特許第6771333号(P6771333)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ テルモ株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6771333-鉄含有注射用製剤 図000004
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6771333
(24)【登録日】2020年10月1日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】鉄含有注射用製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/26 20060101AFI20201012BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 47/20 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20201012BHJP
   A61K 9/20 20060101ALI20201012BHJP
   A61P 3/12 20060101ALI20201012BHJP
   A61P 7/06 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   A61K33/26ZMD
   A61K47/10
   A61K47/18
   A61K47/20
   A61K47/22
   A61K47/26
   A61K9/08
   A61K9/14
   A61K9/20
   A61P3/12
   A61P7/06
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-154249(P2016-154249)
(22)【出願日】2016年8月5日
(65)【公開番号】特開2017-36269(P2017-36269A)
(43)【公開日】2017年2月16日
【審査請求日】2019年5月16日
(31)【優先権主張番号】特願2015-157487(P2015-157487)
(32)【優先日】2015年8月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】坂田 文子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 啓明
【審査官】 榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−246731(JP,A)
【文献】 特開2006−124287(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/047302(WO,A1)
【文献】 日本臨床栄養学会雑誌,2014年,Vol.36, No.1,p.40-45
【文献】 Plos One,2013年,Vol.8, No.5,e64022,p.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61K 9/00− 9/72
A61K 47/00−47/69
A61P 1/00−43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgとなる量で鉄化合物を含有し、かつ、糖、電解質、アミノ酸、ビタミンおよび鉄以外の微量元素をさらに含有し、成人の患者または低栄養状態の患者に投与される静脈栄養用輸液剤であることを特徴とする鉄含有注射用製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄含有注射用製剤に関する。より詳細には、本発明は、鉄代謝を負に制御するヘプシジン−25の産生を抑制することによって血中のヘプシジン−25の濃度を低下させて体内での鉄の利用を円滑に行わせると共に、網内系での鉄の過剰蓄積を防いで、鉄の過剰蓄積に伴うヒドロキシラジカルの産生を抑制して、DNAの損傷やアポトーシスの誘導などを防ぐことのできる鉄含有注射製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄は生体内で最も多く存在する微量金属であり、ヘモグロビン合成や全身の細胞の酸化還元反応、分裂や増殖に関与する必須の元素である。しかし、鉄が過剰になると、酸化ストレスの原因となることから、鉄代謝は数多くの関連分子により巧妙に制御されている(非特許文献1)。
鉄代謝の特徴は、積極的な排泄経路を持たず、ほとんどの鉄が再利用される半閉鎖的回路を構築していることである。
鉄は1日に1mg程度が上部消化管から吸収されて血液中に入り、トランスフェリンと結合して全身に運搬されるが、体内で利用される鉄のほとんどは網内系による赤血球ヘモグロビン鉄の再利用によりまかなわれる。赤血球の寿命は平均120日であり、1日当たり20mgの鉄が網内系マクロファージで処理される。ヘモグロビンから取り出された鉄は、生体内で唯一の鉄輸送膜蛋白であるフェロポルチンを介して再び血液中に入り再利用される(非特許文献2)。
【0003】
ヘプシジン−25は肝臓で合成分泌されるペプチドホルモンであって、ヘプシジン−25・フェロポルチン系により鉄の代謝を負に制御している。
フェロポルチンは、網内系マクロファージ、上部小腸粘膜上皮細胞や肝細胞などに存在する鉄輸送膜蛋白であって、ヘプシジン−25の受容体である。フェロポルチンはヘプシジン−25により負の制御を受けており、フェロポルチンがヘプシジン−25と結合すると細胞内部へ移行し、ライソゾームでヘプシジン−25とともに分解される。分解により減少したフェロポルチンが新たに合成されるまでに2〜3日を要するため、その間はフェロポルチンの膜分布密度が低下し、細胞からの鉄放出量が減少する。
ヘプシジン−25は炎症や鉄負荷などにより誘導されるが、血清ヘプシジン−25が持続的に高値であると、鉄の再利用が阻害されて、赤血球合成に鉄を利用できない機能性鉄欠乏状態となり、貧血を発現することが知られている(非特許文献3)。
【0004】
高カロリー輸液療法を施行されている患者は、微量元素補給のため、通常、鉄、銅、亜鉛、ヨウ素およびマンガンの5種類の微量元素を配合した微量元素製剤を高カロリー輸液剤に混合して持続投与される。
近年、鉄などの5種類の微量元素を配合した微量元素製剤を高カロリー輸液に混合して投与すると、高齢者ではヘプシジン−25が誘導されて鉄代謝が阻害されることが、報告されている(非特許文献4)。
成長期にあり、必要な熱量が投与され、体重が増加する状況では、ヘプシジン−25の誘導は認められないが、成長期を過ぎた、体重増加の起こらない成人や高齢者、低栄養状態の患者では、鉄、銅、亜鉛、ヨウ素およびマンガンを含有する微量元素製剤を投与すると、ヘプシジン−25を誘導して鉄代謝が阻害された状況になり易い。しかしながら、ヘプシジン−25を誘導することなく鉄分を補給することのできる鉄含有注射用製剤は、現状、知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】高後裕ほか、「Iron Overload と鉄キレート療法」、p.25−33(2007)
【非特許文献2】生田克哉ほか、「血液フロンティア」、21(6)、p.23−30(2011)
【非特許文献3】友杉直久、「血液フロンティア」、21(6)、p.31−39(2011)
【非特許文献4】加藤治樹、「日本臨床栄養学会雑誌」,36(1)、p.40−45(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、鉄の投与が必要な患者に対して、ヘプシジン−25を誘導することなく鉄の再利用を促進させると共に、臓器や組織への鉄の過剰蓄積を防いで、過剰蓄積した鉄によるヒドロキシラジカルの産生、ヒドロキシラジカルによるDNAの損傷やアポトーシスの誘導などを抑制する鉄含有注射用製剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねてきた。その結果、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、従来の鉄含有注射用製剤の2分の1未満である鉄含量の少ない鉄含有注射用製剤が上記目的の達成に有効であり、鉄含量の少ない当該鉄含有注射用製剤を、鉄の投与が必要な、体重増加の起こらない成人や高齢者、低栄養状態の患者などに投与すると、ヘプシジン−25を誘導することなく鉄の再利用を促進させると共に鉄の過剰蓄積を防ぐことができ、それによって、鉄の過剰蓄積によるヒドロキシラジカルの産生が防止されて、DNAの損傷やアポトーシスの誘導などを抑制できることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成した。
【0008】
したがって、本発明は、
(1) 成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgとなる量で鉄化合物を含有することを特徴とする鉄含有注射用製剤である。
そして、本発明は、
(2) 液体製剤または固体製剤である前記(1)の鉄含有注射用製剤;および、
(3) 静脈栄養用輸液剤、プレフィルドシリンジ製剤、バイアル充填製剤またはアンプル充填製剤である前記(1)または(2)の鉄含有注射用製剤;
である。
【発明の効果】
【0009】
従来の鉄含有注射用製剤に比べて、鉄の含有量が2分の1未満であって鉄の含有量が大幅に少ない本発明の鉄含有注射用製剤を、鉄の投与が必要な成人患者、特に体重増加の起こらない成人や高齢者、低栄養状態の患者などに投与すると、ヘプシジン−25を誘導することなく鉄の再利用を促進させると共に鉄の過剰蓄積を防ぐことができ、それに伴って鉄の過剰蓄積によるヒドロキシラジカルの産生を抑制して、DNAの損傷やアポトーシスの誘導などを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、試験例1の結果、すなわち、第1群〜第4群のラットに、実施例1および比較例1〜3の静脈栄養用輸液剤をそれぞれ投与して、ラットにおける血清ヘプシジン−25濃度を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明について詳細に説明する。
本発明の鉄含有注射用製剤は、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して、0.1〜0.6mgとなる量で鉄化合物を含有する鉄含有注射用製剤であり、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が,鉄元素に換算して、0.1〜0.5mgとなる量で鉄を含有することが好ましく、0.15〜0.45mgとなる量で鉄を含有することがより好ましく、0.20〜0.35mgとなる量で鉄を含有することがさらに好ましい。
成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して、0.6mgを超える量で鉄化合物を含有する鉄含有注射用製剤を投与すると、ヘプシジン−25を誘導し、鉄代謝が阻害され易くなる。一方、鉄化合物の含有量が、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して、0.1mg未満となる量であると、十分な鉄補給が困難になる。
【0012】
従来の鉄含有注射用製剤(特に鉄を含有する、注射用の粉末製剤、液体製剤、静脈栄養輸液剤、プレフィルドシリンジ製剤など)では、一般的には、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して2mg程度になる量で鉄化合物が配合されており、当該従来の鉄含有注射用製剤と比較すると、本発明の鉄含有注射用製剤は、鉄化合物の配合量が、鉄元素に換算して、2分の1未満と少量である。
本発明の鉄含有注射用製剤は、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgとなる量で鉄化合物を少量配合することにより、血清ヘプシジン−25を誘導することなく鉄の供給を可能にし、しかも網内系に鉄が過剰に蓄積されないため、ヒドロキシラジカルの産生を抑制して、DNAの損傷やアポトーシスの誘導を抑制することができる。
【0013】
本発明の鉄含有注射用製剤に配合される鉄化合物としては、生体に対して安全で且つ水などの液体に溶解する鉄化合物を用いることができ、具体例としては、塩化第二鉄、クエン酸第二鉄、硝酸第二鉄、硫酸第二鉄などの第二鉄塩を挙げることができる。そのうちでも、塩化第二鉄が使用実績の豊富な点から好ましく用いられる。
【0014】
本発明の鉄含有注射用製剤は、液体製剤または固体製剤のいずれであってもよい。液体製剤である場合は、水などの液体に溶解した溶液の形態であるのがよく、水溶液の形態であることが好ましい。固体製剤である場合は、粉末、錠剤などの形態であることができ、粉末の形態であることが好ましい。
本発明の鉄含有注射用製剤の具体的な剤形としては、静脈栄養用輸液剤、プレフィルドシリンジ製剤、バイアル充填製剤、アンプル充填製剤などを挙げることができる。
【0015】
本発明の鉄含有注射用製剤は、シリンジ、バイアル、アンプル、ボトル、バッグなどの容器に収容しておくことができる。鉄含有注射用製剤を収容する前記した容器は、鉄含有注射用製剤の剤形、容器の種類、形状、構造などに応じて、ガラス、合成樹脂、熱可塑性エラストマーなどから形成されていることができる。容器を形成し得る合成樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(4−メチルペンテン)などのポリオレフィン、環状ポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネートなどを挙げることができる。また、容器を形成し得る熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリスチレン系熱可塑性エラストマー、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマー、ポリジオレフィン系熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系熱可塑性エラストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、ポリアミド系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマーなどを挙げることができる。
【0016】
本発明の鉄含有注射用製剤が、静脈栄養用輸液剤である場合に、ボトルまたはバッグ内の輸液剤の処方に鉄化合物を本発明で規定する所定の量で含有させることによって、この輸液製剤は、輸液としての機能と微量元素の1つである鉄剤としての機能の両方を有するようになる。
鉄化合物を含有する輸液剤の処方としては、鉄化合物を含有し、更に糖、電解質、アミノ酸、ビタミン、鉄以外の微量元素のうちの2種または3種以上を組み合わせたものを挙げることができ、それらの成分は、別々の容器に分けて収容されていてもよいし、1室型の1つの容器に一緒に収容されていてもよいし、用時連通可能な隔壁によって複数の室に区分された複数室型の容器のいずれかの室に分けて収容されていてもよく、鉄化合物は、前記した成分が収容されているいずれか1つの容器または複数の容器、或いはいずれか1つの室または複数の室に配合することができる。
鉄化合物を輸液剤中に含有させるに当たっては、輸液剤中の鉄化合物の濃度は、成人患者1人に対する1日当たりの鉄の投与量が、鉄元素に換算して本発明で規定する範囲内の量となる量で鉄化合物を含有させる必要がある。例えば、成人患者1人に対する1日当たりの輸液剤の投与量が1Lである場合には、輸液剤1L中の鉄化合物の含有量は、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgである。また、成人患者1人に対する1日当たりの輸液剤の投与量が2Lである場合には、輸液剤1L中の鉄化合物の含有量は、前記の2分の1の量、すなわち、0.05〜0.3mgである。
【0017】
輸液剤の処方で用いる糖の種類としては、グルコース、フルクトース、キシリトール、ソルビトール、マルトース、グリセロールなどを挙げることができ、これらの1種または2種以上を含有させることができる。溶液中の糖の濃度は、十分な熱量を投与するために、70〜250g/Lであることが好ましく、120〜250g/Lであることがより好ましい。
輸液剤の処方で用いるアミノ酸の種類としては、例えば、イソロイシン、ロイシン、バリン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、グリシン、アラニン、アルギニン、ヒスチジン、プロリン、セリン、チロジン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸などのアミノ酸を挙げることができ、特に前記したアミノ酸の全てを含有させると、輸液用のアミノ酸溶液製剤として十分な機能を有するようになる。
輸液剤中のアミノ酸の濃度は、十分な窒素量(アミノ酸)を投与するために、15〜70g/Lであることが好ましく、20〜50g/Lであることがより好ましい。
本発明の鉄含有注射用製剤が、鉄化合物を含有する静脈栄養用輸液剤である場合には、当該輸液剤の成人患者1名に対する1日当たりの投与総熱量が、600〜2000kcal、特に600〜1500kcalであることが好ましい。
【0018】
また、輸液剤中に鉄化合物を含有させる代わりに用時混合用として、本発明の鉄含有注射用製剤を輸液剤を収容した容器とは別の容器に収容し(例えば鉄化合物を含有する製剤を充填した、プレフィルドシリンジ製剤、バイアル充填製剤、アンプル製剤などにし)、輸液剤とセットにして流通、販売、使用することができる。
【0019】
本発明の鉄含有注射用製剤をシリンジに収容する場合は、鉄化合物を含有する溶液(好ましくは水溶液)をシリンジに予め収容したプレフィルドシリンジ溶液製剤とするか、または粉末状の鉄化合物をシリンジに予め収容したプレフィルドシリンジ粉末製剤とすることができる。
本発明の鉄含有注射用製剤が、鉄化合物を含有する溶液(特に鉄化合物を含有する水溶液)をシリンジに予め収容したプレフィルドシリンジ溶液製剤である場合は、成人患者1人に対して当該プレフィルドシリンジ溶液製剤を1日当たりに使用する個数(本数)に対応して、1日当たりの鉄の投与量が鉄元素に換算して0.1〜0.6mgとなるように、シリンジ中の鉄化合物の含有量を調整する必要がある。
例えば、鉄化合物を含有する溶液を充填したプレフィルドシリンジ溶液製剤が、成人患者1人に対して1日に1個(1本)の割合で用いられるものでは、シリンジ中の鉄化合物の含有量を、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgとなる量にする。また、鉄化合物を含有する溶液を充填したプレフィルドシリンジ溶液製剤が、成人患者1人に対して1日に2個(2本)の割合で用いられるものでは、シリンジ中の鉄化合物の含有量を、鉄元素に換算して0.05〜0.3mgとなる量にする。
また、プレフィルドシリンジ溶液製剤におけるシリンジの内容積は、取り扱い性、保管性などの点から、0.5〜20.0mLであることが好ましく、2.0〜10.0mLであることがより好ましい。
【0020】
本発明の鉄含有注射用製剤が、鉄化合物粉末をシリンジに予め収容したプレフィルドシリンジ粉末製剤である場合は、患者への投与時に、必要な量の溶媒(水など)を針先からシリンジ内に吸入してシリンジ内の鉄化合物粉末を溶解して溶液にして用いる。
プレフィルドシリンジ製剤(溶液製剤および粉末製剤)の形態をなす本発明の鉄含有注射用製剤は、患者に輸液剤を投与する際に、シリンジ中の鉄化合物溶液を輸液中に注入混合することで、輸液と一緒に患者に投与することができる。
【0021】
プレフィルドシリンジ製剤の形態をなす本発明の鉄含有注射用製剤は、鉄化合物と共に、必要に応じて銅、マンガン、亜鉛、ヨウ素、セレンなどの微量元素の化合物の1種または2種以上を含有することができ、また必要に応じてビタミン類、電解質類などの1種または2種以上を含有することができる。
【0022】
本発明の鉄含有注射用製剤が、鉄化合物溶液をバイアルまたはアンプルに収容した製剤である場合は、注射器などによってバイアルまたはアンプル中の鉄化合物溶液を吸い出し、それを輸液中に注入混合することで、輸液と一緒に患者に投与することができる。この場合に、バイアルまたはアンプル中の鉄化合物の含有量は、プレフィルドシリンジ溶液製剤の場合と同じように、成人患者1人に対して、1日当たりに当該バイアル製剤またはアンプル製剤を使用する個数(本数)に応じて、成人患者1人に対して1日当たりにつき、鉄が、鉄元素に換算して0.1〜0.6mgの量で投与されるような量とする。
バイアルまたはアンプルの内容積は、取り扱い性、保管性などの点から、0.5〜20.0mLであることが好ましく、2.0〜10.0mLであることがより好ましい。
本発明の鉄含有注射用製剤が、粉末、錠剤などの固体状の鉄化合物をバイアルまたはアンプルに収容したものである場合は、バイアルまたはアンプルに必要量の溶媒(水など)を加えて鉄化合物溶液にした後に、バイアルまたはアンプル中の鉄化合物溶液を注射器などで吸い出し、それを輸液中に注入混合することで、輸液と一緒に患者に投与することができる。
本発明の鉄含有注射用製剤が、鉄化合物溶液または固体状の鉄化合物をバイアルまたはアンプル中に収容したものである場合は、鉄化合物と共に、必要に応じて、銅、マンガン、亜鉛、ヨウ素、セレンなどの微量元素の化合物の1種または2種以上を含有することができ、また必要に応じてビタミン類や、電解質類などの1種または2種以上を含有することができる。
【0023】
また、本発明の鉄含有注射用製剤は、必要に応じて、緩衝剤、等張化剤、pH調整剤などの1種または2種以上を含有することができる。
本発明の鉄含有注射用製剤は、鉄の投与が必要な成人患者に投与され、特に体重増加の起きにくい成人、高齢者、低栄養状態の患者などへの投与に好適である。
【実施例】
【0024】
以下に実施例などを挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【0025】
《実施例1》[鉄を含有する静脈栄養用輸液剤]
下記の表1の実施例1の欄に示す成分組成を採用し、それを1000mLとなるように注射用水に溶解した後、0.22μmメンブランフィルターでろ過して、塩化第二鉄(六水和物)を1.183mg/L(鉄元素として0.2438mg/L)の量で含有する輸液剤をつくり、これを無菌的に輸液バッグに充填して、鉄化合物を含有する静脈栄養用輸液剤を調製した。
この実施例1で得られた静脈栄養用輸液剤中の鉄の含有量は、鉄元素に換算して、現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤配合(高カロリー輸液剤配合)(以下の比較例3のもの)に含まれる鉄の量の4分の1である。この実施例1で得られた静脈栄養用輸液剤は、1日当たり2000mL投与するため、鉄の投与量は1日当たり鉄元素に換算して0.4876mgとなる。
【0026】
《比較例1》[鉄を含まない静脈栄養用輸液剤]
下記の表1の比較例1の欄に示す鉄化合物を含まない成分組成を採用し、それを1000mLとなるように注射用水に溶解した後、0.22μmメンブランフィルターでろ過して、鉄を含まない輸液剤をつくり、これを無菌的に輸液バッグに充填して、鉄を含まない静脈栄養用輸液剤を調製した。この比較例1で得られた静脈栄養用輸液剤は、1日当たり2000mL投与する。
【0027】
《比較例2》[鉄を含有する静脈栄養用輸液剤]
下記の表1の比較例2の欄に示す成分組成を採用し、それを1000mLとなるように注射用水に溶解した後、0.22μmメンブランフィルターでろ過して、塩化第二鉄(六水和物)を2.365mg/L(鉄元素として0.4875mg/L)の量で含有する輸液剤をつくり、これを無菌的に輸液バッグに充填して、鉄化合物を含有する静脈栄養用輸液剤を調製した。
この比較例2で得られた静脈栄養用輸液剤中の鉄の含有量は、鉄元素に換算して、現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤配合(高カロリー輸液剤配合)(以下の比較例3のもの)に含まれる鉄の量の2分の1である。この比較例2で得られた静脈栄養用輸液剤は、1日当たり2000mL投与するため、鉄の投与量は1日当たり鉄元素に換算して0.9750mgとなる。
【0028】
《比較例3》[鉄を含有する静脈栄養用輸液剤]
下記の表1の比較例3の欄に示す成分組成を採用し、それを1000mLとなるように注射用水に溶解した後、0.22μmメンブランフィルターでろ過して、塩化第二鉄(六水和物)を4.730mg/L(鉄元素として0.9750mg/L)の量で含有する輸液剤をつくり、これを無菌的に輸液バッグに充填して、鉄化合物を含有する静脈栄養用輸液剤を調製した。
この比較例3で得られた静脈栄養用輸液剤中の鉄の含有量は、現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤(高カロリー輸液剤)における鉄の含有量に相当する。この比較例3で得られた静脈栄養用輸液剤は、1日当たり2000mL投与するため、鉄の投与量は1日当たり鉄元素に換算して1.950mgとなる。
なお、ラットは高カロリー輸液投与下で銅を投与しないと早期に銅が欠乏し、鉄代謝に影響を及ぼす可能性があるため、実施例1、比較例1および比較例2の銅含有量は比較例3と等しくなるように設定した。
【0029】
【表1】
【0030】
《試験例1》
実施例1および比較例1〜3で調製したそれぞれの静脈栄養用輸液剤を用いて、以下の動物実験を行った。
(1) 8週齢のCrl:CD(SD)系雄性ラット24匹を一夜絶食し(絶食後の体重中央値276.7g)、各群間に体重差がないように6匹ずつ第1群〜第4群の4群に分けた後、右外頸静脈にカテーテルを留置した。
(2) 無拘束下で、第1群の6匹のラットには実施例1で調製した静脈栄養輸液剤を、第2群の6匹のラットには比較例1で調製した静脈栄養輸液剤を、第3群の6匹のラットには比較例2で調製した静脈栄養輸液剤を、第4群の6匹のラットには比較例3で調製した静脈栄養輸液剤を、それぞれ3日間持続投与した。
静脈栄養輸液剤の投与量は、各群とも、245mL/ラット体重kg/day、投与総熱量は200kcal/ラット体重kg/dayとした。通常、8週齢のラットの必要総熱量は300kcal/ラット体重kg/dayであるが、体重増減のない条件とするために、投与総熱量は、通常の3分の2である前記200kcal/ラット体重kg/dayに制限した。
(3) 3日間の静脈栄養輸液剤の投与終了後にラットの体重を測定し、投与開始前の体重を基準にして体重増加率(%)を算出した。
その結果を、下記の表2に示す。
【0031】
(4) 上記(2)の3日間の静脈栄養輸液剤の投与終了後に、イソフルラン麻酔下でラットの腹大動脈より採血し、血清を分離して血清ヘプシジン−25の濃度を、高速液体クロマトグラム−タンデム型質量分析法(HPLC−MS/MS法)によって下記の条件下で測定した。
【0032】
[HPLC−MS/MS法による測定時の測定条件]
HPLC(島津UFLC)
分離カラム:セミマイクロ逆相(C8)カラム
流量:0.3mL/min
溶離条件:0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸アセトニトリル液によるグラジエント溶出
MS(ABI Sciex QTRAP 4000)
イオン化法、印加電圧:ESI、+6kV
CID:30V
MS/MS分析モード:MRM
【0033】
血清ヘプシジン−25の濃度の測定結果を、図1に箱ひげ図で示すと共に、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値を下記の表2に示す。
図1において、箱の上辺は血清ヘプシジン−25の濃度の75%値、箱の内部の横線は血清ヘプシジン−25の濃度の中央値、箱の下辺は血清ヘプシジン−25の濃度の25%値、箱外部の縦軸正方向の上端は血清ヘプシジン−25の濃度の最大値、箱外部の縦軸負方向の下端は血清ヘプシジン−25の濃度の最小値を示す。
【0034】
【表2】
【0035】
上記の表2に示すように、体重増加率の中央値は、実施例1の静脈栄養輸液剤を投与した第1群のラットでは−0.46%、比較例1の静脈栄養輸液剤を投与した第2群のラットでは1.07%、比較例2の静脈栄養輸液剤を投与した第3群のラットでは0.50%および比較例3の静脈栄養輸液剤を投与した第4群のラットでは0.69%であった。
通常、8〜9週齢前後の摂食ラットの体重増加率は6〜9%であることから、投与総熱量を通常の3分の2に制限することで体重増加率が抑制されて、各群のラットは低栄養状態にあった。
【0036】
図1および上記の表2に示すように、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値についてみると、塩化第二鉄(六水和物)1.183mg/L(鉄元素として0.2438mg/L)を含有する実施例1の静脈栄養輸液剤を投与した第1群のラットでは、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値は26.4ng/mL(n=6)であり、鉄[塩化第二鉄(六水和物)]を含有しない比較例1の静脈栄養輸液剤を投与した第2群のラットでは、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値は13.4ng/mL(n=6)であり、第1群のラットと第2群のラットとの間に血清ヘプシジン−25の濃度に有意な差は認められなかった(Steel検定)。
一方、塩化第二鉄(六水和物)2.365mg/L(鉄元素として0.4875mg/L)を含有する比較例2の静脈栄養輸液剤を投与した第3群のラットでは、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値は31.3ng/mL(n=6)であり、塩化第二鉄(六水和物)4.730mg/L(鉄元素として0.975mg/L)を含有する比較例3の静脈栄養輸液剤を投与した第4群のラットでは、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値は54.4ng/mL(n=6)であり、鉄[塩化第二鉄(六水和物)]を含有しない比較例1の静脈栄養輸液剤を投与した第2群のラットに比べて、血清ヘプシジン−25の濃度の中央値は有意に高値であった。
【0037】
上記の結果から、体重増減のない条件下では、現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤(高カロリー輸液剤)における鉄の含有量に相当する比較例3の静脈栄養用輸液剤を投与するか、または現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤(高カロリー輸液剤)における鉄の含有量の2分の1の鉄を含有する比較例2の静脈栄養用輸液剤を投与すると、鉄の補給は可能であるが、血清ヘプシジン−25を誘導し、鉄代謝を阻害することがわかる。
これに対して、現行の鉄含有静脈栄養用輸液剤(高カロリー輸液剤)における鉄の含有量の2分の1よりも少ない、4分の1の鉄を含有する実施例1の静脈栄養用輸液剤を投与すると、体重増減のない条件下でも血清ヘプシジン−25の誘導を抑制し、鉄の再利用を阻害することなく鉄の補給が可能であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
鉄の含有量が、従来の鉄含有注射用製剤に比べて大幅に少ない、本発明の鉄含有注射用製剤は、鉄の投与が必要な成人患者に投与したときに、ヘプシジン−25を誘導することなく鉄の再利用を促進させ、しかも鉄の過剰蓄積を防いで鉄の過剰蓄積によって引き起こされるDNAの損傷やアポトーシスの誘導などを防ぐことができるので、鉄の投与が必要な成人患者に対する鉄含有注射用製剤として
有効である。
図1