(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記結合工程は、異なる前記マトリックスモデル間において、前記粒子モデル間距離が前記距離よりも小さい一対の前記ポリマー粒子モデルを、前記架橋剤粒子モデルを介さずに結合した結合モデル対を定義する工程と、
前記結合モデル対を定義した後、分子動力学計算に基づいて、前記セル内の前記結合モデル対又は単体の前記マトリックスモデルを対象に、構造緩和を計算する第3構造緩和計算工程と、
前記第3構造緩和計算工程の後、前記結合モデル対を構成する一対の前記ポリマー粒子モデル間の前記結合を、少なくとも一つの前記架橋剤粒子モデルを介する結合に置き換える工程とを含む請求項1乃至4のいずれかに記載の高分子材料モデルの作成方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の高分子材料モデルの作成方法(以下、単に「作成方法」ということがある)は、架橋剤を含有する高分子材料をモデル化した高分子材料モデルを、コンピュータを用いて作成するための方法である。
【0016】
図1は、本発明の作成方法を実行するコンピュータの一例を示す斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んでいる。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。また、記憶装置には、本実施形態の作成方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。
【0017】
高分子材料としては、例えば、ゴム、樹脂又はエラストマー等が含まれる。本実施形態の高分子材料としては、cis-1,4ポリブタジエン(以下、単に「ポリブタジエン」ということがある。)が例示される。
図2は、ポリブタジエンの構造式である。このポリブタジエンを構成する分子鎖2は、メチレン基(−CH
2−)とメチン基(−CH−)とからなるモノマー2a{−[CH
2−CH=CH−CH
2]−}が、重合度で連結されて構成されている。また、高分子材料の末端には、メチレン基(−CH
2)に替えて、メチル基(−CH
3)が連結される。なお、高分子材料には、ポリブタジエン以外の高分子材料が用いられてもよい。また、架橋剤としては、モノスルフィド架橋、ジスルフィド架橋、又は、ポリスルフィド架橋を形成する硫黄や、パーオキサイド架橋を形成する有機過酸化物が例示される。
【0018】
図3は、本実施形態の作成方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本実施形態の作成方法では、先ず、高分子材料の分子鎖2(
図2に示す)に基づいて、複数のポリマー粒子モデルを有するマトリックスモデルが、コンピュータ1に入力される(工程S1)。
図4は、マトリックスモデル3及び架橋剤粒子モデル4の一例を示す概念図である。
【0019】
図4に示されるように、本実施形態のマトリックスモデル3は、粗視化モデル(本実施形態では、Kremer-Grestモデル)として定義されている。本実施形態のマトリックスモデル3は、複数のポリマー粒子モデル5と、隣接するポリマー粒子モデル5、5間を結合する第1結合鎖モデル6とを含んで構成されている。
【0020】
ポリマー粒子モデル5は、分子鎖のモノマー又はモノマーの一部分をなす構造単位を置換したものである。高分子材料の高分子鎖がポリブタジエンである場合には、例えば、特開2015−94750号公報と同様に、例えば1.55個分のモノマーが、1個のポリマー粒子モデル5に置換される。これにより、マトリックスモデル3には、複数個(例えば、10〜5000個)のポリマー粒子モデル5が設定される。
【0021】
ポリマー粒子モデル5は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、ポリマー粒子モデル5には、例えば、質量、体積、粒子径D1又は電荷などのパラメータが定義される。
【0022】
第1結合鎖モデル6は、ポリマー粒子モデル5、5間に、伸びきり長が設定されたポテンシャルP1によって定義される。本実施形態のポテンシャルP1は、例えば、特開2015−94750号公報に記載の発明と同様に、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)と、結合ポテンシャルU
FENEとの和で設定される。LJポテンシャルU
LJ(r
ij)及び結合ポテンシャルU
FENEについて、各定数及び各変数の値も同様に設定されうる。これにより、ポリマー粒子モデル5が伸縮自在に拘束された直鎖状のマトリックスモデル3を定義することができる。マトリックスモデル3は、コンピュータ1に記憶される。
【0023】
次に、本実施形態の作成方法では、架橋剤をモデル化した架橋剤粒子モデル4が、コンピュータ1に入力される(工程S2)。本実施形態の架橋剤粒子モデル4は、一つの独立した粒子モデルとして設定される。架橋剤粒子モデル4は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、架橋剤粒子モデル4には、例えば、質量、体積、粒子径D2又は電荷などのパラメータが定義される。
【0024】
架橋剤粒子モデル4の粒子径D2については、適宜設定することができる。本実施形態の粒子径D2は、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1と同一に設定されている。架橋剤粒子モデル4は、コンピュータ1に記憶される。
【0025】
次に、本実施形態の作成方法では、高分子材料の一部に対応する仮想空間であるセルが、コンピュータ1に入力される(工程S3)。
図5は、マトリックスモデル3が内部に配置されたセル7の一例を示す図である。本実施形態のセル7は、セル7の内部に、マトリックスモデル3が配置されることにより、高分子材料モデル8として定義される。
【0026】
本実施形態のセル7は、互いに向き合う三対の平面9a、9bを有する直方体として定義されている。各平面9a、9bには、周期境界条件が定義されている。このようなセル7は、例えば、一方の平面9aから出て行ったマトリックスモデル3の一部が、反対側の平面9bから入ってくるように計算することができる。従って、一方の平面9aと、反対側の平面9bとが連続している(繋がっている)ものとして取り扱うことができる。
【0027】
セル7の一辺の各長さL3a、L3b及びL3cは、適宜設定することができる。本実施形態の長さL1は、マトリックスモデル3の慣性半径(図示省略)の2倍以上が望ましい。慣性半径は、マトリックスモデル3の拡がりを示す量である。このようなセル7は、分子動力学計算において、周期境界条件による自己のイメージとの衝突の発生を防げるため、マトリックスモデル3の空間的拡がりを適切に計算することができる。また、セル7の大きさは、例えば1気圧で安定な体積に設定される。このようなセル7は、高分子材料の少なくとも一部の体積を定義することができる。セル7は、コンピュータ1に記憶される。
【0028】
次に、本実施形態の作成方法では、複数のマトリックスモデル3がセル7に配置される(工程S4)。工程S4では、セル7の平面9a、9bで囲まれる内部空間に、複数のマトリックスモデル3がランダムに配置される。マトリックスモデル3の本数については、例えば、コンピュータ1の性能等に応じて適宜設定されうる。また、マトリックスモデル3の本数は、マトリックスモデル3がKremer-Grestモデルである場合、数密度0.85に基づいて設定されるのが望ましい。本実施形態では、例えば、1本のマトリックスモデル3を構成するポリマー粒子モデル5の個数が500〜1000個に設定される場合、マトリックスモデル3の本数が200〜140000本に設定されうる。セル7に配置されたマトリックスモデル3のポリマー粒子モデル5の座標値等が、コンピュータ1に記憶される。
【0029】
次に、本実施形態の作成方法では、ポリマー粒子モデル5、5間に、引力及び斥力が作用するポテンシャルが定義される(工程S5)。工程S5では、隣接するマトリックスモデル3、3のポリマー粒子モデル5、5間に、ポテンシャルP2が定義される。ポテンシャルP2としては、例えば、特開2015−94750号公報の手順に従い、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)を用いて定義することができる。これにより、後述の分子動力学計算において、ポリマー粒子モデル5、5間に、引力及び斥力を作用させることができる。これらのポテンシャルは、コンピュータ1に記憶される。
【0030】
次に、本実施形態の作成方法では、分子動力学計算に基づいて、コンピュータ1が、セル7内のモデルの構造緩和を計算する(第1構造緩和計算工程S6)。本実施形態の分子動力学計算では、例えば、セル7について所定の時間、マトリックスモデル3が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻でのポリマー粒子モデル5の動きが、単位時間ステップ毎に追跡される。分子動力学計算では、セル7において、圧力及び温度が一定、又は体積及び温度が一定に保たれる。これにより、第1構造緩和計算工程S6では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、マトリックスモデル3の初期配置を精度よく緩和することができる。このような構造緩和の計算は、例えば(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J−OCTA)に含まれるCOGNACを用いて処理することができる。
【0031】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、マトリックスモデル3の初期配置が十分に緩和できたか否かを判断する(工程S7)。工程S7において、マトリックスモデル3の初期配置が十分に緩和できたと判断された場合(工程S7で、「Y」)、次の結合工程S8が実施される。他方、マトリックスモデル3の初期配置が十分に緩和できていないと判断された場合(工程S7で、「N」)、単位時間ステップを一つ進めて(工程S9)、第1構造緩和計算工程S6及び工程S7が再度実施される。これにより、第1構造緩和計算工程S6では、マトリックスモデル3の平衡状態(構造が緩和した状態)を、確実に計算することができる。構造緩和の計算結果は、コンピュータ1に記憶される。
【0032】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、異なるマトリックスモデル3、3間を、少なくとも一つの架橋剤粒子モデル4を介して結合する(結合工程S8)。本実施形態の結合工程S8では、粒子モデル間距離L1(
図8(a)に示す)が、予め定められた距離L5(図示省略)よりも小さい一対のポリマー粒子モデル5、5を、少なくとも一つの架橋剤粒子モデル4を介して結合している。粒子モデル間距離L1は、各ポリマー粒子モデル5、5の表面5s間の最短距離として定義される。
図6は、結合工程S8の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0033】
本実施形態の結合工程S8は、先ず、コンピュータ1が、セル7内に配置された異なるマトリックスモデル3、3間において、一対のポリマー粒子モデル5、5を結合した結合モデル対10を定義する(結合モデル対定義工程S81)。結合モデル対定義工程S81では、
図5に示したセル7内に配置された全てのマトリックスモデル3を対象として、粒子モデル間距離L1が、前記距離L5(図示省略)よりも小さい一対のポリマー粒子モデル5を、架橋剤粒子モデル4を介さずに結合している。距離L5については、例えば、マトリックスモデル3の構造や、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1(
図4に示す)に基づいて、適宜設定される。本実施形態の距離L5は、例えば、0.8〜2.0σに設定される。
図7は、結合モデル対定義工程S81の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図8(a)は、結合モデル対定義工程S81を説明する図、(b)は置換工程を説明する図である。
【0034】
本実施形態の結合モデル対定義工程S81では、先ず、異なるマトリックスモデル3、3間において、結合される一対のポリマー粒子モデル5、5が特定される(工程S811)。
図8(a)に示されるように、工程S811では、粒子モデル間距離L1が、前記距離L5(図示省略)よりも小さい一対のポリマー粒子モデル5が特定される。なお、一つのポリマー粒子モデル5に、粒子モデル間距離L1が前記距離L5よりも小さい複数のポリマー粒子モデル5が特定された場合には、粒子モデル間距離L1が最も小さいポリマー粒子モデル5に結合されるものとして特定される。
【0035】
次に、本実施形態の結合モデル対定義工程S81では、工程S811で特定された一対のポリマー粒子モデル5、5が結合される(工程S812)。工程S812では、第2結合鎖モデル11を介して、一対のポリマー粒子モデル5、5が結合される。これにより、一対のマトリックスモデル3、3が結合された結合モデル対10が定義される。なお、工程S812後において、
図5に示したセル7の内部空間には、結合モデル対10(
図8(a)に示す)と、単体のマトリックスモデル3とが混在していてもよい。
【0036】
第2結合鎖モデル11は、一対のポリマー粒子モデル5、5間に、伸びきり長が設定されたポテンシャルP3によって定義される。第2結合鎖モデル11も、第1結合鎖モデル6と同様に、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)と、結合ポテンシャルU
FENEとの和で設定される。本実施形態において、第2結合鎖モデル11に設定される定数及び変数は、第1結合鎖モデル6に設定される定数及び変数と同様のものが設定される。結合モデル対10は、コンピュータ1に記憶される。
【0037】
なお、結合モデル対定義工程S81では、
図4に示したマトリックスモデル3を構成する全てのポリマー粒子モデル5を対象に、上記の条件を満足する一対のポリマー粒子モデル5、5を結合させると、マトリックスモデル3、3間において、第2結合鎖モデル11の個数が必要以上に多くなりやすい。このため、各マトリックスモデル3において、結合させるポリマー粒子モデル5(以下、単に「結合対象ポリマー粒子モデル5A」ということがある)が予め定められているのが望ましい。なお、各マトリックスモデル3に定義される結合対象ポリマー粒子モデル5Aの個数については、例えば、高分子材料の架橋密度等に基づいて設定される。本実施形態の結合対象ポリマー粒子モデル5Aは、各マトリックスモデル3に一つずつ定義されている。これにより、本実施形態の作成方法では、例えば、架橋密度に基づいて、第2結合鎖モデル11の個数の上限値を設定できる。
【0038】
本実施形態の結合工程S8は、マトリックスモデル3の初期配置を緩和した第1構造緩和計算工程S6後に、一対のポリマー粒子モデル5、5を結合して、結合モデル対10が定義されている。このため、結合モデル対10を含むセル7の内部は、構造体として不安定になりやすい。
【0039】
このため、本実施形態の結合工程S8は、分子動力学計算に基づいて、コンピュータ1がセル7内のモデルの構造緩和を計算する(第3構造緩和計算工程S82)。
【0040】
本実施形態の第3構造緩和計算工程S82は、セル7内に配置されている結合モデル対10を対象に、構造緩和が単位時間ステップ毎に計算される。なお、セル7内に、単体のマトリックスモデル3を含む場合は、単体のマトリックスモデル3も対象に、構造緩和が計算される。分子動力学計算については、第1構造緩和計算工程S6と同様の手順で実施される。これにより、第3構造緩和計算工程S82では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、結合モデル対10の初期配置を精度よく緩和することができる。
【0041】
次に、本実施形態の結合工程S8では、コンピュータ1が、結合モデル対10の初期配置が十分に緩和できたか否かを判断する(工程S83)。工程S83において、結合モデル対10の初期配置が十分に緩和できたと判断された場合(工程S83で、「Y」)、次の置換工程S84が実施される。他方、結合モデル対10の初期配置が十分に緩和できていないと判断された場合(工程S83で、「N」)、単位時間ステップを一つ進めて(工程S85)、第3構造緩和計算工程S82及び工程S83が再度実施される。これにより、第3構造緩和計算工程S82では、セル7内のモデルの構造緩和を確実に計算でき、セル7の内部を安定させることができる。構造緩和の計算結果は、コンピュータ1に記憶される。
【0042】
次に、本実施形態の結合工程S8は、コンピュータ1が、結合モデル対10を構成する一対のポリマー粒子モデル5、5間の結合を、少なくとも一つの架橋剤粒子モデル4を介する結合に置き換える(置換工程S84)。本実施形態の置換工程S84では、一対のポリマー粒子モデル5、5が、一つの架橋剤粒子モデル4を介して結合される態様が説明される。
図9は、置換工程S84の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0043】
本実施形態の置換工程S84では、先ず、一対のポリマー粒子モデル5、5が結合された第2結合鎖モデル11(
図8(a)に示す)が削除される(工程S841)。次に、
図8(b)に示されるように、本実施形態の置換工程S84では、第2結合鎖モデル11が削除された一対のポリマー粒子モデル5、5の間に、一つの架橋剤粒子モデル4が配置される(工程S842)。
【0044】
本実施形態の工程S842において、架橋剤粒子モデル4の中心4cは、一対のポリマー粒子モデル5、5間の中央に位置されている。これにより、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を抑制することができる。このような架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複は、高分子材料モデル8を用いたシミュレーションにおいて、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との間に大きな斥力が計算され、計算落ち等を招きやすい。従って、本実施形態では、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を抑制できるため、架橋された高分子材料モデル8(図示省略)を安定して作成することができる。
【0045】
架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との間には、ポテンシャルP5が定義される。ポテンシャルP5は、
図5に示したポテンシャルP2と同様に、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)を用いて定義される。これにより、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との間に、引力及び斥力を作用させることができる。
【0046】
次に、本実施形態の置換工程S84では、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5とを、第3結合鎖モデル12を介して接続する(工程S843)。第3結合鎖モデル12は、一対のポリマー粒子モデル5、5間に、伸びきり長が設定されたポテンシャルP4によって定義される。第3結合鎖モデル12も、第1結合鎖モデル6と同様に、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)と、結合ポテンシャルU
FENEとの和で設定される。第3結合鎖モデル12に設定される定数及び変数については、第1結合鎖モデル6及び第2結合鎖モデル11に設定される定数及び変数と同様のものが設定される。
【0047】
このように、本実施形態の置換工程S84では、一対のマトリックスモデル3、3が、架橋剤粒子モデル4を介して結合されるため、化学構造や化学的性質を反映しつつ、架橋された高分子材料モデル8(図示省略)を作成することができる。しかも、本実施形態の作成方法は、架橋剤粒子モデル4の構造緩和計算なしに、互いに接近したポリマー粒子モデル5を、架橋剤粒子モデル4を介して結合することができる。これにより、本実施形態の作成方法は、例えば、小さな架橋密度が設定されていたとしても、ポリマー粒子モデル5と、架橋剤粒子モデル4とを短時間で結合させることができる。従って、本実施形態の作成方法は、架橋された高分子材料モデル8(図示省略)を短時間で作成することができる。
【0048】
本実施形態で作成された高分子材料モデル8(図示省略)は、例えば、一般的に行われている単軸引張り試験に基づいて、一方向に(例えば、Y軸方向に0%〜20%)伸長させる変形シミュレーション等に用いることができる。従って、本実施形態の作成方法は、高分子材料の開発に役立つ。しかも、本実施形態の作成方法は、架橋剤を含有する高分子材料モデル8を短時間で作成できるため、高分子材料の開発に要する時間を、大幅に短縮しうる。
【0049】
本実施形態の作成方法では、
図8(b)に示されるように、一対のポリマー粒子モデル5、5を、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1(
図4に示す)と同一の粒子径D2(
図4に示す)を有する架橋剤粒子モデル4を介して結合したが、このような態様に限定されるわけではない。本実施形態では、架橋剤粒子モデル4の中心4cを、一対のポリマー粒子モデル5、5間の中央に位置させることで、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を抑制することができるが、粒子モデル間距離L1(
図8(a)に示す)が小さいと、架橋剤粒子モデル4がポリマー粒子モデル5に重複して配置される場合がある。
【0050】
このような架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を防ぐために、この実施形態の置換工程S84は、粒子モデル間距離L1よりも小さい粒子径D2を有する架橋剤粒子モデル4を、一対のポリマー粒子モデル5、5間に結合させている。
図10は、本発明の他の実施形態の作成方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図11は、本発明の他の実施形態の置換工程S84の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図12(a)は、本発明の他の実施形態の置換工程の一例を説明する図である。
【0051】
この実施形態の置換工程S84では、一対のポリマー粒子モデル5、5が結合された第2結合鎖モデル11(
図8(a)に示す)が削除された後(工程S841)、コンピュータ1が、
図4に示した架橋剤粒子モデル4の粒子径D2(
図4に示す)を、粒子モデル間距離L1(
図12(a)に示す)よりも小さくする(工程S844)。工程S844では、先ず、一対のマトリックスモデル3、3間の粒子モデル間距離L1(
図12(a)に示す)が計算される。次に、工程S844では、粒子モデル間距離L1よりも小さくなるように、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を小さくしている。
【0052】
次に、この実施形態の置換工程S84では、
図12(a)に示されるように、第2結合鎖モデル11(
図8(a)に示す)が削除された一対のポリマー粒子モデル5、5の間に、粒子径D2を小さくした架橋剤粒子モデル4が配置される(工程S842)。工程S842では、架橋剤粒子モデル4の中心4cを、一対のポリマー粒子モデル5、5間の中央に位置させている。これにより、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を確実に防ぐことができる。
【0053】
次に、この実施形態の置換工程S84では、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5とを、第3結合鎖モデル12を介して接続する(工程S843)。これにより、一対のマトリックスモデル3、3が、架橋剤粒子モデル4を介して結合され、架橋された高分子材料モデル8(図示省略)を作成することができる。
【0054】
この実施形態では、粒子モデル間距離L1(
図12(a)に示す)よりも小さくなるように、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を小さくしているため、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を確実に防ぐことができる。これにより、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との間に大きな斥力が計算されるのを防ぐことができる。
【0055】
なお、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2が小さく設定された高分子材料モデル8が、シミュレーションに用いられると、架橋剤粒子モデル4と、ポリマー粒子モデル5と扱いが異なるため、計算が複雑化しやすくなる。また、架橋剤粒子モデルの大きさが異なる複数の高分子材料モデル8のシミュレーション結果を、定性的に比較することが難しくなりやすい。このような観点より、この実施形態の作成方法では、置換工程S84の後、コンピュータ1が、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を、予め定められた粒子径(図示省略)まで拡大する(拡大工程S10)。この実施形態では、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1と同一になるまで拡大される。
図12(b)は、拡大工程の処理手順の一例を説明する図である。
図13は、この実施形態の拡大工程S10の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0056】
この実施形態の拡大工程S10では、先ず、コンピュータ1が、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を拡大する(工程S101)。工程S101では、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を、単位時間ステップ毎に予め定められた増分値で大きくしている。
【0057】
次に、この実施形態の拡大工程S10では、分子動力学計算に基づいて、コンピュータ1が、セル7(
図5に示す)内のモデルの構造緩和を計算する(第2構造緩和計算工程S102)。分子動力学計算については、第1構造緩和計算工程S6と同様の手順で実施される。第2構造緩和計算工程S102では、セル7内に配置されているモデル(即ち、マトリックスモデル3を構成するポリマー粒子モデル5、及び、架橋剤粒子モデル4)を対象に、単位時間ステップ毎に構造緩和が計算される。これにより、第2構造緩和計算工程S102では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、粒子径D2が大きくなった架橋剤粒子モデル4及びポリマー粒子モデル5の平衡状態を計算することができる。
【0058】
次に、この実施形態の拡大工程S10では、コンピュータ1が、架橋剤粒子モデル4が、予め定められた粒子径(本実施形態では、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1)まで拡大したか否かを判断する(工程S103)。工程S103において、架橋剤粒子モデル4が、予め定められた粒子径まで拡大したと判断された場合(工程S103で、「Y」)、この実施形態の作成方法の一連の処理が終了し、高分子材料モデル8が作成される。高分子材料モデル8は、コンピュータ1に入力される。
【0059】
他方、架橋剤粒子モデル4が、予め定められた粒子径(本実施形態では、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1)まで拡大していないと判断された場合、単位時間ステップを一つ進めて(工程S104)、工程S101〜工程S103が再度実施される。これにより、拡大工程S10では、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を、予め定められた粒子径に設定できるため、上記不具合を防ぐことができる。この実施形態の高分子材料モデル8は、コンピュータ1に記憶される。
【0060】
この実施形態の拡大工程S10では、架橋剤粒子モデル4及びポリマー粒子モデル5の構造緩和を計算しながら、架橋剤粒子モデル4を拡大している。このため、拡大工程S10では、架橋剤粒子モデル4の拡大とともに、架橋剤粒子モデル4と、第3結合鎖モデル12を介して隣り合うポリマー粒子モデル5とを徐々に離間させることができるため、架橋剤粒子モデル4の拡大に伴う架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を効果的に防ぐことができる。
【0061】
この実施形態では、架橋剤粒子モデル4を拡大する工程S101、及び、第2構造緩和計算工程S102が単位時間ステップ毎に行われたが、架橋剤粒子モデル4を拡大する工程S101が行われた後に、複数の単位時間ステップの間、緩和計算が実施されてもよい。これにより、架橋剤粒子モデル4を安定して拡大することができる。
【0062】
これまでの実施形態の置換工程S84では、一対のポリマー粒子モデル5、5が、一つの架橋剤粒子モデル4を介して結合されたが、このような態様に限定されない。例えば、一対のポリマー粒子モデル5、5を、複数の架橋剤粒子モデル4を介して結合してもよい。
図14は、本発明のさらに他の実施形態の置換工程S84の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図15(a)は、本発明のさらに他の実施形態の置換工程の一例を説明する図である。なお、この実施形態において、前実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。また、この実施形態では、一対のポリマー粒子モデル5、5が、3つの架橋剤粒子モデル4を介して結合される態様が説明される。
【0063】
この実施形態の置換工程S84では、一対のポリマー粒子モデル5、5を結合した第2結合鎖モデル11(
図8(a)に示す)が削除された後(工程S841)、架橋剤粒子モデル4の粒子径D2(
図4に示す)を小さくしている(工程S845)。この工程S845は、先ず、一対のマトリックスモデル3、3間の粒子モデル間距離L1(
図15(a)に示す)が計算される。次に、工程S845は、一対のポリマー粒子モデル5、5に結合される複数(本実施形態では、3つ)の架橋剤粒子モデル4の粒子径D2の合計が、粒子モデル間距離L1よりも小さくなるように、各架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を小さくしている。
【0064】
次に、この実施形態の置換工程S84では、
図15(a)に示されるように、第2結合鎖モデル11(
図8(a)に示す)が削除された一対のポリマー粒子モデル5、5の間に、複数の架橋剤粒子モデル4を配置している(工程S846)。この工程S845において、一対のポリマー粒子モデル5、5に配置される架橋剤粒子モデル4の粒子径D2の合計は、粒子モデル間距離L1よりも小さく設定されている。このため、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を防ぐことができる。なお、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を確実に防ぐために、工程S846では、各架橋剤粒子モデル4を、一対のポリマー粒子モデル5、5間に均等に配置されるのが望ましい。
【0065】
次に、この実施形態の置換工程S84では、架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との間、及び、架橋剤粒子モデル4、4間が、第3結合鎖モデル12を介して接続される(工程S843)。第3結合鎖モデル12については、前実施形態と同一の処理手順で設定される。これにより、異なるマトリックスモデル3、3間において、一対のポリマー粒子モデル5、5が、複数(本実施形態では、3つ)の架橋剤粒子モデル4を介して結合される。
【0066】
このように、この実施形態の置換工程では、一対のポリマー粒子モデル5、5を、任意の個数の架橋剤粒子モデル4を介して結合できる。このため、本発明の高分子材料モデルの作成方法は、予め定められた架橋長さを有する高分子材料モデル8(図示省略)を、短時間で作成することができる。さらに、この実施形態の作成方法は、結合モデル対10(
図8(a)に示す)の構造緩和の計算(第3構造緩和計算工程S82)の結果を利用して、異なる個数の架橋剤粒子モデル4を一対のポリマー粒子モデル5、5に結合すれば、架橋長さが異なる複数の高分子材料モデル8(図示省略)を作成することができる。これにより、この実施形態の作成方法は、架橋長さが異なる複数の高分子材料モデル8を作成するたびに、第1構造緩和計算工程S6及び第2構造緩和計算工程S102を実施する必要がないため、作成時間を大幅に短縮することができる。
【0067】
次に、この実施形態の作成方法では、置換工程S84の後、コンピュータ1が、各架橋剤粒子モデル4の粒子径D2を、予め定められた粒子径まで拡大する(拡大工程S10)。
図15(b)は、本発明のさらに他の実施形態の拡大工程の処理手順の一例を説明する図である。
【0068】
この実施形態の拡大工程S10では、
図13に示した処理手順に基づいて実施される。従って、拡大工程S10では、各架橋剤粒子モデル4及びポリマー粒子モデル5の構造緩和を計算しながら、架橋剤粒子モデル4を拡大できるため、各架橋剤粒子モデル4とポリマー粒子モデル5との重複を効果的に防ぐことができる。
【0069】
これまでの実施形態では、マトリックスモデル3が粗視化モデルとして定義されたが、このような態様に限定されない。例えば、マトリックスモデル3は、原子モデルとして定義されてもよい。
【0070】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0071】
架橋剤を含有する高分子材料をモデル化した高分子材料モデルが作成された(実施例、比較例)。実施例では、複数のマトリックスモデルをセルに配置して、セル内のモデルの構造緩和を計算する第1構造緩和計算工程が実施された。そして、実施例では、
図6に示した処理手順に従って、一対のポリマー粒子モデルを、少なくとも一つの架橋剤粒子モデルを介して結合する結合工程が実施された。
【0072】
比較例では、複数のマトリックスモデル及び架橋剤粒子モデルをセルに配置して、セル内のモデルの構造緩和が計算された。次に、比較例では、ポリマー粒子モデルと架橋剤粒子モデルとの距離が所定の距離以下になった場合に、ポリマー粒子モデルと架橋剤粒子モデルとを結合する工程が実施された。さらに、比較例では、セル内のモデルの構造緩和がさらに計算された。
【0073】
そして、実施例及び比較例において、架橋された高分子材料モデルの作成に要する時間が測定された。なお、粒子モデル間に設定されるポテンシャルやソフトウェアは、明細書に記載のとおりである。共通仕様は、次のとおりである。
コンピュータ:SGI社のワークステーション
CPUのコア数:12コア
搭載メモリ:64GB
高分子材料モデル:
セルの1辺の長さL3a、L3b、L3c:44.8σ
マトリックスモデル:
セルに配置される個数:150本
マトリックスモデル1本当たりのポリマー粒子モデルの個数:200個
ポリマー粒子モデルの粒子径D1:1σ
架橋剤粒子モデル:
セルに配置される個数:1500個
粒子径D2:1σ
なお、σは、無次元の長さ単位である。
【0074】
テストの結果、実施例は、ポリマー粒子モデルと架橋剤粒子モデルとの結合を、短時間で計算できた。これにより、実施例は、比較例に比べて、短時間(比較例の51.5%)で、架橋された高分子材料モデルを作成することができた。
【0075】
また、実施例では、一対のポリマー粒子モデルを、任意の個数の架橋剤粒子モデルを介して結合できるため、第1構造緩和計算工程及び第2構造緩和計算工程を再度実施せずに、架橋長さが異なる高分子材料モデルを短時間で作成することができた。一方、比較例では、架橋長さが異なる高分子材料モデルを作成するたびに、セル内のモデルの全体を対象とした構造緩和を2回計算する必要があるため、実施例に比べて大幅に作成時間を要した。