(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
粉末状溶接材料としては、粉末の粒径を横軸に、頻度を縦軸にとった粒度分布において、中央値の両側に対称な、正規分布に近い分布を示すものが、広く用いられている。しかし、正規分布から大きく逸脱した粒度分布を示す場合については、溶接時にどのような挙動を示すか、よく調べられておらず、正規分布に近い粒度分布を示すものが必ずしも溶接欠陥を抑えるのに最適であるとは限らない。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、粒度分布を規定することで、溶接欠陥を抑えることができる粉末状溶接材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明に係る溶接材料は、粉末状の溶接材料の粒径に対して頻度をプロットした粒度分布が、頻度が最も高くなっているメインピークの頂部よりも粒径が小さい領域に、ショルダーを有することを要旨とする。
【0007】
ここで、前記粒度分布は、前記メインピークと前記ショルダーの間に、谷を有さないことが好ましい。
【0008】
あるいは、前記粒度分布は、前記メインピークと前記ショルダーの間に谷を有し、前記ショルダーよりも粒径の大きい領域において、前記粒度分布を、前記メインピークの頂部を中心とした粒径に関して対称な関数で近似して得られる近似曲線を、前記ショルダーの領域まで外挿して、外挿近似曲線を得た際に、前記外挿近似曲線を基準とした前記ショルダーの頂部の高さが、前記メインピークの高さの70%以下であり、前記ショルダーの頂部を基準とした前記谷の底部の深さが、前記外挿近似曲線を基準とした前記ショルダーの頂部の高さに対して、5〜30%の範囲にあることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明にかかる溶接材料は、粒度分布において、メインピークの頂部よりも粒径が小さい領域にショルダーを有することにより、単一のメインピークの頂部を中心にして粒径が小さい側と大きい側で対称な粒度分布を示す場合と比較して、流動性が向上する。それにより、溶接欠陥を少なく抑えることができる。
【0010】
ここで、粒度分布が、メインピークとショルダーの間に、谷を有さない場合、あるいは、粒度分布が谷を有し、上記のような形状を示している場合には、溶接欠陥の抑制を達成しやすい。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の一実施形態にかかる溶接材料について詳細に説明する。
【0013】
本発明の一実施形態にかかる溶接材料は、粉末状の金属材料よりなり、プラズマ粉末溶接(PTA溶接)や、レーザー金属蒸着法(LMD法)等の溶接法に用いられる。これらの溶接法においては、ノズルの先端のオリフィスから、プラズマアーク内またはレーザースポット内に、溶接材料を投入する。これらの溶接法は、肉盛溶接に特に好適に用いられる。溶接材料を構成する粒子は、溶接材料の流動性を高める観点から、等方性の高いものが好ましく、球状に近似されるものが最も好ましい。
【0014】
(溶接材料の粒度分布)
本実施形態にかかる溶接材料は、所定の粒度分布を有する。つまり、粉末の粒径を横軸に、それぞれの粒径における頻度(割合)を縦軸にとった粒度分布(頻度分布)において、メインピークMの頂部Mtよりも粒径が小さい領域に、ショルダーSを有する。なお、本願明細書において、特に指定しないかぎり、「粒度分布」とは頻度分布を指し、累積頻度分布と区別する場合には、「頻度分布」と称して区別するものとする。
【0015】
図3に示すように、メインピークMは、頻度が最も高くなっている点を含む上凸のピークであり、その頻度が最も高くなっている点が頂部Mtである。ショルダーとは、ショルダーピーク、肩構造等とも称され、メインピークの頂部の左右いずれか(ここでは左の小径側)に形成された、メインピークよりも頻度が低いなだらかなピーク構造のことである。ここで、ショルダーSの領域よりも粒径が大きい領域において、メインピークMの頂部Mtを中心として、粒径に関して左右対称な関数で粒度分布を近似(カーブフィット)して得られる近似曲線をショルダーSの領域にまで外挿して得られる外挿近似曲線Fを想定する。
図3の例では、外挿近似曲線Fは、正規分布曲線である。そして、ショルダーSの領域の中で、外挿近似曲線Fを基準とした頻度値が最も大きくなっている点を、ショルダーSの頂部Stとする。また、ショルダーSとメインピークMの間の極小点、つまり粒径に対して頻度が減少から増加に転じる箇所を、谷Vとする。
【0016】
粒度分布においてメインピークMを近似する近似曲線としては、頂点を中心に左右対称な上凸関数の形状を有するシングルピーク型の関数を適宜使用すればよい。そのような関数として、Gauss(ガウス)関数(正規分布)、Lorentz(ローレンツ)関数、Voigt(フォークト、ボイト)関数、pseudo−Voigt関数、Pearson(ピアソン) VII関数等を例示することができる。
【0017】
粒度分布は、レーザー回折・散乱式、動的光散乱式(DLS)、画像解析式、コールター式等の手法によって計測することができる。実測された粒度分布は、
図1〜3にモデルとして示す例のような滑らかな曲線になるとは限らないが、測定に伴うノイズや誤差を、スペクトルの平滑化処理等によって除いた状態で、下記のような粒度分布の形状に関する判定を行えばよい。また、上記各手法で同一の試験体の粒度分布を計測した場合に、詳細な分布形状が手法によって異なる可能性はあるが、本実施形態にかかる溶接材料において、メインピークMの頂部Mtよりも粒径が小さい領域に、ショルダーSを有する特徴的な形状は、手法によらず観測される。よって、いずれの手法を用いて粒度分布を評価してもよい。
【0018】
粒度分布を測定する際に、ショルダーSの有無を含めた粒度分布の形状を正確に評価する観点から、測定を行う粒径値の間隔(δ)を十分小さくすることが好ましい。例えば、各測定点における粒径値(d)に対する測定間隔(δ)の割合(δ/d)を、10%以下とするとよい。あるいは、測定間隔(δ)を、メインピークMが存在する領域で、20μm以下とするとともに、ショルダーSが存在する領域で、10μm以下、さらに好ましくは5μm以下とする形態を例示することができる。
【0019】
メインピークMの小径側の領域にショルダーSを有する粒度分布の例を、
図1に複数示す。
図1の(a)から(c)へと順に、粒度分布全体におけるショルダーSの寄与が大きくなっている。
図1(a)の「ショルダーI型」においては、ショルダーSの領域において、頻度が粒径に対して単調増加になっている。そして、ショルダーSの領域における傾きの絶対値が、メインピークMの頂部Mtよりも小径側の部位における傾きの絶対値よりも小さくなっている。このショルダーI型においては、ショルダーSとメインピークMの間に谷Vが存在せず、ショルダーSが必ずしもメインピークMと明瞭に分離された形で視認されない。しかし、
図2(a)に示したような、正規分布等の左右対称な関数で近似されるシングルピーク型の場合には、メインピークMの頂部Mtを挟んでほぼ左右対称な分布が得られるのに対し、ショルダーI型においては、メインピークMの頂部Mtを挟んで、大径側よりも小径側に偏った分布となる。ショルダーI型では、小径側から頻度を積算した累積頻度分布において、上凸構造が見られない。
【0020】
図1(b)の「ショルダーII型」においては、ショルダーSとメインピークMの間の領域に、粒径に対して頻度が平坦になった領域が存在する。この型においても、ショルダーSとメインピークMの間に谷Vは存在しないが、ショルダーI型と比べて、ショルダーSがメインピークMと明確に分離して観測される。ショルダーII型においても、累積頻度分布に上凸構造が観測されない。
【0021】
図1(c)の「ショルダーIII型」においては、ショルダーSとメインピークMの間に明確な極小点が観測され、谷Vが存在する。この型において、最もショルダーSがメインピークMから明確に分離されて観測される。ショルダーIII型においては、累積頻度分布に上凸構造が観測される。
【0022】
ショルダーI〜III型のいずれにおいても、左右対称な関数で近似されるメインピークMの小径側の裾に、ショルダーSとして粒径の分布が存在するという点において、
図2(a)に示したシングルピーク型の分布と区別される。シングルピーク型においては、粒度分布が、正規分布等、左右対称に近似できる単一のピークよりなる。
【0023】
また、ショルダーI型やショルダーII型のように、メインピークMとショルダーSの間に谷Vを有さない分布においては、
図2(b)に示すようなダブルピーク型との区別も明確である。ダブルピーク型の分布においては、メインピークMよりも小径側に、メインピークMと独立した別のピーク(サブピーク)が存在する。
【0024】
メインピークMとショルダーS/サブピークの間に谷Vが存在するという点においては、ショルダーIII型とダブルピーク型の分布は類似しているが、ショルダーIII型においては、メインピークMからショルダーSが独立していないのに対し、ダブルピーク型においては、メインピークMからサブピークが独立している点で、両者は相違している。区別の基準として、例えば、以下の2つの条件をともに満たすときに、ダブルピーク型ではなく、ショルダーIII型とみなすことができる。
(i)外挿近似曲線Fを基準としたショルダーSの頂部Stの高さhsがメインピークMの高さhmの70%以下、好ましくは50%以下である。
(ii)ショルダーSの頂部Stを基準とした谷Vの底部の深さdが、外挿近似曲線Fを基準としたショルダーSの頂部Stの高さhsに対して、30%以下である(d/hs≦30%)。好ましくはさらに、5%以上である(5%≦d/hs≦30%)。
なお、ショルダーSの頂部Stの位置における外挿近似曲線Fの頻度値が小さい場合、例えば、メインピークMの高さの5%以下である場合には、簡易的に、ショルダーSの頂部Stの高さを、外挿近似曲線Fではなく、頻度ゼロのレベルを基準として規定し、上記2つの条件を適用してもよい。
【0025】
ショルダーIII型においては、上記(i)および(ii)の条件をともに満たす。これに対し、ダブルピーク型において、サブピークをショルダーSとみなそうとしても、サブピークがメインピークMと明確に分離されていることにより、上記条件(i)および(ii)の少なくとも一方が満たされないことになる。
【0026】
ショルダー型分布を有する溶接材料を調製する方法として、複数のシングルピーク型分布を有する溶接材料を混合する方法を挙げることができる。粉末状の溶接材料をメッシュ等を用いて分級すると、メッシュの径の分布等を反映して、正規分布に近似できるシングルピーク型の粒径分布が得られる。メインピークMを構成する大径の領域に分布を有するシングルピーク型の第一の溶接材料に、第一の溶接材料と同じ成分組成を有し、ショルダーSを構成する小径の領域に分布を有するシングルピーク型の第二の溶接材料を、第一の溶接材料より少量の所定の割合で混合すればよい。
【0027】
(粒度分布と溶接欠陥発生の関係)
上記のように、本実施形態にかかる粉末状の溶接材料は、メインピークMの小径側にショルダーSを有する粒度分布を示す。そのため、シングルピーク型やダブルピーク型の粒度分布を有する溶接材料と比較して、高い流動性を示す。その結果、PTA法やLMD法による溶接において、ノズルの先端のオリフィスから停滞することなく溶接材料が流出しやすくなり、溶接欠陥の発生が抑制される。流動性の低い溶接材料を用いた場合には、孔状の溶接欠陥が発生しやすくなる。
【0028】
従来一般には、正規分布に近似することができるシングルピーク型の粒度分布を有する粉末状溶接材料が広く用いられてきた。粒度分布を意図的に正規分布から逸脱させた溶接材料が用いられることはほとんどなく、そのような粒度分布が粉末の流動性や溶接欠陥の発生率に与える影響もよく知られていなかった。
【0029】
しかし、下記の実施例で示すように、従来一般のシングルピーク型の粒度分布を有する溶接材料よりも、ショルダー型の粒度分布を有する溶接材料の方が高い流動性を示すことが確認された。これは、ショルダー型粒度分布のメインピークMを構成し、大多数を占める比較的大径の粒子の間隙に、ショルダーSを構成する少数の小径の粒子が入り込み、大径の粒子に対して一種の潤滑剤のように作用することで、大径の粒子の間のせん断を促進することによると推定される。
【0030】
ダブルピーク型の粒度分布を有する溶接材料は、一般に用いられることは少ないが、後の実施例において示すように、本発明の実施形態にかかるショルダー型の粒度分布を有する溶接材料よりも、低い流動性を示す。これは、メインピークMを構成する大径の粒子との比較において、小径の粒子の混合割合が多すぎること、また粒径の差が大きすぎることによって、大径の粒子の間隙に入り込んだ小径の粒子が潤滑剤として作用するよりも、粉末材料全体としての充填率を上昇させるのに寄与すると推定される。粉末材料が密に充填されると、粒子の間のせん断が阻害され、流動が起こりにくくなる。
【0031】
とりわけ良好な流動性を与えるショルダー型の粒度分布として、ショルダーSとメインピークMの分離の観点からは、ダブルピーク型の分布と明確に区別されるショルダーI型またはショルダーII型のものを挙げることができる。また、粒度分布に占めるショルダーSの粒径および量比の観点からは、ショルダーSの頂部Stの粒径がメインピークMの頂部Mtの粒径の30〜70%の範囲内、好ましくは50%程度であり、外挿近似曲線Fを基準としたショルダーSの頂部Stの高さhsがメインピークMの高さhmの5〜20%の範囲内、好ましくは10%程度である場合を挙げることができる。あるいは、累積頻度分布で、ショルダーSの頂部Stに対応する粒径における累積頻度の値が、10〜20%の範囲内、好ましくは15%程度である場合を挙げることができる。具体的な例として、メインピークMの頂部Mtが150μm近傍に存在し、累積頻度分布が10〜90%の領域(10%径D10から90%径D90の領域)が60〜250μmの範囲に収まっている場合において、ショルダーSの頂部Stが45〜105μmの範囲内、好ましくは75μm近傍に位置し、累積粒度分布において、その頂部Stに対応する累積頻度の値が、10〜20%の範囲内、好ましくは15%程度である分布を挙げることができる。D10からD90の領域が60〜250μmの範囲に収まっている溶接材料は、PTA法で一般的に採用されるものである。なお、粒度分布において、平均粒径(D50径)は、例えば、100〜200μmの範囲にあるとよい。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0033】
(溶接材料の調製)
Ni基合金であるインコネル625の球状粉末よりなる溶接材料を用いて、実施例1および比較例1,2にかかる溶接材料を調製した。具体的には、中央値の粒径が異なる正規分布に近似される粒度分布を有する粉末材料を、複数種混合することで、ショルダー型、シングルピーク型、ダブルピーク型の粒度分布を示す溶接材料をそれぞれ調製した。調製においては、レーザー回折・散乱方式粒度分布測定によって粒度分布を確認しながら、所望の型の粒度分布が得られるように、また、各粒度分布の累積中位径D50が約123〜125μmの範囲に収まるように、各溶接材料における混合比を定めた。なお、レーザー回折・散乱方式粒度分布測定装置としては、日機装株式会社製「マイクロトラック MT3300EX II」を使用した。
【0034】
(オリフィス流出時間の測定)
実施例1および比較例1,2にかかる溶接材料について、それぞれ、
図4に断面形状を示すようなφ1.1mmの円形のオリフィスを先端に有する容器を用いて、流出速度を評価した。すなわち、それぞれの溶接材料を50g秤量して、
図4の容器に充填し、先端のオリフィスから溶接材料全体が流出するまでに要する時間を計測した。なお、
図4の容器の形状は、実際にPTA法に用いられるノズルの先端形状に近いものである。
【0035】
(溶接欠陥の評価)
実施例1および比較例1,2にかかる溶接材料を用いて、PTA法により、SS400よりなる板材の表面に、肉盛溶接を行った。肉盛溶接層は、400mmの長さにわたり、10mmの幅で、直線状に形成した。溶接時の電流は180A、溶接速度は300mm/min、粉末供給量は12g/minとした。
【0036】
得られた肉盛溶接層を目視観察し、穴状の溶接欠陥を検出した。実施例1について得られた肉盛溶接層の写真を
図6に示すが、図中に溶接欠陥の例を矢印で表示している。そして、幅方向(図の上下方向)全域にわたって溶接欠陥が検出されない部位を健全部とし、肉盛溶接層全体の長さ(図の左右方向)のうち、健全部が占める長さの割合を、健全部割合として算出した。
【0037】
(評価結果)
図5に、実施例1(実線)、比較例1(破線)、比較例2(点線)にかかる溶接材料の粒度分布を示す。(a)の頻度分布を見ると、実施例1においては、150μm付近に頂部を有するメインピークと、75μm付近に頂部を有するショルダーとからなるショルダーI型の粒度分布が得られている。比較例1,2についてはそれぞれ、シングルピーク型、ダブルピーク型の分布が得られている。また、(b)の累積頻度分布において、75μm付近に着目すると、実施例1において、比較例1よりも累積頻度値が大きくなっており、約15%となっている。一方、比較例2においては、この付近に上凸構造を有さない実施例1および比較例1と異なり、明確な上凸のピーク構造が見られている。このように、ショルダー型の粒度分布は、頻度分布および累積頻度分布において、シングルピーク型およびダブルピーク型のものと区別される。
【0038】
次に、下の表1に、オリフィス流出時間と肉盛溶接層の健全部割合の評価結果を示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1によると、実施例1のショルダー型の場合において、比較例1,2のシングルピーク型およびダブルピーク型の場合と比較して、オリフィス流出時間が短くなっている。これは、溶接材料の流動性が高いことにより、流出速度が速くなっていることを示している。そして、それに対応して、肉盛溶接層における健全部の割合が顕著に大きくなっている。これに対し、特に比較例2のダブルピーク型の場合には、粉末の流動が途中で停止するほど流動性が低く、健全な肉盛溶接層を全く形成できなくなっている。
【0041】
以上、本発明の実施形態および実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態および実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。