特許第6770837号(P6770837)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6770837放射性フッ素標識有機化合物を製造する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6770837
(24)【登録日】2020年9月30日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】放射性フッ素標識有機化合物を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   C07B 59/00 20060101AFI20201012BHJP
   A61K 49/00 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 51/00 20060101ALI20201012BHJP
   G21G 4/08 20060101ALI20201012BHJP
   G21H 5/02 20060101ALI20201012BHJP
   B01J 39/04 20170101ALI20201012BHJP
   B01J 41/04 20170101ALI20201012BHJP
   B01J 47/02 20170101ALI20201012BHJP
   B01J 41/12 20170101ALI20201012BHJP
【FI】
   C07B59/00
   A61K49/00
   A61K51/00
   G21G4/08 Z
   G21H5/02 C
   B01J39/04
   B01J41/04
   B01J47/02
   B01J41/12
【請求項の数】14
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-127173(P2016-127173)
(22)【出願日】2016年6月28日
(65)【公開番号】特開2018-2606(P2018-2606A)
(43)【公開日】2018年1月11日
【審査請求日】2019年6月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000230250
【氏名又は名称】日本メジフィジックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100168848
【弁理士】
【氏名又は名称】黒崎 文枝
(72)【発明者】
【氏名】梅原 恵美
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮一
【審査官】 池上 佳菜子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−295494(JP,A)
【文献】 特開2017−081847(JP,A)
【文献】 特表2017−537074(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07B 59/00
A61K 51/00
B01J 39/00
B01J 41/00
B01J 47/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を、銀イオンを担持する担体に接触させた後、前記担体から分離された、放射性フッ化物イオンを含む第2の水溶液を得る工程と、
前記第2の水溶液に含まれる放射性フッ化物イオンを用いて放射性フッ素標識有機化合物を合成する工程と、
を含む、放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項2】
前記担体が陽イオン交換性を有する担体である、請求項1に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項3】
前記第2の水溶液を得る前記工程において、前記担体が充填されたカラムカートリッジに、前記第1の水溶液を通液することにより、前記第2の水溶液を得る、請求項1又は2に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項4】
前記第1の水溶液が、放射性フッ化物イオンの生理食塩水溶液である、請求項1乃至3いずれか一項に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項5】
放射性フッ化物イオンの前記生理食塩水溶液が、陽電子放射断層撮像用検査薬である、請求項4に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項6】
前記第2の水溶液を陰イオン交換樹脂に通液して、前記陰イオン交換樹脂に放射性フッ化物イオンを吸着させる工程と、
前記陰イオン交換樹脂から放射性フッ化物イオンを溶出させて、放射性フッ化物イオンを含む溶出液を得る工程と、
を更に含み、
前記放射性フッ素標識有機化合物を合成する前記工程において、
前記溶出液に含まれる放射性フッ化物イオンを用いて前記放射性フッ素標識有機化合物を合成する、請求項1乃至5いずれか一項に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項7】
前記溶出液を相関移動触媒存在下に蒸発乾固させる工程を更に含み、
前記放射性フッ素化標識化合物を合成する前記工程において、
蒸発乾固させる前記工程により得られた放射性フッ化物イオンを含む残渣に、脱離基を有する非放射性有機化合物を加えて、前記脱離基と放射性フッ化物イオンとの置換による放射性フッ素化反応を実行する、請求項6に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項8】
前記放射性フッ素標識化合物を合成する前記工程において、前記非放射性有機化合物は保護基を更に有し、前記放射性フッ素化反応を実行した後、前記保護基を除去することで、放射性フッ素標識有機化合物を合成する、請求項7に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項9】
前記放射性フッ素標識有機化合物は、陽電子放射断層撮像用検査薬の有効成分として用いられる、請求項1乃至8いずれか一項に記載の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法。
【請求項10】
放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液と、
銀イオンが担持された担体と
を備える、放射性フッ素標識有機化合物を製造するためのキット。
【請求項11】
前記放射性フッ化物イオンと置換されるための脱離基を備えた非放射性有機化合物を更に備える、請求項10に記載のキット。
【請求項12】
銀イオンが担持された担体と、
放射性フッ化物イオンと置換されるための脱離基を有する非放射性有機化合物と、
を備える、放射性フッ素標識有機化合物を製造するためのキット。
【請求項13】
放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液を、銀イオンを担持する担体が充填されたカラムカートリッジに通液させることで塩化物イオンを除去する方法。
【請求項14】
銀イオンを担持する担体が充填されたカラムカートリッジであって、
放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液から塩化物イオンを除去するために用いられるカラムカートリッジ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性フッ素標識有機化合物を製造する方法、並びに、放射性フッ素標識化合物を製造するためのキット、塩化物イオンを除去する方法、及び、カラムカートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
放射性フッ素標識有機化合物は、医療用画像診断法の一つであるポジトロン放出断層撮影(Positron Emission Tomography、PET)において利用される。主要な放射性フッ素標識有機化合物は、18O濃縮水をターゲットとして、加速器により加速したプロトンを照射することにより放射性フッ化物イオンを生成し、放射性フッ化物イオン含有濃縮水の形で得た後、この放射性フッ化物イオン含有濃縮水から放射性フッ化物イオンを分離し、前駆体有機化合物と放射性フッ化物イオンとの有機化学反応により製造される(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
放射性フッ素(18F)は半減期が110分と非常に短いため、PETへの利用にあたっては、医療機関でサイクロトロンを設置し、製剤化する方法が知られている。このため、医療機関で衛生的に放射性フッ素標識有機化合物を合成できるよう種々のカセット式の自動合成装置が開発されている(例えば、特許文献3)。
【0004】
放射性フッ素標識有機化合物の中には、近年、デリバリー可能になったものもある(非特許文献1)。デリバリーにあたっては厳しい時間的制約の下に、安定かつ確実に供給するための取り組みが報告されている(例えば、特許文献4)。
【0005】
ところで、放射性フッ化物イオンは、骨のイメージング剤としてPETに利用されることも知られている(例えば、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−295494号公報
【特許文献2】特開平09−054196号公報
【特許文献3】特表2014−535041号公報
【特許文献4】特開2006−185161号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】松野慎介ら、新医療2006年3月号、pp.69-72
【非特許文献2】Einat Even-Sapir et al., J. Nucl. Med. (2006) vol. 47, pp. 287-297
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1にも記載されるように、加速器及び合成装置に関する初期投資・維持には、高額の資金が必要となり、それに見合う採算性が求められる。
【0009】
そこで、非特許文献2に記載されるような医療用の放射性フッ化物イオンを用いて放射性フッ素標識有機化合物が製造できれば、放射性フッ素の利用効率が高められることが期待される。しかしながら、医療用の放射性フッ化物イオンは、静脈投与のため体液と等張となるよう調製されることが一般的であり、そのままの状態で放射性フッ素標識有機化合物を合成するための有機化学反応に使用することは困難であった。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、医療用の放射性フッ化物イオンを用いて放射性フッ素標識有機化合物の製造を可能にするための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、フッ化銀以外のハロゲン化銀が共沈することに着目し、鋭意工夫を重ねた結果、塩化ナトリウムが混在した放射性フッ化物イオンであっても、水溶液の状態で銀イオンを担持する担体に接触させた後、放射性フッ化物イオンを含む水溶液を担体から分離することで、既存の放射性フッ素標識有機化合物の製造に利用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明の一態様によれば、放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を、銀イオンを担持する担体に接触させた後、前記担体から分離された、放射性フッ化物イオンを含む第2の水溶液を得る工程と、前記第2の水溶液に含まれる放射性フッ化物イオンを用いて放射性フッ素標識有機化合物を合成する工程と、を含む、放射性フッ素標識有機化合物の製造方法が提供される。
【0013】
また、本発明の他の態様によれば、放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液と、銀イオンが担持された担体とを備える、放射性フッ素標識有機化合物を製造するためのキットが提供される。
【0014】
また、本発明の他の態様によれば、銀イオンが担時された担体と、放射性フッ化物イオンと置換されるための脱離基を有する非放射性有機化合物と、を備える、放射性フッ素標識有機化合物を製造するためのキットが提供される。
【0015】
また、本発明の他の態様によれば、放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液を、銀イオンを担持する担体が充填されたカラムカートリッジに通液させることで塩化物イオンを除去する方法が提供される。
【0016】
また、本発明の他の態様によれば、銀イオンを担持する担体が充填されたカラムカートリッジであって、放射性フッ化物イオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液から塩化物イオンを除去するために用いられるカラムカートリッジが提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、医療用の放射性フッ化物イオンから放射性フッ素標識有機化合物を製造することができるため、放射性フッ素の利用効率を高めることが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の放射性フッ素標識有機化合物の製造方法は、放射性フッ化物イオン(18Fイオン)と塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を、銀イオンを担持する担体に接触させた後、前記担体から分離された、18Fイオンを含む第2の水溶液を得る工程(塩除去工程)と、第2の水溶液に含まれる18Fイオンを用いて放射性フッ素標識有機化合物(18F標識有機化合物)を合成する工程(合成工程)と、を含む。
【0019】
[塩除去工程]
塩除去工程では、18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を、銀イオンを担持する担体に接触させる。次いで、第1の水溶液から塩化物イオンが除去されたものを前記担体と分離し、放射性フッ化物イオンを含む第2の水溶液を得る。
【0020】
第1の水溶液は、18Fイオンの塩化ナトリウム水溶液であれば制限されない。この18Fイオンの塩化ナトリウム水溶液は、18O濃縮水をターゲットとして、加速器により加速したプロトンを照射することにより18Fイオンを生成し、18Fイオン含有18O濃縮水の形で得た後、この18Fイオン含有18O濃縮水を陰イオン交換樹脂に吸着捕集させ、所望の濃度の塩化ナトリウム水溶液で溶出させることで得ることができる。
【0021】
第1の水溶液は、18Fイオンの生理食塩水溶液であることが好ましい。言い換えると、第1の水溶液は、塩化ナトリウムを0.9重量/体積%含有する塩化ナトリウム水溶液に18Fイオンが溶解したものであることが好ましい。こうした18Fイオンの生理食塩水溶液は、例えば、「PET用放射性薬剤の製造および品質管理−合成と臨床使用へのてびき−第4版」p.211-212や特開2015−143212号公報記載の方法に従い調製することができる。
【0022】
また、塩除去工程で用いられる18Fイオンの生理食塩水溶液は、陽電子放射断層撮像(Positron Emission Tomography, PET)用検査薬であってもよい。このPET用検査薬は、有効成分を18F−フッ化ナトリウムとしたものであってもよい。これを投与し、PET検査を行うことで、骨をイメージングすることができ骨疾患の診断が可能になる。こうしたPET用検査薬は、18Fイオンの生理食塩水溶液を滅菌フィルターで通液するなどの無菌化処理することで、製造することができる。
【0023】
塩除去工程で用いられる銀イオンを担持する担体は、18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液と接触させることで、水に溶解しにくい塩化銀を形成させることにより、第1の水溶液から塩化物イオンを除去できるものであれば特に制限はないが、陽イオン交換性を有する担体であることが好ましい。陽イオン交換性を有する担体として、例えば、スルホン酸基が固定化された担体が挙げられる。また、担体の基材としては、シリカ、又は、ジビニルベンゼン、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体などの樹脂製のものが挙げられる。基材として樹脂製のものを使用する場合、担体は、水素イオンを担持する樹脂層と銀イオンを担持する樹脂層との複層構造であってもよいし、銀イオンを担持する樹脂層からなる単層構造であってもよいが、銀イオンを担持する樹脂層からなる単層構造は、第2の水溶液のpHの低下を抑制し、18F標識有機化合物の合成収率を向上させるという観点から好ましい。
【0024】
また、塩除去工程で用いられる銀イオンを担持する担体は、カラムカートリッジに充填されたものを用いてもよい。銀イオンを担持する担体が充填されたカラムカートリッジに、18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を通液することで、簡便に塩化物イオンの除去を行い、第2の水溶液を得ることができる。
【0025】
銀イオンを担持する陽イオン交換樹脂が充填されたカラムカートリッジとしては、使い捨てのものが種々市販されており、例えば、MetaSEP(登録商標)IC-Ag(ジーエルサイエンス社製)、AllTech(登録商標)Maxi-CleanTM IC-Ag(グレース社製)、Dionex OnGuard II Ag, Dionex OnGuard II Ag/H(サーモサイエンティフィック社製)を使用することができる。こうしたカラムカートリッジは、使用前に水でプレコンディショニングされることが好ましい。担体が充填されたカラムカートリッジに、18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む第1の水溶液を通液することで、塩化物イオンが除去された第2の水溶液を得ることができる。
【0026】
[合成工程]
塩除去工程で得られた第2の水溶液は、18F標識有機化合物の合成反応において18Fイオンと競合する塩化物イオンが除去されているため、濃縮することにより通常の18F標識有機化合物の合成反応に用いることができる。
【0027】
第2の水溶液の濃縮の方法は制限されないが、例えば、第2の水溶液を陰イオン交換樹脂に通液して、陰イオン交換樹脂に18Fイオンを吸着させる工程(吸着工程)と、陰イオン交換樹脂から18Fイオンを溶出させて、18Fイオンを含む溶出液を得る工程(溶出工程)が挙げられる。
【0028】
吸着工程で使用される陰イオン交換樹脂は、18Fイオンを吸着でき、かつ、溶出工程で18Fイオンを溶離できるもので制限はされないが、カートリッジ型のものが使い捨てできる観点から好ましい。このような陰イオン交換樹脂として、例えば、Sep-Pak(登録商標)QMA (Waters社製)を使用することができる。陰イオン交換樹脂は、炭酸カリウムなどを用いて対イオンを炭酸型に調整しておくことが好ましい。
【0029】
溶出工程では、陰イオン交換樹脂から18Fイオンを溶出させる。この際、使用する溶離液は、18Fイオンを溶離できるものであれば制限されないが、塩基が溶解した水溶液が好ましく、例えば、炭酸カリウムやテトラブチルアンモニウム炭酸塩の水溶液を使用することができる。
【0030】
溶出工程で得られた溶出液中の18Fイオンを用いることで、18F標識有機化合物の合成反応を行うことができる。溶出工程において、溶離液として炭酸カリウムの水溶液を使用した場合は、クリプタンドやクラウンエーテルなどの相関移動触媒を溶出液に加えてもよい。また、溶出工程において、炭酸カリウムとともに相関移動触媒を溶解させた水溶液を溶離液として用いてもよい。なお、溶離液としてテトラブチルアンモニウム炭酸塩の水溶液を用いた場合は、テトラブチルアンモニウムの炭酸塩が相関移動触媒の役割も果たす。こうした相関移動触媒を使用することで、18F標識有機化合物の合成反応を促進させることが可能になる。
【0031】
溶出液は、そのまま合成工程に用いてもよいが、溶出工程の後、更に蒸発乾固させてもよい。蒸発乾固させる場合、アセトニトリルなど水と共沸する有機溶剤を使用することで、短時間で蒸発乾固させることができる。こうすることで、18Fイオンが活性化されるとともに脱水されることにより、18F標識有機化合物の合成反応を収率よく実行させることが可能になる。
【0032】
このようにして濃縮された18Fイオンに、標識前駆体として、脱離基を有する非放射性有機化合物を加えて、脱離基と18Fイオンとの置換による放射性フッ素化反応(18F化反応)を実行する。脱離基としては、トリフルオロメタンスルホン酸エステル、p−トルエンスルホン酸エステル、メチルスルホン酸エステルなどのスルホン酸エステル基が例示される。
【0033】
標識前駆体である非放射性有機化合物は、脱離基に加えて保護基を更に有していてもよい。保護基としては、目的とする18F標識有機化合物がヒドロキシ基を有する場合は、ヒドロキシ基の保護基、アミノ基を有する場合は、アミノ基の保護基、カルボキシル基を有する場合は、カルボキシル基の保護基が挙げられる。こうした保護基としては、Greene's Protective Groups in Organic Synthesis(John Wiley & Sons Inc; 5th Revised版)記載のものを用いることができる。そして、18F化反応を実行した後、保護基を除去することで、18F標識有機化合物を合成することができる。
【0034】
なお、18F標識有機化合物として18F標識ペプチド、18F標識抗体、あるいは、18F標識タンパク質を合成してもよい。この場合、塩除去工程を経て得られた18Fイオンを用いた18F化反応により、FMT(フルオロメチル−L−チロシン)やFET(フルオロエチル−L−チロシン)など18Fフッ素含有アミノ酸や、18F−SFB(N−スクシンイミジル−4−[18F]フルオロベンゾエート)等の18F標識中間体化合物を合成する。そして、これをペプチドに作用することで18F標識ペプチド、抗体に作用させることで18F標識抗体、タンパク質に作用させることで18F標識タンパク質をそれぞれ合成することができる。
【0035】
合成した18F標識有機化合物を用いて、これを有効成分とするPET用検査薬を調製することもできる。このPET用検査薬は、合成した18F標識有機化合物を生体内への投与に適した形態で含むように調製されればよいが、適宜、pH調節剤、製薬学的に許容される可溶化剤、安定剤又は酸化防止剤などの追加成分を添加してもよい。
【0036】
PET用検査薬として用いられる18F標識有機化合物としては、例えば、18F−FDG(18F−フルオロデオキシグルコース)、18F−FLT(18F-フルオロチミジン), 18F−FMISO(18F−フルオロミソニタゾール)、18F-fluciclovine(18F−FACBC), 18F-flutemetamol(18F−フルテメタモル)、18F-Flobetapir、その他「PET用放射性薬剤の製造および品質管理−合成と臨床使用へのてびき−第4版」に記載された種々の18F標識有機化合物が挙げられる。
【0037】
[キット]
本発明の他の態様として、前述した18F標識有機化合物を製造する方法を実行するためのキットがある。このキットの一態様として、18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液と、銀イオンが担持された担体とを備えるもの(キットA)が挙げられる。キットAは、18Fイオンと置換されるための脱離基を備えた非放射性有機化合物を更に備えていてもよい。また、銀イオンが担持された担体と、放射性フッ化物イオンと置換されるための脱離基を有する非放射性有機化合物とを備える態様が挙げられる(キットB)。
【0038】
キットA、Bが共通して備える銀イオンが担持された担体としては、前述の塩除去工程で用いられるものと同様のものを使用することができる。
【0039】
また、キットAが備える18Fイオンと塩化ナトリウムとを含む水溶液としては、前述の塩除去工程で用いられる第1の水溶液と同様のものを使用することができる。
【0040】
また、キットA,Bに備えられる非放射性有機化合物は、前述の合成工程で用いられるものと同様のものを使用することができるが、マンノーストリフレート(1,3,4,6−テトラ−O−アセチル−2−O−トリフルオロメタンスルホニル−D−マンノピラノース)を備えることで18F−FDGを製造するためのキットとなり、syn−1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−[((トリフルオロメチル)スルホニル)オキシ]−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステルを備えることで18F−FACBCを製造するためのキットとなり、5’−O−(4,4’−ジメトキシトリチル)−2,3’−無水チミジン、3−N−Boc−5’−O−ジメトキシトリチル−3’−O−ノシルチミジン又は5’−O−(ベンゾイル)−2,3’−無水チミジンを備えることで18F−FLTを製造するためのキットとなり、1−(2’−ニトロ−1’−イミダゾリル)−2−O−テトラヒドロキシピラニル−3−O−オシル−プロパンジオールを備えることで18F−FMISOを製造するためのキットとなり、(E−2−(2−(2−(5−(4−(tert−ブトキシカルボニル(メチル)アミノ)スチリル)ピリジン−2−イルオキシ)エトキシ)−エトキシ)エチル 4−メチルベンゼンスルホネートを備えることで18F-Flobetapirを製造するためのキットとなり、6−エトキシメトキシ−2−(4’−(N−ホルミル−N−メチル)アミノ−3’−ニトロ)フェニルベンゾチアゾールを備えることで18F−フルテメタモルを製造するためのキットとなる。
【0041】
本発明の方法、キット及びカラムカートリッジによれば、塩化ナトリウムが混在した医療用の放射性フッ化物イオンであっても、水溶液の状態で銀イオンを担持する担体に接触させることで、水に難溶の塩化銀を形成させ、塩化物イオンを放射性フッ化物イオン含有水溶液(第1の水溶液)から除去することができる。このため、従来、18O濃縮水を出発物質として使用して実行していた放射性フッ素標識有機化合物の合成法のうち、出発物質である放射性フッ化物イオン含有18O濃縮水を、塩化物イオンが除去された放射性フッ化物イオン含有水溶液(第2の水溶液)に置き換える以外は、従来と同様な方法で放射性フッ素標識有機化合物を得ることができる。したがって、簡便に放射性フッ素の利用効率を高めることが可能になる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を記載して本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。
【0043】
(製造例1)18F-NaF溶液(第1の水溶液)の調製
必要放射能量の18Fイオン含有18O濃縮水を陰イオン交換樹脂(Sep-Pak(登録商標)AccellTM Plus QMA Plus Lightカートリッジ(充填量130mg) (Waters社製))に捕集し、注射用水3mLで洗浄後、生理食塩液2mLで18F-NaF溶液を抽出した。なお、以下各実施例及び比較例に示す放射能量は、18F-NaF溶液の調製開始時(製造例1の開始時)を基準として、減衰補正計算を行ったものを示した。また、放射化学的収率は、減衰補正計算を行った後の放射能量を用いて算出した。
【0044】
(実施例1)銀処理18F-NaF溶液(第2の水溶液)の調製
銀カートリッジ(OnGuard II Ag/H固相抽出カートリッジ(充填量2.5cc)、サーモサイエンティフィック社製)を注射用水15mLで前処理し、製造例1に示す方法に従って得た18F-NaF溶液2mLを通液した後、さらに注射用水2mLを銀カートリッジに通液し、銀処理18F-NaF溶液4mLを得た。
【0045】
実施例1で得られた銀処理18F-NaF溶液中の塩化物イオンの濃度を以下の条件で定量したところ、0.683ppmであった。また、pHメータ(HM−30R)で測定したpHは3.58であった。なお、同じ分析条件で、定量した製造例1の18F-NaF溶液中の塩化物イオンの濃度は、2779ppmであり、pHは8.14であった。
<塩化物イオンの定量方法>
機器: 高速液体クロマトグラフシステムICS―3000
検出器: 電気伝導度検出器、サプレッサー使用
注入量: 25μL
カラム: Ion Pac AS12A(内径4mm、長さ20cm)
ガードカラム:Ion Pac AG12A(内径4mm、長さ5cm)
カラム温度: 30℃
移動相: 4mmol/L炭酸水素ナトリウム水溶液
流量: 毎分1.2mL
分析時間: 20分
【0046】
(実施例2)1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−[18F]フルオロシクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル(18F-FBE)の合成
実施例1に示す方法に従って得られた銀処理18F-NaF溶液(1129.72MBq)を、陰イオン交換樹脂に通液し、[18F]フッ化物イオンを、吸着捕集した。次いで、該カラムに炭酸カリウム(5.5mg)の水溶液(0.6mL)及びクリプトフィックス222(商品名)(40mg)のアセトニトリル溶液(1.6mL)の混液を通液して[18F]フッ化物イオンを溶出し、110℃に加熱して水及びアセトニトリルを蒸散させた後、アセトニトリル(0.5mL×2回)を加えて共沸し、乾固させた。ここに、WO2009/078396記載の方法に従って合成したsyn−1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−[((トリフルオロメチル)スルホニル)オキシ]−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル31.7mgをアセトニトリル1mLに溶解させた液を加え、85℃で3分間加熱した。反応液中の18F-FBEの放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、ジエチルエーテル/ヘキサン=1/1)から67.59%であり、得られた放射能量が1061.40MBqであることから、18F-FBEの放射化学的収率(使用した18F-NaF溶液の放射能量比)は、63.5%であることが見積もられた。
【0047】
(比較例1)18F-FBEの合成
銀処理18F-NaF溶液に変えて、製造例1に示す方法に従って得られた18F-NaF溶液(1094.26MBq)を用いた以外は実施例2と同じ方法に従って、18F-FBEを合成した。反応液中の18F-FBEの放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、ジエチルエーテル/ヘキサン=1/1)から77.74%であり、得られた放射能量が16.85MBqであることから、18F-FBEの放射化学的収率(使用した18F-NaF溶液の放射能量比)は、1.2%であることが見積もられた。
【0048】
(実施例3)銀処理18F-NaF溶液の調製
銀カートリッジ(OnGuard II Ag固相抽出カートリッジ(充填量1〜2.5cc)、サーモサイエンティフィック社製)を注射用水10〜15mLで前処理し、製造例1に示す方法に従って得た18F-NaF溶液2mLを通液した後、さらに注射用水2mLを銀カートリッジに通液し、銀処理18F-NaF溶液4mLを得た。
【0049】
(実施例4)18F-fluciclovineの合成
WO2007/132689の実施例2に記載の方法において、[18F]フッ化物イオン含有H18O(7〜36GBq)に変えて、実施例3に示す方法に従って得られた銀処理18F-NaF溶液(655.00MBq)を用いた以外は同じ方法に従って、18F-fluciclovine(247.57MBq)を合成した。放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、展開溶媒:アセトニトリル/水/酢酸=4/1/1)にて調べた。
【0050】
(比較例2)18F-fluciclovineの合成
WO2007/132689の実施例2に記載の方法において、[18F]フッ化物イオン含有H18O(7〜36GBq)に変えて、製造例1に示す方法に従って得られた18F-NaF溶液(60.70MBq)を用いた以外は同じ方法に従って、18F-fluciclovine(15.27MBq)を合成した。放射化学的純度は、実施例4と同じ条件で調べた。
【0051】
(実施例5)18F-FDG(18F−フルオロデオキシグルコース)の合成
実施例3に示す方法に従って得られた銀処理18F-NaF溶液(719.00MBq)を陰イオン交換樹脂に吸着捕集させることにより保持させた。炭酸カリウム(2.75mg)の水溶液(0.3mL)及びクリプトフィックス222(商品名)(20mg)のアセトニトリル溶液(0.8mL)の混液を前記陰イオン交換樹脂に通液し、[18F]フッ化カリウム溶出液を得た後、加熱により濃縮乾固した。残渣に、1,3,4,6−テトラ−O−アセチル−2−O−トリフルオロメタンスルホニル−β−D−マンノピラノース(20mg)をアセトニトリルで溶解した溶液(1mL)を加えて、85℃で5分間加熱して反応させた後、加熱により濃縮乾固した。残渣に1mol/L塩酸溶液(2.0mL)を加えて、130℃で15分間攪拌させた後、一連の精製カラム(陽イオン交換樹脂,イオン遅滞樹脂,オクタデシルシリル化シリカゲル及びアルミナ)に通液し、更に、反応容器を水(10mL)により洗浄し、同様に一連の精製カラムに通液して、18F-FDG(263.72MBq)を得た。放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、展開溶媒:アセトニトリル/水=19:1)にて調べた。
【0052】
(実施例6)18F-FLT(18F−3'-デオキシ-3'-フルオロチミジン)の合成
実施例3に示す方法に従って得られた銀処理18F-NaF溶液(601.00MBq)を陰イオン交換樹脂に吸着捕集させることにより保持させた。炭酸カリウム(2.29mg)の水溶液(0.25mL)及びクリプトフィックス222(商品名)(7.5mg)のアセトニトリル溶液(0.3mL)の混液を前記陰イオン交換樹脂に通液し、[18F]フッ化カリウム溶出液を得た後、加熱により濃縮乾固した。残渣に、5’-O-(4,4’-Dimethoxytrityl)-2,3’-anhydrothymidine(15mg)をアセトニトリルで溶解した溶液(0.75mL)を加えて、130℃で10分間加熱して反応させた後、加熱により濃縮乾固した。残渣に1mol/L塩酸溶液(0.5mL)を加えて、120℃で5分間加熱して、18F-FLT(496.72MBq)を得た。放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、展開溶媒:メタノール/アンモニア水=9:1)にて調べた。
【0053】
(実施例7)18F-FMISO(18F−フルオロミソニダゾール)の合成
実施例3に示す方法に従って得られた銀処理18F-NaF溶液(916.00MBq)を陰イオン交換樹脂に吸着捕集させることにより保持させた。炭酸カリウム(2.29mg)の水溶液(0.25mL)及びクリプトフィックス222(商品名)(7.5mg)のアセトニトリル溶液(0.3mL)の混液を前記陰イオン交換樹脂に通液し、[18F]フッ化カリウム溶出液を得た後、加熱により濃縮乾固した。残渣に、1-(2’-Nitro-1’-imidazolyl)-2-O-tetrahydropyranyl-3-O-osyl-propanediol(5mg)をアセトニトリルで溶解した溶液(1mL)を加えて、110℃で10分間加熱して反応させた後、加熱により濃縮乾固した。残渣に1mol/L塩酸溶液(0.3mL)を加えて、80℃で1分間加熱して、18F-FMISO(805.04MBq)を得た。放射化学的純度は、ラジオTLC(プレート:シリカゲル、展開溶媒:酢酸エチル)にて調べた。
【0054】
実施例4〜7及び比較例2の結果を表1に示す。各実施例の放射化学的収率は、使用した銀処理18F-NaF溶液の放射能量に対する目的物の放射能量の割合(%)である。また、比較例の放射化学的収率は、使用した18F-NaF溶液の放射能量に対する目的物の放射能量の割合(%)である。
【0055】
【表1】
【0056】
実施例2と比較例1との比較、及び、実施例4と比較例2の比較で示されるとおり、18F-NaF溶液を銀カートリッジ処理することで18F標識有機化合物の放射化学的収率が向上した。また、銀カートリッジ処理した18F-NaF溶液により種々の18標識有機化合物が合成できることも示された。なお、実施例6,7では、精製を行っていないため、放射化学的純度が低くなっているが、「PET用放射性薬剤の製造および品質管理−合成と臨床使用へのてびき−第4版」で示されるようなHPLC精製を行うことで、従来どおりの放射化学的純度が得られる。