特許第6773480号(P6773480)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6773480
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】温間又は熱間鍛造用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
   C10M 173/02 20060101AFI20201012BHJP
   C10M 129/26 20060101ALN20201012BHJP
   C10M 145/40 20060101ALN20201012BHJP
   C10M 149/06 20060101ALN20201012BHJP
   C10M 149/10 20060101ALN20201012BHJP
   C10M 145/04 20060101ALN20201012BHJP
   C10N 10/02 20060101ALN20201012BHJP
   C10N 10/04 20060101ALN20201012BHJP
   C10N 20/02 20060101ALN20201012BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20201012BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20201012BHJP
【FI】
   C10M173/02
   !C10M129/26
   !C10M145/40
   !C10M149/06
   !C10M149/10
   !C10M145/04
   C10N10:02
   C10N10:04
   C10N20:02
   C10N30:00 Z
   C10N40:24
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-155592(P2016-155592)
(22)【出願日】2016年8月8日
(65)【公開番号】特開2018-24727(P2018-24727A)
(43)【公開日】2018年2月15日
【審査請求日】2019年5月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000115083
【氏名又は名称】ユシロ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】中村 元太
(72)【発明者】
【氏名】細川 真幸
(72)【発明者】
【氏名】細田 貢司
(72)【発明者】
【氏名】後藤 久範
(72)【発明者】
【氏名】中岡 慎
【審査官】 宮地 慧
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−089592(JP,A)
【文献】 特開昭63−277298(JP,A)
【文献】 特開平08−333596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M
C10N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、低分子カルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び、低分子カルボン酸のアンモニウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の潤滑成分と、
(b)昇温速度20℃/min、流量300ml/minの大気雰囲気での熱重量測定(TG)において、500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満である、2種類以上の付着性向上剤と、
(c)水と
を含有し、
前記付着性向上剤が、(b)ヒドロキシエチルセルロース、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルピロリドン又はポリビニルアルコールと、(b’)カルボキシメチルセルロースアンモニウム又はカルボキシメチルセルロースナトリウムとの2種類であることを特徴とする温間又は熱間鍛造用潤滑剤。
【請求項2】
前記成分(a)〜(c)の合計100重量部中、
成分(a)の含有量が12〜35重量部であり、
成分(b)の含有量が0.1〜6重量部であり、
成分(b’)の含有量が0.1〜3重量部であり、
成分(c)の含有量が56〜87.8重量部である、請求項に記載の温間又は熱間鍛造用潤滑剤。
【請求項3】
25℃における粘度が500mPa・s以上である、請求項1又は2に記載の温間又は熱間鍛造用潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温間又は熱間領域における金属の塑性加工のための潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から金属の塑性加工において、ワーク(被成型材)である金属材料と、金型又は工具との摩耗を低減し、金属材料の塑性変形をより一層円滑に行うと共に、金属材料や金型等の冷却や保護、又は金型等からの金属材料の離型を容易にする目的で温間又は熱間鍛造用潤滑剤が使用されている。
【0003】
これまで、温間又は熱間鍛造用潤滑剤として黒鉛を含有する潤滑剤が使用されていた。黒鉛系潤滑剤は潤滑性及び離型性に優れているが、一方で、金型表面に塗布する際に黒鉛の粉末が飛散したり、機械に付着する等、作業環境上の問題があった。
【0004】
このような問題を解決するために、黒鉛を含有しない温間又は熱間鍛造用潤滑剤が求められている。この要求に応える潤滑剤として、カルボン酸系の温間又は熱間鍛造用潤滑剤がある。
【0005】
しかしながら、カルボン酸系潤滑剤は、黒鉛系潤滑剤と比較して、作業環境は改善されるものの、加工温度が高い時など、加工条件が厳しい時に、潤滑性が不足し、成形不良や焼きつきが発生したりする等の問題がある。また、潤滑性を補うために付着性向上剤を用いると、潤滑剤の粘度が高くなって冷却性が低下し、例えば、大きなワークの加工やサイクルタイムの短い加工においては、金型温度の上昇により、金型寿命が低下するという問題が生じる。
【0006】
特許文献1には、水に匹敵する冷却性を有する潤滑剤として、トリメリット酸及びアジピン酸を併用した潤滑剤、又はトリメリット酸及びフタル酸類を併用した潤滑剤が開示されているが、潤滑性及び冷却性はあるものの付着性に劣り、付着不足による欠肉が生じるなどの問題点がある。
【0007】
また、特許文献2にも、低分子カルボン酸塩、及び、イソブチレン・マレイン酸共重合体塩などの水溶性ポリマーから選ばれる少なくとも1種と、炭素数4以上の多価アルコールとを含む潤滑剤が開示されているが、潤滑性及び冷却性はあるものの、付着性に劣り、水溶性高分子を用いた場合は、金型の成形面に堆積物を生じやすく、非堆積性の面でも問題がある。
【0008】
このように、カルボン酸系潤滑剤については、潤滑性及び冷却性を向上させる一方で、潤滑成分をワークや金型に付着させる付着性や、金型の成形面への潤滑剤を堆積させない非堆積性も備えるよう設計しなければならない。
【0009】
ここで、付着性、非堆積性及び冷却性は、それぞれ相反する性能であり、例えば、付着が多い潤滑剤は冷却性が悪い傾向にある。この付着性及び冷却性を十分に両立できないために、黒鉛系潤滑剤をカルボン酸系潤滑剤で代替できないのが現状である。
【0010】
一方、カルボン酸系潤滑剤のうち、セルロース系のバイオマス原料を使用した潤滑剤が近年求められている。セルロース系のバイオマス原料を使用することで、潤滑剤の環境適合性に加えて、残炭率や灰分が少ないことが知られており、非堆積性の向上が期待できる。しかしながら、カルボキシメチルセルロース等のセルロース誘導体を用いた従来の潤滑剤の場合、ワークに塗布した際に生じる皮膜が薄く、加工できない場合があった。また、カルボキシメチルセルロースを多く使用した場合、原液粘度が高くなり、冷却性不足となったり、合成高分子ほどではないものの、熱分解残渣が多く生じるため、機械汚れの原因となることがあった。そのため、セルロース誘導体を用いて非堆積性、付着性及び冷却性の3つを両立した潤滑剤を開発することは困難であった。よって、これまでに報告されたカルボン酸系潤滑剤には、合成高分子を使用した潤滑剤が多く、セルロース誘導体を用いた潤滑剤は少ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平8−157860号公報
【特許文献2】特開2010−84076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、カルボン酸系の温間・熱間塑性加工用潤滑剤において、非堆積性に優れ、かつ、付着性及び冷却性を両立した潤滑剤及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記した従来技術における問題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満である付着性向上剤を2種類以上併用し,配合量を調整することで、付着量を十分に確保しつつも,水と同等の高い冷却性と優れた非堆積性を発現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
本発明は以下の事項からなる。
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤は、(a)低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、低分子カルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び、低分子カルボン酸のアンモニウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の潤滑成分と、(b)昇温速度20℃/min、流量300ml/minの大気雰囲気での熱重量測定(TG)において、500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満である、2種類以上の付着性向上剤と、(c)水とを含有し、前記付着性向上剤が、(b)ヒドロキシエチルセルロース、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルピロリドン又はポリビニルアルコールと、(b’)カルボキシメチルセルロースアンモニウム又はカルボキシメチルセルロースナトリウムとの2種類であることを特徴とする。
【0015】
前記成分(a)〜(c)の合計100重量部中、成分(a)の含有量が12〜35重量部であり、成分(b)の含有量が0.1〜6重量部であり、成分(b’)の含有量が0.1〜3重量部であり、成分(c)の含有量が56.0〜87.8重量部であることが好ましい。
【0016】
25℃における粘度は500mPa・s以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高い付着性と高い冷却性と高い非堆積性とを両立した温間又は熱間鍛造用潤滑剤を提供することができる。具体的には、本発明によれば、カルボキシル基を有するセルロース誘導体の塩とヒドロキシエチルセルロース等との付着性向上剤を2種類併用することで、得られる潤滑剤は、低分子カルボン酸塩系の潤滑成分の付着量を大幅に向上させることができる。また、付着性向上剤として、熱分解しやすい高分子を用いることで、熱分解残渣を減らすことができ、優れた非堆積性を発現することができる。さらに、付着量が大幅に向上するにもかかわらず、水と同等の高い冷却性を発現することができる。
【0018】
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤は、鍛造、押し出し、プレス、又は伸線等、種々の塑性加工に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、成分(a)に、成分(b’)としてカルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC−NH4)を添加した場合(実施例1〜10)と、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体塩を添加した場合(比較例1〜8)の潤滑剤の付着量を示すグラフである。
図2図2は、実施例と、成分(b)を使用しない場合(比較例9及び12)、成分(b’)を使用しない場合(比較例10)、及び、成分(a)〜(c)に代えてHF5582を用いた場合(比較例11)の潤滑剤の付着量の比較結果を示すグラフである。
図3図3は、実施例1及び13〜15において、成分(b)の分子量の違いによる潤滑剤の付着量の差異を示すグラフである。
図4図4は、潤滑剤の付着量に対する成分(b’)の量的効果の結果を示すグラフである。
図5図5は、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体(イミド化イソバン)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、イソバン−06(イソブチレン・無水マレイン酸共重合体ナトリウム)、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)及びヒドロキシエチルセルロースの熱重量測定(TG)による重量減少率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤(以下単に「潤滑剤」ともいう。)は、(a)低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、低分子カルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び、低分子カルボン酸のアンモニウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の潤滑成分と、(b)500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満である、2種類以上の付着性向上剤と、(c)水とを含有する。
【0021】
まず、成分(a)は、低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、低分子カルボン酸のアルカリ土類金属塩、及び、低分子カルボン酸のアンモニウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の潤滑成分である。
【0022】
このような低分子カルボン酸塩には、融点の高い皮膜を形成し、ワークと金型との接触を妨げる働きがある。ワークと金型との接触が妨げられれば、離型性が向上する。
【0023】
低分子カルボン酸には、例えば、カプロン酸、カプリル酸及びラウリン酸等の脂肪族モノカルボン酸;コハク酸、クエン酸、リンゴ酸、グルタル酸、アジピン酸、セバシン酸、スベリン酸、アゼライン酸、ヘット酸、ドデカ二酸、シトラエン酸、メサコン酸、グルタコン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、フマル酸、トリカルバリル酸、アコニット酸、カンホロン酸、テトラクロロ無水マレイン酸、及び1,10−デカメチレンジカルボン酸等の脂肪族ポリカルボン酸;安息香酸及びサリチル酸等の芳香族モノカルボン酸;無水フタル酸、イソフタル酸、無水トリメリット酸、ピロメリット酸、ベンゼンペンタカルボン酸、テトラヒドロ無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、無水ピロメリット酸及びテレフタル酸等の芳香族ポリカルボン酸、等が挙げられる。
【0024】
低分子カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩には、上記した低分子カルボン酸のリチウム塩、ナトリウム塩及びカリウム塩等のアルカリ金属塩;上記した低分子カルボン酸のカルシウム塩、バリウム塩及びストロンチウム塩等のアルカリ土類金属塩が挙げられる。
【0025】
なお、本発明において、低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩とは、低分子カルボン酸を含む酸性水溶液と、アルカリ金属、アルカリ土類金属又はアンモニアを含む塩基性水溶液とが完全に中和して生成した塩でなくてもよく、低分子カルボン酸中のカルボキシル基の少なくとも一部が、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩を形成していればよい。
【0026】
上記した低分子カルボン酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩のうち、イソフタル酸、無水フタル酸、無水トリメリット酸、アジピン酸、テトラヒドロ無水フタル酸及びサリチル酸等のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びアンモニウム塩が好ましく、イソフタル酸、無水フタル酸、無水トリメリット酸、アジピン酸、及びテトラヒドロ無水フタル酸のナトリウム塩及びカリウム塩がより好ましい。
【0027】
上記した成分(a)は一種単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0028】
成分(a)〜(c)の合計100重量部中、成分(a)の含有量は12〜35重量部であることが好ましく、15〜25重量部であることがより好ましい。成分(a)の含有量が上記範囲内にあるとき、潤滑剤は十分な潤滑性を発揮することができる。成分(a)の含有量が12重量部未満であると、潤滑効果が十分に発揮されないことがある。一方、成分(a)の含有量が35重量部を超えると、潤滑剤の粘度が上がり、スプレーノズルを詰まらせるトラブルを引き起こしたり、均一な潤滑剤皮膜が形成され難いことがある。
【0029】
成分(b)は、500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満である、2種類の付着性向上剤である。通常、加工直後の金型温度は500℃付近である。従来の潤滑剤は,熱分解残渣の多い高分子を使用していたため、金型に残った高分子成分が固化し、欠肉を引き起こしていた。しかしながら、本発明の潤滑剤は、500℃まで加熱すれば、分解してしまい、残渣が相当少なくなるため、金型に残った潤滑成分による欠肉が生じ難くなるといえる。
【0030】
ここで、生成した潤滑剤皮膜は、高温になったワークと接触することによって燃焼しながら潤滑の働きをし、最終的に残渣を生成し、その残渣が加工界面に存在することでワークの金型からの離型を容易に行うことができる。一方、例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)を用いた場合では、加熱後の残渣が多いため、付着性の向上に大きく寄与するものの、残渣の量が多いと、冷却性の低下や、機械汚れの原因となる。このような化合物の添加量を適量とし、加熱後の残渣が少ない成分を補完的に添加することで、付着性を維持しながら、冷却性及び非堆積性を低下させることのない潤滑剤を提供することができる。
【0031】
なお、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)は、従来の付着性向上剤であるイソブチレン−無水マレイン酸共重合物−アルカリ金属塩やポリアクリル酸のアルカリ金属塩に比べると、熱分解残渣は少ないが、付着量を上げるため配合量を増加すると、ワークや金型にガラス質の固い堆積物を生ずることがある。
【0032】
成分(b)は、500℃に加熱した際の分解残渣が50%未満であり、概ね600℃程度で残渣がほとんどなくなってしまうものが好ましい。成分(b)の具体例には、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアルキレングリコール(PAG)、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルアルコール(PVA)及びポリビニルピロリドン(PVP)、並びに、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシエチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、カルボキシヘキシルセルロース及び酢酸セルロース等のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びアンモニウム塩等が挙げられる。
【0033】
成分(b)のうち、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアルキレングリコール(PAG)、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルアルコール(PVA)及びポリビニルピロリドン(PVP)が好ましい。
【0034】
成分(b)のうち1種類は、カルボキシル基を有するセルロース誘導体のアルカリ金属塩、カルボキシル基を有するセルロース誘導体のアルカリ土類金属塩、及び、カルボキシル基を有するセルロース誘導体のアンモニウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の水溶性高分子(すなわち、成分(b’))であることが好ましい。これらの水溶性高分子は、バイオマス原料といわれるセルロース系の材料であり、環境に適合した材料である点からも好ましい。
【0035】
高温のワークに潤滑剤が接触すると、潤滑剤中の水が蒸発して潤滑剤が濃縮され、粘度が上昇する。粘度が上昇すると、潤滑剤はワークの加工表面に容易に付着する。成分(b’)は、付着性の向上に寄与し、潤滑剤を金型表面に付着させ、強固な潤滑剤皮膜を形成させる役割を果たす。
【0036】
成分(b’)の具体例には、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシエチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、カルボキシヘキシルセルロース及び酢酸セルロース等のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びアンモニウム塩等がある。これらのうち、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)、カルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC−NH4)、カルボキシエチルセルロースアンモニウム、及びカルボキシヘキシルセルロースカリウムが好ましく、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)及びカルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC−NH4)がより好ましく、カルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC−NH4)が特に好ましい。
【0037】
なお、成分(b’)として、上記したカルボキシル基を有するセルロース誘導体の塩ではなく、従来のイソブチレン−無水マレイン酸共重合物−Na塩のような合成高分子を用いた場合、潤滑性及び離型性に優れるが、付着量を上げるため配合量を増加すると、ワークや金型にガラス質の固い堆積物を生ずることがある。
【0038】
本発明においては、ヒドロキシエチルセルロース、ポリアルキレングリコール(PAG)、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルアルコール(PVA)及びポリビニルピロリドン(PVP)のうち1種類と、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシエチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、カルボキシヘキシルセルロース及び酢酸セルロース等のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びアンモニウム塩等のうち1種類とを組み合わせて用いることが好ましい。さらに、ヒドロキシエチルセルロース、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体、及びポリビニルアルコール(PVA)のうち1種類と、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシエチルセルロース、カルボキシプロピルセルロース、カルボキシヘキシルセルロース及び酢酸セルロース等のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びアンモニウム塩等のうち1種類とを組み合わせて用いることが、付着量と非堆積性に優れる点でより好ましい。
【0039】
成分(a)〜(c)の合計100重量部中、成分(b)の含有量は、0.1〜6重量部であることが好ましい。成分(b)の含有量が上記範囲内にあると、成分(b’)の添加量を適量に調節することができ、付着性を維持しながら、冷却性を低下させることのない潤滑剤を提供することができる。
【0040】
また、成分(a)〜(c)の合計100重量部中、成分(b’)の含有量は、0.1〜3重量部であることが好ましい。成分(b’)の含有量が上記範囲内にあると、温間又は熱間鍛造用潤滑剤が、付着性、冷却性及び非堆積性を両立した組成となるため好ましい。成分(b’)の含有量が0.1重量部未満であると、金型への付着効果が十分に発揮されないことがある。一方、成分(b’)の含有量が3重量部を超えると、潤滑剤が流動性を失い、均一な潤滑皮膜を形成できないことがある。
【0041】
成分(c)には、工業用水、水道水、蒸留水、イオン交換水、及び純水等を用いることができる。成分(a)〜(c)の合計100重量部中、成分(c)の含有量は、56〜87.8重量部であることが好ましい。
【0042】
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤には、上記した成分(a)〜(c)に加えて、潤滑性、離型性、消泡性、耐腐敗性、及び錆止め性を向上させる目的で、例えば、固体潤滑剤、極圧剤、消泡剤、防腐剤、及び金属防錆剤を添加することができ、製造時の継粉の発生を抑制する目的で、エチレングリコール、プロピレングリコール及びグリセリン等の多価アルコール等を添加することができる。添加量は、本発明の効果を損なわない限り、特に制限されないが、成分(a)〜(c)の合計100重量部中、概ね0.1〜30重量部である。
【0043】
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤の25℃における粘度は500mPa・s以上であることが好ましく、500〜5000mPa・sであることがより好ましい。前記の粘度を有することで、潤滑剤として必要な性能を備えることができる。前記粘度が500mPa・s未満であると、均一な付着が困難になることがあり、5000mPa・sを超えると、スプレーでの塗布が困難になることがある。
【0044】
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤は、高温(600〜1250℃程度)の例えば、鋼製の金型に塗布等により適用されると、潤滑剤中の水が蒸発し、金型表面に皮膜を形成する。このようにして形成された潤滑剤皮膜は優れた潤滑性及び付着性を有しており、ワークと金型との間の摩擦及び磨耗を効果的に軽減することができる。また、本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤は非堆積性にも優れるため、該潤滑剤を塗布して加工後、金型から加工品を離型することが容易である。さらに、上記潤滑剤を金型に塗布することで、金型を冷却することができるため、金型の高温軟化による磨耗及び損傷を防ぎ、金型寿命を向上させることができる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づきさらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例により制限されるものではない。
【0046】
本発明の温間又は熱間鍛造用潤滑剤の試験の種類及び条件を以下に示す。
【0047】
(1)付着性試験
付着性試験機を用いて、下記に示すような試験条件にて、水で5倍に希釈した温間又は熱間鍛造用潤滑剤の付着性試験を行った。
【表1】
付着性試験において、付着量が、HF5582(潤滑剤;ユシロ化学工業(株)製)の付着量である51g以上である場合を〇、HF5582の付着量である51gを下回る場合を×として評価した。
【0048】
(2)冷却性試験
冷却性試験機を用いて、500℃に加熱した鋼板に、潤滑剤40mlを塗布して、温度降下後の鋼板の温度を測定し、以下の式に示すように、鋼板降下温度を測定した。
鋼板降下温度=500℃−最低鋼板温度
試験条件を以下に示す。
【表2】
水の鋼板降下温度120℃を5%以上下回る場合を×とした。
なお、冷却性の評価は、付着量が同等になるように潤滑剤を3〜13倍の希釈倍率で希釈して行った。
【0049】
(3)非堆積性試験
潤滑剤を鋼板に塗布し、鋼板に付着した膜の硬さを15分後に計測した。
計測方法を以下に示す。
鋼板が水平であることを装置付属の水準器で確認する。
旧JIS K5400鉛筆引っかき試験に従い、6B〜8Hの鉛筆(三菱鉛筆Uni)を使用して、皮膜の硬度を測定する。計測し終わった鋼板を500℃に加熱したヒーターで10分間加熱した後,もう一度硬度を測定する。このとき、
・加熱前と加熱後の硬度に差が認められない場合や、加熱後に硬度が高くなる場合、
・加熱前の硬度がイソバン−06を使用した既存製品(HF5582)よりも硬度が高い場合、のうち、どれか一方を満たす場合は○、両方満たす場合を×とする。
【0050】
[実施例1]
イソフタル酸塩25質量%、カルボキシメチルセルロースアンモニウム(CMC−NH4)(1%粘度700〜1000mPa.s;ダイセルファインケム(株)製)1質量%、及びヒドロキシエチルセルロース(三晶(株)製)1質量%、及びその他の任意成分に対して、水を合計100質量%となるように配合して温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
付着量は90.2g/m2であり、非堆積性試験の結果は〇であった。
【0051】
[実施例2〜10]
実施例1において、成分(a)を表1に示す種類及び配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
付着量は25.8〜83.4g/m2であり、成分(a)の配合量の少ない実施例3及び10は付着量が少ない傾向にあることがわかった。
実施例1〜10の結果を表1及び図1に示す。
非堆積性試験の結果はいずれも〇であった。
【0052】
[比較例1〜8]
実施例1において、成分(a)を表2に示す種類又は配合量に変更するとともに、イソバン06(イソブチレン−無水マレイン酸共重合体塩;(株)クラレ)を使用した以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
比較例1〜8の結果を表2及び図1に示す。
付着量は41.7〜67.6g/m2であったが、非堆積性試験結果はいずれも×であり、実施例1〜10と比べて非堆積性の面で劣ることがわかった。
【0053】
【表3】
【0054】
【表4】
【0055】
[実施例11]
実施例1において、成分(b’)を表3に示す種類に変更した以外は、実施例1と同様にして、温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
結果を表3及び図2に示す。
【0056】
[実施例12]
実施例1において、成分(b’)を表3に示す種類及び配合量に変更し、成分(b)を表3に示す配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
結果を表3及び図2に示す。
成分(b’)を5重量部にすると、非堆積性が低下する傾向にあることがわかった。
【0057】
[比較例9]
実施例1において、成分(b’)を表3に示す配合量に変更し、成分(b)を使用しなかった以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
結果を表3及び図2に示す。
【0058】
[比較例10]
実施例1において、成分(b’)を使用せず、成分(b)を表3に示す配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
結果を表3及び図2に示す。
比較例10では、成分(b’)を使用しなかったため、十分な付着量が得られなかった。
【0059】
[比較例11]
成分(a)〜(c)に代えて、HF5582(潤滑剤;ユシロ化学工業(株)製)を使用した。
結果を表3及び図2に示す。
付着量及び加工後の非堆積性ともに、実施例1及び11に比べて劣る傾向にあった。
【0060】
[比較例12]
実施例1において、成分(b’)を表3に示す配合量に変更し、成分(b)を使用しなかった以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
結果を表3及び図2に示す。
【0061】
【表5】
【0062】
[実施例13〜15]
実施例1において、成分(b’)を表4に示す種類に変更した以外は、実施例1と同様にして、温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
実施例13〜15の結果を表4及び図3に示す。
【表6】
【0063】
[実施例16〜18]
実施例1において、成分(b’)を表5に示す配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
実施例16〜18の結果を表5及び図4に示す。
CMC−NH4の配合量が0.1〜3質量%に増加するのに伴い、付着量の向上が認められた。よって、CMC−NH4の配合量は0.1〜3質量%が好ましいことが示唆された。
【0064】
【表7】
【0065】
[実施例19〜21]
実施例1において、成分(b)を表6に示す種類及び配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、温間又は熱間鍛造用潤滑剤を調製した。
実施例19〜21の結果を表6に示す。
【0066】
[比較例13]
実施例1において、成分(b)を表6に示す種類及び配合量に変更した以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
比較例13の結果を表6に示す。
【0067】
[比較例14]
実施例1において、成分(b’)を表6に示す量に変更し、成分(b)を表6に示す材料を使用した以外は、実施例1と同様にして、潤滑剤組成物を調製した。
比較例14の結果を表6に示す。
【0068】
表6より、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体(実施例19)、ポリビニルピロリドン(PVP)(実施例20)及びポリビニルアルコール(PVA)(実施例21)を用いた場合、潤滑剤は非堆積性に優れることがわかった。一方、イソブチレン・無水マレイン酸共重合体塩(比較例13)及びポリアクリル酸塩(比較例14)を用いた場合、潤滑剤組成物は非堆積性に劣っていた。
【0069】
なお、参考のため、図5に、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体(イミド化イソバン)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、イソブチレン・無水マレイン酸共重合体ナトリウム(イソバン−06)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)、ポリアクリル酸ナトリウム及びヒドロキシエチルセルロースの熱重量測定(TG)による重量減少率を示す。
TGの測定条件は以下のとおりである。
使用装置名: TG−DTA(株式会社日立ハイテクサイエンス製 STA7200)
<測定条件>
試料量:3.0mg
測定温度範囲:室温〜600℃
昇温速度:20℃/min
雰囲気:Air
流量:300ml/min
【0070】
実施例1及び19〜21で用いるヒドロキシエチルセルロース、イミド化イソブチレン無水マレイン酸共重合体(イミド化イソバン)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)の500℃での分解残渣は50%未満であるのに対して、イソブチレン・無水マレイン酸共重合体塩(比較例13)及びポリアクリル酸塩(比較例14)の500℃での分解残渣は50%超であり、非堆積性に劣る原因となることがわかった。
【0071】
【表8】
図1
図2
図3
図4
図5