特許第6768479号(P6768479)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6768479
(24)【登録日】2020年9月25日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】建築物風騒音評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01H 3/00 20060101AFI20201005BHJP
   G01M 9/06 20060101ALI20201005BHJP
【FI】
   G01H3/00 A
   G01M9/06
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-239172(P2016-239172)
(22)【出願日】2016年12月9日
(65)【公開番号】特開2018-96741(P2018-96741A)
(43)【公開日】2018年6月21日
【審査請求日】2019年11月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】濱田 由記子
(72)【発明者】
【氏名】冨高 隆
【審査官】 渡▲辺▼ 純也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−206589(JP,A)
【文献】 特開2012−047483(JP,A)
【文献】 特開2002−196634(JP,A)
【文献】 特開平10−253440(JP,A)
【文献】 特開2005−143589(JP,A)
【文献】 米国特許第7263879(US,B1)
【文献】 吉川優・冨高隆,建物外装部材から発生する風騒音の予測・評価技術,大成建設技術センター報,日本,2009年,第42号,p45-1 - p45-7
【文献】 吉川優・冨高隆,建築物の外装部材から発生する風騒音の予測・評価,日本風工学会誌,日本,2014年 1月,第39巻第1号,p10 - p17
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00 〜 17/00
G01M 9/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築物に対する風当たりによる音に関する測定スペクトルデータから、暗騒音を除いた差音に関する周波数分布を作成し、差音の大きな周波数を任意数選択し、前記選択周波数について騒音に関する聴覚評価と整合する前記周波数の純音度と騒音レベルとの合成値を求めて、該合成値を建築物に対する風騒音の予測値とすることを特徴とする建築物風騒音評価方法。
【請求項2】
暗騒音が、建築物が設置される場所の通常騒音であることを特徴とする請求項1記載の建築物風騒音評価方法。
【請求項3】
建築物に対する風当たりによる音データが、風洞実験によって得られる周波数分布であることを特徴とする請求項1又は2記載の建築物風騒音評価方法。
【請求項4】
差音の大きな周波数の音を任意数選択する際に、測定スペクトルと暗騒音との差音の有無の判断を、人間が聴感上の違いとして認識できる大きさに設定し、差音が規定レベル以上と判断された周波数に対して、ピークとなる周波数を抽出し、
抽出されたピークが複数個ある場合は、任意のピークの大きさを他と比較して、発音が大きい方の臨界帯域に他方のピークの周波数が含まれるときには、当該臨界帯域に存在する最大のピークを選択する手続きを取ることにより、人間の聴覚特性を利用して、風騒音の代表的なピークを絞り込むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
【請求項5】
建築物が建物外装材であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
【請求項6】
次の工程によって評価を行う、請求項1〜5のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
(A工程)
建築物の形状を製作図面で確認し、過去に測定したことのある建築物との類似性や既往建築物における測定データ、既往資料と比較する調査を行い、建築物自体から風騒音が発生する頻度を評価する。
(B工程)
建築物をモデル化した試験体を風洞内に設置し、風洞実験を行って、風洞実験による風騒音スペクトルを採取する。また、建築物を設置しない状態で風洞試験を行った時の暗騒音スペクトルを採取する。
(C工程)
風騒音および暗騒音の差分を算出した差分スペクトルのレベル差、風騒音スペクトルの周波数上の変化、A特性補正後の風騒音スペクトルの大きさから、純音ピーク周波数の候補を求め、この候補の周波数に対して、人間の聴覚評価と整合する絞り込みを行うことによって代表的なピーク周波数を選出し、代表的なピーク周波数における純音度を算出し、純音度が大きい順に複数選択する。
(D工程)
選択された周波数に関して、純音度と風騒音のA特性音圧レベルの合成値を求め、さらに抽出されたピーク全体に対する該合成値を求め、該合成値を建築物の風騒音の評価値とする。
【請求項7】
請求項6において、A工程においてCFD解析を行い、建築物が設置される建物の位置や高さの条件から、建築物に生じうる風向・風速を求め、A工程で頻度が高いと評価された風騒音の発生条件が建物に生じるかどうかを判断して、B工程以降を行うことを特徴とする建築物の風騒音評価方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の建築物の風騒音評価方法によって得られた評価をフィードバックして、建築物の設計を繰り返して、風騒音を低減した建築物を設計する手法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物によって生ずる風騒音の評価に関する。特に、建築物に附属する外装材等によって生じる風騒音を評価する。
【背景技術】
【0002】
近年、聴感上、耳につきやすい純音性の成分を持つ風騒音が社会的に注目されるようになった。
純音性の騒音を評価する方法として、車の風切音やコピー機の発生音などの要素音の騒音評価方法は提案されている。
例えば、特許文献1(特許第3012449号公報)、特許文献2(特開2009-036603号公報)、特許文献3(特開1998-253440号公報)、特許文献4(特開1998-267742号公報)、特許文献5(特開1999-142231号公報)、特許文献6(特開1999-153476号公報)などがある。
しかし、建築物に関する風騒音の測定や評価方法は、学会などから提案された手法がない状態である。そのため、多くの建築物の設計図書において、風騒音が発生するかどうか、発生音が聴感上の印象として問題になりやすい程度であるかどうかを検討することが要請されている。これら多数の風騒音の検討を効率的に行うこと、かつ評価が客観的であることにより、複数の建築物間で比較できることが望まれている。
【0003】
現状の風騒音の評価は、試験室などで外装材の実物や一部を切り出したモックアップ模型(モデル)に、様々な風向・風速を外装材などに与え、発生した音を建築物の施主等に聞かせて、良し悪しをその場で判断する方法で行われている。
この試験室の試験を建築発注者(施主)利用者が実際に試聴して評価する方法は、測定対象となる風向・風速の条件が多く検討に時間を要するとともに、経験の少ない施主の主観に由来すること、また、実際に利用することとなる居住者等は風騒音を聞く機会が無く、居住者等に評価結果を客観的に示すことができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3012449号公報
【特許文献2】特開2009-036603号公報
【特許文献3】特開1998-253440号公報
【特許文献4】特開1998-267742号公報
【特許文献5】特開1999-142231号公報
【特許文献6】特開1999-153476号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】大成建設技術センター報42号(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
建築物に生ずる風騒音の評価方法を提案することを目的とする。特に、外装材等の風騒音を風洞実験や解析などによる評価手法と予測手法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
純音成分を持つ外装材等の風騒音の聴感上の印象と、外装材の風騒音の物理量との対応を調べ、印象との対応が良い物理量をあらかじめ抽出しておき、それらの物理量のその合成値によって評価指標を算出する。本発明では、純音成分を持つ外装材の風騒音の聴感上の印象と対応の高い物理量として、発生音のスペクトルデータにおいてピークを生じている複数の周波数における純音度と騒音レベルを選び、複数の純音度と騒音レベルの合成値を求め、評価量とする。
【0008】
本発明の主な構成は次のとおりである。
1.建築物に対する風当たりによる音に関する測定スペクトルデータから、暗騒音を除いた差音に関する周波数分布を作成し、差音の大きな周波数を任意数選択し、前記選択周波数について騒音に関する聴覚評価と整合する前記周波数の純音度と騒音レベルとの合成値を求めて、該合成値を建築物に対する風騒音の予測値とすることを特徴とする建築物風騒音評価方法。
2.暗騒音が、建築物が設置される場所の通常騒音であることを特徴とする1.記載の建築物風騒音評価方法。
3.建築物に対する風当たりによる音データが、風洞実験によって得られる周波数分布であることを特徴とする1.又は2.記載の建築物風騒音評価方法。
4.差音の大きな周波数の音を任意数選択する際に、測定スペクトルと暗騒音との差音の有無の判断を、人間が聴感上の違いとして認識できる大きさに設定し、差音が規定レベル以上と判断された周波数に対して、ピークとなる周波数を抽出し、
抽出されたピークが複数個ある場合は、任意のピークの大きさを他と比較して、発音が大きい方の臨界帯域に他方のピークの周波数が含まれるときには、当該臨界帯域に存在する最大のピークを選択する手続きを取ることにより、人間の聴覚特性を利用して、風騒音の代表的なピークを絞り込むことを特徴とする1.〜3.のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
5.建築物が建物外装材であることを特徴とする1.〜4.のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
6.次の工程によって評価を行う、1.〜5.のいずれかに記載の建築物風騒音評価方法。
(A工程)
建築物の形状を製作図面で確認し、過去に測定したことのある建築物との類似性や既往建築物における測定データ、既往資料と比較する調査を行い、建築物自体から風騒音が発生する頻度を評価する。
(B工程)
建築物をモデル化した試験体を風洞内に設置し、風洞実験を行って、風洞実験による風騒音スペクトルを採取する。また、建築物を設置しない状態で風洞試験を行った時の暗騒音スペクトルを採取する。
(C工程)
風騒音および暗騒音の差分を算出した差分スペクトルのレベル差、風騒音スペクトルの周波数上の変化、A特性補正後の風騒音スペクトルの大きさから、純音ピーク周波数の候補を求め、この候補の周波数に対して、人間の聴覚評価と整合する絞り込みを行うことによって代表的なピーク周波数を選出し、代表的なピーク周波数における純音度を算出し、純音度が大きい順に複数選択する。
(D工程)
選択された周波数に関して、純音度と風騒音のA特性音圧レベルの合成値を求め、さらに抽出されたピーク全体に対する該合成値を求め、該合成値を建築物の風騒音の評価値とする。
7.6.において、A工程においてCFD解析を行い、建築物が設置される建物の位置や高さの条件から、建築物に生じうる風向・風速を求め、A工程で頻度が高いと評価された風騒音の発生条件が建物に生じるかどうかを判断して、B工程以降を行うことを特徴とする建築物の風騒音評価方法。
8.1.〜7.のいずれかに記載の建築物の風騒音評価方法によって得られた評価をフィードバックして、建築物の設計を繰り返して、風騒音を低減した建築物を設計する手法。
【発明の効果】
【0009】
1.建築物に生ずる風騒音の客観的な評価方法を提供することができる。つまり、風洞実験によって、建築物の有無、風条件や環境騒音を再現して測定した騒音データをもとにする評価方法であるため、客観的なデータに基づいて評価することができる。
2.建築物の有無によって発生する風騒音の差分は、建築物が風洞に設置された状態で発生する風騒音から実験室の暗騒音(建築物が無い環境下で存在する騒音)を除いた成分である。暗騒音とは、人間が聴取している騒音全体のうち、人間が着目している特定の騒音を除いた成分であり、特に認識されていない音と定義される。本発明では、暗騒音から突出した風騒音の差分に着目し、この差分が騒音として問題となる原因と位置づけて評価するものである。この差分が大きい場合は、問題となる騒音が発生する可能性があると評価されることとなる。
3.風洞実験室に建築物を設置せずに送風して測定したデータを暗騒音とした場合、差分データは、建築物の形状、構造などに起因する建築物固有の風騒音と定義される。この建築物固有の騒音が問題になる場合は、建築物自体の設計変更が必要と評価されることとなる。
4.建築物が設置される場所の環境暗騒音(環境に存在している騒音)を、スピーカなどを利用して風洞実験室に印加した状態における差分データは、建築物の設置場所における風騒音と定義される。例えば、高速道路に近い環境では静かな住宅地よりも環境暗騒音が大きくなり、その大きい騒音が暗騒音となるので、差分データは小さくなり、同じ建築物を使用しても、住宅地に比べて風騒音が問題になる確率は小さくなる。したがって、環境条件を加味して風騒音を評価することは、重要である。
5.さらに、本発明は、差分としての音が、人間の聴覚上、定常騒音に対して発生音の有無を認識しはじめる大きさ(例えば、3dB等)未満の範囲内は、評価対象から排除し、さらに、人間の聴覚特性から代表的なピークを絞り込む手続きを行い、騒音の印象と整合性の高い純音度および騒音レベルに基づいて導出した指標を建築物の風騒音予測値とする。予測値の元となるデータは全て測定データに基づく客観データであるので、この予測値は客観的指標である。
6.建築物に対する風洞実験は、建築物に対する水平・鉛直方向の代表的角度、かつ、風速の条件を設定して行われるため、多くの条件を検討しなければならず、実験には多くの時間を要する。しかし、建築物が設置される建物に対するCFD解析を行うことにより、建築物に実際に生じる可能性のある風向・風速を絞り込むことができる。この手続きにより、風洞実験において呈示すべき風向・風速条件を特定することができ、実験の省力化が図れる。つまり、建築物の評価を必要十分な範囲で効率的に行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】建築物の風騒音の評価フロー
図2】風洞実験スペクトルグラフ
図3】純音成分の抽出方法(暗騒音と風騒音のレベル差)の例
図4】純音成分の抽出方法(風騒音の凸の傾き)の例
図5】純音成分の抽出方法(A特性補正後の風騒音:LA)の例
図6】純音成分の抽出方法(臨界帯域内の重複判定)の例
図7】純音度(SNR)の算出例
図8】評価値算出のためのデータ(代表的なピーク周波数ごとのSNR、LA)と評価値
図9】聴覚評価値(x)の例
図10】評価値(予測:y)と聴覚評価値(x)の分布図
図11】風洞実験スペクトルグラフ(建築物の設置場所の暗騒音を再現した場合)
図12】風洞実験測定装置の概略図
図13】外装材の設置場所による建物の風条件(平面)
図14】外装材の設置場所による建物の風条件(立面)
図15】建築物の風騒音の評価フロー2
図16】従来例の風騒音の評価フロー
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、建築した建築物に発生する風騒音を評価する方法に関する発明である。
建築された建築物を利用していると、風によって発生する騒音が問題になることがある。
騒音の発生は、建築物の固有の形状や構造に伴って発生する建築物由来の騒音と建物の向きや階数などの風当たりの違いという設置場所由来の騒音がある。また、建築物が立地する周囲の環境に存在する音環境(暗騒音)によっても、騒音として認識されるレベルが変化する。
本発明は、建築物固有の風騒音と建築物の設置場所の風騒音、さらに環境由来の騒音(暗騒音)とに着目した発明である。
本発明では、人間の聴覚には暗騒音から突出した音成分に意識が注目する傾向があることに着目し、風洞実験で得られた風騒音の純音成分と騒音レベルとに着目して評価指標を抽出する。純音成分については、人間の聴覚の音エネルギー合成の特性に基づく絞り込みを行う。風騒音の聴感上の印象とこれらの物理量との整合性を明らかにすることによって、風騒音の聴感上の問題発生の有無を客観的な数量を用いて評価する。
建築物に関し、モックアップを使用して客観的な風騒音評価を行い、設計にフィードバックすることにより、風騒音を低減した建築物を設計することができる。
暗騒音は、建築物固有の騒音に関しては、風洞実験室の室内騒音が暗騒音となり、環境由来の騒音に関しては、設置場所の環境で発生している騒音が暗騒音になるので、立地現場で採取して、風洞実験に再現する。
立地現場で採取された暗騒音を再現した場合、建物が立地する場所における建築物によって発生する風騒音を評価することができる。
【0012】
(暗騒音について)
建築物の形状・構造に由来して発生する音であっても、設置場所によっても、風当たりの条件が異なり、それによって風騒音の可能性も異なる。例えば、建物正面から吹く風と45度の角度から吹く風の流れを解析した結果を示す。平面的に示した模式図が図13であり、立面的に示した模式図が図14である。壁面から1.5m離れた位置の風速比であって、建物高さにおける平均風速を基準としている。
このように、建物に当たった風の流れは、建物と風の向きや高さによって風速が変化するので、建築物はそれぞれの設置位置で風当たりの条件が異なることとなる。例えば、弱風では騒音は発生せず、風速が上がると騒音の問題が生ずる可能性や、正面からの風では騒音が発生せず、斜め方向からの風では騒音の問題が生ずる可能性などがあるので、風洞試験では様々な風速、風向を提示して騒音の可能性を検討し、評価する。
【0013】
(環境暗騒音について)
建物が建築される地域や場所によって、既に発生している音条件がある。例えば、駅前と住宅地では音の種類も異なり、居住者はそれぞれの場所の日常状態に適応して生活している。同じ建築物から発生する風の音でも、日常音と同程度であれば騒音問題とならない可能性がある。
したがって、建物と風の関係の他に、環境に由来する日常音も環境暗騒音として、評価項目とする。本発明では、風洞実験室に環境騒音を再現して測定して、データを採取する。
【0014】
(純音度について)
建築物が風に当たって発生する音スペクトルの中に、ピークを示す音がある。このような急激に変化する音は耳障りであって、騒音の問題となりやすい。
本発明は、風洞実験データから、このピーク値を拾い出して、風騒音の評価を行う。
複数のピークがある場合は、周波数軸上で隣接ピークが接近していて、人間の聴覚で区別可能な周波数(臨界帯域)以上離れていない場合は、大きい方のピークを代表的な周波数として採用する。このように、隣接ピークが区別できない範囲を1つの純音として把握し、その中で最大のピークを該当純音域のピーク周波数として採用する。
【0015】
本発明は、人間が暗騒音とは区別して建築物の固有の騒音として認識できる大きさを有する音を周波数スペクトルに基づいて抽出し、さらに、周波数軸上で急激な変化を示す(ピークを示す)部分を純音成分として抽出して、当該純音成分に関して聴覚評価(官能評価)との整合性のある評価予測値を開発し、建築物の風騒音について客観評価を行っている。
評価予測値は、ピークの純音成分の純音度(SNR)と騒音レベル(LA)に着目して、導出される。
例えば、1つの部材に対する1つの風向、風速の条件におけるピークの純音成分を8個まで抽出した場合には、「評価値(Y)=0.29*SNR1+0.06*LA1−0.07*SNR2−0.02*LA2+0.22*SNR3−0.10*LA3−0.15*SNR4+0.09*LA4+0.04*SNR5+0.03*LA5−0.03*SNR6−0.07*LA6−0.02*SNR7+0.05*LA7+0.07*SNR8+0.01*LA8」で示すことができる。
【0016】
本発明をフローチャート(図1)に基づいて説明する。
(A工程(解析評価))
本発明では、まず最初に、工程Aにおいて、設計図面と保有データや既存の資料などに基づいて、風による発音がどの程度か想定し、問題にならないと判断できれば、風騒音に関する検討を終了する。
問題となる騒音の発生が想定される場合は、B工程の風洞実験を行うこととする。
【0017】
(B工程(風騒音スペクトルと暗騒音スペクトルの収集))
建築物モデルについて風洞実験を行い、風騒音の周波数スペクトルを作成する。また、建築物を設置しない状態で風洞試験を行った時の暗騒音の周波数スペクトルも採取する。風洞実験によって得られる風騒音スペクトルと暗騒音スペクトルを図2に示す。風洞実験装置例を図12に示す。
【0018】
(C工程(純音ピーク周波数の抽出と純音度の算出))
風洞実験で得られた風騒音の周波数スペクトルから暗騒音を引き算して差分スペクトルとする。差分スペクトルをグラフ化したのが図3である。建築物モデルを使用した風洞実験のスペクトルと建築物が無い状態の風洞実験の暗騒音スペクトルが上下に表示されている。
この差分スペクトルに暗騒音との識別値となる音圧レベルを適用する。例えば、識別音圧レベルは3dBである。この識別音圧レベルは、暗騒音から建築物固有の騒音として認識できる差分(例えば、3dB)以上の差のある音成分を抽出することになる。
【0019】
図2から風騒音のスペクトルにはピーク成分が現れることが分かる。ピーク成分は、隣接する周波数との差分が小さい部分と差分が大きい部分があり、聴感上問題となるのは差分が大きい部分である。そこで、風騒音の隣接周波数ごとのレベル差分の傾き(凸の傾き)を図4のように求め、その傾きが大きい周波数を純音ピーク周波数の候補として抽出する。
【0020】
レベル差分の傾き(凸度)が大きい場合であっても、風騒音の音圧レベル自体が小さいと聴取することはできない。そこで、風騒音スペクトルに人間の聴覚を考慮した周波数重み付けであるA特性補正値を適用して大きさを比較し、A特性音圧レベルの大きいものを純音ピーク周波数の候補として抽出する。A特性補正後の風騒音の例を図5に示す。
このように、風騒音と暗騒音とのレベル差、風騒音の凸の傾き、A特性補正後の風騒音の音圧レベル、の3つの観点から、純音ピークの候補となる周波数を抽出する。例えば、暗騒音とのレベル差が3dB以上、A特性音圧レベルが30dB以上のピークであって、風騒音の凸の傾きが大きい順に50個抽出する。
【0021】
ここで、複数のピーク周波数が周波数軸上で非常に近い範囲にある場合に、人間の聴覚上の特性として、1つのピークとして認識されることがある。例えば、図6において、ピークB(3,996Hz)、ピークC(4,078Hz)、ピークD(4,082Hz)はピークA(3,898Hz)の臨界帯域内に入っており、聴感上、1つの純音ピークとして認識される。しかし、ピークE(4,659Hz)はピークAの臨界帯域より外側にあるため、別の純音ピークとして認識される。
ここで、臨界帯域は周波数の幅を表し、ピーク周波数が50〜500Hzの範囲の場合はピーク周波数を中心とした100Hzの幅であり、ピーク周波数が500Hzを超える場合はピーク周波数の20%の幅と定義される。例えば、ピークA(3,898Hz)であれば臨界帯域は約780Hzとなり、3,508Hz〜4,288Hzの周波数範囲である。
このように純音ピーク周波数の候補に対して、風騒音の凸の傾きが大きいものから順に並べた場合に、それぞれの臨界帯域内に別のピーク周波数があるかどうかを図6のように判定し、最も凸度の大きい周波数のみを採用していく。
【0022】
このような手続きで上位に入るピーク周波数に対して、純音度(SNR)を求める。純音度は、ピーク周波数の臨界帯域内に対して、純音ピーク成分の音圧エネルギー合成値(S)、その他のノイズ成分の音圧エネルギー合成値(N)を求め、S−Nとして定義する。図7は、純音度の算出例であり、濃いグレーの部分がピーク部分の音圧エネルギー(S)、薄いグレーの部分がその他の部位の音圧エネルギー(N)の範囲を示す。
さらに、ピーク部分の周波数帯域に対してA特性補正をかけた値の合成値を別に求め、A特性音圧レベル(LA)と定義する。この整理を凸度の上位のものから順に行う。このようなデータ整理表の例を図8に示す。この表では純音ピークとしてF1からF8に整理されている。
【0023】
(D工程:聴覚評価と整合する予測評価値の作成)
図8で整理した物理量のデータ、純音度(SNR)と騒音レベル(LA)に基づいて、これらの合算による評価値を導出する。
聴感上の評価値(x)の例を図9に示す。発音が大きいほど大きな数値を割り当てており、発音無しを0、最大を5とした事例である。聴覚評価は、この建築騒音分野の研究者、技術者によって官能評価した数値である。
既往の測定事例による物理量(SNR、LA)と測定時に得られた聴感上の評価値(x)との対応から、評価の予測値(y)を以下のように導出した。
【0024】
評価値(y)=0.29*SNR1+0.06*LA1−0.07*SNR2−0.02*LA2+0.22*SNR3−0.10*LA3−0.15*SNR4+0.09*LA4+0.04*SNR5+0.03*LA5−0.03*SNR6−0.07*LA6−0.02*SNR7+0.05*LA7+0.07*SNR8+0.01*LA8
【0025】
本例では、上式で得られた評価予測値(y)が聴覚評価値(x)と近いことが分かった。28のサンプル試験のピーク純音周波数8個(F1〜F8)に着目してこの計算式を適用した。予測評価値をy軸に、聴覚評価値をx軸にとったサンプルの評価値分布を図10に示す。x、yの関係は「y=0.9278x+0.2347」となり、相関度R=0.9278となり、高い正の相関が認められ、評価予測値として十分に満足することが分かる。
【0026】
(風洞実験について)
風洞実験は、十分に暗騒音の低い実験室において、異なる風速、風向や環境条件を外装材等に与えて発生音を測定し、測定した発生音の物理量から風騒音の有無、および風騒音の聴感上の評価と整合する評価値を導出して、客観的な風騒音の予測評価を行う。
建築物の階数、風向、風速の条件を変えて風洞実験を行う。
暗騒音として、建築物の無い状態の暗騒音と建築物の立地環境に付随する環境暗騒音に分けて風洞実験を行う。建築物の立地環境に付随する環境暗騒音を提示して実験を行った場合の風騒音スペクトルの例を図11に示す。
このように同じ建築物モデルを使用しても、十分に暗騒音の小さい場合の風騒音スペクトル図2と、環境暗騒音下における風騒音スペクトル図11を比較すると、暗騒音から突出する純音ピーク周波数の候補が異なる。従って、同じ建築物でも、条件によって、騒音リスクが異なることとなる。本発明では、暗騒音からの突出度に応じて予測値を求めており、この違いを反映した評価を行うことができる。
【0027】
また、建築物由来の発生を詳細に確認するためには、図9に示すように数多くの測定条件に対して風洞実験を実施する必要があるが、建築物の評価よりも設置場所における聴感上の問題を早急に検討したい場合もある。この場合には、A工程の部分に数値解析の手続きを付け加えることにより、B工程で行う風洞実験の測定条件を減らし、検討手続きを簡素化することが可能である。この考え方をフローチャート(図15)に基づいて説明する。
【0028】
A´工程(解析評価)
建築物の形状を製作図面で確認し、過去に測定したことのある建築物との類似性や既往建築物における測定データ、既往資料と比較する調査を行い、建築物自体から風騒音が発生する頻度を評価する。建築物自体による風騒音の発生頻度が低い場合は検討対象外とする。
ただし、建築物による風騒音の発生頻度が高いと判断した場合、建物をモデル化してCFD(流体解析)(computational fluid dynamics)を適用し、外装材等に与えられる風の発生条件を絞り込む。既往データにおいて風騒音が発生する可能性の高い風向・風速の条件が、建築物が設置される部位に発生するかどうかを確認する。問題となる騒音の発生が想定される場合は、B工程(風洞実験)を行うこととする。
B工程〜D工程は図1に示すものと同様である。
図1
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