特許第6768497号(P6768497)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6768497
(24)【登録日】2020年9月25日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】鋳造材および鋳造材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 32/00 20060101AFI20201005BHJP
   B22D 21/00 20060101ALI20201005BHJP
   B22D 27/04 20060101ALI20201005BHJP
   C22C 19/05 20060101ALN20201005BHJP
   C22C 27/04 20060101ALN20201005BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20201005BHJP
【FI】
   C22C32/00 N
   B22D21/00 C
   B22D27/04 F
   !C22C19/05 B
   !C22C27/04 102
   !C22F1/00 611
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630D
   !C22F1/00 640A
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 630C
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 692A
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-254171(P2016-254171)
(22)【出願日】2016年12月27日
(65)【公開番号】特開2018-104782(P2018-104782A)
(43)【公開日】2018年7月5日
【審査請求日】2019年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】とこしえ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】矢永 裕記
(72)【発明者】
【氏名】田代 博文
(72)【発明者】
【氏名】稲澤 弘志
(72)【発明者】
【氏名】大毛 敏一
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/052660(WO,A1)
【文献】 特開2004−137570(JP,A)
【文献】 特開昭54−122626(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 32/00
C22C 19/00−19/05
C22C 27/04
B22D 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MoNiBおよび/またはMo(Ni,Cr)Bで表される複硼化物を主体とする硬質相粒子と、Niを主成分とし、Ni、SiおよびBを含有するNi基合金からなる結合相を含有する鋳造材であって、
前記硬質相粒子の平均粒径が3μm以下、前記硬質相粒子のアスペクト比の平均値が2.0以下、前記硬質相粒子同士の接触率が35%以下であり、
前記結合相がNiSiおよびNiBを含有し、
CuKαを線源とするX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが、1/10以下である鋳造材。
【請求項2】
前記強度比I/Iが、1/100以下である請求項1に記載の鋳造材。
【請求項3】
前記鋳造材中におけるBの含有量が1〜6重量%である請求項1または2に記載の鋳造材。
【請求項4】
MoNiBおよび/またはMo(Ni,Cr)Bで表される複硼化物を主体とする硬質相粒子と、Niを主成分とし、Ni、SiおよびBを含有するNi基合金からなる結合相を含有する鋳造材の製造方法であって、
前記鋳造材を形成するための原料を所定の粒径に微粉化し、混合してから溶解させることで、溶解混合物を得る工程と、
前記溶解混合物の冷却を、冷却開始温度から400℃までの温度範囲において、100℃/min.以上の冷却速度にて継続して行うことで、焼結体を得る工程と、
前記焼結体に対して温度700〜950℃の条件で熱処理を施す工程と、を有する鋳造材の製造方法。
【請求項5】
前記溶解混合物の冷却を、前記溶解混合物を、室温〜1100℃の金型中に流し込むことにより行う請求項に記載の鋳造材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造材および鋳造材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種機械設備や機械装置などに用いられる耐摩耗材料に対する要求は年々厳しくなっており、近年では、単に耐摩耗性が高いのみでなく、耐食性、耐熱性などに優れていることが求められている。
【0003】
このような耐摩耗材料として、従来、セラミックと金属との複合材料であるサーメット材が検討されている。このようなサーメット材の製造方法としては、例えば、粉末冶金法によって、原料となる粉末を混合し、型押しなどで成形した状態で原料の融点以下の温度で焼成する方法が知られている。
【0004】
この粉末冶金法では、原料を溶融させないことから、原料の過度な粒成長を抑制することができ、引け巣やデンドライド組織(柱状晶)の発生を防止できる。その一方で、粉末冶金法では、得られるサーメット材は、内部に空隙が残存してしまうため、密度が不十分なものとなってしまう場合がある。
【0005】
これに対して、特許文献1では、鋳造法により、Mo(モリブデン),Ni(ニッケル),B(ホウ素)などを含むサーメットからなる鋳造材を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2012/063879号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述した特許文献1に記載された鋳造法によって得られるサーメットの鋳造材は、密度が向上する一方で、内部においてデンドライド組織が成長し易くなる。これにより、特許文献1に記載された鋳造法によって得られる鋳造材は、成長したデンドライド組織が起点となって破損し易くなるおそれがある。そのため、特許文献1に記載された鋳造法によって得られる鋳造材では、特に抗折力を必要とする用途に用いることが困難であった。
【0008】
本発明は、耐食性および耐摩耗性に優れ、かつ、高硬度および高抗折力を実現した鋳造材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、硼化物を主体とする硬質相粒子と、Ni、SiおよびBを含有する合金を含む結合相とからなる鋳造材において、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率を、所定範囲に制御し、さらに、結合相がNiSiおよびNiBを含有するものとし、X線回折測定により求められる結合相中のNiSiに由来するピークの割合を所定範囲に制御することにより、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明によれば、硼化物を主体とする硬質相粒子と、Ni、SiおよびBを含有する合金を含む結合相とからなる鋳造材であって、前記硬質相粒子の平均粒径が3μm以下、前記硬質相粒子のアスペクト比の平均値が2.0以下、前記硬質相粒子同士の接触率が35%以下であり、前記結合相がNiSiおよびNiBを含有し、CuKαを線源とするX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが、1/10以下である鋳造材が提供される。
【0011】
本発明の鋳造材において、前記強度比I/Iが、1/100以下であることが好ましい。
本発明の鋳造材において、前記硬質相粒子がMoNiBおよび/またはMo(Ni,Cr)Bで表される複硼化物からなることが好ましい。
本発明の鋳造材において、前記鋳造材中におけるBの含有量が1〜6重量%であることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明によれば、硼化物を主体とする硬質相粒子と、Ni、SiおよびBを含有する合金を含む結合相とからなる鋳造材の製造方法であって、前記鋳造材を形成するための原料を混合させた状態で溶解させることで、溶解混合物を得る工程と、前記溶解混合物の冷却を、冷却開始温度から400℃までの温度範囲において、100℃/min.以上の冷却速度を継続させる過程を経るようにして行うことで、焼結体を得る工程と、前記焼結体に対して温度700〜950℃の条件で熱処理を施す工程と、を有する鋳造材の製造方法が提供される。
【0013】
本発明の製造方法において、前記溶解混合物の冷却を、前記溶解混合物を、室温〜1100℃の金型中に流し込むことにより行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐食性および耐摩耗性に優れ、かつ、高硬度および高抗折力を実現した鋳造材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の鋳造材の微細構造の測定方法を説明するための図である。
図2図2は、本発明の鋳造材について、CuKαを線源としてX線回折測定を行って得た回折パターンの一例を示すグラフである。
図3図3は、硬質相粒子同士の接触率の測定方法を説明するための図である。
図4図4は、実施例および比較例の鋳造材について、CuKαを線源としてX線回折測定を行って得た回折パターンを示すグラフである。
図5図5は、実施例および比較例の鋳造材の断面について、フィールドエミッションオージェマイクロプローブ(Auger)を用いて撮影した、Arエッチング後の二次電子像を示す写真である。
図6図6は、実施例および比較例の鋳造材の断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて撮影した反射電子像を示す写真である。
図7図7は、鋳造材の耐食性の評価方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の鋳造材について説明する。
本発明の鋳造材は、硼化物を主体とする硬質相粒子と、Ni、SiおよびBを含有する合金を含む結合相とからなる鋳造材であって、前記硬質相粒子の平均粒径が3μm以下、前記硬質相粒子のアスペクト比の平均値が2.0以下、前記硬質相粒子同士の接触率が35%以下であり、前記結合相がNiSiおよびNiBを含有し、CuKαを線源とするX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが、1/10以下であることを特徴とする。
【0017】
<硬質相粒子>
本発明の鋳造材を構成する硬質相粒子は、硼化物を主として含み、鋳造材の硬度および耐摩耗性に寄与する。本発明の鋳造材において、硬質相粒子は、後述する結合相のマトリックス中に分散された状態で存在している。
【0018】
硬質相粒子を構成する硼化物としては、特に限定されないが、MB型、MB型、MB型、M型、MM’B型の硼化物(MおよびM’は、それぞれNi,Co,Cr,Mo,Mn,Cu,W,FeおよびSiのうち少なくとも1種の金属を表し、M’はMとは異なる金属原子を表す。)が挙げられ、その具体例としては、CrB、MoB、CrB、MoB、Mo、MoFeB、MoCrB、MoNiB、Mo(Ni,Cr)Bで表される複硼化物などが挙げられる。
【0019】
本発明の鋳造材中における、上述した硬質相粒子の含有割合は、好ましくは10〜50vol%、さらに好ましくは20〜45vol%である。なお、鋳造材中における、硬質相粒子の含有比率を制御する方法としては、鋳造材に含まれるBの含有量を調整する方法を用いることができる。硬質相粒子の含有比率を上記範囲とすることにより、本発明の鋳造材を、耐食性、耐摩耗性、及び硬度や抗折力などの機械的強度が高度にバランスしたものとすることができる。さらに、硬質相粒子の含有比率を上記範囲とすることにより、硬質相粒子同士の接触率が大きくなり過ぎることを抑制し、硬質相粒子の凝集に起因する鋳造材の抗折力の低下を防止できる。また、硬質相粒子の含有比率を上記範囲とすることにより、硬質相粒子の原料の溶融に要する温度を低下させることができ、溶融に必要な熱エネルギーを抑えられ、コスト的に有利になる。
【0020】
<結合相>
本発明の鋳造材を構成する結合相は、Ni、SiおよびBを含有する合金を含み、上述した硬質相粒子を結合するためのマトリックスを形成する相である。そして、本発明の鋳造材を構成する結合相は、Ni、SiおよびBを含有する合金のうち、特に、NiSiおよびNiBを含むものである。本発明の鋳造材では、結合相にNiSiおよびNiBを含有させることにより、鋳造材の硬度および抗折力を著しく向上させることができ、しかも、結合相にFe基合金等を主成分とする合金を含有させた場合と比較して、得られる鋳造材の耐食性が向上する。
【0021】
さらに、本発明の鋳造材を構成する結合相は、X線回折測定により求められる結合相中のNiSiの含有割合が所定範囲に制御されたものである。具体的には、本発明の鋳造材は、X線回折装置を用いて、CuKαを線源として測定した場合における、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが、1/10以下であり、好ましくは1/100以下、より好ましくは1/300以下である。上述した強度比I/Iを1/10以下とすることにより、得られる鋳造材の抗折力を著しく向上させることができる。
【0022】
なお、従来、Mo、Ni、Bを含む原料粉末を金型に投入して、加熱炉で加熱することにより鋳造材を得る方法が知られているが、このような方法では、金型内で、鋳造材がゆっくりと冷却されることとなるため、得られる鋳造材について、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率が、いずれも大きくなりすぎてしまい、鋳造材の硬度および抗折力が不十分になってしまうという問題があった。
【0023】
これに対し、本発明者等は、Mo、Ni、Bを含む原料粉末を混合させた状態で溶解させることで溶解混合物を得て、この溶解混合物を金型に投入して、溶解混合物を冷却して鋳造材を得る際における冷却速度を上述した従来の方法よりも速い所定範囲に制御することで、得られる鋳造材について、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率を、それぞれ上述した範囲に制御することができ、これにより、鋳造材の硬度および抗折力を著しく向上させることができることを見出した。
【0024】
一方で、本発明者等は、このように冷却速度を従来の方法よりも速い所定範囲に制御することで、鋳造材の硬度および抗折力を著しく向上させることができるものの、鋳造材に含まれるMo、Ni、B等からなる結晶等の形態に応じて、鋳造材の抗折力が低下してしまう場合があることを見出した。具体的には、鋳造材中には、安定相であるNiSiや、準安定相であるNi31Si12等の結晶が存在し、NiSiに対するNi31Si12の含有割合が大きくなると(準安定相であるNi31Si12が晶出しすぎると)、準安定相であるNi31Si12に起因して内部歪エネルギーが高くなり、これにより、鋳造材の抗折力が低下して、鋳造材が破損しやすくなってしまう場合があることを見出した。これに対して、本発明者等は、鋳造材中におけるNiSiに対するNi31Si12の含有割合を制御する、すなわち、CuKαを線源としたX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iを、上記範囲とすることにより、得られる鋳造材の抗折力を著しく向上させることができるとの知見を得て、本発明を完成させるに至った。
【0025】
本発明においては、鋳造材における上記強度比I/Iを、上記範囲とする方法としては、特に限定されないが、たとえば、後述するように、鋳造材を構成することとなる原料粉末等を溶解させて溶解混合物を得た後、溶解混合物を所定の条件で冷却し、さらに、700〜950℃の温度範囲で熱処理を施す方法が挙げられる。
【0026】
ここで、図2(A),図2(B)に、鋳造材について、実際にCuKαを線源としてX線回折測定を行って得られた回折パターンの一例を示す。具体的には、鋳造材を構成することとなる原料粉末を、真空炉を用いて1160℃、30分間の条件で、真空中で焼き固めてインゴットを得て、その後、インゴットを、大気炉を用いて、大気中で1200℃まで昇温して溶解させることで溶解混合物を得て、得られた1200℃の溶解混合物を、室温の金型に流し込み、その後室温まで空冷することで得られた鋳造材について、800℃、1時間の条件で熱処理を行った鋳造材の測定結果を図2(A)に、この熱処理を行わなかった鋳造材の測定結果を図2(B)に、それぞれ示す。
【0027】
図2(A),図2(B)を参照すると、熱処理を行っていない図2(B)の鋳造材は、安定相であるNiSiに由来するピーク(2θ=44.0〜45.0°)の強度Iが、準安定相であるNi31Si12に由来するピーク(2θ=46.8〜47.8°)の強度Iに対して、比較的小さいものとなっている。すなわち、安定相であるNiSiの含有割合が比較的小さく、準安定相であるNi31Si12の含有割合が比較的大きいという結果となっている。
【0028】
これに対して、800℃、1時間の条件で熱処理を行った図2(A)の鋳造材は、熱処理により、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、安定相(NiSi)に相変態し、これにより、安定相であるNiSiに由来するピーク(2θ=44.0〜45.0°)の強度Iが、準安定相であるNi31Si12に由来するピーク(2θ=46.8〜47.8°)の強度Iに対して、比較的大きいものとなっている。すなわち、安定相であるNiSiの含有割合が比較的大きく、準安定相であるNi31Si12の含有割合が比較的小さいという結果となっている。
【0029】
本発明においては、このようにして、CuKαを線源としたX線回折測定による、Ni31Si12に由来するピークの強度Iと、NiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iを、上記範囲とすることにより、得られる鋳造材の抗折力を著しく向上させることが可能となる。
【0030】
なお、本発明において、CuKαを線源とするX線回折測定による強度比I/Iは、たとえば、次の方法により測定することができる。すなわち、まず、X線源:Cu−40kV、200mA、発散スリット:2°、散乱スリット:1°、受光スリット:0.3mmの条件にて、鋳造材のX線回折測定を行う。そして、得られたX線回折測定のデータから、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークとを求める。そして、これらのピークのバックグラウンドを除いたピーク強度I、I(Iは回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するピークの強度、Iは回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するピークの強度)を求め、これらの比率を算出することにより、強度比I/Iを求めることができる。なお、NiSiに由来するピークは、上述した回折角2θが44.0〜45.0°の範囲だけでなく、概ね2θ=35.6〜36.6°の位置にも表れるが、この2θ=35.6〜36.6°の位置のピークは強度が比較的小さいため、本発明においては、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲のピークを、NiSiに由来するピークとして検出する。
【0031】
本発明の鋳造材を構成する硬質相粒子および結合相としては、上述した構成のうち、特に、結合相がNiSiおよびNiBを含むものであって、硬質相粒子がMoNiBおよび/またはMo(Ni、Cr)Bで表される複硼化物からなることが好ましい。
【0032】
<鋳造材の微細構造>
本発明の鋳造材は、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率が、後述する所定の範囲に制御されており、結合相がNiSiおよびNiBを含むものである。本発明によれば、これらを後述する所定の範囲に制御することにより、得られる鋳造材について、耐食性および耐摩耗性に優れ、かつ、高硬度及び高抗折力を備えるものとすることができる。
【0033】
本発明の鋳造材は、上述した硬質相粒子の平均粒径が、3μm以下であり、好ましくは2.8μm以下、より好ましくは2.5μm以下である。硬質相粒子の平均粒径を上記範囲とすることにより、得られる鋳造材の硬度および抗折力を十分なものとすることができる。硬質相粒子の平均粒径が大きすぎると、硬質相粒子が破壊の起点となり鋳造材の抗折力が著しく低下してしまうという不具合を生じてしまう。なお、硬質相粒子の平均粒径の下限値は、特に限定されないが、0.5μmとすることが好ましい。硬質相粒子の平均粒径を0.5μm未満とするためには、冷却速度を非常に大きくする必要があり、通常の水冷等では実現が難しく、実現するとしても製造コストの増大を招く。
【0034】
硬質相粒子の平均粒径は、たとえば、硬質相粒子の円相当径を算出し、算出した円相当径の平均値を演算することにより測定することができる。具体的には、まず、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、鋳造材の断面について、反射電子像の撮影を行い、得られた反射電子像を用いて、フルマンの式(下記式(1))により、硬質相粒子の平均粒径を算出することができる。
=(4/π)×(N/N) …(1)
上記式(1)中、dは、硬質相粒子の平均粒径である。πは、円周率である。Nは、断面組織上の任意の直線によってヒットされる(任意の直線を引いた場合に、該任意の直線と接触あるいは交差する)、該任意の直線の単位長さあたりの硬質相粒子の数であり、具体的には、断面組織上の長さLの任意の直線によってヒットされる粒子の数を、該任意の直線の長さLで除したものにより算出される値である。また、Nは、任意の単位面積内に含まれる硬質相粒子の数を表したものであって、測定領域範囲Sの任意の測定面積内に含まれる粒子の数を、該任意の測定領域範囲Sで除したものを表す。なお、この際においては、直線Lの長さは、平均粒径の測定に十分な数の硬質相粒子が交わる長さとすればよく、20μm以上とすることが好ましく、たとえば100μmとすることができる。また、測定領域範囲Sは、平均粒径の測定に十分な数の硬質相粒子が含まれる範囲とすればよく、長さ20μm以上、幅20μm以上の範囲とすることが好ましい。
【0035】
また、本発明の鋳造材は、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、すなわち、硬質相粒子の短径に対する長径の比率(長径/短径)の平均値が、2.0以下であり、好ましくは1.9以下、さらに好ましくは1.8以下である。硬質相粒子のアスペクト比の平均値を上記範囲とすることにより、鋳造材の抗折力を著しく向上させることができる。なお、硬質相粒子のデンドライド組織(柱状晶)が成長する等により、硬質相粒子のアスペクト比の平均値が大きくなり過ぎると、そのデンドライド組織の部分において、鋳造材の抗折力が低下して、鋳造材が破損し易くなってしまう。
【0036】
硬質相粒子のアスペクト比の平均値は、例えば、JIS R1670に準拠して、次のようにして求めることができる。まず、鋳造材を切断し、切断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影し、反射電子像を得る。次いで、得られた反射電子像について、上述した平均粒径の測定と同様にして、上述した測定領域範囲S(長さ20μm以上、幅20μm以上の範囲)から硬質相粒子を任意に所定数選択し、各々の硬質相粒子の最も長い部分の長さ(長径)と、当該長径に直交する方向で最も長い部分の長さ(短径)とを測定する。そして、測定した長径および短径から、短径に対する長径の比率(長径/短径)を、硬質相粒子のアスペクト比として求めることができる。本発明では、所定数(例えば、10個以上)の硬質相粒子について、このようなアスペクト比を求めて、その平均値を算出することで、硬質相粒子のアスペクト比の平均値を求めることができる。
【0037】
さらに、本発明の鋳造材は、硬質相粒子同士の接触率(Contiguity)が35%以下であり、好ましくは30%以下、さらに好ましくは25%以下である。硬質相粒子同士の接触率は、硬質相粒子の分散性を表す指標であり、接触率が低いほど分散性に優れ、これにより強度の向上が可能となる。硬質相粒子同士の接触率が高すぎると、硬質相粒子同士の接触によって粗大な凝集体が発生したり、硬質相粒子同士が結合することによる粒成長が発現したりしてしまい、粒成長が発現した部分が破損の起点となって鋳造材の抗折力が低下してしまうという不具合を生じてしまう。
【0038】
硬質相粒子同士の接触率は、たとえば、次のようにして測定することができる。すなわち、まず、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、鋳造材の表面について、反射電子像の撮影を行い、上述した平均粒径の測定と同様にして、図1に示すように、反射電子像上に、任意に所定の長さの測定用のラインLを引き、ラインL上に存在する硬質相界面について観察を行なう。なお、図1は、本発明の鋳造材の微細構造の測定方法を説明するための図である。具体的には、硬質相粒子界面について観察を行い、硬質相粒子同士が互いに接触している界面を、硬質相−硬質相界面IHHとし、硬質相粒子と結合相とが互いに接触している界面を、硬質相−結合相界面IHBとし、これらの数をカウントする。ここで、硬質相粒子は、後述するようにMo,Ni,Cr,B等を含む原料を加熱することによって生成および成長した硼化物からなる1つの粒子を示すものであり、互いに成長した粒子同士が接触している場合には、これらの粒子は、一体として1つの粒子を形成するのではなく、別個の粒子が接触しているものとする。また、硬質相粒子の輪郭、および硬質相粒子同士が互いに接触している界面の抽出方法について、鋳造材の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影して得た反射電子像の一例である図3(A)を参照して説明する。まず、図3(A)に示す反射電子像においては、白い領域が硬質相(硼化物)であり、灰色の領域が結合相である。このような反射電子像において、白い領域と灰色の領域との明度差に基づいて、その境界を検出することにより、図3(B)に示すように、硬質相の輪郭を検出することができる。そして、輪郭を検出した硬質相について、輪郭上の凹部(内角が180℃以上となっている部分)を検出し、向かい合う凹部同士を結んだ直線を、硬質相粒子同士が互いに接触している界面として抽出することができる。具体的には、図3(B)の円で囲んだ部分の拡大図である図3(C)に示すように、向かい合う凹部同士を直線で結び、その直線部分(図3(C)においてa,b,cおよびdで示す直線部分)を、硬質相粒子同士が互いに接触している界面とすることができる。
そして、本発明においては、硬質相−硬質相界面IHHのL1の単位長さ当たりの数N(IHH)と、硬質相−結合相界面IHBのL1の単位長さ当たりの数N(IHB)から、下記式(2)にしたがって、硬質相粒子同士の接触率Cont(単位は、%)を算出することができる。
Cont=2N(IHH)/{2N(IHH)+N(IHB)}×100 …(2)
なお、上記方法にしたがって、硬質相粒子同士の接触率を算出する際には、上記とは別の測定用のラインLを、上記とは異なる場所を通るようにSEM写真上に引き、同様にして、硬質相−硬質相界面IHH、および硬質相−結合相界面IHBの数をカウントする操作を、合計5回行い、合計5回の測定結果を平均することにより、硬質相粒子同士の接触率を算出することが好ましい。
【0039】
本発明において、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率を、上記範囲とする方法としては、特に限定されないが、たとえば、後述するように、鋳造材を構成することとなる原料粉末等を溶解させて溶解混合物を得た後、溶解混合物を所定の条件で冷却する方法が挙げられる。
【0040】
なお、硬質相粒子同士の接触率は、たとえば、鋳造材の組成が特定の範囲となるように調整することによっても、制御することができる。
【0041】
さらに、本発明の鋳造材は、上述したように、結合相がNiSiおよびNiBを含有するものである。結合相がNiSiおよびNiBを含有することにより、特に安定相であるNiSiを含有することにより、鋳造材の抗折力を著しく向上させることができる。なお、結合相中に準安定相であるNi31Si12が晶出すると、鋳造材の内部歪エネルギーが高くなり、これにより、鋳造材の抗折力が低下して、鋳造材が破損しやすくなってしまう。
【0042】
加えて、本発明の鋳造材は、上述したように、CuKαを線源とするX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが、1/10以下である。鋳造材における上記強度比I/Iを上記範囲とすることにより、すなわち、準安定相であるNi31Si12に対して、安定相であるNiSiの含有割合が大きくすることにより、得られる鋳造材の抗折力を著しく向上させることができる。
【0043】
<鋳造材の組成>
本発明の鋳造材の組成は、特に限定されないが、結合相をNiを主成分とするNi基合金とする場合には、B:1〜6重量%、Si:0〜5重量%、Cr:0〜20重量%、Mo:5〜40重量%、Ni:残部であることが好ましい。
【0044】
B(ホウ素)は、硬質相粒子となる硼化物を形成するための元素である。Bの含有割合を上記範囲とすることにより、鋳造材における硬質相粒子の含有割合を適度なものとすることができ、これにより、鋳造材の耐摩耗性が向上する。また、Bの含有割合を上記範囲とすることにより、硬質相粒子同士の接触率を上述した範囲とすることができ、鋳造材の硬度および抗折力を向上させることができる。鋳造材中のBの含有量は、好ましくは1〜6重量%、より好ましくは2〜5重量%である。
【0045】
Ni(ニッケル)は、鋳造材の結合相としてNi基合金が用いられる場合には、硬質相粒子を形成することができる元素であるとともに、結合相を構成することができる元素であり、鋳造材の耐食性を向上させる作用を有する。
【0046】
Si(ケイ素)は、鋳造材の結合相を構成することができる元素であり、鋳造材を形成するための原料の溶融温度を低下させる作用を有する。Siの含有割合を適度なものとすることにより、上記溶融温度を低下させることができることに加え、鋳造材中におけるケイ化物の含有量が多くなることによる鋳造材の抗折力の低下を抑制することができる。
【0047】
Crは、硬質相粒子を形成することができる元素であるとともに、結合相を構成することができる元素であり、鋳造材の耐食性、耐摩耗性、高温特性、硬度および抗折力を向上させる作用を有する。Crの含有割合を適度なものとすることにより、鋳造材中における硬質相粒子の含有割合が上述した範囲となり、鋳造材の抗折力を向上させることができる。
【0048】
Mo(モリブデン)は、硬質相粒子を形成することができる元素であるとともに、結合相を構成することができる元素であり、鋳造材の耐食性を向上させる作用を有する。特に、Moの一部は結合相に固溶し、これにより鋳造材の耐食性を向上させる作用を有する。Moの含有割合を適度なものとすることにより、鋳造材の耐摩耗性および耐食性を向上させることができる。
【0049】
<鋳造材の製造方法>
次に、本発明の鋳造材の製造方法について、説明する。
まず、本発明の鋳造材を形成するための原料粉末を準備する。原料粉末としては、鋳造材を形成する各元素の含有割合が所望の組成比となるように、準備すればよい。なお、原料粉末としては、粉末状のものであってもよいし、粉末が集合した塊状のもの(バルク)が含まれたものであってもよい。また、本発明においては、原料粉末中に、予め硼化物を主体とする硬質相粒子を含有させるようにしてもよいし、原料粉末中には硬質相粒子を含有させずに、原料粉末を用いて鋳造材を作製する過程で、鋳造材中に、原料粉末に含まれるホウ素や炭素に由来して、硼化物を主体とする硬質相粒子が形成されるようにしてもよいが、原料粉末中に、予め硼化物を主体とする硬質相粒子を含有させるようにすることが好ましい。原料粉末中に含有させる硼化物としては、MoNiBおよび/またはMo(Ni、Cr)Bで表される複硼化物が好ましく、Mo(Ni、Cr)Bが特に好ましい。Mo(Ni、Cr)Bのように硼化物中にCrが含まれると、硼化物の結晶構造が正方晶となる傾向にあり、これにより、硼化物の結晶構造が斜方晶となる傾向にあるCrを含まない硼化物と比較して、硼化物の結晶の粗大化が抑制され、得られる鋳造材の特性がより向上する。
【0050】
次いで、準備した原料粉末について、必要に応じて、所定の粒径に微粉化するために、原料粉末に、バインダーおよび有機溶剤などを添加し、これらをボールミルのような粉砕装置を用いて混合粉砕を行う。
【0051】
バインダーは、成形時の成形性向上と粉末の酸化防止の目的で添加される。バインダーとしては特に限定されず、公知のものを用いることができるが、たとえば、パラフィンなどが挙げられる。また、バインダーの添加量は、特に限定されないが、原料粉末100重量部に対し、好ましくは3〜6重量部である。また、有機溶剤としては、特に限定されないが、アセトンなどの低沸点溶剤を用いることができる。粉砕混合時間としては、特に限定されず、得られる鋳造材中に形成される硬質相粒子の平均粒径が上記範囲となるような条件を選択すればよいが、通常、15〜30時間である。
【0052】
次いで、上述した原料粉末について、溶融させて溶解混合物とした後、必要に応じて、ガスや酸化物といった不純物の除去を行う。この際における、溶融温度は、用いる原料に応じて決定すればよいが、好ましくは1100〜1300℃、より好ましくは1200〜1250℃である。
【0053】
続いて、このようにして得られた溶解混合物を、所望の形状に応じた金型などの鋳型に注入して冷却し、鋳造することで、鋳造材を得ることができる。
本発明では、溶解混合物を冷却する際には、冷却開始温度から400℃までの温度範囲において、100℃/min.以上の冷却速度で継続して溶解混合物を冷却する過程を含むようにする。本発明において、100℃/min.以上の冷却速度で継続して溶解混合物を冷却する過程を含むようにするとは、一定程度継続して、100℃/min.以上の冷却速度となるような態様とすればよいことを意味し、好ましくは1分以上、より好ましくは5分以上継続して、100℃/min.以上の冷却速度にて冷却を行う過程が含まれていればよく、たとえば、瞬間的に100℃/min.以上の冷却速度となるような態様(たとえば、1秒以下だけ、100℃/min.以上の冷却速度となるような態様)は含まれないものである。なお、溶解混合物を冷却する際には、冷却開始温度から400℃までの温度範囲において、100℃/min.以上の冷却速度で継続して溶解混合物を冷却する過程を含むようにすればよいが、この際の冷却速度は、好ましくは200℃/min.以上、より好ましくは400℃/min.以上である。溶解混合物の冷却を上記条件で行うことによって、得られる鋳造材について、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率を、上述した範囲に制御することができる。
【0054】
なお、本発明において、溶解混合物を上記条件で冷却する方法としては、特に限定されないが、溶解混合物を、好ましくは室温〜1100℃、より好ましくは300〜1100℃の金型中に注入して、冷却させる方法が挙げられる。室温としては、たとえば1〜30℃が挙げられる。
【0055】
鋳造の方法としては、特に限定されないが、複雑な形状の鋳造材を成形することができるという観点や、厚肉のものを成形できるという観点より、金型鋳造法、ロストワックス、連続鋳造法、遠心鋳造法、などを用いることが好ましい。
【0056】
次いで、本発明においては、上記条件で冷却して得られた鋳造材に対して、温度700〜950℃の条件にて熱処理を行う。このような条件で熱処理を行うことにより、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、安定相(NiSi)に相変態し、これにより、鋳造材の抗折力を著しく向上させることができる。
【0057】
鋳造材に対する熱処理の温度は、上述したように700〜950℃であればよいが、好ましくは750〜900℃、より好ましくは800〜850℃である。熱処理の温度を上記範囲とすることにより、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、良好に安定相(NiSi)に相変態し、これにより、鋳造材の抗折力を向上させることができる。熱処理の温度が高すぎると、具体的には950℃超とすると、準安定相であるNi31Si12が再び生成し、1,000℃超とすると、鋳造材が溶融し、鋳造材の形状が崩れてしまう。
【0058】
なお、本発明においては、鋳造材に対する熱処理の温度は、上述したように700〜950℃であればよいが、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、より良好に安定相(NiSi)に相変態し、これにより、鋳造材の抗折力をより向上させることができるという観点より、下記式(1)を満たす温度とすることが好ましい。
−85.324x+966.13≦y≦−85.324x+1216.1・・・(1)
(上記式(1)中、xは鋳造材中のBの含有量(単位は重量%)、yは熱処理の温度を表す。)
さらに、本発明においては、鋳造材に対する熱処理の温度は、下記式(2)を満たす温度とすることがより好ましい。
−85.324x+1016.1≦y≦−85.324x+1166.1・・・(2)
(上記式(1)中、xは鋳造材中のBの含有量(単位は重量%)、yは熱処理の温度を表す。)
【0059】
鋳造材に対する熱処理の処理時間は、特に限定されないが、好ましくは0.17〜3時間、より好ましくは0.33〜2時間、さらに好ましくは0.5〜1.5時間である。熱処理の処理時間を上記範囲とすることにより、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、より良好に安定相(NiSi)に相変態し、これにより、鋳造材の抗折力をより向上させることができる。
【0060】
以上のようにして、本発明の鋳造材は製造される。
【0061】
本発明の鋳造材は、硼化物を主体とする硬質相粒子と、NiSiおよびNiBを含有する合金を含む結合相とからなり、硬質相粒子の平均粒径が3μm以下、硬質相粒子のアスペクト比の平均値が2.0以下、硬質相粒子同士の接触率が35%以下、CuKαを線源とするX線回折測定による、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとの比率である強度比I/Iが1/10以下に、それぞれ制御されたものである。そのため、本発明の鋳造材は、耐食性および耐摩耗性に優れ、かつ、高硬度および高抗折力を実現したものとなる。
【0062】
本発明の鋳造材は、耐食性および耐摩耗性に優れ、かつ、高硬度および高抗折力を実現したものであるため、例えば、ロール、シリンダー、軸受、産業用ポンプ部品などの、高負荷が加わる環境下においても優れた耐久性を実現可能な耐摩耗材料として好適に用いることができる。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
なお、各特性の定義および評価方法は、以下のとおりである。
【0064】
<強度比I/I
鋳造材について、X線回折装置(RINT2500/PC、株式会社リガク製)を用いて、X線源:CuKα−40kV、200mA、発散スリット:2°、散乱スリット:1°、受光スリット:0.3mm、測定範囲:30°≦2θ≦60°の条件で、X線回折測定を行なった。そして、X線回折測定の結果得られた回折パターンより、回折角2θが46.8〜47.8°の範囲に存在するNi31Si12に由来するピークの強度Iと、回折角2θが44.0〜45.0°の範囲に存在するNiSiに由来するピークの強度Iとを演算し、これらの比I/Iを算出した。
【0065】
<硬度>
鋳造材について、硬度(ロックウェルCスケール)の測定を行なった。
【0066】
<抗折力>
鋳造材を、4mm×8mm×24mmのサイズとなるように切削加工することで、試験片を得て、得られた試験片について、JIS B4104に準拠して、抗折力(3点曲げ試験)の測定を行なった(単位はMPa)。
【0067】
<硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、硬質相粒子同士の接触率>
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、鋳造材の切断面について、反射電子像の撮影を行い、上述した方法に従い、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、および硬質相粒子同士の接触率の測定を行った。
【0068】
<実施例1>
MoNiB型の複硼化物(組成は、B:8.1重量%、Mo:71.8重量%、Cr:14.6重量%、Ni:残部。)5重量%と、Ni基自溶性合金(組成は、C:0.06重量%以下、B:2.3重量%、Si:7.1重量%、Fe:1.5重量%以下、Ni:残部。)95重量%とを乾式混合して、混合粉末を得た。次いで、得られた混合粉末を、真空炉を用いて1160℃、30分間の条件で、真空中で焼き固めてインゴットを得た。その後、インゴットを、大気炉を用いて、大気中で1200℃まで昇温して溶解させることで溶解混合物を得て、得られた1200℃の溶解混合物を室温の金型に流し込み、その後室温まで空冷することで大気鋳造を行い、硬質相としてMoNiB型の複硼化物を含有する鋳造材を得た。このとき、溶解混合物の温度を、大気炉から取り出してから2分後に測定したところ、温度は400℃であった。すなわち、溶解混合物は、大気炉から取り出された後の2分間で、1200℃から400℃まで冷却されたこととなり、この際の溶解混合物の冷却速度は400℃/min.であり、この結果より、溶解混合物は、1200℃から400℃までの範囲において、400℃/min.程度の冷却速度にて継続して冷却されたといえる。
【0069】
続いて、得られた鋳造材に対して、750℃、1時間の条件にて、熱処理を施した。
【0070】
次いで、熱処理後の鋳造材について、上記方法にしたがい、強度比I/I、硬度、および抗折力の各測定を行った。結果を表1に示す。
なお、表1においては、強度比I/Iが1/75以下である場合には、結合相には、実質的にNi31Si12が存在しないと判断し、結合相の組成が「Ni固溶体、NiSi、NiB」であると判断した。一方、強度比I/Iが1/75超である場合には、結合相には、実質的にNi31Si12が存在すると判断し、結合相の組成が「Ni固溶体、NiSi、Ni31Si12」または「Ni固溶体、NiSi、NiB、Ni31Si12」であると判断した。
【0071】
<実施例2〜5>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。結果を表1に示す。
【0072】
<比較例1〜3>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。なお、比較例1では熱処理を行わなかった。結果を表1に示す。
さらに、鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を1000℃、1時間の条件に変更した以外は、実施例1と同様に、鋳造材を作製したが、熱処理により鋳造材が溶融し、鋳造材の形状が崩れてしまった。
【0073】
【表1】
【0074】
<実施例6>
混合粉末として、MoNiB型の複硼化物(組成は、B:8.1重量%、Mo:71.8重量%、Cr:14.6重量%、Ni:残部。)10重量%と、Ni基自溶性合金(組成は、C:0.06重量%以下、B:2.3重量%、Si:7.1重量%、Fe:1.5重量%以下、Ni:残部。)90重量%とを乾式混合したものを用いた以外は、実施例1と同様に、鋳造材を作製し、得られた鋳造材に対して、700℃、1時間の条件にて、熱処理を施した後、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0075】
<実施例7〜10>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表2に示すように変更した以外は、実施例6と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0076】
<比較例4〜6>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表2に示すように変更した以外は、実施例6と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。なお、比較例4では熱処理を行わなかった。結果を表2に示す。
さらに、鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を1000℃、1時間の条件に変更した以外は、実施例6と同様に、鋳造材を作製したが、熱処理により鋳造材が溶融し、鋳造材の形状が崩れてしまった。
【0077】
【表2】
【0078】
<実施例11>
混合粉末として、MoNiB型の複硼化物(組成は、B:8.1重量%、Mo:71.8重量%、Cr:14.6重量%、Ni:残部。)15重量%と、Ni基自溶性合金(組成は、C:0.06重量%以下、B:2.3重量%、Si:7.1重量%、Fe:1.5重量%以下、Ni:残部。)85重量%とを乾式混合したものを用いた以外は、実施例6と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。結果を表3に示す。また、X線回折測定により得られた回折パターンを図4に示す。
【0079】
さらに、実施例11の鋳造材については、切断した断面を、フィールドエミッションオージェマイクロプローブ(Auger)によりArエッチング後、二次電子像を撮影した。二次電子像を、図5(A)に示す。図5(A)の二次電子像には、鋳造材をオージェ電子分光法(AES)により測定した結果から予測した結晶の態様を記載した。その結果、実施例11では、硬質相を構成するMoNiBと、結合相を構成するNiSi、NiBおよびNi31Si12とが存在することが確認された。
【0080】
<実施例12〜16>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表3に示すように変更した以外は、実施例11と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。結果を表3に示す。また、実施例13,15については、X線回折測定により得られた回折パターンを図4に示す。
【0081】
さらに、実施例13の鋳造材については、切断した断面を、フィールドエミッションオージェマイクロプローブ(Auger)によりArエッチング後、二次電子像を撮影した。二次電子像を、図5(B)に示す。図5(B)の二次電子像には、鋳造材をオージェ電子分光法(AES)により測定した結果から予測した結晶の態様を記載した。その結果、実施例13では、硬質相を構成するMoNiBと、結合相を構成するNiSi、NiBおよびNi31Si12とが存在することが確認された。
【0082】
<比較例7〜10>
鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を表3に示すように変更した以外は、実施例11と同様に、鋳造材を作製し、同様に評価した。なお、比較例7では熱処理を行わなかった。結果を表3に示す。また、比較例7,10については、X線回折測定により得られた回折パターンを図4に示す。
さらに、鋳造材に対する熱処理の条件(熱処理の温度)を1000℃、1時間の条件に変更した以外は、実施例11と同様に、鋳造材を作製したが、熱処理により鋳造材が溶融し、鋳造材の形状が崩れてしまった。
【0083】
さらに、比較例7の鋳造材については、切断した断面を、フィールドエミッションオージェマイクロプローブ(Auger)によりArエッチング後、二次電子像を撮影した。二次電子像を、図5(C)に示す。図5(C)の二次電子像には、鋳造材をオージェ電子分光法(AES)により測定した結果から予測した結晶の態様を記載した。その結果、比較例7では、硬質相を構成するMoNiBと、結合相を構成するNiBおよびNi31Si12とが存在することが確認された。
【0084】
<比較例11>
実施例11と同様にして得た混合粉末を、るつぼに入れて、真空炉を用いて1200℃、30分間の条件で、真空中で溶解し、Ar雰囲気の炉内で冷却(炉冷)することで鋳造材を得た。このとき、冷却開始(Arガス投入)から炉内温度が400℃に冷えるまでに68分の時間がかかった。すなわち、溶解混合物は、冷却開始から68分間で1200℃から400℃まで冷却されたこととなり、この際の冷却速度は13℃/min.であった。続いて、得られた鋳造材について、同様に評価した。結果を表3に示す。
【0085】
<比較例12>
比較例11と同様に鋳造材を作製し、得られた鋳造材に対して、800℃、1時間の条件にて、熱処理を施し、その後同様に評価した。結果を表3に示す。
【0086】
【表3】
【0087】
表1〜3に示すように、強度比I/Iが1/10以下である鋳造材は、抗折力が高いという結果であった(実施例1〜16)。すなわち、実施例1〜16の鋳造材は、硼化物を主体とする硬質相粒子と、Niを主成分として含有する合金を含む結合相とからなる鋳造材が備えている特性である、優れた耐食性および耐摩耗性に加え、抗折力および硬度が高いという特性を有するものであった。
なお、図4に示すように、鋳造材に対して熱処理を行った場合には、熱処理の温度を上げるほど、鋳造材中に存在する準安定相(Ni31Si12)が、安定相(NiSi)に相変態し、これにより、安定相であるNiSiの含有割合が増加していることが確認できた。特に、熱処理の温度を700℃以上とすることにより、安定相であるNiSiの含有割合が顕著に増加していることが確認できた。
【0088】
一方、表1〜3に示すように、強度比I/Iが1/10超である鋳造材は、抗折力が低いという結果であった(比較例1〜12)。
【0089】
次いで、実施例2,7,13および比較例1,4,7の鋳造材について、上記の方法にしたがい、硬質相粒子の平均粒径、硬質相粒子のアスペクト比の平均値、硬質相粒子同士の接触率の測定を行った。結果を表4に示す。なお、各測定のために撮影した走査型電子顕微鏡(SEM)による反射電子像を、図6に示す。
【0090】
さらに、実施例13および比較例7の鋳造材については、以下の方法により、耐食性の評価を行った。具体的には、鋳造材を切断して10.0×7.5×3.5mmの寸法の試験片を作製し、試験片の重量を測定した後、図7に示すように、試験片を試験液(10重量%硫酸水溶液、10重量%塩酸水溶液または10重量%リン酸水溶液)とともに遠沈管に入れて、遠沈管ごと温度40℃に維持した水中に浸して、10時間保持した後、試験片を取り出して再度重量を測定し、重量減少率(単位は重量%)を求めた。重量減少率が少ないほど、耐食性に優れると判断できる。なお、耐食性の評価は、実施例13および比較例7の鋳造材に加えて、合金工具鋼鋼材SKD11(HRC60)(参考例1)、およびステンレス鋼材SUS304(参考例2)についても行った。結果を表5に示す。
【0091】
加えて、実施例13および比較例7の鋳造材については、以下の方法により、耐摩耗性の評価を行った。具体的には、鋳造材を切断および切削加工することで、25×50×5mmのプレート状の試験片と、直径31mm、厚さ3mmのリング状の試験片とを、それぞれ得た。そして、得られたプレート状の試験片およびリング状の試験片を用いて、大越式摩耗試験機によって試験を行い、試験片の体積減少率(単位はmm)を測定することで、すべり摩耗試験を行った。なお、すべり摩耗試験は、最終荷重:19.5kgf、すべり距離200m、すべり速度:0.445m/sおよび0.9m/sの条件で行なった。摩耗量(体積減少率)が少ないほど、耐摩耗性に優れると判断できる。なお、耐摩耗性の評価は、実施例13および比較例7の鋳造材に加えて、合金工具鋼鋼材SKD11(HRC60)(参考例1)についても行った。結果を表5に示す。
【0092】
【表4】

【0093】
【表5】
【0094】
表4,5に示すように、硬質相粒子の平均粒径が3μm以下、硬質相粒子のアスペクト比の平均値が2.0以下、硬質相粒子同士の接触率が35%以下、強度比I/Iが1/10以下である実施例13の鋳造材は、比較例7の鋳造材や参考例1,2の鋼材と比較して、耐食性および耐摩耗性が、同等以上であるという結果であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7