(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772764
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/02 20060101AFI20201012BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
H01J49/02 500
H01J49/42 250
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-214367(P2016-214367)
(22)【出願日】2016年11月1日
(65)【公開番号】特開2018-73703(P2018-73703A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小寺 慶
【審査官】
鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2008/0067361(US,A1)
【文献】
特開平10−154483(JP,A)
【文献】
特開2004−131567(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
G01N 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)中心軸の周りに互いに略平行に配置された複数のロッド状電極を含み、該ロッド状電極で囲まれる内部空間に保持したイオンを外部へ排出するためのイオン排出口を複数有するリニアイオントラップと、
b)前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口に対応してそれぞれ設けられ、各イオン排出口を通して排出されたイオンを受けて電子を放出する複数のコンバージョンダイノードと、
c)前記リニアイオントラップと前記複数のコンバージョンダイノードとの間に設けられ、前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口を通して排出されたイオンをそれぞれ通過させる複数のイオン通過開口を有する遮蔽板と、
d)前記遮蔽板からみて前記複数のコンバージョンダイノードと同じ側に位置し、該複数のコンバージョンダイノードから放出された電子を受けてその電子の量に応じた検出信号を出力する共通の検出部と、
e)前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口を通して排出されたイオンを誘引する電圧を前記遮蔽板に印加し、該遮蔽板への印加電圧と同じ又はそれよりも高い電圧を前記複数のコンバージョンダイノードに印加し、さらに該複数のコンバージョンダイノードへの印加電圧よりも高い電圧を前記検出部に印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記電圧印加部は、前記遮蔽板への印加電圧よりも高い電圧を前記複数のコンバージョンダイノードにそれぞれ印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析装置であって、
前記複数のイオン排出口は前記リニアイオントラップの中心軸を挟んで対向して設けられ、前記遮蔽板に設けられた前記複数のイオン通過開口、前記複数のコンバージョンダイノード、及び前記共通の検出部は、前記リニアイオントラップの中心軸を含む前記複数のイオン排出口の対称面に対して面対称である位置に配置されてなることを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、リニアイオントラップの内部にイオンを保持し、該リニアイオントラップから吐き出されたイオンを検出器で検出するリニアイオントラップ型の質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置の一つとして、電場の作用によりイオンを保持するイオントラップを利用した質量分析装置が知られている。イオントラップには大別して、三次元四重極型イオントラップとリニアイオントラップとがある。一般的なリニアイオントラップは、中心軸を取り囲むように互いに略平行に配置された四本のロッド状電極と、それらロッド状電極の両端面の外側にそれぞれ配置された一対の端部電極(エンドキャップ電極)と、を含む(特許文献1、2参照)。リニアイオントラップの内部空間にイオンを保持する場合、四本のロッド状電極にはそれぞれ所定の高周波電圧が印加され、一対の端部電極にはイオンと同極性の直流電圧が印加される。それにより、リニアイオントラップでは、中心軸に沿った方向に延びる比較的大きな空間にイオンが捕捉される。
【0003】
このようなリニアイオントラップでは、多くの場合、イオンは一方又は両方の端部電極に形成されている開口部を通してロッド状電極で囲まれる空間に導入され、その内部空間に保持される。内部空間に保持したイオンを質量電荷比に応じて分離しつつ検出する際には、ロッド状電極に印加する高周波電圧の周波数又は振幅を制御することで検出対象である特定の質量電荷比を有するイオンを共鳴励振させる。励振されたイオンはロッド状電極に形成されているイオン排出口を通して外部へと排出される。イオン排出口の外側にはイオン検出器が配置されており、該イオン検出器は到達したイオンの数に応じた検出信号を生成する。
【0004】
上記イオン排出に際し一般的な二重極共鳴励起を行うと、イオンはリニアイオントラップの中心軸に略直交する両方向に大きく励振される。そのため、共鳴励起されたイオンを無駄なく検出するには、ロッド状電極において中心軸を挟んで対向する位置にそれぞれイオン排出口を設け、その二つのイオン排出口の外側に、イオンを電子に変換するコンバージョンダイノードとその電子を増倍して検出する電子増倍管とを組み合わせたイオン検出器をそれぞれ配置する必要がある。特許文献1に記載の質量分析装置ではこうした構成が採られている。この構成では、イオンを無駄なく検出することで高い検出感度を得ることができる。しかしながら、イオン検出器、特に電子増倍管は高価であるため、イオン検出器を二組設けることで、装置のコストは高くなってしまう。
【0005】
これに対し、特許文献2に記載の質量分析装置では、ロッド状電極において1箇所のみにイオン排出口を設け、その一つのイオン排出口の外側にイオン検出器を配置している。この構成では、イオン検出器は一つで済むので低コスト化を図ることができる。しかしながら、共鳴励起されたイオンの約半分が検出に供されず無駄になるので、イオン検出器を二組用いる構成と比べると、検出感度の点でかなり不利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第6797950号明細書
【特許文献2】特開2012−184975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
即ち、従来のリニアイオントラップ型質量分析装置では、装置の低コスト化を図るには検出感度を犠牲にせざるをえなかった。本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、装置の低コスト化を図りながら高い検出感度を達成することができるリニアイオントラップ型の質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析装置は、
a)中心軸の周りに互いに略平行に配置された複数のロッド状電極を含み、該ロッド状電極で囲まれる内部空間に保持したイオンを外部へ排出するためのイオン排出口を複数有するリニアイオントラップと、
b)前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口に対応してそれぞれ設けられ、各イオン排出口を通して排出されたイオンを受けて電子を放出する複数のコンバージョンダイノードと、
c)前記リニアイオントラップと前記複数のコンバージョンダイノードとの間に設けられ、前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口を通して排出されたイオンをそれぞれ通過させる複数のイオン通過開口を有する遮蔽板と、
d)前記遮蔽板からみて前記複数のコンバージョンダイノードと同じ側に位置し、該複数のコンバージョンダイノードから放出された電子を受けてその電子の量に応じた検出信号を出力する共通の検出部と、
e)前記リニアイオントラップにおける複数のイオン排出口を通して排出されたイオンを誘引する電圧を前記遮蔽板に印加し、該遮蔽板への印加電圧と同じ又はそれよりも高い電圧を前記複数のコンバージョンダイノードに印加し、さらに該複数のコンバージョンダイノードへの印加電圧よりも高い電圧を前記検出部に印加する電圧印加部と、
を備えることを特徴としている。
【0009】
本発明に係る質量分析装置では、リニアイオントラップを構成するロッド状電極には、内部に保持されているイオンを共鳴励起により外部へ排出するためのイオン排出口が複数設けられる。典型的には、特許文献1に記載の質量分析装置と同様に、リニアイオントラップの中心軸に直交する直線上で該中心軸を挟んだ両側に一つずつ、合計二つのイオン排出口を設ければよい。その複数のイオン排出口にそれぞれ対応して、それと同数のコンバージョンダイノードがリニアイオントラップの外部に配置される。一方、イオンの入射を受けてコンバージョンダイノードから放出される電子を検出する検出部は、複数のコンバージョンダイノードに対して共通に、つまり一つのみ設けられる。
【0010】
ただし、互いに離れた位置にある複数のコンバージョンダイノードに対し検出部を共通に設けた場合、各コンバージョンダイノードと検出部における電子入射面とを近接させることが難しく、コンバージョンダイノードから放出された電子が検出部における電子入射面に到達する効率が悪くなりがちである。特に、通常、リニアイオントラップから排出されたイオンをコンバージョンダイノードに引き付けるように、例えば分析対象が正極性のイオンである場合には、コンバージョンダイノードにはリニアイオントラップよりも低い電圧が印加される。そのため、コンバージョンダイノードから放出された電子はイオンとは逆に、リニアイオントラップに向かって進むような力を受けてしまう。これに対し、本発明に係る質量分析装置では、リニアイオントラップとコンバージョンダイノードの間に遮蔽板が設けられ、該遮蔽板にコンバージョンダイノードへの印加電圧と同じ又はそれよりも低い(負極性であれば電圧の絶対値が大きい)電圧が印加される。また、検出部にはコンバージョンダイノードへの印加電圧よりも高い電圧、つまりは電子を誘引する電圧が印加される。
【0011】
上記のように遮蔽板に印加されている電圧によって、該遮蔽板とリニアイオントラップとの間には、該リニアイオントラップから排出されたイオンを遮蔽板に向かって加速する電場が形成される。この電場により加速されたイオンの多くは、遮蔽板の適宜の位置に形成されたイオン通過開口を通過してコンバージョンダイノードに到達する。各コンバージョンダイノードと検出部との間にはコンバージョンダイノードから放出された電子を検出部に向けて移動させる電場が形成される。一方、各コンバージョンダイノードと遮蔽板の間に形成される電場は、コンバージョンダイノードから放出された電子を遮蔽板に向けて移動させる作用を有しないか或いは逆に電子をコンバージョンダイノードのほうへ押し戻す作用を有する。そのため、イオン入射を受けてコンバージョンダイノードから放出された電子は検出部に向かい、効率良く検出部に到達して検出される。
【0012】
このようにして本発明に係る質量分析装置では、複数のイオン排出口を通してリニアイオントラップの内部空間から排出されるイオンをそれぞれ電子に変換するコンバージョンダイノードと共通の検出部との距離が或る程度離れていても、その共通の検出部でコンバージョンダイノードから放出された電子を効率良く収集して検出することができる。
【0013】
なお、本発明に係る質量分析装置において、好ましくは、前記電圧印加部は、前記遮蔽板への印加電圧よりも高い電圧を前記複数のコンバージョンダイノードにそれぞれ印加するとよい。
【0014】
この構成によれば、コンバージョンダイノードから遮蔽板の方向に放出された電子を電場の作用で押し戻すことができるので、電子が検出部に到達する効率を一層高めることができる。ただし、遮蔽板の電位とコンバージョンダイノードの電位との差が大きいと、その両者の間に形成される電場の作用により、遮蔽板の開口部を通過してコンバージョンダイノードに向かうイオンが遮蔽板の方向に押し戻されてしまうおそれがある。そのため、遮蔽板の電位とコンバージョンダイノードの電位との差は、質量が軽い電子を押し戻す一方、電子に比べて質量が大きなイオンには殆ど影響を与えないような程度に小さく定めておくことが望ましい。
【0015】
また本発明に係る質量分析装置では、好ましくは、前記複数のイオン排出口は前記リニアイオントラップの中心軸を挟んで対向して設けられ、前記遮蔽板に設けられた前記複数のイオン通過開口、前記複数のコンバージョンダイノード、及び前記共通の検出
部は、前記リニアイオントラップの中心軸を含む前記複数のイオン排出口の対称面に対して面対称である位置に配置されてなる構成とするとよい。
【0016】
この構成によれば、複数のイオン排出口の対称面を挟んでその両側の空間において電場が対称となるため、イオン排出口から出たイオンが検出部に達するまでの軌道もほぼ対称となる。そのため、その片側の空間における各素子の配置や印加電圧の最適化を行って他方の空間も同じ配置、印加電圧とすればよいので、装置の設計が容易になるうえに製造上のコスト削減にも繋がる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る質量分析装置によれば、コンバージョンダイノードは複数必要であるものの、コンバージョンダイノードよりも格段に構造が複雑で高価であるイオン検出器の数は少なくて済む。それにより、コンバージョンダイノードとイオン検出器との組合せを複数設ける場合に比べて、装置のコストを抑制することができる。一方、リニアイオントラップで共鳴励起されたイオンはそのほぼ全てが複数のイオン排出口を通して排出され無駄なく検出されるので、高い検出感度を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施例であるリニアイオントラップ型質量分析装置の概略構成図。
【
図2】
図1中のリニアイオントラップの概略平面図。
【
図3】リニアイオントラップと電子増倍管との間の各部の電位の状態を示す概念図。
【
図4】イオン及び電子の軌道のシミュレーション結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施例であるリニアイオントラップ型質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のリニアイオントラップ型質量分析装置の概略構成図、
図2は
図1中のリニアイオントラップの概略平面図(X軸を紙面に直交する方向にとった平面図)である。
【0020】
図1では、分析対象であるイオンを生成するイオン源の記載は省略してある。本実施例のリニアイオントラップ型質量分析装置は、図示しないイオン源と、リニアイオントラップ2と、イオン検出部3と、制御部4と、イオントラップ電源部5と、遮蔽板電源部6と、コンバージョンダイノード(CD)電源部7と、検出器電源部8と、を含む。
【0021】
リニアイオントラップ2は、
図1においてZ軸方向(紙面に直交する方向)に延伸する中心軸Cの周りに互いに平行に配置された、内面が断面双曲線状である4本のロッド状電極21、22、23、24を含む。
図1ではリニアイオントラップ2を、ロッド状電極21、22、23、24を中心軸Cに直交する平面(X−Y平面)で切断した端面図で示している。
図2に示すように、中心軸Cを挟んで対向する2本のロッド状電極21、22には、Z軸方向に延伸する細長いイオン排出口21a、22aが形成されている。ロッド状電極21、22、23、24の両方の端部外側には、それらロッド状電極21、22、23、24を両側から挟み込むように略円形状の端部電極25、26が配置され、端部電極25、26には中心軸Cを中心とする円形状のイオン導入口25a、26aが形成されている。
【0022】
イオン検出部3は、リニアイオントラップ2の二つのイオン排出口21a、22aに対応してそれぞれ設けられたコンバージョンダイノード31、32と、コンバージョンダイノード31、32から放出される電子を受ける共通の電子増倍管33と、コンバージョンダイノード31、32とリニアイオントラップ2との間に配置された遮蔽板34と、を含む。遮蔽板34は平板状の導電性部材であるが、各イオン排出口21a、22aからコンバージョンダイノード31、32へとそれぞれ向かうイオンが通過可能であるイオン通過口34aが適宜の位置に設けられている。
図1に示すように、遮蔽板34に設けられた二つのイオン通過口34a、二つのコンバージョンダイノード31、32、及び、共通である一つの電子増倍管33は、リニアイオントラップ2の中心軸Cを含む二つのイオン排出口21a、22aの対称面に対し面対称になるように配置されている。コンバージョンダイノード31、32は例えばアルミニウムなどの導電性部材から成る。アルミニウムが用いられるのは、アルミニウム表面に形成される酸化アルミニウムが、イオンから電子への変換効率がアルカリ金属に次いで高く、且つ安価で取扱いも容易であるためである。
【0023】
制御部4による制御の下で、イオントラップ電源部5はロッド状電極21、22、23、24、端部電極25、26にそれぞれ所定の電圧を印加し、遮蔽板電源部6は遮蔽板34に所定の直流電圧V
2を印加し、コンバージョンダイノード電源部7はコンバージョンダイノード31、32にそれぞれ所定の直流電圧V
3を印加し、検出器電源部8は電子増倍管33に所定の直流電圧V
4を印加する。
【0024】
分析対象のイオンが正極性である場合を例に挙げて、本実施例の質量分析装置における質量分析動作を説明する。
図示しないイオン源で生成されたイオンはイオン導入口25a、26aの一方又は両方を通してロッド状電極21、22、23、24で囲まれる内部空間に導入され、イオントラップ電源部5からロッド状電極21、22、23、24に印加される高周波電圧によって形成される四重極電場により捕捉される。イオンが内部空間に導入されたあと捕捉されるとき、端部電極25、26にはイオンを押し返すような直流電圧が印加され、それによりイオンはロッド状電極21、22、23、24で囲まれる内部空間(Z軸方向に細長い空間)に閉じ込められる。
【0025】
特定の質量電荷比Mを有するイオンを他のイオンと分離して検出する際に、制御部4は、質量電荷比Mに応じた所定の高周波電圧をロッド状電極21、22、23、24に印加するようにイオントラップ電源部5を制御する。すると、内部空間に捕捉されている各種イオンの中で質量電荷比Mを有するイオンのみが共鳴励起によってX軸に沿った方向に大きく振動し、イオン排出口21a、22a
を通して排出される。このとき、リニアイオントラップ2の各ロッド状電極21、22、23、24に印加される直流電圧V
1は例えば0Vとされる。また、このとき、遮蔽板34に印加される直流電圧V
2、コンバージョンダイノード31、32に印加される直流電圧V
3、電子増倍管33に印加される直流電圧V
4は、
図3に示すような関係になる。
【0026】
即ち、従来と同じようにコンバージョンダイノード31、32にはイオンを誘引するような電圧V
3が印加されるが、ここでは、それよりも少し低い電圧V
2が遮蔽板34に印加される。また、電子増倍管33(
図3では「EMT」と表記)には、コンバージョンダイノード31、32から放出された電子を誘引するようにコンバージョンダイノード31、32への印加電圧V
3よりも高い電圧V
4が印加される。このような電圧の印加によって、リニアイオントラップ2のイオン排出口21a、22a出口付近と遮蔽板34との間の空間には、イオン排出口21a、22aから吐き出されたイオンを遮蔽板34の方向に誘引する電場が形成される。この電場の作用により、X軸に略平行に排出されたイオンは
図1中に太点線で示すように軌道を徐々に曲げつつ加速される。そして、加速されたイオンはイオン通過口34aを通過する。
【0027】
上述したように遮蔽板34への印加電圧V
2はコンバージョンダイノード31、32への印加電圧V
3よりも低いため、
図3中に示したように、イオン通過口34aを通過したイオンにはコンバージョンダイノード31、32側から遮蔽板34側へとイオンを押し戻す力が作用する。しかしながら、V
2とV
3との電位の差は小さいため、そのイオンを押し戻す力は小さく、イオン通過口34aを通過したイオンは十分に加速されているので、殆ど支障なくコンバージョンダイノード31、32に到達する。イオンがコンバージョンダイノード31、32に衝突すると代わりに電子が放出される。この電子は様々な方向に放出されるが、コンバージョンダイノード31、32への印加電圧V
3と電子増倍管33への印加電圧V
4とにより、コンバージョンダイノード31、32から電子増倍管33へと電子が加速される電場が形成されている。一方、コンバージョンダイノード31、32と遮蔽板34との間にはコンバージョンダイノード31、32から放出された電子をコンバージョンダイノード31、32の方向に押し戻す力を有する弱い(電位勾配の緩やかな)電場が形成されている。そのため、コンバージョンダイノード31、32から放出された電子の多くは、
図1中に太線矢印で示すように電子増倍管33の方向へと向かい、効率良く電子増倍管33に到達して検出される。
【0028】
なお、遮蔽板34によって、コンバージョンダイノード31、32側の電場とリニアイオントラップ2側の電場とは相互に殆ど影響を及ぼさない。即ち、遮蔽板34は電場を遮る機能も有する。
【0029】
図4は、イオン及び電子の軌道のシミュレーション結果を示す図である。ここでは、構成を簡単にするために、コンバージョンダイノード31、32と遮蔽板34とを一体化しており、それを同電位(−8kV)にしている。また、遮蔽板34とリニアイオントラップ2との間には、電位を0Vに定めた別の遮蔽板36を挿入している。これは、遮蔽板34の電位により形成される電場の影響がリニアイオントラップ2に及ぶのを回避するためである。さらにまた、イオン排出口21a、22aの外側でイオン排出口21a、22aの中心軸を挟んで遮蔽板34と反対側には、イオン排出口21a、22aを囲うように断面L字状の遮蔽板35を挿入している。この遮蔽板35は、イオン排出口21a、22aから出射したイオンが遮蔽板34と反対側に拡散するのを回避するためのものである。さらにまた、電子増倍管33を囲むように遮蔽板37を配置している。この遮蔽板37は電子増倍管33の入射面へ電子が入射し得る範囲を制限するものである。それにより、コンバージョンダイノード31、32から放出される電子以外の電子(又はそのほかの荷電粒子)が電子増倍管33の入射面へ入射することを抑制し、ノイズを低減することができる。これら遮蔽板35、36、37は必須の要素ではないものの、実用的にはかなり有効である。
【0030】
図4に示されているように、リニアイオントラップ2のイオン排出口21a、22aから排出されたイオンは排出直後から徐々に軌道を曲げられ、イオン通過口34aを通過してコンバージョンダイノード31、32に到達している。つまり、共鳴励起によってリニアイオントラップ2から排出された目的イオンは無駄なくコンバージョンダイノード31、32に到達している。また、コンバージョンダイノード31、32から放出された電子はその両方からほぼ等距離に位置する電子増倍管33の入射面に無駄なく到達している。この結果から、各部の配置や形状、印加電圧などを適切に定めることによって、リニアイオントラップ2から排出される目的イオンに対応する検出信号を高い感度で得られることが確認できる。
【0031】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
例えば、遮蔽板34、コンバージョンダイノード、電子増倍管33などの配置や形状は適宜に変更することができる。また、上述したように、それぞれ所定の電位に設定される遮蔽板35、36、37などの任意の構成要素を追加しても構わない。
【符号の説明】
【0032】
2…リニアイオントラップ
21、22、23、24…ロッド状電極
21a、22a…イオン排出口
25、26…端部電極
25a、26a…イオン導入口
3…イオン検出器
31、32…コンバージョンダイノード
33…電子増倍管
34、35、36、37…遮蔽板
34a…イオン通過口
4…制御部
5…イオントラップ電源部
6…遮蔽板電源部
7…コンバージョンダイノード電源部
8…検出器電源部
C…中心軸