特許第6772942号(P6772942)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772942
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】バラストタンク用耐食鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201012BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20201012BHJP
   B63B 11/04 20060101ALI20201012BHJP
   B32B 1/02 20060101ALI20201012BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20201012BHJP
   B32B 15/092 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   C22C38/00 301F
   C22C38/60
   B63B11/04 Z
   B32B1/02
   B32B15/08 E
   B32B15/092
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-82128(P2017-82128)
(22)【出願日】2017年4月18日
(65)【公開番号】特開2018-178216(P2018-178216A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2019年12月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100172269
【弁理士】
【氏名又は名称】▲徳▼永 英男
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 実
(72)【発明者】
【氏名】星野 学
(72)【発明者】
【氏名】金子 道郎
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−141819(JP,A)
【文献】 特開2013−001932(JP,A)
【文献】 特開2012−177143(JP,A)
【文献】 特開2017−039974(JP,A)
【文献】 特開2014−201759(JP,A)
【文献】 特開2000−017381(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.03〜0.25%、
Si:0.05〜0.50%、
Mn:0.10〜2.50%、
S :0.001〜0.020%、
Cu:0.10〜0.60%、
Ni:0.03〜1.00%、
Al:0.001〜0.100%、
Mg:0.0012〜0.0030%、及び、
O :0.0007〜0.0020%
を含有し、更に、
Sn:0.010〜0.300%、及び、
Sb:0.010〜0.300%
の少なくとも一方を含有し、
P :0.025%以下
N :0.0080%以下
に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記Cuの含有量と前記Mgの含有量とが、
70<Cu/Mg<220
を満足し、
表面にエポキシ系塗膜を有することを特徴とするバラストタンク用耐食鋼材。
【請求項2】
更に、質量%で、
Cr:1.00%以下、
Mo:0.90%以下、及び、
W :1.00%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
【請求項3】
更に、質量%で、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.10%以下、
Ta:0.100%以下、
Nb:0.200%以下、及び、
V :0.20%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
【請求項4】
更に、質量%で、
B :0.0030%以下
を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
【請求項5】
更に、質量%で、
Ca:0.0050%以下、
REM:0.005%以下、及び
Y :0.100%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
【請求項6】
前記エポキシ系塗膜の下地にジンクプライマー塗膜を有することを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に海水による厳しい腐食環境下にあるバラストタンク等に用いられる耐食鋼材であって、表面にエポキシ系塗膜を有するバラストタンク用耐食鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
タンカー等の貨物船は、空荷であると航行中に船体が浮いて横風や横波に対して不安定になるため、積荷がない時には、喫水が下がらないように、バラストタンクに海水を積載している。バラストタンクは、貨物の積み下ろしに応じて海水の注入、排出が繰り返されるため、厳しい腐食環境に曝される。そのため、バラストタンクに使用される鋼材の表面には、エポキシ系塗料による防食が施される。
【0003】
バラストタンクの最上部付近、特に上甲板の裏側は、海水の飛沫が付着した状態で、日中の温度上昇と夜間の温度低下が繰り返されるため、非常に厳しい腐食環境となる。また、バラストタンクに電気防食を施しても、貨物積載時には海水が注入されないため機能せず、残留付着塩分の作用によって激しい腐食を受ける。
【0004】
バラストタンクは塗装が義務付けられているが、非常に厳しい腐食環境下での塗膜の寿命は15年程度といわれている。一方、船舶の寿命は25年であるため、塗装補修や鋼板の切替えが必要となる。バラストタンクの補修は、ドック時の修繕費用や期間を増加させるため、塗装の劣化後も10年程度は孔空き腐食に至らないような、耐食性に優れた鋼材の開発が望まれている。
【0005】
このような要求に対して、優れた塗装耐食性を発揮する耐食鋼材が提案されている(例えば、特許文献1〜4、参照)。これらは、Cu、Ni、W、Mo、Sn、Sbなどを含有させた鋼材に、ジンクリッチプライマーやエポキシ樹脂などの塗膜を形成した耐食鋼材である。また、耐食性を向上させるため、Cu、Mgを含有させた鋼材が提案されている(例えば、特許文献5、参照)。
【0006】
更に、バラストタンクに塗装を施す場合、塗膜下腐食が問題になる場合がある。本発明者らの一部は、塗装下腐食の原因の一つと考えられる、鋼中のMnSの生成を抑制したバラストタンク用耐食鋼材を提案している(例えば、特許文献6、7、参照)。特許文献6は、Mnの含有量と、Sの含有量とを考慮したものであり、特許文献7は、Caを利用してMnSの生成を抑制したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−138454号公報
【特許文献2】特開2012−177168号公報
【特許文献3】特開2014−19908号公報
【特許文献4】特開2015−151571号公報
【特許文献5】特開2000−17381号公報
【特許文献6】特開2016−141819号公報
【特許文献7】特開2017−14554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、バラストタンクに塗装を施した場合の塗膜欠陥部の耐食性を向上させる手段の検討を進め、Mgが有効な元素であることを知見した。一方、塗装欠陥部の腐食を抑制するために、Cuと、Sn、Sbの一方又は両方と、Mgとを同時に含有させる場合、Mgの含有量が過剰であると、大入熱の溶接によって熱影響部の靱性が低下することがわかった。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑み、バラストタンク内の腐食環境下における塗装耐食性に優れ、大入熱による溶接が行われた場合においても、優れた溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)の靭性を有するバラストタンク用耐食鋼材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、Cuと、Sn、Sbの一方又は両方を同時に含有する耐食鋼材の塗装欠陥部の耐食性を向上させ、かつ、大入熱での溶接が行われた場合においても、優れた継手靭性(特にHAZの靭性)を確保するための手段について検討を行った。
その結果、まず、塗装欠陥部の耐食性を劣化させる要因であった粗大なMnSを微細な(Mg、Mn)S粒子として分散させるMgを含有させると、塗装欠陥部の耐食性の劣化を低減できることが判明した。
また、微細な(Mg、Mn)S粒子はHAZの靭性の向上にも有効であるが、大入熱での溶接においても優れた継手靭性を得るためには、Mg含有量とCu含有量とのバランスが重要であることを見出した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、
C :0.03〜0.25%、
Si:0.05〜0.50%、
Mn:0.10〜2.50%、
S :0.001〜0.020%、
Cu:0.10〜0.060%、
Ni:0.03〜1.00%、
Al:0.001〜0.100%、
Mg:0.0012〜0.0030%、及び、
O :0.0007〜0.0020%
を含有し、更に、
Sn:0.010〜0.300%、及び、
Sb:0.010〜0.300%
の少なくとも一方を含有し、
P :0.025%以下
N :0.0080%以下
に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記Cuの含有量と前記Mgの含有量とが、
70<Cu/Mg<220
を満足し、
表面にエポキシ系塗膜を有することを特徴とするバラストタンク用耐食鋼材。
(2)更に、質量%で、
Cr:1.00%以下、
Mo:0.90%以下、及び、
W :1.00%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
(3)更に、質量%で、
Ti:0.100%以下、
Zr:0.10%以下、
Ta:0.100%以下、
Nb:0.200%以下、及び、
V :0.20%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載のバラストタンク用耐食鋼材。
(4)更に、質量%で、
B :0.0030%以下
を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)の何れかに記載のバラストタンク用耐食鋼材。
(5)更に、質量%で、
Ca:0.0050%以下、
REM:0.005%以下、及び
Y :0.100%以下
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(4)の何れかに記載のバラストタンク用耐食鋼材。
(6)前記エポキシ系塗膜の下地にジンクプライマー塗膜を有することを特徴とする上記(1)〜(5)の何れかに記載のバラストタンク用耐食。
【発明の効果】
【0012】
本発明のバラストタンク用耐食鋼材は、バラストタンク内の腐食環境下で優れた塗装耐食性を示し、大入熱による溶接が行われた場合においても優れた溶接継手部靭性を有する。したがって、本発明は、過酷な腐食環境に曝されるバラストタンクヘ適用した場合、初期コスト及び補修再塗装等の保守費用を大幅に削減することができるなど、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、エポキシ系塗料を塗布した種々の耐食鋼材を用いて、エポキシ系塗膜の欠陥部の腐食について、以下の検討を行った。
【0014】
種々の合金元素を含有させた鋼を溶製し、熱間圧延して板厚が5mmの鋼板を作製し、長さ150mm、幅70mmの試験片を採取した。試験片の表面のスケールをショットブラスによって除去し、塗膜厚が300〜400μmになるようにエポキシ系塗料を2回塗布した。その後、塗膜の欠陥部の耐食性を評価するため、試験片の中央に、幅2mmのエンドミルで地鉄表面まで達する50mm長さの疵を一文字状に付与した。
【0015】
耐食性は、複合サイクル試験によって評価した。バラストタンクの環境に合わせるために、腐食液には、5%NaCl水溶液ではなく、人工海水を用いた。サイクル条件は、腐食液噴霧(温度35℃)1時間、乾燥(60℃、湿度20〜30%)2時間、湿潤(50℃、湿度95%以上)1時間とした。このサイクルを300サイクル行った後、付与した疵部の塗装膨れの最大長さを測定した。
【0016】
その結果、Sn、Sbの一方又は両方を含有させた場合、塗装欠陥部の塗膜膨れや腐食が抑制されている試験片と、抑制されていない試験片が見られることがわかった。これらを詳細に調査した結果、塗装欠陥部の膨れが抑制されていないものには、MnSが多く生成していることが判明した。
【0017】
次に、表面を鏡面研磨し、観察されたMnSの周囲にビッカース硬度計でマーキングを施して、その位置に疵を入れた試験片を用いて耐食性評価を行った。その結果、塗膜膨れは抑制されず、MnSが塗装欠陥部の耐食性に悪影響を及ぼしていることが明らかになった。SnやSbを含む耐食鋼材であっても、MnSが多く生成している場合、塗膜欠陥部の腐食が抑制されない理由は、MnSの加水分解によって硫酸が生じ、pHが大きく低下したためではないかと推定している。
【0018】
一方、Sn、Sbの一方又は両方を含有させた耐食鋼材のうち、Mgを含有させたものの一部は、塗装欠陥部の塗膜膨れや腐食が著しく抑制されていることが判明した。Mgを含有させた鋼材では(Mg、Mn)S粒子が微細に分散しており、(Mg、Mn)Sが加水分解した場合でもpHの低下が抑制されるだけでなく,溶け出したMgによってMg化合物が形成され、いわゆるエレクトロコーティングによって腐食の進展が著しく抑制されたのではないかと推定している。
【0019】
次に、本発明者らは、鋼材に板厚20mmから30mmの板を1パスで溶接する、入熱の非常に高い溶接での溶接継手部の靭性を向上させる手段の検討を行った。高い入熱での溶接を行った場合、熱影響を受ける部分の靭性が大幅に低下する。その理由は、この溶接熱影響部の金属組織が溶接の際に高温に曝される時間が長くなるためで、高温時に現れるγ粒が粗大化することによって冷却後の金属組織が粗大化するためである。
【0020】
そこで、(Mg、Mn)S粒子の微細分散によるピン止め効果によってγ粒の粗大化抑制を検討した。その結果、微細な(Mg、Mn)S粒子は、溶接熱影響部の靭性向上に有効であることがわかった。しかし、Mgを過剰に含有させると粗大な介在物が形成され、熱影響部の靱性を低下させるため、Mg含有量を0.0030%以下にする必要がある。 また、CuとMgとを同時に含有させる場合、Cuの含有量に対してMgの含有量が適正でないと、大入熱溶接によって熱影響部の靱性が低下することが判明した。
【0021】
Cuの含有量に対してMgの含有量が過剰である場合、(Mg、Mn)S粒子を形成しない過剰なMgが粗大な介在物を形成し、HAZの靱性を低下させると考えられる。一方、Cuの含有量に対してMgの含有量が不足する場合、鋼中にCuSが形成されて、(Mg、Mn)S粒子の生成が不十分になり、HAZの靱性が向上しないと考えられる。本発明者らの検討の結果、大入熱溶接を行う場合、HAZの靱性の低下を抑制するためには、Cu含有量との関係が70<Cu/Mg<220を満足する必要があることがわかった。
【0022】
このような検討結果に基づいて、本発明のバラストタンク用耐食鋼材(以下、「本発明の耐食鋼材」という)では、Cu及びNiを含有させた上で、Sn、及び、Sbの一方又は両方を含有し、Mgの上限を0.0030%として含有させ、さらにCu量との関係が70<Cu/Mg<220とすることとした。また、必要に応じて、Cr、Mo、及び、Wの1種又は2種以上を含有させると、さらに優れた耐食性が得られる。
【0023】
次以下に、本発明の耐食鋼材の成分組成について具体的に説明する。なお、特に断りのない限り、「%」は、「質量%」を示す。
【0024】
(C:0.03〜0.25%)
Cは、鋼材強度を上昇させるのに有効な元素であり、所望の強度を得るために0.03%以上の含有を必要とする。好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.08%以上とする。一方、0.25%を超えてCを含有させると、溶接熱影響部の靭性を低下させるため、Cの含有量を0.25%以下とする。好ましくは0.20%以下、より好ましくは0.17%以下とする。
【0025】
(Si:0.05〜0.50%)
Siは、脱酸剤として、また、鋼材の強度を高めるために有効な元素であり、0.05%以上を含有させる。好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.15%以上のSiを含有させる。しかし、0.50%を超えて含有させると、鋼の靭性を劣化させるので、0.50%以下とする。好ましくは0.40%以下、より好ましくは0.30%以下とする。
【0026】
(Mn:0.10〜2.50%)
Mnは、鋼材の強度を高める元素であり、0.10%以上のMnを含有させる。好ましくは0.60%以上、より好ましくは1.00%以上とする。しかし、2.50%を超えてMnを含有させると、MnSを増加させて塗膜欠陥部の耐食性を低下させるため、2.50%以下とする。好ましくは2.00%以下、より好ましくは1.60%以下とする。
【0027】
(S:0.001〜0.020%)
Sは、MnSを生成させて塗膜欠陥部の耐食性を低下させるため、Sの含有量を0.020%以下とする。好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下含有させる。Sの含有量は、耐食性の観点からは低減することが好ましいが、0.001%未満にするに製鋼上の負荷が大きくコストが高くなるため、下限を0.001%とする。より好ましくはSの含有量を0.003%以上とする。
【0028】
(Cu:0.10〜0.60%)
Cuは、Niとともに含有させた上で、Sn、及び、Sbの一方又は両方を含有し、Mgを含有させて耐食性を向上させるために必要であるため、0.10%以上を含有させる。好ましくは0.15%以上を含有させる。一方、0.60%以上のCuを含有させると溶接熱影響部の脆化を生じることからCu量を0.50%以下とする。好ましくは、0.40%以下、より好ましくは0.30%以下とする。
【0029】
(Ni:0.03〜1.00%)
Niは、Cuともに含有させた上で、Sn、及び、Sbの一方又は両方を含有し、Mgを含有させて耐食性を向上させるために必要であるため、0.03%以上を含有させる。CuとNiとを同時に含有させると鋼材の表面性状の劣化を抑制することもできる。一方、Niは高価な元素であり、1.00%を超えて含有させるとはコストが高くになることからNi量を1.00%以下とする。好ましくは、0.50%以下、より好ましくは0.30%以下とする。
【0030】
(Al:0.001〜0.100%)
Alは、脱酸剤であり、0.001%以上のAlを含有させる。好ましくはAlの含有量を0.005%以上、より好ましくは0.010%以上とする。しかし、0.100%を超えてAlを含有させると、靭性が低下するため、0.100%以下とする。好ましくは0.080%以下、より好ましくは0.060%以下とする。
【0031】
(Mg:0.0012〜0.0030%)
Mgは、本発明の耐食鋼材の塗装欠陥部の塗膜膨れや腐食を抑制するため、また、大入熱溶接での溶接熱影響部の靭性劣化を抑制するために必要な元素であり、0.0012%以上を含有させる。好ましくは0.0015%以上、より好ましくは0.0020%以上とする。しかし、耐食性を向上させるためにCuを含有させた場合、Mgの含有量が0.0030%を超えると溶接熱影響部の靭性が低下するため、Mgの含有量を0.0030%以下とする。好ましくは0.0025%以下とする。
【0032】
(O:0.0007〜0.0020%)
Oは、溶接熱影響部の靭性低下や母材の機械特性の低下を引き起こす粗大な酸化物の形成を抑制するため制限することが好ましいが、コストの観点から、O量の下限値を0.0007%とする。特にO量が0.0020%を超えると、粗大な酸化物の形成にするため、0.0020%以下とする。好ましくは0.0018%以下、より好ましくは0.0015%以下とする。
【0033】
(Sn:0.010〜0.300%)
(Sb:0.010〜0.300%)
Sn、Sbは、塗膜欠陥部の耐食性を向上させる効果があり、一方又は両方を含有させる。効果を得るには、Sn、Sbとも0.010%以上の含有が必要であり、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上を含有させる。一方、Sn、Sbとも含有量が0.300%を超えると、母材及びHAZの靭性を劣化させる。したがって、Sn及びSbの含有量を、0.300%以下とし、好ましくは0.200%以下、より好ましくは0.150%以下とする。
【0034】
(P:0.025%以下)
Pは、不純物であり、鋼の母材靭性や溶接性、溶接部靭性を劣化させるため、できるだけ低減するのが好ましい。特に、Pの含有量が0.025%を超えると、母材靭性及び溶接部靭性の低下が大きくなるので、0.025%以下に制限する。好ましくはPの含有量を0.020%以下、より好ましくは0.015%以下とする。
【0035】
(N:0.0080%以下)
Nは、不純物であり、鋼の母材靭性や溶接性、溶接部靭性を劣化させるため、できるだけ低減するのが好ましい。特に、Nの含有量が0.0080%を超えると、母材靭性及び溶接部靭性の低下が大きくなるので、0.0080%以下に制限する。好ましくはNの含有量を0.0050%以下、より好ましくは0.0040%以下、より一層好ましくは0.0035%以下とする。
【0036】
本発明の耐食鋼材は、上述された基本成分(必須元素)に加え、更に、塗装欠陥部の耐食性を高めるために、Cr、Mo、及び、Wの1種又は2種以上を選択元素として含有させてもよい。
【0037】
(Cr:1.00%以下)
(Mo:0.90%以下)
(W :1.00%以下)
Cr、Mo、及び、Wは、1種又は2種以上を、Cu、Ni、Mgを含有させた上で、Sn、及び、Sbの一方又は両方と同時に含有させると、塗装欠陥部の耐食性を更に高める効果が発現する。塗装欠陥部の耐食性を向上させる効果を得るには、Cr、Mo、Wとも、0.01%以上の添加が好ましい。ただし、Cr、Mo、Wを過剰に含有させると、HAZ靭性が劣化する場合がある。Crは1.00%以下、Moは0.90%以下、Wは1.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Cr、Mo、Wの含有量を0.50%以下、より一層好ましくはCr、Mo、Wの含有量を0.30%以下とする。
【0038】
本発明の耐食鋼材は、上述された必須元素に加え、更に、母材の機械特性を向上させるために、Ti、Zr、Ta、Nb、V、B、Ca、REM、及び、Yの1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0039】
(Ti:0.100%以下)
(Zr:0.10%以下)
(Ta:0.100%以下)
(Nb:0.200%以下)
(V :0.20%以下)
Ti、Zr、Ta、Nb、Vは、いずれも、析出物を生じて鋼材の強度を高める元素であり、必要に応じて含有することができる。Ti、Zr、Ta、Nb、Vは、0.001%以上を含有させることが好ましい。一方、Ti、Zr、Ta、Nb、Vを過剰に含有させると靭性が低下することがあるため、Tiは0.100%以下、Zrは0.10%以下、Taは0.100%以下、Nbは0.200%以下、Vは0.20%以下として含有させるのが好ましい。より好ましくは、Tiは0.020%以下、Zrは0.02%以下、Taは0.010%以下、Nbは0.030%以下、Vは0.10%以下とする。
【0040】
(B:0.0030%以下)
Bは、微量の添加で鋼材の強度を高める元素であり、必要に応じて含有させることができる。B量は0.0003%以上が好ましい。より好ましくは0.0005%以上とする。一方、0.0030%を超えて含有させると、靭性が劣化することがあるため、Bの含有量は0.0030%以下が好ましい。より好ましくは0.0020%以下とする。
【0041】
(Ca:0.0050%以下)
(REM:0.005%以下)
(Y :0.100%以下)
Ca、REM、及び、Yは、いずれも、母材の機械特性の向上に効果のある元素であり、必要に応じて選択して含有することができる。Ca、REM、及び、Yは、それぞれ、0.0001%以上を含有させることが好ましい。より好ましくは、Mg、REM、及び、Yの含有量を、それぞれ、0.0005%以上とする。一方、これらを過剰に含有させると母材靭性を低下させることがあるため、Ca及びREMは0.005%以下、Yは0.100%以下が好ましい。より好ましくは、Mg、REM、及び、Yの含有量を、それぞれ、0.0030%以下、0.005%以下、及び、0.05%以下とする。
【0042】
本発明の耐食鋼材において、上記以外の成分は、Fe及び不可避的不純物であるが、本発明の効果を害しない範囲内であれば、上記以外の成分の含有は許容される。
【0043】
(70<Cu/Mg<220)
CuとMgとを同時に含有させる場合、Cu含有量とMg含有量とが、70<Cu/Mg<220を満足することが必要である。Mg含有量がCu含有量に対して過剰であると、粗大な介在物が形成されてHAZ靭性が低下するため、Cu/Mgを220未満とする。好ましくは180以下、より好ましくは150以下とする。一方、Mg含有量がCu含有量に対して不足すると、CuSの形成により(Mg、Mn)S粒子の形成が不十分になり、HAZ靭性が低下するため、Cu/Mgを70超とする。好ましくは75以上、より好ましくは80以上とする。
【0044】
本発明の耐食鋼材は、上記組成からなる下地鋼材の表面に、表面にエポキシ系塗膜を有する。エポキシ系塗膜は、国際海事機関(International Maritime Organization、IMO)が定めた塗装性能基準を満たすものであれば、特に制限されるものではなく、エポキシ系塗料を塗布し、乾燥させて形成すればよい。
【0045】
また、上記組成からなる下地鋼材の表面に、ジンクリッチプライマー塗膜を形成してから、エポキシ系塗膜を設けることができる。ジンクリッチプライマー塗膜は、特に制限されるものではなく、ジンクリッチプライマーを塗布し、乾燥させて形成すればよい。
【0046】
本発明の耐食鋼材は、常法で製造することができる。
例えば、溶鋼を転炉、電気炉等の公知の方法で溶製し、連続鋳造法、造塊法等の公知の方法でスラブやビレット等の鋼素材とし、熱間圧延に供する。なお、溶鋼に、取鍋精錬や真空脱ガス等の処理を付加してもよい。
【0047】
そして、鋼素材を、好ましくは1050〜1250℃の温度に加熱し、所望の寸法形状に熱間圧延する。鋳造や造塊後の鋼材をそのまま熱間圧延してもよい。なお、熱間圧延では、強度を確保するために、熱間仕上圧延終了温度及び熱間仕上圧延終了後の冷却速度を適正化することが好ましく、熱間仕上圧延終了温度は、700℃以上、熱間仕上圧延終了後の冷却は、空冷又は冷却速度100℃/s以下の加速冷却を行うことが好ましい。また、冷却後、再加熱処理を施してもよい。
【0048】
そして、鋼材の表面にエポキシ系塗料を塗布し、乾燥させてエポキシ系塗膜を形成させる。エポキシ系塗料を塗布する前にジンクリッチプライマー塗膜を形成してもよい。また、エポキシ系塗料やジンクリッチプライマーを塗布する前に、ショットブラストを施してもよく、酸洗を行ってもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0050】
表1に示した成分組成を有する鋼を真空溶解炉又は転炉で溶製して、鋳塊又は鋼スラブとし、これらを加熱炉で1150℃に加熱し、熱間圧延して25mm厚の厚鋼板とした。得られた厚鋼板に大入熱溶接での熱影響部を想定した熱履歴を付与し、シャルピー試験を行った。熱履歴は、昇温速度100℃/秒で1400℃まで加熱後15秒保持し、その後1℃/秒で室温まで冷却した。シャルピー衝撃試験はJIS Z 2242に準拠して−20℃で行い、6本の平均値で評価した。
【0051】
【表1】
【0052】
次に、それぞれの厚鋼板から、長さ150mm、幅70mm、厚さ5mmの試験片を採取し、試験片の表面のスケールをショットブラスによって除去した後、エポキシ塗料を2回塗布して塗膜厚が300〜400μmとなる試験片を作製した。また、いくつかの鋼板についてはエポキシ塗料による塗布の前にジンクプライマーを10μm塗布したものも用意した。
【0053】
これらの試験片の中央を幅2mmのエンドミルで、地鉄表面まで達する50mm長さの疵を横方向に一文字状に付与し、人工海水を用いて複合サイクル試験を行った。サイクル条件は、腐食液噴霧(温度35℃)1時間、乾燥(60℃、湿度20〜30%)2時間、湿潤(50℃、湿度95%以上)1時間とした。このサイクルを300サイクル行った後、付与した疵部の塗装膨れの最大長さを測定した。耐食性は、耐食性向上元素を特に含まないNo.27の鋼をベース鋼(100)として塗装膨れの最大長さの比率を算出し、評価した。
【0054】
表2に腐食試験及びHAZ靭性の指標となる衝撃試験の結果を示す。本発明の成分組成を満たす発明例のNo.1〜26の鋼は、ベース鋼(No.27)に対する塗装膨れの最大長さの比率が50%以下であり、良好な耐食性を有していることがわかる。また、発明例にジンクプライマーを塗布した鋼材は、ベース鋼(No.27)に対する塗装膨れの最大長さの比率が25%以下であり、良好な耐食性を有していることがわかる。
【0055】
これに対して、本発明の成分組成の条件を満たさないNo.28〜33の鋼は、ベース鋼(No.27)に対する塗装膨れの最大長さの比率がいずれも50%を超えている。No.34〜36の鋼は、ベース鋼(No.27)に対する塗装膨れの最大長さの比率が50%以下であるが、No.34鋼はOが過剰に含まれるため、No.35〜36鋼は、Cu/Mgの値が本発明の条件を満たさないため、それぞれHAZ靭性が低くなっている。
【0056】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、表面にエポキシ系塗膜を有するバラストタンク用耐食鋼材であって、厚鋼板、薄鋼板、形鋼や棒鋼を含むものである。本発明のバラストタンク用耐食鋼材は、例えば 、石炭船や鉱石船、鉱炭兼用船、原油タンカー、LPG船、LNG船、ケミカルタンカー、コンテナ船、ばら積み船、木材専用船、チップ専用船、冷凍運搬船、自動車専用船、重量物船、RORO船、石灰石専用船、セメント専用船等のバラストタンク等の素材として、好適に使用することができる。なお、本発明の耐食鋼材は、海水による腐食環境下で優れた塗装耐食性を示すので、船舶のバラストタンクだけでなく、他の類似の海水による腐食環境で使用される用途にも用いることができる。よって、本発明は、産業上の利用可能性が高いものである。