【文献】
International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology,2016年 9月,Vol.66,p.3656-3661
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記退行性脳疾患は、アルツハイマー病、パーキンソン病、軽度認知障害、脳膜炎、中風、認知症、ハンチントン病又はクロイツフェルト・ヤコブ病であることを特徴とする請求項2又は3に記載の退行性脳疾患の予防又は治療用薬学組成物。
【発明を実施するための形態】
【0015】
前記目的を達成するために、本発明は、退行性脳疾患の予防又は治療効果を有するアガトバキュラム属(Agathobaculum sp.)菌株を提供する。
【0016】
本発明の一実施例による菌株において、前記アガトバキュラム属菌株は、アガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)であり、前記アガトバキュラム・ブチリシプロデュセンスは、寄託番号がKCTC13036BPであるアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンスSR79菌株であることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0017】
本発明による前記アガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)SR79菌株は、本発明者が健康な韓国人腸内から直接分離した絶対嫌気性微生物であり、従来報告されている標準菌株とは異なる新たな属(Genus)及び種(Species)に分類される新規微生物であることを分子生物学的、生理/生化学的微生物同定方法で確認し、その微生物名をアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)SR79とすることを提案した。本発明において分離したSR79菌株については、本発明者が提案した新たな学名であるアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)の属及び種における標準菌株として国際ジャーナル(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)が受諾した。
【0018】
これら新規分離微生物菌株であるアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)SR79菌株は、退行性脳疾患関連疾患などの予防又は治療の用途について開示されておらず、本発明者らにより初めて、アルツハイマー、パーキンソン病などが含まれる退行性脳疾患関連疾患の予防又は治療及び脳の認知記憶力改善の用途があることが解明された。従来の論文報告(非特許文献3)に、アルツハイマーやパーキンソンなどの認知症患者の腸内微生物が健康な人の腸内微生物と異なるという報告はあったが、健康な人の腸内絶対嫌気性微生物によるアルツハイマー、パーキンソンなどの認知症の予防又は治療効果を実質的に立証する特許や論文は本発明により全世界的に初めて報告されるものであり、これは人体の共生微生物による認知症予防又は治療剤としての開発可能性を世界で最初に示すものである。
【0019】
本発明における「退行性脳疾患(degenerative brain disease)」とは、年を取ることにより発生する退行性疾患のうち脳に発生する疾患であり、これらに限定されるものではないが、好ましくはアルツハイマー病、パーキンソン病、軽度認知障害、脳膜炎、中風、認知症、ハンチントン病、クロイツフェルト・ヤコブ病及びそれらの組み合わせからなる群から選択されるものを意味する。退行性脳疾患は、老化に伴う神経退化と遺伝的、環境的要因によりタンパク質が凝集し、神経細胞が死滅することにより引き起こされることが知られているが、いまだ正確な原因は明らかにされていない疾患である。
【0020】
本発明における「予防」とは、本発明による薬学的組成物の投与により退行性脳疾患の発症を抑制又は遅延させるあらゆる行為を意味し、「治療」とは、前記薬学的組成物の投与により退行性脳疾患の発症個体及びその疑いのある個体の症状を好転又は有利に変化させるあらゆる行為を意味する。
【0021】
本発明において、前記退行性脳疾患の予防又は治療は、前記微生物菌株により、アミロイド前駆体タンパク質(amyloid precursor protein)のリン酸化抑制及び脳炎症作用抑制効果を発揮して達成されるものであってもよく、行動学的には、パーキンソン病やアルツハイマー病などの退行性脳疾患を有する動物モデルにおいて、運動調節障害並びに認知能力及び記憶力改善効果を発揮して達成されるものであってもよい。
【0022】
また、本発明は、前記菌株、前記菌株由来の小胞体、前記菌株の培養物、前記培養物の濃縮液、前記培養物の乾燥物、及び前記培養物の抽出物からなる群から選択される少なくとも1種を有効成分として含有する退行性脳疾患の予防又は治療用薬学組成物を提供する。
【0023】
本発明の一実施例による退行性脳疾患の予防又は治療用薬学組成物において、前記組成物は、ドーパミン神経細胞死による運動障害の抑制効果を有するか、脳炎症反応に対する抑制効果を有するか、又は認知能力及び記憶力改善効果を有するが、これらに限定されるものではない。
【0024】
本発明における「ドーパミン(dopamine)」とは、脳の中で信号を伝達する神経伝達物質であり、運動及び動作に関連することが知られている。
【0025】
本発明における「ドーパミン神経細胞死」とは、中脳部の黒質緻密部(substantia nigra pars compacta)に密集したドーパミン神経細胞の消失又は変性を意味し、ドーパミン神経細胞死が誘導されたパーキンソン病動物モデルは6−OHDA(6-hydroxyldopamine)を注入することにより作製できることが知られている。
【0026】
本発明における「脳炎症反応(neuroinflammation)」とは、退行性脳疾患を引き起こす重要な要因であり、脳で炎症細胞が過度に活性化すると炎症誘発性サイトカインの分泌が多くなり、このような脳炎症反応の過剰活性化により脳細胞消失及びパーキンソン病、アルツハイマー病などの退行性脳疾患が誘発されうることが知られている。
【0027】
前述したように、本発明が提供するSR79菌株は、脳炎症反応に対する抑制効果を有することが確認された。また、パーキンソン病やアルツハイマー病などの退行性脳疾患を有する動物モデルにおいて、運動調節能力、認知能力及び記憶力を改善することができる。
【0028】
本発明の一実施例によれば、本発明の微生物菌株の処理により、マウスの認知障害及びアルツハイマー性認知症マウス動物モデルにおいて、新規物体に対する認知機能の改善(
図2及び
図3)と、Y迷路における空間知覚能力及び短期記憶力の改善が確認された(
図4)。また、大脳皮質で活性化したミクログリアのマーカーであるIba−1の発現と、アストロサイトのマーカーであるGFAPの発現がSR79の投与により大幅に減少することが確認され(
図5及び
図6)、さらに、対照群の大脳皮質においては、アルツハイマー性認知症で増加するリン酸化されたアミロイド前駆体タンパク質(p−APP)の発現がLPSの投与により大幅に増加し、アルツハイマー発症リスクが高まることが示されたのに対して、LPSとSR79菌株を共投与したグループにおいては、p−APPが増加しないことが観察された(
図7)。6−OHDAにより脳のドーパミン神経細胞特異的アポトーシスを誘発したパーキンソン病マウス動物モデルにおけるデキストロアンフェタミン誘導回転行動を分析した結果、前記微生物菌株により回転行動が大幅に減少することが確認された(
図8及び
図9)。
【0029】
よって、前記腸内微生物SR79菌株は、脳炎症反応に対する抑制効果を有することが確認され、パーキンソン病やアルツハイマー病などの退行性脳疾患を有する動物モデルにおいて、運動調節能力、認知能力及び記憶力改善効果があることが確認された。
【0030】
本発明の前記薬学組成物は、薬学的組成物の製造に通常用いられる適切な担体、賦形剤及び希釈剤をさらに含んでもよい。
【0031】
本発明による前記薬学組成物は、それぞれ通常の方法により散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エアゾール剤などの経口剤形、外用剤、坐剤及び滅菌注射溶液の形態に剤形化して用いられてもよい。本発明による前記薬学組成物に含まれる担体、賦形剤及び希釈剤としては、ラクトース、グルコース、スクロース、ソルビトール、マンニトール、キシリトール、エリトリトール、マルチトール、デンプン、アカシアゴム、アルギン酸塩、ゼラチン、リン酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、セルロース、メチルセルロース、微晶質セルロース、ポリビニルピロリドン、水、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、タルク、ステアリン酸マグネシウム、鉱物油などが含まれる様々な化合物又は混合物が挙げられる。製剤化する場合は、通常用いる充填剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、界面活性剤などの希釈剤又は賦形剤を用いて調製される。経口投与のための固形製剤には、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤などが含まれ、これらの固形製剤は、前記菌株又は前記菌株由来の小胞体に少なくとも1つの賦形剤、例えばデンプン、炭酸カルシウム(calcium carbonate)、スクロース(sucrose)又はラクトース(lactose)、ゼラチンなどを混合して調製される。また、通常の賦形剤以外に、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤も用いられる。経口用液体製剤としては、懸濁剤、内用液剤、乳剤、シロップ剤などが挙げられ、通常用いられる通常の希釈剤である水、流動パラフィン以外にも種々の賦形剤、例えば湿潤剤、甘味剤、芳香剤、保存剤などが用いられてもよい。非経口投与用製剤としては、滅菌水溶液剤、非水性溶剤、懸濁剤、乳剤、凍結乾燥剤、坐剤が挙げられる。非水性溶剤、懸濁剤としては、プロピレングリコール(propylene glycol)、ポリエチレングリコール、オリーブ油などの植物性油、オレイン酸エチルなどの注射可能なエステルなどが用いられてもよい。坐剤の基剤としては、ウィテップゾール(witepsol)、マクロゴール、ツイーン(tween)61、カカオ脂、ラウリン脂、グリセロゼラチンなどが用いられてもよい。
【0032】
本発明の薬学的組成物は薬剤学的に有効な量で投与することができるが、本発明における「薬剤学的に有効な量」とは、医学的予防又は治療に適用できる合理的な利益/リスク比で疾患を予防又は治療するのに十分な量を意味し、有効用量レベルは、疾患の重症度、薬物の活性、患者の年齢、体重、健康状態、性別、薬物に対する感受性、用いられた本発明の組成物の投与時間、投与経路及び排出率、治療期間、用いられた本発明の組成物との配合又は同時に用いられる薬物が含まれる要素、及びその他医学分野で公知の要素により決定されてもよい。本発明の薬学的組成物は、単独で又は他の治療剤と併用して投与してもよく、従来の治療剤と順次又は同時に投与してもよい。また、単一又は多重投与してもよい。前記要素を全て考慮して副作用なく最小限の量で最大限の効果が得られる量を投与することが重要である。
【0033】
本発明の薬学的組成物の投与量は、例えば本発明の薬学組成物をヒトを含む哺乳動物に1日に1.0×10
9CFUで投与することが好ましい。本発明の組成物の投与頻度は、特にこれらに限定されるものではないが、1日1回投与してもよく、用量を数回に分けて投与してもよい。前記投与量は、いかなる面においても本発明を限定するものではない。
【0034】
前記目的を達成するために、本発明の他の実施形態は、前記薬学的組成物を薬剤学的に有効な量で退行性脳疾患が発症する可能性があるか、発症した個体に投与するステップを含む退行性脳疾患の予防又は治療方法を提供する。
【0035】
前述したように、本発明が提供する前記腸内微生物SR79菌株、前記菌株由来の小胞体、前記菌株の培養物、前記培養物の濃縮液、前記培養物の乾燥物、及び前記培養物の抽出物からなる群から選択される少なくとも1種は、退行性脳疾患の予防又は治療用薬学的組成物の有効成分として用いられるので、前記組成物は、退行性脳疾患を予防又は治療するのに用いられる。
【0036】
本発明における「個体」とは、退行性脳疾患が発症する可能性があるか、発症したマウス、家畜、ヒトなどを含むあらゆる哺乳動物を意味する。
【0037】
本発明の退行性脳疾患を治療する方法において、前記薬学的組成物の投与経路は、標的組織に到達できるものであれば、いかなる一般的な経路で投与してもよい。本発明の薬学的組成物は、特にこれらに限定されるものではないが、経口投与、直腸内投与などの経路で投与してもよく、場合によっては目的に応じて他の経路で投与してもよい。ただし、経口投与の場合は胃酸により前記腸内微生物SR79菌株が変性することがあるので、経口用組成物は、活性薬剤をコーティングするか、胃での分解から保護されるように剤形化しなければならない。また、前記組成物は、活性物質を標的細胞に移動することのできる任意の装置により投与することができる。
【0038】
さらに、本発明は、前記菌株、前記菌株由来の小胞体、前記菌株の培養物、前記培養物の濃縮液、前記培養物の乾燥物、及び前記培養物の抽出物からなる群から選択される少なくとも1種を有効成分として含有する退行性脳疾患の予防又は改善用機能性食品組成物を提供する。
【0039】
前記菌株については前述した通りであり、退行性脳疾患の予防又は改善を目的として機能性食品に添加することができる。
【0040】
前述した本発明の前記菌株又はその培養液などを機能性食品組成物として用いる場合は、前記菌株又はその培養液をそのまま添加するか、他の食品又は食品成分と共に用いることができ、通常の方法で適宜用いることができる。有効成分の混合量は、その使用目的(予防、健康又は治療的処置)に応じて適宜決定することができる。
【0041】
本発明の食品(又は機能性食品)は、食品製造時に通常添加され、食品学的に許容される成分をさらに含んでもよい。例えば、飲料水として製造される場合は、本発明の菌株以外に、クエン酸、液状フルクトース、砂糖、グルコース、酢酸、リンゴ酸、果汁などから選択される少なくとも1つの成分をさらに含んでもよい。
【0042】
本発明による食品(又は機能性食品)の有効成分として含まれる量は、退行性脳疾患の予防又は改善用食品を所望する者の年齢、性別、体重、状態、疾病の症状に応じて適宜選択されてよく、成人の場合は1日0.01g〜10.0g程度含まれることが好ましく、このような含有量の食品を摂取することにより退行性脳疾患の予防又は改善効果を得ることができる。
【0043】
さらに、本発明は、前記菌株を培養するステップを含む退行性脳疾患の予防又は治療用微生物製剤を製造する方法を提供する。
【0044】
本発明の菌株を培養する方法は、当業界で通常用いられる方法により培養することができる。
【0045】
本発明の退行性脳疾患の予防又は治療用微生物製剤は、有効成分としてアガトバキュラム属(Agathobaculum sp.)菌株、好ましくはアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)菌株、最も好ましくは寄託番号がKCTC13036BPであるアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンスSR79菌株を用いて製造することができる。本発明による退行性脳疾患の予防又は治療用微生物製剤は、溶液、粉末、懸濁液、分散液、エマルジョン、油性分散液、ペースト、粉塵、噴射剤又は顆粒剤として製造することができるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
本発明の他の態様は、前記菌株、前記菌株由来の小胞体、前記菌株の培養物、前記培養物の濃縮液、前記培養物の乾燥物、及び前記培養物の抽出物からなる群から選択される少なくとも1種を含む退行性脳疾患の予防又は改善用飼料組成物を提供する。
【0047】
前記菌株については前述した通りであり、退行性脳疾患の予防又は改善を目的として飼料組成物に添加することができる。前記飼料用組成物は、飼料添加剤を含んでもよい。本発明の飼料添加剤は、飼料管理法上の補助詞料に該当する。
【0048】
本発明における「飼料」とは、動物が食べて摂取し、消化させるための、又はそれに適した任意の天然又は人工の規定食、一食など、又は前記一食の成分を意味する。前記飼料の種類は特に限定されるものではなく、当該技術分野における通常用いられる飼料を用いることができる。前記飼料の例としては、穀物類、根果類、食品加工副産物類、藻類、繊維質類、製薬副産物類、油脂類、デンプン類、粕類、穀物副産物類などの植物性飼料と、タンパク質類、無機物類、油脂類、ミネラル類、単細胞タンパク質類、動物性プランクトン類、飲食物などの動物性飼料が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらは単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明の構成及び効果をより詳細に説明する。これらの実施例は単に本発明を例示するためのものであり、本発明がこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0050】
健康な韓国人妊産婦糞便試料の採取
忠南大病院内分泌科の定期検診を受けるために来院した健康な韓国人の同意を得て健康な韓国人の糞便試料を採取した。糞便を採取し、その後殺菌された50mLチューブに入れて蓋を閉めずにそのまま加圧嫌気ジャー(jar)(3.5 L HP0011A, Oxoid, UK)内に入れ、嫌気ジャー(jar)の蓋を閉めた。次に、窒素、水素、二酸化炭素を86:7:7の割合で混合した混合ガスを20分間注入し、嫌気ジャー(jar)内の空気を酸素が含まれない混合ガスに代えた。嫌気ジャー(jar)内に残っている微量の酸素は、嫌気ジャー(jar)内のパラジウム触媒と水素を反応させて水に還元することにより除去した。このような装置の構成を
図1に示す。これは本発明者の研究室で自己製作したものであり、これを採取した臨床試料の絶対嫌気的保管及び運搬のためのモバイル試料採取装置と命名した(
図1)。
【実施例2】
【0051】
健康な韓国人女性糞便試料から絶対嫌気性微生物の分離
実施例1で説明した方法で採取した試料を試料採取直後に韓国生命工学研究院の実験室に送達した。試料が入った嫌気ジャー(jar)を混合ガス(窒素:水素:二酸化炭素=86:7:7)で充填された絶対嫌気チャンバー(Coy Laboratory Product, USA)内に入れ、予め準備した絶対嫌気的に作製されたDSM104アガープレート(1.5%w/v)上にDSM104培地で希釈した糞便試料を塗抹して37℃で48時間培養し、その後形成されたコロニーを選択した。DSM104培地の組成は表1の通りである。
【0052】
【表1】
ヘミン(Haemin)溶液:1mlの1N NaOHに50mgのヘミンを溶解させたもの
ビタミンK
1溶液:20mlの95%エタノールに0.1mlのビタミンK
1を溶解させたもの
【0053】
【表2】
【0054】
計160個のコロニーを韓国人女性糞便試料から単一コロニー分離法により純粋分離し、コロニーPCRによりこれら分離された菌株の分子生物学的同定を行った。同定された菌株は全34種の異なる種であることが確認された。これら分離された160株の韓国人腸内絶対嫌気性微生物から酪酸(butyrate)生成活性(>18mM)の高い1株を選定し、それをSR79と命名した。
【0055】
前述したように本発明において命名したSR79菌株は、本発明者が健康な韓国人の腸内から直接分離した絶対嫌気性微生物であり、従来報告されている標準菌株とは異なる新たな属(Genus)及び種(Species)に分類される新規微生物であることを分子生物学的、生理/生化学的微生物同定方法で確認し、その微生物名をアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)SR79とすることを提案した。本発明において分離したSR79菌株は、本発明者が提案した新たな学名であるアガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)の属及び種における標準菌株として認められた。
【0056】
また、前記アガトバキュラム・ブチリシプロデュセンス(Agathobaculum butyriciproducens)SR79菌株を韓国生命工学研究院に2016年6月7日付けで寄託した。
【実施例3】
【0057】
退行性脳疾患及び脳の認知記憶力に対するSR79菌株の効能検証
退行性脳疾患と脳の認知記憶力に対するSR79菌株の効能を検証するために、パーキンソン病誘導動物モデル及びアルツハイマー病発症マウス動物モデルを用いた。
【0058】
3−1.APPswe及びPSEN1過剰発現アルツハイマー病発症マウス動物モデル実験グループの分析
マウスの脳でアルツハイマー病に関する遺伝子であるAPPswe及びPSEN1遺伝子が過剰発現することによりアルツハイマー病が発症したマウス動物モデル(B6C3-Tg(APPswe/PSEN1dE9) 85DboJ, JAX, 004462)を対象に、SR79菌株の治療効果を調べた。前記マウス動物モデルは、生後5カ月から脳でβアミロイド沈着現象が明確に観察され、アルツハイマー特異的認知機能障害を示す特徴があり、22〜24℃に保持されたSPF(Specific pathogen free; 無菌状態)環境の飼育施設で滅菌した飼料と水を自由に摂取させ、12時間の昼夜サイクルを維持しながら飼育した。実験動物グループは、APP/PSEN1を過剰発現しない正常群(Non-Tg)マウスグループと、APP/PSEN1を過剰発現するアルツハイマー発症マウスグループに分類し、前記各グループは、毎日25%グリセリン/PBSを投与する対照群と、新規微生物SR79菌株を2.0×10
8CFUの濃度で投与する実験群に分けてテストした。前記APP/PSEN1を過剰発現するアルツハイマー発症マウスグループの対照群と実験群において用いられた個体数はそれぞれ12匹であった。ここで、前記マウスグループは、5カ月齢のマウスに投与を開始し、ビヒクル又はSR79菌株を9週間投与して新規物体認知試験(novel object recognition test; NORT)を行い、13週間投与後にマウスの脳を摘出して脳におけるアストロサイト(astrocyte)の活性を調べるための免疫染色を行った。
【0059】
3−2.LPS(lipopolysaccharide)投与によるアルツハイマー病誘導実験グループの作製
8週齢の雄C57BL/6Jマウスを用いて、対照群には25%グリセリン/PBSを、実験群には腸由来のDSM104固体培地で培養した新規微生物SR79菌株を2.0×10
8CFUの濃度で1週間毎日経口で投与し、次いでSR79菌株投与群と対照群にLPS(lipopolysaccharide)を250μg/kgの濃度でさらに1週間毎日腹腔投与することにより、マウスの認知機能障害及びアルツハイマー性認知症モデルを誘導した。ここで、対照群である25%グリセリン/PBS投与グループは、さらにLPS投与グループとLPS非投与グループに分けて実験に用いた。1グループ当たりのマウス数は8匹とした。前記マウスは、温度が22〜24℃に保持されたSPF(Specific pathogen free; 無菌状態)環境の飼育施設で滅菌した飼料と水を自由に摂取させ、12時間の昼夜サイクルを維持しながら飼育した。
【0060】
3−3.認知記憶力の分析
3−3−1.新規物体認知試験(novel object recognition test; NORT)
アルツハイマー性認知障害に対する、本発明において分離したSR79菌株の認知能力及び記憶力増進効果を確認するために、新規物体認知試験(novel object recognition test; NORT)を行った。具体的には、実施例3−1のAPP/PSEN1過剰発現マウスモデルにおいては、対照群とSR79菌株を9週間投与したものに対して2日にわたってNORTを行い、3−2に示すように、LPS投与認知障害モデルマウスにおいては、LPSを1週間投与して翌日から2日にわたってNORTを行った。トレーニングデイ(training day)の初日は、マウスを41.5cm×20cm×21.5cmの白色の箱に入れて10分間自由に移動させて馴化させた。前述したように、10分間の馴化期間をおいて、その後元のケージに戻し、2日目には同じ円筒状の2つの木製ブロックを箱の両側に置き、その後マウスがこれらを探索できるように10分間放置した。その24時間後、元の円筒状のブロック(見慣れた物体)と共に四角柱状の新たなブロック(新規物体)を共に箱に置き、その後マウスの動きを観察した。ここで、ブロックを触ったり、匂いを嗅いだり、ブロックに向かって動いた時間(sniffing time)を測定した。2種類のブロックに対して、測定された全回数中の円筒ブロック(見慣れた物体)に関心を持った時間と四角柱ブロック(新規物体)に関心を持った探索時間又は探索回数を測定した(
図2及び
図3)。
【0061】
実験の結果、APP/PSEN1を過剰発現するアルツハイマー発症マウスにおいては、正常マウスに比べて顕著に新規物体に関心を示す時間(
図2A)及び回数(
図2B)が減少することが確認され、9週間のSR79菌株投与がこのような新規物体探索時間と探索回数を有意に増加させることが確認された(Students t-test, **p<0.01)(
図2)。
【0062】
LPS非投与グループにおいては、新規物体である四角柱ブロックと見慣れた物体である円筒ブロックの両方に対して正常に認識するのに対して、LPSを1週間投与したマウスグループのSR79菌株未処理対照群においては、認知障害を示し、新規物体に対する探索時間が大幅に短縮し、見慣れた物体と新規物体の区分が十分にできないことが確認された(Students t-test, **p<0.01)(
図3)。一方、LPS投与及びSR79菌株投与実験群においては、LPS投与及びSR79菌株非投与対照群に比べて、新規物体に対する関心が非常に高まり、見慣れた物体と新規物体の区分を確実に行えることが確認された(Students t-test, **p<0.01)(
図3)。前記探索時間は、(新規物体に関心を示す時間−見慣れた物体に関心を示す時間)/(新規物体に関心を示す時間+見慣れた物体に関心を示す時間+新規物体に関心を示す時間)で算出したものである。これらの結果から、SR79菌株がアルツハイマー病の治療に効果を有することが分かった。また、LPSのみ投与したグループに比べて、SR79菌株を共投与したグループにおいて新規物体の認知時間が増加することが確認されたので、SR79菌株が認知機能及び記憶力改善効果を有することが分かった。
【0063】
3−3−2.Y迷路試験(Y maze test)
アルツハイマー性疾患により誘発される空間知覚能力及び記憶能力の喪失に対する、本発明において分離したSR79菌株の空間知覚能力及び記憶力増進効果を確認するために、Y迷路試験(Y maze test)を行った。具体的には、Y迷路試験は、実験動物の空間知覚能力及び短期記憶能力の回復(short-term memory recovery)を助けるか否かを調べるための実験であり、Y迷路実験装置は、透明アクリル板(横10cm,縦40cm,高さ25cm)で作製したY字状の四方が塞がった迷路で構成されており、各迷路は互いに120度の所定角度で配置されている。試験は10分間行い、それぞれの迷路をA、B、C領域とし、一領域に実験動物を置いて実験を始め、迷路を自由に探索させた。ここで、各迷路に入った回数及び順序を測定して変更行動力(spontaneous alteration, %)を評価した。3カ所の異なる領域に順に入った場合に1点(実際の変更:actual alteration,ABC、BCA、CABなどの順序)とし、連続して入った場合でなければ点数を認めなかった。前記変更行動力(spontaneous alteration, %)は、全変更行動(alteration)数/(全入場回数−2)×100で算出したものである。
【0064】
Y迷路試験を行った結果、LPSとSR79菌株をマウスに共投与した実験群においては、LPSのみ投与したマウスに比べて、変更行動力が統計的に有意に増加することが確認された(Students t-test, *p<0.05)(
図4)。これらの結果から、SR79菌株がアルツハイマー病による空間知覚能力と短期記憶力の低下に対する改善効果を有することが確認されたので、記憶力改善に効果があることが分かった。
【0065】
3−4.脳炎症マーカーの分析
APP/PSEN1を過剰発現するアルツハイマー発症マウスにおけるSR79の脳炎症反応効果を調べるために、大脳皮質でアストロサイト(astrocyte)特異的に結合するGFAP(Glial fibrillary acidic protein)抗体を用いて免疫染色を行い、対照群マウスと実験群マウスの大脳皮質で活性化したアストロサイトのレベルを測定してそれらを比較した(
図5)。
図5AはSR79菌株の投与によるアルツハイマー病発症マウス動物モデルの脳で活性化したアストロサイトに対して免疫染色を行った結果を示す写真であり、
図5Bはビヒクル(対照群)及びSR79菌株(SR)を投与したアルツハイマー病発症マウス動物モデルの脳で活性化したアストロサイトに対して免疫染色レベルの変化を比較した結果を示すグラフである。
図5から分かるように、大脳皮質で活性化したアストロサイトのレベルがSR79菌株投与により大幅に減少することが確認された(Students t-test, *p<0.05)。
【0066】
また、LPS投与マウスモデルにおけるSR79の脳炎症反応抑制効果を調べるために、LPSモデルマウスの大脳皮質で脳炎症反応を担うミクログリア(microglia)の活性を表すマーカーであるIba−1(ionized calcium-binding adapter molecule 1)抗体を用いて、ウェスタンブロットを行った(
図6)。
【0067】
実験の結果、大脳皮質で活性化したミクログリアマーカーであるIba−1の発現がLPS投与により増加したのに対して、それはSR79菌株を共投与したグループで大幅に減少することが確認された(Students t-test, *p<0.05)(
図6)。よって、これらの結果から、SR79菌株が脳炎症反応の抑制効果を有することが個体レベルでも確認された。
【0068】
3−5.APP(Amyloid precursor protein)のリン酸化分析
SR79のアルツハイマー危険因子に対する抑制効果を調べるために、前記LPS投与マウスモデルの大脳皮質のタンパク質を分離し、APP(Amyloid precursor protein)のリン酸化の程度についてpAPP抗体を用いたウェスタンブロットを行った。
【0069】
実験の結果、大脳皮質でpAPPの発現がLPS投与により大幅に増加するのに対して、SR79菌株を共投与したグループにおいてはp−APPが増加しないことが観察されたので(Students t-test, NS; not significant)、アルツハイマー発症のリスクが低下することが確認された(
図7)。よって、これらの結果から、SR79菌株がアルツハイマー病の予防効果を有することが確認された。
【0070】
3−6.6−OHDA(6-hydroxyldopamine)投与によるパーキンソン病誘導実験グループの作製
実験動物として9週齢の雄C57BL/6Jマウスを用いた。前記マウスは、温度が22〜24℃に保持されたSPF(Specific pathogen free; 無菌状態)環境の飼育施設で滅菌した飼料と水を自由に摂取させ、12時間の昼夜サイクルを維持しながら飼育した。実験動物グループは、対照群には25%グリセリン/PBSを、実験群には腸由来の新規微生物SR79菌株を2.0×10
8CFUの濃度で1週間毎日経口で投与し、次いで6−OHDA(6-hydroxyldopamine)を脳に注入してドーパミン神経細胞死を誘導した。対照群及び実験群に用いられた個体数はそれぞれ5匹及び6匹であった。ケタミン(ketamine)とロンプン(rompun)を混合した薬物を用いて前記マウスを麻酔して実験を行った。初期パーキンソン病の進行程度に相当する70〜80%の脳の黒質部位のドーパミン細胞喪失を引き起こすために、6−OHDAを脳に直接注射する手術法を用いた。ノルアドレナリン性(noradrenergic)神経細胞が破壊されないように6−OHDA投与30分前に25mg/kgのデシプラミン(desipramine)を腹腔投与し、全6ugの6−OHDAを左脳の線条体(striatum)内に注入した(脳微細注入座標:前後+1.3,左右−1.8,上下−3.6)。前述したように、6−OHDAを脳に直接投与し、手術部位を縫合して消毒し、その後37℃の保温器(warmer)でマウスの体温を維持した。
【0071】
このような手術法によりパーキンソン病を誘導し、その後デキストロアンフェタミン誘導回転検査(d-amphetamine-induced rotational test)などの行動学的検査を行うまで、対照群グループ及び実験群グループにそれぞれ25%グリセリン/PBS及びSR79菌株2.0×10
8CFUを毎日投与した。
【0072】
3−7.パーキンソン病誘導動物モデルを用いた行動学的評価
6−OHDAによるドーパミン性細胞死が多いほど片方の脳の病変が大きくなり、実験動物モデルにおいて行動学的に回転回数が増加することが知られている。よって、6−OHDA投与6日後に、ドーパミン性細胞死による運動調節能力異常の大きさを評価するために、マウスに5mg/kgのデキストロアンフェタミン(d-amphetamine)を腹腔に注射し、その後非対称の回転行動を観察した。具体的には、前記デキストロアンフェタミン薬物投与後、マウスを直径20cmの円筒に入れ、反時計方向に回転する回数を30分間測定して回転行動を評価した。実験の結果、25%グリセリン/PBSを摂取した対照群グループに比べて、SR79菌株を摂取した実験群グループにおいて、統計的に有意に実験動物の回転行動が減少することが確認された(
図8及び
図9)。これらの結果から、SR79菌株がパーキンソン病の運動障害の予防及び治療に効果を有することが分かった。
【0073】
[受託番号]
寄託機関名:韓国生命工学研究院
受託番号:KCTC13036BP
受託日:20160607