(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6773342
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】DLC被覆部材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
B24C 1/06 20060101AFI20201012BHJP
B24C 11/00 20060101ALN20201012BHJP
【FI】
B24C1/06
!B24C11/00 C
!B24C11/00 D
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-40413(P2019-40413)
(22)【出願日】2019年3月6日
(65)【公開番号】特開2020-142322(P2020-142322A)
(43)【公開日】2020年9月10日
【審査請求日】2019年8月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000154129
【氏名又は名称】株式会社不二製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】特許業務法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 恵二
(72)【発明者】
【氏名】石橋 正三
(72)【発明者】
【氏名】近藤 祐介
【審査官】
亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2019−025584(JP,A)
【文献】
国際公開第2016/171273(WO,A1)
【文献】
特開2018−155728(JP,A)
【文献】
特開2010−126419(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/026057(WO,A1)
【文献】
国際公開第2017/199918(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 1/06 − 11/00
C01B 32/00 − 32/991
B21J 13/02
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材表面をDLC膜で被覆したDLC被覆部材を処理対象とし,該DLC被覆部材の前記DLC膜の表面に,メディアン径D50が1〜20μmで,空気中での落下時間が10sec/m以上の略球状の噴射粒体を,0.01MPa〜0.7MPaの噴射圧力で噴射して,前記DLC膜の表面に,前記母材を露出させないディンプルを,該ディンプルの投影面積の合計が処理領域の50%以上となるように形成すると共に,前記DLC膜の表面を,算術平均高さ(Sa)が0.01〜0.1μmで,かつ,表面性状のアスペクト比(Str)が0.4以上となるように加工することを特徴とするDLC被覆部材の表面処理方法。
【請求項2】
前記噴射粒体の噴射速度を80m/sec以上としたことを特徴とする請求項1記載のDLC被覆部材の表面処理方法。
【請求項3】
表面粗さRa0.1μm以下に平滑化された前記母材の表面に前記DLC膜が成膜されたDLC被覆部材を前記処理対象とすることを特徴とする請求項1又は2記載のDLC被覆部材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,DLC(Diamond Like Carbon:ダイヤモンドライクカーボン)の膜で被覆された部材の表面処理方法に関し,より詳細には,DLC被覆部材のDLC膜の表面に摺動抵抗の低減等の効果を発揮する微小なディンプルを多数形成するための,DLC被覆部材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非晶質(アモルファス)の硬質カーボンであるDLCは,高硬度であり,耐摩耗性に優れると共に,摩擦係数が低く,他材料が付着し難い等の特徴を有することから,切削工具の刃先や,摺動部材の摺動面,金型のキャビティ内面をDLC膜で被覆することで,耐摩耗性や摺動性の向上,離型性の向上等を目的とした表面改質に利用されている。
【0003】
このように,DLC膜で被覆されたDLC被覆部材は,摩擦係数が低く,耐摩耗性に優れると共に,離型性に優れる等の効果を既に有するものであるが,このようなDLC被覆部材の更なる摩擦係数の低下や耐摩耗性の向上,離型性の向上等を目的として,DLC膜の表面に,油溜り等として機能する微小なディンプルを多数形成することも提案されている。
【0004】
このようなディンプルの形成方法としては,例えばDLC膜を形成する前に母材表面にディンプルとなる凹部を形成しておき,該母材の表面にDLC膜を成膜することで,母材に形成されたディンプルを,DLC膜の表面にも表出させることも提案されている。
【0005】
しかし,この方法では,母材に形成した凹部内の陰となる部分ではDLC膜の膜厚が薄くなり,凸部では厚くなる等,膜の品質が一定しないだけでなく,これによりDLC膜上に形成されるディンプルの形状は,母材に形成した凹凸形状を忠実に反映させたものとはならず,このような形状変化を見越して母材上に凹凸を形成する必要がある等,意図した形状のディンプルをDLC膜上に形成するためには経験と勘が必要となる。
【0006】
そのため,母材側に凹部を形成することなく,DLC膜に直接,ディンプルを形成する方法も提案されている。
【0007】
このような方法としては,DLC膜の成膜過程で同時にディンプルを形成する方法と,一旦,DLC膜を形成した後に,事後的にディンプルを形成する方法がある。
【0008】
このうち,DLC膜の成膜過程で同時にディンプルを形成する方法として,後掲の特許文献1には,アンバランスドマグネトロンスパッタリング法によりDLCの成膜を行う際に,母材側に印加するバイアス電圧を調整することで,得られたDLC膜の表面に微細なディンプルを形成できることを開示する(特許文献1の請求項4,5)。
【0009】
また,DLC膜の成膜後,事後的にディンプルを形成する方法として,後掲の特許文献2には,プラズマエッチング,集束イオンビーム,又は,レーザー加工により,また,特許文献3には集束イオンビームにより,DLCコーティングを部分的に除去してディンプルを形成することを開示する(特許文献2の請求項4,
図6他,特許文献3の請求項4)。
【0010】
更に,DLC膜の成膜後に事後的にディンプルを形成する別の方法として,後掲の特許文献4には,DLC膜の表面に,セラミックス材料等からなる微細粒子を高速噴射して,下地である基材や中間層の表面が露出するよう微細に剥離させることによりディンプルを形成する方法を開示する(特許文献4の[0016]欄)〔DLC被覆部材に対する微粒子衝突によるディンプル形成は,後掲の特許文献5でも言及されている。〕。
【0011】
なお,DLC被覆部材に対する表面処理に関するものではないが,本発明の出願人は,軟質,硬質,いずれの金属成品に対しても,均一なナノ結晶組織を表面に沿って連続して形成することを目的として,金属成品に対し,メディアン径D50が1〜20μmで,空気中での落下時間が10sec/m以上の略球状の噴射粒体を,0.05MPa〜0.5MPaの噴射圧力で噴射して,前記金属成品の表面に沿って表面から一定の深さの範囲を連続して均一に平均結晶粒径が300nm以下のナノ結晶に微細化させたナノ結晶組織を形成すると共に,前記金属成品の表面に圧縮残留応力を付与する金属成品の表面処理方法について既に出願している(特許文献6の請求項1他)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2004−339564号公報
【特許文献2】特開2006− 38000号公報
【特許文献3】特開2005−193390号公報
【特許文献4】特開2010−126419号公報
【特許文献5】国際公開WO2017/169303号公報
【特許文献6】特開2017−206761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上で説明したDLC膜に対するディンプルの形成方法のうち,特許文献1に記載の方法のように,DLC膜の成膜過程でディンプルを形成する場合,形成したDLC膜を破壊,損傷等させることなくディンプルを形成することができる点で優れている。
【0014】
しかし,DLC膜の成膜方法がアンバランスドマグネトロンスパッタリング法に限定されると共に,アンバランスドマグネトロンスパッタリング法は,基材に印加するバイアス電圧の変化によって形成するDLC膜の平滑さや,硬さ等の機械特性を制御するものであるため,バイアス電圧を一定範囲内(150〜600V)に制限してDLC表面に凹部を形成する特許文献1に記載の方法では,得られるDLC膜の機械特性も限定されると共に,DLC膜の表面に目的とするサイズの凹部を形成するための条件の調整作業等が煩雑である。
【0015】
これに対し,DLC膜の形成後に,形成されたDLC膜の一部を除去してディンプルを形成する方法では,アンバラスドマグネトロンスパッタリング法に限定されず,これ以外の方法,例えば一般的なマグネトロンスパッタリング(バランスドマグネトロンスパッタリング)や真空アーク蒸着,プラズマCVD等によって成膜された各種のDLC膜に対しディンプルを形成することができ,DLCの成膜方法が限定されない。
【0016】
特に,微粒子の投射によってディンプルを形成する前掲の特許文献4及び特許文献5に記載の方法では,空気噴射式等の噴射装置(特許文献4[0027]欄),すなわち,ブラスト加工装置(特許文献5[0076]欄)によってディンプルを形成することができるため,プラズマエッチング,集束イオンビーム,又は,レーザー加工によりDLC膜を除去してディンプルを形成する特許文献2や,集束イオンビームによりDLC膜を除去する特許文献3に記載の方法に比較して,簡易な装置構成によってディンプルを形成することができるため,低コストでの処理が可能となる。
【0017】
しかし,上記いずれの方法共に,一旦形成したDLC膜を微細に除去又は剥離させることによりディンプルを形成する構成,すなわち,DLC膜を傷付けてディンプルを形成しているため,ディンプルの形成部分を起点として,DLC膜に更に亀裂や剥離が生じ易くなる。
【0018】
このことから,微粒子の投射によってディンプルを形成する方法を記載した前掲の特許文献4には,ディンプルの合計面積率を,全表面の10%以下に止めるべきことが記載されていると共に,この範囲を超えてディンプルを形成すると,DLC膜の剥離が生じ易くなると記載する(特許文献3[0016],[0017])。
【0019】
その結果,この方法では,ディンプルに摺動性向上の機能を十分に果たさせることができる程の面積率(一例として,50%以上)でディンプルを形成することができない。
【0020】
ここで,DLC膜は膜厚が薄く応力も高いため,衝撃に弱く,強い衝撃が加わると簡単に割れて剥離することは当業者の良く知るところであり,前掲の特許文献4では,このようなDLC膜の特性を利用して,微粒子との衝突部分でDLC膜に部分剥離を生じさせてディンプルを形成している。
【0021】
そのため,この方法では,部分的な剥離という,DLC膜に損傷を与えることを前提とした加工によってディンプルを形成するものであるから,前述したように形成するディンプルの面積率には,必然的に頭打ちがある。
【0022】
その一方で,微粒子の投射によってディンプルを形成する方法は,既知のブラスト加工装置等を使用して,比較的安価にディンプルを形成することができる点で優れる。
【0023】
そこで本発明は,微粒子の衝突により比較的簡単にディンプルを形成することができるものでありながら,DLC膜の部分的な剥離と,これによる母材の露出を生じさせることなく,DLC膜の表面にディンプルを形成できるようにすることで,ディンプルを,投影面積の合計が処理領域の50%以上となるように形成することができ,従って,より高い摺動性の向上等の機能を付与することができるDLC被覆部材の表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的を達成するための,本発明のDLC被覆部材の表面処理方法は,
母材表面をDLC膜で被覆したDLC被覆部材を処理対象とし,該DLC被覆部材の前記DLC膜の表面に,メディアン径D50が1〜20μmで,空気中での落下時間が10sec/m以上の略球状の噴射粒体を,0.01MPa〜0.7MPaの噴射圧力で噴射して,前記DLC膜の表面に,前記母材を露出させないディンプルを,該ディンプルの投影面積の合計が処理領域の50%
以上となるように形成すると共に,前記DLC膜の表面を,算術平均高さ(Sa)が0.01〜0.1μmで,かつ,表面性状のアスペクト比(Str)が0.4以上となるように加工することを特徴とする(請求項1)。
【0025】
上記構成のDLC被覆部材の表面処理方法において,前記噴射粒体の噴射速度は,80m/sec以上とすることが好ましい(請求項2)。
【0026】
更に,前記処理対象としては,表面粗さRa0.1μm以下に平滑化された前記母材の表面に前記DLC膜が成膜されたDLC被覆部材を前記処理対象とすることが好ましい(請求項3)。
【発明の効果】
【0027】
以上で説明した本発明の表面処理方法では,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0028】
すなわち,同様に微粒子の噴射と衝突によってDLC膜にディンプルを形成していた従来の表面処理方法(前掲の特許文献4)ではDLC膜を部分的に破壊して剥離し,母材を露出させることでDLC膜にディンプルを形成していたのに対し,本発明の表面処理方法では,DLC膜の部分的な破壊による剥離や,母材の露出を伴うことなく,DLC膜の表面にディンプルを形成することができた。
【0029】
その結果,本発明の方法によれば,処理対象領域の表面に,ディンプルを,投影面積の合計が処理領域の50%以上となるように形成した場合であっても,使用中にDLC膜が剥離等することを防止できた。
【0030】
このように,本発明の表面処理方法でDLC膜の破損や剥離を伴うことなくディンプルを形成することができたメカニズムは必ずしも明らかではないが,本発明の方法で使用する噴射粒体は,メディアン径D50が1〜20μmと小さく,空気中での落下時間が10sec/m以上と質量も小さいため,DLC膜の表面に衝突した際の応力は衝突部分に局部的に集中すると共に,表面付近に集中して,母材との界面にまで至らない。
【0031】
その一方,上記で規定した噴射粒体は,気流に乗り易く,気流の速度に近い速度で飛翔させることができ,0.01MPa程度の比較的低い噴射圧力で噴射しても,噴射ノズル内を流れる気流の流速と同程度,一例として80m/sec以上の高速で噴射することが可能となる。
【0032】
このように,衝突時の応力が局部的に集中して深部(母材との界面)にまで至らないことで,DLC膜の剥離が防止できる一方,高速での投射が可能となることにより高い衝突エネルギーが得られることで,該微粒子の衝突時のエネルギーにより,DLC膜の密度の上昇と共に,衝突による構造破壊と再構築が同時に生じることで,DLC膜の破損や剥離を生じさせることなく,また,母材を露出させることなしに,ディンプルを形成することができたものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】レーザー電子顕微鏡で測定した,未処理のDLC被覆部材(比較例1)の表面凹凸形状の線図。
【
図2】レーザー電子顕微鏡で測定した,本発明の表面処理方法で処理したDLC被覆部材(実施例1)の表面凹凸形状の線図。
【
図3】金型表面のレーザー電子顕微鏡像であり,(A)は未処理(比較例1),(B)は本発明表面処理を施したもの(実施例1)。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に,本発明の実施形態につき以下説明する。
【0035】
〔処理対象成品〕
本発明の表面処理方法による処理対象は,表面がDLC膜で被覆されていると共に,その表面に,油溜り,空気溜り,離型剤溜り等の摺動性の向上や離型性の向上等の効果を発揮するディンプルを形成する,例えば切削工具の刃先,ベアリングやシャフト等の摺動部材の摺接面,各種金型の成型面等,DLC膜が形成されると共に,該DLC膜の表面に対するディンプルを形成することが有効な各種のDLC被覆部材を処理対象とすることができ,DLC被覆部材は,その全体がDLCで被覆されているものに限らず,その一部がDLCで被覆されたものであっても良い。
【0036】
処理対象とするDLC被覆部材の母材は,DLC膜が形成可能なものであれば特にその材質は限定されず,例えば,超硬合金,冷間金型用鋼,高速度工具鋼,ステンレス等各種金属製の母材の他,セラミックス製の母材であっても対象とすることができる。
【0037】
なお,処理対象部材の表面に下地層を形成した後,該下地層の表面にDLCを成膜している場合には,該下地層が本発明における母材となる。
【0038】
処理対象とするDLC被覆部材は,好ましく母材の表面を,表面粗さRaで0.1μm以下の鏡面に研磨したものに対しDLC膜を成膜したものを処理対象とすることが好ましい。表面粗さRaで0.1μmを超えると,凹凸の先端が破壊起点になりやすくなり,本発明処理をすると剥離しやすいためである。
【0039】
処理対象とするDLC被覆部材に対するDLC膜の形成方法及び形成するDLC膜の種類は特に限定されず,真空アーク蒸着法等で成膜される,ta−C(Tetrahedral Amorphous Carbon)と呼ばれる高硬度の水素フリーのDLC膜,スパッタリング法等により成膜される,a−C(Amorphous Carbon)と呼ばれる低硬度の水素フリーのDLC膜,プラズマCVD法等によって成膜される,a−C:H(Hydrogenated Amorphous Carbon)と呼ばれる水素含有DLC膜〔このうち,比較的高硬度のものはta−C:H(Hydrogenated Tetrahedral Amorphous Carbon)と呼ばれる〕が形成されたものは,いずれも本発明の処理対象とすることができ,また,ダイヤモンド構造(SP3結合),グラファイト構造(SP2結合)及びこれらが混在した構造のDLC膜が形成されたもののいずれも本発明による処理対象とすることができる。
【0040】
〔表面処理〕
前述したDLC被膜部材の表面のうち,ディンプルの形成を行う領域に対し,略球状の噴射粒体を噴射して前述した領域に衝突させる。
【0041】
この表面処理に使用する噴射粒体,噴射装置,噴射条件を一例として以下に示す。
【0042】
(1)噴射粒体
本発明の表面処理方法で使用する略球状の噴射粒体における「略球状」とは,厳密に「球」である必要はなく,一般に「ショット」として使用される,角のない形状の粒体であれば,例えば楕円形や俵型等の形状のものであっても本発明で使用する「略球状の噴射粒体」に含まれる。
【0043】
噴射粒体の材質としては,金属系,セラミックス系のいずれのものも使用可能であり,一例として,金属系の噴射粒体の材質としては,スチール,高速度工具鋼(ハイス鋼)(SKH),ステンレス鋼(SUS),鉄クロムボロン(FeCrB)等を挙げることができ,また,セラミックス系の噴射粒体の材質としては,アルミナ(Al
2O
3),ジルコニア(ZrO
2),ジルコン(ZrSiO
4),炭化ケイ素(SiC),ガラス等を挙げることができる。
【0044】
使用する噴射粒体の粒径は,メディアン径(D50)で1〜20μmの範囲のものを使用する。
【0045】
ここで「メディアン径D50」とは,累積質量50%径,すなわち,粒子群をある粒子径から2つに分けたとき,大きい側の粒子群の積算粒子量と,小さい側の粒子群の積算粒子量が等量となる径をいい,JIS R 6001(1987)における「累積高さ50%点の粒子径」と同義であり,このメディアン径は,レーザー回析法により測定することができる。
【0046】
なお,メディアン径1〜20μmという微粉の噴射粒体では,噴射粒体の材料密度の選択により,空気中における落下時間が長い(空気中を浮遊する)性質を付与することができ,このような性質を持った噴射粒体は,気流に乗り易く,気流の流速と同程度の速度で飛翔させることが可能となる。
【0047】
本発明の表面処理方法では,使用する噴射粒体を,無風状態の空気中における落下時間が10sec/m以上のものを使用し,ブラスト加工装置の噴射ノズルから噴射される気流の流速と略同じ速度で噴射できるようにした。
【0048】
この落下速度は,粒径が同一であれば噴射粒体を構成する材料の密度が低いもの程,落下時間が長くなり,密度7.85の鉄系の噴射粉体では,粒径20μmで10.6sec,粒径10μmで41.7secであり,密度3.2のセラミックス系の噴射粒体では,粒径20μmで26.3sec,粒径10μmで100secである。
【0049】
(2)噴射装置
前述した噴射粒体を処理領域の表面に向けて噴射する噴射装置としては,圧縮気体と共に研磨材の噴射を行う既知のブラスト加工装置を使用することができる。
【0050】
このようなブラスト加工装置としては,圧縮気体の噴射により生じた負圧を利用して研磨材を噴射するサクション式のブラスト加工装置,研磨材タンクから落下した研磨材を圧縮気体に乗せて噴射する重力式のブラスト加工装置,研磨材が投入されたタンク内に圧縮気体を導入し,別途与えられた圧縮気体供給源からの圧縮気体流に研磨材タンクからの研磨材流を合流させて噴射する直圧式のブラスト加工装置,及び,上記直圧式の圧縮気体流を,ブロワーユニットで発生させた気体流に乗せて噴射するブロワー式ブラスト加工装置等が市販されているが,これらはいずれも前述した噴射粒体の噴射に使用可能である。
【0051】
(3)処理条件
以上で説明したDLC被覆部材に対し,前述した材質等からなるメディアン径D50が1〜20μmで空気中での落下時間が10sec/m以上の略球状の噴射粒体を,0.01MPa以上,0.7MPa以下の噴射圧力で噴射することにより,母材を露出させないディンプルの形成を行う。
【0052】
このような噴射粒体の噴射は,DLC膜の表面に対し,ディンプルの投影面積の合計が処理領域の50%以上となるまで行う。なお,本明細書において「投影面積」とは,前記ディンプルの外郭の面積をいう。
【0053】
また,前述の噴射粒体の噴射は,処理後のDLC表面の表面粗さが,ISO25178に規定する算術平均高さSaで0.01〜0.1μmの範囲となるように行う。
【0054】
また,同じくISO25178に規定する表面性状のアスペクト比Strで0.4以上となるように行い,DLC膜の表面を,方向性を持たない面に加工する。
【0055】
〔作用等〕
以上で説明した本発明の表面処理方法によれば,DLC膜を剥離させることなく,従って,母材を露出させることなしにDLC膜に微細なディンプルを投影面積の合計が処理領域の50%以上となるように形成することができた。
【0056】
その結果,本発明の方法で処理されることで,DLC膜の表面に微細なディンプルが形成されたDLC被覆部材では,相手方部材との接触面積が減少することで摺動時の抵抗を軽減することができた。
【0057】
また,本発明の方法で形成されたDLC被覆部材表面の凹凸形状は,なだらかな凹凸が支配的な形状となることで,凹凸の傾斜角度が小さくなり,凸部にかかる摩擦力についても軽減し得るものとなった。
【0058】
また,浅く,径の小さなディンプルが形成されることで,摺動時にDLC膜の表面に空気の膜が形成されることで,気体潤滑効果が得られる点でも摺動性の向上が得られる。
【0059】
更に,形成されたディンプルは,油溜りとしても機能することから,摺動部に潤滑油を注油する場合,注油しない場合のいずれにおいても摺動性の向上を得ることができた。
【実施例】
【0060】
次に,本発明の方法で表面処理を行ったDLC被覆部材と,未処理のDLC被覆部材の比較試験を行った結果を以下に示す。
【0061】
なお,以下に示す粗さの測定は,形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製 VK−X250)を用いて測定倍率3000倍で測定して得た形状を,同レーザー顕微鏡に付属の解析ソフト(「マルチファイル解析アプリケーション VK−H1MX」)を使用して行った解析結果に基づき算出した。
【0062】
〔試験例1〕アルミ缶成形用絞り金型
(1)試験方法
本発明の方法で表面処理を行ったアルミ缶成形用絞り金型と,未処理のアルミ缶成形用絞り金型を使用して,それぞれ10,000ショット,アルミ缶を成形し,成形後のアルミ缶成形用絞り金型表面のDLC膜の剥離状態と,アルミの凝着状態をそれぞれ目視により評価した。
【0063】
(2)実施例及び比較例
母材表面をRa0.02μm以下にラップ研磨した後,膜厚0.5μmのDLC膜を形成した超硬合金製アルミ缶成形用絞り金型の表面に,下記の表1に示す条件で本発明の表面処理を施したもの(実施例1〜3)と,未処理のもの(比較例1)を使用してそれぞれアルミ缶を成形した。
【0064】
【表1】
【0065】
(3)評価結果
前掲のレーザー顕微鏡(キーエンス社製 VK−X250)を使用して測定した,金型の表面凹凸形状を
図1(未処理:比較例1)及び
図2(本発明の表面処理:実施例1)にそれぞれ示す。
【0066】
また,それぞれの金型の表面を撮影した電子顕微鏡像を
図3〔(A)は未処理(比較例1),(B)は本発明の表面処理(実施例1)〕に示す。
【0067】
更に,アルミ缶を成形した後の実施例1〜3のアルミ缶成形用絞り金型と,比較例1のアルミ缶成形用絞り金型それぞれについて,DLC膜の剥離状態と,アルミの凝着状態を目視により確認した結果を,下記の表2に示す。
【0068】
【表2】
【0069】
図1に示す未処理(比較例1)の金型の表面との比較により明らかなように,
図2に示した本発明の表面処理を施した金型では,表面にディンプルが形成されていることが確認できる。
【0070】
このディンプルは,0.5μmあるDLCの膜厚に対し,いずれも0.2μm以下の深さで形成されていることから,本発明の表面処理方法では,金型の母材を露出させることなく,DLC被覆部材の表面に対しディンプルを形成できており,こにより,DLC膜を局部的に剥離させる場合のように,ディンプルの形成位置を起点としてDLC膜が剥離することを防止できるものとなっている。
【0071】
また,
図2及び
図3(B)からも判るように,本発明の表面処理方法によってディンプルが形成された金型の表面形状は,比較的なだらかな形状を有する凹凸が支配的となっており,摺接時に凸部にかかる摩擦力についても軽減し得るものとなっている。
【0072】
その結果,本発明の表面処理を施していないアルミ缶成形用絞り金型(比較例1)では,アルミ缶の成形後,DLC膜が一部剥離していると共に,比較的大きなアルミの凝着が生じていたのに対し,本発明の方法で表面処理を行ったアルミ缶成形用絞り金型(実施例1〜3)では,DLC膜の剥離は確認できず,かつ,アルミの凝着もごくわずか,又はわずかであり,本発明の表面処理方法で表面処理を行うことで,未処理のDLC被覆部材に対し機械的特性が向上することが確認された。
【0073】
〔試験例2〕プロファイルパンチ
(1)試験方法
本発明の方法で表面処理を行ったプロファイルパンチと,未処理のプロファイルパンチを使用して,それぞれ15,000ショット,電子部品材料(材質 真鍮)の型抜きを行い,使用後のプロファイルパンチ表面のDLC膜の剥離状態を目視により評価した。
【0074】
(2)実施例及び比較例
母材表面をRa0.02μm以下にラップ研磨した後,膜厚1.5μmのDLC膜を形成した超硬合金製プロファイルパンチの表面に,下記の表3に示す条件で本発明の表面処理を施したもの(実施例4〜6)と,未処理のもの(比較例2)を使用した。
【0075】
【表3】
【0076】
(3)評価結果
実施例4〜6のプロファイルパンチと,比較例2のプロファイルパンチそれぞれについて,DLC膜の剥離状態を確認した結果を,下記の表4に示す。
【0077】
【表4】
【0078】
以上の結果,本発明の方法による表面処理を施していないプロファイルパンチ(比較例2)では,電子部品材料の打ち抜き後,パンチの先端でDLC膜が剥離していることが確認された。
【0079】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行ったプロファイルパンチ(実施例4〜6)では,パンチの先端部分を含め,いずれの部分においてもDLC膜の剥離は確認できず,本発明の表面処理方法で表面処理を行うことで,未処理のDLC被覆部材に対し機械的特性が向上することが確認された。
【0080】
〔試験例3〕部品搬送用レール
(1)試験方法
本発明の方法で表面処理を行った部品搬送用レール(実施例7)と,未処理の部品搬送用レール(比較例3)を使用して,それぞれ部品の搬送を行い,搬送時における搬送部品の引っ掛かりの有無を目視により確認した。
【0081】
(2)実施例及び比較例
母材表面をRa0.02μm以下にラップ研磨した後,膜厚1.5μmのDLC膜を形成したSUS304製の部品搬送用レールの表面に,下記の表5に示す条件で本発明の表面処理を施したもの(実施例7)と,未処理のもの(比較例3)を使用した。
【0082】
【表5】
【0083】
(3)評価結果
実施例7の部品搬送用レールと,比較例3の部品搬送用レールそれぞれについて,搬送部品の引っ掛かり状態を目視により確認した結果を,下記の表6に示す。
【0084】
【表6】
【0085】
以上の結果,本発明の方法による表面処理を施していない部品搬送用レール(比較例3)では,搬送部品の引っ掛かりが確認され,この部分で,DLC膜に亀裂や剥離が生じているものと考えられる。
【0086】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った部品搬送用レール(実施例7)では,搬送部品の引っ掛かりは確認できず,DLC膜に亀裂や剥離等が生じておらず,かつ,良好な摺動性を発揮していることが確認された。