特許第6773411号(P6773411)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6773411浸炭システム及び表面硬化鋼材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6773411
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】浸炭システム及び表面硬化鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20201012BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   C23C8/22
   C21D1/06 A
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-239097(P2015-239097)
(22)【出願日】2015年12月8日
(65)【公開番号】特開2017-106054(P2017-106054A)
(43)【公開日】2017年6月15日
【審査請求日】2018年7月2日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000109428
【氏名又は名称】日本エア・リキード合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】特許業務法人 ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】亀井 康行
(72)【発明者】
【氏名】中台 康博
(72)【発明者】
【氏名】坪井 真
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−050159(JP,A)
【文献】 特開2012−092423(JP,A)
【文献】 特開2000−096133(JP,A)
【文献】 特開2004−315905(JP,A)
【文献】 特開昭58−213870(JP,A)
【文献】 米国特許第04744839(US,A)
【文献】 米国特許第04249965(US,A)
【文献】 特開2006−063389(JP,A)
【文献】 特開昭62−040358(JP,A)
【文献】 特開2015−129324(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/003400(WO,A1)
【文献】 特開2008−290905(JP,A)
【文献】 特開昭55−041990(JP,A)
【文献】 特開2004−217976(JP,A)
【文献】 特開昭63−008202(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
C21D 1/02−1/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇温処理、浸炭処理、拡散処理、降温処理及び焼入処理により被処理体の表面硬化処理を行う浸炭システムであって、
浸炭炉と、
前記浸炭炉に接続されており、一酸化炭素を含む浸炭用ガスを前記浸炭炉に導入する1以上の導入路と、
前記浸炭炉に接続されており、不活性ガスを前記浸炭炉に導入する、前記導入路とは別の1以上の導入路と、
前記浸炭用ガス及び前記不活性ガスの流量を制御する制御部と
を備え、
500℃以下の温度でメタノールを分解して一酸化炭素と水素とを含む混合ガスを生成する分解筒と、
前記混合ガスから水素の一部を分離除去して前記浸炭用ガスを生成する分離部と
を有する浸炭用ガス生成装置をさらに備え、
前記制御部は、
前記昇温処理、前記拡散処理、前記降温処理及び前記焼入処理を行う間は、前記浸炭用ガスと前記不活性ガスとを前記浸炭炉に導入し、
前記浸炭処理を行う間は前記浸炭用ガスを前記浸炭炉に導入し、かつ前記不活性ガスの前記浸炭炉への導入を停止するように前記浸炭用ガス及び前記不活性ガスの流量を制御する浸炭システム。
【請求項2】
前記不活性ガスは窒素ガスである請求項1に記載の浸炭システム。
【請求項3】
前記浸炭用ガスはさらに水素を含み、
前記一酸化炭素の体積及び前記水素の体積の合計に占める前記一酸化炭素の体積比率が40〜60体積%である請求項1又は2に記載の浸炭システム。
【請求項4】
前記不活性ガスの体積及び前記浸炭用ガスの体積の合計に占める前記不活性ガスの体積比率が40〜70体積%である請求項1〜3のいずれか1項に記載の浸炭システム。
【請求項5】
表面硬化鋼材の製造方法であって、
浸炭炉に投入した鋼材を浸炭温度まで加熱する昇温工程、
前記鋼材の表面に炭素を侵入させる浸炭工程、
前記鋼材の表面に侵入させた炭素を前記鋼材の内部に拡散させる拡散工程、
前記鋼材の温度を焼入温度まで低下させる降温工程、及び
前記鋼材を焼入温度で保持する焼入工程
を含み、
前記昇温工程、前記拡散工程、前記降温工程及び前記焼入工程の間は、一酸化炭素を含む浸炭用ガスと不活性ガスとをそれぞれ別々の導入路により前記浸炭炉に導入し、
前記浸炭工程の間は前記浸炭用ガスを前記浸炭炉に導入し、前記不活性ガスの前記浸炭炉への導入を停止し、
前記浸炭用ガスは、
500℃以下の温度でメタノールを分解して一酸化炭素と水素とを含む混合ガスを生成する混合ガス生成工程と、
前記混合ガスから水素の一部を分離除去して前記浸炭用ガスを生成する分離工程と
を経て得られる表面硬化鋼材の製造方法。
【請求項6】
前記不活性ガスは窒素ガスである請求項に記載の表面硬化鋼材の製造方法。
【請求項7】
前記浸炭用ガスはさらに水素を含み、
前記一酸化炭素の体積及び前記水素の体積の合計に占める前記一酸化炭素の体積比率が40〜60体積%である請求項又はに記載の表面硬化鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記不活性ガスの体積及び前記浸炭用ガスの体積の合計に占める前記不活性ガスの体積比率が40〜70体積%である請求項のいずれか1項に記載の表面硬化鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭システム及び表面硬化鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の表面の硬度を高めるガス浸炭処理(以下、単に「浸炭処理」ともいう。)として、浸炭炉内で被処理材を加熱しながら、その浸炭炉内に一酸化炭素(以下、「CO」ともいう。)及び水素を含む浸炭用ガスを導入する方法が知られている(例えば、特許文献1)。一般に、浸炭炉内における浸炭プロセスは昇温、浸炭、拡散、降温及び焼入という各モードで構成されている。
【0003】
COを含む浸炭用ガスを利用する浸炭処理においては、均一かつ迅速に浸炭処理を行うために、浸炭炉内での安定した浸炭雰囲気の形成や浸炭用ガス中のCOの高濃度化が求められる。高濃度COを含む浸炭用ガスを供給する方策として、高温下での触媒反応や酸素バーナーによる燃焼反応から生成し、生成した高温のガスを常温にまで急冷して浸炭炉に供給するという技術が提案されている(例えば、特許文献2)。従来では、このようにして得られる高濃度COを含む浸炭用ガスを浸炭プロセスの全てのモードで一定して浸炭炉に供給し、浸炭処理を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008−513083号公報
【特許文献2】特開2004−010952号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、浸炭炉内における浸炭処理において高濃度COを含む浸炭用ガスを用いた場合、煤の発生量が多くなる傾向にある。浸炭炉内における煤の発生量の増加により浸炭処理品の品質が低下したり、浸炭炉のクリーニング頻度が増加して歩留まりが低下したりするという問題がある。
【0006】
本発明は前記問題点に鑑みなされたものであり、浸炭プロセスにおいて高濃度COを含む浸炭用ガスを用いる場合であっても煤の発生を抑制することを可能とする浸炭システム及び表面硬化鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは鋭意検討したところ、下記構成を採用することにより前記目的を達成できることを見出して、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明は、昇温処理、浸炭処理、拡散処理、降温処理及び焼入処理により被処理体の表面硬化処理を行う浸炭システムであって、
浸炭炉と、
前記浸炭炉に接続されており、一酸化炭素を含む浸炭用ガスと不活性ガスとを前記浸炭炉に導入する1以上の導入路と、
前記浸炭用ガス及び前記不活性ガスの流量を制御する制御部と
を備える浸炭システムであって、
前記制御部は、
前記昇温処理、前記拡散処理、前記降温処理及び前記焼入処理を行う間は、前記浸炭用ガスと前記不活性ガスとを前記浸炭炉に導入し、
前記浸炭処理を行う間は前記浸炭用ガスを前記浸炭炉に導入し、かつ前記不活性ガスの前記浸炭炉への導入を停止するように前記浸炭用ガス及び前記不活性ガスの流量を制御する浸炭システムに関する。
【0009】
当該浸炭システムでは、浸炭処理を行う間は浸炭用ガスを浸炭炉に導入しつつも、不活性ガスの浸炭炉への導入は停止し、他の処理を行う間は浸炭用ガスとともに不活性ガスを浸炭炉に導入している。これにより、浸炭プロセスを通して、浸炭処理の間は一酸化炭素(CO)濃度が高く、それ以外の処理の間はCO濃度を低く抑えることができる。煤の発生量は、CO濃度が高いほど多い傾向にあるので、浸炭処理の間は煤の発生量が多いものの、他の処理の間は煤の発生を抑制することができ、浸炭プロセス全体でみた場合には、高濃度COを供給し続けた場合よりも煤の発生量を大幅に低減することができる。また、浸炭効率は、浸炭処理の間のCO濃度及び浸炭温度に大きく依存することから、浸炭処理以外の処理においてCO濃度を低下させたとしても、浸炭効率の低下はほとんど見られない。このように、浸炭処理を行う間ではCO濃度を高めて迅速かつ均一な浸炭が可能となるとともに、浸炭処理以外の処理を行う間は不活性ガスの導入によりCO濃度を低下させてプロセス全体での煤の発生量を抑制することができ、浸炭処理品の高品質化や歩留まり向上に寄与することができる。
【0010】
前記不活性ガスは窒素ガスであることが好ましい。窒素ガスは、無酸化性であり、取扱い性、入手容易性及びコスト面において優れているので、生産性をより向上させることができる。
【0011】
前記浸炭用ガスはさらに水素を含み、
前記一酸化炭素の体積及び前記水素の体積の合計に占める前記一酸化炭素の体積比率が40〜60体積%であることが好ましい。
【0012】
COと水素(H)との体積比率を上記範囲とすることで、浸炭効率が高まって浸炭プロセスの短時間化が可能となり、表面硬化鋼材の製造歩留まりのさらなる向上を図ることができる。
【0013】
前記不活性ガスの体積及び前記浸炭用ガスの体積の合計に占める前記不活性ガスの体積比率が40〜70体積%であることが好ましい。不活性ガスの体積比率を前記範囲とすることで、CO濃度の低下させることができ、煤の発生を効率的に抑制することができる。
【0014】
当該浸炭システムは、500℃以下の温度でメタノールを分解して一酸化炭素と水素とを含む混合ガスを生成する分解筒と、
前記混合ガスから水素の一部を分離除去して前記浸炭用ガスを生成する分離部と
を有する浸炭用ガス生成装置をさらに備えることが好ましい。
【0015】
従来の高温下における触媒反応や酸素バーナーによる燃焼反応を用いる高濃度CO含有浸炭用ガス発生装置では、生成した高温(触媒反応においては950〜1000℃、燃焼反応においては1000℃以上)の高濃度CO含有浸炭用ガスを低温(50℃以下)に冷却する工程が必要となる。しかしこの場合、COが反応して炭素(C)と二酸化炭素(CO)になる温度域(600℃〜上記浸炭用ガス生成温度)を通ることから、この冷却段階での炭素(すなわち、煤)が発生することになる。発生した煤は冷却器の熱交換器の能力を低下させるおそれがあるとともに、そのまま生成ガスを浸炭炉に導入すれば、浸炭炉内における煤に起因するトラブルを誘発してしまう。煤の発生は特に緩慢冷却時に顕著であるから、これを回避するためには急速冷却が可能な冷却器を別途設置すればよいものの、冷却器を設けるためのプロセス変更や設定条件の変更、さらなるコストが必要となり、歩留まりを押し下げる要因となる。
【0016】
これに対し、当該浸炭用ガス生成装置では、煤が発生する温度域より低い500℃以下という温度範囲でメタノールを分解してCOとHとを含む混合ガスを生成し、この混合ガスから水素の一部を分離除去してCO濃度を高めているので、特段の急速冷却器を用いずとも煤の発生を抑制しながらCO濃度を高めた浸炭用ガスを効率良く生成することができる。
【0017】
本発明はまた、表面硬化鋼材の製造方法であって、
浸炭炉に投入した鋼材を浸炭温度まで加熱する昇温工程、
前記鋼材の表面に炭素を侵入させる浸炭工程、
前記鋼材の表面に侵入させた炭素を前記鋼材の内部に拡散させる拡散工程、
前記鋼材の温度を焼入温度まで低下させる降温工程、及び
前記鋼材を焼入温度で保持する焼入工程
を含み、
前記昇温工程、前記拡散工程、前記降温工程及び前記焼入工程の間は、一酸化炭素を含む浸炭用ガスと不活性ガスとを前記浸炭炉に導入し、
前記浸炭工程の間は前記浸炭用ガスを前記浸炭炉に導入し、前記不活性ガスの前記浸炭炉への導入を停止する表面硬化鋼材の製造方法に関する。
【0018】
当該製造方法では、浸炭処理を行う間では不活性ガスの導入を停止してCO濃度が高めることにより迅速かつ均一な浸炭が可能となるとともに、浸炭処理以外の処理を行う間は不活性ガスの導入によりCO濃度を低下させてプロセス全体での煤の発生量を抑制することができ、高品質の表面硬化鋼材を歩留まり良く製造することができる。
【0019】
当該製造方法において、前記不活性ガスは窒素ガスであることが好ましい。窒素ガスは、無酸化性であり、取扱い性、入手容易性及びコスト面において優れているので、生産性をより向上させることができる。
【0020】
当該製造方法において、
前記浸炭用ガスはさらに水素を含み、
前記一酸化炭素の体積及び前記水素の体積の合計に占める前記一酸化炭素の体積比率が40〜60体積%であることが好ましい。
【0021】
COとHとの体積比率を上記範囲とすることで、浸炭効率が高まって浸炭プロセスの短時間化が可能となり、表面硬化鋼材の製造歩留まりのさらなる向上を図ることができる。
【0022】
当該製造方法では、前記不活性ガスの体積及び前記浸炭用ガスの体積の合計に占める前記不活性ガスの体積比率が40〜70体積%であることが好ましい。不活性ガスの体積比率を前記範囲とすることで、浸炭処理以外の処理を行う際のCO濃度の低下させることができ、煤の発生を効率的に抑制することができる。
【0023】
当該製造方法に置いて、
前記浸炭用ガスは、
500℃以下の温度でメタノールを分解して一酸化炭素と水素とを含む混合ガスを生成する混合ガス生成工程と、
前記混合ガスから水素の一部を分離除去して前記浸炭用ガスを生成する分離工程と
を経て得られることが好ましい。
【0024】
メタノールの低温分解により、従来の高温の浸炭用ガスの冷却時における煤の発生を抑制することができ、その結果、高濃度COを含む浸炭用ガスを効率良く生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の一実施形態に係る浸炭システムの概略を示す説明図である。
図2】本発明の一実施形態に係る浸炭プロセスの工程温度及び導入ガス組成の概略を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照しつつ説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の一例を説明するものである。本発明は以下の実施形態になんら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形形態も含む。なお、以下で説明される構成の全てが本発明の必須の構成であるとは限らない。なお、図の一部又は全部において、説明に不要な部分は省略し、また説明を容易にするために拡大または縮小等して図示した部分がある。
【0027】
《浸炭システム》
図1に示すように、浸炭システム10は、浸炭炉8、浸炭炉8に浸炭用ガスを導入する導入路L1、浸炭炉8に不活性ガスを導入する導入路L2、並びに浸炭用ガス及び不活性ガスの流量を制御する制御部9を備えている。浸炭炉8は、浸炭処理を行う加熱室8a及び焼入処理を行う焼入室8bを有している。加熱室8aと焼入室8bとの間は開閉可能な扉により仕切られている。浸炭炉8では、昇温処理、浸炭処理、拡散処理、降温処理及び焼入処理により被処理体の表面硬化処理を行う。浸炭炉8は、炉内の浸炭雰囲気及び温度の均一化のために攪拌ファン(図示せず)を備えていてもよい。
【0028】
さらに浸炭システム10は、浸炭用ガスを生成する浸炭ガス生成装置11を備えている。浸炭ガス生成装置11にて生成した浸炭ガスは、バッファタンク5、流量計12及び導入路L1を経由して浸炭炉8に導入される。導入路L2は、流量計7を介して不活性ガス供給源6に接続されており、不活性ガス供給源6からの不活性ガスを浸炭炉8に導入する。不活性ガスとしては、無酸化性の窒素やアルゴン等が挙げられるが、取扱い性、入手容易性及びコスト面から窒素が好ましい。
【0029】
制御部9は、浸炭用ガスの流量を調整する流量計12、不活性ガスの流量を調整する流量計7、及び浸炭炉8のそれぞれとの間で電気信号の送受信が可能なように電気的に接続されている。制御部9は、浸炭プロセスの進行に応じて流量計12及び流量計7に信号を送り、浸炭用ガスの流量及び不活性ガスの流量をそれぞれ制御する。それと並行して、浸炭炉8内のガス組成をモニタリングしてフィードバック信号を受信し、これらの情報に基づいて浸炭用ガスの流量及び不活性ガスの流量をそれぞれ調整することもできる。
【0030】
浸炭用ガス生成装置11は、液体メタノール導入路、メタノールを加熱する予熱器1、メタノールを分解する分解筒2、分解筒2からの混合ガスを冷却する冷却器3、及び冷却された混合ガスの水素の一部を分離除去して浸炭用ガスを得る分離部4を備えている。
【0031】
浸炭用ガス生成装置11では、浸炭用ガスを以下のようにして生成する。まず、液体メタノールを予熱器1に導入し60℃以上、好ましくは80℃以上に加熱し気化させる。これにより次工程でのメタノールの分解を容易に行うことができる。気化したメタノールを反応温度が低温の分解筒2に導入する。分解筒2の温度は500℃以下が好ましく、300℃から400℃の範囲がより好ましい。分解筒2において、下記反応式に示すように、メタノールは触媒によりCOとHに分解される。
CHOH→CO+2H
【0032】
触媒としては、Cu−Zn系触媒を好適に用いることができる。また、低温でメタノールを分解することができる市販の触媒を用いることができる。
【0033】
分解筒で得られたCOとHを含む混合ガスは冷却器3で冷却された後、混合ガスの水素の一部を分離除去する分離部4に導入される。分離部4としては、公知のガス分離装置を用いることができ、例えば、真空圧力変動式吸着装置(VSA)や圧力変動吸着装置(PSA)が挙げられる。
【0034】
VSA又はPSAに導入される前の混合ガスは、上記反応式に示すように、COの2倍の化学量論量のHを含んでおり、そのままではCO濃度が低過ぎて浸炭効率の向上に寄与しない。このためVSA又はPSAにより、COの体積とHの体積とが所定の比率になるまでHの一部を分離除去する。分離部4を経た後の一酸化炭素(CO)の体積及び水素(H)の体積の合計に占める一酸化炭素(CO)の体積比率は、目的とするカーボンポテンシャル(CP)や浸炭効率に応じて適宜設定すればよいものの、40〜60体積%であることが好ましく、44〜55体積%であることがより好ましい。CO濃度をこのような範囲にまで高めることで浸炭効率を向上させることができる。
【0035】
COを濃化させた浸炭用ガスは、浸炭処理に供されるまでの間バッファタンク5に一時的に貯蔵することができる。
【0036】
浸炭処理の開始に合わせて、バッファタンク5から浸炭用ガスが排出され、流量計12及び導入路L1を経由して浸炭炉8に導入される。また、不活性ガス供給源6から不活性ガスが排出され、流量計7及び導入路L2を経て浸炭炉8に導入される。なお、浸炭用ガス及び不活性ガスは、図1に示すように別々の導入路L1、L2により浸炭炉8に導入されてもよく、導入路L1、L2が流量調整可能な1つの容器に集められ、この容器から一の導入路を経由して浸炭炉8に導入されてもよい。また、浸炭用ガスのカーボンポテンシャル(CP)の調整に、浸炭炉8に空気及び炭化水素ガス、必要に応じて有機溶剤等のCP調整用ガスを導入してもよい。CP調整用ガスの導入の際には、浸炭炉8に接続された1以上の流路(図示せず)を通じて浸炭炉8に導入される。炭化水素ガスとしては一般的にプロパン、ブタン等、有機溶剤としてはイソプロパノール等が知られている。
【0037】
制御部9は、浸炭処理以外の処理(すなわち、昇温処理、拡散処理、降温処理及び焼入処理)を行う間は、浸炭用ガスと不活性ガスとを浸炭炉8に導入し、浸炭処理を行う間は浸炭用ガスを浸炭炉8に導入し、かつ不活性ガスの浸炭炉8への導入を停止するように浸炭用ガス及び不活性ガスの流量を制御する。このような制御により、浸炭処理を行う間ではCO濃度を高めて迅速かつ均一な浸炭が可能となるとともに、浸炭処理以外の処理を行う間は不活性ガスの導入によりCO濃度を低下させてプロセス全体での煤の発生量を抑制することができ、浸炭処理品の高品質化や歩留まり向上に寄与することができる。
【0038】
浸炭処理以外の処理を行う際の不活性ガスの体積及び浸炭用ガスの体積の合計に占める不活性ガスの体積比率は、40〜70体積%であることが好ましく、45〜55体積%がより好ましい。不活性ガスの体積比率を上記範囲とすることで、CO濃度の低下させることができ、煤の発生を効率的に抑制することができる。
【0039】
《表面硬化鋼材の製造方法》
次に、図1及び2を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る表面硬化鋼材の製造方法について説明する。本実施形態では、表面硬化鋼材の製造に浸炭システム10を好適に用いることができる。
【0040】
なお、COとHの体積比率を1:1とすると最も浸炭効率が高いことが実験上知られている。以下、モデルの簡略化のためVSA又はPSAから導出される浸炭用ガスの体積比率としてHが50体積%、COが50体積%であり、不活性ガスとして窒素(N)が導入される際の浸炭用ガスと不活性ガスとの体積比率とが1:1である場合について説明する。ただし、本発明がこの特定比率に限定されることを意味するわけではなく、本明細書に開示された範囲内で任意の比率をとることができる。
【0041】
<昇温工程>
昇温工程では、浸炭炉8の加熱室8aに投入した鋼材を浸炭温度まで加熱する。予め浸炭温度まで加熱しておいた加熱室8aに鋼材を投入すると炉内温度は低下するので、浸炭に適した浸炭温度まで加熱して再昇温させる。
【0042】
昇温工程では、制御部9の作動により、浸炭用ガスと窒素ガスとを1:1の体積比率で浸炭炉8の加熱室8aに導入する。加熱室8a内のガス組成はCO(25%)、H(25%)、N(50%)である。
【0043】
<浸炭工程>
浸炭工程では、浸炭温度を保持して鋼材の表面に炭素を侵入させる。浸炭温度は特に限定されないものの、850〜950℃が好ましく、925〜935℃がより好ましい。図2中では、930℃に設定されている。炭素の鋼材表面への進入速度は浸炭温度に依存するので、このような高温での浸炭処理を行うことで浸炭効率を高めることができる。
【0044】
浸炭工程では、制御部9の作動により、浸炭用ガスを浸炭炉8の加熱室8aに導入し、不活性ガスの浸炭炉8の加熱炉8aへの導入を停止する。これにより、加熱室8a内のガス組成はCO(50%)、H(50%)となる。高濃度のCOを含む浸炭用ガスを導入して、カーボンポテンシャル(CP)を目的値より高い値(例えば、1.2%)とすることで、浸炭工程における表面炭素濃度を高めることができる。その結果、浸炭効率を向上させることができ、また、工程の短時間化も図ることができる。
【0045】
<拡散工程>
拡散工程では、鋼材の表面に侵入させた炭素を鋼材の内部に拡散させる。拡散工程での温度は浸炭温度と同じ温度を維持すればよい。炭素の鋼材内部への拡散速度は工程温度に依存するので、浸炭温度と同様の高温とすることで拡散効率を高めることができる。
【0046】
拡散工程では、制御部9の作動により、浸炭用ガスと窒素ガスとを1:1の体積比率で浸炭炉8の加熱室8aに導入する。加熱室8a内のガス組成はCO(25%)、H(25%)、N(50%)である。拡散工程では、不活性ガスの導入によるCO濃度の低下及び鋼材内部への炭素の拡散に伴い、CPを目的値(例えば、0.8%)として最終的に必要な表面炭素濃度を得ることができる。
【0047】
必要に応じて、浸炭工程と拡散工程とを繰り返してもよい。
【0048】
<降温工程>
降温工程では、鋼材の温度を焼入温度まで低下させる。冷却の態様として、炉壁からの放熱による自然冷却だけでなく、冷却管方式や冷空気導入方式等による強制冷却を行うことが、降温工程の短時間化を図る上で好ましい。
【0049】
降温工程では、制御部9は拡散工程でのガス組成を維持するように作動する。すなわち、浸炭用ガスと窒素ガスとを1:1の体積比率で浸炭炉8の加熱室8aに導入する。従って、加熱室8a内のガス組成はCO(25%)、H(25%)、N(50%)である。
【0050】
<焼入工程>
焼入工程では、鋼材を焼入温度で保持し焼入れ硬化処理を行う。焼入温度としては特に限定されず、後のオイルクエンチにて組織転換を誘起し得る一般的な焼入温度を適宜採用し得る。なお、図2中では830℃である。
【0051】
焼入工程では、制御部9は拡散工程でのガス組成を維持するように作動する。すなわち、浸炭用ガスと窒素ガスとを1:1の体積比率で浸炭炉8の加熱室8aに導入する。従って、加熱室8a内のガス組成はCO(25%)、H(25%)、N(50%)である。
【0052】
最後に、鋼材を浸炭炉8の焼入室8bに搬入してオイルクエンチによる急冷を行う。これにより、鋼材のマルテンサイトへの組織転換が進み、鋼材の表面硬化が完了する。
【0053】
本実施形態では、浸炭処理を行う間では不活性ガスの導入を停止してCO濃度が高めることにより迅速かつ均一な浸炭が可能となるとともに、浸炭処理以外の処理を行う間は不活性ガスの導入によりCO濃度を低下させてプロセス全体での煤の発生量を抑制することができ、高品質の表面硬化鋼材を歩留まり良く製造することができる。
【0054】
本実施形態に係る製造方法では、浸炭用ガスは、
500℃以下の温度でメタノールを分解して一酸化炭素と水素とを含む混合ガスを生成する混合ガス生成工程と、
前記混合ガスから水素の一部を分離除去して前記浸炭用ガスを生成する分離工程と
を経て得られることが好ましい。
【0055】
浸炭用ガス生成装置11を用いるメタノールの低温分解により、従来の高温の浸炭用ガスの冷却時における煤の発生を抑制することができ、その結果、高濃度COを含む浸炭用ガスを効率良く生成することができる。また、煤の存在量の小さい浸炭用ガスを浸炭炉に導入することができるので、浸炭プロセスにおける煤の発生量をも抑制することができる。
【0056】
《本発明の作用効果の検証》
浸炭プロセスにおける煤の発生量について、加熱室のガス組成として、CO(50%)及びH(50%)の浸炭用ガスを全工程を通じて導入したケース1と、図2に示すガス組成プロファイルに従って浸炭用ガス及び不活性ガス(窒素:N)を導入したケース2とを比較する。
【0057】
煤の発生量は、上述したとおり、CO濃度が高い場合に多くなる傾向にある。従って、図2に示すガス組成プロファイルでは、浸炭工程におけるCO(50%)及びH(50%)のガス組成をとる間に煤が発生することになる。なお、浸炭工程以外の工程では、ガス組成がCO(25%)、H(25%)、N(50%)となっており、CO濃度が低くなっているので、これらの工程における煤の発生量は実質的に無視し得る。従って、煤の発生量は、全工程を行うのに要する時間のうち、CO濃度が高くなっている時間の比率によって見積もることができる。
【0058】
例えば、昇温工程に1時間、浸炭工程に3.5時間、拡散工程に5.5時間、降温工程及び焼入工程の両方で2時間を要する場合、全工程では合計12時間を要する。ケース1では、全工程を通じて高濃度COを導入しているので、煤が発生する時間としては12時間/12時間となる。一方、ケース2では、浸炭工程では高濃度CO濃度を導入しているものの、それ以外の工程では低濃度CO(25%)となっているので、結局、煤が発生する時間としては3.5時間/12時間となる。このように、ケース2ではケース1と比較して煤発生時間が1/3から1/4と短くなっているので、煤の発生量を低減することができるとともに、浸炭炉のクリーニング頻度も少なくなるので、高品質の表面硬化鋼材を効率よく製造することができることが分かる。
【符号の説明】
【0059】
1 予熱器
2 分解筒
3 冷却器
4 分離部
5 バッファタンク
6 不活性ガス供給部
7 流量計
8 浸炭炉
8a 加熱室
8b 焼入室
9 制御部
10 浸炭システム
11 浸炭用ガス生成装置
12 流量計
L1 (浸炭用ガスの)導入路
L2 (不活性ガスの)導入路

図1
図2