特許第6769068号(P6769068)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6769068
(24)【登録日】2020年9月28日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】ベーンポンプ
(51)【国際特許分類】
   F04C 2/344 20060101AFI20201005BHJP
【FI】
   F04C2/344 341C
   F04C2/344 331J
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-63779(P2016-63779)
(22)【出願日】2016年3月28日
(65)【公開番号】特開2017-180121(P2017-180121A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2019年2月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】特許業務法人平田国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100071526
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 忠雄
(74)【代理人】
【識別番号】100128211
【弁理士】
【氏名又は名称】野見山 孝
(74)【代理人】
【識別番号】100145171
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩行
(72)【発明者】
【氏名】吉田 尚仁
【審査官】 冨永 達朗
(56)【参考文献】
【文献】 実開平05−001878(JP,U)
【文献】 特開2001−027186(JP,A)
【文献】 実開平05−030487(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04C 2/344
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1及び第2の吸入ポートならびに第1及び第2の吐出ポートが開口するロータ室を形成し、楕円形状の内周カム面を有するカムリングと、
前記内周カム面に外周面が対向するように前記ロータ室内に回転可能に配置され、前記外周面に開口する複数のスリットが放射状に形成されたロータと、
前記カムリング及び前記ロータを収容するハウジングと、
前記ロータに相対回転不能に連結されたポンプ軸と、
前記スリットのそれぞれに少なくとも一部が収容されて前記ロータと共に回転し、前記内周カム面と前記ロータの外周面との間に複数のポンプ室を形成する複数のベーンとを備え、
前記ロータの回転によって、前記第1の吸入ポートから前記ポンプ室に吸入された流体を前記第1の吐出ポートに吐出する第1の圧力遷移行程と、前記第2の吸入ポートから前記ポンプ室に吸入された流体を前記第2の吐出ポートに吐出する第2の圧力遷移行程とを同時に行い、前記第1の吐出ポートに吐出された作動油が第1の吐出通路を介して前記ハウジングの外部に排出され、前記第2の吐出ポートに吐出された作動油が第2の吐出通路を介して前記ハウジングの外部に排出されるベーンポンプであって、
前記第1の吐出ポートは、前記ポンプ軸の回転軸よりも鉛直方向の下方に位置し、前記第2の吐出ポートは、前記ポンプ軸の回転軸よりも鉛直方向の上方に位置しており、
前記ロータ室には、前記複数のスリットのうち一部のスリットに連通して前記第1の吐出ポートから前記ベーンに背圧を供給する第1の背圧溝、及び前記複数のスリットのうち他の一部のスリットに連通して前記第2の吐出ポートから前記ベーンに背圧を供給する第2の背圧溝が開口し、前記第1の圧溝が前記第2の圧溝よりも鉛直方向の下方に位置しており、
前記第1の背圧溝から背圧が供給される前記複数のベーンには、前記第1の圧力遷移行程において前記第1の吸入ポートから前記流体を吸入する前記ポンプ室を形成するベーン、及び前記第2の圧力遷移行程において前記第2の吸入ポートから前記流体を吸入する前記ポンプ室を形成するベーンが含まれる、
ベーンポンプ。
【請求項2】
前記第2の圧力遷移行程において前記第2の吸入ポートから前記流体を吸入する吸入行程を行う前記ポンプ室を形成する前記ベーンは、吸入初期段階では前記第1の背圧溝からの背圧を受け、吸入後期段階では前記第2の背圧溝からの背圧を受ける、
請求項1に記載のベーンポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のベーンを収容する複数のスリットが放射状に設けられたロータの回転により、吸入ポートから吸入された流体が吐出ポートに吐出されるベーンポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数のベーンを保持するロータが内周カム面を有するカムリング内で回転することにより、吸入ポートから吸入された作動油が吐出ポートに吐出されるベーンポンプが、各種の油圧機器の作動等のために用いられている。複数のベーンは、ロータに放射状に設けられたスリットに収容されてロータの径方向に移動可能であり、ロータの外周面と内周カム面との間に複数のポンプ室を形成する。このようなベーンポンプには、カムリングの内周カム面が楕円状に形成され、カムリング内のロータ室に第1及び第2の吸入ポートならびに第1及び第2の吐出ポートが開口したものがある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
このような2吐出タイプのベーンポンプでは、ロータが複数のベーンと共に回転することにより、第1の吸入ポートから吸入された作動油が第1の吐出ポートに吐出されると共に、第2の吸入ポートから吸入された作動油が第2の吐出ポートに吐出される。そして、第1及び第2の吐出ポートに吐出された作動油の流路における絞り量を互いに異ならせることにより、作動油の供給先に低圧及び高圧の作動油を供給することが可能である。
【0004】
また、特許文献1に記載のベーンポンプは、スリットからベーンを押し出してベーンの先端を内周カム面に押し付けるために、スリットの奥側(ロータの中心部側)に連通する第1及び第2の背圧溝を有している。第1の背圧溝は、第1の吸入ポート及び第1の吐出ポートに連通するポンプ室を形成するベーンを収容するスリットに連通し、第2の背圧溝は、第2の吸入ポート及び第2の吐出ポートに連通するポンプ室を形成するベーンを収容するスリットに連通する。第1の背圧溝には、第1の吐出ポートの圧力が導入され、第2の背圧溝には、第2の吐出ポートの圧力が導入される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−27186号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されたもののように2つの吐出ポートを有するベーンポンプを例えば自動車の自動変速機の作動のために用いる場合には、トルクコンバータを介して伝達されるエンジンの回転力によってロータが回転駆動されるため、ロータの回転軸が水平となる。この場合、ロータの回転軸よりも上方に位置するベーンは、自重によってスリットの奥側に移動してしまうおそれがある。
【0007】
このように一部のベーンがスリットの奥側に移動してしまうと、第1及び第2の吐出ポートのうち上方に位置する吐出ポートに圧力が発生せず、このため当該吐出ポートに連通する背圧溝にも圧力が導入されない。したがって、例えばロータの回転が高速になってベーンが遠心力によってスリットから飛び出すようになるまでは、上方に位置する吐出ポートの圧力が上がらないこととなり得る。このような現象は、特に油の粘性が高くなる例えば−30℃以下の極低温の始動時に顕著となる。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、ロータの回転軸が水平となるように配置された場合でも、ロータの回転開始時において、第1及び第2の吐出ポートにおける流体の圧力を速やかに上昇させることが可能なベーンポンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の目的を達成するため、第1及び第2の吸入ポートならびに第1及び第2の吐出ポートが開口するロータ室を形成し、楕円形状の内周カム面を有するカムリングと、前記内周カム面に外周面が対向するように前記ロータ室内に回転可能に配置され、前記外周面に開口する複数のスリットが放射状に形成されたロータと、前記カムリング及び前記ロータを収容するハウジングと、前記ロータに相対回転不能に連結されたポンプ軸と、前記スリットのそれぞれに少なくとも一部が収容されて前記ロータと共に回転し、前記内周カム面と前記ロータの外周面との間に複数のポンプ室を形成する複数のベーンとを備え、前記ロータの回転によって、前記第1の吸入ポートから前記ポンプ室に吸入された流体を前記第1の吐出ポートに吐出する第1の圧力遷移行程と、前記第2の吸入ポートから前記ポンプ室に吸入された流体を前記第2の吐出ポートに吐出する第2の圧力遷移行程とを同時に行い、前記第1の吐出ポートに吐出された作動油が第1の吐出通路を介して前記ハウジングの外部に排出され、前記第2の吐出ポートに吐出された作動油が第2の吐出通路を介して前記ハウジングの外部に排出されるベーンポンプであって、前記第1の吐出ポートは、前記ポンプ軸の回転軸よりも鉛直方向の下方に位置し、前記第2の吐出ポートは、前記ポンプ軸の回転軸よりも鉛直方向の上方に位置しており、前記ロータ室には、前記複数のスリットのうち一部のスリットに連通して前記第1の吐出ポートから前記ベーンに背圧を供給する第1の背圧溝、及び前記複数のスリットのうち他の一部のスリットに連通して前記第2の吐出ポートから前記ベーンに背圧を供給する第2の背圧溝が開口し、前記第1の圧溝が前記第2の圧溝よりも鉛直方向の下方に位置しており、前記第1の背圧溝から背圧が供給される前記複数のベーンには、前記第1の圧力遷移行程において前記第1の吸入ポートから前記流体を吸入する前記ポンプ室を形成するベーン、及び前記第2の圧力遷移行程において前記第2の吸入ポートから前記流体を吸入する前記ポンプ室を形成するベーンが含まれる、ベーンポンプを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るベーンポンプによれば、ロータの回転軸が水平となるように配置された場合でも、ロータの回転開始時において、第1及び第2の吐出ポートにおける流体の圧力を速やかに上昇させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施の形態に係るベーンポンプの概略の構成を示す構成図である。
図2】ベーンポンプの断面図である。
図3】(a)はベーンポンプのサイドプレートを示す平面図であり、(b)はベーンポンプのロータを示す平面図である。
図4】(a)は、ベーンポンプを模式的に示す展開図である。(b)は、(a)の第1の背圧溝及び第2の背圧溝を抜き出して示す説明図である。(c)は、第1の背圧溝及び第2の背圧溝を示す断面図である。
図5】(a)〜(c)は、ベーンポンプの状態を示す状態図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図5を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係るベーンポンプの概略の構成を示す構成図である。図2は、ベーンポンプの断面図である。図3(a)は、ベーンポンプのサイドプレートを示す平面図である。図3(b)は、ベーンポンプのロータを示す平面図である。
【0014】
このベーンポンプ1は、自動車の駆動源(エンジン)の出力回転を車速等に応じて変速する自動変速機に用いられ、自動変速機の動作のためのアクチュエータに流体としての作動油を供給する。
【0015】
(ベーンポンプの構成)
ベーンポンプ1は、ポンプハウジング2と、ポンプハウジング2に収容されたカムリング3及びサイドプレート4と、カムリング3の内側に回転可能に配置されたロータ5と、ロータ5と共に回転する複数のベーン6と、ロータ5に相対回転不能に連結されたポンプ軸7とを備えている。ポンプ軸7は、エンジンのクランクシャフトに連結されたポンプインペラ、ポンプインペラと同軸配置されたタービンランナ、及びポンプインペラとタービンランナの間に配置されたステータからなるトルクコンバータの出力部材であるタービンランナに連結された駆動軸からチェーン又はギヤ機構を介して回転力を受け、図1に示す矢印A方向に回転する。以下、ポンプ軸7の回転軸に平行な方向を軸方向という。
【0016】
ポンプハウジング2は、図2に示すように、収容空間20が形成されたハウジング本体21と、ハウジング本体21における収容空間20の開口を閉塞するハウジング蓋体22とを有し、ハウジング本体21とハウジング蓋体22とが図略のボルトにより締結されている。ハウジング本体21及びハウジング蓋体22は、例えばアルミ系金属材料(アルミニウム合金)からなり、ダイキャスト成形されている。図1では、ハウジング蓋体22の図示を省略して収容空間20の内部を示している。図2では、図1のA−A線におけるベーンポンプ1の断面を示している。
【0017】
収容空間20には、カムリング3及びサイドプレート4が収容されている。サイドプレート4は、収容空間20の底面20a側に配置され、カムリング3は、サイドプレート4とハウジング蓋体22との間に配置されている。カムリング3及びサイドプレート4は、例えば鉄系金属材料からなり、焼結によって成形されている。
【0018】
ハウジング本体21には、図示しない吸入通路から作動油が導入される第1及び第2の導入部211,212(図1参照)が収容空間20に連通して形成されている。また、ハウジング本体21には、収容空間20の底面20aに開口する第1及び第2の吐出通路213,214(図2参照)が形成されている。ポンプハウジング2は、オイルの貯留部から第1及び第2の導入部211,212に供給された作動油を、圧力を高めて第1及び第2の吐出通路213,214から油圧供給対象に供給する。ポンプハウジング2は、図1及び図2に示す下側が鉛直方向の下方となるように配置され、ポンプ軸7の回転軸は水平となる。
【0019】
ポンプ軸7は、ハウジング蓋体22に形成された挿通孔220を挿通し、一端部がハウジング本体21に形成された止まり穴210に収容されている。ハウジング蓋体22の挿通孔220には、挿通孔220の内周面とポンプ軸7の外周面との間を封止するシール部材81が配置されている。また、ポンプ軸7は、ハウジング蓋体22の挿通孔220に収容された複数の円筒ころ82、及びハウジング本体21の止まり穴210に収容された複数の円筒ころ83により、回転自在に支持されている。
【0020】
カムリング3は、ロータ5の回転軸に沿った軸方向から見た場合に外周面が円形状であり、内周面が楕円形状である。この内周面は、ベーン6の先端部が摺接する内周カム面3aとなる。すなわち、カムリング3は、軸方向視において楕円形状の内周カム面3aを有している。内周カム面3aに囲まれたカムリング3の内部には、ロータ5が配置されるロータ室30が形成されている。
【0021】
また、カムリング3には、一対の貫通孔31,31が形成されている。この一対の貫通孔31,31には、ハウジング本体21における収容空間20の底面20aに立設された一対の柱状突起23,23がそれぞれ挿通されている。これにより、カムリング3は、ポンプハウジング2に対して相対回転不能とされている。
【0022】
サイドプレート4には、図3(a)に示すように、第1の吸入ポート41、第2の吸入ポート42、第1の吐出ポート43、第2の吐出ポート44、第1の背圧溝45、及び第2の背圧溝46が形成されている。これらの吸入ポート41,42、吐出ポート43,44、背圧溝45,46は、カムリング3の内周カム面3aと共にロータ室30の内面を形成するサイドプレート4の平面4aから軸方向に窪んだ凹部として形成され、ロータ室30に開口している。なお、ハウジング蓋体22には、第1の背圧溝45と対向する位置に円弧溝222が形成され、第2の背圧溝46と対向する位置に円弧溝221が形成されている。
【0023】
第1の吐出ポート43は、第1の吐出通路213に連通し、第2の吐出ポート44は、第2の吐出通路214に連通している。また、第1の吐出通路213は、サイドプレート4に設けられた第1の背圧導入路47を介して第1の背圧溝45に連通し、第2の吐出通路214は、サイドプレート4に設けられた第2の背圧導入路48を介して第2の背圧溝46に連通している。図2では、第1及び第2の背圧導入路47,48を破線で示している。
【0024】
第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46は、ロータ5の回転方向に沿って、互いに異なる角度範囲に同心状かつ円弧状に延在している。サイドプレート4の平面4aは、第1の背圧溝45の開口と第2の背圧溝46の開口との間の部分が、第1及び第2のシール面4b,4cとして形成されている。第1の背圧溝45と第2の背圧溝46とは、第1及び第2のシール面4b,4cによって直接的に連通しないようにされている。
【0025】
ベーンポンプ1が自動車に搭載された状態において、第1の吐出ポート43はポンプ軸7の回転軸よりも下方に位置し、第2の吐出ポート44はポンプ軸7の回転軸よりも上方に位置する。また、サイドプレート4には、第1の吐出ポート43からロータ5の回転方向と逆向きに開口面積を徐々に縮小して延在する第1のひげ溝431、及び第2の吐出ポート44からロータ5の回転方向と逆向きに開口面積を徐々に縮小して延在する第2のひげ溝441が形成されている。
【0026】
またさらに、サイドプレート4には、ポンプ軸7を挿通させる挿通孔490、及び柱状突起23,23を挿通させる一対の貫通孔491,491が形成されている。サイドプレート4は、ポンプハウジング2に対して相対回転不能である。
【0027】
カムリング3には、サイドプレート4の平面4aに対向する軸方向端面に、ポンプハウジング2の第1の導入部211と第1の吸入ポート41とを連通させる第1の連通路32、及び第2の導入部212と第2の吸入ポート42とを連通させる第2の連通路33が形成されている。図1では、第1の連通路32及び第2の連通路33の輪郭を破線で示している。
【0028】
ロータ5は、カムリング3の内周カム面3aに外周面5aが対向するように、ロータ室30内に回転可能に配置されている。ロータ5は、例えば鉄系の金属からなる粉末を焼成した焼結体からなる円板状である。ロータ5の中心部には、ポンプ軸7が嵌合する嵌合孔52が形成されている。本実施の形態では、ポンプ軸7のスプライン嵌合部71がロータ5の嵌合孔52にスプライン嵌合している。ロータ5は、ポンプ軸7に対して相対回転不能であり、ポンプ軸7と共に回転する。
【0029】
また、ロータ5には、図3(b)に示すように、外周面5aに開口する複数(本実施の形態では12個)のスリット50が放射状に形成されている。スリット50は、ロータ5を軸方向に貫通している。また、それぞれのスリット50には、平板状のベーン6がロータ5の径方向に移動可能に収容されている。ベーン6は、少なくとも一部がスリット50に収容されて先端部がロータ5の外周面5aから突出し、その側面6aがスリット50の内面における後述するガイド面50aに摺接してロータ5の径方向に案内される。
【0030】
スリット50の内径側の端部(ロータ5の中心部側の端部)には、第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46に連通する背圧室500が設けられている。背圧室500は、ロータ5の回転方向における所定の角度範囲では第1の背圧溝45に連通し、別の所定の角度範囲では第2の背圧溝46に連通する。すなわち、第1の背圧溝45は、複数のスリット50のうち一部のスリット50に連通して第1の吐出ポート43からベーン6に背圧を供給し、第2の背圧溝46は、複数のスリット50のうち他の一部のスリット50に連通して第2の吐出ポート44からベーン6に背圧を供給する。
【0031】
ロータ5の周方向におけるスリット50の幅は、背圧室500において、背圧室500よりも外径側の部分よりも広くなっている。背圧室500には、ベーン6をスリット50からロータ5の外方に押し出す方向の背圧が第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46から供給される。ベーン6は、この背圧を受けて先端部が内周カム面3aに当接する。
【0032】
第1の背圧溝45は、図3(a)に示すように、第1の吸入ポート41の内側に設けられ、第1の背圧導入路47が連通する深溝451と、第1の吐出ポート43の内側に設けられた浅溝452と、深溝451と浅溝452とを連通させる連通溝453と、浅溝452における連通溝453とは反対側の端部からロータ5の回転方向に延出された延出溝454とからなる。
【0033】
同様に、第2の背圧溝46は、第2の吸入ポート42の内側に設けられ、第2の背圧導入路48が連通する深溝461と、第2の吐出ポート44の内側に設けられた浅溝462と、深溝461と浅溝462とを連通させる連通溝463と、浅溝462における連通溝463とは反対側の端部からロータ5の回転方向に延出された延出溝464とからなる。
【0034】
複数のベーン6は、第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46から背圧室500に供給される背圧を受け、内周カム面3aとロータ5の外周面5aとの間に複数のポンプ室Pを形成する。換言すれば、内周カム面3aとロータ5の外周面5aとの間のロータ室30が複数のベーン6によって複数のポンプ室Pに区画される。ポンプ室Pは、内周カム面3a及びロータ5の外周面5aと、ロータ5の周方向に隣り合う一対のベーン6とによって画成される作動油の収容空間である。
【0035】
ポンプ室Pは、楕円状の内周カム面3aの短径部から長径部に向かう際にその容積が拡大し、長径部から短径部に向う際にその容積が縮小する。また、ポンプ室Pには、容積の拡大に伴って第1及び第2の吸入ポート41,42から作動油が流入し、流入した作動油がポンプ室Pの容積の縮小に伴って第1及び第2の吐出ポート43,44に吐出される。
【0036】
ベーンポンプ1は、ロータ5が複数のベーン6と共に矢印A方向に回転することにより、第1の吸入ポート41からポンプ室Pに吸入された作動油を第1の吐出ポート43に吐出する第1の圧力遷移行程と、第2の吸入ポート42からポンプ室Pに吸入された作動油を第2の吐出ポート44に吐出する第2の圧力遷移行程とを同時に行う。第1の圧力遷移行程は、第1の吸入ポート41からポンプ室Pに作動油を吸入する吸入行程、及びポンプ室Pに吸入された作動油を第1の吐出ポート43に吐出する吐出行程からなる。同様に、第2の圧力遷移行程は、第2の吸入ポート42からポンプ室Pに作動油を吸入する吸入行程、及びポンプ室Pに吸入された作動油を第2の吐出ポート44に吐出する吐出行程からなる。
【0037】
第1の背圧溝45は、第2の背圧溝46よりも下方に位置する。第1の背圧溝45は、主として第1の圧力遷移行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6に背圧を供給する。第2の背圧溝46は、第2の圧力遷移行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6に背圧を供給する。第1の圧力遷移行程の吐出行程では、ポンプ室Pの容積の縮小に伴って、ベーン6がスリット50の奥側(背圧室500側)に移動する。これにより、スリット50の内部の作動油が第1の背圧溝45の浅溝452に排出され、排出された作動油は連通溝453を経て深溝451に供給される。同様に、第2の圧力遷移行程の吐出行程では、ポンプ室Pの容積の縮小に伴って、ベーン6がスリット50の奥側(背圧室500側)に移動し、スリット50の内部の作動油が第2の背圧溝46の浅溝462に排出され、排出された作動油は連通溝463を経て深溝461に供給される。
【0038】
第1の吐出ポート43に吐出された作動油は、第1の吐出通路213を介してポンプハウジング2の外部に排出され、第2の吐出ポート44に吐出された作動油は、第2の吐出通路214を介してポンプハウジング2の外部に排出される。第1の吐出通路213及び第2の吐出通路214から排出された作動油は、それぞれ絞り弁を介してアクチュエータ等の油圧供給対象に供給される。絞り弁の絞り量は、油圧供給対象において必要な油圧に応じて設定される。第1の吐出ポート43における吐出圧、及び第2の吐出ポート44における吐出圧は、この絞り量に応じて定まる。
【0039】
前述のように、ポンプ軸7は、トルクコンバータを介して伝達されるエンジンの駆動力によって回転するので、エンジンが停止するとロータ5の回転も停止する。このとき、ポンプ軸7の回転軸よりも上方に位置するベーン6は、図1に示すように、自重によってスリット50の奥側に移動してしまう場合がある。この状態からロータ5が回転を開始すると、ロータ5の上側においてポンプ室Pが画成されないので、第2の圧力遷移行程が正常に行われず、第2の背圧溝46からの背圧の導入がなされない。そして、この状態が継続すると、第1の吐出ポート43と第2の吸入ポート42との間の内周カム面3aの短径部でスリット50の奥側に移動したベーン6が外方に突き出ないままロータ5と共に回転し、第2の吐出ポート44の圧力が上昇しない状態が続いてしまうこととなる。
【0040】
本実施の形態に係るベーンポンプ1では、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入する吸入行程を行うポンプ室Pを形成する複数のベーン6のうち、少なくとも1つのベーン6に第1の背圧溝45から背圧を供給することにより、第2の背圧溝46からの背圧の導入がなされない状況においても、第2の吸入ポート42に対応する位置にあるベーン6を背圧により突出させる。すなわち、本実施の形態では、第1の背圧溝45から背圧が供給される複数のベーン6に、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入するポンプ室Pを形成するベーン6が含まれる。
【0041】
より具体的には、図3(a)に示すように、第1の背圧溝45の延出溝454が、第2の吸入ポート42の内側まで延出されている。また、第2の背圧溝46の深溝461は、第1の背圧溝45の深溝451よりもロータ5の回転方向の長さが短く、サイドプレート4の平面4aにおける第1の背圧溝45の延出溝454の開口と第2の背圧溝46の深溝461の開口との間には、第2のシール面4cが設けられている。ロータ5の回転方向における第2のシール面4cの幅は、このシール面4cに交差する背圧室500の幅よりも広く、第1の背圧溝45の延出溝454と第2の背圧溝46の深溝461とが背圧室500を介して連通しないようにされている。
【0042】
サイドプレート4において、第2の吸入ポート42の内側(挿通孔490側)には、第1の背圧溝45の延出溝454の一部、第2の背圧溝46の深溝461、及び第2の背圧溝46の連通溝463が設けられている。このため、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入する吸入行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6は、吸入初期段階では第1の背圧溝45からの背圧を受け、吸入後期段階では第2の背圧溝46からの背圧を受ける。
【0043】
軸方向視において第2の吸入ポート42に交差するベーン6に背圧を付与する背圧室500は、ロータ5の回転に伴い、当初は第1の背圧溝45の延出溝454に連通し、その後第2のシール面4cに交差し、その後さらに第2の背圧溝46の深溝461に連通する。ベーン6は、背圧室500が第1の背圧溝45の延出溝454に連通している間は第1の背圧溝45からの背圧を受け、背圧室500が第2の背圧溝46の深溝461に連通している間は第2の背圧溝46からの背圧を受ける。
【0044】
図4(a)は、図1に示す静止状態におけるベーンポンプ1を模式的に示す展開図であり、ロータ5の周方向に並ぶ複数のベーン6を直線状に並べて図示している。図4(b)は、図4(a)に示す第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46を抜き出して示す説明図であり、図4(c)は、図4(b)に対応して第1の背圧溝45及び第2の背圧溝46をサイドプレート4の周方向に沿う断面で示す断面図である。
【0045】
図4(b)に示すように、第1の背圧溝45の連通溝453及び延出溝454の幅は、深溝451及び浅溝452の幅よりも狭い。同様に、第2の背圧溝46の連通溝463及び延出溝464の幅は、深溝461及び浅溝462の幅よりも狭い。また、図4(c)に示すように、サイドプレート4の平面4aに垂直な方向において、第1の背圧溝45の浅溝452の深さは深溝451の深さよりも浅く、連通溝453及び延出溝454の深さは浅溝452の深さよりも浅い。同様に、第2の背圧溝46の浅溝462の深さは深溝461の深さよりも浅く、連通溝463及び延出溝464の深さは浅溝462の深さよりも浅い。
【0046】
図4(a)に示すベーンポンプ1の静止状態では、第1の圧力遷移行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6は先端部が内周カム面3aに当接するまでロータ5のスリット50から突出しているが、第2の圧力遷移行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6は、自重によってスリット50の奥側に移動している。
【0047】
図5(a)は、ロータ5の回転開始時におけるベーンポンプ1の状態を示す状態図である。ロータ5が回転を開始すると、第1の圧力遷移行程によって第1の吐出ポート43における作動油の圧力が高くなる。第1の吐出ポート43の圧力は、第1の背圧導入路47を介して第1の背圧溝45に導入され、第1の背圧溝45に背圧室500が連通するスリット50に収容されたベーン6が背圧によって押し出される。
【0048】
本実施の形態では、第1の背圧溝45の延出溝454が第2の吸入ポート42の内側まで延出されているので、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入するポンプ室Pを形成する一部のベーン6にも、第1の背圧溝45からの背圧が付与される。このため、第2の吐出ポート44の圧力が高まっていなくても、第1の背圧溝45からの背圧を受けたベーン6が第2の吸入ポート42側に突出する。図5(a)では、第1の背圧溝45からの背圧により、第2の吸入ポート42に対応する位置にあるベーン6が所定量突出した状態を示している。
【0049】
このように第2の吸入ポート42に対応する位置にあるベーン6が突出することにより、ロータ5と共に回転するベーン6によって作動油が第2の吐出ポート44に送り込まれる。これにより、第2の吐出ポート44の作動油の圧力が高まり、その圧力が第2の背圧導入路48を介して第2の背圧溝46に導入され、第2の背圧溝46に背圧室500が連通するスリット50に収容されたベーン6が背圧によって押し出される。
【0050】
図5(b)は、第2の背圧溝46から背圧室500に供給される背圧により、ベーン6のスリット50からの突出量が増大した状態を示している。ベーン6の突出量が増大すると、第2の吐出ポート44の作動油の圧力がさらに高まり、ベーン6の突出量がさらに増大する。そして、図5(c)に示すように、ベーン6の先端部が内周カム面3aに当接すると、第2の圧力遷移行程が正常に行われるようになり、ベーンポンプ1が安定して稼働する状態となる。
【0051】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明した実施の形態によれば、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入するポンプ室Pを形成する一部のベーン6に第1の背圧溝45からの背圧が付与されるので、第2の吐出ポート44の圧力が高まっていなくても、第2の吸入ポート42側にベーン6が突出する。そして、このベーン6の突出がきっかけとなり、第2の吸入ポート42の圧力が高まり、その圧力が第2の背圧溝46に導入される。これにより、ロータ5の回転開始時において、第1及び第2の吐出ポート43,44における作動油の圧力を速やかに上昇させることが可能となる。
【0052】
また、第2の圧力遷移行程において第2の吸入ポート42から作動油を吸入する吸入行程を行うポンプ室Pを形成するベーン6は、吸入後期段階では第2の背圧溝46からの背圧を受けるので、第2の吐出ポート44の吐出圧に応じた背圧で、第2の吸入ポート42に交差するベーン6がスリット50から押し出される。これにより、第2の吐出ポート44の吐出圧が第1の吐出ポート43の吐出圧よりも高い場合でも、第2の吸入ポート42から作動油を吸入する吸入行程を確実に行うことができる。
【0053】
(付記)
以上、本発明を上記実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこれらの実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0054】
1…ベーンポンプ 2…ポンプハウジング
3…カムリング 3a…内周カム面
30…ロータ室 41…第1の吸入ポート
42…第2の吸入ポート 43…第1の吐出ポート
44…第2の吐出ポート 45…第1の背圧溝
46…第2の背圧溝 5…ロータ
5a…外周面 50…スリット
500…背圧室 6…ベーン
P…ポンプ室
図1
図2
図3
図4
図5