(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る巻鉄心について順に詳細に説明する。
なお、本明細書において用いる、形状や幾何学的条件並びにそれらの程度を特定する、例えば、「平行」、「垂直」、「同一」、「直角」等の用語や長さや角度の値等については、厳密な意味に縛られることなく、同様の機能を期待し得る程度の範囲を含めて解釈することとする。
【0012】
本発明に係る巻鉄心は、側面視において略矩形状の巻鉄心本体を備える巻鉄心であって、前記巻鉄心本体は、長手方向に平面部とコーナー部とが交互に連続し、当該各コーナー部において隣接する2つの平面部のなす角が90°である方向性電磁鋼板が、板厚方向に積み重ねられた部分を含み、側面視において略矩形状の積層構造を有し、前記各コーナー部は、方向性電磁鋼板の側面視において、曲線状の形状を有する屈曲部を2つ以上有しており、且つ、一つのコーナー部に存在する屈曲部それぞれの曲げ角度の合計が90°であり、前記屈曲部の側面視における内面側曲率半径rは1mmを超え、3mm未満であり、前記方向性電磁鋼板の内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下で、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、前記還流磁区が存在する領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めていることを特徴とする。
【0013】
上述のように、レーザ照射などにより微小歪みが導入された方向性電磁鋼板では、磁区が制御されるため、優れた低鉄損特性を示すことが知られている。
しかしながら、このような微小歪みは、曲げ加工時に変形により生じた歪みと共に焼鈍で除去されてしまうため、微小歪みが導入され優れた低鉄損特性を示す方向性電磁鋼板を、曲げ加工後の焼鈍を前提として製造される巻鉄心に応用することはできなかった。
本発明者らは、導入された微小歪みよって特定の還流磁区が存在する領域を有する方向性電磁鋼板を使用した場合に、曲げ加工により形成される屈曲部の内面側の曲率半径を特定の範囲に限定することで、曲げ加工時に生じた歪みを除去することなく、低鉄損の巻鉄心を得ることができることを知見した。
本発明により、微小歪みが導入された方向性電磁鋼板を有する低鉄損な巻鉄心を得ることができる理由は定かではないが、方向性電磁鋼板表面に特定の還流磁区が存在する領域を有し、且つ、屈曲部の内面側の曲率半径が特定範囲にある場合に、曲げ加工時に生じた歪みを打ち消す効果があるためであると推定される。
【0014】
1.巻鉄心及び方向性電磁鋼板の形状
まず、本発明の巻鉄心の形状について説明する。
図1は、巻鉄心の一実施形態を模式的に示す斜視図である。
図2は、
図1の実施形態に示される巻鉄心の側面図である。また、
図3は、巻鉄心の別の一実施形態を模式的に示す側面図である。
なお、本発明において側面視とは、巻鉄心を構成する長尺状の方向性電磁鋼板の幅方向(
図1におけるY軸方向)に視ることをいい、側面図とは側面視により視認される形状を表した図(
図1のY軸方向の図)である。
【0015】
本発明の巻鉄心は、側面視において略矩形状の巻鉄心本体を備える。当該巻鉄心本体は、方向性電磁鋼板が、板厚方向に積み重ねられ、側面視において略矩形状の積層構造を有する。当該巻鉄心本体を、そのまま巻鉄心として使用してもよいし、必要に応じて巻鉄心を固定するために、結束バンド等、公知の締付具等を備えていてもよい。
【0016】
本発明において、巻鉄心本体の鉄心長に特に制限はないが、鉄心において鉄心長が変化しても、屈曲部体積は一定であるため屈曲部で発生する鉄損は一定であり、鉄心長が長いほうが屈曲部の体積率は小さくなるため、鉄損劣化への影響も小さいことから1.5m以上であることが好ましく、1.7m以上であるとより好ましい。なお、本発明において、巻鉄心本体の鉄心長とは、側面視による巻鉄心本体の積層方向の中心点における周長をいう。
【0017】
本発明の巻鉄心は、鉄損が低減されているため、トランス、リアクトル、ノイズフィルター等の磁心など、従来公知のいずれの用途にも好適に用いることができる。
【0018】
図1及び2に示すように、巻鉄心本体10は、長手方向に平面部4とコーナー部3とが交互に連続し、当該各コーナー部3において隣接する2つの平面部4のなす角が90°である方向性電磁鋼板1が、板厚方向に積み重ねられた部分を含み、側面視において略矩形状の積層構造2を有する。
方向性電磁鋼板1の各コーナー部3は、側面視において、曲線状の形状を有する屈曲部5を2つ以上有しており、且つ、一つのコーナー部に存在する屈曲部それぞれの曲げ角度の合計が90°となっている。
図2の実施形態は1つのコーナー部3中に2つの屈曲部5を有する場合である。
図3の実施形態は1つのコーナー部3中に3つの屈曲部5を有する場合である。
【0019】
図4及び
図5は、それぞれ
図2及び
図3の実施形態におけるコーナー部付近を拡大した側面図である。
図4及び
図5において、屈曲部は曲線状の形状を有する部分を示し、当該曲線状の形状を有する部分の両側には直線状の形状を有する部分を有する。
図4及び
図5の例に示されるように、本発明では、1つのコーナー部は2つ以上の屈曲部により構成されるため、方向性電磁鋼板の第1の平面部を表す直線状の部分に第1の屈曲部(曲線状の部分)が連続し、その先には直線部分、第2の屈曲部、別の直線部分というように、屈曲部と直線部分が交互に連続し、当該コーナー部における最後の屈曲部に至り、その先に、コーナー部を介して前記第1の平面部に隣接する、方向性電磁鋼板の第2の平面部を表す直線状の部分が連続してなる形状を有する。
【0020】
図4の例では線分A−A’から線分B−B’までの領域をコーナー部3とする。点Aは、巻鉄心10の最も内側に配置された方向性電磁鋼板1aの屈曲部5aにおける平面部4a側の端点であり、点A’は、点Aを通り方向性電磁鋼板1aの板面に垂直方向の直線と、巻鉄心本体10の最も外側の面との交点である。同様に点Bは、巻鉄心10の最も内側に配置された方向性電磁鋼板1aの屈曲部5bにおける平面部4b側の端点であり、点B’は、点Bを通り方向性電磁鋼板1aの板面に垂直方向の直線と、巻鉄心本体10の最も外側の面との交点である。
図4において当該コーナー部3を介して隣接する2つの平面部4aと4bのなす角はθであり、本発明において当該θは90°である。屈曲部の曲げ角度φについては後述するが、
図4においてφ1+φ2は90°となる。
【0021】
次に、コーナー部3中に屈曲部5を3つ以上有する例について説明する。
図5は、
図3の実施形態におけるコーナー部付近の拡大図である。
図5においても
図4と同様に線分A−A’から線分B−B’までの領域をコーナー部3とする。
図5において、点Aは平面部4aに最も近い屈曲部5aの平面部4a側の端点であり、点Bは平面部4bに最も近い屈曲部5bの平面部4b側の端点である。屈曲部が3つ以上ある場合、各屈曲部間には直線部分が存在する。いずれの直線部分が平面部4を構成するかについては、コーナー部を介して隣接する2つの平面部のなす角θが90°であることを考慮して決定すればよく、これにより平面部4に隣接する屈曲部5が決定される。なお
図5の例では、φ1+φ2+φ3が90°となり、一般にコーナー部内にn個の屈曲部を有する場合、φ1+φ2+・・・+φnは90°となる。
【0022】
本発明においては、前述するコーナー部の角度θが90°であることから、φは90°未満である。加工時の変形による歪み発生を抑制して鉄損を抑える点からは、φは60°以下であることが好ましく、45°以下であることがより好ましい。
1つのコーナー部に2つの屈曲部を有する
図4の実施形態では、鉄損低減の点から、例えば、φ1=60°且つφ2=30°とすることや、φ1=45°且つφ2=45°等とすることができる。また、1つのコーナー部に3つの屈曲部を有する
図5の実施形態では、鉄損低減の点から、例えばφ1=30°、φ2=30°且つφ3=30°等とすることができる。更に、生産効率の点からは折り曲げ角度が等しいことが好ましいため、1つのコーナー部に2つの屈曲部を有する場合には、φ1=45°且つφ2=45°とすることが好ましく、また、1つのコーナー部に3つの屈曲部を有する
図5の実施形態では、鉄損低減の点から、例えばφ1=30°、φ2=30°且つφ3=30°とすることが好ましい。
【0023】
図8を参照しながら、屈曲部5について更に詳細に説明する。
図8は、方向性電磁鋼板の屈曲部(曲線部分)の一例を模式的に示す図である。屈曲部の曲げ角度とは、方向性電磁鋼板屈曲部において、折り曲げ方向の後方側の直線部と前方側の直線部の間に生じた角度差を意味し、屈曲部において、方向性電磁鋼板の外面を表す線Lbに含まれる曲線部分の両側(点F及び点G)それぞれに隣接する直線部分を延長して得られる2つの仮想線Lb−elongation1、Lb−elongation2がなす角の補角の角度φとして表される。
各屈曲部の曲げ角度は、90°未満であり、かつ、一つのコーナー部に存在する全ての屈曲部の曲げ角度の合計は90°である。
【0024】
本発明において屈曲部とは、方向性電磁鋼板の側面視において、方向性電磁鋼板の内面を表す線La上の点D及び点E、並びに、方向性電磁鋼板の外面を表す線Lb上の点F及び点Gを下記のとおり定義したときに、方向性電磁鋼板の内面を表す線La上で点Dと点Eとで区切られた線、方向性電磁鋼板の外面を表す線Lb上で点Fと点Gとで区切られた線、前記点Dと前記点Eを結ぶ直線、及び、前記点Fと前記点Gを結ぶ直線により囲まれる領域を示す。
【0025】
ここで、点D、点E、点F及び点Gは次のように定義する。
方向性電磁鋼板の内面を表す線Laに含まれる曲線部分における曲率半径の中心点Aと、方向性電磁鋼板の外面を表す線Lbに含まれる曲線部分の両側それぞれに隣接する直線部分を延長して得られる前記2つの仮想線Lb−elongation1、Lb−elongation2の交点Bとを結んだ直線ABが、方向性電磁鋼板の内面を表す線と交わる点を原点Cとし、
当該原点Cから方向性電磁鋼板の内面を表す線Laに沿って、一方の方向に下記式(2)で表される距離mだけ離れた点を点Dとし、
当該原点Cから方向性電磁鋼板の内面を表す線Laに沿って、他の方向に前記距離mだけ離れた点を点Eとし、
方向性電磁鋼板の外面を表す線Lbに含まれる前記直線部分のうち、前記点Dに対向する直線部分と、当該点Dに対向する直線部分に対し垂直に引かれ且つ前記点Dを通過する仮想線との交点を点Gとし、
方向性電磁鋼板の外面を表す線Lbに含まれる前記直線部分のうち、前記点Eに対向する直線部分と、当該点Eに対向する直線部分に対し垂直に引かれ且つ前記点Eを通過する仮想線との交点を点Fとする。
式(1): m = r ×(π/4)
(式(1)中、mは点Cからの距離を表し、rは中心点Aから点Cまでの距離(曲率半径)を表す)。
【0026】
すなわち、rは点C付近の曲線を円弧とみなした場合の曲率半径を示すものであり、本発明では、屈曲部の側面視における内面側曲率半径を表す。曲率半径rが小さいほど屈曲部の曲線部分の曲がりは急であり、曲率半径rが大きいほど屈曲部の曲線部分の曲がりは緩やかになる。
本発明の巻鉄心では、板厚方向に積層された各方向性電磁鋼板の各屈曲部における曲率半径は、ある程度の誤差を有するものであってもよい。誤差を有する場合には、各屈曲部の曲率半径は、積層された各鋼板の曲率半径の平均値として特定する。また、誤差を有する場合には、その誤差が0.1mm以下であることが好ましい。
なお、屈曲部の曲率半径の測定方法にも特に制限はないが、例えば、市販の顕微鏡(Nikon ECLIPSE LV150)を用いて200倍で観察することにより測定することができる。
本発明では、屈曲部の曲率半径rを、1mmを超え、3mm未満の範囲として、下記に説明する微小歪みより磁区制御された特定の方向性電磁鋼板と組み合わせることによって、低鉄損な巻鉄心を得ることが可能となった。
【0027】
図6及び
図7は巻鉄心本体における1層分の方向性電磁鋼板の一例を模式的に示す図である。
図6及び
図7の例に示されるように本発明に用いられる方向性電磁鋼板は、折り曲げ加工されたものであって、2つ以上の屈曲部5から構成されるコーナー部3と、平面部4を有し、1つ以上の方向性電磁鋼板の幅方向端面の接合部6を介して側面視において略矩形の環を形成する。
本発明においては、巻鉄心本体が、全体として側面視が略矩形状の積層構造を有していればよい。
図6の例に示されるように、1つの接合部6を介して1枚の方向性電磁鋼板が巻鉄心本体の1層分を構成するものであってもよく、
図7の例に示されるように1枚の方向性電磁鋼板が巻鉄心の約半周分を構成し、2つの接合部6を介して2枚の方向性電磁鋼板が巻鉄心本体の1層分を構成するものするものであってもよい。
また別の例としては、2枚の方向性電磁鋼板が巻鉄心本体の1層分を構成する場合、略矩形の3辺に相当する曲げ加工体と、残りの1辺に相当する真直ぐな(側面視が直線状の)鋼板を組み合わせて略矩形状の環を形成してもよい。このように、2枚以上の方向性電磁鋼板が巻鉄心本体の1層分を構成する場合、鋼板の曲げ加工体と、真直ぐな(側面視が直線状の)鋼板とを組み合わせてもよい。さらに別の例としては、巻鉄心本体の2層分以上の長さを有する方向性電磁鋼板を折り曲げ加工して、略矩形状の環が2周回以上連続する曲げ加工体を形成し、これを板厚方向に積み重ねてもよい。
いずれの場合も巻鉄心製造時に隣接する2層間に隙間が生じないようにするため、隣接する2層の方向性電磁鋼板において、内側に配置される方向性電磁鋼板の平面部4の外周長と、外側に配置される方向性電磁鋼板の平面部4の内周長が等しくなるように鋼板の長さ及び屈曲部の位置が調整されている。
【0028】
本発明において用いられる方向性電磁鋼板の板厚は、特に限定されず、用途等に応じて適宜選択すればよいものであるが、通常0.15mm〜0.35mmの範囲内であり、好ましくは0.18mm〜0.23mmの範囲である。
【0029】
2.方向性電磁鋼板の構成
次に、巻鉄心本体を構成する方向性電磁鋼板の構成について説明する。本発明において用いられる方向性電磁鋼板では、内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、前記還流磁区が存在する領域が、内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている。
【0030】
(1)特定の還流磁区が存在する領域
一般的に方向性電磁鋼板とは、鋼板中の結晶粒の方位が{110}<001>方位に高度に集積され、磁化容易軸が長手方向に揃った鋼板をいう。磁化容易軸が長手方向に揃っているため、鉄損の少なく磁性に優れるという特性を有する電磁鋼板をいう。
一方で、方向性電磁鋼板では、表面に長手方向に平行な180°磁壁で区分された主磁区と呼ばれる縞状の磁区構造が観察されることが知られている。ここで、当該主磁区の幅は、磁壁と静磁エネルギーを極小化するように決定され、この主磁区の幅が広いほど、電磁鋼板の鉄損が相対的に大きいという比例関係があることが知られている。
そのため、優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板の鉄損を更に改善する目的で、鋼板表面に歪みを導入して磁区制御する技術が知られており、上述の特許文献1では、レーザ照射により形成された還流磁区によって、主磁区の幅を細分化し、鉄損の改善を達成している。
【0031】
本発明では、内面側及び外面側の鋼板面により構成され、且つ、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下、且つ、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が存在する方向性電磁鋼板を使用する。
本発明では、長手方向の寸法が150μm以下、且つ、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区(以下、「特定還流磁区」と称する場合がある)が存在する方向性電磁鋼板を使用して、屈曲部の曲率半径rを、1mmを超え、3mm未満の範囲とすることによって、屈曲部の歪みを焼鈍により除去することなく、低鉄損な巻鉄心を得ることが可能となった。ここで、本発明において還流磁区とは、主磁区の磁化を還流する型の補助磁区をいう。
このような還流磁区の長手方向の寸法の測定方法に特に制限はないが、SEMの反射電子を用いて観察して測定する方法(磁区SEM)等が挙げられる。
また、板厚方向の寸法の測定方法にも制限はないが、例えば、鋼板表層の硝酸でエッチングし、一定の深さごと、磁区SEMで表層の磁区が観察されるか否かによって、確認することができる(以下、エッチング法と称することがある。)。
【0032】
また、このような還流磁区の形成方法にも特に制限はないが、還流磁区の寸法の制御が容易であるため、レーザ照射により歪みを導入して形成することが好ましい。例えば、パルスレーザを用いる場合には、レーザビームが重畳するように照射することで長手方向の寸法を、照射径を調整することで、深さ方向の寸法を制御することができる。
このような、レーザ照射による歪みは鋼板の急速加熱、急速冷却によって導入される。レーザ照射による加熱速度は照射されるレーザによって鋼板に導入される単位時間当たりのエネルギー密度に比例する。エネルギー密度は単位面積当たりの照射エネルギーであるエネルギー密度(mJ/mm
2)として制御可能であり、歪の導入効率はより高いエネルギー密度でレーザを照射したほうが高くなる。エネルギー密度は、例えば、80mJ/mm
2としてもよい。
レーザ照射による還流磁区の長手方向寸法及び板厚方向の寸法は、例えば、照射するレーザのスポット径を変化させることで制御することができる。スポット径は長手方向Lおよび幅方向Cの長さをそれぞれ70〜530μm、200〜10000μmの範囲で調整することで制御することができる。
このためレーザ照射による最適な還流磁区を導入するためにはスポット径は長手方向Lの長さが短すぎても効果がなく、長すぎても特性には悪影響を及ぼすことになる。幅方向Cに関しては短すぎると効果がなく、長すぎると特性に悪影響はないものの、投入するエネルギー総量が多くなりすぎるためコストの観点から、最適な値が存在する。
屈曲部の歪みを焼鈍により除去することなく、低鉄損な巻鉄心を得るという効果においては、還流磁区の長手方向の寸法は150μm以下であれば特に制限は無いが、磁区細分化効果を持たせるため、還流磁区の長手方向の寸法は、50μm以上であることが好ましく、70μm以上100μm未満であると更に好ましい。
また、屈曲部の歪みを焼鈍により除去することなく、低鉄損な巻鉄心を得るという効果においては、還流磁区の板厚方向の寸法は30μm以上であれば特に制限は無いが、50μmよりも深くなっても効果は飽和するという理由から、還流磁区の板厚方向の寸法は、50μm以下であることが好ましく、35〜45μmであると更に好ましい。
【0033】
また、本発明では、内面側及び外面側の鋼板面により構成される表面に、特定還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域(以下、「特定還流磁区領域」と称する場合がある)を有し、当該領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている方向性電磁鋼板を使用する。
本発明では、内面側及び外面側の鋼板面により構成される表面に、特定還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、当該領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている方向性電磁鋼板を使用して、屈曲部の曲率半径rを、1mmを超え、3mm未満の範囲とすることによって、屈曲部の歪みを焼鈍により除去することなく、低鉄損な巻鉄心を得ることが可能となった。
低鉄損な巻鉄心が得られるため、特定還流磁区が存在する領域が、内面側又は外面側の鋼板面表面積の50%以上占めることが好ましく、75%以上占めると更に好ましい。
【0034】
ここで、特定還流磁区が存在する領域とは、内面側及び外面側の鋼板面により構成される表面に存在する領域をいい、板厚方向の表面に存在する領域は含まない概念である(以下、内面側及び外面側の鋼板面により構成される表面を、単に、「鋼板表面」と、内面側の鋼板面を、単に、「鋼板内表面」と、外面側の鋼板面を、単に、「鋼板外表面」と称する場合がある。)。
【0035】
上述のように、方向性電磁鋼板表面には長手方向と平行に幅の広い主磁区が形成されているため、電磁鋼板の幅方向と平行な直線上に、微小歪みを導入することによって還流磁区を形成して、当該主磁区を細分化する。
図9に、鋼板表面の特定還流磁区が存在する領域の模式図を示す。
還流磁区により効率的に主磁区を細分化するため、電磁鋼板の幅方向と平行であり且つ全幅に対して引かれた直線上に、連続的に還流磁区を形成し、この作業を長手方向に繰り返すことによって、鋼板表面の特定還流磁区領域を形成する。
そこで本発明では、まず、鋼板の表面に
図9のように原点をとり、長手方向をx軸、幅方向をy軸としたときに、特定還流磁区が存在する最も小さなx座標であるX1を通るy軸と平行な直線をlと、特定還流磁区が存在する最も大きなx座標X2を通るy軸と平行な直線をlMと定めたうえで、当該直線lと直線lMの間の領域を特定還流磁区が存在する領域と定める。
なお、還流磁区が存在するとは、直線lと直線lMの間(x軸方向)に特定の還流磁区が形成された直線が0.5〜8mm間隔で存在し、且つ、当該直線中(y軸方向)には連続的に特定還流磁区が存在する状態であれば、特に制限は無い。
特定還流磁区領域が鋼板1枚の中に、8mmを超える間隔で別々に複数存在している場合、各々の領域面積を加えたものを領域面積とする。また、直線lと直線lM(x軸方向)の間隔が0.5mmより小さい領域は、特定還流磁区領域には含まない。
【0036】
特定還流磁区領域が、内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めれば、その分布に特に制限はなく、特定還流磁区領域は一つのみであってもよいし、上述のように、別々に複数存在していてもよい。
巻鉄心の低鉄損化効果が高いことから、特定還流磁区領域の一部又は全部を、鋼板の外面側に有することが好ましい。
微小歪みを導入した電磁鋼板では、表面の張力に伴って鉄損が小さくなることが知られており、環を形成するように加工された電磁鋼板では、外面側表面において、内面側表面よりも強い張力が発生するためである。
【0037】
(2)母鋼板
上述のように、本発明において用いられる方向性電磁鋼板において母鋼板は、当該母鋼板中の結晶粒の方位が{110}<001>方位に高度に集積された鋼板であり、圧延方向に優れた磁気特性を有するものである。
本発明において母鋼板は、特に限定されず、方向性電磁鋼板として公知のものの中から、適宜選択して用いることができる。以下、好ましい母鋼板の一例について説明するが、本発明において母鋼板は以下のものに限定されるものではない。
【0038】
母鋼板の化学組成は、特に限定されるものではないが、例えば、質量%で、Si:0.8%〜7%、C:0%よりも高く0.085%以下、酸可溶性Al:0%〜0.065%、N:0%〜0.012%、Mn:0%〜1%、Cr:0%〜0.3%、Cu:0%〜0.4%、P:0%〜0.5%、Sn:0%〜0.3%、Sb:0%〜0.3%、Ni:0%〜1%、S:0%〜0.015%、Se:0%〜0.015%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることが好ましい。上記母鋼板の化学組成は、結晶方位を{110}<001>方位に集積させたGoss集合組織に制御するために好ましい化学成分である。母鋼板中の元素のうち、SiおよびCが基本元素であり、酸可溶性Al、N、Mn、Cr、Cu、P、Sn、Sb、Ni、S、およびSeが選択元素である。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよいので下限値を制限する必要がなく、実質的に含有していなくてもよい。また、これらの選択元素が不可避的不純物として含有されても、本発明の効果は損なわれない。母鋼板は、基本元素および選択元素の残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
なお、本発明において、「不可避的不純物」とは、母鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から不可避的に混入する元素を意味する。
また、方向性電磁鋼板では二次再結晶時に純化焼鈍を経ることが一般的である。純化焼鈍においてはインヒビター形成元素の系外への排出が起きる。特にN、Sについては濃度の低下が顕著で、50ppm以下になる。通常の純化焼鈍条件であれば、9ppm以下、さらには6ppm以下、純化焼鈍を十分に行えば、一般的な分析では検出できない程度(1ppm以下)にまで達する。
母鋼板の化学成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、母鋼板の化学成分は、ICP−AES(Inductively Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、例えば、被膜除去後の母鋼板の中央の位置から35mm角の試験片を取得し、島津製作所製ICPS−8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより特定できる。なお、CおよびSは燃焼−赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解−熱伝導度法を用いて測定すればよい。
なお、母鋼板の化学成分は、方向性電磁鋼板から後述の方法により後述のグラス被膜およびリンを含有する被膜等を除去した鋼板を母鋼板としてその成分を分析した成分である。
【0039】
母鋼板の製造方法は、特に限定されず、従来公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適宜選択することができる。製造方法の好ましい具体例としては、例えば、Cを0.04〜0.1質量%とし、その他は上記母鋼板の化学組成を有するスラブを1000℃以上に加熱して熱間圧延を行った後、必要に応じて熱延板焼鈍を行い、次いで、1回又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷延により冷延鋼板とし、当該冷延鋼板を、例えば湿水素−不活性ガス雰囲気中で700〜900℃に加熱して脱炭焼鈍し、必要に応じて更に窒化焼鈍し、1000℃程度で仕上焼鈍する方法などが挙げられる。
本発明において母鋼板の厚みは特に限定されないが、0.1mm以上0.5mm以下であることが好ましく、0.15mm以上0.40mm以下であることがより好ましい。
【0040】
(3)被膜
本発明において方向性電磁鋼板は、本発明の効果を損なわない範囲で表面に被膜を有していてもよい。このような被膜としては、例えば、母鋼板上に形成されるグラス被膜などが挙げられる。グラス被膜としては、例えば、フォルステライト(Mg
2SiO
4)、スピネル(MgAl
2O
4)、及びコーディエライト(Mg
2Al
4Si
5O
16)より選択される1種以上の酸化物を有する被膜が挙げられる。
【0041】
グラス被膜の形成方法は特に限定されず、公知の方法の中から適宜選択することができる。例えば、前記母鋼板の製造方法の具体例において、冷延鋼板にマグネシア(MgO)及びアルミナ(Al
2O
3)から選択される1種以上を含有する焼鈍分離剤を塗布した後で、前記仕上焼鈍を行う方法が挙げられる。なお当該焼鈍分離剤は、仕上焼鈍時の鋼板同士のスティッキングを抑制する効果も有している。例えば前記マグネシアを含有する焼鈍分離剤を塗布して仕上焼鈍を行った場合、母鋼板に含まれるシリカと反応して、フォルステライト(Mg
2SiO
4)を含むグラス被膜が母鋼板表面に形成される。
本発明においてグラス被膜の厚みは特に限定されないが、0.5μm以上3μm以下であることが好ましい。
【0042】
3.巻鉄心の製造方法
本発明に係る巻鉄心の製造方法は、前記本発明に係る巻鉄心を製造することができれば特に制限はないが、通常、方向性電磁鋼板の内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、当該還流磁区が存在する領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている方向性電磁鋼板を準備する工程と、前記方向性電磁鋼板上に予め割り当てたコーナー部形成領域ごとに少なくとも2か所を曲げ加工して曲率半径rが、1mmを超え、3mm未満である屈曲部を形成することにより、前記方向性電磁鋼板を、平面部とコーナー部とが交互に連続し、当該各コーナー部において隣接する2つの平面部のなす角が90°である曲げ加工体に成形する工程、前記曲げ加工体である方向性電磁鋼板を、コーナー部同士を位置合わせし、板厚方向に重ねあわせて積層し、側面視において略矩形状の積層体を形成する工程とを有し、前記曲げ加工体を形成する工程後に焼鈍工程を有さない製造方法により効率よく製造することができる。
以下上記巻鉄心の製造方法について、順に詳細に説明する。
【0043】
まず、方向性電磁鋼板の内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、当該領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている方向性電磁鋼板を準備する。当該方向性電磁鋼板は製造してもよく、市販品を入手してもよい。当該方向性電磁鋼板の製造方法や化学組成については前述したとおりであるため、ここでの説明は省略する。
【0044】
次に、上記方向性電磁鋼板を所望の長さに切断した後、当該方向性電磁鋼板上に予め割り当てた各コーナー部形成領域に少なくとも2か所を曲げ加工して曲率半径rが、1mmを超え、3mm未満である屈曲部を形成することすることにより、前記方向性電磁鋼板から、平面部とコーナー部とが交互に連続し、当該各コーナー部において隣接する2つの平面部のなす角が90°である曲げ加工体を成形する。
曲げ加工の方法について図を参照して説明する。
図10は、巻鉄心の製造方法における曲げ加工方法の一例を示す模式図である。
加工機の構成は特に限定されるものではないが、例えば、
図10(A)に示されるように、通常、プレス加工のためのダイス22とパンチ24とを有し、更に方向性電磁鋼板21を固定するガイド23などを有している。方向性電磁鋼板21は、搬送方向25の方向に搬送され、予め設定された位置で固定される(
図10(B))。次いでパンチ24で予め設定された所定の力で加圧することにより、折れ曲がり角度φの屈曲部を有する曲げ加工体が得られる。
屈曲部の曲率半径rを、1mmを超え、3mm未満の範囲とする方法に特に制限はないが、通常、ダイス22とパンチ24間の距離やダイス22とパンチ24の形状を変更することにより、屈曲部の曲率半径rを上記特定の範囲に調整することができる。
板厚方向に積層された各方向性電磁鋼板の屈曲部における曲率半径rが一致するように設定して加工するが、加工された鋼板の曲率半径には、鋼板表層の粗度や形状によって誤差が生じる場合がある。誤差が生じる場合であっても、その誤差が0.1mm以下であることが好ましい。
上述のように、屈曲部の曲率半径の測定方法にも特に制限はないが、例えば、市販の顕微鏡(Nikon ECLIPSE LV150)を用いて200倍で観察することにより測定することができる。
【0045】
通常、巻鉄心の製造工程においては、上記曲げ加工後に屈曲部の歪みを焼鈍により除去する工程が必須である。
本発明では、方向性電磁鋼板の内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下で、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、当該領域が内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めている方向性電磁鋼板を使用して、屈曲部の曲率半径rを、1mmを超え、3mm未満の範囲に調整することによって、曲げ加工時に生じた歪みを打ち消す効果が得られるため、屈曲部の歪みを焼鈍により除去する工程を経ることなく、低鉄損な巻鉄心を得ることが可能である。
【0046】
次いで、前記曲げ加工体である方向性電磁鋼板を、コーナー部同士を位置合わせし、板厚方向に重ねあわせて積層し、側面視において略矩形状の積層体を形成することにより、巻鉄心本体を得ることができる。得られた巻鉄心本体は、そのまま巻鉄心として使用してもよいが、更に必要に応じて結束バンド等、公知の締付具等を用いて固定して巻鉄心としてもよい。
【0047】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の実施例を挙げながら、本発明の技術的内容について更に説明する。以下に示す実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した条件例であり、本発明は、この条件例に限定されるものではない。また本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
なお、以下の実施例の記載においては、「特定還流磁区領域が、内面側又は外面側の鋼板面表面積に対して占る割合」を「特定還流磁区領域の占有率」と称する場合がある。
【0049】
1.還流磁区の寸法と屈曲部の曲率半径の関係の検討
(実施例1)
母鋼板上にフォルステライト(Mg
2SiO
4)を含むグラス被膜を有する方向性電磁鋼板を準備した。当該方向性電磁鋼板に対する曲げ加工後に環状構造の外面側となる表面に対して、当該外面側の鋼板面表面積の100%(以下、照射領域の占有率と称することがある。)、すなわち外面側全体に、長手方向に0.5mm間隔で、幅方向に連続かつ直線的にパルスレーザを照射した。なお、パルスレーザの照射条件は、表1に示すC−3とした。
当該方向性電磁鋼板を屈曲部の曲率半径が1.25mmとなるように調整しながら曲げ加工を行い、1つのコーナー部にφが45°の屈曲部を2つ有し、側面視において略矩形の環を形成する方向性電磁鋼板を得た。次いで当該方向性電磁鋼板を積層することで、
図11に示される寸法の巻鉄心を得た。
【0050】
【表1】
【0051】
(実施例2〜20)
実施例1において、パルスレーザの照射条件及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表3のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2〜20の巻鉄心を得た。
【0052】
(比較例1〜150)
実施例1において、パルスレーザの照射条件及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表3のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、比較例1〜150の巻鉄心を得た。
【0053】
2.特定還流磁区領域の占有率と屈曲部の曲率半径の関係の検討
(実施例21〜100)
実施例1において、パルスレーザ照射領域の占有率及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表4のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例21〜100の巻鉄心を得た。
(比較例151〜310)
実施例1において、パルスレーザ照射領域の占有率及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表4のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、比較例151〜310の巻鉄心を得た。
【0054】
3.特定還流磁区の長手方向の間隔と屈曲部の曲率半径の関係の検討
(実施例101〜180)
実施例1において、パルスレーザの長手方向の照射間隔及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表5のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例101〜180の巻鉄心を得た。
(比較例311〜430)
実施例1において、パルスレーザの長手方向の照射間隔及び屈曲部の曲率半径をそれぞれ表1及び表5のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、比較例311〜430の巻鉄心を得た。
【0055】
4.特定還流磁区領域を内面側に有する場合と外面側に有する場合の影響に関する検討
(実施例181〜192)
実施例1において、屈曲部の曲率半径1.5mmとし、方向性電磁鋼板の内面側又は外面側におけるパルスレーザの照射領域の占有率が下記表6に示すとおりとなるように、方向性電磁鋼板の内面側又は外面側に、パルスレーザを0.5mm間隔で照射したこと以外は、実施例1と同様にして、実施例181〜192の巻鉄心を得た。
(比較例431〜436)
実施例181において、パルスレーザの照射条件、及び、方向性電磁鋼板の内面側又は外面側におけるパルスレーザ照射領域の占有率を下記表6に示すとおりに変更した以外は、実施例1と同様にして、比較例431〜436の巻鉄心を得た。
【0056】
4.鉄心長の影響に関する検討
(実施例193〜207)
実施例1において、屈曲部の曲率半径1.5mmとし、方向性電磁鋼板の外面側表面に対して、当該外面側の鋼板面表面積の25%となるように、パルスレーザを0.5mm間隔で照射し、鉄心長を下記表7のように変更したこと以外は、実施例1と同様にして、実施例193〜207の巻鉄心を得た。
【0057】
5.評価方法
(1)還流磁区の寸法測定
上記実施例及び比較例で準備したレーザ照射領域に対し、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope; SEM)による磁区観察を行い、長手方向の寸法、板厚方向の寸法を測定した。なお、板厚方向の寸法は、上述のエッチング法により測定した。
測定結果を表1に示す。照射条件C−3、D−3、C−4及びD−4の場合に、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が鋼板表面に確認された。なお、照射条件C−3、D−3、C−4及びD−4においては、レーザ照射領域と特定還流磁区領域が一致した。
【0058】
(2)ビルディングファクタ
実施例及び比較例の巻鉄心に対して、それぞれJIS C 2550−1に記載の励磁電流法を用いた測定を、周波数50Hz、磁束密度1.7Tの条件で行い、各巻鉄心の鉄損値W
Aを求めた。
実施例並びに比較例の巻鉄心を構成する方向性電磁鋼板単板のレーザ照射条件、照射間隔、及び、照射領域の占有率を反映するように、実施例及び比較例の巻鉄心の製造に用いた素材鋼板が巻かれた各フープから、方向性電磁鋼板を取り出して、幅100mm×長さ500mmの試料をせん断採取した。当該試料に対して、JIS C 2556に記載のHコイル法を用いた電磁鋼板単板磁気特性試験による測定を、周波数50Hz、磁束密度1.7Tの条件で行い、実施例及び比較例の巻鉄心の製造に用いた各素材鋼板単板の鉄損値W
Bを求めた。
また、参考として、下記表2に、長手方向の間隔を0.5mmとした場合に表1に示す条件でレーザ照射した素材鋼板の、レーザ照射領域の占有率と鉄損値W
Bとの関係を示す。長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が鋼板表面に確認された照射条件C−3、D−3、C−4及びD−4の素材鋼板で、他の素材鋼板と比較して、鉄損値W
Bが低いことが確認された。
前記巻鉄心の鉄損値W
Aを、前記電磁鋼板単板の鉄損値W
Bで除することによりビルディングファクタ(BF)を求めた。本発明においてはBFが小さいほど、素材鋼板に対する曲げ加工の影響が少ないと評価できる。また、照射条件C−3、D−3、C−4及びD−4の低鉄損の鋼板を用いて製造した巻鉄心のBFが低ければ、従来技術の巻鉄心と比較して、鉄損が低減された巻鉄心であると評価することができる。
【0059】
【表2】
【0060】
6.評価結果
還流磁区の寸法(レーザ照射条件)と屈曲部の曲率半径の関係に関する検討結果を表3−1から表3−17に示す。また、
図12に、表3−1から表3−17における、レーザ照射条件及び曲率半径がBFに及ぼす影響を図示する。
図12に示すように、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が鋼板表面に確認されなかった、レーザ照射なし、並びに、A−1〜A−4、B−1〜B−4、C−1、C−2、D−1及びD−2の条件でレーザ照射した鋼板を用いた比較例1〜110及び121〜140の巻鉄心では、曲率半径rの大小に関係なく、BFが1.11以上と、素材鋼板に対する曲げ加工により、鉄損が悪化した。
また、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が鋼板表面に確認されたC−3、C−4、D−3及びD−4の条件によりレーザ照射した鋼板を用いて曲率半径rを1mm以下、又は、3mm以上に設定して製造した比較例111、112、113〜120、141,142、及び、143〜150の巻鉄心でも、BFが1.13以上と、素材鋼板に対する曲げ加工により、鉄損が悪化した。
【0061】
これらに対し、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が鋼板表面に確認されたC−3、C−4、D−3及びD−4の条件によりレーザ照射した鋼板を用いて、曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定して製造した実施例1〜20巻鉄心では、BFが1.01以下となり、素材鋼板に対して曲げ加工しても鉄損は殆ど悪化しないことが明らかとなった。
【0062】
【表3-1】
【0063】
【表3-2】
【0064】
【表3-3】
【0065】
【表3-4】
【0066】
【表3-5】
【0067】
【表3-6】
【0068】
【表3-7】
【0069】
【表3-8】
【0070】
【表3-9】
【0071】
【表3-10】
【0072】
【表3-11】
【0073】
【表3-12】
【0074】
【表3-13】
【0075】
【表3-14】
【0076】
【表3-15】
【0077】
【表3-16】
【0078】
【表3-17】
【0079】
次に、特定還流磁区領域の占有率(%)の影響に関する検討結果を表4−1から4−4に示す。また、
図13〜16に、表4−1〜表4−4における、特定還流磁区領域の占有率(%)の影響を図示する。
図13に示すように、長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたC−3の条件によりレーザ照射した鋼板を用いて曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定して製造した巻鉄心では、鋼板外面側表面における特定還流磁区領域の占有率が10〜20%であっても、素材鋼板に対する曲げ加工により、鉄損が悪化することをある程度は抑制したが、BFは1.02以上と、曲げ加工による鉄損の悪化を完全に抑制することはできなかった。
これらに対して、鋼板外面側表面における特定還流磁区領域の占有率が25%以上である鋼板を用いて曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定して製造した巻鉄心では、BFは1.02以下であり、曲げ加工による鉄損の悪化をほぼ完全に抑制できることが明らかとなった。
また、
図14〜16に示すように、長手方向の寸法が50μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたD−3の条件によりレーザ照射した鋼板、長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が50μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたC−4の条件によりレーザ照射した鋼板、長手方向の寸法が50μm、板厚方向の寸法が50μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたD−4の条件によりレーザ照射した鋼板を用いて製造された巻鉄心でも同様に、鋼板外面側における特定還流磁区領域の占有率が25%未満である場合には曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定しても、曲げ加工の影響を完全に除去することができないが、鋼板外面側表面における特定還流磁区領域の占有率が25%以上である場合には、曲げ加工による鉄損の悪化をほぼ完全に抑制できることが明らかとなった。
【0080】
【表4-1】
【0081】
【表4-2】
【0082】
【表4-3】
【0083】
【表4-4】
【0084】
次に、幅方向に連続かつ直線的に存在する特定還流磁区の、長手方向の間隔の影響に関する検討結果を表5−1〜5−4に示す。また、
図17〜20に、表5−1〜5−4における、幅方向に連続かつ直線的に存在する特定還流磁区の、長手方向の間隔の影響を図示する。
図13に示すように、C−3の条件によりレーザ照射し、幅方向に連続かつ直線的に存在する長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区の長手方向の間隔が9mmである鋼板を用いて製造した比較例331〜340の巻鉄心では、曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定しても、BFが1.15以上であり、曲げ加工により生じる鉄損の悪化をほとんど抑制することができなかった。
これに対して、幅方向に連続かつ直線的に存在する長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区の長手方向の間隔が0.5から8mmである鋼板を用いて製造した巻鉄心では、曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定した場合(実施例101〜120)には、BFは1.02以下であり、曲げ加工により生じる鉄損の悪化をほぼ抑制できることが明らかとなった。
また、
図18から20に示すように、長手方向の寸法が50μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたD−3の条件によりレーザ照射した鋼板、長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が50μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたC−4の条件によりレーザ照射した鋼板、長手方向の寸法が50μm、板厚方向の寸法が50μmである還流磁区が鋼板表面に確認されたD−4の条件によりレーザ照射した鋼板を用いて製造された巻鉄心でも同様に、前記特定還流磁区の長手方向の間隔が9mmである鋼板を用いて製造した巻鉄心では、曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定しても、曲げ加工により生じる鉄損の悪化をほとんど抑制することができないが、前記特定還流磁区の長手方向の間隔が0.5から8mmである鋼板を用いて製造した巻鉄心では、曲率半径rを1.25mm以上2.9mm以下に設定した場合には、曲げ加工により生じる鉄損の悪化をほぼ抑制できることが明らかとなった。
【0085】
【表5-1】
【0086】
【表5-2】
【0087】
【表5-3】
【0088】
【表5-4】
【0089】
次に、特定還流磁区領域が内面側に配置された場合と外面側に配置された場合の影響に関する検討結果を表6に示す。
【0090】
【表6】
【0091】
表6に示すように、鋼板表面に長手方向の寸法が150μm、板厚方向の寸法が30μmである還流磁区が存在する場合であっても、鋼板の外面側又は内面側表面における特定還流磁区領域の占有率が25%未満である比較例431〜436の巻鉄心では、BFが1.03以上であり、低鉄損な巻鉄心を得ることができなかった。
【0092】
これらに対し、鋼板の外面側又は内面側表面における特定還流磁区領域の占有率が25%以上である実施例181〜192の巻鉄心では、BFが1.03以下であり、曲げ加工により生じる鉄損の悪化をほとんど抑制できることが明らかとなった。
【0093】
ここで、実施例181〜188の巻鉄心を特定還流磁区領域の占有率が同じ条件で比較すると、特定還流磁区領域が内面側に配置された実施例185〜188の巻鉄心のBFが1.01〜1.03であるのに対し、特定還流磁区領域が外面側に配置された実施例181〜184の巻鉄心のBFが0.98〜1.01であった。
従って、特定還流磁区領域の占有率が同じ電磁鋼板では、特定還流磁区領域が外面側に配置されている方が、曲げ加工により生じる鉄損悪化の抑制効果が高いことが明らかとなった。
また、特定還流磁区領域が外面側に配置された実施例181〜184の巻鉄心と、特定還流磁区領域が両面に配置された実施例189〜192の巻鉄心では、外面側の特定還流磁区領域の占有率が同じ条件で比較すると、BFがほとんど同一であったことから、特定還流磁区領域が外面側に配置されている場合に、更に内面側に特定還流磁区領域を配置しても、BFには大きくは影響しないことが明らかとなった。
【0094】
鉄心長の影響に関する検討結果を表7に示す。
【0095】
【表7】
【0096】
表7に示すとおり、鉄心長が1.5m以上である実施例203〜207の巻鉄心は、BFが0.92以下であり、鉄心長が1.5m未満である実施例193〜202の巻鉄心と比較して、BFが低いことが明らかとなった。
【0097】
以上の結果より、側面視において略矩形状の巻鉄心本体を備える巻鉄心であって、前記巻鉄心本体は、長手方向に平面部とコーナー部とが交互に連続し、当該各コーナー部において隣接する2つの平面部のなす角が90°である方向性電磁鋼板が、板厚方向に積み重ねられた部分を含み、側面視において略矩形状の積層構造を有し、前記各コーナー部は、方向性電磁鋼板の側面視において、曲線状の形状を有する屈曲部を2つ以上有しており、且つ、一つのコーナー部に存在する屈曲部それぞれの曲げ角度の合計が90°であり、前記屈曲部の側面視における内面側曲率半径rは1mmを超え、3mm未満であり、前記方向性電磁鋼板の内面側及び外面側の鋼板面により構成され、長手方向に平行な180°磁壁を有する表面に、長手方向の寸法が150μm以下、板厚方向の寸法が30μm以上である還流磁区が、長手方向に0.5mm以上8mm以下の間隔で、幅方向に連続かつ直線的に存在する領域を有し、前記還流磁区が存在する領域が、内面側又は外面側の鋼板面表面積の25%以上を占めていることを特徴とする、本発明の巻鉄心は、低鉄損な特性を備えることが明らかとなった。