特許第6774716号(P6774716)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6774716
(24)【登録日】2020年10月7日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】刃物
(51)【国際特許分類】
   B26B 9/00 20060101AFI20201019BHJP
【FI】
   B26B9/00 A
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-153858(P2017-153858)
(22)【出願日】2017年8月9日
(62)【分割の表示】特願2017-524958(P2017-524958)の分割
【原出願日】2016年6月22日
(65)【公開番号】特開2018-8074(P2018-8074A)
(43)【公開日】2018年1月18日
【審査請求日】2019年6月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-124612(P2015-124612)
(32)【優先日】2015年6月22日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-25987(P2016-25987)
(32)【優先日】2016年2月15日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-29788(P2016-29788)
(32)【優先日】2016年2月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104318
【弁理士】
【氏名又は名称】深井 敏和
(72)【発明者】
【氏名】西原 孝典
【審査官】 小川 真
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6194437(JP,B2)
【文献】 特開2012−066070(JP,A)
【文献】 特開2001−025585(JP,A)
【文献】 特開2001−198876(JP,A)
【文献】 米国特許第6067784(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B26B 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体部と、該基体部の端部に沿って配置され、該端部に接続された刃先部と、を有する刀身を備え、
前記基体部は、主成分として第1金属を含み、
前記刃先部は、主成分として、前記第1金属よりも硬度が低い第2金属を含み、
前記刃先部は、前記第2金属よりも硬度の高い材料を主成分とする複数の硬質粒子を含み、
前記硬質粒子は、前記第1金属よりも硬度の高い材料を含み、
前記刃先部は、刃先と、該刃先の両側に位置する一対の側面と、を有し、前記硬質粒子のうち少なくとも1つが前記側面から露出しており、
前記刃先部の前記側面に露出している前記硬質粒子の面積割合が、前記基体部側よりも前記刃先部側で高い、刃物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、刃物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から金属材料を主成分とする材料からなる包丁が用いられてきた。その中でも、近年においては、ニッケル、クロムを成分とするステンレスからなる包丁が多く用いられている(特許文献1参照)。また、ステンレスの包丁とは全く異なるジルコニアセラミックスからなる包丁も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−189682号公報
【特許文献2】特開2004−358069号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の一実施形態にかかる刃物は、基体部と、該基体部の端部に沿って配置され、該端部に接続された刃先部と、を有する刀身を備える。前記基体部は、主成分として第1金属を含む。前記刃先部は、主成分として、前記第1金属よりも硬度が低い第2金属を含む。前記刃先部は、前記第2金属よりも硬度の高い材料を主成分とする複数の硬質粒子を含む。前記硬質粒子は、前記第1金属よりも硬度の高い材料を含む。前記刃先部は、刃先と、該刃先の両側に位置する一対の側面と、を有し、前記硬質粒子のうち少なくとも1つが前記側面から露出している。前記刃先部の前記側面に露出している前記硬質粒子の面積割合が、前記基体部側よりも前記刃先部側で高い。

【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、本開示の実施形態に係る刃物の平面図である。
図2図2は、図1の刃物の平面透視図である。
図3図3は、図1の刃物を刃先側からみた図である。
図4図4は、図3のZmの領域の拡大断面図である。
図5図5は、図4における刃先部側を拡大した断面図である。
図6図6は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図7図7は、図1に示す刃物の刃先部の側面を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
図8図8は、図11に示す刃物の刃先部の断面を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
図9図9は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図10図10(a)および図10(b)は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図11図11は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図12図12は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図13図13は、本開示の他の実施形態に係る刃物の断面図である。
図14図14は、図1に示す刃物をA−A線で切断したときにおける断面図である。
図15図15は、図14に示す断面におけるビッカース硬度の分布を示すグラフである。
図16図16は、図1に示す刃物の製造方法を示す平面図である。
図17図17は、図1に示す刃物の製造方法におけるレーザークラッディング技術を説明する断面図である。
図18図18は、図1に示す刃物の製造方法における断面図であり、図18(a)および図18(b)は図3のZmの領域の拡大断面図である。
図19図19は、実施例1の刃物の刃先部付近の断面を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
図20図20は、実施例1の切れ味試験の結果を示すグラフである。
図21図21は、実施例2の刃物の画像であり、図21(a)は刃先部付近の断面を走査型電子顕微鏡で観察した画像であり、図21(b)は刃先部付近の側面を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
図22図22(a)は実施例3における紙切り試験の結果を示すグラフであり、図22(b)は図22(a)の試験結果のグラフを対数に変換したグラフである。
図23図23は、実施例5の刃物の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下、刃物および刃物の製造方法の実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いられる図は模式的なものであり、図面上の寸法比率などは現実のものとは必ずしも一致していない。
【0007】
<刃物の全体構成>
本開示の刃物について以下説明する。本開示の刃物1は、刀身1aと、刀身1aに接続された柄1bと、を備える。
【0008】
刀身1aは、刃物1の用途に合わせた形状・大きさに設定される。刃物1が包丁の場合、刀身1aの形状の例には、例えば、出刃包丁、三徳包丁などの和包丁、牛刀などの洋包丁、または中華包丁などの形状が含まれる。刀身1がナイフ、手術用器具など包丁以外の用途の場合、その用途にあった形状であればどのような形状であってもよい。
【0009】
刀身1aに接続された柄1bは、刃物1を人が利用する際に人が把持するためのものであり、刀身1aと同様、刃物1の用途に合わせた形状・大きさに設定される。
【0010】
刀身1aおよび柄1bは、一体的に形成されていても良いし、別体で形成されていても良い。また、刃物1は、柄1bを備えていることに限定されず、刀身1aのみで構成されていてもよい。本実施形態においては、刀身1aおよび柄1bが別体で形成されており、刀身1aの一部が柄1bの内部に挿入され、該挿入部で柄1bに対して固定されている。
【0011】
柄1bは、木材、樹脂、セラミックスまたは金属材料を含む。金属材料としては、錆にくい材料、例えばチタン系またはステンレス系の材料を用いてもよい。樹脂としては、例えば、ABS樹脂(アクリロニトリル、ブタジエンおよびスチレンの共重合体)またはポリプロピレン樹脂などを用いてもよい。
【0012】
なお、刃物1は、如何なる寸法であってもよいのは当然であるが、参考までに、刃物1の寸法例を示す。図1および図2に示す全長(x軸方向)Ht1は、5cm以上40cm以下に設定してもよい。また、図1および図2に示す、後述する刃先部2の全長(x軸方向)Ht2は、2cm以上35cm以下に設定してもよい。図3に示す、刀身1aの全長Ht1と直交する方向の幅方向(y軸方向)の長さHt3は、10mm以上150mm以下に設定してもよい。図3に示す刀身1aの厚み(z軸方向)Ht4は、最も厚みのある部分で、例えば1mm以上5mm以下に設定してもよい。また、柄1bの長さ(x軸方向)および柄1bの厚み(z軸方向)も、適宜設定することができ、例えば、柄1bの厚みは、5mm以上3cm以下となるように設定してもよい。
【0013】
<刀身>
刀身1aは、基体部3と、基体部3に接続された刃先部2と、を有する。
【0014】
基体部3は、第1金属を含む。第1金属としては、例えば、鋼、合成鋼、ステンレス、チタン合金などを用いてもよい。合成鋼は、例えば、クロム、モリブデン、バナジウム、タングステン、コバルト、銅、およびこれらの組合せなどを含む材料を用いてもよい。ステンレスは、クロム・ニッケル系またはクロム系のいずれを用いてもよい。チタン合金は、例えば、いわゆる64チタンといわれる、アルミ(Al)を6%、バナジウム(V)を4%含むチタン合金を用いてもよい。前記第1金属がステンレスの場合、錆などに対する基体部3の耐食性を向上させることができる。
【0015】
本実施形態においては、前記第1金属は、基体部3の主成分となっている。ここで、主成分とは、基体部3を構成する全成分100質量%のうち、70質量%を超える成分のことを意味するものとする。
【0016】
図2に示すように、基体部3は、柄1bから露出した露出部30と、柄1bの内部に挿入された中子3Eと、を有する。露出部30は、その長さ方向(x軸方向)に沿って端部3Cおよび背部3Aが延在しており、露出部30の長さ方向先端付近で露出部30の幅が狭くなっており、露出部30の先端で端部3Cと背部3Aとが繋がっている。また、露出部30の端部3Cには、該端部3Cに沿って刃先部2が接続されている。なお、中子3Eは、露出部30よりも幅方向(y軸方向)に狭くなっており、柄1bの内部に挿入されている。本実施形態における中子3Eは、1または複数の孔部3Eaを有しており、該孔部3Eaに柄1bの一部が挿入されることで刀身1aと柄1bとが強固に固定されている。
【0017】
刃先部2は、第2金属2aと、複数の硬質粒子4と、を含む。第2金属2aは、第1金属と異なる材料により形成されていてもよいし、同じ材料により形成されていてもよい。本実施形態においては、第2金属2aは、第1金属と異なる材料により形成されている。この場合、基体部3の材料に縛られずに刃先部2に適した金属材料を選択することができるという利点がある。第2金属2aの材料としては、ニッケル、チタン、ニッケル合金またはチタン合金を用いてもよいし、ニッケルとクロムと鉄との合金(例えばインコネル(登録商標))、ニッケル、シリコンおよびホウ素の合金(例えばコルモノイ(登録商標))、またはチタンとアルミニウムとバナジウムとの合金を用いてもよい。
【0018】
第2金属2aがインコネルで形成されているときには、耐食性が比較的高いため、製造方法でレーザーを使用した場合に刃先部2に残留する熱応力を小さくすることができる。
【0019】
また、第2金属2aが、Ni系コルモノイで形成されている場合、刃物1の製造時における刃先の焼入れ、焼なましによる強度劣化を抑制することができる。Ni系コルモノイは、Ni系コルモノイの総量に対して、炭素0.06質量%以下、鉄0.8質量%以下、シリコン2.4〜3.0質量%、ホウ素1.6〜2.00質量%、酸素0.08質量%以下で、残部がニッケルであるのがよい。
【0020】
本実施形態では、刃先部2に含まれる第2金属2aが基体部3に含まれる第1金属よりもビッカース硬度が低い。これにより刃物1は、第1金属と第2金属の双方の利点を持ち合わせることができ、刃物1の全体的な強度を基体部3の第1金属により高くし、刃先部2の第2金属2aにより刃物1の使用時に負荷される応力による刃先部2の割れまたは欠けの発生を低減し、刃先部2の耐久性を向上させることができる。
【0021】
本実施形態においては、第2金属2aは、刃先部2の主成分となっている。ここで、主成分とは、刃先部2を構成する全成分100質量%のうち、70質量%を超える成分のことを意味するものとする。第2金属2aが刃先部2の主成分となっているため、刃先部2の耐久性をより向上させることができる。
【0022】
また刃先部2に含まれる複数の硬質粒子4は、刃先部2に含まれる第2金属2aよりもビッカース硬度が高い。このため、刃先部2全体の硬さを高くでき、刃先部2の耐摩耗性を向上させることができる。また、硬質粒子4は、第2金属2aよりも硬い材料により形成されているため、刃物1の使用時に硬質粒子4が対象物に接触することにより対象物に対する刃先部2の切れ味が向上する。
【0023】
本実施形態では、硬質粒子4は、第2金属2aよりも硬いだけなく、第1金属よりも硬い材料により形成されている。このように、十分な硬さを有する硬質粒子4を用いることにより、刃先部2の切れ味の向上や耐摩耗性の向上の効果を高めることができる。硬質粒子4は、例えば、ビッカース硬度が1000Hv以上4000Hv以下にしてもよい。
【0024】
硬質粒子4は、刃先部2の表面に露出していることが好ましい。さらに、刃先部2を研磨しても刃先部2の表面に硬質粒子4が露出しやすくするために、硬質粒子4は、刃先部2の内部で基体部3の長さ方向(x軸方向)および幅方向(y軸方向)のみならず基体部3の厚み方向(z軸方向)にも分散しているのがよい。
【0025】
硬質粒子4としては、例えば、炭化タングステン(WC)を含む超硬合金、炭化チタン(TiC)、窒化チタン(TiN)、炭化タンタル(TaC)などを含むサーメットが挙げられる。また、硬質粒子4として、炭化タングステンと炭化チタンなど、複数種を混ぜて用いてもよい。
【0026】
硬質粒子4の形状は、種々の形状を採用してもよい。硬質粒子4の形状としては、断面視において、例えば、三角形状、四角形状、台形状などの多角形状、円形状などが挙げられる。また、硬質粒子4は、角部が切り欠かれていてもよい。この場合、硬質粒子4と第2金属2aとの密着性を向上させることができる。なお、硬質粒子4の形状は、例示した形状に限定されず、不規則な形状のものを用いることもできる。また、硬質粒子4は、図6に示す実施形態のように、凹部4aを有する形状としてもよい。この場合、硬質粒子4の凹部4aを側面2cおよび刃先2Aから露出させることにより、刃先部2の切れ味が向上し、さらに接触面積の低減による刃物1の滑り性が向上する。
【0027】
硬質粒子4は、その平均粒径を、例えば、5μm以上50μm以下に設定してもよい。なお、このような設定をするにあたっては、ふるいを用いて、平均粒径が5μm未満の粒子および平均粒径が50μmを超える粒子を選別すればよい。
【0028】
硬質粒子4は、刃先部2内で10体積%以上含んでいてもよい。この場合、刃先部2の切れ味および耐摩耗性をさらに向上させることができる。また硬質粒子4は、刃先部2内で50体積%以下含んでいてもよい。この場合、刃先部2の生産性を高く維持できる。なお、硬質粒子4の含有率は、刃先部2の断面(yz平面に平行な断面)を走査型電子顕微鏡を用いて観察し、観察画像の写真から、刃先部2全体の面積に対する硬質粒子4の合計の面積の割合を体積%として求める。具体的には、硬質粒子4の体積%は、次のように算出する。まず、刃先部2の長さ方向(x軸方向)に沿ってほぼ均等間隔で異なる5カ所の位置で刃先部2の断面観察を実施する。次に、これら5カ所で硬質粒子4の面積割合を測定する。そして、この5箇所での硬質粒子4の面積の割合の平均値を求める。この面積の割合の平均値を硬質粒子4の体積%と見なすことで硬質粒子4の体積%が算出される。
【0029】
硬質粒子4、前記第1金属および第2金属2aのビッカース硬度の測定は、JIS Z 2244(ISO6507−2、以下同じ)に準じた方法を用いて行なうことができる。仮に、当該方法による測定が困難である場合、硬質粒子4、前記第1金属および第2金属2aの組成をそれぞれ同定し、同定した組成とほぼ同等の組成を有する試料を作成し、これら試料についてJIS Z 2244に準じた方法で測定する。
【0030】
なお、本開示においては、第1金属、第2金属および硬質粒子4のビッカース硬度の大小関係が把握できればよいため、同定した組成と試料の組成のずれは、大小関係に実質的に影響しない範囲で許容されるものとする。
【0031】
次に、刀身1aの断面(yz平面に平行な断面)について、図4および図5を用いて説明する。刃先部2は、刃先2Aと、該刃先2Aの両側に配置され、刃先2Aに繋がった一対の側面2cと、を有する。刃先部2の側面2cからは、複数の硬質粒子4のうち少なくとも1つが露出している。これにより、刃物1を用いて対象物を切る際、対象物に硬質粒子4が接触する。その結果、刃先部2の切れ味が良好となるとともに、刃先部2の耐摩耗性を向上させることができる。本実施形態では、刃先部2の双方の側面2cから、複数の硬質粒子4が露出している。このため、刃先部2の切れ味と耐摩耗性がより向上する。
【0032】
また本実施形態においては、硬質粒子4のうち少なくとも1つが刃先2Aから露出している。このため、刃物1を用いて対象物を切る際に、刃先2Aから露出する硬質粒子4が対象物に接触し、刃先2Aの切れ味を向上させることができる。
【0033】
次に図7に示す写真を用いて硬質粒子4の分布について説明する。図7は、刃先部2の側面2cを走査型電子顕微鏡で観察した画像である。図7において、白色に視認される部分は、硬質粒子4が刃先部2の側面2cより露出している部分を示す。図7から明らかなように、本実施形態においては、刃先部2内の硬質粒子4は、基体部3側の領域よりも刃先2A側の領域でより多く露出している。このため、刃先2A側の領域で刃先部2の切れ味と耐摩耗性を向上させることができ、刃先部2の性能向上に供することができる。露出する硬質粒子4の分布を上記のように設定するためには、第2金属2aを刃先部2の刃先2A側で基体部3側よりも選択的に多く削り取るような研磨(例えば、バフ研磨)を実施すればよい。
【0034】
また、刀身1aは、図4に示すように、断面(yz平面に平行な断面)において、厚み方向(z軸方向)の幅が刃先2Aに向かって狭くなっている。刀身1aの側面は、垂直方向(y軸方向)に対する傾斜角が刃先2A側と背部3A側で異なっている。具体的には、刃先2A側の方が背部3A側よりも刀身1aの側面の前記傾斜角が大きくなっている。
【0035】
ここで、刀身1aの側面のうち、傾斜角の大きい刃先2A側の領域を第1傾斜領域α、傾斜角の小さい背部3A側の領域を第2傾斜領域βとし、第1傾斜領域αにおける刀身1aの側面の傾斜角をDα、第2傾斜領域βにおける刀身1aの側面の傾斜角をDβとする。垂直方向(y軸方向)は、刃先2Aを起点とし、刀身1aの厚み方向(z軸方向)と直交する垂線(y軸に平行な線)に平行な方向である。図4に示す刃物1においては、傾斜角Dαは、傾斜角Dβよりも大きくなっている。また、本実施形態においては、第1傾斜領域αは、刃先部2の側面2cのみならず基体部3の側面も含んでおり、刃先部2の側面2c全体が第1傾斜領域αに含まれている。
【0036】
第1傾斜領域αは、y軸方向の長さが、例えば0.5mm以上3mm以下となるように設定することができる。刃先部2は、y軸方向の長さが、刃先領域αの長さ以下となるように設定することができ、例えば0.2mm以上2.8mm以下となるように設定することができる。
【0037】
また、刃先部2に接続された基体部3の端部3Cが平坦面となっていてもよく、さらに、その平坦面が刃物1の長さ方向(x軸方向)に平行となっていてもよい。この場合、図4および図5に示すように、刀身1aの断面(yz平面に平行な断面)において、端部3Cはz軸方向に平行な直線状となる。
【0038】
なお、基体部3の端部3Cは、図9に示すように、z軸方向に対して傾斜していてもよい。この場合、基体部3と刃先部2との接触面積を増やすことができるため、基体部3および刃先部2の密着性を向上させることができる。端部3Cのz軸方向に対する傾斜角D3Cは、例えば、15°以上45°以下に設定してもよい。
【0039】
また、基体部3の端部3Cは、図10(a)および図10(b)に示すように、曲面状であってもよい。この場合、基体部3と刃先部2との接合面積が大きくなるので、基体部3と刃先部2との接合強度が高くなり、刃物1の耐久性が高くなる。
【0040】
図11は、刃物1の他の実施形態を示している。刃物1は第1傾斜領域αと第2傾斜領域βとの境界11が刃先部2に位置している。つまり、刃先部2の側面2cが第1傾斜領域αの全体を含んでおり、かつ第2傾斜領域βの一部を含んでいる。この場合、刃先部2は、第2傾斜領域βが存在するため、十分な厚さが担保され、繰り返し研ぎ直しを行うことができる。その結果、長期間にわたって刃先部2を使用することができる。
【0041】
第1傾斜領域αの傾斜角Dαは、例えば、10°〜20°の範囲に設定してもよい。基体部3の端部3Cにおける厚み(z軸方向の長さ)が、例えば0.2mm以上1mm以下となるように設定してもよい。刃先2Aでの厚み(z軸方向の長さ)は、刃物1の切れ味によって適宜設定すればよいが、例えば0.1μm以上10μm以下となるように設定してもよい。
【0042】
次に、図13を用いて、刃先部2に硬質粒子4を含んでいない刃物1について説明する。図13に示す刃物1においては、基体部3の主成分が第1金属により、刃先部2の主成分が第2金属2aにより、それぞれ形成されている。また、第2金属2aのビッカース硬度は第1金属のビッカース硬度よりも小さく設定されている。この場合においても、刃物1の全体的な強度は第1金属により比較的高く、かつ、刃先部2における割れまたは欠けの発生を第2金属により低減することができる。
【0043】
《ビッカース硬度分布》
図1に示す刃物1のビッカース硬度分布について説明する。図14は、図1に示す刃物をA−A線で切断したときの断面図である。図14に示すように、基体部3の露出部30は、背部3Aから端部3Cに向かって順に、第1領域3aと、第1領域3aと連続した第2領域3bと、第2領域3bと連続した第3領域3cと、第3領域3cと連続し、かつ刃先部2と連続した第4領域3dと、を有する。
【0044】
図15は、基体部3のビッカース硬度の分布を示している。図15に示す通り、第2領域3bは、第1領域3aおよび第3領域3cよりも硬度が低く、第3領域3cは、第1領域3aよりもビッカース硬度が高い。
【0045】
これらの構成によれば、第1領域3aよりもビッカース硬度が低い第2領域3bが、第1領域3aおよび第3領域3cの間に位置することから、刃物1で対象物を切るときに刃先部2が受ける衝撃を第2領域3bによって吸収することができる。また、刃先部2に近い方に位置する第3領域3cが、第1領域3aおよび第2領域3bよりもビッカース硬度が高いことから、刃物1は高い耐折損性を有する。
【0046】
図15によれば、第2領域3bにおいては、ビッカース硬度が刃先2Aに向かって漸減している第1変化部分31と、刃先2Aに向かって漸増している第2変化部分32と、を有する。
【0047】
第1領域3aは、硬度が一定である。ここで、硬度が一定であるとは、背部3Aから第2領域3bまでの回帰直線に対し、±30Hvの範囲にあることを言う。
【0048】
第1領域3aにおける具体的なビッカース硬度は、500Hv以上700Hv以下の範囲にある。ビッカース硬度の測定は、JIS Z 2244に準じた方法を用いて行なうことができる。
【0049】
第2領域3bのビッカース硬度は、例えば、300Hv以上500Hv未満の範囲にある。第3領域3cのビッカース硬度は、例えば、500Hvを超えて800Hv以下の範囲にある。第3領域3cは、基体部3のうちビッカース硬度が最も高い部位3caを含む。
【0050】
また基体部3は、第3領域3cと刃先部2との間に、第1領域3aよりもビッカース硬度が低い第4領域3dを有する。第4領域3dのビッカース硬度は、第1領域3aよりも低く、刃先部2におけるビッカース硬度よりも高い。第4領域3dは、第3領域3cから離れるにしたがってビッカース硬度が漸減している。第4領域3dが基体部3に存在するため、刃先部2の硬度の急激な変化が抑制されている。
【0051】
<刃物の製造方法>
次に、刃物1の製造方法について、図16図18を参照して説明する。図16図18は、図1に示す刃物1の製造方法を説明するための図である。刃物1は、以下の工程を経て製造される。第1金属を含む基体部3を準備する工程と、第2金属を構成する金属粉体と硬質粒子4とを準備する工程と、基体部3の端部3Cに対して金属粉体と硬質粒子4とを噴射しつつ、金属粉体を焼き付けることで、主成分として第2金属を含むとともに複数の硬質粒子4を含む刃部材6を形成する工程と、刃部材6と基体部3とを研磨する工程と、を備える。
【0052】
まず、第1金属を含む基体部3を準備する。基体部3は、図16に示すような形状となっている。基体部3は、ステンレスの板材をプレス加工して所定の刃物の型を打ち抜いた後、焼き入れを行なうことによって準備することができる。焼き入れでは、余熱、焼き入れ、および冷却を何度か行なうのがよい。これにより、基体部3の硬度を高めることができる。
【0053】
余熱では、後に実施する焼き入れよりも低い温度で基体部3を温める。これにより、焼き入れの際に高温になると生じやすいひび割れなどの発生を低減することができる。焼き入れの条件は、材料によって適宜設定することができ、例えば、1000℃以上の温度で基体部3を加熱する条件に設定することができる。冷却では、焼き入れの温度から急激に基体部3を冷やす。これにより、焼き入れで活性した素材同士を固定することができる。
【0054】
また、基体部3の準備とは別に、第2金属を構成する金属粉体と硬質粒子4とを準備する。
【0055】
次に、基体部3の端部3Cに対して金属粉体と硬質粒子4とを噴射しつつ、金属粉体を端部3Cに対して焼き付ける。これにより、第2金属と、複数の硬質粒子4とを含む刃部材6が形成される。
【0056】
金属粉体は、レーザーによって溶解させて焼き付けるのがよい。すなわち、レーザーを用いたクラッディング技術を用いるのがよい。具体的には、図17に示すように、ノズル7においてレーザー光7aの横側から基体部3の端部3C付近に対し、前記金属粉体からなるクラッディング材料6aを供給する。これにより、刃先部2を構成する材料であるクラッディング材料6aを溶解させつつ、端部3Cに金属結合させることができる。また、クラッディング材料6aのさらに外側から不活性ガス7bを端部3Cに対して吹き付ける。これにより、クラッディング材料6がレーザー光7aに当たりやすくなる。不活性ガス7bとしては、例えば、アルゴンガスなどが挙げられる。
【0057】
ここで、クラッディング材料6aを溶解させるときに、硬質粒子4を混ぜる。これによって、レーザー光7aによって硬質粒子4以外のクラッディング材料6aが溶解されて、端部3Cに付着することになる。一方、硬質粒子4は融点が高いため、レーザー光7aによって溶解されにくい。それゆえ、クラッディング材料6aを溶解させるときに硬質粒子4を混ぜると、刃先部2に複数の硬質粒子4を分散させることができる。
【0058】
そして、図18に示すように、刃部材6の一部を研磨する。本実施形態では、刃部材6の一部だけでなく基体部3の一部を研磨する。研磨は、例えば、酸化アルミニウム(Al23)、炭化珪素(SiC)またはダイヤモンド、炭化珪素(SiC)またはダイヤモンドの混合粒子等が表面に塗布された研磨石を用いて行なうことができる。
【0059】
研磨は、複数回に分けて行ってもよい。図18に示すように、まず点線Km1に沿って1回目の研磨を行ない、次に、点線Km2に沿って第2研磨を行なう。
【0060】
図15に示すようなビッカース硬度を有する基体部3を得るには、基体部3の焼入れの条件やレーザー光の照射条件等を調整すればよい。上述の製造方法では、焼入れの後に、レーザー光での照射が行われることで、基体部3は、いわゆる焼入れや焼き鈍しが、複数回にわたって繰り返し行われる。焼入れの条件やレーザー光の照射条件等を調整することで、基体部3に生じる焼入れや焼き鈍しの効果を調整することができる。
【0061】
以下、実施例を挙げて本開示についてさらに詳細に説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0062】
本実施例1では、刃先部2に硬質粒子4を含み、端部3Cがz軸方向に対して傾斜した刃物1を製作した。使用した材料は以下の通りである。
基体部3:ステンレス鋼
刃先部2:インコネル600
硬質粒子4
組成:炭化タングステンを主成分とするセラミックス
メッシュ粒径:45μm
刃先部2内における含有量:30体積%
【0063】
次に、製作した刃物1をy軸方向に平行となるように切断した断面を走査型電子顕微鏡により確認した。その結果を図19に示す。図19の結果から、本実施例1の刃物1において、硬質粒子4が刃先部2内に分散していることが分かる。
【0064】
次に、実施例1の刃物1の耐摩耗性の効果を確かめるために、紙切り試験を行った。紙切り試験は、本多式切れ味試験機を用いて行なった。紙切り試験は400枚の紙の束に所定の圧力で押圧したときに、何枚切ることができるのかを試験するものである。
【0065】
比較例として、刀身全体がジルコニアからなる刃物(比較例1)およびステンレス鋼からなる刃物(比較例2)を準備して、実施例1と同じ条件で紙切り試験を行った。その結果を図20に示す。図20は、横軸に紙切り試験を行った回数を示し、縦軸に1回の紙切り試験で切れた枚数を示している。
【0066】
この結果から、実施例1は、ステンレス鋼からなる刃物である比較例2と比較して初期切れ味が高く、切れ味の劣化も大きくないことがわかった。また、実施例1では、セラミックスからなる刃物である比較例1と比較して初期切れ味が高いことがわかった。さらに、実施例1では、切れ味の寿命を比較例1に近づけることができた。
【0067】
従って、初期切れ味および切れ味の寿命について、実施例1は比較例1に近く、且つ、比較例2より良いことがわかる。
【実施例2】
【0068】
実施例2では、刃先部2が硬質粒子4を複数含み、端部3Cがz軸方向に対して傾斜している刃物1を製造した。使用した材料は、以下のとおりである。
基体部3:ステンレス鋼
刃先部2:インコネル600
硬質粒子4
組成:炭化タングステンを主成分とするセラミックス
メッシュ粒径:25μm
刃先部2内における含有量:30体積%
【0069】
製造した刃物1をy軸方向に平行となるように切断し、その断面を走査型電子顕微鏡により確認した。その結果を図21(a)に示す。図21(a)から明らかなように、硬質粒子4が、刃先部2内に分散していることも分かる。
【0070】
製造した刃物1の刃先部2付近の側面を走査型電子顕微鏡により確認した。その結果を図21(b)に示す。図21(b)から明らかなように、製造した刃物1では、刃先部2の側面2cに、複数の硬質粒子4が露出していることが分かる。また、刃先2Aに、複数の硬質粒子4が露出していることも分かる。
【実施例3】
【0071】
(レーザークラッディング組成の検討)
本実施例3においては、刃先部を構成する金属材料(第2金属)と、硬質粒子との好適な割合を検討した。すなわち、両者の割合を変えて作製した種々の刃先部について、実施例1と同様な紙切り試験を行った。試験に使用した試料は以下の通りである。刃先部の金属材料(第2金属)と硬質粒子との割合(体積%)は下記の通りである。
実施例3−1 金属材料:硬質粒子=75:25
実施例3−2 金属材料:硬質粒子=81:19
実施例3−3 金属材料:硬質粒子=86:14
実施例3−4 金属材料:硬質粒子=90:10
実施例3−5 金属材料:硬質粒子=94:6
【0072】
また、比較のため、ステンレス鋼(SUS420J2)からなる刃物(比較例)を製造した。
【0073】
試験結果を図22(a)に示す。図22(a)に示される横軸の紙切り試験回数を対数直線にしたものを図22(b)に示す。対数直線にすることにより、刃先部の劣化が分かりやすくなる。
【0074】
図22bから、実施例3−1〜3−5は、いずれも比較例よりも高い耐久性を有することが分かる。また、実施例3−5では劣化が比較的早く、実施例3−3,3−4では、直線の傾きが緩やかになり、実施例3−1,3−2では比較例2よりも緩やかな傾きになることから耐久性が向上することが分かる。
【実施例4】
【0075】
実施例2で使用した刃先部2の材料(インコネル600)に代えて、Ni系コルモノイを使用した他は、実施例2と同様にして刃物を製造した。刃物の刃先部2の側面2cおよび刃先2Aには、複数の硬質粒子4が露出していた。また、刃先部2のビッカース硬度は、焼なまし後で450Hv程度であった。
使用したNi系コルモノイの組成を表1に示す。
【0076】
【表1】
【実施例5】
【0077】
刃先部2が硬質粒子4を複数含み、基体部3の端部3Cがz軸方向に対して傾斜している刃物1を製造した。使用した材料は、以下のとおりである。
基体部3:ステンレス鋼
刃先部2:インコネル600
硬質粒子4
組成:炭化タングステンを主成分とするセラミックス
メッシュ粒径:45μm
刃先部2内における含有量:30体積%
【0078】
次に、製造した刃物1について、ビッカース硬度の分布を測定した。具体的には、まず、x軸方向に垂直であり刃先部2の刃先方向(y軸方向)に平行な方向に刃物1を切断した。切断箇所は、図1および図2のA−A線に相当する箇所である。
【0079】
次に、切断箇所の断面において、刃先2Aから背部3Aに向かって、JIS Z 2244に準じた方法でビッカース硬度を測定した。測定条件は、以下のとおりである。
試験力:5kg
測定ピッチ:0.5mm
【0080】
測定結果は図15に示している。図15から明らかなように、刃物1は、その基体部3が、上述した第1領域3a、第2領域3b、第3領域3cおよび第4領域3dを有していることも分かる。
【0081】
次に、製造した刃物1をy軸方向に平行となるように切断し、その断面を走査型電子顕微鏡によって観察した。その結果を図23に示す。図23から明らかなように、第2領域3bは、「焼きなまし(100℃〜200℃)」による結晶の粗大化が確認された。第2領域3bは、「焼きなまし」に起因して、第1領域3aよりもビッカース硬度が低くなっていると推察される。第3領域3cは、「焼入れ(1150℃〜1200℃)」により緻密質に再結晶化しており結晶の凝集・緻密化が確認された。第3領域3cは、「焼入れ」に起因して、第1領域3aよりもビッカース硬度が高くなっていると推察される。第4領域3dは、熱分散による組成混合、合金化などによって第1領域3aよりもビッカース硬度が低くなっていると推察される。
【0082】
本開示を上述した実施形態によって説明したが、この開示の一部をなす論述および図面は、本開示を限定するものであると理解すべきではない。
【符号の説明】
【0083】
1 刃物
1a 刀身
1b 柄
2 刃先部
2a 第2金属
2A 刃先
2c 側面
3 基体部
3a 第1領域
3b 第2領域
3c 第3領域
3d 第4領域
3A 背部
3C 端部
4 硬質粒子
6 刃部材
30 露出部
α 第1傾斜領域
β 第2傾斜領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23