特許第6773254号(P6773254)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6773254
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】鉄道車輪
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201012BHJP
   C22C 38/26 20060101ALI20201012BHJP
   C21D 9/34 20060101ALI20201012BHJP
   B60B 17/00 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/26
   C21D9/34
   B60B17/00 B
【請求項の数】3
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2020-518739(P2020-518739)
(86)(22)【出願日】2019年9月27日
(86)【国際出願番号】JP2019038387
(87)【国際公開番号】WO2020067520
(87)【国際公開日】20200402
【審査請求日】2020年3月31日
(31)【優先権主張番号】特願2018-183040(P2018-183040)
(32)【優先日】2018年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】前島 健人
(72)【発明者】
【氏名】久保田 学
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−315928(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/161548(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/190088(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第106521315(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第106521343(CN,A)
【文献】 国際公開第2018/181862(WO,A1)
【文献】 国際公開第2018/181861(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/00 − 8/12
C21D 9/00 − 9/70
B60B 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車輪であって、
リム部と、
ボス部と、
前記リム部と前記ボス部との間に配置され、前記リム部と前記ボス部とにつながる板部とを備え、
前記鉄道車輪の化学組成は、質量%で、
C:0.80〜1.15%、
Si:0.45%以下、
Mn:0.10〜0.85%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Al:0.200〜1.500%、
N:0.0200%以下、
Nb:0.005〜0.050%、
Cr:0〜0.25%、
V:0〜0.12%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のミクロ組織におけるパーライトの面積率が95.0%以上であり、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のうち、少なくとも前記リム部及び前記板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量が2.00本/100μm以下である、
鉄道車輪。
初析セメンタイト量(本/100μm)=200μm×200μmの正方形視野の2本の対角線と交差する初析セメンタイトの本数の総和/(5.66×100μm)×100 (1)
【請求項2】
請求項1に記載の鉄道車輪であって、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量が2.00本/100μm以下である、
鉄道車輪。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の鉄道車輪であって、
前記化学組成は、
Cr:0.02〜0.25%、及び、
V:0.02〜0.12%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鉄道車輪。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鉄道車輪に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両は、線路を構成するレール上を走行する。鉄道車両は、複数の鉄道車輪を備える。鉄道車輪は、車両を支持し、レールと接触して、レール上を回転しながら移動する。鉄道車輪は、レールとの接触により摩耗する。最近、鉄道輸送の高効率化を目的として、鉄道車両への積載重量の増加、及び、鉄道車両の高速化が進められている。その結果、鉄道車輪の耐摩耗性の向上が求められている。
【0003】
鉄道車輪の耐摩耗性を高める技術が、特開平9−202937号公報(特許文献1)、特開2012−107295号公報(特許文献2)、特開2013−231212号公報(特許文献3)、特開2004−315928号公報(特許文献4)に提案されている。
【0004】
特許文献1に開示された鉄道車輪は、質量%で、C:0.4〜0.75%、Si:0.4〜0.95%、Mn:0.6〜1.2%、Cr:0〜0.2%未満、P:0.03%未満、S:0.03%以下を含有し、残部がFe及びその他不可避の不純物からなる。この鉄道車輪において、車輪踏面部の表面から少なくとも深さ50mmまでの領域が、パーライト組織からなる。特許文献1の鉄道車輪の製造方法は、車輪踏面部の冷却曲線が、連続冷却変態曲線図におけるパーライト生成領域を通り、かつ、マルテンサイト変態曲線より長時間側にある条件で、車輪踏面部を冷却する焼入れ工程を含む。
【0005】
特許文献2に開示された車輪用鋼は、質量%で、C:0.65〜0.84%、Si:0.02〜1.00%、Mn:0.50〜1.90%、Cr:0.02〜0.50%、V:0.02〜0.20%、S≦0.04%、P≦0.05%、Cu≦0.20%、Ni≦0.20%を含有し、残部がFeと不純物からなる化学組成を有する。この化学組成はさらに、次の関係式を満たす。〔34≦2.7+29.5×C+2.9×Si+6.9×Mn+10.8×Cr+30.3×Mo+44.3×V≦43〕かつ〔0.76×exp(0.05×C)×exp(1.35×Si)×exp(0.38×Mn)×exp(0.77×Cr)×exp(3.0×Mo)×exp(4.6×V)≦25〕。この車輪用鋼は、上記化学組成及び上記式を満たすことにより、耐摩耗性、耐転動疲労特性、耐スポークリング性に優れる、と特許文献2には記載されている。
【0006】
特許文献3に開示された車輪用鋼は、質量%で、C:0.65〜0.84%、Si:0.4〜1.0%、Mn:0.50〜1.40%、Cr:0.02〜0.13%、S:0.04%以下、V:0.02〜0.12%を含有し、式(1)で定義されるFn1が32〜43で、かつ、式(2)で表されるFn2が25以下であり、残部がFe及び不純物からなる。ここで、式(1)は、Fn1=2.7+29.5C+2.9Si+6.9Mn+10.8Cr+30.3Mo+44.3Vであり、式(2)は、Fn2=exp(0.76)×exp(0.05C)×exp(1.35Si)×exp(0.38Mn)×exp(0.77Cr)×exp(3.0Mo)×exp(4.6V)である。この車輪用鋼は、上記化学組成を有し、Fn1及びFn2が上記範囲を満たすことにより、耐摩耗性、耐転動疲労特性、耐スポークリング性に優れる、と特許文献3には記載されている。
【0007】
特許文献4に開示された鉄道車輪は、質量%で、C:0.85〜1.20%、Si:0.10〜2.00%、Mn:0.05〜2.00%、必要に応じてさらにCr、Mo、V、Nb、B、Co、Cu、Ni、Ti、Mg、Ca、Al、Zr、及びNの1種又は2種以上を所定量含有し、残部がFe及びその他不可避的不純物からなる化学成分を含有する鋼で構成された一体型の鉄道車輪であって、鉄道車輪の踏面及び/又はフランジ面の少なくとも一部がパーライト組織である。特許文献4では、鉄道車輪の寿命は、踏面及びフランジ面の摩耗量に依存し(特許文献4の段落[0002])、さらに、高速鉄道においてブレーキを掛けたときの発熱量の増大にともない発生する踏面及びフランジ面での亀裂に依存すると記載されている。そして、鉄道車輪が上記構成を有することにより、踏面及びフランジ面の耐摩耗性及び熱亀裂を抑制できる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−202937号公報
【特許文献2】特開2012−107295号公報
【特許文献3】特開2013−231212号公報
【特許文献4】特開2004−315928号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】F.Wever et al.、Zur Frage der Warmebehandlung der Stahle auf Grund ihrer Zeit−Temperatur−Umwandlungs−Schaubilder、Stahl u Eisen、74(1954)、p749〜761
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に提案されている鉄道車輪は、適度の焼入れ性と、パーライト組織が得られる性質とを得るために、Cr含有量を低く抑え、かつ、適量のSiを含有する。しかしながら、特許文献1に記載の鉄道車輪のC含有量は0.4〜0.75%であり、この鉄道車輪はいわゆる亜共析鋼からなる。そのため、耐摩耗性の向上に限界がある。
【0011】
特許文献2及び特許文献3に提案されている車輪用鋼では、C含有量が0.65〜0.84%の鋼にVを含有することにより、パーライト組織を強化して、耐摩耗性を高めている。しかしながら、Vを含有するだけでは、耐摩耗性の向上に限界がある。
【0012】
一方、特許文献4に提案されている鉄道車輪では、C含有量を高めた過共析鋼を用いることにより、耐摩耗性を高めている。
【0013】
ところで、鉄道車輪の製造方法の一例は次のとおりである。鋼片を熱間加工して鉄道車輪形状の中間品を成形する。成形された中間品に対して、熱処理(踏面焼入れ)を実施する。踏面焼入れでは、中間品を加熱した後、中間品の踏面及びフランジ部を急冷する。これにより、踏面の表層部分のマトリクス組織には、耐摩耗性が高い微細パーライトが生成する。しかしながら、踏面焼入れ後の踏面の表層部分には、微細パーライトの上層にマルテンサイトからなる(又は、マルテンサイト及びベイナイトからなる)焼入れ層が形成される。鉄道車輪の使用中において、焼入れ層は摩耗しやすい。そのため、踏面焼入れ後、踏面の最表層に形成された焼入れ層を切削加工で除去して、微細パーライトを踏面に露出させる。以上の工程により、鉄道車輪が製造される。
【0014】
上述のとおり、過共析鋼からなる鉄道車輪は、耐摩耗性に優れる。しかしながら、過共析鋼を用いて上述の製造方法で鉄道車輪を製造した場合、亜共析鋼とは異なり、鉄道車輪内、たとえば、鉄道車輪の板部又はボス部に、初析セメンタイトが生成しやすくなる。初析セメンタイトは鋼の靱性を低下する。したがって、過共析鋼からなる鉄道車輪において、初析セメンタイトの生成を抑制できる方が好ましい。
【0015】
本開示の目的は、C含有量が0.80%以上と高くても初析セメンタイトの生成を抑制できる、鉄道車輪を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示による鉄道車輪は、
リム部と、
ボス部と、
前記リム部と前記ボス部との間に配置され、前記リム部と前記ボス部とにつながる板部とを備え、
前記鉄道車輪の化学組成は、質量%で、
C:0.80〜1.15%、
Si:0.45%以下、
Mn:0.10〜0.85%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Al:0.200〜1.500%、
N:0.0200%以下、
Nb:0.005〜0.050%、
Cr:0〜0.25%、
V:0〜0.12%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のうち、少なくとも前記リム部及び前記板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量が2.00本/100μm以下である。
初析セメンタイト量(本/100μm)=200μm×200μmの正方形視野の2本の対角線と交差する初析セメンタイトの本数の総和/(5.66×100μm)×100 (1)
【発明の効果】
【0017】
本実施形態による鉄道車輪は、C含有量が高くても、初析セメンタイト量を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、鉄道車輪の中心軸を含む断面図である。
図2図2は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、C含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図3図3は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、Si含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図4図4は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、Mn含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図5図5は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、Cr含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図6図6は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、Al含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図7図7は、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験により得られた、V含有量と、冷却速度と、鋼中のミクロ組織との関係を示す図である。
図8図8は、初析セメンタイト量の測定方法を説明するための模式図である。
図9A図9Aは、鉄道車輪を想定した試験材(低Al材)を用いたジョミニ式一端焼入れ試験により得られた、水冷端からの距離と、ロックウェル硬さHRCとの関係を示す図である。
図9B図9Bは、鉄道車輪を想定した試験材(高Al材)を用いたジョミニ式一端焼入れ試験により得られた、水冷端からの距離と、ロックウェル硬さHRCとの関係を示す図である。
図10図10は、表1に示す高Al材及び低Al材でのミクロ組織観察により得られた旧オーステナイト結晶粒径と、Nb含有量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[鉄道車輪の構成]
図1は本実施形態による鉄道車輪の中心軸を含む断面図である。図1を参照して、鉄道車輪1は円盤状であり、ボス部2と、板部3と、リム部4とを備える。ボス部2は円筒状であり、鉄道車輪1の径方向(中心軸に対して垂直な方向)において、中央部に配置される。ボス部2は貫通孔21を有する。貫通孔21の中心軸は、鉄道車輪1の中心軸と一致する。貫通孔21には、図示しない鉄道用車軸が挿入される。ボス部2の厚さT2は、板部3の厚さT3よりも厚い。リム部4は、鉄道車輪1の外周の縁部に形成されている。リム部4は、踏面41と、フランジ部42とを含む。踏面41は、フランジ部42と繋がっている。鉄道車輪1の使用時において、踏面41及びフランジ部42はレール表面と接触する。リム部4の厚さT4は、板部3の厚さT3よりも厚い。板部3は、ボス部2とリム部4との間に配置され、ボス部2及びリム部4とつながっている。具体的には、板部3の内周縁部はボス部2とつながっており、板部3の外周縁部はリム部4とつながっている。板部3の厚さT3は、ボス部2の厚さT2及びリム部4の厚さT4よりも薄い。
【0020】
本発明者らは初めに、鉄道車輪において、耐摩耗性を高めるのに適切な化学組成について検討を行った。その結果、鉄道車輪においては、同じ硬さを得るにしても、V含有量を高めて硬さを高めるよりも、C含有量を0.80%以上に高めて硬さを高めた方が、鉄道車輪として使用したときの耐摩耗性が高まることが分かった。このメカニズムは定かではないが、次の事項が考えられる。使用中の鉄道車輪の踏面は、レールから外力(荷重)を受ける。この外力により踏面直下の表層のパーライト中のセメンタイトが破砕され、分散強化により硬さが高まる。さらに、破砕された微細なセメンタイト中の炭素がパーライト中のフェライトに過飽和に固溶し、固溶強化により踏面直下の表層の硬さを高める。
【0021】
鋼のC含有量を高めれば、パーライト中のセメンタイトの体積分率が増大し、さらに、パーライトがより微細なラメラを形成しやすい。この場合、上記メカニズムにより鉄道車輪の耐摩耗性が高まる。これに対して、鋼にVを含有した場合、V炭窒化物の析出強化により鋼の硬さを高める。このとき、V炭窒化物はフェライト中に生成するため、主としてフェライトの硬さが高まる。つまり、Vの含有は、フェライトの硬さを高めるものの、パーライトの微細化にはそれほど影響しない。そのため、V含有によりある程度耐摩耗性を高めることはできるものの、破砕セメンタイトによる分散強化及びCの固溶強化ほど、耐摩耗性を高めることができない。
【0022】
そこで、本発明者らは、耐摩耗性を高めるためには、鉄道車輪の化学組成において、C含有量を0.80〜1.15%の過共析鋼とするのが好ましいと考えた。
【0023】
しかしながら、本発明者らの検討の結果、C含有量が0.80%以上の過共析鋼の鉄道車輪では、初析セメンタイトが生成しやすいことが分かった。初析セメンタイトは、鉄道車輪の靭性を低下する。そこで、本発明者らは、C含有量が高い過共析鋼からなる鉄道車輪における、化学組成中の元素含有量と、初析セメンタイト量との関係について調査した。その結果、次の知見を得た。
【0024】
図2図7は、鉄道車輪の製造工程中の熱処理を想定した熱処理試験の結果に基づく、鋼中の各元素の含有量(図2:C含有量、図3:Si含有量、図4:Mn含有量、図5:Cr含有量、図6:Al含有量、図7:V含有量)と、800〜500℃での平均冷却速度と、初析セメンタイトとの関係を示す図である。800〜500℃の平均冷却速度を規定したのは、初析セメンタイトの析出温度が800〜500℃のためである。
【0025】
具体的には、図2は、Si:0.29〜0.30%、Mn:0.79〜0.80%、P:0.001%、S:0.002%、Al:0.032〜0.036%、N:0.0040〜0.0042%と各元素含有量をほぼ一定とし、C含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及びフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。図3は、C:1.00〜1.03%、Mn:0.80〜0.81%、P:0.001〜0.002%、S:0.001〜0.002%、Al:0.031〜0.034%、N:0.0040〜0.0042%と各元素含有量をほぼ一定とし、Si含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及び後述するフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。図4は、C:1.00〜1.04%、Si:0.29〜0.31%、P:0.001〜0.002%、S:0.001〜0.002%、Al:0.030〜0.034%、N:0.0040〜0.0058%と各元素含有量をほぼ一定とし、Mn含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及び後述するフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。図5は、C:1.00〜1.05%、Si:0.29〜0.30%、Mn:0.78〜0.80%、P:0.001%、S:0.001〜0.002%、Al:0.033〜0.034%、N:0.0030〜0.0040%と各元素含有量をほぼ一定とし、Cr含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及び後述するフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。図6は、C:1.00〜1.03%、Si:0.29〜0.30%、Mn:0.79〜0.81%、P:0.001%、S:0.001〜0.002%、N:0.0034〜0.0046%と各元素含有量をほぼ一定とし、Al含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及び後述するフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。図7は、C:1.00〜1.03%、Si:0.29〜0.30%、Mn:0.80%、P:0.001〜0.002%、S:0.001〜0.002%、N:0.0040〜0.0048%、Al:0.026〜0.034%とし、V含有量を変動させ、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する複数のサンプルを用いて、ジョミニ式一端焼入れ試験及び後述するフォーマスタ試験で得られた結果に基づいて作成したものである。
【0026】
ジョミニ式一端焼入れ試験は次の方法で実施した。上述の化学組成を有するジョミニ試験片(直径25mm、長さ100mmの丸棒試験片)を用いて、JIS G0561(2011)に準拠したジョミニ式一端焼入れ試験を実施した。具体的には、ジョミニ試験片を大気雰囲気中、Acm変態点以上の温度である950℃の炉内で30分保持して、ジョミニ試験片の組織をオーステナイト単相とした。その後、一端焼入れ(水冷)を実施した。具体的には、ジョミニ試験片の一端に水を噴射して冷却した。
【0027】
水冷後、水冷を実施したジョミニ試験片の側面を機械研磨し、その一端(水冷端)から軸方向に一定間隔で、ミクロ組織観察を実施した。ミクロ組織観察の観察位置は、水冷端から15mm位置までは1.0mmピッチとし、水冷端から15mm以上の位置では2.5mmピッチとした。
【0028】
上述のミクロ組織観察位置を含む面を観察面とするサンプルを準備した。各サンプルの観察面を機械研磨により鏡面仕上げした。その後、観察面に対して、初析セメンタイトの現出に適した腐食液であるピクリン酸ソーダ液(水100ml+ピクリン酸2g+水酸化ナトリウム25g)を用いたエッチングを実施した。エッチングでは、煮沸したピクリン酸ソーダ液にサンプルを浸漬した。エッチング後のサンプルの観察面内の任意の1視野(200μm×200μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成した。観察面において、旧オーステナイト結晶粒界に生成した初析セメンタイトは黒色を呈する。そのため、初析セメンタイトの有無を確認できた。初析セメンタイトが確認された場合、次の方法により初析セメンタイト量(単位は本/100μm。以下、初析θ量ともいう)を求めた。図8に示すとおり、200μm×200μmの正方形の視野に、2本の対角線を引いた。そして、これら2本の対角線と交差する初析セメンタイトの本数の総和を求めた。求めた初析セメンタイトの総本数を、2本の対角線の総長さ(5.66×100μm)で除して、100μmあたりの初析θ量(本/100μm)を求めた。
【0029】
次に、同一の観察面を再度、機械研磨により鏡面仕上げし、ナイタル液(硝酸とエタノールとの混合液)で腐食した。腐食後の観察面内の任意の1視野(200μm×200μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成した。焼入れ層(マルテンサイト及び/又はベイナイト)と、パーライトとは、コントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、観察面中の焼入れ層、及びパーライトを特定した。焼入れ層が少しでも確認された場合、焼入れ層が生成したと判定した。
【0030】
なお、ジョミニ試験時の水冷端からの距離と800〜500℃までの冷却時間との関係については、実験的に示された非特許文献1(F.Wever et al.、Zur Frage der Warmebehandlung der Stahle auf Grund ihrer Zeit−Temperatur−Umwandlungs−Schaubilder、Stahl u Eisen、74(1954)、p749〜761)が存在する。この文献に基づいて、水冷端からの距離を変換し、各位置での800〜500℃での平均冷却速度(℃/秒)とした。
【0031】
冷却速度が1℃/秒以下の場合については、ジョミニ式一端焼入れ試験では再現できない。そこで、冷却速度が1℃/秒以下の場合については、低冷速での連続冷却試験(フォーマスタ試験)を実施した。熱処理には富士電波工機製のフォーマスタ試験機を使用した。具体的には、各試験片を950℃で5分間均熱した。その後、一定の冷却速度1.0℃/秒(又は0.1℃/秒)で冷却した。冷却後の試験片に対して、上述の方法でミクロ組織観察を実施した。そして、初析セメンタイトが確認された場合、上述の方法により、初析θ量を求めた。以上の方法で得られた結果に基づいて、図2図7を作成した。
【0032】
図2図7中の「○」印は、ミクロ組織が実質的にパーライトからなり、ミクロ組織中の初析θ量が2.00本/100μm以下であることを示す。「×」印は、ミクロ組織中に焼入れ層が生成しておらず、ミクロ組織がパーライトからなるものの、初析θ量が2.00本/100μmを超えたことを意味する。なお、「ミクロ組織が実質的にパーライトからなる」とは、ミクロ組織中におけるパーライトの面積率が95.0%以上であることを意味する。また、「●」印は、焼入れ層(マルテンサイト及び/又はベイナイト)が生成したことを意味する。
【0033】
初析θ量が2.00本/100μmを超えて生成する最大の冷却速度(図中の「○」印と「×」印との境界の冷却速度)を、初析セメンタイト臨界冷却速度と定義する。初析セメンタイト臨界冷却速度を、図2図7に実線で示す。
【0034】
図2において、C含有量が増加するほど、初析セメンタイト臨界冷却速度が上昇する。また、図3図4図5、及び図7において、Si、Mn、Cr及びVは、C及びAlに比べると初析セメンタイト臨界冷却速度に対する影響は小さい。
【0035】
一方、図6を参照して、Al含有量が増加すれば、初析セメンタイト臨界冷却速度は顕著に低下し、初析θ量が顕著に低下する。つまり、図2図7の結果、本発明者らは、鋼中の初析θ量に対して、Cは初析θ量を増加する作用を有するのに対して、Alは初析θ量を顕著に低下する作用を有することを見出した。
【0036】
以上の検討結果に基づいて、本発明者らは、C含有量が0.80%以上の過共析鋼の鉄道車輪において、Al含有量を増やせば、鉄道車輪の製造工程において、熱処理時の冷却速度が遅い部分においても、初析θ量を抑えることができ、過共析鋼の鉄道車輪においても、優れた靱性が得られると考えた。そして、上記検討結果に基づいてさらに、過共析鋼の鉄道車輪の化学組成を検討した結果、鉄道車輪の化学組成が、質量%で、C:0.80〜1.15%、Si:0.45%以下、Mn:0.10〜0.85%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Al:0.200〜1.500%、N:0.0200%以下、Cr:0〜0.25%、V:0〜0.12%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成であれば、踏面焼入れにより急冷されるリム部だけでなく、冷却速度の遅い板部においても、初析θ量を抑えることができることを見出した。
【0037】
しかしながら、C:0.80〜1.15%、Si:0.45%以下、Mn:0.10〜0.85%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Al:0.200〜1.500%、N:0.0200%以下、Cr:0〜0.25%、V:0〜0.12%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成での鉄道車輪の場合、Al含有量を増加させると、焼入れ層が増大し、旧オーステナイト結晶粒も大きくなることが判明した。
【0038】
焼入れ層の増大について、図6に示すとおり、上述の化学組成の場合、Al含有量が増加すれば、踏面焼入れ時において、焼入れ層(図中「●」印)が生成しやすくなる。上述のとおり、鉄道車輪の製造工程において焼入れ層は切削加工により除去される。そのため、焼入れ層が多く生成すれば、製造工程において歩留まりが低下する。
【0039】
また、上述の化学組成においてAl含有量を増加すれば、粗大なAlNが生成する。微細なAlNが存在する場合、ピンニング効果により、踏面焼入れの加熱時におけるオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制することができる。しかしながら、AlNが粗大化すれば、ピンニング効果が発揮されず、旧オーステナイト結晶粒の粗大化が十分に抑制されない。旧オーステナイト結晶粒が微細なほど、靱性がさらに高まることは周知の技術事項である。したがって、靱性の向上を考慮した場合、旧オーステナイト結晶粒は微細な方が好ましい。
【0040】
そこで、本発明者らはさらに、Al含有量を0.200〜1.500%とすることにより初析セメンタイト量を低減するとともに、製造工程時に生成する焼入れ層を低減でき、かつ、旧オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制できる鉄道車輪について、さらに検討を行った。その結果、上述の化学組成の鉄道車輪にさらに、Feの一部に代えてNbを0.005〜0.050%含有して、鉄道車輪の化学組成を質量%で、C:0.80〜1.15%、Si:0.45%以下、Mn:0.10〜0.85%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Al:0.200〜1.500%、N:0.0200%以下、Nb:0.005〜0.050%、Cr:0〜0.25%、V:0〜0.12%、及び、残部はFe及び不純物からなる化学組成とすることにより、少なくともリム部及び板部のミクロ組織において、初析θ量を2.00本/100μm以下としつつ、焼入れ層を低減し、かつ、旧オーステナイト結晶粒の粗大化も抑制できることを見出した。以下、この点について説明する。
【0041】
[焼入れ層生成の抑制について]
図9A及び図9Bは、鉄道車輪を想定した試験材(高Al材、低Al材)を用いたジョミニ式一端焼入れ試験により得られた、水冷端からの距離と、ロックウェル硬さHRCとの関係を示す図である。図9A及び図9Bは次の方法により求めた。
【0042】
表1に示す化学組成の供試材(直径25mm、長さ100mmの丸棒試験片)を準備した。
【0043】
【表1】
【0044】
表1を参照して、以降の説明では、Alを0.030%程度含有する試験番号1〜3を低Al材と称し、Alを0.300%程度含有する試験番号4〜6を高Al材と称する。表1では、Nb含有量の異なる3種類の低Al材と、Nb含有量の異なる3種類の高Al材とを準備した。具体的には、低Al材では、Nb非含有の試験番号1と、Nb含有量が0.010%程度の試験番号2と、Nb含有量が0.020%程度の試験番号3とを準備した。高Al材では、Nb非含有の試験番号4と、Nb含有量が0.010%程度の試験番号5と、Nb含有量が0.020%程度の試験番号6とを準備した。
【0045】
準備した供試材を用いて、JIS G0561(2011)に準拠したジョミニ式一端焼入れ試験を実施した。具体的には、ジョミニ試験片を大気雰囲気中、Acm変態点以上の温度である950℃の炉内で30分保持して、ジョミニ試験片の組織をオーステナイト単相とした。その後、一端焼入れ(水冷)を実施した。具体的には、ジョミニ試験片の一端に水を噴射して冷却した。
【0046】
水冷後、水冷を実施したジョミニ試験片の側面を機械研磨し、その一端(水冷端)から軸方向に一定間隔で、JIS Z 2245(2011)に準拠したCスケールを用いたロックウェル硬さ(HRC)試験を実施して、HRC分布を得た。HRCの測定間隔は、水冷端から15mm位置までは1.0mmピッチとし、水冷端から15mm以上の位置では2.5mmピッチとした。得られたHRCをプロットして、図9A及び図9Bを作成した。
【0047】
図9Aは低Al材の水冷端からのロックウェル硬さHRCの分布(ジョミニ曲線)を示す。図9Bは高Al材の水冷端からのロックウェル硬さHRCの分布(ジョミニ曲線)を示す。図9A及び図9Bでは、水冷端からの距離Dが大きくなるにしたがい、ロックウェル硬さHRCは急速に低下する。そして、Dが所定距離以上となれば、水冷端からの距離が離れても、ロックウェル硬さHRCはそれほど低下しない。水冷端からロックウェル硬さHRCが急激に低下するまでの領域Aを「焼入れ層」と定義する。また、領域Aよりも深い領域であって、ロックウェル硬さHRCがそれほど低下していない領域Bを「母材」と定義する。図9A及び図9Bではいずれも、Nbを含有しない試験番号(図9Aでは試験番号1、図9Bでは試験番号4)の領域A(焼入れ層)と領域B(母材)とを示す。領域Aと領域Bとは変曲点を介して区分可能である。
【0048】
図9A及び図9Bを参照して、低Al材(図9A)及び高Al材(図9B)のいずれにおいても、Nb含有量の増大とともに、焼入れ層が低減する。そして、高Al材と低Al材とを比較すると、高Al材の方が、低Al材よりも、Nb含有による焼入れ層の低減が顕著である。したがって、Al含有量が0.250〜1.500%の鉄道車輪において、Nbを含有すれば、焼入れ層の生成を顕著に抑制できる。
【0049】
[旧オーステナイト結晶粒の粗大化抑制について]
図10は、表1に示す高Al材及び低Al材でのミクロ組織観察により得られた旧オーステナイト結晶粒径と、Nb含有量との関係を示す図である。図10は次の方法により得られた。上述の試験番号1〜6の供試材に対して、低冷速での連続冷却試験(フォーマスタ試験)を実施した。具体的には、熱処理には富士電波工機製のフォーマスタ試験機を使用した。具体的には、各試験片をAcm変態点以上の950℃で5分間均熱した。その後、一定の冷却速度0.01〜0.1℃/秒未満で常温まで冷却した。冷却後の供試材を切断してミクロ組織観察試験片を作製した。これらの十分低い冷却速度で冷却した場合、旧オーステナイト結晶粒界に初析セメンタイトが析出している。そこで、ミクロ組織観察試験片の表面(観察面)に対して、初析セメンタイトの現出に適した腐食液であるピクリン酸ソーダ液(水100ml+ピクリン酸2g+水酸化ナトリウム25g)を用いたエッチングを実施した。エッチングでは、煮沸したピクリン酸ソーダ液にミクロ組織観察試験片を浸漬した。エッチング後のミクロ組織観察試験片の観察面を200倍の光学顕微鏡で観察した。200倍での観察視野は500μm×500μmの正方形視野であった。観察視野の写真画像を生成した。上述のとおり、上記試験片において、旧オーステナイト結晶粒の粒界には初析セメンタイトが析出しているため、ミクロ組織観察において旧オーステナイト結晶粒を特定できる。そこで、視野内で特定された旧オーステナイト結晶粒の粒径を、切断法により求めた。具体的には、図8に示すとおり、正方形視野100の視野に、2本の対角線101を引いた。そして、これら2本の対角線101と交差する初析セメンタイトの本数の総和を求めた。そして、次式により、旧オーステナイト結晶粒径(μm)を求めた。
旧オーステナイト結晶粒径=2本の対角線101の総長さ/対角線101に交差する初析セメンタイトの総本数
ここで、2本の対角線101の総長さは1414μmとした。
【0050】
各試験番号で得られた旧オーステナイト結晶粒径をプロットして、図10を得た。図10中の「■」は高Al材の結果を示す。図10中の「▲」は低Al材の結果を示す。
【0051】
図10を参照して、低Al材及び高Al材のいずれにおいても、Nb含有量の増大とともに、旧オーステナイト結晶粒径が小さくなる。そして、高Al材と低Al材とを比較すると、高Al材の方が、Nb含有量の増大に伴う旧オーステナイト結晶粒の微細化が顕著である。したがって、Al含有量が0.250〜1.500%の鉄道車輪において、Nbを含有すれば、旧オーステナイト結晶粒を微細に維持できる。
【0052】
以上のとおり、鉄道車輪の化学組成がC:0.80〜1.15%、Si:0.45%以下、Mn:0.10〜0.85%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Al:0.200〜1.500%、N:0.0200%以下、Cr:0〜0.25%、V:0〜0.12%、及び、残部はFe及び不純物からなる化学組成である場合、Feの一部に代えてさらに、Nb:0.005〜0.050%を含有すれば、焼入れ層が顕著に低減し、かつ、旧オーステナイト結晶粒を微細に維持できる。この理由は定かではないが、次の事項が考えられる。
【0053】
Al含有量を0.200%以上とすれば、初析セメンタイトの生成を顕著に抑制することができる(図6)。しかしながら、Al含有量が多いため、AlNが粗大化する。上述の化学組成を有する鉄道車輪の製造プロセスにおいて、AlNは溶鋼の冷却過程(凝固過程)で生成し、熱間加工前の再加熱時に固溶すると考えられる。上述のAl含有量の場合、AlNは熱間加工前の加熱時に十分固溶せずに残存する。そのため、鉄道車輪でのAlNは粗大化しやすい。粗大化したAlNは、踏面焼入れ時の加熱時において、ピンニング粒子として機能しない。そのため、踏面焼入れ時の加熱段階において、オーステナイト結晶粒が粗大化する。オーステナイト結晶粒が粗大化することにより、焼入れ性が高まるため、踏面焼入れ後において焼入れ層が深く形成されてしまう。
【0054】
一方、上述のAl含有量の鉄道車輪に対してNbを0.005〜0.050%含有した場合、踏面焼入れの加熱時に微細なNbCが生成する。生成したNbCはピンニング粒子として機能するため、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制し、微細なまま維持する。その結果、焼入れ性を抑えて焼入れ層を浅くすることができる。さらに、旧オーステナイト結晶粒は微細なまま維持されるため、十分な靭性も得られる。
【0055】
なお、Vを含有することによりVCを生成し、VCをピンニング粒子として機能させることも考えられる。しかしながら、上述の化学組成の場合、VCはNbCよりも固溶温度が低い。そのため、踏面焼入れの加熱時においてVCは固溶してしまい、ピンニング粒子としては機能できない。Vを含有した場合、上述のとおり、踏面焼入れでの冷却段階において、フェライト中にVCを析出してフェライトを強化するものの、ピンニング粒子としてオーステナイト結晶粒を微細化することができないと考えられる。
【0056】
上記メカニズムは推定であるため、異なるメカニズムにより焼入れ層の生成が抑制され、旧オーステナイト結晶粒が微細化している可能性もある。しかしながら、上記化学組成の鉄道車輪において、Nbを含有すれば、焼入れ層の生成を抑え、旧オーステナイト結晶粒が微細化することは、図9A図9B及び図10から明らかである。
【0057】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態の鉄道車輪は、次の構成を有する。
【0058】
[1]
鉄道車輪であって、
リム部と、
ボス部と、
前記リム部と前記ボス部との間に配置され、前記リム部と前記ボス部とにつながる板部とを備え、
前記鉄道車輪の化学組成は、質量%で、
C:0.80〜1.15%、
Si:0.45%以下、
Mn:0.10〜0.85%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Al:0.200〜1.500%、
N:0.0200%以下、
Nb:0.005〜0.050%、
Cr:0〜0.25%、
V:0〜0.12%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のうち、少なくとも前記リム部及び前記板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量が2.00本/100μm以下である、
鉄道車輪。
初析セメンタイト量(本/100μm)=200μm×200μmの正方形視野の2本の対角線と交差する初析セメンタイトの本数の総和/(5.66×100μm)×100 (1)
【0059】
[2]
[1]に記載の鉄道車輪であって、
前記鉄道車輪の前記リム部、前記ボス部及び前記板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量が2.00本/100μm以下である、
鉄道車輪。
【0060】
[3]
[1]又は[2]に記載の鉄道車輪であって、
前記化学組成は、
Cr:0.02〜0.25%、及び、
V:0.02〜0.12%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鉄道車輪。
【0061】
以下、本実施形態の鉄道車輪について詳述する。本明細書において、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0062】
[鉄道車輪の化学組成]
本実施形態の鉄道車輪の化学組成は、次の元素を含有する。
【0063】
C:0.80〜1.15%
炭素(C)は、鋼の硬度を高め、鉄道車輪の耐摩耗性を高める。C含有量が0.80%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が得られない。一方、C含有量が1.15%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、旧オーステナイト結晶粒界に初析セメンタイトが多く析出する場合がある。この場合、鉄道車輪の靱性が低下する。したがって、C含有量は0.80〜1.15%である。C含有量の好ましい下限は0.85%であり、さらに好ましくは0.87%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.95%である。C含有量の好ましい上限は1.10%であり、さらに好ましくは1.05%である。
【0064】
Si:0.45%以下
シリコン(Si)は不可避に含有される。つまり、Si含有量は0%超である。Siは、フェライトを固溶強化して鋼の硬さを高める。しかしながら、Si含有量が0.45%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼の靭性低下の要因となる初析セメンタイトが生成しやすくなる。Si含有量が0.45%を超えればさらに、鋼の焼入れ性が高くなりすぎ、マルテンサイトが生成しやすくなる。この場合、踏面焼入れ時に踏面上に形成される焼入れ層の厚みが増大する。その結果、切削量が増大して歩留まりが低下する。Si含有量が0.45%を超えればさらに、鉄道車輪の使用中に、ブレーキとの間に発生する摩擦熱により焼きが入る。この場合、鉄道車輪の耐き裂性が低下する場合がある。したがって、Si含有量は0.45%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.25%である。Si含有量の下限は特に制限されない。しかしながら、Si含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0065】
Mn:0.10〜0.85%
マンガン(Mn)はフェライトを固溶強化して鋼の硬さを高める。Mnはさらに、MnSを形成し、鋼の被削性を向上する。Mn含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、これらの効果は得られない。一方、Mn含有量が0.85%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼の焼入れ性が高くなりすぎる。この場合、焼入れ層の厚みが増大し、製造工程時における歩留まりが低下する。さらに、鉄道車輪の使用時に、ブレーキとの間に発生する摩擦熱により焼きが入り、鋼の耐き裂性が低下する場合がある。したがって、Mn含有量は0.10〜0.85%である。Mn含有量の好ましい下限は0.50%であり、さらに好ましくは0.70%である。Mn含有量の好ましい上限は0.84%であり、さらに好ましくは0.82%である。
【0066】
P:0.050%以下
りん(P)は、不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量は0%超である。Pは粒界に偏析して鋼の靭性を低下する。したがって、P含有量は0.050%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0067】
S:0.030%以下
硫黄(S)は、不可避に含有される。つまり、S含有量は0%超である。SはMnSを形成し、鋼の被削性を高める。一方、S含有量が高すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがってS含有量は0.030%以下である。S含有量の好ましい上限は0.020%である。S含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、S含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましい下限は0.005%である。
【0068】
Al:0.200〜1.500%
アルミニウム(Al)は、鋼の靭性低下の要因となる初析セメンタイトの生成を抑制する。Al含有量が0.200%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が1.500%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な非金属介在物が多くなり、鋼の靭性及び疲労強度が低下する。したがって、Al含有量は0.200〜1.500%である。Al含有量の好ましい下限は0.250%であり、さらに好ましくは0.270%であり、さらに好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.400%であり、さらに好ましくは0.500%である。Al含有量の好ましい上限は1.450%であり、さらに好ましくは1.400%であり、さらに好ましくは1.350%である。本明細書でいうAl含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0069】
N:0.0200%以下
窒素(N)は、不可避に含有される不純物である。N含有量が0.0200%を超えれば、AlNが粗大化して、鋼の靭性を低下する。したがって、N含有量は0.0200%以下である。N含有量の好ましい上限は、0.0100%であり、さらに好ましくは0.0080%である。N含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、N含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、N含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0070】
Nb:0.005〜0.050%
ニオブ(Nb)は、鉄道車輪の製造工程中の踏面焼入れのための加熱時において、Cと結合して微細なNbCを生成する。微細なNbCはピンニング粒子として機能して、加熱時におけるオーステナイトの粗大化を抑制する。そのため、旧オーステナイト結晶粒が微細なまま維持され、鋼の焼入れ性が抑制される。その結果、鉄道車輪の製造工程中における焼入れ層の生成を抑制する。Nbはさらに、旧オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制することにより、鋼材の靭性も高める。Nb含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が0.050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、NbCが粗大化して鋼材の靭性がかえって低下する。したがって、Nb含有量は0.005〜0.050%である。Nb含有量の好ましい下限は0.007%であり、さらに好ましくは0.009%である。Nb含有量の好ましい上限は0.030%であり、さらに好ましくは0.023%である。
【0071】
本実施形態による鉄道車輪の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、上記鉄道車輪を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の鉄道車輪に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。上述の不純物以外の不純物としては、たとえば、O、Cu、Ni、Moである。これらの不純物元素の含有量は次のとおりである。O:0.0070%以下、Cu:0.20%以下であり、好ましくは0.05%以下、Ni:0.20%以下であり、好ましくは0.05%以下、Mo:0.07%以下であり、好ましくは0.05%以下である。
【0072】
[任意元素(Optional Elements)について]
本実施形態の鉄道車輪の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Crを含有してもよい。
【0073】
Cr:0〜0.25%
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Crは、パーライトのラメラ間隔を狭める。これにより、パーライトの硬度が顕著に増大する。しかしながら、Cr含有量が0.25%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ性が過剰に高くなり、踏面焼入れ後の焼入れ層の厚さが過剰に増大する。したがって、Cr含有量は0〜0.25%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Cr含有量の好ましい上限は0.24%であり、さらに好ましくは0.23%であり、さらに好ましくは0.22%である。
【0074】
本実施形態の鉄道車輪の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Vを含有してもよい。
【0075】
V:0〜0.12%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、Vは、炭化物、窒化物、及び炭窒化物のいずれかを形成して、鋼(具体的には鋼中のフェライト)を析出強化する。その結果、鉄道車輪の硬さが増大して、耐摩耗性をさらに高める。しかしながら、V含有量が0.12%を超えれば、焼入れ性が高くなり、踏面焼入れ後の焼入れ層の厚さが過剰に増大する。したがって、V含有量は0〜0.12%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。V含有量の好ましい上限は0.11%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0076】
[初析セメンタイト量について]
本実施形態による鉄道車輪は、リム部、ボス部及び板部のうち、少なくともリム部及び板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析セメンタイト量(初析θ量)が2.00本/100μm以下である。
初析θ量(本/100μm)=200μm×200μmの正方形視野の2本の対角線と交差する初析セメンタイトの本数の総和/(5.66×100μm)×100 (1)
【0077】
具体的には、鉄道車輪におけるリム部、ボス部及び板部のうち、リム部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下であり、かつ、板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下である。
【0078】
上述のとおり、鉄道車輪のリム部、板部及びボス部のうち、特に、レールと接触するリム部と、リム部、板部及びボス部のうちで最も厚さが薄い板部とにおいて、初析θ量が多ければ、鉄道車輪の靱性が低下する。本実施形態の鉄道車輪は、0.200〜1.500%のAlを含有する。上記過共析鋼の化学組成の場合、0.200〜1.500%のAlを含有することにより、製造工程中の踏面焼入れ工程後の鉄道車輪において、初析θ量が顕著に低減し、少なくともリム部及び板部のミクロ組織において、2.00本/100μm以下に抑えることができる。初析θ量の好ましい上限は1.60本/100μmであり、さらに好ましくは1.50本/100μmであり、さらに好ましくは1.40本/100μmであり、さらに好ましくは1.20本/100μmであり、さらに好ましくは1.00本/100μmである。
【0079】
好ましくは、鉄道車輪におけるリム部、ボス部、及び板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下である。つまり、リム部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下であり、かつ、板部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下であり、かつ、ボス部のミクロ組織において、式(1)で定義される初析θ量が2.00本/100μm以下である。この場合、鉄道車輪の靭性がさらに高まる。リム部、ボス部、及び板部のミクロ組織における初析θ量の好ましい上限は1.60本/100μmであり、さらに好ましくは1.50本/100μmであり、さらに好ましくは1.40本/100μmであり、さらに好ましくは1.20本/100μmであり、さらに好ましくは1.00本/100μmである。
【0080】
初析θ量は次の方法により測定される。鉄道車輪のリム部の厚さ方向の中央位置、板部の厚さ方向の中央位置、及びボス部の厚さ方向の中央位置からそれぞれサンプルを採取する。各サンプルの観察面を機械研磨により鏡面仕上げする。その後、観察面に対して、ピクリン酸ソーダ液(水100ml+ピクリン酸2g+水酸化ナトリウム25g)を用いたエッチングを実施する。エッチングでは、煮沸したピクリン酸ソーダ液にサンプルを浸漬する。エッチング後の観察面内の任意の1視野(200μm×200μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成する。観察面において、旧オーステナイト結晶粒界に生成した初析セメンタイトは黒色を呈する。そのため、初析セメンタイトの有無を確認できる。図8に示すとおり、200μm×200μmの正方形視野100に、2本の対角線101を引く。そして、これら2本の対角線101と交差する初析セメンタイトの本数の総和を求める。求めた初析セメンタイトの総本数を、2本の対角線101の総長さ(5.66×100μm)で除して(つまり、式(1)に基づいて)、初析θ量(本/100μm)を求める。
【0081】
[鉄道車輪のミクロ組織]
本実施形態の鉄道車輪のリム部、板部、及びボス部のミクロ組織は、実質的にパーライトからなる。ここで「実質的にパーライトからなる」とは、ミクロ組織におけるパーライトの面積率が95.0%以上であることを意味する。
【0082】
パーライトの面積率は次の方法で求める。鉄道車輪のリム部の厚さ方向の中央位置、板部の厚さ方向の中央位置、及びボス部の厚さ方向の中央位置からそれぞれサンプルを採取する。各サンプルの観察面を機械研磨により鏡面仕上げする。その後、観察面をナイタル液(硝酸とエタノールとの混合液)で腐食する。腐食後の観察面内の任意の1視野(500μm×500μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成する。焼入れ層(マルテンサイト及び/又はベイナイト)と、パーライトとは、コントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、観察面中の焼入れ層、及び、パーライトを特定する。パーライトの面積率は、特定されたパーライトの総面積と観察面の面積とに基づいて求める。
【0083】
[鉄道車輪の製造方法]
上述の鉄道車輪を製造する方法の一例を説明する。本製造方法は、鉄道車輪用鋼を製造する工程(素材製造工程)と、熱間加工により、鉄道車輪用鋼から車輪形状の中間品を成形する工程(成形工程)と、成形された中間品に対して熱処理(踏面焼入れ)を実施する工程(熱処理工程)と、熱処理後の中間品の踏面等から焼入れ層を切削加工により除去して鉄道車輪とする工程(切削加工工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0084】
[素材製造工程]
素材製造工程では、電気炉又は転炉等を用いて上述の化学組成を有する溶鋼を溶製した後、鋳造して鋼塊にする。なお、鋼塊は連続鋳造による鋳片、鋳型によって鋳込まれたインゴットのいずれであってもよい。
【0085】
鋳片又はインゴットを熱間加工して、所望のサイズの鉄道車輪用鋼材を製造する。熱間加工はたとえば、熱間鍛造、熱間圧延等である。熱間圧延により鉄道車輪用鋼材を製造する場合、たとえば、次の方法で鉄道車輪用鋼材を製造する。熱間圧延ではたとえば、分塊圧延機を用いる。分塊圧延機により素材に対して分塊圧延を実施して、鉄道車輪用鋼材を製造する。分塊圧延機の下流に連続圧延機が設置されている場合、分塊圧延後の鋼材に対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの鉄道車輪用鋼材を製造してもよい。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。熱間圧延での加熱炉の加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100〜1350℃である。以上の製造工程により、鉄道車輪用鋼材が製造される。
【0086】
なお、鉄道車輪用鋼材は、鋳造材(鋳片又はインゴット)であってもよい。つまり、上述の熱間加工は省略されてもよい。以上の工程により、鉄道車輪の素材である鉄道車輪用鋼材が製造される。鉄道車輪用鋼材はたとえば、円柱状の素材である。
【0087】
[成形工程]
成形工程では、準備された鉄道車輪用鋼材を用いて、熱間加工により車輪形状の中間品を成形する。中間品は車輪形状を有するため、ボス部と、板部と、踏面及びフランジ部を含むリム部とを備える。熱間加工はたとえば、熱間鍛造、熱間圧延等である。
【0088】
熱間加工時における鉄道車輪用鋼材の好ましい加熱温度は1220℃以上である。この場合、熱間加工時の加熱工程において、鉄道車輪用鋼材中のAlNやNbCが十分に固溶する。熱間加工時の加熱温度の好ましい下限は1230℃であり、さらに好ましくは1250℃であり、さらに好ましくは1300℃である。熱間加工時の加熱温度の好ましい上限は1350℃である。
【0089】
なお、熱間加工後の中間品の冷却方法は特に限定されない。放冷でもよいし、水冷でもよい。
【0090】
[熱処理工程]
熱処理工程では、成形された車輪形状の中間品に対して踏面焼入れを実施する。具体的には、熱間加工(熱間鍛造又は熱間圧延)後の中間品をAcm変態点以上に再加熱する(再加熱処理)。加熱後、中間品の踏面及びフランジ部を急冷(踏面焼入れ)する。たとえば、冷却媒体により踏面及びフランジ部を冷却する。冷却媒体はたとえば、エアー、ミスト、汽水(スプレー)であり、所望の組織に合った冷却速度が得られるものであれば特に限定されるものではない。なお、踏面焼入れ時において、板部及びボス部は水冷せずに放冷する。本実施形態では、鉄道車輪の化学組成におけるAl含有量を0.200〜1.500%とすることにより、踏面焼入れ時において板部及びボス部を従前の製造方法と同じく放冷しても、初析セメンタイトの生成を十分に抑制できる。具体的には、リム部、板部、ボス部において、初析θ量を2.00本/100μm以下に抑えることができる。さらに、Nbを0.005〜0.050%含有することにより、熱処理工程の加熱時において微細なNbCが生成し、ピンニング粒子として機能する。その結果、旧オーステナイト結晶粒の粗大化が抑制される。
【0091】
本実施形態の鉄道車輪の直径はたとえば、700mm〜1000mmである。また、踏面焼入れ時の踏面の好ましい冷却速度は5〜200℃/秒である。また、踏面焼入れ時の中間品のリム部及び板部において、最も冷却速度が遅い領域の好ましい冷却速度は0.1℃/秒以上である。この場合、鉄道車輪のリム部、板部及びボス部のうち、少なくともリム部及び板部のミクロ組織において、初析θ量が2.00本/100μm以下になる。中間品のうち冷却速度が最も遅い領域は、たとえば、踏面冷却中の中間品の温度分布変化を複数のサーモグラフィを用いて測定することにより、求めることができる。さらに好ましくは、踏面焼入れ時の中間品のリム部、板部及びボス部の領域のうち、最も冷却速度が遅い領域の好ましい冷却速度は0.1℃/秒以上である。この場合、鉄道車輪のリム部、板部及びボス部のミクロ組織において、初析θ量が2.00本/100μm以下になる。
【0092】
踏面焼入れにより、踏面の表層に微細パーライトが生成する。本実施形態の鉄道車輪のC含有量は0.80〜1.15%と高い。そのため、微細パーライトの耐摩耗性が高まる。また、本実施形態の鉄道車輪のAl含有量は0.200〜1.500%と高い。そのため、踏面焼入れ時に、鋼の靭性低下の要因となる初析セメンタイトの生成が抑制される。さらに、Nbを0.005〜0.050%含有することにより、熱処理工程の加熱時において微細なNbCが生成し、ピンニング粒子として機能する。その結果、旧オーステナイト結晶粒の粗大化が抑制される。旧オーステナイト結晶粒が微細なまま維持されるため、鋼材の焼入れ性を抑えることでき、その結果、焼入れ層の生成も抑制される。
【0093】
上記説明では中間品を再加熱するが、熱間加工後の中間品に対して直接(再加熱せずに)、踏面焼入れを実施してもよい。
【0094】
また、上述の説明では、踏面焼入れ時において、板部及びボス部を放冷しているが、放冷する場合、板部及びボス部の表面には焼入れ層が生成しにくい。一方、踏面焼入れ時において、板部及びボス部を放冷以上の冷却速度で冷却してもよい。この場合、板部及びボス部の表面に焼入れ層が生成しない程度の冷却速度で冷却するのが好ましい。
【0095】
踏面焼入れ後の中間品に対して、必要に応じて焼戻しを実施する。焼戻しは周知の温度及び時間で行えば足りる。焼戻し温度はたとえば、400〜600℃である。
【0096】
[切削加工工程]
上述のとおり、熱処理後の中間品の踏面の表層には微細パーライトが形成されるが、その上層には焼入れ層が形成されている。鉄道車輪の使用において、焼入れ層の耐摩耗性は低いため、切削加工により焼入れ層を除去する。切削加工は周知の方法で行えば足りる。上述のとおり、本実施形態の鉄道車輪ではNbを0.005〜0.050%含有することにより、焼入れ層の生成を抑制できる。そのため、製造工程における歩留まりも高めることができる。
【0097】
以上の工程により本実施形態の鉄道車輪が製造される。上記製造工程で製造された鉄道車輪において、初析θ量は2.00本/100μm以下である。そのため、鉄道車輪の靱性が高まると考えられる。さらに、Nbを含有することにより旧オーステナイト結晶粒径を小さく抑えることができ、鉄道車輪の靭性を十分に高く維持できる。
【実施例】
【0098】
[実施例1]
表2に示す化学組成を有する鋼番号1〜17の溶鋼を製造した。
【0099】
【表2】
【0100】
表2中において、「0.00」は対応する元素含有量が検出限界未満であったことを意味する。鉄道車輪の製造工程の素材製造工程を模擬して、上記溶鋼を用いて造塊法により丸インゴット(上面直径107mm、底面直径97mm、高さ230mmの円錐台型)を製造した。鉄道車輪の製造工程の成形工程を模擬して、インゴットを1250℃に加熱後、熱間鍛造して、直径40mmの丸棒を製造した。
【0101】
[模擬踏面焼入れ試験]
鉄道車輪の製造工程中の踏面焼入れを模擬した模擬踏面焼入れ試験を実施して、模擬踏面焼入れ試験後の初析θ量を調査した。
【0102】
[初析θ量測定試験]
各試験番号の丸棒の表面から径方向にD/4深さ位置(「D」は、丸棒の直径)から、直径3mm、長さ10mmの熱処理試験片を作製した。熱処理試験片の長手方向は、丸棒の中心軸方向と一致した。
【0103】
作製された熱処理試験片を用いて連続冷却試験を実施した。熱処理には富士電波工機製のフォーマスタ試験機を使用した。具体的には、各鋼番号の試験片を2個ずつ用意し、950℃で5分間均熱した。その後、試験片の1つは、一定の冷却速度1.0℃/秒で冷却した。試験片の他の1つは、一定の冷却速度0.1℃/秒で冷却した。冷却後の各試験片に対して、以下の方法で初析θ量を求めた。
【0104】
熱処理試験片の長手方向に垂直な断面を観察面とするサンプルを作製した。観察面において、次の方法により初析θ量を測定した。観察面を機械研磨した後、観察面に対して、ピクリン酸ソーダ液(水100ml+ピクリン酸2g+水酸化ナトリウム25g)を用いたエッチングを実施した。エッチングでは、煮沸させたピクリン酸ソーダ液にサンプルを浸漬した。エッチング後の観察面内の任意の1視野(200μm×200μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成した。コントラストに基づいて、観察視野中の初析セメンタイトを確認した。初析セメンタイトが観察された場合、上述の方法により、初析θ量を算出した。
【0105】
[焼入れ層深さ測定試験]
さらに、焼入れ層の深さについて、ジョミニ式一端焼入れ試験を実施した。ジョミニ式一端焼入れ試験は次の方法で実施した。各鋼番号の直径40mmの丸棒から、直径25mm、長さ100mmのジョミニ試験片を作製した。ジョミニ試験片の中心軸は、丸棒の中心軸と一致した。ジョミニ試験片を用いて、JIS G0561(2011)に準拠したジョミニ式一端焼入れ試験を実施した。具体的には、ジョミニ試験片を大気雰囲気中、Acm変態点以上の温度である950℃の炉内で30分保持して、ジョミニ試験片の組織をオーステナイト単相とした。その後、一端焼入れ(水冷)を実施した。具体的には、ジョミニ試験片の一端に水を噴射して冷却した。
【0106】
水冷後、水冷を実施したジョミニ試験片の側面を機械研磨し、その一端(水冷端)から軸方向に一定間隔で、JIS Z 2245(2011)に準拠したCスケールを用いたロックウェル硬さ(HRC)試験を実施して、HRC分布を得た。HRCの測定間隔は、水冷端から15mm位置までは1.0mmピッチとし、水冷端から15mm以上の位置では2.5mmピッチとした。得られたHRC分布から、次の方法により焼入れ層厚さを求めた。
【0107】
各試験番号の鋼材に対して図9A又は図9Bに示すジョミニ曲線を作成した。上述のとおり、ジョミニ曲線において、ロックウェル硬さHRCが急激に低下する領域Aを「焼入れ層」と定義し、ロックウェル硬さHRCがそれほど低下しない領域Bを「母材」と定義した。領域Aと領域Bとは変曲点を介して区分可能であった。各鋼番号のHRC分布(ジョミニ曲線)から領域Aを特定して、焼入れ層厚さ(mm)を求めた。
【0108】
なお、各試験番号のジョミニ式一端焼入れ試験後のジョミニ試験片に対して、ミクロ組織観察試験を実施して、焼入れ層が生成していない領域でのミクロ組織中のパーライト面積率を求めた。具体的には、各鋼番号のジョミニ試験片のうち、領域B(母材)に相当する部分から、サンプルを採取した。各サンプルの観察面を機械研磨により鏡面仕上げした。その後、観察面をナイタル液(硝酸とエタノールとの混合液)で腐食した。腐食後の観察面内の任意の1視野(500μm×500μm)に対して、500倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成した。コントラストに基づいて、観察面中のパーライトを特定した。パーライトの面積率は、特定されたパーライトの総面積と観察面の面積とに基づいて求めた。
【0109】
[旧オーステナイト結晶粒径測定試験]
各試験番号の丸棒の表面から径方向にD/4深さ位置から、直径3mm、長さ10mmの熱処理試験片を作製した。熱処理試験片の長手方向は、丸棒の中心軸の方向と一致した。
【0110】
作製された熱処理試験片を用いて連続冷却試験を実施した。熱処理には富士電波工機製のフォーマスタ試験機を使用した。具体的には、各試験番号の試験片を、950℃で5分間均熱した。その後、冷却速度0.01〜0.1℃/秒未満で冷却した。冷却後の各試験片の長手方向に垂直な断面を観察面とするサンプルを作製した。観察面を機械研磨した後、観察面に対して、ピクリン酸ソーダ液(水100ml+ピクリン酸2g+水酸化ナトリウム25g)を用いたエッチングを実施した。エッチングでは、煮沸させたピクリン酸ソーダ液にサンプルを浸漬した。エッチング後の観察面内の任意の1視野に対して、200倍の光学顕微鏡を用いて写真画像を生成した。観察視野は500μm×500μmの正方形視野であった。コントラストに基づいて、初析セメンタイトが析出している部分を旧オーステナイト結晶粒の粒界と判断して、旧オーステナイト結晶粒を特定した。特定された旧オーステナイト結晶粒の粒径を、切断法により求めた。具体的には、図8に示すとおり、正方形視野100の視野に、2本の対角線101を引いた。そして、これら2本の対角線101と交差する初析セメンタイト(旧オーステナイト結晶粒界)の本数の総和を求めた。そして、次式により、旧オーステナイト結晶粒の粒径(μm)を求めた。
旧オーステナイト結晶粒の粒径=2本の対角線101の総長さ/対角線101に交差する初析セメンタイトの総本数
ここで、2本の対角線101の総長さは、1414μmであった。
【0111】
[試験結果]
試験結果を表2に示す。表2を参照して、いずれの試験番号においても、焼入れ層以外の領域でのミクロ組織は実質的にパーライトからなる組織であった。つまり、パーライト面積率が95.0%以上であった。
【0112】
さらに、試験番号9〜14、16及び17の化学組成は適切であった。そのため、冷却速度が0.1℃/秒、1.0℃/秒のいずれの場合においても、初析θ量が2.00本/100μm以下であった。そのため、優れた靱性が得られることが予想できた。さらに、旧オーステナイト結晶粒径は40μm以下であり、優れた靱性が得られることが予想できた。さらに、焼入れ層深さは10.0mm以下に抑えられた。
【0113】
一方、試験番号1〜8では、Al含有量及び/又はNb含有量が低かった。そのため、冷却速度が0.1℃/秒、1.0℃/秒のいずれの場合においても、初析θ量が2.00本/100μmを超えた(試験番号1〜3,7及び8)。また、旧オーステナイト結晶粒径が40μmを超えた(試験番号4〜6)。なお、試験番号6では、試験番号5と比較してAl含有量が高かったため、焼入れ層の厚さが10.0mmを超えた。
【0114】
試験番号15では、Nb含有量が低かった。そのため、旧オーステナイト結晶粒径が40μmを超えた。
【0115】
[実施例2]
表2の試験番号1〜17のうち、Nb以外の元素含有量が適切な試験番号5の直径40mmの丸棒と、全ての元素含有量が適切な試験番号9、10、12及び13の直径40mmの丸棒とを用いて、靱性を次の方法で評価した。具体的には、試験番号5、9、10、12及び13の丸棒から、幅12mm、高さ12mm、長さ70mmの角棒状熱処理素材を3本ずつ採取した。角棒状熱処理素材は丸棒の中心軸から半径4mmの範囲を避けて採取した。角棒状熱処理素材の長手方向は、丸棒の長手方向に平行であった。
【0116】
角棒状熱処理素材に対して、踏面焼入れを模擬した連続冷却試験を実施した。熱処理には富士電波工機製の熱サイクル試験機を使用した。角棒状熱処理素材を950℃で5分間均熱した。その後、角棒状熱処理素材を一定の冷却速度1.0℃/秒で冷却した。以上の工程により、鉄道車輪の製造工程を模擬した熱処理を施した。熱処理後、角棒状熱処理素材を機械加工して、幅10mm、高さ10mm、長さ55mmのUノッチ試験片を作製した。
【0117】
製造したUノッチ試験片に対して、JIS Z 2242(2005)に準拠したシャルピー衝撃試験を常温、大気中で実施し、シャルピー衝撃値(J/cm)を求めた。3つの値の平均値を、その試験番号のシャルピー衝撃値(J/cm)と定義した。得られたシャルピー衝撃値(J/cm)を表2に示す。
【0118】
表2を参照して、本発明例である試験番号9、10、12及び13のシャルピー衝撃値は、Nb含有量が低すぎた試験番号5と比較して、シャルピー衝撃値が高かった。具体的には、試験番号9、10、12及び13のシャルピー衝撃値は、13.0J/cm以上であった。
【0119】
以上、本発明の実施形態を説明した。しかしながら、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0120】
1 鉄道車輪
2 ボス部
3 板部
4 リム部
41 踏面
42 フランジ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10