(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
自動車部品には様々な加工様式があるため、要求される成形性は適用される部材により異なるが、その中でも延性および伸びフランジ性は成形性の重要な指標として位置付けられている。自動車部品には、延性および伸びフランジ性を高いレベルで兼備することが望まれている。また、残留オーステナイトを含有する鋼板も延性および伸びフランジ性を高いレベルで兼備することが望まれているが、製造工程において精緻な温度制御が必要であり、実際に製造すると板幅方向の材質ばらつきが大きいという難点を有する。
【0010】
特許文献1に開示された自動車用高強度鋼板は、フェライトおよび残留オーステナイトの微細化により延性および穴拡げ性が向上するとされているものの、得られる穴拡げ比は最大で1.5であり十分なプレス成形性を備えるとは言い難い。また、加工硬化指数を高めて耐衝突安全性を改善するために、主相を軟質なフェライト相とする必要があり、高い引張強度が得られない場合がある。
【0011】
特許文献2に開示された高強度鋼板は、第二相をナノサイズにまで微細化して結晶粒内に分散させるために、CuおよびNi等の高価な元素を多量に含有させたり、高温で長時間の溶体化処理を行ったりする必要があり、著しく製造コストが上昇する場合および生産性が低下する場合がある。
【0012】
特許文献3に開示された高張力熱延鋼板の製造方法では、数100℃/s以上の冷却速度での急速冷却を700℃近傍の温度まで続けるため、量産工程において板温を容易に制御できない場合がある。
【0013】
特許文献4に開示された高張力熱延鋼板は、高強度であり、かつ延性および伸びフランジ性が良好であるものの、板厚方向の組織不均一性を制御することが必要であり、量産工程では歩留まりが顕著に低下する場合があると推測される。
【0014】
特許文献5に開示された熱延鋼板は、巻取り温度を100℃以上400℃未満とし、残留オーステナイトが生成される温度域での滞留時間が十分に確保されない条件で製造されているため、強度および延性(TS−ELバランス)に優れない場合がある。
【0015】
本発明は、従来技術の上記課題に鑑みてなされたものであり、高い強度を有するとともに、優れた延性および伸びフランジ性を有する熱延鋼板を提供することを目的とする。更に好ましくは、本発明は、上記の諸特性を有した上で、板幅方向の材質ばらつきが小さい熱延鋼板を提供することを目的とする。
なお、本発明では、自動車部品等に適用される鋼板に要求される一般的な特性である低温靭性を満足した上で、上記の諸特性(強度、延性および伸びフランジ性)に優れた熱延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述の課題に鑑み、熱延鋼板の化学組成および金属組織と機械特性との関係について鋭意研究を重ねた結果、以下の知見(a)〜(g)を得て、本発明を完成した。
【0017】
(a)優れた引張最大強度(以下、強度または引張強さと記載する場合がある)を得るためには、金属組織は硬質であることが好ましく、優れた伸びフランジ性を得るためには金属組織は均質であることが好ましい。したがって、熱延鋼板に高い強度と優れた伸びフランジ性とを兼備させるためには、硬質かつ均質な組織であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトが適しており、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを主体とし、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの面積分率が少ない金属組織とすることが重要である。
【0018】
(b)しかし、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは延性に乏しい組織であるため、単にこれらを主体とする金属組織とするだけでは、優れた延性を確保することができない。
【0019】
(c)熱延鋼板に優れた延性も兼備させるためには、変態誘起塑性(TRIP)により延性を高めることができる適量の残留オーステナイトを含有させることが効果的である。
【0020】
(d)残留オーステナイトを室温で安定化させるためには、巻取中にベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトから拡散したCを、オーステナイト中に濃縮させることが効果的である。そのため、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの変態が停留した後に、特定の温度域での滞留時間を確保することが効果的である。ただし、この滞留時間が長時間になり過ぎるとオーステナイトが分解し、残留オーステナイト量は減少するため、適切な滞留時間とすることが重要である。
【0021】
(e)コイルを巻き取った際、板幅方向中央部と板幅方向の端面側の位置とでは冷却速度が大きく異なり、マルテンサイト変態の停留後の滞留時間に差が生じるため、残留オーステナイトの面積分率が変化して、板幅方向の材質ばらつきの原因となる。なお、板幅方向の材質ばらつきとは、板幅方向中央部における引張強さと延性とのバランス(TS×EL)と、板幅方向の端面側の位置(中央部から端面側に所定距離離れた位置)における引張強さと延性とのバランス(TS×EL)との差を意味する。
【0022】
(f)Nbを含有させることにより、マルテンサイト変態が停留してからオーステナイトの分解が始まるまでの時間(変態停留時間)が大幅に長時間化するため、コイルを巻き取った際の熱延鋼板の板幅方向中央部と熱延鋼板の板幅方向最端部との冷却速度をある範囲に制御すれば、板幅方向中央位置と板幅方向の端面側の位置とにおける材質ばらつきを低減することができる。
【0023】
(g)残留オーステナイトは、変態誘起塑性(TRIP)により延性を高めることができる反面、変態誘起塑性(TRIP)により硬質なマルテンサイトに変態して靭性を低下させる。母相もマルテンサイトの場合には自動車の足回り部品用鋼板に最低限必要な低温靭性を得ることができない。しかし、金属組織の平均結晶粒径を微細化し、また適量の鉄系炭化物を析出させてベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトとして母相中の固溶C量を低下させることで、低温靭性を確保することができる。
【0024】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は、以下の通りである。
【0025】
(1) 本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、
C:0.100〜0.250%、
Si:0.05〜3.00%、
Mn:1.00〜4.00%、
Nb:0.005〜0.050%、
sol.Al:0.001〜2.000%、
P:0.100%以下、
S:0.0300%以下、
N:0.1000%以下、
O:0.0100%以下、
Ti:0〜0.300%、
V:0〜0.500%、
Cu:0〜2.00%、
Cr:0〜2.00%、
Mo:0〜1.000%、
Ni:0〜2.00%、
B:0〜0.0100%、
Ca:0〜0.0200%、
Mg:0〜0.0200%、
REM:0〜0.1000%、
Bi:0〜0.020%、
Zr、Co、ZnおよびWのうち1種または2種以上:合計で0〜1.00%、ならびに
Sn:0〜0.050%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
圧延方向に平行な板幅断面で、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織が、面積%で、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを合計で77.0〜97.0%、フェライトを0〜5.0%、パーライトを0〜5.0%、残留オーステナイトを3.0%以上、マルテンサイトを0〜10.0%含有し、前記残留オーステナイトを除いた前記金属組織の平均結晶粒径が7.0μm以下であり、前記残留オーステナイト中のC濃度が0.5質量%以上であり、直径20nm以上の鉄系炭化物の個数密度が1.0×10
6個/mm
2以上であ
り、引張強さTS(MPa)×全伸びEL(%)が19000MPa・%以上であり、引張強さTS(MPa)×穴広げ率λ(%)が50000MPa・%以上であり、延性―脆性遷移温度(vTrs)が−50℃以下である。
(2) 上記(1)に記載の熱延鋼板は、前記圧延方向に平行な板幅断面で、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記一端側に600mmの位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイトを面積%でそれぞれγ、γ
D1、γ
D2、γ
W1およびγ
W2としたとき、γ/γ
D1、γ/γ
D2、γ/γ
W1およびγ/γ
W2がそれぞれ0.8以上、1.2未満であり、
前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記一端側に300mmの位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記一端側に600mmの位置、前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記他端側に300mmの位置および前記表面から前記板厚の1/4深さ且つ前記板幅方向中央位置から板幅方向の前記他端側に600mmの位置の前記金属組織における残留オーステナイト中のC濃度を質量%でそれぞれC
γC、C
γD1、C
γD2、C
γW1およびC
γW2としたとき、C
γC/C
γD1、C
γC/C
γD2、C
γC/C
γW1およびC
γC/C
γW2がそれぞれ0.8以上、1.2未満であってもよい。
(3) 上記(1)または(2)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.005〜0.300%、
V:0.005〜0.500%、
Cu:0.01〜2.00%、
Cr:0.01〜2.00%、
Mo:0.010〜1.000%、
Ni:0.02〜2.00%、
B:0.0001〜0.0100%、
Ca:0.0005〜0.0200%、
Mg:0.0005〜0.0200%、
REM:0.0005〜0.1000%、および
Bi:0.0005〜0.020%
からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る上記態様によれば、優れた強度、延性、伸びフランジ性および低温靭性を有する熱延鋼板を提供することができる。更に、本発明の好ましい態様によれば、上記の諸特性を有した上で、板幅方向の材質ばらつきが小さい熱延鋼板を提供することができる。
本発明の上記態様に係る熱延鋼板は、自動車部材、機械構造部材さらには建築部材に用いられる工業用素材として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本実施形態に係る熱延鋼板(以下、単に鋼板と記載する場合がある)の化学組成および金属組織について、以下により具体的に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
以下に記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」または「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。以下の説明において、鋼板の化学組成に関する%は特に指定しない限り質量%である。
【0028】
1.化学組成
本実施形態に係る熱延鋼板は、質量%で、C:0.100〜0.250%、Si:0.05〜3.00%、Mn:1.00〜4.00%、Nb:0.005〜0.050%、sol.Al:0.001〜2.000%、P:0.100%以下、S:0.0300%以下、N:0.1000%以下およびO:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。以下に各元素について詳細に説明する。
【0029】
(1−1)C:0.100〜0.250%
Cは、ベイナイトの生成を促進する作用と残留オーステナイトを安定化する作用とを有する。C含有量が0.100%未満では、所望のベイナイト面積分率および残留オーステナイト面積分率を得ることが困難となる。所望のベイナイト面積分率を得ることができないと、所望のベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト面積分率を得ることが困難となる場合がある。したがって、C含有量は0.100%以上とする。C含有量は、好ましくは0.120%以上、0.150%以上である。一方、C含有量が0.250%超では、パーライトが優先的に生成してベイナイトおよび残留オーステナイトの生成が不十分となり、所望のベイナイトの面積分率および残留オーステナイトの面積分率を得ることが困難となる。したがって、C含有量は0.250%以下とする。C含有量は好ましくは0.220%以下である。
【0030】
(1−2)Si:0.05〜3.00%
Siは、セメンタイトの析出を遅延させる作用を有する。この作用により、オーステナイトが未変態で残留する量、すなわち残留オーステナイトの面積分率を高めることができ、また固溶強化により鋼板の強度を高めることができる。また、Siは脱酸により鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する。Si含有量が0.05%未満では、上記作用による効果を得ることができない。したがって、Si含有量は0.05%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.50%以上、1.00%以上である。しかし、Si含有量が3.00%超では、鋼板の表面性状および化成処理性、さらには延性および溶接性が著しく劣化するとともに、A
3変態点が著しく上昇する。これにより、安定して熱間圧延を行うことが困難になる。したがって、Si含有量は3.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは2.70%以下、2.50%以下である。
【0031】
(1−3)Mn:1.00〜4.00%
Mnは、フェライト変態を抑制してベイナイトの生成を促進する作用を有する。Mn含有量が1.00%未満では、所望のベイナイトの面積分率を得ることができない。したがって、Mn含有量は1.00%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.50%以上であり、より好ましくは1.80%以上である。一方、Mn含有量が4.00%超では、ベイナイト変態の完了が遅延することで、オーステナイトへの炭素濃化が促進されず、残留オーステナイトの生成が不十分となり、所望の残留オーステナイトの面積分率を得ることが困難となる。更に、残留オーステナイト中のC濃度を高めることが困難となる。したがって、Mn含有量は4.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.70%以下、3.50%以下である。
【0032】
(1−4)Nb:0.005〜0.050%
本実施形態において、Nbは重要な元素である。Nbは通常、フェライトを炭化物により析出強化する目的および制御圧延によりオーステナイト粒径を微細化する目的で鋼中に含有させる。本発明者らはこれらの効果に加え、Nbは、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの変態停留からオーステナイトの分解が始まるまでの時間(変態停留時間)を大幅に長時間化する効果を有することを新たに見出した。変態停留時間が長時間化されることで、巻取処理後にオーステナイトがセメンタイトおよびマルテンサイトに分解し難くなり、熱延鋼板の板幅方向の冷却速度の違いが大きくても、残留オーステナイトの面積分率を一定に保つことができる。すなわち、コイルを巻き取った際、冷却速度が比較的遅い熱延鋼板の板幅方向中央部と、冷却速度が比較的速い熱延鋼板の板幅方向最端部とにおける平均冷却速度を所定の範囲に制御すれば、材質ばらつきが低減できる。
【0033】
Nbによる変態停留時間の長時間化のメカニズムは明らかではないが、残留オーステナイトが分解してフェライトが生成する際、Nb炭化物が析出し、フェライトの更なる成長を遅らせることが要因と考えられる。上記効果は、Nb含有量が0.005%以上で発現するため、Nb含有量は0.005%以上とする。Nb含有量は、好ましくは、0.010%以上、0.015%以上である。一方、Nb含有量が0.050%超では、変態停留時間の長時間化の効果が飽和すると共に、圧延中のオーステナイト再結晶が抑制され、ベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトと残留オーステナイトとが層状に生成するため、鋼板の伸びフランジ性が低下する。したがって、Nb含有量は0.050%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.040%以下、0.030%以下である。
【0034】
(1−5)sol.Al:0.001〜2.000%
Alは、Siと同様に、鋼を脱酸して鋼板を健全化する作用を有するとともに、オーステナイトからのセメンタイトの析出を抑制することで、残留オーステナイトの生成を促進する作用を有する。sol.Al含有量が0.001%未満では上記作用による効果を得ることができない。したがって、sol.Al含有量は、0.001%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.010%以上である。一方、sol.Al含有量が2.000%超では、上記効果が飽和するとともに経済的に好ましくないため、sol.Al含有量は2.000%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは1.500%以下、1.300%以下である。なお、sol.Alとは、soluble Alの略である。
【0035】
(1−6)P:0.100%以下
Pは、一般的に不純物として含有される元素であるが、固溶強化により強度を高める作用を有する元素でもある。したがって、Pを積極的に含有させてもよいが、Pは偏析し易い元素であり、P含有量が0.100%を超えると、粒界偏析に起因する成形性および靭性の低下が顕著となる。したがって、P含有量は、0.100%以下に制限する。P含有量は、好ましくは0.030%以下である。P含有量の下限は特に規定する必要はないが、精錬コストの観点から、0.001%とすることが好ましい。
【0036】
(1−7)S:0.0300%以下
Sは、不純物として含有される元素であり、鋼中に硫化物系介在物を形成して熱延鋼板の成形性を低下させる。S含有量が0.0300%を超えると、鋼板の成形性が著しく低下する。したがって、S含有量は0.0300%以下に制限する。S含有量は、好ましくは0.0050%以下である。S含有量の下限は特に規定する必要はないが、精錬コストの観点から、0.0001%とすることが好ましい。
【0037】
(1−8)N:0.1000%以下
Nは、不純物として鋼中に含有される元素であり、鋼板の成形性を低下させる作用を有する。N含有量が0.1000%超では、鋼板の成形性が著しく低下する。したがって、N含有量は0.1000%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0800%以下であり、さらに好ましくは0.0700%以下である。N含有量の下限は特に規定する必要はないが、後述するようにTiおよびVの1種または2種以上を含有させて金属組織の微細化を図る場合には、炭窒化物の析出を促進させるためにN含有量は0.0010%以上とすることが好ましく、0.0020%以上とすることがより好ましい。
【0038】
(1−9)O:0.0100%以下
Oは、鋼中に多く含まれると破壊の起点となる粗大な酸化物を形成し、脆性破壊や水素誘起割れを引き起こす。そのため、O含有量は0.0100%以下に制限する。O含有量は、0.0080%以下、0.0050%以下とすることが好ましい。溶鋼の脱酸時に微細な酸化物を多数分散させるために、O含有量は0.0005%以上、0.0010%以上としてもよい。
【0039】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物からなる。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る熱延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0040】
本実施形態に係る熱延鋼板は、上記元素に加え、Ti、V、Cu、Cr、Mo、Ni、B、Ca、Mg、REM、Bi、Zr、Co、Zn、WおよびSnを任意元素として含有してもよい。上記任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。以下、上記任意元素について詳細に説明する。
【0041】
(1−10)Ti:0.005〜0.300%およびV:0.005〜0.500%
TiおよびVは、いずれも、鋼中に炭化物または窒化物として析出し、ピン止め効果によって金属組織を微細化する作用を有するため、これらの元素を必要に応じて含有させてもよい。上記作用による効果をより確実に得るためには、Ti含有量を0.005%以上とするか、あるいはV含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかし、これらの元素を過剰に含有させても、上記作用による効果が飽和して経済的に好ましくない。したがって、Ti含有量は0.300%以下とし、V含有量は0.500%以下とする。
【0042】
(1−11)Cu:0.01〜2.00%、Cr:0.01〜2.00%、Mo:0.010〜1.000%、Ni:0.02〜2.00%およびB:0.0001〜0.0100%
Cu、Cr、Mo、NiおよびBは、いずれも、鋼板の焼入性を高める作用を有する。また、CrおよびNiは残留オーステナイトを安定化させる作用を有し、CuおよびMoは鋼中に炭化物を析出して強度を高める作用を有する。さらに、Niは、Cuを含有させる場合においては、Cuに起因するスラブの粒界割れを効果的に抑制する作用を有する。したがって、これらの元素を必要に応じて含有させてもよい。
【0043】
Cuは、鋼板の焼入れ性を高める作用および低温で鋼中に炭化物として析出して鋼板の強度を高める作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Cu含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがより好ましい。しかし、Cu含有量が2.00%超では、スラブの粒界割れが生じる場合がある。したがって、Cu含有量は2.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは1.50%以下、1.00%以下である。
【0044】
上述したようにCrは、鋼板の焼入性を高める作用および残留オーステナイトを安定化させる作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Cr含有量を0.01%以上、0.05%以上とすることが好ましい。しかし、Cr含有量が2.00%超では、鋼板の化成処理性が著しく低下する。したがって、Cr含有量は2.00%以下とする。
【0045】
上述したようにMoは、鋼板の焼入性を高める作用および鋼中に炭化物を析出して強度を高める作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Mo含有量を0.010%以上、0.020%以上とすることが好ましい。しかし、Mo含有量を1.000%超としても上記作用による効果は飽和して経済的に好ましくない。したがって、Mo含有量は1.000%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.500%以下、0.200%以下である。
【0046】
上述したようにNiは、鋼板の焼入性を高める作用を有する。またNiは、Cuを含有させる場合においては、Cuに起因するスラブの粒界割れを効果的に抑制する作用を有する。上記作用による効果をより確実に得るためには、Ni含有量を0.02%以上とすることが好ましい。Niは、高価な元素であるため、多量に含有させることは経済的に好ましくない。したがって、Ni含有量は2.00%以下とする。
【0047】
上述したようにBは、鋼板の焼入れ性を高める作用を有する。この作用による効果をより確実に得るためには、B含有量を0.0001%以上、0.0002%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が0.0100%超では、鋼板の成形性が著しく低下するため、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、0.0050%以下とすることが好ましい。
【0048】
(1−12)Ca:0.0005〜0.0200%、Mg:0.0005〜0.0200%、REM:0.0005〜0.1000%およびBi:0.0005〜0.020%
Ca、MgおよびREMは、いずれも、介在物の形状を好ましい形状に調整することにより、鋼板の成形性を高める作用を有する。また、Biは、凝固組織を微細化することにより、鋼板の成形性を高める作用を有する。したがって、これらの元素を必要に応じて含有させてもよい。上記作用による効果をより確実に得るためには、Ca、Mg、REMおよびBiのいずれか1種以上を0.0005%以上とすることが好ましい。しかし、Ca含有量またはMg含有量が0.0200%を超えると、あるいはREM含有量が0.1000%を超えると、鋼中に介在物が過剰に生成され、却って鋼板の成形性を低下させる場合がある。また、Bi含有量を0.020%超としても、上記作用による効果は飽和してしまい、経済的に好ましくない。したがって、Ca含有量、Mg含有量を0.0200%以下、REM含有量を0.1000%以下、並びにBi含有量を0.020%以下とする。Bi含有量は、好ましくは0.010%以下である。
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0049】
(1−13)Zr、Co、ZnおよびWのうち1種または2種以上:合計で0〜1.00%およびSn:0〜0.050%
Zr、Co、ZnおよびWについて、本発明者らは、これらの元素を合計で1.00%以下含有させても、本実施形態に係る熱延鋼板の効果は損なわれないことを確認している。そのため、Zr、Co、ZnおよびWのうち1種または2種以上を合計で1.00%以下含有させてもよい。
また、本発明者らは、Snを少量含有させても本実施形態に係る熱延鋼板の効果は損なわれないことを確認しているが、熱間圧延時に疵が発生する場合があるため、Sn含有量は0.050%以下とする。
【0050】
2.熱延鋼板の金属組織
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板では、圧延方向に平行な板幅断面において、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織が、面積分率(面積%)で、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを合計で77.0〜97.0%、フェライトを0〜5.0%、パーライトを0〜5.0%、残留オーステナイトを3.0%以上、マルテンサイトを0〜10.0%含有することで、980MPa以上の引張最大強度と高いプレス成形性(延性および伸びフランジ性)とを得る。なお、本実施形態において、圧延方向に平行な板幅断面の、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織を規定する理由は、この位置における金属組織が、鋼板の代表的な金属組織を示すからである。ここで、圧延方向に平行な板幅断面とは、圧延方向に平行であり、板厚方向に平行であり、かつ板幅方向に垂直な断面(所謂、L断面)を指す。
【0051】
(2−1)ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率:77.0〜97.0%
ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、本実施形態において最も重要な金属組織である。
ベイナイトはラス状の結晶粒の集合である。ベイナイトには、ラス間に炭化物を含む、ラスの集合体である上部ベイナイトと、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含む下部ベイナイトとがある。下部ベイナイトに析出する鉄系炭化物は、単一のバリアント、即ち、同一方向に伸張した鉄系炭化物群に属する。焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含む。焼き戻しマルテンサイト内の鉄系炭化物は、複数のバリアント、即ち、異なる方向に伸長した複数の鉄系炭化物群に属する。
【0052】
上述したように、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、硬質かつ均質な金属組織であり、鋼板に高い強度と優れた伸びフランジ性とを兼備させるのに適した金属組織である。ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率が77.0%未満では、高い強度と優れた伸びフランジ性とを鋼板に兼備させることができない。したがって、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は77.0%以上とする。ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は、好ましくは85.0%以上、より好ましくは90.0%以上である。本実施形態に係る熱延鋼板は残留オーステナイトを3.0%以上含むため、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計の面積分率は97.0%以下である。
【0053】
(2−2)フェライトの面積分率:0〜5.0%
フェライトは塊状の結晶粒であって、内部に、ラス等の下部組織を含まない金属組織である。軟質なフェライトの面積分率が5.0%を超えると、ボイドの発生起点となり易いフェライトとベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトとの界面、およびフェライトと残留オーステナイトとの界面が増加することで、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。したがって、フェライトの面積分率は5.0%以下とする。フェライトの面積分率は、好ましくは4.0%以下、3.0%以下、2.0%未満である。鋼板の伸びフランジ性を向上させるために、フェライトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0054】
(2−3)パーライトの面積分率:0〜5.0%
パーライトはフェライト同士の間にセメンタイトが層状に析出したラメラ状の金属組織であり、またベイナイトと比較すると軟質な金属組織である。パーライトの面積分率が5.0%を超えると、ボイドの発生起点となり易いパーライトとベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイトとの界面、およびパーライトと残留オーステナイトとの界面が増加することで、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。したがって、パーライトの面積分率は5.0%以下とする。パーライトの面積分率は、好ましくは4.0%以下、3.0%以下、2.0%以下である。鋼板の伸びフランジ性を向上させるために、パーライトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0055】
(2−4)マルテンサイトの面積分率:0〜10.0%
本実施形態において、マルテンサイトは直径5nm以上の炭化物がラス間とラス内に析出していない金属組織と定義する。マルテンサイトは非常に硬質な組織であり、鋼板の強度上昇に大きく寄与する。一方で、金属組織にマルテンサイトが含まれると、マルテンサイトと、母相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトとの界面がボイドの発生起点となり、特に鋼板の伸びフランジ性が低下する。さらに、マルテンサイトは硬質組織であるため、鋼板の低温靭性を劣化させる。そのため、マルテンサイトの面積分率は10.0%以下とする。好ましくは、8%以下、6%以下、3%以下である。本実施形態に係る熱延鋼板は、所定量のベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトを含むため、マルテンサイトを含まない場合であっても所望の強度を確保することができる。所望の伸びフランジ性を得るため、マルテンサイトの面積分率は可能な限り低減することが好ましく、その下限は0%とする。
【0056】
以上のような本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織を構成するベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトは、以下の方法によりこれらの金属組織の同定、存在位置の確認及び面積分率の測定を行う。
【0057】
まず、ナイタール試薬及び特開昭59−219473号公報に開示の試薬を用いて、圧延方向に平行な板幅断面を腐食する。板幅断面の腐食について、具体的には、100mlのエタノールに1〜5gのピクリン酸を溶解した溶液をA液とし、100mlの水に1〜25gのチオ硫酸ナトリウムおよび1〜5gのクエン酸を溶解した溶液をB液とし、A液とB液とを1:1の割合で混合して混合液とし、この混合液の全量に対して1.5〜4%の割合の硝酸を更に添加して混合した液を前処理液とする。また、2%ナイタール液に、2%ナイタール液の全量に対して10%の割合の上記前処理液を添加して混合した液を後処理液とする。圧延方向に平行な板幅断面を上記前処理液に3〜15秒浸漬し、アルコールで洗浄して乾燥した後、上記後処理液に3〜20秒浸漬した後、水洗し、乾燥することで、上記板幅断面を腐食する。なお、試薬についての%は全て体積%であり、割合は体積割合である。
【0058】
次に、鋼板表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置において、走査型電子顕微鏡を用いて倍率1000〜100000倍で、40μm×30μmの領域を少なくとも3領域観察することによって、上記金属組織の同定、存在位置の確認、及び、面積分率の測定を行う。なお、上述の測定方法により下部ベイナイトと焼き戻しマルテンサイトとを区別することは困難であるため、本実施形態では両者を区別する必要はない。すなわち、「ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト」の合計の面積分率は、「上部ベイナイト」および「下部ベイナイトまたは焼き戻しマルテンサイト」の面積分率を測定することで得る。なお、上述したように、上部ベイナイトは、ラスの集合体であり、ラス間に炭化物を含む組織であり、下部ベイナイトは、内部に長径5nm以上かつ同一方向に伸長した鉄系炭化物を含む組織であり、焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上かつ異なる方向に伸長した鉄系炭化物を含む組織である。
【0059】
(2−5)残留オーステナイトの面積分率:3.0%以上
残留オーステナイトは室温でも面心立方格子として存在する金属組織である。残留オーステナイトは、変態誘起塑性(TRIP)により鋼板の延性を高める作用を有する。残留オーステナイトの面積分率が3.0%未満では、上記作用による効果を得ることができず、鋼板の延性が劣化する。したがって、残留オーステナイトの面積分率は3.0%以上とする。残留オーステナイトの面積分率は、好ましくは5.0%以上、より好ましくは7.0%以上、さらに好ましくは8.0%以上である。残留オーステナイトの面積分率の上限は特に規定する必要はないが、本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成において確保し得る残留オーステナイトの面積分率は概ね20.0%であるため、残留オーステナイトの面積分率の上限を20.0%としてもよい。
【0060】
残留オーステナイトの面積分率の測定方法には、X線回折、EBSP(電子後方散乱回折像、Electron Back Scattering Diffraction Pattern)解析、磁気測定による方法などがあり、測定方法によって測定値が異なる場合がある。本実施形態では、残留オーステナイトの面積分率はX線回折により測定する。
本実施形態におけるX線回折による残留オーステナイト面積分率の測定では、まず、鋼板の板厚の1/4深さ位置における、圧延方向に平行な板幅断面において、Co−Kα線を用いて、α(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて算出することで残留オーステナイトの面積分率を得る。
【0061】
なお、本実施形態では、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの面積分率(残留オーステナイト以外の面積分率)と、残留オーステナイトの面積分率とを異なる測定方法で測定するため、上記2つの面積分率の合計が100.0%にならない場合がある。残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が100.0%にならない場合は、合計が100.0%になるように上記2つの面積分率を調整する。例えば、残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が101.0%である場合、両者の合計を100.0%とするために、測定により得られた残留オーステナイト以外の面積分率に100.0/101.0をかけた値を残留オーステナイト以外の面積分率と定義し、測定により得られた残留オーステナイトの面積分率に100.0/101.0をかけた値を残留オーステナイトの面積分率と定義する。
残留オーステナイト以外の面積分率と、残留オーステナイトの面積分率との合計が95.0%未満である場合、または105.0%超である場合は、再度、面積分率の測定を行う。
【0062】
(2−6)残留オーステナイトを除いた金属組織の平均結晶粒径:7.0μm以下
残留オーステナイトを除いた金属組織(主相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライト並びにマルテンサイト)の平均結晶粒径(以下、単に平均結晶粒径と記載する場合がある)が微細化されることで、鋼板の低温靭性が向上する。平均結晶粒径が7.0μmを超えると、自動車の足回り部品用鋼板に必要とされる低温靭性の指標であるvTrs≦―50℃を満たすことができなくなる。そのため、平均結晶粒径を7.0μm以下とする。なお、平均結晶粒径の下限を特に限定する必要はない。平均結晶粒径は小さいほど好ましいが、平均結晶粒径を1.0μm未満とすることは製造設備の観点から現実的に困難な場合があるため、平均結晶粒径は1.0μm以上としてもよい。
【0063】
本実施形態では、結晶粒をEBSP−OIM(Electron Back Scatter Diffraction Pattern−Orientation Image Microscopy)法を用いて定義する。EBSP−OIM法では、走査型電子顕微鏡(SEM)内で高傾斜した試料に電子線を照射し、後方散乱して形成された菊池パターンを高感度カメラで撮影し、撮影写真をコンピュータで画像処理する事により、照射点の結晶方位を短待間で測定することができる。EBSP−OIM法は、走査型電子顕微鏡とEBSP解析装置とを組み合わせた装置及びAMETEK社製のOIM Analysis(登録商標)を用いて行う。EBSP−OIM法では、試料表面の微細構造並びに結晶方位を定量的に解析できる。また、EBSP−OIM法の分析可能エリアは、SEMで観察できる領域である。SEMの分解能にもよるが、EBSP−OIM法によれば、最小20nmの分解能で分析できる。一般的に結晶粒界として認識されている大角粒界の閾値は15°であるため、本実施形態においては、隣接する結晶粒の方位差が15°以上のものを一つの結晶粒と定義してマッピングした画像により結晶粒を可視化し、OIM Analysisで計算される面積平均の平均結晶粒径を求める。
【0064】
圧延方向に平行な板幅断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織の平均結晶粒径の測定に当たっては、1200倍の倍率、40μm×30μmの領域で、少なくとも10視野における結晶粒の有効粒径粒径を測定し、有効結晶粒径の平均を平均結晶粒径とする。本測定方法では、主相以外の組織については面積分率が小さいため、影響が少ないと判断し、主相であるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの平均結晶粒径と、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの平均結晶粒径とを区別しない。すなわち、上述の測定方法により測定される平均結晶粒径は、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトの平均結晶粒径である。なお、パーライトの有効結晶粒径の測定においては、パーライトブロックの有効結晶粒径ではなく、パーライト中のフェライトの有効結晶粒径を測定する。
【0065】
(2−7)残留オーステナイト中のC濃度:0.5質量%以上
残留オーステナイト中のC濃度(炭素濃度)を0.5質量%以上とすることにより、残留オーステナイトが適度に安定化し、変形後期の高歪域において変態誘起塑性(TRIP)が多く生じるようになるため、鋼板の延性および伸びフランジ性を向上することができる。したがって、残留オーステナイト中のC濃度は0.5質量%以上とする。残留オーステナイト中のC濃度は、より好ましくは0.7質量%以上である。また、残留オーステナイト中のC濃度を2.0質量%以下とすることにより、残留オーステナイトの過度な安定化を抑制し、変態誘起塑性(TRIP)をより確実に発現させることができる。したがって、残留オーステナイト中のC濃度は2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0066】
残留オーステナイト中のC濃度は、X線回折により求める。具体的には、圧延方向に平行な板幅断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織において、Cu−Kα線によるX線解析を行い、残留オーステナイトの(200)面、(220)面および(311)面の反射角から格子定数a(単位はオングストローム)を求め、次の式(1)に従い残留オーステナイト中のC濃度(Cγ)を算出する。
【0067】
Cγ=(a−3.572)/0.033・・・(1)
【0068】
(2−8)直径20nm以上の鉄系炭化物の個数密度:1.0×10
6個/mm
2以上
鋼中に直径20nm以上の鉄系炭化物を1.0×10
6個/mm
2以上含有させる理由は、母相の低温靭性を高め、優れた強度と低温靭性とのバランスを得るためである。
鋼板の母相が焼き入れたままのマルテンサイトである場合には、強度は優れるものの低温靭性に乏しいため、低温靭性の改善が望まれる。そこで、所定数以上の鉄系炭化物を鋼中に析出させることで、主相の低温靭性を改善し、自動車の足回り部品用鋼板に求められる低温靭性(vTrs≦―50℃)を達成する。なお、本実施形態における鉄系炭化物とは、長軸の長さが1μm未満のものをいう。すなわち、長軸の長さが1μm以上であるパーライト中のセメンタイトやベイナイトラス間に析出した粗大炭化物は、鉄系炭化物に含めない。
【0069】
本発明者らが熱延鋼板の低温靭性と鉄系炭化物の個数密度との関係を調査したところ、鉄系炭化物の個数密度を1.0×10
6個/mm
2以上とすることで、優れた低温靭性が得られることが明らかとなった。そのため、本実施形態では、圧延方向に平行な板幅断面における、鋼板表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置における金属組織において、鉄系炭化物の個数密度を1.0×10
6個/mm
2以上とする。鉄系炭化物の個数密度は、好ましくは5.0×10
6個/mm
2以上であり、より好ましくは1.0×10
7個/mm
2以上である。鉄系炭化物の個数密度は、1.0×10
10個/mm
2以下としてもよい。鉄系炭化物の個数密度が1.0×10
10個/mm
2を超えると残留オーステナイト中への炭素濃化が起こらず、残留オーステナイト中の炭素濃度が低下する場合があるためである。
また、本実施形態に係る熱延鋼板に析出する鉄系炭化物のサイズは、300nm以下と小さく、ほとんどがマルテンサイト及びベイナイトのラス内に析出することから、鋼板の低温靭性を劣化させないものと推定される。
【0070】
鉄系炭化物の個数密度の測定は、圧延方向に平行な板幅断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、鋼板表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置を中心とする板厚1/8〜3/8の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察することで行う。倍率20000倍で10視野以上で観察を行い、鉄系炭化物の個数密度を測定し、その平均を算出することで鉄系炭化物の個数密度を得る。
【0071】
(2−9)γ/γ
D1、γ/γ
D2、γ/γ
W1およびγ/γ
W2:0.8以上、1.2未満、並びにC
γC/C
γD1、C
γC/C
γD2、C
γC/C
γW1およびC
γC/C
γW2:0.8以上、1.2未満
圧延方向に平行な板幅断面で、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイトの面積分率をそれぞれγ、γ
D1、γ
D2、γ
W1およびγ
W2としたとき、γ/γ
D1、γ/γ
D2、γ/γ
W1およびγ/γ
W2がそれぞれ0.8以上、1.2未満であり、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイト中のC濃度を質量%でそれぞれC
γC、C
γD1、C
γD2、C
γW1およびC
γW2としたとき、C
γC/C
γD1、C
γC/C
γD2、C
γC/C
γW1およびC
γC/C
γW2がそれぞれ0.8以上、1.2未満である場合、板幅方向中央位置と板幅方向端面側の位置とにおける材質ばらつきをより低減することができる。γ/γ
D1、γ/γ
D2、γ/γ
W1およびγ/γ
W2の値が上述の条件を満たさない場合には、変態誘起塑性(TRIP)現象の発生頻度が板幅方向によって異なるため、強度と延性の積のばらつきが大きく、歩留まり低下の原因となる場合がある。さらに、C
γC/C
γD1、C
γC/C
γD2、C
γC/C
γW1およびC
γC/C
γW2の値が上述の条件を満たさない場合には、残留オーステナイトの安定度が板幅方向によって異なるため、強度と延性の積のばらつきが大きく、歩留まり低下の原因となる場合がある。なお、本実施形態において板幅方向の他端側とは、板幅方向の一端側の逆側を指す。
【0072】
圧延方向に平行な板幅断面における、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイトの面積分率(γ、γ
D1、γ
D2、γ
W1およびγ
W2)、並びに上記それぞれの位置の金属組織における残留オーステナイト中の質量%でのC濃度(C
γC、C
γD1、C
γD2、C
γW1およびC
γW2)は、それぞれの位置において、上述した残留オーステナイトの面積分率の測定方法および残留オーステナイト中のC濃度の測定方法により測定する。
【0073】
3.板厚
本実施形態に係る熱延鋼板の板厚は特に限定されないが、1.2〜8.0mmとしてもよい。熱延鋼板の板厚が1.2mm未満では、圧延完了温度の確保が困難になるとともに圧延荷重が過大となって、熱間圧延が困難となる場合がある。したがって、本発明に係る熱延鋼板の板厚は1.2mm以上としてもよい。好ましくは1.4mm以上である。一方、板厚が8.0mm超では、金属組織の微細化が困難となり、上述した金属組織を確保することが困難となる場合がある。したがって、板厚は8.0mm以下としてもよい。好ましくは6.0mm以下である。
【0074】
4.その他
(4−1)めっき層
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に耐食性の向上等を目的としてめっき層を備えさせて表面処理鋼板としてもよい。めっき層は電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn−Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn−Al合金めっき、溶融Zn−Al−Mg合金めっき、溶融Zn−Al−Mg−Si合金めっき等が例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様としてよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布と乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【0075】
5.製造条件
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板の好適な製造方法は、以下の通りである。
【0076】
本実施形態に係る熱延鋼板を得るためには、所定の条件で熱間圧延を行った後に所定の温度域まで冷却し、巻き取った後で熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の冷却履歴を制御することが重要である。
【0077】
本実施形態に係る熱延鋼板の好適な製造方法では、以下の工程(1)〜(7)を順次行う。なお、本実施形態におけるスラブの温度および鋼板の温度は、スラブの表面温度および鋼板の表面温度のことをいう。
(1)下記式(2)により表される温度T1(℃)以上にスラブを加熱する。
(2)850〜1100℃の温度域で合計90%以上の板厚減となるような熱間圧延を行う。
(3)下記式(3)により表される温度T2(℃)以上で熱間圧延を完了する。
(4)熱間圧延完了後1.5秒以内に冷却を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度で下記式(4)により表される温度T3(℃)以下まで冷却する。
(5)冷却の冷却停止温度から巻取り温度までを10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する。
(6)下記式(5)により表される温度T4(℃)に対し、(T4−100)℃〜(T4+50)℃で巻き取る。
(7)巻取り後の冷却において、熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の所定の温度域で、滞留時間の下限が条件I(450℃以上で80秒以上、400℃以上で200秒以上および350℃以上で1000秒以上のいずれか一つ以上)を満足し、滞留時間の上限が条件II(450℃以上で2000秒以内かつ400℃以上で8000秒以内かつ350℃以上で30000秒以内の全て)を満足するように冷却する。
【0078】
T1(℃)=−273.15+6770/(2.25−log([Nb]×[C]))…(2)
T2(℃)=868−396×[C]−68.1×[Mn]+24.6×[Si]−36.1×[Ni]−24.8×[Cr]−20.7×[Cu]+250×[Al]…(3)
T3(℃)=770−270×[C]−90×[Mn]−37×[Ni]−70×[Cr]−83×[Mo]…(4)
T4(℃)=591−474×[C]−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo]…(5)
ただし、各式中の[元素記号]は各元素の鋼中の含有量(質量%)を示し、当該元素を含有しない場合は0を代入する。また、上記式(2)中のlogは底が10の常用対数を示す。
【0079】
(5−1)スラブ、熱間圧延に供する際のスラブ温度、熱間圧延の態様
熱間圧延に供するスラブは、連続鋳造により得られたスラブや鋳造・分塊により得られたスラブなどを用いることができ、必要によってはそれらに熱間加工または冷間加工を加えたものを用いることができる。
【0080】
熱間圧延に供するスラブの温度は、鋳造時に析出したNbCを溶体化できる温度とすればよく、上述の式(2)により表されるT1(℃)以上とする。スケールロスを抑制する観点からは、スラブ加熱温度は1350℃以下とすることが好ましい。なお、熱間圧延に供するスラブが連続鋳造により得られたスラブや分塊圧延により得られたスラブであって高温状態(T1(℃)以上)にある場合には、加熱せずにそのまま熱間圧延に供してもよい。
【0081】
熱間圧延は、多パス圧延としてレバースミルまたはタンデムミルを用いることが好ましい。特に工業的生産性の観点から、少なくとも最終の数段はタンデムミルを用いた熱間圧延とすることがより好ましい。
【0082】
(5−2)熱間圧延の圧下率:850〜1100℃の温度域で合計90%以上の板厚減
850〜1100℃の温度域で合計90%以上の板厚減となるような熱間圧延を行うことにより、主に再結晶オーステナイト粒の微細化が図られるとともに、未再結晶オーステナイト粒内へのひずみエネルギーの蓄積が促進され、主相となるベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの平均結晶粒径が微細化する。したがって、850〜1100℃の温度域で合計90%以上の板厚減となるような熱間圧延を行う。なお、850〜1100℃の温度域の板厚減とは、この温度域の圧延における最初のパス前の入口板厚t
0とし、この温度域の圧延における最終パス後の出口板厚をt
1としたとき、(t
0−t
1)/t
0×100(%)で表すことができる。
【0083】
(5−3)熱間圧延完了温度:T2(℃)以上
熱間圧延の完了温度はT2(℃)以上とする。熱間圧延の完了温度をT2(℃)以上とすることで、オーステナイト中のフェライト核生成サイト数の過剰な増大を抑制することができ、最終組織(製造後の熱延鋼板の金属組織)におけるフェライトの面積分率を5.0%以下に抑えることができる。
【0084】
(5−4)熱間圧延完了後の冷却:1.5秒以内に冷却を開始して、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却
熱間圧延により細粒化したオーステナイト結晶粒の成長を抑制するため、熱間圧延完了後1.5秒以内に、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却を行う。
熱間圧延完了後1.5秒以内に、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却を行うことで、フェライトおよびパーライトの生成を抑制し、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積分率を高めることができる。これにより、金属組織中の均一性が向上し、鋼板の強度および伸びフランジ性が向上する。なお、ここでいう平均冷却速度とは、冷却開始時(冷却設備への鋼板の導入時)から冷却完了時(冷却設備から鋼板の導出時)までの鋼板の温度降下幅を、冷却開始時から冷却完了時までの所要時間で除した値のことをいう。熱間圧延完了後の冷却において、冷却開始までの時間が1.5秒超であったり、平均冷却速度が50℃/秒未満であったり、冷却停止温度がT3(℃)超であったりすると、鋼板内部でのフェライト変態および/またはパーライト変態が顕著となり、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織を得ることが困難となる。したがって、熱間圧延完了後1.5秒以内に、50℃/秒以上の平均冷却速度でT3(℃)以下まで冷却を行う。冷却速度の上限値は特に規定しないが、冷却速度を速くすると冷却設備が大掛かりとなり、設備コストが高くなる。このため、設備コストを考えると、300℃/秒以下が好ましい。また、冷却停止温度は(T4−100)℃以上とするとよい。
【0085】
(5−5)冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度:10℃/秒以上
パーライトの面積分率を5.0%以下に抑えるために、冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度を10℃/秒以上とする。これによりベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積分率が増大し、鋼板の強度および伸びフランジ性のバランスを高めることができる。なお、ここでいう平均冷却速度とは、冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの鋼板の温度降下幅を、冷却の停止時から巻取りまでの所要時間で除した値のことをいう。上記平均冷却速度が10℃/秒未満では、パーライトの面積分率が増大し、強度が低下するとともに延性が低下する。したがって、冷却の冷却停止温度から巻取り温度までの平均冷却速度は10℃/秒以上とする。冷却速度の上限値は特に規定しないが、冷却速度を速くすると冷却設備が大掛かりとなり、設備コストが高くなる。このため、設備コストを考えると、300℃/秒以下が好ましい。
【0086】
(5−6)巻取り温度:(T4−100)℃〜(T4+50)℃
巻取り温度は(T4−100)℃〜(T4+50)℃とする。巻取り温度を(T4−100)℃未満とするとベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトからオーステナイト中への炭素の拡散が進まず、オーステナイトが安定化しないため、面積分率で3.0%以上の残留オーステナイトを得ることが困難となり、鋼板の延性が低下する。加えて鉄系炭化物の個数密度も低下することから、鋼板の低温靭性も劣化する。また、巻取り温度が(T4+50)℃超の場合、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトから拡散された炭素が、鉄系炭化物として鋼中に過剰に析出してしまうため、オーステナイト中に炭素が十分濃化せず、残留オーステナイト中のC濃度を0.5質量%以上にすることが困難となる。したがって、巻取り温度は(T4−100)℃〜(T4+50)℃とする。
【0087】
(5−7)巻取り後の冷却:熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の所定の温度域で、滞留時間の下限が下記条件Iを満足し、滞留時間の上限が下記条件IIを満足するように冷却する。
条件I:450℃以上で80秒以上、400℃以上で200秒以上および350℃以上で1000秒以上のいずれか一つ以上
条件II:450℃以上で2000秒以内かつ400℃以上で8000秒以内かつ350℃以上で30000秒以内の全て
巻取り後の冷却において、熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の所定の温度域における滞留時間の下限が条件Iを満足するように冷却することで、すなわち450℃以上で80秒以上、400℃以上で200秒以上および350℃以上で1000秒以上のいずれか一つ以上を満たす滞留時間を確保することで、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトからオーステナイトへの炭素の拡散を促進し、残留オーステナイトの面積分率を高め、かつ残留オーステナイトの分解を抑制し易くなる。なお、本実施形態において熱延鋼板の板幅方向最端部の温度は接触式または非接触式温度計で測定する。熱延鋼板の板幅方向中央部の温度は熱電対により測定するか、伝熱解析により計算する。滞留時間の下限が条件1を満足しないと、すなわち450℃以上で80秒以上、400℃以上で200秒以上および350℃以上で1000秒以上の全てを満足しない滞留時間であると、ベイナイトおよび焼き戻しマルテンサイトからオーステナイト中への炭素の拡散が十分に行われず、残留オーステナイトの面積分率を3.0%以上、更に残留オーステナイト中のC濃度を0.5質量%以上にすることが困難になり、鋼板の延性が低下する。
【0088】
一方、巻取り後の冷却において、熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の所定の温度域における滞留時間の上限が条件IIを満足しないと、すなわち滞留時間が450℃以上で2000秒超、400℃以上で8000秒超、あるいは350℃以上で30000秒超のいずれか一つにでも該当すると、オーステナイトが鉄系炭化物と焼き戻しマルテンサイトとに分解してしまい、鋼板の延性が低下する。そのため、滞留時間の上限が条件IIを満足するように、すなわち450℃以上で2000秒以内かつ400℃以上で8000秒以内かつ350℃以上で30000秒以内の全てを満足するように冷却する。以上より、巻取り後の冷却は、熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の所定の温度域で、滞留時間の下限が条件I(450℃以上で80秒以上、400℃以上で200秒以上および350℃以上で1000秒以上のいずれか一つ以上)を満足し、滞留時間の上限が条件II(450℃以上で2000秒以内かつ400℃以上で8000秒以内かつ350℃以上で30000秒以内の全て)を満足するように冷却する。巻取り後の熱延鋼板の板幅方向最端部および熱延鋼板の板幅方向中央部の冷却は、保温カバーやエッジマスク、ミスト冷却等によって制御するとよい。
【実施例】
【0089】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0090】
表1および表2の鋼No.A〜Zに示す化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造により厚みが240〜300mmのスラブを製造した。得られたスラブを用いて、表3〜6に示す製造条件により、熱延鋼板を得た。
なお、製造No.35は、巻取り後、表6に記載の冷延率で冷間圧延を施し、表6に記載の焼鈍保持温度および焼鈍保持時間で焼鈍を行った。更にその後、表6に記載の1次冷却速度で冷却停止温度まで冷却した後、表6に記載の冷却後保持時間で保持した。表5において、製造No.35については、熱間圧延して巻き取った後且つ表6の焼鈍を行う前の滞留時間を記載している。
また、製造No.36および37は、熱間圧延後の冷却において、表4に示す滞留温度で一旦冷却を停止して、その滞留温度で表4に示す滞留時間だけ滞留させた後、再度冷却した。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【0093】
【表3】
【0094】
【表4】
【0095】
【表5】
【0096】
【表6】
【0097】
得られた製造No.1〜37の熱延鋼板に対し、上述の方法により金属組織の観察を行い、各相の面積分率、平均結晶粒径および鉄系炭化物の個数密度を求めた。また、製造No.1〜37の熱延鋼板に対し、上述の方法によりX線回折を行い、残留オーステナイト中のC濃度を求めた。得られた測定結果を表7〜表9に示す。
【0098】
なお、表8のγ、γ
D1、γ
D2、γ
W1およびγ
W2は、圧延方向に平行な板幅断面で、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイトの面積分率である。
また、表9のC
γC、C
γD1、C
γD2、C
γW1およびC
γW2は、圧延方向に平行な板幅断面で、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置、表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置および表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置の金属組織における残留オーステナイト中の質量%でのC濃度である。
【0099】
【表7】
【0100】
【表8】
【0101】
【表9】
【0102】
熱延鋼板の特性の評価方法
(1)引張強度特性
熱延鋼板の機械的性質のうち引張強度特性(引張強さ、全伸び)は、JIS Z 2241:2011に準拠して評価した。試験片はJIS Z 2241:2011の5号試験片とした。引張試験片の採取位置は、板幅方向中央位置、板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置(表10の位置A)、板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置(表10の位置B)、板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置(表10の位置C)および板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置(表10の位置D)とし、圧延方向に垂直な方向を長手方向とした。
【0103】
板幅方向中央位置において、(引張強さTS(MPa))×(全伸びEL(%))≧19000を満たした場合、強度および延性に優れた熱延鋼板であるとして合格と判定した。また、板幅方向中央位置、板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に300mmの位置(表10の位置A)、板幅方向中央位置から板幅方向の一端側に600mmの位置(表10の位置B)、板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に300mmの位置(表10の位置C)および板幅方向中央位置から板幅方向の他端側に600mmの位置(表10の位置D)の(引張強さTS(MPa))×(全伸びEL(%))をそれぞれ、(TS×EL)
C、(TS×EL)
D1、(TS×EL)
D2、(TS×EL)
W1、(TS×EL)
W2としたとき、0.80≦{(TS×EL)
C/(TS×EL)
D1}≦1.20、0.80≦{(TS×EL)
C/(TS×EL)
D2}≦1.20、0.80≦{(TS×EL)
C/(TS×EL)
W1}≦1.20、0.80≦{(TS×EL)
C/(TS×EL)
W2}≦1.20を満たした場合、板幅方向のばらつきが小さい熱延鋼板であるとして合格と判定した。
【0104】
(2)穴広げ率
熱延鋼板の穴広げ率は、日本鉄鋼連盟規格JFS T 1001−1996に記載の試験方法に準拠した穴広げ試験により評価した。試験片は引張試験片採取位置と同様の位置から採取し、円筒パンチで打ち抜き穴を設けた。(引張強さTS(MPa))×(穴広げ率λ(%))≧50000を満たした場合、強度および伸びフランジ性に優れた熱延鋼板であるとして合格と判定した。
【0105】
(3)低温靱性
熱延鋼板の低温靱性はシャルピー試験で測定した。シャルピー試験はJIS Z 2242:2005に準拠して実施し、破面遷移温度を測定した。本実施例で製造した熱延鋼板は板厚が10.0mm未満であったため、板厚が2.5mm以上のものは熱延鋼板の表裏を研削して2.5mmに、板厚が2.5mm未満のものは熱延鋼板の表裏を研削して1.25mmとした後、シャルピー試験を実施した。延性―脆性遷移温度(vTrs)が−50℃以下であった場合、低温靭性に優れる熱延鋼板であるとして合格と判定した。
得られた測定結果を表10および11に示す。
【0106】
【表10】
【0107】
【表11】
【0108】
表10および11から分かるように、本発明例である製造No.1、2および14〜26では、優れた強度、延性、伸びフランジ性および低温靭性を有し、且つ板幅方向の材質ばらつきが小さい熱延鋼板が得られた。
一方、化学組成、金属組織、残留オーステナイト中のC濃度、残留オーステナイトを除いた金属組織の平均結晶粒径および/または直径20nm以上の鉄系炭化物の個数密度が本発明で規定する範囲内でない製造No.3〜13および27〜37は、特性(引張強さTS、全伸びEL、穴広げ率γ、低温靭性(vTrs)、板幅方向の材質ばらつき)のうちいずれか一つ以上が劣った。