特許第6772556号(P6772556)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジェイテクトの特許一覧

<>
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000002
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000003
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000004
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000005
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000006
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000007
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000008
  • 特許6772556-ボールねじ装置およびステアリング装置 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772556
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】ボールねじ装置およびステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/22 20060101AFI20201012BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   F16H25/22 Z
   F16H25/22 C
   B62D5/04
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-107443(P2016-107443)
(22)【出願日】2016年5月30日
(65)【公開番号】特開2017-214956(P2017-214956A)
(43)【公開日】2017年12月7日
【審査請求日】2019年4月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】中山 琢也
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 利浩
(72)【発明者】
【氏名】小川 敬祐
【審査官】 前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−257369(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0120247(US,A1)
【文献】 独国特許出願公開第04215257(DE,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0169079(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/22
B62D 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面にボール転動溝が螺旋状に設けられたボールねじ軸と、
内周面にボール転動溝が螺旋状に設けられたボールねじナットと、
前記ボールねじ軸のボール転動溝と前記ボールねじナットのボール転動溝とに囲まれてなる螺旋状の転動路内を無限循環する複数のボールと、
前記ボールねじ軸と前記ボールねじナットとの間に配置されて、前記ボールを転動可能に保持する複数のリテーナ溝、および周方向における隣り合うリテーナ溝同士の間の部分であって、前記ボール同士を周方向において隔離する複数の隔離部が設けられた円筒状のリテーナと、を備え、
前記リテーナ溝は、前記ボールねじ軸の軸線に対して前記ボールねじ軸のボール転動溝および前記ボールねじナットのボール転動溝のリード角だけ傾斜して前記ボールねじ軸の軸線方向へ延び、前記ボールねじナットの複数列のボール転動溝に収まる複数のボールを保持するものであることを前提として、
前記リテーナは
B:前記リテーナ溝の延在方向における前記隔離部の両端部である両根元部の間にある中央部は、前記根元部に比べて、前記リテーナの径方向の長さが長いこと、および
C:前記リテーナにおける前記隔離部の前記中央部を除いた部分には、溝が設けられていること、
の少なくとも一の構成を有するボールねじ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のボールねじ装置において、
前記リテーナの軸線と直交する方向から見たとき、
前記リテーナ溝の延在方向に沿って延びる中心線から前記リテーナ溝の内側面までの距離は、前記根元部より前記中央部の方が短いボールねじ装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のボールねじ装置において、
前記リテーナ溝は、前記リテーナ溝の延びる方向において互いに対向する2つの短い内側面と、前記2つの短い内側面に対して交わり、かつ前記リテーナ溝の延びる方向に沿った2つの長い内側面とを有し、
前記2つの短い内側面と前記2つの長い内側面とが交わる4つの内角部分には、それぞれ前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記リテーナ溝の長さである幅の1/2よりも小さい半径の隅アールが設けられているボールねじ装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のボールねじ装置において、
前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記根元部の長さである幅は、前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記中央部の長さである幅よりも小さいボールねじ装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のボールねじ装置において、
前記中央部の前記リテーナの径方向の長さである厚さは、前記根元部の前記リテーナの径方向の長さである厚さよりも大きく設定されているボールねじ装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のボールねじ装置において、
前記根元部の外周面には、溝が設けられているボールねじ装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のボールねじ装置を備えるステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボールねじ装置およびステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ボールねじ装置によって、モータの回転トルクを、ラックシャフトを直線運動させる力に変換することにより、運転者のステアリング操作を補助する電動パワーステアリング装置(EPS)が知られている。
【0003】
このようなボールねじ装置では、モータによって回転するボールねじナットを、ボールを介してラックシャフトと螺合させている。ボールねじナットの回転に伴って、ボールはボールねじナットとラックシャフトとの間で同一方向に回転しながら転動する。ボールの転動に伴って隣り合うボール同士がぶつかってしまうと、隣り合うボールの間ですべり抵抗が発生してしまい、ボールねじ装置の回転トルクが変動してしまう。このため、特許文献1に示すステアリング装置のボールねじ装置では、隣り合うボール同士の接触を規制するために、ボールを転動可能に保持するリテーナ溝を有したリテーナ(保持器)が設けられる。周方向において隣り合うボールとボールの間には、リテーナの隣り合うリテーナ溝同士の間の部分である隔離部が設けられることにより、周方向において隣り合うボール同士の接触が規制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−257369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1のリテーナでは、隔離部の剛性(特にたわみ剛性)が軸方向における位置によって異なる。すなわち、隔離部の軸方向における両端部の剛性は、隔離部の両端部の間に挟まれる中央部の剛性よりも大きい。
【0006】
この点、ボールをリテーナとナットとの間に嵌め込む際の嵌め易さを考えると隔離部の剛性は小さい方がよい反面、リテーナがボールを十分に保持するためには隔離部の剛性は高い方がよい。しかし、隔離部の中央部の剛性が適切なとき、隔離部の端部で剛性が大きくなるためにボールの嵌め込みが困難になり、隔離部の端部の剛性が適切なとき、隔離部の中央部で剛性が小さくなるためにボールを十分に保持できず、ボールが脱落するおそれがある。また、ボールが脱落しないようにボールとリテーナとの間の隙間を小さくすると、隔離部の寸法ばらつきにより、隔離部の端部では、隔離部の中央部よりもボールが隔離部によってより強く挟まれた状態で転動する状態が発生する場合があるため、ボールとリテーナとの間の摩擦が大きくなるおそれがある。このため、隔離部の端部の剛性と隔離部の中央部の剛性との差が小さく、より均一な剛性の隔離部を有するリテーナが求められていた。
【0007】
本発明の目的は、剛性のより均一なリテーナを有するボールねじ装置およびステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成しうるボールねじ装置は、外周面にボール転動溝が螺旋状に設けられたボールねじ軸と、内周面にボール転動溝が螺旋状に設けられたボールねじナットと、前記ボールねじ軸のボール転動溝および前記ボールねじナットのボール転動溝の間に設けられたボールと、前記ボールねじ軸と前記ボールねじナットとの間に配置されて、前記ボールを転動可能に保持する複数のリテーナ溝、および周方向における隣り合うリテーナ溝同士の間の部分であって、前記ボール同士を周方向において隔離する複数の隔離部が設けられた円筒状のリテーナと、を備えている。前記リテーナは、A:前記リテーナ溝の延在方向における前記リテーナ溝の両端部は、前記延在方向と直交する方向において円弧面形状よりも外側に広がる形状であること、B:前記リテーナ溝の延在方向における前記隔離部の両端部である両根元部の間にある中央部は、前記根元部に比べて、前記リテーナの径方向および周方向の少なくとも一方の方向の長さが長いこと、C:前記リテーナにおける前記隔離部の前記中央部を除いた部分には、溝が設けられていること、の少なくとも一の構成を有する。
【0009】
この構成によれば、リテーナがA〜Cの少なくとも一の構成を有することにより、中央部の剛性をより大きくする、または根元部の剛性をより小さくすることにより、中央部の剛性と根元部の剛性との差をより小さくできる。このため、リテーナの各部での剛性をより均一にすることができる。
【0010】
上記のボールねじ装置において、前記リテーナの軸線と直交する方向から見たとき、前記リテーナ溝の延在方向に沿って延びる中心線から前記リテーナ溝の内側面までの距離は、前記根元部より前記中央部の方が短いことが好ましい。
【0011】
この構成によれば、前記リテーナ溝の延びる方向に沿って延びる中心線からリテーナ溝の内側面までの距離が、前記根元部より前記中央部の方が短いことにより、根元部の剛性と中央部の剛性との差が小さくなる。
【0012】
上記のボールねじ装置において、前記リテーナ溝は、前記リテーナ溝の延びる方向において互いに対向する2つの短い内側面と、前記2つの短い内側面に対して交わり、かつ前記リテーナ溝の延びる方向に沿った2つの長い内側面とを有し、前記2つの短い内側面と前記2つの長い内側面とが交わる4つの内角部分には、それぞれ前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記リテーナ溝の長さである幅の1/2よりも小さい半径の隅アールが設けられていることが好ましい。
【0013】
この構成によれば、両端が円弧面形状のリテーナ溝と比べて、短い内側面および隅アールを有するリテーナ溝の方が、根元部をリテーナ溝の延在方向に対して交わる方向における外側に広げることができる。このため、根元部の断面積と中央部の断面積との差が小さくなる。これにより、両端が円弧面形状のリテーナ溝の場合と比べて、根元部の剛性と中央部の剛性との差がより小さくなる。
【0014】
上記のボールねじ装置において、前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記根元部の長さである幅は、前記リテーナ溝の延在方向と交わる方向における前記中央部の長さである幅よりも小さいことが好ましい。
【0015】
この構成によれば、根元部の幅を中央部の幅よりも小さくすることにより、根元部の剛性と中央部の剛性との差を小さくできる。
上記のボールねじ装置において、前記中央部の前記リテーナの径方向の長さである厚さは、前記根元部の前記リテーナの径方向の長さである厚さよりも大きく設定されていてもよい。
【0016】
この構成によれば、中央部の厚さを根元部の厚さよりも大きくすることにより、根元部の剛性と中央部の剛性との差をより小さくできる。
上記のボールねじ装置において、前記根元部の外面には、溝が設けられていてもよい。
【0017】
この構成によれば、根元部の外面に溝を設けることにより、根元部の剛性と中央部の剛性との差を小さくできる。
上記のボールねじ装置はステアリング装置に適用することが好適である。
【発明の効果】
【0018】
本発明のボールねじ装置およびステアリング装置によれば、リテーナの剛性をより均一にできる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一実施形態のステアリング装置の概略構成を示す構成図。
図2】一実施形態のステアリング装置について、アシスト機構の概略構造を示す断面図。
図3】一実施形態のステアリング装置について、そのリテーナの軸方向における断面図。
図4】第1実施形態のステアリング装置について、そのリテーナを径方向から見たときの概略構造図。
図5】第2実施形態のステアリング装置について、そのリテーナを径方向から見たときの概略構造図。
図6】第3実施形態のステアリング装置について、そのリテーナの厚みを示す概略構造図。
図7】第4実施形態のステアリング装置について、そのリテーナを径方向から見たときの概略構造図。
図8】他の実施形態のステアリング装置について、そのリテーナを径方向から見たときの概略構造図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1実施形態>
以下、ボールねじ装置をステアリング装置に適用した第1実施形態について説明する。
図1に示すように、EPS1(電動パワーステアリング装置)は運転者のステアリングホイール10の操作に基づいて転舵輪15を転舵させる操舵機構2、および運転者のステアリング操作を補助するアシスト機構3を備えている。
【0021】
操舵機構2は、ステアリングホイール10およびステアリングホイール10と一体回転するステアリングシャフト11を備えている。ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール10と連結されたコラムシャフト11aと、コラムシャフト11aの下端部に連結されたインターミディエイトシャフト11bと、インターミディエイトシャフト11bの下端部に連結されたピニオンシャフト11cとを有している。ピニオンシャフト11cの下端部はラックアンドピニオン機構13を介してボールねじ軸であるラックシャフト12に連結されている。ピニオンシャフト11cの下端部(ピニオン歯)は、ラックシャフト12(ラック歯)に噛み合わされている。したがって、ステアリングシャフト11の回転運動は、ピニオンシャフト11cの先端に設けられたピニオン歯とラックシャフト12に設けられたラック歯からなるラックアンドピニオン機構13を介して、ラックシャフト12の軸方向(図1の左右方向)の往復直線運動に変換される。当該往復直線運動は、ラックシャフト12の両端にそれぞれ連結されたタイロッド14を介して左右の転舵輪15にそれぞれ伝達されることにより、転舵輪15の転舵角が変更される。
【0022】
アシスト機構3は、ラックシャフト12の周囲に設けられている。アシスト機構3は、アシスト力の発生源であるモータ20と、ラックシャフト12の周囲に一体的に取り付けられたボールねじ装置30と、モータ20の回転軸21の回転力をボールねじ装置30に伝達する減速機40からなる。アシスト機構3は、モータ20の回転軸21の回転力を、減速機40およびボールねじ装置30を介してラックシャフト12の軸方向の力に変換することにより、運転者のステアリング操作を補助する。
【0023】
ボールねじ装置30、減速機40、ピニオンシャフト11c、およびラックシャフト12は、ラックハウジング16により覆われている。ラックハウジング16は、アシスト機構3の付近でラックシャフト12の軸方向に分割された第1ラックハウジング16aおよび第2ラックハウジング16bからなり、それらが互いに連結されることにより構成されている。ラックハウジング16は、ラックシャフト12の延びる方向に対して交わる方向(図1中の下方)へ突出して設けられる減速機ハウジング17を有している。減速機ハウジング17の内部には、減速機40の一部が収容される。減速機ハウジング17の壁面には、貫通孔23が設けられている。モータ20の回転軸21は、減速機ハウジング17に設けられた貫通孔23を通じて減速機ハウジング17の内部に延びている。回転軸21はラックシャフト12に対して平行となるように、モータ20はボルト22により減速機ハウジング17に固定されている。
【0024】
つぎに、アシスト機構3について詳細に説明する。
図2に示すように、ボールねじ装置30は、ラックシャフト12に複数のボール32を介して螺合する円筒状のボールねじナット31を備えている。また、減速機40は、モータ20の回転軸21に一体的に取り付けられた駆動プーリ41と、ボールねじナット31の外周に一体的に取り付けられた従動プーリ42と、駆動プーリ41と従動プーリ42との間に巻き掛けられるベルト43とを備えている。ボールねじナット31の第1の端部(図2中のボールねじナット31の右端)の外周面には、周方向全域にわたってフランジ部31aが設けられている。フランジ部31aは、円筒状のロックスクリュー34および従動プーリ42の段差部分との間に挟み込まれることにより、ボールねじナット31は従動プーリ42と一体回転可能に取り付けられている。ロックスクリュー34の外周面に設けられたねじ溝34aと、従動プーリ42に設けられたねじ溝42aとが螺合することにより、ロックスクリュー34は軸方向に移動する。これにより、ロックスクリュー34は従動プーリ42の段差部分へと向けてねじ込まれ、フランジ部31aがロックスクリュー34と従動プーリ42との間に挟み込まれる。また、従動プーリ42の外周面には、従動プーリ42およびボールねじナット31をラックハウジング16の内周面に対して回転可能に支持する軸受35が設けられている。また、ベルト43は、たとえば心線を含むゴム製の歯付ベルト(はす歯ベルト)が採用される。
【0025】
ラックシャフト12の外周面には、螺旋状のねじ溝12aが設けられている。ボールねじナット31の内周面には、ラックシャフト12のねじ溝12aに対応する螺旋状のねじ溝33が設けられている。ボールねじナット31のねじ溝33とラックシャフト12のねじ溝12aとにより囲まれる螺旋状の空間は、ボール32が転動する転動路Rとして機能する。また、図示しないが、ボールねじナット31には、転動路Rの2箇所に開口して、当該2箇所の開口を短絡する循環路が設けられている。したがって、ボール32はボールねじナット31内の循環路を介して転動路R内を無限循環することができる。循環路としては、たとえば各列循環のデフレクタ方式が採用される。
【0026】
なお、軸受35はラックハウジング16に対して軸方向に移動可能に支持されている。軸受35の外輪の軸方向両側には、断面L字形状の環状のプレート36が設けられ、そのプレート36と軸受35の外輪との間には皿ばね37が設けられている。軸受35の内輪は、従動プーリ42のフランジ部42bの軸方向における段差部分、および環状の固定部材38によって挟み込まれている。従動プーリ42におけるフランジ部42bの設けられていない部分(正確には、従動プーリ42の第2の端部から第1の端部に向かう一定の範囲)の外周面には、ねじ溝42cが設けられている。固定部材38の内周面には、従動プーリ42の外周面に設けられたねじ溝42cに螺合するねじ溝38aが設けられている。従動プーリ42の外周面に設けられたねじ溝42cと固定部材38の内周面に設けられたねじ溝38aとが螺合することにより、固定部材38は従動プーリ42に取り付けられる。段差部分および固定部材38によって軸受35を挟み込んだときに、止め輪39が従動プーリ42に嵌め込まれることにより、固定部材38は従動プーリ42に対して軸方向に移動することが規制される。これらによって、軸受35はラックハウジング16に対して軸方向に揺動可能に支持される。
【0027】
このような構成からなるアシスト機構3では、モータ20の回転軸21が回転すると、回転軸21と一体となって駆動プーリ41が回転する。駆動プーリ41の回転は、ベルト43を介して従動プーリ42に伝達されて、これにより従動プーリ42は回転する。このため、従動プーリ42と一体的に取り付けられたボールねじナット31も一体回転する。ボールねじナット31はラックシャフト12に対して相対回転するため、ボールねじナット31とラックシャフト12との間に介在される複数のボール32は双方から負荷を受けて転動路R内を無限循環する。ボール32が転動路R内を転動することにより、ボールねじナット31に付与された回転トルクがラックシャフト12の軸方向に付与される力に変換される。このため、ラックシャフト12はボールねじナット31に対して軸方向に移動する。このラックシャフト12に付与される軸方向の力がアシスト力となり、運転者のステアリング操作を補助する。
【0028】
また、図2に示すように、ラックシャフト12とボールねじナット31との間には、円筒状のリテーナ50が設けられている。リテーナ50は、ボール32を転動可能に保持する複数のリテーナ溝51を有する。リテーナ溝51は、ラックシャフト12の軸線に対して一定角度だけ傾いて延びる長穴形状を有している。複数のリテーナ溝51は、リテーナ50の周方向に等間隔に設けられている。隣り合うリテーナ溝51を円周方向に隔離する隔離部52の幅寸法は、ボール32の直径よりも十分小さい。リテーナ溝51は、ラックシャフト12のねじ溝12aおよびボールねじナット31のねじ溝33と直角をなしている。言い換えれば、リテーナ溝51は、ラックシャフト12の軸線に対してねじ溝12aおよびねじ溝33のリード角だけ傾斜し、ねじ溝12aおよびねじ溝33に対して直角に設けられている。
【0029】
図3に示すように、リテーナ50の周方向において、リテーナ溝51における互いに対向する内側面には、傾斜面51a,51bが設けられている。ラックシャフト12の軸方向からみて、傾斜面51a,51bには、リテーナ50の径方向外側に向かうにつれて互いに離れるように、それぞれリテーナ50の軸線と直交する方向に延びる直線に対して、所定角度θだけ傾斜している。また、リテーナ溝51の周方向における幅は、リテーナ50の内周ではボール32の直径よりも小さく、リテーナ50の外周ではボール32の直径よりも大きくなるように、傾斜面51a,51bの傾斜する角度θが設定されている。このため、ボール32は、リテーナ溝51の径方向外側へ向かう移動は許容される反面、リテーナ溝51の径方向内側へ向かう移動は規制される。リテーナ溝51の傾斜面51a,51bがボール32に当接することにより、リテーナ50の径方向の移動が規制される。リテーナ50がボール32によって支持されることにより、リテーナ50がラックシャフト12の外周面およびボールねじナット31の内周面に接触することが抑制されている(図2参照)。また、ボールねじナット31からラックシャフト12を抜いても、リテーナ50により、ボール32はボールねじナット31のねじ溝33の中に保持される。
【0030】
つぎに、本実施形態のリテーナ50について説明する。
図4に実線で示されるように、リテーナ溝51は、リテーナ溝51の延びる方向に対して交わる2つの短い内側面53と、短い内側面53と交わり、かつリテーナ溝51の延びる方向に沿った2つの長い内側面54とを有している。2つの短い内側面53と2つの長い内側面とが交わる4つの内角部には、それぞれ隅アール55が設けられている。隅アール55の半径は、リテーナ溝51の幅(周方向の長さ)の1/2よりも小さく設定されている。
【0031】
すなわち、2点鎖線で示される両端が円弧形状をなすリテーナ溝Iの場合と比べて、本実施形態のリテーナ溝51の両端部は、リテーナ溝51の延びる方向に直交する方向に関して外側に広がる形状を有している。また、リテーナ50の径方向(リテーナ50の軸線と直交する方向)から見たとき、リテーナ溝51の延びる方向に沿った中心線Cから中央部52aにおける長い内側面54までの距離は、リテーナ溝Iであれ、リテーナ溝51であれ、同じである。これに対し、中心線Cから根元部52bにおける隅アール55までの距離は、リテーナ溝Iの場合よりも、実線で示される本実施形態のリテーナ溝51の方が長くなる部分がある。リテーナ溝51は、リテーナ溝Iと比べると、リテーナ溝51の端部と隅アール55との差の部分である差異部分Sが取り除かれている違いがある。なお、リテーナ溝51は、長方形の四隅に隅アールを付けた形状ともいえる。
【0032】
本実施形態の作用および効果を説明する。まず比較例として、両端が円弧形状をなすリテーナ溝Iを採用する場合を説明する。
本実施形態のリテーナ溝51は、その延びる方向における両端部に、リテーナ溝Iの場合と比べて、リテーナ溝51の延びる方向に対して交わる方向における外側に広がる形状を有しているため、リテーナ溝51を採用した場合の根元部52bの断面2次モーメントは、リテーナ溝Iを採用する場合の根元部52bの断面2次モーメントよりも小さくなる。すなわち、リテーナ溝51はリテーナ溝Iと比べると、差異部分Sが取り除かれている分、根元部52bの断面2次モーメントが小さくなる。このため、根元部52bの剛性、特にたわみ剛性が小さくなり、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が小さくなる。
【0033】
ところで、隔離部52の中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が大きいと、いくつかの問題が生じる。たとえば、ボールねじナット31の内周にリテーナ50を組み付けた状態で、リテーナ50の内周から隣り合う隔離部52をたわませて、ボールねじナット31のねじ溝33の中にボール32を入れる場合、隔離部52の軸方向の位置によってリテーナ50とボールねじナット31との間にボール32を嵌め込む際の嵌め易さが異なってしまう。隔離部52のたわみ剛性が小さいほど、ボール32をリテーナ50とボールねじナット31との間に嵌め込む際に隔離部52は弾性変形できるので、より嵌め込み易くなる。隔離部52の中央部52aのたわみ剛性を適切に設定すると、隔離部52の中央部52aにおいて、ボール32をリテーナ50とボールねじナット31との間に嵌め込むことは容易になる反面、隔離部52の根元部52bにおいて、ボール32をリテーナ50とボールねじナット31との間に嵌め込むことは、根元部52bのたわみ剛性が中央部52aのたわみ剛性よりも大きい分だけ困難になってしまう。
【0034】
また、根元部52bの剛性を適切に(小さく)設定すると、根元部52bにおいてもボール32をリテーナ50とボールねじナット31との間に容易に嵌め込むことができる反面、ラックシャフト12をボールねじナット31から引き抜いた状態では、根元部52bよりもさらにたわみ剛性の小さい中央部52aでは、十分にボール32を保持できないこともある。リテーナ50がボール32を十分に保持するためには隔離部52のたわみ剛性は高い方がよいためである。このため、従来のリテーナ溝Iの形状では、隔離部52の中央部52aのたわみ剛性を適切に設定すると、隔離部52の根元部52bでたわみ剛性がより大きくなるために根元部52bではボール32の嵌め込みが困難になり、根元部52bのたわみ剛性を適切に設定すると、中央部52aのたわみ剛性がより小さくなるために中央部52aではボール32を十分に保持できなくなるおそれがある。中央部52a(リテーナ50)がボール32を十分に保持できないと、ボール32がリテーナ50から脱落してしまうおそれがある。また、ボール32が脱落しないようにボール32とリテーナ溝51との間の隙間を小さくすると、溝幅寸法のばらつき方によっては、隔離部52によりボール32が挟まれた状態でリテーナ50とともに転動することとなるため、ボール32とリテーナ50との間の摩擦がより大きくなるおそれもある。このため、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が小さく、リテーナ50の各部のたわみ剛性をより均一にすることが好ましい。
【0035】
本実施形態のリテーナ50では、根元部52bのたわみ剛性をより小さくすることにより、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差をより小さくしている。なお、中央部52aの断面積と根元部52bの断面積との差も小さくなる。このため、中央部52aのたわみ剛性を適切に設定した場合であっても、根元部52bのたわみ剛性と中央部52aのたわみ剛性との差がより小さい分、根元部52bでもボール32をより嵌め込みやすくなる。また、根元部52bのたわみ剛性を適切に設定した場合であっても、根元部52bの剛性と中央部52aの剛性との差が小さい分、中央部52aの剛性が確保されているので、ボール32がリテーナ50から脱落することが抑制される。
【0036】
<第2実施形態>
つぎに、ボールねじ装置をステアリング装置に適用した第2実施形態について説明する。ここでは、第1実施形態との違いを中心に説明する。
【0037】
図5に形状を誇張して示すように、本実施形態のリテーナ溝51は、比較例のリテーナ溝Iと同様にその両端が円弧面形状である。隔離部52の軸方向の中央部52aは根元部52bよりも、周方向(リテーナ溝51の延びる方向に直交する方向)における長さが長い(幅が広い)。すなわち、リテーナ溝51の長い内側面54に中太部54aが設けられることにより、隔離部52の中央部52aは根元部52bよりも太い。このため、ラックシャフト12の軸方向において、リテーナ溝51における中央部52aに対応する部分は、リテーナ溝51における根元部52bに対応する部分よりも狭くなっている。また、リテーナ溝Iの場合と比べて、本実施形態のリテーナ溝51では、隔離部52の中央部52aの周方向の長さが長い。
【0038】
隔離部52の断面2次モーメントは、リテーナ溝51の延びる方向において、中央部52aに近付くほど大きくなる。言い換えれば、中央部52aの断面2次モーメントは、根元部52bの断面2次モーメントよりも大きい。このため、従来のリテーナ溝Iの形状において、中央部52aのたわみ剛性が小さいことを、中央部52aの剛性が大きくなることで補填することが期待でき、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が小さくなる。すなわち、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性とはより均一化される。
【0039】
<第3実施形態>
つぎに、ボールねじ装置をステアリング装置に適用した第3実施形態について説明する。ここでは、第1実施形態との違いを中心に説明する。
【0040】
図6に示すように、本実施形態のリテーナ溝51は、比較例のリテーナ溝Iと同様に、その両端が円弧面形状である。隔離部52の中央部52aは根元部52bよりも、リテーナ50の径方向(隔離部52の厚さ方向)における長さが長い。なお、中央部52aは根元部52bの外周面に対して、径方向外側に膨らんでいる。すなわち、隔離部52の外周面に肉厚部54bが設けられることにより、中央部52aは根元部52bよりも厚い。なお、中央部52aの厚さは、中央部52aがボールねじナット31に接触しない程度の膨らみに設定することが好ましい。
【0041】
隔離部52の断面2次モーメントは、リテーナ溝51の延びる方向において、中央部52aに近付くほど大きくなる。言い換えれば、中央部52aの断面2次モーメントは、根元部52bの断面2次モーメントよりも大きい。このため、従来のリテーナ溝Iの形状において、中央部52aのたわみ剛性が小さいことを、中央部52aのたわみ剛性が大きくなることで補填することが期待でき、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が小さくなる。
【0042】
<第4実施形態>
つぎに、ボールねじ装置をステアリング装置に適用した第4実施形態について説明する。ここでは、第1実施形態との違いを中心に説明する。
【0043】
図7に示すように、本実施形態のリテーナ溝51は、比較例のリテーナ溝Iと同様にその両端が円弧面形状である。リテーナ50の外周面には、複数の溝56が設けられている。溝56は、各隔離部52における中央部52aの両側に位置する2つの根元部52bにそれぞれ設けられている。溝56は、リテーナ溝51の延びる方向と平行に設けられている。
【0044】
隔離部52の根元部52bの断面2次モーメントは、中央部52aの断面2次モーメントよりも、溝56が設けられる分だけ小さくなる。溝56を設けることにより除去された部分が、断面2次モーメントに寄与しなくなるためである。このため、根元部52bのたわみ剛性が小さくなることが期待でき、中央部52aのたわみ剛性と根元部52bのたわみ剛性との差が小さくなる。
【0045】
なお、各実施形態は次のように変更してもよい。また、以下の他の実施形態および各実施形態は、技術的に矛盾しない範囲において、互いに組み合わせることができる。
・第1実施形態では、リテーナ溝51の短い内側面53と長い内側面とが交わる内角部分に隅アール55が設けられたが、これに限らない。たとえば、図8に示すように、隅アール55よりもリテーナ50の周方向において外側へ向けてさらに延びる凹状部分57を設けてもよい。この場合であっても、根元部52bの周方向の長さを短くすることにより、根元部52bのたわみ剛性をより小さくすることができる。
【0046】
・第2実施形態では、隔離部52の中央部52aの周方向の長さを根元部52bの周方向の長さよりも長くし、第3実施形態では、中央部52aの径方向の長さ(厚み)を根元部52bの径方向の長さよりも長くしたが、中央部52aの周方向および径方向の長さを、ともに根元部52bの周方向および径方向の長さよりも長くしてもよい。すなわち、中央部52aの周方向および径方向の長さの少なくとも一方を、根元部52bの周方向および径方向の長さよりも長くすればよい。
【0047】
・第4実施形態では、溝56を、隔離部52における中央部52aの両側に位置する2つの根元部52bにそれぞれ設けたが、いずれか一方の根元部52bのみに設けてもよい。また、溝56は、隔離部52における中央部52aを除いた部分であれば、リテーナ50の周面におけるどの部分に設けられてもよい。言い換えれば、中央部52aのたわみ剛性よりも根元部52bのたわみ剛性をより小さくする(均一化する)ものであれば、どのような部分に設けてもよい。たとえば、溝56は、リテーナ溝51の内周面に設けられてもよい。この場合、中央部52aには溝56を設けない、または中央部52aに小さな溝56を設けるのに対して、根元部52bにはより大きな溝を設けることにより、中央部52aのたわみ剛性に対して根元部52bのたわみ剛性を小さくする。
【0048】
・第3実施形態では、中央部52aを根元部52bの外面よりも径方向外側へ膨らませたが、これに限らない。たとえば、中央部52aを根元部52bの内周面よりも径方向内側へ膨らませてもよい。
【0049】
・第1実施形態では、リテーナ溝51の短い内側面53を平面状に設けたが、根元部52bのたわみ剛性をより小さくできるのであれば、平面状ではなく、曲面状に設けてもよい。
【0050】
・各実施形態では、ラックシャフト12に対して平行に配置された回転軸21を有するモータ20によってラックシャフト12にアシスト力を付与する形式のEPS1に具体化して示したが、これに限らない。たとえば、モータ20の回転運動をラックシャフト12の軸方向の直線運動に変換するボールねじ装置30を備える他の形式のステアリング装置であってもよい。また、ステアリング操作に連動するラックシャフト12の直線運動を、モータ20の回転力を利用して補助する電動パワーステアリング装置を例に挙げたが、ステアバイワイヤ(SBW)に適用してもよい。なお、SBWに具体化する場合には、前輪操舵装置としてだけでなく、後輪操舵装置あるいは4輪操舵装置(4WS)として具体化することもできる。すなわち、自身に付与される回転運動を直線運動に変換するボールねじ装置30であればよい。
【0051】
・各実施形態では、ボールねじ装置30を備えるEPS1に設けた場合に具体化したが、これに限らない。たとえば、ボールねじ装置30を工作機械に具体化してもよいし、ボールねじナットを回転させることにより、ボールねじ軸を直線移動させる可動部を有する機械に具体化してもよい。
【符号の説明】
【0052】
1…EPS、2…操舵機構、3…アシスト機構、10…ステアリングホイール、11…ステアリングシャフト、11a…コラムシャフト、11b…インターミディエイトシャフト、11c…ピニオンシャフト、11d…収容孔、12…ラックシャフト(ボールねじ軸)、12a…ねじ溝、13…ラックアンドピニオン機構、14…タイロッド、15…転舵輪、16…ラックハウジング(ハウジング)、16a…第1ラックハウジング、16b…第2ラックハウジング、17…減速機ハウジング、20…モータ、21…回転軸、22…ボルト、23…貫通孔、30…ボールねじ装置、31…ボールねじナット、32…ボール、33…ねじ溝、34…ロックスクリュー、35…軸受、36…プレート、37…皿ばね、40…減速機、41…駆動プーリ、42…従動プーリ、42a…フランジ部、43…ベルト、50…リテーナ、51…リテーナ溝、51a,52a…傾斜面、52…隔離部、52a…中央部、52b…根元部、53…短い内側面、54…長い内側面、54a…中太部、54b…突出部、55…隅アール、56…溝、θ…角度、R…転動路。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8