特許第6775140号(P6775140)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6775140
(24)【登録日】2020年10月8日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】バンド特性計算方法及び計算装置
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/00 20060101AFI20201019BHJP
【FI】
   H01L29/00
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-169173(P2016-169173)
(22)【出願日】2016年8月31日
(65)【公開番号】特開2018-37512(P2018-37512A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2019年4月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100136722
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼木 邦夫
(74)【代理人】
【識別番号】100174399
【弁理士】
【氏名又は名称】寺澤 正太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100186761
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 勇太
(72)【発明者】
【氏名】大塚 順
(72)【発明者】
【氏名】加藤 隆志
(72)【発明者】
【氏名】塩▲崎▼ 学
(72)【発明者】
【氏名】澤村 明賢
(72)【発明者】
【氏名】小谷 岳生
【審査官】 杉山 芳弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−334515(JP,A)
【文献】 特表2016−523806(JP,A)
【文献】 特表2010−538949(JP,A)
【文献】 Athanasios N. et al.,Ab Initio Prediction of Conduction Band Spin Splitting in Zinc Blende Semiconductors,PHYSICAL REVIEW LETTERS,米国,The American Physical Society,2006年 3月 2日,Vol.96,086405
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/00
JST7580(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
計算装置により結晶体のバンド特性を求めるバンド特性計算方法であって、
複数の温度のそれぞれにおける前記結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式1を用いて計算を行うことにより、有限温度における前記結晶体のバンド特性を求めるステップを備えるバンド特性計算方法。
【数1】

ここで、
XCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、
XCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、
XCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【請求項2】
前記結晶体のバンド特性を求める前記ステップは、
下記式2及び前記実測値を用いて計算を行うことにより、前記複数の温度のそれぞれにおける変数αを求めるステップと、
求められた前記変数αに基づいて前記関数α(T)を決定するステップと、
を含む、請求項1に記載のバンド特性計算方法。
【数2】
【請求項3】
前記結晶体のバンド特性を求める前記ステップは、前記複数の温度のそれぞれにおける前記結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値を測定するステップを含む、請求項2に記載のバンド特性計算方法。
【請求項4】
前記VXCは、B3LYP、PBE0、HSE03、もしくはHSE06、又はQSGW近似を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のバンド特性計算方法。
【請求項5】
前記バンド特性は、前記結晶体におけるバンドギャップ、エネルギー準位、又は電子もしくはホールの有効質量である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のバンド特性計算方法。
【請求項6】
前記実測値は、前記結晶体における格子定数、バンドギャップ、エネルギー準位、及び電子もしくはホールの有効質量の少なくとも一つである、請求項1〜5のいずれか一項に記載のバンド特性計算方法。
【請求項7】
結晶体のバンド特性を計算する計算装置であって、
複数の温度のそれぞれにおける前記結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式3を用いて計算を行うことにより、有限温度における前記結晶体のバンド特性を求める手段を備える計算装置。
【数3】

ここで、
XCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、
XCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、
XCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バンド特性計算方法及び計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従前より、半導体及び絶縁体といった結晶体におけるバンドギャップ等の特性(バンド特性)を算出するために、種々の電子状態計算手法が提案されている。下記非特許文献1には、QSGW近似(QSGW:Quasiparticle Self-consistent GW)と、局所密度近似(LDA:Local Density Approximation)とを組み合わせた電子状態計算によって、絶対零度(0K)の状態における結晶体のバンド特性を高精度に算出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Japanese Journal of Applied Physics vol.55 No.5 (2015) pp.051201-1-051201-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年では、0K以外の温度(有限温度)における結晶体のバンド特性を算出することが求められている。有限温度における電子状態計算では、結晶体の格子振動等の0Kでは生じない現象を考慮する必要がある。このため、電子状態計算が複雑化する傾向にある。したがって、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に算出できる方法が望まれている。
【0005】
本発明は、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に計算できるバンド特性計算方法及び計算装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面に係るバンド特性計算方法は、結晶体のバンド特性を求めるバンド特性計算方法であって、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式1を用いて計算を行うことにより、有限温度における結晶体のバンド特性を求めるステップを備える。
【数1】

ここで、VXCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【0007】
本発明の他の一側面に係る計算装置は、結晶体のバンド特性を求める計算装置であって、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式2を用いて計算を行うことにより、有限温度における結晶体のバンド特性を求める手段を備える。
【数2】

ここで、VXCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に計算できるバンド特性計算方法及び計算装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は本実施形態に係る計算装置の内部構成を示すブロック図である。
図2図2は、本実施形態における計算装置による結晶体のバンド特性計算方法の手順を示すフローチャートである。
図3図3は、各結晶体に対応する温度の関数α(T)のグラフを示す図である。
図4図4は、結晶体における電子の有効質量の温度依存性を示す図である。
図5図5は、式10を用いて算出された0Kにおける結晶体のバンド構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施形態の内容を列記して説明する。
【0011】
本発明の一実施形態は、結晶体のバンド特性を求めるバンド特性計算方法であって、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式3を用いて計算を行うことにより、有限温度における結晶体のバンド特性を求めるステップを備えるバンド特性計算方法である。
【数3】

ここで、VXCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【0012】
このバンド特性計算方法では、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む上記式3を用いた計算が行われる。このように温度依存性を持たせた上記式3を用いて計算を行うことによって、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に計算することができる。
【0013】
また、結晶体のバンド特性を求めるステップは、下記式4及び実測値を用いて計算を行うことにより、複数の温度のそれぞれにおける変数αを求めるステップと、求められた複数の変数αに基づいて関数α(T)を決定するステップと、を含んでもよい。
【数4】
【0014】
また、結晶体のバンド特性を求めるステップは、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値を測定するステップを含んでもよい。
【0015】
また、VXCは、B3LYP、PBE0、HSE03、もしくはHSE06、又はQSGW近似を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであってもよい。この場合、VXCを、より精度よく算出できる。
【0016】
また、バンド特性は、結晶体におけるバンドギャップ、エネルギー準位、又は電子もしくはホールの有効質量であってもよい。
【0017】
また、実測値は、結晶体における格子定数、バンドギャップ、エネルギー準位、及び電子もしくはホールの有効質量の少なくとも一つであってもよい。
【0018】
本発明の他の一実施形態は、結晶体のバンド特性を求める計算装置であって、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む下記式5を用いて計算を行うことにより、有限温度における結晶体のバンド特性を求める手段を備える計算装置である。
【数5】

ここで、VXCは、結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。
【0019】
この計算装置によれば、複数の温度のそれぞれにおける結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値に基づいて決定された温度の関数α(T)を含む上記式5を用いた計算が行われる。このように温度依存性を持たせた上記式5を用いて計算を行うことによって、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に計算することができる。
【0020】
[本願発明の実施形態の詳細]
以下、添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
図1は本実施形態に係る計算装置の内部構成を示すブロック図である。図1に示される計算装置10は、結晶体のバンド特性を計算する装置である。結晶体は、例えば結晶構造を有する半導体及び絶縁体等である。結晶構造としては、例えば、ダイヤモンド構造、ZB構造(閃亜鉛鉱型構造)、WZ構造(ウルツ鉱型構造)、4H構造、及び6H構造等が挙げられる。半導体としては、例えば、単体半導体及び化合物半導体が挙げられる。絶縁体としては、例えば、金属酸化物、金属窒化物、及び金属硫化物等が挙げられる。結晶体のバンド特性は、例えば、結晶体のΓ点におけるバンドギャップ、結晶体のK点等におけるエネルギー準位、電子の有効質量、及びホールの有効質量等である。
【0022】
計算装置10は、ハードウェアであるCPU11、ROM12、RAM13、入出力インターフェース14、及び記憶装置15を備えている。計算装置10のハードウェアであるCPU11、ROM12、RAM13、入出力インターフェース14、及び記憶装置15は、バス16によって互いに接続されている。
【0023】
CPU11は、ROM12に格納されている制御プログラムをRAM13上にロードして実行することにより、前述したハードウェア各部の制御を行う。このため、CPU11は、結晶体のバンド特性を計算する部分の一部に相当するといえる。入出力インターフェース14には、マウス、キーボードなどの入力デバイス14a、及びCRT、液晶ディスプレイなどの出力デバイス14bが接続される。入出力インターフェース14は、入力デバイス14aを通じて入力される情報、及び出力デバイス14bへ出力すべき情報の入出力に関する制御を行う。
【0024】
記憶装置15は、バンド特性の計算を行うための計算プログラム、バンド特性の計算に必要な初期データ、バンド特性の計算により得られたデータなどが記憶される装置であり、例えばハードディスクドライブである。計算プログラムとしては、例えば、局所密度近似(LDA)と、QSGW近似とを組み合わせた計算方法に基づくプログラムが挙げられる。局所密度近似(LDA)以外の計算方法としては、QSGW近似の他にも、例えば、HSE03,HSE06(HSE:Heyd−Scuseria−Ernzerhof)、B3LYP(B3LYP:Becke,three−parameter,Lee−Yang−Parr)、PBE0(PBE:Perdew−Burke−Ernzerhof)が挙げられる。更にはその他種々の手法を用いることができる。初期データとしては、例えば、所定の温度における結晶体の格子定数やバンド特性の実測値、変数α(詳細は後述する)、及び温度の関数α(T)(詳細は後述する)等が挙げられる。なお、上記計算プログラム及び初期データなどは、記憶装置15に必ずしも記憶されていなくてもよい。例えば、計算プログラム及び初期データは、入出力インターフェース14、外部装置又は記憶媒体等から提供されるものであってもよい。
【0025】
以下では、図2を参照しながら本実施形態に係る結晶体のバンド特性計算方法について説明する。図2は、本実施形態における計算装置による結晶体のバンド特性計算方法の手順を示すフローチャートである。なお、本実施形態では、所定の結晶体における電子の有効質量の計算について説明する。
【0026】
まず、第1ステップとして、各温度における結晶体の格子定数及びバンド特性の少なくともいずれかの実測値を入手する(ステップS1)。上記実測値が記憶装置15に記憶されている場合、CPU11が記憶されている実測値を読み出す。上記実測値が記憶装置15に記憶されていない場合、例えば、現実の結晶体の格子定数やバンド特性を実験によって測定する、又は、外部装置もしくは記録媒体からデータを読み出すことによって、上記実測値を入手する。本実施形態のステップS1では、各温度における結晶体の格子定数の実測値を入手する。なお、ステップS1では、8点の温度における上記実測値を入手する。ここで入手する実測値としては、結晶体における格子定数、バンドギャップ、エネルギー準位、及び電子もしくはホールの有効質量の少なくとも一つであり、好ましくは格子定数を含んでおり、より好ましくは格子定数と、バンドギャップ、エネルギー準位、及び電子もしくはホールの有効質量の少なくとも一つとの組み合わせである。
【0027】
次に、第2ステップとして、例えば下記式6及び上記実測値を用いて電子状態計算を行う(ステップS2)。本実施形態のステップS2では、上記実測値を用いることによって、各温度における最適な変数αを算出し、変数αと結晶体のバンドギャップとの関係を電子状態計算で求める。
【0028】
【数6】
【0029】
上記式6において、VXCは、所定の温度における結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCLDAは、局所密度近似のみを用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルであり、VXCは、局所密度近似以外の方法を用いて算出される結晶体の交換相関ポテンシャルである。結晶体の交換相関ポテンシャルとは、例えば、電子交換と電子相関に由来する交換相互作用ポテンシャルである。本実施形態のステップS2では、計算結果の信頼性の観点から、QSGW近似とLDAとを組み合わせた計算式が採用される。すなわち、本実施形態においては、下記式7及び上記実測値を用いて電子状態計算を行う。
【0030】
【数7】
【0031】
ステップS2では、上記式7及び上記実測値を用いて電子状態計算を行うことにより、変数αを求める。ここで、本実施形態において、変数αを含む上記式7を採用する理由について説明する。結晶体のバンド特性を電子状態計算で算出するにあたって、QSGW近似は、当該バンド特性を高精度に算出できることが知られている。しかし、例えば、QSGW近似のみに基づく電子状態計算にて結晶体のバンドギャップを算出すると、ポテンシャル誤差が発生する。このポテンシャル誤差により、QSGW近似のみに基づく電子状態計算によるバンドギャップの計算値は、その実測値よりも大きくなる傾向にある。このため、上記ポテンシャル誤差を補正するため、例えば、QSGW近似のみに基づく電子状態計算によるバンドギャップの計算値と、LDAのみに基づく電子状態計算によるバンドギャップの計算値とを所定の割合にて組み合わせることが行われる。これは、LDAのみに基づく電子状態計算によるバンドギャップの計算値は、その実測値よりも小さくなる傾向にあるからである。上記事項に鑑み、本実施形態では、所定の割合に相当する変数αを含む上記式7を採用している。
【0032】
次に、第3ステップとして、各温度において算出された変数αに基づいて関数α(T)を決定する(ステップS3)。関数α(T)は、各温度によって定まる変数αを示す温度の関数である。図3は、各結晶体に対応する温度の関数α(T)のグラフを示す図である。図3において、縦軸は変数αを示し、横軸は温度を示し、結晶体1〜5は、それぞれ異なる物質から構成される結晶体である。また、図3におけるプロット1a〜1hは、各温度のそれぞれにおいて算出された結晶体1の変数αを示す。例えば、プロット1a〜1hに基づいて、結晶体1における温度の関数α(T)を決定する。同様にして、結晶体2〜5のそれぞれにおける温度の関数α(T)を決定する。
【0033】
次に、第4ステップとして、関数α(T)を用いた電子状態計算を行う(ステップS4)。例えば、関数α(T)を含む下記式8を用いて電子状態計算を行う。
【0034】
【数8】
【0035】
本実施形態のステップS4においても、計算結果の信頼性の観点から、QSGW近似とLDAとを組み合わせた計算式が採用される。すなわち、本実施形態においては、下記式9及び関数α(T)を用いて電子状態計算を行う。
【0036】
【数9】
【0037】
ステップS4では、上記式9を用いた電子状態計算を行うことによって、所望の温度における結晶体のバンド特性を求める。本実施形態では、上記式9を用いた電子状態計算を行うことによって、所望の温度における結晶体の電子の有効質量を計算する。この有効質量の計算結果によって、当該有効質量の温度依存性の有無を確認できる。なお、所望の温度とは、実測された温度以外の温度も含む任意の温度である。
【0038】
図4は、結晶体における電子の有効質量の温度依存性を示す図である。図4において、縦軸は電子の有効質量を示し、横軸は温度を示す。また、図4に示される破線21は、結晶体1の電子の有効質量の実測値を示しており、折れ線22は、結晶体1の電子の有効質量の計算値を示している。折れ線22は、上記式9を用いた電子状態計算により算出された、各温度における結晶体1の電子の有効質量の計算値を結んだものである。折れ線22から、上記式9を用いて算出された結晶体1の電子の有効質量には、温度依存性があることが良好に示されている。加えて、電子の有効質量の実測値と、電子の有効質量の計算値との差は、最大でも0.002程度である。このため、ステップS4にて関数α(T)を含む上記式9が用いられて算出された電子の有効質量は、その実測値に対して高い精度で一致しているといえる。
【0039】
次に、以上に説明した本実施形態に係る計算装置10による結晶体のバンド特性の計算方法の作用効果について説明する。図5は、下記式10を用いて算出された0Kにおける結晶体のバンド構造を示す図である。図5において、縦軸はエネルギーを示す。下記式10における変数αは、上記式7と異なり、経験的に設定される。例えば、下記式10の変数αは、0.8に設定される。なお、図5に示されるバンド構造を有する結晶体のバンドギャップは、縦軸における0に最も近い伝導帯側のラインL1と、0に最も近い価電子帯側のラインL2との間のΓ点におけるエネルギーギャップに相当する。
【0040】
【数10】
【0041】
上記式10のようにQSGW法とLDAとを組み合わせた式を用いた電子状態計算で結晶体のバンド構造を算出する場合、原則的には0Kにて計算される。これは、上記式10のパラメータには、温度が含まれていないからである。このため、上記式10を用いた場合、有限温度においては、図5に示されるバンド構造を、結晶体のバンドギャップの実測値に合わせるようにシフトすること(フィッティング)が通常行われる。この場合、図5に示されるような各バンド曲線の形状は変化しないので、電子又はホールの有効質量の温度依存性を得ることが原理的にできない。これは、当該有効質量は、バンド曲線の曲率に基づいて決定されるからである。また、上記式10を用いた場合、フィッティングした点以外のエネルギー準位も得ることができない。なお、上記式10だけではなく、密度汎関数法を用いる手法も提案されているが、この手法も0Kにおける結晶体の基底状態を前提としている。したがって、電子及びホールの有効質量の温度依存性といった結晶体のバンド特性を得ることができない。
【0042】
そこで本発明者らは、鋭意検討の末、結晶体のバンド特性の算出に際して、格子振動等の絶対零度(0K)では生じない現象を、間接的にポテンシャルで表現できることを見出した。具体的には、QSGW法とLDAとを組み合わせる際に、0Kでのバンド計算の補正に用いていた所定の割合(変数α)に温度依存性を持たせることで、上記ポテンシャルを間接的に表現できることを見出した。このように、変数αを経験的に設定するのではなく、温度の関数α(T)を含む上記式9を用いた電子状態計算を行う。これにより、本実施形態に係る計算装置10によって、有限温度における結晶体のバンド特性を容易に計算することができる。換言すると、本実施形態に係る計算装置10によって、温度の関数α(T)を含む上記式9を用いて電子状態計算を行うことで、結晶体のバンド特性の温度依存性を推定できる。
【0043】
本発明による計算装置及び計算方法は、上述した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態においては、一部のステップを省略してもよい。例えば、結晶体の温度の関数α(T)が記憶装置15に記憶されている場合、ステップS1〜S3の少なくとも一部は省略されてもよい。
【0044】
また、上記実施形態における結晶体のバンド特性は、例えば、結晶体のバンド曲線において、縦軸における0に最も近い伝導帯側のラインと、0に最も近い価電子帯側のラインとの間の任意の点におけるエネルギーギャップでもよい(図5を参照)。もしくは、上記ラインの任意の箇所における曲率自体でもよい。
【0045】
また、上記実施形態における結晶体の格子定数やバンド特性の実測値は、8点に限られず、複数点であればよい。例えば、少なくとも3点以上の温度において測定された実測値に基づいて、各変数αを算出してもよい。
【符号の説明】
【0046】
1〜5…結晶体、10…計算装置、11…CPU、15…記憶装置、L1,L2…ライン。
図1
図2
図3
図4
図5