(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6771202
(24)【登録日】2020年10月1日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】繊維または皮革を用いた構造体の製造方法、繊維または皮革を用いた構造体、コーティング液およびコーティング方法
(51)【国際特許分類】
D06M 15/643 20060101AFI20201012BHJP
B05D 7/00 20060101ALI20201012BHJP
B05D 7/12 20060101ALI20201012BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20201012BHJP
B32B 9/02 20060101ALI20201012BHJP
B32B 5/02 20060101ALI20201012BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20201012BHJP
B32B 27/30 20060101ALI20201012BHJP
D06M 11/77 20060101ALI20201012BHJP
D06M 15/256 20060101ALI20201012BHJP
C09D 5/16 20060101ALI20201012BHJP
C09D 183/16 20060101ALI20201012BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20201012BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20201012BHJP
【FI】
D06M15/643
B05D7/00 B
B05D7/12
B05D7/24 302A
B32B9/02
B32B5/02 Z
B32B9/00 A
B32B27/30 D
B05D7/24 302L
D06M11/77
D06M15/256
C09D5/16
C09D183/16
C09D7/63
C09D7/61
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-82982(P2020-82982)
(22)【出願日】2020年5月11日
【審査請求日】2020年5月11日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】595016440
【氏名又は名称】株式会社アイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100120640
【弁理士】
【氏名又は名称】森 幸一
(72)【発明者】
【氏名】室川 敏治
【審査官】
塩屋 雅弘
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−137284(JP,A)
【文献】
特開平07−196987(JP,A)
【文献】
特開平07−216751(JP,A)
【文献】
特開2004−244733(JP,A)
【文献】
特表2012−532208(JP,A)
【文献】
特開平04−218538(JP,A)
【文献】
特許第6567788(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00−7/26
D06M 11/77−15/715
B32B 1/00−43/00
C09D 5/16
C09D 7/61
C09D 7/63
C09D183/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンと樹脂系のフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の樹脂分の濃度が0.15質量%以上0.35質量%以下であるコーティング液を塗布する工程を有する、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法。
【請求項2】
上記コーティング液がケイ酸塩を含有しない請求項1記載の、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法。
【請求項3】
上記コーティング液中の上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.10質量%以上1.00質量%以下である請求項1または2記載の、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法。
【請求項4】
上記繊維または皮革を用いた構造体は繊維製品または皮革製品である請求項1〜3のいずれか一項記載の、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法。
【請求項5】
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンと樹脂系のフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の樹脂分の濃度が0.15質量%以上0.35質量%以下であるコーティング液を塗布する工程
を実行することにより製造される、繊維または皮革を用いた構造体。
【請求項6】
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面にコーティング液を塗布する工程
を有する、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法に用いられるコーティング液であって、
有機ポリシラザンと無機ポリシラザンと樹脂系のフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の樹脂分の濃度が0.15質量%以上0.35質量%以下である
ことを特徴とするコーティング液。
【請求項7】
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンと樹脂系のフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の樹脂分の濃度が0.15質量%以上0.35質量%以下であるコーティング液を塗布するコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法、繊維または皮革を用いた構造体、コーティング液およびコーティング方法に関し、特に、繊維製品または皮革製品の表面改質に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、繊維や皮革などの汚れ防止のために様々な方法が開発されている。例えば、消臭剤とポリエステル系樹脂とを主成分とする繊維原料を溶融紡糸したポリエステル系繊維構造物を用いる方法(特許文献1参照)、光触媒酸化チタンを練り込んだ繊維を用いる方法(特許文献2参照)、硬化性有機フッ素変性ポリシラザンを塗布する方法(特許文献3参照)、常温硬化性のポリシラザン、ポリシロキサザンのいずれかを塗布する方法(特許文献4参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−216751号公報
【特許文献2】特開2004−244733号公報
【特許文献3】特表2012−532208号公報
【特許文献4】特開平4−218538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1〜4に提案された技術は、永続的な表面改質効果が期待できるものの事前に基材に処理を施す必要があるため、既に完成している繊維製品や皮革製品に適用することはできない。さらに、衣料などの繊維製品に後から施す表面改質剤も多くあるが、クリーニング耐性がなく、初回または数回で表面改質効果が失われてしまう。
【0005】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、撥水、撥油、防汚などの表面改質が可能でしかも長期間に亘って表面改質効果を得ることができるだけでなく、耐光性および耐候性に優れており、完成品である繊維製品、皮革製品などを含む各種の繊維または皮革を用いた構造体に適用することができ、繊維製品などの繊維を用いた構造体については高いクリーニング耐性を得ることができ、さらに、コーティングは1回で済むため製造が極めて容易でコストも掛からない、繊維製品、皮革製品などを含む繊維または皮革を用いた構造体およびその製造方法を提供することである。
【0006】
この発明が解決しようとする他の課題は、上記の繊維または皮革を用いた構造体の製造に適用して好適なコーティング液およびコーティング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明は、
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布する工程を有する、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法である。
【0008】
この発明においては、少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布することにより、有機ポリシラザンおよび無機ポリシラザンの加水分解によりその構造体の表面に透明なシリカ(SiO
x )を含む複合膜が形成されることに加えて、有機ポリシラザン内に含まれるメチル基(CH
3 )により繊維や皮革を構成する有機化合物とのイオン結合を強固にすることができるため、フッ素コート剤のフッ素改質剤の密着性の向上を図ることができ、さらに、有機ポリシラザンは硬化に常温で2日必要とされ施工状難点があるところ、無機ポリシラザンは反応が早く常温で1日で硬化するため、全体として硬化に要する反応時間を短くすることができる。このため、表面改質コーティング剤の効果を失うことなく、構造体に対するコーティング層の密着性の向上を図ることができ、それによって表面改質効果を長期間持続させることができるとともに、繊維製品などの繊維を用いた構造体についてはウェットクリーニングに対する耐性の向上を図ることができる。また、繊維または皮革を用いた構造体の表面にコーティング液を塗布するだけで良いため、既に完成している繊維製品、皮革製品などに適用することができる。塗布層の硬化は、塗布後に空気中に放置しておいても進行するが、加熱することによって硬化を促進することができる。また、硬化には、塗布物に対するスチームやアイロンなどによる加熱を行ってもよい。
【0009】
ここで、有機ポリシラザン(オルガノポリシラザン(OPSZ))は、珪素(Si)、窒素(N)、水素(H)およびメチル基(CH
3 )から構成される化合物であり、炭素を含む有機のポリマーであり、−(SiH
2 NHCH
3 )−ユニットから構成されている。この有機ポリシラザンは、ドイツメルク社から「Durazane」(登録商標)として、商品番号Durazane1033、Durazane1800、Durazane1500で市販されており、これらの商品は各種の固形分濃度の有機溶剤溶液として入手して使用することができる。特に好ましいものはジブチルエーテルの溶液となっていてかつ常温での硬化が速い商品番号Durazane1500RCである。無機ポリシラザン(ペルヒドロポリシラザン(PHPS))は、珪素(Si)、窒素(N)および水素(H)のみから構成される化合物であり、炭素などの有機成分を含まない無機のポリマーであり、−(SiH
2 NH)−ユニットから構成されている。この無機ポリシラザンは「Durazane」(登録商標)として、商品番号Durazane2200、Durazane2400、Durazane2600、Durazane2800で市販されており、これらの商品は各種の固形分濃度の有機溶剤溶液として入手して使用することができる。特に好ましいものはジブチルエーテルの溶液となっている商品番号Durazane2800である。不活性有機溶剤は、上記の化合物に対して不活性な有機溶剤であれば特に限定されないが、繊維製品などの表面に対する適度の膨潤性、揮発性、環境衛生上からは、エーテル系有機溶剤、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテルおよびジブチルエーテルから選ばれる少なくとも1種や、石油系溶剤、例えばドライソルベントや、アルコール溶剤、例えばイソプロピルアルコール(IPA)あるいはエタノールや、これらの組み合わせであることが好ましい。
【0010】
コーティング液には、特にケイ酸塩を含有させる必要はないが、必要に応じて含有させてもよい。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計濃度は0.05質量%以上1.00質量%以下であるが、合計濃度が0.05質量%より低すぎると所望の密着性を得るために多量のコーティング液を使用しなければならず、一方、上記の合計濃度が1.00質量%より高すぎると構造体の表面硬度が上がって風合いを損ねてしまう。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計濃度は、密着性の向上の観点より、好適には0.10質量%以上1.00質量%以下に選ばれる。また、構造体の風合を損なわないようにする観点より、好適には、コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度は0.10質量%以上0.50質量%以下に選ばれる。コーティング液中のフッ素コート剤の濃度は、ウェットクリーニングに対する構造体の耐性の向上を図るためには、好適には、30質量%以上70質量%以下に選ばれる。コーティング液には、必要に応じて、フッ素コート剤に加えて酸化チタンまたはナノ銀系改質剤を含ませることができ、そうすることで繊維製品または皮革製品について防臭・抗菌・帯電防止効果を付与することができ、防汚効果の向上を図ることができる。
【0011】
コーティング液中の有機ポリシラザ
ンと無機ポリシラザ
ンとは
、無機ポリシラザンの割合が小さすぎるとSiO
x の生成に長時間(例えば、48時間)を必要とし、即効性が必要な製品への応用が困難である。一方、無機ポリシラザンの割合が大きすぎると、有機物質である繊維製品や皮革製品への密着性が不十分であり、クリーニング耐性が落ちてしまう。
【0012】
繊維または皮革を用いた構造体に対するコーティング液の塗布方法は特に限定されず、必要に応じて選択されるが、その構造体の形状に適した塗布方法が用いられ、例えば、スプレー法、ディッピング法、刷毛塗り法、ロールコート法、グラビアコート法、フレキソ法、インクジェット法などが挙げられる。塗布量については製品の吸湿性や求められる風合いの維持によって異なるが特に限定しない。しかし、塗布量が少ないと耐クリーニング性が損なわれ、多いと過剰品質になる他に構造体の風合いが失われる場合がある。
【0013】
繊維または皮革を用いた構造体は、少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている限り、各種の繊維製品または皮革製品のほか、繊維そのもの、皮革そのものも含む。繊維製品は、例えば、衣服(着物やドレスなど)、帯などである。皮革製品は、例えば、ハンドバック、ジャンパー、ズボン、コートなどである。
【0014】
また、この発明は、
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布する工程
を実行することにより製造される、繊維または皮革を用いた構造体である。
【0015】
また、この発明は、
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面にコーティング液を塗布する工程
を有する、繊維または皮革を用いた構造体の製造方法に用いられるコーティング液であって、
有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下である
ことを特徴とするコーティング液である。
【0016】
また、この発明は、
少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布するコーティング方法である。
【0017】
上記の繊維または皮革を用いた構造体、コーティング液およびコーティング方法の各発明においては、特にその性質に反しない限り、上記の繊維または皮革を用いた構造体の製造方法の発明に関連して説明したことが成立する。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、撥水、撥油、防汚などの表面改質が可能でしかも長期間に亘って表面改質効果を得ることができるだけでなく、耐光性および耐候性に優れており、完成品である繊維製品や皮革製品などを含む各種の繊維または皮革を用いた構造体に適用することができ、繊維製品などの繊維を用いた構造体については高いクリーニング耐性を得ることができ、さらに、コーティングは1回で済むため製造が極めて容易でコストも掛からない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】実施例のコーティング液を用いてコーティングを行った和紙サンプルに対し促進耐候試験を100時間行い、さらに促進耐候試験を400時間行った後に撥水性の試験を行った結果を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」とする)について説明する。
【0021】
〈一実施の形態〉
[繊維または皮革を用いた構造体の製造方法]
まず、この製造方法において使用されるコーティング液について説明する。
【0022】
コーティング液としては、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を用いる。コーティング液は、典型的にはケイ酸塩を含有しないが、必要に応じてケイ酸塩を含有させてもよい。フッ素コート剤は樹脂系である。不活性有機溶剤は既に挙げたものを用いる。
【0023】
このコーティング液を少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成された、繊維または皮革を用いた構造体の表面に塗布する。塗布方法は既に挙げた方法を用いる。
【0024】
上記のようにしてコーティング液の塗布を行った後、空気中に放置したり、例えば240℃以下の温度で加熱したり、スチームやアイロンなどにより加熱したりすることにより数分で塗布層を硬化させる。空気中に放置する場合は、コーティング液の溶剤(不活性有機溶剤)の蒸発とともに、空気中の水分の吸収による加水分解が起き、通常は4日で硬化が完了する。加熱する場合は複合層の形成が促進されるが、素材の耐熱温度に従い温度と加熱時間とを調整することによりコントロールすることができるので、耐熱性が低い構造体の表面処理が問題なくできる。
【0025】
以上により、繊維または皮革を用いた構造体の表面に表面改質コーティングを行うことができる。
【0026】
ここで、未だ完全には解明されていないが、樹脂系フッ素コート剤を用いる場合について、繊維または皮革を用いた構造体の表面に対する改質剤の密着性が向上する理由について説明する。すなわち、樹脂系フッ素コート剤には、強度や耐熱性、各種耐性を高めるためにフィラーと呼ばれるミクロサイズやナノサイズの物質が含まれている。有機ポリシラザンには−CH
3 と表されるメチル基といわれるアルキル置換基が含まれているため、このアルキル置換基がフィラーと一体化し、強固な結合を形成することから、耐熱性、耐光性、耐候性、耐水性、強度が向上する。この機能はシランカップリング機能として知られている。また、有機ポリシラザンは、無機ポリシラザンとの間で酸素イオンにより結合し、有機ポリシラザンの弱点である硬度の弱点を解消し、強固なシリカ膜を形成する。繊維または皮革は有機物質であり、内部に有機反応基を有するため、同様に有機ポリシラザンと反応して強固な結合を形成する。これらの反応により、繊維または皮革を用いた構造体の表面にシリカとフッ素などの分子からなる強固な膜が形成され、高い密着性が得られる。
【0027】
[実施例]
(試験1)
試験1では、コーティング液中の有機ポリシラザンおよび無機ポリシラザンの濃度によって、ウェットクリーニングに対してクリーニング耐性にどのような違いが発生するかを検証した。
【0028】
試験に用いたサンプルは次のようにして作製した。綿50%、ポリエステル50%の一般的な生地を5cm四方に切断したサンプルを多数作製し、それぞれに有機ポリシラザンおよび無機ポリシラザンの濃度の異なるコーティング液を塗布した。コーティング液としては、フッ素コート剤(樹脂分0.5%溶剤)の濃度を40質量%に固定し、コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度(ポリシラザン合計濃度)を0.05質量%、0.10質量%、0.30質量%、0.50質量%、1.00質量%の5水準に変えたものと、有機ポリシラザンおよび無機ポリシラザンの一方しか含有しないものとを用いた。比較のために、有機ポリシラザンおよび無機ポリシラザンを含有せず、フッ素コート剤しか含有しないコーティング液も用いた。有機ポリシラザンとしてはDurazane1500RC、無機ポリシラザンとしてはDurazane2800、フッ素コート剤としては株式会社フロロテクノロジーの不燃性溶剤型撥水撥油処理剤のFS−1000シリーズ製品コード「FS−1640TH−0.5」を用いた。有機ポリシラザン、無機ポリシラザンおよびフッ素コート剤を溶解させる不活性有機溶剤としては、ジブチルエーテルとドライソルベントとエタノールとを1:3:5の割合で混合したものを用いた。有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとを含有するコーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの質量比は50:50とした。
【0029】
試験は次のようにして行った。すなわち、家庭用液体洗剤を通常の2倍使用した液剤にサンプルを漬け込み5分間撹拌した後30分放置したものをウェットクリーニング1回分とした。それぞれのクリーニング終了後、ドライヤーで乾燥させ、撥水のテストを行った。スポイトで水滴を落下させ、撥水しているかを、それぞれ30分放置後目視した。目視後、それぞれを紙で吸い取り、跡が残っていないかも確認した。テスト回数は、年2回5年分を有効期限としたので10回を設定した。結果を表1に示す。表1中に記入されている回数は耐えられる回数であり、10回以上は回数によらず10回と表記した。表1中のポリシラザン濃度は質量%である。
【0031】
表1より、コーティング液中に有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとを含有する場合はそれらの合計濃度が低くても、コーティング液中に有機ポリシラザンだけを含有する場合やコーティング液中に無機ポリシラザンだけを含有する場合に比べ、ウェットクリーニングに対してクリーニング耐性が高いことが分かる。コーティング液中に有機ポリシラザンも無機ポリシラザンも含有せず、フッ素コート剤のみ含有する場合はクリーニング耐性はなかった。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計濃度が0.10質量%以上の場合がクリーニング耐性が最も高かった。繊維製品などでは風合を損なわないようにするためにはコーティング液の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計濃度ができるだけ低いのが良いが、コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計濃度を0.10質量%と低くすることができることは好適である。
【0032】
(2)試験2
試験2では、コーティング液中のフッ素コート剤の濃度を変えて、クリーニング耐性にどのような違いが発生するかを検証した。
【0033】
サンプルの素材としては、試験1で用いた綿50%、ポリエステル50%の素材を用いた。これらのサンプルに有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤とを含有するコーティング液を塗布した。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度(ポリシラザン合計濃度)は、クリーニング耐性向上の効果が確認された0.30質量%とした。すなわち、表1のNo.10のコーティング液を用いた。クリーニング耐性の試験方法は試験1と同様である。結果を表2に示す。表2中のフッ素コート剤の濃度は質量%である。
【0035】
表2より、コーティング液中のフッ素コート剤の濃度が30質量%以上であるとクリーニング耐性が最も高くなることが分かる。
【0036】
(3)試験3
試験3では、サンプルの素材を変えて、クリーニング耐性にどのような違いが発生するかを検証した。
【0037】
サンプルの素材としては、試験1で用いた綿50%、ポリエステル50%の素材のほかに、ウール60%、シルク20%、綿20%の素材、ウール50%、シルク50%の素材、ウール100%の素材、ウール100%の起毛素材を用いた。これらのサンプルにそれぞれ、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤とを含有するコーティング液を塗布した。コーティング液中のフッ素コート剤の濃度は、クリーニング耐性向上の効果が確認された30質量%に固定した。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度(ポリシラザン合計濃度)は、クリーニング耐性向上の効果が確認された0.30質量%、0.50質量%の2水準に変えた。クリーニング耐性の試験方法は試験1と同様である。結果を表3に示す。
【0039】
表3より、各種の天然素材に対しても十分なクリーニング耐性向上の効果が確認された。
【0040】
以上は繊維製のサンプルを用いて行った試験であるが、皮革製のサンプルを用いて同様な試験を行った場合も同様な結果が得られた。
【0041】
(4)試験4
試験4では、参考例として、実施例のコーティング液によりコーティングを行った和紙サンプルについて耐光性および促進耐候試験を行った結果について説明する。繊維または皮革のサンプルについて試験を行った場合にも同様な結果が得られると期待できる。
【0042】
サンプルの素材としては和紙(半紙)を用いた。52mm×102mmの長方形のガラス板の長手方向の一方の片側半分および他方の片側半分に40mm×40mmに切断した和紙をそれぞれ張り付け、その一方の片側半分の和紙に有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤とを含有するコーティング液を塗布してコーティング層を形成し、他方の片側半分の和紙にはコーティングを行わなかった。コーティング液中の有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度は0.30質量%、フッ素コート剤の濃度は30質量%とした。
【0043】
上記のサンプルに対し促進耐候試験を行った。試験方法は以下の通りである。
【0044】
試験装置:スーパーキセノンウェザーメーター SX75 スガ試験機株式会社製
試験条件:試験はJIS B7754:1991キセノンアークランプ式耐光性および耐候性試験機に規定される装置を用いて以下の条件で行った。
インナーフィルター:石英ガラス
アウターフィルター:紫外線遮断用ガラスフィルター(I)
放射強度:180W/m
2 (調節波長範囲300〜400nm)
ブラックパネル温度:63±3℃
相対湿度:50±10%
サイクル条件:120分サイクル(18分照射および水噴霧、102分照射)
試験時間:100時間(50サイクル)
放射露光量:64MJ/m
2
【0045】
促進耐候試験を100時間行った上記のサンプルを目視により確認したところ、コーティングを行った和紙にはほとんど変化が見られなかった。
【0046】
促進耐候試験を100時間行った上記のサンプルに対しさらに促進耐候試験を行った。試験方法は以下の通りである。
【0047】
試験装置:スーパーキセノンウェザーメーター SX75 スガ試験機株式会社製
試験条件:試験はJIS B7754:1991キセノンアークランプ式耐光性および耐候性試験機に規定される装置を用いて以下の条件で行った。
インナーフィルター:石英ガラス
アウターフィルター:紫外線遮断用ガラスフィルター(I)
放射強度:180W/m
2 (調節波長範囲300〜400nm)
ブラックパネル温度:63±3℃
相対湿度:50±10%
サイクル条件:120分サイクル(18分照射および水噴霧、102分照射)
試験時間:400時間(200サイクル)
放射露光量:259MJ/m
2
【0048】
促進耐候試験を400時間行った上記のサンプルを目視により確認したところ、コーティングを行った和紙にはほとんど変化が見られなかった。
【0049】
上述のように促進耐候試験を合計500時間(標準的な使用条件で1年間に相当)行った上記のサンプルのコーティングを行った和紙およびコーティングを行わなかった和紙にそれぞれ水滴を垂らした。この状態のサンプルを
図1に示す。
図1中、右側の和紙がコーティングを行った和紙、左側の和紙がコーティングを行っていない和紙である。
図1に示すように、コーティングを行った和紙では丸い水滴が観察されていることから、高い撥水性が保持されていることが分かる。これに対し、コーティングを行っていない和紙では水滴は観察されず、撥水性がないことが分かる。
【0050】
以上のように、この一実施の形態によれば、少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成された、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布することにより、表面改質効果を失うことなく構造体の表面に対する表面改質コーティング剤の密着性の向上を図ることができ、それによって長期間に亘って撥水、撥油、防汚などの改質効果を得ることができ、耐光性および耐候性に優れており、完成品である繊維製品、皮革製品などを含む各種の繊維または皮革を用いた構造体に適用することができ、繊維製品などの繊維を用いた構造体についてはウェットクリーニングに対して高いクリーニング耐性を得ることができる。さらに、コーティングは1回で済むため製造が極めて容易でコストも掛からない。
【0051】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
【0052】
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、材料、方法などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれらと異なる数値、材料、方法などを用いてもよい。
【要約】
【課題】撥水、撥油などの表面改質が可能でしかも長期間に亘って表面改質効果を得ることができるだけでなく、耐光性および耐候性に優れ、完成品である繊維製品、皮革製品などに適用することができ、繊維製品については高いクリーニング耐性を得ることができ、コーティングは1回で済むため製造が極めて容易でコストも掛からない、繊維または皮革を用いた構造体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】繊維または皮革を用いた構造体の製造方法は、少なくとも表面側の少なくとも一部が繊維または皮革により構成されている、繊維または皮革を用いた構造体の表面に、有機ポリシラザンと無機ポリシラザンとフッ素コート剤と不活性有機溶剤とを含有し、上記有機ポリシラザンと上記無機ポリシラザンとの合計の濃度が0.05質量%以上1.00質量%以下、上記フッ素コート剤の濃度が20質量%以上70質量%以下であるコーティング液を塗布する工程を有する。
【選択図】
図1