【文献】
Journal of the American Chemical Society,1990年,Vol.112, No.21,p.7707-7718
【文献】
Journal of Fluorine Chemistry,1994年,Vol.68, No.3,p.269-275
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記式(4)で表される化学構造を有する化合物と、前記式(5)で表される化学構造を有する化合物との反応によって含フッ素環状有機化合物を製造することを特徴とする請求項5に記載の含フッ素環状有機化合物の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、クラウンエーテルを相間移動触媒として使用するときは、溶媒として有機溶媒と水が使用されるのが一般的である。この有機溶媒に代えて、仮にパーフルオロ溶媒等のフッ素系(フルオラス)溶媒を使用することができれば、フッ素系溶媒そのものが熱的及び化学的安定性を有するため、従来よりも厳しい環境下又は従来と異なる環境下、例えば、高温又は脱水等で反応を起こさせることができる。さらに、反応中の副反応の発生や反応阻害を低減することも可能であるため、高純度の化合物を高収率で合成することができる。また、フッ素系溶媒を使用することによってフッ素系化合物等の合成が可能になるため、相間移動反応を利用する材料合成や材料開発の分野において幅広い適用が期待できる。そのため、フッ素系溶媒中で相間移動反応を行うときに使用することができる相間移動触媒の探索及びその開発が強く求められている。例えば、フッ素元素を含むクラウンエーテル化合物は、この要求に合致する相間移動触媒の具体的な化合物として挙げられる。そのようなフッ素元素を含むクラウンエーテル化合物は、有機溶媒だけでなくフッ素系溶剤において金属イオンの補足剤や検出試薬としても使用することができる。
【0007】
また、クラウンエーテルは、上記のように、液浸プロセス用液体、イオン導電性の固体高分子電解質や電解液、又は造影剤等への適用も検討されているが、今後、用途を拡大するためには機能の拡大及び性能の向上が益々必要になる。フッ素を含む化合物は、低屈折率で透明性が高く、標識元素として利用が可能である。加えて、非水溶媒で使用することができるため、フッ素原子を含むクラウンエーテルにより機能及び性能を高め、適用の範囲を広げることができる。
【0008】
しかしながら、フッ素元素を含むクラウンエーテル化合物は、取り扱いが難しく合成が面倒であり、安全上も危険性が伴うため、具体的に提案又は開発されたものは非常に少ない。例えば、クラウンエーテルを気体のフッ素ガスで直接フッ素化する方法は一段階で行える反応であるが、フッ素ガスの取り扱いが面倒であり、安全上から十分の注意を要する。また、フッ素ガスを使用しない合成方法でクラウンエーテルの水素原子の全て又はその一部をフッ素に置換することも可能であるが、その場合は少なくとも二段階以上の複雑な反応プロセスが必要であるため、合成が煩雑である。さらに、合成物の精製分離等の手間も多くかかるため、コスト的にも高くなっている。
【0009】
一方、本発明者等は、先に、含窒素複素環化合物の化学構造の一部に、水素の少なくとも一個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入した含窒素複素環化合物の合成法を開示している(特許文献5を参照)。しかしながら、前記特許文献5にはクラウンエーテル化合物について何ら記載や示唆がされておらず、含フッ素クラウンエーテル化合物の合成法については全く認識がされていなかった。このように、フッ素元素を有するクラウンエーテルを、フッ素ガスを使用しないで、かつ、基本的には一段階、場合によっては二段階の反応プロセスで簡便に合成できる合成法、及び、その合成法によって得られる新規な含フッ素クラウンエーテル化合物は従来から得られていないのが実情である。
【0010】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであって、フッ素化(フルオラス)溶媒に対する溶解性が高く、金属イオンの補足性に優れ、且つ、捕捉する金属イオンの種類及びサイズに応じて多様な分子構造の設計を容易に行うことによって、適用範囲を大幅に拡大できる新規な含フッ素環状有機化合物とその製造方法並びに前記含フッ素環状有機化合物からなる相間移動触媒、金属イオン捕捉剤、電解質形成材料、造影剤及び液浸露光プロセス用液体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、クラウンエーテルの環状構造に、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入した含フッ素環状有機化合物により上記の課題を解決できることを見出して本発明に到った。
【0012】
すなわち、本発明の構成は以下の通りである。
[
1]本発明は、下記式
(3)で表される含フッ素環状有機化合物を提供する。
【化10】
[式中、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42は、それぞれ独立にフッ素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。a、b、c、dは0又は1の整数であり、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数である
。q、rは1〜4の何れかの整数である。Xは、酸素原子、イミノ基(NH)又は硫黄原子を示す。]
[2]本発明は、前記Xが酸素原子であることを特徴とする前記[1]に記載の含フッ素環状有機化合物を提供する。
[3]本発明は、
前記R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42が、何れもフッ素原子であることを特徴とする前記[1]又は[2]に記載の含フッ素環状有機化合物を提供する。
[4]本発明は、a+b+c+d=3の整数であることを特徴とする前記[1]〜[3]の何れか一項に記載の含フッ素環状有機化合物を提供する。
[5]本発明は、下記式(4)で表される化合物と、下記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物の少なくとも何れかの化合物との反応によって前記[1]に記載の含フッ素環状有機化合物を製造することを特徴とする含フッ素環状有機化合物の製造方法を提供する。
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
[式中、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42、R
51、R
61は、それぞれ独立に水素原子、フッ素原子、臭素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。a、b、c、dは0又は1の整数であり、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数である。s、t、uは1〜
4の何れかの整数である。]
[6]本発明は、前記式(4)で表される化学構造を有する化合物と、前記式(5)で表される化学構造を有する化合物との反応によって含フッ素環状有機化合物を製造することを特徴とする前記[5]に記載の含フッ素環状有機化合物の製造方法を提供する。
[7]本発明は、
前記R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42、R
51、R
61が、何れもフッ素原子であることを特徴とする前記[5]又は[6]に記載の含フッ素環状有機化合物の製造方法を提供する。
[8]本発明は、a+b+c+d=3の整数であることを特徴とする前記[5]〜[7]の何れか一項に記載の含フッ素環状有機化合物の製造方法を提供する。
[9]本発明は、前記[1]〜[4]の何れか一項に記載の含フッ素環状有機化合物からなる相間移動触媒を提供する。
[10]本発明は、前記[1]〜[4]の何れか一項に記載の含フッ素環状有機化合物からなる金属イオン捕捉剤を提供する。
[発明の効果]
【発明の効果】
【0013】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、クラウンエーテルの環状構造中に、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入することにより、通常の有機溶媒だけでなく、フッ素系(フルオラス)溶媒に対しても溶解性が高くなり、有機溶媒−水及びフッ素系溶媒−水の反応系において優れた金属イオンの捕捉性を有する。さらに、前記飽和環状構造を導入するクラウンエーテル部分の分子設計によって環構造の大きさを調整することができるため、捕捉する金属イオンの種類及びサイズの選択の幅を広くでき、様々な用途へ展開することができる。
【0014】
本発明の含フッ素環状有機化合物の製造方法によれば、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換され、かつ、一つの不飽和結合を有する炭化水素系の環状化合物と、両末端に水酸基、アミノ基、チオール基を有し、フッ素原子を含まない鎖状の炭化水素系化合物とを、温和な条件(室温以下)で反応させることにより、基本的に一段階反応、場合によっては二段階の反応プロセスによって合成経路を短縮化して含フッ素環状有機化合物を製造することができる。加えて、製造された含フッ素環状有機化合物は精製が容易であり、高純度のものを得ることができる。また、本発明の含フッ素環状有機化合物の製造方法において使用する原料は、フッ素系の化合物原料を含めて、毒性が低く、市販品として入手が容易である。そのため、製造において安全性が高く、環境にも大きな負荷をかけることなく、コスト的にも優位である。
【0015】
本発明の含フッ素環状有機化合物からなる相間移動触媒は、フッ素系溶媒―水系でも反応を行うことができるため、新規な有機合成方法の一つとして利用することが可能である。それにより、従来よりも機能性に優れ、高性能を有する新規なフッ素系化合物の合成が可能になる。また、本発明の含フッ素環状有機化合物を、金属イオンの捕捉剤や検出試薬、電解質形成材料、造影剤又は高集積半導体装置の製造における液浸露光プロセス用液体として適用することにより、それらの用途において従来のクラウンエーテルでは実現できなかった新機能の付与や特性又は性能の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、クラウンエーテル部分に相当する環状構造中に、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入した化学構造を有することに特徴を有する。この構造は、低毒性で、かつ、市販品として入手が可能で、取り扱いが容易である原料を用いて、温和な条件(室温以下)で基本的に一段階反応、場合によっては二段階の反応プロセスにより合成経路を短縮化して導入することができる。このようにして合成される本発明の含フッ素環状有機化合物は、通常の有機溶媒だけではなく、1分子中に導入するフッ素原子の数によってフッ素系溶媒に対する溶解性を向上させることができ、例えば、フッ素系溶媒中又は非水系溶媒中での使用が可能になる。
【0018】
また、本発明は、クラウンエーテル部分に相当する環状構造を構成する部分の分子数や化学構造を変えることによって、金属イオンを包接する空間の大きさを金属イオンの種類やサイズに応じて調整できるだけでなく、金属イオンとのイオン結合による相互作用の強弱も制御することが可能である。したがって、様々な金属イオンを補足剤することができるという点で、分子設計の自由度が大きいという特徴を有する。
【0019】
前記水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造は、嵩高い構造で、かつ、耐溶剤性のフッ素原子を含むため、本発明の耐熱性及び耐溶剤性の向上に対して寄与する構成単位である。それにより、本発明の含フッ素環状有機化合物は、比較的高温で反応を行うときの相間移動触媒として、又は高温や非水等の環境下における金属補足剤として、それぞれ使用することができる。
【0020】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、低屈折率化を行うために有効なフッ素原子を分子中に含むため、導入するフッ素原子の数を調整することにより屈折率を自由に調整できることが特徴である。さらに、透明性が求められる液体に混合し、溶解させて溶液として使用することにより優れた透明性を維持することも可能である。本発明の含フッ素環状有機化合物は分子中に1個の二重結合を含むため、近紫外域で光吸収があるものの、この二重結合は非共役であり、その含有量も少ないことから、溶液の透明性に対する影響は小さい。場合によっては、分子中に含まれる二重結合を水素添加(水添)方法によって一重結合に変換した含フッ素環状有機化合物を用いて、透明性を重視する分野に適用することができる。このように、本発明の含フッ素環状有機化合物は、従来のクラウンエーテルにない特徴を有する。
【0021】
以下、本発明の含フッ素環状有機化合物を詳細に説明する。
【0022】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、下記一般式(1)で表される含フッ素環状有機化合物である。
【0023】
【化15】
上記一般式(1)において、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42は、それぞれ独立に水素原子、フッ素原子、臭素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。a、b、c、dは0又は1の整数であり、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数である。mは1〜4の何れかの整数であり、nは2〜20の何れかの整数である。Xは、酸素原子、イミノ基(NH)又は硫黄原子を示す。
【0024】
前記のR
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42は、それぞれ独立に水素原子、フッ素原子、臭素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。本発明においては、炭化水素系の飽和環状構造中に、原子半径が大きいフッ素原子を少なくとも一つ導入することによって、耐熱性の付与、耐溶剤性等の化学的安定性の向上、フッ素系溶媒に対する溶解性の向上、及びフッ素原子に起因する新機能(低屈折率又は透明性)の付与に対して一層の効果が得られるようになるため、前記のR
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つが、フッ素原子であることが好ましい。さらに、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42が何れもフッ素原子であれば、フッ素系溶剤への溶解性、耐熱性及び耐溶剤性が格段に向上する。したがって、本発明の含フッ素環状有機化合物は、そのような化学構造を有することがより好ましい。
【0025】
本発明の含フッ素環状有機化合物において、炭化水素系の飽和環状構造を構成する炭素数は、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数であると規定するように、2〜4個である。a+b+c+d=2〜4であるときに、耐熱性、耐溶剤性及びフッ素系溶剤に対する溶解性を向上することができるだけでなく、原料の入手が容易になり、合成時の反応が制御しやすくなる。これらの効果を十分に奏するためには、a+b+c+d=3であることが好ましい。
【0026】
前記Xは、クラウンエーテルを構成する部分に含まれる原子又は官能基であり、従来のクラウンエーテルと同じ酸素原子だけでなく、イミノ基(NH)又は硫黄原子を示す。これらの中で、原料の入手性とコスト、合成時の反応制御のしやすさ、及び金属イオンを包接した後の金属イオンの捕捉性の点から、酸素原子又はイミノ基(NH)が好ましく、さらに、合成が容易で、原料コスト的にも優位にある酸素がより好ましい。
【0027】
また、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造の繰り返し単位の数(m)は1〜4の何れかの整数であり、(−CH
2−CH
2−X−)で表される繰り返し単位の数(n)は2〜20の何れかの整数である。nは、原料として、両末端に水酸基、アミノ基、チオール基を有し、フッ素原子を含まない鎖状の炭化水素系化合物によって構成される繰り返し単位(−CH
2−CH
2−X−)において、繰り返し単位の数を変えることにより調整することができる。mとnは、両者の原料の仕込みモル比を変えたり、後述の2段階反応によって調整することができる。例えば、前者の化合物としてオクフルオロシクロペンテン(C
5F
8)と、後者の化合物としてジエチレングリコール(HOCH
2CH
2OCH
2CH
2OH)とを、ほぼ当モルで反応させる場合は、m=n=2又はm=1、n=2の含フッ素環状有機物を合成することができる。
【0028】
本発明においては、反応の制御が容易であり、加えて、所望の含フッ素環状有機化合物以外にも副生成物の生成を抑制できることから、下記式(2)及び(3)で表される化合物の少なくとも何れか1つを含有する含フッ素環状有機化合物が好ましい。
【0031】
上記式(2)又は(3)において、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42は、それぞれ独立に水素原子、フッ素原子、臭素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。a、b、c、dは0又は1の整数であり、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数である。pは2〜20の何れかの整数であり、q、rは1〜10の何れかの整数である。Xは、酸素原子又はイミノ基(NH)を示す。]
【0032】
上記式(2)及び(3)で表される含フッ素環状有機化合物は、環状構造の形成及び金属イオンの捕捉性の点からpは2〜20の何れかの整数であり、q、rは1〜10の何れかの整数である。pが2未満又はq、rのどちらかが0であると、含フッ素環状有機化合物においてクラウンエーテル部分に相当する環状構造が形成できなかったり、金属イオンの捕捉機能が十分に得られない。また、pが20又はq、rが10を超えると、クラウンエーテル部分に相当する環状構造のサイズが大きくなりすぎるため、補足した金属イオンの脱離が起こりやすくなり、金属イオンの捕捉能力の大幅な低下がみられる。本発明は、環状構造の形成による金属イオンの捕捉性能を格段に向上させるため、pが2〜8の何れかの整数であり、q、rが1〜4の何れかの整数であることが好ましい。すなわち、クラウンエーテル部分に相当する環状骨格を形成するために結合する炭素及び酸素(又は窒素、硫黄)の総数を10〜30の範囲の何れかにすることが好ましい。
【0033】
上記式(2)及び(3)において、Xで表される基は、原料の入手性とコスト、合成時の反応制御のしやすさ、及び金属イオンを包接した後の金属イオンの捕捉性の点から、酸素原子又はイミノ基(NH)が好ましく、さらに、合成が容易で、原料コスト的にも優位にある酸素がより好ましい。
【0034】
上記式(1)、(2)及び(3)で表される化学構造の少なくとも一つを有する本発明の含フッ素環環状有機化合物は、例えば、
図1に示す反応の模式図に従って合成することができる。
図1に示すように、下記式(4)で表される化合物と、下記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物の少なくとも何れかの化合物とを、テトラヒドロフラン等の通常の有機溶媒中で強塩基触媒を用いて反応を行うことにより合成し、さらに必要に応じて、分離又は精製して製造することができる。
【0039】
上記式(4)、(5)、(6)及び(7)において、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42、R
51、R
61は、それぞれ独立に水素原子、フッ素原子、臭素原子又は塩素原子を示し、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42の少なくとも一つがフッ素原子である。a、b、c、dは0又は1の整数であり、a+b+c+d=2〜4の何れかの整数である。s、t、uは1〜20の何れかの整数である。
【0040】
上記式(4)に示す化合物は、R
11、R
12、R
21、R
22、R
31、R
32、R
41、R
42、R
51、R
61の少なくとも一つがフッ素原子で置換されたシクロアルキレン化合物であり、フッ素原子が少なくとも1つ含まれていれば、水素原子、臭素原子又は塩素原子を含む化合物を使用することができる。それらの中でも、フッ素原子及び塩素原子の少なくとも何れかの原子を含む化合物が、原料の入手が容易であることからフッ素原子及び塩素原子の少なくとも何れかの原子を含む化合物が好適である。
【0041】
本発明で使用するシクロアルキレン化合物としては、例えば、1,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロシクロペンテン、1,2,3,3,4,4−ヘキサフルオロシクロブテン、1,2,3,3,4,4,5,5,6,6−デカフルオロシクロヘキセン、1,2,3,3,5,5−ヘキサクロロジフルオロシクロペンテン、1,2,3又は1,2,4−トリクロルペンタフルオロシクロペンテン、1,2,3,4−テトラクロロテトラフルオロシクロペンテン、1,2,3,3,4−ペンタクロロトリフルオロシクロペンテン等が挙げられる。さらに、材料の入手が市販品として入手できること、合成時に反応が制御し易いこと、及び材料コスト等の点から、オクタフルオロシクロペンテン、テトラクロロテトラフルオロペンテンを使用すること、すなわち、a+b+c+d=3であることが好ましい。
【0042】
上記式(5)、(6)及び(7)に示す化合物において、s、t、uは1〜20の何れかの整数であり、好ましくは1〜8であり、より好ましくは1〜4である。上記で述べたように、これらのs、t、uの整数は、上記式(1)に示す化学構造式のn、及び上記式(2)又は(3)に示す化学構造式のp又はq、rにそれぞれ対応するものである。前記s、t、uがより好ましい範囲である1〜4である化合物を原料として使用することにより、本発明の含フッ素環状有機化合物において環状構造の形成による金属イオンの捕捉性能を格段に向上させることができる。
【0043】
本発明で使用する上記式(5)で表される化合物は、エチレングリコールが重合した構造を有する高分子化合物(ポリエーテル)として知られているポリエチレングリコールがある。ポリエチレングリコールとしては、例えば、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ペンタエチレングリコール等を使用することができる。
【0044】
本発明で使用する上記式(6)で表される化合物としては、ポリエチレングリコールの類縁体の一つであるポリエチレンアミンを使用することができ、例えば、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン等が挙げられる。
【0045】
また、本発明で使用する上記式(7)で表される化合物は、両末端にチオール基(−SH)を有する化合物であり、例えば、エチレンジチオール、ジエチレントリチオール、トリエチレンテトラチオール、テトラエチレンペンタチオール、ペンタエチレンヘキサチオール等が挙げられる。
【0046】
本発明においては、上記式(5)、(6)及び(7)に示す化合物において、反応制御がしやすく、目的とする合成物の単離が容易であることから、それらの一種を使用することが実用的であるが、それらの2種以上を組み合わせて使用してもよい。2種以上で組み合わせて使用する場合は、上記式(4)で示す化合物と(5)、(6)及び(7)に示す化合物の何れか一種とを2回又は3回以上で分けて反応を行う、後述の2段階以上の反応プロセスを採用して合成を行うことができる。
【0047】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、
図1に示すように、主に強塩基触媒を用いてエーテル化反応、イミノ化反応(アミンとハロゲン化アルキルとの反応)、又はスルフィド化反応(チオールに塩基を作用させたチオラートアニオンと、ハロゲン化アルキルとの間の求核置換反応)を利用して合成される。強塩基触媒としては、NaH、KOH、NaOH等が使用される。本発明の製造方法においては、100℃以下、好ましくは室温以下の温和な条件で反応を行うことによって副反応をできるだけ抑えるため、強塩基触媒としてKOH、NaOHを使用することが好ましく、さらに、反応をスムーズに進めることができるKOHがより好ましい。また、エーテル化反応においては、反応を加速するため、例えば、NaHを用いてウイリアムソン(Williamson)反応によって本発明の含フッ素環状有機化合物を合成することもできる。
【0048】
本発明の含フッ素環状有機化合物の製造において使用する有機溶媒としては、テトラハイドロフランの他にも、例えば、トルエン、キシレン、テトラメチルベンゼン等の芳香族炭化水素類;メチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、メチルカルビトール、ブチルカルビトール、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールエーテル類;酢酸エチル、酢酸ブチル、ブチルセロソルブアセテート、カルビトールアセテート等のエステル類;オクタン、デカン等の脂肪族炭化水素類;石油エーテル、石油ナフサ、水添石油ナフサ、ソルベントナフサ等の石油系溶剤などを使用してもよい。
【0049】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、上記式(4)で表される化合物と、上記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物の少なくとも何れかの化合物との反応によって1段階プロセスで反応させることによって合成することができる。また、上記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物において、s、t又はuが異なる化合物の2種類を、上記式(4)で表される化合物と反応させる場合は、2段階の反応プロセスを用いて合成を行うことができる。例えば、下記反応式(8)で示されるエーテル化反応のように、sの数が1及び2と異なる2種類のグリコールを用いて非対称の化学構造を有するフッ素環状有機化合物の合成を行うことができる。
【0051】
同様に、上記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物において、それぞれ異なる化合物の2種類を使用して反応させるときも2段階の反応プロセスを採用すればよい。また、反応プロセス及び合成物の単離はやや煩雑になるものの、3段階以上の反応プロセスを採用すれば、上記式(5)、(6)及び(7)で表される化合物について、化学構造又はs、t又はuの数をそれぞれ変えた様々な形態でフッ素環状有機化合物の化学構造中に導入することができる。
【0052】
次に、上記一般式(1)、(2)及び(3)で表される本発明のフッ素含有環状有機化合物の代表例を挙げるが、本発明はこれらに限定されるものではない。下記に例示する化合物番号2−1〜3−36は、本発明において基本的に1段階の反応プロセスによって合成される化合物である。
【0061】
本発明において2段階の反応プロセスによって合成する化合物例を次に示す。以下に示す含フッ素環状有機化合物は、上記式(5)で表される化合物を原料として使用して合成されるものであるが、上記式(6)又は(7)で表される化合物を原料として使用する場合でも、−O−が−NH−又は−S−の官能基に置換されるだけであり、環構造としては同じものを合成することができる。
【0063】
次に、本発明の含フッ素環状有機化合物の具体的な適用例について説明する。
【0064】
<相間移動触媒>
本発明の含フッ素環状有機化合物は、金属イオンを包接する機能を有することから、有機溶媒に可溶な一般的な有機化合物と、無機物のような水に可溶な化合物との不均一系での反応を可能にさせるために使用する相間移動触媒として使用できる。クラウンエーテル等を相間移動触媒として使用することにより、アルキル化、シアノ化又は酸化の反応をスムーズに行うことができることが従来から知られている。
図2は、相間移動触媒を用いて行う反応の例としてシアノ化反応を模式的に示す図である。
図2において、相間移動触媒として従来のクラウンエーテルを使用する例を示したのが(a)であり、本発明のフッ素含有環状有機化合物を使用する例が(b)である。
【0065】
図2の(a)に示すように、臭化ベンジルのシアノ化反応においては、従来の18−クラウン−6−エーテルを相間移動触媒として使用することにより、水層で18−クラウン−6−エーテルに取り込まれたK
+がCN
−とともに有機層へ移動し、反応が劇的に進行する。しかしながら、18−クラウン−6−エーテルはフッ素系溶剤を有機溶媒として使用する場合には溶解性が大幅に低下するため、相間移動触媒として使用することが難しい。
【0066】
それに対して、
図2の(b)に示すように、相間移動触媒として本発明のフッ素含有環状有機物、例えば、上記の例示化合物番号3−2の化合物を使用する場合は、フッ素系溶媒への溶解性の向上により臭化ベンジルのシアノ化反応をフッ素系溶媒中でも促進させることができる。また、例示化合物番号3−2以外にも、例示化合物番号2−2、2−11、2−20、2−29、3−11、3−20、3−29の何れかの化合物でも同様の効果が期待できる。また、
図2では臭化ベンジルのシアノ化反応を例として示しているが、1分子中にフッ素原子を多く含む化合物のアルキル化、シアノ化又は酸化等の反応を行う場合は、反応系としてパーフルオロ溶媒等のフッ素系溶媒が使用されることがある。その場合、上記の例示化合物の中でも、特に番号3−2、3−20、3−29の化合物が相間移動触媒として有効に機能するものと推察される。このように、本発明の含フッ素環状有機化合物は、通常の有機溶媒に限らず、フッ素系溶媒においても相間移動触媒として反応を促進させることが期待できる。
【0067】
<金属イオンの捕捉剤>
クラウンエーテルは、この環の中に金属イオンやアンモニウム塩等のようにプラスの電荷を持ったイオンを捕まえることができるという特徴を有することから、従来から金属イオンの捕捉剤、抽出剤又は除去剤として使用されている。また、クラウンエーテルの環の内部には、特定の金属イオンのみを捕捉できるという選択性を有するため、金属イオンの検出試薬としても適用が可能である、例えば、色素ユニットを組み込んだクラウンエーテルは、ナトリウム等の特定のイオンを捕捉すると色や吸収スペクトルが変化という機能を利用し、イオンセンサーやフォトクロニズムとしての適用が検討されている。
【0068】
さらに、クラウンエーテルによる金属イオンの選択性を利用して、有用な特定の金属イオン、例えば、リチウムを海水等から抽出分離するための方法等へ適用が検討されている。それ以外にも、燃料電池等に使用する高分子電解質材料の高分子重合方法において、イオン性基の金属塩を含有するモノマーを脱塩重縮合する際に、析出した金属塩による重合阻害や長時間のイオン基の分解又は凝集を抑制するため、金属捕捉剤として重合反応系内に添加することが行われている。
【0069】
金属イオンの選択性はクラウンエーテル部位の空孔径、ヘテロ原子の種類と構造等の基本的性質の他に、他の置換基の種類と構造に強く影響を受ける。そして、環が大きなクラウンは大きなイオンが、小さなクラウンには小さなイオンがフィットするという性質を有し、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムの順で、それぞれ12、15、18員環のクラウンが最も相性がよいということが分かっている。
【0070】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、環状構造を形成する化学構造中に、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入した新規な化合物であり、クラウンエーテル部分に相当する環状構造を形成する上記(5)、(6)及び(7)で表される化合物の化学構造を変えることによって、環構造の大きさを自由に調整することができる。このように、本発明の含フッ素環状有機化合物は多様な分子構造の設計を容易に行うことができるため、捕捉、抽出又は除去したい金属イオンに応じてその選択性を高めることが容易である。さらに、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を有する部分についても、核置換基の種類と数だけでなく、飽和環状構造として2〜4員環を任意に選択することができるため、使用する環境の雰囲気及びその条件に応じた分子設計を行うことが可能になる。
【0071】
以上のように、本発明の含フッ素環状有機化合物は、クラウンエーテル等の従来の環状有機化合物と同じような方法で金属イオンの捕捉剤及びその検出試薬として適用することができる。加えて、選択する金属イオンの種類及び使用環境に応じた分子構造の設計を行うことができるため、幅広い分野へ適用を図ることが可能である。
【0072】
<電解質形成材料>
従来から、クラウンエーテル構造を形成する化合物(又は有機高分子)中にアルカリ金属塩又は金属イオンが含有された複合体は、イオン導電性を示すことが知られている。前記特許文献2には、アルカリ金属イオンと相互作用し、包接する能力を有するクラウンエーテル環骨格を高分子中に導入することにより、前記クラウンエーテル環を膜厚方向にトンネル形状に積み重ね、イオンチャンネルとするイオン電導性高分子固体電解質が開示されている。また、前記特許文献3には、金属イオンを包接するクラウンエーテルは静電容量を高くする効果を有することが記載されている。
【0073】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、フルオロシクロペンテンの導入によって形成された(−CF
2−CF
2−)のシクロ環構造が平面に近い構造の形成を立体的に助ける骨格を有する(後述の
図4を参照)。したがって、本発明の含フッ素環状有機化合物をポリエチレンオキサイド(PEO)中やオリゴキシエチレン構造を側鎖として有する高分子中に分散させた状態で使用することにより、イオンチャンネルの形成が助長されるため、高いイオン電導度を有するイオン電導性高分子固体電解質が得られることが予想される。特に、イオン導電性高分子として一般的に使用されるポリエチレンオキサイド(PEO)は良好な成膜性を有するものの、結晶性であるため、室温において結晶化によるイオン電導度の低下が問題となっていた。本発明の含フッ素環状有機化合物をPEO分子中にブレンドし、均一に分散した形態で使用することにより、PEOの結晶化が抑制される効果も得られるため、イオン導電性の向上に大きく寄与する。
【0074】
本発明の含フッ素環状有機化合物と、PEO又はオリゴキシエチレン構造を側鎖として有する高分子とは、両者を溶解する溶媒、例えばテトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、シクロヘキサン、グリコールエーテル類等を使用してほぼ均一にブレンドさせることができる。ここで、本発明の含フッ素環状有機化合物と、PEO又はオリゴキシエチレン構造を側鎖として有する高分子との配合比率は、質量比で1:99〜50:50の範囲の何れかであることが好ましく、さらに、5:95〜30:70がより好ましい。本発明の含フッ素環状有機化合物の配合比率が質量比で1未満であると、イオン電導度の向上に対する効果がみられず、また、50を超えると高分子固体電解質膜の成膜性の低下が顕著になる。
【0075】
本発明の含フッ素環状有機化合物を有するイオン電導性高分子固体電解質は、例えば、次の方法で製造することができる。過塩素酸リチウム(LiClO
4)を脱水したテトラヒドロフランに溶解し、その溶液中に本発明の含フッ素環状有機化合物及び前記PEO(質量比で90:10)を撹拌しながら徐々に加え、さらに均一溶液になるまで撹拌し、キャスト溶液を得る。次いで、この溶液を底面平滑なフッ素樹脂製シャーレに移し入れ、窒素雰囲気下、60℃恒温乾燥機中で溶媒であるテトラヒドロフランを蒸発させる。その後、さらに真空加熱下で完全にキャスト溶媒を蒸発させ、乾燥する。このようにして、厚さ50〜200μmの高分子固体電解質フィルムを製造し、イオン電導度の測定を行う、イオン電導度は、前記高分子固体電解質フィルムを2枚の白金電極で挟み、電解質―白金間の接触が十分に保たれるように圧力をかけ、複素インピーダンス法により測定して解析を行うことによって算出することができる。
【0076】
また、本発明の含フッ素環状有機化合物は、イオン電導性高分子固体電解質の他にも、電解質塩に含まれる成分として使用することが可能である。例えば、本発明の含フッ素環状有機化合物と、含フッ素環状有機化合物とに包接された金属イオンとを含む複合体を電解質塩として用い、該電解質塩を有する電解液を調整して使用することにより、高い静電容量を有するキャパシタを提供することができる。
【0077】
以上のように、本発明の含フッ素環状有機化合物と、前記含フッ素環状有機化合物に包接された金属塩又は金属イオンとを含む複合体は、イオン電導性固体高分子電解質又は電解液に含まれる電解質塩を形成するための電解質形成材料として適用することが期待できる。
【0078】
<造影剤>
核磁気共鳴吸収法(MRI)は非侵襲に体内の深部でも高解像度の画像が得られることから、臨床診断において最もよく使われる画像診断法である。このMRI検査において最も一般的な造成剤がガドリニウム造影剤である。ガドリニウム造影剤は、毒性をなくすため、ガドリニウム(Gd
3+)が遊離しないキレート製剤(金属イオンと結びついて安定な化合物を作る作用を有するもの)である化合物と組み合わせた製剤として使用されている。現在、医療現場で日常的に用いられているガドリニウム造影剤としては、ガドリニウム錯体型のMagnevist(登録商標)やProHance(登録商標)等が使用されている。しかし、これらの造影剤分子には、特定のゲスト分子(例えばカリウムイオン、カルシウムイオン、亜鉛イオン、グルコース等)を認識する機能性が備わっていない。
【0079】
また、前記特許文献4に記載されているように、超音波及び光音響イメージングのような音響イメージング技術では、粒子が金属と組み合わせたフッ素化有機化合物を含む場合に粒子の超音波及び光音響による可視化が非常に向上する。
【0080】
本発明の含フッ素環状有機化合物は分子設計によって大きな環状構造を形成することもできるため、カリウムイオンだけでなく、2価のカルシウムイオンや亜鉛イオン等を捕捉できる可能性が高い。したがって、ガドリニウム錯体型の造影剤とともに併用して使用するとき、カリウムイオン等の特定のゲスト分子を認識する機能をガドリニウム造影剤に付帯させることが可能になる。前記ゲスト分子を認識するためには、造影剤であるガドリニウム錯体骨格の特定の部位に特定の基を結合させる方法が一般的であるが、本発明の含フッ素環状有機化合物は、分子中に酸素、イミノ基又はスルフィド基を有するため前記ガドリニウム錯体と会合体を形成しやすいことから、本発明の含フッ素環状有機化合物がガドリニウム錯体分子の近くに存在することが考えられる。したがって、本発明の含フッ素環状有機化合物をガドリニウム錯体とともにMRI検査の造影剤として用いることにより、観察したい特定の組織について明確なコントラストをつけた画像を撮影することが可能になると考えられる。
【0081】
さらに、本発明の含フッ素環状有機化合物は、数多くのフッ素原子を分子中に導入することが可能であるため、クラウンエーテル部分に相当する環構造内に捕捉される金属イオンとの相乗効果により、MRIイメージング検査用だけでなく、光音響及び超音波イメージング検査用の造影剤として優位に使用することができる。このように、本発明の含フッ素環状有機化合物と、ガドリニウム錯体とを含む造影剤は、医療用の機能性イメージング造影剤としての期待が非常に大きい。
【0082】
<液浸露光プロセス用液体>
近年のエレクトロニクス産業の急速な発展に伴い、半導体集積回路の高集積化は目覚ましい進歩を遂げている。半導体集積回路の高集積化において露光技術は重要な技術の一つであり、該露光工程においてレジストパターンの微細化(高解像度化)の要求が非常に強い。高解像度化による微細化を行うために、従来から露光装置の光源波長の短波長化又は開口数の増大を行う必要がある。この要求に答える方法の一つとして、露光機器の光学レンズとレジスト膜との間に所定厚さの液体を介在させた状態でレジスト膜を露光する液浸露光技術が広く知られている(前記特許文献1を参照)。
【0083】
液浸露光プロセスは、空気(屈折率=1)よりも高い屈折率を有する媒体を使用することにより、開口数NAが増大し、高解像度(微細化)や焦点深度の向上を達成できる。加えて、現在使用している露光装置にも適用できるため、コスト的を低く抑えた状態で半導体集積回路装置の開発を行うことができる。
【0084】
液浸露光プロセスに使用する液体としては、解像度と焦点深度の一層の向上を図るため、従来の純水や脱イオン水に代えて、近年では屈折率が純水よりも高く、かつ透明性の高い液体の開発が望まれている。
【0085】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造と、クラウンエーテル部分に相当する環状構造とが飽和の脂環式環状構造であるため、一般的に各種有機溶媒への溶解性が高くなる傾向にある。さらに、分子中にフッ素原子を含むため、低波長域において光透過率が高く、優れた透明性を有する溶液が得られる。その一方で、含フッ素環状有機化合物そのものは、環構造を有する大きな分子であるため、フッ素原子の導入による屈折率低下の影響は小さく、液浸露光プロセス用液体として求められる程度の比較的高い屈折率を有する。なお、本発明の含フッ素環状有機化合物は分子中に1個の二重結合を含むため、近紫外域で光吸収がややあるものの、この二重結合は非共役であり、その含有量も少ないことから、溶液の透明性に対する影響は小さい。
【0086】
本発明の含フッ素環状有機化合物を溶解するときに使用する調整溶媒としては、例えば、パーフルオロポリエーテル化合物、ハイドロフルオロポリエーテル化合物、パーフルオロカーボン化合物、ハイドロフルオロカーボン化合物、ハイドロカーボン化合物、脂環ハイドロカーボン化合物、シリコーンオイル化合物、脂環化合物等が挙げられる。また、本発明の含フッ素環状有機化合物の含有量は、液浸露光プロセス用液体の透過率、屈折率及び粘度等によって自由に選択することができるが、液浸露光プロセス用液体を100質量部としたときに0.1〜80質量%が好ましく、1〜50質量%がより好ましい。
【0087】
以上のように、半導体装置の製造において液浸露光プロセス用液体として本発明の含フッ素環状有機化合物を含む溶液を使用することにより、短波長域での液浸露光プロセスにおいて高解像度で微細なレジストパターンを形成できると考えられる。本発明の含フッ素環状有機化合物は、高集積半導体回路装置の製造で使用する液浸露光プロセス用液体として、その要求仕様に合うように詳細に分子設計行う必要があるが、液浸露光プロセス用液体として適用することが十分に期待できる。
【実施例】
【0088】
以下、具体的な実施例を用いて説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0089】
<実施例1>
例示化合物番号3−2の化合物の合成
下記の反応式(9)に従って、100 mLのナスフラスコにジエチレングリコール(1.06 g, 10.0 mmol)とテトラヒドロフラン(60 mL)を入れ,ナスフラスコ内をアルゴン雰囲気にした後,氷浴内で冷却した。フラスコ内の混合液をかくはんしながらオクタフルオロシクロペンテン(1.4 mL, 10.4 mmol)をシリンジで滴下し,次いで水酸化カリウム(2.47 g, 44.0 mmol)を加えて0 °Cで1 時間撹拌した。その後、室温までゆっくり昇温させながら20時間撹拌した。反応混合液に水(約 60 mL)を加え,酢酸エチル(合計約100 mL)で3回抽出し、有機層を水(合計約100 mL)で2回洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させた後,酢酸エチルをエバポレーターで留去した。残った固体を少量の冷エタノールで撹拌洗浄した後,ろ過により分離して乾燥し、目的化合物(3−2)を白色固体(0.61 g、収率 13%)として得た。
【0090】
【0091】
化学構造は、
1H−NMR及び
19F−NMRで同定した。NMRスペクトルの測定は、5φのサンプル管中に試料と重クロロホルム溶媒(CDCl
3)とを加え、内部標準と
してテトラメチルシラン(TMS)を用いて調整し、NMR装置(Bruker AVANCE III400型)により行った。この試料の
1H−NMR及び
19F−NMRの各スペクトルの測定例を、それぞれ
図3の(a)及び(b)に示す。(1)
1H−NMR及び
19F−NMRスペクトル及び(2)元素分析の結果は次の通りであり、目的化合物(3−2)の合成が確認できた。
(1)
1H−NMR及び
19F−NMRスペクトル)
1H NMR (400 MHz, CDCl
3): 4.44 (t, J = 4.8 Hz, 8H), 3.77 (m, 8H)。
19F NMR (376 MHz, CDCl
3): -129.6 (quint, J = 4.1 Hz, 4F), -112.4 (t, J = 4.1 Hz, 8F) 。
(2)元素分析
Anal. Calcd. for C
18H
16O
6F
12: C, 2.90; H, 38.86. Found: C, 2.95; H, 38.48。
【0092】
このようにして合成した例示化合物番号3−2で示される化合物について単結晶X線構造解析を行った。X線構造解析は、Rigaku製のデスクトップ単結晶X線構造解析装置XtaLABminiで50kV、12mA、0.60kWの電力、600WのX線出力を用いて行い、検出器としてMARCURY CCDを、分光器として集光素子SHINEを、解析ソフトとしてはolex2とmarcuryをそれぞれ使用した。X線構造解析によって推定される結晶構造を
図4に示す。
【0093】
X線構造解析の結果、
図4に示すように、例示化合物番号3−2の化合物の結晶構造を有することが確認された。例示化合物番号3−2の化合物は、平面に近い環状構造を有しており、その部分が金属イオンを捕捉する機能を有することが容易に推察される。
【0094】
以上のように、本発明の含フッ素環状有機化合物は、クラウンエーテルの環状構造中に、水素の少なくとも1個がフッ素原子で置換された炭化水素系の飽和環状構造を部分的に導入した新規な化合物であり、前記飽和環状構造を導入するクラウンエーテル部分の化学構造を変えることによって環構造の大きさを自由に調整することができるため、多様な分子構造の設計を容易に行うことができる。また、本発明の含フッ素環状有機化合物は、基本的に一段階反応、場合によっては二段階の反応プロセスによって合成経路を短縮化して製造することができる。さらに、合成時の原料として、毒性が低く、市販品として入手が容易であるため、製造において安全性が高く、環境にも大きな負荷をかけることなく、コスト的にも優位である。
【0095】
本発明の含フッ素環状有機化合物は、耐熱性又は耐溶剤性等の各種の特性が優れ、フッ素系溶剤への溶解性が高く、高温、非水又は特殊溶媒の環境下でも使用することが可能であるため、相間移動触媒や金属イオンの捕捉剤や検出試薬として適用する場合に、それらの適用範囲を従来よりも広げることができる。また、従来のクラウンエーテル化合物にはない新たな機能を有する可能性があり、例えば、電解質形成材料、造影剤又は高集積半導体装置の製造における液浸露光プロセス用液体等、様々な分野への適用が期待できるため、その有用性は極めて高い。