(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.35〜0.70%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.5〜2.6%、S:0.005〜0.020%、Al:0.010〜0.050%、N:0.005〜0.025%を含有し、
不純物元素として、
P:0.050%以下、
O:0.003%以下
さらに、任意選択の元素として、
Pb:0.5%以下、
V、Nb及びTiからなる群から選択される1種以上を総含有量で0.1%以下,
Cr:3.0%以下、Mo:3.0%以下、及び、Ni:3.0%以下からなる群から選択される1種以上、
Cu:0〜0.50%、
B:0〜0.020%を含有し、
かつ、残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たす化学組成を有し、
外周表面に少なくとも1つの穴を有し、
前記外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)が4〜20%であり、
前記R1と前記外周表面から前記穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ前記穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)とから式(A):Δγ=[(R1−R2)/R1]×100によって求められる残留オーステナイト減少率Δγが40%以上であり、
前記外周表面から前記穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ前記穴の表面から20μmの深さ位置における残留オーステナイトの残部がマルテンサイトである
ことを特徴とする、シャフト部品。
15.0≦25.9C+6.35Mn+2.88Cr+3.09Mo+2.73Ni≦27.2 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係るシャフト部品を詳細に説明する。なお、図中、同一又は相当する部材には、同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0022】
<シャフト部品>
本発明の実施形態に係るシャフト部品は、質量%で、C:0.35〜0.70%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.5〜2.6%、S:0.005〜0.020%、Al:0.010〜0.050%、N:0.005〜0.025%を含有し、
不純物元素として、P:0.050%以下、
O:0.003%以下
さらに、任意選択の元素として、
Pb:0.5%以下、
V、Nb及びTiからなる群から選択される1種以上を総含有量で0.1%以下,
Cr:3.0%以下、Mo:3.0%以下、及び、Ni:3.0%以下からなる群から選択される1種以上、
Cu:0〜0.50%、
B:0〜0.020%を含有し、
かつ、残部がFe及び不純物からなり、式(1):15.0≦25.9C+6.35Mn+2.88Cr+3.09Mo+2.73Ni≦27.2を満たす化学組成を有し、
外周表面に少なくとも1つの穴を有し、
外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)が4〜20%であり、
前記R1と前記外周表面から前記穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ前記穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)とから式(A):Δγ=[(R1−R2)/R1]×100によって求められる残留オーステナイト減少率Δγが40%以上である。
【0023】
本発明の実施形態に係るシャフト部品には、自動車や産業機械に使用されるシャフト部品、例えば、トランスミッションシャフト、が含まれる。好ましい、シャフト部品の形状は、直径150mm以下、長さ5mm以上の中空又は中実の筒状または棒状部品である。
【0024】
[シャフト部品の化学組成(必須成分)]
シャフト部品は以下の化学組成を有する。なお、以下に示す各元素の割合(%)は全て質量%を意味する。
【0025】
C:0.35〜0.70
%
炭素(C)は、シャフト部品の強度(特に芯部の強度)を高める。Cはさらに、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度を高めるための残留オーステナイトを生成する。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、シャフト部品に加工する鋼材の強度が高くなりすぎる。そのため、鋼材の被削性が低下する。さらに、高周波焼入れ時に発生するひずみが大きくなり、焼割れが発生する。従って、C含有量は0.35%以上、0.70%以下である。C含有量の好ましい下限は0.40%以上である。C含有量の好ましい上限は0.65%未満である。
【0026】
Si:0.01〜0.40
%
シリコン(Si)は、焼入れ性を高める作用を有するが、浸炭処理の際、浸炭異常層を増加させてしまう。特に、Si含有量が0.40%を超えると、浸炭異常層が大幅に増加するために不完全焼入れ組織とよばれる軟質組織が生成して、シャフト部品のねじり疲労強度が低下する。浸炭異常層の生成を防止するには、Siの含有量を0.30%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。しかし、鋼の量産においてSiの含有量を0.01%未満にすることは困難である。したがって、Siの含有量を0.01〜0.40%とした。なお、鋼の量産における製造コストを考慮すると、実際に製造される本発明品では、Si含有量は0.05%以上含まれることが多いと思われる。
【0027】
Mn:0.5〜2.6%
マンガン(Mn)は、シャフト部品に加工する鋼材の焼入れ性を高めるとともに、鋼材中の残留オーステナイトを増加させる。Mnを含有するオーステナイトは、Mnを含有しないオーステナイトと比較して、高周波焼入れ後の穴の切削加工時に、加工誘起マルテンサイト変態しやすい。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が高まる。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、高周波焼入れ後の残留オーステナイトが過剰に多くなる。そのため、穴の切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、切削加工後も残留オーステナイトが過剰となり、ひいては切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生せず、切削加工後も残留オーステナイトが減少しにくい。その結果、切削加工後のシャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、Mn含有量は0.5〜2.6%である。Mn含有量の好ましい下限は0.8%であり、さらに好ましくは1.4%である。Mn含有量の好ましい上限は2.0%である。
【0028】
P:0.050%以下
燐(P)は不純物である。Pは、粒界に偏析して粒界強度を下げる。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、P含有量は0.050%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%である。P含有量はなるべく低い方がよい。P含有量の好ましい下限は0.0002%である。
【0029】
S:0.005〜0.020%
硫黄(S)は、Mnと結合してMnSを形成し、鋼材の被削性を高める。S含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、S含有量が高すぎれば、粗大なMnSを形成して、鋼材の熱間加工性、冷間加工性、シャフト部品のねじり疲労強度が低下する。従って、S含有量は0.005〜0.020%である。S含有量の好ましい下限は0.008%である。S含有量の好ましい上限は0.015%である。
【0030】
Al:0.010〜0.050%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する元素である。Alはさらに、Nと結合してAlNを形成し、結晶粒を微細化する。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が高まる。Al含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、硬質で粗大なAl
2O
3が生成して、鋼材の被削性が低下し、さらに、シャフト部品のねじり疲労強度も低下する。従って、Al含有量は0.010〜0.050%である。Al含有量の好ましい下限は0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.040%である。
【0031】
N:0.005〜0.025%
窒素(N)は窒化物を形成して結晶粒を微細化し、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度を高める。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、粗大な窒化物が生成して、鋼材の靱性が低下する。従って、N含有量は0.005〜0.025%である。N含有量の好ましい下限は0.010%である。N含有量の好ましい上限は0.020%である。
【0032】
O:0.003%以下
酸素(O)は不純物である。OはAlと結合して硬質な酸化物系介在物を形成する。酸化物系介在物は、鋼材の被削性を低下させ、シャフト部品のねじり疲労強度も低下させる。従って、O含有量は0.003%以下である。O含有量はなるべく低い方がよい。O含有量の好ましい下限は0.0001%である。
【0033】
上記鋼材の化学組成の残部は鉄(Fe)及び不純物である。不純物とは、鋼材の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造工程の環境等から混入する成分であって、鋼材に意図的に含有させた成分ではない成分を意味する。
【0034】
[シャフト部品の化学組成(任意選択的成分)]
シャフト部品に加工する鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Pbを含有してもよい。
【0035】
Pb:0.5%以下
鉛(Pb)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、切削加工時の工具摩耗の低下及び切り屑処理性の向上が実現される。しかしながら、Pb含有量が高すぎれば、鋼材の強度及び靱性が低下し、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度も低下する。従って、Pb含有量は0.5%以下とすることが好ましい。Pb含有量のさらに好ましい上限は0.4%である。なお、上記の効果を得るためにはPb含有量を0.03%以上とすることが好ましい。
【0036】
シャフト部品に加工する鋼材はさらに、Feの一部に代えて、V、Nb及びTiからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0037】
V、Nb及びTi:総含有量で0.1%以下
バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びチタン(Ti)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。これらの元素は、C及びNと結合して、析出物を形成する。これらの元素の析出物は、AlNによる焼入れ部の結晶粒微細化を補完する。これらの元素の析出物は、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度を高める。しかしながら、これらの元素の総含有量が0.1%を超えれば、析出物が粗大化し、ねじり疲労強度が低下する。従って、V、Nb及びTiの総含有量は0.1%以下であることが好ましい。任意選択的元素として、V、Nb及びTiのいずれか1種以上が含有されれば、上記効果が得られる。V、Nb及びTiの総含有量のさらに好ましい上限は0.08%である。V、Nb及びTiによる上記の効果を得るためには、0.01%以上の含有が好ましい。
【0038】
シャフト部品に加工する鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Cr、Mo及びNiからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の焼入れ性を高め、残留オーステナイトを増加させる。
【0039】
Cr:3.0%以下
クロム(Cr)は任意選択的元素であり、含有されなくてもよい。Crは鋼材の焼入れ性を高め、さらに、残留オーステナイトを増加させる。しかしながら、Cr含有量が高すぎれば、高周波焼入れ後の残留オーステナイトが過剰に高くなる。この場合、切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が生じず、切削加工後も残留オーステナイトが減少しにくい。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、Cr含有量は3.0%以下であることが好ましい。Crによる上記の効果を得るためには、0.1%以上の含有が好ましい。Cr含有量の好ましい上限は、2.0%である。
【0040】
Mo:3.0%以下
モリブデン(Mo)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、Moは鋼材の焼入れ性を高め、残留オーステナイトを増加させる。Moはさらに、焼戻し軟化抵抗を高め、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度を高める。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、高周波焼入れ後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、Mo含有量は3.0%以下とすることが好ましい。Mo含有量のさらに好ましい上限は2.0%である。Moによる上記の効果を得るためには、0.1%以上の含有が好ましい。
【0041】
Ni:3.0%以下
ニッケル(Ni)は任意選択的元素であり、含有されていなくてもよい。含有される場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、残留オーステナイトを増加させる。Niはさらに、鋼材の靱性を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、高周波焼入れ後の残留オーステナイトが過剰となる。この場合、焼入れ後の切削加工時に十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。その結果、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、Ni含有量は3.0%以下であることが好ましい。Ni含有量のさらに好ましい上限は2.0%である。Niによる上記の効果を得るためには、0.1%以上の含有が好ましい。
【0042】
Cu:0〜0.50%
Cuは、マルテンサイトに固溶して鋼材の強度を高める。そのため、鋼材の疲労強度が高まる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、熱間鍛造時に鋼の粒界に偏析して熱間割れを誘起する。したがって、Cu含有量は0.50%以下である。なお、Cu含有量は0.40%以下であることが好ましく、0.25%以下であることが一層好ましい。Cuによる上記の効果を得るためには、0.10%以上の含有が好ましい。
【0043】
B:0〜0.020%
Bは、Pの粒界偏析を抑制して靭性を高める効果がある。しかしながら、0.020%以上添加すると、浸炭時に異常粒成長が生じ、ねじり疲労強度が低下する。したがって、B含有量は0.020%以下である。なお、B含有量は、0.015%あることが好ましく、0.010%以下であることが一層好ましい。Bによる上記の効果を得るためには、0.0005%以上の含有が好ましい。
【0044】
なお、本発明に係るシャフト部品は、その化学組成に、上記以外の元素を不純物として微量含むことがある。この場合であっても、本発明の目的は達成可能である。具体的な例として、本発明に係るシャフト部品は、以下に示す各元素を、それぞれ規定の範囲内で含むことができる。
希土類元素(REM):0.0005%以下、
カルシウム(Ca):0.0005%以下、
マグネシウム(Mg):0.0005%以下、
タングステン(W):0.001%以下、
アンチモン(Sb):0.001%以下、
ビスマス(Bi):0.001%以下、
コバルト(Co):0.001%以下、
タンタル(Ta):0.001%以下、
【0045】
[各元素の含有量の関係]
シャフト部品に加工する鋼材を構成する各元素の含有量の関係は、以下に示す式(1)を満たす。
15.0≦25.9C+6.35Mn+2.88Cr+3.09Mo+2.73Ni≦27.2 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の鋼材中の含有量(質量%)が代入される。
【0046】
式(1)について
式(1)で、F1=25.9C+6.35Mn+2.88Cr+3.09Mo+2.73Niと定義する。F1値は、オーステナイトの安定性を表すパラメータである。式(1)は、種々の化学成分の焼入れ鋼の残留γ体積率の測定値から重回帰分析によって求めた経験式である。F1値が低すぎれば、オーステナイトが熱力学的に不安定になり、高周波焼入れ後に、残留オーステナイトが十分に生成されず、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。一方、F1値が高すぎれば、オーステナイトの安定性が高まり、高周波焼入れ後の残留オーステナイトが過剰に多くなる。この場合、切削加工時に加工誘起マルテンサイト変態が生じにくい。そのため、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、F1は15.0〜27.2である。F1の好ましい下限は16.5であり、好ましい上限は27.0以下である。
【0047】
[シャフト外周表面の穴]
本発明の実施形態に係るシャフト部品は、シャフト部品の長手方向に対して垂直又は一定の角度を有して、シャフト外周表面から開けられた貫通穴又は非貫通穴を有する。穴の直径は、0.2mm〜10mmである。シャフト部品はこれらの穴を1個又は複数個有している。
【0048】
[外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)]
シャフト部品への高周波焼き入れにより、シャフト部品の表層(外周表面から2mm深さ位置を含む)に、残留オーステナイトが発生する。この残留オーステナイトは、シャフト部品の焼入れ後の穴開け加工時に、穴付近において、加工誘起マルテンサイト変態する。具体的には、穴開け加工時に、切削工具と母材との間の摩擦力により、穴の表層付近にある残留オーステナイトの一部が、加工誘起マルテンサイトに変態する。一方、この作用による加工誘起マルテンサイト変態の発生は穴付近に限定される。穴の表面から2mm程度離れると、もはや穴開け加工に伴う加工誘起マルテンサイト変態は起こらない。そのため、外周表面から2mm深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)は、焼入れ後の穴開け加工の影響を受けていない部分であり、切削前の残留オーステナイト体積率と考えることができる。
穴開け加工にともなう加工誘起マルテンサイト変態の結果、シャフト部品の強度が上昇し、静ねじり強度及びねじり疲労強度が上昇する。このような効果を得るためには、焼入れ後の最大残留オーステナイト体積率(R1)が4%以上でなければならない。
【0049】
一方、残留オーステナイトは軟質であるため、(R1)が20%を超えるとかえってシャフト部品の強度が低下する。
【0050】
[外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)]
シャフト部品の外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)は、穴開け加工によって創成された表面付近の残留オーステナイト体積率であり、切削後の残留オーステナイト体積率と考えることができる。切削加工後の残留オーステナイトの体積率が高すぎれば、硬質なマルテンサイトが得られておらず、静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。
【0051】
[R1とR2とから式(A):Δγ=[(R1−R2)/R1]×100によって求められる残留オーステナイト減少率Δγ]
R1とR2とから、上記式(A)によって求められる残留オーステナイト減少率(Δγ)が40%以上である。
【0052】
残留オーステナイト減少率(Δγ)は、切削加工時の加工誘起マルテンサイト変態の程度を表す。Δγが大きいと、切削時により多くの加工誘起マルテンサイト変態が発生したことを意味し、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が向上する。このような効果を得るためにはΔγが40%以上でなければならない。なお、好ましいΔγの値は42%以上である。
【0053】
[穴の表面の塑性流動層の厚さ:0.5〜15μm]
塑性流動層は、穴を切削する際に、切削工具と母材との間に生じる摩擦による変形で穴の表面に形成される層である。穴の表面の塑性流動層の厚さは、次の方法で測定される。シャフト部品の外周から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の軸方向に対して垂直な断面における穴表層部を含み、穴の軸方向対して垂直な面(横断面)が観察面になるような試験片を採取する(
図3(b)の符号31参照)。鏡面研磨した試験片を、5%ナイタール溶液で腐食する。腐食された面の穴の表面を含む位置(31)を、倍率5000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察する。得られたSEM像の一例を
図4に示す。同図において、塑性流動層41は、母材中心部42に対して塑性流動組織がシャフト部品の穴の表面の円周方向(
図4において紙面の左方向から右方向)に湾曲している部分である。
【0054】
切削加工時に、切削工具と母材との間の摩擦によって穴の表層部に大きな変形が生じることで、塑性流動層が形成される。この塑性流動層は、母材に比べ変形耐性がある。そのため、厚さが0.5μm以上の塑性流動層が存在すると、シャフト部品のねじり強度及びねじり疲労強度が向上する。反面、塑性流動層は脆いため、その厚さが15μmを超えると、変形により割れを生じて亀裂発生の起点となる。そのため、厚すぎる塑性流動層は、シャフト部品のねじり疲労強度を逆に低下させる。さらに、塑性流動層の厚さが15μmを超えると、シャフト部品の被削性が低下し、切削加工時の工具への負担が大きくなり、工具寿命が著しく低下する。以上の理由により、シャフト部品の塑性流動層の厚さは0.5〜15μmに限定した。なお、シャフト部品の耐摩耗性及び曲げ疲労強度をさらに向上させるためには、シャフト部品の表層の塑性流動層の厚さは1μm以上とすることが好ましく、3μm以上とすることがさらに好ましい。また、好ましい上限は13μmである。
【0055】
このように、本発明に係るシャフト部品は、静ねじり強度及びねじり疲労強度を低下させる要因となりうる穴の周辺に、強度に優れた部分を備える。具体的には、このシャフト部品は、
図6に示すように、穴の周辺部に、加工誘起マルテンサイト組織の割合が高くなっている領域(「加工誘起マルテンサイト層」ともいう)を備える。残留オーステナイトに比べ、加工誘起マルテンサイトは組織の強度を高めるため、このシャフト部品の穴周辺部(穴表面から20μm深さ位置)の強度は、穴から離れた位置(穴表面から2mm深さ位置)の強度よりも高い。そのため、このシャフト部品は静ねじり強度及びねじり疲労強度に優れる。
【0056】
さらに、このシャフト部品は、穴の表層部に、適度な厚さの塑性流動層を備えるものであってもよい。この塑性流動層も、母材に比べて強度に優れる。
【0057】
本発明の実施形態に係るシャフト部品は、次の方法で製造される。
質量%で、C:0.35〜0.70%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.5〜2.6%、S:0.005〜0.020%、Al:0.010〜0.050%、N:0.005〜0.025%を含有し、
不純物元素として、P:0.050%以下、
O:0.003%以下
さらに、任意選択の元素として、
Pb:0.5%以下、
V、Nb及びTiからなる群から選択される1種以上を総含有量で0.1%以下、
Cr:3.0%以下、Mo:3.0%以下、及び、Ni:3.0%以下からなる群から選択される1種以上、
Cu:0〜0.50%、
B:0〜0.020%を含有し、
かつ、残部がFe及び不純物からなり、式(2)を満たす化学組成を有する鋼材をシャフト部品の形状に加工してシャフト部品粗部材を得る工程と、
前記粗部材に対して高周波焼入れ処理を施して焼入れ材を得る工程であって、高周波加熱時の周波数を10KHz以上、300KHz以下とし、高周波加熱時の加熱時間を1秒以上40秒以下として、その後焼入れすることで、焼入れ材の外周表面から2mmの深さ位置の組織が、マルテンサイトと、体積率で4〜20%の残留オーステナイトとを含む組織となる焼入れ材を得る工程と、
前記焼入れ材に対して切削による穴開け加工を施して、シャフト部品を得る工程であって、穴開け加工時の工具送りを0.02mm/rev超、0.2mm/rev以下とし、切削速度を10m/分以上、50m/分以下とし、
シャフト部品の外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)と、シャフト部品の外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)とから、式(A):Δγ=[(R1−R2)/R1]×100によって求められる残留オーステナイト減少率Δγが40%以上である、シャフト部品が製造される。
式(1):15.0≦25.9C+6.35Mn+2.88Cr+3.09Mo+2.73Ni≦27.2
ここで、式(1)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0058】
<シャフト部品の製造方法>
本実施形態のシャフト部品の製造方法は、鋼材をシャフト部品の形状に近い形状に加工してシャフト部品粗部材を得る工程(粗部材製造工程)と、粗部材に対して高周波焼入れ処理を施して焼入れ材を得る工程(焼入れ材製造工程)と、焼入れ材に対して切削による穴開け加工を施して穴を開け、シャフト部品を得る工程(穴開け工程)とを含む。
【0059】
[粗部材製造工程]
本工程では、シャフト部品の形状に近い所望の形状を有する粗部材を製造する。初めに、鋼材を準備する。
【0060】
(鋼材の化学組成(必須成分)
鋼材は上述した本発明の実施形態に係るシャフト部品と同じ含有量の同じ化学組成を有する。
【0061】
(粗部材の製造)
上記化学組成を有する鋼材をシャフト部品の形状に近い形状に加工してシャフト部品粗部材を得る。加工方法は周知の方法を採用することができる。加工方法としては、例えば、熱間加工、冷間加工、切削加工等が挙げられる。粗部材は、穴以外の部分は本発明の実施形態に係るシャフト部品と同様の形状とし、この段階では、穴は開けない。
【0062】
[焼入れ材製造工程]
上記のようにして得られた粗部材に対して、高周波焼入れ処理を施して焼入れ材を得る。これにより、焼入れ材において、最終形態であるシャフト部品の外周表面から2mmの深さ位置の組織を、マルテンサイトと体積率で4〜20%の残留オーステナイトとする。
【0063】
(高周波焼入れ処理)
高周波焼入れ処理は、初めに、(i)高周波加熱を施し、その後、(ii)焼入れを施す。高周波加熱及び焼入れは次の条件で行う。
【0064】
(i)高周波加熱
高周波加熱時の周波数:10〜300KHz
周波数が低すぎれば、加熱範囲が広がる。そのため、焼入れ時の歪みが大きくなる。一方、周波数が高すぎれば、加熱範囲が表層のみに集中する。この場合、表面の硬化層が薄くなり、静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。従って、高周波加熱時の周波数は10〜300KHzである。
【0065】
高周波加熱時の加熱時間:1.0〜40秒
加熱時間とは、出力40KWで、粗部材の加熱が開始されてから水冷が開始されるまでの時間である。高周波加熱時の加熱時間が長すぎれば、オーステナイト粒が粗大化し、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。一方、加熱時間が短すぎれば、セメンタイトが十分に固溶せず、オーステナイトの安定性が低下する。そのため、高周波焼入れ後に、マルテンサイトと、体積率で4〜20%の残留オーステナイトとからなる組織が得られない。従って、高周波加熱時の粗部材の加熱時間は1.0〜40秒である。
加熱周波数と加熱時間の両者をコントロールして、外周表面から2mm以上深い領域までがA
3点以上の温度に加熱されるようにする。
【0066】
(ii)焼入れ
恒温保持処理後、周知の方法で焼入れを施す。焼入れは、例えば、水焼入れとすることができる。これにより、A3点以上に加熱された領域が、マルテンサイトと残留オーステナイトとを含有する組織に変化する。
【0067】
(焼戻し処理)
シャフト部品の靭性を高めたい場合、高周波焼入れ処理を施した後、焼戻し処理を施してもよい。
【0068】
(焼入れ材製造工程終了後の焼入れ材の組織)
上述の条件で高周波焼入れ処理を施して得られた焼入れ材について、焼入れ材の外周表面(最終形態のシャフト部品の外周表面と同じ)から2mmの深さ位置の組織は、マルテンサイトと、体積率で4〜20%の残留オーステナイトとを含有する。
【0069】
なお、焼入れ材における外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの組織観察及び残留オーステナイト体積率(R1)の測定は次の方法で実施される。即ち、焼入れ材において、焼入れ材の長手方向に対して垂直に切断する。切断面(
図1(a)のA−A’、
図1(b))において、外周から中心に向かって2mmの位置を含む試験片(試験片1)を用意する。
【0070】
焼入れ材における外周表面から2mmの深さ位置の組織は、残留オーステナイトとマルテンサイトであり、これら以外の相は存在しない。光学顕微鏡による組織観察では、残留オーステナイトはマルテンサイトに含まれている。つまり、光学顕微鏡による組織観察では、マルテンサイトと残留オーステナイトとの区別ができない。そこで、外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)を、次の方法で測定する。上記試験片1に対して電解研磨を行う。11.6%の塩化アンモニウムと、35.1%のグリセリンと、53.3%の水とを含有する電解液を用意する。この電解液を用いて、基準位置を含む試験片の表面に対して、電圧20Vで電解研磨を行う。
【0071】
電解研磨された試験片の表面において、外周表面から2mmの深さ位置を中心にX線を照射して、X線回折法により解析を行う。X線回折には、株式会社リガク製の商品名RINT−2500HL/PCを使用する。光源にはCr管球を使用する。管電圧は40kV、管電流は40mAであり、コリメーター直径は、0.5mmである。VフィルターによってKβ線を除去し、Kα線を使用した。データ解析は、AutoMATEソフトウエア(株式会社リガク製)を用いた。Rachinger法によってKα2成分を除去し、Kα1成分のプロファイルを用いて、bcc構造の(211)面とfcc構造の(220)面の回折ピークの積分強度比に基づいて残留オーステナイト体積率を計算した。
なお、照射するX線のスポットサイズは1mm以下とした。
【0072】
焼入れ材製造工程終了後の焼入れ材の外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmでの残留オーステナイトの体積率(R1)は4〜20%である。この残留オーステナイトは、次の穴開け工程の切削加工時に、加工誘起マルテンサイト変態する。上述したように、本発明に係るシャフト部品では、穴の周辺で形成された加工誘起マルテンサイトにより、穴の存在によるシャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度の低下が抑制される。外周表面から2mmの深さ位置における残留オーステナイトの体積率が4%より低い場合、この効果が得られない。一方、残留オーステナイトの体積率が20%よりも高い場合、切削加工後にも多くの軟質なオーステナイトが残留する。そのため、シャフト部品全体では、優れた静ねじり強度及びねじり疲労強度を得られない。
【0073】
[穴開け工程(切削加工)]
本発明の実施形態に係るシャフト部品は、シャフト部品の長手方向に対して垂直又は一定の角度を有して開けられた、貫通穴又は非貫通穴を、1個又は複数有している。
高周波焼入れ処理を施した後、切削による穴開け加工を施す。切削加工により、穴を開けつつ、穴の表層部で加工誘起マルテンサイト変態を発生させる。これにより、穴の形成によるシャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度の低下が抑制され、優れた静ねじり強度及びねじり疲労強度のシャフト部品が作成される。切削加工は、次の条件で行う。なお、切削工具としては、例えば超硬合金の表面に、炭化物,窒化物,酸化物,ダイヤモンドなどのコーティングが施された超硬ドリル(JIS B 0171:2014年、1003、1004番に規定するコーテッド超硬ドリル)を用いることができる。コーテッド超硬ドリルを使用することは、工具摩耗の抑制及び加工能率向上の点で有効である。
【0074】
工具送りf:0.02mm/rev(回転)超、0.2mm/rev以下
送りfが小さすぎれば、切削抵抗、つまり、工具が被削材に押し付けられる力が小さすぎる。この場合、十分な加工誘起マルテンサイト変態が発生しない。そのため、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が向上しない。一方、送りが大きすぎれば、切削抵抗が大きくなり過ぎる。この場合、切削時に工具が破損する恐れがある。従って、送りfは0.02mm/rev超、0.2mm/rev以下である。送りfの好ましい下限は0.03mm/revである。送りfの好ましい上限は0.15mm/revであり、より好ましくは0.1mm/revである。
【0075】
切削速度v:10〜50m/分
切削速度vが大きすぎれば、切削温度が上昇し、マルテンサイト変態が生じ難くなる。そのため、シャフト部品の静ねじり強度及びねじり疲労強度が向上しない。一方、切削速度が小さすぎれば、切削能率が低下し、製造効率が低下する。従って、切削速度vは10〜50m/分である。好ましい上限は40m/分であり、より好ましくは30m/分である。
【0076】
(シャフト部品の組織)
以上に示す穴開け加工によりシャフト部品が得られる。得られたシャフト部品の外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)は、4〜20%であり、
上記R1と外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)とから式(A):Δγ=[(R1−R2)/R1]×100によって求められる残留オーステナイト減少率Δγは、40%以上である。
【0077】
外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)の測定は、次の方法で実施される。即ち、シャフト部品の長手方向と垂直に、かつ、穴の中心を通り、穴を縦に2分割するようにシャフト部品を切断する(
図2のB−B’線)。穴の表面において、外周表面から2mmの深さの位置を中心として、φ1mmの穴が開いたマスキングを施し、電解研磨を施す。電解研磨の時間を変化させることで研磨量を調整し、20μmの深さの穴を開ける。その穴の中心(
図2の符号21)に、スポットサイズ0.5mmのX線を照射して、前述した外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)の測定方法と同様の方法を用いて、残留オーステナイト体積率を測定する。
【0078】
外周表面から2mmの深さ位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイト体積率(R1)は、焼入れ後の穴開け加工の影響を受けていない部分であり、切削前の残留オーステナイト体積率と考えることができる。一方で、外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)は、穴開け加工によって形成された表面付近の残留オーステナイト体積率であり、切削後の残留オーステナイト体積率と考えることができる。
【0079】
よって、切削加工前後の残留オーステナイトの残留オーステナイト減少率Δγは、求めた体積率(R1)及び(R2)に基づいて、式(A)によって計算される。
減少率Δγ=[(R1−R2)/R1]×100 (A)
【0080】
シャフト部品の外周表面から穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ穴の表面から20μmの深さ位置の残留オーステナイト体積率(R2)は、切削加工後の残留オーステナイトの体積率が高すぎれば、硬質なマルテンサイトが得られず、静ねじり強度及びねじり疲労強度が低下する。
【0081】
切削加工前後の残留オーステナイトの残留オーステナイト減少率Δγは40%以上である。切削加工により残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイト変態することにより、静ねじり強度及びねじり疲労強度が高まる。体積減少率Δγが低すぎれば、この効果が十分に得られない。
【実施例】
【0082】
以下に本発明の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。なお、実施例は本発明の1つの態様であって、本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。以下に示した表においては、本発明の要件を満たさない項目、および、本発明の望ましい製造条件を満たさない項目については、アスタリスク(*)を付与した。
真空溶解炉を用いて、表1に示す化学組成を有する150kgの溶鋼A〜Pを得た。
【0083】
【表1】
【0084】
各鋼種の溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを得た。各インゴットを1250℃で4時間加熱した後、熱間鍛造を行って直径35mmの丸棒を得た。熱間鍛造時の仕上げ温度は1000℃であった。
【0085】
各丸棒に対して焼準処理を行った。焼準処理温度は925℃であり、焼準処理時間は2時間であった。焼準処理後、丸棒を室温(25℃)まで放冷した。
【0086】
放冷後の丸棒に対して機械加工を実施して、静ねじり試験、ねじり疲労試験のための試験片(以下、「ねじり試験片」と言う)である
図5に示すねじり試験片51の元となる粗部材を製造した。粗部材の状態では、φ3mmの穴は開けられていない。シャフト部品に相当するねじり試験片51は、横断面が円形であり、円柱状の試験部52と、試験部52中央に配置された穴53と、両側に配置された円柱状の太径部54と、太径部の周を面取りした一対のつかみ部55とを備えている。さらに、軽量化のため、試験片の中心部は中空穴56となっている。
図5に示すとおり、ねじり試験片51の全体長さは200mmであり、試験部52の外径は20mm、試験部52の長さは30mmであり、穴53の直径は3mmであり、中空穴56の直径は6mmである。
【0087】
ねじり試験片51の粗部材に対して、出力40KWで、表2に示す条件に基づいて、高周波焼入れを実施した。
【0088】
【表2】
【0089】
尚、表1の鋼種Aを用いて、表2の条件aの高周波焼入れにより形成された表面硬化層の厚さは、表面からの距離(厚さ)とそのビッカース硬度(HV)との測定値から、約2.5mmであった。
【0090】
焼入れされたねじり試験片51の粗部材に対して、表3に示す条件で穴開け加工を施して、シャフト部品に相当するねじり試験片51を得た。
【0091】
【表3】
【0092】
穴開け加工の際、切削工具には、超硬合金の表面に、セラミックコーティングを施した、直径3mmのコーテッド超硬ドリルを利用した。また、先端角90°の直径6mmのコーテッド超硬ドリルの先端部を用いて、穴の入り口にC0.5mmの面取りを施した。
【0093】
そして、上記の穴開け加工を施したものを、ねじり試験片51とした。
【0094】
尚、表1の鋼種Aを用いて、表2の高周波焼入れ条件a、表3の切削条件αにより形成された穴表面付近のビッカース硬度は、穴表面から厚さ方向の距離50μmのところで、840HV、100μmのところで760HV、200μmのところで710HV、300μmのところで695HVであった。
【0095】
[残留オーステナイトの体積率(R1)の測定]
ねじり試験片51の試験部52の穴の表面から2mmの位置を試験片51の長手方向に対して垂直に切断した。切断面において、外周から中心に向かって2mmの位置を含む試験片(試験片1)を用意する(
図1(b))。切断面に対して電解研磨を行った。11.6%の塩化アンモニウムと、35.1%のグリセリンと、53.3%の水とを含有する電解液を用意する。この電解液を用いて、基準位置を含む表面に対して、電圧20Vで電解研磨を行った。
【0096】
電解研磨された試験片の表面に対して、上述の方法でX線回折を実施し、外周表面から2mm位置、かつ穴の表面から2mmの残留オーステナイトの体積率(R1)を求めた。
【0097】
[残留オーステナイトの体積率(R2)の測定]
ねじり試験片51の長手方向に対して垂直、かつ穴の中心を通り、穴を縦に2分割するようにシャフト部品を切断した(
図2のB−B’線)。穴の表面において、外周表面から2mmの深さ位置を中心として、φ1mmの穴が開いたマスキングを施し、電解研磨を施した。電解研磨の時間を変化させることで研磨量を調整し、20μmの深さの穴を開けた。
【0098】
穴表面に対して、上述の方法でX線回折を実施し、外周表面から2mmの深さで、かつ穴表面から20μmの深さ位置(
図2の符号21)の残留オーステナイトの体積率(R2)を求めた。
【0099】
[静ねじり試験(静ねじり強度の測定)]
図5に示すねじり試験片51を用いて、サーボパルサー式ねじり試験機(株式会社島津製作所製のEHF−TB2KNM)でねじり試験を行い、応力とねじり角の関係を取得した。次いで、応力とねじり角が比例関係を保つ最大のせん断応力τ、いわゆる比例限度を静ねじり強度とした。この比例限度は、引張試験でいう降伏応力に相当する。本試験においては、静ねじり強度が530MPa以上の場合が、従来技術に対して優れた静ねじり強度を有するという点で合格である。
【0100】
[ねじり疲労試験(ねじり疲労強度の測定)]
図5に示すねじり試験片51を用いて、負荷最大せん断応力τを50MPaピッチで変化させて、繰り返し周波数4Hzで両振りのねじり疲労試験を行った。そして、繰り返し数10
5回に達する前に破断した最大せん断応力の最小値(τ
f,min)と、(τ
f,min)より低い応力で最大の未破断点の最大せん断応力(σ
r,max)との中間点を疲労限度とした。なお、試験機には前記サーボパルサー式ねじり試験機を用いた。本試験においては、ねじり疲労強度が325MPa以上の場合が、従来技術に対して優れたねじり疲労強度を有しているので合格である。
【0101】
[試験結果]
以上に説明した各試験等に関する結果を表4、表5に示す。
【0102】
【表4】
【0103】
尚、前記外周表面から前記穴の軸方向に2mmの深さ位置で、かつ前記穴の表面から20μm以外の深さ位置(10μm及び50μm)の残留オーステナイト体積率(R2)を、表4に記載のNo.1の条件で、同様に測定したところ、10μm深さで7.8%、50μm深さで13.2%の値が得られた。また、表4に記載のNo.4の条件で、同様に測定したところ、10μm深さで13.5%、50μm深さで20.0%の値が得られた。
【0104】
【表5】
【0105】
表4から明らかなように、本発明の実施形態に係るシャフト部品の製造方法についての各条件を満たす(即ち、粗部材の化学組成を調整することを前提に、特に、高周波焼入れ後の焼入れ材の組織と、穴開け加工後のシャフト部品の組織と、について改良を加えている)実施例については、焼入れ材の組織(残留γ体積率(R1))、及びシャフト部品の組織(残留γ体積率(R2))のいずれについても、優れた結果が得られていることが判る。従って、これらの試験例の製造方法によれば、静ねじり強度及びねじり疲労強度に優れたシャフト部品を得ることができることが証明された。
【0106】
これに対し、表5から明らかなように、本発明の実施形態に係るシャフト部品の製造方法についての各条件を満たさない(即ち、粗部材の化学組成を調整、高周波焼入れ後の焼入れ材の組織、穴開け加工後のシャフト部品の組織の、少なくともいずれかについて改良を加えていない)比較例については、焼入れ材の組織(残留γ体積率(R1))及びシャフト部品の組織(残留γ体積率(R2))の少なくともいずれかについて、優れた結果が得られていないことが判る。従って、これらの試験例の製造方法によれば、静ねじり強度及びねじり疲労強度に優れたシャフト部品を得ることができるとはいえない。