【課題を解決するための手段】
【0016】
本願発明者は、上記のようにプラズマ生成領域がパッシェンの法則から推定される範囲よりも拡大してしまう原因として、誘電体円筒管411の内壁とArガスとの界面に沿面放電が生じていると予測した。沿面放電は、異なる誘電体の境界面に沿って生じる放電現象であり、Ar−BIDではこれが高圧電極412から上下方向に向かって進展し、最終的に高圧電極412と管路先端部材416の間及び高圧電極412と電荷収集部の間における気体放電を誘発していると考えられる。すなわち、上述したAr−BIDでは、管路先端部材416や電荷収集部の上端付近に設けられた金属性の部材(接続部材421)が電気的に接地されているため、高圧電極412からこれらの部材416、421に向かう電位勾配が生じる。このとき、高圧電極412と前記各部材416、421の間に設けられた接地電極413、414が十分に長ければ、高圧電極412と前記各部材416、421の間がそれぞれ広範囲に亘って基準電位となるため沿面放電の進展が阻止される。しかし、上記従来のAr−BIDではこれらの接地電極413、414の長さが不十分であるために、沿面放電が、高圧電極412から接地電極413、414が配置された領域を超えて管路先端部材416又は電荷収集部まで進展してしまい、これが上記のようなプラズマ生成領域の拡大を招来しているものと考えられた。こうした予測に基づき、本願発明者がArガス中とHeガス中における沿面放電の開始距離を比較したところ、前者の方が沿面放電開始距離が長い(すなわち高圧電極412と前記各部材416、421がより離れていても沿面放電が発生し得る)ことが確認された。
【0017】
そこで、高圧電極412の上下に設けられた接地電極413、414の一方のみの長さを従来よりも大きくしてそれぞれSN比を測定したところ、下流側の接地電極414の長さを大きくした際に特にSN比が大きく改善されることが確認された。これは、プラズマ生成ガスの流通方向の下流側、すなわち電荷収集部に近い側で沿面放電が生じてプラズマ生成領域が下流側に広がった場合、電荷収集部に設けられたイオン電流検出用の収集電極に対し、高電圧による電磁ノイズの混入やプラズマからの荷電粒子の入射が生じるためと考えられる。
【0018】
このことから、Ar−BIDにおいて沿面放電を抑制するには、前記接地電極の長さ、特に高圧電極の下流側における接地電極の長さをAr−BIDにおける沿面放電の開始距離よりも長くすることが有効と考えられる。しかしながら、接地電極の長さを長くするには、
図6に示すように、該接地電極514を取り付ける誘電体管511も長くする必要があり、結果的に検出器全体のサイズ増大に繋がる。BIDでは、試料ガスの気化状態を保つために電荷収集部が通常200℃以上に加熱されるので、検出器サイズの増大は誘電体管内の温度の不均一性の増大に繋がり、出力のふらつきの原因になるという問題がある。
【0019】
そこで、上記課題を解決するために成された本発明に係る誘電体バリア放電イオン化検出器は、
アルゴンを含有するプラズマ生成ガスが流通するガス流路中での放電により生起させたプラズマを利用して試料ガス中の試料成分をイオン化し検出する誘電体バリア放電イオン化検出器であって、
a)誘電体から成る管であって前記ガス流路の上流側の一区画を収容する誘電体管と、
b)前記誘電体管の外壁に取り付けられた高圧電極と、
c)電気的に接地され、前記ガス流路を臨むように配置された電極であって、該ガス流路を臨む面が誘電体で被覆されると共に該面の少なくとも一部が前記プラズマ生成ガスの流れ方向において前記高圧電極より下流側に位置する接地電極と、
d)前記高圧電極に接続され、前記ガス流路中に誘電体バリア放電を生起させてプラズマを生成するべく前記高圧電極と前記接地電極の間に交流電圧を印加する交流電源と、
e)前記ガス流路の下流側の一区画であって、前記接地電極よりも下流に位置し、試料を該区画に導入する試料ガス導入手段と、前記プラズマから発せられた光によって前記試料ガス中の試料成分から生成されたイオンを収集する収集電極とを備えた電荷収集部と、
を有し、
前記誘電体管の、前記高圧電極が取り付けられている領域及び/又は該領域よりも下流且つ前記電荷収集部よりも上流の領域の内壁に半導体膜が形成されていると共に、
前記高圧電極よりも下流における前記接地電極の長さが、前記高圧電極と前記電荷収集部の間における沿面放電の開始距離よりも長いことを特徴としている。
【0020】
なお、ここで「前記高圧電極と前記電荷収集部の間における沿面放電の開始距離」とは、前記高圧電極と前記電荷収集部の間に誘電体被覆された接地電極が存在する状態において、該高圧電極と該電荷収集部の間で沿面放電が発生し得る接地電極の長さの最大値を意味する(以下同じ)。例えば、
図4で示したような放電部410を有するAr−BIDにおいて、放電部410の下流に位置する電荷収集部と高圧電極412の間に接地電極414を配置した状態で励起用高圧交流電源415を駆動しつつ高圧電極412と電荷収集部(例えば接続部材421)の間の電流値を測定し、接地電極414の長さを徐々に短くしていくと、ある長さにおいて沿面放電が発生して前記電流値が急激に増加する。この電流値が急増するときの接地電極414の長さが前記沿面放電の開始距離である。
【0021】
誘電体表面を沿面放電が進展する際には、その最先端で盛んに電離が起こり、これにより、その後方に導電性のよい経路が形成されていく。しかしながら、このとき誘電体の表面に半導体膜が形成されていると、前記電離により生じた電荷が該半導体膜内を速やかに拡散していくため、上記のような導電性のよい経路が形成されず、沿面放電が進展しにくくなる。従って、上記本発明のように、誘電体管の、前記高圧電極が取り付けられている領域及び/又は該領域よりも下流且つ前記電荷収集部よりも上流の領域の内壁に半導体膜を形成することにより、該高圧電極から電荷収集部に向かう沿面放電の進展を起こりにくくすることができる。これにより、高圧電極と該電荷収集部の間における沿面放電開始距離が従来よりも短くなるため、該沿面放電開始距離よりも前記接地電極の長さを大きくしても大幅な検出器サイズの増大を招来することがない。すなわち、上記本発明に係る誘電体バリア放電イオン化検出器によれば、検出器サイズの増大を最小限に抑えつつ沿面放電の発生を抑制することができる。
【0022】
ここで、前記半導体膜を構成する半導体の種類は特に問わないが、誘電体管内壁への膜形成が容易で、且つスパッタされにくい反応性の低いものを用いることが望ましい。こうした特性を有する半導体としては、例えば、ダイヤモンドライクカーボンや酸化チタンを挙げることができる。
【0023】
なお、前記沿面放電の開始距離は、前記半導体膜を構成する半導体の種類、該半導体膜の厚さ及び面積などに加えて、低周波交流電圧の周波数、電圧振幅、電源波形、ガス種(ガス純度)、及び誘電体材料などのパラメータに依存する。そのため、本発明における「前記高圧電極よりも下流における前記接地電極の長さ」は、Ar−BIDの使用時における前記各パラメータに応じて決定される。
【0024】
上記本発明に係る誘電体バリア放電イオン化検出器は、
図4で示したような誘電体円筒管411の外周に高圧電極412と二つの接地電極413、414を周設した構成のものに限らず、種々の構造の誘電体バリア放電イオン化検出器に適用することができる。例えば、特許文献3に記載された誘電体バリア放電イオン化検出器(概略構成を
図7に示す)のように、外部誘電体管611の外周に高圧電極612を周設すると共に、内部誘電体管631で被覆され且つ電気的に接地された金属管632(本発明における接地電極に相当)を含む電極構造体634を外部誘電体管611に挿入した構成から成るものにも同様に本発明を適用することができる(詳細は後述する)。
【0025】
上記本発明を、
図4で示したような誘電体バリア放電イオン化検出器に適用する場合、誘電体円筒管411が本発明における「誘電体管」と接地電極を被覆する「誘電体」の双方に相当する。つまり、これらの誘電体管及び誘電体は一体に形成されたものとなる。また、上記本発明を、
図7で示したような誘電体バリア放電イオン化検出器に適用する場合、外部誘電体管611が前記本発明における「誘電体管」に相当し、内部誘電体管631が本発明における接地電極を被覆する「誘電体」に相当する。つまり、これらの誘電体管及び誘電体は別体に形成されたものとなる。
【0026】
また、本発明に係る誘電体バリア放電イオン化検出器は、
アルゴンを含有するプラズマ生成ガスが流通するガス流路中での放電により生起させたプラズマを利用して試料ガス中の試料成分をイオン化し検出する誘電体バリア放電イオン化検出器であって、
a)誘電体から成る管であり、前記ガス流路の上流側の一区画を収容する誘電体管と、
b)前記誘電体管に前記プラズマ生成ガスを導入するものであって金属から成り電気的に接地された管路先端部材と、
c)前記誘電体管の外壁に取り付けられた高圧電極と、
d)電気的に接地されると共に、前記誘電体管の外壁に取り付けられ、前記プラズマ生成ガスの流通方向において前記高圧電極より上流且つ前記管路先端部材よりも下流に位置する上流側接地電極と、
e)電気的に接地されると共に、前記誘電体管の外壁に取り付けられ、前記流通方向において前記高圧電極より下流に位置する下流側接地電極と、
f)前記高圧電極に接続され、前記ガス流路中に誘電体バリア放電を生起させてプラズマを生成するべく前記高圧電極と前記上流側接地電極の間、及び前記高圧電極と前記下流側接地電極の間に交流電圧を印加する交流電源と、
g)前記ガス流路の下流側の一区画であって、前記下流側接地電極よりも下流に位置し、試料を該区画に導入する試料ガス導入手段と、前記プラズマから発せられた光によって前記試料ガス中の試料成分から生成されたイオンを収集する収集電極とを備えた電荷収集部と、
を有し、
前記誘電体管の、前記高圧電極が取り付けられている領域及び/又は該領域よりも下流且つ前記電荷収集部よりも上流の領域の内壁に半導体膜が形成されていると共に、
前記流通方向における前記下流側接地電極の長さが前記高圧電極と前記電荷収集部の間における沿面放電の開始距離よりも長いものとすることができる。
【0027】
上記は、本発明を
図4で示したような、誘電体円筒管411の外周に高圧電極412と二つの接地電極413、414を周設した構成の誘電体バリア放電イオン化検出器に適用したものである。
【0028】
なお、上述の通り、誘電体バリア放電イオン化検出器では、放電部410の上端に設けられた管路先端部材416も金属から成り且つ電気的に接地されているため、高圧電極412からその下流側のみならず上流側にも沿面放電が進展し得る。
【0029】
そこで、前記本発明に係る誘電体バリア放電イオン化検出器は、
アルゴンを含有するプラズマ生成ガスが流通するガス流路中での放電により生起させたプラズマを利用して試料ガス中の試料成分をイオン化し検出する誘電体バリア放電イオン化検出器であって、
a)誘電体から成る管であり、前記ガス流路の上流側の一区画を収容する誘電体管と、
b)前記誘電体管に前記プラズマ生成ガスを導入するものであって金属から成り電気的に接地された管路先端部材と、
c)前記誘電体管の外壁に取り付けられた高圧電極と、
d)電気的に接地されると共に、前記誘電体管の外壁に取り付けられ、前記プラズマ生成ガスの流通方向において前記高圧電極より上流且つ前記管路先端部材よりも下流に位置する上流側接地電極と、
e)電気的に接地されると共に、前記誘電体管の外壁に取り付けられ、前記流通方向において前記高圧電極より下流に位置する下流側接地電極と、
f)前記高圧電極に接続され、前記ガス流路中に誘電体バリア放電を生起させてプラズマを生成するべく前記高圧電極と前記上流側接地電極の間、及び前記高圧電極と前記下流側接地電極の間に交流電圧を印加する交流電源と、
g)前記ガス流路の下流側の一区画であって、前記下流側接地電極よりも下流に位置し、試料を該区画に導入する試料ガス導入手段と、前記プラズマから発せられた光によって前記試料ガス中の試料成分から生成されたイオンを収集する収集電極とを備えた電荷収集部と、
を有し、
前記誘電体管の、前記高圧電極が取り付けられている領域及び/又は該領域よりも上流且つ前記管路先端部材よりも下流の領域の内壁に半導体膜が形成されていると共に、
前記流通方向における前記上流側接地電極の長さが前記高圧電極と前記管路先端部材の間における沿面放電の開始距離よりも長いものとしてもよい。
【0030】
なお、SN比の改善という点では前記上流側接地電極と前記下流側接地電極の双方をそれぞれ高圧電極の上流側と下流側における沿面放電の開始距離よりも長くすることが望ましい。しかしながら、その場合、誘電体管の全長が長くなったり、沿面放電を完全に抑制することで高圧電極と上下の接地電極の間の放電も起こりにくくなり、交流電源からかなり高い電圧を供給する必要が生じたりといった問題が発生する。従って、片側の接地電極の長さのみを長くする構成も実用上利点を有している。