特許第6776467号(P6776467)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6776467析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼
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  • 特許6776467-析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6776467
(24)【登録日】2020年10月9日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201019BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20201019BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20201019BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20201019BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20201019BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/50
   !C21D6/00 102T
   !C21D8/02 D
   !C21D9/46 Q
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2020-31787(P2020-31787)
(22)【出願日】2020年2月27日
【審査請求日】2020年4月16日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】前田 大樹
(72)【発明者】
【氏名】韋 富高
【審査官】 瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−073931(JP,A)
【文献】 特開昭63−171857(JP,A)
【文献】 特開2017−078195(JP,A)
【文献】 特開2015−175054(JP,A)
【文献】 特開2017−014556(JP,A)
【文献】 特開2018−178144(JP,A)
【文献】 特開2019−127613(JP,A)
【文献】 特開2001−179485(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/50
C21D 6/00
C21D 8/02
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下質量%にて、C:0.01〜0.05%、Si:1.0〜2.0%、Mn:0.70〜1.50%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Ni:6.0〜8.0%、Cr:12.0〜15.0%、Mo:0.50〜1.50%、Cu:0.40〜1.20%、Ti:0.20〜0.50%、Nb:0.05〜0.40%、N:0.001〜0.005%、Al:0.001〜0.2%、O:0.0001〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、Cu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相が分布し、前記金属間化合物相中のNbが0.2〜3.0(at%)であることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
前記Cu相および前記Ni16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相を、
収束イオンビーム(FIB)により作製した薄膜試料を用いて走査型透過電子顕微鏡(STEM)に搭載されたエネルギー分散型X線(EDS)分析装置による元素マッピング像より画像解析を用いて、ナノスケールでの析出硬化相を観察し評価することにより分布を求め、50個数%以上が結晶粒内に分布することを特徴とする請求項1に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記Cu相および前記Ni16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相は平均粒径1〜20nmであることを特徴とする請求項1または2に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
伸びが2〜15%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
硬さが400〜600Hvであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時効熱処理後に高い強度、延性を有する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
析出硬化型のステンレス鋼は、時効熱処理を施すことにより、強度を高めることができることから、スチールベルトやプレスプレートなどの用途に用いられる。その代表的なものとして、SUS630やSUS631などを挙げることができる。
【0003】
上記のSUS631はセミオーステナイト系ステンレス鋼であり、固溶化状態では、準安定オーステナイト系ステンレス鋼である。この鋼に冷間圧延を施し、加工誘起マルテンサイト組織にした後、時効熱処理によりNiAlを析出させることにより高強度化するが、製造性が悪いといった問題がある。また、Alを含むため、高温においてδフェライト相が析出しやすく、熱間加工性が悪いといった問題がある。
【0004】
上記のSUS630はマルテンサイト系ステンレス鋼であり、固溶化熱処理後でマルテンサイト組織であり、時効熱処理によって、ε−Cu相の析出によって強度を高めているが、到達強度は1500MPa程度(ビッカース硬さ400程度)である。
【0005】
また、SUS630と同じマルテンサイト系ステンレス鋼において、TiやSiを添加することによって、ε−Cu相に加え、Ni16TiSi系金属間化合物相(以下、G相と略称する場合がある)を析出させ強度を高めた鋼種が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−73783号公報
【特許文献2】特開平11−256282号公報
【特許文献3】特開2017−155317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献の技術より高強度の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は広く用いられている。しかしながら、析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の使用用途が多岐にわたるに伴って、用途に応じた要求が強くなっており、使用条件によっては特性が十分でない場合がある。
【0008】
そこで、本発明は、時効熱処理を施すことにより、さらなる高強度と靭性を維持する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記の課題の解決に向けて合金元素および時効熱処理により析出する強化相着目し鋭意検討を重ねた。各元素の影響を調査するため、様々な成分で実験室溶解を行い、熱間鍛造、冷間圧延により、板厚2mmの冷間圧延材を作製し、これに対して固溶化熱処理、時効熱処理を施し、引張試験、ビッカース硬さ試験などの機械的性質の評価、透過型電子顕微鏡(TEM)、走査型透過電子顕微鏡(STEM)観察によるナノスケールの析出硬化相の評価を行った。
【0010】
特に、解像度の高いSTEMにより詳細かつ注意深く観察し、EDSにより析出相を測定したところ、以下の知見を得た。時効熱処理により析出するG相(Ni16Si)のXには、Tiのみならず、Fe、Mn、Nbも置換し得ることが明らかとなった。
【0011】
その中でも、TiはG相の骨格となる元素であることを確認できたこと、Nb無添加の場合にはXのサイトにMnが固溶することが明らかとなった。しかし、この場合、G相の粒径が4〜20nmと大きく、同時にCu相も4〜50nmと大きく、また、G相およびCu相は粒界に偏在する傾向を示し、析出硬化の向上に至らなかった。
【0012】
一方、Nbを添加した素材では、上記Xのサイトに、Mnではなく、Nbが固溶することが明らかとなった。その上、G相、Cu相といった析出硬化相の析出を促進し、Nb無添加の場合に比べ、短時間の時効熱処理で高強度が得られ、G相、Cu相といった析出硬化相は1〜20nmの粒径となり微細化することが分かった。さらに、これらのG相、Cu相は粒界に偏在せずに、結晶粒内にも微細に分散する作用を持つことも示された。これらの微細析出の効果により、析出硬化を著しく向上することが明らかとなった。
【0013】
すなわち、本発明は以下の通りである。
以下質量%にて、C:0.01〜0.05%、Si:1.0〜2.0%、Mn:0.70〜1.50%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Ni:6.0〜8.0%、Cr:12.0〜15.0%、Mo:0.50〜1.50%、Cu:0.40〜1.20%、Ti:0.20〜0.50%、Nb:0.05〜0.40%、N:0.001〜0.005%、Al:0.001〜0.2%、O:0.0001〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、Cu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相が分布し、前記金属間化合物相中のNbが0.2〜3.0(at%)であることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。
【0014】
さらに、析出硬化においては、析出硬化相の分布状態、サイズが強度に対して、大きな影響があるため、本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼はCu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相を、収束イオンビーム(FIB)により作製した薄膜試料を用いて走査型透過電子顕微鏡(STEM)に搭載されたエネルギー分散型X線(EDS)分析装置による元素マッピング像より画像解析を用いて、ナノスケールでの析出硬化相を観察し評価することにより分布を求め、50個数%以上が結晶粒内に分布することを特徴とする。
【0015】
また、本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、Cu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相は平均粒径1〜20nmであることを特徴とする。
【0016】
さらに、機械的性質として伸びが2〜15%であり、硬さが400〜600Hvであることを特徴とする析出硬化型ステンレス鋼を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明のステンレス鋼へのCu相とG相の析出状態を示す模式図であり、3つの結晶粒の粒界近傍を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のステンレス鋼の成分組成を限定する理由について説明する。なお、以下「%」は特に断りのない限り「質量%」である。
C:0.01〜0.10%
Cはオーステナイト生成元素であり、高温でのδフェライト相の生成を抑制する。また、マルテンサイト相に固溶して強度を上昇させるが、固溶熱処理後の残留オーステナイト相が増加しやすくなり、時効熱処理後に十分な強度が得られなくなる。さらに、C量が高くなると、析出硬化に寄与するG相の構成成分であるTi、NbがTiC、NbCの形成により消費されやすくなる。よって、時効熱処理による析出硬化能を低下させるため、Cの含有量は0.01〜0.10%とする。さらに、好ましくは0.03〜0.05%とする。
【0019】
Si:1.0〜2.0%
Siは、時効熱処理によってG相を生成させ、析出硬化により強度を大きく上昇させるため、1.0%以上とする。一方で、フェライト生成元素であるため多量に含有するとδフェライト相が生成しやすくなり、熱間加工性、溶接部での強度低下を助長するため、2.0%以下とする。さらに、好ましくは1.30〜1.90%とする。
【0020】
Mn:0.50〜1.50%
Mnはオーステナイト生成元素であり、高温でのδフェライト相の生成を抑制する。さらに、固溶熱処理後の残留オーステナイト相が増加しやすくなり、靭性を向上する一方、時効熱処理後に強度が低下する。また、MnOやMnSを形成し、耐食性を低下させる。よって、Mnの範囲は0.50〜1.50%とする。さらに、好ましくは0.70〜1.20%とする。
【0021】
P:0.04%以下
Pは、結晶粒界に偏析することにより、凝固割れ感受性を高めるとともに、熱間加工性を低下させる。よって、P含有量は低いほど望ましく、0.04%以下とする。
【0022】
S:0.01%以下
Sは、MnSを形成し耐食性を低下、粒界に偏析し熱間加工性を低下させる有害成分である。よって、S含有量は低いほど望ましく、0.01%以下とする。
【0023】
Ni:6.0〜8.0%
Niはオーステナイト生成元素であるとともに、前記G相の構成元素であり、析出硬化に重要な元素であるため、6.0%以上とする。ただし、Ni含有量が多くなると固溶熱処理後の残留オーステナイト相が増加しやすくなり、強度低下の招く要因となるため、8.0%以下とした。
【0024】
Cr:12.0〜15.0%
Crはステンレス鋼の耐食性を確保するため、12.0%以上とした。しかしながら、フェライト生成元素であるため、高温においてδフェライト相が生成しやすくなり、熱間加工性を低下させるため、15.0%以下とする。
【0025】
Mo:0.50〜1.50%
Moは耐食性の向上に有効な元素であるが、δフェライト相が生成を助長するため0.50〜1.50%の範囲とした。さらに、好ましくは0.50〜1.00%とする。
【0026】
Cu:0.40〜1.20%
Cuは時効熱処理によりCu相を生成し、析出硬化に有効な元素である。しかしながら、過度の添加は残留オーステナイト相増加による強度低下や熱間加工性の低下による割れの発生の原因となる。よって、Cuの含有量は0.40〜1.20%とする。さらに、好ましくは0.50〜1.00%とする。
【0027】
Ti:0.20〜0.50%
TiはG相形成に必須元素であり、析出硬化による強度上昇に有効な元素である。ただし、酸化物、窒化物を形成しやすく、欠陥の原因となることより、Tiの範囲は0.20〜0.50%とする。
【0028】
Nb:0.05〜0.40%
NbはG相を構成する元素であり、とても重要な元素である。NbはG相をNi16(Ti,Nb)Si系に制御して核生成を促進する作用を持つため有効な元素である。さらに、Cu相を微細に分散させる効果もあり、Cu相およびG相による析出硬化の能力を著しく向上する。さらに、特に限定しないが、およそ0.3〜1μmほどのサイズのNb炭化物を形成して、結晶粒の粗大化を妨げる効果があり、結晶粒の微細化にも有効である。よって、Nbの含有量は0.05%以上とする。しかしながら、過剰なNbの添加は、過剰なNbCの形成により、固溶C量低下を引き起こし、伸びが低下する原因となるため0.40%以下とする。さらに、好ましくは0.10〜0.30%とする。
【0029】
N:0.001〜0.02%
Nは、Cと同様オーステナイト生成元素であり、マルテンサイト相に固溶して強度を上昇させるが、TiN、NbNの形成により析出硬化に寄与するG相の構成成分であるTi、Nbが消費されやすくなり、時効熱処理による析出硬化能を低下させる。よって、Nの範囲は0.001〜0.02%とする。
【0030】
Al:0.001〜0.2%
Alは、脱酸剤としてO量を低下させることに有効な元素である。また、Nbは比較的酸化し易い元素のため、Alで脱酸し酸素濃度を低下させることにより、Nbを確実に本願発明の範囲に制御することが出来る。しかし、過度に含有させるとδフェライト相の生成を助長し、熱間加工性の低下や靭性の低下が起こる。そこで、Alの範囲は0.001〜0.2%とする。
【0031】
O:0.0001〜0.01%、
Oは、析出硬化に寄与するG相の構成成分であるSi、Tiと非金属介在物を形成するため、時効熱処理後の強度を低下させる。さらに、酸化物系の介在物は鋼の清浄度を低下させ、欠陥の原因となる。しかしながら、過度の脱酸はコストの増大を招くため、Oの範囲は0.0001〜0.01%とする。
【0032】
本発明鋼は、Cu相、G相Ni16Siを同時に析出させることにより、優れた強度を有する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。これら析出硬化相の分布状態、析出硬化相自体の大きさは、硬さおよび伸びといった機械的性質に対して大きく影響を及ぼす。
【0033】
例えば、析出物が結晶粒界上に多く存在し、結晶粒内の存在割合が低い場合、析出物が粗大に成長しやすく、脆性的になる。一方で、結晶粒内、結晶粒界上の位置には関わらず、析出物が均一に分布している方が強度は上昇する。そのため、適切な条件での固溶化熱処理、時効熱処理により析出物を均一に分散させる。ここでの適切な熱処理条件とは、特に限定はしないが、1000〜1150℃にて1〜5minの固溶化熱処理を実施し、その後、400〜600℃にて30min〜10hrの時効熱処理を施すことを指す。
【0034】
なお、G相中のNbの割合には最適値がある。つまり、Nbが低すぎると、G相の分布が不均一となり、結晶粒界上に多く分布し本願発明の硬さを満たせない。一方で、G相中のNbが高すぎると、伸びが本願発明の範囲の下限値である2%未満となり、十分に伸びず加工することが出来ない。Ni16(Ti,Nb)Si中のNbをxとした時、G相はNi16(Ti(1−x),NbSiと表される。したがって、G相中のNbの原子割合(at%)はx/(16+6+7)で表せる。特に限定はしないが、G相中のNb(at%)が0.2〜3.0の範囲とすることで、硬さおよび伸びを本願発明の範囲に制御することが出来る。この範囲を実現するためには、Nb含有量を0.05〜0.40%とすればよい。
【0035】
また、本鋼においてはNbを添加することによって、析出相の核生成を促進することができ、析出物を均一に分散させることができる。したがって、Nbを本願発明の範囲に規定することによりCu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相の50%以上を結晶粒内に分布させることが可能である。
【0036】
さらに、これら析出硬化相自体のサイズは強度に対して大きく影響を及ぼし、本願ではとても重要な数値である。転位が移動しても、析出物によりその移動を止めることが出来れば強度は高くなる。
【0037】
この析出物の障害物としての作用は析出相の大きさによって変化し、最適な析出相のサイズが存在する。本鋼においては析出相のサイズが1nm以上、20nm以下において析出物の転位への障害物としての作用が最大となるため、析出物のサイズを最適化する必要がある。したがって、適切な条件での固溶化熱処理、時効熱処理およびNbを本願発明の範囲に規定することによりCu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相は平均粒径1〜20nmとすることが可能である。
【0038】
析出硬化型のステンレス鋼は、時効熱処理を施すことにより、強度を高めることができることから、スチールベルトやプレスプレートなどの用途に用いられる。これらは強度、疲労特性が要求されるが、これらの特性を上昇させるため硬さがHV400以上必要である。一方で非常に高い硬さになると伸びが減少してしまうため、HV600以下とする。加えて、靭性が要求されるため、伸びは硬さとのバランスより2〜15%とする。
【実施例】
【0039】
次に、実施例を提示して、本発明の構成および作用効果をより明らかにするが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
表1に供試材の化学成分および析出硬化相の有無、G相中のNb量、粒内の析出物の割合、ビッカース硬さ、伸びをまとめたものを示す。化学成分が本発明の範囲外の数値には括弧を付してある。また、※2と※5は参考例である。
【0040】
【表1】
【0041】
いずれの鋼も高周波誘導炉により原料を溶解し、鋳鉄製の鋳型に鋳込むことで20kg規模のインゴットを作製した。これらを1000〜1200℃にて熱間鍛造し、厚み12mmの鍛造板を得た。その後、冷間圧延により、厚み2mmの冷間圧延材を作製し、これに対して固溶化熱処理、時効熱処理を施した。固溶加熱処理は、鋼中に存在する析出物を固溶させるために行われるものであり、熱処理後の急冷によりマルテンサイト変態がおこる。上記の冷間圧延材に対して、1050℃にて2minの固溶化熱処理を行った。
【0042】
時効熱処理は、固溶化熱処理後に析出硬化相、本鋼では、Cu相およびG相を微細に分散析出させる処理である。上記の冷間圧延材に対して、480℃にて1hrの固溶化熱処理を行った。
【0043】
これらの供試材を引張試験、ビッカース硬さ試験などの機械的性質の評価、光学顕微鏡、SEMによる組織の評価、さらにTEM、STEM観察によるナノスケールの析出硬化相の評価を行った。
【0044】
析出硬化相であるCu相およびG相の有無、分布、サイズについては収束イオンビーム(FIB)により作製した薄膜試料を用いSTEMに搭載されたエネルギー分散型X線 (EDS)分析装置による元素マッピング像より画像解析を用いて、測定を行った。
【0045】
以下、表1に併記した評価の各項目における評価基準について説明する。
(Cu相の有無、G相の有無)
Cu相とG相が存在する場合、評価を○とした。いずれかの相が存在しない場合、×とした。各相の有無の判断基準は、任意の視野で観察して、析出物が0.001(個/nm)以上であった場合を存在するとした。
【0046】
(G相中のNb(at%))
G相Ni16(Ti,Nb)Si中のNb(at%)は、Ni16(Ti(1−x),NbSiとしたとき、x/(16+6+7)で表せる。この時効熱処理時のG相中のNb量を熱力学計算ソフトThermo−Calcを用いて求めた。また、この熱力学計算より得られたG相中のNb量はSTEM−EDS分析の結果とよい一致を示した。硬さ、伸びといった機械的性質より、G相中のNb(at%)が0.2〜3.0の範囲を評価が○とした。
【0047】
(粒内の析出物割合(%))
析出物の粒内の割合が50%以上のものを評価○とした。
【0048】
(析出相平均粒径(nm))
析出物の平均粒子径が1〜20nmである場合を評価○とした。
【0049】
(硬さHv(10kg荷重))
ビッカース硬さ試験は、上記の板厚2mmの冷間圧延材に熱処理を施し、圧延面を#800で研磨した後、表面に対して10kgの荷重にて5点の測定を行い、平均値を求めた。硬さが400〜600Hvを評価○とした。
【0050】
(伸び(%))
引張試験においては上記の板厚2mmの冷間圧延材に熱処理を施し、引張方向を圧延方向とするJIS13B号平型引張試験片を切り出し、測定を行った。測定結果より伸びが2〜15%の範囲を評価○とした。
【0051】
(総合評価)
以上の結果より全ての評価が○となる場合、総合評価を◎、×が1〜2個ある場合、総合評価を○、×が3個以上の場合、評価を×とした。発明例の総合評価を◎または○に対して、比較例は総合評価が×である。
【0052】
比較例6はNb量が低く、粒内の析出物割合が低い。さらに、Ni、Cu量が高いため残留γ量が多くなりやすく、硬さが小さい。
【0053】
比較例7は、Ti量が低く、G相が存在しないため、本発明範囲から外れ、硬さが低い。
【0054】
比較例8は、G相は存在するものの、Cu量が低いため、Cu相が存在せず、硬さおよび伸びが低い。
【0055】
比較例9はCu相、G相が存在するが、Ti、Nb量が高く、伸びが低い。
【0056】
比較例10はMn量が高いため、比較例6の場合と同様に残留するγ量が非常に多く、また、Nb量が低いため、G相中のNbが低く、粒内の析出物割合も低いため、硬さが低く、伸びが高い値となっている。
【0057】
このように、比較例は発明例に対して、硬さもしくは伸びのいずれかまたは両方の機械的性質が劣っている。
【要約】      (修正有)
【課題】時効熱処理を施すことにより、さらなる高強度と靭性を維持する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】以下質量%にて、C:0.01〜0.10%、Si:1.0〜2.0%、Mn:0.50〜1.50%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Ni:6.0〜8.0%、Cr:12.0〜15.0%、Mo:0.50〜1.50%、Cu:0.40〜1.20%、Ti:0.20〜0.50%、Nb:0.05〜0.40%、N:0.001〜0.02%、Al:0.001〜0.2%、O:0.0001〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、Cu相およびNi16(Ti,Nb)Si系金属間化合物相が分布し、前記金属間化合物相中のNbが0.2〜3.0(at%)である析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【選択図】図1
図1