(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、副作用が少ないこと及び治療効果が高いことにより、医薬品として、血漿分画製剤及びバイオ医薬品を用いた治療が広まってきている。しかし、血漿分画製剤はヒト血液由来であること、バイオ医薬品は動物細胞由来であることから、ウイルス等の病原性物質が医薬品に混入するリスクが存在する。
【0003】
医薬品へのウイルス混入を防ぐため、ウイルスの除去又は不活化が必ず行われている。ウイルスの除去又は不活化法として、加熱処理、光学的処理及び化学薬品処理等が挙げられる。タンパク質の変性、ウイルスの不活化効率及び化学薬品の混入等の問題から、ウイルスの熱的及び化学的な性質に拘わらず、すべてのウイルスに有効な膜濾過方法が注目されている。
【0004】
除去又は不活化すべきウイルスとしては、直径25〜30nmのポリオウイルスや、最も小さいウイルスとして直径18〜24nmのパルボウイルスが挙げられ、比較的大きいウイルスでは直径80〜100nmのHIVウイルスが挙げられる。近年、特にパルボウイルス等の小さいウイルスの除去に対するニーズが高まっている。
【0005】
ウイルス除去膜に求められる第一の性能は、安全性である。安全性とは、血漿分画製剤及びバイオ医薬品にウイルス等の病原性物質を混入させないことである。
ウイルス等の病原性物質を混入させない安全性として、ウイルス除去膜によりウイルスを十分に除去することが重要となる。非特許文献1には、マウス微小ウイルスやブタパルボウイルスの目標とすべきクリアランス(LRV)は、4とされている。
【0006】
ウイルス除去膜に求められる第二の性能は、生産性である。生産性とは、5nmサイズのアルブミン及び10nmサイズの免疫グロブリン等のタンパク質を効率的に回収することである。孔径が数nm程度の限外濾過膜及び血液透析膜、並びにさらに小孔径の逆浸透膜は、濾過時にタンパク質が孔を閉塞させるために、ウイルス除去膜として適していない。特にパルボウイルス等の小さいウイルス除去を目的とした場合、ウイルスのサイズとタンパク質のサイズが近いため、上記の安全性と生産性を両立させることは困難であった。
【0007】
特許文献1では、再生セルロースからなる膜を用いたウイルス除去方法が開示されている。
特許文献2では、熱誘起相分離法により製膜されたポリフッ化ビニリデン(PVDF)からなる膜にグラフト重合法により表面が親水化されたウイルス除去膜が開示されている。
【0008】
また、特許文献3では、PhiX174に対する少なくとも4.0の初期のウイルス対数除去率(LRV)を有し、表面がヒドロキシアルキルセルロースでコーティングされたウイルス除去膜が開示されている。
特許文献4では、ポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドン(PVP)のブレンド状態から製膜されたウイルス除去膜が開示されている。
特許文献5では、ポリスルホン系高分子とビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体のブレンド状態から製膜された膜に多糖類又は多糖類誘導体がコーティングされたウイルス除去膜が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」と言う。)について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0018】
本実施形態の中空糸膜は、ポリエーテルスルホンと、親水性高分子とからなり、前記ポリエーテルスルホンのポリスチレン換算重量平均分子量が70k〜100kDaであり、前記親水性高分子のコート率が6.0〜14.0%である、ウイルスを含むタンパク質溶液からウイルスを除去するための中空糸膜である。
【0019】
本実施形態の中空糸膜は、ポリエーテルスルホンと親水性高分子とからなる。
本実施形態において、ポリエーテルスルホンと、親水性高分子とからなる中空糸膜とは、中空糸膜の主たる製膜原料としてポリエーテルスルホンと親水性高分子を用いていることを意味し、他の成分を含有していてもよい。
【0020】
高い製膜性、膜構造制御の観点から用いられるポリエーテルスルホンとしては、下記式1で示される繰り返し単位を有するポリエーテルスルホン(PES)が挙げられる。
【0022】
ポリエーテルスルホンとしては、式1の構造において、官能基やアルキル基等の置換基を含んでもよく、炭化水素骨格の水素原子はハロゲン等の他の原子や置換基で置換されてもよい。
【0023】
ポリエーテルスルホンのポリスチレン換算重量平均分子量は70k〜100kDaである。
ポリエーテルスルホンのポリスチレン換算重量平均分子量が70kDa以上であることにより、高効率でウイルスを除去することができる。
ポリエーテルスルホンは、単独で使用しても、ポリスチレン換算重量平均分子量が70k〜100kDaとなるものであれば2種以上混合して使用してもよい。
【0024】
本実施形態の中空糸膜は、親水性高分子を含有する。
タンパク質の吸着による膜の目詰まりによる濾過速度の急激な低下を防止する観点で、本実施形態の中空糸膜は、ポリエーテルスルホン表面上に、親水性高分子がコーティングされて存在する。
ポリエーテルスルホンからなる基材膜に親水性高分子を含む溶液を用いてコーティングさせることで、ポリエーテルスルホン表面上に、親水性高分子をコーティングさせることができる。また、親水性高分子はコーティング後に架橋されてもよい。
【0025】
本実施形態においては、親水性高分子のコート率は、6.0%〜14.0%であり、6.0%〜9.0%であることが好ましい。
親水性高分子のコート率が6.0%以上であることにより、親水性高分子によって基材膜の孔表面を十分に被覆させ、濾過中のタンパク質の吸着による目詰まりを抑制することができ、親水性高分子のコート率が14.0%以下であることにより、適切な厚さで被覆させ、孔径が小さくなりすぎてFluxが低下することを防ぐことができる。
また、本実施形態において、静電気がたちにくく、整束しやすい、中空糸膜とするためには、親水性高分子は中空糸膜の外表面のポリエーテルスルホンの表面上にもコーティングされていることが重要である。中空糸膜のコート率が6.0%以上である場合には、親水性高分子が外表面のポリエーテルスルホンの表面上へ十分にコーティングされ、静電気の発生が抑制される。
本実施形態において、コート率は、実施例に記載の方法により測定される。
【0026】
本実施形態においては、高分子フィルム上にPBS(日水製薬社から市販されているダルベッコPBS(−)粉末「ニッスイ」9.6gを水に溶解させ全量を1Lとしたもの)を接触させたときの接触角が90度以下になるものを、親水性高分子という。
本実施形態において、親水性高分子の接触角は60度以下が好ましく、接触角40度以下がより好ましい。接触角が60度以下の親水性高分子を含有する場合には、中空糸膜が水に濡れ易く、接触角が40度以下の親水性高分子を含有する場合には、水に濡れ易くなる傾向が一層顕著である。
接触角とは、フィルム表面に水滴を落とした時に、水滴表面がなす角度を意味し、JIS R3257で定義される。
【0027】
親水性高分子は、溶質であるタンパク質の吸着を防ぐ観点で、電気的に中性であることが好ましい。
本実施形態においては、電気的に中性とは、分子内に荷電を有さない、又は、分子内のカチオンとアニオンが等量であることをいう。
【0028】
本実施形態において、親水性高分子は、2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含有する。
2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含有する親水性高分子としては、2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンのホモポリマー、あるいは、スチレン、エチレン、プロピレン、プロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、エチルヘキシルメタクリレート、オクタデシルメタクリレート、ベンジルメタクリレート、メトキシエチルメタクリレート等の疎水性モノマーと、2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンの親水性モノマーのランダム共重合体、グラフト型共重合体及びブロック型共重合体等が挙げられる。
2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含有する親水性高分子は、単独で使用しても、2種以上混合して使用してもよい。
【0029】
本実施形態の中空糸膜は、1.5質量%の免疫グロブリンを2.0barで定圧濾過したときの、180分間の積算免疫グロブリン透過量が8.0〜20.0kg/m
2である。
【0030】
本実施形態においては、高い濾過圧で操作することができる中空糸膜であることによって、タンパク質を高効率で回収することができる。
また、本実施形態の中空糸膜は、純水の透水量が高いことによって、タンパク質をより高効率で回収することができる。
本実施形態においては、耐圧性を有するポリエーテルスルホンを基材として用いることにより、高い濾過圧での操作を可能としている。
【0031】
血漿分画製剤やバイオ医薬品の膜を用いた精製工程においては、一般的に、濾過は1時間以上行われ、3時間以上行われることもある。タンパク質を高効率に回収するためには、Fluxが長時間低下しないことが重要である。しかるに、一般的に、タンパク質を濾過すると、経時的にFluxが低下し、濾液回収量が低下する傾向がある。これは、濾過中、経時的な孔の目詰まり(閉塞)に起因するものと考えられる。経時的に閉塞された孔が増加するということは、膜中に含まれるウイルスを捕捉することができる孔の数が減少することになる。従って、経時的にFluxが低下することは、初期のウイルス除去能が高くても、孔の閉塞により、経時的にウイルス除去性能が低下するリスクが生じると考えられる。
本実施形態においては、1.5質量%の免疫グロブリンを2.0barで定圧濾過したときの、180分間の積算免疫グロブリン透過量が8.0〜20.0kg/m
2であることによって、経時的な孔の目詰まり(閉塞)を抑制することができると考えることができる。
本実施形態においては、ウイルス除去膜において、高効率なタンパク質の回収と持続的なウイルス除去性能を両立させたタンパク質処理用膜とすることができる。
【0032】
本実施形態において、1.5質量%の免疫グロブリンを2.0barで定圧濾過したときの、180分間の積算免疫グロブリン透過量は、「免疫グロブリンの濾過試験」として実施例に記載の方法により測定される。
【0033】
純水の透水量もタンパク質溶液の濾過速度Fluxの目安となる。タンパク質溶液は純水に比べ溶液の粘度が高くなるため、純水の透水量よりも低くなるが、純水の透水量が高いほど、タンパク質溶液の濾過速度は高くなる。そこで、本実施形態においては、純水の透水量を高くすることによって、より高効率なタンパク質の回収を実現させられ得るタンパク質処理用膜とすることができる。
本実施形態のタンパク質処理用膜の純水の透水量は200L/hr・m
2・bar以上であることにより、高効率なタンパク質の回収は実現することができる。
本実施形態において、純水の透水量は、「透水量測定」として実施例に記載の方法により測定される。
【0034】
本実施形態においては、中空糸膜において、2−ヒドロキシエチルメタクリレート又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含有する親水性高分子が、ポリエーテルスルホン表面上にコーティングし、かかる中空糸膜をタンパク質処理用ウイルス除去膜として用いた場合に、Fluxを高くすることができる。
【0035】
本実施形態において、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程において、タンパク質溶液濾過中の目詰まりを抑制しつつ、高効率に有用成分を回収することができ、水溶液を濾過しても膜からの溶出物が少ない中空糸膜を提供するためには、(1)高い濾過圧で操作することができ、(2)タンパク質溶液を濾過した時に、タンパク質回収量が多いことが好ましく、(3)純水の透水量が高いことが、より好ましい。
【0036】
(1)高い濾過圧での操作は、基材に耐圧性を有するポリエーテルスルホンを用いることにより、実現することができる。
(2)一般的に、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程における濾過は1時間以上行われる。タンパク質溶液を濾過した時に、タンパク質としては、ウイルス除去膜を用いて、最も多く濾過させる、免疫グロブリンを対象とすればよい。
濾過をするときの免疫グロブリンの濃度を考えた場合、近年、生産効率を向上させる目的で、免疫グロブリン溶液の濃度は高くなる傾向にあるので、1.5質量%の濃度に設定するのが好ましい。また、濾過圧力を考えた場合、高圧で濾過すればFluxが高くなり、高効率な免疫グロブリンの回収が可能となるが、濾過システムの密閉性保持の観点で、濾過圧力は2.0barとするのが好ましい。
また、本実施形態においては、1.5質量%の免疫グロブリンを2.0barで定圧濾過したときの、免疫グロブリン積算透過量が180分で8.0〜20.0kg/m
2となり、高効率なタンパク質の回収を行うことができる。
(3)純水の透水量はタンパク質溶液の濾過速度Fluxの目安となる。タンパク質溶液は純水に比べ溶液の粘度が高くなるため、純水の透水量よりも低くなるが、純水の透水量が高いほど、タンパク質溶液の濾過速度は高くなる。
高効率なタンパク質の回収の観点で、中空糸膜の純水の透水量は200L/hr・m
2・barであることが好ましい。
【0037】
血漿分画製剤やバイオ医薬品の膜を用いた精製工程においては、一般的に、濾過は1時間以上行われ、3時間以上行われることもある。タンパク質を高効率に回収するためには、Fluxが長時間低下しないことが重要である。すなわち、一般的に、タンパク質を濾過すると、経時的にFluxが低下し、濾液回収量が低下する傾向がある。これは、濾過中、経時的に孔の目詰まり(閉塞)が生じて閉塞された孔が増加することにより、膜中のウイルスを捕捉することができる孔の数が減少することに起因すると考えられる。従って、経時的にFluxが低下すると、初期のウイルス除去能が高くても、孔の経時的な閉塞により、濾液の累積回収量が減少し、ウイルス除去性能が低下するリスクが生じる。
本実施形態の中空糸膜によれば、Fluxの経時的な低下を抑制し、高効率なタンパク質の回収と持続的なウイルス除去性能を両立させることができる。
【0038】
本実施形態においては、中空糸膜のパルボウイルスクリアランスは、ウイルス除去膜として、LRVとして5以上であることが好ましい。パルボウイルスとして、実際の精製工程中に混入するウイルスに近似しているもの、操作の簡便性からブタパルボウイルス(PPV)であることが好ましい。
【0039】
パルボウイルスクリアランスは以下の実験により求められる。
(1)濾過溶液の調製
田辺三菱製薬社より市販されている献血ヴェノグロブリン IH 5%静注(2.5g/50mL)を用いて、溶液の免疫グロブリン濃度が15g/L、塩化ナトリウム濃度が0.1M、pHが4.5になるように溶液を調製する。この溶液に0.5容積%のブタパルボウイルス(PPV)溶液をspikeして得られる溶液を濾過溶液とする。
(2)膜の滅菌
有効膜面積が3.3cm
2になるように組み立てられたフィルターを122℃で60分高圧蒸気滅菌処理をする。
(3)濾過
(1)で調整した濾過溶液をデッドエンドで、2.0barの一定圧力で180分間濾過を行う。
(4)ウイルスクリアランス
濾過溶液を濾過して得られた濾液のTiter(TCID
50値)をウイルスアッセイにて測定する。PPVのウイルスクリアランスはLRV=Log(TCID
50)/mL(濾過溶液))−Log(TCID
50)/mL(濾液))により算出する。
【0040】
本実施形態において、中空糸膜は、特に限定されるものではないが、以下のようにして製造することができる。
例えば、ポリエーテルスルホン、溶媒、非溶媒を混合溶解し、脱泡したものを製膜原液とし、芯液とともに二重管ノズル(紡口)の環状部、中心部から同時に吐出し、空走部を経て凝固浴に導いて膜を形成する。得られた膜を、水洗後巻取り、中空部内液抜き、熱処理、乾燥させる。その後、親水化処理させる。
【0041】
製膜原液に使用される溶媒は、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド、ε−カプロラクタム等、ポリエーテルスルホンの良溶媒であれば、広く使用することができるが、NMP、DMF、DMAc等のアミド系溶媒が好ましく、NMPがより好ましい。
【0042】
製膜原液には非溶媒を添加するのが好ましい。製膜原液に使用される非溶媒としては、グリセリン、水、ジオール化合物等が挙げられ、ジオール化合物が好ましい。
ジオール化合物とは、分子の両末端に水酸基を有する化合物であり、ジオール化合物としては、下記式2で表され、繰り返し単位nが1以上のエチレングリコール構造を有する化合物が好ましい。
ジオール化合物としては、ジエチレングリコール(DEG)、トリエチレングリコール(TriEG)、テトラエチレングリコール(TetraEG)、ポリエチレングリコール(PEG)等が挙げられ、DEG、TriEG、TetraEGが好ましく、TriEGがより好ましい。
【0044】
詳細な機構は不明であるが、製膜原液中に非溶媒を添加することにより、製膜原液の粘度が上がり、凝固液中での溶媒、非溶媒の拡散速度を抑制させることにより、凝固を制御し、中空糸膜として好ましい構造制御をしやすくなり、所望の構造形成に好適である。
製膜原液中の溶媒/非溶媒の比は、質量比で40/60〜80/20が好ましい。
【0045】
製膜原液中のポリエーテルスルホンの濃度は、膜強度や透過性能の観点で、15〜35質量%が好ましく、20〜30質量%がより好ましい。
【0046】
製膜原液は、ポリエーテルスルホン、良溶媒、非溶媒を一定温度で、撹拌しながら溶解することで得られる。この時の温度は、常温より高い、30〜80℃が好ましい。3級以下の窒素を含有する化合物(NMP、DMF、DMAc)は空気中で酸化され、加温するとさらに酸化が進行しやすくなるため、製膜原液の調製は不活性気体雰囲気下で行うことが好ましい。不活性気体としては、窒素、アルゴン等が挙げられ、生産コストの観点から、窒素が好ましい。
【0047】
紡糸中の糸切れ防止や、製膜後のマクロボイドの形成抑制の観点で、製膜原液を脱泡することが好ましい。
脱泡工程は、以下のようにして行うことができる。完全に溶解された製膜原液が入ったタンク内を2kPaまで減圧し、1時間以上静置する。この操作を7回以上繰り返す。脱泡効率をあげるため、脱泡中に溶液を撹拌してもよい。
【0048】
製膜原液は、紡口から吐出される前までに、異物を除去することが好ましい。異物を除去することにより、紡糸中の糸切れ防止や、膜の構造制御を行うことができる。製膜原液タンクのパッキン等からの異物の混入を防ぐためにも、製膜原液が紡口から吐出される前に、フィルターを設置することが好ましい。孔径違いのフィルターを多段で設置してもよく、特に限定されるものではないが、例えば、製膜原液タンクに近い方から、順に孔径30μmのメッシュフィルター、孔径10μmのメッシュフィルターを設置することが好適である。
【0049】
製膜時に使用される芯液の組成は、製膜原液、凝固液に使用される良溶媒と同じ成分を使用することが好ましい。
例えば、製膜原液の溶媒としてNMP、凝固液の良溶媒/非溶媒としてNMP/水を使用したならば、芯液はNMPと水から構成されることが好ましい。
芯液中の溶媒の量が多くなると、凝固の進行を遅らせ、膜構造形成をゆっくりと進行させる効果があり、水が多くなると、凝固の進行を早める効果がある。凝固の進行を適切に進行させ、膜構造を制御して中空糸膜の好ましい膜構造を得るためには、芯液中の良溶媒/水の比率を質量比で60/40〜80/20にすることが好ましい。
【0050】
紡口温度は、適当な孔径とするために、25〜50℃が好ましい。
製膜原液は紡口から吐出された後、空走部を経て、凝固浴に導入される。空走部の滞留時間は0.02〜0.6秒が好ましい。滞留時間を0.02秒以上とすることにより、凝固浴導入までの凝固を十分にし、適切な孔径とすることができる。滞留時間を0.6秒以下とすることにより、凝固が過度に進行するのを防止し、凝固浴での精密な膜構造制御を可能にすることができる。
【0051】
また、空走部は密閉されていることが好ましい。詳細な機構は不明であるが、空走部を密閉することにより、空走部に水及び良溶媒の蒸気雰囲気が形成され、製膜原液が凝固浴に導入される前に、緩やかに相分離が進行するため、過度に小さな孔の形成が抑制され、孔径のCV値も小さくなると考えられる。
【0052】
紡糸速度は、欠陥のない膜が得られる条件であれば特に制限されないが、凝固浴中での膜と凝固浴の液交換をゆるやかにし、膜構造制御を行うためには、できるだけ遅い方が好ましい。従って、生産性や溶媒交換の観点から、好ましくは4〜15m/minである。
【0053】
ドラフト比とは引取り速度と紡口からの製膜原液吐出線速度との比である。ドラフト比が高いとは、紡口から吐出されてからの延伸比が高いことを意味する。
一般的に、湿式相分離法で製膜されるとき、製膜原液が空走部を経て、凝固浴を出たときに、大方の膜構造が決定される。膜内部は、高分子鎖が絡み合うことにより形成される実部と高分子が存在しない空孔部から構成される。詳細な機構は不明であるが、凝固が完了する前に膜が過度に延伸されると、言い換えると、高分子鎖が絡み合う前に過度に延伸されると、高分子鎖の絡み合いが引き裂かれ、空孔部が連結されることにより、過度に大きな孔が形成されたり、空孔部が分割されることにより、過度に小さな孔が形成される。過度に大きな孔はウイルス漏れの原因となり、過度に小さな孔は目詰まりの原因となる。
構造制御の観点で、ドラフト比は極力小さくすることが好ましいが、ドラフト比は1.1〜6が好ましく、1.1〜4がより好ましい。
【0054】
製膜原液はフィルター、紡口を通り、空走部で適度に凝固された後、凝固液に導入される。詳細な機構は不明であるが、紡糸速度を遅くすることにより、膜外表面と凝固液の界面に形成される境膜が厚くなり、この界面での液交換が緩やかに行われることにより、紡糸速度が早い時に比べ、凝固が緩やかに進行する。
良溶媒は凝固を遅らせる効果があり、水は凝固を早める効果があるため、凝固を適切な速さで進め、適当な膜構造を有する膜を得るため、凝固液組成として、良溶媒/水の比は、質量比で50/50〜5/95が好ましい。
凝固浴温度は、孔径制御の観点で、10〜40℃が好ましい。
【0055】
凝固浴から引き上げられた膜は、温水で洗浄される。
水洗工程では、良溶媒と非溶媒を確実に除去することが好ましい。膜が溶媒を含んだまま乾燥されると、乾燥中に膜内で溶媒が濃縮され、ポリエーテルスルホンが溶解又は膨潤することにより、膜構造を変化させる可能性がある。
除去すべき溶媒、非溶媒の拡散速度を高め、水洗効率を上げるため、温水の温度は50℃以上が好ましい。
十分に水洗を行うため、膜の水洗浴中の滞留時間は10〜300秒が好ましい。
【0056】
水洗浴から引き上げられた膜は、巻取り機でカセに巻き取られる。この時、膜を空気中で巻き取ると、膜は徐々に乾燥していき、わずかであるが、膜は収縮する場合がある。同一の膜構造として、均一な膜とするために、膜は水中で巻き取られることが好ましい。
【0057】
カセに巻き取られた膜は、両端部を切断し、束にし、弛まないように支持体に把持される。そして、把持された膜は、熱水処理工程において、熱水中に浸漬、洗浄される。
カセに巻き取られた状態の膜の中空部には、白濁した液が残存している。この液中には、ナノメートルからマイクロメートルサイズのポリエーテルスルホンの粒子が浮遊している。この白濁液を除去せず、膜を乾燥させると、この微粒子が膜の孔を塞ぎ、膜性能が低下することがあるため、中空部内液を除去することが好ましい。
熱水処理工程では、膜内側からも洗浄されるため、水洗工程で除去しきれなかった、良溶媒、非溶媒が効率的に除去される。
熱水処理工程における、熱水の温度は50〜100℃が好ましく、洗浄時間は30〜120分が好ましい。
熱水は洗浄中に数回、交換することが好ましい。
【0058】
巻き取られた膜は高圧熱水処理をすることが好ましい。具体的には、膜を完全に水に浸漬させた状態で、高圧蒸気滅菌機に入れ、120℃以上で2〜6時間処理するのが好ましい。詳細な機構は不明であるが、高圧熱水処理により、膜中に微残存する溶媒、非溶媒が完全に除去されるだけでなく、膜内でのポリエーテルスルホンの絡み合い、存在状態が最適化される。
【0059】
高圧熱水処理された膜を乾燥させることによりポリエーテルスルホンからなる基材膜が完成する。乾燥方法は風乾、減圧乾燥、熱風乾燥等、特に制限されないが、乾燥中に膜が収縮しないように、膜の両端が固定された状態で、乾燥されることが好ましい。
【0060】
基材膜はコート工程を経て、本実施形態の中空糸膜となる。
コート工程は、例えば、基材膜のコート液への浸漬工程、浸漬された基材膜の脱液工程、脱液された基材膜の乾燥工程からなる。
浸漬工程において、基材膜は親水性高分子溶液に浸漬される。コート液の溶媒は親水性高分子の良溶媒であり、ポリエーテルスルホンの貧溶媒であれば特に制限されないが、アルコールが好ましい。
コート液中の親水性高分子の濃度は、親水性高分子によって基材膜の孔表面を十分に被覆させ、濾過中のタンパク質の吸着による経時的なFlux低下を抑制する観点から1.0質量%以上が好ましく、適切な厚さで被覆させ、孔径が小さくなりすぎて、Fluxが低下することを防ぐ観点から、10.0質量%以下が好ましい。
コート液への基材膜の浸漬時間は8〜24時間が好ましい。
【0061】
脱液工程において、基材膜を所定時間コート液に浸漬させた後、膜の中空部及び外周に付着している余分なコート液が遠心操作により、脱液される。残存する親水性高分子による乾燥後の膜同士の固着を防止する観点で、遠心操作時の遠心力を10G以上、遠心操作時間を5min以上とすることが好ましい。
【0062】
脱液された膜を乾燥させることにより、本実施形態の中空糸膜を得ることができる。乾燥方法は特に限定されないが、最も効率的であるため、真空乾燥が好ましい。
フィルター加工のしやすさから、中空糸膜の内径は200〜400μmであることが好ましく、膜厚は30〜80μmであることが好ましい。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。実施例において示される試験方法は以下の通りである。
【0064】
(1)ポリエーテルスルホンのポリスチレン換算分子量測定
溶離液に10mM臭化リチウム/N,N−ジメチルホルムアミド(和光純薬工業社製)溶液、カラムにTSK−gel α―M(東ソー社製)、標準試料にポリスチレン(東ソー社製)を用いて、gel permeation chromatographyにより、ポリエーテルスルホンのポリスチレン換算分子量を測定した。
【0065】
(2)中空糸膜の親水性高分子のコート率測定
コート率は以下の式より算出した。
(コーティング後の膜重量−コーティング前の膜重量)/コーティング前の膜重量×100
【0066】
(3)内径及び膜厚測定
中空糸膜の内径及び膜厚は、中空糸膜の垂直割断面を実体顕微鏡で撮影することにより求めた。(外径−内径)/2を膜厚とした。
また、膜面積は内径と膜の有効長より算出した。
【0067】
(4)透水量測定
有効膜面積が3.3cm
2になるように組み立てられたフィルターを1.0barの定圧デッドエンド濾過による25℃の純水の濾過量を測定し、濾過時間から透水量を算出した。
【0068】
(5)免疫グロブリンの濾過試験
有効膜面積が3.3cm
2になるように組み立てられたフィルターを122℃で60分高圧蒸気滅菌処理をした。田辺三菱製薬会社より市販されている献血ヴェノグロブリン IH 5%静注(2.5g/50mL)を用いて、溶液の免疫グロブリン濃度が15g/L、塩化ナトリウム濃度が0.1M、pHが4.5になるように溶液を調製した。調製した溶液をデッドエンドで、2.0barの一定圧力で180分間濾過を行った。
そして、180分間の積算免疫グロブリン透過量は、180分間の濾液回収量、濾液の免疫グロブリン濃度、フィルターの膜面積より算出した。
【0069】
(6)ブタパルボウイルスクリアランス測定
(5)免疫グロブリンの濾過試験において調製した溶液に0.5容積%のPPV溶液をspikeした溶液を濾過溶液とした。調製した濾過溶液をデッドエンドで、2.0barの一定圧力で180分間濾過を行った。
濾液のTiter(TCID
50値)をウイルスアッセイにて測定した。PPVのウイルスクリアランスはLRV=Log(TCID
50)/mL(濾過溶液)−Log(TCID
50)/mL(濾液)により算出した。
【0070】
(7)整束しやすさの評価
内径2cm、高さ12cmの筒状ポリプロピレン(PP)製容器を平面上に立てる。次に、糸長15cmの中空糸50本を立った状態でPP製容器内に入れる。そして、PP製容器を持ち上げ、すべての中空糸がPP製容器から抜けたときを○と評価し、静電気がたちにくく、整束しやすい中空糸とした。
【0071】
(実施例1)
PES(BASF社製ULTRASON(登録商標)E6020P、ポリスチレン換算重量平均分子量88kDa)24質量部、NMP(キシダ化学社製)36質量部、TriEG(関東化学社製)40質量部を35℃で混合した後、2kPaでの減圧脱泡を7回繰り返した溶液を製膜原液とした。二重管ノズルの環状部から紡口温度は35℃に設定して、製膜原液を吐出し、中心部からNMP75質量部、水25質量部の混合液を芯液として吐出した。吐出された製膜原液と芯液は、密閉された空走部を経て、20℃、NMP25質量部、水75質量部からなる凝固液が入った凝固浴に導入された。
凝固浴から引き出された膜は、55℃に設定された水洗槽をネルソンロール走行させた後、水中でカセを用いて巻き取った。紡糸速度は5m/minとし、ドラフト比を2とした。
巻き取られた膜はカセの両端部で切断し、束にし、弛まないように支持体に把持させ、80℃の熱水に浸漬させ、60分間洗浄した。洗浄された膜を128℃、3時間の条件で、高圧熱水処理した後、真空乾燥させることにより中空糸状の基材膜を得た。
得られた中空糸状の基材膜を、重量平均分子量80kDaのポリヒドロキシエチルメタクリレート(ヒドロキシエチルメタクリレート(関東化学社製)を用いて製造した。)2.5質量部、メタノール97.5質量部のコート液に24時間浸漬させた後、12.5Gで30min遠心脱液した。遠心脱液後、18時間真空乾燥させて、中空糸膜を得た。
得られた中空糸膜の(1)〜(8)の測定結果を表1に示した。
【0072】
(実施例2)
コート液組成を重量平均分子量80kDaの2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC、東京化成工業社製)とn−ブチルメタクリレート(BMA、関東化学社製)のランダム共重合体(モル分率、MPC/BMA=3/7)3.5質量部、メタノール96.5質量部にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0073】
(実施例3)
コート液組成を5.0質量部、メタノール95.0質量部のコート液にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0074】
(実施例4)
コート液組成を1.0質量部、メタノール99.0質量部のコート液にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0075】
(比較例1)
PES(BASF社製ULTRASON(登録商標)E2020P、ポリスチレン換算重量平均分子量50kDa)にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0076】
(比較例2)
コート液組成を0.5質量部、メタノール99.5質量部のコート液にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0077】
(比較例3)
コート液組成を6.0質量部、メタノール94.0質量部のコート液にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0078】
【表1】