(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来から、R−T−B系希土類焼結磁石(以下、「R−T−B系磁石」と略記する場合がある)は、ハードディスクドライブのボイスコイルモーター、ハイブリッド自動車や電気自動車のエンジン用モーターなどのモーターに使用されている。
【0003】
R−T−B系磁石は、Nd、Fe、Bを主成分とするR−T−B系合金粉末を成形して焼結することによって得られる。通常、R−T−B系合金においてRは、Ndと、Ndの一部をPr、Dy、Tb等の他の希土類元素で置換したものである。Tは、FeとFeの一部をCo、Ni等の他の遷移金属で置換したものである。Bはホウ素であり、一部をCまたはNで置換できる。
【0004】
一般的なR−T−B系磁石の組織は、主に、R
2T
14Bで構成される主相と、主相の粒界に存在して主相よりもNd濃度の高いRリッチ相とからなる。Rリッチ相は粒界相とも呼ばれている。
また、R−T−B系合金の組成は、通常、R−T−B系磁石の組織における主相の割合を高めるために、NdとFeとBとの比が、できる限りR
2T
14Bに近くなるようにされている(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
また、R−T−B系合金には、R
2T
17相が含まれている場合がある。R
2T
17相は、R−T−B系磁石の保磁力や角形性を低下させる原因となることが知られている(例えば、特許文献1参照)。このため、従来、R−T−B系合金にR
2T
17相が存在する場合、R−T−B系磁石を製造するための焼結過程で消滅させている。
【0006】
また、自動車用モーターに用いられるR−T−B系磁石は、モーター内で高温に曝されるため、高い保磁力(Hcj)が要求される。
R−T−B系磁石の保磁力を向上させる技術としては、R−T−B系合金のRをNdからDyに置換する技術がある。しかしながら、Dyは資源が偏在しているうえ、産出量も限られているためにその供給に不安が生じている。このため、R−T−B系合金に含まれるDyの含有量を多くすることなく、R−T−B系磁石の保磁力を向上させる技術が検討されている。
【0007】
R−T−B系磁石の保磁力(Hcj)を向上させるために、Al,Si,Ga,Snなどの金属元素を添加する技術がある(例えば、特許文献2参照)。また、特許文献2に記載されているように、Al,Siは、不可避的不純物としてR−T−B系磁石に混入することが知られている。また、R−T−B系合金に不純物として含有されているSiの含有量が5%を超えると、R−T−B系磁石の保磁力が低下することが知られている(例えば、特許文献3参照)。
【0008】
従来の技術では、R−T−B系合金にAl,Si,Ga,Snなどの金属元素を添加したとしても、充分に保磁力(Hcj)の高いR−T−B系磁石を得ることができない場合があった。その結果、上記金属元素を添加してもDy濃度を高くする必要があった。
【0009】
本発明者は、R−T−B系合金の組成を検討した結果、特定のB濃度のときに保磁力が最大になることを見出した。そして、得られた結果を基にして、R−T−B系合金に含まれるDyの含有量がゼロ又は非常に少なくても、高保磁力のR−T−B系磁石が得られる、従来とは全く異なるタイプのR−T−B系合金の開発に成功した(特許文献4参照)。
この合金のB濃度は従来のR−T−B系合金よりも低いものである。
【0010】
このR−T−B系合金を用いて製造したR−T−B系磁石では、R
2Fe
14Bを主として含む主相と、主相よりRを多く含む粒界相とを備え、粒界相が、従来から認められている希土類元素濃度の高い粒界相(Rリッチ相)以外に、従来の粒界相よりも希土類元素濃度が低く遷移金属元素濃度が高い粒界相(遷移金属リッチ相)を含む。従来のR−T−B系磁石は、保磁力を担う磁性相である主相と、主相間に配置し、非磁性相である粒界相とからなるものであった。本発明者が開発した新規なタイプのR−T−B系磁石では、遷移金属リッチ相が遷移金属を豊富に含むため、保磁力を担うものと考えられる。保磁力を担いうる相(「遷移金属リッチ相」)が粒界相にも存在する磁石は従来の常識を覆す画期的なものである。
【0011】
ところで、R−T−B系磁石は、所定の組成の合金溶湯を鋳造して得られた鋳造合金を、粉砕、成型、焼結の工程を経て製造される。
鋳造合金の粉砕は通常、水素解砕、微粉砕の順で行なわれる。
ここで、水素解砕は、前工程の水素吸蔵工程と後工程の脱水素工程に分けられる。
水素吸蔵工程においては、水素は主に合金薄片のRリッチ相から吸蔵され、膨張し脆い水素化物が生成される。そのため、水素解砕では、合金薄片中にRリッチ相に沿った微細なクラック、あるいはRリッチ相を起点とした微細なクラックが導入される。その後の微粉砕工程で、水素解砕で生成した多量の微細クラックを起点として合金薄片が壊れる。
水素吸蔵工程により生成した水素化物は大気中では不安定であり酸化され易いため、通常、脱水素工程を行う。
【0012】
脱水素工程は通常、真空中、また、炉内雰囲気をArガス(不活性ガス)に置換して行う(例えば、特許文献5参照)。700℃以上でR
2T
14B相が分解してしまうため、脱水素工程時の温度は、700℃より低い温度で行う必要がある。例えば、特許文献5には、Arガス雰囲気において600℃で脱水素工程を行うことが記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明は以下に説明する一実施形態に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
なお、本明細書において、「鋳造合金」とは、合金溶湯を例えば、ストリップキャスト法によりに鋳造して得られる合金を指し、本発明の「R−T−B系希土類焼結磁石用合金の製造方法」における「R−T−B系希土類焼結磁石用合金」とは、「鋳造合金」(薄片化されたものを含む)に対して水素解砕工程を行ったものであって、焼結磁石の製造のための焼結を行う前のものを指す。
【0022】
〔R−T−B系希土類焼結磁石用合金〕
本発明の一実施形態のR−T−B系希土類焼結磁石用合金の製造方法を用いて製造されるR−T−B系希土類焼結磁石用合金(以下、「R−T−B系合金」と略記する場合がある)は、成形して焼結することにより、R
2Fe
14Bを主として含む主相と、主相よりRを多く含む粒界相とを備えた焼結体からなり、粒界相が、Rリッチ相と、Rリッチ相よりも希土類元素濃度が低く遷移金属元素濃度が高い粒界相である遷移金属リッチ相とを含む、R−T−B系希土類焼結磁石が得られるものである。
このR−T−B系希土類焼結磁石において、Rリッチ相は、希土類元素であるRの合計原子濃度が70原子%以上の相である。遷移金属リッチ相は、希土類元素Rの合計原子濃度が25〜35原子%の相である。遷移金属リッチ相は、Feを必須とする遷移金属であるTを50〜70原子%含むものであることが好ましい。
【0023】
本実施形態のR−T−B系希土類焼結磁石用合金の製造方法における鋳造工程で用いられる合金溶湯(以下、「R−T−B系合金溶湯」と略記する場合がある)は、希土類元素であるRと、Feを必須とする遷移金属であるTと、Al、Ga、Cuのうちから選ばれる1種以上の金属を含む金属元素Mと、Bおよび不可避不純物からなり、Rを13〜15.5原子%含み、Bを4.5〜6.2原子%含み、Mを0.1〜2.4原子%含み、Tが残部であるR−T−B系合金であって、下記(式1)を満たすものである。また、本実施形態のR−T−B系合金溶湯は、全希土類元素中のDyの割合が0〜65原子%である合金溶湯である。
0.32≦B/TRE≦0.40・・(式1)
(式1)において、DyはDy元素の濃度(原子%)、Bはボロン元素の濃度(原子%)、TREは希土類元素合計の濃度(原子%)を表す。
【0024】
R−T−B系合金溶湯に含まれるRの含有量が13原子%未満であると、これを用いて得られたR−T−B系磁石の保磁力が不十分となる。また、Rの含有量が15.5原子%を超えると、これを用いて得られたR−T−B系磁石の残留磁化が低くなり磁石として不適合になる。
R−T−B系合金溶湯の全希土類元素中のDyの含有量は0〜65原子%とされている。本実施形態においては、遷移金属リッチ相を含むことにより、保磁力を向上させているので、Dyを含まなくても良いし、Dyを含む場合でも65原子%以下の含有量で充分に高い保磁力向上効果が得られる。
【0025】
R−T−B系合金溶湯のDy以外の希土類元素としては、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Ho、Er、Tm、Yb、Luが挙げられ、中でも特に、Nd、Pr、Tbが好ましく用いられる。また、R−T−B系合金のRは、Ndを主成分とすることが好ましい。
【0026】
また、R−T−B系合金溶湯に含まれるBは、ホウ素であり、一部をCまたはNで置換できる。B含有量は5.0原子%以上、6.0原子%以下であり、かつ上記(式1)を満たしている。Bの含有量は、5.5原子%以下であることがより好ましい。R−T−B系合金に含まれるBの含有量が5.0原子%未満であると、これを用いて得られたR−T−B系磁石の保磁力が不十分となる。Bの含有量が上記(式1)の範囲を超えると、遷移金属リッチ相の生成量が不十分となり、保磁力が十分に向上しない。
【0027】
本実施形態のR−T−B系合金の製造方法により製造されるR−T−B系合金は、R
2Fe
14Bを主として含む主相と、主相よりRを多く含む合金粒界相とを備えている。合金粒界相は、電子顕微鏡の反射電子像で観測できる。合金粒界相には、実質的にRのみからなるものと、R−T−Mを含むものとが存在する。
本実施形態のR−T−B系合金の製造方法により製造されるR−T−B系合金において、合金粒界相の間隔を3μm以下とするには、R−T−B系合金に含まれるB含有量を、5.0原子%以上、6.0原子%以下とする。
B含有量を上記範囲とすることで、合金組織の粒径が微細化されて粉砕性が向上し、これを用いて製造されたR−T−B系磁石において粒界相が均一に分布され、優れた保磁力が得られる。より粉砕性に優れ、合金粒界相の間隔が3μm以下の微細な合金組織が得られるようにするためには、Bの含有量を5.5原子%以下とすることが好ましい。しかし、R−T−B系合金に含まれるBの含有量が5.0原子%未満である場合、R−T−B系合金の隣接する合金粒界相間の間隔が急激に広くなり、合金粒界相の間隔が3μm以下の微細な合金組織が得られにくくなる。また、R−T−B系合金に含まれるBの含有量が増大するのに伴って、R−T−B系合金の隣接する合金粒界相間の間隔が広くなり、合金粒子が大きくなる。また、Bが過剰となることで焼結磁石中にBリッチ相が含まれる。このため、Bの含有量が6.0原子%を超えた場合、これを用いて製造されたR−T−B系磁石の保磁力が不十分となる恐れがある。
【0028】
また、合金組織の粒径を微細化し、これを用いて製造されたR−T−B系磁石の保磁力を向上させるために、R−T−B系合金溶湯に含まれるB含有量に対するFe含有量の比(Fe/B)は13〜15.5であることが好ましい。また、Fe/Bが13〜15.5である場合、R−T−B系合金の製造工程および/またはR−T−B系磁石の製造工程において遷移金属リッチ相の生成が効果的に促進されるものとなる。しかし、Fe/Bが15.5を超えると、R
2T
17相が生成して保磁力や角形性が低下する可能性が有る。
また、Fe/Bが13未満になると、残留磁化が低下する。
【0029】
また、合金組織の粒径を微細化して、これを用いて製造されたR−T−B系磁石の保磁力を向上させるために、B/TREが0.32〜0.40であることが好ましく、0.34〜0.38とされていることがさらに好ましい。
【0030】
また、R−T−B系合金溶湯に含まれるTは、Feを必須とする遷移金属である。R−T−B系合金溶湯のTに含まれるFe以外の遷移金属としては、種々の3〜11族元素を用いることができる。例えば、Co、Zr、Nbなどが挙げられる。R−T−B系合金溶湯のTがFe以外にCoを含む場合、Tc(キュリー温度)を改善することができ好ましい。また、ZrやNbを含む場合、焼結時に主相の粒成長を抑制することができるので好ましい。
【0031】
本発明者は、さらに鋭意研究を続けた結果、B/TREが次式(式1)の範囲内であれば、保磁力、残留磁化及び角形性を高いレベルでバランスさせられることがわかった。
0.32≦B/TRE≦0.40・・(式1)
【0032】
本実施形態のR−T−B系合金溶湯に含まれる金属元素Mは、R−T−B系合金の製造時に行われる鋳造合金薄片の冷却速度を一時的に遅くする工程(後述する鋳造合金の温度保持工程)や、R−T−B系磁石を製造するための焼結および熱処理の際に、遷移金属リッチ相の生成を促進するものであると推定される。金属元素Mは、Al、Ga、Cuのうちから選ばれる1種以上の金属を含むものであり、R−T−B系合金に0.1〜2.4原子%含まれている。
本実施形態のR−T−B系合金溶湯は、金属元素Mが0.1〜2.4原子%含まれているものであるので、これを焼結することで、Rリッチ相と遷移金属リッチ相とを含むR−T−B系磁石が得られる。
【0033】
金属元素Mに含まれるAl、Ga、Cuのうちから選ばれる1種以上の金属は、他の磁気特性に支障を来たすことなく、鋳造合金の温度保持工程の際や、R−T−B系磁石の焼結および熱処理の際に遷移金属リッチ相の生成を促進させて保磁力(Hcj)を効果的に向上させる。
【0034】
金属元素Mが0.1原子%未満であると、遷移金属リッチ相の生成を促進させる効果が不足して、R−T−B系磁石に遷移金属リッチ相が形成されず、R−T−B系磁石の保磁力(Hcj)を十分に向上させることができない恐れがある。また、金属元素Mが2.4原子%を超えると、R−T−B系磁石の磁化(Br)や最大エネルギー積(BHmax)などの磁気特性が低下する。金属元素Mの含有量は0.7原子%以上であることがより好ましく、1.4原子%以下であることがより好ましい。
【0035】
R−T−B系合金中にCuが含まれる場合、Cuの濃度は、0.07〜1原子%であることが好ましい。Cuの濃度が0.07原子%未満の場合は、磁石が焼結しにくくなる。
また、Cuの濃度が1原子%を超える場合は、R−T−B系磁石の磁化(Br)が低下するので好ましくない。
【0036】
本実施形態のR−T−B系合金溶湯は、希土類元素であるRと、Feを必須とする遷移金属であるTと、Al、Ga、Cuのうちから選ばれる1種以上の金属を含む金属元素Mと、Bの他に、さらにSiを含むものであってもよい。R−T−B系合金溶湯中にSiが含まれる場合、Si含有量は0.7〜1.5原子%の範囲であることが好ましい。Siを上記範囲内で含有させることにより、保磁力がより一層向上する。Si含有量が0.7原子%未満であっても1.5原子%を超えても、Siを含有させることによる効果が低下する。
【0037】
また、R−T−B系合金中に含まれる酸素と窒素と炭素の合計濃度が高いと、後述するR−T−B系磁石を焼結する工程において、これら元素と希土類元素Rとが結合して希土類元素Rが消費される。このため、R−T−B系合金中に含まれる希土類元素Rのうち、焼結してR−T−B系磁石とした後の熱処理において、遷移金属リッチ相の原料として利用される希土類元素Rの量が少なくなる。その結果、遷移金属リッチ相の生成量が少なくなり、R−T−B系磁石の保磁力が不十分となる恐れがある。したがって、本実施形態においては、R−T−B系合金中に含まれる酸素と窒素と炭素の合計濃度は2原子%以下であることが好ましい。上記の合計濃度を上記の濃度以下にすることで、希土類元素Rが消費されるのを抑制して保磁力(Hcj)を効果的に向上させることができる。
【0038】
〔R−T−B系合金の製造方法〕
本発明の一実施形態に係るR−T−B系合金の製造方法ではまず、例えば、1450℃程度の温度の所定の組成の合金溶湯を、例えば、SC(ストリップキャスト)法により鋳造して鋳造合金を製造する。次いで、この鋳造合金を破砕して鋳造合金薄片とする。この鋳造合金薄片の冷却速度を700〜900℃で一時的に遅くして合金内の成分の拡散を促す処理(温度保持工程)を行っても良い。
その後、得られた鋳造合金薄片を、水素解砕法などにより解砕し、粉砕機により粉砕することによってR−T−B系合金が得られる。以下で各工程について詳細に説明する。
【0039】
(鋳造工程)
本実施形態においては、合金溶湯を鋳造して鋳造合金を製造する。通常、この鋳造合金を破砕して鋳造合金薄片を得る。
鋳造工程の一例として、
図1に示す製造装置を用いて鋳造合金を製造する方法について説明する。
【0040】
(鋳造合金の製造装置)
図1は、鋳造合金の製造装置であって、鋳造合金を鋳造後、鋳造合金薄片まで製造できる製造装置の一例を示す正面模式図である。
図1に示す鋳造合金の製造装置1は、合金溶湯を鋳造する鋳造装置2と、鋳造後の鋳造合金を破砕する破砕装置3と、破砕後の鋳造合金薄片を保温する保温容器4と、保温後の鋳造合金薄片を貯蔵する貯蔵容器5とから概略構成されている。
【0041】
図1に示す製造装置1には、チャンバ6が備えられている。チャンバ6内は不活性ガスの減圧雰囲気とされており、不活性ガスとしては例えばアルゴンが用いられている。
【0042】
本実施形態において鋳造合金薄片を製造するには、まず、図示しない溶解装置において1450℃程度の温度の所定の組成の合金溶湯を調製する。次いで、得られた合金溶湯を、図示しないタンディッシュを用いて鋳造装置2の水冷銅ロールからなる冷却ロールに供給して凝固させ、鋳造合金とする。その後、鋳造合金を冷却ロールから離脱させ、破砕装置3の破砕ロールの間を通して破砕することにより、鋳造合金薄片とする。鋳造合金薄片は、破砕装置3の下方に設置された保温容器4内に堆積する。
その後、ゲート板7を開いて回転軸8に沿って保温容器4を傾け、鋳造合金薄片を貯蔵容器5に送出する。
【0043】
本実施形態においては、製造された800℃超の鋳造合金が500℃未満の温度となるまでの間に、10秒〜120秒間一定の温度で維持する温度保持工程を行ってもよい。
【0044】
温度保持工程を行った場合、鋳造合金薄片に含まれる元素が鋳造合金薄片内で移動する元素の再配置により、Al、Ga、Cuのうちから選ばれる1種以上の金属を含む金属元素Mと、Bとの成分の入れ替えが促されると推定される。このことにより、合金粒界相となる領域に含まれていたBの一部が主相へと移動し、主相となる領域に含まれていた金属元素Mの一部が合金粒界相へと移動すると推定される。これにより、主相本来の磁石特性を発揮することができるので、これを用いたR−T−B系磁石の保磁力が高くなると推定される。
【0045】
温度保持工程における鋳造合金薄片の温度が800℃超である場合、合金組織が粗大化する恐れがある。また、一定の温度で維持する時間が120秒を超える場合、生産性に支障を来す場合がある。
また、温度保持工程における鋳造合金薄片の温度が500℃未満である場合や一定の温度で維持する時間が10秒未満である場合、温度保持工程を行うことによる元素の再配置の効果が充分に得られない場合がある。
【0046】
なお、本実施形態においては、SC法を用いてR−T−B系合金を製造する場合について説明したが、本発明において用いられるR−T−B系合金は、SC法を用いて製造されるものに限定されるものではない。例えば、R−T−B系合金は、遠心鋳造法、ブックモールド法などを用いて鋳造してもよい。
【0047】
(水素解砕工程)
本発明のR−T−B系希土類焼結磁石用合金の製造方法における水素解砕工程は、水素吸蔵工程と、脱水素工程とを有する。
水素解砕法において水素が吸蔵された鋳造合金あるいは鋳造合金薄片は、体積が膨張するので、合金内部に容易に多数のひび割れ(クラック)が発生し、解砕される。
【0048】
水素吸蔵工程では、鋳造工程において鋳造された鋳造合金あるいは鋳造合金薄片に水素を吸蔵させる。水素吸蔵工程は公知の方法、条件で行うことができる。
例えば、0.1MPa〜0.105MPaの圧力の水素ガス雰囲気で、室温〜100℃の温度で、1分間あたりの水素ガス圧力低下が1kPa未満になるまで保持する。
【0049】
脱水素工程では、水素が吸蔵された鋳造合金あるいは鋳造合金薄片から水素を放出させる。
本発明の脱水素工程は、不活性ガス雰囲気中で行う場合には550℃未満の温度で行うか、又は、真空中で行う場合には600℃未満の温度で行う。
不活性ガス雰囲気中において550℃以上で脱水素工程を行った合金を用いて製造したR−T−B系希土類焼結磁石では、十分な角形性や保磁力が得られないからである。また、真空中において600℃以上で脱水素工程を行った合金を用いて製造したR−T−B系希土類焼結磁石では、十分な保磁力が得られないからである。
【0050】
脱水素工程は、300℃〜500℃の温度範囲で行うことが好ましい。この温度範囲であれば、不活性ガス雰囲気中及び真空中のいずれの場合であっても、この合金を用いて製造したR−T−B系希土類焼結磁石では十分な保磁力と角形性が得られる。
不活性ガスとしては例えば、アルゴンが挙げられる。
【0051】
(微粉砕工程)
水素解砕された鋳造合金薄片を粉砕する方法としては、ジェットミルなどが用いられる。水素解砕された鋳造合金薄片をジェットミル粉砕機に入れ、例えば0.6MPaの高圧窒素を用いて平均粒度1〜4.5μmに微粉砕して粉末とする。粉末の平均粒度を小さくした方が、焼結磁石の保磁力を向上させることができる。しかし、粒度をあまり小さくすると、粉末表面が酸化されやすくなり、逆に保磁力が低下してしまう。
【0052】
〔R−T−B系希土類焼結磁石の製造方法〕
次に、このようにして得られた本実施形態のR−T−B系希土類焼結磁石用合金の製造方法を用いて製造されたR−T−B系合金を用いてR−T−B系磁石を製造する方法を説明する。
例えば、本実施形態のR−T−B系合金の粉末に、潤滑剤として0.02質量%〜0.03質量%のステアリン酸亜鉛を添加し、横磁場中成形機などを用いてプレス成形して、真空中で焼結し、その後、熱処理する方法などが挙げられる。
【0053】
焼結を800℃〜1200℃、より好ましくは900℃〜1200℃で行った後、400℃〜800℃で熱処理を行った場合、R−T−B系磁石に遷移金属リッチ相がより一層生成されやすくなり、より一層保磁力の高いR−T−B系磁石が得られる。
【0054】
以上のR−T−B系磁石の製造方法によれば、R−T−B系合金として、B含有量が上記(式1)を満たし、金属元素Mを0.1〜2.4原子%含むものを用いているので、R
2Fe
14Bを主として含む主相と、主相よりRを多く含む粒界相とを備えた焼結体からなり、粒界相が、希土類元素の合計原子濃度が70原子%以上のRリッチ相と、希土類元素の合計原子濃度が25〜35原子%の遷移金属リッチ相とを含むR−T−B系磁石が得られる。
【0055】
さらに、本実施形態のR−T−B系合金の製造方法を用いて製造されたR−T−B系合金に含まれる金属元素の種類や含有量、R−T−B系合金の組成を本発明の範囲で調節するとともに、焼結温度や焼結後の熱処理などの条件を調整することにより、R−T−B系磁石における遷移金属リッチ相の体積率を0.005〜3体積%の好ましい範囲に容易に調節できる。
そして、R−T−B系磁石における遷移金属リッチ相の体積率を調整することによって、Dyの含有量を抑制しつつ、用途に応じた所定の保磁力を有するR−T−B系磁石が得られる。
【0056】
また、R−T−B系磁石において得られる保磁力(Hcj)を向上させる効果は、粒界相中にFeを高濃度で含む遷移金属リッチ相が形成されていることによるものと推定される。R−T−B系磁石に含まれる遷移金属リッチ相の体積率は、0.005〜3体積%であることが好ましく、0.1%〜2体積%であることがより好ましい。遷移金属リッチ相の体積率が上記範囲内であると、粒界相中に遷移金属リッチ相が含まれていることによる保磁力向上効果が、より一層効果的に得られる。これに対し、遷移金属リッチ相の体積率が0.1体積%未満であると、保磁力(Hcj)を向上させる効果が不十分となる恐れが生じる。また、遷移金属リッチ相の体積率が3体積%を超えると、残留磁化(Br)や最大エネルギー積((BH)max)が低下するなど磁気特性に悪影響を及ぼすため、好ましくない。
【0057】
遷移金属リッチ相中のFeの原子濃度は、50〜70原子%であることが好ましい。遷移金属リッチ相中のFeの原子濃度が上記範囲内であると、遷移金属リッチ相が含まれていることによる効果が、より一層効果的に得られる。これに対し、遷移金属リッチ相のFeの原子濃度が上記範囲未満であると、粒界相中に遷移金属リッチ相が含まれていることによる保磁力(Hcj)向上効果が、不十分となる恐れが生じる。また、遷移金属リッチ相のFeの原子濃度が上記範囲を超えると、R
2T
17相あるいはFeが析出して磁気特性に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0058】
R−T−B系磁石の遷移金属リッチ相の体積率は、以下に示す方法により調べる。まず、R−T−B系磁石を導電性の樹脂に埋込み、配向方向に平行な面を削りだし、鏡面研磨する。次いで、鏡面研磨した表面を反射電子像にて1500倍程度の倍率で観察し、そのコントラストにより主相、Rリッチ相、遷移金属リッチ相を判別する。その後、遷移金属リッチ相について断面あたりの面積率を算出し、さらにこれが球状であると仮定して体積率を算出する。
【0059】
R−T−B系磁石は、B/TRE含有量が上記(式1)を満たし、金属元素Mを0.1〜2.4原子%含むR−T−B系合金を成形して焼結してなるものであり、粒界相が、Rリッチ相と遷移金属リッチ相とを含み、遷移金属リッチ相は、Rリッチ相より希土類元素の合計原子濃度が低く、Rリッチ相よりFeの原子濃度が高いものであるので、Dyの含有量を抑制しつつ、高い保磁力を有し、モーターに好適に用いられる優れた磁気特性を有するものとなる。
【0060】
R−T−B系磁石の保磁力(Hcj)は、高いほど好ましいが、自動車などの電動パワーステアリングのモーター用の磁石として用いる場合、20kOe以上であることが好ましく、電気自動車のモーター用の磁石として用いる場合、30kOe以上であることが好ましい。電気自動車のモーター用の磁石において保磁力(Hcj)が30kOe未満であると、モーターとしての耐熱性が不足する場合がある。
【実施例】
【0061】
〔実験例1〜11、比較例1〜8〕
Ndメタル(純度99wt%以上)、Prメタル(純度99wt%以上)、Dyメタル(純度99wt%以上)、フェロボロン(Fe80%、B20w%)、鉄塊(純度99%wt以上)、Alメタル(純度99wt%以上)、Gaメタル(純度99wt%以上)、Cuメタル(純度99wt%)、Coメタル(純度99wt%以上)、Zrメタル(純度99wt%以上)を表1に示す合金A〜Eの合金組成になるように秤量し、アルミナるつぼに装填した。
【表1】
【0062】
その後、アルミナるつぼを高周波真空誘導炉内に設置して、炉内をArで置換した。そして、高周波真空誘導炉を1450℃まで加熱してメタルを溶融させた後、溶湯を水冷銅ロールに注ぎ、SC(ストリップキャスト)法により鋳造合金を鋳造した。この時、水冷銅ロールの周速度を1.0m/秒、溶湯の平均厚みを0.3mm程度とした。その後、鋳造合金を破砕して鋳造合金薄片を得た。
【0063】
次に、鋳造合金薄片に対して以下に示す水素解砕工程を行って鋳造合金薄片を解砕した。
具体的にはまず、鋳造合金薄片を直径5mm程度になるように粗粉砕し、室温の水素中に挿入して水素を吸蔵させた。続いて、水素を吸蔵させた鋳造合金薄片を300℃まで水素中で加熱する熱処理を行った。その後、鋳造合金薄片に対して表2に示す温度と雰囲気で1時間保持して脱水素工程を行った。
【0064】
次に、水素解砕された鋳造合金薄片に、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛0.025wt%を添加し、ジェットミル(ホソカワミクロン100AFG)により、0.6MPaの高圧窒素を用いて、水素解砕された鋳造合金薄片を平均粒度(d50)4.5μmに微粉砕してR−T−B系合金(粉末)を得た。
【0065】
次に、このようにして得られたR−T−B系合金粉末を、横磁場中成型機を用いて成型圧力0.8t/cm2でプレス成型して圧粉体とした。その後、得られた圧粉体を真空中で900〜1200℃の温度で焼結した。その後800℃と500℃の2段階の温度で熱処理して冷却することにより、実験例1〜実験例11のR−T−B系磁石を作製した。
また、比較例1〜6についても脱水素工程の条件以外は実施例1等を同様にして焼結磁石を作製した。また、比較例7は、水素解砕工程のうち脱水素工程を行わなかった以外は実施例1等と同様にして作製したものであり、比較例8は、水素解砕工程自体を行わなかった以外は実施例1等と同様にして作製したものである。
【0066】
そして、得られた実験例1〜実験例11のR−T−B系磁石、及び、比較例1〜8の焼結磁石をそれぞれの磁気特性をBHカーブトレーサー(東英工業TPM2−10)で測定した。その結果を表2に示す。
【表2】
【0067】
表2において「Hcj」とは保磁力であり、「Br」とは残留磁化であり、BHmax」とは最大エネルギー積であり、「Hk90/Hcj」とは角形性である。また、これらの磁気特性の値は、それぞれ5個のR−T−B系磁石の測定値の平均である。
【0068】
実施例1〜5は、Dy濃度がゼロの合金Aの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において300℃、400℃、500℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、真空中において400℃、500℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
実施例1〜5のいずれも、保磁力、角形性は良好な値を示した。
【0069】
一方、比較例1〜3は、合金Aの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において550℃、600℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、真空中において600℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
比較例1では、保磁力は実施例1〜5と同程度の値が得られているものの、角形性は実施例1〜5と比較して大きく低下していることがわかった。
比較例2では、保磁力及び角形性のいずれも著しく低下していることがわかった。
比較例3では、保磁力は実施例1〜5と同程度の値が得られているものの、角形性は実施例1〜5と比較して大きく低下していることがわかった。
【0070】
実施例6及び7は、Dy濃度がゼロの合金Bの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、真空中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
実施例6及び7は実施例1〜5に比べると、保磁力が低めであるが、角形性については同程度かそれ以上であり、特性全体として良好である。保磁力が低めである理由は主に、B/TREの値に起因していると考えられる。
【0071】
実施例8及び9は、Dy濃度が0.9原子%の合金Cの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、真空中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
実施例8及び9は実施例1〜5に比べると、保磁力も角形性も優れている。
【0072】
実施例10及び11は、Dy濃度が3.7原子%の合金Dの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、真空中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
実施例10及び11は、保磁力が実施例8及び9よりもさらに優れているが、角形性は実施例1〜5よりも低めである。
【0073】
比較例4及び5は、式1を満たさない合金Eの組成のR−T−B系合金を用いて、真空中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合、及び、アルゴン雰囲気中において500℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
比較例4及び5は、合金A〜DのR−T−B系合金を用いた場合で良好な保磁力が得られた条件で脱水素工程を行った場合であるが、この場合でも、十分な保磁力が得られなかった。
【0074】
比較例6は、式1を満たさない合金Eの組成のR−T−B系合金を用いて、アルゴン雰囲気中において600℃の温度で脱水素工程を行った場合である。
この場合も、十分な保磁力が得られなかった。
但し、式1を満たさない合金Eの組成のR−T−B系合金を用いた場合には、アルゴン雰囲気中で500℃の温度で脱水素工程を行った場合(比較例5)と、600℃の温度で脱水素工程を行った場合(比較例6)とで、保磁力や角形性に大きな差は見られなかった。
この点は、式1を満たす合金Aの組成のR−T−B系合金を用いた場合、アルゴン雰囲気中で500℃の温度で脱水素工程を行った場合(実施例3)と、600℃の温度で脱水素工程を行った場合(比較例2)とで、保磁力や角形性に大きな差が見られたのとは異なる。また、式1を満たす合金Aの組成のR−T−B系合金を用いた場合、真空中で500℃の温度で脱水素工程を行った場合(実施例5)と、600℃の温度で脱水素工程を行った場合(比較例3)とで、保磁力は差がほとんど見られなかったが、角形性に差が見られた。このように、本発明者が開発した式1を満たす組成のR−T−B系合金と、従来の式1を満たさない組成のR−T−B系合金とで特性変動の大きな差異を示すことは、本発明者が開発した組成のR−T−B系合金が従来のR−T−B系合金と全く異なる構成を有することに起因するものと考えられる。すなわち、本発明者が見出した脱水素工程の条件は、本発明者が開発した、低B濃度のR−T−B系合金に特有なものである。
【0075】
比較例7及び8は、水素吸蔵工程のみ行い、脱水素工程を行わなかった場合、及び、水素解砕工程を行わなかった場合である。
これらの場合は、保磁力が比較例4〜6の場合よりもさらに低く、角形性も低かった。
【0076】
図2は、角形性の原因を検討するために、実施例3及び比較例2で用いた合金について、昇温して放出される水素量を調べた結果を示すものである。すなわち、実施例3及び比較例2で用いた、水素解砕工程を実施した時点の合金について、合金から放出される水素量の温度依存性を調べたものである。
実施例3について、400℃〜500℃において放出される水素量が増加しているのは、水素化物が3価から2価に変化したことに対応するものと考えられる。その後、焼結温度に近づくと放出される水素量が増加するのは、通常の焼結磁石の製造の際と同様に、水素化物が分解してメタルになる際に発生するからと考えられる。
これに対して、比較例2では焼結温度に近づく前の700℃〜800℃において、放出される水素量のピークが見られる。かかるピークは実施例3には見られないものであり、実施例3とは異なる水素化物の存在を示唆するものと考えられる。この水素化物の存在が角形性を低下させる原因の一つである可能性がある。
【0077】
図3は、実施例3のR−T−B系磁石の反射電子像である。主相であるR2T14B相(黒色の部分)、Rリッチ相(白色の部分)、遷移金属リッチ相(灰色の部分)が見られる。
【0078】
図4は、実施例3、実施例5、及び、比較例2、比較例3について、Rリッチ相のGa濃度を調べた結果を示すものである。横軸は脱水素工程の温度を示し、縦軸はGa濃度(at%)を示す。
比較例2及び比較例3について、実施例3及び実施例5と比較すると、アルゴン雰囲気中及び真空中のいずれについても脱水素工程の温度が600℃の場合、Rリッチ相のGa濃度が高いことがわかった。この結果からは、Rリッチ相のGaが角形性を低下させる原因の一つである可能性がある。