特許第6775591号(P6775591)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6775591両親媒性ブロックポリマーを用いた薬剤内包分子集合体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6775591
(24)【登録日】2020年10月8日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】両親媒性ブロックポリマーを用いた薬剤内包分子集合体
(51)【国際特許分類】
   C08L 77/00 20060101AFI20201019BHJP
   C08K 5/10 20060101ALI20201019BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20201019BHJP
   A61K 47/14 20060101ALI20201019BHJP
   A61K 9/51 20060101ALI20201019BHJP
   A61K 31/282 20060101ALI20201019BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20201019BHJP
【FI】
   C08L77/00
   C08K5/10
   A61K47/34
   A61K47/14
   A61K9/51
   A61K31/282
   A61P35/00
【請求項の数】12
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2018-540523(P2018-540523)
(86)(22)【出願日】2016年9月20日
(86)【国際出願番号】JP2016077744
(87)【国際公開番号】WO2018055681
(87)【国際公開日】20180329
【審査請求日】2019年3月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100561
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 正広
(72)【発明者】
【氏名】原 功
(72)【発明者】
【氏名】小関 英一
(72)【発明者】
【氏名】木村 俊作
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴之
【審査官】 横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/178454(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/200007(WO,A1)
【文献】 特表2006−507308(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/148121(WO,A1)
【文献】 特表2011−506342(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00−101/14
C08K 3/00−13/08
A61K 9/51
A61K 31/282
A61K 47/14
A61K 47/34
A61P 35/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サルコシン単位を有する親水性ブロックと、乳酸単位を有する疎水性ブロックとを有する両親媒性ブロックポリマーA1、
乳酸単位を有する疎水性ポリマーA2、
脂肪酸トリグリセリド、及び
脂溶性薬剤
を含み、
前記疎水性ポリマーA2、前記脂肪酸トリグリセリド、及び、前記脂溶性薬剤は、前記両親媒性ブロックポリマーA1が形成する疎水性コア内に存在している、分子集合体。
【請求項2】
前記親水性ブロックに含まれるサルコシン単位は2〜300個である、請求項1に記載の分子集合体。
【請求項3】
前記疎水性ブロックに含まれる乳酸単位は5〜400個である、請求項1又は2に記載の分子集合体。
【請求項4】
前記疎水性ポリマーA2に含まれる乳酸単位は10個以上である、請求項1〜3のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項5】
前記脂肪酸トリグリセリドは、グリセリンと炭素数4〜24の飽和脂肪酸とのトリエステルである、請求項1〜4のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項6】
前記脂溶性薬剤は、炭素数4〜24の飽和又は不飽和の脂肪族鎖を分子内に有するものである、請求項1〜5のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項7】
前記疎水性ポリマーA2は、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対するモル比A2/A1として、0.1/1〜10/1の範囲で含まれる、請求項1〜6のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項8】
前記脂肪酸トリグリセリドは、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、5〜200重量%の範囲で含まれる、請求項1〜7のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項9】
前記脂溶性薬剤は、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、1〜50重量%の範囲で含まれる、請求項1〜8のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項10】
粒子径が10〜1000nmである、請求項1〜9のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項11】
前記脂溶性薬剤は、2つの炭素数8〜24の飽和又は不飽和の高級脂肪酸残基と、2つのアンミンとが白金に配位した錯体である、請求項1〜10のいずれかに記載の分子集合体。
【請求項12】
前記分子集合体は、以下の工程:
容器中に、前記両親媒性ブロックポリマーA1、前記疎水性ポリマーA2、前記脂肪酸トリグリセリド、及び前記脂溶性薬剤を有機溶媒中に含む溶液を用意する工程、
前記溶液から前記有機溶媒を除去し、前記容器の内壁に、前記両親媒性ブロックポリマーA1、前記疎水性ポリマーA2、前記脂肪酸トリグリセリド、及び前記脂溶性薬剤を含むフィルムを得る工程、及び
前記容器中に水又は水溶液を加え、前記フィルムを粒子状の分子集合体に変換して分子集合体の分散液を得る工程、
を含む調製方法によって得られたものである、請求項1〜11のいずれかに記載の分子集合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノメディシン及び薬剤搬送システム(DDS)の分野に属する。本発明は、両親媒性ブロックポリマーを用いた薬剤内包分子集合体に関する。本発明の薬剤内包分子集合体はナノレベルの粒子径を有し、各種薬剤物質搬送用ナノキャリアとして用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年ナノテクノロジーへの関心が高まっており、ナノテクノロジーは、生体試料中の物質の検出、in vivo でのイメージングにおいて注目を浴びている。特に医薬の分野においては、リン脂質からなるナノ粒子であるリポソームなどが、薬剤搬送システム(ドラッグデリバリーシステム;DDS)における担体として用いられている。
【0003】
例えば、特開平4−169531号公報、特開平4−169532号には、飽和又は不飽和高級脂肪酸残基を有する脂溶性白金錯体を有効成分として含有するリポソーム製剤が開示されている。
【0004】
一方、より生体適合性が高いペプチド性のナノ粒子も知られている。例えば、特開2008−024816号公報及び米国特許出願公開US2008/0019908には、疎水性ブロックとしてポリグルタミン酸メチルエステルを有する両親媒性ブロックポリマーを用いた、ペプチドタイプのナノ粒子が開示されている。この公報には、当該ナノ粒子ががん組織へ集積することを観察したことが示されている。
【0005】
また、Chemistry Letters, vol.36, no.10, 2007, p.1220-1221には、ポリ乳酸鎖とポリサルコシン鎖から構成される両親媒性ブロックポリマーを合成し、当該両親媒性ブロックポリマーの自己集合によって、DDSにおけるナノキャリアとしての利用可能性を有する粒径20〜200nmの分子集合体を調製したことが示されている。
【0006】
国際公開第2009/148121号公報(米国特許出願公開US2011/0104056)及びバイオマテリアルズ(Biomaterials)、2009年、第30巻、p.5156−5160に、疎水性ブロックがポリ乳酸鎖、親水性ブロックがポリサルコシン鎖である直鎖型の両親媒性ブロックポリマーが、水溶液中において自己組織化し、高分子ミセル(ラクトソーム)を形成することが開示されている。ラクトソームの粒子径については、段落[0127]に10nm〜500nmが開示されているが、実際には、段落[0251]に30nm〜130nmが開示されているのみである。ラクトソームは、高い血中滞留性を有するほか、それまでに既に開発されていた高分子ミセルと比べて肝臓への集積量が著しく減少することが分かっている。このラクトソームは、血中に滞留している粒子径が数十〜数百nmのナノ粒子が癌疾に溜まりやすいという性質[Enhanced Permeation and Retention effect(EPR効果)]を利用することによって、癌疾部位を標的とした分子イメージング又は薬剤搬送用のナノキャリアとして適用可能である。
【0007】
がん組織は正常組織よりも細胞の増殖が速く、細胞の増殖に必要な酸素やエネルギーを獲得するために、がん組織中に新生血管を誘導する。この新生血管はもろいため、ある程度大きな分子も当該血管外に漏れ出すことが知られている。さらに、がん組織では物質の排泄機構が未発達であるため、当該血管から漏れ出た分子がある程度がん組織中に滞留する。この現象がEPR効果として知られているものである。
【0008】
国際公開第2012/176885号公報(米国特許出願公開US2014/0127132)には、サルコシンを含む分岐した親水性ブロックと、ポリ乳酸を有する疎水性ブロックとを有する分岐型の両親媒性ブロックポリマーが、水溶液中において自己組織化し、粒径が10〜50nmの高分子ミセル(ラクトソーム)を形成することが開示されている。
【0009】
国際公開第2012/026316号公報(米国特許出願公開US2013/0149252)、及び国際公開第2012/118136号公報(米国特許出願公開US2013/0336896)には、蛍光色素を内包させたラクトソームナノ粒子からなるスイッチング型蛍光ナノ粒子プローブ及びそれを用いた蛍光分子イメージング法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平4−169531号公報
【特許文献2】特開平4−169532号公報
【特許文献3】特開2008−024816号公報
【特許文献4】米国特許出願公開US2008/0019908
【特許文献5】WO2009/148121号公報
【特許文献6】米国特許出願公開US2011/0104056
【特許文献7】WO2012/176885号公報
【特許文献8】米国特許出願公開US2014/0127132
【特許文献9】WO2012/026316号公報
【特許文献10】米国特許出願公開US2013/0149252
【特許文献11】WO2012/118136号公報
【特許文献12】米国特許出願公開US2013/0336896
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ケミストリ・レターズ (Chemistry Letters)、2007年、第36巻、第10号、p.1220−1221
【非特許文献2】バイオマテリアルズ(Biomaterials)、2009年、第30巻、p.5156−5160
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記各公報に開示された高分子ミセル(ラクトソーム)ナノ粒子の疎水性コアは、ポリ乳酸で構成されており、疎水性コアに任意の脂溶性薬剤を効率よく内包させることは困難である。
【0013】
本発明の目的は、脂溶性薬剤を効率よく内包できる分子集合体(例えば、高分子ミセルナノ粒子)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、ポリサルコシン/ポリ乳酸系の両親媒性ブロックポリマーと、ポリ乳酸系の疎水性ポリマーと、さらに脂肪酸トリグリセリドとを用いることにより、脂溶性薬剤を効率よく内包した分子集合体が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明は、以下の発明を含む。
(1) サルコシン単位を有する親水性ブロックと、乳酸単位を有する疎水性ブロックとを有する両親媒性ブロックポリマーA1、
乳酸単位を有する疎水性ポリマーA2、
脂肪酸トリグリセリド、及び
脂溶性薬剤
を含む分子集合体。
【0016】
(2) 前記親水性ブロックに含まれるサルコシン単位は2〜300個である、上記(1)に記載の分子集合体。
【0017】
(3) 前記疎水性ブロックに含まれる乳酸単位は5〜400個である、上記(1)又は(2)に記載の分子集合体。
【0018】
(4) 前記疎水性ポリマーA2に含まれる乳酸単位は10個以上である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の分子集合体。
【0019】
(5) 前記脂肪酸トリグリセリドは、グリセリンと炭素数4〜24の飽和脂肪酸とのトリエステルである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の分子集合体。
【0020】
(6) 前記脂溶性薬剤は、炭素数4〜24の飽和又は不飽和の脂肪族鎖を分子内に有するものである、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の分子集合体。
【0021】
(7) 前記疎水性ポリマーA2は、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対するモル比A2/A1として、0.1/1〜10/1の範囲で含まれる、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の分子集合体。
【0022】
(8) 前記脂肪酸トリグリセリドは、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、5〜200重量%の範囲で含まれる、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の分子集合体。
【0023】
(9) 前記脂溶性薬剤は、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、1〜50重量%の範囲で含まれる、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の分子集合体。
【0024】
(10) 粒子径が10〜1000nmである、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の分子集合体。
【0025】
(11) 前記分子集合体は、以下の工程:
容器中に、前記両親媒性ブロックポリマーA1、前記疎水性ポリマーA2、前記脂肪酸トリグリセリド、及び前記脂溶性薬剤を有機溶媒中に含む溶液を用意する工程、
前記溶液から前記有機溶媒を除去し、前記容器の内壁に、前記両親媒性ブロックポリマーA1、前記疎水性ポリマーA2、前記脂肪酸トリグリセリド、及び前記脂溶性薬剤を含むフィルムを得る工程、及び
前記容器中に水又は水溶液を加え、前記フィルムを粒子状の分子集合体に変換して分子集合体の分散液を得る工程、
を含む調製方法によって得られたものである、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の分子集合体。
【0026】
サルコシン単位を有する親水性ブロックと、乳酸単位を有する疎水性ブロックとを有する両親媒性ブロックポリマーA1、
乳酸単位を有する疎水性ポリマーA2、
脂肪酸トリグリセリド、及び
有効成分としての脂溶性薬剤
を含むミセル製剤。
【発明の効果】
【0027】
本発明の分子集合体は、ポリサルコシン/ポリ乳酸系の両親媒性ブロックポリマー、ポリ乳酸系の疎水性ポリマー、脂肪酸トリグリセリド、及び脂溶性薬剤を含む。脂肪酸トリグリセリドを用いることにより、高分子ミセル(ラクトソーム)ナノ粒子のポリ乳酸で構成されている疎水性コアに脂溶性薬剤を効率よく内包させることができる。本発明によれば、有効成分としての脂溶性薬剤を含むミセル製剤が提供される。従来、脂溶性薬剤は血液中で自己凝集する性質があり、そのため、肝臓への集積性はあるが、他の腫瘍疾患部位には搬送されにくい。本発明により、ラクトソームナノ粒子内に脂溶性薬剤を効率よく内包させ、血液中に安定して分散させることが可能となったたので、ラクトソームナノ粒子が腫瘍患部に溜まりやすいという性質[Enhanced Permeability and Retention effect(EPR効果)]を利用することによって、腫瘍患部を標的とした薬剤搬送が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、実験例2において、ODO添加量に対する散乱強度比[(ミセル由来の散乱強度)/(ミリプラチン凝集体由来の散乱強度)]を示すグラフである。
図2図2〜5は、実験例5において、ミリプラチン内包ラクトソームのアルブミン存在下でのPBS溶液についての37℃での経時によるHPLC&ICP−MS測定チャートであり、図2は、0時間でのHPLC&ICP−MS測定チャートである。横軸は、HPLCのリテンションタイム(分)、縦軸は、Detector Response であり、195Pt(ICP−MS)の相対強度及び220nmでの吸光度の相対強度を表す。
図3図3は、24時間でのHPLC&ICP−MS測定チャートである。
図4図4は、120時間でのHPLC&ICP−MS測定チャートである。
図5図5は、192時間でのHPLC&ICP−MS測定チャートである。
図6図6は、実験例5において、ミリプラチン内包ラクトソームのアルブミン存在下でのPBS溶液についての37℃での経時によるICP−MS測定での195Ptのピーク面積変化を示すグラフである。横軸は、経時時間(時間)、縦軸は、195Ptの相対的ピーク面積を表す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の分子集合体(ラクトソーム;Lactosome)は、サルコシン単位を有する親水性ブロックと、乳酸単位を有する疎水性ブロックとを有する両親媒性ブロックポリマーA1、乳酸単位を有する疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド、及び脂溶性薬剤を含むナノ粒子である。両親媒性ブロックポリマー分子の凝集により、或いは自己集合的な配会合により分子集合体が形成され、分子集合体に前記脂溶性薬剤が内包されている。ナノ粒子とは、サイズがナノオーダーの粒子であり、ミセル、ベシクル等の分子集合体が含まれる。以下に説明する。
【0030】
[1.両親媒性ブロックポリマーA1]
両親媒性ブロックポリマーA1は、サルコシン単位を有する親水性ブロックと、乳酸単位を有する疎水性ブロックとを有する。両親媒性ブロックポリマーは、直鎖型又は分岐型のいずれであってもよい。親水性ブロックと疎水性ブロックとは、リンカー部を介して結合している。
【0031】
[1−1.親水性ブロック]
本発明において、親水性ブロック鎖が有する「親水性」という物性の具体的な程度としては、特に限定されるものではないが、少なくとも、親水性ブロック鎖の全体が、後述の乳酸単位を有する疎水性ブロック鎖に対して相対的に親水性が強い性質をいう。或いは、親水性ブロック鎖が疎水性ブロック鎖とコポリマーを形成することによって、コポリマー分子全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の親水性をいう。さらに或いは、両親媒性ブロックポリマーが溶媒中で自己組織化して、自己集合体、特に粒子状の自己集合体を形成することが可能となる程度の親水性をいう。
【0032】
本発明において、両親媒性ブロックポリマーは、親水性ブロックにおいて直鎖構造を有していてもよいし、分岐した構造を有していてもよい。親水性ブロックが分岐構造をとる場合には、親水性ブロックを構成する複数の分岐それぞれにサルコシンが含まれる。
【0033】
親水性ブロックにおいて、構成単位の種類及び比率は、ブロック全体が上述したような親水性となるように、当業者によって適宜決定されるものである。例えば、前記親水性ブロックに含まれるサルコシン単位の合計は2〜300個である。具体的には、親水性ブロックが直鎖型の場合、サルコシン単位の合計は、例えば、10〜300、20〜200、又は20〜100程度でありうる。構成単位数が上記範囲を超えると、分子集合体を形成した場合に、形成された分子集合体の安定性を欠く傾向にある。上記範囲を下回ると、両親媒性ブロックポリマーとしての体をなさないか、又は、分子集合体の形成自体が困難となる傾向にある。
【0034】
親水性ブロックが分岐型の場合、親水性ブロックを構成する複数の分岐全てに含まれるサルコシン単位の合計は、例えば、2〜200、2〜100、又は2〜10個でありうる。あるいは、親水性ブロックを構成する複数の分岐全てに含まれるサルコシン単位の合計は、例えば、30〜200、又は50〜100個でありうる。1つの分岐当たりのサルコシン単位数の平均は、例えば、1〜60、1〜30、1〜10、又は1〜6でありうる。すなわち、親水性ブロックを構成する各分岐それぞれは、サルコシン又はポリサルコシン鎖を含んで構成されることができる。構成単位数が上記範囲を超えると、分子集合体を形成した場合に、形成された分子集合体の安定性を欠く傾向にある。上記範囲を下回ると、両親媒性ブロックポリマーとしての体をなさないか、又は、分子集合体の形成自体が困難となる傾向にある。
【0035】
分岐型の場合、親水性ブロックにおける分岐は2以上であればよいが、分子集合体を形成する際に粒子形状のミセルを効率的に得る観点から、好ましくは3以上である。親水性ブロックにおける分岐の数の上限は特に限定されるものではないが、例えば27である。特に、本発明においては、親水性ブロックの分岐の数が3であることが好ましい。分岐構造は、当業者が適宜設計できる。
【0036】
サルコシン(すなわちN−メチルグリシン)は水溶性が高く、また、サルコシンのポリマーはN置換アミドを有することから通常のアミド基に比べてシス−トランス異性化が可能であり、さらに、Cα炭素まわりの立体障害が少ないことから、高い柔軟性を有するものである。このような構造を構成ブロックとして用いることは、当該ブロックに高い親水性の基本特性、又は、高い親水性と高い柔軟性とを併せ持つ基本特性が備わる点で非常に有用である。
【0037】
さらに、親水性ブロックは、末端(すなわちリンカー部と反対側の末端)に親水性基(例えば水酸基に代表される)を有していることが好ましい。
【0038】
なお、ポリサルコシン鎖においては、全てのサルコシン単位が連続していてもよいし、非連続であってもかまわないが、当該分岐鎖全体として上述の基本特性を損なわないように分子設計されたものであることが好ましい。
【0039】
親水性ブロック鎖がサルコシン単位以外の他の構成単位を有する場合、そのような構成単位としては特に限定されないが、アミノ酸(親水性アミノ酸及びその他のアミノ酸を含む)とすることができる。なお、本明細書において「アミノ酸」は、天然アミノ酸、非天然アミノ酸、及びそれらの修飾及び/又は化学的変更による誘導体を含む概念で用いる。さらに、本明細書において、アミノ酸は、α−、β−、γ−アミノ酸を含む。好ましくは、αアミノ酸である。例えば、セリン、スレオニン、リシン、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0040】
また、両親媒性ブロックポリマーA1は糖鎖やポリエーテルなどのさらなる基を有してよい。この場合は、両親媒性ブロックポリマーA1の親水性ブロックが糖鎖やポリエーテルなどを有するように分子設計されることが好ましい。
【0041】
[1−2.疎水性ブロック]
本発明において、疎水性ブロックが有する「疎水性」という物性の具体的な程度としては、特に限定されるものではないが、少なくとも、疎水性ブロックが、上記の親水性ブロックの全体に対して相対的に疎水性が強い領域であり、当該親水性ブロックとコポリマーを形成することによって、コポリマー分子全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の疎水性を有していれば良い。或いは、当該両親媒性ブロックポリマーが溶媒中で自己組織化して、自己集合体、好ましくは粒子状の自己集合体を形成することが可能となる程度の疎水性を有していれば良い。
【0042】
1本の両親媒性ブロックポリマー中に存在する疎水性ブロックは分岐していなくともよいし、分岐していてもよい。しかしながら、分子集合体がミセル構造の場合を考慮すると、疎水性ブロックは分岐していない方が、疎水性コア部に対して、親水性分岐型シェル部の稠密度が増すので、より小さい粒径の安定したコア/シェル型ミセルを形成し易いと考えられる。
【0043】
本発明において、疎水性ブロックは乳酸単位を含むものである。疎水性ブロックにおいて構成単位の種類及び比率は、ブロック全体が上述したような疎水性となるように、当業者によって適宜決定されるものである。例えば、前記疎水性ブロックに含まれる乳酸単位の数は5〜400個である。具体的には、例えば疎水性ブロックが分岐していない場合、乳酸単位の数は、例えば5〜100個、15〜60個、又は25〜45個でありうる。疎水性ブロックが分岐している場合は、疎水性ブロックを構成する複数の分岐全てに含まれる乳酸単位の数の合計が、例えば10〜400個、好ましくは20〜200個でありうる。この場合、1つの分岐当たりの乳酸単位数の平均は、例えば、5〜100個、好ましくは10〜100個である。
【0044】
構成単位数が上記範囲を上回ると、分子集合体を形成した場合に、当該形成された分子集合体の安定性を欠く傾向にある。構成単位数が上記範囲を下回ると、分子集合体の形成自体が困難となる傾向にある。
【0045】
疎水性ブロックが分岐する場合、分岐の数は特に限定されないが、分子集合体を形成する際に粒子形状のミセルを効率的に得る観点から、例えば、親水性ブロックにおける分岐数以下とすることができる。
【0046】
ポリ乳酸は、以下の基本特性を有する。
ポリ乳酸は、優れた生体適合性及び安定性を有するものである。このため、このようなポリ乳酸を構成ブロックとした両親媒性物質から得られる分子集合体は、生体、特に人体への応用性という点で非常に有用である。
また、ポリ乳酸は、優れた生分解性を有することから代謝が早く、生体内においてがん組織以外の組織への集積性が低い。このため、このようなポリ乳酸を構成ブロックとした両親媒性物質から得られる分子集合体は、がん組織への特異的な集積性という点で非常に有用である。
そして、ポリ乳酸は、低沸点溶媒への溶解性に優れるものであることから、このようなポリ乳酸を構成ブロックとした両親媒性物質から分子集合体を得る際に、有害な高沸点溶媒の使用を回避することが可能である。このため、このような分子集合体は、生体への安全性という点で非常に有用である。
【0047】
なお、疎水性ブロックを構成するポリ乳酸鎖(PLA)においては、全ての乳酸単位が連続していてもよいし、非連続であってもかまわないが、疎水性ブロック全体として上述の基本特性を損なわないように分子設計されたものであることが好ましい。
【0048】
疎水性ブロックを構成するポリ乳酸鎖(PLA)は、L−乳酸単位から構成されているポリL−乳酸鎖(PLLA)か、又は、D−乳酸単位から構成されているポリD−乳酸鎖(PDLA)のいずれであってもよい。また、L−乳酸単位とD−乳酸単位との両者から構成されていてもよい。この場合において、L−乳酸単位とD−乳酸単位とは、交互配列、ブロック配列、又はランダム配列のいずれであってもよい。
【0049】
疎水性ブロック鎖が乳酸単位以外の他の構成単位を有する場合、そのような構成単位の種類・比率は、ブロック鎖全体が上述したような疎水性であることを満たせば特に限定されるものではないが、所望の諸特性を有するように分子設計されたものであることが好ましい。
【0050】
疎水性ブロック鎖において、乳酸単位以外の構成単位を有する場合、そのような構成単位は、乳酸以外のヒドロキシ酸及びアミノ酸(疎水性アミノ酸及びその他のアミノ酸を含む)からなる群から選択することができる。ヒドロキシ酸としては、特に限定されないが、グリコール酸、ヒドロキシイソ酪酸などが挙げられる。疎水性アミノ酸は、その多くが、脂肪族側鎖、芳香族側鎖などを有する。天然アミノ酸では、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、チロシン、及びトリプトファンなどが挙げられる。非天然アミノ酸では、特に限定されないが、グルタミン酸メチルエステル、グルタミン酸ベンジルエステル、アスパラギン酸メチルエステル、アスパラギン酸エチルエステル、アスパラギン酸ベンジルエステルなどのアミノ酸誘導体が挙げられる。
【0051】
[1−3.両親媒性ブロックポリマーA1の構造]
両親媒性ブロックポリマーA1が直鎖型又は分岐型のいずれの場合にも、親水性ブロックと疎水性ブロックとを連結するリンカー部位の構造は、化学的に許容可能な構造であれば特に限定されるものではない。両親媒性ブロックポリマーA1の構造及び合成については、WO2009/148121号公報(直鎖型)、及びWO2012/176885号公報(分岐型)を参照して、当業者が適宜分子設計できる。
【0052】
分岐構造の場合、例えば、親水性ブロック側の分枝の数が2である場合は、ポリ乳酸鎖を含む分子鎖のリンカー部位にある1つのN原子から、ポリサルコシン鎖を含む2本の分子鎖が分岐しうる。言い換えれば、ポリ乳酸鎖に直接的又は間接的に結合しているN原子が、直接的又は間接的に2本のポリサルコシン鎖に結合していることができる。
【0053】
また例えば、親水性ブロック側の分枝の数が3である場合は、ポリ乳酸鎖を含む分子鎖のリンカー部位にある1つのC原子から、ポリサルコシン鎖を含む3本の分子鎖が分岐しうる。言い換えれば、ポリ乳酸鎖に直接的又は間接的に結合しているC原子が、直接的又は間接的に3本のポリサルコシン鎖に結合していることができる。リンカー部位にある1つのP原子やSi原子から分岐している場合や、両親媒性ブロックポリマー分子全体が四級アンモニウム分子を形成している場合も同様である。
【0054】
親水性ブロック側の分枝の数が3を超える場合は、分枝がさらなる分岐構造を有するように分子設計されることができる。
【0055】
疎水性ブロック側も分岐している場合についても、上記と同様の観点で分子設計されることができる。
【0056】
下記式(I)に、親水性ブロック側の分岐の数が3、疎水性ブロック側の分岐なしである場合の分岐型両親媒性ブロックポリマーの好ましい構造を示す。
【0057】
【化1】
【0058】
式(I)中、n1、n2及びn3は、それらの合計が3〜200となる数、mは5〜100の数を表し、Rは、水素原子又は有機基を表す。有機基の炭素数は、1〜20でありうる。具体的には、アルキル基やアルキルカルボニル基などが挙げられる。
【0059】
下記式(II)に、親水性ブロック側の分岐の数が3、疎水性ブロック側の分岐の数が2である場合の分岐型両親媒性ブロックポリマーの好ましい構造を示す。
【0060】
【化2】
【0061】
式(II)中、n1、n2及びn3、並びにRは、式(I)における場合と同じである。m1及びm2は、それらの合計が10〜400となる数を表す。
【0062】
[1−4.両親媒性ブロックポリマーA1の合成]
本発明において、両親媒性ブロックポリマーA1の合成法としては、特に限定されるものではなく、公知のペプチド合成法、ポリエステル合成法、及び/又はデプシペプチド合成法を用いることができる。
【0063】
ペプチド合成は、例えば、アミンなどの塩基を開始剤として、N−カルボキシアミノ酸無水物(アミノ酸NCA)を開環重合することなどによって行うことができる。
【0064】
ポリエステル合成は、例えば、アミンなどの塩基や金属錯体などを開始剤として、ラクチドを開環重合することなどによって行うことができる。ラクチドとしては、ブロック鎖の所望の光学純度を考慮して、当業者が適宜決定することができる。例えば、L−ラクチド、D−ラクチド、DL−ラクチド及びメソラクチドから適宜選択し、ブロック鎖の所望の光学純度に応じて当業者が適宜使用量を決定することができる。
【0065】
デプシペプチド合成は、例えば、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を先に合成し、その後、親水性ブロックとなるポリペプチド鎖を伸張する方法と、親水性ブロックとなるポリペプチド鎖を先に合成し、その後、疎水性ブロックとなるポリ乳酸を伸張する方法とが挙げられる。
【0066】
本発明の分子集合体において、ポリ乳酸の鎖長を調整することができる。両親媒性ブロックポリマーA1の合成の際には、ポリ乳酸の鎖長をより自由に制御するという観点から、疎水性ブロックであるポリ乳酸を先に合成し、その後、親水性ブロック鎖となるポリペプチド鎖を伸張する方法を行う方が好ましい。また、両親媒性ブロックポリマーA1における疎水性ブロック鎖としてのポリ乳酸は、親水性ブロック鎖としてのポリサルコシンに比べ重合度の制御をより容易に且つ正確に行うことができる。
【0067】
両親媒性ブロックポリマーA1の合成についても、WO2009/148121号公報(直鎖型)、及びWO2012/176885号公報(分岐型)を参照することができる。
【0068】
[2.疎水性ポリマーA2]
疎水性ポリマーA2は、乳酸単位を有する疎水性ポリマーである。疎水性ポリマーA2は、例えば10個以上の乳酸単位を有し、好ましくは15個以上の乳酸単位を有する。ここで、疎水性ポリマーA2が有する「疎水性」という物性の具体的な程度としては特に限定されるものではないが、少なくとも、上記の両親媒性ポリマーA1の親水性ブロックに対して、相対的に疎水性が強い。
【0069】
疎水性ポリマーA2においては、10個以上の乳酸単位が主たる構成成分であることが好ましい。しかしながら、乳酸単位以外の他の構成単位を有することも許容する。当該乳酸単位はそのすべてが連続していてもよいし、非連続であってもよい。
【0070】
疎水性ポリマーA2の構成単位や鎖長は、基本的に、両親媒性ブロックポリマーA1における疎水性ブロック鎖の分子設計における場合と同様の観点で決定することができる。このようにすることによって、分子集合体において、疎水性ポリマーA2と、両親媒性ブロックポリマーA1の疎水性ブロック鎖との親和性に優れるという効果も得られる。疎水性ポリマーA2は、両親媒性ブロックポリマーA1からなる分子集合体ミセルの疎水性コア部に主に存在していると考えられる。
【0071】
疎水性ポリマーA2を構成するポリ乳酸鎖(PLA)は、L−乳酸単位から構成されているポリL−乳酸鎖(PLLA)か、又は、D−乳酸単位から構成されているポリD−乳酸鎖(PDLA)のいずれであってもよい。また、L−乳酸単位とD−乳酸単位との両者から構成されていてもよい。この場合において、L−乳酸単位とD−乳酸単位とは、交互配列、ブロック配列、又はランダム配列のいずれであってもよい。記疎水性ポリマーA2を構成するポリ乳酸鎖(PLA)が、L−乳酸単位とD−乳酸単位との両者から構成されていると、非晶性ポリマーとなりやすい。非晶性ポリマーとは、JIS K7121にて融点が観測されない高分子をいう。
【0072】
疎水性ポリマーA2が、乳酸単位以外の他の構成単位を有する場合は、当該他の構成単位は、疎水性ポリマーA2が全体として上記定義された「疎水性」の範疇を越える影響を与えない程度で含まれる。従って、当該他の構成単位は乳酸単位より親水性であっても疎水性であってもかまわない。他の構成単位の種類・比率は、疎水性ポリマーA2全体が上述したような疎水性となるように、当業者によって適宜決定される。当該他の構成単位の例としては、上記1−2において乳酸単位以外の構成単位として挙げたものが含まれる。
【0073】
疎水性ポリマーA2の構成単位数の上限としては、特に限定されないが、例えば、両親媒性ブロックポリマーA1における疎水性ブロックの2倍の長さを超えないものとする。具体的には、例えば前記ポリマーA1の疎水性ブロックが分岐していない場合、前記ポリマーA1の疎水性ブロックにおける乳酸単位の数が、例えば5〜100個、15〜60個、又は25〜45個であると、該乳酸単位の数に対応して、疎水性ポリマーA2の構成単位数の上限としては、10〜200個、30〜120個、又は50〜90個程度とすることができる。前記ポリマーA1の疎水性ブロックが分岐している場合は、前記ポリマーA1の疎水性ブロックにおける1つの分岐当たりの乳酸単位数の平均が、例えば、5〜100個、好ましくは10〜100個であると、該乳酸単位の数に対応して、疎水性ポリマーA2の構成単位数の上限としては、10〜200個、20〜200個程度とすることができる。ただし、前記疎水性ポリマーA2を構成するポリ乳酸鎖(PLA)が非晶性ポリマーの場合には、両親媒性ブロックポリマーA1における疎水性ブロックの5倍の長さを超えて、さらに長鎖のものであってもよい。疎水性ポリマーA2の構成単位数によって、形成された分子集合体の安定性、分子集合体の疎水コア体積及び粒子径を調整することができる。
【0074】
疎水性ポリマーA2の合成は、当業者に知られた重合法により行うことができる。例えば、ポリ乳酸の合成は、WO2009/148121号公報([0235]〜[0243])を参照して、ラクチドの開環重合により行うとよい。あるいは、乳酸からの直接重合により行ってもよい。
【0075】
前記疎水性ポリマーA2は、特に限定されないが、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対するモル比A2/A1として、例えば、0.1/1〜10/1の範囲で含まれる。前記疎水性ポリマーA2の配合量によって、分子集合体の疎水コア体積及び粒子径を調整することができる。上記範囲よりも疎水性ポリマーA2の割合が上回ると、分子集合体自体がその形状を保ちにくくなる傾向にある。また、上記範囲よりも疎水性ポリマーA2の割合が下回ると、疎水性ポリマーA2を混合することによる効果(すなわち、疎水コア体積増大効果及び粒子径制御効果)が得られにくくなる傾向にある。好ましいモル比A2/A1は、0.5/1〜2.5/1の範囲である。
【0076】
上記の範囲を満たす量で両親媒性ブロックポリマーA1と疎水性ポリマーA2とを用いることによって、例えば10〜1000nm、10〜500nm、好ましくは10〜200nm、より好ましくは20〜100nmの粒子径を有する分子集合体を調製することができる。ここで「粒子径」とは、粒子分布で最も出現頻度の高い粒径、すなわち中心粒径をいう。本発明の分子集合体ナノ粒子の大きさを測定するための方法は特に限定されるものではなく、当業者によって適宜選択されるものである。例えば、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;TEM)又は原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope;AFM)による観察法や、静的光散乱法、動的光散乱(Dynamic Light Scattering;DLS)法などが挙げられる。DLS法においては、溶液中でブラウン運動している粒子の移動拡散係数を測定する。本明細書の実施例においては、動的光散乱法を用いている。
【0077】
[3.脂肪酸トリグリセリド]
脂肪酸トリグリセリドは、グリセリンと脂肪酸とのトリエステルである。脂肪酸トリグリセリドは、その脂肪酸の炭素数により、短鎖脂肪酸トリグリセリド(SCT:Short-chain triglyceride)(一般的に脂肪酸の炭素数5以下のもの)、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT:Medium-chain triglyceride)(一般的に脂肪酸の炭素数6以上12以下のもの)、及び長鎖脂肪酸トリグリセリド(LCT:Long-chain triglyceride)(一般的に脂肪酸の炭素数13以上のもの)に分類されることがある。
【0078】
短鎖脂肪酸トリグリセリドにおける短鎖脂肪酸としては、炭素数2〜5の飽和脂肪酸が挙げられ、より具体的には、酢酸(C2 )、プロピオン酸(C3 )、酪酸(C4 )、イソ酪酸(C4 )、吉草酸(C5 )、イソ吉草酸(C5 )が挙げられる。
【0079】
中鎖脂肪酸トリグリセリドにおける中鎖脂肪酸としては、炭素数6〜12の飽和脂肪酸が挙げられ、より具体的には、カプロン酸(C6 )、エナント酸(C7 )、カプリル酸(C8 )、ペラルゴン酸(C9 )、カプリン酸(C10)、ウンデシル酸(C11)、ラウリン酸(C12)が挙げられる。
【0080】
長鎖脂肪酸トリグリセリドにおける長鎖脂肪酸としては、炭素数13以上の飽和脂肪酸が挙げられ、より具体的には、ペンタデシル酸(C15)、パルミチン酸(C16)、マルガリン酸(C17)、ステアリン酸(C18)、アラキジン酸(C20)、ベヘン酸(C22)、リグノセリン酸(C24)等が挙げられる。
【0081】
本発明において、前記脂肪酸トリグリセリドとして、グリセリンと炭素数4〜24程度の飽和脂肪酸とのトリエステルを用いるとよく、グリセリンと炭素数6〜20程度の飽和脂肪酸とのトリエステルを用いることが好ましく、グリセリンと炭素数8〜20程度の飽和脂肪酸とのトリエステルを用いることがさらに好ましい。さらに、炭素数8〜12の中鎖脂肪酸トリグリセリドを用いることがより好ましい。
前記トリグリセリド分子において、3つのエステルが同じ中鎖脂肪酸とのエステルであってもよいし、異なる中鎖脂肪酸とのエステルであってもよい。これらはいずれも液状油である。前記中鎖脂肪酸トリグリセリドは、市販のものを入手することができる。例えば、(カプリル酸/カプリン酸)トリグリセリドとして、O.D.O[(カプリル酸/カプリン酸)=75/25]、スコレー64G[(カプリル酸/カプリン酸)=60/40]、スコレーMC[(カプリル酸/カプリン酸)=85/15]、スコレー8[カプリル酸=95%以上](以上、日清オイリオグループ製); ココナードML[(カプリル酸/カプリン酸/ラウリン酸)トリグリセリド]、ココナードMT[(カプリル酸/カプリン酸)トリグリセリド]、ココナードRK[(カプリル酸)トリグリセリド](以上、花王ケミカル製)等が挙げられる。
【0082】
前記脂肪酸トリグリセリド、特に中鎖脂肪酸トリグリセリドは、疎水性ポリマーA2とも相溶性がよく、両親媒性ブロックポリマーA1からなる分子集合体ミセルの疎水性コア部に主に存在していると考えられる。前記脂肪酸トリグリセリド、特に中鎖脂肪酸トリグリセリドを配合することによって、脂溶性薬剤を分子集合体ミセルの疎水性コア部に効率よく内包することができる。
【0083】
前記脂肪酸トリグリセリドは、特に限定されないが、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、例えば、5〜200重量%の範囲で含まれる。前記脂肪酸トリグリセリドの配合量によって、脂溶性薬剤の内包量を調整することができる。上記5〜200重量%程度の前記中鎖脂肪酸トリグリセリドの量で、脂溶性薬剤の内包に効果が得られやすい。一方、前記中鎖脂肪酸トリグリセリドの量が、上記範囲を上回ると、分子集合体ミセルの疎水性コア部の体積空間が少なくなり、脂溶性薬剤の内包効果が低下する傾向にある。好ましい前記中鎖脂肪酸トリグリセリドの量は、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、5〜100重量%の範囲であり、より好ましくは10〜50重量%の範囲である。
【0084】
[4.脂溶性薬剤]
脂溶性薬剤は、炭素数4〜24の飽和又は不飽和の脂肪族鎖を分子内に有する薬剤である。炭素数4〜24の脂肪族鎖としては、飽和又は不飽和の低級又は高級脂肪族炭化水素基、飽和又は不飽和の低級又は高級脂肪酸残基等が挙げられる。
【0085】
飽和又は不飽和の低級脂肪族炭化水素基としては、炭素数4〜7の炭化水素基が挙げられ、例えば、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、2−エチルヘキシル基、ヘプチル基等のアルキル基;ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基等のアルケニル基が例示される。
【0086】
飽和又は不飽和の高級脂肪族炭化水素基としては、炭素数8〜24の炭化水素基が挙げられ、例えば、オクチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基等のアルキル基;デセニル基、ドデセニル基、テトラデセニル基、ヘキサデセニル基、オクタデセニル基等のアルケニル基が例示される。
【0087】
飽和又は不飽和の高級脂肪酸残基としては、炭素数8〜24の脂肪酸残基が挙げられ、例えば、オクチル酸(C8)、ノニル酸(C9)カプリン酸(C10)、ウンデシル酸(C11)、ラウリン酸(C12)、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)、アラキジン酸(C20)、ベヘン酸(C22)、リグノセリン酸(C24)等の飽和脂肪酸残基;パルミトレイン酸(C16)、オレイン酸(C18)、リノール酸(C18)、リノレン酸(C18)、アラキドン酸(C20)等の不飽和脂肪酸残基が例示される。脂肪酸残基には、脂肪酸の形態(−COOH)、脂肪酸の塩の形態(−COO- )、金属との錯体を構成している脂肪酸の形態、脂肪酸誘導体の形態(エステル化)等が含まれる。
【0088】
本発明においては、脂溶性薬剤は、炭素数4〜20程度の飽和又は不飽和の脂肪族鎖(上記した脂肪族炭化水素基、又は脂肪酸残基)を分子内に有するものが好ましい。
【0089】
脂溶性薬剤は、分子内に1つの上記脂肪族鎖を有していてもよく、又は2つ以上の上記脂肪族鎖を有していてもよい。また、脂溶性薬剤は、白金、亜鉛、鉄、銅等の金属を含む錯体であってもよい。
【0090】
例えば、脂溶性薬剤として、2つの上記飽和又は不飽和の高級脂肪酸残基と、2つの(有機基で置換された又は無置換の)アンミンとが白金に配位した錯体が挙げられる。具体的には、2つのミリスチン酸(C14)残基と、ジアミノシクロヘキサンとが白金に配位した錯体であるミリプラチン(Miriplatin)[ミリプラ(登録商標)、(SP-4-2)-[(1R,2R)-cyclohexane-1,2-diamine-N,N'] bis (tetradecanoato-O) platinum]が挙げられる。ミリプラチンは、白金系制癌剤である。
【0091】
ミリプラチンは、原薬粒子同士の凝集性があるため(「新規肝細胞癌治療剤 ミリプラチンの研究開発」、住友化学、2011−I、39−46頁)、分子集合体ミセルを形成させる操作においてミリプラチンが凝集して系外に排除される現象が観察される。このことから、ミリプラチンのような脂溶性薬剤は、両親媒性ブロックポリマーA1からなる分子集合体ミセルの疎水性コア部に効率よく内包させることは難しい。本発明において、中鎖脂肪酸トリグリセリドを配合することによって、脂溶性薬剤を分子集合体ミセルの疎水性コア部に効率よく内包することができる。
【0092】
前記脂溶性薬剤は、特に限定されないが、前記両親媒性ブロックポリマーA1に対して、例えば、1〜50重量%の範囲で、好ましくは1〜30重量%の範囲で、場合によっては1〜10重量%の範囲で効率よく含まれ得る。
【0093】
[5.分子集合体の作成]
分子集合体(ラクトソーム)の作成法は特に限定されず、所望する分子集合体の大きさ、特性、担持させる機能性構造の種類、性質、含有量などに応じて、当業者が適宜選択することができる。必要に応じ、下記のように分子集合体を形成した後に、得られた分子集合体に対して、公知の方法によって表面修飾を行っても良い。なお、粒子が形成されたことの確認は、電子顕微鏡観察等によって行うと良い。
【0094】
[5−1.フィルム法]
本発明における両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、中鎖脂肪酸トリグリセリド、及び脂溶性薬剤は、低沸点溶媒への溶解性を有するため、この方法を用いた分子集合体の調製が可能である。
【0095】
フィルム法は、次の工程を含む。すなわち、容器(例えばガラス容器)中に、両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を有機溶媒中に含む溶液を用意する工程;前記溶液から前記有機溶媒を除去し、前記容器の内壁に両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を含むフィルムを得る工程;及び、前記容器中に水又は水溶液を加え、必要に応じて超音波処理を行い、前記フィルムを粒子状の分子集合体(脂溶性薬剤を内包する)に変換して分子集合体の分散液を得る工程、を含む。さらに、フィルム法は、前記の分子集合体の分散液を凍結乾燥処理に供する工程を含んでも良い。
【0096】
また、両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を有機溶媒中に含む溶液は、当業者によって適宜調製される。例えば、用いるべきポリマーA1、A2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤の全てを一度に混合することによって調製されてもよいし、用いるべきポリマーA1、A2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤のうちの一部(例えば、ポリマーA1)をあらかじめフィルムの状態で用意し、その後、用いるべき成分のうち他の成分(例えば、ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤)を含む溶液を加えることによって調製されてもよい。あらかじめ用意される一部のポリマーのフィルムの形成法は、後述する方法(すなわちポリマーA1、A2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を含むフィルムの形成法)に準じて行うことができる。
【0097】
フィルム法に用いる有機溶媒としては、低沸点溶媒を用いることが好ましい。本発明における低沸点溶媒とは、1気圧における沸点が100℃以下、好ましくは90℃以下のものをいう。具体的には、クロロホルム、ジエチルエーテル、アセトニトリル、2−プロパノール、エタノール、アセトン、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、ヘキサンなどが挙げられる。
【0098】
ポリマーA1、A2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤の溶解にこのような低沸点溶媒を使用することによって、溶媒の除去が非常に簡単になる。溶媒の除去の方法としては特に限定されることなく、使用する有機溶媒の沸点などに応じ、当業者が適宜決定すればよい。例えば、減圧下における溶媒除去を行ってもよいし、自然乾燥による溶媒除去を行ってもよい。
【0099】
有機溶媒が除去された後は、容器内壁に両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を含むフィルムが形成される。このフィルムが張り付いた容器中に、水又は水溶液を加える。水又は水溶液としては特に限定されることなく、生化学的、薬学的に許容することができるものを当業者が適宜選択すればよい。例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。
【0100】
水又は水溶液が加えられた後、20〜90℃、1〜60分の条件下で加温処理を行い、フィルムが容器内壁から剥がれる過程で分子集合体を形成する。処理終了時には、分子集合体(脂溶性薬剤を内包する)が前記の水又は水溶液中に分散された分散液が容器中に調製される。その際、必要に応じて超音波処理を行ってもよい。
【0101】
この分散液は、直接生体に投与されることが可能である。すなわち、無溶媒の分子集合体そのものの状態で保存される必要性がない。このため、例えば、半減期の短い薬剤を用いるPET(ポジトロン放出断層撮影)用分子プローブへの応用が非常に有用である。
【0102】
また、得られた分散液を凍結乾燥処理に供する場合、その方法としては公知の方法を特に限定されることなく用いることができる。たとえば、上記のようにして得られた分子集合体の分散液を液体窒素などによって凍結させ、減圧下で昇華させることによって行うことができる。これにより、分子集合体の凍結乾燥処理物が得られる。すなわち、分子集合体を凍結乾燥処理物として保存することが可能になる。必要に応じ、この凍結乾燥物に水又は水溶液を加えて、分子集合体の分散液を得ることによって、分子集合体を使用に供することができる。水又は水溶液としては特に限定されることなく、生化学的、薬学的に許容することができるものを当業者が適宜選択すればよい。例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。
【0103】
ここで、凍結乾燥処理前の分散液中には、両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤から形成された本発明の分子集合体以外にも、そのような分子集合体を形成しなかった両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤が各々それ自体として残存しうる。このような分散液を凍結乾燥処理に供すると、溶媒が濃縮される過程で、本発明の分子集合体を形成せず残存していた両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤から、さらに分子集合体を形成することが可能になる。従って、本発明の分子集合体の調製を効率的に行うことが可能になる。
【0104】
[5−2.インジェクション法]
インジェクション法は、次の工程を含む。すなわち、容器(例えば試験管など)中に、両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を有機溶媒中に含む溶液を用意する工程;前記の溶液を水又は水溶液に分散させる工程;及び有機溶媒を除去する工程を含む。さらに、インジェクション法においては、有機溶媒を除去する工程の前に、適宜精製処理工程を行ってもよい。
【0105】
インジェクション法に用いる有機溶媒としては、例えばトリフルオロエタノール、エタノール、2−プロパノール、ヘキサフルオロイソプロパノール、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどが用いられる。
水又は水溶液としては、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液などが用いられる。
精製処理としては、例えばゲルろ過クロマトグラフィー、フィルタリング、超遠心などの処理を行うことができる。
【0106】
このようにして得られた分子集合体を生体内へ投与する場合であって、有機溶媒に生体に有害なものを用いた場合は、この有機溶媒の除去を厳密に行う必要がある。
【0107】
分子集合体をベシクルとして調製する場合において、内包型のものを調製する場合は、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液などの水系溶媒に、内包すべき物質を溶解又は懸濁させ、このようにして得られた水溶液又は懸濁液に、両親媒性ブロックポリマーA1、疎水性ポリマーA2、脂肪酸トリグリセリド及び脂溶性薬剤を上記有機溶媒に溶解させて得られた溶液を分散させるとよい。
【0108】
[6.薬剤搬送システム]
本発明の分子集合体を生体内に投与することにより、薬剤搬送を行うことができる。
本発明における薬剤搬送方法において、投与ターゲットとしては特に限定されない。特に、本発明の分子集合体は、がん部への特異的集積性に優れたものである。本発明の分子集合体は、EPR (enhanced permeability and retention) 効果によりがん組織へ集積するため、その集積性はがんの種類によらない。従って、本発明の分子集合体の投与ターゲットとしてはがんであることが好ましい。投与ターゲットとなりうるがんは多岐に亘る。例えば、肝臓がん、すい臓がん、肺がん、子宮頸がん、乳がん、大腸がんなどが挙げられる。
【0109】
また、本発明の分子集合体のがん部への集積性は、腎排泄と肝臓などの細網内皮系への集積が回避される粒子径制御を達成できる分子集合体の設計と、細網内皮系に対しステルス性を与えるための粒子表面制御を達成できる両親媒性ポリマーの分子設計によるところが大きい。
【実施例】
【0110】
以下に本発明をより詳細に説明するために実施例を示すが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0111】
[両親媒性ブロックポリマーA1]
両親媒性ブロックポリマーA1の合成は、WO2009/148121号公報、WO2012/176885号公報に記載の方法を参照して行うことができる。
【0112】
(PSar70-PLLA30
以下の化学式に示すように、まず、L−ラクチド(化合物1)とN−カルボベンゾキシ−1,2−ジアミノエタン塩酸塩(化合物2)とを用いて、アミノ化ポリL−乳酸(a-PLLA)(平均重合度30)を合成した。
【0113】
【化3】
【0114】
次に、サルコシン−NCA(Sar-NCA)とアミノ化ポリL−乳酸(a-PLLA)とを、グリコール酸、O−(ベンゾトリアゾル−1−イル)−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸塩(HATU)及びN,N−ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)を用いて反応させ、サルコシン単位70個からなる親水性ブロックとL−乳酸単位30個からなる疎水性ブロックとを有する直鎖型両親媒性ブロックポリマー(PSar70-PLLA30)を合成した。
【0115】
【化4】
【0116】
[疎水性ポリマーA2]
疎水性ポリマーA2の合成については、例えば、WO2009/148121号公報([0235]〜[0243])を参照することができる。
【0117】
(Z-PLLA30)
L−ラクチド(化合物1)とN−カルボベンゾキシ−1,2−ジアミノエタン塩酸塩(化合物2)とを用いて、Z-PLLAと表されるポリL−乳酸(平均重合度30,重量平均分子量MW=2,356)を合成した。Z-PLLA中のL−乳酸単位の数:30。
【0118】
【化5】
【0119】
[ミリプラチン]
34682 4 Pt (分子量:763.99)
【化6】
【0120】
[実験例1:ミリプラチン内包ラクトソームの調製1:中鎖脂肪酸トリグリセリド添加の有無]
ガラス試験管中で、PSar70-PLLA30 2mgに対して、Z-PLLA30を100mol%(PSar70-PLLA30のモル数を基準として)、ミリプラチン(大日本住友製薬製)を5wt%(0.1mg)、及びODO[(カプリル酸/カプリン酸)トリグリセリド](日清オイリオグループ製)を30wt%(0.6mg)添加して、クロロホルム約0.5mLに溶解し、溶媒を減圧下留去し、試験管の内壁にフィルム化を行った。得られたフィルムに対して、超純水2mLを加えて、85℃、20分間の加温処理を行い、粒子化を行った。得られた粒子含有液を0.2μmのフィルター処理して、ミリプラチン内包ラクトソーム含有液(サンプル4)を得た。
【0121】
比較用として、ODOを添加しなかった以外は、上記操作と同様にして、粒子化を行い、フィルター処理を行い、ミリプラチン内包ラクトソーム含有液(サンプル1)を得た。
【0122】
上記サンプル1(ODO添加なし)と、サンプル4(ODO 30wt%添加あり)とについて、ラクトソーム粒子径及びミリプラチンの内包量を測定した。結果を表1に示す。
【0123】
ラクトソーム粒子径は、動的散乱法(DLS:Dynamic Light Scattering)を用いて測定した。測定には、動的光散乱測定装置(Malvern Instruments 社製、Zetasizer Nano)を用いた。
【0124】
ラクトソームに対するミリプラチンの内包量は、ミリプラチンに含まれる 195PtをICP−MS測定することにより定量した。
【0125】
【表1】
【0126】
表1に示すように、ODO 30wt%添加ありの場合(サンプル4)のミリプラチンのラクトソームに対する内包量は3.71wt%であり、ODO添加なしの場合(サンプル1)と比較してミリプラチンの内包量が約2.4倍に増加した。また、ODO添加によって、粒子径が57.8nmから82.4nmへと大きくなった
【0127】
[実験例2:ミリプラチン内包ラクトソームの調製2:中鎖脂肪酸トリグリセリド添加量の評価]
ラクトソームに対するODOの至適添加量を評価するため、両親媒性ポリマーに対するODO添加量を0〜60wt%の範囲で変化させてミリプラチンの内包を行った。(Z-PLLA30量100mol%、ミリプラチン量5wt%)
【0128】
すなわち、PSar70-PLLA30 に対するODO添加量を0wt%(サンプル1:実験例1の比較用サンプル1と同じ)、5wt%(サンプル2)、15wt%(サンプル3)、30wt%(サンプル4:実験例1のサンプル4と同じ)、40wt%(サンプル5)、50wt%(サンプル6)、又は60wt%(サンプル7)とした以外は、上記実例1の操作と同様にして、粒子化を行い、フィルター処理を行い、各ミリプラチン内包ラクトソーム含有液(サンプル1〜7)を得た。
【0129】
各サンプル1〜7について、ミセル由来の散乱強度と、ミリプラチンの凝集体由来の散乱強度とを動的散乱法(Malvern Instruments 社製、Zetasizer Nano)により測定した。そして、
散乱強度比=(ミセル由来の散乱強度)/(ミリプラチン凝集体由来の散乱強度)
を求めたところ、次の結果が得られた。
【0130】
ODO添加量 散乱強度比
サンプル1 0wt% 0.60
サンプル2 5wt% 0.48
サンプル3 15wt% 1.10
サンプル4 30wt% 2.25
サンプル5 40wt% 1.60
サンプル6 50wt% 0.75
サンプル7 60wt% 0.60
【0131】
図1は、ODO添加量(wt%)に対する上記散乱強度比のグラフである。これらの結果、ODO添加量30wt%の時にミセル由来の散乱強度が最大となることが分かった。これは、次のように考えられる。ODO添加量が少ない場合には、ODO添加の効果が弱く、その結果、ミリプラチンが十分にラクトソームに内包されずミリプラチンの凝集体が生成した。一方、ODO添加量が多い場合には、ラクトソームに内包されなかったODO由来の凝集体が生成し、その結果、ミリプラチンが十分にラクトソームに内包されずミリプラチンの凝集体が生成したたためと考えられる。PSar70-PLLA30 に対するODO添加量は、15〜45wt%程度が好ましいと考えられる。
【0132】
[実験例3:ミリプラチン内包ラクトソームの調製3:ポリ乳酸添加の評価]
この実験例では、以下のように、両親媒性ポリマーに対してポリ乳酸を添加した場合(両親媒性ポリマーのモル数を基準として50mol%、又は100mol%)とポリ乳酸を添加しない場合(0mol%)において、ミリプラチンの混合量を両親媒性ポリマー量に対して10wt%、5wt%、又は2wt%と変えて内包実験を行った。(中鎖脂肪酸トリグリセリド添加なし)
【0133】
ガラス試験管中で、PSar70-PLLA30 2mgに対して、Z-PLLA30を0mol%、50mol%、又は100mol%として、それぞれの場合において、ミリプラチン(大日本住友製薬製)を10wt%(0.2mg)、5wt%(0.1mg)、又は2wt%(0.04mg)添加して、クロロホルム約0.5mLに溶解し、溶媒を減圧下留去し、試験管の内壁にフィルム化を行った。得られたフィルムに対して、超純水2mLを加えて、超音波処理(28kHz、60℃、10分間)を行い、粒子化を行った。得られた粒子含有液を0.2μmのフィルター処理した。
【0134】
ミリプラチンを10wt%添加した場合は、いずれのポリ乳酸Z-PLLA30のモル量の場合にも、フィルターの目詰まりが起こった。そのため、以降の検討は行わなかった。
【0135】
ミリプラチン添加量5wt%、又は2wt%の場合のフィルター処理後のミリプラチン内包粒子含有液について、実験例1と同様にして、動的散乱法により粒子径を測定した。ミリプラチン添加量5wt%の場合には、ポリ乳酸Z-PLLA30の添加量が0mol%、50mol%、100mol%と多くなるに従い、粒子径が43.2nm、52.3nm、76.4nmと大きくなる傾向を示した。それに対して、ミリプラチン添加量2wt%の場合には、2成分の粒子径が観測され、300nm程度の粒子が検出された。
【0136】
次に、ミリプラチン添加量5wt%、又は2wt%の場合のフィルター処理後のミリプラチン内包粒子含有液を凍結乾燥した。凍結乾燥されたミリプラチン内包ラクトソーム粒子をクロロホルム約0.5mLに溶解し、ゲルろ過を行い、HPLCによりミリプラチン内包量(両親媒性ポリマーに対するwt%)を定量した。ミリプラチン添加量が5wt%の場合は、ポリ乳酸Z-PLLA30を添加しないとミリプラチンは全く内包されず、ポリ乳酸の添加量が50mol%、100mol%と多くなるに従い、内包量も12wt%、2.0wt%と多くなる傾向を示した。それに対して、ミリプラチン添加量が2wt%の場合は、ミリプラチン内包量のポリ乳酸添加量への依存性は見られなかった。
【0137】
これらの結果、最もミリプラチン内包量が高かった組成は、両親媒性ポリマーに対してポリ乳酸を100mol%添加し、ミリプラチンを5wt%添加した場合であり、ラクトソーム粒子内にミリプラチンは両親媒性ポリマーに対して2wt%内包された。またこの場合、ミリプラチンの仕込み量に対する収率は40%であった。
【0138】
以上の結果を、表2のエントリー1〜6として示す。
【0139】
[実験例4:ミリプラチン内包ラクトソームの調製4:添加剤の検討]
この実験例では、以下のように、ミリプラチンを内包させるための添加剤についての検討を行った。
【0140】
ミリプラチン内包ラクトソームに対する添加剤として、注射溶剤としてよく使用されているNIKKOL IPM−100(ミリスチン酸イソプロピル、日光ケミカルズ製)、NIKKOL DES−SP(セバシン酸ジエチル、日光ケミカルズ製)、又は中鎖脂肪酸トリグリセリド(O.D.O、日清オイリオグループ製)を用いた。
【0141】
ガラス試験管中で、PSar70-PLLA30 2mgに対して、Z-PLLA30を0mol%又は100mol%(PSar70-PLLA30のモル数を基準として)、ミリプラチン(大日本住友製薬製)を5wt%(0.1mg)、及び添加剤として、NIKKOL IPM−100、NIKKOL DES−SP、又はODOを5、15、30wt%となるように添加して、クロロホルム約0.5mLに溶解し、溶媒を減圧下留去し、試験管の内壁にフィルム化を行った。得られたフィルムに対して、超純水2mLを加えて、85℃、20分間の加温処理を行い、粒子化を行い、粒子含有液を得た。また、Z-PLLA30を100mol%、ミリプラチン(大日本住友製薬製)を5wt%(0.1mg)、及び添加剤として、ODOを40、50、60wt%となるように添加した場合についても同様に粒子化を行った。
【0142】
各場合について、フィルムの状態ではODO+Z-PLLA30を添加したものの透明度が最も高かった。
【0143】
得られた各粒子含有液について0.2μmのフィルター処理を行った結果、全量フィルターを通過したものは、IPM−100 5wt%(エントリー7)、DES−SP 5wt%(エントリー8)、ODO 30wt%+Z-PLLA30(エントリー9)の3種類であり、他の粒子含有液についてはフィルターが目詰まりした。さらに、粒子が単一成分であったのはODO 30wt%+Z-PLLA30(エントリー9)のみであった。ODO 40wt%+Z-PLLA30(エントリー10)では、フィルターが目詰まりしたが、さらにODO添加量を50wt%以上に増やした場合は、粒子含有液はフィルターを通過しなくなった。ODO 30wt%+Z-PLLA30(エントリー9)の粒子径は82.4nmであり、ODOを添加しない場合の57.8nm(表1のサンプル1)と比較して粒子径が大きくなった。この結果は、両親媒性ポリマーがODOとミリプラチンの微小な凝集体を分散させる乳化剤として作用したためと推定された。
【0144】
以上のミリプラチン内包結果を、表2のエントリー7〜10として示す。粒子化の溶媒としては、いずれも超純水を用いた。
【0145】
【表2】
【0146】
[実験例5::ミリプラチン内包ラクトソームの安定性評価]
実験例4のエントリー9で作製したミリプラチン内包ラクトソーム含有液(PSar70-PLLA30 に対して、Z-PLLA30100mol%、ミリプラチン5wt%、及びODO30wt%から作製されたもの)の凍結乾燥品をリン酸緩衝生理食塩水PBS(Phosphate buffered saline) に溶解し、ウシ血清アルブミンBSA(Bovine serum albumin)を添加した場合と添加しない場合で、ミリプラチンのラクトソーム内包安定性をHPLC&ICP−MSにより、以下のように評価した。
【0147】
実験例4のエントリー9で作製したミリプラチン内包ラクトソーム含有液の凍結乾燥品を、5mg/mlとなるようにPBSに溶解したミリプラチン内包ラクトソーム溶液0.2mlに、10mg/mlのBSA溶液を0.5mlとPBS溶液0.3mlを添加した。その後、37℃にて192時間までのミリプラチンのラクトソーム内包安定性をHPLC&ICP−MSにより測定した。
【0148】
図2〜5は、ミリプラチン内包ラクトソームのアルブミン存在下でのPBS溶液についての37℃での経時によるHPLC&ICP−MS測定チャートであり、図2は0時間での、図3は24時間での、図4は120時間での、及び図5は192時間でのHPLC&ICP−MS測定チャートである。横軸は、HPLCのリテンションタイム(分)、縦軸は、195Pt(ICP−MS)の相対強度及び220nmでの吸光度の相対強度を表す。
【0149】
図6は、同ミリプラチン内包ラクトソームのアルブミン存在下でのPBS溶液についての37℃での経時によるICP−MS測定での195Ptのピーク面積変化を示すグラフである。横軸は、経時時間(時間)、縦軸は、195Ptの相対的ピーク面積を表す。
【0150】
HPLC及びICP−MSの測定結果から、ミリプラチン内包ラクトソームは大きい粒子と小さい粒子の混合物であり、ミリプラチンは大きい粒子内に保持されていることが分かった。220nmでの吸光度のグラフにおいて、リテンションタイム約5.5分のピークが大きい粒子に相当し、リテンションタイム約6.2分のピークが小さい粒子に相当する。また、リテンションタイム約10.5分のピーク等は、ラクトソーム粒子よりも低分子量画分(図6における低分子量画分1、及び低分子量画分2)に相当するピークである。なお、リテンションタイム約8分のピークはアルブミンのピークである。ラクトソーム(約5.5分、約6.2分)の220nmでの吸光度ピーク面積は0時間を基準として、192時間(8日)後で約60%維持しており、安定であった。
【0151】
一方、ラクトソーム画分中の白金量は192時間(8日)後でも約90%残存しており、放出された白金錯体はアルブミン画分に検出された(図6)。また、図2〜5のHPLC結果から、経時によりラクトソームの粒子径の小さい画分の方が粒子径の大きい画分よりも大きく減少し、ラクトソームのピーク形状の変化が認められた。これらの結果からアルブミン存在下でミリプラチン内包ラクトソーム(粒子径の大きいラクトソーム)の安定性が高くなることが分かった。
【0152】
アルブミン非存在下の場合についても同様にして、37℃で192時間経過までミリプラチン内包ラクトソームの安定性を評価した結果、ラクトソームのピーク面積は経時的に減少し192時間(8日)後では約20%しか残存しておらず、低分子量画分が経時的に増加した。ラクトソーム画分中の白金量はラクトソームのピーク面積よりもより速やかな減少を示した。このように、アルブミン非存在下においては、ミリプラチン内包ラクトソームの安定性は、アルブミン存在下におけるよりも劣っていた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6