特許第6772015号(P6772015)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772015
(24)【登録日】2020年10月2日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】風味向上剤及びその使用
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/10 20160101AFI20201012BHJP
   A23L 11/00 20160101ALI20201012BHJP
   A23L 31/00 20160101ALI20201012BHJP
【FI】
   A23L27/10 H
   A23L11/00 301Z
   A23L31/00
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-192227(P2016-192227)
(22)【出願日】2016年9月29日
(65)【公開番号】特開2018-50562(P2018-50562A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年7月12日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 別紙1「モイステックスSTDカタログ」、富士食品工業株式会社出版、平成28年4月1日発行。
(73)【特許権者】
【識別番号】714004734
【氏名又は名称】テーブルマーク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100106057
【弁理士】
【氏名又は名称】柳井 則子
(72)【発明者】
【氏名】松藤 久
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/065732(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/080490(WO,A1)
【文献】 特開2018−033424(JP,A)
【文献】 特開2016−189708(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/050629(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00
A23L 11/00
A23L 31/00
C12N 1/00
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
FSTA(STN)
日経テレコン
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効成分として含有し、
前記酵母細胞が、プロテアーゼ及び乳化剤で処理されたものである、風味向上剤であって、
前記風味は、甘味、塩味、苦味、酸味又は辛みである、風味向上剤。
【請求項2】
前記風味が甘味である、請求項1記載の風味向上剤。
【請求項3】
前記甘味が、ショ糖、ブドウ糖、乳糖又はソルビトール由来である、請求項に記載の風味向上剤。
【請求項4】
食品100質量部あたり0.3〜2.0質量部添加するように用いられる、請求項1〜のいずれか一項に記載の風味向上剤。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか一項に記載の風味向上剤を含有する餡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、風味向上剤及びその使用に関する。より詳細には、風味向上剤及び風味向上剤を含有する餡に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母から呈味成分や栄養成分を抽出して得られる酵母エキスは、安全で高品質な天然調味料、各種微生物培養用の栄養源、土壌改良用有効微生物の栄養源等として、広く使われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、酵母抽出物を有効成分とする甘味改善剤が記載されている。また、特許文献2には、酵母エキスを用いる、食品の甘味及びコク味増強方法が記載されている。これらの文献に記載された甘味又はコク味の改善効果は、酵母エキス中に含まれる核酸等の成分によるものであることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3088709号公報
【特許文献2】特開2009−044978号公報
【特許文献3】国際公開第2016/080490号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵母は、旨味成分や栄養成分等の特定成分を高濃度で含有する酵母エキスと、酵母細胞(酵母細胞の細胞壁、細胞膜等の酵母の骨格部分)により構成されている。ところが、特にビール等の酒の発酵に用いた酵母由来の酵母細胞や、酵母エキスの抽出の後で回収した酵母細胞には異味・異臭があるため、利用分野が限られており、一部が栄養食品や肥料等として利用されている以外は廃棄されている。
【0006】
発明者らは、先の発明(特許文献3)において、酵素処理や乳化剤処理を行うことによって、食品への利用に供しうる、異味、異臭が低減された酵母細胞の製造方法を示した。しかしながら、酵母細胞の用途にはまだ開発の余地がある。そこで、本発明は、酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効利用する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効成分として含有し、前記酵母細胞が、プロテアーゼ及び乳化剤で処理されたものである、風味向上剤であって、前記風味は、甘味、塩味、苦味、酸味又は辛みである、風味向上剤。
]前記風味が甘味である、[1]記載の風味向上剤。
]前記甘味が、ショ糖、ブドウ糖、乳糖又はソルビトール由来である、[]に記載の風味向上剤。
]食品100質量部あたり0.3〜2.0質量部添加するように用いられる、[1]〜[]のいずれか一項に記載の風味向上剤。
][1]〜[]のいずれかに記載の風味向上剤を含有する餡。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効利用する技術を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[風味向上剤]
1実施形態において、本発明は、酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効成分として含有する、風味向上剤を提供する。
【0010】
本明細書において、風味の向上とは、風味を、量的に多く感じるようになること、質的に強く感じるようになること、又は時間的に長く感じるようになることを意味し、「味覚強度の増強」、「味質の改善」、「風味の保持」等といいかえることができる。
【0011】
酵母の内容物を除去した後(酵母エキスを抽出した後)の酵母細胞は、プロテアーゼ及び乳化剤で処理されたものであってもよい。プロテアーゼ及び乳化剤で処理された酵母細胞は、酵母細胞が有する特有の異味(苦み、渋み、えぐ味等)又は異臭が低減されている。しかしながら、酵母細胞に含まれる化学物質は非常に多岐にわたるため、これらの異味又は異臭の原因物質を特定することは困難である。また、原因物質を特定することが困難であるため、これらの原因物質の含有量により、プロテアーゼ及び乳化剤で処理された酵母細胞であるか否かを特定することも困難である。
【0012】
実施例において後述するように、発明者らは、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞に甘味の改善効果があることを見出した。したがって、本実施形態の風味向上剤が向上する風味として、甘味は特に好適なもののひとつである。
【0013】
また、実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の風味向上剤は、ショ糖、ブドウ糖、乳糖、ソルビトール等の様々な糖に由来する甘味を向上させることができることを明らかにした。
【0014】
甘味向上の具体的な応用例としては、例えば餡が挙げられる。本明細書において、餡とは、小豆等の豆類、サツマイモ等のいも類、栗等の堅果類等を煮て糖を加えて練ったものを意味する。
【0015】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の風味向上剤を餡に添加することにより、様々な餡の甘味を向上させることができることを明らかにした。餡の種類としては特に制限されず、例えば、マロン餡、いも餡、練り餡、黒糖餡、抹茶餡、白粒餡、なると金時いも餡、紫芋餡等の餡を含む様々な餡の甘味を向上することができる。
【0016】
また、実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の風味向上剤を食品に添加することにより、食品の甘味だけでなく、塩味、旨味、苦味、酸味、辛み等の風味を向上させることができることを明らかにした。したがって、本実施形態の風味向上剤は、甘味向上剤、塩味向上剤、旨味向上剤、苦味向上剤、酸味向上剤、辛み向上剤等といいかえることができる。
【0017】
従来、酵母エキスによる甘味等の改善効果は、酵母エキス中に含まれる核酸等の成分によるものであると考えられていた。これに対し、酵母細胞は、酵母から核酸等の成分を含む酵母エキスを抽出後に回収した酵母細胞(酵母細胞の細胞壁、細胞膜等の酵母の骨格部分)であるため、酵母細胞による風味向上効果は、核酸等の成分によるものではないと考えられる。
【0018】
更に、実施例において後述するように、発明者らは、酵母のみではこのような効果を有しておらず、酵母の内容物を除去した酵母細胞において、風味向上効果が認められることを明らかにした。すなわち、内容物を除去していない酵母には風味向上効果が認められないことを明らかにした。このことから、風味向上効果には、酵母細胞のマクロ構造及び/又はミクロ構造が物理的に寄与していることが示唆される。
【0019】
本実施形態の風味向上剤において、「有効成分として含有する」とは、酵母細胞を、食品の風味向上効果が奏される程度に含有していれば特に限定されないが、風味向上剤を基準とした乾燥重量で、例えば50質量%以上、例えば70質量%以上、例えば90質量%以上含有することを意味する。
【0020】
本実施形態の風味向上剤は、貝類の風味向上用に効果的に用いることができる。実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の風味向上剤を添加した貝類は、風味が向上することを明らかにした。
【0021】
貝類としては、牡蠣、ホタテ、ハマグリ、アサリ、シジミ、トリガイ、アワビ等が挙げられる。
【0022】
また、実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の風味向上剤を添加した貝は、加熱調理時における旨味成分の減少が抑制されることを明らかにした。したがって、本実施形態の風味向上剤は、「旨味成分の減少抑制剤」、「旨味成分の流出抑制剤」、「旨味成分保持剤」等といいかえることもできる。旨味成分としては、例えば、コハク酸、グリシン等が挙げられる。
【0023】
本実施形態の風味向上剤は、食品100質量部あたり、0.3〜2.0質量部添加するように用いることが好ましい。
【0024】
実施例において後述するように、上記の範囲の添加量であれば食品の風味向上効果を効果的に得ることができる。また、ここで、食品は、可食部分そのものであってもよいし、食品(素材)を漬け込む漬け込み液等の調味液であってもよい。
【0025】
また、実施例において後述するように、食品がペースト状である場合、風味向上剤の添加量は食品100質量部あたり、例えば0.5〜1.5質量部であると効果的である。ペースト状の食品としては、特に制限されず、例えば餡が挙げられる。
【0026】
また、実施例において後述するように、食品が粉末状である場合、風味向上剤の添加量は食品100質量部あたり、例えば0.5〜2.0質量部であると効果的である。粉末状の食品としては、特に制限されず、例えば、食塩、グルタミン酸ソーダ、抹茶パウダー、レモンパウダー、胡椒、上白糖、三温糖、ブドウ糖、乳糖等が挙げられる。
【0027】
また、実施例において後述するように、食品が液体状である場合、風味向上剤の添加量は食品100質量部あたり、例えば0.5〜2.0質量部であると効果的である。液体状の食品としては、特に制限されず、例えば、漬け込み液、飲料、シロップ、ドレッシング等が挙げられる。
【0028】
1実施形態において、本発明は、上述した風味向上剤を含有する餡を提供する。実施例において後述するように、本実施形態の餡は、風味向上剤を含有しない場合と比較して、風味、特に甘味、素材の風味等が向上されている。
【0029】
(酵母細胞)
本実施形態の風味向上剤において、酵母細胞としては、酵母の内容物を除去した後(酵母エキスを抽出した後)の酵母細胞(酵母細胞の細胞壁、細胞膜等の酵母の骨格部分)を用いることができる。したがって、従来廃棄されていた、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞を有効利用することができる。
【0030】
酵母エキスの抽出方法は特に限定されず、熱水処理法、自己消化法、酵素分解法等の抽出方法が挙げられる。
【0031】
酵母細胞は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞そのものであってもよいし、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞に風味改善処理を行ったものであってもよい。風味改善処理は、酵母細胞が有する異味又は異臭を低減する処理であり、詳細については後述する。風味改善処理を行っていない酵母細胞は、異味又は異臭を有しているが、これが問題とならない食品や、これが問題とならない程度の添加量の範囲において、風味向上剤として利用することができる。
【0032】
酵母細胞としては、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母、清酒酵母等の細胞が挙げられる。また、酵母細胞は、圧搾酵母、乾燥酵母、活性乾燥酵母、死滅酵母、殺菌乾燥酵母等の種々の形態であってもよい。また、酵母細胞は、酵母細胞(菌体)と実質的に同じ組成からなる酵母細胞由来物(例えば、酵母細胞の破砕物、粉末)であってもよい。
【0033】
本実施形態の風味向上剤に用いられる酵母細胞は、乾燥酵母菌体、酵母脱水物、菌体懸濁液等の種々の形態であり得る。保存性、安定性、運搬・保管、取り扱い等の観点からは、殺菌乾燥酵母であることが好ましい。
【0034】
酵母は、例えば、サッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母やキャンディダ(Candida)属に属する酵母であってよく、特に限定されるものではない。例えば、食経験が豊富である観点から、サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等であってもよく、研究等で知見が多い観点から、キャンディダア・ユーティリス(Candida utilis)等であってもよい。
【0035】
(風味改善処理)
本実施形態の風味向上剤に用いられる酵母細胞は、風味改善処理が行われたものであってもよい。風味改善処理としては、例えば、プロテアーゼ処理、セルラーゼ処理等の酵素処理が挙げられる。
【0036】
風味改善処理において、上述した、プロテアーゼ又はセルラーゼを反応させる工程の前あるいは後の酵母細胞に、乳化剤を添加する工程を更に行ってもよい。乳化剤で酵母細胞を処理することにより、苦み、渋み、えぐ味等の異味を更に低減させることができる。
【実施例】
【0037】
以下、実験例により本発明を説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0038】
[実験例1]
餡に酵母細胞を添加し、官能評価を行った。餡としてはマロン餡、いも餡及び練り餡を評価した。
【0039】
(サンプルの調製)
マロン餡、いも餡及び錬り餡に、酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を添加した。対照として、酵母細胞を添加しなかった餡を使用した。なお、「モイステックスSTD」は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理したものである。
【0040】
《マロン餡》
マロン餡は、生あん、水あめ、香料、マルトース、栗甘露煮ペースト、食塩、トレハロース、加工でんぷん、pH調整剤、増粘多糖類、香料、着色料(ウコン、カロチン)を原材料とするものであった。表1に示す割合で、マロン餡に酵母細胞及び少量の水を添加し、元のマロン餡の質量になるまで加熱することにより、試験区及び対照のマロン餡を調製した。
【0041】
【表1】
【0042】
《いも餡》
いも餡は、さつまいも、砂糖、還元水あめ、食塩、香料、pH調整剤、着色料(クチナシ、カロチン)を原材料とするものであった。表2に示す割合で、いも餡に酵母細胞及び少量の水を添加し、元のいも餡の質量になるまで加熱することにより、試験区及び対照のいも餡を調製した。
【0043】
【表2】
【0044】
《練り餡》
練り餡は、砂糖(白ザラ糖)、小豆、食塩を原材料とするものであった。表3に示す割合で、練り餡に酵母細胞及び少量の水を添加し、元の練り餡の質量になるまで加熱することにより、試験区及び対照の練り餡を調製した。
【0045】
【表3】
【0046】
(官能評価試験)
訓練されたパネラー12人にて各種餡の官能評価試験を行った。試験区及び対照の各種餡を比較し、各項目(素材の風味、甘味の広がり、総合的な美味しさ)でそれぞれ優れた方を選択させた。下記表4〜6に、対照及び試験区の各種餡の選択人数の結果を示す。
【0047】
【表4】
【0048】
【表5】
【0049】
【表6】
【0050】
その結果、いずれの餡においても、酵母細胞を添加した試験区の餡の方が、対照と比較して、素材の風味が向上し、甘味の広がりが向上し、総合的な美味しさも向上したことが明らかとなった。また、試験区の餡は、甘味の後引きが強い傾向にあり、甘さや風味を強く感じる傾向にあった。
【0051】
より詳細には、マロン餡の場合、栗の風味が向上し、食した途中から立ち上がる栗の味が強調された。また、いも餡の場合には、いもの風味と甘味(中から後味)が強調され持続した。また、練り餡の場合には、小豆の風味と甘味(中から後味)が強調され持続した。
【0052】
[実験例2]
餡に添加する酵母細胞の割合を変化させて官能評価試験を行った。餡としては実験例1と同様の練り餡を使用した。
【0053】
(サンプルの調製)
錬り餡100質量部に対し、酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を0.1、0.2、0.3、0.5、0.7、1.0、1.5又は2.0質量部添加し、それぞれ試験区のサンプルとした。また、対照として、酵母細胞を添加しなかった餡を使用した。
【0054】
(官能評価試験)
訓練されたパネラー12人にて各種餡の官能評価試験を行った。試験区及び対照の各種餡を比較し、各項目(素材の風味、甘味の広がり、総合的な美味しさ)でそれぞれ優れた方を選択させた。また、差がない場合にはその旨を回答させた。下記表7に、選択人数の結果を示す。表中、試験区の質量部の記載は、錬り餡100質量部に対して添加した酵母細胞の質量部を示す。
【0055】
【表7】
【0056】
その結果、餡100質量部に対し、酵母細胞を0.3〜1.5質量部添加すると、対照と比較して、素材の風味、甘味の広がり、総合的な美味しさが向上したと評価される傾向が認められた。特に、餡100質量部に対し、酵母細胞を0.5〜1.5質量部添加した場合に、官能評価の結果の向上が顕著であった。
【0057】
また、餡100質量部に対し、酵母細胞を2.0質量部添加すると、酵母臭の際立ちが気になったために、素材の風味、甘味の広がり、総合的な美味しさに影響を及ぼし、その結果、各項目で対照のほうが評価される傾向が認められた。
【0058】
[実験例3]
サンプルの形態に対する酵母細胞の影響を検討した。具体的には、液体状又は粉末状のサンプルに酵母細胞を添加して官能評価試験を行った。
【0059】
(液体状サンプルの調製)
0.5質量%ショ糖溶液100質量部に、酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を1質量部添加し、試験区とした。対照として、酵母細胞を添加しなかった0.5質量%ショ糖溶液を使用した。
【0060】
(粉末状サンプルの調製)
ショ糖100質量部に、酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を1、2又は3質量部添加し、試験区とした。対照として、酵母細胞を添加しなかったショ糖を使用した。
【0061】
(官能評価試験)
調製した各サンプルについて、官能評価試験を行った。評価基準は次の通りとした。下記表8に官能評価試験の結果を示す。表中、試験区の質量部の記載は、0.5質量%ショ糖溶液又はショ糖100質量部に対して添加した酵母細胞の質量部を示す。
《評価基準》
◎:甘味を強く感じる
○:やや甘味を感じる
△:標準
×:異味を感じる
【0062】
【表8】
【0063】
その結果、液体状サンプル、粉末状サンプル共に、サンプル100質量部あたり酵母細胞を0.5〜2質量部添加すると、対照と比較して甘味が強く感じられた。特に、サンプル100質量部あたり酵母細胞を1質量部添加すると、対照と比較して甘味の強さが顕著であった。また、粉末状サンプルに、サンプル100質量部あたり酵母細胞を2、3質量部添加したサンプルでは、酵母細胞の臭いがやや感じられた。
【0064】
[実験例4]
糖の種類に対する酵母細胞の影響を検討した。具体的には、粉末状のサンプル100質量部に酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を2.0質量部添加して官能評価試験を行った。サンプルとして、各種の糖類を使用した。評価基準は、ブドウ糖の甘味の強さを標準として、以下の通りとした。対照として、酵母細胞を添加しなかったサンプルを使用した。表9に糖の種類及び官能評価試験の結果を示す。
《評価基準》
◎:標準より甘味を強く感じる
○:標準よりやや甘味を感じる
△:標準(ブドウ糖の甘味の強さ)
×:異味を感じる
【0065】
【表9】
【0066】
その結果、糖の種類に関わらず、酵母細胞を添加した試験区では、対照と比較して甘味が強く感じられることが明らかとなった。
【0067】
[実験例5]
甘味以外の風味に対する酵母細胞の影響を検討した。具体的には、粉末状の各種サンプル100質量部に酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)2質量部を添加して官能評価試験を行った。評価基準は次の通りとした。風味としては、塩味、旨味、苦味、酸味及び辛みを検討した。サンプルとしては、食塩(塩味)、グルタミン酸ソーダ(旨味)、抹茶パウダー(苦味)、レモンパウダー(酸味)及び胡椒(辛み)を使用した。対照として、酵母細胞を添加しなかったサンプルを使用した。表13に糖の種類及び官能評価試験の結果を示す。表中、試験区の質量部の記載は、各種類の糖100質量部に対して添加した酵母細胞の質量部を示す。
【0068】
《評価基準》
◎:風味を強く感じる
○:やや風味を感じる
△:標準
×:異味を感じる
【0069】
【表10】
【0070】
その結果、酵母細胞を添加することにより、甘味以外の風味も向上することが明らかとなった。より詳細には、塩味については、試験区では先味が上がり、後にも塩味が残る傾向が認められた。また、旨味については、試験区では旨味が強く感じられた。また、苦味については、試験区ではビター感が強く感じられた。また、酸味については、試験区では全体的に酸味の底上げがされているように感じられた。また、辛みについては、試験区では、後にまで胡椒感が持続する傾向が認められた。
【0071】
[実験例6]
モイステックスSTD(商品名、富士食品工業株式会社製)以外の酵母細胞について、風味向上効果を検討した。酵母細胞としては次の(1)〜(3)を使用した。なお、上述した通り「モイステックスSTD」は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理したものである。
(1)パン酵母から酵母エキスを抽出した後、酵素処理等を行わずにそのまま乾燥させた酵母細胞(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業製)
(2)ビール製造を行った後のビール酵母を乾燥させた酵母細胞(商品名「ビール酵母(栄養酵母)」、アサヒフードアンドヘルスケア株式会社)
(3)パン酵母から上記(1)の酵母細胞とは異なる方法で酵母エキスを抽出した後、酵素処理を行わずにそのまま乾燥させた酵母細胞(発明者らによる試作品、未酵素処理酵母細胞)
【0072】
食塩又は上白糖100質量部に、各酵母細胞2質量部をそれぞれ添加し、官能評価試験を行った。対照として、酵母細胞を添加しなかったサンプルを使用した。評価基準は次の通りとした。風味としては、塩味又は甘さを検討した。表14に官能評価試験の結果を示す。表中、試験区の質量部の記載は、各サンプル(食塩又は上白糖)100質量部に対して添加した酵母細胞の質量部を示す。
【0073】
《評価基準》
◎:風味を強く感じる
○:やや風味を感じる
△:標準
【0074】
【表11】
【0075】
その結果、モイステックスSTD以外の酵母細胞にも風味向上効果があることが明らかとなった。しかしながら、酵素処理等を行っていない、パン酵母(DYP−SY−02)、ビール酵母(栄養酵母)、パン酵母(未酵素処理酵母細胞)のいずれの場合においても酵母臭が感じられた。この結果から、酵母エキスの抽出又はビール製造等の工程後の酵母細胞自体に風味向上効果があることが明らかとなった。特に、モイステックスSTDについては、風味の向上を阻害する異味を有しておらず、その風味増強効果が顕著であった。
【0076】
[実験例7]
酵母菌自体に風味向上効果があるのか否かについて検討した。酵母菌としては、カネカイースト(生イーストタイプ、カネカ製)、製パン用ドライイースト(秋田十條化成(株)製)を使用した。
【0077】
食塩又は上白糖100質量部に、各酵母菌2質量部をそれぞれ添加し、官能評価試験を行った。対照として、酵母菌添加しなかったサンプルを使用した。評価基準は次の通りとした。風味としては、塩味又は甘さを検討した。表15に官能評価試験の結果を示す。表中、試験区の質量部の記載は、各サンプル(食塩又は上白糖)100質量部に対して添加した酵母菌の質量部を示す。
【0078】
《評価基準》
◎:風味を強く感じる
○:やや風味を感じる
△:標準
【0079】
【表12】
【0080】
その結果、酵母菌自体には風味向上効果がないことが明らかとなった。また、カネカイースト、製パン用ドライイーストのいずれにおいても、酵母菌の添加による異味が感じられた。
【0081】
[実験例8]
酵母細胞による牡蠣の風味向上効果について検討した。具体的には、まず、1(w/v)%酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)−2(w/v)%食塩水に牡蠣を浸した。続いて、3時間浸漬後水を切った。続いて、100℃のスチームオーブンで9分間加熱した(試験区)。対照として、1(w/v)%酵母細胞−2(w/v)%食塩水の代わりに2(w/v)%食塩水を使用した点以外は試験区の牡蠣と同様に調理した牡蠣を使用した。
【0082】
訓練されたパネラー15人にて、調理後の各牡蠣について官能評価試験を行い、それぞれ優れた方を選択させた。下記表16に、対照及び試験区の各牡蠣の選択人数の結果を示す。その結果、試験区の牡蠣の方が旨い、味が濃いと感じる人が多数であった。
【0083】
【表13】
【0084】
[実験例9]
酵母細胞による牡蠣の風味向上効果について更に検討した。具体的には、まず、1(w/v)%酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)−2(w/v)%食塩水に牡蠣を浸した。続いて、3時間浸漬後水を切った。続いて、水を切った牡蠣の一部をサンプルとして回収した(加熱前試験区)。
【0085】
続いて、残りの牡蠣を100℃のスチームオーブンで9分間加熱した(加熱後試験区)。対照として、1(w/v)%酵母細胞−2(w/v)%食塩水の代わりに2(w/v)%食塩水を使用した点以外は試験区の牡蠣と同様に調理した牡蠣を使用した(加熱前対照、加熱後対照)。
【0086】
続いて、加熱前試験区、加熱後試験区、加熱前対照、加熱後対照の各牡蠣をフードプロセッサーでペースト状にし、水分含量、固形分含量、灰分、全窒素含量、コハク酸含量及びグリシン含量を測定した。表17に結果を示す。なお、コハク酸及びグリシンは、牡蠣の旨味成分であることが知られている。
【0087】
【表14】
【0088】
続いて、表17の結果に基づいて、牡蠣の加熱前後におけるコハク酸及びグリシンの減少率を算出した。結果を表18に示す。
【0089】
【表15】
【0090】
その結果、試験区の牡蠣では、対照の牡蠣よりも、加熱によるコハク酸及びグリシンの減少率がいずれも少ないことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明により、酵母の内容物を除去した後の酵母細胞を有効利用する技術を提供することができる。