(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
真空機器の一つとしてクライオポンプがある。真空容器内に極低温面を設置することで、その表面に残留気体を凝縮させ捕捉する。真空容器内で動作する装置が無く、また油を利用しないオイルフリー(ドライポンプ)であるため、クリーンな真空が得られる。
【0003】
これにより、核融合装置,スパッタリング装置など、清浄な高真空、極高真空が要求される場面や、原子間力顕微鏡による測定などに使用される。また、半導体の薄膜や素子の観察・加工においてナノメートル単位の高度の微細性が求められている。このような使用場面では、僅かな振動による誤差や誤認誘発も許されないことが多い。
【0004】
一方で、クライオポンプは、ディスプレーサの往復運動を介して真空容器内の気体を凝縮、排気するため、振動が発生する。
【0005】
真空機器は、冷却ユニットと真空チャンバー(容器)から構成される。冷却ユニットにより発生した振動が真空チャンバーに伝達される。
【0006】
これに対し、冷却ユニットと真空チャンバーの間に受動型除振装置を設けることが提案されている(例えば特許文献1)。
【0007】
受動型除振装置の一つとして除振ダンパがある。金属ベローズ(蛇腹管)の外側に防振ゴムを巻き、ホースバンドで固定する。金属ベローズは金属短管に比してその剛性が低いために衝撃吸収能力に優れ、振動エネルギーを蓄えることができる。また、ゴムには振動のみならずエネルギー一般を効率的に吸収する能力に優れおり、特に振動伝達媒介となっている金属ベローズに伝わる振動を吸収できる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
受動型除振装置は、数10〜数100Hzの高周波数帯域の除振に適している。しかしながら、数〜数10Hzの低周波数帯域では顕著な効果が得られない。
【0010】
例えば、電子顕微鏡による観測の場面では、ベローズなどを介して伝達する低周波振動が精密観測・測定の妨げとなるおそれがある。
【0011】
なお、特許文献1の受動型除振装置は、装置の固有振動数を小さくことにより、低周波数帯域の除振を改善することを企図しているが、限界があった。
【0012】
本発明は上記課題を解決するものであり、高周波数帯域のみならず低周波数帯域の除振も可能する除振ユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決する本発明は、真空機器における振動を吸収する除振ユニットであって、受動型除振装置と、能動型動吸振装置とを備える。
【0014】
これにより、高周波数帯域のみならず低周波数帯域の除振も可能となる。
【0015】
本発明において、更に好ましくは、前記真空機器は、冷却ユニットと真空チャンバーを有する。前記受動型除振装置は、前記冷却ユニットと真空チャンバーとの間に介設されるベローズと、前記ベローズ一端と前記冷却ユニットとを連結する第1フランジと、前記ベローズ他端と前記真空チャンバーとを連結する第2フランジとを有する。前記能動型動吸振装置は、前記ベローズが貫通するように設けられる、平板リング状の慣性マスと、前記慣性マスを駆動するように設けられるアクチュエータとを有する。
【0016】
本発明において、更に好ましくは、前記能動型動吸振装置は、3以上のアクチュエータと、3以上の弾性部材とを有する。前記アクチュエータおよび弾性部材は、前記慣性マスの周方向に略均等に配置されている。
【0017】
これにより、偏心による意図せぬ振動発生を防止し、能動型動吸振装置は精度のよい制御が可能となる。
【0018】
本発明において、更に好ましくは、前記アクチュエータは、前記第1フランジに対し、前記慣性マスを駆動する。前記弾性部材は、前記慣性マスと前記第1フランジとを連結する。
【0019】
これにより、振源となる冷却ユニットを除振できる。
【0020】
本発明において、更に好ましくは、前記アクチュエータは、前記第2フランジに対し、前記慣性マスを駆動する。前記弾性部材は、前記慣性マスと前記第2フランジとを連結する。
【0021】
これにより、真空チャンバーを除振できる。
【0022】
本発明において、好ましくは、能動型動吸振装置を制御する制御装置を備える。前記制御装置は、基本周波数の整数倍ごとの周波数の振動を除去する制御をおこなう。
【0023】
制御装置は、基本周波数もしくはその整数倍において高ゲインを持つフィルター(バンドパスフィルター)を有する。
【0024】
これにより、真空機器特有の振動を簡単な制御により除振できる。
【0025】
本発明において、更に好ましくは、前記制御装置は、入力振動を基本周波数から基本周波数のN倍(Nは整数)までの周波数の振動を取り出し、N個の振動のうち振幅上位K(KはN以下の整数)を抽出する。
【0026】
本発明において、更に好ましくは、前記制御装置は、前記真空機器の制御信号に基づいて、前記基本周波数を設定する。
【0027】
これにより、より簡単な制御により除振できる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の除振ユニットによれば、高周波数帯域のみならず低周波数帯域の除振も可能となる。その結果、高度の微細性が求められている場面でも真空機器の使用が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
<第1実施形態基本構成>
図1は、本実施形態の除振ユニットの概略構成図である。
【0031】
除振ユニット4は、真空機器における振動を吸収する。真空機器の一つであるクライオポンプ1は、冷却ユニット2と真空チャンバー3とを有する。
【0032】
冷却ユニット2は、ディスプレーサの往復運動を介して、真空チャンバー3内の気体を凝縮、排気する。
【0033】
除振ユニット4は、受動型除振装置10と、能動型動吸振装置20とを備える。
【0034】
受動型除振装置10は、ベローズ11を有し、冷却ユニット2と真空チャンバー3の間に介設されている。
【0035】
ベローズ11は成型ベローズよりも柔軟性のあるステンレス製の溶接ベローズであるあることが好ましい。溶接ベローズは、肉厚の調整が容易であり、振動吸収率が高く、調整も可能である。ベローズ11の両端にはフランジ12(第1フランジ)とフランジ13(第2フランジ)とが設けられている。
【0036】
フランジ12はベローズ一端と記冷却ユニット2とを連結する。フランジ13はベローズ他端と真空チャンバー3とを連結する。
【0037】
能動型動吸振装置20は、慣性マス21と、アクチュエータ22と、弾性部材23と、制御装置24(後述)を有する。
【0038】
慣性マス21は、平板リングであり、ベローズ11が貫通するように、フランジ12とフランジ13との間に設けられる。なお、冷却ユニット2が貫通するようにフランジ12上部に設けられてもよい。
【0039】
アクチュエータ22は、制御装置24の指令により、慣性マス21を駆動するように設けられる。図示の場合、フランジ12に剛結されている。アクチュエータ22は電磁石であり、コイルと強磁性体から構成されている。コイルに電流が流れると、磁力が発生し、慣性マス21に対し吸引力が発生する。
【0040】
アクチュエータとしては,電磁石以外にも、リニアモータ、圧電アクチュエータなどが利用可能である。
【0041】
弾性部材23は、たとえば、幅の広い板ばねを,楕円状に曲げて、形成される。弾性部材23は、慣性マス21とフランジ12とを連結する。
【0042】
図2は、除振ユニット4の変形例である(一部省略)。
図1において、アクチュエータ22はフランジ12に剛結されているのに対し、
図2においては、アクチュエータ22は慣性マス21に剛結されている。制御装置24の指令により、フランジ12に対し吸引力が発生し、慣性マス21を駆動する。このような構成では,アクチュエータの質量が慣性マスの質量として作用するので,より効果的に除振できる。
【0043】
図3および
図4は除振ユニットの主要部詳細構成図である。
図3は斜視図であり、
図4は平面図である。
【0044】
4つのアクチュエータ22と4つの板バネ23が平板リング21の周方向に略均等に配置されている。さらに、幅の広い板ばね23を、板幅方向とリング径方向が一致するように、かつ、90度ずつ向かい合わせに配置することにより、せん断方向の振動発生を防止する。
【0045】
<構成と効果>
図5は、従来例である受動型除振装置である。受動型除振装置は、高周波数帯域の除振に適しているが、低周波数帯域では顕著な効果が得られない。
【0046】
本実施形態では、受動型除振装置10により高周波数帯域の除振が可能となるとともに、能動型動吸振装置20により、低周波数帯域の除振も可能となる(詳細後述)。
【0047】
能動型動吸振装置20は、フランジ12に対し、慣性マス21を駆動するように制御する。これにより、冷却ユニット2の振動を直接除振できる。その結果、振動が真空チャンバー3に伝達されることがない。
【0048】
慣性マス21が平板リング状であり、ベローズ11を取り囲むように設置できる。さらに、アクチュエータ22と板バネ23が平板リング21の周方向に略均等に配置されている。これにより、偏心による意図せぬ振動発生を防止できる。したがって、慣性マス21は鉛直方向のみ動き、能動型動吸振装置20は精度のよい制御が可能となる。
【0049】
なお、図示では、4つのアクチュエータ22と4つの板バネ23が例示されているが、3以上のアクチュエータと3以上の板バネが略均等に配置されていれば、偏心による意図せぬ振動発生を防止できる。
【0050】
<第1実施形態制御>
図6は、能動型動吸振装置20の制御概念図である。
図1記載の主要構成に、制御に係る構成を付加したものである。
【0051】
冷却ユニット2の上部には、レーザ変位計25が設けられている。レーザ変位計25は、冷却ユニット2の鉛直方向変位x1を測定する。なお、レーザ変位計25に変えて加速度センサを用いてもよい(或いは併用)。レーザ変位計25が相対変位を得るのに対し、加速度センサは演算を介して絶対変位を得る。
【0052】
フランジ12および慣性マス21には、渦電流センサ26が設けられている。渦電流センサ26は、フランジ12慣性マス21間の鉛直方向相対変位x2 - x1を測定する。
【0053】
制御装置24による制御について説明する。まず、冷却ユニット2の振動x1をFFT解析する。このとき、基本周波数の整数倍ごとの周波数に対して振動を除去する制御をおこなう。本実施形態では、ディスプレーサの往復運動の周波数を基本周波数とする。
【0054】
たとえば、冷却ユニット2の制御信号を入力し、基本周波数を設定してもよい。通常、ディスプレーサの往復運動は定格周波数となるように制御されている。
【0055】
なお、基本周波数の整数倍に着目するのは、ディスプレーサの往復運動によりインパルス状の外乱(振動源となる力)が生成されるためである。
【0056】
以下、実証実験を例に除振制御について説明する。ディスプレーサの往復運動の周波数は1.0Hzであるので、基本周波数f
1=1.0Hzとする。
【0057】
図7は、基本周波数の振動を除振する制御系(制御ブロック)(基本形)である。制御装置24は、基本周波数において高ゲインを持つバンドパスフィルタを有する。この成分にピークを持つバンドパスフィルタの伝達関数は、式1のようになる。また、バンドパスフィルタの周波数特性は
図8に示すようになる。
(式1)
【0058】
この減衰比ζを小さく選ぶと,より鋭いピークが得られる。センサからの信号をこのフィルターに通すと、周波数f
1の信号が取り出されることになる。この信号にゲインK
1をかけることで振動振幅を増幅する。
【0059】
次に、上述したような制御を施すと系全体が不安定になる場合があるので、相対変位x2-x1をPD制御することでばね性と減衰性を付加する。なお、安定化のための補償器はPD制御に限らない.これら二つの信号を足し合わせ、アンプを介して、冷却ユニット2の振動を打ち消す様に、電磁石の吸引力を発生させる。
【0060】
図9は、実証実験の結果である。図示左側が無制御時、図示右側が制御時を示す。なお、実証実験では無制御時に慣性マス21が自由振動しない様に固定しておく。
【0061】
図9の左右を比較することにより、対象周波数f
1において除振されていることを確認した。
【0062】
以下、制御系のいくつかの変形例について説明する。
【0063】
図10は、制御系の変形例(変形例1)である。基本周波数f
1=1.0Hzの振動に加えて、基本周波数の整数倍として、f
2=2.0Hz、f
3=3.0Hzの振動を除振対象とする。
【0064】
並列に配置した三つのバンドパスフィルタを通し、対象周波数f
1〜f
3の振動を取り出し、各ゲインK
i (i=1,2,3)をかけることで振動振幅を増幅させる。なお、バンドパスフィルタの減衰比ζ
i (i=1,2,3)と各ゲインK
i (i=1,2,3)は実験的に求めておく。
【0065】
図11は、実証実験の結果である。図示左側が無制御時、図示右側が制御時を示す。なお、実証実験では無制御時に慣性マス21が自由振動しない様に固定しておく。
【0066】
対象周波数f
1〜f
3全てにおいて除振されていることを確認した。
【0067】
さらに、実証実験では除振対象としなかった、4.0Hzや6.0Hzにおいても除振傾向がみられる。この事から、全周波数を対象とせずとも、対象周波数を特定することで顕著な除振効果が得られることが推測される。
【0068】
これにより、冷却ユニット2の振動をほぼ除振できることを確認した。
【0069】
図12に制御系の変形例(変形例2)である。基本周波数f
1の整数倍として、f
1〜f
Nの振動を除振対象とする。並列に配置したN個のバンドパスフィルタを通し、対象周波数f
1〜f
Nの振動を取り出し、各ゲインKi
(i=1,2,・・・N)をかけることで振動振幅を増幅させる。
【0070】
しかしながら,実際には、挿入する「バンドパスフィルタ+ゲイン」の数が多くなると,制御系全体の安定性が損なわれやすくなる。
【0071】
そこで、更に以下のような制御をおこなってもよい。まず、能動型動吸振装置20を作動させない状態で、冷却ユニット2の鉛直方向変位x1を測定し、FFT解析する。そして、基本周波数f
1から基本周波数のN倍(Nは整数)までの周波数f
Nの振動を取り出す。更に、N個の振動のうち振幅上位K個(KはN以下の整数)を抽出する。
【0072】
当該抽出周波数を対象に除振を行う。これにより、より簡単な制御により効率よく除振できる。
【0073】
この対象周波数の抽出は、事前に設定しておいてもよいし、クライオポンプ始動時に行なってもよい。
【0074】
図13に基づき上記制御の具体例を説明する。図示の例では、1.0Hz、2.0Hz、3.0Hz・・・29.0Hz、30.0Hzと30個の振動を取り出す。無制御時のFFT解析に基づき、30個の振動のうち振幅上位5個(1.0Hz、29.0Hz、26.0Hz、20.0Hz、18.0Hz)を抽出する。この5つの周波数を対象に除振を行う。
【0075】
図14は、制御系の変形例(変形例3)である。バンドパスフィルタに替えて、コムフィルタを用いる。
【0076】
コムフィルタは,基本周波数f
1=1.0Hzの逆数T
1=1/f
1=1.0秒のむだ時間要素及びゲインαをフィードバックループに含んでいる。
図15はコムフィルタのイン特性である。ゲイン特性は,基本周波数の整数倍の周波数にピークを持っているので、多数のバンドパスフィルタを並列に配置した場合の特性と類似した特性を簡単な構成で実現できる。なお、ゲインαはピークの高さを調整するのに用いる。すなわち、ゲインαを1に近づけると大きなピークを持つようにすることができる。
【0077】
図16は、実証実験の結果である。図示左側が無制御時、図示右側が制御時を示す。なお、実証実験では無制御時に慣性マス21が自由振動しない様に固定しておく。
【0078】
図16の左右を比較することにより、31Hz,10Hz付近,40Hz付近のピークを小さくできていることを確認した。
【0079】
つぎに、別の制御系の変形例(変形例4)について説明する。上記制御(基本形、変形例1〜3)は、フィードバック制御によるものであったが、フィードフォワード制御をおこなってもよい。
【0080】
たとえば、ディスプレーサの往復運動に係る定格周波数に基づき、ディスプレーサの往復運動によって生じる加振力を予測しておく。さらに、予測加振力を打ち消すように慣性マスを駆動する駆動信号をアクチュエータ22に出力する。
【0081】
<別実施形態構成>
図17は第2実施形態に係る除振ユニットの概略構成図である。
【0082】
能動型動吸振装置20において、第1実施形態では、アクチュエータ22はフランジ12に対し慣性マス21を駆動し、板バネ22は慣性マス21とフランジ12とを連結するのに対し、第2実施形態では、アクチュエータ22はフランジ13に対し慣性マス21を駆動し、板バネ22は慣性マス21とフランジ13とを連結する。
【0083】
第2実施形態によれば、真空チャンバー3の振動を直接除振できる。すなわち、仮に、冷却ユニット2の振動がベローズ11を介して真空チャンバー3に伝達されたとしても、真空チャンバー3の振動を除振できる。
【0084】
なお、変形例として、慣性マス21は、真空チャンバー3が貫通するように、フランジ13下部に設けられてもよい。
【0085】
また、受動型除振装置10において、ベローズ11周りにフランジ12とフランジ13とを連結するゴムダンパ14を複数(例えば4つ)が設けられていてもよい。
【0086】
図18は第3実施形態に係る除振ユニット概略構成図である。
【0087】
能動型動吸振装置20において、第3実施形態では、アクチュエータ22Aはフランジ12に対し慣性マス21を駆動し、板バネ22Aは慣性マス21とフランジ12とを連結し、アクチュエータ22Bはフランジ13に対し慣性マス21を駆動し、板バネ22Bは慣性マス21とフランジ13とを連結する。
【0088】
これにより、剛性を下げて,振動が伝わりにくくなる。
【0089】
<補足>
発明者は、受動型除振装置による真空機器の除振において数10Hz以下の低周波数帯域の振動が無視できないこと、すなわち、受動型除振装置が振動伝達媒介として作用するおそれについて検討した。
【0090】
そして、低周波数帯域における真空機器の振動がインパルス状の外乱によるものであることに着目し、低周波数帯域における能動型動吸振装置の適用可能性について検討し、本願発明を完成するに至った。