特許第6769723号(P6769723)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6769723
(24)【登録日】2020年9月28日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】押出部材
(51)【国際特許分類】
   B21C 23/00 20060101AFI20201005BHJP
   B60J 5/00 20060101ALI20201005BHJP
   B21C 23/14 20060101ALI20201005BHJP
   C22C 21/10 20060101ALN20201005BHJP
【FI】
   B21C23/00 A
   B60J5/00 Q
   B21C23/14
   !C22C21/10
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-70491(P2016-70491)
(22)【出願日】2016年3月31日
(65)【公開番号】特開2017-177190(P2017-177190A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2018年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100100974
【弁理士】
【氏名又は名称】香本 薫
(72)【発明者】
【氏名】細井 寛哲
(72)【発明者】
【氏名】志鎌 隆広
【審査官】 河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−184505(JP,A)
【文献】 特開2011−240393(JP,A)
【文献】 特開平05−320838(JP,A)
【文献】 特開2013−023753(JP,A)
【文献】 特開2002−180209(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 23/00−35/06
B60J 5/00−5/14
C22C 21/10
C22F 1/053
B24C 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2%耐力が350MPa以上で中空断面を有する7000系アルミニウム合金押出材を素材とし、表面の全体又は一部にピーニング処理により残留圧縮応力が付与された領域Aを有し、前記領域Aの最表層の残留圧縮応力が素材耐力の10〜30%であることを特徴とする押出部材。
【請求項2】
前記7000系アルミニウム合金押出材が、対向する一対の壁部と、それらを連結する他の一対の壁部からなる略矩形断面形状を有し、押出方向に沿った一部に前記他の一対の壁部が湾曲した変断面部が設けられていて、前記変断面部の前記他の一対の壁部の曲げ内側表面が前記領域Aに含まれることを特徴とする請求項1に記載された押出部材。
【請求項3】
自動車のドア補強材であることを特徴とする請求項1又は2に記載された押出部材。
【請求項4】
押出方向に沿った一部に穴が形成され、前記穴の内周面が前記領域Aに含まれることを特徴とする請求項1に記載された押出部材。
【請求項5】
両端部に切断面を有し、前記切断面が前記領域Aに含まれることを特徴とする請求項1に記載された押出部材。
【請求項6】
前記領域Aにピーニング処理により亜結晶粒界が導入された表面改質層が形成されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載された押出部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度の7000系アルミニウム合金押出材を素材とする自動車用等の押出部材に関し、特に耐応力腐食割れ性が改善された押出部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギー問題や環境問題(地球温暖化)の深刻化を背景として、自動車の燃費改善の動きが加速している。自動車の燃費改善には車体の軽量化も有効であり、従来の鋼製から、密度が約1/3となるアルミニウム合金製の板材、押出材、鍛造材、鋳造材への部品単位での置換が進んでいる。
【0003】
アルミニウム合金押出材は、追加の加工なく、任意の肉厚配分を有する閉断面の長尺材が得られるため、自動車フレーム部品や、エネルギー吸収部材などへの積極的な採用が拡大している。
強度が求められる自動車用部材(部品)において、鋼部材からアルミニウム合金製押出部材への置換による軽量化効果は、アルミニウム合金の機械的性質に大きく依存する。強度が求められる部材としては、ドア補強材、バンパー補強材、ルーフ補強材、又はサイドメンバーやピラーなどの車体フレーム部材がある。このような部材向けに、高強度アルミニウム合金の開発が進められている。
【0004】
近年、特にアルミニウム合金押出材からなるドア補強材の需要が高まっている。ドア補強材は、ドアインナパネルとドアアウタパネルの間の挟小部に他の機構部分と共に設置されるためにスペース制約が厳しく、所定の強度を満足するために高強度合金が望まれている。また、十分なスペースがないために、アルミニウム合金製押出材からなるドア補強材の断面形状は、正対する2本のフランジとそれを支える2本のウエブで構成される略矩形断面となることが多い。
また、他部材との締結と、スペース制約のために、アルミニウム合金製押出材によるドア補強材の両端部は潰し加工等による断面形状の扁平化や斜め方向の切断加工等が施されることも一般的である(特許文献1,2参照)。
【0005】
高強度アルミニウム合金として一般的なものは、析出硬化型合金である6000系(Al−Mg−Si−(Cu)系)及び7000系(Al−Zn−Mg−(Cu)系)である。一般的に、6000系合金は0.2%耐力で200〜350MPa程度、7000系合金は0.2%耐力で300〜500MPa程度が得られる。機械的性質は、調質及び添加元素の組成に主に依存し、ほかに鋳造品質(結晶粒サイズ)、加工プロセスにも依存する。
【0006】
しかし、高強度の6000系や7000系アルミニウム合金では、調質によって、応力腐食割れ(SCC)と呼ばれる、腐食環境下で引張応力が絶えず生じている場所においてクラックが発生することが知られている。クラックの形態は一般に極めて鋭敏であり、応力拡大係数が高いために進展が速く、予期できない破断を生じる危険性が高いために強く忌避される。SCCは一般に高強度材であるほど生じやすく、その意味で7000系合金は6000系合金に比べてSCCのリスクが高い。このSCCがネックとなって、自動車部品への高強度7000系合金の採用が見送られることもある。
【0007】
SCCは、部材が腐食環境にさらされ、かつ引張応力が常にあるしきい値以上に生じている部位で発生する。部材への外部からの荷重やモーメントに起因する引張方向は常に生じることはまれであり、SCCは、製造中の加工、熱処理工程において生じた引張方向のの残留応力が要因となって生じることが多い。
特許文献3〜7には、7000系アルミニウム合金押出材において、成形加工後の残留引張応力を低減し、SCCの発生を防止することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−301462号公報
【特許文献2】特開2003−118367公報
【特許文献3】特開2002−362157号公報
【特許文献4】特許第5419401号公報
【特許文献5】特開2010−207832号公報
【特許文献6】特許第5671422号公報
【特許文献7】特開2014−145119号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
アルミニウム合金製押出材の残留引張応力は、熱処理あるいは機械加工によって発生する。熱処理では、高温加熱後に急速な冷却が施されるときに、部材内に生じる温度勾配に起因して残留引張応力が生じる。
機械加工は、塑性加工と切削・切断加工に大別できる。塑性加工の代表例としては、曲げ加工、変断面加工がある。曲げ加工はプレス曲げ、押し付け曲げ、引張曲げ、ロール曲げなど、様々な方法があるが、総じて、曲げ内側R(凹側)と側面の一部において長手方向に高い残留引張応力が生じる。変断面加工は、内面からの圧力(液体、固体、電磁力)を加えて膨らます方法や、外面からの荷重によって小さくする(潰し加工)方法などがあるが、総じて、変断面加工に伴い曲げ変形する辺の凹側の面の断面周方向に高い残留応力が生じる。
切削・切断加工(打抜加工もこれに含まれる)では、加工面に高い残留引張応力が生じるケースがあることが知られている。
【0010】
特許文献3〜7には、7000系アルミニウム合金押出材を素材とするドア補強材等の部材に生じる残留引張応力を抑制する技術として、加工条件や断面形状の工夫(特許文献3〜5)、及び塑性加工後の復元処理(特許文献6,7)などが記載されている。しかし、これらの技術を適用した場合でも、SCCの原因である残留引張応力自体は部材表面に存在している。
従って、本発明は、7000系アルミニウム合金押出材を素材とする部材において、SCCを防止する上でより高い信頼性を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、0.2%耐力が350MPa以上で中空断面を有する7000系アルミニウム合金押出材を素材とする押出部材(自動車用等の部品)に係り、表面の全体又は一部にピーニング処理により残留圧縮応力が付与された領域Aを有し、前記領域Aの最表層の残留圧縮応力が素材耐力の10〜30%であることを特徴とする。最表層の残留圧縮応力とは、本発明において、深さ0μmの位置(最表面)の残留圧縮応力を意味する。なお、上記ピーニング処理が施される表面には、押出材の外表面及び内表面、切断端面のほか、押出後に切削・切断加工が行われた場合は、穴の内周面や切断面も含まれる。また、領域Aの「A」は、素材耐力の10〜30%の残留圧縮応力が付与された領域を、他の領域と区別するためにのみ付与している。
【0012】
上記7000系アルミニウム合金押出材は、例えば、対向する一対の壁部と、それらを連結する他の一対の壁部からなる略矩形断面形状を有する。この断面形状を有する押出部材は例えばドア補強材であり、押出方向に沿った一部(主として端部)に前記他の一対の壁部が湾曲した変断面部が設けられることがあり、この場合、前記変断面部の前記他の一対の壁部の曲げ内側表面が前記領域Aに含まれることが好ましい。
また、上記押出部材は、例えば、押出方向に沿った一部に穴又は切断面を有する場合があり、この場合、前記穴の内面又は切断面とその近傍領域が前記領域Aに含まれることが好ましい。
ピーニング処理により残留圧縮応力を付与する場合、前記領域Aの表面には、多数の亜結晶粒界が導入された表面改質層が形成される。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る押出部材は、350MPa以上の耐力を有する高強度の7000系アルミニウム合金押出材を素材とし、表面の全体又は一部に、残留圧縮応力が付与された領域Aを有する。このため、従来例のように残留引張応力が残存している場合に比べ、SCCを防止する上で信頼性が高い。領域Aは、熱処理あるいは機械加工により大きい残留引張応力が生じる箇所及びその近傍に設定すればよい。領域Aの残留圧縮応力は、ピーニング処理等の表面処理で付与することができる。
本発明に係る押出部材において、領域Aの残留圧縮応力は、素材耐力の10〜30%の大きさに設定される。これにより、領域AのSCC臨界応力は、残留圧縮応力を付与しない通常の場合に比べ、0.2%耐力比で0.2程度増加する(例えば500MPaの素材では、SCC臨界応力は100MPa程度増加と見込める)。また、残留圧縮応力の最大値が0.2%耐力比で余り高くないことにより、外力による残留圧縮応力の消失リスク(後述)が回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係る押出部材の正面図(1A)及びI−I断面図(1B)である。
図2】本発明に係る別の押出部材の正面図(2A)及びII−II断面図(2B)である。
図3】本発明に係る別の押出部材の正面図(3A)及びIII−III断面図(3B)である。
図4】本発明に係るさらに別の押出部材の正面図(4A)、平面図(4B)及びIV−IV断面図(4C)である。
図5】本発明に係る押出部材の正面図(5A)、平面図(5B)及びV−V断面図(5C)である。
図6】実施例で求めた最表層の残留圧縮応力とSCC臨界応力(いずれも0.2%耐力比)の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る押出部材について、より具体的に説明する。
[アルミニウム合金押出材]
本発明に係る押出部材は、0.2%耐力が350MPa以上の高強度を有する7000系(Al−Zn−Mg−(Cu)系)アルミニウム合金押出材を素材とする。0.2%耐力が350MPa以上であれば、自動車部材として使用できる。350MPa以上の0.2%耐力は、熱間押出材をオンラインで焼き入れ後、時効処理するか(T5調質)、オフラインで溶体化処理及び焼き入れ後、時効処理する(T6調質)ことにより達成される。ただし、SCCは一般に高強度材ほど生じやすい。
調質後の押出材の表面には、一般に0〜20MPa程度の残留引張応力又は残留圧縮応力が存在する。これに機械加工を加えると、先に述べたような箇所に大きい残留引張応力が発生し、耐SCC性が低下する。
【0016】
[表面処理による残留圧縮応力付与の方法]
押出部材の表面への残留圧縮応力の付与方法として、表面処理による方法が最も適しており、表面処理の代表的なものにピーニング処理がある。ピーニング処理のうち、投射材と呼ばれる通常は個体の微細粒子を高速で被加工材に投射するショットピーニング処理が最も一般的であり、鋼製ばねや鋼製歯車などにおいて広く実用化されている。特開2000−233625号公報、特開2000−343429号公報に、中空材の内面にショットピーニング処理を施す方法、装置が開示されている。
なお、ピーニング処理で部材表面に残留圧縮応力を付与し、疲労強度の改善を行うことは従来より行われているが、SCCを防止するために行われている例を、本発明者らは知らない。
【0017】
ピーニング処理には、ほかに、超音波による振動現象を利用する超音波ピーニング、水中でレーザを照射することで高圧プラズマを発生させ被加工材を圧縮変形させるレーザピーニング、水中でキャビテーションを発生させて被加工材を圧縮変形させるキャビテーションピーニングなどがある。特開2015−105402号公報には、アルミニウム合金部材にレーザピーニング処理を施し、硬化した表面改質層を形成して、高温環境下での疲労強度を改善することが開示されている。
ピーニング処理以外の残留圧縮応力の付与方法として、バレル研磨処理などもあり、比較的小型で大量生産が必要な部材において広く実用化されている。また、バニシング加工と呼ばれるものも存在する。
【0018】
[ピーニング処理による残留圧縮応力の分布]
ピーニング処理で被加工材表面に生じる残留圧縮応力は、通常、深さ方向に対して山なりの分布を示す。一般的に、ピークは最表層(深さ0μm)から深さ50〜150μmの位置にあり、深さ300μm程度の位置では残留圧縮応力はほぼゼロになる。最表層の残留圧縮応力は、ピーク値の30〜60%程度をとることが多い。一般に、投射材の運動エネルギが高い(投射材が重く、大きく、速度が高い)ほど、残留圧縮応力のピーク値が高くなる傾向がある。また、投射材の運動エネルギが高いほど、最表層の残留圧縮応力値が低くなり、最表層の残留圧縮応力値とピーク値の差が大きくなる傾向がある。
本発明では、7000系アルミニウム合金押出材を素材とする押出部材の最表層の残留圧縮応力値を、後述する実施例の結果に基づき、素材耐力の10〜30%とした。
【0019】
[残留圧縮応力の深さ]
自動車部材は、塩水等を含む腐食環境にさらされることも多い。腐食環境下では、一般に腐食速度の遅いアルミニウム合金押出材を素材とする部材においても、合金種や調質などにも大きく依存するものの、腐食による表層の欠落は進行していく。アルミニウム合金押出材製の自動車部材の信頼性の観点から、最表層のみに高い残留圧縮応力があるよりは、ある程度の深さ(100〜150μm程度)まで比較的高い残留圧縮応力がある方が好ましい。投射材の運動エネルギが高いほど、残留圧縮応力が導入される深さが大きくなる傾向がある。
【0020】
[ピーニング処理のメリット(結晶粒微細化)]
アルミニウム合金押出材の表層(深さ0〜100μm程度)の組織は、内部に比べ大ひずみが与えられるために粗大な再結晶組織となりやすく、内部の微細な(主に繊維状の)加工組織とは異なるケースが多い。粗大な結晶粒は、微細な結晶粒に比べてSCC臨界応力が低い。ピーニング処理で表層に大ひずみが導入されることで、このような粗大な再結晶組織の中に多くの亜結晶粒界が現れ、結晶粒微細化に似た効果が得られる。結晶粒微細化効果は、一般に投射材の運動エネルギーが高いほど大きい傾向がある。ピーニング処理において結晶粒微細化の効果が得られた表層部は表面改質層といわれる。
【0021】
[残留圧縮応力付与のデメリット]
一方、表面処理で残留圧縮応力を付与することで、SCC防止効果は見込めるものの、デメリットもある。デメリットの一つとして、処理に伴うコストアップがある。従って、処理は必要な領域に限定することが好ましい。
また、ピーニング処理全般に、表面粗さが増加することで応力集中係数が増加するというデメリットがある。従って、ピーニング処理による表面粗さの増大が、SCC臨界応力の低下に結びつくものと普通は推測される。しかし、後述する実施例に示すように、7000系アルミニウム合金押出材において、表面粗さ(算術平均粗さRa)とSCC臨界応力(素材の0.2%耐力比)の間に明確な関係は見出せなかった。これは、ピーニング処理による表面粗さの増大が、本発明に関してはデメリットにはならないことを意味する。
【0022】
ほかに、残留圧縮応力が大きい(例えば素材の0.2%耐力に接近する)と、部材に外力が作用したときに生じる圧縮応力によって塑性変形が起こり、付与されていた残留圧縮応力が消失するリスクもある。従って、残留圧縮応力をいたずらに高くすることは適切ではない。本発明では、7000系アルミニウム合金押出材を素材とする押出部材の最表層の残留圧縮応力値の最大値が、素材の0.2%耐力比で30%以下と比較的小さく、このリスクを回避しやすい。
【0023】
[押出部材における領域Aの形態]
(1)図1に示す押出部材はドア補強材の例であり、ドアのインナーパネルに固定される両端部の外表面及び内表面に、素材耐力の10〜30%に相当する残留圧縮応力が付与されている。この例では、領域Aは押出部材の両端部の外表面及び内表面(ドットで示す箇所)である。
(2)図2に示す押出部材はドア補強材の例であり、長手方向全体にわたり外表面及び内表面に、素材耐力の10〜30%に相当する残留圧縮応力が付与されている。この例では、領域Aは押出部材の外表面及び内表面全体(ドットで示す箇所)である。
【0024】
(3)図3に示す押出部材はドア補強材の例であり、ドアのインナーパネルに固定される両端部が、両フランジ図3Aにおいて上下に位置する一対の壁部)に対し垂直方向に変断面加工(潰し加工)を受け、両ウエブ(図3Aにおいて左右に位置する他の一対の壁部)が外側に湾曲している。このような変断面加工では、湾曲した両ウエブの凹側の面(内表面)の中央部、及び両ウエブの外表面のフランジとの境界部(いずれも矢印で示す箇所)に残留引張応力が発生する。この例では、潰し加工部を含む両端部のウエブ側内表面及び外表面の全体(ドットで示す箇所)に、素材耐力の10〜30%に相当する残留圧縮応力が付与され、そこが領域Aである。なお、特許文献7に記載されているとおり、このような変断面加工では、変断面加工を行った箇所と行っていない箇所(押出ままの箇所)の境界付近に、高い残留引張応力が発生する傾向がある。
【0025】
(4)図4に示す押出部材はドア補強材の例であり、ドアのインナーパネルに固定される両端部において、両フランジ図4Aにおいて上下に位置する一対の壁部)にプレス打抜き又はミーリングにより穴が形成されている。このような打抜き、切削加工では、穴の内周面に加工方向に沿って残留引張応力が発生する。この例では、ドットで示す穴の内周面及びその近傍領域(外表面)に、素材耐力の10〜30%に相当する残留圧縮応力が付与され、そこが領域Aである。
【0026】
(5)図5に示す押出部材はドア補強材の例であり、ドアのインナーパネルに固定される両端部が、斜めに切断されている。このような切断加工では、切断面に沿って残留引張応力が発生する。この例では、ドットで示す切断面に、素材耐力の10〜30%に相当する残留圧縮応力が付与され、そこが領域Aである。
【実施例】
【0027】
Al−6.5Zn−1.3Mg−0.15Cu−0.03Cr−0.05Mn−0.15Zr(数値はいずれも質量%)からなる7000系アルミニウム合金押出材に対して、ショットピーニングを施した後にSCC試験に供し、SCC臨界応力の変化を調査し、本発明の効果を検証した。なお、上記成分組成以外の7000系アルミニウム合金押出材であっても、本発明の効果が得られる。
供試材はT5調質された断面矩形の中空押出材である。中空押出材の板状部(肉厚1.8mmt)から押出平行方向に、JISZ2201:2005(金属材料引張試験片)に記載のJIS5号試験片を機械加工によって採取し、下記要領で0.2%耐力値を測定した。
(0.2%耐力の測定)
JISZ2241の規定に準拠して、引張試験を行い、0.2%耐力を求めた。押出平行方向の0.2%耐力値は430MPaであった。
【0028】
同様に、中空押出材の板状部(肉厚1.8mmt)から押出平行方向に、JISH8711:2000(アルミニウム合金の応力腐食割れ試験方法)に記載の板曲げ試験片(ISO7539)を機械加工によって採取した。採取した試験片は、後述するSCC試験の各付加応力について2個ずつとし、これらの試験片に、以下の要領で圧縮残留応力を付与し(表1のNo.1〜14)又は付与せず(表1のNo.15)、各種測定試験を行った。
(圧縮残留応力の付与)
エア式ショットピーニング装置(新東工業株式会社製)を用いて、試験片の片面に、空気圧、投射材、ノズル種類の異なる計14条件(No.1〜14)でショットピーニング処理を施し、圧縮残留応力を付与した。表1の使用ノズルの欄において、AはBより投射材の数及び投射速度が小さい。なお、圧縮残留応力を付与した試験片の数は、各条件ごとに12個ずつ(SCC試験の各付加応力について2個ずつ)である。
【0029】
ショットピーニング処理後の試験片(No.1〜14)について、それぞれ1つを用い、ショットピーニング処理を施した面の残留応力と表面粗さを測定した。同試験片もSCC試験に供した。SCC試験では、押出平行方向に応力を付加した。ショットピーニング処理を施していない試験片(No.15)についても、同様に残留応力と表面粗さを測定した。
(残留応力の測定)
X線応力測定装置MSF−3M(リガク株式会社製)を用いて最表面の押出平行方向の残留圧縮応力を測定した。測定条件及び解析条件を表2に示す。
(表面粗さ測定)
小型表面粗さ測定機サーフテストSJ−310(株式会社ミツトヨ製)を用い、押出平行方向の表面粗さ(JISB0601:2001の算術平均粗さRaに相当)を測定した。測定区間は2.5mmで5回繰り返し測定を行った。
【0030】
(SCC試験)
SCC試験は板曲げ試験(JISH8711:2001)の3点付加方式を採用し、No.1〜14の試験片は圧縮残留応力を付与した面が凸面になるようにした。No.1〜14の付加応力は220MPa、240MPa、260MPa、270MPa、280MPa及び300MPaの6段階とし、No.15の付加応力はより低い値に設定した。付加応力は、引張応力最大となる中央部凸面の長手方向に貼付したひずみゲージで管理した。腐食液としてクロム酸溶液(蒸留水1リットル当たりNaCl:3g、KCr:30g、CrO:36g)を作製し、SCCを促進させるため温度を95℃以上に保持した。試験時間は16時間とした。
試験後の試験片は、SCCの可能性のある位置を切断し、樹脂埋め込み、研磨の後に光学顕微鏡を用いて観察し、SCCの有無を判定した。付加応力が同じ2個の試験片の両方にSCCの発生が観察されなかった場合、当該付加応力においてSCC無しと判定し、付加応力が同じ2個の試験片の少なくとも一方にSCCの発生が観察された場合、当該付加応力においてSCC有りと判定した。SCC無しと判定された最大応力を、その試験片のSCC臨界応力とした。
【0031】
【表1】
【0032】
【表2】
【0033】
各試験結果を表1に、最表層の押出平行方向の残留圧縮応力と押出平行方向SCC臨界応力の関係を図6に示す。表1及び図6において、残留圧縮応力値及びSCC臨界応力値は、すべて素材の0.2%耐力比として無次元化した。
図6より、押出平行方向SCC臨界応力は、若干のばらつきも見られるが、同じ方向の残留圧縮応力に対して、なだらかな山なりの関係を示し、残留圧縮応力の0.2%耐力比0.1〜0.3で概ね一定、0.2で略ピークを示した。残留圧縮応力の0.2%耐力比が0.2のときに、SCC臨界応力は、残留圧縮応力が付加されていないNo.15と比較して、約0.2増加している。
【0034】
図6に示すように、最表層の残留圧縮応力が0.2%耐力比で0.3を超えて高くなっても、押出平行方向SCC臨界応力が向上しなかった。なお、こういう結果になった理由は、次のように推測される。(1)腐食環境下でSCCが進行すると、アルミニウム合金の表層から金属の溶出が進行し、表層は徐々に欠落していく。(2)最表層の残留圧縮応力が高いほど、前記したように投射材の運動エネルギーが小さく、残留圧縮応力のピーク値が低く、残留圧縮応力が導入される深さも浅い傾向がある。(3)このため、最表層の残留応力が高い場合(0.2%耐力比で0.3超のとき)、残留圧縮応力が導入された表層部が腐食環境下で早期に欠落しやすく、その結果、SCC臨界応力が向上しなかった。(4)加えて、最表層の残留圧縮応力が高いほど運動エネルギーが低いため、表層部の結晶粒微細化効果も相対的に小さくなった。
以上の結果から、7000系アルミニウム合金押出材の最表層の残留圧縮応力は、0.2%耐力比0.1〜0.3の範囲に留めることが最適であると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6