特許第6771883号(P6771883)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6771883エポキシ樹脂組成物、プリプレグおよび繊維強化複合材料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6771883
(24)【登録日】2020年10月2日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】エポキシ樹脂組成物、プリプレグおよび繊維強化複合材料
(51)【国際特許分類】
   C08G 59/46 20060101AFI20201012BHJP
   C08G 59/32 20060101ALI20201012BHJP
   C08J 5/24 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   C08G59/46
   C08G59/32
   C08J5/24CFC
【請求項の数】6
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2015-236346(P2015-236346)
(22)【出願日】2015年12月3日
(65)【公開番号】特開2016-148020(P2016-148020A)
(43)【公開日】2016年8月18日
【審査請求日】2018年8月21日
【審判番号】不服2019-13957(P2019-13957/J1)
【審判請求日】2019年10月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-22915(P2015-22915)
(32)【優先日】2015年2月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐野 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】高岩 玲生
(72)【発明者】
【氏名】平野 啓之
【合議体】
【審判長】 近野 光知
【審判官】 杉江 渉
【審判官】 安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−167102(JP,A)
【文献】 特開2014−167103(JP,A)
【文献】 特開平10−330513(JP,A)
【文献】 特開平10−182793(JP,A)
【文献】 特開2002−284852(JP,A)
【文献】 特開2014−185296(JP,A)
【文献】 特開2014−122312(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 59/00- 59/72
C08L 1/00- 101/14
C08J 5/04- 5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分[A]、[B]、[C]、[D]を含み、下記条件[a]および[b]を満たし、成分[A]が[A1]または[A2]のエポキシ樹脂を全エポキシ樹脂100質量部中10質量部〜50質量部含むことを特徴とするエポキシ樹脂組成物。
[A]:エポキシ樹脂
[B]:ジシアンジアミド
[C]:芳香族ウレア
[D]:ホウ酸エステル
[a]:窒素気流下、100℃の等温で示差走査熱量分析計によりエポキシ樹脂組成物を分析したとき、100℃に達してから熱流量がピークトップに至るまでの時間が60分以下
[b]:窒素気流下、60℃の等温で示差走査熱量分析計によりエポキシ樹脂組成物を分析したとき、60℃に達してから熱流量がピークトップに至るまでの時間が25時間以上
[A1]式(I)および/または式(II)で示されるエポキシ樹脂
【化1】
(式中、R、R、Rは、水素原子またはメチル基を表す。また、nは1以上の整数を表す。)
【化2】
(nは1以上の整数を表す。)
[A2]3官能以上のグリシジルアミン型エポキシ樹脂
【請求項2】
[A1]式(I)および/または式(II)で示されるエポキシ樹脂のエポキシ基の平均官能基数が3.0個/分子以上である請求項に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項3】
成分[A]が[A3]ビスフェノールF型エポキシ樹脂を全エポキシ樹脂100質量部中20質量部〜90質量部含む請求項1または2に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項4】
130℃で2時間加熱し硬化させた樹脂硬化物の曲げ弾性率が3.5GPa以上である請求項1〜のいずれかに記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1〜のいずれかに記載のエポキシ樹脂組成物と炭素繊維からなるプリプレグ。
【請求項6】
請求項に記載のプリプレグを硬化して得られる繊維強化複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポーツ用途および一般産業用途に適した繊維強化複合材料のマトリックス樹脂として好ましく用いられるエポキシ樹脂組成物、ならびに、これをマトリックス樹脂としたプリプレグおよび繊維強化複合材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エポキシ樹脂はその優れた機械的特性をいかし、塗料、接着剤、電気電子情報材料、先端複合材料など、各種産業分野に広く使用されている。特に炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維などの強化繊維とマトリックス樹脂からなる繊維強化複合材料ではエポキシ樹脂が多用されている。
【0003】
繊維強化複合材料の製造は、炭素繊維の基材にあらかじめエポキシ樹脂を含浸させた、プリプレグが汎用される。プリプレグは、積層もしくはプリフォーム後、加熱してエポキシ樹脂を硬化させることで、成形品を与える。プリプレグに要求される特性は、成形品が優れた機械特性を示すことに加え、特に近年では、優れた生産性、すなわち速硬化性が求められている。この傾向は、特に生産性が要求される自動車などの産業用途で強い。
【0004】
また、現行のプリプレグは室温においても反応性があり、通常冷凍保管が必要である。それには冷凍設備の手配や使用前の解凍が要求されることから、常温で保管、取扱いが可能な、保管安定性に優れたプリプレグが求められている。
【0005】
保管安定性を高める技術として、特許文献1には、粒径を制御したイミダゾール誘導体の粒子表面をホウ酸エステル化合物でコーティングする方法が開示されており、良好な保管安定性と硬化速度の両立が可能であると記載されている。
【0006】
特許文献2には、エポキシ樹脂中の加水分解塩素量を適切な範囲に制御することにより、長期保存安定性を有するエポキシ樹脂組成物が得られると記載されている。
【0007】
特許文献3には、硬化開始温度から硬化度が一定に達するまでの時間を制御し、粒径や硬化温度を限定した硬化剤を用いる方法が開示されており、保管安定性と速硬化性を両立したと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−157498号公報
【特許文献2】特開2003−301029号公報
【特許文献3】特開2004−75914号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に記載された方法では、活性の高いイミダゾール誘導体を用いるため、樹脂の調合時やプリプレグ作製時およびプリプレグ保管・輸送時の熱履歴により、長期保存安定性が失われる場合があった。
【0010】
また、特許文献2および3には、比較的高い保存安定性をもつ樹脂組成物が示されているものの、保存安定性は十分とは言えなかった。また炭素繊維複合材料の力学特性に重要な、樹脂硬化物の弾性率や撓みに関する言及もなかった。
【0011】
そこで、本発明は、製造プロセスや保管・輸送時の熱履歴に対し安定で、保管安定性を高いレベルで有するエポキシ樹脂組成物およびプリプレグを提供すること、かつ繊維強化複合材料として優れた機械特性を示すエポキシ樹脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討した結果、下記構成からなるエポキシ樹脂組成物を見いだし、本発明を完成させるに至った。すなわち本発明のエポキシ樹脂組成物は、以下の構成からなる。
【0013】
次の成分[A]、[B]、[C]、[D]を含み、下記条件[a]および[b]を満たすことを特徴とするエポキシ樹脂組成物。
[A]:エポキシ樹脂
[B]:ジシアンジアミド
[C]:芳香族ウレア
[D]:ホウ酸エステル
[a]:窒素気流下、100℃の等温で示差走査熱量分析計によりエポキシ樹脂組成物を分析したとき、100℃に達してから熱流量がピークトップに至るまでの時間が60分以下
[b]:窒素気流下、60℃の等温で示差走査熱量分析計によりエポキシ樹脂組成物を分析したとき、60℃に達してから熱流量がピークトップに至るまでの時間が25時間以上。
【0014】
また、本発明のプリプレグは、前記エポキシ樹脂組成物と炭素繊維からなるプリプレグである。
【0015】
また、本発明の繊維強化複合材料は、前記プリプレグを硬化して得られる繊維強化複合材料である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、製造プロセスおよび保管・輸送時の熱履歴に対し安定で、保管安定性に極めて優れるとともに、プリプレグを成形して得られる繊維強化複合材料が高い機械特性を有するエポキシ樹脂組成物、ならびに、該エポキシ樹脂組成物を用いたプリプレグおよび繊維強化複合材料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、成分[A]:エポキシ樹脂、成分[B]:ジシアンジアミド、成分[C]:芳香族ウレア化合物、成分[D]ホウ酸エステルを必須成分として含む。まずはこれらの構成要素について説明する。
【0018】
(成分[A])
本発明における成分[A]はエポキシ樹脂である。例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールS型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、フルオレン骨格を有するエポキシ樹脂、フェノール化合物とジシクロペンタジエンの共重合体を原料とするエポキシ樹脂、ジグリシジルレゾルシノール、テトラキス(グリシジルオキシフェニル)エタン、トリス(グリシジルオキシフェニル)メタンのようなグリシジルエーテル型エポキシ樹脂、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、テトラグリシジルキシレンジアミンのようなグリシジルアミン型エポキシ樹脂が挙げられる。エポキシ樹脂は、これらを単独で用いても、複数種類を組み合わせても良い。
【0019】
成分[A]としては、3官能以上の多官能エポキシ樹脂を含むことが好ましい。3官能以上の多官能エポキシ樹脂を含むことにより、極めて高い保管安定性を有しながら、硬化速度も良好なエポキシ樹脂組成物が得られる。
【0020】
3官能以上の多官能エポキシ樹脂としては、硬化速度と保管安定性、および硬化物の力学特性のバランスの観点から、成分[A1]下記式(I)および/または下記式(II)で示されるエポキシ樹脂であることが好ましい。成分[A1]は、一般にフェノールノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、またはジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂として知られているものであり、2官能以上の多官能エポキシ樹脂の混合物として市販されている。
【0021】
成分[A1]は、エポキシ樹脂組成物に含まれる全エポキシ樹脂100質量部中10質量部〜50質量部含むことが、保管安定性と硬化速度のバランスの観点から好ましい。また、硬化速度の観点から、成分[A1]中の3官能以上の多官能エポキシ樹脂の割合は多いほうが好ましく、その観点から、成分[A1]のエポキシ基の平均官能基数は3.0個以上であることが好ましい。
【0022】
【化1】
【0023】
(式中、R、R、Rは、水素原子またはメチル基を表す。また、nは1以上の整数を表す。)
【0024】
【化2】
【0025】
(nは1以上の整数を表す)。
【0026】
成分[A1]の市販品としては、“jER(登録商標)”152、154、180S(以上、三菱化学(株)製)、“エピクロン(登録商標)”N−740,N−770,N−775,N−660,N−665,N−680,N−695,HP7200L,HP7200,HP7200H,HP7200HH,HP7200HHH(以上、DIC(株)製)、PY307,EPN1179,EPN1180,ECN9511,ECN1273,ECN1280,ECN1285,ECN1299(以上、ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)、YDPN638,YDPN638P,YDCN−701,YDCN−702,YDCN−703,YDCN−704(以上、東都化成(株)製)、DEN431,DEN438,DEN439(以上、ダウケミカル社製)などがある。
【0027】
また、3官能以上の多官能エポキシ樹脂として、成分[A2]3官能以上のグリシジルアミン型エポキシ樹脂を含むことが好ましい。
【0028】
成分[A2]の具体例としては、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、テトラグリシジルキシリレンジアミンなどが挙げられる。
【0029】
成分[A2]の市販品としては、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタンとして、“スミエポキシ(登録商標)”ELM434(住友化学工業(株)製)、YH434L(東都化成(株)製)、“jER(登録商標)”604(三菱化学(株)製)、“アラルダイト(登録商標)”MY720、MY721(ハンツマン・アドバンスト・マテリアルズ社製)等を使用することができる。トリグリシジルアミノフェノール又はトリグリシジルアミノクレゾールとしては、“スミエポキシ(登録商標)”ELM100、ELM120(住友化学工業(株)製)、“アラルダイト(登録商標)”MY0500、MY0510、MY0600(ハンツマン・アドバンスト・マテリアルズ社製)、“jER(登録商標)”630(三菱化学(株)製)等を使用することができる。テトラグリシジルキシリレンジアミンおよびその水素添加品として、“TETRAD(登録商標)”−X、“TETRAD(登録商標)”−C(三菱ガス化学(株)製)等を使用することができる。
【0030】
成分[A2]は、全エポキシ樹脂100質量部中10質量部〜50質量部含むことが、保管安定性と硬化速度のバランスの観点から好ましい。
【0031】
成分[A]として、成分[A3]ビスフェノールF型エポキシ樹脂を含むことも、保管安定性と樹脂硬化物の弾性率のバランスの観点から好ましい。成分[A3]は、全エポキシ樹脂100質量部中20質量部〜90質量部含むことが好ましい。
【0032】
成分[A3]の市販品としては、例えば“jER(登録商標)”806、807、4002P、4004P、4007P、4009P(以上三菱化学(株)製)、“エポトート(登録商標)”YDF−2001、YDF−2004(以上東都化成(株)製)などが挙げられる。
【0033】
(成分[B])
本発明における成分[B]は、ジシアンジアミドである。ジシアンジアミドは、化学式(HN)C=N−CNであらわされる化合物である。ジシアンジアミドは、樹脂硬化物に高い力学特性や耐熱性を与える点で優れており、エポキシ樹脂の硬化剤として広く用いられる。かかるジシアンジアミドの市販品としては、DICY7、DICY15(以上、三菱化学(株)製)などが挙げられる。
【0034】
ジシアンジアミド[B]を粉体としてエポキシ樹脂組成物に配合することは、室温での保管安定性や、プリプレグ製造時の粘度安定性の観点から好ましい。また、ジシアンジアミド[B]を予め成分[A]のエポキシ樹脂の一部に三本ロールなどを用いて分散させておくことは、エポキシ樹脂組成物を均一にし、硬化物の物性を向上させるため好ましい。
【0035】
ジシアンジアミドを粉体として樹脂に配合する場合、その平均粒径は10μm以下であることが好ましく、さらに好ましくは7μm以下である。例えば、プリプレグ製造工程において加熱加圧により強化繊維束にエポキシ樹脂組成物を含浸させる際、平均粒径が10μm以下であれば、繊維束内部への樹脂の含浸性が良好となる。
【0036】
また、ジシアンジアミド[B]の総量は、エポキシ樹脂組成物に含まれる全エポキシ樹脂成分のエポキシ基に対し、活性水素基が0.3〜1.2当量、さらに0.3〜0.7当量の範囲となる量とすることが好ましい。活性水素基の量がこの範囲となることにより、耐熱性と機械特性のバランスに優れた樹脂硬化物を得ることができる。
【0037】
ジシアンジアミド[B]は、後述の成分[C]と併用することにより、成分[B]を単独で配合した場合と比較し、樹脂組成物の硬化温度を下げることができる。本願発明においては、良好な硬化速度を得るために、成分[B]と成分[C]を併用することが必要である。
【0038】
(成分[C])
本発明のエポキシ樹脂組成物には、成分[C]として、芳香族ウレア化合物が含まれている必要がある。成分[C]は硬化促進剤としてはたらき、成分[B]と併用した場合に良好な硬化速度を得ることができる。
【0039】
成分[C]における芳香族ウレア化合物の具体例としては、3−(3,4−ジクロロフェニル)−1,1−ジメチルウレア、3−(4−クロロフェニル)−1,1−ジメチルウレア、フェニルジメチルウレア、トルエンビスジメチルウレアなどが挙げられる。また、芳香族ウレア化合物の市販品としては、DCMU−99(保土ヶ谷化学工業(株)製)、“Omicure(登録商標)”24(ピィ・ティ・アイ・ジャパン(株)製)などを使用することができる。
【0040】
成分[C]における芳香族ウレア化合物の配合量は、成分[A]のエポキシ樹脂100質量部に対し、好ましくは1〜8質量部であり、より好ましくは1.5〜6質量部であり、さらに好ましくは2〜4質量部である。成分[C]をこの範囲で配合することにより、保管安定性と硬化速度のバランスに優れ、物性が良好な樹脂硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物が得られる。
【0041】
なお、成分[C]は比較的保管安定性が高い硬化促進剤として知られているが、室温でもゆっくりとエポキシ樹脂との反応が進行するため、長期の保管安定性は必ずしも十分ではなかった。エポキシ樹脂と成分[C]の反応メカニズムには諸説あるが、ウレア基の分解により遊離したアミン化合物が、エポキシ樹脂と反応するメカニズムが提唱されている。本願発明者らは、室温において長期の安定性が得られない理由について、以下のように考えた。すなわち、ウレア基の解離反応は可逆反応であるため、成分[C]を含むエポキシ樹脂組成物中には、微量のアミン化合物が遊離して含まれていると考えられる。一方で、アミン化合物とエポキシ樹脂の求核反応は不可逆反応である。遊離した大半のアミン化合物は可逆反応によりウレアに戻るが、一部エポキシ基と反応すれば、不可逆に架橋反応が進行する。これが繰り返されることで、樹脂組成物の長期の安定性が損なわれるのではないかと考えた。そこで、極めて高い保管安定性を得るためには、後述する成分[D]との併用が必要である。
【0042】
(成分[D])
本発明のエポキシ樹脂組成物には、成分[D]として、ホウ酸エステルが含まれている必要がある。成分[C]と成分[D]とを併用することにより、保管温度における成分[C]とエポキシ樹脂の反応が抑制されるため、プリプレグの保管安定性が著しく向上する。そのメカニズムは定かではないが、成分[D]はルイス酸性を持つため、成分[C]から遊離したアミン化合物と成分[D]が相互作用し、アミン化合物の反応性を低下させているのではないかと考えている。
【0043】
また、成分[C]と成分[D]を併用することにより、熱履歴への安定性に優れた樹脂組成物が得られる。成分[D]を用いたアミン化合物の安定化についてはこれまで知られていた(例えば、特許文献1に記載されている)が、この技術は、エポキシ樹脂との反応性が高いアミン化合物を安定化するものであった。樹脂組成物の調合工程や、強化繊維とあわせてプリプレグとする場合における強化繊維への含浸工程などでは、樹脂組成物に熱を加えることがあるが、反応性の高いアミン化合物と成分[D]の併用では、その際の熱履歴への安定性が十分ではなかった。一方で、本願のように、成分[C]と成分[D]を併用した場合には、成分[C]から遊離するアミン化合物の量は限定的であるため、成分[C]を単独で用いた場合よりも優れた熱履歴への安定性が得られる。この観点においても、成分[C]と成分[D]を併用する必要がある。
【0044】
成分[D]のホウ酸エステルの具体例としては、トリメチルボレート、トリエチルボレート、トリブチルボレート、トリn−オクチルボレート、トリ(トリエチレングリコールメチルエーテル)ホウ酸エステル、トリシクロヘキシルボレート、トリメンチルボレートなどのアルキルホウ酸エステル、トリo−クレジルボレート、トリm−クレジルボレート、トリp−クレジルボレート、トリフェニルボレートなどの芳香族ホウ酸エステル、トリ(1,3−ブタンジオール)ビボレート、トリ(2−メチル−2,4−ペンタンジオール)ビボレート、トリオクチレングリコールジボレートなどが挙げられる。
【0045】
また、ホウ酸エステルとして、分子内に環状構造を有する環状ホウ酸エステルを用いることもできる。環状ホウ酸エステルとしては、トリス−o−フェニレンビスボレート、ビス−o−フェニレンピロボレート、ビス−2,3−ジメチルエチレンフェニレンピロボレート、ビス−2,2−ジメチルトリメチレンピロボレートなどが挙げられる。
【0046】
かかるホウ酸エステルを含む製品としては、たとえば、“キュアダクト(登録商標)”L−01B(四国化成工業(株))、“キュアダクト(登録商標)”L−07N(四国化成工業(株))がある。
【0047】
かかる成分[D]の配合量は、成分[A]のエポキシ樹脂100質量部に対し、好ましくは0.1〜8質量部であり、より好ましくは0.15〜5質量部であり、さらに好ましくは0.2〜4質量部である。成分[D]をこの範囲で配合することにより、保管安定性と硬化速度のバランスに優れ、物性が良好な樹脂硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物が得られる。
【0048】
(示差走査熱量分析計を用いたエポキシ樹脂組成物の分析)
本発明において、エポキシ樹脂組成物の硬化速度の測定には、たとえば示差走査熱量分析計を用いた熱分析が用いられる。
【0049】
示差走査熱量分析計で観測できる発熱は、エポキシ樹脂組成物の反応によって生じるものである。従って、等温測定において、発熱が現れるまでの時間は、エポキシ樹脂組成物の反応速度と関係がある。等温測定における発熱のピークトップは、その温度で反応が最も活発化する時を表しており、反応性の指標として用いることができる。
【0050】
(示差走査熱量分析計を用いたエポキシ樹脂組成物の100℃等温測定)
本発明のエポキシ樹脂組成物は、示差走査熱量分析計で100℃の等温測定を行った場合、100℃に達してから熱流量が発熱ピークトップに至るまでの時間をT(100)としたとき、T(100)が60分以下であることを特徴とし、45分以下であることがより好ましく、30分以下であることがさらに好ましい。T(100)が60分以下であるエポキシ樹脂組成物をマトリックス樹脂として用いることにより、生産性を損なわない範囲での硬化速度を与えることができる。T(100)が60分より大きくなるエポキシ樹脂組成物をマトリックス樹脂として用いたプリプレグでは、硬化速度が不十分なものとなる。
【0051】
(示差走査熱量分析計を用いたエポキシ樹脂組成物の60℃等温測定)
また、本発明のエポキシ樹脂組成物は、60℃で等温測定を行った場合、60℃に達してから熱流量が発熱ピークトップに至るまでの時間をT(60)としたとき、T(60)が25時間以上であることを特徴とし、28時間以上であることがより好ましい。T(60)が25時間以上であるエポキシ樹脂組成物をマトリックス樹脂として用いることにより、プリプレグに長期的な保管安定性を与えることができる。25時間未満となるエポキシ樹脂組成物をマトリックス樹脂として用いたプリプレグは、室温における保管安定性が不十分なものとなる。
【0052】
(成分[E])
本発明のエポキシ樹脂組成物には、本発明の効果を失わない範囲において、成分[E]として熱可塑性樹脂を配合することができる。熱可塑性樹脂は本発明に必須の成分ではないが、エポキシ樹脂組成物に配合することにより、粘弾性を制御したり、硬化物に靭性を付与したりすることができる。
【0053】
このような熱可塑性樹脂の例としては、ポリメタクリル酸メチル、ポリビニルホルマール、ポリビニルブチラール、ポリビニルアセタール、ポリビニルピロリドン、芳香族ビニル単量体・シアン化ビニル単量体・ゴム質重合体から選ばれる少なくとも2種類を構成成分とする重合体、ポリアミド、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアリーレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミドなどが挙げられる。芳香族ビニル単量体・シアン化ビニル単量体・ゴム質重合体から選ばれる少なくとも2種類を構成成分とする重合体の例としては、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS樹脂)、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)などが挙げられる。ポリスルホン、ポリイミドは、主鎖にエーテル結合や、アミド結合を有するものであってもよい。
【0054】
ポリメタクリル酸メチル、ポリビニルホルマール、ポリビニルブチラール、ポリビニルピロリドンは、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂などの多くの種類のエポキシ樹脂と良好な相溶性を有し、エポキシ樹脂組成物の流動性制御の効果が大きい点で好ましく、ポリビニルホルマールが特に好ましい。これらの熱可塑性樹脂の市販品を例示すると、“デンカブチラール(登録商標)”および“デンカホルマール(登録商標)”(電気化学工業(株)製)、“ビニレック(登録商標)”(JNC(株)製)などがある。
【0055】
また、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミドは、樹脂そのものが耐熱性に優れるほか、耐熱性が要求される用途、例えば航空機の構造部材などによく用いられるエポキシ樹脂であるテトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、テトラグリシジルキシレンジアミンのようなグリシジルアミン型エポキシ樹脂と適度な相溶性を有する樹脂骨格をもつ重合体があり、これを使用するとエポキシ樹脂組成物の流動性制御の効果が大きいほか、繊維強化樹脂複合材料の耐衝撃性を高める効果があるため好ましい。このような重合体の例としては、ポリスルホンでは“レーデル(登録商標)”A(ソルベイアドバンスドポリマーズ社製)、“スミカエクセル(登録商標)”PES(住友化学(株)製)など、ポリイミドでは“ウルテム(登録商標)”(ジーイープラスチックス社製)、“Matrimid(登録商標)”5218(ハンツマン社製)などが挙げられる。
【0056】
本発明のエポキシ樹脂組成物において、熱可塑性樹脂を含む場合は、エポキシ樹脂組成物に含まれるエポキシ樹脂100質量部に対して、1〜60質量部含まれることが好ましい。
【0057】
(粒子の配合)
本発明のエポキシ樹脂組成物は、本発明の効果を妨げない範囲で、カップリング剤や、熱硬化性樹脂粒子、または、カーボンブラック、カーボン粒子や金属めっき有機粒子等の導電性粒子、あるいはシリカゲル、クレー等の無機フィラーを配合することができる。これらの添加には、エポキシ樹脂組成物の粘度を高め、樹脂フローを小さくする粘度調整効果、樹脂硬化物の弾性率、耐熱性を向上させる効果、耐摩耗性を向上させる効果がある。
【0058】
(エポキシ樹脂組成物の調製方法)
本発明のエポキシ樹脂組成物の調製には、例えばニーダー、プラネタリーミキサー、3本ロールおよび2軸押出機といった機械を用いて混練しても良いし、均一な混練が可能であれば、ビーカーとスパチュラなどを用い、手で混ぜても良い。
【0059】
(エポキシ樹脂硬化物の曲げ特性)
本発明のエポキシ樹脂組成物を130℃で2時間硬化させた際の樹脂硬化物の曲げ弾性率は、3.5GPa以上であることが好ましく、3.7GPa以上であることがより好ましい。弾性率が3.5GPa以上であると、静的強度に優れた繊維強化複合材料が得られる。曲げ弾性率の上限は、一般には5.0GPa以下である。
【0060】
ここで、樹脂硬化物の曲げ弾性率および曲げ撓み量の測定法は以下の通りである。スペーサーにより厚み2mmとなるように設定したモールド中で130℃の温度で2時間硬化させ、厚さ2mmの樹脂硬化物を得る。この樹脂硬化物から幅10mm、長さ60mmの試験片を切り出し、インストロン万能試験機(インストロン社製)を用い、スパン間長さを32mm、クロスヘッドスピードを2.5mm/分とし、JIS K7171(1994)に従って3点曲げ試験を実施することにより、曲げ弾性率および曲げ撓み量が測定できる。
【0061】
なお、樹脂硬化物を得るための硬化温度や硬化時間は特に限定されず、成形品の形状や厚みにより最適な条件は変わるため、使用者により任意に選択されるものであるが、暴走反応を抑えつつ、短時間で成形する観点から、130℃〜150℃の温度で90分〜2時間硬化させる条件が好ましい。
【0062】
(繊維強化複合材料)
次に、繊維強化複合材料について説明する。本発明のエポキシ樹脂組成物を、強化繊維と複合一体化した後、硬化させることにより、本発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物をマトリックス樹脂として含む繊維強化複合材料を得ることができる。
【0063】
本発明に用いられる強化繊維は特に限定されるものではなく、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維、炭化ケイ素繊維などが用いられる。これらの繊維を2種以上混合して用いても構わない。この中で、軽量かつ高剛性な繊維強化複合材料が得られる炭素繊維を用いることが好ましい。
【0064】
(プリプレグ)
繊維強化複合材料を得るにあたり、あらかじめエポキシ樹脂組成物と強化繊維からなるプリプレグとしておくが好ましい。プリプレグ繊維の配置および樹脂の割合を精密に制御でき、複合材料の特性を最大限に引き出すことのできる材料形態である。プリプレグは、本発明のエポキシ樹脂組成物を強化繊維基材に含浸させて得ることができる。含浸させる方法としては、ホットメルト法(ドライ法)などの公知の方法を挙げることができる。
【0065】
ホットメルト法は、加熱により低粘度化したエポキシ樹脂組成物を直接強化繊維に含浸させる方法、または離型紙などの上にエポキシ樹脂組成物をコーティングしたフィルムを作製しておき、次いで強化繊維の両側または片側から前記フィルムを重ね、加熱加圧することにより強化繊維に樹脂を含浸させる方法である。
【0066】
プリプレグ積層成形法において、熱および圧力を付与する方法としては、プレス成形法、オートクレーブ成形法、バッギング成形法、ラッピングテープ法、内圧成形法などを適宜使用することができる。
【0067】
本発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物と、強化繊維を含む繊維強化複合材料は、スポーツ用途、一般産業用途および航空宇宙用途に好ましく用いられる。より具体的には、スポーツ用途では、ゴルフシャフト、釣り竿、テニスやバドミントンのラケット、ホッケーなどのスティック、およびスキーポールなどに好ましく用いられる。さらに一般産業用途では、自動車、自転車、船舶および鉄道車両などの移動体の構造材、ドライブシャフト、板バネ、風車ブレード、圧力容器、フライホイール、製紙用ローラ、屋根材、ケーブル、および補修補強材料などに好ましく用いられる。
【実施例】
【0068】
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の記載に限定されるものではない。
【0069】
本実施例で用いる構成要素は以下の通りである。
【0070】
<使用した材料>
・エポキシ樹脂[A]
[A1]−1 “jER(登録商標)”154(フェノールノボラック型エポキシ樹脂、エポキシ当量:178、平均官能基数:3.0個/分子、三菱化学(株)製)
[A1]−2 “エピクロン(登録商標)”N−775(フェノールノボラック型エポキシ樹脂、エポキシ当量:190、平均官能基数:6.5個/分子、DIC(株)製)
[A1]−3 “エピクロン(登録商標)”HP−7200H(ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂、エポキシ当量:279、平均官能基数:3.0個/分子、DIC(株)製)
[A1]−4 “jER(登録商標)”152(フェノールノボラック型エポキシ樹脂、エポキシ当量:177、平均官能基数:2.2個/分子、三菱化学(株)製)
[A2]−1 “スミエポキシ(登録商標)”ELM434(テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、エポキシ当量:125、住友化学工業(株)製)
[A2]−2 “アラルダイト(登録商標)”MY0600(トリグリシジルm−アミノフェノール、エポキシ当量:118、ハンツマン・アドバンスト・マテリアルズ社製)
[A3]−1 “エピクロン(登録商標)”830(液状ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキシ当量:168、DIC(株)製)
[A3]−2 “エポトート(登録商標)”YDF−2001(固形ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキシ当量:475、東都化成(株)製)
[A]−1 “jER(登録商標)”828(液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂、エポキシ当量:189、三菱化学(株)製)
[A]−2 “jER(登録商標)”1001(固形ビスフェノールA型エポキシ樹脂、エポキシ当量:475、三菱化学(株)製)。
【0071】
・ジシアンジアミド[B]
[B]−1 DICY7(ジシアンジアミド、三菱化学(株)製)。
【0072】
・芳香族ウレア化合物[C]
[C]−1 DCMU99(3−(3,4−ジクロロフェニル)−1,1−ジメチルウレア、保土ヶ谷化学工業(株)製)
[C]−2 “Omicure(登録商標)”24(トルエンビスジメチルウレア、ピィ・ティ・アイ・ジャパン(株)製)。
【0073】
・芳香族ウレア化合物以外の硬化促進剤[C’]
[C’]−1 “キュアゾール(登録商標)”2PHZ−PW(2−フェニル−4,5−ジヒドロキシメチルイミダゾール、四国化成工業(株)製)
[C’]−2 “キュアゾール(登録商標)”2P4MHZ−PW(2−フェニル−4−メチル−5−ヒドロキシメチルイミダゾール、四国化成工業(株)製)
[C’]−3 “キュアダクト(登録商標)”P−0505(エポキシ−イミダゾールアダクト、四国化成工業(株)製)。
【0074】
・ホウ酸エステルを含む混合物[D]
[D]−1 “キュアダクト(登録商標)”L−07N(ホウ酸エステル化合物を5質量部含む組成物、四国化成工業(株)製)。
【0075】
・熱可塑性樹脂[E]
[E]−1 “ビニレック(登録商標)”K(ポリビニルホルマール、JNC(株)製)。
【0076】
・その他の化合物
ビスフェノールS(東京化成工業(株)製ビス(ヒドロキシフェニル)スルホンをハンマーミルで粉砕した後、ふるいで分級したもの。平均粒径14.8μm。)。
【0077】
<エポキシ樹脂組成物の調製方法>
(1)硬化促進剤マスター、硬化剤マスターの作製方法
液状樹脂である[A3]−1(“エピクロン(登録商標)”830)または[A]−1(“jER(登録商標)”828)10質量部(エポキシ樹脂[A]100質量部のうちの10質量部)に対し、芳香族ウレア化合物[C]または硬化促進剤[C’]、および、ホウ酸エステルを含む混合物[D]を添加し、ニーダーを用いて室温で混練した。三本ロールを用いて混合物をロール間に2回通し、硬化促進剤マスターを調製した。硬化促進剤マスターにジシアンジアミド[B]、およびビスフェノールSを含む場合はビスフェノールSを添加し、ニーダーを用いて室温で混練した後、三本ロールを用いてロール間に2回通し、硬化剤マスターを作製した。
【0078】
(2)エポキシ樹脂組成物の作製方法
ニーダー中に、エポキシ樹脂[A]のうち前記(1)で使用した[A3]−1(“エピクロン(登録商標)”830)または[A]−1(“jER(登録商標)”828)10質量部を除くエポキシ樹脂[A]90質量部および熱可塑性樹脂[E]を投入し、混練しながら150℃まで昇温し、150℃において1時間混練することで、透明な粘調液を得た。粘調液を60℃まで混練しながら降温させた後、前記(1)で作製した硬化剤マスターを配合し、60℃において30分間混練することにより、エポキシ樹脂組成物を得た。
【0079】
各実施例および比較例の成分配合比について表1〜5に示した。
【0080】
<樹脂組成物特性の評価方法>
(1)T(100)
エポキシ樹脂組成物3mgをサンプルパンに量り取り、示差走査熱量分析計(Q−2000:TAインスツルメント社製)を用い、30℃から100℃/分で100℃まで昇温した後に8時間の等温測定を行った。昇温開始時刻から42秒後を等温測定開始時刻とし、等温測定開始時刻から熱流量が発熱ピークトップに至るまでの時間を測定し、100℃の等温測定時のピークトップまでの時間として取得した。測定は1つの水準あたり3サンプルずつ行い、その平均値を採用した。以後、本測定で得られた平均値をT(100)と表記する(ただし、T(100)の単位は[分]である。)。
【0081】
(2)T(60)
エポキシ樹脂組成物3mgをサンプルパンに量り取り、示差走査熱量分析計(Q−2000:TAインスツルメント社製)を用い、30℃から100℃/分で60℃まで昇温した後に48時間の等温測定を行った。昇温開始時刻から18秒後を等温測定開始時刻とし、等温測定開始時刻から熱流量が発熱ピークトップに至るまでの時間を測定し、60℃の等温測定時のピークトップまでの時間として取得した。測定は1つの水準あたり3サンプルずつ行い、その平均値を採用した。以後、本測定で得られた平均値をT(60)と表記する(ただし、T(60)の単位は[時間]である。)。なお、48時間たってもピークトップが現れなかった場合は、T(60)の値は「48以上」とした。
【0082】
<樹脂硬化物の作製方法と評価方法>
(1)樹脂硬化物の弾性率と撓み
エポキシ樹脂組成物を真空中で脱泡した後、2mm厚の“テフロン”(登録商標)製スペーサーにより厚み2mmになるように設定したモールド中で、130℃の温度で90分間硬化させ、厚さ2mmの板状の樹脂硬化物を得た。この樹脂硬化物から、幅10mm、長さ60mmの試験片を切り出し、インストロン万能試験機(インストロン社製)を用い、スパンを32mm、クロスヘッドスピードを100mm/分とし、JIS K7171(1994)に従って3点曲げを実施し、弾性率および撓みを測定した。サンプル数n=5で測定した値の平均値を弾性率と撓みの値とした。
【0083】
<プリプレグの作製方法と評価方法>
(1)プリプレグの作製方法
上記<エポキシ樹脂組成物の作製方法>に従い作製したエポキシ樹脂組成物を、フィルムコーターを用いて離型紙上に塗布し、目付が74g/mの樹脂フィルムを作製した。
【0084】
この樹脂フィルムをプリプレグ化装置にセットし、一方向に引き揃えたシート状にした炭素繊維“トレカ”(登録商標)T700S(東レ(株)製、目付150g/m)の両面から加熱加圧含浸し、樹脂含有率33質量%のプリプレグを得た。
【0085】
(2)プリプレグの硬化速度の評価方法
プリプレグの硬化速度は、プリプレグを20cm四方に切り取り、厚さ150μmの“テフロン(登録商標)”シートで挟み込み、130℃でプレスした後に、取り出した時の取り扱い性によって判定した。取り扱い性は以下の基準で判定し、A〜Cを合格とした。
A:20分後に取り出した時にプリプレグが変形しなかった。
B:20分後に取り出した時はプリプレグが変形したが、30分後に取り出した時は変形しなかった。
C:30分後に取り出した時はプリプレグが変形したが、40分後に取り出した時は変形しなかった。
D:硬化速度が不十分で40分後に取り出した場合にプリプレグが変形した。
【0086】
(3)プリプレグの保管安定性の評価方法
プリプレグの保管安定性は、プリプレグを10cm四方に切り取り、40℃で60日放置した場合のガラス転移温度の増加量によって判定した。ガラス転移温度は、保管後のプリプレグ8mgをサンプルパンに測り取り、示差走査熱量分析計(Q−2000:TAインスツルメント社製)を用い、−50℃から50℃まで10℃/分で昇温して測定した。得られた発熱カーブの変曲点の中点をTgとして取得した。
【0087】
(4)プリプレグの80℃1時間熱処理後の保管安定性の評価方法
熱履歴を加えた際の保管安定性の指標として、80℃で1時間の熱処理を加えたプリプレグの保管安定性を評価した。プリプレグを10cm四方に切り取り、80℃に調製したプレス機の盤面にプリプレグを1時間静置し、その後室温のアルミ板の上で急冷し、熱履歴を加えたプリプレグサンプルを調製した。得られたサンプルについて、(3)と同様の方法で、40℃で60日放置した場合のガラス転移温度の増加量を測定することにより、保管安定性を評価した。
【0088】
<炭素繊維複合材料(CFRP)の特性評価方法>
(1)CFRPの一方向積層板の作製方法
CFRPの特性評価に用いる一方向積層板は、次の方法によって作製した。上記<プリプレグの作製方法>に従って作製した一方向プリプレグの繊維方向を揃え、13ply積層した。積層したプリプレグをナイロンフィルムで隙間のないように覆い、これをオートクレーブ中で130℃、内圧0.3MPaで2時間加熱加圧して硬化し、一方向積層板を作製した。
【0089】
(2)CFRPの0°曲げ強度の評価方法
上記に従い作製した一方向積層板を、厚み2mm、幅15mm、長さ100mmとなるように切り出した。インストロン万能試験機(インストロン社製)を用いJIS K7074(1988)に従って3点曲げを実施した。スパンを80mm、クロスヘッドスピードを5.0mm/分、厚子径10mm、支点径4.0mmで測定を行い、0°曲げ強度を測定した。サンプル数n=6で測定した値の平均値を0°曲げ強度の値とした。
【0090】
(3)CFRPの90°曲げ強度の評価方法
上記に従い作製した一方向積層板を、厚み2mm、幅15mm、長さ60mmとなるように切り出した。インストロン万能試験機(インストロン社製)を用いJIS K7074(1988)に従って3点曲げを実施した。スパンを40mm、クロスヘッドスピードを1.0mm/分、厚子径10mm、支点径4.0mmで測定を行い、90°曲げ強度を測定した。サンプル数n=6で測定した値の平均値を90°曲げ強度の値とした。
【0091】
(実施例1)
[A]エポキシ樹脂として“jER(登録商標)”154を30質量部、“jER(登録商標)”828を40質量部、jER(登録商標)”1001を30質量部、[B]ジシアンジアミドとしてDICY7を5.3質量部、および[C]芳香族ウレア化合物としてDCMU99を3.0質量部、[D]ホウ酸エステルを含む混合物として“キュアダクト(登録商標)”L−07Nを3.0質量部、熱可塑樹脂として“ビニレック(登録商標)”Kを3.0質量部用い、上記<エポキシ樹脂組成物の作製方法>に従ってエポキシ樹脂組成物を作製した。すなわち、液状樹脂である[A]−1(“jER(登録商標)”828)10質量部(エポキシ樹脂[A]100質量部のうちの10質量部)に対し、DCMU99を3.0質量部、および“キュアダクト(登録商標)”L−07Nを3.0質量部添加しニーダーを用いて室温で混練した。三本ロールを用いて混合物をロール間に2回通し、硬化促進剤マスターを調製した。硬化促進剤マスターにDICY7を5.3質量部添加し、ニーダーを用いて室温で混練した後、三本ロールを用いてロール間に2回通し、硬化剤マスターを作製した。
【0092】
ニーダー中に、残りのエポキシ樹脂[A]90質量部として、“jER(登録商標)”154を30質量部、“jER(登録商標)”828を30質量部、jER(登録商標)”1001を30質量部投入し、さらに“ビニレック(登録商標)”Kを3.0質量部投入した。混練しながら150℃まで昇温し、150℃において1時間混練することで、透明な粘調液を得た。粘調液を60℃まで混練しながら降温させた後、上記で作製した硬化剤マスターを配合し、60℃において30分間混練することにより、エポキシ樹脂組成物を得た。
【0093】
このエポキシ樹脂組成物について、T(100)およびT(60)を測定したところ、T(100)は43分、T(60)は29時間であった。
【0094】
また、エポキシ樹脂組成物を上記<樹脂硬化物の作製方法と評価方法>に記載の方法で硬化して樹脂硬化物を作製し、同記載の3点曲げ試験を行った結果、弾性率は3.3GPa、撓みは10.2mmと、樹脂硬化物の力学特性も良好であった。
【0095】
さらに、得られたエポキシ樹脂組成物から、<プリプレグの作製方法と評価方法>に記載の方法でプリプレグを作製した。得られたプリプレグは十分なタック性・ドレープ性を有していた。得られたプリプレグに関し、同記載の硬化速度と保管安定性の評価を行ったところ、130℃において30分以内にプリプレグは変形しなくなる程度まで硬化し、また、40℃において60日間保管後にTgは2℃の上昇に留まり、プリプレグは十分な硬化速度と保管安定性を有していた。さらに、熱履歴への安定性について、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、40℃において60日間保管後にTgは3℃の上昇に留まり、80℃での熱処理前とほぼ同等の保管安定性を有していた。
【0096】
<炭素繊維複合材料(CFRP)の評価方法>に記載の方法で積層・硬化して一方向積層板を作製し、3点曲げ試験を行った結果、0°曲げ強度は1420MPa、90°曲げ強度は105MPaと、CFRPの力学特性も良好であった。
【0097】
(実施例2〜16)
樹脂組成をそれぞれ表1〜3に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、樹脂硬化物、およびプリプレグを作製した。得られたプリプレグは、実施例1と同様、いずれも十分なタック性・ドレープ性を示した。
【0098】
各実施例のエポキシ樹脂組成物に関して、T(100)、T(60)は、それぞれ表1〜3に記載の通りであった。
【0099】
プリプレグの硬化速度と保管安定性、および熱履歴への安定性について、実施例1と同様の評価を行った結果、全ての水準において十分な硬化速度と保管安定性、熱履歴への安定性を示した。
【0100】
また、樹脂硬化物の弾性率と撓みの値は、いずれも良好であり、CFRPの力学特性も良好であった。
【0101】
(比較例1)
表4に示した樹脂組成について、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表4に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が23時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。また、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、ビスフェノールSを含むためか、Tgは44℃と大きく上昇し、熱履歴への安定性は得られなかった。
【0102】
(比較例2)
表4に示した樹脂組成について、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。本組成は、比較例1からビスフェノールSを除いた組成にあたる。樹脂組成物特性および評価結果は表4に示した。プリプレグの保管安定性および硬化物特性は良好であり、熱履歴への安定性も有したが、エポキシ樹脂組成物のT(100)の値が70分と60分より長く、得られたプリプレグの硬化速度が不十分であった。
【0103】
(比較例3)
成分[D]を添加しなかった以外は、実施例4と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表4に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が19時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。また、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、Tgは43℃と大きく上昇し、熱履歴への安定性は得られなかった。
【0104】
(比較例4)
硬化促進剤を“キュアゾール(登録商標)”2PHZ−PW(1.0質量部)に変更し、成分[D]を添加しなかった以外は、実施例2と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表4に示した。プリプレグの保管安定性および硬化物特性は良好であり、熱履歴への安定性も有したが、エポキシ樹脂組成物のT(100)の値が300分と60分より極めて長く、得られたプリプレグの硬化速度が不十分であった。
【0105】
(比較例5)
硬化促進剤を“キュアゾール(登録商標)”2P4MHZ−PW(1.0質量部)に変更し、成分[D]を添加しなかった以外は、実施例2と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表4に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が24時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。また、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、Tgは44℃と大きく上昇し、熱履歴への安定性は得られなかった。
【0106】
(比較例6)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が15時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。また、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、Tgは42℃と大きく上昇し、熱履歴への安定性は得られなかった。また、樹脂硬化物の弾性率と撓みのバランスが悪化し、CFRPの90°曲げ強度は83MPaと低いものであった。
【0107】
(比較例7)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。プリプレグの保管安定性および硬化物特性は良好であり、熱履歴への安定性も有したが、エポキシ樹脂組成物のT(100)の値が70分と60分より極めて長く、得られたプリプレグの硬化速度が不十分であった。
【0108】
(比較例8)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が24時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。
【0109】
(比較例9)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。プリプレグの保管安定性および硬化物特性は良好であり、熱履歴への安定性も有したが、エポキシ樹脂組成物のT(100)の値が65分と60分より極めて長く、得られたプリプレグの硬化速度が不十分であった。
【0110】
(比較例10)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が22時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。
【0111】
(比較例11)
樹脂組成をそれぞれ表5に示したように変更した以外は、実施例1と同じ方法でエポキシ樹脂組成物、プリプレグ、および樹脂硬化物を作製した。樹脂組成物特性および評価結果は表5に示した。エポキシ樹脂組成物のT(60)の値が13時間と25時間未満であり、プリプレグの保管安定性は不十分であった。また、80℃で1時間熱処理後のプリプレグの保管安定性を評価したところ、Tgは43℃と大きく上昇し、熱履歴への安定性は得られなかった。また、樹脂硬化物の弾性率と撓みのバランスが悪化し、CFRPの90°曲げ強度は73MPaと低いものであった。
【0112】
【表1】
【0113】
【表2】
【0114】
【表3】
【0115】
【表4】
【0116】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、保管安定性が極めて優れており、硬化したときの力学特性にも優れるため、繊維強化複合材料のマトリックス樹脂として好適に用いられる。また、本発明のプリプレグおよび繊維強化複合材料は、スポーツ用途、一般産業用途および航空宇宙用途に好ましく用いられる。