油静圧案内機構を形成することができる。
【0034】
このような本発明では、前述した通り、静圧室の中心部に接続された回収経路により、潤滑油の中心回収を行うことで、潤滑油の流量を低減させることができ、潤滑油の供給装置、供給経路および回収経路を小型化、簡素化することができる。
【0035】
本発明において、静圧室としては、移動部材の表面に凹状に形成された所定深さ(数十ミクロン程度)の凹部が利用できる。
静圧室においては、静圧室に同心円状の等圧溝を形成して静圧室を内側と外側とに区画し、内側を圧力保持部(ランド)とし、外側を静圧室本体(リセス)とすることができる。内側の圧力保持部と外側の静圧室本体とが同じ深さでも、これらより深い等圧溝を形成することで、内側の圧力保持部によって静圧室本体における圧力保持効果を生じさせることができる。これにより、静圧室本体において、潤滑油の静圧による荷重負担を行うことができ、油静圧案内構造としての機能を得ることができる。
【0036】
静圧室の内周に、回収経路を包囲する深さの浅い圧力保持部(外側の静圧室本体より背の高いランド部)を形成することで、油静圧案内構造としての機能を得るようにしてもよい。
静圧室の平面形状は、例えば円形、楕円形あるいは長円形とすることができ、正方形や長方形などの矩形あるいは他の多角形状としてもよい。矩形や多角形とする場合も、各々の頂点は円弧状などとし、角張った部分を丸めることが望ましい。
【0037】
シール部としては、静圧室の周囲に沿って形成された静圧室の深さより深いシール溝と、このシール溝内に設置された環状のシール部材との組み合わせなどが利用できる。
シール部材としては、静圧室の底面と対向する案内部材の案内面とにそれぞれ密接することでシール性を確保するものが好ましく、静圧室の深さより高さが大きなエラストマ素材による成形品などが利用できる。例えば耐油性のOリング等も利用可能であるが、静圧室内の高圧に対応できかつ潤滑油の漏出を防止できるように、適宜リップシール等を追加することも有効である。
シール部の平面形状は、静圧室の輪郭に沿った形状とすればよく、静圧室に準じた円形、矩形あるいは他の形状とすることができる。
【0038】
本発明において、回収経路は、静圧室の中心部に連通されていればよく、静圧室の中心部の近傍であれば幾何学的中心でなくてもよい。
供給経路は、静圧室の回収経路よりも外周側に連通されていればよく、静圧室の外周近傍あるいはシール部のシール溝の内側などに連通させてもよい。この際、供給経路はシール溝の任意の位置に連通されていればよいが、周方向にむらができないように、シール部の複数箇所に連通させてもよい。
【0039】
本発明の工作機械の案内機構において、前記移動部材は、前記案内面に対向する摺動面と、前記摺動面に形成された給油溝とを有し、前記摺動面と前記案内面とにより前記すべり案内機構が形成されることが望ましい。
【0040】
このような本発明では、案内面と摺動面とですべり案内機構が形成され、この案内面と摺動面との間には、給油溝により潤滑油を供給することができ、すべり案内機構としての摺動性能を十分に確保することができる。
【0041】
この際、すべり案内機構の案内面と摺動面との間に供給される潤滑油は、油静圧案内機構に供給される潤滑油と同じ潤滑油であることが望ましい。
このようにすべり案内機構の潤滑油と油静圧案内機構の潤滑油とを同じものとすれば、油静圧案内機構から潤滑油の漏れ出しが生じて互いに混じることがあっても、同じ潤滑油なので問題が生じない。
【0042】
なお、本発明の工作機械の案内機構においては、油静圧案内機構の潤滑油とすべり案内機構の潤滑油が別のものであってもよい。この場合でも、基本的に油静圧案内機構は外周をシールされているため、異種の潤滑油の混合の問題を避けることができる。
例えば、外周をシールされているため、油静圧案内機構からの潤滑油の漏れ出しは僅かであり、すべり案内機構における潤滑油の混合の問題は十分許容できる。一方、油静圧案内機構は外周をシールされているため、すべり案内機構から漏れ出した潤滑油が油静圧案内機構の潤滑油に混合することが抑制される。
さらに、油静圧案内機構から油静圧用の潤滑油が漏れ出し、すべり案内機構の潤滑油に混合しても、すべり案内機構から排出される潤滑油は廃棄されることが一般的であり、問題はない。
【0043】
このように、すべり案内機構と油静圧案内機構とで同じ潤滑油を用いることで、供給経路を一部共用することもできる。ただし、すべり案内機構への潤滑油供給は、間欠的に比較的少量であるのに対し、油静圧案内機構への潤滑油供給は、連続的かつ比較的大流量であるため、実際に共用化できる部分は、潤滑油を貯留しておくタンクおよびその周辺程度に限られる。
なお、油静圧案内機構に供給された大量の潤滑油は回収経路から回収され、例えば供給タンクに戻され、静圧室から外部に漏れ出すことを防止されるが、すべり案内機構に供給された潤滑油は、少量であるため、供給タンクに回収する等はせず、別タンクに回収して廃棄するようにしてよい。
【0044】
本発明の工作機械の案内機構において、前記すべり案内機構は、前記工作機械の内部に設置され、前記油静圧案内機構は、前記すべり案内機構の両端に固定されていること
が好ましい。
【0045】
このような本発明では、工作機械の2つの部分が相対移動する際には、工作機械の内部のすべり案内機構および
その両端の油静圧案内機構がそれぞれ有効となり、各案内機構の性能を併せた案内性能を得ることができる。
さらに、工作機械の内部のすべり案内機構および
その両端の油静圧案内機構が、同じ案内部材を共用するように配置することもでき、このような共用により案内機構の構造を簡略化することができ、工作機械全体として小型化することができる。
【0046】
さらに、本発明の構成は、内部にすべり案内機構を有する既存の工作機械に対し、その
両端に油静圧案内機構を外付けすることで、簡単に実現できる。
そして、すべり案内機構を有する既存の工作機械に、油静圧案内機構を追加することで、油静圧すべり併用式の案内機構を簡単に実現することができ、その結果、高負荷容量で、低摩擦であり、かつ案内精度が高く、減衰性能が高い工作機械の案内機構を提供することができる。
【0047】
本発明の工作機械は、前述した本発明の工作機械の案内機構を備えていることを特徴とする。
このような本発明では、前述した本発明の油静圧案内機構で述べた通りの効果を得ることができ、工作機械全体としての有効性を高めることができる。
【0048】
本発明の工作機械において、固定側部材に対して水平方向に移動可能な移動側部材を有し、前記固定側部材と前記移動側部材との間には、水平方向に延びる荷重支持用案内機構と、前記荷重支持用案内機構を中心とした傾きに対抗する傾き防止用案内機構とを有することを特徴とする工作機械。
【0049】
本発明において、固定側部材とは、移動側部材を移動自在に支持するものであり、例えば工作機械のクロスバーなどである。固定側部材は必ずしも固定的に設置されたものに限らず、他の部材に対して移動自在に設置されたものを含む。また、移動側部材としては、固定側部材に対して移動自在に支持されたものであり、例えば工作機械の主軸ヘッドなどである。
【0050】
既存の工作機械の一部では、荷重支持用案内機構により、主軸ヘッドが片持ち支持されている。このような主軸ヘッドが片持ち支持された構成においては、主軸ヘッドの重量によって支持構造に変形が生じ、主軸ヘッドに傾きや倒れが生じる。このような変形を防止あるいは補償するため、従来の工作機械では、傾き防止用案内機構が設置されている。
【0051】
本発明では、このような傾き防止用案内機構として、前述した本発明の、油静圧案内機構およびすべり案内機構を併用した構成、あるいは、傾き防止用案内機構の一部が油静圧案内機構とされ、かつ他の部分がすべり案内機構とされた構成とすることで、各々の機能を組み合わせた構成とすることで、荷重支持を行いつつ傾き防止を図り、この際に、高負荷容量で、低摩擦であり、かつ案内精度が高く、減衰性能が高くすることができる。